パワプロ小説


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パワプロ小説

1: 名無しさん@パワプラー:06/04/03 14:15 ID:9./go036
エロではない

343: 名無しさん@パワプラー:09/05/22 20:34 ID:uA
規制とか嘗めんなカス

344: 名無しさん@パワプラー:09/05/22 20:46 ID:uA
規制解除しろや

345: "管理人" iryRrAn.:09/05/23 02:28 ID:Ck
一応日にちも変わったし解除した
ログ流しとか何かそういうの良くないからやめようぜ

346: 名無しさん@パワプラー:09/05/23 22:40 ID:nI
わかった、すまなかった

347: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 00:59 ID:rE
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 | またお邪魔します |
 |________|
    ∧∧ ||
    ( ゚д゚)||
    / づΦ


 なんかもうね、>>256の補完続きが上手く投稿できないからさ、腹が立ったわけよ。
 そんでコーラやけ飲みしたらさ、もうすっごい糖質。すっごいメタボ。
 イライラは身体に悪いと再確認。


 ってなわけではじまりはじまり〜


348: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:04 ID:rE

01.登場、最悪。


 ワインドアップ、大きく振りかぶり。体重移動、軸足を基盤にして身体を捻り込み。スローイングモーション、上げた脚を伸ばしつつ引き上げた重心を下ろし、前方に大きく踏み込む。
 そして捻り込んでいた身体の反動を利用しつつ、全身を使って球を投げる。中背の身体に似つかわしくない大型のモーションで投げられた球は、さながら弾丸のように、捕手の構えたミットを撃ち抜いた。
 ズバンッ!
 事実弾丸の炸裂音に似た音が響き、周囲は静まり返る。見ていた者はその投球自体に、そうでなかった者はその轟音に、それぞれ異常な驚愕を顕わにしていた。
 新入部員対象の希望守備位置適性調査試験。それぞれが希望するポジションに、各々が相応しい実力を持っているのかどうかを調べる為のこのテスト。今行われているのは投手と捕手兼用のテストで、投手志望の者が投げ、それを捕手志望の者が受けるというものなのだが、そこに、一際の緊張が走った。
 皆が呆気に取られたように視線を集めるその先、全部で十二人並んでいる投手希望者たちが立つマウンドの上には、そこに最初から数えて三番目に並んでいた男が、大柄なフォロースルーを終えた格好で悠然と立っていた。
 鷹は撃たれるものである。だが、今まさに放たれた弾丸は、この鷹のような眼をした男が確かに己の肩から撃ち出したものであった。迫力のある切れ目は鋭く、その視線でさえ、捕手のミットを射抜いているようでもある。
 男、と言えば少々聞こえは大袈裟かもしれない。彼は見た目、痩身中背の、大きめの中学生と言った風貌である。いっぱしの高校生と言い切るにも、まだ体格が足りていないだろう。しかし、彼が全身から放つ雰囲気には、ただならぬものがあるのだ。少しでも気を抜けば次の瞬間には喉元を切り裂かれそうな、危険なにおいである。その平均的な身体から滲み出す毒蛇の貫禄を感じた後で、彼を、見た目通り少年などと形容はできない。
 腰が抜けたように座り込んでしまった打者役の者への目線は冷ややかに、男は自分の弾丸を身じろぎ一つせず受け止めた捕手へと歩く。歩いて、ホームベースを挟んで立ち止まり、そこから静寂の中へと言葉を放った。
「しょっぱなから俺の球受けられるやつがいるとは思わなかった。俺は紅咲。紅咲、憂弥だ。お前は?」
 挨拶と同時に差し出された右手に、面を被った捕手はそれを外すこともなく、無言で無愛想に自分の右手を合わせた。瞬間、その手に蛇が獲物の肉に牙を立てるが如く強靭な握力が込められるが、捕手は泰然として動じなかった。普通ならば痛みに絶叫するだろう力で片手が握り締められているというのに、呼吸音一つ漏らさない。
 耐えているのではなく、効いていないのだ。
 周囲が無言で事の行方を見守る中、ふと、憂弥の口元が緩み、手に込めていた力が抜かれる。それは、蛇が自分以上の力量を相手に認め、負けでなくとも身を退いた証だった。
「ま、名前はまた訊くさ。どうせ、お前もこの試験っていうのは合格だろうしな」
 満足そうにそれだけ言うと、憂弥はまだ静寂を保っている周囲に向けて声をかけた。
「なぁセンパイ! 俺もう疲れたから帰って」
 唐突に、鈍い音。例えるなら、金属製の棒で骨の通った人体を、特に頭部を、思い切り良くぶん殴った時に響くような、耳に残る嫌な音がした。
 事実を的確に述べると、マネージャー希望として入部してきた女の子の内一人が硬式用金属バットのフルスイングでもって憂弥の頭部を一撃し、そのまま紅咲が倒れて動かなくなった。ということである。
 まぁ要するに例えと現状は大して変わらない。
「死ねこのバカ!」
 怒気を顕わにした口調でそう言うと、金属バットを片手に携えたマネージャーの女の子は、空いているもう片方の手で死体を引き摺ってグラウンドを出て行った。それは一分とかからない、一瞬の出来事であった。
 後に呆然と残された者達は、暫くして気が戻ったところで試験を再開したが、投手希望者の列があった場所には、もう誰一人として立ってはいなかった。



349: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:05 ID:rE


「あれほど最初っからとばすなって、アイツも言ってたでしょうが! アンタ一体何考えてんの!?」
「アイテテ……うるせぇな。頭に響くからちょっと黙ってろ」
 校舎の裏側、グラウンドからは少し離れた位置。裏口付近の階段に座り込んだまま、憂弥は文句とも唸りともつかない声を上げた。それを見下ろす女の子の顔には、怒気が満ちている。
「黙ってられるか! 何よさっきのは?! バッターの人ビビらせた挙句キャッチャーにまでケンカ売って一人でさっさと帰ろうとするとか正気!?」
「ビビッてた顔は最高だったろ?」
「見てない! こっちは卒倒寸前だったのよ!」
 目にも留まらぬ高速トークでまくしたてる女の子に怯むことなく憂弥は切り返しを図るが、それも一瞬で失敗に沈むこととなった。可愛くない女だねまったくと、その場で溜め息をつく。
「まぁまぁいいじゃん。少なくとも、中坊上がりのヒヨっ子じゃねぇってことは分からせてやったんだし、これで嘗められることもないっしょ」
 自信満々にふんぞり返って見せるが、それが逆に気に障ったようだった。
「嘗められることはなくても、これでブラックリスト入りよ。アンタ分かってる?! 先輩に嫌われたら、ポジションだって貰えるかどうか分かんないのよ?!」
「分かってら、んなこと。要はそいつらより実力がありゃいいんだろ。簡単な話じゃねぇか」
「ハァ、どうしよう……コイツ、最高の馬鹿だ……」
 そんなことは出会った頃から分かっている話だが、改めて呟く。忙しい会社員が疲れたと定期的に呟くのと同じで、こうでも言っていないとやりきれないのである。
「くっそ、あの野郎め……こんなバカ私に押し付けて一人とんずらするなんて……私も編入で恋恋行こうかな」
「お前のおつむじゃ無理だろどう考えても」
「アンタよりよっぽど出来る!」
 女の子の蹴りが炸裂し、憂弥はぐえっとうめき声を上げて盛大に転がった。
 近年の社会的な風潮も相まってか、古くからの日本文化を重んじるこの雲龍高校でも、近頃は実力主義の考え方が浸透してきている。剣道部や柔道部などは未だ序列がモノを言わせることが多いが、サッカー部やテニス部などではもはや年齢など関係なくなっている。実力さえあれば一年生だってレギュラーとして扱われるのだ。
 しかし野球部では、武道系の部活と同じく、未だに序列の考えが強い。年上の意見が強く繁栄される場所において、先輩の評価が下がることは致命的だ。あまりに酷い態度を取っていれば、当然、何らかの罰だって考えられる。どんなに実力があったとしても、ポジションがもらえない限りはどうしようもないというのに。
「ふぁ〜……眠……」
 このバカだけは本当にどうしようもない。

350: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:08 ID:rE
 重い重い溜め息をつく彼女は、小倉川玲奈。今年雲龍高校に入学した一年生で、野球部にマネージャー志望として挨拶をしにきたところだ。身長は女子にしては高め、かと言って男子ほどではないが、気の強さだけは非常に男勝り。時代錯誤なポニーテールと少し長めのスカートが見た目印象的な女子高生である。
 そして先程からナメた態度であぐらをかき、反省など微塵も見えない様子で説教を受けているのが、投手志望の一年生であり、悲しきかな玲奈の小学校以来の付き合いである男子紅咲憂弥だ。その尖りに尖ったキツネ目もあいまって人相は悪人面で、それだけならまだしも性格まで馬鹿で極悪で変態ときたもんだからもう救いようがない。しかし投手としてのレベルは超高校球であるからして、性格と人相が悪くて変態で超絶馬鹿でも、また内申なんてものが悪くても、こうして上手いこと文武両道の精神を基盤に置く雲龍高校に入学できていたりする。なんか世の中間違っている気がしないでもない。
「やっぱ推薦なんてシステムはおかしいと思うのよね」
 誰にともなくぼやく。本当はそれとなく、目の前のバカに聞かせたはずだったのだが、このバカがそうそう人の話を聴くはずもなかった。
「でよ、正直今日はテストだけじゃん? もう俺帰りてぇんだけど」
「グラウンドに入ったら、グラウンド整備するまでがセットでしょ。礼儀はわきまえなさい礼儀は」
「んじゃもうあっち戻っていいか。ここでお前の説教聞いてても面白くねぇよ」
「一度だって真面目に聞いたかアタシのありがたいお説教を!」
 グリグリと頬をスニーカーで抉りながら言う。しかしもう慣れ過ぎてこれぐらいじゃ堪えないらしい。
「あー……ツッコミが一人だと疲れるわ……」
 大切なものは失って初めて実感する。
 実はこの漫才のような遣り取りは、この二人だけのものではなかった。本当ならばもう一人、玲奈と同じような立場でバカを見守る役が居たのだが、惜しいことにその人物は雲龍からの推薦の誘いを断って別の高校に行ってしまったのだ。恋恋高校という、今年から男子の受け入れを開始した元女子校だそうで、あの堅物な男が女子の園に興味を持ったというのは友人として喜ばしいことであったが、しかしその代わりにこれからこのバカの相手を一人でしていくというのは恨めしいものがあった。
「くそ、アイツ……今度会ったら愚痴たらしまくってやる……!」
「アイツはいねぇけどさ」
 そこで、憂弥がすっと立ち上がった。
「面白そうなヤツは見つけたぜ。さっきのキャッチャー……ありゃ、イイ」
 ニヘラと笑う。そのキャッチャーとは、恐らく先程ケンカを売っていたらしい捕手志望の人のことだろう。
「目を付けるのはいいけど、さっきみたいにケンカ売ったりして、暴れないでよね見てるこっちが冷や冷やするんだから」
「ケンカ売ったわけじゃねぇよ。儀式みたいなもんさ」
「はぁ?」
 露骨に疑問符を示してやると、憂弥は得意気に言ってみせた。
「女には分からんさね」
 直後、なんとなく腹の立った玲奈の蹴りが憂弥の尻を強打したことは言うまでもない。

