部隊コード:8820(イリア天馬騎士団編)-U


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部隊コード:8820(イリア天馬騎士団編)-U

1: 手強い名無しさん:08/05/03 18:21 ID:PM
更新間隔が長くなってしまっていますが誠意執筆中です。
今回は前作以上に長編化しそうな感じなうえ、
オリジナル要素が強く(というか、こんな展開になんの?!がコンセプト)読み手の意見も大きく分かれると思います。
まだ楽しんでくださる方がいれば幸いです。


2: 手強い名無しさん:08/05/03 18:36 ID:PM
Chapter1-1〜
http://bbs.2ch2.net/test/read.cgi/emblem/1144549103/134-

登場人物
ユーノ
イリア騎士団を統べる聖騎士ゼロットの妻であり、かつては天馬騎士団の団長を務めていた。
ティトとシャニーの実姉でもある。

ティト
現天馬騎士団団長。天馬騎士団の再建、イリアの国力向上などで頭を悩ませる日々が続く。
イリア内でも最も早く騎士団を復興させたものとして評価されつつも、騎士団内でもなかなか一枚岩になれず、彼女の苦労は計り知れない。

シャニー
ベルン動乱を生きのこり、はれて正天馬騎士となった。
動乱での功績から精鋭部隊配属は間違いないと思っていた彼女だが
実際に実姉でもある団長から言い渡された配属先コードは8820。
戦争による人員確保のため、見習い修行を免除された槍もろくに扱えないものが集う新人部隊だった。

セラ
シャニーの幼馴染。同じくベルン動乱を生きのこり故郷へ帰ってきた。
シャニー同様かしましいヤツである。
実戦を経験してきたということで第二部隊へ配属を命じられやる気に溢れる。

ウッディ
シャニーの幼馴染その2。
非戦闘員であり、女ばかりの天馬騎士団では珍しい男。
軍医見習いである彼は、武技を扱えない事に憂き目を感じながらも、それ以外からイリアを支えていこうと日夜研究に勤しむ。
その姿は誠実そのものであり、彼を嫌うものは殆どいない。

3: 手強い名無しさん:08/05/03 19:02 ID:PM
ニイメ
山の隠者の異名を持つ大賢者。
金にも権力にも全く目を向けず、ひたすら古代魔法と世界の真理を探求する。
世界がどの方向へ進むのか、探求するものとしてこの激動期を見守る。

レイサ
前団長シグーネの妹分。 旧天馬騎士団では密偵や暗殺など、団長の直命でのみ動く影として行動していた。
元は孤児であり、生きるために盗みを繰り返していた。
盗みに入ったニイメの庵で彼女に捕まる。
盗みの知らせを聞いてきたシグーネと出会いが、彼女の人生を変えた。

アルマ
シャニーと同期の天馬騎士。イリアには珍しい赤髪で目立つ。
タダでさえ目立つのにその行動が型破りであり、権力を欲するその気性ため先輩騎士達からは警戒の目で見られる。
現行のイリアに不満を持ち、それを変えたいと願っているようだが
己を殆ど語らないため、いろいろ闇を秘めた人物。

イドゥヴァ
第二部隊の部隊長にして、天馬騎士団副団長。
ベテランであり、シグーネの右腕として働いてきた自分が
新天馬騎士団の団長に推薦されなかった事に不満を抱いている。
そのためか事あるごとにティトに立てつき、その勢力は反団長派閥といって過言ではない。
野心家であり、同じく野心家であるアルマを重用して騎士団を牛耳る。

4: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 19:05 ID:PM
それから一週間程度、部隊長不在のまま、新人部隊は稽古を続けていた。
実戦経験者であるアルマとシャニーを中心に、レイサが指揮していた時には決してすることのなかった
実戦的な訓練を行っていた。 皆は最初こそレベルの違いについていけるか不安だったが
そのうち慣れて行く。 皆も必死だった。 ついていけなければ落ちこぼれてしまう。
アルマは、実力のない者へ手を差し伸べると言う事は決してしなかったからだ。
誰もが、部隊内の空気が全く別のものになったことに気付いていた。
何とも口では言い表せないような、鋭くて、それでいて何か冷たい空気が流れている。
だが、皆にはそれは苦にならなかった。
今までの淀んだ生暖かい空気よりはマシに思えたのである。
焦っていたのだ。 いつまでも新人だからといって騎士団のお荷物では居られない。
早く正式な部隊へ配属されて、国の為に戦っているという実感が欲しかったのだ。
そのために、皆は喋る暇も惜しんでアルマの指揮に従った。
彼女もまた、初めて手にするささやかな権力の力に興奮を覚えていた。
まさかここまで絶大なものであるとは。 そして彼女は確信していた。
力のあるものだけが、権力もまた手に入れることが出来るという事を。
レイサの事を部隊長とは皆が認めていなかったということを。 それでもレイサに従っていたのは
更に上が存在したからだ。 例えレイサを認めていなくとも、その更に上・・・団長の権力の前に
皆はひれ伏していたのである。 ・・・どんな低級な権力を手に入れても
所詮それは仮初のものにすぎない。 アルマの目指しているものはただ一つだった。
それでも、アルマはその大きな目標の第一歩として、この権力を余すことなく使おうと考えていた。
「違う! そんな生半可な突撃では逆に懐に入られる! 死にたいのか!」
「はい!」
・・・今ここで自分に付き従っている新人達は、必ず後の自分の部下になる存在。
うまく気を惹いておけば、きっと有利にことを進めることが出来る。
彼女は新人でも特に自分の実力を慕っている人間に力を注ぐことにしていた。
だが、権力を握った彼女にも不満はあった。
それは、一番自分の部下になって欲しい存在が、何か稽古に集中していなかったからである。
彼女は自分が半場見捨てた、もの覚えの悪い新人達に混じって黙々と剣を振るっていた。
せっかく色々な実戦的な練習を出来るようになったというのに、それをレイサに吹きかけた彼女自身が
あんな基礎的なことばかりしていることに、アルマは疑問に思うと同時に腹が立った。
「ねぇ、シャニー。 こういう時ってどうしたほうがいいの? アルマ、全然話し聞いてくれなくてさー。 シャニー?」
何度も仲間に呼ばれて、シャニーはようやくその声に気付く。
一度集中すると、周りの音が聞こえなくなるほど集中する事もある彼女。
だが、今回はそんな感じではなかった。
「え? 何、もう一回言って。」
「どうしたのよ、あんたらしくない。」
シャニーはずっと悩んでいた。 あの時、自分はどうすればよかったのか。
今でも自分には、早く正式な部隊へ昇格したいという気持ちが強くある。
しかし、周りが期待しているのはそうではない。
実力が問題視されているわけではないのだ。
それなのに、彼女は実力を求めに行っている。
それは仕方のないことかもしれない。 実力は、身につけば自分でそれを実感することが出来る。
だが、人間的な大きさ云々の話は、例え成長したとしても、自分で気づくことは至難の業だ。
経過を確かめることの出来ないことには、なかなか取っ掛かり難い。
まして、彼女のように、考える事より動くことが得意な人間にとっては、それは尚更難しい。


5: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 19:08 ID:PM
シャニーは自分の行動と、周りの期待がすれ違っていることがよく分かっていた。
しかし、自分が人間として成長するという、自分では分からないものが求められている。
終わりの見えない修行のその横では、同期が初陣を経験し、国へ貢献している。
有限の千歩より、見えない一歩のほうがどれだけ辛くて、絶望する事だろうか。
シャニーは部隊の雰囲気が変わったことに、いち早く気付いていた。
その雰囲気は、自分が求めたものではない。 この刺す様な冷たい雰囲気。
周りには大切な仲間がいる。 だが悩みは吹っ切れない。
皆の心が離れ離れになっていくような気がしてならない。
その原因を作ったのは、他でも無い自分である。
そう考えると、とてつもない罪悪感が襲ってきた。 こんなことを望んでいたわけではなかった。
描いた希望、浮き出た末路。 湧き上がる後悔。
(あの時、自分があんなことでレイサさんと言い合わなければ・・・。)
過ぎた事は、どう悔やんでもどうする事も出来なかった。 これからをどうするか。
シャニーは、実力より、この周りにいる大切な仲間たちと良好な関係を築く事を最優先とすることにしていた。
レイサは下手な仲間意識を捨てろといっていた。
だが、やはり仲間は大切な仲間に変わりないし、天馬騎士団の騎士と言う前に自分達は同じイリアの民なのだ。
手を取り合ってイリアを良くしていこうと考える事が、間違った事であるとは到底思えなかった。
彼女は自分の考えを信じた。 自分はまだまだ未熟で、知らない事は山とある。
自分の考えが間違っているかもしれないと考える事も、数え切れないほどあった。
だが、自分の考えを否定するものが、自分なりに納得できなければ、自分が正しいのだ。
そう彼女は自分に言い聞かせ、自分に自信を持って行動していた。
それで今までもずっとやってきた。
間違っている事は素直に間違っていると認め、そうでないもの、自分が認められないものには
断固として妥協はしなかった。 自分がこうと考えたら、それを追求せずにはいられなかった。
だから、一度悩んでしまうと、その答えを求めて彷徨ってしまうのだ。
自分自身であるはずなのに、手から滑り落ちていく。
それを何度も何度もすくい、中に輝くものを見つけるために。
今回も、本人は気付いていなくとも、見ている者はずっと彼女を見守っているのである。


6: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 19:11 ID:PM
仲間から聞かれた事を教えながら、自分も稽古を続ける。
シャニーの周りには、アルマに半場見捨てられた新人達が集まっていた。
そこには、アルマの周りにいる“精鋭”たちの場所にはない雰囲気があった。
周りの仲間とその後他愛もない世間話で盛り上がる。
悩みがあっても、仲間と一緒に居ると、自然と笑顔になれる。
周りも、シャニーの笑顔を見るとなぜか安心できた。 何か、一緒にいたいと思わせるものがある。
しかし、そんなシャニーに腹を立てている人物もいた。
稽古をしているのか遊んでいるのか分からない、笑っている連中の元へ影が忍び寄る。
そして、シャニーの背後へ回ると、すると・・・。
「!?」
―ガキンという鋭い金属音が響き、皆は目を丸くしてそちらの方に注目する。
皆の目線の先には、信じられない光景が広がっていた。
親友同士であるはずの二人が・・・アルマがシャニーに向けて真槍を突き向けていたのだ。
突きつけられたシャニーのほうは、顔を真っ青にしながらも槍で相手の槍の柄を捉え、何とか被弾を免れていた。
「な・・・何するのよ!」
「ほう、お前も槍を使うこともあるんだな。 手に持って遊んでいるだけかと思ったぞ。」
「あんた、あたしを殺す気なの!?」
不意打ちで殺されかけて激怒するシャニー。
それを冷ややかな目付きで、アルマは彼女を睨みつけていた。
「ふん、それで死ぬなら、お前はその程度の器だという事じゃないか。 それではどの道戦場で死ぬ。」
狂気に取り付かれたのかとシャニーは思った。
親友に突然武器を振りかざし、それでいてなんの悪びれもない。
周りにいた連中も血の気が退いていた。 こいつに目を付けられたら、自分達も命が危うい。
誰もがアルマに向かって警戒心を抱いていた。
「そうじゃないでしょ?! あんた一体何のつもりよ。」
シャニーはアルマの槍を自らの槍でそのまま弾くと、そのまま彼女に言い寄る。
実力を認めて一緒に稽古しようとか言う話なら、真槍で攻撃してくる道理がない。
先程まで和やかな雰囲気だったその場所が、一気に修羅場に変わる。
「お前こそ、一体何のつもりだ。」
「は? 何言ってんのよ。 あたしは何もしてないじゃない!」
不意打ちを喰らった挙句、攻撃を仕掛けてきた相手に責任追及までされて
シャニーは頭に血が昇って冷静な判断力を失った。
何せ信頼していた親友に、いきなり命を狙われたのだ。 冷静でいられるはずもなかった。
だが、アルマもそんなシャニーをそのままずっと表情を変えずに睨み続ける。
そんなこう着状態が暫く続いた。 周りは固唾を呑んで見守るしかなく
今までに経験した事のないような重い雰囲気が、新人部隊を包んでいた。
―どれくらいそうしていただろうか。
その誰もが破って欲しかった重い均衡を破ったのは、他でもなく、騒ぎを起こした張本人だった。
「何もしていない・・・? 良くそんな事を口に出来るな!」
「なんだと!?」
自分は何も悪くない、相手が一方的に悪い。
シャニーはそう考えていたし、周りもいきなり斬りかかったアルマに非があると思っていた。
事実、この件だけを見れば明らかにアルマに非があるようにも思えた。
「何もしないとはどういうことだ?」
再度、アルマがシャニーに問う。 その目は怒りに満ちていることが誰からも分かる。
問われた当のシャニーは、質問の意図を汲み取れず、ただアルマを見ていることしか出来ない。
「何もしてないのに、なんであたしが責められるのよ。」
シャニーがその言葉を発した瞬間だった。
アルマは右手に持っていた槍に、渾身の力をこめてシャニーに向けて突き放った。
彼女は間一髪で槍を避ける。 生きた心地がしない。
シャニーを捕らえ損ねた槍は、そのすぐ後ろにあった木に深々と突き刺さったのである。
その高さは・・・シャニーのこめかみ付近だった。 目の前を青い髪が舞う。
捕らえられていれば、今頃自分はこの世に確実にいなかった。
相手の目は、真っ直ぐ槍の突き刺さった部分を睨んでおり、シャニーが槍を握りなおしたのを確認すると
その目はすぐさまシャニーへと戻された。
「あんたこそ、どういつもりなの?! いくら親友でも、こんなことするなんて許せない!」
とうとうシャニーもキレてしまった。
いつも穏やかなだけに、一旦こうなってしまうと何か鬼神でも見るかのような恐怖感に周りは陥った。
何にせよ、どう見ても危険な雰囲気だった。
このままでは部隊員同士の私闘へと発展する。
部隊長にいない今、彼女らを止められるものはいないのである


7: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 19:14 ID:PM
しかし、アルマは槍をすっと退くと、シャニーと距離を開けた。
「お前は、そんな無責任な奴だったのか。 その程度だったのか。」
「どういうことよ!」
「誰が最初に煽ったのか、良く考えてみろ。」
シャニーの怒りを軽く流し、アルマは自分に教えを請う者達の元へ帰っていった。
腑に落ちないシャニー。 そのままアルマの背へ斬りかかろうと一歩踏み出した、そのときだった。
彼女は、周りが動揺した表情を見せることに気付いた。
そのとき彼女はとっさに、見習いの頃、軍師が言っていた言葉を思い出した。
・・・将が動揺しては、軍全体にそれが広がる・・・
将でないにしろ、今の自分はそれに近い立場におかれているといっても過言ではなかった。
これ以上皆に迷惑をかけないためにも、シャニーは怒りをぐっと腹の中に押し込めた。
「ごめん、みんな。 あんなの放っておいて稽古を続けよう?」
笑顔で皆に話しかける。 やはり思ったとおりだった。
自分が笑顔を見せた途端、周りに顔からも少しずつこわばりが消えていくのが分かった。
だが、シャニーは頭の中で何か引っかかるものを感じていた。
皆に迷惑をかけた・・・アルマは無責任という・・・煽った・・・。
暫く彼女は稽古の手も休み休みに、ずっと考え込んでいた。
また考えなければいけないことが増えてしまった。
だが、悩む事で人は成長する。 彼女はまさに、大きな木の新芽だ。
しかし、芽は一人では大きくはなれない。
色々な人から影響を受けて初めて、すくすく成長することが出来る。


8: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 19:15 ID:PM
 翌日、シャニーはまた幼馴染連中と昼食をとっていた。
餡入り揚げパンと辛味スープ。 貧しいイリアではこれでも体を温めてくれるこれらは結構な昼食メニューだ。
外での稽古で冷え切った体を、スープで温める。
それと同時に、気を許せる仲間とのお喋りが、心までも温めてくれる。
この昼の1時間の為に、午前は頑張れるし、午後からの気力も沸いてくる。
何にも変えがたい楽しい時間である。
今日もいつもどおり、他愛もない会話を続けていた3人だが、ウッディの一言で雰囲気が一変する。
「ねぇ、シャニー。」
「んー?」
「シャニー、部隊長追い出したんだって?」
「えー、誰からそんな話を聞いたのさ!」
シャニーは、いつも軍医として城の中で事務的な仕事ばかりのウッディが
自分のした事を知っていた事に酷く驚いた。 その驚きの様子はウッディの顔にはっきりと現われている。
彼は自分の顔をハンカチで拭きながら、彼女の疑問に悪気もなく答える。
「誰からって、皆知ってるよ。 今年の新人は変わり者が多いって皆噂してるよ。
特に長老組は、“世間知らずが多すぎて困る”と、あまり良い目で見ていないようだよ。 気をつけなよ?
シャニーはこうと考えると周り見えなくなっちゃうから。」
どういう意味よ! と反論したかったが、彼の言うとおりであった。
あの時も、頭に血が昇って後先考えずの行動に出てしまった。 反省しなければいけない点だ。
やはり幼馴染には、自分の欠点は知られているようだ。
「ねぇ、部隊長いないんだったら、あんたがボス格なの? 部隊長追い出すほどなんだし。
あんたってホント自分のテリトリー作るのうまいよねぇ。」
セラの一言が、シャニーに追い討ちをかけるようにのしかかった。
しかし、同時に何か胸に痞えていたものはポンッと飛び出たような、そんな気分にも陥った。
セラの一言で、自分の悩んでいた事や分からなかった事の辻褄がぴったり合ってしまうのである。
イリアの春にも似たその感覚。 心を閉ざしていた悩みがすぅっと溶けて、澄み切った流れを作った。
その流れはどんどん、まだ溶けていない悩みを押し動かし、流していくのである。
(アルマが怒った理由も・・・そうか、そういうことだったんだ。)
シャニーはセラたちの声が聞こえないほどに、自分の世界に入り込んでしまっていた。
――部隊長を追い出したのは自分のクセに、何もしない――
何もしていないのだから責められる道理がない・・・のではなかった。
何もしないからこそ、責められるのだった。 いや、何もしていないわけではない。
物事が起こる火種だけ起こしておきながら、後は知らぬ顔でいたのだった。
部隊長を追い出してしまったことへの後悔の念でそれどころではなかった・・・では済まないのだ。
自分が行動を起こしたせいで、他の新人も妙な色眼鏡で見られる事になったし
部隊の空気も一変してしまった。 自分の起こした行動の影響力の大きさは、予想以上だったのだ。
―無責任な奴―
アルマが怒っても仕方ないと彼女は思った。
(中途半端な信念は、周りに迷惑をかけるだけだ。)
シャニーはそう悟ると、急いで揚げパンを口に詰め込むと、食器を片付けもせずに走り去っていった。
「ちょっと! どうしたのさ!」
「食べてすぐ激しい運動をすると体に悪いんだぞ!」
仲間たちの制止も、食堂の雑踏に掻き消されていた。
しかしウッディは勘付いていた。 何とか彼女を助けてやれないものかと、彼も黙してしまった。
「どうしたのさ、ウッディまで。」
セラが一人だけ、事情が飲み込めずきょとんとしていた。


9: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 20:26 ID:PM
シャニーはそのまま部隊へは戻らなかった。
カルラエ城中を走り回る。 廊下も部屋内も所構わず走り回る。
周りからは何事かという好奇の視線を浴びるが、本人は気付いていないのか気にしていないのか。
「あら・・・? あれはシャニーじゃない。 何をしているのかしら。」
とうとうその鉄砲玉娘は姉に見つかってしまった。
ティトは妹の腕を掴んで暴走を難なく止めた。 何か手馴れている。
「こらっシャニーさん、廊下は走ってはダメと何度言わせたら分かるの! もう少し落ち着きなさい!」
「うるさいなぁ、今忙し・・・げ、おねえちゃん。」
腕を急に捕まれ、体だけ飛んで行きそうになったシャニー。
それだけに留まらず説教までされてしまったので、ついついいつも姉にしていたような反応をとってしまった。
その相手が本当に姉だと言うことに気付いたのは、相手の顔を見てからだった。
「お姉ちゃんと呼んではダメと何度言ったら分かるの! 大体貴女はねぇ!」
くどくどくど・・・・姉の説教をうんざりしながら聴く。
耳を動かせるなら、こういうときに耳を自分で塞いでしまいたいとすらシャニーは思った。
「もう! 分かってるよ! そんな大きな声で言わなくても分かってるよ。」
「分かっているなら直しなさい! 直らないなら分かっていないのと同じよ!」
「そんなすぐ直るわけないじゃん!」
「何年前から言っているのよ! 口答えするのもいい加減にしなさい、シャニー!」
―暫くの間、廊下を静寂が包んだ。 妹が黙するのを見て、ティトも少し怒りすぎたと反省する。
だが、自分は間違ったことを言ったわけではないと謝るに謝れずにいた。
「へへへ、だーんちょ! ごめんなさい!」
ティトが妹へどう繰り出そうと頭を悩ませていると、シャニーからいつもの人懐っこい顔を見せられてしまった。
彼女にとっては手痛い先制攻撃であった。
「・・・少しも反省していないようね。」
「反省したよ、すっごく。 でもね、あたし嬉しかったよ。」
「?」
いつも叱られれば、少しはしょ気る妹が、今回はもう笑っている。
それどころか、自分を茶化してくる。 その上、今回は叱られて嬉しいと言った。
(・・・何か変なものでも食べたのかしら。 この子食い意地張ってるし。)
とか、ティトは本気で疑ってしまった。
「だって、おねえちゃんが久しぶりにあたしのことをさん付けしないで呼んでくれたんだもん。」
「あ・・・。」
言われてからティトは気付く。
口答えばかりする妹に腹が立っていたとは言え、部下である人間に妹として接してしまった。
「だってさ、おねえちゃんはおねえちゃんだよ。 そりゃ天馬騎士団の団長ではあるけどさ。
おねえちゃんはいつでも、あたしにとってはおねえちゃんだよ。
さん付けとか、なんか遠い人になっちゃったみたいでヤダよ。」
妹は本当に素直だった。 素直というか、子供というか・・・。 無垢というか、時折小悪魔にも見える。
肩肘張って生きていることが自分でも分かっているティトは、時々妹の天真爛漫さが羨ましく思えた。
「・・・何を言っているの。 私にとっても貴女は大切な妹よ。 前にも貴女はそう私に言わせたじゃない。
でもね、今は仕事中なの。 礼儀をわきまえなさい。 貴女はもう少し・・・。」
「あ、そうそう! 今レイサさんは何処にいるの?」
「え? 武器庫にいるはずよ。 って、人の話しを聞きなさい!」
ティトが追いかける間もなく、シャニーは走り去って言った。
(・・・やっぱり反省してないわ・・・。)
彼女は、妹を追いかける気力が抜けていくのが分かった。


10: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 20:37 ID:PM
シャニーは姉に教えてもらった場所を目指して一目散に駆けて行く。
廊下を走るなと姉に注意された事など、もはや頭の片隅にもなかった。
一方倉庫には、ティトが言っていた通り、レイサが倉庫の片づけをしていた。
「ったく、ホント天馬騎士団は貧乏騎士団だね。 ロクに売れそうな武器を置いてないじゃないか。」
いくらイリアが貧しいとはいっても、右を見ても左を見ても鉄製の武器しか置いていない。
その職業柄、目利きに優れている彼女。 たまに見つけるよさそうな武器。
銀製かと思って手にとって見れば鋼製である。 このような重い槍は天馬騎士には向かない。
天馬はスピードでは竜騎士を凌駕するが、パワーが圧倒的に劣る。
このような重い槍は悪戯に機動性を低下させるだけだった。
仕方なく、比較的軽量で扱いやすい鉄製の武器を集めて整頓する。
質の良い武器が欲しい。 それは誰もが願う事であったが、今のイリアの情勢では叶わない話であった。
騎士団が多く点在し、小国乱立とも言える状態は一つの騎士団による全土の支配という事を防ぐ反面
財力が分散し、国として強力な基盤を形成する事の妨げとなっていた。
イリアの統一。 それはイリアの民の夢である。
だが、イリアの中でも特に人望の熱い聖騎士ゼロットも、なかなか各騎士団を一つにまとめるということに手を焼いていた。
それは人間の性、欲から来るものであった。 人は、一度手にした権力をそう簡単には手放したがらない。
表面上ではゼロットの事を慕っていても、やはり内心では、自分こそがと短剣を忍ばしているのである。
それが権力人の性だ。 レイサはそれを嫌と言うほど知っていた。
姉がその中心にいたのだから。 姉の傍にいた部下の殆ども、
結局は権力を求めて力を持っていた姉に集っていただけなのだ。
彼女は思い出していた。 姉がよく、イリアの村々を訪ねては、皆の無事を確認していた事を。
その傍らに、いつも部下を従えながら。 その連中は後に皆幹部になっていた。
彼らは何とか団長に顔を覚えてもらい、気に入ってもらおうと必死であったに違いない。
その中には、あのイドゥヴァもいた。 常にシグーネの傍で愛想笑いを振りまいていたのを覚えている。
そして姉の死後、彼女はそれを悲しむ事もなく、次期人事のことに躍起になっていたのである。
(人間って何でこう汚いんだろうね。 私が言えた立場じゃないか。 ・・・ん?)
レイサはふと、後ろから聞こえてくる、何の警戒もない足音に気付いた。
ばたばたと音を立て、どう考えても全力で走りこんでくるその足音に、彼女は振り向いて身構えてしまった。
「あ! いたいた、レイサさん!」
身構えて損をした。 そんな気持ちを顔に表さないように、レイサは元気の塊に対峙する。
「何、私に何の用?」
鬱陶しそうに答えてやる。 シャニーもそれが分かっているらしく、いつものような笑顔では話してこなかった。
「あのね、レイサさん。 あたし、レイサさんに謝りに来たの。」
そう言うや否や、彼女はレイサに向かって頭を深々と下げた。
レイサはそれをすぐに止めさせようとするが、シャニーは止めなかった。
「あの時はごめんなさい! あたし、無責任な事言って。 お願い戻ってきて!」
「何で戻らなきゃいけないの? 好きなようにすればいいじゃない。」
「だって、レイサさんがいなくなってから、部隊の雰囲気ががらりと変わってしまって・・・。」
そこまで言ったシャニーの口を、レイサは手で塞いでにらみつけた。
「それは違うね。 あんた達が部隊の空気を変えたんだよ。」


