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パワプロ小説2
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32: 04/29 02:08 [sage]
 秋季大会終了後の雲龍高校野球部内では、お世辞にも平穏とは言えない空気が漂っていた。何せ一度は実力主義に一石を投じ納得させかけた憂弥が、名も無き弱小高校を相手に九点も取られたというのだからそりゃもう大騒ぎ。やはり一年に公式戦は荷が重かっただの柊の采配に責任があるだの紅咲が手を抜いただのと、それを表立って口に出す者は少ないが、部内は物々しい雰囲気に包まれていた。
 一応その当事者である憂弥と長い付き合いということでなんとなく身の置き場が無く、現在、玲奈はいつもより少し小さくなってマネージャー業務に勤しんでいる。
 今は昼休み。サンドイッチを頬張りながら、窓際で野球部の昼練を見下ろしているところだった。
「やっぱり気になるの?」
 横から戸美子が恐る恐る話しかけてくる。
「ま、腐れ縁だしね。未だに、アイツが打たれるなんて信じられないけど」
 件の試合のとき、玲奈はちょっと体調を崩してしまって家で休んでおり、現場を見ることができていない。後から結果を戸美子から電話で聞いて驚いたのだ。
 歯に挟まったレタスをオレンジジュースで流してから、戸美子に尋ねる。
「で、どんな感じだったの? その試合」
「うん、なんかね、やる気がなさそうなのはいつもと同じなんだけど、練習試合の時と違ってすっごく……なんていうかな、ボール投げる格好なんか、すっごく小さくて、全然あの、練習試合のときみたいに大胆じゃなかった。それでどんどん打たれて、ああなっちゃった」
 戸美子は野球に関する知識がまだまだ薄いので、言葉の表現力に欠ける。言葉を正してやると、投球フォームからして既に練習試合のときとは違っていたということだろう。
 憂弥の投球フォームは、とにかく派手で大胆だ。振りかぶったあと、左手で大きく身体をリードし全身を捻りこむようにして右腕を振り下ろす。その勢いたるや投球後は頭が一瞬真後ろを覗いてしまうほど。そしてその勢いをフォローするために地面を蹴り上げた右足は、大きくアーチを描いて着地する。無駄のない筋力とそれに応えるだけの柔軟性を兼ね備えた、あの投球フォームこそが、憂弥の特殊な球質の源泉である。
 それをせずにボールをただ投げただけだというならば、憂弥はただの、コントロールがよくてちょっと変化球を使える小柄な投手に過ぎない。滅多打ちを喰らったところで不思議ではない。
「紅咲君どうしちゃったのかなぁ、どこか故障しちゃったとか?」
「うーん、多分それはないと思うんだけど……」
 とはいえ、あのバカはちょっとした怪我なら大騒ぎするくせに重大な怪我は隠すようなひねくれた性格のヤツである。故障していないとは断言できない。しかし朝のランニングはきちんとこなせているからして、そうは考えられなかった。
 オレンジジュースのパックが空になる。それを折りたたんでコンビニの袋に入れて、廃棄物完成。あとはゴミ箱行きだ。
 と、そこで玲奈は思い出す。
「あ、でも、なんか前にも同じようなことあったなぁーそういえば」
「え? 紅咲君が?」
「そ、中学の時さ、やたら打たれた試合がね、あったのよ。なんとかその時は勝ったみたいだけど、やっぱフォームが乱れてたらしいわ」
「……らしい?」
「いや実は直接見てないんだよね。ちょうどアタシが英検かなんかで試合休んだときだったから、後でチームの奴に聞いたの」
「ふーん……紅咲君てよくわかんないね……」
「うんうん、アンタかなりあのバカのこと分かってきてるわ。よしよし」
 頭を撫でてやる。そう、この「なんかよく分からない」という感覚を持ち始めることが、あのバカを理解する第一歩である。本当に憂弥だけは、長い付き合いの中でも分からない生態系を未だに持っている。
 目線を昼練の野球部へと戻す。言葉では正確な表現がしがたいが、やはり憂弥と他の一年生らの間には、見えない壁ができているようだった。普段から人を寄せ付けるようなヤツではないが、今は普段にも増して、チームメイトが近付こうとしない。
 唯一例外である片桐が時折憂弥に何かを伝えに行っているが、憂弥の方はありがたがるでもなく、至っていつもと同じ素っ気無い対応だった。
 ここからは見えないけど、恐らく柊先輩も同じような状況だと思う。勝負の勝ち負けに責任を求めるのはナンセンスとは言え、やはり人は誰かの所為にして安心したがる生き物なのだ。
 と、そこで他のクラスの窓際からちょっとした黄色い声が上がる。女の子たちの可愛い声援。何事かと思い視線をもう少し向こう側へとやってみると、沢内彰がジャージ姿で颯爽とランニングをしていた。基礎体力ばかりは才能ではどうしようもない。それに気付いてからの、彼なりの姿勢らしい。数ヶ月前までの優男っぷりが今は少し消えて、段々と高校球児らしい顔つきになってきているのが、傍目にも分かった。マネージャー業をやっていると、色んな人の色んな面が見えるのである。
「うわー、沢内君頑張ってるねー……なんかさ、雑誌とかダンスの練習とか、全部キャンセルして練習に打ち込んでるみたいだよ? 知ってた?」
「え? そうなの?」
 興味ないから知らなかった。
「うん。ねぇねぇ、多分アレって、玲奈ちゃんに見て欲しいからだよ。ねぇ考えなおしてさ、今からでも付き合ったら?」
 戸美子の瞳が輝く。とかく、女の子は他人の恋愛話によく食いつく。
「無理だって。アタシが恋愛に興味ないの知ってるでしょーが」
「でもでも、あんなに格好良くて一途な人って、多分いないよ。すっごい勿体無いと思うんだけど」
「ま、そーなんだろーけどさー」
 なんだろう。格好良いとか一途に想ってくれるとか、確かにそれが素晴らしいことなのは分かるんだけど、だからといってそれで好きになったり恋に落ちたりなんて、それはちょっと違うと思う。自分が言うといまいち説得力に欠けるのだが。
「なんだろうね、分かんないなー」
 分からない。それが玲奈の結論だった。生まれてこのかた十六年付き合いのある両親だって、考えてることなんか分かりっこないのに、ただちょっと見知っただけの誰かを理解して受け入れるなんてできるはずもないのだ。
 これだけ一緒に馬鹿なことをやって、共に練習に励み喜怒哀楽してきた友人でさえ、まだ理解できていないのだから。そう考えながら玲奈は憂弥の方を見やった。
 小柄な投手はただ黙々と、疲れてペースを落とすチームメイトに少しも構うことなく、自身のペースでグラウンドを走り続けていた。
「アンタはなにかんがえてんのよ」
 窓際での呟きは、秋の空気の中に溶けてすぐに消えてしまった。


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