 なにはともあれ四月当初の雲龍高校、この紅咲憂弥と小倉川玲奈、二人の入学と入部により、物語は始まる。
 波乱の三年間の始まりであった。



351: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:10 ID:rE

 02.夜露死苦米毘威


 中学三年の受験から解き放たれて自由になり、晴れて始まる高校生活。
 通いなれた通学路から、突然迷い込んでしまう新たな道。新しい環境、新しい雰囲気。
 そう、そこに待っているのは華々しいほどに胸躍る高校生活。
 一番下の学年から始まり、見上げてみる、大人な先輩の背中。そしてちょっと背伸びをする同級生たち。
 教室にはドキドキが。
 廊下にはトキメキが。
 校庭にはワクワクが。
 そして靴箱には、恋。
 屋上にも、恋。
 そして勿論、部活には……青春!
 そんなはずだったんだけど。
「おっっっっっっっそろしいほどに何も無いわよね」
「え、何が?」
「高校生としてのドキドキワクワクのあれやこれよ」
「あーないよねー」
 まぁ、ないならないで、どうでもいい話ではある。
 昼休みに教室の窓から校庭を眺めながら、玲奈は友人に語りかける。雲龍に入ってからできた友人で、名前を村戸美子という。共に雲龍野球部マネージャーとして先日入部し、これから苦楽を分かち合っていくだろう大事な友だ。だからと言って、こんな高校生活に対する失望までは共有したくもなかったのだが。
 二人して視線を落とした先には、野球部がジャージで昼練に励んでいる姿がある。
 正直なところ二人とも、かつて通っていたそれぞれの中学はそんなに部活を重視する校風でなかったため、こうして昼休みにも精力的に練習をする風景というものは珍しいものだった。涼しい教室でジュースを飲みながら眺める暑苦しいランニングの様子は、また格別である。
「がんばれー」
 高見の見物から投げかける、やる気のない応援。
 時は既に五月。入学して一ヶ月が経ち、そろそろ学校生活にも一定のサイクルが生まれ始め、環境にも馴染み始める頃。徐々に出来上がってきている友人関係が、それでもまだお互い猫を被って展開している教室内を見ながら、開け放した窓のサッシに寄りかかる。渇いた風が、首筋に心地良かった。
 教室にいる人間の顔を一つ一つ数えながら、名前を思い浮かべていく。が、名前と顔が一致した数は、全体の三割にも満たなかった。玲奈は自分の記憶力の無さに愕然とする。
「私ってこんなに物覚え悪かったかなー」
「ん?」
「いや、クラスの半分も名前覚え切れてないからさ」
「あはは、皆おんなじだよきっと」

352: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:12 ID:rE
 戸美子は良い女の子である。何より可愛い。女の自分から見てもそう思える。小柄で目が大きくて、守ってあげたくなる女の子というやつだ。背が高くてどちらかというと男寄りな自分なんかと比べてよっぽど女の子している。くそう、羨ましい。
「紅咲君なんて全部『お前』で統一してるじゃん。あれぐらいでいいと思うけど」
「あー……アイツぐらいの神経の太さがあればいいなとたまに思うわよ確かに……」
 とんでもないくらいに能天気で自己中心的で阿呆で最高に空気の読めないアイツは、状況の変化に流されることなくひたすらゴーイングマイウェイを貫くので、環境の変化にまったく動じない。温暖化ぐらいでは決して絶滅することの無い、タチの悪い性格である。どこか羨ましいと思えながらも、絶対にああはなりたくないと思わせる稀有な人種だ。
 ここから見下ろすと、そんな紅咲の姿だってよく見える。ああして他の一年生に混じってランニングをする姿など、このクラスの連中が見たら、きっと仰天するだろう。なぜあのちゃらんぽらん&自分勝手日本代表のような暴君がと不思議に思うに違いない。
「でも紅咲君って意外と真面目だよね。毎日、文句一つ言わずにランニングしてるんだし」
 隣の戸美子も、例に漏れずそう感じたようだった。
 ちなみに彼女、正しい名前は「村戸、美子」なのだが、頃が悪いので友人一同先生一同揃って「村、戸美子」と区切って呼んでいる。
「ま、アイツの性格はそのうち分かってくるよ……でもね、一つ言っておくわ」
 ガシッと強く戸美子の両肩を握り、その瞳を真正面から覗き込んで訴える。
「アイツは決して真面目なんかじゃない! 勘違いしないで! マジで! それだけは憶えといて! 分かった?! オッケー?! ユーアンダスタン?!」
「え?! あ、うん」
 心の叫びが通じたようである。戸美子は目をぱちくりさせながら頷いた。良かった危ないところだった。こういう純真な子が過ちを犯してしまわないように、虚実を全て葬るのが自分の役目である。また一人の少女を救ったという達成感で、玲奈は満ち足りた。自身の使命を完遂すると気分が良い。
 手に持ったパックジュースを一気に飲み干してしまい、空になったパックを綺麗に折りたたむ。この辺り几帳面になってしまったのは、恐らく、今はいないアイツの癖がうつってしまったから。
 いや別に死んだわけでもなんでもないんだけど。
 遠くの空を眺めながら、玲奈はぼーっと呟く。
「アイツも頑張ってるかな、恋恋で」
「え? 誰が?」
「んー? 友達。昔っからの」
 五月のどこかしっとりとした空気のなかで、今日もまた一日が過ぎていく。のったりゆっくり、穏やかに。退屈しない日常とやらも捨てがたいが、今は、なんとなくこの退屈さが心地良い。
 うーんと背伸びをして午後からの授業に備える。野球部もランニングを切り上げたようで、時計を見やると、そろそろ予鈴が鳴る頃だった。



353: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:13 ID:rE


 午前中の長閑さをひっくり返したように、放課後の野球部の練習では一波乱が起きた。グラウンドの中央で、憂弥と先輩らが睨み合っている。その状況を目の辺りにしたとき、玲奈はもう失神しそうになった。
 まさか水分補給用のドリンクを作るという短時間に目を離しただけで、突如ここまでの険悪なことになるとは、思いもよらない。玲奈は自分の迂闊さを後悔した。適正テスト以来何事もなかったからすっかり油断していた。そうだアイツはこういうヤツだった。少しでも気を抜いたら駄目なのだ。
「ちょ、ちょっと戸美子、アレ、あのバカ一体今度は何したの?!」
「あ、玲奈。実は、先輩たちが草むしりしろって言ったら紅咲君が……」
 始終見ていたらしい戸美子から事情を窺うと、どうやら草むしりを命じた先輩らに、あの阿呆が反抗したらしい。俺は野球をしにきてんだ草なんかむしってる暇はねぇんだよバカとかなんとか、聞いてもいないのにそんな光景がありありと目に浮かぶ。
 ハイレベルな高校なら下級生シゴキに雑用の押し付けはあって当たり前。散々言い聞かせておいたのに、やっぱりあの阿呆には無駄だったか。
 外野の隅を見やると、憂弥以外の一年生は全て素直に草むしりを行なっていた。ただしい球児の姿である。年功序列の世界では、後輩は先輩の命令を聞いて当然。聞かなければ、どんな処罰が下ってもおかしくない。
 玲奈はもう決死の覚悟で、グラウンド内の憂弥に駆け寄った。
「ちょっと! あんだけ言ったのに分かんなかったの?! 大人しく草むしりしなさいよバカ!」
 真横で叫ぶも、当の阿呆は聞いちゃいない。ただ鷹のような鋭い目つきで、先輩らと睨みあっている。
「だからアンタらが、この俺に草むしりをするメリットを教えてくれたならやってやるっつってんだよ。俺は野球をする為にここにきてんだ。野球以外のことやらせてんじゃねぇぞオイ」
 憂弥の体格は、男子高校生にしては小柄。玲奈より少し背が高いくらいだ。それに比べて先輩方の身体の迫力のあること。二年と三年が五人も並ぶと、こんなに威圧感があるのかと玲奈は思わず気圧された。だが、憂弥が動揺することはない。
「お前一年だろうが! 先輩がやれっつってんだからやりゃあいいんだよ、生意気なこと言ってんじゃねぇぞコラ!」
「あん? 答えになってないんすけどセンパイ」
「うるせぇな! 俺たちだって一年の時にやったんだよ! 伝統だよデントー! 黙ってやれや!」
「ここ野球部だろ? なんでアンタら草むしりクラブやってたんだよ」
「んだとテメェ!」
 三年の先輩が、憂弥の胸倉を掴んで少し持ち上げる。その迫力に、思わず玲奈は一歩退いた。しかし当の憂弥本人は、余裕すら感じさせる笑みを浮かべてニヤニヤと先輩の顔を睨み返している。今にも舌がチロチロと出てきそうな、ヘビのような目だ。
「あっれー? 草むしりクラブかと思ったらぼーりょくクラブだったんですかセンパイ。意外と度胸ありますね」
「テメェ、殺すぞ!」
 眉間に皺を寄せまくって憂弥を睨みつける先輩。その形相に、玲奈はただ慌てることしかできなかった。今まで数々の憂弥絡みの騒ぎを終結させてきたとはいえ、ここまで場が沸騰していてはどうしようもない。他の一年らは、この光景を外野から遠巻きに見守っていた。その視線が憂弥に対する哀れみのものであることは、言うまでもない。
 どうにかして解決策を、どうにかしてこれを無かったことに、一人頭の中で案を巡らせていた玲奈の背後から、不意に声がかかる。
「そんぐらいにしときましょ。先輩」
 その声に振り返ると、二年生の先輩が立っていた。ひょろっとした細い身体とインテリ眼鏡。その高校球児にあるまじき出で立ちは、自己紹介の時から、強く玲奈の印象に残っている。確か柊誠也先輩……だったはずだ。

