パワプロ小説2


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パワプロ小説2

1: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:34 ID:vY
前スレhttp://bbs.2ch2.net/pawapuro/#1が容量オーバーになってしまったので、作成させて頂きます。


2: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:38
早速出申し訳ないのですが、http://bbs.2ch2.net/pawapuro/#1>>390からの続きを書きます。
別に自分の小説の専用スレでもなんでもないので、小説の貼り付けは空気なんて読まずに好きなだけよろしくお願いします。


3: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:39
「そういえば憂弥、アンタ全然戸美子と絡まないわよね、ちっとは仲良くしなさいよ」
 言うと、ギロっという目つきで憂弥がこちらを睨んでくる。というのは見たまんまをそのまんま述べただけで、実際は普通の表情だ。こいつは生まれつき目つきが悪いくせにそれを直そうともしないので、下を向いている状態からこっちを見てきた場合、ギロリという目つきに見えるだけなのである。これがよく誤解を生むのであるが、別に機嫌が悪いわけではないので心配する必要はない。もっとも玲奈の場合は、本当に睨んできたとしても睨み返すだけなので問題ないのだが。
 しかし案の定、戸美子はちょっと怯えてしまったようだった。言葉はないものの、態度が萎縮しているのが雰囲気で分かる。
「あ?」
 おまけにこんな声を出すもんだから救いようが無い。
「(れ、れれ玲奈ちゃん何言ってるの)」
 慌てて小さな声で制止してくる戸美子。
「絡むっつったって、何すんだよ」
「お喋りに決まってんでしょうが」
「何を」
「雑談よ雑談。社会に出たら必須スキルよこれ」
「用事もねぇのに話せるかよ。それよりここ教えてくれ、英語」
 教科書の試験範囲のページを開き、問題を指差してくる。その問題は、先程戸美子に説明したものと全く同じ問題であった。
「あ、それ戸美子に聞いて」
「ええっ?!」
 大声を上げて驚愕する戸美子。周辺のテーブルの視線が一斉にこちらへと向く。それに気付き真っ赤に赤面して、戸美子はしぼむように小さくなった。
「さっき教えてあげたばっかじゃない。そのまま言えばいいのよそのまま」
「ええっでもでも」
 流石に目つきの悪さ雲龍一位の憂弥を前にしては慌てるのも仕方がない。しかしそろそろ猛獣の相手にも慣らしておかないと、これから先が思いやられる。
「んじゃはやいトコ教えてくれやトミー」
「トミーっ?!」
 戸美子が素っ頓狂な声をあげる。
「戸美子だろ。トミーじゃねぇか」
「いやあの、本当は村戸、美子なんだけど」
「んじゃムラ」
「ムラ?!」
「好きな方でいいぞ」
「それって二択なの?!」
 玲奈は感動した。
 そうか、そうだった。ツッコミ役が他にいると、こんなにも楽だったんだ。ああ、なんて幸せ。よしこれからはもっと積極的に、戸美子を憂弥の相方として活用しよう。

4: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:40
「村戸って呼んでやって。ムラはなんか男っぽいし、大人の都合上トミーはやらない方がいいと思うわ」
「もう呼び方とかどうでもいいからさっさと教えてくれ村戸ちゃんよ」
「あ、う、うん」
 憂弥に押されるがままに慌てて英語の訳を始める戸美子。憂弥をヘビに例えるなら、この子はさしずめハムスターとかモルモットとかそのへんだろう。
 余計な刺激を与えないように一言一言に気をつけつつ、慎重に英語を教えるその姿はとても微笑ましい。悪態をつかず静かに話をきく憂弥も、大人しいものだ。意外と相性のいい二人なのかも知れない。
 そんな考えを目で片桐に伝えると、向こうも同じことを感じていたようで、いつもの優しい笑みを返してきた。
 窓の外には、下校中の他校の生徒が多く見える。この辺りは高校が多く建っているので、こうした光景は何ら珍しいものではない。またそういう高校生をターゲットにした喫茶店やアイス店などもこの中央通りには多く並んでいるので、現在テスト期間真っ最中の高校生達の多くが、こうしてどこかの店の中で勉強などしていたりする。だから同じ学校の生徒とたまたま鉢合わせしてしまうことなんて日常的なことだ。
「おや、君達も勉強会か」
 ふとかけられた声は聞き覚えのあるものだったので、一同はすぐに反応してそちらを向いた。ヒョロっとした身体に知的な眼鏡と制服が良く似合う、柊誠也先輩である。
「あ、先輩どうも」
 マネージャー二人は素早く挨拶、片桐もペコリとおじぎをする。そんななかで興味無さ気に黙々と教科書を読んでいるのは言わずもがな、憂弥である。だがそれを欠片も気にせず、柊先輩は話を続けた。
「雲龍は成績にも厳しいからね。テスト結果が悪ければ、部活停止、という処分だってあり得る。気をつけてくれよ。特に、そちらの期待の一年二人」
 視線を投げかけられた片桐は、照れくさそうな謙遜の仕草のあと一礼した。憂弥は相変わらず無視して教科書を読み続けている。流石にムカついた玲奈が、机の下で憂弥の足を蹴った。弁慶の泣き所を的確に射抜かれた憂弥が、うめき声をあげてうずくまる。
「……? どうした紅咲」
「いやただの発作です気にしないで下さい」
 玲奈が即答し、先輩はきょとんとする。そんなところに、新たな人間が参入してきた。
「おお、勉強かぁ! 結構結構! 学生の本分を忘れちゃいかんけんの!」
 見覚えのある巨体。柊先輩の二倍はあろうかという肩幅をずんずんと揺らす、幸崎啓司先輩の登場だ。この相撲取りの脂肪をそっくり筋肉に入れ替えたような肉体が歩くには、喫茶店という場所はあまりに場違いである。
「幸崎、店のなかで大声を出すな」
「おおっとすまんすまん、性分じゃけぇ」
 しかし注意されたからと言って声のトーンはあまり落ちなかった。性分というやつなのだろう。

5: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:41
「先輩方も来てたんですか、こんなところで会うなんて珍しいですよね」
 出会いがしらの愛想笑いもそこそこに玲奈が訊くと、柊先輩は心外だという様子で返してくる。
「ここは僕の通学路兼勉強場所だよ。部活後や、こうしたテスト期間の間はずっとここにいる。僕にしてみては、今日君達が来たことの方が驚きだよ」
「わしゃ、テスト勉強のときだけ、コイツの世話になりにきとる」
 柊先輩はここの常連らしかった。今までずっと部活後はこの付近を通っていたが、全く気がつかなかった。でも確かにこの学生向きとは思えぬほどに落ち着いた雰囲気の喫茶店は、大人びた柊先輩にはとても合っているように思える。そう思うと、ますます幸崎先輩が場違いに思えてくるから不思議だ。
「あ、座りますか」
「いや大丈夫、すぐに戻るよ。勉強の邪魔をしちゃ悪い」
 慌てて席を詰めてあけようとする玲奈を、柊先輩が制し、そのまま別れの挨拶をして自分達の席へと帰って行った。
「いやー、びっくりした。まさか先輩達と鉢合わせするとは思わなかったわ」
 別段意味も無く額の汗を拭う素振りなどしながら一人ごちる。足キックの恨みが残っているらしい憂弥が禍々しい目つきでこちらを睨んできているが、いつものことなので無視した。
「柊先輩ってすっごい優等生で、テスト順位はいっつも学年五番以内なんだってさ」
「へぇー」
 ゴシップ好きな戸美子から伝えられるそんな情報。確かにあのインテリ眼鏡でインドアな感じのする柊先輩からは常に成績優秀オーラが溢れ出ている。だから別に驚きはしなかった。
「将来は弁護士を目指してて、進学先の第一志望は首都文科大学法学部なんだって」
 首都文科大と言えば文系学生の頂点に君臨する最難関大学だ。そこの法学部と言えばまさしく、玲奈たちが見たら仰天するような偏差値を誇る天上の世界。そんなところを、甲子園を目指しつつ志望しているとは、柊誠也侮り難し。
 しかし何にもまして玲奈が侮り難く思ったのは、戸美子の情報網だった。いったいこの子はどこからそんな細かい情報を入手してくるんだろう。
「アンタのネットワークってたまに恐ろしいわ」
「え?」
「いったい先輩たちのどこからどこまでを知ってるのよ」
「家族構成くらいまでなら言えるよ?」
 プライバシーも何もあったもんじゃない。友達とは言え、この子にだけはあまり余計な情報を流さないようにしておこう。

6: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:42
 再びカリカリという音が机に響き始める。
 静か過ぎて誰も喋ろうとしない、正しい勉強会の姿勢とは言えどもどこか居心地が悪い。そんな状態だ。
 一時間近くが経過したところで、玲奈はちょっと息が苦しくなって、みんなの表情へと目をやった。しかし誰も脇目を振らず教科書に向かっているので、話しかけることなんてできやしない。やっぱり勉強は一人でやるに限る。なまじ人がいると微妙な雰囲気になってしまう。
 だからつい「また誰か闖入者が来て場を和ませてくれたりしないものか」なんて思ってしまった。もしこれが原因だったのならば、玲奈は時間さえ超えて数分前の自分を殴り倒していることだろう。ちっぽけな人間程度の願いがそう簡単に神様に届くなんてことあるはずがない。それは分かっている。だけど、これはもはや人知を超えた力が働いているとしか思えなかった。
 店のドアが開き、カランカランという音と、店員の元気ないらっしゃいませが響く。たった今入店したばかりの人物が、細長い手足を躍らせるように、ゆっくりと歩く。その姿はさながらモデルようで、挙動一つの中に幾つもの優雅さが流れていた。
 ほんの少し、店内がざわつく。特に女性らの小さな声がいっそう強くなった。それは勉強に集中している玲奈たちにも聞き分けられるほど。
 なんだなんだ、芸能人でも来たのかと訝った玲奈が注目の的の方へと目をやると、直後に凍りついた。
 っていうか目が合ってる。
 なんでだ。
 なんでこんなところにヤツが。
 同時に目を上げたらしい戸美子が大袈裟にはしゃぎはじめる。
「っ……! れ、れなちゃん、アレ! アレが沢内君だよ! ね、ね! 格好良いでしょ?!」
 袖をひっぱられて力説されるが、もはや玲奈の耳にそんな言葉届いてはいなかった。いかにしてこの状況を切り抜けるか。どうやって事を穏便にすませるか。いや殺るか殺られるか。この変態野郎に対しての防衛手段を考えることで、玲奈の頭はいっぱいだった。
「奇遇だね、玲奈さん……会いたかった」
 こちらのテーブルへと来るなり甘ったるい声で囁かれる言葉。こんなことされたら、もうこれだけで、一般女子は嬉しさから失神しそうになることうけあいである。玲奈は、気持ち悪さから失神しそうになった。隣ではまさかの玲奈コールに驚き動揺する戸美子。ああ、もう終わったかなもしかして。
「隣を失礼」
 沢内はセミロングの髪をファサっとかきあげながら、玲奈の向かい側、片桐の隣へと座った。大き目のテーブルではあるが、流石に片側に男子三人は窮屈そうである。しかしそんなこと、玲奈のことしか眼に入っていない沢内には関係ない様子だった。
「まさかこんな喫茶店で再びお会いすることになるなんて、数奇な運命だね……」
「あの……なんか用ですか?」
 これ以上事態を大きくしたくないがために、玲奈は出来る限り下から物を言う。それを受けた沢内は、申し訳無さそうに頭を下げてきた。
「この前はすまない。君の気持ちも考えず、一人で突っ走ってしまった。本当にすまない。今日はそれを謝りたかっただけなんだ。……そして」
 すっと手が伸び、こちらの手を優しく握ろうとしてくる。驚異的な反射神経で、玲奈は手を引っ込めた。そんなあからさまな拒否すら全く樹にしない様子で、沢内は続ける。

