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パワプロ小説
36/40頁 (391件)
355: 06/03 01:16 ID:rE [sage]
 玲奈が入学早々に戸美子と仲良くなったように、憂弥にも早速と中の良い友人ができていたようだった。よく練習を二人で行っている姿を見かける。その彼の名前は片桐桐人と言い、何を隠そう、あの適性テストのときに憂弥から挑発まがいの握手を受けたキャッチャーの人だ。憂弥とは似ても似つかぬ大柄な身体と仏頂面で、あの憂弥とどうウマが合うのか玲奈にはさっぱり分からなかった。
「はい、さっきの時間のヤツ」
「おうサンキュ」
 嫌いな数学の時間、憂弥はリストトレーニグを無心に行なう為、ノートなんか取らない。そんなことだから、いつもこうして玲奈が授業後にノートを渡して写させてやるのだ。中学校の頃から変わらない習慣である。
「放課後までには返しなさいよ。あ、ごめんね邪魔して」
 遅ればせながら、先程から憂弥の机に来て話をしていたらしい片桐に断りを入れる。ぺこりとした丁寧なお辞儀を受けて、その大男は少し照れたように一礼を返した。
 片桐桐人は、無口な男である。たまにクラスにいる、必要なこと以外は全く喋らない生徒とは比較にもならず、彼は必要なことすら喋らない。玲奈も、未だ彼の声を聞いたことは一、二度しかない。しかし憂弥は彼との会話を見事に成立させることができる。不思議でならなかった。
「片桐君って本当に身長高いよね、何センチくらい?」
「…………(照れたように手を動かす)」
「一九二だってよ」
「すっごい! 一九〇オーバーなんだ! どこに住んでるの?」
「…………(照れたように目線を下げる)」
「隣の地区だってよ。自転車で来れる距離だってさ」
「へぇ、そりゃ雲龍が放っておかなかったわけだ。でもその身長ならバスケ部とか、バレー部とかからも勧誘あったんじゃない?」
「…………(照れたように頷く)」
「あったけど、やっぱ野球だけは続けたかったんだってよ」
「なんでさっきからアンタが答えのよ」
「しゃーねーだろコイツ、口下手なんだから」
 しかし訂正をしようとしない様子を見る限り、誤情報を伝えているわけではないらしい。無言の彼から的確に言葉を読み取れる憂弥の超能力は無視しつつ、玲奈は続ける。
「もう、片桐君、自分で喋らないと、こんなバカに頼ってちゃ駄目よ。高校球児なんだから、もっとハキハキしなきゃ、ね!」
 ドンっと背中を叩いてやると、片桐はやはり照れたような笑みを崩さず、申し訳なさそうに一礼した。背は高いのに腰はとても低い。態度の小さな巨人。なんだか、絵本の題材にでもできそうな光景である。
「おい、あんまイジメんなよ。お前、ただでさえガサツなんだから」
「アンタに言われたくないわよ。でも片桐君、本当に静かよね。もっと元気出して笑いなさいよ、ほら、ニカーっとしてみてニカーっと」
 実際にニカーっという笑いを作って見せて促す玲奈だが、やはり片桐は照れたような笑みを崩さない。むう、まだ心を開いてくれはしないらしい。未だかつて真正面から向かって行って友達になれなかった人間のいない玲奈の、ニカっと笑顔でお友達作戦は通じないようである。
「やめとけって。コイツ、ガキの頃にかあちゃんが自殺した現場見てから顔が上手く動かねぇんだって……っ」
 突然の衝撃。
 憂弥の頭が教室の端までぶっ飛び、少し遅れて身体もぶっ飛ぶ。壁に激突して血糊をぶちまけた憂弥を次に襲ったのは机、椅子、椅子、机、椅子、そして玲奈のシャイニングウィザードだった。
 ムタも真っ青な超絶悪役コンボをまともに喰らい肉塊に近い姿になっているものの、憂弥の指先はまだ微かにピクピクと動いていた。床に溢れ出した血がなんともグロテスクである。
「ちぃっ! まだ生きてやがる……!」
 トドメと刺そうとバットを振りかぶる玲奈の手を、何者かがそっと引きとめる。
「離して! 今コイツは殺すべきよ! じゃないとこれ以上の誰かが犠牲になってからじゃ遅いわ! この野郎、人のプライバシーを何だと思って」
 振り返ると、片桐がふるふると首を振って制止してきていた。どこか優しさを含んだ小さな微笑みからは、何も気にしていないから大丈夫だという言葉が、しっかりと伝わってきた。
「片桐君……でも、コイツは、この馬鹿は……」
 必死に玲奈は訴えるが、それでも片桐は、頑なに首を振った。
「そう……片桐君がそれでいいなら、何も言わないけど」
「…………ん、だ、か、らよ」
 のっそりと机と椅子から這い出して、血が流れている頭を押さえながら憂弥が起き上がる。
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