354: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:14 ID:rE
「あん?! なんだ柊!」
「あちらはとても理論的な話の解決を望んできています。なのに圧力と暴力で解決するのはスマートじゃありませんよ」
 ふうっと呆れた顔で溜め息などつきながら、柊先輩は憂弥と三年生の間に割って入った。体格の良い三年生の後にこの痩身だと、どこか拍子抜けするものがある。しかし彼の眼は、憂弥と同じような威圧感を放っていた。
「草むしりをするのに、納得のいく理由が欲しいのかい?」
「ったりめーだ。野球に関係ねぇことに使う時間はねぇよ」
「そうか、なら説明してあげよう」
 そこからは、柊先輩の独壇場となった。
「いいか、まず草を根元から引き抜くという動作は手首と指先の力、そして背筋を鍛える。これは速球のノビと変化球のキレに直結し、投手である君にはこの上ない収穫だ。次にしゃがんで移動するという動作、これを常に爪先立ちで行なうことによって足首のグリップ力が鍛えられる。これはスムーズな投球動作に繋がり、フォロースルーのあとの守備動作への切り替えをより迅速に行なうことを可能にする。そして何より苦しい雑用を共にすることによってチームメイトとの団結が強まり、これは練習と試合に限らず士気に影響する。嫌な事を我慢して行なうというのは精神力の鍛錬にも繋がる。これは勉強その他学校生活にも言えることだがね。どんなことでも、とにかくこじつけることさ。自転車で通学するなら確実に足腰が鍛えられ、バスで通学するなら時間が短縮出来たその分何かができる。野球の練習はただグラウンドでやるノックと投げ込みバッティングだけじゃない。どんなことでも練習に繋がる。繋げる方法を考えろ。それが出来ないなら、悪いことは言わない。お前にスポーツの才能は無いからさっさと辞めろ。以上だ」
 一度も言葉に詰まることなくそこまで言ってのける柊先輩に、玲奈は勿論ほかの先輩方や、あろうことか憂弥までもが呆気にとられて呆然としている。内容にしろ語調にしろ言葉に含まれている自信にしろ、彼の言っていることの説得力は凄まじかった。言っていること全てを無条件に信頼させるような力が、彼の言葉の中にはある。それを誰もが感じ取ったからこそ、こうして一同何も言えずただ立ち尽くしているのである。
 しばし静寂が訪れ、柊先輩と憂弥が睨みあっているだけの状況になる。
 そしてその静寂を破ったのは、憂弥の笑い声だった。
「……ククク、プッ……アッハッハッハ!」
 そのあっけらかんとした渇いた笑いに、皆がまたキョトンとなる。柊先輩の熱弁が聞こえてはいなかっただろう外野の一年生らも、この笑いには驚いたらしく、事態がどう転がったのか興味津々な様子だった。あの険悪なムードから笑い声が生まれるとは、よもや誰も想像できなかっただろう。
 何せ玲奈だって相当な驚きなのだ。まさかアイツ以外に、憂弥を説き伏せられる人間がいるなんて思いもしなかった。
「あー、面白かった。なるほどな、確かに納得したぜ。しゃーない、草むしり、いいぜ、やってやんよ。どうやら無駄なことじゃなさそうだ」
「分かってくれたなら結構」
 大人しく外野に向かう憂弥を、柊先輩はニコやかに見送る。先程までの睨みが嘘のような、その痩身に似合う優男の表情だった。玲奈は、ちょっと背筋がゾクリとした。こういう二面性のある男の人は苦手だ。
「さて、一件落着ですね。先輩」
「お、おお……そう、だな」
 やってくるなり事態を収拾した柊先輩に少し遠慮がちに返答する三年生。そこに、さっきまでの勢いの良さはなかった。
「彼のことで何かあったら、また呼んで下さい。殴ってきかせるには惜しい人材ですから、それと……」
 歩き出そうとして、三年生の顔を覗き込むような形で柊先輩は立ち止まる。その表情は、優男のものではなく、先程の憂弥と同質の笑みだった。
「アンタらが暴力事件起こすと、とばっちり喰らうのは二年なんだ。気をつけて下さいよ、センパイ」
 冷酷な眼と、冷たく重い語調。それを受けた三年生は、どこか怖気づいたように小さな声で返答する。その声を、玲奈は聞き取れなかった。
「んじゃ、僕は僕の練習に戻りますんで。……ごめんね、邪魔しちゃって」
 最後にこちらにもペコリと頭を下げていく柊先輩。表情は、優男に戻っていた。
 外野を見やると、遅ればせながら草むしりを開始している憂弥の姿があった。しっかりと爪先立ちをして、どんな草でも根元から引っこ抜こうとしている。野球が上達することならなんでもやる、それが紅咲憂弥の性格なのだ。
 あの生真面目さが別の方向にも少しくらい向いてくれればいいのに、胸中で溜め息をつき、玲奈はベンチへと戻ろうとした。ふとブルペンの方を見やると、キャッチャーミットをつけた柊先輩が、三年生のピッチャーの球を受けようとしている光景が目に映った。
 そういえば柊先輩のポジションは、キャッチャーなわけで。
 そしてあのバカのポジションは、ピッチャーなわけで。
 どうやらこれだけでは騒ぎは終わりそうにないと、玲奈は直感で思った。そして残念なことに、玲奈の悪い直感は必ず当たるのである。この先のことなんか考えたくも無い。
 とりあえず今は一つの波乱が去ったことに安堵し、この平穏を享受しよう。そうだ。それが一番だ。そうに決まった。アタシってば頭良い。
 一人ウンウンと納得していると、近寄ってきた戸美子が声をかけてきた。
「ね、ねぇ、大丈夫だったの? なんかすっごい怖いムードだったけど……」
「あーあー気にしない気にしない。もうあれよ。アタシらがどんなに頑張っても用心しても自然災害だけはどうにもならないのよだからもう忘れましょどうせまた起きるから」
「ええっ?! どういうこと?!」
「はーいスポーツドリンクにレモン汁しぼるわよあーもう今日はいっそ梅干でも放りこんじゃおっか」
「玲奈?! 大丈夫玲奈?! しっかりして!!」
 人間は、どうしようもない事態がいくつも連続で起きた時は思考を放棄してしまうものらしい。
 玲奈はもう、しばらくは成り行きに任せることにした。
 多分もう、そうするほか、ない。
 ないのだ。きっと。
 うん。



355: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:16 ID:rE


 玲奈が入学早々に戸美子と仲良くなったように、憂弥にも早速と中の良い友人ができていたようだった。よく練習を二人で行っている姿を見かける。その彼の名前は片桐桐人と言い、何を隠そう、あの適性テストのときに憂弥から挑発まがいの握手を受けたキャッチャーの人だ。憂弥とは似ても似つかぬ大柄な身体と仏頂面で、あの憂弥とどうウマが合うのか玲奈にはさっぱり分からなかった。
「はい、さっきの時間のヤツ」
「おうサンキュ」
 嫌いな数学の時間、憂弥はリストトレーニグを無心に行なう為、ノートなんか取らない。そんなことだから、いつもこうして玲奈が授業後にノートを渡して写させてやるのだ。中学校の頃から変わらない習慣である。
「放課後までには返しなさいよ。あ、ごめんね邪魔して」
 遅ればせながら、先程から憂弥の机に来て話をしていたらしい片桐に断りを入れる。ぺこりとした丁寧なお辞儀を受けて、その大男は少し照れたように一礼を返した。
 片桐桐人は、無口な男である。たまにクラスにいる、必要なこと以外は全く喋らない生徒とは比較にもならず、彼は必要なことすら喋らない。玲奈も、未だ彼の声を聞いたことは一、二度しかない。しかし憂弥は彼との会話を見事に成立させることができる。不思議でならなかった。
「片桐君って本当に身長高いよね、何センチくらい?」
「…………(照れたように手を動かす)」
「一九二だってよ」
「すっごい! 一九〇オーバーなんだ! どこに住んでるの?」
「…………(照れたように目線を下げる)」
「隣の地区だってよ。自転車で来れる距離だってさ」
「へぇ、そりゃ雲龍が放っておかなかったわけだ。でもその身長ならバスケ部とか、バレー部とかからも勧誘あったんじゃない?」
「…………(照れたように頷く)」
「あったけど、やっぱ野球だけは続けたかったんだってよ」
「なんでさっきからアンタが答えのよ」
「しゃーねーだろコイツ、口下手なんだから」
 しかし訂正をしようとしない様子を見る限り、誤情報を伝えているわけではないらしい。無言の彼から的確に言葉を読み取れる憂弥の超能力は無視しつつ、玲奈は続ける。
「もう、片桐君、自分で喋らないと、こんなバカに頼ってちゃ駄目よ。高校球児なんだから、もっとハキハキしなきゃ、ね!」
 ドンっと背中を叩いてやると、片桐はやはり照れたような笑みを崩さず、申し訳なさそうに一礼した。背は高いのに腰はとても低い。態度の小さな巨人。なんだか、絵本の題材にでもできそうな光景である。
「おい、あんまイジメんなよ。お前、ただでさえガサツなんだから」
「アンタに言われたくないわよ。でも片桐君、本当に静かよね。もっと元気出して笑いなさいよ、ほら、ニカーっとしてみてニカーっと」
 実際にニカーっという笑いを作って見せて促す玲奈だが、やはり片桐は照れたような笑みを崩さない。むう、まだ心を開いてくれはしないらしい。未だかつて真正面から向かって行って友達になれなかった人間のいない玲奈の、ニカっと笑顔でお友達作戦は通じないようである。
「やめとけって。コイツ、ガキの頃にかあちゃんが自殺した現場見てから顔が上手く動かねぇんだって……っ」
 突然の衝撃。
 憂弥の頭が教室の端までぶっ飛び、少し遅れて身体もぶっ飛ぶ。壁に激突して血糊をぶちまけた憂弥を次に襲ったのは机、椅子、椅子、机、椅子、そして玲奈のシャイニングウィザードだった。
 ムタも真っ青な超絶悪役コンボをまともに喰らい肉塊に近い姿になっているものの、憂弥の指先はまだ微かにピクピクと動いていた。床に溢れ出した血がなんともグロテスクである。
「ちぃっ! まだ生きてやがる……!」
 トドメと刺そうとバットを振りかぶる玲奈の手を、何者かがそっと引きとめる。
「離して! 今コイツは殺すべきよ! じゃないとこれ以上の誰かが犠牲になってからじゃ遅いわ! この野郎、人のプライバシーを何だと思って」
 振り返ると、片桐がふるふると首を振って制止してきていた。どこか優しさを含んだ小さな微笑みからは、何も気にしていないから大丈夫だという言葉が、しっかりと伝わってきた。
「片桐君……でも、コイツは、この馬鹿は……」
 必死に玲奈は訴えるが、それでも片桐は、頑なに首を振った。
「そう……片桐君がそれでいいなら、何も言わないけど」
「…………ん、だ、か、らよ」
 のっそりと机と椅子から這い出して、血が流れている頭を押さえながら憂弥が起き上がる。

356: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:18 ID:rE
「こういうことぁ、軽い調子で早めに言っといた方がいいだろうが。これから長い付き合いになるんだし。それともなんだ? 辛気臭ぇ雰囲気の中でぼそぼそ語ってもらう方がお好みか? お前」
「そ、そういうわけじゃないけど……なんか、アンタの口から言うことじゃないでしょうって、思っただけよ」
「それぐらいで人を半殺しにするかねこの女は……」
 やれやれと肩を落としてみせる。その姿が若干癇に障ったが、せっかく片桐が引き止めてくれた拳だと思い、玲奈は殴るのを我慢した。
「……あの、本当にごめんね片桐君、変に無理させちゃって」
 お気遣いありがとう、もしくは話しかけてくれてありがとうとでも言わんばかりに、巨体の腰をかなり折って、片桐は玲奈に丁寧に丁寧に頭を下げた。きっと優しい巨人だかなんだかという童話の作者は、こういう人間をモデルにお話を作ったに違いない。厳つい身体に似合わず、片桐の表情は終始和やかである。
「片桐君ってさ、いい人だね」
「…………」
 少しだけ、嬉しそうな微笑だった。
 久しぶりにまともな人と対話を交わした気分で、玲奈は思わず胸を撫で下ろす。良かった。自分はまだ、まともな人間とまともな会話をするだけの能力を備えている。アイツがいなくなってからというもの、普段の会話の相手が基本的にこの変態ド馬鹿のみであるから、自分の常識や会話センスが狂っていないか心配だったのだ。これで戸美子とも、もっと清々しく会話できるに違いない。
 ああ、世界がこんな心優しい巨人で、もとい人間で溢れればいいのに。そうすればきっと、もっと世界は素敵になる。ほら見て、うふふ、蝶が舞っているわフランソワーズ。あら本当ねマリー、とても可憐だわ、さぁ私たちも踊りましょう。ええ喜んで、それ、可愛い右手を拝借。らんらんらん。
 ああ、片桐君の向こう側に白いお花畑が見える……。
「あ、そういえばよ」
 なんて純白、汚れを知らぬ白。まさに純潔、そして清純。
 こんな透明な白がこの世界にあったなんて。
「次に飛び蹴りやるなら、白以外のパンツで頼むぜ。もうアレは見飽きたからさ」
 直後、全てが赤く染まったことは言うまでもない。



 そのうち補完も終わらせますが、今はこっちの話にしばしお付き合い下さい。
 これいつ終わるかなぁ……。(・ω・`)