7: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:42
「……君に少しでも相応しい男になるために、野球部に入った。だから、よければ、友人として、そこからオレという人間を見てくれないか」
 まるでドラマのワンシーンのように真剣な眼差しで語りかけてくる。この辺りの雰囲気と言葉の演出は流石だと思った。戸美子なんて横でもう、ロケを見る女の子みたいにときめいた表情で事の行き先を見守っている。目をキラキラさせないでよ気持ち悪いなぁもう。
「片桐、ここの公式どこに載ってんだ?」
「……(教科書をめくる)」
 ま、こいつらはいいとして。
「……あのさ、アタシの気を引きたいために野球やるってんなら、すぐに辞めてくれない?」
 とりあえずこの沢内には言っておきたいことがあった。
「アタシはね、野球が大好きなの。観るのもやるのもどっちも大好き。グラウンドで一生懸命練習してる人を見るのも大好き。だからね、アンタみたいに不純な動機で野球始めた人間には、すっごく腹が立つの」
 野球は玲奈がずっと昔から愛してきたスポーツだ。それを通じて自分自身が成長するのは勿論、仲間との繋がりや、他人の努力を褒め、それに負けじと練習し、最後の成果を皆で分かち合う。そういうものであるべきなのだ。
 だから、こういう、自分の事しか頭にないような人間が野球をやっていることは、玲奈にとってはとても不愉快なのである。
「もし野球やるならね」
 ギッと睨みをきかせる。これがテレビドラマなら今、とてつもない緊張感が流れているはずだ。
「おい片桐、付箋貸してくれ」
「……(そっ)」
 ま、こいつらは別として。
「全力でやんなさいよ。じゃなきゃ、いい加減アタシもキレるから」
 ドスの利いた声で言う。若干二名ほどのせいでいまいち緊迫感には欠けたが、戸美子が怯えたような顔をしているのでそこそこ雰囲気は出ているようである。
 流石の沢内も、これには少し堪えたようだった。いつになく真剣な表情で、口元をちょっと引き締めながら、玲奈の方を見つめてきている。
 そして沢内は、すっと席を立った。
「玲奈さん、君は……いや、貴女はやはり素晴らしい女性だ。絶対にオレは、君に相応しい男になってみせる。……見ていてくれ」
 そう言って、何を思ったかテーブルの上にある伝票を手に取る。

8: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:43
「これはオレが清算しておくよ。オレに大切なことを教えてくれた、玲奈さんへのお礼だ」
「えっちょ、何勝手なこと……?!」
「じゃあ玲奈さん、また」
 甘い微笑みとウィンク一つを残し、沢内は去っていった。
 ちらりと横を見る。戸美子が、他人の恋路を見守る乙女の顔になっていた。ついでに、今の話をとても詳しく聞きたくて仕方がない顔だ。キラキラとした瞳で、こちらを見つめてきている。
「ねぇ……玲奈ちゃん」
 話しかけてくる。やめてくれ。その言葉を体現するかのように、玲奈はずりずりとテーブルの下に沈んだ。
「おい、沢内って良い奴だな。金全部払ってくれたぜ」
 そんな暢気な言葉が頭上から聞こえてくる。玲奈は、無言のままに、テーブルの下からそのアホの足を殴りつけた。確かな手ごたえ。いい感じに骨と筋肉の隙間にヒットしたようである。
 とりあえず周囲の視線や戸美子の好奇の視線が収まるまで、ここに隠れていよう。そう思い。狭いスペースで体育座り。
「ねぇねぇ、今の、どういうことなの? もしかして」
 戸美子もテーブル下まで降りてきた。そして隣で体育座り。いつもは可愛いこの子が、今日ばかりは魔女や悪魔の類に見える。その興味に満ちた微笑みからは、邪悪な気配がビンビンに伝わってきた。
「ねぇ、沢内君が告白してフラれた人って」
 玲奈は溜め息一つついたあと、この逃げられない状況下でなんとか気を紛らわそうと、とりあえず目の前のアホの足をもう一度殴ることにした。

9: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:44


「ふむ、流石はスポーツ万能と言われただけはある」
 放課後の練習中に、誠也は一年生らのバッティングを眺めながら呟いた。視線の先には噂の新入部員、沢内彰の姿がある。
 運動神経の良い悪いというのは、身体の動きがスムーズにできるかどうかできまる。例えば水泳では、腕と足の動きを無意識に連動させ、流れるような動きができるかどうか。サッカーにおいては、早くそして複雑に走るためにいかに双方の脚を柔軟に素早く動かせるかどうか。そして野球では、腕や脚の動きと、腰の回転をいかに上手くシンクロさせることができるかどうかだ。
 運動神経の良い人間というのは、この身体の部位の連携がとてつもなく上手い。それはこの、沢内彰も例外ではなかった。
 痛烈なゴロが、三塁線へと勢い良く転げていく。通算十二本目の、ヒット性の当たりだ。強いライナーはまぐれで打てても、強いゴロは実力がなければ打てない。ゴロを打つには、綺麗なダウンスイングとボールを叩きつける力が必要だからだ。投手陣も緩い球を投げているとはいえ、まともに素振りをこなしたこともないだろうにここまでのバッティングが出来るとは、やはりその才能侮りがたし。
 守備は練習次第でどうにでもなる。しかしバッティングは個人の持って生まれたセンスに頼るところが大きい。ここまでのセンスを持ちえた人材だ。これからの成長を思うと震えが止まらない。
「来年こそは必ず甲子園の土を踏んでやるさ」
「あのーセンパイそろそろ投げたいんすけど」
「ん? ああ、すまない」
 そういえば今は紅咲の投球練習に付き合ってやっている最中だった。あまり余所見をして、時間を潰しては申し訳ない。
 彼、紅咲もまた、自分の野望を担ってくれる一人なのだから。
 ミットを構えると、その小柄な身体からは想像もつかないような速球が飛び込んでくる。誠也はそれを、奥歯に力を入れながら捕球した。この球だけは、何度受けても慣れなかった。紅咲憂弥の身長は、自分より十センチほども小さい。なのに、どこにこんな剛速球を投げる力が隠されているのか。
 これもやはり才能である。脚の捻りから腰の回転、そして振り下ろす腕のしなり、最後にきかせる手首のスナップ。そのどれもが流れるようにベストな状態で連鎖するのだろう。そして驚くべきはこのスタミナと回復力。何しろ昨日と今日とで合計三百球以上は投げ込んでいる。しかし全く疲れを見せず、相変わらずの速球を投げ続けている。これは努力の結果だ。たゆまぬ反復練習と地道なランニングで培われたものである。才能と努力。二つを備えた天才は、ついに凡人には到底及びもつかぬ領域へと辿り着く。
 そうだ。
 自分が欲しかったのはこういう人材だ。
 才能だけではない、努力だけでもない。そのどちらをも兼ね備え、確実に結果を出すことのできる人間。それこそが、甲子園への道を切り開く最良の道具となる。
 カキーンという豪快な音が、背後から聞こえる。紅咲の投球を受けたあとでそちらを振り向くと、これも一年、片桐桐人が、たったいま特大のアーチを空に描いたところであった。その白い軌跡を目で追い、暫く呆気に取られ、誠也は口元を緩ませる。
 実力をないがしろにし、ただ積み重ねてきた努力と時間だけを基準に選手を編成し、そして負けた哀れな上の方々。それらに対する哀れみと侮蔑の感情を胸中で織り交ぜながら、誠也は紅咲に向き直った。
 来年こそは。
 彼の眼鏡の奥に光る眼がギラギラと野望に燃えていたことを、知るものはいなかった。

10: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:45



 周囲の視線が痛い。最近、とにかく何をやっていても好奇の目線に見つめられている気がする。授業中だろうが下校中だろうが関係なく、とにかくいつも。
 原因は分かっていた。先日の喫茶店での出来事だ。戸美子には固く口を禁じていたのだが、やはり見られるところからは見られていたらしい。世紀の美男子沢内彰を愚かにもフったスーパー勘違い女として、玲奈はちょっとばかし有名人となっていた。
 視線の気配がした方をバッと振り向き睨む。が、こちらを見ていたらしい女子陣は、すぐに玲奈から視線を外し、いつもの調子を装った。
 玲奈は深い溜め息をつくと、教科書を抱えて再び廊下を歩き出した。
 女の子は大好きだ。柔らかくていい匂いがして何より可愛い。男なんかとは比べ物にならない。だけど、こういった若干陰湿な部分はとても遠慮したかった。
 文句があるなら正面から言ってくれれば多少弁解の余地もあるというのに。最初っから沢内をフった女というだけであれこれと人格を想像されるのだけは勘弁である。
 教室に戻る。ざわついていた教室内が、ほんの一瞬だけ静かになり、そしてすぐにまた元の喧騒を取り戻す。どうやらここにも、玲奈の落ち着く場所はないようだった。
 とりあえず自分の席につくと、疲れがどっと押し寄せてくる。あの日から数日でこんな調子である。人の噂も四十五日とはいうものの、これで一ヶ月以上もつ気がしなかった。
 机の上で頭を抱え本日最初の溜め息。昨日の記録は一日合計七十八回なので、記録更新をしてしまわないように注意しておきたい。
「これ、昨日借りてたノート」
 バサっと目の前に落とされる数学のノート。見やると、同じく移動教室から帰ってきた憂弥が、いつも通りの表情で立っていた。ああ、不本意ながら、こんなヤツでも、友人としてありがたいと思う日が来るなんて。
「たまにアンタに感謝するけど本当に自己嫌悪するわ」
「は?」
「…………」
 そっと、憂弥の背後から現れた片桐が、その肩にぽんと手を置いた。振り返る憂弥。
 片桐が少し目を伏せて、厳しげな表情で軽く首を縦横に数度動かす。それを無言で見つめる憂弥、と玲奈。

11: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:49
 しばらくすると憂弥が、こちらを小馬鹿にしたような顔をして振り向いてきた。
「へっ、なんだお前、妙な噂が立ったぐらいで意気消沈してんのかよ。よえーなぁオイ」
 今の遣り取りからコイツはどうやってそんな内容を知り得たのだろう。毎度のことながら素晴らしいテレパシー会話である。
 小馬鹿な表情に違わない小馬鹿にしたようなその口調。普段なら鉄拳一発とともに反論するところだが、今回ばかりは痛いところを突かれているため、それもできなかった。
 そう、コイツの言う通り自身が弱いだけなのだ。こんな下らないことで心が折れそうになるなんて、ざまぁない。こんな時こそ気丈な精神を以って耐えなくてどうする。とは言え、幼い頃から男の子たちに混じった、殴り合いや悪口の言い合いで育ってきた玲奈にとって、この延々と続くヒソヒソ話地獄はなんとも耐えがたかった。
「ま、メンタルトレーニングだと思って頑張れよ」
「……簡単に言ってくれるわねアンタ……」
 友人とは言えやはりそこは他人。危機感の欠片もない様子で軽く言ってくれる。後ろで片桐がオロオロしながら会話を見守っているのがなかなか面白い光景だった。
「しっかしお前ももったいねぇよな。なんか倍率高いらしいじゃんあの、なんだっけ。あれ、沢内だ。体裁良いなら付き合ってみても良かったんじゃねぇの」
「無理、無理無理。キモい」
 言って、ハッとして周囲を見やる。沢内がキモいなんて本音を迂闊にばら撒いては、また明日から冷たい目線が増えるに違いない。しかし、どうやら周囲の皆様には聞かれていないようだったので一安心。
「…………」
「ああ? 別に口喧嘩してるわけじゃねぇんだからよ」
 片桐との会話。どうやら片桐の方はこの話題をさっさと切り上げるように諭してくれたらしい。ありがたいことである。そしてコイツは本当に空気が読めてない。
「……もういいから席に戻りなさいよ。次の授業始まるわよ」
「ん、次なんだ」
「英語、リーディング」
「睡眠時間だな」
「アタシのノート持ち帰りは不可」
「昼休みに写すわ」
「ハイハイ」
 ひとまず、短い休み時間終了。授業中はあの不穏な空気から開放される癒しの空間である。が、たまに視界の隅で手紙の遣り取りなんかがあると、思わず内容が気になってしまい授業に集中できなくなることもしばしば。
 やっぱり精神的に弱いからか。まだまだ、鍛え方が足りないらしい。
 好きな英語の授業だけは完全に集中して真面目に受けようと、玲奈は一度パシっと自身の頬を叩いてから、気合を入れて教科書を開いた。




 いつものことながら遅筆は仕様です。
 スレッドの容量オーバーを見抜けなかったので、変にスレッドをまたいでの物語進行になっています。
 仕方ないけど読みにくいですよね。どうしましょ。
 ここで以前から画策している「消えてしまった西条樹編の01補完」をやったとしても、とてもじゃないけど正しい順序で物語を読める人はいないと思います。
 前途多難(書き手的な意味で)な物語ですが、これからもお付き合い下さい。

