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100:、 11/03 22:13 ID:i2
フリーメーソンの本質
けれどもこのことを考える前に、フリーメーソンの高位(ホッホグラーデ)についてここでもう少し詳
しく述べておかねばなりません。前に述べたように、シュタイナーが重大の最後の二年間に出会
った導師が、薔薇十字会、あるいはフリーメーソンの行為の結社員である可能性が強いので、そう
いう方向からのシュタイナーへの影響をある程度つかんでおかないと、その後のシュタイナーの本質が
よく理解できないように思われるからです。
ホッホグラーデの伝説
「ホッホグラーデ」についてはシュタイナー自信が非公開の講演の中で色々述べていますが、その講演
も1975年に出版された前掲書『神殿伝説』に含まれて居ますので紹介しておきます。シュタイ
ナー自身が「ホッホグラーデ」について述べるときの態度には非常に特徴的なものがあります。
「ホッホグラーデ」についての講演は1904年から5年にかけて集中的に行われていたのです
が、その当時、フリーメーソンには12人の最高位の導師が居て、それぞれイギリス、アメリカ、エジプト、
ルーマニア、スペイン、キューバ、イタリアのナポリやパレルモなどに住んでいました。当時まだドイツには、そ
ういう「ホッホグラーデ」の最高位、すなわち96番目の位階の導師は居なかったそうです。
「ホッホグラーデ」の成立のプロセスをたどると、紀元46年に使徒マルコに出会った折る蒸すと
言う人物に発する、とフリーメーソンの伝統は語っているそうです。オルムスの流れを受け継ぎ、パレス
チナに伝統として存在していたエジプト系の秘儀を、12世紀にパレスチナに遠征した十字軍
が伝授されてヨーロッパに伝えたのがその始まりだと言うのです。
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