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関西人のクズっぷりは異常
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185: 04/11 11:05
 朝鮮人に 喝!  225

 この交換共同宣言書には、その第一項は次のように謳われていた。『三党は、過去に
日本が36年間朝鮮人民に与えた大きな不幸と災難、戦後45年間朝鮮人民がうけた損
失について、朝鮮民主主義人民共和国に対し、公式的に謝罪を行い十分に償うべきであ
ると認める。つまり 戦前の36年間の朝鮮統治ばかりか、戦後の45年間にも日本が
朝鮮に損害を与えており、それを謝罪し、償うべきとの論理は、北朝鮮側の主張を丸呑
みしたものであろう。日本国民の理解を絶するものであり、訪朝団は「土下座外交」と
強く批判される文面だった。さらには、政府代表でもない一介の国会議員が勝手に賠償
支払いの約束までした事への批判も浴びせられた。結局、共同宣言は自民党の承認を得
られず、反故とされた。訪朝の1年4カ月後、平成4(1992)年1月、金丸は自民党副総
裁に就任した。しかし、東京佐川急便から5億円のヤミ献金を受け取っていた事実が発
覚し、同年中に党副総裁と衆議院議員を辞職した。翌年には脱税容疑で逮捕され、自宅
捜索を受けたところ、数十億円の不正蓄財が見つかった。北朝鮮からと噂される謎の金
の延べ棒は、この一部であった。この政治接触は日本にも北朝鮮にも不幸であった。こ
の密室利権外交には、同類の相手役が必要だ。金丸訪朝団の帰国に伴って、金日成との
会談で通訳を務めたファン・チョルの名前は、日本の政界で「北朝鮮へのパイプ」とし
て知られるようになった。利権を求める政治家が、頻繁に電話するようになった。ファ
ン・チョルは一介の通訳に過ぎなかったが、日本とのパイプ役を買われて党の工作機関
「統一戦線部」に抜擢され、北朝鮮外務省を押しのけて、対日外交を担当するようにな
っていた。ファン・チョルは平成12(2000)年8月に東京で行われた日朝交渉に、副団
長格で参加した。ところが交渉の冒頭に姿を見せただけで、姿を消した。警察や公安当
局が、ファン・チョルを尾行する。ファン・チョルは日本の政治家や朝鮮総連幹部、北
朝鮮のエージェントと見られる人物たちと窃かにそして頻繁に接触し、ボストンバック
を札束で一杯にしていた。しかし、帰国の日に羽田空港に現れたファン・チョルのボス
トンバックには何も入っていなかった。帰国したファン・チョルを待っていたのは、北
朝鮮の秘密警察「国家安全保衛部」の過酷な取り調べだった。この後、ファン・チョル
は消息を絶った。自民党の実力者は何度も電話をかけたが、教えられていた電話番号は
、誰も出なくなっていたと言う。ファン・チョルを取り立てていた「統一戦線部」担当
のキム・ヨンスン書記は、海外に数億ドル規模の秘密口座を隠し持っていたようだ。日
本や韓国からの賄賂や秘密資金の一部を、自分の懐に入れていたのである。キム・ヨン
スンも秘密警察の取り調べを受けたのだが、「統一戦線部」担当の肩書きを外されただ
けで済んだ。責任をすべてファン・チョルに押しつけ、自分だけ助かったとの観測が流
れた。いずれにせよ、金丸とファン・チョルという日朝密室利権外交の双方の役者は、
この訪朝団以降には悲惨な末路を迎えたわけである。これらにCIAもKCIAも日本
の外務省特捜も北朝鮮の隠密工作員も皆んな動いていたのは間違いなかった。


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