12: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:28


 05.天才と化け物と


 噂を聞いたのは、もう四ヶ月も前のこと。
「あの紅咲憂弥が、雲龍に入学した」
 その知らせを受けて自分は残念に思い、同時に悔しく、また安堵もしていた。忘れもしない中学二年の夏の大会。自分は、当時中一だった紅咲に全打席三振を喰らった。自分だけではない。チームメイトは全て三振か凡打に討ち取られ、結局中学一年生に完封負けを喫するという大負けを演じてしまった。
 あれ以来、紅咲との再戦を夢見るも、結局中学の間でそれが叶うことはなかった。そして高校への進学。野球に対する情熱を燃やし尽くす為に、自分はあかつき大附属へと進んだ。
 雲龍高校と言えば全国でも有数の文武両道の高校であり、野球においてはあかつきと近隣地区で双角を成す高校である。そこに、紅咲が入ったというのだ。
 これで地区リーグで当たることはなくなり汚名返上の機会はまた失われたが、それでも良かったのかも知れない。あの雪辱を公式戦で晴らす機会は減ってしまったが、しかしまた、予選であの凶悪な投手の相手をすることはなくなるのだ。
「四条……おい四条」
「! あ、は、ハイ!」
「どうしたぼーっとして。時期キャプテンなんだから、しっかりしてくれよ」
 ロッカーでの着替え中、一之瀬先輩が、力強く肩を叩いてくる。
 そう、彼ら三年生は今日で引退だ。既に大学への野球推薦を視野に入れている人間は練習を続けるが、勉学の道に進む者はこれから受験勉強を始める。いずれにせよ、これからは二年生が部の舵を取っていかなければならない。
 結局今年は、甲子園出場を果たすことはなかった。実力不足か、それとも情熱とやらが足りなかったのか。原因は火を見るより明らか。現三年生は、一之瀬先輩に頼った編成だったからである。よって一之瀬先輩が調子を振るわない限り、チームが力を発揮することはなかった。そういった編成の仕方は、自分達の代から改めていかなければならない。
 一之瀬先輩が抜けることによって投手陣は打撃を受けるが、それでも今年は、かの猪狩守が入部をしている。
「……どうした四条。悩みでもあるのか」
 こちらの厳しい表情を汲み取って、一之瀬先輩が話しかけてきた。
「いえ……ただキャプテンという役職が、自分には荷が重すぎるのではないかと思いまして」
「誰がなってもそう思うさ。君は君ができることを精一杯やればいい」
 キャプテンは、荷が重い。確かにそれもある。しかし四条の思考を蝕んでいるのは、それだけではなかった。
 紅咲憂弥、ヤツと戦いたい。
 野球の名門あかつき大附属に入学し、その野球部で一年以上磨き上げた自分自身を試したい。あの頃届かなかった人間に再び挑み、自分の成長を確認したい。それが、今の四条賢二の欲求の全てだった。
 キャプテンになったからには、練習試合のプランも立てられる。なんとか監督を説得して、雲龍と試合をしたい。
「一之瀬先輩」
「ん、どうした?」
「練習試合は、まず監督に許可を貰ってから相手校と交渉するんですか?」
「……そうだ。なんだ、もうそんなことまで考えているのか。見上げた奴だな」
 ハハハと笑って、先輩はグラウンドへと駆けていく。その背中を見送って、四条は自身の手の平を見つめた。今の自分の実力があれば、果たしてどうだ。そして今の仲間達がいれば、どうだ。幾ら相手がかつての大敵と言えど、こちらもいつまでもあのままではない。
 グッと一度だけ強く拳を握り、四条はグローブを手に取った。
 試合をしよう。
 そして、今度は勝ってみせる。



13: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:29


 テストも終わり、勉強はまずひと段落。玲奈は勿論、憂弥や片桐も、テストでまずい点数を取るということはなかった。と、ここで憂弥と片桐を同列に語るのは後者に失礼だろう。片桐の点数は、学年最上位クラスに楽々と入っているのだ。対する憂弥はやっとこさ赤点を回避した組である。
 そんな成績の話はこれぐらいにして。
「これからの雲龍は実力主義だ。結果さえ出せれば、一年生と言えどレギュラーとして使っていく。下の者は上を越えるように、上の者は下から逃げるために、それぞれ努力をして欲しい。以上だ」
 グラウンドでは、三年生が抜けた雲龍高校野球部の新たなキャプテンに就任した柊先輩からの挨拶が行なわれていた。挨拶というよりは指針の宣言。また野球部の年功序列という悪習の撤廃の宣誓だった。
「二ヶ月後に控えた春の選抜予選。そのオーダーも勿論、そうする。努力や期待値は考慮しない」
 努力でなく、結果で全てを判断する。それが柊先輩の方針らしい。確かに野球とは勝負の世界、勝ってナンボのもんである。しかしだからと言って頑張っている姿を全て無視するというのは、なんとなく、玲奈には理解できない。
 そんな一マネージャー風情の意見は胸に押し留めておいておき、柊先輩の言葉に耳を傾けるとする。
「さて、それでは僕の中で、既に二ヵ月後のスタメンが確定している一年を公開しておこう」
 その一言で、整列した一同に緊張が走る。先ほどの宣言もさることながら、既にスタメン入りが決まっている一年生がいるという事実に、皆が固唾を飲んだ。玲奈とて例外ではない。現二年生以上の実力を持った人間が、果たして何人いることやら。その中から選ばれた栄誉ある人間とは果たして……。
「紅咲、お前だ。お前を先発に使う」
 柊先輩の視線は、その言葉に一番興味無さ気であった、列の一番奥で欠伸をしている憂弥へと向けられていた。玲奈はもう卒倒しそうになった。
「え?……エースは、淵田だろ?」
 二年生の誰かから声が上がる。三年生が引退した際に、エースナンバーを受け継いだのは勿論二年の先輩。その淵田先輩と言えば、真面目で後輩の面倒見も良く、誰しもに好かれる好青年な人である。当然ながら、投手としての実力も申し分ない。
 そんな先輩を差し置いて一年生が先発登板するなど、高校野球の常識では考えられないことだった。
「エースが先発しなければならない決まりはない。キャッチャーである俺から言わせてもらう。紅咲のレベルは、既に淵田以上だ」
「っ! だけどよ……!」
「やめろ、いいんだ」
 抗議しかけた先輩を制したのは、淵田先輩本人だった。

14: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:30
「それが雲龍にとって最善なんだ。俺は中継ぎに下がるよ」
「淵田……」
「いいんだ」
 諦めたように少し肩を小さくして言う淵田先輩は、なんだか可哀相で、玲奈はいたたまれない気持ちになった。そりゃ憂弥の努力を否定するつもりはない。でもこの淵田先輩だって今までずっと努力をしてきて、それで結果を出そうと頑張ってきたのに、キャプテンの一存で先発を外されるなんて、それはあんまりな気がした。
「僕の采配が過ったものかどうかは、二ヵ月後に分かるさ。……それじゃ、キャプテン就任挨拶はここまで。練習を開始しよう」
 ある人は不満そうに、またある人は不安そうに。それぞれ練習へと賭けて行った。その中で玲奈は、依然として目の前の出来事に我関せずな憂弥のもとへと向かう。
「ちょっと、アンタなに澄ました顔してんのよ。めっちゃ当事者よ分かってんの?」
 聞くだけ無駄な事は分かっていた。
「あー? 知らねぇよセンパイに文句言ってくれよ。俺は先発だろうが抑えだろうが投げられればそれでいいっつーの」
「本当にアンタってヤツは事の重大さを理解しないのね……」
 確かに決めたのは柊先輩であって、しかも淵田先輩も納得した表情を見せていた。だからと言って二年生全員が納得したわけではないだろう。表向きはこの実力主義に賛成でも、密かに反抗しようと考えている人だっているはずだ。そんな人がいたら、その感情の矛先は真っ先に憂弥に向かうだろう。それだけではない。一足先にレギュラーが確定してしまった憂弥を快く思わない一年生だっているはずだ。
 一人で大勢の人間を敵に回してしまっては、いくら憂弥と言えこの先の野球部生命すら危うい。
「おい片桐行くぞ」
「…………」
 こくりと小さく頷き、片桐が憂弥の後ろをついていく。その際、こちらに対してぺこりと頭を下げることも忘れない。
 ふとダイヤモンドの方を見やると、イケメン沢内がベースダッシュをしていた。あの日、喫茶店で玲奈が叱り飛ばしてからというもの、沢内はとても真面目に練習に取り組んでいる。たまに求愛の目線がこちらを向くことがあるものの、それでも人の二倍三倍は練習をしているに違いなかった。たまたま目に入った沢内の手が、潰れたマメでぼこぼこになっていたことを思い出す。
 溜め息をついて、玲奈は俯いた。
 才能のある人間は、何をやらせても上手くなる。そして才能の無い人間は、とにかく一つを努力するしかない。しかしその努力を追い抜かれてしまっては、天才に太刀打ちできるものは何一つなくなる。
 そうとは言えども、ただ才能を持ったことだけで評価されて良いのだろうか。
 皆が皆、一様にそれぞれのやり方で努力をするグラウンド。その光景を見ながら、玲奈はちょっと、深く考えていた。




15: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:30


「練習試合だと?」
「はい」
 練習中、監督の元へと走り、四条賢二は練習試合の提案をした。対戦予定校は、勿論雲龍高校である。
「雲龍か。確かに、甲子園出場を逃した者同士、実力は近いものがあるかも知れん」
「ええ、ですから」
「だが」
 続けて言おうとした言葉を、強い語調で遮られる。
「まだお前らにはするべきことがあるんじゃないのか。まだチームとして発足して間もない、二年主体のあかつき野球部。試合の前に、練習をしろ」
「猪狩を試してみたいのです」
 猪狩、その名前に、この鉄面皮を誇る千石監督の表情が、少し動いた気がした。
「もう二ヵ月後に迫った春の選抜予選では、猪狩は間違いなく主力投手になります。しかし同地区のチームと試合をしたのでは手の内を明かすようなもの。そこで地区の違う雲龍相手に猪狩を登板させ、そこで得た課題を残り二ヶ月で解消しようと考えています」
「……なかなか言うな、四条」
 ディベートやプレゼンテーションの基本。それはどんなにこじつけでもいいから、自分の意見を正当化するために、もっともらしいハッタリをかますこと。今自分が言ったことだって、九割が口からでまかせだ。本来の自分の目的ではない。だがこの堅物の監督を動かすには、これぐらい言うしかないのだ。
「理由は納得した。いいだろう。雲龍に連絡を取れ。練習試合を許可する。ただし負けは許さん。コールドで勝て」
「ありがとうございます」
 ようやく得た許可だ。監督の機嫌を損ねないように深々とお辞儀をして、四条は練習へと戻った。監督に背を向けた瞬間から、口元が緩む。
 舞台は整った。あとは、試合に向けて出来る限りの技術向上と、コンディションの整調に務めるのみ。三本松、七井、六本木……彼らなら、あの化け物相手でもヒットを狙えるだろう。もちろん自分とて。
 勝って、必ず三年前の屈辱を晴らしてみせる。
 四条賢二は眼鏡の奥に光る瞳を野望で輝かせて、自分の守備位置へと戻っていった。



16: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:31


「練習試合じゃあ?」
「ああ」
「ちっと早すぎるんじゃないかのう」
「構わない。紅咲を試すいい機会だ」
 確かにただの投げ込みにおいて紅咲の実力は、現エースである淵田のものを越えている。しかし実際の高校野球の舞台に立って、そのままの調子でプレーできるかどうかはまだ分からない。こればかりは試合をやってみないと判断しかねる。
「相手はあのあかつき大附属だ。実力もさることながら、別地区なのも都合が良い」
「確かに、手の内をばらすようなことはなくなる……けどのう」
 放課後部活までのわずかな時間、部室までの道中にて。幸崎は、誠也の案に露骨な嫌悪感を示した。
「紅咲の実力はわしも高く買っとる。じゃけんど、早過ぎやせんかのう。しかも相手はあかつきじゃ。もし、メッタ打ちでも喰らったら、実力主義反対の二年が黙っとらんぞ」
「もし紅咲で打たれるなら、淵田でも打たれるさ」
 誠也は自信に満ちた笑みで答える。それはここ数ヶ月、飽きるほど紅咲の球を受け続けてきたキャッチャーだからこそ持てる自信だった。
「ま、お前さんがそこまで言うなら止めんわい」
「物分りが早くて助かる。やるからには勝つぞ」
「当然じゃあ」
 片や痩身の眼鏡をかけた優男。片や山を思わせる体躯でずいずいと歩く大男。
 この二人が並んで、同質の笑みを口元に浮かべている光景は、さぞ珍奇なものであったに違いない。