11: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 20:38 ID:PM
シャニーも今回は退かない。
自分の口を塞ぐ手を跳ね除けて、頭をきっと持ち上げて言い返す。
「だから! レイサさんに戻ってきてもらえば・・・!」
何か、頬が熱い。 シャニーは今までに感じたことのない感覚に戸惑ってしまう。
自分の頬をレイサの手が叩いて行ったのである。
彼女は腰に手をあて、威嚇するような格好で、呆然と立ち尽くすシャニーを叱った。
「邪魔だからって追い出しておいて、収拾がつかなくなったから戻って来いって?
あんたはなんて言って謝ったっけ? 無責任で悪かった? 何処まで無責任なんだい、あんたって子は!」
「そ、それは・・・。」
「第一、あんたは私の練習方法で良かったと思っているのかい?」
自分が悪い。 シャニーはなんて自分が勝手な事を言っているのか。
レイサにここまで言われてようやく分かっていた。 悔しかった。 レイサにここまで言われないと分からない自分が。
しかし、だからと言ってここでしょ気る彼女でもなかった。
「・・・いえ、あんな練習方法では、いつまで経っても上達しないと思ってる。」
思ったとおりの答えが返ってきて、レイサはさらっと返す。
「なら、そう簡単に謝るんじゃないね。 あんたが私を追い出した理由は、練習がぬるいからじゃないか。
自分の言った事には責任を持ちな。 あんたはイチニンマエの天馬騎士なんだろ?」
「でも・・・あたしが悪い事は・・・。」
「言ったことを即撤回するような奴は誰にも信用されないよ。
一度決めた事は、自分で何とかするんだね。 誰かにやってもらおうなんて甘い考えは捨てな。
叙勲を受けたイチニンマエの天馬騎士ならできるだろ、そのぐらい。」
レイサは再び倉庫の整理に取り掛かった。
それ以降はどれだけシャニーが話しかけても反応してくれなかった
それでもしつこく話しかけてくる彼女の首に、レイサはとうとう短剣を突きつけた。
「鬱陶しいね! 一つの事もきちんと出来ないくせにウダウダ言ってんじゃない!
まぁ、私は知らないから精々頑張るんだね。 イチニンマエのシャニーさん。」
シャニーから短剣を離し、そのまま体も突き飛ばした。
その顔は彼女を嘲り笑っていた。 出来るものならやってみろと言わんばかりに。
突き放されたシャニーは、しょ気るどころかその反応に逆切れしてしまう。
自分が悪いからとは言え、こんなに謝っているのに、ここまで馬鹿にされるなんて。
「分かったよ! もう頼まないもん!
レイサさんがいなくたって、いい部隊にしていくんだから見ていなさいよ!!」
シャニーは来た時より更に大きな足音を立てながら、倉庫を後にしていく。
怒っている事をアピールする為か、壁に立てかけてある槍を思い切り蹴飛ばしていった。
その後姿は、決意に満ちているというか、意地を張っているというか。 肩を張って歩いているのがよく分かる。
レイサはほっとしていた。 これはある種の賭けだったからだ。
ここでもし、彼女が思惑通りに動かず、しょ気てしまっていたら、彼女は間違いなく潰れてしまっていた。
人によって叱り方は変わって来る。 間違った叱り方をすれば、間違った方向へその人は進んでいく。
部下を育てるには、何よりも褒めることが大事だ。
だが、それに勝るとも劣らないほど重要な事が叱る事であり、叱る方法であった。
その人を本当によく見て、よく知っていなければならない。 叱るとは案外難しいものである。
「やれやれ、とりあえずはうまく行ったね。 まぁこれであの子には嫌われちゃったかもしれないけど。
・・・せっかく私の事を好きだといってくれる人ができたって言うのに、私って本当にバカだねぇ・・・。」
レイサは、整理したのにシャニーに蹴られてばらばらになった槍を、一本一本片付けながらぼやいた。


12: Chapter1−6:喪失:08/05/03 20:42 ID:PM
「ちょ、ねぇ・・・何これ、重・・・っ。」
翌日から、シャニーのやり方は一変していた。
周りの隊員の手に握らされたのは、修練用の槍ではなかったのだ。
「鋼の槍! 天馬騎士ならそのぐらい誰でも扱えるでしょ。」
「そうじゃなくて・・・重いよこれ。」
周りから口々に飛んでくるブーイング。
それを彼女は、剣の鞘で城の壁を思い切り叩き、大きな音を立てて鎮めた。
「実戦ではそういう槍を使うの! いやなら天馬騎士辞めれば?! ほら、行くよ!」
周りはシャニーがまるで人が変わったかのような態度で接してくることへ、当然のように疑問を感じた。
こんなヒステリカルに接してくる事は初めてだったのである。
疑問に抵抗感も加わった妙な気分で、シャニーに着いていく。
「こんな稽古・・・厳しすぎてついていけないよ。」
シャニーが指示した稽古は、ほぼ実戦と同じようなものであった。
それを真槍でやっているのだから危険極まりない。
実戦と稽古では話が違う。 皆、仲間同士へ真槍をつき向けることに抵抗感を隠し切れない。
「何言ってんの! このぐらいこなせなきゃ実戦では生きていけないよ。
強くなりたくないわけ? もうしそうなら稽古から抜けていいよ。 こっちだって真剣なんだから!」
皆は顔を見合わせた。 一体何があったと言うのだろうか。
昨日の午後の稽古に顔を出さなかったと思ったら、今日は人が変わったかのような振る舞いを見せるシャニー。
今まであんなに優しかった彼女が、まるでアルマと同じ
いやそれ以上にきつい剣幕で、自分達に強硬な稽古を強要してくるのである。
やめたくても、皆はやめるわけには行かなかった。
アルマに見捨てられ、もう彼女しか自分達に槍を教えてくれる人物はいないのだ。
今までも十分真剣だった。 だが、それは当たり前であった。 仕事なのだから。
今要求されている真剣は今までのものとは違う。
しかし、それが実際に何であるのか。 それが皆にはわからなかった。
「ねぇ、シャニー。 どうしちゃったのよ!」
「そうだよ。 そんなイライラしてるなんてシャニーらしくないよ。」
やはりおかしい。 そう感じた仲間達が、稽古を強行するシャニーを止めようとする。
しかし、そう簡単に彼女は曲がらなかった。 こうと決めたらテコでも動かない。
「あたしは、自分の責任を全うしてるだけだよ!」
彼女は剣を取り、再び向こうで槍をぶつけ合う同僚の下へ天馬に乗って駆けていった。
残された仲間も仕方なくそれを追う。 何か不安だった。
部隊の空気がまた一段とささくれ立っていく。 皮肉にも、それを最も嫌っていたシャニーの手によって。
感情豊かな彼女が、何か焦っている事は、誰にでもすぐに分かった。
だが、それがなんのなのか分からないのでは、どうしようも出来ないのである。
「ふ、アイツもようやくその気になったか。 これで面白くなってくるな。」
その様子を見て喜んでいるのは、アルマただ一人であった。
現状を壊す事を手伝ってくれる、ある程度実力のある人間が、ようやく動き出した。
(発破をかけたことがうまく行ったらしい。 これで私も思う存分志へ突き進む事が出来る。)
シャニーたちの様子を見ていたアルマがある種安堵の気をまとい、再び自分の部隊へ戻っていく。
それを木陰からレイサがずっと見つめていたが、アルマは気付いていないようであった。


13: Chapter1−6:喪失:08/05/03 20:46 ID:PM
今日はあいにくの吹雪。 流石の精鋭部隊も、吹雪の中では稽古は出来ない。
皆は仕方なく、各地の騎士団や貴族と締結した契約書などの整理をしていた。
非情なまでの単純作業。 イドゥヴァたちは整理も程ほどにして井戸端会議を開いていた。
「よく降る雪ですね。」
「まったく。 降ってくる物が金なら誰も文句は言いませんけど、雪ではね・・・。」
外で降りしきる雪は、自分達を苦しめる事にしか貢献しない。
雪がなければ、そう考えた夜が幾夜あっただろうか。
しかし、それが叶う事はこの先未来永劫ないだろう。
イリアが夢に対してストイックな考えが先行するのも、この自分達の力ではどうしようも出来ない
雪の重みがあるからかも知れなかった。 夢を語る暇があるなら、現実と向き合え。
それが一般的な考えになってしまっていたのだった。
そして傭兵という厳しい世界に身をおくことで、いよいよ現実しか見えなくなっていく。 命を守るために。
イドゥヴァも、雪を憂鬱とは思わなくなっていた。
ただ、雪が金に変わってくれれば、こうして部屋に閉じこもらなければならいという事も無くなるし、寒くもない。
それだけだ。 もはや動機が動機でなくなっていた。
「ん?」
イドゥヴァは雪の中で動くものを見つけ、それに目線が集中した。
そして、それが何であるかを認識した時、彼女は目を疑った。
新人部隊が、自分達がいないことを利用して、いつも精鋭部隊が稽古をしている場所で稽古をしていたのである。
「ねぇ・・・、寒いよ。 無茶しないで今日は休もうよ・・・。」
「止めたければ止めればいい! やる気のない奴は降りて!」
その光景は異常であった。 こんな吹雪の中、天馬を駆って槍を振る。
実戦でもまずありえないほど過酷な事を、新人部隊がやっているのである。
そして、それを指揮しているのはあの生意気な女盗賊ではなく、団長の妹なのだ。
一体何が起きているのか、イドゥヴァは理解できなかった。
「あの子、この頃人が変わったように特訓してるって噂になってる子ですよ。 部隊長を追い出してまで。」
部下から聞かされ、イドゥヴァは更に違和感を覚える。
彼女は真っ先に独り黙々と作業をしているであろう団長の部屋へ入っていく。
「団長、よろしいのですか?」
「あら、イドゥヴァさん、どうしたのですか?」
「やはり、あの盗賊では皆の信頼を得るには荷が勝ちすぎたようです。
団長の妹さんが、レイサを追い出して部隊を指揮しているようですよ。」
それを聞いてティトは持っていた契約書類をばさりと落とした。
自分の目の届かないところで、妹がとんでもないことをしていたのである。
自分が望んでいることと、全く正反対の事を、妹はしていた。
「な、なんですって??」
「本当です。 現に今、この吹雪の中、同僚を引き連れて外で稽古してますよ。」
ティトは慌てて窓にしがみつく。
そこには、にわかには信じがたい光景が広がって、彼女は頭が真っ白になった。
騎士団全てをまとめていかなくてはならず、なかなか彼女らまで目が行き届かなかったとは言え
ここまで深刻な事態が引き起こされているとは思っても見なかった。
「レイサさんは?!」
「あの盗賊なら、倉庫じゃないですか? この頃ずっと倉庫で何かしてますよ。
仕事がなくなったことをいいことにサボっているか、何か企んでいるとしか思えません。 早急に彼女も何か対策を立てないと・・・。」
イドゥヴァがそういい終わらないうちに、ティトの足は倉庫へ向けて駆け出していた。


14: Chapter1−6:喪失:08/05/03 20:51 ID:PM
一方倉庫では、相変わらずレイサが何かをしていた。
「・・・。」
彼女は手に何か本らしきものを取り、それをずっと眺めている。
しかし、その彼女の高い耳が、倉庫へ走りこんでくる足音にいち早く気付いた。
「おや、団長さんじゃないか。 “廊下は走るな”じゃなかったのかい?」
彼女は本から目を離すと、走りこんできた空色の髪の女性に声をかける。
ティトには珍しく、息を弾ませて廊下を走ってきたことに違和感を覚えたが、どうしても茶化してしまう。
「レイサさん、どういうことですか?!」
「んー? 何が?」
「シャニーが・・・うちの妹が、レイサさんを部隊から追い出して好き勝手やっていると聞きましたが。」
「へぇ、あいつ頑張ってんだ。 さすがあんたの妹だね。」
本人のあまりにも他人事な返答に、ティトは調子を狂わされてしまう。
部下が上司を追い出して部隊を指揮するなど前代未聞だった。
―何をそんな気楽なことを言っているんですか―そう言おうとしたティトへ、レイサが先に繰り出した。
「そんなことよりさ、見なよ、これ。」
言われるままに、ティトはレイサが持つ本に目を下ろした。
それは古いアルバムだった。 寒いイリアではカビも生えずに、キレイな状態で残っていたようだ。
中をよく見ると、何十期か前の新人部隊の集合写真のページだった。
「これこれ、一番前の列の一番真ん中、これ姉貴だよ。」
レイサが指差す場所に座っているのは、若い頃のシグーネだった。
団長のときに見た厳格さは、そこにはない。
優しそうな女らしい笑顔が写真の中で映える、美しい女性。
ティトは、自分の知らない元団長に、思わず息を飲んでしまう。
(この瞳・・・ユーノ姉さんと同じような・・・優しそうな顔・・・。)
「はぁ、いつからあんな風になっちまったんだろうね。
姉貴の優しさは、いつの間にか打算に変わってた。 滅多に笑わなくなった。 団長になるってのはそういうことなんかな?」
レイサの目は本当に悲しそうだった。 悲しいと言うより寂しそうでもある。
ティトは元からそこまで感情を表に出すタイプではないが
自分にもそれが当てはまっている事に気づいた。 この頃笑っていない。
「私はシグーネさんのように優しいとは言えないですが、やはり笑わなくなっています・・・。」
「いや、あんたは気疲れしてるだけさ。
姉貴が笑えなくなった理由とは違う。 あんたは、姉貴とは正反対だよ。 今のところは、ね。」
慰められているのかどうかよく分からない。
だが、シグーネが笑えなくなった理由。 それが知りたくて仕方がなかった。
シグーネの事は騎士としては憧れていたが、笑えなくなりたくはなかった。 シグーネのように。
「なぜシグーネさんは笑えなくなったのですか?」
「あんたは知らなくていいよ。 少なくとも、あんたが目指してるものを達成できれば、そんな人は出なくなる。」
教えてくれなかった。 この人はいつもそうだ。
自分で考えろという事なのだろうか。 しかし、彼女ははっとした。
また、彼女のペースに持って行かれ、本題を忘れかけていたのである。
レイサといい、シャニーといい、どうしてこうも自分のペースを崩す人間がまわりに多いのかと少し萎える。
「ところで、シャニーが好き勝手やっていると言うのは本当なのですね?」


15: Chapter1−6:喪失:08/05/03 20:52 ID:PM
「あぁ。 現状に不満なら自分で何とかしろとは言ったよ?」
「しかしそれでは、レイサさんの立場がないじゃないですか。」
部隊長が隊員に追い出されたとなれば、その人のメンツは丸つぶれである。
しかし、レイサはそんな事お構いなしと言った感じだ。 現状の価値観などどうでも良いといった構えである。
「あいつはね、国を好転させる為のいいモノを持ってる。
でも・・・今のままじゃダメだね。 あいつは考え間違いをしている。
壊したのが自分であるなら、新しく創るのも自分の仕事さ。 それは教えた。 だから今それを実戦してんだよ、あいつは。 あいつなりの方法でね。」
「でも! いくらなんでもやり方が強硬すぎます。 団長命令として止めてきます。」
ティトが小走りに倉庫を出て行こうとする。
だがそれが、何か威圧されるような、黒い瞳によって封じられた。 足がすくんで動かない。
その瞳の持ち主は、どう考えても後ろにいる新人部隊部隊長だった。
「ダメだよ、特別扱いはしないんだろ?」
「しかし!」
「確かに、あいつは間違えている。 あのままじゃ姉貴と同じ道を辿るね。
でも、そこで私たちが助けたら何もならない。 自分で自分の間違いに気付かない限り、また同じ失敗を繰り返す。」
団長として、危険な事をする者をティトは放って置くわけには行かない。
だが、レイサの言う事も一理ある。 間違いは指摘して、正してやることが親切なのだろうか。
何か、実の姉である自分よりも、シャニーの扱いに慣れているようで、ティトはレイサ羨ましく感じた。
「・・・わかりました。 暫く様子を見ることにします。」
「なぁに、あいつなら、きっと上から教えられなくても、周りから教えてもらえるさ。
命令としての指摘と、仲間からの指摘じゃ、重さが全然違うからね。
だから仲間は大切にしなきゃいけないんだよ。 あいつはそれを忘れかけてる。 姉貴のようにね。」
レイサはアルバムを勢いよく閉じると、キャビネットの中にしまった。
そして思い切り伸びをすると、倉庫を後にする。 ティトもそれに着いて行った。
「ま、何もしない部隊長じゃ、部下が不満に思うのも仕方ないことさ。」
「とんでもない、レイサさんは部隊長として存分に働いてくれています。
私なんか及びもつかないほどに、貴女は新人達の事をよく見て、正しい方向へ伸ばそうとしてくれています。
でも・・・それなのにあの子達に理解されなくて、何か不憫です。」
ティトはまるで自分のことのように残念がる。
こんなに気遣ってくれているのに、彼女らにとって見ればレイサは悪者だった。
「いーんだよ! 悪者を倒して団結すりゃ、いい雰囲気じゃない。」
レイサの言葉に、ティトはやるせなさを感じずにはおられない。
彼女は、わざと悪者を演じているようだった。 彼女らに花を持たせるために。
「今はね、将来皆を引っ張っていけるような奴がいるかどうか探してんのサ。
で、一応見つけたは見つけたけど、どっちも今んとこ大切なものが欠けてるし
光るモノも磨き方が足りないし。 でも、それは自分で見つけなければ意味がない。
私はそれを後押しするだけサ。 今もそういう事。 だから、もう少しだけ待ってあげなよ。 お姉ちゃん。」
レイサはティトの方をポンポン叩くと、そのまま廊下の角を曲がって行った。
彼女には自分の心を見透かされているようだった。
特別扱いはしないといいつつも、どうしても気にかけてしまう自分。
皆に厳しいくせに、自分には甘く感じて、ティトは恥ずかしかった。
「あー、言い忘れた。 あんたも少し休みなよ? 気疲れは病の元だよ!」
向こうから再びレイサの声がした。
自分の事もよく分かってくれている。 この頃相談事をよく持ちかけている事もあるからだろう。
ティトにとっては、もう一人の姉であった。


16: Chapter1−6:喪失:08/05/03 20:56 ID:PM
それから暫くして、新人部隊は以前とは全く別の部隊かと見間違えるほどになっていた。
シャニーとアルマが中心となって精鋭部隊に勝るとも劣らない鍛錬法を採用し、朝から晩まで稽古に励んでいた。
その成果は、目に見えて現われるほどだった。
隊員たちはどんどん腕を上げてきている。 数ヶ月前まで天馬に乗った事もなかった少女達には思えないほどに。
皆は、早く昇格するために、必死になっていた。
稽古についていけないものは、定時後に居残りで特訓、皆との差を出来る限り埋める。
その何か殺気立った様子に、他の部隊も何か感化させられたようだ。
いつも適当に済ませる稽古。 修練用の槍を鉄の槍に持ち変えて、彼女らも特訓に励む。
今日もその様子を、ニイメがゆっくり歩きながら眺めていた。
カルラエ城は、彼女の日課である散歩のコースの一つなのである。
彼女は、騎士達の稽古をする様子を眺めながら歩く。
槍と槍が激しくぶつかり合う音を、足元の落ち葉をかき回すことで掻き消しながら歩く。
「イリアは変わりつつある・・・。
ここも昔とは結構雰囲気が変わってきている。
だが・・・この雰囲気は好きにはなれないね。 騎士共は動機と手段を履き間違えているよ。」
彼女はブツブツと老人特有の愚痴を漏らしつつ、城壁の周りに沿ってそのままゆったりとした歩調歩む。
いつもは城に立ち寄って一服してから帰る彼女だが
今日はそのまま城門を素通りして、山のほうへ帰っていった。
確かに天馬騎士団は生まれ変わった。 だが、生まれ変わって早々、早くも道を踏み外しそうになっている。
しかもそれが、こともあろうに新人達の手によって引き起こされているのだ。
まだ何も知らないヒヨッコたちの行動で、騎士団が揺らいでしまうとは、どんな軟弱なのだろうか。
ニイメは、騎士団の上層部が、何ともいえぬ堕落した日常と暗黙の了解のみで出来ているような気がしてならなかった。
ちょっとした雪崩で決壊してしまうような、そんな脆弱な基盤。
これでは変わったとは言えない。 騎士達の心はまとまっていない。 ニイメはそう感じていた。
堕ちた騎士達の、馴れ合いとも言える生ぬるい日常。
戦場で統率の取れた行動が出来ず、戦死者が多いというのもうなずける話だ。
天馬騎士団が騎士団として真の意味で生まれ変わるには、まだ時間がかかりそうである。
「きっかけがないとダメだね。 きっかけなんて何処にでも転がってる。
要はその転がっているきっかけを、石ころとしてみるか、宝石としてみるかの違いだよ。」
山の何処からか、仙人の声が聞こえてくる。
彼女は不安でならなかった。 このままではいずれイリアは分裂してしまう。
今は騎士団同士が表面上は手を取り合い、イリアの開拓に血心を注いでいる。
だが、その表面上の馴れ合いすらもなくなるときが、このままでは来る。
ニイメは新人達に期待はしているが、彼女らがあまりにも過激な道へと進んでいる事にある種の危機感を覚えていた。
堕落した現状を壊す事は大切かもしれない。 だが、その壊した先をしっかり考えて居なければならない。
そのときに、動機が目的に対して間違ったものであれば、先はないのである。
その不安は、時をそう待たずして的中することとなる。
無理を通していれば、それによって生じた歪が、大きな災いとなって目に見える形で現われるのである。
そして、人はことが起ってから後悔し、反省する。
それが取り返しのつくことであるならば。


17: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:10 ID:PM
その日も、新人部隊はいつもどおりの激戦を戦っていた。
他の部隊の大半は、傭兵に出てしまっていない為、中庭を広く使って稽古をしていた。
「ね、シャニー。 皆で総当たり戦やってみようよ!」
今では大分厳しい稽古についていけるようになり、自信がついてきたようだ。
力がついてくれば、それを使ってみたくなる。
当然のことだったが、それは未熟ゆえの浅はかな考えだった。
「よし、そうだね。 やってみようか!」
普通ならここで釘を刺されるのだが、この未熟な部隊長では、それは出来なかった。
向こうで稽古をするアルマたちのグループにも呼びかけて、闘技場形式の模擬戦を行うことになった。
今日は邪魔な他の部隊も出払っていていない。
実戦形式の稽古をするにはもってこいのコンディションである。
皆くじ引きで対戦相手を決め、一対一の模擬戦を行う。
これも天命か、シャニーはアルマと戦うことになった。
早速彼女らは天馬に乗り、準備を整える。 彼女らの一騎打ちが開幕戦なのである。
「とうとう、あんたと本気で戦うときが来たね。 勝つのあたしだよ!」
「ふん、精々今のうちに虚勢を張っておくんだな。」
お互いに相手を挑発し終わるかし終わらないかのうちに、空中に舞い上がる。
演武かと見間違えるほどの、華麗で熾烈な真剣と真槍のぶつかりあい。
皆はそれに見とれていた。 実力をつけてきたとは言え、まだまだ実戦経験者とは比べ物にならない。
早くあのようになりたい。 彼女らは皆の羨望の的であった。
しかし皆はまだ気付いていない。 いや、忘れてしまっていた。
彼女らも、まだまだ未熟な、自分達と同じ新人であるという事を。

結局、彼女らの演武は数十分に亘り、時間切れで引き分けとなった。
互いに久しぶりであった。 こんな息が切れるほどに、戦ったのは。 それ相応の相手と剣を交えたのは。
もう満足であった。 相手の実力を認め、自分の足りないところを模擬戦で見つけることが出来た。
やはり、実戦形式の模擬戦は得るものが多い。 理論だけでは絶対に強くはなれない。
だが、この考えが通用するのは、ある程度実戦を経験してきた者だけであった。
―自分なら出来るし大丈夫。 皆にも言わないでも分かる一般的なレベル―
そう考える事は、とんでもない間違いであった。
それを彼女らは認識していなかった。 それが大きな間違いに発展するとは、このとき誰も思っても見ない。
次々に一騎打ちをしていく。 闘技場形式なので、交戦意欲をなくした者は降参していく。
見ていても、やはり皆かなり成長していた。
レイサが見ていたときに基礎をしっかり固めたおかげもあるのか
シャニーたちが教えた実践的な内容も、それなりに戦闘に生かそうとする行動があちこちで見られる。
仲間の目に見えるほどの成長に、シャニーは人にものを教える悦びを存分に味わう。
人をまとめる側としては初心者だが、この方法で間違っていない。
皆は自分の指導でどんどん成長している。
そのことで、彼女は自信を確信へと変えつつあった。 だが、それは言うまでもなく間違っていた。
いや、今までの部隊長であれば、それこそが求められるものだったかもしれない。
しかし、現団長が、部隊長達へ求めているものには到底及ばなかった。


18: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:10 ID:PM
また二人の天馬騎士が、自分の相棒にまたがり宙へと舞って行く。
それを皆が見上げ、槍と槍が交差する。 次の瞬間だった。
「! うぁ・・・。」
片方の天馬騎士が、空中に赤い華を撒き散らしながら落馬していく。
皆は息を呑み、目を見開いて驚いた。 どうやら急所に槍が突き刺さったようだ。
まさか急所に攻撃が入るとは皆思っていなかったし、
修練用の武器ならばそんな致命傷を与えられないと高をくくっていたのである。
「ど、どうしようシャニー!」
皆は落馬してきた仲間を取り囲む。 シャニーも気が動転してしまっていた。
(な、なぜ?! 穂先には布を巻いてあったはずなのに!)
どうやら、槍の打ち合いをしている間に穂先を覆っていた分厚い布が取れてしまったらしい。
まさかこんなことが起こるとは。 急所に攻撃が入るとは予想もしてないなかった。
彼女は動揺しながらも、とっさにある人物が頭に浮かんだ。
「ちょっと待ってて!」
シャニーは応急処置をアルマに任せ、城へと駆けて行った。
「・・・何をそんなに慌てる必要がある? このぐらいは想定できるだろうに。」
アルマは独り言を漏らしながら、手馴れた様子で止血処置を施していく。
誰かがこのような怪我を追う事は分かっていた。 だが、彼女は模擬戦を止めなかった。
「うぅ・・・。 痛いよ・・・。」
「痛いのが嫌ならば、相手の攻撃を喰らわないで済む術を身につけることだな。」
そんな簡単に言うなと言わんばかりに苦痛の表情を浮かべる同僚へ
出来ないというなら死ぬ前に騎士など辞めてしまえと睨み返すアルマ。
傭兵はそんなに甘くはない。
こうして怪我をしたら即助けてもらえるなどという状況は天馬騎士団ではまずありえない。
自分の命は自分で守る。 例え部隊内でも仲間の助けを頼りにしてはならない。
これは、傭兵騎士として当然のルールだった。
仲間を助ける余裕があるなら、一人でも多く敵を倒し祖国へ1ゴールドでもたくさんの金を送れ。
それが古くからのイリアの慣わしであり、騎士同士の関係を形作る基盤となっていた。
アルマは、昔からのしきたりなど壊してしまえといった感じの考えの持ち主である。
だが、そんな彼女もこの慣わしだけは従っていた。 自分の考えに適合するから。
下手な仲間意識で足元をすくわれては、本末転倒である。
仲間であっても所詮は他人。 結局は自分が一番可愛いのだ。
それを隠して妙な感情に捕らわれていられるほど、自分はお人よしでもなければ暇でもない。
他人に構っている暇はなかった。 それでも、彼女が仲間に稽古をつけている理由は一つでしかなかった。
「あいつは・・・やっと分かったかと思ったが、やはりその程度なのか?」
このような応急処置で止まるほどの怪我ではない。
アルマは止血処置も程ほどに済ませ、シャニーの駆けて行った方を睨みつけると、再び槍をとった。
「お前達、何をしている。 止血はした。 後は専門の人間に任せておけばいい。」
皆はアルマの言うことが理解できなかったようだ。
彼女は槍をつきたてて静かに、しかし威圧感を覚えるような物腰で皆に迫る。
「分からないのか? 時間の無駄だ。 早く稽古を続けるぞ。」
アルマは肩で仲間達の群がるのを裂いていく。
皆は倒れた仲間を心配しつつも、無言で稽古に戻っていく。
この異様な光景を、レイサはただずっと物陰から見ていた。 助けるでも、突き放すでもなく。
この部隊のリーダー達が、足りないものを見つけ、失いかけたものを取り戻すこと。
それをレイサは、ただずっと見守っている。
それが部隊長として自分に課せられた使命であった。
誰にも理解されず、誰からも評価されない。 それでも、彼女は見つめていた。
自分が今まで最愛の人にしてきてもらったように。


