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パワプロ小説2
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33: 04/29 02:09 [sage]
 腐れ縁三人組が完成したのは小学校のときだったが、なかでも怜奈と憂弥はいち早く出会った。それが小学校三年生のとき。そこに、あとからもう一人が入ってきた形である。
「バッターアウト!」
「また三振かよー!」
 相手チームの打者ががっくりと肩を落とす。今日は全国野球部の小学生が大好きな、紅白戦の日である。普段のキツい練習とは少しさよなら。実戦さながらの試合を、同じ部活のメンバーと敵味方になって行なえる。部の人数によってはできなかったり、ベンチ入りの者も出てしまうが、どうあろうと紅白戦が嫌いな子などいなかった。皆、練習よりは試合がしないのは全国共通である。
 試合を面白くするためには、実力が均等になるようにチーム分けをしなくてはならない。そのため、エースピッチャーが所属するチームには未熟な野手を入れ、相手側には強力な野手陣を組むというのが定番である。
「バッターアウト!」
 しかしここ船月小学校野球部においては、それもあまり得策とは言えなかった。
「はい、ピッチャー交代」
 今日の試合通算十個目の三振を奪ったところで、その投手はマウンドから強制退去させられる。普通なら褒められるべき成績だが、もう少し手加減というものをしてくれない限りは練習にもならない。かと言って手を抜けというのも健全なる少年の勝負心を汚すようなこと。ならばどうしようと監督らが考えた結果出た案が、三振を十個取ったらもう満足だろうからマウンドから降りろという、通称「紅咲ルール」である。
 マウンドから降りた投手、彼紅咲憂弥十二歳は、つまらなそうな顔をしてベンチへと引き上げた。ベンチとはいえ、所詮は小学校の設備。本当に、プラスチック製のただのベンチで、しかもお互いのチームで共有である。
「今日も負けたし!」
「憂ちゃんゆっくり投げてよー」
「いやお前らがもっと練習しろよ」
 いつも通り投げかけられる言葉をいつもの調子で返して、憂弥は手近にあったボールを手に取った。
「怜奈、クールダウン」
「はいはい。守備につくまでね」
 投球後の肩をいきなり休めてはいけない。軽いキャッチボールで少しずつエンジンを停止させていかなければ、深刻な故障に繋がるのだ。
 憂弥からの誘いに特になんの抵抗もなく怜奈はグローブを持って立ちあがる。グラウンドの隅で行われるこのキャッチボール、これもまたいつもの光景であった。
「せめて二条まで投げたかったのによ」
「今日はアタシも三振くらっちゃったからなー。手加減しなさいよ」
「やなこった」
 少しずつ距離を取りながらキャッチボールをする。あまり離れすぎるとクールダウンにならないので、塁間と同じぐらいの距離が適当だ。
 彼、紅咲憂弥は小学生にしては速い球を投げる投手で、恐らく百キロ近く出ている。なもんだから同学年の選手ですらそれを打てることは稀。紅白戦を行なった場合、三振にならないのは怜奈か、二条という男子くらいのものであった。
 憂弥がマウンドを降りてからは五年生の投手が後を引き継ぐ。来年春の新人戦でマウンドに立つ予定の子だ。前述したが、相手チームにはレギュラー陣である野手がずらりと揃っている。チェンジまでは、しばらく時間がかかるだろう。
 どうせもう引退を目の前に控えた身だ。今更勝ち負けや試合内容にこだわったところでどうしようもない。
 そう、ここ船月小学校野球部の六年生は、つい先日、最後の大きな大会を終えた後なのである。県大会を順調に勝ち進み、最終結果はベスト四となった。
 なにぶんエースの実力におんぶに抱っこというチームだったので、憂弥投げられない試合での負けは当然だ。小学生が身体が柔く壊れやすいので、連投をさせる監督やコーチは滅多にいない。
「お前さ」
 憂弥がボールを投げながら言う。
「勝ちたかったろ、県大」
 怜奈はボールとともに返答する。
「そりゃーね、最後の試合だったし」
 地域スポーツ少年団唯一の女の子選手、しかもレギュラーとして活躍していた怜奈。最後の試合であるから、欲を言えばもちろん勝ち進みたかった。だが、県大会ベスト四という時点でもう充分な戦績でもある。
「いいわよ、最後の試合でもヒットは打てたし。アタシは悔いなし」
「俺が投げれば勝ってた」
「肩壊してたかもよ」