17: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:32


「お願いします!」
 とある日曜の朝は十時前。球場に礼をして、順々に入っていく。あかつき大附属の施設内に入るのは初めてだったが、噂に聞き及んだ野球部の設備は尋常ではなかった。多すぎる部員を一軍から三軍まで分け、それぞれに専用の練習場が与えられる。二軍三軍でも他校なら即戦力級の選手がウヨウヨいるというのに、果たして一軍の選手とはどれほどのレベルなのか。それは、この一軍専用球場が全て物語っているような気がした。
 ナイター照明にセンターバック、両塁側タッグアウトにアナウンス室まで、およそ一高校の野球設備とは思えないほど充実したその球場に、玲奈は圧倒されてしまった。
 外野に生えているのは雑草ではなく天然芝。雲龍が月に二回だけ借りる市営の球場よりも、手入れが十二分に行き届いている。
「流石はあかつきの一軍専用球場。凄いな」
 ボストンバッグをぶら下げた柊先輩も、同様の感想を持ったらしかった。
「こんな立派な場所で試合をさせてもらうんだ。生半可な気持ちじゃ駄目だ。一つでも多くのものを吸収して帰ろう」
 はい!
 柊の声掛けに対して返事をする部員一同。野球部という感じである。あくびをしている者が約一名いるが、玲奈は視界から外すことで怒りを抑えた。
「でも、よく一軍が試合を引き受けてくれましたよね」
 戸美子が柊先輩に尋ねる。そういえばそうだ。あかつきの一軍と言えばプロ野球予備校との名前も高いハイレベルなチーム。甲子園出場を逃したことで、躍起になって練習に励み対外試合は全て二軍以下に任せるものかと思っていたが。
「ああ、それについてはな」
 一塁側タッグアウトに到着し、荷物を広げながら先輩が言う。勿論、玲奈も戸美子も、マネージャーとして道具を準備することを忘れない。
「実は今回、試合を申し込んできたのはあかつき側なんだ。それで、一軍相手でなければ試合はしたくないと言ったら、あっさり了承してくれたというわけさ」
 意外や意外。確かに雲龍も別地区とは言えあかつきのような扱いをされている高校ではある。しかしそれであかつき一軍に匹敵するかと言われればそれは分からない。戦って何が得られるかも分からない高校相手に、あの名門校が動くなんて不思議だった。
「とにかく、あかつきの一軍を相手にできる機会なんて滅多にない。胸を借りるつもりで、あわよくば勝とう。さぁアップだ」
 部員を連れて誠也はタッグアウトから出た。外野陣にはライトセンター間で遠投をさせ、内野陣には近距離ノックをさせる。投手と捕手は軽いキャッチボールだ。
 眠そうな顔の紅咲が放るやる気のない球を受けながら、誠也は相手側ブルペンを見やった。そこには見覚えのある投手がいる。間違いない。猪狩守だ。既に超高校級と名高い投手をぶつけてくるとは、試合の魂胆は、どうやらこちらと同じらしい。期待の新人の試合での実力を、秋季予選に向けて測ろうというのだろう。

18: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:33
 猪狩守と紅咲憂弥。果たしてどちらが上か。考えただけで、誠也は身震いした。
 猪狩守の恐ろしさは、その速球と変化球、ありあまるスタミナにある。ピッチャーとしての条件はほぼ完璧であると言って良い。対する紅咲の恐ろしさは、そのいずれでもない。もっと別のモノ。それが何なのか、それは未だに計りかねている。
 それが今日この試合で発見できそうなのだ。
 もし紅咲がメッタ打ちを喰らうようなことがあれば、その時は紅咲のスタメンを諦めるまで。
 だがもし、あかつき相手に善戦したならば、実力主義に反対している二年も納得するだろう。
 プレイボールまであと一時間。
「ねぇ玲奈ちゃん」
「ん?」
「紅咲君眠そうだけど大丈夫なのかな……」
 言われて見やると、憂弥はいつもの調子で口元を隠しもせず大欠伸をかましていた。対戦校の目の前でやるのは失礼だからやめろとあれほど言い聞かせているのだが。
「ああー……ま、ほっときゃいいわよ大丈夫大丈夫」
 慣れていない人間が見ると妙に心配で不安になってくる。それが、憂弥のあのやる気が欠片も感じられない態度だ。しかし球場みたいな場所に来ると目立つだけで、あれは普段と全く同じ態度なのである。緊張しない性格なのはいいんだけれど、あまりに緊張が見られないのも考えものだ。
「あれはもう矯正不可能なあのバカの習性だから無視してていいわよ。はい、ぼさっとしてないで道具のチェック。汚れてたら磨く」
「はーい」
 戸美子と一緒にマネージャーの作業に戻る。その前に、玲奈はちらっと憂弥の方を見やった。
「高校初試合、頑張れよ」
 小さく呟く。その瞬間、中学の頃と変わらない背丈の憂弥が、どこか懐かしかった。




19: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:33
「たかだか練習試合で僕を起用するなんて、随分役不足に感じますけど」
「そう言うな。この試合には、お前が思っている以上に大きい意味がある」
 ブルペンでの投げ込みを行ないながら、稀代の天才と名高い猪狩守が賢二へと愚痴をこぼす。プライドの高い猪狩である。先発に納得しないのは当然といえた。
「雲龍のレベルは聞いてますけどね、それでも僕が出るまでもないと思いますよ。僕は、あまりこの左腕を安売りしたくない」
 猪狩は現在高校一年ながら既にプロ入り確実とまで言われている逸材だ。事実、その速球と変化球はもはやプロレベルであり、また打者としての実力も高い。まさに溢れんばかりの才能を持って生まれてきた人間である。そのレベルにあれば、自分の腕に高値をつけるのも頷ける。
「雲龍相手では、決して安売りではないよ。おごらず、今日の試合で多くを学んでくれ」
「むしろ学ばせてやりますよ」
 自信満々の表情は、常に崩れることはない。しかし謙虚さを忘れた人間は、そこで本来の成長を止めてしまう。今回の試合は、あの紅咲と競わせて、猪狩に投手としての更なる高みを目指して欲しいという希望もあるのだ。
 しかしこの猪狩の実力は紛れもない超高校級だ。果たして紅咲憂弥という投手が、この天才に匹敵するまで成長しているのかどうか。
 数年ぶりの対戦を前に、賢二は相手側のブルペンを見やった。そこでは記憶に強く残るキツネ目の投手が、気だるそうに投げ込みをしている。その球筋は速いものの、猪狩のような迫力はない。
 その姿に一抹の不安を覚えながら、賢二は猪狩のフォームチェックに視線を戻した。
 手元の時計は、試合開始十分前を指していた。



20: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:34


 ビジターである雲龍高校の先攻で、試合は始まった。
 一回の表は想像通り、猪狩が三者凡退に討ち取り、悠々とベンチへと下がってきた。ハイタッチもせず、さも当然という様子で黙って座る辺りが彼らしい。しかし雲龍の脅威はクリーンアップおよび下位打線にあるのだ。ここまではこれで当然だろう。
 さて、一回の裏、あかつきの攻撃。雲龍の守備。ここでどうなるかが、今後の勝負の分かれ目である。
 既に投球練習を終え、こちらの一番バッターである八嶋を目の前にして、紅咲は相変わらずの気だるそうな表情。
「あのピッチャー、やる気ないのかネ」
「球場に入ってあの態度は気に喰わんな」
 こちらの強打者二人が後ろで言う。あのやる気のなさそうな顔が引き締まることはないのか。その疑問は、数年前の自分が既に抱いたことのあるものだった。
 もし自分の記憶が正しければ……。
 小柄な紅咲が、身体に見合わぬ大振りなフォームで足を持ち上げる。
 そしてその口元が、一瞬だけニヤりと笑った。
 投げられる速球を見た瞬間、賢二の脳裏に、あの悪夢が蘇る
 やはりだ。
 やはり紅咲は、化け物だった。



21: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:35


「なっ……?!」
 八嶋、九十九に続き、二ノ宮までもが凡フライを打ち上げる。情けない音とともに空中に浮いたそれは、ノックの打球よりも捕球するに易い。あえなくスリーアウトを取られ、攻守は交代。
 易々と討ち取られた二ノ宮は、未だに納得がいかないようだった。四条はキャッチャーレガースの装着を手伝いながら、その話を聞いてやる。
「あの野郎、とんだペテン師だぜ」
「それほどなのか?」
「ああ、身体小せぇくせにとんでもなく重い球してやがる……情けねぇけどよ、手が痺れちまった」
 四番打者である三本松には及ばないものの、キャッチャーとしてリストトレーニングだけは人の三倍以上こなしている二ノ宮。その手首を押し返すほどの重さが、あの速球には秘められている。球の速さにしても、猪狩に匹敵するレベルだ。ストレートだけで凡退に討ち取られた二ノ宮は、自身の結果に苛立つ。
「くっそ! 次は絶対ぇに打ってやる!」
「その意気だ」
 二ノ宮を送り出して、賢二も自身のポジションへと向かおうとする。するとその時、後ろから声がかかった。
「おい四条」
 監督の声だった。しかしその声には、普段の監督のような力強さがない。何事かと思い振り返ると、監督が、普段なら絶対に見向きもしない対戦相手のオーダー表をじっと見ていた。掛けられたサングラスにはいつものような威圧感がなく、覇気に欠ける。一体何事なのかと賢二は疑った。
「あのピッチャーは、紅咲……紅咲憂弥なのか」
 オーダー表を持つ監督は、身じろぎひとつせず言う。その言葉に、賢二は少し驚いた。まさか監督が紅咲のことを知っているとは思わなかったのだ。今回の練習試合の本当の目的のこともあり、賢二は内心動揺しながら返事する。
「そ、そうですけど……監督は、彼をご存知なのですか?」
「……知っているもなにも……」
 オーダー表をベンチの上に置き、監督はサングラスを外した。ほんの少し弱気さを含んだ目が、遥か遠くを見やっている。その先を追うと、向かいのタッグアウトでのんびりベンチに寝そべっている紅咲の姿があった。
「ヤツが雲龍にいると知っていたら……ほら、守備位置につけ」
「は、はい」
 促されて、ハッとしたように賢二は慌ててセカンドへと駆けていく。少しプレイを遅らせてしまったようで、一礼をして守備位置へついた。
 それを確認して、あかつきの監督である千石忠は、再びサングラスをかけて呟く。
「ヤツが雲龍にいると知っていたら、点を取れなどと、無謀なことは言わんよ……」




22: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:35


 日本における投手の評価というのは、奪三振の数で決まることが多い。例え失点が多少目立とうと、三振を多く取れるというのはそれだけでステータスなのだ。だから中学野球における猪狩守の存在は、極めて華々しいものであった。
 速球変化球なんでも御座れで、公式戦での奪三振数は全国でトップ。そんな逸材を、各有名高校の監督が見逃すはずもない。全国各地から高校スカウトが訪れ、猪狩守に入学の交渉をした。それは、あかつき大学附属高校の野球部監督である千石忠とて同じであった。
「それでは、また来ますので」
「ええ、どうも」
 猪狩守の所属する野球部の監督に深々と一礼して、千石はその中学を後にした。名門あかつき大附属としては、この逸材を逃すわけにはいかない。あの左腕が手に入れられるなら、お百度参りでもやる価値はある。
 今日もまた猪狩の投球を見せてもらった。何度見ても惚れ惚れするような速度、そして変化球の曲がり方。紅白戦とは言え、同級生の打者達を次から次へと三振に打ち取る様は痛快なものであった。既に高校で通用するレベルは持っていると言っても過言ではない。
 車に乗り、千石は帰路に着いた。あかつきに帰れば、また一軍の監督としての仕事が待っている。忙しいが、専門のスカウトを使う気にはなれなかった。やはり自分の眼で見て、自分で接して交渉しなければ、良い選手は見極められず、また得られない。
 長く車を運転していると、歳なだけあってこたえる。ふと千石は喉に渇きを覚え、道端のコンビニに立ち寄った。まだまだ暑い季節なので、アイスコーヒーが美味しく感じられる。ついでに煙草をふかそうとポケットに手をつっこんだところで、声が聞こえる。
 別に名前を呼ばれたわけではない。しかしその声にはどうしても反応してしまう。野球部監督の職業病というヤツか。妙にその声が気になってしまった千石は、車をコンビニの駐車場に停めたまま、ふらっと声のするほうへと歩き出した。
 その先には、とある中学のグラウンドがあった。
 さぁこーいと元気良く掛けられる声は、紛れもなく、そのグラウンドで練習をする野球部のもの。そういえばこんなところにも中学はあったのか。しばらく猪狩守にばかり熱を出していたから、すっかり忘れていた。
 無邪気に白球を追う球児たちを久しぶりに見たくなったのか、果たして定かではないが、千石は煙草を片手に、しばらくその練習を見ることにした。

23: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:36
 見たところ、普通のバッティング練習であるようだった。守り側は通常の守備形態を取り、打者側はアウト数をカウントせずに次々に入れ替わり、バッティング投手を務めるピッチャーが延々と投げ続ける。オーソドックスなものだ。
 カキンと金属の音が鳴り、凡フライ。中学野球の可愛らしいところだった。足腰が完成していない選手は、スイングが不安定なり、こうなる。
 次の打者。一球目を見送り、二球目を高らかにキャッチャーフライ。タイミングのズレだ。手首が弱いと、ピッチャーの球威に押し負けてこうなる。
 次の打者。初球から意気込んでスイングし、またもやキャッチャーフライ。今度は身体が前に出すぎていた。腰でなく、手でバットを振っている。するとやはりこうなる。
 続く打者もキャッチャーフライ。
 その次はピッチャーフライ。
 またその次はキャッチャーフライ。
 煙草をくわえ、胸中で偉そうに分析と解説をしていた千石は、そこまできてようやく気がついた。凡フライを打ち上げていたからスイングにケチをつけてみたものの、原因はそうではない。よくよく考えてみると、今までのバッターのスイングモーションは、特に何の問題もなく理にかなったものだった。何かがおかしい。
 通算何個目か分からないフライを討ち取って、マウンドに立つ投手は気だるそうな顔で大あくびをする。すると、ユニフォームを着た女の子がそれに歩み寄り……。
 そのまま投手の頭をバットで殴り飛ばすと、瀕死の投手を引きずってダイヤモンドの外へと出て行った。グラウンドにいる全ての者たちが、苦笑いをしながらその行方を見送っている。
 千石は、たまらず学校内へと走った。