 いつも通り、気長にお待ち下さい。

357: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:30 ID:rE
>>257
そう言って頂けると大変嬉しいです。恐縮ですありがとうございます。
是非、書き始めた小説は完結させてあげて下さい。でなきゃ折角出来上がった世界がもったいない!
そして是非、どこかで日の目を見たなら教えて下さい。全力で読みますので。
こちらの雲龍高校編も楽しんでもらえるように、自分も精一杯書かせて頂きます。
一緒に頑張りましょう。
長文失礼しました。

358: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 20:06 ID:rE


 根性というものがどのように肉体に作用し、どのようにして身体能力を底上げするのか。玲奈は不思議でようがなかった。このスポーツ科学が発達した今日、一昔前の根性論によるシゴキというものはめっきり見られなくなった。それはとても喜ばしいことなのだが、しかしそもそも根性とはなんぞや。一昔前の偉大なる方々は、それを理解した上で根性だ根性だと声高に叫んでいたのだろうか。そうでないならば、もはや根性とはマイナスイオンレベルのあやふやさしか持たないものとしか思えない。
「あー……」
 だがもしも根性と言うものが、暑さや寒さすら超越できるものであるのだとしたら、今は、とてもその嘘科学にすがりたい思いだった。
 初夏の暑さは、屋根のあるベンチで座っていたって暑いものは暑い。しかもマネージャーが選手よりも楽をするわけにはいかないから、水分補給だって選手一同と同時に行なう。この炎天下の中でノックだフリーバッティングだの精を出すよりはよっぽどましだろうが、それでも暑いものは暑いのだ。
 そんな暑さを全面的にアピールするため、玲奈はたれパンダみたいにタレていた。
「あ゛つ゛い゛ー」
「玲奈ちゃん、顔がすごいことになってるよ……」
 器用な芸というものはツッコミが入ることで尚美しくなる。などと、美しさの欠片もない顔で思っても説得力に欠けるのだが。
「ああー、憂弥じゃないけど帰ってシャワー浴びて寝たいわ。何が悲しくてこの炎天下の中グラウンドなんざで青春潰してるんだろアタシ……」
「玲奈ちゃん……それって夏の高校野球全否定だよ」
 そう、これから先は高校野球の熱が過熱する一方の、夏。いよいよ真夏の甲子園の切符を賭けた球児たちの熱い戦いの火蓋が切って落とされるのである。勿論、三年生の先輩方は、最後に迎えた最後の大会。この高校生活の最後を見事飾ろうと、入る気合も例年以上、練習に対する意気込みも恐ろしいものがあった。
 エラーが出れば、
「グラウンド五周!!」
 三振すれば、
「素振り二百回!!」
 暴投でも投げようものなら、
「ダッシュ三十本!!」
 ミスに対する罰則すら異常だった。中学三年の頃には全く知らなかった光景が目の前に広がっている。その熱血っぷりは傍から見ていても充分に伝わってきた。
 上級生がそうして白熱の青春を繰り広げている中で、一年生は、まだ草むしりと球拾いをしていた。
 陽炎ににじんだ先でほそぼそと草むしりを続ける一年生達を眺めながら、玲奈は同情の溜め息をつく。
「確かに年功序列じゃ仕方がない……とはいえ、なんだか不憫よねー。練習すらさせてもらえないで」
「……そうだよね」
 この件に関しては戸美子もいくらか同意らしかった。

359: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 20:07 ID:rE
 先日の柊先輩によるお説教で憂弥も真面目に草むしりに参加してはいるものの、やはり草むしりは草むしりであって、そこに野球の技術的な向上要素は何も含まれていない。他人より一球でも多くボールを投げろ、一回でも多く素振りをしろという少年野球での鉄則が、崩れていっているような気がする。
 少なくとも今の三年生がこの夏を終えるまではこの調子なのだろうと思うと、なんだが申し訳ない気がしてきた。マネージャー風情が申し訳なくなったところで、事態は何も好転しないのだけれど。
「おう、ちょっとマネージャーのお嬢さんら、紙コップはどこじゃね?」
 のそのそとベンチに入ってくる巨体がある。二年生の先輩だった。戸美子が慌てて紙コップを差し出すと、大柄な先輩は豪快な笑顔で礼を言ってくる。
「ガハハハ、すまんのう手間かけさして。さて、と、……ゴクッ、うぅーすっぺぇ! 効くのう!」
 苦虫ならぬ酸虫を噛み潰したような顔で、先輩はまた豪快にガハハハと大口を上げて大笑いする。何がそんなにおかしいのか分からなかったが、この先輩は元来こういったテンションらしく、その巨体と人柄も相まって野球部ではちょっとした名物扱いになっているのだとか。
 山のようにガッチリとした、筋骨隆々の肉体を誇るこの先輩の名前は幸崎啓司さん。二年生ながらにレギュラーで四番バッターを務める豪腕の持ち主だ。黒く日に焼けた太い腕は、丸太を想像させるに難くない。
 ここ雲龍の野球部では、熱中症の予防の為に二時間ごとに休憩時間が取られるほか、基本的にはいつでもドリンクを飲んでもいいことになっている。もっとも、厳しい先輩らの目があるので、実際に自由に飲みにくるのはこういったある種「権力」を持った立場的に強い人ぐらいのものである。一年生のように最も弱い立場の人間は、それこそ根性でもって直射日光と渇きに耐えるのだ。なんだかそういう光景も、昔はいざしらず現代では見ていてやるせない気持ちになるので、素直に飲みにきてくれればいいのにといつも思う。
 とは言え、先輩らが飲まない限り、後輩が飲むわけにはいかない。そんなムードはどこにでもある。それは痛いぐらいに分かっている。だからこそ、こうして率先して飲みに来てくれる先輩がいることは、雰囲気の面でとてもありがたいことだ。
「ひゃー暑いのう。こんな日は野球なんかしたらダメじゃ。家でおとなしゅうウチワで顔扇いどるのが正解じゃろて」
 面白いことを言う先輩だった。その口調はまるで中年のおっさんである。まだ十七歳なのに。
「一年坊主に言うとってくれや、水は飲まなダメじゃ。喉渇いたら集中力がなくなって、何より効率が落ちるけんの。根性鍛えるんも大事じゃが、身体壊さんことはもっと大事じゃけ」
 やはり一年生が先輩らに気を遣ってドリンクに手をつけないことは、彼から見ても不安らしい。玲奈は思っていることを口にした。
「ドリンクは飲んでもらえないと余っちゃって、こっち側としても困るんですよね。この、なんていうか、水を飲みにこれない雰囲気って、どうにかなりませんか」
「そうじゃのう……」
 ベンチにどっこいせと腰掛け、つばの曲がった帽子を外し幸崎先輩は一思案抱える。三年生らの視線があるなかで、ここまで堂々と休憩(サボり?)できるのはこの人ぐらいのものだろう。
「ワシもそういう雰囲気作らんように、ちょくちょくサボる姿は見せてやっとるけど……いやぁ、今年の一年は真面目じゃあ! だぁれもワシの真似をしようとしやせん! いいことなんじゃろうけど、なんか虚しいのう!」
 口下手で若干人見知りする戸美子はさきほどから一線を退き、ベンチの隅で練習の見学に戻っている。というより、外野で草むしり真っ最中の一年生らが気になるのだろう。じーっと外野の方を見ていた。

360: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 20:07 ID:rE
「もともと、雲龍は武術奨励の学校じゃけえ、年功序列の考え方が根強いんじゃ。先輩の言うことに後輩は逆らったらいけん。そんな馬鹿げた雰囲気がまだ残っちょる、時代遅れじゃと、散々先輩に言ってはいるんじゃけどのう」
「幸崎先輩は、年功序列な考え方、お嫌いなんですか?」
「……嫌いと言うか、気にいらんのじゃ。ワシが一年の時、その時の三年生より実力のある、今の三年生は何人もおった。それが年功序列だなんて考えの所為でレギュラーになれず、結果として雲龍スタメンはベストな編成にならなかった。それで甲子園出場を逃した。馬鹿げた話じゃ本当に」
 グイっと一飲み、コップに残ったドリンクを喉に流し込む。どうみてもおっさんの晩酌の光景だったが、それを口に出すことは空気の読めないこと甚だしいので、玲奈はなんとか言葉を飲み下した。
「それでレギュラーを逃した連中が、今度は同じことをやり始める。負の連鎖じゃ、馬鹿馬鹿しい。……じゃから、ワシらの代からは年功序列なんてものをなくそうと、今、二年の間で話が出とる」
 初耳だった。
「来年からは実力主義でやるつもりじゃ。でなきゃ、惜しい才能を潰すことになるからのう。……アンタ、あの紅咲とかいうヤツの知り合いじゃったな」
 突然憂弥の名前が出てきて玲奈は戸惑ったが、悲しいけれど、その通りである。腐れ縁というものは仕方がない。
「えー、まぁ、その、一応……はい。っていうか保護者です」
「ガッハッハ! 初日にいきなりやらかしてくれたことはまだ憶えとるぞ! ええコンビじゃ! グラウンドでバットを凶器にした女子は初めて見たから新鮮じゃったわい!」
「あ、ああ、いやできれば忘れて頂きたいんですけど」
「ガッハッハ!」
 顎が外れるんじゃないかというぐらいの大口を開けて大笑いする。これぐらい思い切り笑えたらさぞかし楽しいのだろうなと思った。
 ひとしきり笑ったあとで、幸崎先輩は真面目な顔になる。
「紅咲、アイツは逸材じゃあ。ありゃ間違いなく高校トップレベルの投手になるじゃろて」
「はぁ……?」
 幸崎の褒めっぷりに、玲奈は露骨な疑問符を声に出した。確かに憂弥のレベルは高いのだろうけど、何もトップレベルとまでもてはやされるものではないと思うのだが。その様子を見て、やはり先輩は笑った。
「ガッハッハ! 見とれ、間違いない! 速球も速いし変化球もなかなか、度胸もよーく据わっちょる……なにより」
 そこで言葉を区切り、玲奈の顔をじっと見る。おちゃらけたような表情だったが、その中には相手に言い聞かせるような、自信に満ちた笑みがあった。
「眼の奥に修羅がおる。喉笛を食いちぎるような迫力がある。ありゃ努力では身につかん、天性の才能じゃ」
「はぁ、なるほど……」
 そう聞くとなんだか憂弥が凄い人間のように思えてくるが、それってつまり向こう見ずで無鉄砲な上に自分勝手で喧嘩っ早くて目つきが悪いっていう人格破綻者のことなんじゃなかろうか。言葉を選ぶだけでここまで美しく聞こえるものなのか、日本語とは不思議なものである。
「さて、ちっと喋りすぎたわい。付き合わせて悪かった。じゃけどもいい気分転換になったわい、あんがとさん!」
 言うだけ言って満足したらしく、幸崎先輩はその山のような巨体をのっしと立ち上がらせて、自分の打撃練習へと戻っていった。なんというか、こちらは片桐と違い、見た目の大きさどおりの突き抜けた性格である。ついでに言うと柊先輩とは正反対な性格。同じ二年生でも、やはり個性は様々。
 しかし悪い人たちではなさそうであるからして、玲奈はちょっと安心した。少しばかり、これから先の高校生活が楽しそうに思えてきたのである。
 玲奈は相変わらず外野組を見ている戸美子の方へと近付き、その横に並んだ。
「なんだか、凄い人だったね、幸崎先輩って」
「そうね、面白かった」
 痛快な金属音が響いた方を見やると、フリーバッティングで幸崎先輩が豪快な一発を打ったところだった。重量級打者のバッティングは迫力がある。
「良い人だしね」
 何せあのキワモノ中のキワモノである憂弥を褒めることが出来る人間なんて、そう簡単にいやしない。相当心が寛大な人しか、アレを受け入れることなんてできるわけがない。
 憂弥の大暴れに未だ不安は残るものの、ああいう先輩がいるなら大丈夫だろうと思う。
 なんとなく玲奈は、心が軽くなっていた。




361: 名無しさん@パワプラー:09/06/09 21:03 ID:FA
これは期待していいんだな?
いいんだな?

