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パワプロ小説
35/40頁 (391件)
348: 06/03 01:04 ID:rE [sage]
01.登場、最悪。 ワインドアップ、大きく振りかぶり。体重移動、軸足を基盤にして身体を捻り込み。スローイングモーション、上げた脚を伸ばしつつ引き上げた重心を下ろし、前方に大きく踏み込む。
 そして捻り込んでいた身体の反動を利用しつつ、全身を使って球を投げる。中背の身体に似つかわしくない大型のモーションで投げられた球は、さながら弾丸のように、捕手の構えたミットを撃ち抜いた。
 ズバンッ!
 事実弾丸の炸裂音に似た音が響き、周囲は静まり返る。見ていた者はその投球自体に、そうでなかった者はその轟音に、それぞれ異常な驚愕を顕わにしていた。
 新入部員対象の希望守備位置適性調査試験。それぞれが希望するポジションに、各々が相応しい実力を持っているのかどうかを調べる為のこのテスト。今行われているのは投手と捕手兼用のテストで、投手志望の者が投げ、それを捕手志望の者が受けるというものなのだが、そこに、一際の緊張が走った。
 皆が呆気に取られたように視線を集めるその先、全部で十二人並んでいる投手希望者たちが立つマウンドの上には、そこに最初から数えて三番目に並んでいた男が、大柄なフォロースルーを終えた格好で悠然と立っていた。
 鷹は撃たれるものである。だが、今まさに放たれた弾丸は、この鷹のような眼をした男が確かに己の肩から撃ち出したものであった。迫力のある切れ目は鋭く、その視線でさえ、捕手のミットを射抜いているようでもある。
 男、と言えば少々聞こえは大袈裟かもしれない。彼は見た目、痩身中背の、大きめの中学生と言った風貌である。いっぱしの高校生と言い切るにも、まだ体格が足りていないだろう。しかし、彼が全身から放つ雰囲気には、ただならぬものがあるのだ。少しでも気を抜けば次の瞬間には喉元を切り裂かれそうな、危険なにおいである。その平均的な身体から滲み出す毒蛇の貫禄を感じた後で、彼を、見た目通り少年などと形容はできない。
 腰が抜けたように座り込んでしまった打者役の者への目線は冷ややかに、男は自分の弾丸を身じろぎ一つせず受け止めた捕手へと歩く。歩いて、ホームベースを挟んで立ち止まり、そこから静寂の中へと言葉を放った。
「しょっぱなから俺の球受けられるやつがいるとは思わなかった。俺は紅咲。紅咲、憂弥だ。お前は?」
 挨拶と同時に差し出された右手に、面を被った捕手はそれを外すこともなく、無言で無愛想に自分の右手を合わせた。瞬間、その手に蛇が獲物の肉に牙を立てるが如く強靭な握力が込められるが、捕手は泰然として動じなかった。普通ならば痛みに絶叫するだろう力で片手が握り締められているというのに、呼吸音一つ漏らさない。
 耐えているのではなく、効いていないのだ。
 周囲が無言で事の行方を見守る中、ふと、憂弥の口元が緩み、手に込めていた力が抜かれる。それは、蛇が自分以上の力量を相手に認め、負けでなくとも身を退いた証だった。
「ま、名前はまた訊くさ。どうせ、お前もこの試験っていうのは合格だろうしな」
 満足そうにそれだけ言うと、憂弥はまだ静寂を保っている周囲に向けて声をかけた。
「なぁセンパイ! 俺もう疲れたから帰って」
 唐突に、鈍い音。例えるなら、金属製の棒で骨の通った人体を、特に頭部を、思い切り良くぶん殴った時に響くような、耳に残る嫌な音がした。
 事実を的確に述べると、マネージャー希望として入部してきた女の子の内一人が硬式用金属バットのフルスイングでもって憂弥の頭部を一撃し、そのまま紅咲が倒れて動かなくなった。ということである。
 まぁ要するに例えと現状は大して変わらない。
「死ねこのバカ!」
 怒気を顕わにした口調でそう言うと、金属バットを片手に携えたマネージャーの女の子は、空いているもう片方の手で死体を引き摺ってグラウンドを出て行った。それは一分とかからない、一瞬の出来事であった。
 後に呆然と残された者達は、暫くして気が戻ったところで試験を再開したが、投手希望者の列があった場所には、もう誰一人として立ってはいなかった。


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