24: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:37


「最後の試合の前だっつってんでしょうが! なんで皆の自信を削ぐようなことするのよアンタは!」
「んーなの打てねぇアイツらに言ってくれよ」
「こんの野郎、二条がいない時に限って調子に乗って……!」
 先ほど去った二人は、すぐに発見できた。グラウンドから少し離れた校舎裏で聞こえた声を頼りに、千石は駆け寄る。
 言い争っていた二人は、それをやめて千石の方を見やった。
「き……君、投手の君だ。君の、君の名前は」
 慣れない全力疾走で息も絶え絶えという千石に対して、ユニフォーム姿の女の子は戸惑っていたようだったが、投手である男の子は至極平然としている。
「え、えっとあの、すいません、どちらの方ですか……?」
「あ、怪しい者じゃない……。あかつき大附属で、野球部の、監督を、している、千石という者だ」
 恐る恐る尋ねてくる女の子に、千石はなんとか呼吸を正しながら答えた。
 その様子に、男の子が大笑いする。
「くはははは! おっさん、サングラスかけてそんな息して、そんで怪しくないなんて冗談が過ぎるぜオイ! 最高だな! アハハハハハ!」
「ちょっとアンタ黙ってて」
 女の子が手馴れた様子で男の子の後頭部をバットで一撃し、昏倒させる。血のようなものがだくだくと流れているが、千石はそれを見ないことにした。
「あかつき……って、そんな名門校の監督さんがどんなご用件でいらっしゃったんですか?」
「ああ、いや、特に用件はなかったんだが」
「はぁ……」
「いや、それはさっきまでの話で、その、だな、そこの投手である彼に話が聞きたい」
「……コレにですか?」
 女の子が頭から血を流しながら倒れている男の子の襟首をつかみ、グイっと引っ張りあげる。壁に掛けられた着ぐるみのように力なく首を垂れている様子がグロテスクであった。
「そ、そう彼にだ。先ほどの打撃練習を見せてもらった。全ての打者を凡フライに打ち取ることなど、そう簡単にできることではない。あれは一体どういうわけなのか、それが知りたいんだ」
「え?! あっと、それは……その……」
 女の子は急に言葉を詰まらせると、こちらと男の子の方とを交互に見合わせる。そして意を決したように猛烈な勢いで頭をペコリと下げた。
「ま、また次の機会にいらして下さい! 失礼します」
「あ、ちょっとキミ……!」
 千石が制止するも聞かず女の子はグラウンドへと駆けていく。男の子を担いで。その速度はもはや人ひとり抱えた女の子のものではなかったが、それを気に留めている余裕はなかった。
 打者全てをフライに討ち取るなど、尋常な技ではない。もしもあれが偶然でないのなら、なぜそれほどまでの選手が無名のままなのか。一体、彼は何なのだ。

25: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:37
 その疑問を持ったその日から、千石はたびたびこのグラウンドを見学に訪れるようになった。時間がないときは、猪狩守への訪問を犠牲にしてでも。そうしてしばらく張り付く中で彼の名が紅咲憂弥ということを知った。
 そしてそれから一ヶ月、中学野球の華の舞台、中体連の大会が始まった。
 当然千石は、あの紅咲のいる中学の試合に注目した。中学選手の実力を見極める最後のチャンスだというのに、紅咲のいる中学の試合を見に来ている高校野球の関係者らしき人物はいなかった。恐らく皆、別所で行われている猪狩守の試合へと足を運んでいるのだろう。
 高校野球の名門校が軒並み見向きもしない無名の選手。そんな人物の試合を、あかつき大附属の監督が直々に見に来ているなどと知れたら、大層な笑いものにされるであろう。当たり前だ。今は猪狩守を獲得できるかできないかの大事な時期。猪狩のご機嫌を伺うために、なんとしてもそちらの試合の参観をすべきなのである。
 だが千石は、もはやそんなことはどうでもよかった。
 とにかく、あの紅咲憂弥という無名の選手の実力を知りたい。あの連続凡打は、チームメイト相手ゆえにできたことなのか。それとも外の世界で通用するものなのか。
 バックネット裏に陣取り、千石は試合開始を待った。
 マウンドの上に立つ、紅咲憂弥と目が合った。
 ヤツは、千石に気付くとニヤりと笑った。
 背筋に悪寒が走った。
 そして悟った。
 猪狩守は天才。
 そして紅咲憂弥は、化け物なのだと。




26: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:38


 想像以上だった。
 まさか紅咲が、試合でここまで化ける投手だとは思わなかった。いつもの投げ込みなど、彼にとっては単にフォームの維持程度の意味しか持っていなかったに違いない。彼の真の実力は、バッターボックスに打者が立って初めて発揮される。
 四回の裏を終わって、雲龍側の攻撃。まだ一点も取れていないが、一点も取られていない。それが、誠也には信じがたかった。打席に入るバッターの背中を見守りながら、そのネクストボックスに入る。軽く素振りをしようとして、誠也はバットを握ろうとした。できなかった。
 痺れの残る左手を広げ、見つめる。赤く充血した手と、既に痛みが出てきている手首。それはどちらも、紅咲の速球を四イニングスもの間うけつづけてきた代償だった。いや、あれはもはや速球というより剛球と表現したほうがよい。
 普段投げ込みで受けている球の数倍の威力を持ったその球は、あかつきの強打者たちのバットをことごとく押し返した。一巡目は紅咲の小柄な体躯を侮っていただけだろうあかつきの選手たちだが、二巡目になり警戒し始めたからと言って結果が変わるわけではなかった。
 むしろ、重い速球を警戒し始めたところを見計らって紅咲が変化球でからかうようにタイミングをずらすものだから、余計に手も足も出なくなっている。そして彼の最も恐ろしいところは、三振は取らず、殆どを凡フライで討ち取っているところだった。
 三振を討ち取るには、最低でも三球の球を投げなくてはならない。しかし凡打であれば、最低一球あればアウトを取れる。長期戦を見越してのスタミナ温存としてはこの上ない。
 そして紅咲はその球威ゆえ、もっともアウトにしやすい凡フライを量産する。ゴロの場合は捕球、送球、捕球という三つの過程を経なければならないが、フライならば捕るだけでよいのだ。エラーの確率は単純に考えて三分の一になる。
 誠也なりの考えを入れての解釈だが、もしこれを実際に紅咲が考えて行なっているとしたら、とんでもない投手である。
 前バッターが三振に討ち取られる。悠々と肩を回す猪狩守をマウンドの上に眺めながら、誠也はなんとかバットを強く握り締めた。
 もはや、紅咲をスタメン起用することを、疑う者はいないだろう。あとは、この試合に勝つことだけを考えるだけである。
 誠也はキッとした目つきで、猪狩守と向き合った。投げられる球は、紅咲のそれと比べて速いものの、同様の恐怖は感じない。
 天才と謳われた選手のボールを目の前にして、誠也は少し微笑んだ。
 この程度のものを、高校野球界はあれほどまでに欲しがっていたのか。
 思い切りよくバットを振って、振って、振る。
 響いたバッターアウトの声は、もはや心地良かった。




27: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:39


 高らかに打ち上げたボールがしっかりとキャッチャーに捕球され、アウトの声が響く。
「……fuck!」
 二巡目を迎えたあかつきクリーンアップ。五番打者である七井=アフレトは、前打席と同じキャッチャーフライに甘んじたことに悔しさを隠しきれていない。四番打者であり、この回の先頭打者であった三本松も同じ心境である。三本松の方は大人しくベンチに座り、自身の打席を静かに振り返っていた。
「七井よ、どうだ、あの球」
「Fuck and shit off! Can’t see! I get red!」
「……日本語で頼む」
「クソッタレ、わけがわからない、ムカつく、ネ」
「ふむ、そう腹を立てるな」
 ドサっと大きい音を立てて七井が座り込む。その様子を見て、三本松はふぅと小さく溜め息をついた。
 そもそも、長打を打って当たり前というパワーヒッターである、この二人のバットが押し負けるということ自体おかしな話なのだ。三本松の山のような体躯、そして七井のハーフゆえの筋肉。あかつきが誇るこの二つの砲門がまったく役に立たないことなど、今まであっただろうか。
「あのボール、とんでもなく重いネ。ミーの……そしてユーのスイングでさえ勝てなかった」
「ああ、まったくだ。あの小柄な身体のどこに、これほどの力があるのか」
 全身でボールを投げる相手の投手。猪狩ほどの球速はないが、それでもあの球に秘められたパワーは凄まじい。
 六番打者である五十嵐のバットにボールが触れた瞬間、三本松は自身のファーストミットを手に取った。
「すまんな猪狩。あまり休ませてやれなくて」
「いえ、ご心配なさらず。僕のスタミナならこれぐらい余裕ですよ」
 すました表情で立ち上がる猪狩。確かに彼のスタミナは、これぐらいでへばるようなものではない。それは充分分かっていた。だが心配なのはそこではない。
「猪狩よ」
「なんですか」
 マウンドへ駆け出そうとしていたところを邪魔され、猪狩は少し不機嫌な声で返事を返した。
「楽しいだろう。ヤツと投げ合えて」
 顎であちらの投手を示してやると、猪狩はいつも通りのすかした笑いを浮かべる。
「ま、正直驚いていますよ……負けるつもりはないですけどね」
 その言葉だけを残して、ウチのエースピッチャーはマウンドへ向かう。
 なんとか点を取ってやりたい。心に思いながら、三本松もファーストへと駆け出した。



28: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:39


「…………」
「……もしもーし?」
 もはやポッカーンと口をあけて試合に見入っているだけの戸美子に話しかけるも、反応は返ってこない。今この子の頭の中は、あまりに色んなことが起きすぎて果たして何がどうなっているのか処理できない状態なのだろう。呆然としたアホ面からそう知れた。
 何せ、いつも普通に教室で居眠りしてテストで悪い点とってだるそうにご飯食べながら喋っていた憂弥が、あのあかつき大附属相手に唯の一つもヒットを許さずもう八回というイニングスを迎えているのだ。信じられない光景を目の前にして、いつも通りの思考ができる人間の方が珍しい。
 そんな中、玲奈はちょっと鼻が高いやら申し訳ないやらで、複雑な心境だった。ベンチで憂弥の投球を見やる、エースの淵田先輩、そしてその他の先輩方。その表情が戸美子と同じようなものになっている。
 はっきり言って、淵田先輩よりも憂弥の方が投手として上なのは、分かりきっていたことだ。実力主義を念頭に置くなら、憂弥をスタメン起用するのは当然だろう。
 しかしそれでは、淵田先輩が今まで積み上げてきた努力が水泡に帰してしまう。結果よりも努力を優先したい玲奈にとっては、柊先輩の判断は今でも気に喰わない。だからと言って、憂弥の努力を無視するわけでもないのだけれど。
 憂弥は、使える時間は全て野球の為に使ってきた。授業中のリストトレーニング然り、朝のランニング通学然り。そんな憂弥が、投手として高い実力を持つのは当たり前なのだ。
 才能と努力、その両方を併せ持ったからこそ、憂弥はここまで達した。それは評価してあげたいし、されるべきだと思う。だからと言って、努力だけの人間を排除するのはおかしな話だ。
 玲奈は淵田先輩の横顔が完全に諦めの表情をしているのを見て、なんだか胸が痛くなった。
 友人の台頭は素直に誇らしい。でもなぁ……。
 なんとなくやりきれない思いが残る。
 そう思っている最中にこの回もあかつきを抑え、憂弥が堂々とベンチへ戻ってくる。玲奈と目が合った憂弥がこれ見よがしにニヤっと笑って見せた。玲奈はとりあえず、あっかんべーとだけ返しておいた。



29: 名無しさん@パワプラー:10/01/19 00:40


「中学野球はな、奪三振の数で投手の価値を決めがちだ」
 千石監督の突然の言葉に、あかつき野球部員が静まり返る。
「アイツ……紅咲憂弥は中学の頃からあの投球スタイルだった。故に評価はされない、無名の投手だったよ」
 全員の視線が集るも少しも狼狽せず、落ち着いた様子で監督は語る。
「そもそも普通は、偶然だとしか思えんのだ。凡フライばかりを打たせることなど、常識外れの球威がなければできはしない。まさか、と信じなかった連中の中、わしは紅咲の本質を見抜き、スカウトに通った」
 その言葉を聞いて一番驚いたのは四条賢二だった。まさか自分が中学の頃に因縁の相手として敵視していた無名の、されど化け物のような投手を、監督が知っており、あまつさえスカウトに通っていたというのだ。
「……猪狩」
「……なんですか」
「正直に言おう。わしは、お前よりもあの紅咲が欲しかった」
 猪狩の手にぐぐっと力が加わる。苛立つものの、その理由をなんとなく理解しているからこそ、反論もせずに奥歯を噛み締めているのだ。
「結局断られ続け、どこの高校に行ったやも分からなかった。が、案外近くにいたもんだな。あれほどの逸材が噂にもならんとは、高校野球も目が曇ったものだ」
 どことなく疲れを隠しきれていないあかつきの部員らは、申し訳なさそうに帽子を脱いでいる。
「紅咲は地区予選を順調に投げ進んだが、全国大会には姿を現さなかった。その理由はわしも知らん」
 決して高飛車な態度を崩さない猪狩守でさえ、その表情は暗かった。
「ヤツが相手なら、こうなるのも仕方ない」
 監督はバサリとスコアブックを、力なくベンチの上に放り投げた。そこには、延長十四回表に雲龍が得点、その後逆転できずあかつきは敗北したことが記されていた。
 原因は猪狩守のスタミナ不足。疲れて球威が落ちたところを一発、雲龍の四番打者にホームランを打たれてしまった。
 いや、スタミナ不足と記すのは間違いだ。むしろスタミナならば紅咲よりも、この猪狩の方が勝っていただろう。しかし三振に討ち取ってばかりの猪狩と打たせて捕る紅咲では、イニングスあたりの投球数が違いすぎた。最終的には、猪狩の方が五十球も多く投げていたのである。
 勝敗を分けたのは、プライドと格好にこだわった猪狩と、ただ勝つためだけに効率を重視した紅咲の姿勢の違いである。
 あかつき大附属高校の課題は山積みであった。それに気付けたことが、今回の練習試合の一番の収穫だろう。名門野球部であると驕っていた自分達の態度こそが、腕を鈍らせていた。
「一から鍛え直しだ。明日からは、全員のメニューを増やす」
 キャプテン四条のその言葉に、異を唱える者はいなかった。


 更新ここまで。

30: あああ:10/02/15 20:18 ID:46
いいですね〜

10のやつもお願いできますか?