 児童の身体を壊さないように、連投はさせないのが少年野球の常識。しかし、憂弥は監督に頼み倒して、一回戦から四試合連続で登板していた。もちろん一試合五イニングスまで、といったように規制を設けた上でのことだったのだが、いくらスタミナに自信のある憂弥と言えど流石に疲労が溜まったらしく、準決勝ではすっかりバテており登板するにいたらなかった。それを、まだ少し後悔しているらしい。
「もうこれ以上メニュー増やしちゃ駄目よ。今でも散々お医者さんに言われてるんだから」
 野球に関して力不足を覚えれば、その瞬間から克服のために練習を始めるのが憂弥の癖である。それ自体は褒められるべき姿勢なのだが、限度というものがある。特に小学生は、まず生物的に身体が出来上がっていない。肉体年齢を上回る練習をすることは、かえって身体に悪いのだ。
 そして今まさしく憂弥は「骨の成長を筋肉が追い抜いている」と、小児科の医師に過度のトレーニングを禁じられている身なのである。なのでそれを制止するのはチームメイト兼トレーナー兼お目付け役である怜奈の役目なのだ。
「せめて二条くらいの体力は欲しい」
「あれはまた特別でしょ」
 憂弥の降板のあと、気持ちのよいくらい遠くへボールを飛ばした男の子がいる。あのスイングとランの仕方。既に充分な貫禄を備えている彼が、つい去年入部したばかりの同級生だと言えば大抵の人が驚く。その二条という彼の類稀なる身体能力には、その家庭事情が背景にあった。
「ちっちゃいころから武道やってたっていうんだから、筋肉の作りが違うわよ」
「そうなのか」
「身体めちゃくちゃ柔いもん」
 身体が柔いということは、それは筋肉を動かす時に使われるエネルギーがそれだけ少なくなるということである。二条の体力はとにかく化け物だ。それはマラソン大会で陸上部すら圧倒するほど。こと長時間に渡って合理的な動きをするということに関して、二条はズバ抜けていた。
「身体柔いと体力つくのか」
「っていうか、運動するときに消費する体力が少なくなるのよ。だからまぁ、体力がつくってことにもなるのかな」
「よし、クールダウンやめ」
「へ?」
「柔軟するぞ柔軟」
「……はいはい」
 しまった、マズいこと言っちゃったなぁと、怜奈はちょっと後悔した。せっかくこいつの自主トレに付き合わされる日々から解放されると思ったのだが、ここにきて墓穴を掘ってしまうとは。
「今から身体柔らかくしてどうすんのよ。もう試合ないのに」
「あるだろ」
「いつ?」
「中学上がってから」
 呆れたものだ。もうそんな遠くのことを考えているとは。少しは目先の休息にも目を向けてくれないものか。
 とは思いつつ、その気持ちはなんとなく怜奈にも分かった。そりゃ、お互いにこれだけの野球馬鹿だ。中学に入っても続けるだろうし、レギュラーを勝ち取るだけの自信も充分にある。今から身体がうずくのも仕方がない。
 大股を開いて地面に座った憂弥の背中を押す。
「いてててて」
「我慢しなさい」
 憂弥の身体は結構硬い。というか、硬くて当然なのだ。瞬発型の筋肉は太く硬くなり、持久型の筋肉は細く柔くなる。これは陸上の短距離選手と長距離選手の脚を比べてみてみると分かり易い。瞬発を繰り返す野球選手の身体は、必然的に硬くなる。だからこそ、柔軟性と瞬発性とを兼ね備えた二条の筋肉は特殊で、野球において他の人間を上回るのだ。
「どれぐらいかかると思う?」
「なにが」
「二条のとこまでいくのに」
「さぁね、一年二年は覚悟しといたほうがいいかもよ」
「安いもんだな」
 身体づくりは焦ってはならない。何年もかけて培われるモノを確実に習得することが大切だ。大器ほど長い時間をかけて完成させなければならない。それを知っているからこそ、憂弥は一年二年という年月を容易に野球にささげることができる。
 野球に関しては、これほど気持ちの良い人間はそういない。
 あくまで野球に関しては、だが。
 そう、昔から憂弥は野球で勝つことだけを考えていた。体力が足りないと思えばランニングをし、肩が弱いと思えば遠投を続けた。だから、そこまで勝つことに執着する憂弥が、あっさりと点を取られて負けるなんて考えられない。
 憂弥は野球が心底好きで、好きだからこそ頑張っている。
 だからこそ、同じ野球を愛する者として、怜奈は憂弥を支えたいと思っている。なのに、たまに全然、憂弥を理解できていないような気がする。それがなんだか寂しかった。


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