19: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:11 ID:PM
一方シャニーは、城の中に駆け込むと、そのままの勢いで角を曲がる。
そして、勢いに任せて目の前にあるドアを思い切り押し開ける。
中でマウスに研究中の試薬を投与していた軍医は、驚いてネズミごとピペットを床に落としてしまった。
「ねぇ、ウッディ!!」
慌ててガラスをかき集めつつ、逃げるネズミにあたふたする彼。
それをシャニーは立ち上がらせて、自分のほうを向かせる。 
彼は急に立ち上がらせられて、更に驚く。 それは体がびくっとなるほどだった。
三重のアクシデントに、彼の頭はオーバーヒート寸前になっているようだ。
「うわ、な、何? うわ、シャニーか!」
「何よ、人を化け物みたいに!」
「城の中を移動するときは、静かに行動しろと団長にも言われたじゃないか。 少し落ち着けよ。」
「別に焦ってなんかないもん!」
ウッディの静止にも彼女の動揺は収まらない。 顔が蒼褪めているようにも見える。
だが、彼女に限って病気という事はありえそうにない。
ここまでこちらの事に、シャニーが配慮を利かさないというのは稀な事だった。
それが幼馴染のウッディにはすぐに分かり、何かあったのだということを彼女が言わずもとも分かってしまう。
「シャニー、何があったんだ。 ゆっくりでいいから話してよ。」
ウッディはシャニーの背に手をやり、そしてゆっくりさすってやる。
シャニーはそれをされると、何か喉に詰まっているものがとれるような気がした。
それと同時に、今まで出てこなかった言葉が一気に口から噴出す。
「あのね! 大変なの! 仲間が大怪我して、出血が酷いの。 お願い助けて!」
治療の準備をしながら、彼はシャニーからことの経緯を詳しく聞く。
「なんだって?! なんで仲間同士でそんな危険なことをするんだよ!」
彼は思わず準備をする手を止めてシャニーに向かって怒鳴りつけた。
彼女が部隊長を追い出し、事実上の指揮官であった事はウッディも知っていた。
だが、そんな彼女がまさか仲間同士で真剣を向け合わせることにゴーサインを出すとは思っても居なかった。
医者であるウッディにとっては、仲間同士で武器を振りあうと言う事だけでもやめて欲しいことだったのである。
「だって!」
「だってじゃない! ・・・言い合っている場合じゃない。 早く患者を連れてきて。 ベッドの用意をするから。」
シャニーは泣きながら部屋を出て行く。
シャニーは何か焦っている。 ウッディはそう感じていた。
そんなに患者が重症なのか。 いや・・・それだけではない。
彼女の焦りはそのことによるものだけではない。 むしろそのことのほうが大きなウェイトを締めているかもしれない。
幼馴染の勘とも言うべき、ウッディの第六感が、そうささやいて止まなかった。

暫くして、新人部隊の半分がシャニーと共に怪我をした新人を運んできた。
皆でベットに寝かせ、ウッディの治療に全てを任せる。
彼は止血している手拭を解くと、目を疑った。
「・・・急所だな。 幸いそこまで傷が深くないから命には別状はなさそうだ。」
彼は丁寧に消毒と止血をし、容態が落ち着いたら縫合すると皆に説明する。
皆は命に別状がないことを知ると、安堵のため息につぶれそうになった。
しかし、ウッディは疑問に思った。 それは周りにいる騎士達の人数であった。
新人部隊は、もっと多くの人間が所属しているはずである。


20: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:11 ID:PM
「他のみなは?」
「さっきと同じ稽古してる。」
シャニーの返答にウッディは腰が抜ける。
仲間がこんな目にあっているのに、まだ同じことをしている者達がいるのだ。
そして、シャニーの口から出た次に台詞に、とうとうウッディはキレてしまった。
「大丈夫そうだし、あたし達も稽古に戻ろう? さっきの続きから行くよ。」
「なんだと!? またお前は仲間に剣を振ろうというのか! 何を考えているんだ! 天魔に取り付かれたか!」
「だって! だって・・・皆が強くなる為には実戦形式での稽古を積まないと・・・。」
「ふざけるな! 仲間同士で殺しあってまで強くなりたいのかお前は! 見損なったぞ!」
ウッディのいつもと違う様子に、シャニーも動揺してしまう。
確かにウッディの言うとおり、自分のやり方が強引過ぎる事は彼女にも分かっている。
しかし、それでもその方法を強行するしか道はない。
そう彼女は自分を自分で追い込んでいた。 故意にそうしているのではない。
自分が初めて置かれた状況に、彼女は焦ってしまっていた。
「あたしはあたしの責任を果たしているだけだよ!」
隊員たちはこの言葉に疑問を持っていた。
前にも聞いたことのあるこの台詞。
危険な稽古を強行しようとした彼女を、皆が止めようとした時に放たれた言葉だった。
「ふざけろ! 何が責任だ! 何が強くなるだ!
お前の責任は、仲間を犬死させることなのか! 部隊長を追い出してまでしたかったことはそんなことか!」
ウッディは医者らしく穏やかな性格だった。
穏やかというより抜けた感じのある彼は、いつもシャニーの尻に敷かれている状態だった。
その彼が、今声を荒げてシャニーを睨みつけているのである。
周りもぱっと見の印象と違う軍医の様子に、ただ状況を見守るしかない。
「あたしは部隊長に誓ったんだ。 部隊を立派にしてみせるってね。
そのためには、強くなって皆を見返してやらなきゃいけない。 強くなる事は、あたし達にとって大事なことなんだよ!
強くなれば皆にも認められる。 戦場でも戦死しなくて済む。
戦わないあんたには、あたしの気持ちなんて分かるわけがない!」
「分かるわけないだろ! そんな歪んだ考えを!
たとえお前が世界中から認められようとも、そんなやり方をしている間は、僕はお前を認めない。
それ以前に、そんな狂気的なやり方じゃ、誰も認めてはくれないと思うがな!」
とうとうシャニーも頭に血が昇ってきた。
こうなってしまうと、周りの意見など全く耳に入らなくなってしまう。
「知ったような口聞くんじゃないわよ!」
「知った風な口を利いているのはどっちだ!
今はお前しか頼れるものがいないから、皆は従っている。 僕はそう読んだけどね。 違うのかい、皆?」
皆はお互いの顔を見合わせる。
だが、誰一人としてその考えを否定するものはいない。
今のシャニーは、シャニーではない。 皆そう感じていた。
常に何かに背中を押されているような感じで、自分を攻め立てて行動しているように見えていた。
常に自分のペースを崩さず、自分なりのやり方に自信を持っている彼女が、何かに怯えていた。
それが何か、今までは分からなかった。
それも今では、皆も何となくではあるが、それがわかってきていた。
その場の雰囲気は、シャニーにとっては過酷なものであることに疑いの余地はなかった。
誰も自分の味方をするような発言をしなかったのである。 孤独の寂しさをひしひしと感じる。
今まで彼女は孤独であった事はなかった。
常に誰かが傍にいて、自分を助けてくれた。 それは一にも二にも、彼女の優しい性格故。
今の彼女には、そんな人間はいなかった。 いたとしても、表立って助けてくれるような者ではない。
初めての孤独が、彼女の体を串刺しにする。
彼女はそれに耐えられなかった。
「何よ・・・みんな。 みんな、あたしの事悪く言ってさ。
こんなに、こんなにあたしは頑張っているのに! あたしは自分の責任を果たしているだけなのに!」
「シャニー、待て!」
彼女は突然駆け出し、ドアを勢いよく開けて出て行った。
その瞳に、悔しさの塊を浮かべて。 悟られまいとしていたが、それはウッディには叶わなかった。


21: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:28 ID:PM
その夜、シャニーは一人城の中庭で夜空を眺めていた。
漆黒の夜空に映える満点の星たち。 その中でもひときわ輝くまん丸の月がまぶしい。
その下で、シャニーはその美しさに惹かれ、その大きさ、広大さにめまいがしそうになる。
それに比べて、自分というのは何とちっぽけな存在なのだろう。
妙な意地を張り、その場の感情に惑わされて・・・。
常に輝いて、何があろうと変わらない。 そんなものへとても強い憧れを抱く。
師匠もそうだった。 何があろうと、どんな不利な戦況だろうと、決して自分と言うものを崩さない。
自分のように、すぐ感化されて周りが見えなくなるような事はなかった。
「あーぁ・・・あたし、一体なにやってんのかなぁ・・・。」
石段に腰をかけ、膝に肘を置き、手のひらであごを支える。
上目使いで空を眺めてみる。 星は輝いている。 月はそれらをまとめるかのごとく一層明るく輝く。
自分も輝いていたい。 でも・・・今の自分は輝けてはいない気がした。
「なんのためにあんなことしてんのかなぁ・・・・。 強くなりたいから・・・? 違うよなぁ・・・。」
彼女も分かっていた。 何か自分がおかしいことをしているという事は。
しかし、それでも自分は間違っているとは思えなかった。
自分は、ダメな部隊長の代わりに、部隊を立派にしようと頑張っているのだ。
少々強引なやり方だが、レイサに誓ったのだ。 今更彼女の元へ行って頭を下げるなんて事は出来ない。
シャニーは後戻りできなくなっていた。
何の為に・・・それは・・・部隊を強くする為・・・。 本当にそうなのか・・・。
彼女は自分の心が分からなくなっていた。
いつも自分の気持ちに忠実な彼女が、自分の気持ちを分からなくなっている。
ウッディの言っていた事も、反論はしたが頭の中では同意していた。
仲間同士で殺しあってまで、自分は強くなんてなりたくはない。
皆が苦しまずに、仲良く暮らせたらどんなに幸せだろうか。
だが、極寒の国イリアでは、その願いは叶わない。
それを変えようとシャニーは誓った。 今の自分は自らの誓いに反した行動をとっている。
なぜそんな事をしているのか・・・。 部隊を強くするため・・・。
何のために強くしようとしているのか・・・。 戦場で活躍できるようになる為。
結局、イリアを変えようと思っているくせに、戦場での活躍を考えてしまっている自分に腹が立った。
それしか道がない自分が悔しかった。
もっと、もっといい方法があるはず。 なのに、自分には思いつかない。
どれだけ高らかに誓いを掲げても、結局守れないで世間に流されていては意味がなかった。
むしろでかい口を叩いておいて何一つ出来ないなら、最初から従っているほうがマシにすら思えた。
―イチニンマエなら出来るだろ―
レイサの言葉が蘇り、シャニーは唇を強くかみ締めた。

不意に後ろに人の気配を感じ、シャニーは驚いて後ろを向き、身構えた。
(あたしは・・・何をこんなに追い詰められているんだろう。)
シャニーは背後に現われた人物の顔を確認するや否や、自分の手が思わず剣にかかっていることに気付く。
全く警戒する必要のない相手にまで、身構えて武器を取ろうとしている。
心に余裕が全くなくなっているのが、自分でも嫌というほど分かった。
「シャニー、探したよ。」
白衣を着た幼馴染が、分厚い本を手に自分の横にアグラをかいて座り込んだ。


22: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:30 ID:PM
彼女は剣から手を離したものの、今最も合いたくない相手が横に座ってしまい、何ともしがたい雰囲気になってしまう。
そんな彼女の様子に気付いたのか、ウッディは本を置いて立ち上がり、彼女の手をとった。
「シャニー、昼間はごめん。 みんなの前で怒鳴りつけたりして。」
手の温もりを感じる。 この温もりに、シャニーの凍りかけた心がいとも簡単に融けていった。
「謝らなくていいよ。」
「いや、あんなみんなの前で怒鳴ったら、君の居場所がなくなることぐらい少し考えれば分かることだった。」
ウッディは何でも自分のせいだと思い込む悪癖がある。
シャニーはそれが分かっていたから、今回もきっとそんなことだろうと最初は思っていた。
だが、いつも以上に真摯な態度に何かを感じていた。
「あたしが悪いんだよ。 あんなやり方がおかしいのは・・・あたしだって分かってるよ・・・。」
「なら! ・・・ごめん。 なんで・・・止めないんだよ。」
彼はシャニーの目を真っ直ぐに見つめる。
彼にはわかっていた。 彼女が悩んでいる事が。
それは、いつも眩しいぐらいに輝いて真っ直ぐこちらを見つめてくる彼女の瞳が
暗く沈んでこちらを見ようとしないからだった。 感情を隠す事は難しいことだが、特にシャニーは苦手のようだ。
「それは・・・あたしにも分からないんだ。
ねぇ、ウッディ、あたしは・・・あたしはどうすればいいんだろう。 皆に嫌われちゃってるのかな・・・。」
瞳を潤ませる彼女に、ウッディも焦ってしまった。
滅多に泣かない彼女が、自分の前で不安に心を押しつぶしそうになっている。
彼はシャニーの肩を引き寄せ、そして慰めてやる。
いつも自分を尻に敷いている彼女だが、こういうところはまだまだ未熟だった。
そのまま肩を持って座らせる。
しばらくそうしていると、やっとシャニーは泣き止んだ。
「シャニー、お前が一生懸命なのは分かるよ。 苦しいくらいにね。」
「・・・ホント?」
ウッディのその言葉に、シャニーは救われた気持ちになった。
彼女は誰からも認められない、理解されないと思い込んでしまっていた。
それ故に、愛されたい、認められたいという気持ちが人一倍強い彼女は焦っていたのだった。
そして更に、それ以外にレイサに認められるには、他から認められなくてもこの方法しかないと
自分自身を追い詰めていた。 悪循環だった。
「あぁ。 そうだ。 この本を見てみなよ。」
ウッディは思い出したように、先程地面に置いた本を手に取る。
どう見ても学術系の分厚い本だ。 シャニーはウッとしてまう。
勉強は嫌いだった。 騎士になれば勉強しなくて済むと、心の片隅で思っていたことすらあるほどだった。
「なによ、これ。」
「まぁまぁ、そんな顔しないでさ、ちょっと見てみてよ。」
ウッディはその分厚い本をぱらぱらと手馴れた手つきでめくる。
彼は何か挿絵のあるページを見つけ、そのページを彼女に見せた。
「うっ?! な、何なのよこれ・・・。」


23: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:31 ID:PM
シャニーは見せられた挿絵に、思わず口を手で覆った。
それは何と、医学用の人体解剖図だったのだ。
全く知識のない彼女には、人の体がバラバラになっている絵など衝撃がきつすぎるものだ。
例え戦場で首の飛ぶ瞬間などを見ている彼女でも、それとは違う戦慄が走る。
ウッディは驚くシャニーに色々と説明してやる。
人の体のつくりや、仕組みを。 シャニーも難しい事は分からないにしても
彼の分かりやすい説明に、何となくではあるが話についていく。
「へぇ・・・・人間の体ってうまくできてるんだね。」
「そうだよ。 人の体こそが、一番の魔法だよ。 これほど不思議で神秘的なものもない。」
シャニーは、ウッディの瞳が輝いていることに気付く。
やはり自分の知識を人に広める事は、学者精神旺盛な彼にとっては至福のときのようである。
「あたしも、こんな風になっていると思うと、すこしゾクっとするけどね・・・。」
「当然そうだよ。 お前が生きている限り、心臓はずっと動き続けるし、脳は働き続ける。 腸だって・・・。」
「もう、やめてよ!」
シャニーはウッディの語りを必死で止める。
彼女にとっては、なにか気分の悪い話であった。
ウッディは言われたとおり話を止める。 しかし、真面目な顔で彼女を見つめた。
「なによ。」
シャニーの言葉に、ウッディは再び顔を彼女から離し、夜空を仰ぐ。
「でもね、これだけ精巧でも、ちょっとした事ですぐ機能しなくなってしまうんだ。
病気になったり、年老いたり・・・・。 昨日まで元気だった人が、今自分がどうする事も出来ずに、神の元へ旅立っていく。
・・・儚いとは思わないか?」
ウッディは研修生時代から、多くの人の死を見つめてきた。
どれだけ自分が勉強し知識を積んでも、どうする事も出来ない、人の死。
だが、医者であるウッディにはそれは認めることが出来ないものだった。
シャニーはウッディの真顔に、返す言葉がない。
「僕が戦を嫌うのは、そんな儚く、大切な命の炎を簡単に吹き消してしまうからだ。」
「・・・。」
「死んでしまうこと。 それは人が生き物である以上、未来永劫不可避だ。
でも、人が私欲の為に、他の人の命を握りつぶすなんてことは絶対に許せないよ。
直接的にだろうと、間接的にだろうとね。
だって、どんな偉い人でも、どんな悪人でも、命の大切は変わらないよ。 たった一つの命だもの。
皆エリミーヌ様に祝福された“この世でたった一つ”の輝きなんだもの。」
シャニーは下を向いて泣き出してしまった。
「ごめんなさい・・・・。」
顔を手で覆い泣き崩れるシャニーを、ウッディはその背をさすって宥める。
そして、顔を上げさせると、指で涙を拭き取りながら笑った。
「謝る相手は、僕じゃないだろ?」
シャニーは泣くのを止め、彼の笑顔に、自らも笑顔で返した。
自分の悩みが、幼馴染の言葉で吹っ切れ、自分が誤った道を歩んでいることを再度認識させられた。
今がしなければならないことがボンヤリではあるが分かったような気がする。
そしてそれはこれからもずっと根底に置かなければならないことだと、シャニーは幼馴染に気付かされた。
「ありがとう、ウッディ。 やっぱあんたはイイヤツだね。」
「よせやい。 お前のしょ気た顔なんか気味が悪いからな。」
「何よ! 前にも行ったけどねー、あたしは悩み多き乙女なのよ!」
ウッディは聞いていませんといわんばかりに目線を横に逸らす。
それを見て彼女は当然の如く顔を膨らませて、こっちを向けようと彼の耳を引っ張った。


24: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:32 ID:PM
そしてしばらくして、二人は城の方へと歩みだした。
「正直さ・・・あたしあんたに嫌われちゃったかな、と思ってたんだ。」
シャニーは照れながらも、安どの表情を浮かべつつ、幼馴染を見上げた。
今まで大切にしてきた仲間に突き放されたあの瞬間。
あのときの気持ちは言葉には表せない。
それでも自分は、自分が悪いと分かっておきながら、意地を張って謝る事も出来なかった。
そんな自分とは対照的に、彼は自分の気持ちを読み取って、優しく諭しに来てくれたのだ。
シャニーは、同い年のウッディが、自分よりはるかに年上に感じてしまう。
いつまでも幼い自分が情けなかった。 一人前と豪語していた自分であるのに。
「嫌うわけないだろ? お前と僕はずっと、友達じゃないか。」
「皆は・・・。」
「シャニーに皆が従っていたのは、君しか頼れる人がいないからだと昼間は言ったけど、ホントは違うと思うよ。」
ウッディはシャニーの背中をさすってやる。
彼の手は魔法の手だ。 何か気持ちが和らいでいくのが分かる。
「シャニー。 人を従えるのは力じゃないと、僕は思うよ。
確かに、力は人を表面上は動かせる。 けど、もっと大切なものがあると思うんだ。
前のお前はそれを持ってた。 でも、今のお前は失いかけてる。
特別何かをする必要はないよ。 焦りを捨てて、今までどおりのマイペースなシャニーで居ればいいんだよ。」
「今までどおりの・・・あたし?」
「そうさ。 大切なのは力じゃないよ。 心さ。 目に見えない強さだよ。 心の強さってさ。」
随分くさいことを言う。 シャニーは心の中でそう思った。
だが、次の瞬間、自分の心の中で何かがはじけるような気がした。
目には見えないけど、皆が持っている心。
皆が持っているけど、何を考えているか分からない心。
自分は、自分の心の赴くままに、周りに形振り構わず振舞っていた。
相手の心を、自分の心で踏み躙っていた。
―戦は、命を握りつぶす―
今の自分は、命の象徴とも言える他の人の心を握りつぶしていた。
しかもこともあろうに指揮官という立場を使って。
(今のあたしは・・・最悪だ。)
他人の心に敏感であったはずの彼女が、いつの間にかそれを忘れかけていた。
動機を正当性と履き違え、仲間を自分の目的の手段として用いようとしてた。
彼女は自分自身が怖くなった。
今まで知らなかった、自分の悪い一面。
しかし、それでしょげる彼女ではなかった。
自分の悪い一面を、幼馴染が教えてくれた。
もう二度と、同じ過ちは繰り返すまい。 彼女はそう心に強く命じた。
自分の、いや騎士の目的は戦うことではない。 精鋭部隊で活躍することでもない。
部隊長や団長が望み、また自分も目指したい何かが、彼女には輪郭だけではあるが分かったような気がした。
「・・・あたし間違ってた。 皆は許してくれないかもしれないけど、きっと頑張って見せるよ。」
「いや、皆許してくれるよ。 だって、なんたってお前だもん。
それどころか、きっと早く帰ってきて欲しいと思っているよ。 前みたいな笑顔でね。」
ウッディの励ましに、彼女はニカっと笑って見せた。
そして、彼の手を掴むと、振り切れんばかりにぶんぶん振って城へと戻っていった。
力さえあれば、簡単に人など動かせる・・・。
―人を動かすのは力じゃない、心だ―
今までずっと、アルマの言う言葉に疑問を持ちながらも、それを否定できずに
しまいには自分も同じ道を歩みかけていた。
それを防いで、自分の疑問を吹き飛ばしてくれた幼馴染の言葉をかみ締めながら。


25: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:33 ID:PM
 翌日、登城したシャニーは皆を集めた。
「皆、今までごめん。 あたしは、大切なモノを見失っていたよ。
いくら強くなりたいからって、皆に認められたいからって、仲間同士で稽古とは言え本気で殺し合いをするんあて・・・。
あたしはバカだったよ。 ホントに・・・ごめんなさい。」
皆は朝一番でシャニーに集められ、一体何事かと不安がっていた。
しかし、シャニーの言葉を聞いて皆ほっとしたようだった。
それは、シャニーの顔から、昨日までの殺気立った気配が消えていたからだった。
「私たちも、シャニーに頼りすぎていたかもしれないよ。
同期で、仲間同士であったはずなのに、いつの間にか上下関係みたいになってた。
あんたはいつでも元気で優しくて、足を引っ張ってた私たちにも色々教えてくれたから、ついつい頼っちゃった。
でも、何もかもあんたに任せっきりになっちゃって。 私たちこそごめんなさい。 でもよかった。 あんたが帰ってきてくれてさ。」
仲間達も、昨日シャニーが部隊から消えてから、皆で集まって話し合いをしていたのだ。
あいつに聞けば分かるから・・・最初は軽い気持ちだった。
だが、それが日常化していくうちに教えて当然、教えられて当然になってしまった。
自分で考えるということをすっかり忘れてしまった。
それはシャニーにも分かっていた。 彼女の心の中で、レイサの言葉が何度も響いていた。
―新人は、考えることが仕事―
「みんな・・・。 あたしはようやく分かったよ。
今までみたいな事をしてても、絶対あたし達は真の意味で成長できないよ。 あたしはバカだった。
散々忠告してくれたレイサさんまで失望させて・・・。 もう一度、レイサさんに謝ってくる。」
シャニーは、レイサが居るであろう倉庫へ一歩を踏み出そうとした。
そのときだった。 仲間が、彼女の手を掴んで、振り向いた彼女の目を皆で見つめた。
「あんたが行くなら、私たちも行く。 もう、あんただけに責任を負わせないよ。 仲間じゃん?」
シャニーは嬉しかった。
嫌われたかもしれないと、登城するまでずっと不安で胸が潰れそうだった。
でも、仲間は自分の事を頼りにしてくれていた。
帰ってきてくれて嬉しいといってくれた。 仲間だといってくれた。 思わず泣きそうになった。
そこには、一方通行な頼る、頼られるの関係には決してないものがあった。
それにシャニーは初めて気付いた。
いや、昨日の自分達にはない何かが、きっと新たに生まれていたのだ。
シャニーたちが稽古場から城の中へ歩いていくのを、アルマやその一派はずっと眺めている。
そこへ、イドゥヴァが彼女らの様子を見に来た。
「おや、アルマ、おはよう。」
「これはイドゥヴァ部隊長、おはようございます。」
アルマはイドゥヴァに頭を下げ、それをイドゥヴァは目を細めて笑みを浮かべる。
「どうしたのです? 貴女に珍しく城の方など眺めて。」
「いえ、部隊長の御気を煩わせるほどでもありません。 無責任な人間がいたので少し残念に思うだけです。」
「シャニーですか・・・、まぁ彼女もそのうち気付くでしょう。
それより、団長にはうまく説明しておきましたよ。 これからも新人部隊を・・・そして例の件、頼みますよ。」
「はい、お任せください。」
アルマが再び頭を下げるのを見ると、イドゥヴァは再び笑みを浮かべて自らの部隊へ戻っていった。
頭を下げながら、アルマもまたイドゥヴァの後姿を見て不敵な笑みをこぼした。


26: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:35 ID:PM
シャニー達は真っ直ぐ倉庫を目指した。
そして、その中から音がするのが聞こえると、一層足取りを早くしてそこを目指す。
「レイサさん!」
倉庫を整理する盗賊へ、最初に声をかけたのはシャニーだった。
彼女の声に、呼ばれた方はゆっくり声の主のほうを向いた。
「どうしたの、あんた達。 朝っぱらから深刻そうな顔してさ。 誰か死んだの?」
軽く冗談を飛ばしてくるが、今日はそんな冗談に乗るような気分ではない。
「レイサさん、好き勝手してごめんなさい!」
「何で謝るのよ? あんたに部隊任せたのは私じゃない。 好き勝手やって良いんだよ?」
レイサが再び整理に戻ろうとするのを、シャニーは彼女の目線の方へ回りこんで止めた。
そして彼女の目をしっかりと見つめて再び話しかけた。
「あたし、間違ってた。 昨日幼馴染に言われてようやく分かったよ。
あたし達の役目は、戦うことじゃないんだ。 国を、民を守ることなんだ。
戦は民を握りつぶす。 戦以外で、民を守る方法を探さなくちゃいけないんだ。」
レイサはシャニーを制止せずに黙って彼女の言葉を聞いていた。
他の隊員たちも、どうやら同じ事を考えているようだった。
シャニーがつむぎだす言葉に、コクコクと小さく首を傾けているのが良くわかる。
「あたしは・・・動機と手段を混同してた。
戦うことが、民を守ることだと錯覚してたんだ。
いつのまにか、戦ってお金を稼ぐ事が、国に貢献することだと思ってた。
そのために、早く戦に出られるように、皆に評価されるために、仲間を、大切な祖国を同じにする仲間を道具みたいに・・・。」
泣きそうになるシャニーへ、レイサが一声かけようとしたとき
後ろで見ていた仲間達が、レイサに向かって話しかけてきた。
この前まで天馬の乗り方すら知らなかったヒヨッコ。 だがその目は入隊した時とは明らかに違った。
「私たちも、今のイリアはおかしい気がします。
民を守るために戦う・・・。 そのために、同胞同士が殺しあう。
騎士だってイリアの民には変わらないはずなのに、民を守るために民を殺してる。 なんか、変です。」
「へぇ・・・あんた達。 コワッパのクセに一人前な事言うじゃない。」
レイサも皆の考えの変わり方に思わず声を漏らす。
「あたし達の今出来る仕事は、考えることだと思うんだ。
だから、あたしはもっといろいろ知りたい。 今までのことは、あたしが間違っていた。
でも、もうあたしは同じ過ちを繰り返したくない。 だから・・・レイサさん、戻ってきて、お願い。」
レイサはシャニーが頭を下げるのを止めさせた。
よく見ると、周りに隊員も同じように頭を下げていた。
その気から、それは単に頭を下げているのではなく、本当に戻ってきて欲しいという気持ちが伝わってくるものだった。
「・・・分かったよ。 たいした事は出来ないけど、あんた達がそういうならとりあえず部隊には戻るよ。
でもね、私は見てるだけだよ。 教えたら意味ないからね。 自分で考えるんだよ。 部隊はあんた達で切り盛りしなさいよ。」
皆の顔に笑顔が戻った。
そして皆は、シャニーのほうを見た。
「じゃ、今までどおりあんたがリーダーね。」
「え?」
「だって今までだって私たちをまとめてくれてたじゃん。」
皆でシャニーの背中を押して稽古場に戻る。
皆は彼女を信頼していた。 最初は頼れる人間がひとりしかいなかったから。
いつからだろう、それはいつしか消去法からの選択ではなくなっていた。
誤った道に進みそうにはなったが、彼女は頼れる仲間。
彼女を暴走させたのは、自分達にも原因がある。 自分達も二度と、同じ過ちは繰り返さない。
彼女らは誓っていた。 頼るだけでは、ダメなのだと。
「私たち仲間同士じゃない、困ったら何でも言ってよ!」
「・・・うん! よーし、じゃあ早速特訓メニューを!」
「それじゃ今までと変わんないじゃん!」
彼女らの笑い声を聞き、レイサも笑みをこぼしながらその後を追った。
民を守るために戦うこと・・・それも大切ではあるが、それは一つの手段に過ぎない。
必要なものはそれではない。 何の為にそれをするのか。 それが最も重要視されるべきなのだ。
「仲間を思いやる心・・・あんたはそれを失くしちゃいけないよ。 上層部のバカ共のようにね・・・。」
十の為の一の、ほんの一部を手に入れた彼女らへ、レイサは小さなエールを送った。