31: 名無しさん@パワプラー:10/04/29 02:06


 お久ぶりです。忘れたころにやってきます。
 頑張って書いたのですが、今回長いわりに中身ないです。だらだら読んで下さい。


 06.それぞれの理由。



 幼い頃から、何でもよくできた。そう、自分にはありとあらゆる才能が溢れていた。
 足も速ければ、勉強なんかしなくたって成績は良かった。何の練習もしていないのにお芝居や歌も上手かった。
 身長も高いし顔も良い。女の子にとてもモテた。遠巻きに溜め息をつかれ、何人もの女の子からアプローチを受けた。
 いつの間にか芸能界関係からも声がかかっていた。雑誌にも出た。そして家も裕福だったから、何でも揃った。欲しい服、格好良い靴、おしゃれな帽子、ギター。やりたいことは何でもやった、そして全てが上手に出来た。
 それに飽きはじめたのは、いつからだろう。
 何でもできる。だから周りの人から褒められる。凄いね、何でもできるんだね、上手だね。でもそれだけでしかない。自分の中に満足感が残ったことは、一度だってなかった。例えば砂漠の中で歩き、ようやくオアシスに辿り着けたような達成感を味わったことが、自分にはなかった。いつも隣には、望めばなんでも出てくる魔法の箱があったから。
 それを認めて、気付きたくないから、今まで通りに飾ることに必死になった。そんな達成感を得る必要もないぐらい、何でもできるからそれでいい人間であると、思い込みたかった。
 自由に憧れた。
 正直でいることに憧れた。
 素直であることを望んだ。
 でもできなかった。部屋で一人でいるとき、襲い掛かってくる孤独感に、いつも耐えていた。誰かが褒めてくれていないと不安で仕方が無かった。だから、それすら必要としない人間になりたかった。
 だから、彼女を見たとき、好きになってしまった。
 アクセサリーもつけず、化粧もせず、髪も染めず、飾らず、綺麗に見せようとせず。ただあるがままに自分のやりたいことに熱中している彼女は、とても美しかった。
 彼女の傍にいたい。そう望んだ。
 そして自分は、汗と泥にまみれる日々に飛び込んだ。



「ラスト三本!」
「うぃーっす!」
 横一列に五人ずつがならび、外野のライトからレフトまでを全力疾走するダッシュトレーニング。外野手向けの、瞬発力を鍛える練習だ。この練習の肝は、ゴール直前に足をゆるめず、ゴールの少し向こう側まで走ること。
 五人組ずつがライトからレフトまで走り、レフトで人数がある程度たまったら、今度はライトに向けてまた走り出す。一度走ってから次の順番まで数十秒の間があるとは言え、全力疾走を何度も繰り返していると全身が疲れる。
 さて野球の才能というものは、いかに無駄のない動きでスムーズに動作を繋ぐことができるかである。例えばボールを投げるにしては、手首に腕と腰、足首までの筋肉をどう効率的に連鎖させることができるか、という具合だ。つまり才能とは技術面に関することが大きい。
 何が言いたいかというと、ただ途方もない反復練習でのみ培われる基礎体力というものばかりは、才能ではどうしようもないということだ。
「……オイ、そろそろ沢内はやめさせた方がいいんじゃね?」
「顔色悪いぞアイツ……」
 顔をしかめる二年生数名の視線の先には、乱れる呼吸を必死で整えようと悪戦苦闘する沢内彰の姿があった。
 彰の運動能力は申し分ない。短距離も早いし、長距離だってお手の物。陸上部にすら対抗できる足の速さと体力を持ち合わせている。
 とは言え、野球は全力でバットを振って、全力で走って、次もまた全力で走るという、短距離走を幾度も分けて走るような、全力の瞬発を繰り返すスポーツである。サッカーや陸上とは体力の使い方が違う。こればかりは才能ではどうしようもない。普通では身につかないような体力の使い方を、プレーと練習の中で身につけなければならないのだ。
 仕方のないことであるが、沢内彰にはこれが最初の関門となっていた。
「なぁ沢内、キツけりゃ休めよ。無理して身体壊したら元の子もねぇんだからさ」
「い、いえ……はぁ、大丈夫です、大丈夫ですか、ですから……はぁ、はぁ……あ、気にしないで下さい」
 この先輩たちには、彰ほどのスポーツの才能はない。しかし彼らは小学生の頃から野球に親しみ、野球の為の身体作りをしてきた人間だ。才能では持ち得ないものを、彼らは努力で身につけている。それが、彰を苦しめた。
 久しぶりに味わう「皆に負けている」という感覚。この野球部の中で、ここまでバテているのは、彰だけである。皆がふぅと息をついている横で、自分だけが膝に手を付き荒い息をあげている。才能が通じない環境に、彰は歯を食いしばった。
 なんて苦しいんだ。
 なんてつらいんだ。
 しかしいくら苦しかろうとここで辞めるわけにはいかない。彰には確固とした目標があるのだ。
 ちらりと、視線をベンチの向ける。そこには、玲奈さんが他のマネージャーらと共に道具磨きに勤しんでいた。ああ、雑巾を持っている姿すら美しく思える。いや実際に美しい。女神のような人だ。彼女に認められるためならば、例え泥まみれになろうと野球にしがみついてやる。
 彼、沢内彰を突き動かすのは憧れの小倉川玲奈への恋心のみ。
 呼吸を整えると、彰は次のダッシュのためにスタート位置へと駆けた。



 いよいよ、甲子園予選秋季大会の幕が上がる。
 翌年春の選抜甲子園への出場校を決定するこの大会は、夏ほどの盛り上がりはないにせよ、球児たちにとっては夏と同じくらいの価値を持つ大事な大会だ。特に主力であった三年生が抜け、二年生の新人選手が目白押しの大会でもあるので、野球関連のメディアが大きく注目する大会でもある。
 そして雲龍高校野球部にとっては、今大会は特に意味のあるものであった。
「ん? なんじゃ、やっぱり一年生を使うんか」
「ええ、充分通用しますよ」
「しかし試合慣れしとらんじゃろ。淵田でよかったんじゃないか」
「すぐに分かります」
 オーダー表を確認して、宇田監督は訝しがった。何せ年功序列の色が強い雲龍高校において、一年生がスタメン入りするということはとても珍しいことだからだ。過去何年、なかったことだろう。
「ま、お前さんが言うなら止めやせん。どうしようと勝った負けたは勝負の常。その後が大事じゃからな」
「分かっています」
 宇田監督とは、雲龍高校野球部の、一応顧問の先生である。一応としたのは、本職が剣道や柔道、空手といった武道系の先生であり、野球部のもとには監督責任者が必要となる公式戦でしか顔を出さないからだ。よって、彼の野球に関する知識は少ない。雲龍野球部は、殆ど生徒主体の組織なのである。武道奨励の雲龍高校では仕方のないことであった。
「あ、すいません柊先輩! やっぱり、玲奈ちゃん体調悪いみたいで、今日は来れないそうです」
「分かった。じゃあすまないが、今日は一人分多く働いてくれ」
「了解です!」
 ぴしっと敬礼してみせる、一年生の女子マネージャー。誠也は胸中で笑った。今更マネージャーの一人や二人、来れないところで関係は無い。
 秋季大会、しかも予選とあれば、世間からの注目度はとても低い。よっぽど他校の研究に熱心な野球部や、記者でもない限り、話題性のない高校の試合など見にはこない。だからこそ、ここで紅咲を使う。
 もはやその実力は練習試合にて、あかつき大附属を相手に完封勝ちしたことで実証済みだ。これ以上に何を疑おうか。誠也の胸は期待に満ちている。
 さぁ試合が始まる。サイレンが待ち遠しい。
 ベンチ前に並ぶスタメンの中、一人だけ目に付く小柄な投手。まさか、この投手に凄まじい能力が秘められていることを、見抜ける者は誰一人としていまい。
 敵チームよ、しかと眼に焼きつけよ。高校野球には、猪狩守を超える投手がいるのだ。
 雲龍高校野球部は、お前達の想像もつかぬ化け物を手に入れた。
 この鳴り響くサイレンは、雲龍高校の伝説の序曲である。
 誠也の心の高笑い。こちらが後攻。雲龍高校が年功序列を廃して迎える記念すべき第一戦。
 意気込み充分で、皆が守備位置につく。
 そして、試合は始まり、しばらくして、終わった。
 結果は 9−4
 雲龍高校の大敗であった。




