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Jリーグ
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1946: 12/11 07:30
 そこからの急降下もまた、誰も予想できないレベル。
サガン鳥栖戦で今季初めてセットプレーから失点(PKを除く)で敗れると、ガンバ大阪、柏、清水エスパルス、ジュビロ磐田と4試合連続してセットプレーからの失点。
柏戦から磐田戦まで3試合連続の複数失点。
一方でエースのパトリックがチャンスをモノにできなくなり、第28節の対G大阪戦から最後まで1点もとれなかった(第33節名古屋戦は出場停止)。
パトリック不調をカバーする選手も台頭せず、「守れない・攻めきれない」という絶不調の状態に陥ってしまった。

1947: 12/11 07:32
「自分が決断できなかった」
省13
1948: 12/11 07:32
第34節、今季初めて、そして現役最後の先発となる森アを中心に、城福浩監督は3−4−2−1のフォーメーションに変更。

パトリックを先発から外し、裏を狙うボールよりも足下でつなぐサッカーを選択した。

開始当初は久しぶりのシステムに呼吸があわず、AFCチャンピオンズリーグ出場権を狙う札幌の勢いに2失点。

しかし、森アはそこで下を向く選手ちたちを?咤し、焦りを感じ始めた仲間たちをプレーで落ち着かせた。

ベテランの心強さに若者が呼応し、馬渡和彰が反撃の一撃。川辺も積極的な切り替えとプレッシングでチームを牽引した。
1949: 12/11 07:33
後半早々に柴ア晃誠のゴールで追いつき、青山が決定的なシーンを迎えるなど、攻守において札幌を圧倒し、勝利こそできなかったが連敗を止めてシーズンを終えた。

変化が遅きに失したという批判もあるだろう。
だが、それでも指揮官が決断し、それに選手たちが応えた。
それが2位確保につながり、試合後のチームに笑顔をもたらした。
1950: 12/11 07:34
 城福監督が涙したのは、悔しさなどではない。
手にしていたタイトルを手放したことによる申し訳なさと、これほどの失速の渦中にあっても拍手と歌と声でサポートしてくれたサポーターのあたたかさに対する感謝の感情が溢れた結果だった。 省13
1951: 12/11 07:35
 城福浩監督は間違いなく、紫の一員となった。だからこそ、この大失速を教訓にして来季に向かってもらいたい。

 リーグ最年長となる先発平均年齢のメンバー構成がシーズン後半の失速にもつながった。
若手育成は急務だが、最終節の先発で20代前半の選手は川辺ただ一人。
森島司や松本泰志ら、U−23世代には年代別代表経験者が目白押しで彼らが育てば黄金時代再来の予感もある。
来季はACLとJリーグという厳しい日程になる中で、若者たちをどう育てるか。

1952: 12/11 07:35
 札幌戦のサッカーがおそらく、来季の指針となるだろう。
それが城福浩監督が本来やりたかったサッカーだし、選手たちもやりたい、サポーターも見たいサッカーだ。
だがそれは、前半の快進撃を演出した守備の統率や「靴1足分の寄せ」という言葉に象徴されるインテンシティの高さを捨てるのではなく、むしろそれがベース。
「高いレベルのベーシック」(城福監督)を保ちながら、「これぞ広島」というパスサッカーを復活させ、勝利を握ることができるか。
補強も含め、そのためのチームを構成できるか。
広島の真価は、2019年に問われる。城福浩監督の涙は、2018年の悔しさの全てを洗い流し、2019年に向かうためのエネルギーである。

取材・文=中野和也(紫熊倶楽部)
1953: 12/12 07:47
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