27: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:35 ID:PM
翌日から、再び穏やかな時間が新人部隊に戻るかと思われた。
しかし、その予想は簡単に裏切られることとなる。
「んー、みんな揃ったね。 ・・・なんか足りない気がするけど。」
レイサは久々の朝礼に、皆の顔をじっくりと眺めた。
気のせいだとは分かっていても、皆の顔がいくらも凛々しく見える。
何枚ぐらい皮を破ったのか。
自分の居なかった僅か数週間の話しだ。
そんなに変わるはずもないと思いつつも、やはり何か嬉しい。
しかし、その中に、何か足りないものがあるような気がする。
アルマだ。 彼女と、いつも彼女と行動を共にしている新人達は、今日も独自に稽古しているらしい。
「シャニー。 ちょっくら行って呼んどいでよ。」
「はーい。」
シャニーは言われるままに、いつもアルマたちが稽古をしている場所へ向かった。
そこにはやはり、いつもどおり厳しい稽古を積むアルマ達がいた。
「ねぇ、アルマ、レイサ部隊長が戻ってきたからさ、早くこっちに来てよ。」
友の呼ぶ声に、アルマはそちらを振り向いた。
だが、彼女から返ってきた言葉は、シャニーの望んでいたそれではなかった。
「シャニーか。 なぜ戻る必要がある?」
「何でって。 部隊長が呼んでるからに決まってるじゃん。」
「私にとっては、もう部隊長ではないよ。」
シャニーには意味が分からない。
新人部隊の部隊長であるレイサ。 そして新人部隊所属のアルマ。
「あんたがレイサさんの事をどう思ってるかは知らないけどさ、あんたが認める認めないの話じゃないじゃん。」
アルマにとっては、シャニーの言葉は見当違いだったようだ。
指を立てて、違う違うとジェスチャーしてやる。
「私はね、もう所属は新人部隊じゃないのよ。」
「は?」
余計に言っていることがわからなかった。
反応に困るシャニーへ、アルマはその答えを教えてやった。
「私達は、表面上は新人部隊所属だけど、実際は違う。
第二部隊所属の見習い部隊ということになっているの。 私はその部隊の部隊長というわけ。
だから、もはやレイサさんは私の上司ではない。 私の上司はイドゥヴァ第二部隊長と言うことになる。」
シャニーが驚いた事は言うまでもない。
自分の知らない間に、彼女は新部隊から籍を外し、一気に第二部隊に所属していたのだ。
「そ、そんな事誰に??」
「もちろん、イドゥヴァ第二部隊長の命令だし、ティト団長の承認も受けている正式なもの。
もう、呼び捨てて呼ぶのもやめてもらいたいところだけど、あんたは別に良いわ。」
親友が自分とは全然違うところに行ってしまった気がした。
(なぜイドゥヴァ部隊長が・・・なぜティトお姉ちゃんが?)
アルマはそれっきり、稽古に戻ってしまってこちらに来る素振りもない。
仕方なく部隊へ戻り、状況を報告しようと後ろを向くシャニー。
その背中へ、アルマは何かを思い出したかのように突然声をかけた。
「・・・ま、でもレイサ部隊長にもいろいろ世話をかけたし、今回は大人しく従っておくとしようか。」
いまや部下となったほかの新人達を引き連れて
アルマはイマイチ状況を飲み込めないで立ち尽くすシャニーの横を通過し、新人部隊の方へ歩いていった。


28: Chapter1−6:喪失:08/05/03 21:36 ID:PM
「いい? 私は小難しい事を教えるつもりはないよ。
大切なのは、自分で考える事なんだ。 従ってるだけなら誰にだって出来るからね。」
レイサの言葉通り、隊員たちは自らの意志で行動を開始した。
稽古を始めるものもいたし、精鋭部隊の稽古を見学に行くものもいた。
そして、天馬に乗って城の外へ飛び立っていくものも・・・・。
「シャニー! どこ行くの!」
「さんぽー。」
そのまま手馴れた様子で天馬を駆り、彼女はすぐさま見えなくなった。
「いくら自由だからって・・・。 ねぇ部隊長。」
「んー?」
呆れる隊員たちだが、部隊長の姿を見て何となく納得してしまう。
彼女は今までどおり、木の上に登り、昼寝をはじめたのだ。
何をするのも自由。 だが自分で考えて、すべてを行う。
誰かに依存するのではなく、自らの意志を持つ。
それがレイサの目指すものだった。
彼女は暫く寝転がった後、すぐさま起き上がり突然姿を消した。
「少し知らない間に随分偉くなっちゃったねぇ。」
背後からの突然の声に、驚いて後ろを振り向いたのはアルマだ。
自分が背後からの気配に気づけなかったことに、焦りと苛立ちが顔に隠せない。
その相手が、特別警戒する必要のある相手だと分かっていても。
「ふふ、これもレイサ部隊長のおかげですよ。」
アルマは軽く笑ってレイサにお辞儀をする。
「感謝されると気持ちいいね。」
レイサもアルマに笑って返してやる。
アルマは笑いながらも彼女から目線を逸らした。
「ところでさ、イドゥヴァはどうやって団長を言いくるめたんだい?」
「言いくるめたなんて人聞きの悪い事を。 第二部隊長は私の事を思って。」
「ホントにそうかな?」
アルマは再びレイサから目線を逸らした。
しかし再び彼女をしっかりと見つめると、きっぱり言い放った。
「そうです。 私は第二部隊長を信じていますから。」
そうか、そういわんばかりに、レイサはアルマの視線を外し歩き始めた。
そして真横に立つと、彼女の肩をポンポンと叩いた。
「あんまし外道な事考えてるとそのうち痛い目見るよ。 うまくやってると思っててもね。」
アルマが反論しようとした時には、もうレイサの姿はそこにはなかった。
むしろはじめからそこには居なかったように。
アルマはレイサの手を振り払おうとして伸ばした手をずっと見つめながら
暫く動かなかった。 そして、やっとその手を下ろすと、ふっと目を閉じて笑ってみせた。


29: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:22 ID:PM
 新人達が入団してから早4ヶ月が過ぎ、イリアの短い夏も終ろうとしていた。
「シャニー、あんた今日も“さんぽ”かい??」
「うん、それじゃ行って来まーす。」
今日もふらふらとシャニーが天馬に乗り、さんぽに出かけていった。
「昼までには帰るんだよ!」
レイサの言葉に応えるように、シャニーは前を見ながら後ろへ向かって手を振った。
もっとも、昼の時間になれば腹を空かせて帰ってくるから、別段注意することでもないが。
他の隊員たちも、自らの意志で行動することが普通になっていた。
皆の中で、各自の役割分担を決め、部隊を自治している。
レイサはそれを見ているだけ。 聞かれればアドバイスはするが、彼女から指示する事は殆どなかった。
「ねぇ、予算申請って誰が担当だっけ?」
そこへ、不意に男性の声が聞こえてくる。
ウッディだった。 彼は医務だけに留まらず騎士団の事務もある程度引き受けていた。
「あ、ウッディさん!」
女しか居ない天馬騎士団では、いやがおうにも男に女は群がった。
まして相手が優しい軍医と来れば、狙うものも少なくない。
仮病を使って医務室へ転がり込む者すらいる。
「シャニーじゃないの? 確か足が出ても団長に話しかけやすいからって、そんな流れだったと思うけど。」
「担当替えたほうがいいんじゃない・・・? なにこれ。」
ウッディの差し出した、第十八部隊作製の予算申請用紙を、隊員たちが覗き込む。
すぐさま彼女らは眉間にしわを寄せた。 ・・・数字が全然おかしい・・・。
「鉄の槍を10本購入でなんで10000ゴールドなの?」
ウッディの質問に、皆は手を広げてジェスチャーする。
「さぁ・・・。 レイサさんも盗賊で金には目がないはずなのに、なんで金額間違いに気付かないのかな。」
「あいつも部隊長も、いつも指を折って計算してるよ。」
「・・・。」
何もいえなくなるウッディ。 一応、部隊長であるレイサの承認が必要であるものの
予算申請など部隊の事はすべて隊員たちが行っていた。
レイサに言われたからではない。 自分達の部隊の事は、自分達で考える。
その意識が、着実に彼女らに養われてきているからであった。
シャニーも、レイサが望んだとおり、武技だけでなく、イリアの様々なことを見て知ろうと頑張っていた。
それは目に見えて現われ、よくレイサに報告しに来るし、目的を持って相談にも来る。
分からない事を教えてもらうための相談ではなくなってきていた。
しかも、目の付け所にやはり鋭いものがあった。
何とかイリアを変えたい。 民の為になりたい。 その気持ちが伝わってくる。
だが、その気持ちが常に正の結果として現われるという事は無いのである。
挫折を、失敗を繰り返し、人は大きくなっていく。


30: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:22 ID:PM
 一方、会議室では全部隊の部隊長が集結して、会議を行っていた。
皆の手元にある資料の題目は・・・。
――上期終了における、正式な団長の選出について――
団長作成のその資料は、几帳面なティトの性格を反映してか、美しく、見やすく作製されている。
そのおかげもあってなのだろうか、会議は途中までスムーズに進み、重要項目の案が色々出されていた。
「今までは暫定として、私ティトが団長を務めていましたが
そろそろ正式な団長を選出したいと思います。 選出方法ですが、
以前までは前団長の指名という形をとっていましたが、異議はありますか?」
ティトが採決を取る。 すぐさま挙がる手。
イドゥヴァと、その仲間達だった。 発言を許されたイドゥヴァはすくっと立ち上がる。
他の部隊長達の興味は、その発言の内容がどのようなものかというところではなかった。
イドゥヴァの言う事など、大方予想がついていたからだ。
それよりも、どうやってティトを言いくるめるのかと言う所に注目していた。
ティトはともかくとして、イドゥヴァが居るうちは、団長候補にはなれない。
団長という地位より、今のある程度安定した地位の方がよっぽどありがたいものに、彼女らには思えているのだ。
「新団長選出は、今後の天馬騎士団にとって、明暗を分ける最重要事項。
いかにティト団長の功績が素晴らしいとは言え、団長一人の独断に天馬騎士団の将来を託すのは、いささか危険だと思います。」
部隊長達は、なるほどとつい納得してしまう。
だが、実際それは正論かもしれなかった。
団長一人の腕に、天馬騎士団・・・もっと言えばイリアの将来はあまりにも大きすぎて抱えるには荷が重過ぎる。
「そうですね。 では具体的に、何か良い選出方法はありますか?」
ティトも前々から、団長の選出の仕方には疑問を抱いていた。
だからこそこの会議を開き、新たな選出方法を模索しようと考えたのだった。
「はい、私はエトルリアの議会を倣って立候補者への選挙制にするのが良いかと思います。
ただ、全団員に選挙権を与えると、何かと手間がかかるので小隊長以上の身分者にのみ選挙権を付与しては如何でしょう?
イドゥヴァの案は、かなり具体化されたものだった。
イリアを皆で創っていくという観点から考えると、一人ひとりの意識が反映されやすいそれは名案だ。
「イドゥヴァさん、ありがとう。 他の方も何でも良いのでまず発案してください。
その後絞込みをして最適な案を選定する時間を設けますので。」
ティトの音頭に、皆からは実に様々な意見が出された。
クジといった冗談案や、年功序列案、傭兵ランクの高い者を団長とする案
更には闘技場形式によるトーナメント戦の優勝者を団長にするといった過激な案も飛び出した。
だが結局、その後の絞込みによって、イドゥヴァに発案された選挙案が妥当という結論に至った。
「では、次回の団長選出は、イドゥヴァ第二部隊長の案を採用しましょう。」
イドゥヴァやその仲間達の口元が緩むかに思われた。
しかし、それとは真逆だった。 彼女らはティトから続けて出た言葉に、一層口元をきつくする。
「しかし、一人ひとりがイリアを創っていく大事な構成員である以上
いくら手間がかかるとは言え、選挙権に制限をかけることには、個人的には同意できません。
皆さんはどのようにお考えですか? 異論のある方は挙手してください。」
それもそうだと、他の部隊長はすぐさまティトの考えに納得する。
手間がかかるとは言うが、どの道面倒な事は、暇な事務方や十八部隊に任せるつもりだったので苦にならない。
結局誰も異論を述べる事はなく、選挙権は団員全員が持つこととなった。
会議が終ると、皆はさっさと会議室を後にしていく。
「やれやれ、皆結構他人事だね。」
レイサは部屋に残って、ティトと会場の後片付けをする。
こういう雑仕事は殆ど手伝っていた。 むしろ十八部隊は庶務が仕事なのだという雰囲気さえ漂っている。
「ええ、皆進んで団長になろうという人はいないのでしょうか。」
「・・・まぁ、なったら色々面倒なことがあるしね。 仕事以外で。」
「・・・。」
レイサの言う事が何を指しているか、ティトには分かっていたが言わなかった。
イリアを創っていく上で、最も排除しなければならないことの一つだ。
しかし、ティトには僅かながらにも安堵の気持ちがあった。
これで・・・自分に課せられた重大な使命を終えられる。
自らの責任を果たすことが出来る。 団長の任は・・・自分には荷が重過ぎる。
逃げてはいけないと自分に言い聞かせても、何処からともなく湧き出る甘さに、彼女は腹が立った。


31: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:23 ID:PM
 その頃、イドゥヴァは部屋に戻り、色々画策をしていた。
「ふん、あのヒヨッコ団長め。 何処までも私の邪魔をしてくれる。
・・・まぁいいでしょう。 あの部隊の票をいただければ、勝ちは決まったも同然。
問題は団長に味方するあの二人をどうするか・・・。 ここはあいつにひと頑張りしてもらいましょうかね。」

一方シャニーは、カルラエ城から少し離れたところにある村の上空に差し掛かっていた。
見習い天馬騎士として世界中を回った彼女。
世界を回ることにより、様々なことを経験し、彼女の視野を広めた。
だが、イリアの外を飛び回っていたことにより、イリア内のことにそこまで詳しくはなれなかった。
イリア民としていろいろ知っているように頭では思っていても
いざ何か仕事をするとなったときに、何も知らないことをつくづく気付かされていた。
そこで彼女は、団長から与えられた時間を活かして、イリア内を回っては勉強をしていたのだ。
それによって、彼女には様々な問題が見えてきていた。
自分達騎士団が把握しているような問題ではないことが、地域の村人から聞かされる。
毎日が発見であり、毎日が問題提議の連続だった。
村人から話を聞くたびに、彼女はメモを取る。 そして、メモを取ればとるほど
自分は何も知らなくて、一人前を名乗れるような状況ではないことを思い知らされる。
「強くなっていつかきっと、このメモすべてを解決できるようになってやる。」
シャニーのこの頃の口癖だった。
色々な意味で強くなって、イリアを良い国に発展させたい。
見習いの頃はそこまで強く感じなかったこの気持ち。
だが、叙任を経て村人の話を聞くうちに、どんどん強くなっている。
それでも、今の自分は知識も、騎士としての経験も、人を動かす力も・・・どれをとっても半人前だ。
気持ちが先走る彼女にとって、これほど歯がゆい事はなかった。
今はそれをぐっと気持ちを抑え、自分に欠けているものを少しずつ吸収して行こうと決意する。
来るべき将来に備えて。
「今日は何処へさんぽに行こうかな〜。 ・・・ん?」
シャニーが下のほうをきょろきょろと見回っていると、何かがピンと彼女の頭を一点に集中させた。
この気持ちは・・・彼女には分かった。 あまり良い知らせではない。
天馬を旋回させ、もう一度同じ場所を眺めてみる。
あまり高度を下げると誰から狙われるか分からないのでそうは下げられない。
だが、この高さからでも、彼女には何が起こっているか想像がついた。
「大変だ! 賊が村を襲ってる!!」
そこまで大人数ではないが、大男達が村落を襲い、家に火を放っている。
白銀の大地でまるで生きているかのように、炎が躍動している事が上空からだとはっきり見える。
戦が終わり、ただでさえ貧しいイリアでは賊に堕ちる者が続出した。
騎士団は復興資金を稼ぐ為にあらかた傭兵に出払ってしまっている。
イリア内は賊で荒れている。 騎士が守るべきイリア内が、騎士に守られることなく蹂躙されている。
何かおかしいとシャニーは感じていたが、今まさにそれが目の前で現実となっていた。
「どうしよう! このままじゃ皆殺されちゃう・・・。」
シャニーは意を決して突撃した。
仲間を呼びに戻っている時間の猶予はない。
幸い相手はそこまで大人数でもないし、賊討伐は見習いの頃嫌と言うほど経験している。
考える頃には、もう体が天馬に指示を与えていた。


32: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:23 ID:PM
「へ、この頃は同業者が増えていけねぇ。
騎士共が金、金、金ってせっせと人殺しをしに行ってんだから、俺達が同じことをしちゃあいけねぇわけがない。
野郎共、さっさと巻き上げちまえ。 抵抗するなら容赦するなよ!」
首領が改めて言わずとも、男達は好き放題に暴れていた。
こんなに隙だらけの村は久しぶりだ。
血に飢えた獣達が、我先にとうまい肉に喰らいついている。
「良い女だぜ! 俺もアニキの食い残しを・・・!?っ。」
他の男達が、後ろでの突然の物音に焦ってそちらを向く。
何が起きたか分からないが、そこには仲間が倒れて動かなくなっている。
よく見ると首筋に一太刀を浴びせられて、悲鳴を上げる間もなかったようである。
「な!? なんだ??」
「あ、アニキ! あいつです!」
首領はその声に、仲間を殺した相手を確認するや否や
持っていた手斧をそちらへ凄まじい力で投げつけた。
その巨体からは想像も出来ない手際のよさだ。
だが、その手斧を相手は見切ったように、いとも簡単に避けた。
回避行動が移動の一部であるかのように、そのまま白い騎士がこちらへ向かってくる。
「!?」
目にも留まらぬスピードで、自分達の横を突き抜けた。
後ろを見ると、もうあんな上空まで達している。
「おい! しっかりしろ!」
首領がその声のほうを見ると、また仲間が倒れていた。
「なんだ?! 白い悪魔は前の戦争で死んだんじゃなかったのかよ!」
旋回する隙も見せずに、相手は再びこちらに向かって襲い掛かってくる。
その様子はまさに、地上で這い蹲る小動物を狙う隼であった。
「くそっ、女に負けるのは気に障るぜ!」
首領は舌打ちをしながらも撤退を始めた。
村から出ると、それ以上騎士は追いかけては来なかった。
首領にはなぜ自分が騎士に追われるのか分からなかった。
「何が違うってんだよ。 自分らだって殺して奪ってるクセによ。 あー無性に腹が立つぜ。
俺は女を犯すのは好きだけどよ。 女に負けるのはぜってー許せねぇ。」
彼は苛立ち紛れに、そばにあった石を村の方へ投げた。
何か、彼は自分達の獲物を横取りされたように気分になっていた。
このままでは腹の虫が収まらないが、白い悪魔が生きていたとなっては流石に太刀打ちできない。
怒りを我慢しなければならない事ほど、腹が立つこともなかった。
騎士団などどうせ傭兵に出て、守備兵なんぞ来ないだろうと高をくくっていた事は確かにあるが
それにしてもたった一人に散り散りにされるとは。
「ちくしょう! 覚えていやがれ・・・。」


33: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:24 ID:PM
 一方村ではシャニーが、山賊が逃げたことを見届けて安堵の表情を浮かべていた。
それは山賊が居なくなったからだけではない。
暫く実戦に出ない間に、腕が鈍っていないかと心配だったからだ。
シャニーは村人の安否を確認しに、天馬に高度を下げさせ、そして飛び降りた。
甘える天馬を宥めながら、彼女は村を見渡す。
すると、生き残っていた村人達が一斉に寄ってきた。
「ありがとうございます!」
皆口々に感謝の言葉をかけてくれる。
その言葉に、シャニーの顔にも笑顔が戻る。
自分の誓いを守れた瞬間だった。 だが、これで喜んではいられない。
怪我人を城へ運ぶ準備を始めなければならない。 その最中だった。
後ろから突然襟をつかまれたシャニーは、思わず護身術を使おうとしてしまうぐらいに酷く驚く。
掴んできたのは村人だったが、凄く怒っている様だ。
「な、何か?」
「・・・なぜだ?」
重い怒りに、シャニーは威圧感を感じて縮こまってしまう。
「え?」
「なぜもっと早く来なかった? 何でこんなに守備が甘いんだ?!」
村人からの予想外の叱咤。
喜ばれると思ってした事なのに、逆に責められてしまう事になるなんて。
彼女はついつい反論してしまった。 自分は正しい事をしたはずだった。
「だって、今騎士団はイリアの復興資金を稼ぐ為に皆傭兵に出払っていて・・・。」
何か心苦しい。 次第に相手の目を見て話を出来なくなってくる。
反論すればするほど、矛盾が鮮明になっていく。
「そんな事は理由にならないだろ! 何の為の騎士団だ!
イリアの復興の為にイリア内を蔑ろにするのか。 そんな言い訳が通用するものか!」
その矛盾は、村人の言葉によって決定的となる。
もはやシャニーは何もいえなくなってしまった。
良いことをした、ではない。 当然の事をしたに過ぎないのだ。
本来なら、もっと村々を巡回し平和維持に努めなければならない。
だが、元々それは傭兵に出ていない部隊が交代で務めていたし、今は人手不足だ。
尚更その頻度は減り、物騒になっていた。 戦後で賊が増えているというのに。
「・・・申し訳・・・ありません。」
「本当に申し訳ないと思っているのか!?」
「あなた、やめて。 この人が来なければ、私たちだって殺されていたかもしれないのよ。」
村人の妻と思しき人が走り寄ってきて、怒りを静める。
どうやら先程の賊襲撃で、夫妻の子供が怪我をしたらしかった。
「助けていただいてありがとうございました。
まだ私たちは幸せな方です。 最近では騎士団の方々もイリアの為にお忙しいようですね。
一日も早く復興して欲しいですが、無理をなさらずに。」
温厚な夫人は、シャニーを気遣ってくれた。
だが、その気遣いが逆に、彼女へ矛盾と責任を重くのしかける事となった。
(本当は、私たちが守って当然なのに・・・。)
騎士団の到着が遅れ、全滅してしまった村もあるらしい。
夫人の言う幸せは、それに比べればまだ幸せ、という意味だろう。
だが、シャニーにとってそれは異常であった。
自分達は、イリアを守る騎士団であり、自分の誓いは、イリアの民を救うことだ。
それが、こんなレベルで幸せと言われていていいのだろうか。
何か悔しさを隠しきれない。 悔しさだけではなく、怒りもこみ上げてくる。
誓いだけ一人前で、何も出来ない自分に。


34: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:25 ID:PM
 騎士団に帰ると、アルマが珍しく新人部隊に顔を出しているのに気付く。
しかも何を思ったのか、彼女が嫌っているはずのレイサに頭を下げているではないか。
目をごしごしとこすってみるが、これは夢でも幻影でもなんでもないようである。
「よろしくお願いします。」
「あんた、完全にあのクソ小母の手下になっちまったね。」
アルマはレイサの言葉に軽く笑う。
だが、きっと彼女を見据えなおすと、力強く言い放った。
「私はあの人を尊敬しているのです。 いくら十八部隊長と言えど、そんな侮辱は許しません。」
「ふーん。」
「・・・それより、今の件、よろしくお願いします。」
アルマは再び、赤い短髪を下へ垂らす。
レイサはそれにふぅっとため息をつきながら首を縦に振った。
アルマはそれを見届けると、足早に去っていく。
その足で今度は第五部隊へ向かうようである。 彼女にはいつもの落ち着きがなかった。
「・・・そこまでして団長になりたいのか、あのお局様は。」
レイサが見せる沈んだような、厳しい顔。
シャニーはその理由が分からなかったが、そんな顔をして欲しくなかったので、すぐに声をかける。
「たっだいま!」
その声を見切っていたかのように、シャニーのほうを向くレイサ。
予想通り、昼前に帰ってきたので何も驚く必要もなかったのだ。 彼女の腹時計は実に正確である。
「おかえり、どうだった。 今日は何か得るものはあったかい?」
「あのね、村が賊に襲われていたから、それを退治してきたんだ。」
自分の成果を上司であるレイサに報告するシャニー。
その言葉に何かいつもどおりの力強さ、誇らしさがないことに違和感を感じるも、レイサは褒めてやった。
「そうか、それはよくやったじゃないか。 村人も感謝してたろう?」
「それがね・・・」
シャニーはことの経緯をレイサに話す。
レイサはそれに口を挟むことなく、最後まで黙って聞いていた。
シャニーは、今の騎士団が民を守る騎士団とは言えないのではないという疑問をレイサにぶつけてみる。
「そうか、そんなことがあったのかい。 ・・・確かに、あんたの言うとおりだね。」
「でしょ? 今皆は、民の為と必死にお金を稼いでる。
それに執着しすぎて、一番大切であるはずの民を置き去りにして、不安な気持ちを抱かせちゃってる。
・・・あたしもそれを忘れかけてた。 あ、忘れてたんじゃない。 ちゃんと誓いを守ってるつもりになってた。
でも、実際はこれっぽっちも守れてない。 何か悔しいよ。」
今にも泣きそうになるぐらい、シャニーは唇を強くかんでいた。
レイサは確信していた。 また一つ、妹分が皮を破ったと。
しかし、問題はそれではなかった。
問題を見つけて注視することが出来た。 これはこれで褒めるべきである。
だが要点は、問題が見つかったのならば、どうすればその問題を解決できるかにあった。
問題を見つけることが出来ても、仕方ないと諦めたり、愚痴を言うだけでは、何の進展も得られはしない。
現状を客観的に見つめ、慣習に流されることなく事態を打開する力、それが大切であるのだ。
「シャニー、今がおかしいって分かったのなら、あんたはどうすればいいと思う? お金も大切なんだよ?」
「それは分かるよ。 でももっと・・・イリアの中の事を大切にしなくちゃ行けないと思うんだ。
皆嫌がってやらないけど・・・イリア内の守備を増員しなくちゃいけないと思う。 民は、あたし達が守るんだもん。
絶対おかしいよ。 民を守るのがイヤだって間接的に言ってるようなものだもん。 戦いたいだけにしか思えないよ。」
レイサはしっかりと自分の意見を言う妹分を撫でてやった。
こうしてやると彼女が喜ぶという情報は、団長から収拾済みであった。
「よく言ったね。 確かにその通り。 私たちは民の騎士だ。 民を置き去りにして自分達だけ突っ走っても意味がない。
でも・・・批判だけなら誰でも出来るよ。 そこまで言ったんだから、きっと頑張りなよ。」
シャニーはうんうんとうなずいて笑顔を見せた。
こいつが解れば、その考えは部隊内に一気に広がっていく。
シャニーが仲間の元へ駆けていくその背中を眺めながら、レイサは聞こえないようにささやいた。
「シャニー。 ちゃんと民の為に剣を振るったね。
・・・でもね、騎士は守るだけじゃダメだし、民も守られてるだけじゃダメなんだよ。
それはそのうち気付くんだろうね。
さて・・・しかし首領をしとめてないとなると・・・これはちょっと厄介なことになったね。」