32: 名無しさん@パワプラー:10/04/29 02:08


 秋季大会終了後の雲龍高校野球部内では、お世辞にも平穏とは言えない空気が漂っていた。何せ一度は実力主義に一石を投じ納得させかけた憂弥が、名も無き弱小高校を相手に九点も取られたというのだからそりゃもう大騒ぎ。やはり一年に公式戦は荷が重かっただの柊の采配に責任があるだの紅咲が手を抜いただのと、それを表立って口に出す者は少ないが、部内は物々しい雰囲気に包まれていた。
 一応その当事者である憂弥と長い付き合いということでなんとなく身の置き場が無く、現在、玲奈はいつもより少し小さくなってマネージャー業務に勤しんでいる。
 今は昼休み。サンドイッチを頬張りながら、窓際で野球部の昼練を見下ろしているところだった。
「やっぱり気になるの?」
 横から戸美子が恐る恐る話しかけてくる。
「ま、腐れ縁だしね。未だに、アイツが打たれるなんて信じられないけど」
 件の試合のとき、玲奈はちょっと体調を崩してしまって家で休んでおり、現場を見ることができていない。後から結果を戸美子から電話で聞いて驚いたのだ。
 歯に挟まったレタスをオレンジジュースで流してから、戸美子に尋ねる。
「で、どんな感じだったの? その試合」
「うん、なんかね、やる気がなさそうなのはいつもと同じなんだけど、練習試合の時と違ってすっごく……なんていうかな、ボール投げる格好なんか、すっごく小さくて、全然あの、練習試合のときみたいに大胆じゃなかった。それでどんどん打たれて、ああなっちゃった」
 戸美子は野球に関する知識がまだまだ薄いので、言葉の表現力に欠ける。言葉を正してやると、投球フォームからして既に練習試合のときとは違っていたということだろう。
 憂弥の投球フォームは、とにかく派手で大胆だ。振りかぶったあと、左手で大きく身体をリードし全身を捻りこむようにして右腕を振り下ろす。その勢いたるや投球後は頭が一瞬真後ろを覗いてしまうほど。そしてその勢いをフォローするために地面を蹴り上げた右足は、大きくアーチを描いて着地する。無駄のない筋力とそれに応えるだけの柔軟性を兼ね備えた、あの投球フォームこそが、憂弥の特殊な球質の源泉である。
 それをせずにボールをただ投げただけだというならば、憂弥はただの、コントロールがよくてちょっと変化球を使える小柄な投手に過ぎない。滅多打ちを喰らったところで不思議ではない。
「紅咲君どうしちゃったのかなぁ、どこか故障しちゃったとか?」
「うーん、多分それはないと思うんだけど……」
 とはいえ、あのバカはちょっとした怪我なら大騒ぎするくせに重大な怪我は隠すようなひねくれた性格のヤツである。故障していないとは断言できない。しかし朝のランニングはきちんとこなせているからして、そうは考えられなかった。
 オレンジジュースのパックが空になる。それを折りたたんでコンビニの袋に入れて、廃棄物完成。あとはゴミ箱行きだ。
 と、そこで玲奈は思い出す。
「あ、でも、なんか前にも同じようなことあったなぁーそういえば」
「え? 紅咲君が?」
「そ、中学の時さ、やたら打たれた試合がね、あったのよ。なんとかその時は勝ったみたいだけど、やっぱフォームが乱れてたらしいわ」
「……らしい?」
「いや実は直接見てないんだよね。ちょうどアタシが英検かなんかで試合休んだときだったから、後でチームの奴に聞いたの」
「ふーん……紅咲君てよくわかんないね……」
「うんうん、アンタかなりあのバカのこと分かってきてるわ。よしよし」
 頭を撫でてやる。そう、この「なんかよく分からない」という感覚を持ち始めることが、あのバカを理解する第一歩である。本当に憂弥だけは、長い付き合いの中でも分からない生態系を未だに持っている。
 目線を昼練の野球部へと戻す。言葉では正確な表現がしがたいが、やはり憂弥と他の一年生らの間には、見えない壁ができているようだった。普段から人を寄せ付けるようなヤツではないが、今は普段にも増して、チームメイトが近付こうとしない。
 唯一例外である片桐が時折憂弥に何かを伝えに行っているが、憂弥の方はありがたがるでもなく、至っていつもと同じ素っ気無い対応だった。
 ここからは見えないけど、恐らく柊先輩も同じような状況だと思う。勝負の勝ち負けに責任を求めるのはナンセンスとは言え、やはり人は誰かの所為にして安心したがる生き物なのだ。
 と、そこで他のクラスの窓際からちょっとした黄色い声が上がる。女の子たちの可愛い声援。何事かと思い視線をもう少し向こう側へとやってみると、沢内彰がジャージ姿で颯爽とランニングをしていた。基礎体力ばかりは才能ではどうしようもない。それに気付いてからの、彼なりの姿勢らしい。数ヶ月前までの優男っぷりが今は少し消えて、段々と高校球児らしい顔つきになってきているのが、傍目にも分かった。マネージャー業をやっていると、色んな人の色んな面が見えるのである。
「うわー、沢内君頑張ってるねー……なんかさ、雑誌とかダンスの練習とか、全部キャンセルして練習に打ち込んでるみたいだよ? 知ってた?」
「え? そうなの?」
 興味ないから知らなかった。
「うん。ねぇねぇ、多分アレって、玲奈ちゃんに見て欲しいからだよ。ねぇ考えなおしてさ、今からでも付き合ったら?」
 戸美子の瞳が輝く。とかく、女の子は他人の恋愛話によく食いつく。
「無理だって。アタシが恋愛に興味ないの知ってるでしょーが」
「でもでも、あんなに格好良くて一途な人って、多分いないよ。すっごい勿体無いと思うんだけど」
「ま、そーなんだろーけどさー」
 なんだろう。格好良いとか一途に想ってくれるとか、確かにそれが素晴らしいことなのは分かるんだけど、だからといってそれで好きになったり恋に落ちたりなんて、それはちょっと違うと思う。自分が言うといまいち説得力に欠けるのだが。
「なんだろうね、分かんないなー」
 分からない。それが玲奈の結論だった。生まれてこのかた十六年付き合いのある両親だって、考えてることなんか分かりっこないのに、ただちょっと見知っただけの誰かを理解して受け入れるなんてできるはずもないのだ。
 これだけ一緒に馬鹿なことをやって、共に練習に励み喜怒哀楽してきた友人でさえ、まだ理解できていないのだから。そう考えながら玲奈は憂弥の方を見やった。
 小柄な投手はただ黙々と、疲れてペースを落とすチームメイトに少しも構うことなく、自身のペースでグラウンドを走り続けていた。
「アンタはなにかんがえてんのよ」
 窓際での呟きは、秋の空気の中に溶けてすぐに消えてしまった。



33: 名無しさん@パワプラー:10/04/29 02:09


 腐れ縁三人組が完成したのは小学校のときだったが、なかでも怜奈と憂弥はいち早く出会った。それが小学校三年生のとき。そこに、あとからもう一人が入ってきた形である。
「バッターアウト!」
「また三振かよー!」
 相手チームの打者ががっくりと肩を落とす。今日は全国野球部の小学生が大好きな、紅白戦の日である。普段のキツい練習とは少しさよなら。実戦さながらの試合を、同じ部活のメンバーと敵味方になって行なえる。部の人数によってはできなかったり、ベンチ入りの者も出てしまうが、どうあろうと紅白戦が嫌いな子などいなかった。皆、練習よりは試合がしないのは全国共通である。
 試合を面白くするためには、実力が均等になるようにチーム分けをしなくてはならない。そのため、エースピッチャーが所属するチームには未熟な野手を入れ、相手側には強力な野手陣を組むというのが定番である。
「バッターアウト!」
 しかしここ船月小学校野球部においては、それもあまり得策とは言えなかった。
「はい、ピッチャー交代」
 今日の試合通算十個目の三振を奪ったところで、その投手はマウンドから強制退去させられる。普通なら褒められるべき成績だが、もう少し手加減というものをしてくれない限りは練習にもならない。かと言って手を抜けというのも健全なる少年の勝負心を汚すようなこと。ならばどうしようと監督らが考えた結果出た案が、三振を十個取ったらもう満足だろうからマウンドから降りろという、通称「紅咲ルール」である。
 マウンドから降りた投手、彼紅咲憂弥十二歳は、つまらなそうな顔をしてベンチへと引き上げた。ベンチとはいえ、所詮は小学校の設備。本当に、プラスチック製のただのベンチで、しかもお互いのチームで共有である。
「今日も負けたし!」
「憂ちゃんゆっくり投げてよー」
「いやお前らがもっと練習しろよ」
 いつも通り投げかけられる言葉をいつもの調子で返して、憂弥は手近にあったボールを手に取った。
「怜奈、クールダウン」
「はいはい。守備につくまでね」
 投球後の肩をいきなり休めてはいけない。軽いキャッチボールで少しずつエンジンを停止させていかなければ、深刻な故障に繋がるのだ。
 憂弥からの誘いに特になんの抵抗もなく怜奈はグローブを持って立ちあがる。グラウンドの隅で行われるこのキャッチボール、これもまたいつもの光景であった。
「せめて二条まで投げたかったのによ」
「今日はアタシも三振くらっちゃったからなー。手加減しなさいよ」
「やなこった」
 少しずつ距離を取りながらキャッチボールをする。あまり離れすぎるとクールダウンにならないので、塁間と同じぐらいの距離が適当だ。
 彼、紅咲憂弥は小学生にしては速い球を投げる投手で、恐らく百キロ近く出ている。なもんだから同学年の選手ですらそれを打てることは稀。紅白戦を行なった場合、三振にならないのは怜奈か、二条という男子くらいのものであった。
 憂弥がマウンドを降りてからは五年生の投手が後を引き継ぐ。来年春の新人戦でマウンドに立つ予定の子だ。前述したが、相手チームにはレギュラー陣である野手がずらりと揃っている。チェンジまでは、しばらく時間がかかるだろう。
 どうせもう引退を目の前に控えた身だ。今更勝ち負けや試合内容にこだわったところでどうしようもない。
 そう、ここ船月小学校野球部の六年生は、つい先日、最後の大きな大会を終えた後なのである。県大会を順調に勝ち進み、最終結果はベスト四となった。
 なにぶんエースの実力におんぶに抱っこというチームだったので、憂弥投げられない試合での負けは当然だ。小学生が身体が柔く壊れやすいので、連投をさせる監督やコーチは滅多にいない。
「お前さ」
 憂弥がボールを投げながら言う。
「勝ちたかったろ、県大」
 怜奈はボールとともに返答する。
「そりゃーね、最後の試合だったし」
 地域スポーツ少年団唯一の女の子選手、しかもレギュラーとして活躍していた怜奈。最後の試合であるから、欲を言えばもちろん勝ち進みたかった。だが、県大会ベスト四という時点でもう充分な戦績でもある。
「いいわよ、最後の試合でもヒットは打てたし。アタシは悔いなし」
「俺が投げれば勝ってた」
「肩壊してたかもよ」
 児童の身体を壊さないように、連投はさせないのが少年野球の常識。しかし、憂弥は監督に頼み倒して、一回戦から四試合連続で登板していた。もちろん一試合五イニングスまで、といったように規制を設けた上でのことだったのだが、いくらスタミナに自信のある憂弥と言えど流石に疲労が溜まったらしく、準決勝ではすっかりバテており登板するにいたらなかった。それを、まだ少し後悔しているらしい。
「もうこれ以上メニュー増やしちゃ駄目よ。今でも散々お医者さんに言われてるんだから」
 野球に関して力不足を覚えれば、その瞬間から克服のために練習を始めるのが憂弥の癖である。それ自体は褒められるべき姿勢なのだが、限度というものがある。特に小学生は、まず生物的に身体が出来上がっていない。肉体年齢を上回る練習をすることは、かえって身体に悪いのだ。
 そして今まさしく憂弥は「骨の成長を筋肉が追い抜いている」と、小児科の医師に過度のトレーニングを禁じられている身なのである。なのでそれを制止するのはチームメイト兼トレーナー兼お目付け役である怜奈の役目なのだ。
「せめて二条くらいの体力は欲しい」
「あれはまた特別でしょ」
 憂弥の降板のあと、気持ちのよいくらい遠くへボールを飛ばした男の子がいる。あのスイングとランの仕方。既に充分な貫禄を備えている彼が、つい去年入部したばかりの同級生だと言えば大抵の人が驚く。その二条という彼の類稀なる身体能力には、その家庭事情が背景にあった。
「ちっちゃいころから武道やってたっていうんだから、筋肉の作りが違うわよ」
「そうなのか」
「身体めちゃくちゃ柔いもん」
 身体が柔いということは、それは筋肉を動かす時に使われるエネルギーがそれだけ少なくなるということである。二条の体力はとにかく化け物だ。それはマラソン大会で陸上部すら圧倒するほど。こと長時間に渡って合理的な動きをするということに関して、二条はズバ抜けていた。
「身体柔いと体力つくのか」
「っていうか、運動するときに消費する体力が少なくなるのよ。だからまぁ、体力がつくってことにもなるのかな」
「よし、クールダウンやめ」
「へ?」
「柔軟するぞ柔軟」
「……はいはい」
 しまった、マズいこと言っちゃったなぁと、怜奈はちょっと後悔した。せっかくこいつの自主トレに付き合わされる日々から解放されると思ったのだが、ここにきて墓穴を掘ってしまうとは。
「今から身体柔らかくしてどうすんのよ。もう試合ないのに」
「あるだろ」
「いつ?」
「中学上がってから」
 呆れたものだ。もうそんな遠くのことを考えているとは。少しは目先の休息にも目を向けてくれないものか。
 とは思いつつ、その気持ちはなんとなく怜奈にも分かった。そりゃ、お互いにこれだけの野球馬鹿だ。中学に入っても続けるだろうし、レギュラーを勝ち取るだけの自信も充分にある。今から身体がうずくのも仕方がない。
 大股を開いて地面に座った憂弥の背中を押す。
「いてててて」
「我慢しなさい」
 憂弥の身体は結構硬い。というか、硬くて当然なのだ。瞬発型の筋肉は太く硬くなり、持久型の筋肉は細く柔くなる。これは陸上の短距離選手と長距離選手の脚を比べてみてみると分かり易い。瞬発を繰り返す野球選手の身体は、必然的に硬くなる。だからこそ、柔軟性と瞬発性とを兼ね備えた二条の筋肉は特殊で、野球において他の人間を上回るのだ。
「どれぐらいかかると思う?」
「なにが」
「二条のとこまでいくのに」
「さぁね、一年二年は覚悟しといたほうがいいかもよ」
「安いもんだな」
 身体づくりは焦ってはならない。何年もかけて培われるモノを確実に習得することが大切だ。大器ほど長い時間をかけて完成させなければならない。それを知っているからこそ、憂弥は一年二年という年月を容易に野球にささげることができる。
 野球に関しては、これほど気持ちの良い人間はそういない。
 あくまで野球に関しては、だが。
 そう、昔から憂弥は野球で勝つことだけを考えていた。体力が足りないと思えばランニングをし、肩が弱いと思えば遠投を続けた。だから、そこまで勝つことに執着する憂弥が、あっさりと点を取られて負けるなんて考えられない。
 憂弥は野球が心底好きで、好きだからこそ頑張っている。
 だからこそ、同じ野球を愛する者として、怜奈は憂弥を支えたいと思っている。なのに、たまに全然、憂弥を理解できていないような気がする。それがなんだか寂しかった。