362: 名無しさん@パワプラー:09/06/11 19:52 ID:Ho
これは期待

363: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:34 ID:zk

 野球好きな父は、ようやく授かった我が子が女の子だと知ったとき、ちょっと残念だったらしい。息子と野球をする楽しみがなくなってしまったと悲しみに暮れて酒をあおる姿を、母が目撃している。
 だがそんな父の立ち直りっぷりは大したもので、いざ娘が生まれるとすっかり娘に夢中になり、気持ち悪いほど可愛がって育て終いには娘に野球をやらせた。そして困ったことに娘も野球にハマってしまったもんだからさぁ大変。絵本や歌が好きな箱入り娘に育てようと思っていたらしい母の企みは数年で崩壊。女の子は常に泥だらけで擦り傷切り傷の絶えないやんちゃな子に育ちましたとさ。
 その後、女の子は多くの悪友に囲まれ、それなりに楽しくスポーツと学校生活に明け暮れ、中学の終わりまで野球少女であり続けた。しかし高校野球の舞台で女の子は活躍できないということを知ると、女の子はマネージャーとして野球に携わることに決めた。ここまで付き合ってきた野球というスポーツに、こうなったらとことんまで付き合ってやろうと思ったのである。
 それに、自分の悪友はまだ野球を続けていくのだ。そんな中で、自分だけが先にドロップアウトしてしまうのは格好悪い。負けず嫌いな性格がそうさせた。

 けたたましい音で、携帯電話が鳴り響く。

 玲奈は布団の中から手を伸ばして携帯を掴むと、目覚まし代わりであるボンジョヴィのハブアナイスデイを止めた。やはり朝一はロックに限る。
 のそりと起き上がって時計を確認。六時丁度。いたっていつも通り。欠伸と背伸びを同時にして身体に酸素を送り込むと、玲奈は自室を出てリビングへと向かった。
「おはよー」
 リビングに入ると、机でコーヒーを飲みながら新聞に目を通している父の、向かい側の席に座る。玲奈の定位置だ。
「またそんな格好で寝てたのか。最近寒いんだから風邪引くぞ」
 下着姿を父に見咎められる。確かにここのところ明け方は妙に冷え込むのでまだ毛布に頼っているところはある。しかし夜に寝付くときは暑くて仕方がないのだ。薄着は快眠を得るための不可抗力である。
「今日はタコさん何個いれる?」
「あー……三つ」
 キッチンに立って朝食及び玲奈の弁当の準備をしている母が尋ねてくる。タコさんというのはいわゆるタコさんウィンナーのことで、玲奈の大好物の一つだ。アレが入っていない弁当など弁当に値しない。小学校の頃に一度、遠足に持っていった弁当にタコさんウィンナーが入っておらず、絶望した挙句弁当に殆ど手をつけずに持ち帰ったことがある。勿論、その時はこっぴどく怒られたのだけれど。

364: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:34
 本日は平日水曜日。三限目には玲奈の好きな英語の授業が待っている。
「もう慣れたか」
「ん?」
 ココアをカップに注いで飲もうとすると、父が言ってくる。玲奈は半分寝惚けた顔で聞き返した。
「高校だよ。中学とは何もかも変わって、新鮮だろ。もう慣れたか」
「あー、うん問題無し」
 暖かいココアを一飲み。喉を下っていく熱い感触が、身体を温め潤すようだ。
「マネージャー友達もできたし、あんまり変わった感じしないよ。野球部だって、マネージャーの今の方が楽だし」
「紅咲君は元気か?」
「あーもう元気過ぎていっそ殺したいくらいよ。もうちょっと大人しくしてくれりゃいいのにさ……」
 はぁ、と朝っぱらからの深い溜め息を見て、父は少し微笑んだ。
「はは、相変わらず、か。高校生にでもなれば少しは落ち着くもんだが……まぁ、それがあの子の良さだ。元気が良い分には結構じゃないか」
「いやだから血の気が多すぎるんだって……」
 玲奈の両親は、紅咲のことをとても気に入っている。何度か家に遊びに来たことがあり、その際にあのふてぶてしさと態度のデカさに何か光るものを感じたらしい。あのバカはあれで(敵意の無い)目上の人間に対する礼儀は心得ているから、その使い分けも大人受けするのだろう。
「また連れてきなさいよ。お母さんも久しぶりに顔見たいし」
 冗談じゃない。
「何が悲しくて家でもアイツの顔見なきゃならないのよ」
「いいじゃないか、あの子が来ると、家の中が明るくなる」
「父さんまで……」
 アレの有害さは、やはり同い年でかつアレの近くにいる人間でないと分からないらしい。どう足掻いてもこの両親の中の、ヤツに対する評価は操作不能なようだ。
 玲奈は諦めてその話を受け流すと、机に出されたベーコントーストに齧り付いた。



365: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:36


 ドアを出ると、冷たい空気が全身を覆った。マンションの十四階ともなると、漂っている空気はよく冷えている。冬は勘弁してほしい環境であるが、初夏の朝にはなかなか有り難い。半分寝惚けていた身体が、ここに来てようやく一気に引き締まる。
 下に降りる為にエレベーターに乗ると、上の階に住んでいるおばさんが先に乗っていた。
「おはよう玲奈ちゃん」
「あ、おはようございます」
 気さくに挨拶をする。中学の時から朝にはよく顔を合わせるので、すっかり顔馴染みなのだ。
「今日も部活? 毎日えらいわねぇ」
「いやー、好きなもんですから」
「ウチの子もそうだったわー。本当、若いって羨ましいわ」
 おばさんにはかつて雲龍の陸上部に所属していた息子さんがいるらしい。今はもう大学生になって都会の方へ出て行っており、こうしてたまに玲奈と会うと、息子さんのことを思い出すのだそうだ。親というものはいつになっても子どものことを常に考えているのだなと、朝からちょっぴり心が温かくなる瞬間である。
 それから少し言葉をかわしていると、あっという間に一階に着き、おばさんはゴミ捨て場、玲奈は玄関へと別れて行く。正面玄関を出てすぐ右には自転車置き場。その中から自分の自転車を引っ張り出して乗り、玲奈の登校は始まる。
 まだ七時前だから、通勤の車も少なく、雑音も排気ガスも無い。朝日に照らされた住宅街の道路のド真ん中を我が物顔で走り抜けても、誰からも咎められない。スズメの鳴き声をBGMに、玲奈は朝餉の香り漂う住宅街を颯爽と駆け抜けた。
 住宅街を出た先、最初の交差点を左折したところにあるコンビニ。そこの駐車場には、ヤンキー座りで朝食のおにぎりを頬張る、ジャージを着た紅咲憂弥の姿がある。これもいつもの待ち合わせの光景だ。
「はいさっさと荷物渡す」
「あいよ」
 憂弥の荷物を全て受け取り、自転車の荷台とカゴに載せる。ここから学校までは三十分ほど。それを憂弥がランニングし、その横を玲奈が併走するのが中学の頃からの習慣である。
「ほんじゃ、いくかな」
 おにぎりの最後の一口を飲み下し、軽く準備運動をした後で、憂弥が駆け出す。遅れずに玲奈もそれに続いた。ここから先はお互いにほぼ無言。ランニング中に、憂弥の呼吸を乱すようなことはできない。
 高校までの道程は中学、小学校の頃とほぼ同じ。かつて通っていた小学校と中学の校門前を通りぬけて、そこからさらに十分ほど行ったところに雲龍高校はある。そんなもんだから、登校風景は十年も前から全く変わらず、新鮮味にとても欠けた。

366: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:36
 涼しい風の吹き抜ける川の上、慣れた橋を渡る。冬は表面が凍りつき、夏は外灯にたかった虫の死骸で見るも無残なこの橋であるが、今の時期はわりと平和である。たまに上空から、ハトによ汚物爆撃があることだけを除けば。
 橋を抜けた後の道路沿いでは、よく通学バスなんかとすれ違う。この辺は小学校や中学校、高校が近辺にまとまってあるので、学生の年代は様々だ。まだ朝も早いゆえ、コンビニ以外に開いているお店と言えばパン屋さんぐらいである。いつもオヤツ代わりに帰り道に買うので、朝は匂いだけお腹いっぱいに吸い込んで、ウィンドウに並ぶ美味しそうなパンたちを見ないようにして通過する。
 しばらく行くと、次はかつて通った小学校が右手に見える。時間はまだ七時を過ぎた頃だというのに、既に校庭には何人もの小学生らの姿が見えた。ドッジボールをしたり鉄棒をしたり、野球をしたりサッカーをしたり、思い思いに遊ぶそのエネルギーは、果たしてどこから沸いてくるのだろうか。かつては自分もあの中にいたのだと思うと、余計に不思議でならない。しかし何よりも、この子どもたちの為に早起きして学校の鍵を開けてくれる先生にはほとほと感心するばかりだ。玲奈のときは校長先生だったけど、今は一体誰がその役をやってくれているのだろうか。
 その次は中学校だ。小学校よりも大きく、どこか威厳を感じさせる風体が、どっしりと敷地内に腰を下ろしている。カラフルな遊具なんかがない分、小学校より厳格そうに見えるのだろう。汚れの目立つコンクリートの壁が、厳しくもあり、そして懐かしい。校庭には、まだ人影が無い。野球部の朝練は七時半開始だったはずだ。一般生徒も、夜更かしをするので、朝は小学生以上に気だるいものである。
 ちらっと、憂弥に視線を配る。体調が悪いかどうかをチェックするのだ。本人は気付いていないようであるが、憂弥は体調が優れないと、大体これぐらいの距離で呼吸が乱れてくる。腐れ縁ゆえの、長い付き合いだからこそ分かる癖だ。
 見たところ、今日は大丈夫な様子。呼吸のリズムは一定で、顔色も良い。玲奈以上に負けず嫌いなこのバカは、怪我や体調不良を絶対に口に出さないから、こうして見てやらなければ大変なことになる。
 そこから十分ほど走ると、雲龍高校前バス停を通過する。校門はもう目の前だ。
 到着後、憂弥は立ち止まらずそのままグラウンドへ。七時半からは、野球部の朝練が始まる。この辺り中学の頃から習慣に変化が無いのはありがたかった。もっとも玲奈は練習に参加することがなくなったのだけれど。
 無言のままに別れ、駐輪場に自転車をとめると、憂弥の荷物も一緒に背負い玲奈は教室へと向かう。流石に二人分の勉強道具にスポーツバッグを持つのは文字通り荷が重いが、伊達に中学まで男子と同じ部活で鍛えてはいない。靴箱で上履きに履き替えてから、重い荷物をよっこらせと抱え上げると、玲奈は階段を上った。この時間帯、部活でグラウンドにいる人以外は生徒会役員ぐらいしか学校にいないので、この怪力女たる姿を一般生徒に見られることがないのが救いだった。悪いことをしているわけではないのだが、やはり恥ずかしい。とうの昔に乙女心とやらを失ってしまった自分とは言え、恥ずかしいものは恥ずかしいののである。
 教室に辿りつくと、玲奈は憂弥の席に預かった荷物を下ろして、そのまま教室の窓を全開にした。額の汗をひと拭きして、自分の席に座り込む。朝の静謐な雰囲気の中、開け放した窓から冷たい空気が流れ込んでくるのが気持ち良い。玲奈はこの空間が好きだった。
 首筋にそっと触る朝の風が、ほてった身体に心地良い。
 そうしていつものように、夏の早朝をたっぷり味わおうと思っていたときだった。
「小倉川、玲奈さんだね」