35: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:25 ID:PM
 イリアの漆黒を切り裂く白銀の翼が、一段とスピードを上げる。
流星のごとき天の騎士は、そのまま明かりの灯る城下町へと吸い込まれていった。
ここはエデッサの城下町は某所。 貴族街と呼ばれる、貧しいイリアの中では珍しい、高級店が並ぶ通りだ。
落ち着いた構えのレストランの個室に、赤髪の天馬騎士が入って行った。
「イドゥヴァ第二部隊長、遅くなってもうしわけありません。」
アルマは腰に差していた剣を壁に立てかける。
そして、既に集まる他の先輩騎士達に挨拶をして回る。
ここは天馬騎士団の接待でも良く使われる老舗で、彼女らも良く作戦会議を開く事に利用していた。
「ご苦労様、どうでしたか、各部隊の反応は。」
イドゥヴァが労いの言葉をかけつつ、アルマからの良い知らせを待つ。
彼女にしては珍しく準備が遅れてしまっている。
まさかこんな形で、諦めていた座を手に入れることが出来る機会が訪れるとは。
今までは団長の独断と言うことが多かっただけに、これは願ってもないことである。
「はい、残念ながら思わしくありません。
現団長を慕っている者が多く、なかなかまとまった票を獲得できる隙がありません。」
「うぅむ・・・やはりそうですか。」
思っていた通り、いや、思った以上に、現団長は手強い。
真面目一筋の人間である為、敵を作りにくい。
こちらについてくれる強力な浮動票を探し出す事は、かなり難しいようである。
「しかし、死力は尽くしています。
現在殆どの部隊を回りましたが、現団長を強烈に支持しているのは40%程度。
そして、我々イドゥヴァ派も40%程度、残り20%の浮動票をどう得るかです。」
イドゥヴァはアルマを見据えながら静かにうなずく。
「残る20%の中でも、最大の浮動票は・・・。」
そして、アルマがそこまで説明すると、
イドゥヴァは手を顔の前で組んで、顔を前にもたげながら静かに口を開いた。
「部隊コード8820、第十八部隊でしょう? あそこが10%程度を占めていますから、あそこを抑えれば・・・。
目鼻がつくと言うわけですね。」
「はい。 しかし・・・。」
アルマからは明瞭な言葉が返ってこない。
その理由がイドゥヴァには分かっていた。 最も重要な場所に、最も邪魔な存在がいる。
自分に敵意すら持っていそうな人間と、現団長に特別な好意を抱く者。
それらが中心人物である8820の票を手中に収める事は、困難を極める事は言うまでもない。
「仕方ないですね・・・。 シャニーとか言いましたか。 アルマ、あの娘と貴女は確か仲が良かったですね。
そちらはあなたに任せます。 他の隊員は私から働きかけてみましょう。
貴女達も、よろしくお願いしますよ?」
イドゥヴァの静かだが重みのある声に、アルマも、他の騎士達も黙ってうなずいた。
その反応に、笑みを浮かべるイドゥヴァ。
「さぁ、今日は楽しみましょう。 せっかくのご馳走ですからね。」


36: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:26 ID:PM
それから暫く、騎士団内は慌しい状態が続いた。
団長候補として名前が挙がっているのは、現団長であるティト以外には、イドゥヴァただ一人。
むしろ皆、団長になることを躊躇っている節もあるかのように思われた。
団長に指名されることが即ち、騎士団員にも認められることであった。
何よりも、イリアでは皆が協力すると言う考え方が浸透している。
それはそれだけならば何も問題はないが、それが行過ぎてか、
長いものに巻かれていれば良いという考えが少なからずまかり通っている。
更にこれが、ある人物の圧力によって助長されていた。
「・・・そんな事しなくていいわよ。
今更そんな事をしなくても、私は今まで精一杯がんばってきたもの。
私が本当に団長として相応しい人間なら、自分から宣伝しなくても、周りが評価してくれるわ。」
ティトが他部隊に投票のお願いをしに行く部下を引き止める。
「ダメですよ。 相手だって相当念入りにしてるんですから。 私達は団長に続投してもらいたいんです。」
制止を振り切って、部下は廊下へ出て行った。
立候補者による選挙制を採用したのは、こんなことをする為ではなかった。
皆の意見を騎士団に反映させるためだった。
色々騎士団の為に考えても、なかなかそれが正しく理解されない。
どんないい武器も、使い方を誤ればそれはただの金属の塊だ。
ティトは何とか皆に正しく理解してもらおうと精神をすり減らす想いだった。
だが、その努力もむなしく、ただの票取り合戦になりそうな感じである。
それはまだまだ自分の努力が足りないからと、ティトは自分を責めていた。

そんな事とは無関係かのごとく、部隊コード8820、新人部隊では今日ものんびりとした稽古が続けられていた。
今日もさんぽに出ていたシャニーが帰ってきた。
彼女は再びあの村を訪れて、その後を確認しに行っていた。
「何かあったら、きっと守るよ。」
村人達は、まるで神でも見るかのように讃えてくれた。
ベルン動乱が始まって以来、いやそれ以前からか、イリア騎士達の大半は
イリアを守る為と言って民を守ることを忘れていた。
そのためか、村々を自治と共に自衛を余儀なくされていた。
そこに現われた、将来の騎士団を創っていくであろう若い騎士。
彼女は約束した。 何かあったら、必ず助けると。
その力強く、何かを期待させる瞳。 それに村人は何か今までの天馬騎士団にないものを感じていた。

騎士団に帰ってきたシャニーは、仲間を集めて稽古を始める。
最初に比べれば、大分皆も力をつけてきた。
だがそれ以上に、もう完全に打ち解けて笑い声が絶えなくなっていた。
皆、皆と居ることそのものが楽しかった。 仕事仲間・・・以上に大切な仲間だった。
夢を語れる雰囲気。 このグループが好きになっていた。
そして、シャニーたちの思いは一点に集まっていた。
騎士と民と言う区分けは、不必要なに互いの意識的な溝を深めることになる。
この部隊のように、皆が仲間以上に大切な存在として結ばれているように、イリア全体を変えたい。
その為に、本当の意味でイリアの民の為に、もっと強くならなければならなかった。
騎士としての腕だけでなく、人としても。
だがそれは非常に困難を極める。 自らが意識して変えられる部分の方が少ないからだ。
何か大きな、自分の考え方を根本的に変えるような出来事がなければ、なかなか人というものは変われない。
それでも、彼女らには変われるだけの若さが、柔軟さがある。
また、シャニーが笑い、それに釣られてみなも笑い出す。
幸せだった。 この幸せを、イリア全体に伝えたかった。


37: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:26 ID:PM
だが、物事は必ずしも思ったとおりになるとは限らない。
いやもしかすると、現実は天邪鬼なのではないかと疑心暗鬼すらしてしまうほどだ。
いつの世にも、天邪鬼は居るものである。
8820部隊はいつも通りに時間が過ぎていた。
今日は鍛錬ではなく、イリア内の問題について集まって議論していた。
それをレイサはずっと木の上から、寝転がって眺めている。
「あいつは、かつて私が持っていたモノを持ってるね。
私が持っていた、そして失くしてしまった、失くしてはいけない大切なモノをサ。」
しかし、なかなか名案は浮かんでは来ない。
それはいかに、イリアに横たわる問題が深刻であるかを一層明確にする。
強引なやり方をとらなければ根底から変えられないような、そんな問題ばかりである。
「今のイリアが不安定なのは、どの騎士団も絶対的な力が無いからだよね。」
「うん。 小国乱立状態になってる。」
「どうせなら一個にまとまっちゃえばいいのにね。」
誰もが思う。 だが、同時にかなり難しい話だと言う事も感じるそんな結論。
イリアが貧しいのは、権力が小さく細分化されてまとまらないから、と言う理由が大きい。
確かに極寒の為に作物が取れないなどの、どうしようもない理由が大半を占める。
だがそれでも、どうにかなる部分を変えていくだけでもかなり違うように感じられる。
権力が細分化するとは、すなわち財力も分散化するということ。
国を纏め上げるだけの資力が、どの騎士団にも欠如していた。
絶対的な権力者、どの騎士団にも顔が通用する人間が少なすぎるのだった。
レイサはそんな議論をあくびをしながら聞いていた。
しかし、何か嫌な予感が脳裏をかすめた。
「嫌な予感に限って、当るんだよね・・・。」
黒い風が、純白の野を切り裂いていった。
「あれ、レイサさんは?」
ふと木の上を見上げたシャニーが、レイサの居ないことに気づく。
「おろ・・・。 またどっか行っちゃったのかな。」
他の隊員も辺りを見回す。
だがやはり、レイサは何処にもいなかった。
そろそろ議論が煮詰まってきたので、レイサにも考えをぶつけてみようと思っていたところだったのに。
締めを欠いた議論は、そのまま井戸端会議へと形を変えた。


38: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:27 ID:PM
「あの村・・・くそ、やたら腹が立つぜ。」
その頃未だにぼやく大男も、山を越えて純白の野を仲間と共に歩いていた。
シャニーに散り散りにされた、あの山賊団の首領である。
彼らの足は、真っ直ぐあの村へと向けられている。
シャニーへの怒りは、いつの間にかあの村へ転嫁されていた。
あの村さえもっと簡単に自分達の言いなりになっていれば・・・。
力と制圧でしか問題を考えることの出来ない彼らにとっては許せないことであった。
力は、弱いものへ、弱いものへと向けられた。

「うーん、結構話し合ったね。」
シャニーが嬉しそうに背伸びとあくびをする。
難しい話は嫌いな彼女だったが、今日はそんな事を感じなかった。
「半分は雑談だったけどねー。」
隊員がわざと横目でシャニーを見る。
「あはは・・・。 じゃ、今日もさんぽ行ってくる!」
いつもどおりの会話。 いつもどおりのリアクション。
日常がそこには流れていた。
異常がいつの間にか日常となり、人々を偽りの平和へと誘う。
一度日常となってしまったものを、異常であると否定する事は並大抵のことではない。
しかし、常識に捕らわれることなく、物事の本質を見抜く力こそ
誰にも必要とされる力であった。
常識や慣習に捕らわれすぎれば、問題自体が霞んでくる。
酸っぱいトマトが嫌いだからと言って、甘いトマトを作って食べたとしても、
それは酸っぱいトマトを克服したとはいえないように。

シャニーは矢に届かない目のまわるような高さから
墜落するかのごとき急角度で高度を下げていく。
この何にも例えがたい感覚に、昔からシャニーは虜になっていた。
その目指す先は、再びあの村に設定されていた。
この頃は各村の見回りが日課となっている。
よく散歩途中のニイメにもあうし、村人から色々な情報を聞くことが出来るこの“さんぽ”の時間は
他の部隊では決して得ることの出来ないものを彼女にもたらしていた。
それはあらゆる意味で、彼女の成長を助けている事は言うまでもない。
「さて、今日はどんなお話が聞けるのかな。 ・・・ん?! えっ!?」
急降下してきた彼女は思わず声をあげてしまった。
姉から散々、天馬に騎乗しているときは、敵に気付かれないよう声をあげてはいけない。
そう言われていた彼女だった。 それを肝に銘じているかは定かではないが
今の彼女にはそんな注意は頭にはなかった。
山賊が再び、この村に襲撃を仕掛けてきていたのだ。
だが、彼女が驚いたのはそれだけではなかった。
「はぁはぁ・・・後から後から沸いてくる・・・。」
「レイサさん! ってうわぁ!」
背後からやってきた何の警戒心もない相手に、レイサは容赦なく喉元へ剣を押し付けた。
押し付けられたほうも持ち前の身のこなしで何とかその牙を弾いた。


39: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:28 ID:PM
「後ろに立つなって言ってるだろ!」
シャニーはいつもの部隊長と雰囲気が違うことにすぐ気付いた。
自分の知っている彼女とは、纏っているオーラが違った。
目の前から消えたレイサは、少し先にいた山賊の喉元をその鋭い牙で食いちぎっていった。
「くそっ・・・ひとりじゃラチが開かない・・・。」
「何があったんですか!」
シャニーもレイサを手伝って山賊を討伐しながら、状況を把握しようと努める。
その間にも、彼女は部隊長の闇の剣の正確さと破壊力に舌を巻いていた。
迫り来る荒くれどもを、彼らの半分ぐらいの太さしかない腕であっという間に倒していく。
シャニーにとって、今のレイサはアサシンという悪魔だった。
「襲われたんだよ。 あんた、この前首領の首を取りもらしたろ?」
「あ・・・。 み、みんな、村の皆は!?」
「・・・。」
その瞬間、とてつもない罪悪感が彼女を襲った。
あの時、あの瞬間、自分が首領を追いかけて息の根を止めておけば・・・。
「そんな顔するんじゃないよ。 あんたはその時最良の方法を採った。
村人の安否を最優先にしたあんたは立派だ。 それとこれとは全くの別問題なんだよ。
それより、今はこれ以上の被害を出さない為にも、目の前のことに集中しな!」
自らを押しつぶしそうになる感情を押さえ、シャニーは必死に戦った。
村にはもう、荒くれ以外の姿がない。
信じたくない現実を前に、懸命に騎士として自分を律する。
そして、そう時間を待たずして、見覚えのある顔と遭遇することとなる。
「あ、あんたは!」
「ん、この前の小娘!」
相手もやはり顔を覚えていた。
互いに相手への怒りが沸騰し、それ以降言葉も交わさず相手に向かって突撃する。
しかし、歴戦の騎士と山賊では、やはり力量に違いがありすぎた。
「よくも皆を苦しめて! よくも!」
「ぐ・・・ふざけるな! 何が皆を苦しめてだと? てめぇのやってること棚に上げてほざくんじゃねぇ!」
「何?!」
あっという間につく勝敗。 だが、互いへの怒りは収まる事はない。
それどころかどんどんヒートアップしていく。
「貴様らこそ、民を守るとか大義を掲げて何をしていやがる!
俺らは放っぽりっぱなし。 人様のものは奪ってはいけないだと?
他人の国へ人殺しに行って金を稼いでいるお前達が言える台詞なのかよ!
俺らがこんなことしなくても住むようにちゃんと国を守れよ!」
「あたしは・・・違う。 ・・・違うっ!」
「何が違うんだ!」
シャニーは苦しかった。 自分が変えたいと思っていることで責められている。
相手だって元は普通のイリア民だった身。
それが戦争を経て、奪わなければ自分が死ぬ、と言う立場にならざるを得なくなった。
誰が悪いのか。 それは誰にもわからないことだった
だが唯一つ言える事は、よその国のものをあらゆる意味で奪わなければ生きていけない国、それがイリアであるということだ。
「あたしは・・・違う。 そうしなくても済むような国に変えたい・・・そう思ってる。」
「なめてんのか! そう思うんならさっさと変えろよ! 騎士だろお前、国を守る騎士だろうが!」
威勢のいい声は、そこまで放たれるとぴたりと止んでしまった。
その後ろにはレイサがいた。 何か大男でもギョッとするような形相だ。
「シャニーは頑張ってるよ。 少なくともあんたよりはね。
誰かがやってくれるだなんて思ってる大馬鹿とは比べるのもおこがましいほどにね、」


40: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:29 ID:PM
レイサは短剣を鞘にしまうと、髪を手で梳かした。
そして、シャニーの肩をポンポンと叩く。
「後悔しても、仕方ないよ。
あんたは変えるんだろ? こんな人たちが出ないようにするために。
確かに、あんたがこの村に干渉しなければ、ここまで大きな被害は出なかったかもしれない。
でもね、善意が必ず良い結果を生むとは限らないんだよ。」
「レイサさんは・・・この人たちを見捨てろって言いたいの?」
涙を堪えきれないシャニーの頬を手でぬぐってやりながら
レイサはかがみこんでしっかり相手の肩を持つ。
「違うね。 教訓にしなって言いたいんだよ。
こいつら含め皆・・・被害者だ。 被害者のままで終るかそうでないかの違いはあるけど
そういった被害者を出さない国を作らなければならない理由・・・それを肝に銘じろって言ってるのサ。」
シャニーはうつむいたまま言葉を返さなかった。
彼女がほうっておけば、殺されずに済んだかもしれない村人達。
善意が全て、望んだ方向へ作用するとは限らない・・・。 こんなことを、望んだわけではなかった。
求めつつも、失い行く。 彼女はそんな事は納得が出来なかった。
頭では理解できても、それを是として受け入れることが出来なかった。
これは、単なる自分のワガママなのだろうか。
彼女にはその答えが出せなかった。
―民を守るために戦う― これは彼女の誓いにもある、イリア騎士にとって大切なことだ。
だが、その結果、守るどころか滅ぼしてしまう。
どんなに善意を主張し、いい結果に繋がらない事もあると言い訳しても
被害者から見れば、騎士の行った行動がいい結果に結びつかない率は100%なのである。
誰が悪いのか、誰が正しいのか・・・、何をすることが、悪い結果を生むのか。
他の国ではある程度明確になるはずの場所が、イリアでもは最も不鮮明だった。
それは降り積もる雪の層の如く、分厚く真理を覆い隠していた。
「ほら、そいつ天馬の後ろ乗っけて。 報告しに帰らなきゃならないだろ?」
「え・・・うん。」
「しょ気るんじゃないよ。 あんたはあんたの誓いを守った。
結果がついてこなかったとは言えど、あんたは最良の方法を採ったと思うよ。」
納得できなかった。
大男を天馬の後ろに乗せ、シャニーは唇を強く噛みながら城へと帰還していく。
悔しかった。 情けなかった。
誓いを立てても、それを実践できない自分に腹が立った。
そして平和を乱す者へ、その怒りをぶつけることが出来ないもどかしさがあった。
いつの世にも、平和を乱すものは必ずいる。
だがイリアの場合、その者だけを責める事が出来ない。 彼もまた被害者なのである。
そういった“被害者”を出さないようすることが、最も大事であった。
にもかかわらず、多くの騎士は、戦いの中でそれを忘れていく。
自分達の仕事は戦うことで、戦った結果、民を守ることが出来る。 そう信じている。
だが、その結果と動機のとり間違いがイリアを歪んだ理が覆う原因のひとつと成っていることに
今まで誰も気付かなかった、気付いても正そうと動けなかったのである。
その矛盾を前に、若い騎士は苦悶していた。


41: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:29 ID:PM
城に帰ったシャニーは、重い足取りで団長室へ向かった。
「団長。」
聞きなれているはずなのに、ティトは何かゾクっとする思いだった。
落ち着きのない様子でそちらを見ると、沈んだ蒼がそこにはあった。
「シャニ・・シャニーさんじゃない、どうしたの?」
「うぅ・・・お姉ちゃん!」
何とか平素を装おうと努めていたが、やはり十何年もの付き合い。
そう簡単に相手に気持ちを隠し通す事は出来なかった。
それより何より、姉の顔を見た途端、もう騎士である事を忘れてしまうぐらいの感情がこみ上げてきた。
ティトも、妹の泣き顔を見ると、流石に小言は出来ない。
妹が生まれてからずっと一緒に暮らしてきたのに
シャニーを頭の中でイメージするといつも笑顔の顔が浮かんできた。
それほどに笑っている妹が、今自分の前で泣き崩れているのだ。
彼女は妹の顔を拭いてやると、そのまま団長室から出て、更に城も出て・・・城下町に彼女を連れて行った。
カフェテリアに一緒に入る。 昔は良く二人で喫茶しに来ていたが
シャニーが騎士になってからは二人で喫茶など今まで全くなかった。
「さ、ここなら思う存分話せるわ。
ここでは私とあなたは上司と部下ではなく、姉と妹・・・家族よ。」
シャニーは嬉しそうな顔をしたがすぐに先程の沈んだ顔に戻った。
そして、昼にあったことを一つ一つ、惨事を思い出しながら話す。
「まぁ・・・なんて事。 私の力が、至らないせいね・・・。」
「そんなことないよ! お姉ちゃんは騎士団全体をまとめなきゃいけないんだ。
もっと末端のあたし達がしっかりしていれば。」
「・・・それでは通用しないことが、貴女にもわかっているはずでしょう?」
騎士団全体を把握していなければならない。
だがそれはかなり難しいことであり、各部隊からの報告から状況を把握、確認するしかない。
イリア内のことが疎かにされている現在、イリア内の事を詳しく把握する事は困難である。
「私も、もっとイリア内のことに力を注ぎたいと思っているわ。
でも、そのためにはやらなければならないことが多すぎて・・・。
言い訳は聞き苦しいと皆に言われそうだけれど。 ねぇ、貴女はどう思っているの?」
「もっと、イリア内のことに重点を置かないとダメだよ。
民の為に戦っているのか、戦った結果民を養えているのか解らないじゃない。」
ティトは、思った以上に妹が強い言葉を放つことに面食らった。
だが、それと共に嬉しかった。
自分の意図通り、妹がレイサの下で成長してしてきている。
今までは難しい話をしてもわからなかったし、いきなり難題を提示しても
きっと頭がパンクするだけだろうと思い避けていた。
だが、妹の目は真っ直ぐ現在の問題点へと注がれている。
もう今なら、きっと応えてくれるかもしれない。
一人の天馬騎士として、議論することが出来るかもしれない。
ティトは思い切って、シャニーに向かって考えをぶつけてみた。
いつまでも新人部隊においておくつもりはないし、いつまでも新人気分で居てもらっては困る。
それはシャニー以外にも言えることだったが、無性に妹と議論したくなった。
一昔前まで、何を行ってもすぐ口答えをしてきた、でも可愛すぎて常に気にかけていた妹。
それが今、自分の前に一人の天馬騎士として座っているのだ。
昔がとても懐かしく感じた。 だが、いつまでも時は止まってはいない。
時は無常なもの、そしてまた、自分達も今のまま、昔のままではいてはいけないのだ。


42: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:30 ID:PM
「じゃあ聞くわ。 貴女はどうすればいいと思う?」
姉が自分の意見に聞く耳を持ってくれそうだ。
今までまともに取り合ってくれなかった姉が、騎士として始めて自分を認めてくれた。
シャニーはそう思った。 この機会を逃すわけには行かない。
いくら姉妹とは言え、部隊長を経ずに団長に直接意見できる機会など滅多に無い。
「もちろん! もっとイリア内のことに重点を置くべきだと思ってるよ!」
「・・・具体案は?」
ティトは慎重に言葉を選びながら、
純色な騎士の意見を聞いていく。 彼女はレイサに感謝していた。
「具体案・・・。 そんなの、イリアの守備に多く配置すれば言いだけじゃん。」
「今はイリアの復興資金を調達しなければならないのよ?
破壊されたイリアを復活させる事が、民の為になる。 そうは考えないの?」
「でもさ、目の前で苦しんでる民をも救えなくて
イリアの復興だなんて絶対出来ないよ。 あたしは・・・救えなかった。 誓いを守れなかった。
悔しいんだ。 出来てるつもりで、出来てないんだもん。
亡くなった人たちと正面向いて、イリアのために頑張ってるなんて・・・今の状態じゃ言えないよ。」
ティトは、思った以上にシャニーが色々考えている事に、内心ギョッとするほどだった。
(これはとことんまで、この子の気持ちを聞いてみる価値がありそうだわ。)
ティトは一旦席を立つと、妹に紅茶を持ってきた。
ついでに軽い焼き菓子も付けてやる。 きっと妹も色々考えて疲れているに違いない。
「さ、ゆっくり話しましょ。 ホラ、食べて。」
シャニーは言われるままに焼き菓子をほおばる。
先程より表情が緩んでくるのがすぐに分かった。
「目の前の民も救えなくて、イリアの復興なんて出来ない・・・。 なるほど、言い返す言葉もないわ。」
「なんか本末転倒になっていると思うんだ。
戦った結果として、民を守れているのか、民を守るために戦っているのか。
騎士の仕事は、イリアの為に、民の為に戦うことじゃないの?」
「・・・確かに。 今の騎士団の雰囲気は異常なものがある。
皆必死に名声を得て、ランクを上げようとしている。
最初は私も、報酬を多く得て、民の為に頑張っているのだと思ったわ。」
ティトが持っていたティーカップをそっと受け皿に下ろす。
何も知らなかった新人時代、姉ユーノに色々教わっていた。
そのとき、自分も似たような質問を姉にぶつけたことが、ティトにはあった。
「団長、どうして皆はあんなに名声を得ることに必死なの?」
そのときの姉は、一瞬黙した。
あの理由も今となっては分かる。
「皆ね、傭兵としてのランクを上げて、少しでも多く報酬をイリアの為に送ろうと頑張っているのよ。」
そうは思えないから、ティトは聞いたのだった。
だが、その言葉のうらにある真の意味は違った。
―それは、自分で見つけなさい。 そして、それに対してどう思うか、自分自身の考えをしっかり持ちなさい―
「じゃあ、何で変えようとしないの?!」
シャニーの言葉は、ティトにとってはあまりにも厳しい言葉だった。


