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12: 09/10 16:52 [sage]
昔言われていた良妻賢母というのは男性的な女性のことである。落ち着いていて、精神がぶれることなく、慎み深く、自分の役割をしっかり自覚し、賢く子供を育てら
れる母親、ということである。蛯原友里さんを見れば良妻賢母などというものとは対極にあるキャラクターであることが一目瞭然だろう。男性からみて、カワイイ女、付
き合いたいなどと思っても、彼女の旦那さんには申し訳ないが、そこらへんの見た目のみで決めるような低脳なチンピラはどうか知らんが、彼女と結婚したいと思う男は
そうはいないだろう。良妻賢母と呼ばれるような女性は男性にとって妻としては理想的だろう。男性的であって非パラノイア的であり、膣の締め付けは緩く、夜の生活に
おいて夫を拒むことはなく子宝に多く恵まれるということになるかもしれない。逆に良妻賢母とは対極の女性的な女性というのは、言うまでも無くパラノイアックであり
、膣の締め付けはきつく、心配性で不安に駆られ易く、男性よりも必要以上に死を恐れ、しつこく、恨みを根に持ち、男性に犯されることを恐怖し、妻にしてもなかなか
子供はできないということが多いだろう。ちなみに、女性には反感を買いそうな言い方だが、男を拒んだり逃げたりする女性的なカワイイ女というのは男性から見て犯か
しがいがある、(単に快楽としての)SEXの相手として理想的ということである(女性には分からないかもしれないが男性とはそういった性なのだ)。
つまるところ、男性におけるパラノイア化とは、謂わば男性の女性化だということである。女になって犯されたいという願望を持ったシュレーバーは、フロイトの言う
通り肛門性格の持ち主であり、女性化(パラノイア化)した男性の一例である。
というか、この辺りの事を中学校の保健体育の授業あたりできちんと子供たちに教えてほしいものである。(関係ないが、私の高校の時の保健体育の先生は若い女性の
先生だったが、彼女はこのあたりのこと、確か男性と男性のアナルセックス云々について真剣に講義してくれた覚えがある。彼女は優れた教師であった。)
昨今、都会における女性の男性化、男性の女性化などということが一部で言われているが、この社会の混乱ぶりは、女性の男性化はいいとして、どうみても男性の女性
化(パラノイア化)が原因であろう。小沢一郎氏の「古来より日本は国が乱れた時には女性がリーダーになると治まる。実際、最近は日本の男はだらしなくてダメだ」と
いう言は実に的を得たものだと思われる。ヒステリックに女性化(パラノイア化)した男が増えて国が乱れた時、男性的でおおらかな女性指導者が現れ国を平和に治める
、このようなニュアンスだろう。要するに男達がその脳をパラノイアックな感覚に支配され我慢というものができなくなっている状態に置かれているのである(我慢でき
ないのではなくて、我慢というものができない脳の状態に置かれている、ここポイント)。これでは社会は乱れ混乱の一途をたどるわけであり、中国の広報に「(ここ数
年の首相の交代劇を見て)国民に忍耐力が足りない」といってバカにされるのも無理からぬ話である。これだけならばまだよいものの、「国民性として忍耐力が足りない
民族日本人」などと言われ始めたらもはや末期である。
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