367: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:37
 妙にキザったらしい中性的な声で、名前を呼ばれた。一瞬硬直したあとで振り向くと、教室の後ろのドアのところに、一人の男子が立っている。制服は着ているので、ウチの男子生徒であることは間違いなさそうだ。背はスラリとして高く足はモデルのように長く、顔も間違いなく美男子。そんなアイドルみたいな男子が優しい微笑でこちらを見つめてきているのだから、女子ならば赤面してときめいて然りの場面。……なのだろうけど、生憎と玲奈は気持ち悪さと寒気しか感じなかった。
「……どちら様?」
 ひきつる口をなんとか動かして質問すると、美男子A(仮)はフッ……とすかした笑みを一つ。玲奈の全身に、ぞわわっと鳥肌が立った。
「これは失礼。自己紹介が遅れてしまった。オレは沢内彰。隣のクラスの男子」
 細長い手足を流れるように動かして、玲奈の机へと歩いてくる沢内。その動きはさながらパリコレのモデルのよう。玲奈は吐き気をなんとか堪えた。
「突然だけど……」
 風に舞うような柔らかい髪を揺らして、沢内はこちらの手をひしと握り、瞳を覗き込んできた。
「オレと付き合ってくれ」
「……………………は?」
 気持ち悪さと嫌悪感で既にこちらの脳は限界だというのに、ダメ押しのように投げかけられる一言。玲奈はもうそろそろホワイトアウトしそうな思考の中で、精一杯疑問符を浮かべた。
「いみが、わかり、ません」
「君はとても可憐だ。化粧やアクセサリーに頼ることなく、髪も黒く美しい。真面目で清楚、それでいて健康的な表情。性格だって美人だ。大和撫子、そう呼べる女性に、オレは生まれて初めて出会った。君こそ、オレの女神に相応しい……」
 歯が浮くような台詞とはこういうもののことを言うのだろう。小、中と野球部で精神力と忍耐力を磨き続けた玲奈とは言えど、流石にこれは強烈過ぎた。既に頭の思考回路が追いつかず、目の前の人物に対して、とても短絡的な結論を出そうとしている。
 こいつは変態だ。
 はい正解。
「オレが自分から告白なんて真似をしたのは、これが初めてだ。玲奈さん、君にはそれだけの魅力がある。オレは、君を好きになってしまった……この想いに、応えてくれないか」
「あー、せっかくだけどおことわりします」
 素敵な棒読み。
 ちゃんと答えたつもりだったのに、変態(仮)にとってはあまりに予想外な反応だったらしい。しばらく「え?」という表情で固まって、それから焦りを隠して言葉をつなげる。

368: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:38
「は、ハハハ、心配することはないよ。オレがここまで惚れてしまった女性は君が初めてだ。決して浮気なんかしない。確かに、オレに言い寄ってくる女は多いさ。でもそんな奴ら、君の魅力に比べては塵に等しい。……君が望むなら、モデルの仕事だって蹴るよ」
 ああ、そういえば隣のクラスに雑誌や広告のモデルとして活躍しているマヂイケてる男子がいるとは聞いていたけど、それがこの沢内のことなのか。タレント養成所で演劇の練習もしているとかで、それならこの芝居がかった物言いにもいくらか納得がいく。
「いやあのー、あたしはべつに、つきあうつもりとか、まったくないんで」
「大丈夫!」
 ガシッと一際強く手を握られる。痛いっ! なんて叫べばちょっとは絵になっただろう。でも悲しいことに痛くなかった。多分、握力はこちらの方が強いのだと思う。悲しいことに。
「君に不利益になることは絶対にしないと誓おう! なんども言う! 玲奈さん、オレは、いや僕は、君が好きで好きでどうしようもないんだ!」
 いやいや、あたしはあなたのこと、なにもしりませんから、かんべんしてください。
「あー、ウゼーなこの変態野郎」
「へ?」
「ああいえちょっと、お、オホホ」
 つい本音と建前が入れ替わってしまった。それがきっかけで冷静さを取り戻す。
「あの、アタシは今、その、野球部でマネージャーやってて、そっちが忙しくて付き合うとかなんとか、そういうのに手を回してる暇がないんですよ。だからごめんなさい。他あたってくれないかな」
 精一杯の苦笑いで告げる。しかしまだ言葉は通じなかったようだ。
「そんな……っ! 言ってくれさえすれば、オレはどんな癖だろうと行動だろうと正すことができる! 君が望む男になれるよ! それでも駄目なのかい?!」
 だったら今すぐその三文役者みたいな大袈裟な芝居調をやめて背筋を伸ばして一般男子高校生に少しでも溶け込めるように努力しろついでにこっから出てけ。と思ったが流石に口には出せず。事は穏便に済ませなきゃならない。
「あの、アタシさ、野球やってる人たちが好きで、マネージャーやってるの。モデルとか、タレントとか、観るのはいいけど、付き合うってのは無理だから。ごめんね」
「え、そ……そんな……」
 この世の終わりのような顔をして、沢内はふらふらと教室を出て行った。こんな時まで絶望に打ちひしがれた主人公のような素振りで歩くとは、なかなかの役者である。気持ち悪いけど。
 沢田が出て行って数分して、玲奈以外の最初の登校者。女子二名。名前は憶えてないけど、とりあえず挨拶はした。もうちょっと沢内を追い返すのが遅く、彼女らに現場を見られていたら、きっと今日から素敵な噂を立てられていたに違いない。恐ろしいやら安心したやら、玲奈はホっと胸を撫で下ろした。あと十分もしたら、戸美子もやってくるだろう。彼女はああいった沢内のような有名生徒のプロフィールに敏感なので、あとで沢内の人物像を聞こうと思う。
「…………ぐぅ」
 朝から意味も無く疲れてしまったので、朝礼までの時間は睡眠に費やすことに決めた。
 机に突っ伏し、朝練連中のランニングの音を遠くに聞きながら、玲奈は全てを忘れて寝ることにした。



369: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:39


「聞いた?! 沢内君フラれちゃったんだって!」
「聞いた聞いた! すっごい落ち込んでたかわいそう!」
「っていうか沢内君ふるとかありえないし! 誰、誰なん?!」
「分かんない! 沢内君全然言ってくれないから」
 昼休みに、周囲はそんな話題でもちきりだった。
 我関せず聞く耳持たぬの表情を貫く玲奈であるが、沢内の名が飛び出すたびにギクリと心臓が痛む。まさかの当事者は、できるだけ小さくなっているべし。
 机に座って戸美子とともに弁当をつつくも、ろくに落ち着けない。三匹目のタコさんを口に放り込むも、味なんてするわけがなかった。
「玲奈ちゃんも聞いた? 沢内君の話」
 タコさんが喉につまりかける。盛大にゲホゲホとむせ込んだ。
「ちょっと、大丈夫玲奈ちゃん?!」
「ゲホッ……あー、ごめん。いやー飲み違えたわ。あはは」
 我ながらなかなかに誤魔化しきれていない。
「……沢内君の話、聞いた?」
「ん? ああいや、っていうかサワウチって誰ー? みたいな」
「えっ?! もしかして沢内君知らないの?! すっごい有名人なのに」
 そんなに有名人なのか。今朝の今朝まで知らなかったのに。
「家が企業のお偉いさんで、成績優秀、スタイル抜群、スポーツ万能、雑誌モデル。高校生タレントとして芸能界からもスカウトが来てるって話。今、ウチの学校で一番人気のある男子だよ。ご両親が雲龍出身で、名門校の推薦蹴ってこっちに来たんだって」
 絵に描いたようなパーフェクト男子。そりゃ女子一同が大騒ぎするのも仕方ない。
「アンタもよく知ってるわねそんな情報」
「えへへ、実は沢内君が載ってるファッション雑誌読んでたり」
 ミーハーめ。
「その沢内君が自分から告白してフラれたんだって。信じられないよね。どんな人なんだろ、先輩かな。そんな可愛い人、雲龍にいたっけ……」
 うーんと頭を抱えて考え込む戸美子。この辺り他人の色恋沙汰に興味津々なのはやっぱり女の子だ。
 とりあえずはヒントその一。
「……案外フツーの女子かもよ」
「まさか、沢内君レベルがフツーの女子なんて相手にするかなぁ……」
 ヒントその二。
「……意外とガサツな感じの女子かもしれないし」
「えー、でも雑誌の特集に『大人しい人がタイプです』って書いてたよ」
 ヒントその三。
「時代遅れのポニーテールだったりして」
「玲奈ちゃんじゃないんだから、今時ポニーの女子なんて他にいないよ」
 どうやら戸美子の基準から、玲奈は大幅に外れているらしい。安心したやらムカつくやら。っていうか今時ポニーってなんだ今時って。これが一番暑くなくて動き易いんだよ、この戸美子のクセに。
「うーん、恋愛がらみの話はアタシャよく分からんわ」
 付き合いの長い男子は若干二名ほどいるけど。あれは恋愛とかそういう次元の話ではない気がする。

370: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:39
「誰だろー気になるなー」
「戸美子、箸くわえたまま喋らない」
「はーいお母さん」
 なかなかノリが良い。
「なに? もしかしてアンタもあの沢内のこと狙ってんの? あんなキザったらしい変態のどこがいいんだか」
「? 玲奈ちゃん沢内君のこと」
「ああいや、知らない。知らないようんあはは」
 すんでのところで回避。危ないところであった。
「アンタはどうなのよ戸美子。もしかして沢内狙い?」
「ち、違うよー」
 ちょっと赤くなりながら否定する戸美子。その様子が格別可愛い。やっぱ女の子は可愛くてナンボだ。うん。と玲奈はオヤジ思考で一人うんうんと頷いた。
「ほら、やっぱり人の恋って気にならない?」
「いや、全然」
 玲奈は即座に否定した。
「えー玲奈ちゃんそれはつまんないよ」
「そうかねぇ」
 玲奈は昔から恋愛沙汰にあまり興味が無い。そりゃフツーの女の子であるからして、告白される経験もしたことはあったけど、全部断った。興味が無かったから。流行りの恋愛ドラマも、同級生の話題が気になって観てはみたものの結局最後まで観通すことはできなかった。面白くなかったから。恋する暇あるなら野球やる。そういう小中学生時代よ。恨むなら野球を教えた父を恨むべし。
「恋愛してみるのも、面白いのかもね」
 無理だけど。
 ぼそっとつぶやいてから、玲奈は最後のタコさんウィンナーを食べることに集中する。
 そんなふうに過ぎていく、ある日の昼下がりであった。