43: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:31 ID:PM
「変えようと思っているわ! 私だって、どれだけ毎日そのことを考えているか!」
肩をすぼませる妹を見て、彼女ははっと我に返る。
こんなに自分を出して話をしたのは本当に久しぶりだった。
大人気ないと思いつつも、妹が相手ならもう少し気を緩めてもいいのではないかとも思う。
「・・・ごめんなさい、大きな声を出して。
でも、私は私なりに頑張っているつもりよ。 どうしたら、騎士団が民の為に動けるのか。
今の騎士達は、自分のために動いているわ。 それはイリア騎士としてタブーとされているはずなのに。」
シャニーにも思い当たる節がいくつかあった。
イリアのために戦っていると言いつつも、イリア内の守備より、外へ傭兵に出ることを良しとする風潮。
民の為の騎士団なのに、民に相談する事もなく事業を展開する事・・・。 他にも色々ある。
だが新人の自分には、それを変える力もなければ、おかしいと主張して振り向いてくれる者も殆どいない。
「私が貴女を新人部隊に配属したのも、それを考えてのこと。
貴女は私の思惑通り、色々吸収して、色々考えて、こうして議論が出来るようになってくれたわ。」
「お姉ちゃん・・・。」
ティトには分かっていた。
もし、シャニーを普通の部隊に配属したら、今の慣習を是とする古参騎士達と衝突することが。
話を聞いて受け止めてくれる。 そんな部隊に新人部隊をしたかったのだ。
それは他の新人にも言えること。 新人の間に、歪んだ価値観を植えつけて欲しくなかった。
これからの騎士団を形作っていく者達には、しっかりした自分の考えを持って欲しかった。
騎士団と言う、縦の関係の中で、ただ上から言われた事をし、気に入られようと必死になる。
そんなふうにはなってほしかったのだ。
―新人を、傭兵のままで終わらせてはいけない・・・―
「さ、半年新人部隊で培った事を色々聞かせて。 どうすれば、イリア内のことを重視できると思う?」
シャニーも、何か情けなくなった。
姉は自分の実力を見くびって、新人部隊に入れたわけではなかった。
自分の事を良く知っていたからこその選択だった。 それを自分は・・・。
実際この半年、色々知ることがあった。
この半年を普通の部隊で過ごしていたら、一体どんな風になっていたかとすら思える。
「人手不足なら、騎士を増員すれば・・・。」
「その増員した騎士の労務費はどうするの?
今でも騎士の労務費はかなり負担になっているのよ。 ただ削減するだけでは士気が下がる危険もあるし。」
色々意見を出し合ってみるが、なかなか名案は浮かんでこない。
イリアの抱える問題が矛盾に矛盾を重ねた多次元的な問題である事を改めて立証することになった。
「あぁ、いっそ一つの騎士団にまとまって国家として動けるようになればいいのに!」
シャニーがとうとう頭を沸騰させた。
「・・・そうね。 私もそれが最善だと思う。
各地方の騎士団がまとまれば、人員不足も資金不足もある程度補えるわ。
でも、それはなかなか難しいわね・・・。 私もそこまで顔が広いわけでも、発言力があるわけでもないし。」
結局結論はいつも同じだった。
イリアのこの小国乱立状態をまとめることが出来れば・・・。
ティトもシャニーも改めて自分の無力さを思い知る。
どれだけ剣捌きに、槍の扱いに長けていても、それとこれとは全くの別問題だった。
ことのほかシャニーはまだ新人。 いくら八英雄の一人といっても、イリア内の騎士としては全くの無名だった。
「無理・・・なのかな。
目の前の民も救えないあたしじゃ・・・やっぱり国を変えることなんて・・・無理なのかな。」
「そんな顔をしないの。 レイサさんも言ったと思うけど
貴女は貴方なりの最善の方法を尽くしたんでしょう? なら、もういつまでも悔いていてはいけないわ。」
「うん・・・。」
「シャニー。 過去は引き摺る為にあるものじゃないわよ。 そこを良く考えなさい。」
「分かってるよ! でも、そう簡単に忘れられないよ。」
過去をいつまでも引き摺って苦しむ事は良くないこと。
それはティト自身が最もよく分かっていた。
かつて戦場で主を違え、妹と槍を向き合ったあの時、あの瞬間。
今でもそれが脳裏をよぎることがある。
騎士としての誓いを全うしただけ・・・そう割り切ろうとどれだけ頑張っただろう。
だが、割り切る事など出来ない。 忘れる事など一生出来ないだろう。 いやそうではない・・・。
「・・・分かってないわね。 過去を忘れなさいって言っているわけじゃないわ。
いえ、決して忘れてはいけないわ。 そうじゃないのよ。
どうすればいいかは自分で考えなさい。 考えることが、貴女の仕事よ。」


44: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:33 ID:PM
ティトと城に帰ると、もう夜になっていた。
家へ帰る支度をしているシャニーの元へ、ゆっくり歩み寄ってくる影。
「どーだった? 団長との久々のお喋りは。」
レイサだった。 彼女は手に持っていた資料を彼女に手渡す。
中の内容は案の定、あの村と山賊団の調査に関するものだった。
作製部隊は・・・。
「2600・・・。」
シャニーは紙面右上にあった部隊コードを無意識のうちに読み上げていた。
部隊コード2600と言えば・・・。
「そう、第二部隊だね。」
「イドゥヴァさんがここに仕事を回してくるなんて、珍しいね。」
イドゥヴァは通常、自分の仕事を他部隊に依頼する事は滅多になかった。
どんなに多忙でも、絶対に他部隊には依頼せず、休出や残業などで切り抜けていた。
各地方から依頼された仕事を自分の部隊で独占してしまう為、他の部隊の手が空くといったことすらあった。
だが、彼女を取り巻く、いわゆる“イドゥヴァ派”の層は厚い。
なぜなら、派閥内の者が属する部隊には仕事を回してくれるからだ。
ティトも再三、彼女にそういったことを止める様に警告している。
だがそのティトも、彼女を上層部から下ろす事は流石に出来なかった。
人のいない今、各地に顔の広い彼女は、騎士団にとって貴重だったからだ。
自分は団長になったとは言え、それまでは無名だった天馬騎士。
今でこそ、余裕があれば各地に顔を出し、名前を覚えてもらおうと頑張ってはいるが
流石にベテラン騎士の年期には敵わないものがある。
イドゥヴァのほうも、団長の内心が分かって来てから、好き放題と言って過言でない振る舞いを見せていた。
「まぁ、大体理由は見当がつくけどね。」
そんな彼女の魂胆が読めているのか、レイサは鼻を軽く笑った。

その予想は、驚くほどに的中した。
次の日、顔を洗ったシャニーは朝日に向かって背伸びしていた。
きりっと肌に突き刺さるような寒気の中、伝わってくる陽の温もり。
背伸びをして精一杯広げた体にそれを浴びせると、何処からとも無く元気が沸いてくる。
「あー! ってと、今日も一日頑張るかな! 今日の朝ごはんのおかずはなんだろな〜♪」
その肩に、ふいに乗せられるタオルがあった。
「よ、おはよう。」
「アルマじゃん、おはよ!」
暫く他愛も無い世間話で盛り上がる。
どうやらアルマは十八部隊から離脱して以来、イドゥヴァ達とよく遠征するようになったようだ。
世界の色々な情報をシャニーへもたらす。
この頃イリア内のことしかやっていなかったシャニーにとっては、新鮮な話だった。
「へぇ、すごいね、色々世界を回ってるんだ。」
「おう、お前もイリアのことばっかりやってると、井の中の蛙になってしまうぞ。」
この頃気にしていたことを的確に指摘された。
確かに自分は、イリア内の事をもっと重視して、民と助け合って行きたいと考えている。
だがその反面、外に遠征しに行かないと、何も外の情報が入ってこないし、知る事も出来ない。
もっといい方法が世の中にはあるかもしれない。
それを思えばイリア内だけで仕事をしている事は、あまりいいことではない。
井の中の蛙・・・今の自分にぴったり合う言葉だ。
「うー・・・それを言わないでよ。」
「お前は、外へ仕事をしに行きたいとは思わないか?」
「え?」
同期からの、あまりにも唐突な仕事の誘い。
一体何があったのかすら考える事も出来なかった。


45: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:33 ID:PM
「第二部隊のイドゥヴァ部隊長は、お前の実力を認めてくださっていて、早く自分の部隊に欲しいと仰っているんだ。」
「えへへ、それはどうも。」
「今度一人急用で遠征に参加できない人がいるらしい。
そこで、是非部隊長がお前の実力を拝見してみたいと言っているんだ。 どうだ、来ないか?」
思いがけない話だった。
自分は全く知らないイドゥヴァ第二部隊長が、自分の事を認めてくれていたとは。
昨日の仕事依頼とも、関係があるかもしれないと詮索してしまう。
「そっか・・。 行きたいけど、レイサさんの許可をとってからじゃないと返事は出来ないよ。」
「別に返事を急ぐつもりはない。 一週間程度先の話だからな。
ゆっくり考えて、そっちの部隊長と相談すれば良い。 それより・・・。」
アルマはシャニーとの距離を一歩詰める。
シャニーも急に相手が顔を自分の顔に近づけてきたので
何かあるのだと思い、更に近づける。
「今度の団長選出選挙、どう考えている?」
「え?」
遊びの誘いか。 アルマに限ってそれは無くとも
稽古にでも誘ってくるのかと思ったが、予想は簡単に外れた。
「どうって、何が?」
「どちらに投票するか決めているのかと言う事だよ。」
「あぁ。 うーん、どうしようか決めてないよ。
だってどっちが団長に向いてるかなんて、新人のあたしに分かるわけないじゃん。」
彼女の意思は固まっていない。
アルマが間髪入れずに働きかけようとするが、それを無視するかのごとく、シャニーが続けた。
「でもなぁ、やっぱあたしはおねえちゃんが好きだし、お姉ちゃんに入れようかな。」
8820部隊のリーダー格である彼女の動向が、他の者の投票へ影響を与える事は明白だった。
何としても、アルマにしてみればシャニーをこちらに引き寄せたかった。
「そんな理由で入れるのか? 今後の天馬騎士団を左右する大切な一票を。」
「そ、そんな大げさな・・・でも、そうだね。 うーん・・・。」
「イドゥヴァ部隊長は、お前の事を認めてくださっている。
仕事の依頼が着ただろう? あれもお前の将来を考えて、早く仕事をさせてあげたいと言う彼女の意向だ。
これだけお前の事を思ってくれている。 お前の姉であると言う事を度外視して考えて
人を見る目は、現団長よりあると思うがな。」
ここぞとばかりに畳み掛ける。
相手は現団長の妹。 普通に考えれば、親しい姉に投票するのが道理だ。
だが、その道理を無理にでも引っ込ませなければ、目的を達成する事はまず不可能だ。
(今、こいつに考える隙を与えるわけには行かないな。)
アルマは悩むシャニーへ更に続けた。
「お前ほどの実力者が、イリア内だけでくすぶっていていいのか?
イドゥヴァ部隊長は、それを絶対にさせない。 悔しいが、私以上に期待されているようだからな。」
「そうなの?」
シャニーもどう考えてよいか分からなくなってきていた。
彼女としては、イリア内のことを重視したいが、今イリアの復興や自分の今後を考えれば
イリア内だけで仕事をするのはよくない事だと言うのは分かる。
親友のアルマは、イドゥヴァ部隊長を非常に良い人だという。
そして、次の親友の言葉で、シャニーは遂に揺らいでしまった。
「それに、現団長はイリアを変えると公約しているが、この半年、何か変わったと思うか?
イドゥヴァ部隊長は具体的な案を持っている。 それは・・・」
そこまでアルマが言ったが、その後の言葉を彼女の肩に後ろから乗った手が止めた。


46: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:34 ID:PM
「部隊長!」
イドゥヴァだった。 シャニーは初めて見る彼女を見て驚いた。
見覚えがあったからだ。
「(この人は・・。 あ、そうだ。 いっつもシグーネさんの後ろにいた人だ。)
はじめまして、イドゥヴァ部隊長。 何かあたしの事を色々気に止めてもらっているみたいでありがとうございます。」
「はじめまして。 予てから貴女の事は良く知っていましたよ。」
「え、どこかでお会いしましたっけ?」
自分は会うことすら初めてなのに、相手は自分の事をずっと前から知っていたと言う。
改めて、自分は狭い世界で仕事をしていたのだと実感するシャニー。
「会うのは初めてですが、私の部隊でも、白い小悪魔と言って噂されているぐらいですから。
ベルン動乱では史実に残る活躍を見せたそうですね。 同じ天馬騎士として光栄ですよ。」
白い“小”悪魔・・・。 どうもシグーネの異名を捩ったようだ。
しかし、褒められているのか、バカにされているのかわからなかった。
(悪魔と小悪魔じゃ全然イメージが違うよーな・・・。)
しかしそれ以上に、新人部隊でずっと内的な仕事や稽古ばかりをしている自分が
上層部に名前を知られていることに、彼女は驚いた。
姉は自分を身内だからと言って妹を周りに紹介するような人でもない。
アルマが喋ったのだろうか・・・。 色々詮索しようとするシャニーだが
そんな時間を前に居る二人はくれそうになかった。
「ところで、私が今回部隊長選挙に立候補した事はご存知ですよね?」
イドゥヴァが目を細めて笑みを浮かべる。
質問へ即首を縦に振るシャニーへ、更に声を高く優しげにする。
「私はイリアの騎士団を統一させたいと思っています。」
シャニーの反応は、イドゥヴァたちにとって見れば予想通りであった。
思っていた通り、操りやすそうな人間だった。
「聞いたところによると、貴女もイリアを変えたいと願っているそうですね。
私も、この子も同じです。 私はティト団長とは違う観点から、計画を進めたいと思っているのです。
ですが、今のところ勝算は五分五分と言ったところなのです。」
シャニーの心は揺れていた。
親友のアルマも絶対の信頼を置いている人物のようである。
この人がどういった人物なのかは、第二部隊部隊長と言う事と
以前セラから聞いた、面倒見のいい部隊長であると言う事だけだった。
「貴女は十八部隊の仲間のリーダー格と聞きました。
それほどに信頼されている貴女が、もし私に票を投じる方向に十八部隊を持っていってもらえれば
きっと私はイリアを良い方向へ持っていくためのスタートラインに立てるのです。
どうかここは一つ、お力添えをいただけませんかね?」
シャニーは驚きの連続で頭が沸騰しそうだ。
第二部隊の部隊長という、騎士団でも相当上の人物である。
その幹部が、新人のシャニーに向かって頭を下げたのである。
「今はまだ詳しくはいえないが、イドゥヴァ部隊長は騎士団統一の具体案を持っていらっしゃる。
エデッサ騎士団のゼロット団長などと話を進めるようだ。
イリアの騎士団中へ顔の広い部隊長なら、きっとやってもらえる。
私はそう信じている。 お前もそうは思わないか?」
―この人なら、変えてくれるかもしれない。―
親友の後押しに、シャニーはとうとう首を縦に振った。
何か違和感がある。 本当に自分が求めているのはこんなものなのかと言う疑問が沸く。
だが、親友達からは信頼されているようであるし
何より自分の事をかなり気に入ってくれている人物のようである。
何か妙な、姉への罪悪感を感じながらも、彼女の首は縦に振られていた。
「分かりました。 考えてみます。」
その返事に、イドゥヴァは下げていた頭を上げて、笑みを作った。
「良い返事を期待していますよ。
もし、私が団長になったら、勿論貴女にもイリアを変える最先端で
アルマと共に私の右腕となって働いてもらいますよ。 その時はよろしくお願いしますね。」
再び一礼すると、彼女は二人の元から去って言った。
アルマも、彼女の手伝いがあるのか、手でシャニーへ合図すると足早に去っていった。
「アルマ、忙しそうだなぁ。」
自分もイドゥヴァが団長になれば、アルマと同じように、世界レベルで仕事をしていくことになる。
そう考えると、先程の違和感も期待に掻き消されていった。


47: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:34 ID:PM
シャニーが部隊へ帰ると、何か皆が集まっている。
好奇心の塊は居ても立ってもいられず、駆け足でその集団へ飛び込む。
そこでは、隊員たちがレイサの周りに集まって何か議論をしていた。
「そうだよ、もう今度はあんた達が守っていく番なんだ。
何を民が求めているか、そしてそれを実現する為にはどうすればいいのか。
皆で相談して、自分なりの意見を持つことは新人でも出来るだろ?」
どうやらこの前の賊襲撃に関するもののようだ。
皆の目は真剣そのものだ。 今までは守られる側だった。
だがもう今は、一人の叙任騎士としてイリアを引っ張っていく側の人間となったのだ。
その自覚が、その瞳に力を与えていた。
「私達は、もうあのような人たちが出来ないような国へイリアを変えていきたいです。」
「そうだね。 じゃあ、そのためには、個人個人がどうすれば、どうならなくてはいけないと思う?」
真剣に議論する上司と部下。
彼女らもレイサに対する考え方が変わっていた。
レイサは何もしてくれないわけではない。
―分からないから教えてくれ―
これは通用しない相手だった。 受身の姿勢では何も得ることの出来ない人だった。
具体的なビジョンを持って質問すれば、親身になって応えてくれる。
教える事は決してしない人だった。
その代わり、アドバイスはきっちり、そして的確にしてくれる。
教える事は、一方的にすることが出来るが
アドバイスは、元の考えに意見したり、加えたりすることだ。
まず隊員に考えさせ、それがどういった問題をはらんでいるのか、
そしてそれを改善しよい結果を得るにはどうすればよいか。
レイサはむしろそちらの方に重点を置いていた。
「やり方など、人のやっているのを真似ればよいだけの話。
問題は、どうしてそういったことをするのか、それを行うとどういった結果が引き起こされるのか。
それを理解し、現状を考えることにあるんだよ。 ただ言われたままにやってるだけじゃ進歩はないよ。」
木の上からレイサの声が聞こえてくる。
シャニーもその輪に参加し、色々意見を交わす。
どうやらこの前捕らえた賊の首領も、もとは善良なイリア民だったようだ。
生きるために奪い、狂う人々。 今イリアが抱える最も大きな悩みの一つだ。
「生きるために人殺しを行っている点では、賊も騎士も変わらない。
そうあの首領は言ってた。 違う。 でもその違いを説明できない自分が悔しいよ。」
皆も即効で否定したい言葉だった。
イリアを守る騎士と、それを荒らす賊がある観点から見れば同類であるなど。
だが、起こっている事実を捉えると、それは否定しがたい。
「だからさ、外へ傭兵に行かなくなればいいんじゃないかな。
そうすれば、傭兵に出る時間をイリア内のことに回せるわけだし。」
「でもどうやって・・・。」
他の騎士達からも意見が上がる。
シャニーは、議論を経ていく中で、何か違和感を覚え始めた。
議論の内容に対してではない。 違和感を感じさせるモヤモヤしたものを
皆の手によって、それを隠していたものが取り払われたような気分に陥った。
(なんだろう・・・この気持ち。 わからない・・・でも、あたしは何か間違えている・・・。)
そんな皆の様子を、目の上に被せたバンダナの下からレイサがのぞいていた。
「今は、まだ答えは出せないだろうね。
何も知らないのだから。 でも、問題点とどうすればよいか。
それだけは新人のうちに確固としたものにしてもらわないとね。
それを教えたって、分かっても理解は出来ないだろうし。 自分で考えて、悩んで苦しんでこそだよ。」
あの賊襲撃以来、皆の見る目は変わっていたのだ。


48: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:35 ID:PM
団長選出戦が三日後に迫った日の昼下がり
シャニーはいつもどおり、食堂で話しこんでいた。
「あー、あたし達が入団してからもう半年以上経つんだね。」
彼女はまるではるか昔でも思い出すように、ぼーっと上を見上げる。
騎士団にも慣れ、失敗をしながらも着々と成長してきていた。
今思えば他の新人達も、まだ初対面で大人しかったことが嘘のようである。
「僕も騎士団に入ってから色々な仕事を任されてやり甲斐があるよ。」
医学の研究に経理、庶務・・・実に様々な仕事に多忙を極めながらも
彼は天馬騎士団の中でも希少な男性スタッフとして重宝されていた。
「私もこの頃クタクタだよ。 一昨日もエトルリアに遠征してきたばかり。
イドゥヴァ部隊長はなかなか前線に出してくれないし。
私達は荷物持ちみたいな感じ。 あーあ、なんだかなぁ。」
だがセラだけは何か不満のようだ。
思い描いていた部隊ではなかったのだろうか。
もう何度も出陣しているが、一度も前線を任されたことがないようだ。
酷い時には野営時の給仕などの雑用だけで終ったことすらある。
「新人なんだから仕方ないんじゃないのか?
それに、イドゥヴァさんは実力者や慣れた人間にはいい部隊長らしいけど
かなりの放任主義で、新人があまり育たないって有名な人だよ。
特に実力のない新人には、かなり冷たい態度をとるんだってさ。 それを苦にやめた人もいるらしい。」
「ちょっと! あんたそれって私を間接的にザコ呼ばわりしてない?!」
怒るセラを慌てて宥める。 だが、その途中で更に追い討ちをかけるような発言をしてしまう。
「あ、でも実力のある新人とか、目にかなった人物へのラブコールは凄まじいらしいよ。
今年もあのアルマって子がいたろ? ラブコールを受けて今じゃすっかりイドゥヴァ派の一員、彼女の右腕になってるよ。」
情報通のウッディの言葉に、セラは上目で口をへの字に曲げた。
今年の新人は人手不足により、見習い修行を経た多くが、第二、第三部隊、俗にいう高位部隊へ配属されていた。
仕事はバリバリこなすイドゥヴァであったが、新人の育成に関してはあまり良い噂を聞かないようである。
ティトが彼女を敬遠した最も大きな理由の一つであるほどだ。
「あ、そうそう、今度の団長選出選挙、どっちに投票する?」
シャニーが突然声をあげる。 今の会話で思い出したのだろう。
「僕は、きっとティトさんに入れるよ。
昔から、ティトさんにはかなりお世話になったし。 僕にとってはお姉さんだった。」
「そうだよね、お姉ちゃん、あたしよりウッディに優しかったもん。
やっぱさ、あたしよりウッディのほうがお姉ちゃんにとったら可愛いのかなぁ。」
早速脱線していく話。 いつものことだが、ウッディは即否定した。
彼女ほど、妹を大切にして思いやってくれる姉も居ない、ウッディは心から思っていた。
「ところでさ、セラはどーするの?」
シャニーの興味も、セラにとっては今回に限っては迷惑だった。
その好奇心に応えられるだけの話が出来ないからだ、
「私は・・・イドゥヴァ部隊長に入れるよ。
一応自分の部隊の部隊長でお世話になってるしさ。 それに・・・。」
「うん。」
ウッディには、セラが何を言い渋る理由が分かっていた。
一方シャニーは好奇心を丸出しにして、セラに迫る。
セラはいよいよ迷惑そうに、語りたくなさそうな面持ちで仕方なくその好奇心に応える。
「何かうちの部隊、皆イドゥヴァさんの味方みたいな感じ。
イドゥヴァさんに入れなかったら、何か白い目で見られそうな雰囲気なんだよね。」
彼女の部隊、第二部隊はまるで一枚岩の如く
イドゥヴァ支持に回っており、それは新人達には伝播した。
それに留まらず、彼女らは他の部隊にも支持依頼に奔走していた。
何が彼女らをそこまで駆り立てるのか、第二部隊へ配属された新人達には知る術はない。
だが、自分達もその波に飲まれなければ、取り残されるどころか、敵視されそうな、そんな雰囲気だった。
セラもそれは例外ではなかった。
最初、彼女は幼馴染の姉で、自分も良く世話をしてもらったティトへ
尊敬の念もこめて投票しようとしていた。
だが、そのことを部隊の先輩に話した途端、殴られたと言う。


49: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:52 ID:PM
「新人のクセに、部隊の風紀を乱すような真似をするとは何事だ!」
自分の意思を騎士団の未来に反映させるための投票であるのに
なぜそこで同じ部隊だからと団結しなければならないのか。
それを疑問に思ったセラだったが、これ以上食い下がると先輩達をみな敵に回す。
そう直感的に察し、仕方なくいイドゥヴァに投票することに決めたのだと言う。
「おかしな話だね。 なんでそんな事するんだろ。」
シャニーが首をかしげる。
おかしな話。 そうおかしな話である。
だが、それを実際に口に出すものが果たしてどれだけいるだろうか。
「イドゥヴァさんについていけば、将来ポストにありつける。 そう思ってるんだよ。」
ウッディがそのシャニーの首を手で起こす。
首ガスくっと立つと、顔も分かったと言わんばかりにシャッキリとする彼女に、セラも思わず笑ってしまう。
「まぁ、そんなところだね。」
「でもおかしいよねぇ、他人に頼ってさ、自分がやってやろうとは思わないかな?」
今日も楽しい昼の時間は、あっという間に過ぎていった。

シャニーは皆と別れると、天馬の手入れをしようと馬屋へと向かった。
「いっつもお世話になってるからね。 これからも頼むよ。」
ブラッシングを丁寧にかけてやる。
天馬も気持ちよさそうに、主人に頬を近づけては甘える素振りを見せる。
その後はマッサージをして、一緒に外へ散歩へ出かけた。
天馬はストレスに弱い。 しっかり世話をしてやらないと、いざと言う時に力を発揮できない。
何より、天馬と騎士がお互いに信頼していなければ、戦場で心身一体の行動をとることが出来ない。
それは即ち死を意味する。 槍術よりまず、天馬と信頼関係を築くことが
天馬騎士たちにとっては最も大事な事であった。
城を出、森を経て、小川を跳び越し、自宅のある村も通過した。
最後に小一時間かけて着いた場所につくと、彼女は天馬の背に乗せてあった花束を手に取る。
そして、それを十字架の前かけると、その前で祈った。
ここは、両親の墓のある、花一面の小高い丘だった。
今はもう夏も終わり、花達は皆枯れて草原となっている。
短い春に、精一杯咲き誇り、そしてあっと言う間に朽ちていく。
人も、それに似ているのかもしてない。
人竜戦役よりもはるか昔から続く長い歴史の中で考えれば
自分達の行動によって引き起こされる出来事、そしてその影響。
それは花の一生よりも小さく、そして儚いのかもしれない。
「・・・でも、あたしは、それでも頑張りたいよ。
諦めて、何も行動を起こさなかったら、何も変わらない。
どんなに影響が小さくても、ずっと頑張ればいつかきっと変わる。
学問所で習ったもん。 どれだけ小さくても、足し算すると必ず大きな数字になるって。
ロイ様みたいな英雄なんて呼ばれるような凄い事はできないかもしれないけど
あたしは、あたしなりの方法で、イリアをもっと良い国へ変えられるように頑張るよ。
それが、あたしのイリア騎士としての誓いだもん。」


50: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:52 ID:PM
彼女は自らに言い聞かせるように、暫く手入れをしていなくて黒ずんだ墓標へ祈りを捧げる。
自分はロイではない。
ロイのように人をひきつける魅力や、世界を動かすようなカリスマ性はないただの無名の騎士だ。
だがそれでも、彼女には夢があった。
天馬騎士になると言う夢は目標へと変わり、今は一段高いステップを求めている。
イリアを変えるという夢も、夢のままではなく、目標としていかなければならない。
そして、それに留まることなく、更に高みを目指していく。
現状で満足してはいけない。 常に現状を見つめ、自問自答していかなければ。
思考を停止させた時点で、もはや進展も発展もないのだ。
シャニーには、かつてニイメに言われた言葉がようやく理解できていた。
―ひとつの“なぜ”は、十の“なぜ”を生み出す―
「あー・・・そういえば十の為の“一”って・・・結局何なんだろうな。 うーん・・・。」
ニイメはよく、一と十を使う。
それに含まれている意味の深さに、シャニーはいつも考えさせられていた。
その甲斐あってか、本人の意識していないところで、
ニイメの意図した意味は着実に彼女に吸収されて、行動にも反映されていたのだ。
だがそれでも、まだ足りない部分はいくらでもある。
むしろ全てを吸収する事は出来ないのかもしれない。
だが、老人の一言が、イリアを変えると言う壮大な夢を志す若い騎士に十の力を与えている。
そして、若い者は得た力一つ一つを、更に自分の力で十へ発展させていくのである。
「よーし! 村々の見回りをして帰ろうか!」
シャニーは相棒の頭を撫でると、その背にまたがり
大空へと飛び出していった。 その胸に大きな夢と使命感を抱いて。

時は止まる事はなく、そのときを迎えようとしている。
団長選出選挙を明日に控えた第二部隊では、迫り来る決戦の日に備えて余念がない。
皆朝からせわしく動き回り、各部隊への最後のお願いに終始していた。
イドゥヴァが当初予定していた通り、全体の四割程度の得票は硬そうだ
そしてあの手この手で手に入れた浮動票もあわせれば、その得票率は四割五分程度という算定だ。
「いよいよですね、部隊長。」
第二部隊の事務室で椅子に座って仕事をするイドゥヴァの元に
アルマが寄ってきて報告を行う。 いまやアルマは部隊長の右腕となって様々な仕事に携わっていた。
「おぉ、アルマですか。 そうですね。 いよいよです。
ところで、十八部隊はどうなりましたか? 今回の鍵になる部隊ですからね。」
「はい。 そのことで参りました。
どうやらシャニーは我々に手を貸してくれそうです。
昨日改めて聞いたときには、こちら側に投票すると言うようなことを言っていましたから。」
アルマの返答に、イドゥヴァ派無言で笑みを漏らす。
しかし、すぐにいつもの顔に戻すと、席を立った。
「明言を貰ってはいないのですね?
念には念を入れておいたほうが良いでしょう。 私自らもう一度行きます。 あなたもついて来なさい。」
「はっ。」
廊下の真ん中を、さももう団長になったかのごとく堂々と歩く。
その威圧感に、廊下を反対側から歩いてきた者達は思わず隅へ避けてしまう。
その後ろには、恐ろしいほどに仏頂面をしながらも、真っ直ぐ前を見据え、力強く歩むアルマがついている。
新人とは到底思えない立ち振る舞い。
そして他人を全く気にしないかと言うほどの強引とも取れる大胆な行動。
イリアを変えていくような力を持った二人が今、
彼女らの理想郷、その扉を開けるため、真っ直ぐ前見据えて向かって行く。


