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パワプロ小説
36/40頁 (391件)
353: 06/03 01:13 ID:rE [sage]
 午前中の長閑さをひっくり返したように、放課後の野球部の練習では一波乱が起きた。グラウンドの中央で、憂弥と先輩らが睨み合っている。その状況を目の辺りにしたとき、玲奈はもう失神しそうになった。
 まさか水分補給用のドリンクを作るという短時間に目を離しただけで、突如ここまでの険悪なことになるとは、思いもよらない。玲奈は自分の迂闊さを後悔した。適正テスト以来何事もなかったからすっかり油断していた。そうだアイツはこういうヤツだった。少しでも気を抜いたら駄目なのだ。
「ちょ、ちょっと戸美子、アレ、あのバカ一体今度は何したの?!」
「あ、玲奈。実は、先輩たちが草むしりしろって言ったら紅咲君が……」
 始終見ていたらしい戸美子から事情を窺うと、どうやら草むしりを命じた先輩らに、あの阿呆が反抗したらしい。俺は野球をしにきてんだ草なんかむしってる暇はねぇんだよバカとかなんとか、聞いてもいないのにそんな光景がありありと目に浮かぶ。
 ハイレベルな高校なら下級生シゴキに雑用の押し付けはあって当たり前。散々言い聞かせておいたのに、やっぱりあの阿呆には無駄だったか。
 外野の隅を見やると、憂弥以外の一年生は全て素直に草むしりを行なっていた。ただしい球児の姿である。年功序列の世界では、後輩は先輩の命令を聞いて当然。聞かなければ、どんな処罰が下ってもおかしくない。
 玲奈はもう決死の覚悟で、グラウンド内の憂弥に駆け寄った。
「ちょっと! あんだけ言ったのに分かんなかったの?! 大人しく草むしりしなさいよバカ!」
 真横で叫ぶも、当の阿呆は聞いちゃいない。ただ鷹のような鋭い目つきで、先輩らと睨みあっている。
「だからアンタらが、この俺に草むしりをするメリットを教えてくれたならやってやるっつってんだよ。俺は野球をする為にここにきてんだ。野球以外のことやらせてんじゃねぇぞオイ」
 憂弥の体格は、男子高校生にしては小柄。玲奈より少し背が高いくらいだ。それに比べて先輩方の身体の迫力のあること。二年と三年が五人も並ぶと、こんなに威圧感があるのかと玲奈は思わず気圧された。だが、憂弥が動揺することはない。
「お前一年だろうが! 先輩がやれっつってんだからやりゃあいいんだよ、生意気なこと言ってんじゃねぇぞコラ!」
「あん? 答えになってないんすけどセンパイ」
「うるせぇな! 俺たちだって一年の時にやったんだよ! 伝統だよデントー! 黙ってやれや!」
「ここ野球部だろ? なんでアンタら草むしりクラブやってたんだよ」
「んだとテメェ!」
 三年の先輩が、憂弥の胸倉を掴んで少し持ち上げる。その迫力に、思わず玲奈は一歩退いた。しかし当の憂弥本人は、余裕すら感じさせる笑みを浮かべてニヤニヤと先輩の顔を睨み返している。今にも舌がチロチロと出てきそうな、ヘビのような目だ。
「あっれー? 草むしりクラブかと思ったらぼーりょくクラブだったんですかセンパイ。意外と度胸ありますね」
「テメェ、殺すぞ!」
 眉間に皺を寄せまくって憂弥を睨みつける先輩。その形相に、玲奈はただ慌てることしかできなかった。今まで数々の憂弥絡みの騒ぎを終結させてきたとはいえ、ここまで場が沸騰していてはどうしようもない。他の一年らは、この光景を外野から遠巻きに見守っていた。その視線が憂弥に対する哀れみのものであることは、言うまでもない。
 どうにかして解決策を、どうにかしてこれを無かったことに、一人頭の中で案を巡らせていた玲奈の背後から、不意に声がかかる。
「そんぐらいにしときましょ。先輩」
 その声に振り返ると、二年生の先輩が立っていた。ひょろっとした細い身体とインテリ眼鏡。その高校球児にあるまじき出で立ちは、自己紹介の時から、強く玲奈の印象に残っている。確か柊誠也先輩……だったはずだ。
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