371: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:40


 翌日の放課後、部活の前。一足先にグラウンドに到着した玲奈は、憂弥のストレッチを手伝っていた。憂弥が脚を伸ばして座り込みその背中を玲奈が押す、オーソドックスな柔軟体操である。投手の身体は、プロレスラーのような筋肉質なものではいけない。鞭のように柔らかくしなる身体でないと、速球は投げられないのだ。だからこういったストレッチは欠かせない。もっとも、憂弥の身体は既にぐにゃんぐにゃんに柔らかく、ゴム人形みたいで気持ち悪いぐらいなのだが。
「ねぇ、アンタ沢内君って人知ってる?」
「いや、知らね」
 まぁそうだろうな。やはりコイツと自分の思考は若干、とても若干、断じて少しなのだが、似ているところがある。認めたくないが。
「有名人らしいんだけどさ」
「なんだ? 野球上手いのかよ?」
「スポーツ万能なんだってさ」
「だから野球はどうなんだって」
「それは知らない」
「んじゃどうでもいいや」
 一気に興味を失ってしまったらしく、柔軟体操を続ける憂弥。予測できたことなので、別段気にも留めず、玲奈は腕のマッサージを手伝った。
「上腕筋が張ってるわよ。ちゃんとお風呂の中で伸ばした?」
「いや、昨日は、風呂の中では何もしてねぇわ」
「ダメだって。お風呂の中と、出てから、二回のマッサージが重要なんだから。もう今日は筋トレとシャドウピッチング禁止。筋肉硬くなるからね」
「あいよー」
 玲奈は憂弥のトレーナーのようなものでもある。練習メニューにまで深く関わったりはしないが、身体ケアと能率の向上は玲奈の役目だ。このあたりの整体術は、かつての友人からよくよく教授されているのでちょっと自信があったりする。
「仲が良いね」
 後ろから声がかかる。振り向くと、そこにはヒョロっとした優男、柊誠也先輩が立っていた。その表情は絶えず優しい微笑み。この前、三年生相手に見せた冷酷な表情とはまるっきり反対の、とても人当たりの良い顔だ。やはり、こういう人は苦手である。
「あ、先輩どうも。どうしたんで」
「なんか用っすかー」
 玲奈の挨拶を掻き消すようにして、憂弥が生意気な口をきく。それを背中へのトゥーキックで黙らせた後、玲奈は改めてにこやかな笑顔を作った。
「どうしたんですか? あ、もう練習始まっちゃいますかね、すいません」
「いや、まだあと十分は始まらないから、のんびり柔軟していて構わないよ」
 ハハハという、聖人君子のような笑い方。
「今日はちょっと事情があってね、面白そうだったから、僕は早めに来たんだ」
「面白いこと……ですか?」

372: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:41
 玲奈が疑問符を浮かべると、それを受けた先輩はやはり微笑みのまま返答してくる。
「そう、面白いこと。なんと季節外れの新入部員さ。それも、以前スカウトして断られた人材だから、なかなか心が躍ってしまってね。これで雲龍はもっと強くなる」
 機嫌の良さも手伝ってか、先輩の口調は妙に軽快である。
 そんなことより、新入部員だという。もう六月の甲子園予選も目前に迫ったこの時期に入部とは、なかなか珍しい。それだけならまだしも、先輩の言では一度声をかけて断られた相手だと言う。雲龍の野球部からスカウトを受けるほどの人材で、しかも一度は断りながら今になって入部してくるなど、不思議な人間もいたものである。確かにそれは面白い。
「へぇ、凄いですね。今になって入部なんて……こういっちゃなんですけど、先輩方からの視線とか厳しくならないですか? 一番新入り、なんてなると、実力あってもイジメられたりしないですかね」
 密かな相談。以前幸崎先輩が大口を開けて笑いながら話していた内容が本当なら、二年生の先輩らはこの手の話題に関してかなり寛容であるはずだ。
 そんな不安半分期待半分での質問だったが、どうやら期待のほうが勝ったようである。柊先輩の表情は、決して曇ることなかった。
「安心してくれ。僕たちの代からは実力主義社会だ。努力した凡才より、結果が出せる天才を優先する。そうじゃなきゃ甲子園なんて狙えない。今回の新入部員は、間違いなく天才だ。僕と幸崎が、イジメなんてさせはしないさ」
 それを聞いて安心した。新入部員の人が救われたということももっともであるが、何よりこの、実力はあるくせに性格と態度に非常に難アリなバカの末路が気にかかっていたゆえ、先輩らのその姿勢にはただ感謝するばかりである。
「おっと、そろそろかな」
 柊先輩が見やった先に視線を重ねると、先輩らがどやどやとグラウンドに入ってきていた。その後ろには練習機材を抱えて運ぶ一年生の姿がある。慌てて手伝いに駆けて行こうとしたが、もはや行くには及ばないと、柊先輩が制止してきた。そうまでされては仕方がないので、とりあえず未だに柔軟を続けている空気の読めないバカに蹴りを入れて立ち上がらせ、柊先輩と共に皆のところへ歩く。
「そういえば、新入部員の人って、どんな人なんですか?」
 素朴な疑問だった。が、聞かずにはおられない。
「そうだな、スポーツをするには似合わないルックスだが、野球のセンスは天才と言えるに値する。とてももったいない人間さ」
 ほう、そんな二物を与えられた人間が雲龍にいたとは驚きである。全く知らなかった。
「最初にスカウトした時は、仕事が忙しいとかで断れたんだけどね、なんの心変わりがあったのか、昨日になって突然入部届けが提出された」
「仕事? 高校生がですか?」
 もしかして、新聞配達をしながら通う苦学生の方なのだろうか。だとすれば、本当にもったいない。
「いや、雑誌モデルの仕事らしい。前述した通り、ルックスと顔が良い男子でね。なんでも、芸能界からもお声がかかっているんだそうだ」
 かなり予想が外れた。高校生にして雑誌のモデルをするとは、そりゃなかなか珍しい人物だ。そんな人物が野球とは、奇特な人間もいたもんである。

373: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:42
「もともとスポーツは万能らしくて、いろんな部活から誘いがあったようだが、やは全て断っていたらしい。そんな中で、我が野球部を選択してくれたとは、ありがたいことじゃないか」
 顔が良くてモデルをやっててスポーツ万能なんて、絵に描いたようなパーフェクト男子である。するとグラウンドが黄色い声援で囲まれることになるかも知れない。あまり好ましくない光景であるが、それでもここまで先輩が褒める人間が入部してくれるのだ、喜ばしいことだろう。とても、そう、とても。
 だから今ここで玲奈がとてもおぞましい既視感に襲われていて寒気と同時に軽い吐き気をもよおしながらもそれに耐えつつ震える足をなんとか踏ん張って今すぐこの場から逃げだしたいという欲求を理性でもって抑制して行きたくもない集合場所に歩を進めているという事実は、とても矮小でどうでもよいことなのである。そうに違いない。だってそれはチームのためなんだもの。ああ、アタシってなんて悲劇のヒロイン。
「生理痛か?」
 横から軽くセクハラを噛ましてくれたバカの顔面に裏拳をめり込ませて昏倒させる。思いっきり鼻血を噴き出しながらぶっ倒れるバカを見て、柊先輩がキョトンとしていたが、無視して玲奈は歩いた。お気に入りのジャージに少し鼻血がついてしまった。血液は落ちにくいというのに。
「……顔色が悪いようだけど、大丈夫かい?」
「ええ、平気です。ちょっと冷や汗と動悸と眩暈がとまらないぐらいですから」
「それはマズイと思うんだけど……」
 引きつった表情でこちらを案じてくる柊先輩。その鋼鉄の微笑みにヒビを入れられたことを若干誇らしく思いながら、玲奈はふらつく足元をしっかり踏みしめて歩き、集合場所へと到着した。
 既に現部員が全員整列し、三年生のキャプテンが前に出ている。その横には、新入部員らしい男子が一人。ジャージ姿で立っている。その顔や姿は、嫌なほどに記憶に新し過ぎた。
「今日は、新入部員を紹介する! 一年の」
 もう、そこから先は言わないで欲しかった。

374: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:43
「沢内彰だ!」
「沢内彰です! よろしくお願いします!」
 名前を呼ばれて一歩前進。声高らかに自己紹介をして、天下の美男子はペコリと頭を下げた。
 顔を上げて、沢内は少し視線を動かす。
 するとばっちり目が合ってしまった。
 すかさずとんで来るウィンク一つ。放たれ飛来したハートマークを、玲奈は一瞬で見切りかわした。
「ん? あれってさっきお前が話してたヤツじゃね?」
 斜め後ろからは、とても暢気な憂弥の声。
 もう玲奈はなにがなんやら。せっかく部活が楽しくなりそうだと思いかけていたのに、一安心した矢先がこれかい。
「沢内、何か抱負。宣言しとけ」
 キャプテンが茶化すように言葉を促す。するとそれに同調して、部員らも沢内の言葉を求めてはやし立てる。そしていつの間にか起こる沢内コール。天下の美男子にして雑誌モデルの入部に、全員浮かれているようだ。
 照れたように視線を泳がせて遠慮していた沢内だったが、部員らの大歓声ついに観念したらしく、ぐいっとまた一歩前にでて、ゴホンと大袈裟に咳払いをした。途端に静まり返る一同。
 沢内の口が開かれる。
「甲子園を目指し、そして……恋を成就させます!」
 湧き立つ一同。恋の相手は誰か誰かと騒ぎ立てる周囲に、沢内は素敵な笑顔でそれは秘密ですと答えている。
 もう玲奈は失神してしまいそうだった。どうやら自分は、かなり不幸の女神さまに好かれているらしい。でなければ、こうまで多くの逆境が人生十六年目にして訪れるはずがない。
「すっごい、玲奈ちゃん、沢内君が入部しちゃったよ! ねぇねぇ、雑誌の取材とか来るかなぁ?」
 ミーハーな戸美子が、いつの間にか横に来てはしゃいでいる。
 この物語には所謂「不正」の事件は、一つも無かったのに、それでも不幸な人が出てしまったのである。性格の悲喜劇というものです。人間生活の底には、いつも、この問題が流れています。
 そんな、いつしか読んだ本の一節を脳裏に思い浮かべながら、玲奈の意識はどんどん遠くなっていった。

 拝啓 ご両親さま
   雲龍高校での三年間は、思った以上に、過酷なものとなりそうです。
                               敬具


375: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 03:05
とっても素敵なミステイク
>>363から始まっている章は「03.愛羅武勇」となります。脳内で訂正をお願いします。
大変失礼致しました。


さて、これで雲龍高校編に登場する主な人物は出揃いました。
主人公は小倉川玲奈(おぐらかわレナ)と紅咲憂弥(べにさきユウヤ)で、語りの視点は玲奈が持っています。
なんで世界観はパワプロに沿った(つまり野球の)話なのに主人公が男じゃないんだ! と言われても仕方がないのですが、紅咲は西条と違って所謂「天才、変人」タイプなので、この子が視点を持つと文章が不思議のアッコちゃんになってしまうんですね。困ったことに。

完全にパワプロとは違うお話になると掲示板違いも甚だしいので、どこかで既存のパワプロキャラもきちんと登場させます。
しかし自分のパワプロキャラ知識は11で止まっていますので、そこはどうかご容赦下さい。

以前の西条樹の物語は、最後に恋愛要素を詰め込みすぎてパンクしてしまいましたので、今度はそうならないように気をつけます。
逆ハーレム的な展開はしませんのでご安心を。

それでは長々と御目汚しを失礼。
また気長にお待ち下さい。


あとこれはエロ小説スレの方の話題になるのですが。
エロけりゃいいと思います!
失礼しました。

376: 名無しさん@パワプラー:09/06/29 05:49
これはアメリカのゲームです。一度やってみてください。
これは、たった3分でできるゲームです。試してみてください。
驚く結果をご覧いただけます。

約束してください。絶対に先を読まず、1行ずつ進む事。
たった3分ですから、試す価値ありです。
まず、ペンと、紙をご用意下さい。
先を読むと、願い事が叶わなくなります。
@まず、1番から、11番まで、縦に数字を書いてください。
A1番と2番の横に好きな3〜7の数字をそれぞれお書き下さい。
B3番と7番の横に知っている人の名前をお書き下さい。(必ず、興味の ある性別名前を書く事。男なら女の人、女なら男の人、ゲイなら同姓の名前を書く。)
必ず、1行ずつ進んでください。先を読むと、なにもかもなくなります。
C4,5,6番の横それぞれに、自分の知っている人の名前をお書き下さい。これは、家族の人でも知り合いや、友人、誰でも結構です。
まだ、先を見てはいけませんよ!!
D8、9、10、11番の横に、歌のタイトルをお書き下さい。
E最後にお願い事をして下さい。
さて、ゲームの解説です。
1)このゲームの事を、2番に書いた数字の人に伝えて下さい。
2)3番に書いた人は貴方の愛する人です。
3)7番に書いた人は、好きだけれど叶わぬ恋の相手です。
4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人です。
5)5番に書いた人は、貴方の事をとても良く理解してくれる相手です。
6)6番に書いた人は、貴方に幸運をもたらしてくれる人です

7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌。
8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌。
9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌。
10)そして、11番に書いた歌は、貴方の人生を表す歌です。
この書き 込みを読んでから、1時間以内に10個の掲示板にこの書き込みをコピー して貼って下さい。
そうすれば、あなたの願い事は叶うでしょう。
もし、 貼らなければ、願い事を逆のことが起こるでしょう。
とても奇妙ですが当たってませんか?