51: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:52 ID:PM
「シャニーさん、こんにちは。」
一人天馬の世話をしながら、どうしたらイリア内の荒れを防ぐことが出来るかをシャニーは考えていた。
彼女は後ろからの突然の声にブラッシングの手を止めると、そちらを静かに振り向いた。
「これは・・・イドゥヴァ部隊長。 なぜこのような場所に?」
彼女は未だに自分の悩みを振り切れていなかった。
自分の理想が、この人に投票する事で達成されるのだろうか。
何かが、自分を踏ん切りのつかない状態へと追いやっている。
「あなたを探していたのです。 あなたの意思を確認しておきたかったのですよ。
どうですか、明日の選挙では、是非私に入れてくださいませんか?
貴女の考える理想も、きっと私が実現できるように尽力して見せますので、どうか。」
シャニーは暫く黙っていた。
何かしらの返事を貰わなくては、相手も帰りそうにない様子。
長い間合いの後、シャニーが声をあげようと彼女らの方を見直した、そのときだった。
「うちの部隊の子に、無理強いするようなマネは止して欲しいね。
そこまでしてなりたいもんなのかね、団長って言う奴は。 何の為の選挙だかわかりゃしない。」
後ろから黒い風と共に現われたのは、十八部隊の部隊長、レイサだった。
いきなり現われた邪魔な存在に、イドゥヴァは眉間にしわを寄せた。
「妙な言いがかりは止して欲しいですね、十八部隊長。」
「イドゥヴァ部隊長は、シャニーと目指すものが同じだから、力を貸して欲しいとお願いしているだけです。
無理強いなんて全くそんな気はありませんよ。」
アルマも軽く笑いながら、レイサを何とか追い払おうとする。
彼女はレイサが嫌いだった。 どこか、彼女に自分の考えを見透かされているような、そんな感じがして止まない。
いつか必ず自分にとって邪魔な存在になる、そう予測はしていた。
だが、まさかこんな早く。 第一歩目から邪魔されるとは。
案の定、レイサは退かなかった。 シャニーの肩を持つと、そのまま彼女を引っ張っていく。
「こっちの部隊で今からミーティングがあるんで、この場で失礼させてもらうよ。 行くよ、ホラ。」
「貴女は、イリアを変えたいとは思わないのですか?」
後ろからイドゥヴァの声がする。
一旦、レイサの足が止まった。 だが、イドゥヴァ達の方は見なかった。
「・・・あんたが本当にイリアを変える気でいるとは、私には映らない。
それにさ、もしあんたが本当に団長として相応しい人間なら、こんなセコイ真似しなくても、過半数取れるじゃない。」
「レイサ部隊長、それはいくら部隊長でもイドゥヴァ部隊長に対して失礼ではないですか?」
むっとして反論しようとしないイドゥヴァを見かねて、アルマが反論する。
レイサ自体は敵に回したところで大した影響はないはず。 そうアルマは思っていた。
今後の為になんとしても、シャニーとだけは接点を持っておこうと思っていたが
そのシャニーをレイサが自分と引き離そうとしている。 何とか防ぎたかった。
「失礼ね・・・。 それを言うなら、まずうちの姉貴に謝って貰いたいもんだね。」
それだけ言うと、レイサはシャニーを連れて去って言った。
(・・・どこまでも手強い人だ。 これ以上私の邪魔をされないよう、手を打っておかねば・・・。)
アルマは悔しさに拳を振るわせるイドゥヴァを心配する素振りを見せながらも
もはやその目は団長選出戦にはなかった。


52: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:53 ID:PM
「団長、このままだと再選できるかどうかは五分五分といったところです。
相手も相当な準備をしていますし、どんな手段を使っているかも分かりません。
今日ぐらいは他の部隊に挨拶して回ったほうが良いのではないですか?」
エトルリアの将軍に宛てた報告書を書く手を休めないティト。
そんな生真面目な団長を支持して支えてきた第一部隊の隊員達は
団長の選挙に興味がないのかとすら思える行動にやきもきしていた。
「本当に私が団長に相応しい人間なら、周りが評価してくれるわ。
それに、私にはするべきことが山とある。 団長であるうちは、私は自分の使命に尽力しなければならない。」
出来上がった報告書に団長印を捺すと、伝書係の騎士に封書して渡す。
そしてその足ですぐにマントを羽織り、剣を腰に差す。
一瞬、隊員達は考え直してくれたのかと思ったが、どうもそんな様子でもない。
「今から傭兵業務契約の関係でオスティアへ行って来るわ。
帰るのは遅ければ明日の昼。 私の居ない間、しっかり頼むわよ。」
「だ、団長! 団長選出選挙を明日に控えているのに、今からオスティアへ向かわれるのですか?!」
隊員たちが焦ってティトの進路を塞ぐ。
仕事熱心な事は見ていても分かるし、責任感が人一倍強いことも嫌と言うほど伝わってくる。
「開票は明日の夜でしょう? それまでには戻るわ。
イリアには時間がないの。 冬になるまでに、少しでも多くのたくわえを作っておかなければ。
今年の冬は、例年以上にたくわえを作らないと、復興資金も必要なのだから。
私は、団長であっても、そうでなくても、やることに変わりはないわ。」
「・・・分かりました。 そこまで団長が仰るなら、私たちも団長の仰せのままについて行きます。」
とうとう、隊員たちが折れた。
団長のガンコさは昔から知っていた。
彼女は地位より国を取った。 そこまで懸命な姿を見せられては、もはや止める言葉は浮かんでは来なかった。
「ありがとう。 じゃあ、後は頼むわね。」
ティトは一人、廊下を歩いていく。
その背には、苦労が滲み出ていた。 言葉では言い表せないような不安があった。
第一部隊の隊員達は、彼女の背を見て、虚しさを感じずにはおれない。
一人で背負って、一人で苦しんでいるように思えた。
ティトは目を固く瞑って、自分に敬礼をする他部隊の隊員にも気づかないほどに急ぎ足で廊下を歩いた。
自らの革靴が床を叩く音を聞きながら。 その音が、更に自分を急かすように聞こえる。
城を出、馬屋から自分の天馬を連れ出し、宙へ舞った。
羽と共に、彼女の悔しさの塊が、やっと光をまともに得た瞳から零れ落ちる。
「私が選挙を実施するのは・・・こんな事をする為じゃない・・・。 なぜ、皆分かってくれないの?」


53: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:53 ID:PM
シャニーを部隊に連れ戻したレイサ。
ふと空を見上げると、水色の髪が宙を舞っていた。
「・・・。 ちょっと! 皆集まりな!」
突然召集され、新人達は何が起きたのかと皆顔を見合わせる。
「あんた達、今回の選挙、どう思う?」
突然振られた質問。
しかも、その質問はあまりに漠然過ぎて、どう答えればよいか戸惑うもの。
その質問へ真っ先に答えたのは、先程レイサに言葉を止められたシャニーだった。
「何の為の選挙なのか、あたしには良くわからなくなってきたよ。」
皆も同じだった。 団長を選ぶ為の選挙。
それは確かにそうなのだが、雰囲気が何か違う。
何の為に団長を選出するのか。
候補者本人だけでなく、その配下や取り巻きまでもが必死になり、本分を忘れた行動に出ている。
団長になることへ、血心を注いでいるように見えた。
とにかく団長になってやる。 そんな気持ちが行動に現われていた。
「権力って言うのは・・・人をああも変えるのかね。」
レイサがポツリと漏らす。
彼女には分かっていた。 なぜ、イドゥヴァがあそこまで団長の座に拘るのかを。
だからこそ、彼女の言う言葉に中身があるかどうかが分かったのだ。
言葉巧みに他の者を操り、思うが侭を手に入れる。
野心から出た言葉は、見た目は柔らかく暖かい。
だがその化けの皮を剥ぐと、そこには実に冷酷で棘だらけの鞭が潜んでいるのだ。
その者の真の姿を知らない者は、その見た目に近寄り、痛い目を見るのである。
「今回の選挙は、団長が意図した選挙じゃない。
自分の一票を、どうイリアの将来に反映させるか。 それは各自で考えて欲しい。
でも、これだけは言っておく。 甘言を鵜呑みにするような真似だけは、絶対にするんじゃないよ。
考えるんだ。 何が真実で、何を信じればいいのか。 一人で悩む必要はないさ。 迷ったら、誰と相談すればいい。」
甘言の裏には、必ず何かが牙を剥いている。
毒を迸らせながら、それでいて絶対にそれを見せず、ただ獲物が寄って来るのをひたすら待つのである。
騎士団内にも、良くない流れが未だに蔓延っていた。
イリアを変える上で最も排除しなくてはならないものの一つ。
だがそれにもかかわらず、最も必要とされるもの。 それが権力への執着であった。
それも使い方次第である事は言うまでもなく、一歩間違えればイリアを暗転させる。
レイサには、権力を正しく行使できる力が、イドゥヴァにあるとは到底思えなかった。
そもそも、正しく行使しようとする意志があるのかすら、彼女には疑問であった。
イドゥヴァの考えている事は大方予想がつく。
だから逆に怖かった。 目的ははっきりしている。 その目標の為にどんな手段に出るか分からない。
だがそれでも、ここは敢えて隊員たちの意志に任せることにした。
未来を作っていく新人達。 彼女らが自らの意志で歩み、責任を持って行動することを教えるために。
たとえ、天馬騎士団が滅んでも、新人達には未来がある。
天馬騎士団に執着するより、彼女はそれを優先した。
尊敬する姉が大事に守ってきた騎士団より、新人達の未来をとった彼女の心は、
まさにブリザードの如く激しく渦巻いていた。


54: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:54 ID:PM
 一番鳥が、イリアに運命の光を伝えてきた。
窓から入るうっすらとした光を、鋭い瞳がしっかりと捉える。
彼女は光を遮るカーテンを開け放つと、暁に燃える雪原の向こうをじっと見つめた。
「・・・。」
彼女はマントを羽織ると、意志を固めたような更に厳しい目付きで部屋を出る。
午前は氷雪の刻。 早くもイドゥヴァ陣営は第二部隊の事務室に集まり、結束を固めていた。
アルマは部屋に入り、早速イドゥヴァの元へ行き、最敬礼をする。
相手も笑顔でその敬礼に答えた。
その無言のやり取りに、周りにいた第二部隊の隊員たちも息を呑む。
とても、新人とは思えない。 先輩である自分達ですら、何か威圧されるような感覚に陥った。
イドゥヴァも彼女を認め、新人ではなく実力者として扱い、自分の右腕とすら呼ぶほどであった。
当然長年従ってきた自分達をあっさり抜き去った新人に悔しさがないわけではない。
だが、その実力と厳しさに、皆畏怖の念すら覚えている。
彼女の黒には、虹色にはない、それとは違った人をひきつける力があった。
「いよいよですね。 皆さんには今までついてきてもらって本当に感謝しています。
団長は敗北を察してか昨日から遠征のご様子。 ここはどっしり構えようじゃなありませんか。」
イドゥヴァの挨拶が部屋に響く。
静寂に包まれながらも、そこには何か異様な空気が流れていた。
どの騎士も、戦場を前にするよりも高まる気持ちを抑えることに精一杯だった。
今までイドゥヴァに従ってきて、ようやくここで慕っていた人物が団長となる。
その瞬間を一分一年の気持ちで待ち侘びていた。

投票は、予定通り昼前、烈火の刻からはじめられた。
部隊ごとに、皆が大会議室へ投票をしに集まってくる。
その厳かな様子を、散歩に通りかかったニイメがじっと見つめていた。
「・・・さぁて、鬼が出るか、蛇が出るか・・・・。
何かを変えようとするとき、何かを失わなければならいのかね。 人間って言うのはホント不便なもんじゃわい。」
事務室で静かに慎重状況を窺うイドゥヴァやアルマの元へ
投票を終えた配下の隊員たちが駆け込んできた。
「た、大変です!」
「どうしたのですか。 落ち着きなさい。」
イドゥヴァが嗜めるが、彼女らの動揺は止まらなかった。
「第一部隊が・・・選挙進行を勤めています!」
イドゥヴァは判断に困ったような表情を見せる。
数字が若い部隊から順に投票していく。
第一部隊は当然先頭を切るはずだった。 それが、選挙進行役として投票を先延ばししたのだ。
アルマはそれを聞いて鼻で笑ってしまった。
「まぁ・・・団長不在で統率が取れないのでしょう。
きっと団長が帰城してから投票するつもりなのです。 気にする必要はありませんよ。」
「はい・・・。 しかし、もう一つ気になることが。」
落ち着きを取り戻したイドゥヴァに放たれた隊員からの事実は
にわかに事務所を騒然とさせることとなった。
「十八部隊も、どうやら会場に姿を見せていないようです。」


55: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:54 ID:PM
それには流石にイドゥヴァも、そしてアルマですらも、驚きの表情を隠せなかった。
今回のキーとなるであろう8820部隊。
彼らの票がなくては、勝ちを確定させることが最後まで難しくなってしまうのだ。
イドゥヴァは目でアルマに合図をしようとしたが、そのときにはもう彼女は事務所にいなかった。
肩で空気を切って、そしていつしか小走りに8820部隊の事務室へ彼女は向かっていた。
ノックもなしに扉を開ける。 そこには事務業務をしている隊員が数名残っているだけで、目ぼしい面子はいない。
「部隊長やシャニーが何処へ行ったか知らないか?」
「え? いつもどおり中庭で稽古をしているはずだよ。」
礼を言うのも忘れ、アルマは階段をおり、中庭へと向かった。

向かった先では、いつもどおり十八部隊の稽古が展開されていた。
彼女は早足で部隊をまわり、目当ての人物を探す。
だが、人数が多いこともあってかなかなか捕まえることが出来ない。
選挙は当に開始されている。 それにもかかわらずここには主要人物がいない。
アルマを嫌な予感が串刺しにする。
時間の経過に我慢できなくなったアルマは、傍で槍の稽古をしてた隊員の元へ歩み寄る。
そして彼女は、隊員が降る槍を自分の持っていたショートランスで弾く。
突然の障害物にびっくりして目を丸くする隊員に、アルマはお構い無しに話しかける。
「部隊長やシャニーは何処へ行った?」
「え?! あ、アルマじゃない。」
「部隊長やシャニーは何処へ行った?」
自分の話には全く聞く耳がないようである。
隊員は腹が立つよりむしろ恐ろしくなって、早く傍から離れたいと答えを急ぐ。
「シャニーは、団長を迎えに南方の砦に向かった。 レイサさんはいつものとこだよ。」
隊員に指差された方角を見て、アルマは無性に腹が立った。
教えてくれた隊員に軽く挨拶をすると、すぐさまその場を後にする。
隊員を、何か拷問から解放されたような、そんな安堵に気分を取り巻く。
肩で風を、そして十八部隊の隊員を押し分けながら、彼女は真っ直ぐ歩んでいく。
城壁の近くまで辿り着くと、アルマは大きな落葉高木を見上げる。
ずっしりとし太く力強く見えながらも、どこか頼りげのない、雪国特有の高木幹から
その先へ先へと多くの枝が手を広げ、その一人ひとりが太陽の光を浴びていた。
そして、その中に、やや太い枝の上で昼寝をするレイサの姿もあった。
アルマは手にしていたショートランスを、渾身の力で幹に突き刺した。
その衝撃音は、8820部隊の隊員たちをも振り向かせるほどの大きさだった。
当然、その衝撃に最も近いところにいたレイサはすぐさま降りてきた。
「なんだい、珍しく挨拶しに来たかと思えば、いきなりな態度だね。」
「これは失礼しました。 私が叙任を受けてからの初めての恩師が
イリアの将来を左右する選挙を前にここまでどっしり構えられているので、少しばかり驚いてしまいました。」


56: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 22:55 ID:PM
「・・・で、何しにきたわけ。」
「かつての部下にそのような冷たい態度とはあんまりです。
私はただ、もう選挙が始まっていることをご存知か確認しに参っただけです。」
アルマは軽くお辞儀をし、レイサに笑顔を見せる。
その様子を8820の隊員達はじっと見ていた。
二人を暫くの沈黙が包む。 互いに決定的な言葉を欠いていた。
(こいつが新人部隊に現れる。 こんな事は何か打算的な目的がある時以外にはない。)
レイサも警戒するが、今回はこいつを退けることが出来るような理由がない。
相手もなかなか尻尾を出さない。 二人は互いを手強い相手だと警戒していた。
アルマの心を包む漆黒が、レイサにその心中を覗かせない。
だが、周りの事を考えてか早く部隊へ戻ってもらわなければいけなかった。
「どうせ私たちの部隊の投票は最後だからね。 焦る必要なんてないのさ。
それより、大切な部隊長をほっぽり出してきて良いのかい?
今のあんたにとっちゃ、何処の誰よりも大事なんだろ?」
アルマは目線を逸らしながらフッっと一瞬笑った。
そして背を向けながら、彼女はレイサの問いに答えた。
「私にとって一番大切な人は・・・。 ・・・。
・・・フッ、まぁそういうことですね。 イドゥヴァ部隊長は貴女達の票をとても心配していましたから。
あ、それとシャニーの一つ伝言をお願いできますか?」
「なんだい?」
アルマは再びレイサのほうを向くと、皆にも聞こえるようなはっきりとした声で言い放った。
「付き従う師は、よく選んだほうが良い、とお願いします。」
静まり返る8820部隊。 その只中をアルマが石詰めの道に沿って歩いていく。
皆はしばらく、ただ彼女の小さくなっていく背を見ているしか出来なかった。


57: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:38 ID:PM
一方、ここはイリアの南方、サカとの国境であるシュベル山脈。
ここには、砦としてと同時に、その国境の関所として機能しているダッドフィ城がある。
険しい雪国への入り口、南方からの唯一の窓として機能するこの城には
多くの行商人がイリアへ商売をしに通過していく。
空を移動する天馬騎士たちは例外的に、
出国する際は騎士団の承認を得て、それを認めた書状を予め関所に提出する事で関所の通過を免れている。
だが、帰国の際にはいくら天馬騎士といえど、関所を通らずに入国すれば
領空侵犯として罪に問われることになる。
シャニーは、このダッドフィ城を訪れていた。
ここで待っていれば、リキアへ仕事をしに行った姉と必ず会えるからだ。
彼女は、どうしても姉に確認しておきたいことがあったのだ。
昼を過ぎた業火の刻、関所にティトが現われ、入国手続きを始めた。
彼女の表情はいつもどおり、いやそれ以上に硬かった。
「おーい! お姉ちゃぁーん!! おかえりぃー!」
その表情を打ち砕くような、そんな元気の良い声。
ティトは驚いて、持っていたペンを落としそうになった。
そちらを向けば、元気の塊が自分を迎えに来ている。 その顔を見ると、何か心が軽くなる。
だが、口から出る言葉はそんな気持ちとは真逆のものだった。
「・・・良くこんな人が大勢いるところで、そんな大声を出せるわね。」
「うん、だってお姉ちゃんのことが心配だったもん。」
ティトは自分のガードを完膚なきまでに砕かれたような
何か頭に突き刺さるものを感じていた。 目元が熱くなるのを感じる。
自分の事を心配して迎えに来てくれる者がいたなんて。
この頃は騎士団内でも古株との対立が絶えず、心をすり減らしていた彼女。
シャニーの真っ直ぐで素直な優しさが、傷付いたティトの心を癒す。
ティトは、もう彼女からは逃げられないと思った。
羞恥心より、今回は嬉しさが勝った。 大切な人が、傍にいるのだから。
「・・・ただいま、シャニー。」
ティトはシャニーに抱きついた。
こんな事をするのは、妹がまだ小さい頃だけだった。
久しぶりに抱く妹。 その大切さを再確認する。 数少ない、心を奥深くまで見せることの出来る相手だった。
「えへへ。 ・・・ねぇ、忙しいのは分かってるけどさ、少しだけでいいから一緒にお茶でもしていかない?」
妹の話口調が急に変わった。
嬉しさに身を任せていたティトも、この突然の変化にはっと我に返る。
シャニーは初対面に相手に対してもすぐ打ち解けるが、親しいものに対しては、何処までも感情を隠さない。
「(何か、きっとある。) いいわ。 その代わり、夕方までには帰らないとダメだから、長居は出来ないわよ。」
「ありがとう!」
シャニーがティトに抱きつく。 もう、ティトにも羞恥心はなかった。
帰国の途上考えていた悩みすらも吹っ切れるぐらいに、凍てついた心が溶ける。
それと同時に、彼女はシャニーの瞳を見て確信していた。
妹を8820部隊に配属して間違いはなかったと。
「じゃ、行きましょうか。 この砦のテラスでいいわね?」
「うん。」
二人は、久しぶりの姉妹としてのひと時を大切にするかのように、ゆっくりと城の廊下を歩いていく。
高い高いシュベル山脈。 その頂上付近に位置するダッドフィ城。
今日は天気がよく、イリアを何処までも見渡せそうな、そんな澄んだ空気がそこにはある。
「うわー、やっぱイリアって広いねー!」
「・・・こんな広いイリアを、一つにまとめるなんて、やはり無理なのかしら・・・。
リキアやエトルリアのように、あんな大きくて、高い城に、王が国を治める・・・イリアには無理なのかしら・・・。」
「どうしたの? お姉ちゃん。」
再び空いた心の隙間。 それをすかさず妹が埋めてくれる。
ティトはこの頃の自分がいつも考え込んでしまっている事に、自分でも気付いていた。
時には悩みすぎて夜寝られないこともある。
「なんでもないわ。 ほら、行きましょう。」
しかし、団長が弱音を吐いてはいられないと、いつも我慢している自分がいた。
団長である自分が頑張れば・・・ティトはそう自分に言い聞かせ、心の隙間を埋めようとしていた。


58: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:38 ID:PM
二人はダットフィ城の高層階にあるテラスでお茶を楽しむ。
極寒の地イリアの頂。 冬になればそこは地獄と化す場所。
こうしてゆったりと空を眺めながら暖かいお茶で話が出来ることも、夏ならではであった。
「うーん、空気も美味しいしやっぱいいね。」
「そうね・・・何かからだの疲れが一気に解けていくような気がするわ。」
なかなか仕事上の都合で一緒になれない姉妹。
こういう機会には、自然と今まで溜まっていたものが開放され、ついつい長話をしてしまう。
しかし、今回はそれをシャニーのほうが自重した。
「ねぇ、お姉ちゃん。 聞きたい事があるんだ。」
「何かしら?」
シャニーは持っていたティーカップを受け皿に置く。
その温もりが手から逃げないうちに、彼女はすぐに質問を団長へぶつけた。
こんなことは、いくら姉とて団長である相手へ直には聞きづらいものだった。
「なんで、選挙なんかしたの? あんなの意味ないじゃん。」
ティトも流石に面を食らったようである。
自分の小言に対して口答えをして反発する事は茶飯事であったが
ここまでダイレクトに自分に対し意見を言う事は珍しかった。
彼女は暫く黙していた後、視線を注いでいたティーカップの湖面から目を離すと、広大なイリアの台地を眺めた。
「・・・そうね、全く意味がないものになってしまったわね・・・。」
「?」
「私が望んだ事と、全くの正反対になってしまったわ。
どうして、皆はわかってくれないのかしら・・・。 あれでは、今までと全く変わらないと言う事を・・・。」
ティトが団長による指名を避けた理由。
その最も大きな理由の一つは、派閥と言うものを打ち壊したいからだった。
皆一人ひとりが、イリアを創っていく構成員として
自覚を持って、自らの意志を持った行動をとって欲しかった。
しかし、皆の意識はなかなか変わる事はない。
自分の損得ばかりに目が行き、それを中心に捉えた行動をする。
「皆は、イリア騎士の誓いを忘れてしまっているわ。
イリア騎士は、決して自分のために戦ってはいけない。
その意味は、私利私欲のためではなく、イリアの発展を主軸において物事を考えなさいと言う意味のはず。
私はそのために、選挙制を導入したの。 でも、イドゥヴァさんが選挙制を推した理由はそうではなかったようね。」
イドゥヴァが選挙制を推した理由は、言葉にしなくとも明白であった。
野心は留まる事を知らない。
権力は人を狂わず。 人が手に入れることの出来る最強の力。 それが権力であった。
「私は、団長になる為に頑張ってきたんじゃない。
団長であろうと、そうでなかろうと、私の目指すものは同じ。 イリアを素晴らしい国へ・・・それだけだわ。」
「・・・やっぱお姉ちゃんは凄いや。 さすがあたしのお姉ちゃんなだけはあるね。」
妙な褒められ方をしてティトも何か恥ずかしくなった。
彼女は、イリア騎士としての誓いを忠実に守り、実践しているだけ。 そう思っていた。
別段褒められるべきことでもないし、逆に出来ないことのほうが問題。 それが彼女の認識だった。
だからこそ、現状を変えようと必死になっていたのである。
だが、その願いと意志とは裏腹に、現状はなかなか変わってはくれなかった。
自らが動かなければ変わらない。 それは分かっている。
毎日あちこちを回っては、イリアを一つにまとめていくことの重要性を説いていた。
なかなか相手には理解されない毎日。 理解できても、自分に不都合な部分が多いので認めたがらないのである。
人間は、一度手にした力をなかなか手放さそうとはしない。
例えそれが、国のためだと分かっていても。
己の目先の損得が必ず脳裏に浮かんでしまうのである。
「あたしにはわからないよ。 どうして、皆がお姉ちゃんの考えに理解を示さないのか。
だってさ、平和が一番に決まってるし。 他の国へ依存しなくても、独立して生きていけるほうが良いに決まってるじゃん。」
「よかったわ。 あなたがそういった考えをもっていてくれて。」


59: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:39 ID:PM
シャニーは姉の顔を見ることが辛かった。
大好きな姉であるはずなのに、その顔を見ることが辛かった。
それは、ティトの顔が疲労に沈んでいたからだ。
肉体的な疲れだけではない。 精神的な疲れである。
責任感が強すぎるゆえに、すべてを自らの力で解決しなくてはと意気込んでしまう。
結果、悩みをすべて内に溜め込んでしまう。
我慢強い彼女も、最近の重責続きでさすがに疲労困憊していた。
「お姉ちゃん、あたしは、早くお姉ちゃんの役に立てるようになりたい。
なりたいんだ。 でも、あたしは知らないことが多すぎて、このままで本当にお姉ちゃんの役に立てるかどうか不安なんだ・・・。」
入団当初は自信に満ち溢れていたシャニーも、十八部隊でさまざまな経験をしていくにつれ
如何に自分が小さい人間だったのかを思い知っていた。
だが、それと同時に掴んだものも多かった。 彼女は、イリア騎士として何をすべきか
何を目標にしなくてはならないのか。 そして、何のために血を流し、涙を呑むのか・・・。
実にいろいろな、“なぜ”に対して、自分なりの考えを持つことができるようになってきた。
「あなたは大分成長したわ。 もう、一人前の騎士としてやっていけるほどに。」
「そうかな。 あたしにイリアの民を守ることができるのかな・・・。」
「自分で出来るように努力すること、それがあなたの仕事でしょう?」
シャニーは姉の言葉に、暫くの沈黙の後静かにうなずいた。
“出来るといい”ではない。 己の手で為すのだ。
夢を夢で終わらせてはいけない。 夢は目標へと変わり、目標は更なる夢を生む。
現状維持の保身に身を委ねていては、何も変わりはしない。
他人に頼ることで為したものは、いずれどこかで亀裂を生む。
「夢は叶えるものってユーノ姉さんも言っていたわ。
叶える・・・そう、自分で叶えるのよ。 他人頼みな目標なんて目標じゃないわ。」
妹を一人の天馬騎士として認めた上で、ティトは力強く言い切った。
たった一人の妹。 自分にとってはかけがえのない家族。 筆舌に尽くしがたいほど大切な存在。
そして彼女自身、誰からも好かれる恵まれた性格。
だからこそ、イリアを変えていける強い意志を持ってほしかった。
ティトの思惑通り、他の新人の誰からも慕われ、頼られる存在になっていた。
それは、ひとえに彼女の明るく優しい性格ゆえ。 そして、レイサの指導によるものだった。
多くのものから影響を受け、さまざまなことを吸収し日に日に力をつけていく妹。
ティトはそれだけで、自分の仕事の多くは果たしたと思えるほどだった。
だが、まだ妹には学んでもらいたことが一杯ある。
特に、甘いところはなんとしても治してもらいたかった。
優しい性格が裏目に出て、ただの甘い人間になってしまうこともある。
厳しく出るときは厳しく出て、必要な犠牲は犠牲と割り切れる。
そんな厳格さも兼ね備えてほしかった。
将来イリアを変える上で、騎士団の幹部になることは必要不可欠の話。
そのときに、たった一つの甘い考えが、すべてを無に帰すことも十分考えられるのである。
一の犠牲を躊躇するあまり、十の犠牲を払うことになっては元も子もない。
そのためには、それはそれ、これはこれと割り切れる確固とした考えと、意志が必要だ。 そうティトは信じていた。


