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パワプロ小説
36/40頁 (391件)
359: 06/03 20:07 ID:rE [sage]
 先日の柊先輩によるお説教で憂弥も真面目に草むしりに参加してはいるものの、やはり草むしりは草むしりであって、そこに野球の技術的な向上要素は何も含まれていない。他人より一球でも多くボールを投げろ、一回でも多く素振りをしろという少年野球での鉄則が、崩れていっているような気がする。
 少なくとも今の三年生がこの夏を終えるまではこの調子なのだろうと思うと、なんだが申し訳ない気がしてきた。マネージャー風情が申し訳なくなったところで、事態は何も好転しないのだけれど。
「おう、ちょっとマネージャーのお嬢さんら、紙コップはどこじゃね?」
 のそのそとベンチに入ってくる巨体がある。二年生の先輩だった。戸美子が慌てて紙コップを差し出すと、大柄な先輩は豪快な笑顔で礼を言ってくる。
「ガハハハ、すまんのう手間かけさして。さて、と、……ゴクッ、うぅーすっぺぇ! 効くのう!」
 苦虫ならぬ酸虫を噛み潰したような顔で、先輩はまた豪快にガハハハと大口を上げて大笑いする。何がそんなにおかしいのか分からなかったが、この先輩は元来こういったテンションらしく、その巨体と人柄も相まって野球部ではちょっとした名物扱いになっているのだとか。
 山のようにガッチリとした、筋骨隆々の肉体を誇るこの先輩の名前は幸崎啓司さん。二年生ながらにレギュラーで四番バッターを務める豪腕の持ち主だ。黒く日に焼けた太い腕は、丸太を想像させるに難くない。
 ここ雲龍の野球部では、熱中症の予防の為に二時間ごとに休憩時間が取られるほか、基本的にはいつでもドリンクを飲んでもいいことになっている。もっとも、厳しい先輩らの目があるので、実際に自由に飲みにくるのはこういったある種「権力」を持った立場的に強い人ぐらいのものである。一年生のように最も弱い立場の人間は、それこそ根性でもって直射日光と渇きに耐えるのだ。なんだかそういう光景も、昔はいざしらず現代では見ていてやるせない気持ちになるので、素直に飲みにきてくれればいいのにといつも思う。
 とは言え、先輩らが飲まない限り、後輩が飲むわけにはいかない。そんなムードはどこにでもある。それは痛いぐらいに分かっている。だからこそ、こうして率先して飲みに来てくれる先輩がいることは、雰囲気の面でとてもありがたいことだ。
「ひゃー暑いのう。こんな日は野球なんかしたらダメじゃ。家でおとなしゅうウチワで顔扇いどるのが正解じゃろて」
 面白いことを言う先輩だった。その口調はまるで中年のおっさんである。まだ十七歳なのに。
「一年坊主に言うとってくれや、水は飲まなダメじゃ。喉渇いたら集中力がなくなって、何より効率が落ちるけんの。根性鍛えるんも大事じゃが、身体壊さんことはもっと大事じゃけ」
 やはり一年生が先輩らに気を遣ってドリンクに手をつけないことは、彼から見ても不安らしい。玲奈は思っていることを口にした。
「ドリンクは飲んでもらえないと余っちゃって、こっち側としても困るんですよね。この、なんていうか、水を飲みにこれない雰囲気って、どうにかなりませんか」
「そうじゃのう……」
 ベンチにどっこいせと腰掛け、つばの曲がった帽子を外し幸崎先輩は一思案抱える。三年生らの視線があるなかで、ここまで堂々と休憩(サボり?)できるのはこの人ぐらいのものだろう。
「ワシもそういう雰囲気作らんように、ちょくちょくサボる姿は見せてやっとるけど……いやぁ、今年の一年は真面目じゃあ! だぁれもワシの真似をしようとしやせん! いいことなんじゃろうけど、なんか虚しいのう!」
 口下手で若干人見知りする戸美子はさきほどから一線を退き、ベンチの隅で練習の見学に戻っている。というより、外野で草むしり真っ最中の一年生らが気になるのだろう。じーっと外野の方を見ていた。
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