377: 名無しさん@パワプラー:09/06/30 17:58 ID:8Q
友沢でてるの少ないと思う

378: 名無しさん@パワプラー:09/06/30 20:09
死ね

379: 名無しさん@パワプラー:09/07/03 16:05
生きろ

380: 名無しさん@パワプラー:09/07/05 01:15 ID:VA
死ねと荒らしつつsageるとは不覚にも萌えた

381: 名無しさん@パワプラー:09/07/07 12:17 ID:4E
みずきはもちろん、12であおいの生徒だし13の全日本で聖とも接点あるから立場としてはおいしい気が>友沢

382: 名無しさん@パワプラー:09/07/27 21:29 ID:Ag
なんか一つ小説が完結しちゃうと途端に過疎った気がする
やっぱ創作心の強い人はこんなとこにはいないもんなのかね
俺もだけど

383: 名無しさん@パワプラー:09/08/10 12:21
≫376 市ね

384: 名無しさん@パワプラー:09/08/22 14:37
私には好きな人がいます。名前は蒼依です
木曜日でした。
7:00に習い事が終わって家に帰ってたときでした。
私は歩いて帰っていたんですがその時メールがきて・・
蒼依からでした。内容は【今会える?】
でした。びっくりして・・・
会えるって返信して近くのコンビにで待ち合わせしたんです
そしたらいきなり後ろから誰かが抱き着いてきて
【華奈好きだよ・・】っていってきたんです
びっくりしつつも後ろを振り返るとそれが蒼依だったんです・・
後ろをふりかったらいきなり蒼依が私にキスしだしたんです
10秒ほどキスされて・・((私てきに長かった))
私が呆然としたら手をひっぱられて蒼依の家に連れてこられたんです
蒼依の家は誰もいなくって・・
蒼依の部屋に入れられて私ちょっとむかつい(?)て【何よ?!】って怒ったら・・
いきなりベッドに倒されて・・
やめてっ・・って抵抗したらもう服のボタンはずされていきなり胸をもみはじめたんです。
あんまり胸は感じない私。((おい))
やめて!!っていって手で蒼依を押したんです
真っ先に逃げようとしたらすぐに【まって!】
って言われて・・【好きなんだ。】って言われて・・
【ヤっっていい?】って・・・。
私も好きだったからつい首を縦にふっちゃって・・
そしたら服をエッチな感じで脱がされて・・
【もう濡れてんの?】と私のオマ○コに指をいれてきたんです
チュクチュクッっていやらしい音してました・・
蒼依はキスしながら私のマ○コに指を出し入れして・・
私が【ンハァンア】って声だしちゃって・・((恥ずかしかった))
蒼依が【もっと聞かせて・・】ってゆーんです!!
そういいながら【掃除しなきゃ・・】っていってマ○コをなめてきたんです!
ペロッペチャクチャ・・っていやらしい音たてて・・おいしいってゆーんです!
私はそれと友にンハァンア・・って快感におぼれてて・・
それからセックスして気絶してたみたいで・・
そのとき何回か私のマ○コに指をいれたり舐めてたみたいで・・
そのときの画像がこれ!
【 】
これを違う掲示板に2箇所はると自動的にみれます・・
恥ずかしいけど見てほしいなっ・・


385: あーなんで11111111111111111111連休ってないんだろ:09/09/19 13:40
>>384
荒らしめ

386: あーなんで11111111111111111111連休ってないんだろ:09/09/19 13:41
>>384
荒らしめ

387: magic:09/09/21 17:51
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388: 名無しさん@パワプラー:09/09/27 20:53
私は小学5年です。昨日、私は小学5年です。昨日、友達と二人で遊んでいました。そしたら同じ学年の男子に会って、そいつらについていきました。すると、そこは野球の出来る広い公園でした。途中で友達が帰ってしまって、私は戸惑いました。でも結局、私は残りました。そしたら、男子達はA君の家にいくそうで、私もついていきました。そしたら、家のカギを閉められ、A君が、『覚悟はできてるな』と言いました。私は、この状態から、空気を読みました。Hをするそうです。私は初めてで、嫌でした。でもA君が私を壁に押し付けて、『いくぞ』と言って服を破りました。でも、スカートは一回も触りませんでした。A君は私の胸をもみ始めました。そしたら他の男子が、『俺も俺も!』と言って、私を床にたおして、みんなで私をせめました。B君は、写メで私の胸を10枚くらいとりました。そしたらC君が、スカートの中に手を突っ込んで、パンツの中に手をいれて、まんこを触りました。私は気持ちがよくて、『ぁっ・・・ん』と声を出してしまいました。最終的には、男子全員がズボンを脱いで、私のカオゃ、胸などに近づけたりして、それは、3時間続きました。私は、ちょっとHが好きになりました。B君がとった写メは、全部で、35枚です。10枚が私の胸で、ぁと10枚がマンコ、5枚が全身です。その写メが見たかったら、これをどこでもいいので、2カ所に貼って下さい。2カ所です。簡単でしょ???これは本当です。他のとは違います。だヵらといって、貼らなかったら不幸が起きるなどとゅうことはないので安心して下さい。2カ所にはると、「                」←ここにアドレスが出てきます。それをクリックすれば、私のすべてが見れます。でも、このアドレスを直接打ち込んでもサイトは見れないので注意して下さい


389: 名無しさん@パワプラー:09/10/03 09:59
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390: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:25 ID:vY
 04.君と僕とのA・B・C



 夏の大会、雲龍高校は甲子園予選決勝戦で敗れた。雲龍が所属している地区リーグの総チーム数はそんなに多くないので、準優勝チームがキップを手に入れられることはない。
 三年生たちは肩を落としたり、意外とさっぱりした顔をしていたりと、それぞれ様々な表情をしていた。
 最後の大会が終わってしまえば、もう三年生たちは練習には来なくなる。部室に置いていた荷物を引き上げて、受験や就職など、それぞれの進路を見据えて再出発を始める。野球の推薦で大学に行く先輩なんかは、それからも練習に顔を出すけど、下級生らの邪魔をするようなことはない。
 初めて間近で見た、高校野球児の散り際。そのあまりのあっけなさに、ちょっと玲奈は拍子抜けしてしまった。甲子園ドキュメンタリー系のテレビ番組で扱われるようなドラマなんて、そこには欠片もなかった。
 そうして、また一つの時代が過去になり、新たな時代が始まる。
 まぁそれはそれとして、予選大会が終わってしばらく経った、今は七月中旬。
 先輩らの存在に感傷的にもなっていられない、期末テストのシーズンだった。
「ぬぬぬぬぬぬ……!」
 頭から湯気でも出てきそうな真っ赤な顔で、玲奈は教科書と向き合う。些細な放課後だって、一切無駄な時間には出来ない。テスト本番は来週から。今は準備のための一週間、この一週間にどれだけの労力を注ぎこめたかどうかで、来週笑うか泣くかが決まる。
 雲龍は文武両道をこそ重んじる校風であり、例えスポーツ推薦で入学した人間であってもテストの成績が低いことは許されない。全ての部活が一切の練習を停止するので、今は久々に憂弥や片桐も交えての勉強会だ。
「だー! 今回憶えるトコ多過ぎでしょこれ! 横文字ばっかこんなに憶えられるかっての!」
 玲奈の得意科目は英語。嫌いな科目は世界史である。アルファベットはすらすら頭の中に入るのに、カタカナ語になった瞬間何かが変わる。高校受験でも苦心したものだが、まだまだ立ちはだかる壁は大きい。
「範囲は広いし名前は似たような奴が多いし……ああもう混乱するー!」
「片桐、ここの計算これでいいのか?」
「…………(こくり)」
「無視?! アタシを無視?!」
「れ、玲奈ちゃん落ち着こうよ……」

391: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:26
 街中の喫茶店。大通りに面し、賑やかな往来を眺めながら様々な人が午後の一服を楽しむ空間ではあるが、試験前の高校生らはそうもしていられない。世界史の横文字と悪戦苦闘する玲奈を他所に、憂弥は数学を、片桐は生物を、そして戸美子は英語の勉強をすすめていた。それぞれの苦手科目である。見事にバラバラで、この集団の協調性の無さが窺い知れるようだった。
 勿論それだけではなく、誰かの苦手科目は誰かの得意科目であるので、お互いに質問しながらのチームワークも出来上がっている。ちなみにそれぞれの得意科目は玲奈が英語、憂弥が物理、片桐は数学、戸美子が日本史と世界史といった具合である。約一名、助け合うには互換性のない人間がいるが、今更なことなのでさして取り上げはしない。
 高校に入学して最初の定期テスト。いわばスタートダッシュのようなもの。それゆえに、皆気合の入れようも生半可ではない。残されたラスト一週間の期間、どれだけ勉強できたかによってその後の先生たちの評価や自身の意気込みが変わってくる。出来る範囲で、一点でも多くの点数を獲得しなければ。
 だったら普段からちゃんと勉強しておけというのは野暮な話である。
 喫茶店にしてはやり過ぎなほどに落ち着いた雰囲気がウリのこのお店。試験勉強にはうってつけの静けさだ。その一角、ファミレスのような大きな机を囲んで参考書と睨めっこする一同。ストローでちびちびとオレンジジュースを飲みながら、玲奈はシャーペンを走らせた。関係の無い話だが、喫茶店のジュースはなんでこれっぽっちで三五〇円もするのだろう。
「玲奈ちゃん、この全体訳分かる?」
「んー見せて……“私は、ゲームをするとき、箸でポテトチップスを食べます”かな、多分」
「こっちは?」
「ええっと……“あなたたちの見てくれることに感謝、今回も”……あ、違うわ、“今回も見てくれてありがとうございます”って訳が自然ね」
「よし、これで答え合わせもバッチリ!」
「アタシが言ったのが正しいとは限らないわよ」
「玲奈ちゃんのことは信用してるから大丈夫だよ」
「知らないからねー」
 戸美子への指導が済んだところで、玲奈は対面に座る片桐と憂弥のコンビに目を向ける。片桐は仕方がないとして、憂弥はもう少し戸美子と会話すべきだと思う。こうして仲良く一緒に喫茶店なんかに入っているわけだし、同じ野球部なんだし。そして、いい加減このバカは友好を深めるという行為を覚えるべきなのだ。


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