34: 名無しさん@パワプラー:10/04/29 02:14


『え? 来週の撮影キャンセル?! ちょ、ちょっと待ってよ! もう来月号の表紙決まっちゃって……』
「その日は野球の練習があるので」
 そう言い捨てると、彰は携帯の通話を切った。
 春の選抜甲子園予選秋季大会における、雲龍高校の敗戦から一週間。部内では、ちょっとした波乱が起きている。あかつき大附属相手に脅威の投球をした紅咲がどうしてあそこまで滅多打ちにあったのか、その原因の不明瞭さと、そのような投手を登板させた柊先輩への糾弾。そのどちらもが二年生の間で飛び交い、お世辞にも平穏とは言えない毎日だ。
 彰とてそれはひしひしと感じている。正直に言って居心地は悪いが、その程度のことで練習を拒否するわけにはいかない。全てはそう、彼女のために。
「ああ! 玲奈さん! どうして貴女はそんなにも美しいのだろう! 黒くしなやかな髪! 毅然とした顔立ちに真摯な瞳! 全てがオレの心を掴んで放さない! この想いを届ける為ならば! オレは泥にだってまみれてみせる!」
「なんかの台詞の練習かい、彰や」
「いや、湧き上がるリビドーを抑えられなかっただけだよ、ばあや」
 広いとは言え、自宅の庭でこんなミュージカルまがいのことをやっていれば目立つのは当然である。散歩中の祖母に不思議そうに尋ねられるが、わりと頻繁にある出来事なので特に何があるわけでもない。
「野球始めたて聞いたよ。ほんに彰は何でんようやるなぁ、ばあちゃん感心やわぁ」
 祖母は満面の笑顔のまま、庭にあるベンチに腰掛けた。これでもかというほど現代的な設備が整っているこの家において、この祖母だけは昭和の色が濃い服装と性格を残している。それが、彰は好きだった。
「なんでんよう出来る子やけど、無理したらだめやけんね」
「大丈夫だよばあや、オレはそんなヤワな人間じゃない」
 言って、素振りを再開する。合理的なスイングというやつは、少しプロ野球の試合を観て理解できた。先輩も褒めてくれていたから、あとはそれを続けることだけを考えればいい。
「強い子なのは分かっとるけど、ねぇ、ばあちゃん心配なんは」
 そこで言葉が区切られる。構わずに、彰はバットをビュンと鳴らして振った。
「彰やぁ、楽しいかえ?」
 そう問い掛けられて、彰はスイングを止めた。同時に祖母の顔を見る。心配そうに見つめ返してくる表情がそこにはあった。
「彰はなんでんやって、なんでん上手にできるけど、顔がわろうとらんのよ。楽器弾いても、運動やっとっても……ばあちゃんそれが心配じゃあ。彰なぁ、楽しないなら、やめてええんよ?」
「心配しないでよ」
 彰は気丈に振舞った。
「オレは好きでやってるから、ばあやは何も心配しないで、また、いつもみたいに上手にできたら褒めてよ。それだけで充分だから、ね?」
「ほんに、彰は強い子やなぁ」
 溜め息と共にそう言って、祖母は家の中へと引き上げていった。その背中を見送った後で、素振りをまた再開する。先ほどよりも、もっと無心に。
 楽しさなんて、必要ないだろう。上手くできれば、それでいい。実力さえあれば、それでいい。そうすれば誰もが認めてくれるし、褒めてくれる。玲奈さんに認めてもらうには、実力をつけなければ。
 ふっと、彰の脳裏に、ある一人の男の顔が浮かぶ。そいつの名前は、紅咲憂弥。彰もベンチから見ていた、あの名門あかつき大附属高校との練習試合において、まさかの完封勝利を演じた同学年の投手だ。
 よく怜奈さんの近くにいた彼は背丈も小さく、顔だって彰よりは悪い。恋敵にもならないと嘲笑していたが、練習試合での投球を見たとき、彰の全身を鳥肌が覆った。まさしく才能、いやその上をいく何かを、あの紅咲の全身から感じた。生まれて初めて、勝てない、という恐怖を覚えた。
 しかしその後の公式戦において、紅咲はあまりに拍子抜けな投球をし、一回戦敗退をする。それが一週間前のこと。
 あのあかつき大附属との試合は、まぐれだったのか。いやそんなはずはない。だがいずれにせよ、付け入る隙ができたことは確かだ。奴の不調の間に実力をつけ、見事その球を打ってみせよう。そうすれば、きっと怜奈さんの目はこちらに向くに違いない。
 とにかく練習を。
 目的の為に、例え苦しくても練習を。それが自分の目標なのだから。




 今回はここまでです。うーん、良い感じで収拾がつかなくなってきそうな予感。

 >>30
 自分、9のストーリーしか頭の中に入ってないので、10は無理ですすいません。プロ野球編なんて面白く書ける自信がないですハイ。
 11の大学野球がギリギリです。それすら怪しいですが。
 ともかく、今やってるこのお話が完結しましたら、そのときに新たなお題を考えますね。では失礼します。


35: 名無しさん@パワプラー:10/06/14 23:13 ID:lc
もう書かないんですか?

36: 名無しさん@パワプラー:10/06/24 22:13
■激烈警報■ ディオ先生=関玄助 ■ゴールドジム・ノース東京に出没中!!!!■
> 老人虐待男ディオ先生=関玄介の紹介
>
> ディオ先生=関玄介(アマゾン健吾)が老人虐待の過去を武勇伝の如く
> 自慢げに話しています。
>
> 903 アマゾン健吾 sage 2008/02/11(月) 03:52:11 ID:6/xRpyKE0
> 昔、警備会社で居合わせたジジイ(当時70歳)は最悪だった。
> 当初はカルタゴや特攻隊の話で意気投合していたが、だんだん俺は武道の達人だとホラを吹き始めた。
> でも(俺は)年寄りの末期の悲喜語りだと考え、最初は我慢していた。が、とうとう我慢できなくなくなり。
> 激昂した俺はそのジジイを3時間に渡って車内で脅しながら説教した(パトロール中でしたw)
> 反抗したら車から叩き出して轢き殺すぐらいの覚悟だった。ジジイは俺の罵倒をプルプル震えながら聞いていた。
> 俺はスッキリした。ジジイは会社に来なくなった。そして俺も部長から辞めてくれないかと電話で懇願された。
> 頭にきた俺はまた30分ほど電話で罵倒してその会社を去った。  ある春の夜のできごとです。
>
> △▼全日本顔面選手権でのディオさんの雄姿△▼
> > http://www.youtube.com/watch?v=QoupFd16Yxw#t=5m55s
> > の5:54あたり参照!!!!!!
>
> 【突発格闘】リアルファイトORZ15【顔面電波】
> http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/muscle/1203005127/


37: テレビ電話 ギャル:10/08/26 15:23 ID:9I
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38: 名無しさん@パワプラー:10/09/18 22:03 ID:QM
続きまだですか?

39: ブランド激安財布googlelv:10/11/02 16:47
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私は小学5年です。昨日、私は小学5年です。昨日、友達と二人で遊んでいました。そしたら同じ学年の男子に会って、そいつらについていきました。すると、そこは野球の出来る広い公園でした。途中で友達が帰ってしまって、私は戸惑いました。でも結局、私は残りました。そしたら、男子達はA君の家にいくそうで、私もついていきました。そしたら、家のカギを閉められ、A君が、『覚悟はできてるな』と言いました。私は、この状態から、空気を読みました。Hをするそうです。私は初めてで、嫌でした。でもA君が私を壁に押し付けて、『いくぞ』と言って服を破りました。でも、スカートは一回も触りませんでした。A君は私の胸をもみ始めました。そしたら他の男子が、『俺も俺も!』と言って、私を床にたおして、みんなで私をせめました。B君は、写メで私の胸を10枚くらいとりました。そしたらC君が、スカートの中に手を突っ込んで、パンツの中に手をいれて、まんこを触りました。私は気持ちがよくて、『ぁっ・・・ん』と声を出してしまいました。最終的には、男子全員がズボンを脱いで、私のカオゃ、胸などに近づけたりして、それは、3時間続きました。私は、ちょっとHが好きになりました。B君がとった写メは、全部で、35枚です。10枚が私の胸で、ぁと10枚がマンコ、5枚が全身です。その写メが見たかったら、これをどこでもいいので、2カ所に貼って下さい。2カ所です。簡単でしょ???これは本当です。他のとは違います。だヵらといって、貼らなかったら不幸が起きるなどとゅうことはないので安心して下さい。2カ所にはると、「                」←ここにアドレスが出てきます。それをクリックすれば、私のすべてが見れます。でも、このアドレスを直接打ち込んでもサイトは見れないので注意して下さい

41: ブランド激安市場:11/03/09 15:47 ID:VI
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42: 名無しさん@パワプラー:11/06/27 19:29 ID:C.
おもしろかったのになぁ

43: 名無しさん@パワプラー:11/06/27 22:42 ID:Ks
↑うお! 初めて同じ日に見てる(書き込んでいる)人見た!

面白かったのに書いてる人どこいっちゃったんだろーね
(*´・ω・)ネー  ネー(・ω・`*)


44: 名無しさん@パワプラー:11/07/10 20:38 ID:/U
私は小学5年です。昨日、私は小学5年です。昨日、友達と二人で遊んでいました。そしたら同じ学年の男子に会って、そいつらについていきました。すると、そこは野球の出来る広い公園でした。途中で友達が帰ってしまって、私は戸惑いました。でも結局、私は残りました。そしたら、男子達はA君の家にいくそうで、私もついていきました。そしたら、家のカギを閉められ、A君が、『覚悟はできてるな』と言いました。私は、この状態から、空気を読みました。Hをするそうです。私は初めてで、嫌でした。でもA君が私を壁に押し付けて、『いくぞ』と言って服を破りました。でも、スカートは一回も触りませんでした。A君は私の胸をもみ始めました。そしたら他の男子が、『俺も俺も!』と言って、私を床にたおして、みんなで私をせめました。B君は、写メで私の胸を10枚くらいとりました。そしたらC君が、スカートの中に手を突っ込んで、パンツの中に手をいれて、まんこを触りました。私は気持ちがよくて、『ぁっ・・・ん』と声を出してしまいました。最終的には、男子全員がズボンを脱いで、私のカオゃ、胸などに近づけたりして、それは、3時間続きました。私は、ちょっとHが好きになりました。B君がとった写メは、全部で、35枚です。10枚が私の胸で、ぁと10枚がマンコ、5枚が全身です。その写メが見たかったら、これをどこでもいいので、2カ所に貼って下さい。2カ所です。簡単でしょ???これは本当です。他のとは違います。だヵらといって、貼らなかったら不幸が起きるなどとゅうことはないので安心して下さい。2カ所にはると、「                」←ここにアドレスが出てきます。それをクリックすれば、私のすべてが見れます。でも、このアドレスを直接打ち込んでもサイトは見れないので注意して下さい




45: 名無しさん@パワプラー:12/02/09 02:43
こんにちわ!

ほら、そこのキミ! 今すぐ「スレッド一覧」をクリックし、その向こうでパワプロエロ小説スレを開くんだ!

わっふるし続けてくれたみんなへの、お兄さんからの贈り物だぞ!


遅くなってごめんなさいマジですんませんでした許してください勘弁してくださいうひぃお代官さまぁ

46: 投手型捕手:12/03/17 03:25 ID:xa6
初めまして。
早速ですが小説書いてみたいと思います。
エピローグだけなので評価お願いします。
チームはオリジナルです。
七月某日。
地は群馬県。
甲子園予選群馬県大会三回戦。
九回裏、光河学園のエースが投げた1球。
その球は相手高校の四番によってバックスクリーンに消えていった。
スコアボードには光河学園の得点は6と記されていた。
その下に記される数字は7。
光河学園はサヨナラ負けを喫した。



試合後…
「うっ……ううっ……」
光河学園エースの泣き声。
「おまえが泣くな。俺たち野手が力不足だっただけだよ。」
「そうだよ。おまえはよくふんばってくれたよ。」
三年が泣いているエースに言いかける。
「けどっ……俺っ……点…とられて…ばっか…だったしっ……」
一回戦では8失点、二回戦では5失点だった。
「そんなこといいんだよ。俺ら三年がピッチャーいなかっただけだから。」
「そーだよ。その分お前ががんばってくれたじゃんかよ。」
「これからもエースやる奴がそんなんでどーするよ。」
「でもっ……」
「でもじゃない!」
「っ!!……」
三年生の一人が怒鳴った。
「お前がそんなんだとずっとチームはこのまんまじゃねーか!」


47: 投手型捕手:12/03/17 03:38
「……」
「お前、勝ちたいんだろ?」
「っ…はいっ……」
「だったら、こんなところでいつまでも泣いてないでさっさと練習しろ!んで点取られないようにしろ!」
「……」
「そして、俺たちが行けなかった甲子園に行ってこい。」
「……はいっ」
「わかったな!」
「はいっ!約束します!」
ここから物語は始まった。
はい。どうでしょうか?


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