60: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:40 ID:PM
「どうすればよいか、自分で考えて、自分で実践して。 私は、他人に流されず自分の考えを貫く人間でありたいわ。
あなたも自分の人生は、自分の意志で、自分の力で歩みなさい。 流されるのでなく、自らの足で。」
シャニーは、姉の瞳をから何か自分を突き刺すようなオーラが出ていることに気づく。
その瞬間、今度は頭でぱちんと何かが弾けるような強い衝撃を受けた。
こんなことがあるのは、何か迷いが吹っ切れたとき・・・。
彼女はまた、自分の中でひとつ、自分なりの考えを確立し始めていた。
(あたしは・・・考え間違いをしていたんだ。
一番大切なところで他人に任せて・・・すがること・・・こんなの、民を守るなんて言わないよ。)

―あたしの夢は、あたしの力で現実に変えていく努力をしなくちゃ、後ろについて、理想に共感してるだけじゃいけないんだ―

無責任に感じた。 イドゥヴァに投票すれば、自分が夢見る世界を彼女が現実のものとしてくれる・・・。
ほんの一瞬。 彼女の話術に嵌ったその一瞬だけとはいえ
そう考えてしまった自分が情けなかった。
信頼・信任したのではない、自分の意志を放棄したのだ。
すっかり冷え切った紅茶で喉を潤すと、シャニーは団長を見つめた。
「あたし、きっと自分の誓いを守って見せるよ。 その為にはどうしなくちゃいけないか。
それを考えて、絶対夢を現実のものに変えられるように・・・。 エラソーな事はいえないけどさ。
あたしはあたしなりのやり方、自分の力で。」
ティトは無言でシャニーの頭をなでた。
いつもは絶対にしないこの行動。 だが、今回は無意識のうちに妹の頭をなでていた。
(シャニーは、もうすっかり大人になった。 まだまだ脆いし幼いところもあるけど、これならきっとやっていける。)
ティトの願いは確信へ変わった。 妹を新人部隊へ配属してはや半年以上。
レイサは本当に、自分の予想以上にがんばってくれた。
それなのに自分は・・・。 自分への糾弾が先行するものの、純粋にうれしかった。
次世代の天馬騎士団を支え、イリアを形創っていくであろう存在の大きな成長が。
他の新人たちにも、個人差はあれど自分の、レイサの意志が伝わっているだろう。
もうこれなら、きっとやっていける・・・。
「ねぇ、お姉ちゃん。 話は変わるんだけど・・・何をそんなに悩んでいるの?」
突然の妹の声に、ティトは一気に現実に戻される。
妹は自分の顔を覗き込むようにして、こちらを見つめていた。
彼女の瞳には、嘘はつけない。 自分自身にすら嘘をつけても、彼女には通用しなかった。
なんでもないと言っても、それでそうと済ませてくれる相手ではない。
まだ帰らなければならない時刻までには時間もある。
ティトは思い切ってシャニーへ悩みを打ち明けてみた。
妹の悩みを聞いてあげることは茶飯事であるが、その逆は意外にも初めてだった。
「私がリキアへ行った事は知っているわね?
正直、愕然としたわ。 リキアは今、ロイ様の元に皆が集って復興の為に一致団結している。
そのおかげでしょうね。 もうリキアにはかつての輝きを垣間見せるものが多くあったわ。
何より目を惹いたのが、オスティアの街並みと新オスティア城の美しさかしら・・・。」
戦後半年ということもあって、かつてロイと共に戦った各国の要人が
その後の報告も兼ねて一度オスティアに集まろうという話があった。
イリアは、イリア諸騎士団の筆頭ゼロット将軍が参加することが決まっていたので
ティトは参加を強制されていたわけではなかったが、他国の状況を広く知る良い機会と参加した。
そのオスティアで見た光景に、ティトは思わず絶句してしまった。
リキアを復興させ、かつてのように諸侯同士が手を取り合う豊かなリキアを目指すロイの元へ皆が集結。
その意志に共感し、自らも復興に尽力していたのである。
ロイは強力なリーダーシップを発揮し、反発しあう諸侯をもなだめ、皆を同じ方向へ向けることに成功していた。
一人ひとりの放つ光は高が知れている。
だが、皆が同じものへ向かって、目標を明確にし、己の意志で行動している結果は目に見えて現れた。
早くもリキア同盟は復活し、戦乱で少なくなった貴族達による領地統合が相次いだ。
さすがにそこはいざこざなく進むことはなかったそうだが、それでも着実に計画は進捗している。


61: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:40 ID:PM
「はやくもオスティア家を中心とした公国制への移行案すら出ているそうよ。」
その知らせに、シャニーもただ驚くしか出来なかった。
イリアはまだ騎士団が何とか旧来のように傭兵活動を出来るようになったに過ぎない。
国家統合どころか、騎士団同士の守備範囲の条約の整備など
基盤となる部分すら未整備のところが多く、国というにはあまりにも粗末な状態であった。
そんな状況下から脱出するには、兎にも角にも金が必要であった。
それゆえ騎士達は、こぞって傭兵として他国へ遠征している。
ただでさえ戦後少なくなった騎士達が、皆外国へ出て行ってしまうのだから
イリア内を守れるはずがなかった。 賊が溢れ、常に皆空腹と極寒に体を震わせていた。
リキアは元々貴族が各々領地を持ち、支配するという形をとっていた。
復興に関しても、貴族が少しずつ資金を出し合うことにより順調に事は進んでいった。
貴族達が金を出し渋るかと思われたが、やはり英雄ロイの人徳が光った。
「・・・リキアとイリアじゃ・・・国の根本が違うから比べても無駄かもしれないけど・・・。」
ティトはそこまで言って一旦言葉を濁そうとする。
だが、自分から振った話を、途中で曖昧にするのも相手に失礼と思った。
「やっぱり、人を惹き付ける力を持った人がいるのといないのとでは、ここまで差が出るものなのね。
自分の無能さに嫌気がさすわ・・・。」
「そんなことない!」
姉の言葉を、シャニーはすぐさま否定した。
「お姉ちゃんはこんなに苦労してんだ。 そのお姉ちゃんを無能なんて言える人なんていないよ!」
「・・・結果が全てよ。」
ティトの言葉には力が篭っていない。
肩肘張って生きていた彼女。 その彼女でさえ、もう身内の前で同様な態度をとることが不可能になっていた。
「私がリキアへ行って、最も多く訊ねられた事はなんだったと思う?
・・・シャニーは一緒じゃないのかって。 すれ違う皆から聞かれたわ。 少しだけ、あなたを羨んだわ。」
「へ?」
シャニーはロイの数少ない同世代の親友だった。
戦後会った事はないが、時折手紙も来るし、イリアの状況もその中で訊ねられることもあった。
そして戦中、彼女はロイの周りを固める八英雄として最後まで共に戦った。
明るく誰とでも打ち解けるシャニーは、軍の中でもムードメーカとして有名だった。
当時見習いの身だったとは言え、各国の要人達はその将来を戦中から期待とまでは行かなくとも気にかけてていた。
特にロイやエルフィンといった者達は、イリアの発展を他国ながら切に願っていたから
その存在は目に焼きつき、印象に残っていたのである。
ティトは、色々な場所に出向いては名前を覚えてもらおうとしている自分に対し
ロイに認められた親友というだけで、自分より騎士としての経験のないシャニーのほうが有名である事が羨ましかった。
「“シャニーには、人の心を開かせる不思議な力がある” そう、ロイ様が仰っていたわ。
私もその通りだと思う。 そんな力は、滅多に授かるような力じゃないわ。
だから、あなたにはその力を精一杯活用して欲しいの。 イリアのために。」
「お姉ちゃん・・・。」
ティトは椅子を立ち上がると、テラスの柵に手をかけて遠くを見渡す。
「・・・今のイリアが一致団結できない理由・・・私には分かる気がするわ。」
シャニーもティトの声に椅子を立つと、姉の横まで歩いてく。
眼下に広がる白銀の台地を、姉が慈しむような目付きで眺めている事に気付く。


62: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:41 ID:PM
「リーダーがいないわけじゃない。 でも、そうじゃないわ。
もっと根本的な問題。 イリア特有というのかしら・・・ずっと他に従わざるを得なかったイリアだからこそ・・・。
皆、栄誉を、名声を異常に欲しがっている。 傭兵に出て行くのも、復興資金の為というのは目的の半分に満たないのではないかしら。」
任務中には決して漏らす事の出来ない本音。
それを彼女には珍しく口にした。 シャニーもそれには思わず息を呑む。
決して他人の悪口を言わない姉が、ここまで明確に他人を非難する言葉を放つとは。
それだけ、現状が酷いということの表れなのだろうか。
「皆、向いている方向がバラバラなのよ。 それは、今回の団長選出選挙にも現われているわ。
これでは、スムーズに事を運べるわけがない。
そして結局は、皆に考えを理解してもらって同じ方向へ歩ませることに出来ない管理側に問題があるということなのよ。」
人をまとめるという事は、予想以上に難しいものだ。
自分の考えを理解してもらう為には、まず相手の考えを理解してあげなければならない。
だが、相手の考えを理解する為には、相手に心を開いてもらう必要がある。
そうでもなければ、相手は警戒して自分の本心を語ろうとはしない。
本心同士で語り合わなければ、真の理解は生まれない。
ティトは、生真面目な反面、他人に対する警戒心のハードルが高かった。
それ故なかなか自分というものを全面に出して話をすることが出来ない。
話す側が警戒していれば、当然相手も警戒心を抱く事は自明の理である。
分かっていても、仕事だと割り切っても、自分というものを変える事の困難さは何にも例えがたい。
シャニーは何とか、姉の言葉を否定しようとした。
こんなに頑張っている姉。 理解されなくても、諦めずにがんばる姉。
四面楚歌な姉の力に、一日も早くなりたい。 しかし、その前に、姉が重責に圧し潰れそうになっている。
なんとか姉が自分を責めることを否定させたかった。 だが・・・言葉が思い当たらない。
姉は的確に現状を分析していた。
だが、その分析した現実を変えられないことを自分の無能さとして諦め、片付けようとしている。
姉らしくない態度からも、姉が追い詰められていることがひしひしと伝わってくる。
シャニーが何とか言葉を繋ごうと口を開いたその瞬間だった。
「まぁ! もうこんな時間。 この頃つい話し込んでしまうわ。 シャニー、急いで帰るわよ!」
時間を見ると、もう時は二時間以上経過していた。
開票開始まで5時間も無い。 十八部隊の投票もそのぐらいの時間だ。
もうゆっくり話し込んでいる時間はない。 二人とも急いで城を出て、天馬を駆る。
「でも嬉しいわ。 あなたと、イリアの将来についてこんなに真剣に語り合える日が来るなんて。」
「あたしも、お姉ちゃんとこんなに真面目に話したの初めてだよ。
もっともっと、知りたい事は一杯あるからさ、また今度一緒にどこかへ行こうよ!」
ティトが笑顔でうなずくと、シャニーははしゃいで天馬のスピードを上げた。
その後姿を、ティトは半ば羨望の眼差しで見つめる。
「本当に・・・心が温かくなる子ね・・・。
あなたのその力を、他の騎士相手だけじゃなく、イリアの民へ向けて使って欲しいわ。
最も今のリキアと違う場所・・・それは騎士と民の関係・・・。 私はそう思っているわ・・・。」
前方から妹の声がする。 自分のほうをむいて手を振る姿が見える。
その笑顔に、ティトの顔も不思議と緩んでいった。
「コラ、シャニー! 何処に山賊の弓兵が隠れているか分からないのよ。 気を緩めないの!」
リキアで見た、あの高く美しいオスティア城。
純白に平和を象徴するような、これからを力強く感じるあの城を、イリアにも・・・。
ティトの頭には、あるべきイリアの姿がはっきりと映し出されていた。


63: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:41 ID:PM
夜が極限の緊張を、漆黒と共に運んでくる。
開票まで残り2時間を切ったカルラエ城は、戦場にも似た戦慄がその周囲を包んでいた。
息をも凍てつく極寒の夜風。 それすらも凍り付いてしまいそうな
冷たい焔がゆらゆらと城の周りを渦巻いていた。
「もうこんな時間ですか・・・。 レイサの奴、何を考えているのだか。」
イドゥヴァの声にも返さず、城のテラスからアルマは何処までも続く闇の彼方をずっと睨みつけている。
部屋の中でも、第二部隊の面々は一分一年の気持ちでその時を待っていた。
「・・・、・・・。」
イドゥヴァが時計に視線を移す間隔も、陽があった頃より格段に短くなっている。
他の皆も、じっとしている事すらままならない状態になっていた。
殆どの部隊の投票は終った。
残るは数字の一番若い部隊と大きい部隊・・・。
そう、ティト団長率いる第一部隊と、シャニーの所属する第十八部隊。
両陣営共にもっとも重要な票田が、互いに投票を済ませていなかった。
何度催促しても、互いに事務室から出てこようとはしない。
中間報告では、イドゥヴァが若干数ティトを下回っているとのこと、
彼女の焦りは最高潮に達していた。
平素を装うも、いつもの冷静さがなかった。
イドゥヴァの目が一点へ集中していないことに、アルマはずっと前から気付いていた。
壁に持たれかかり、腕組みをしながら目を伏せてひたすらその時を待つアルマ。
彼女にはイドゥヴァの落ち着きのなさがどうしても目に付いていた。
「部隊長、きっと良い結果が出ます。 どうか気を楽にしてお待ちください。」
アルマの突然上げた声に驚くほど、イドゥヴァの気は高ぶっている。
無理もない。 長年夢見た団長の座が、今目の前にぶら下がっているのだ。
暫くは落ち着いていたように見えてイドゥヴァ。
だが彼女は突然立ち上がると、そのまま急ぎ足で部屋を出て行った。
「・・・。 所詮繋ぎだ。」
アルマは軽くため息を鼻へ流すと、その後を追う。
彼女には、部隊長が何を思ったかすぐに予想がついていた。
(そんなに自信がないのか。 これほどに部下を集めておきながら。)
アルマは募る不満をポーカーフェイスの中に溶かし込み、部隊長を追う。
彼女が着いた先は、アルマの予想通り投票会場であった。
「全ての投票は終りましたか?」
答えが分かっていても、イドゥヴァは投票箱の前で受付をする隊員に声をかける。
もう何度同じ質問をされただろうか。 隊員は今まで同じ答えを返す。
「いえ、まだ当部隊と、第十八部隊の投票が済んでいません。」
「何をしているのですか? もう投票終了まで2時間もないのに。」
イドゥヴァは受付に向かってついつい目をとがらせてしまった。
彼女に言ってもどうしようもない事に、言ってから気づく。
気付いた事をまるでオウム返しのように受付に答えられ、更にイラつくイドゥヴァ。
「団長が帰ってきてから、当部隊は投票をします。
それまでは申し訳ありませんがお待ちください。 もう帰城なされるはずですから。」
何も言えず、仕方なく投票会場の外で彼らの動向を監視する。
アルマは再び空を見上げると腕を組みながら親友の帰城を待った。
性格は正反対だが、騎士団で唯一心を許した友。
(あいつは、投票をすっぽかしてふらふらするような奴ではない。 ・・・きっと何かある。)
彼女の睨むその先に、漆黒を照らす満月があった。
光と闇のその絶妙なコントラストが、カルラエの夜を更に戦々恐々とさせていった。


64: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:42 ID:PM
目を瞑ってひたすら時を潰すアルマ。
その彼女の耳に、突然の騒がしい声が飛び込んできた。
彼女は壁に立てかけていたショートランスを手に取ると、投票会場へ戻っていく。
「団長、お勤めご苦労様でした!」
第一部隊の隊員たちが、ティトの周りを取り囲む。
ティトは部下達に目配せをすると、彼女らと共に団長室へ入っていく。
団長帰城の知らせを聞いて、イドゥヴァも急いで駆けつける。
「アルマ、第一部隊の様子は如何ですか?」
「・・・。」
会場の外にいたアルマに声をかける。
だが、彼女から返事は返ってこない。 だんまりを決め込んでいると言う様子でもない。
イドゥヴァは何が起こったのかと会場の扉を押し開いた。
「・・・っ!」
中で起きていた出来事を、一体誰が予想できただろうか。
急いで中にいた第一部隊の隊員のところへ飛び寄って行くイドゥヴァ。
「ちょっと、貴女達は何をしているの!」
下に散らばった紙を蹴り分けながら、イドゥヴァは隊員たちの行動を止めようとする。
だが、彼女は選挙進行役の隊員たちによって動きを封じられた。
「私達は、団長の意向どおり、選挙権を放棄します。
私達は、最後まで信頼した団長に付き従うまでです。
他に信頼できる人がいないのであれば権利も放棄せざるを得ません。」

帰城後、第一部隊を団長室へ集めたティトから発せられた命令に、誰もが一瞬絶句した。
「今回の選挙は、選択肢に私を入れないで考えて欲しい。」
事実上、イドゥヴァに団長の座を譲ったことになるこの発言。
当然皆は反発した。 皆ティトに再選して欲しくて必死になって様々な画策を講じてきた。
それなのに当の本人がどうしてわざと敗北を選ぶような指示を出すのか。
「なぜですか! そんな命令はいくら団長といえど納得できません!
私達は、ティト団長以外、団長として認められません。 ティト団長が適任者だと信じています!」
「・・・だから、私以外を選択肢にしなさいと言っているでしょう?
イドゥヴァさんを団長として認めたくないのであれば、権利放棄という選択肢もあるわ。」
こんな緊迫した状況で、どうしてこんなに落ち着いていられるのか。
そして、なぜこのような狂気にも似た命令を下すのか。
隊員達はなんとか団長を思いとどまらせようと必死になる。
「選挙権を与えられているなら、私達は誰に投票しても自由なはずです!」
ズバッと言い切った隊員を、ティトはキッと見つめる。
見つめられた隊員は、今まで見たことのない団長の鋭い目付きに目をそばめた。
「そう、それなのよ。 選挙は、本人の意志が忠実に反映されなければ意味がない・・・。」

「私達は、団長の意思を正しく理解できていなかった。
団長を信頼していながら、団長の信頼にこたえることが出来なかった。
これは・・・その罪滅ぼしです。 私達は、ティト団長以外を団長と認める事は出来ません。」
音を立てて、投票用紙が床に落ちていく。
イドゥヴァは、破り捨てられた投票用紙を見て、ニヤリと不気味に笑みをこぼした。


65: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:42 ID:PM
「ふふふ・・・あのバカ団長め・・・。
自分で自分の首を絞めるとはなんて愚かなのでしょう。 ははは・・・。 あはははっ。」
「ふ、これで勝利は確定でしょうね。」
アルマも、選挙会場の外で高笑いするイドゥヴァの横で安堵の笑みをこぼす。
ティト派最大の票田、第一部隊の投票権放棄・・・。
それはすなわちこれ以上のティトへの投票がないことを意味していた。
彼女の笑い声は、団長室に篭っていたティトにも聞こえていた。
「シャニー・・・。 私は、これで良かったのよね。
貴女と話をしていて、私はようやく踏ん切りがついたわ。
今それを実践してみたの。 これがどんな結果を生むのか・・・私は、これで良かったのよね。」
ティトは、十八部隊の事務室のほうを窓から見つめる。
妹に色々教えてきた。 そして、今度は妹に教えられた。 揺るがぬ思い。
ティトは不思議にも清清しかった。
今の瞬間が一番団長としての仕事を果たしたように思えるのはなぜだろうか。
求めるもの、理解される想い。 世間の目。
それらに板ばさみにされていたティトが、一瞬だけ開放された瞬間だった。
第一部隊の権利放棄を見届けたイドゥヴァは、軽い足取りで事務室に戻る。
明日の朝には、自分は今団長のいるあの部屋に座っているのだ。
そう考えただけで、今にも飛び跳ねそうな思いだ。
シグーネが団長になった時から、ずっとこの瞬間の為にがんばってきた。
嫌な事でも、危険な事でも、そして腹が立つことでも。
シグーネの命令は何でも聞いたし、少しでも評価を稼ごうと
しなくても良い残業や、休日登城・・・とにかく何でもした。
そんな自分が団長に選出されなかった。
ティトとか言う、イリア騎士の誓いを破ったも同然の行動を起こしたあの小娘。
彼女に団長の座を奪われたときのあの悔しさは、思い出すたびに虫唾が走った。
そんな思いも、今日で終るのだ。
(団長になったら、今まで散々自分をコケにしたあの団長を左遷してやる。
明日の昼には、もう彼女はイリア内にはいないでしょうね・・・。 これでやっと念願を達成できる。)
部隊長のいつにないご機嫌な様子に、アルマは黙って彼女の後をついていく。
ご満悦のイドゥヴァとは逆に、アルマは不安で仕方なかった。
部隊長の勝利は決まった。 なのに妙に心に引っかかるものがある。
それが何か分からない。 それが強烈に、不安として自分へアピールしている。
二人が第二部隊の事務所のある並びまで廊下を歩いてきた、そのときだった。
一番奥の、階段に近い部屋から大勢人が出てきた。
彼らは真っ直ぐこちらへ向かってくる。 皆一言も喋らず、何か慄くほどの雰囲気を持って近寄ってくる。
その先頭を歩いている二人を見た途端、アルマは先程の不安が一気に爆発した。
(これは・・・まさか!)


66: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:43 ID:PM
その集団は、イドゥヴァたちの横をそのまま素通りしていく。
アルマは、その先頭にいる見慣れた蒼髪の女性の目を見つめた。
だが、彼女の視線がこちらに向けられる事はなかった。
「部隊長、私は急用を思い出しましたので一時失礼します。」
アルマは部隊長から離れ、すぐに先ほどの集団の後を追う。
彼女は直感していた。 この時間に、彼らが重い腰を上げた。
これは即ち、第一部隊の動向を窺っていたと推測して間違いない。
もしそうならば、彼らのとる行動は大方予想がつく。
「シャニー・・・。 団長と会って何を話してきたんだ。」
今日は一段と冷え込んでいる。
窓には既に霜がつき、外が全く見えない状態になっていた。
シャニー達の足音が、針のように刺さるほどの空気に響き渡る。
各部隊の事務室の中では、誰もがこの足音に耳を凝らす。
運命を運んでくる足音。 それは、どんどん投票会場に向かっている。
皆は事務室の窓に付いた霜をこすり落とすし、離れへ向かう通路を覗き込んだ。
投票有効時間の終了まで残り30分・・・。
そこには、レイサを先頭にし、隊列を全く崩さず移動する第十八部隊の姿があった。
ティト派最後の頼みの綱、第一部隊の突然の権利放棄。
そして、いよいよ運命を決定付ける最後の票田。
誰もが彼女らの投票を固唾を呑んで見守っていた。
「それにしても、なぜこんな時間まで投票を遅らせていたんだろう。」
第十八部隊が通過して行った事を確認したかのようなタイミングで
そんな声が第三部隊から聞こえてきた。
(第三部隊か・・・。 確か、最初はティト派だった部隊だな。)
しかし、その内緒話を聞いている人物がいた。
アルマである。 十八部隊の後をつけていた彼女が丁度第三部隊の部屋の前を通ったとき、その声は聞こえてきた。
第三部隊は、戦前からティトと関りのあった人が部隊長を勤める部隊。
もちろん、選挙の時もティト派に回り、彼女を支援するはずだった。
ところがいざ選挙へ向けた活動が始まると、イドゥヴァ派の勢いが強いことで部隊内でも意見が流動化していた。
部隊長も部下達の意見対立に歯止めを利かせることが出来ず、混乱は長い間続いた。
―私の力になっていただければ、その身返りを必ず約束して差し上げますよ―
激化する部隊内対立に加え、イドゥヴァから直接の勧誘。
その甘い言葉に、部隊長は堕ちてしまった。
自分の今後を考えたとき、その言葉はあまりにも強烈だった。
いくらティトと昔から知り合いだったとしても、天秤は明らかに自分の今後に傾いていた。
他のいくつかの部隊でも、そういったやり取りがあった事は
側近であるアルマが知らないはずは無かった。
しかし彼女は、そのことは別段非難されるべきことではないと感じていた。
彼女にとっては、いかなる手段であったとしても、結果が全てだからである。
プロセスを語る必要性など全く無い。
世の中を動かす事ができるのは、その者が為し得た結果のみ。
彼女はそう考えていた。 言い訳など必要ない。
求めるものは、結果を出すことのできる能力だった。
―手段を選んでいられるほど余裕があるなら、それは必死とは言わないんだよ―


67: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:43 ID:PM
「第一部隊が棄権したもんだから、勝機が薄いってんで相談してたんじゃないの?」
「だろうね。 老い先短い団長に忠義だの何だの見せてたって、バカなだけだし。」
部屋の中から聞こえてくる声に、アルマは反吐が出る思いだった。
いつも人前では頭をぺこぺこ下げている連中が、裏では何を言っているか分からない。
「どうせこの先考えてイドゥヴァさんに投票するんじゃないの?
いくらレイサが盗賊上がりのおつむでも、そのくらいの計算はできるでしょ。」
「違いないね、あはは。」
アルマは部屋の前を去った。
甘言でたやすく動く者達の考えることなど、そこまで深く考えなくても分かっていた。
だが、ここまで露骨であると、彼女は彼らの愚かしさで笑いを抑えられなかった。
「ふふふ・・・。 人間って言うのは、なんでこう汚いんだろう。
自分のためなら他人のことなんかお構いなし。 挙句陥れようとまでする。
こんな奴らが・・・こんな意志のかけらも無いような屑共が天馬騎士団を支えている・・・?
こんな可笑しい事が事実として存在するなんてね・・・。」
アルマは急ぎ足で一足先に進んでいくシャニー達を追う。
見たかった。 自分の親友が、本当に自分の思っているような人間であるのかを。
確かめたかった。 彼女が、果たして自分と夢を共有するに足りる人物なのかを。
「ふ・・・ティト団長。 何がイリアを変える、ですか。
何も変わっちゃいないじゃないですか。 騎士に意志のないところも、イリアの他国への依存体勢も。
あなたには、無理な話ですよ。 人の心を読む事が下手な貴女では。 世間体を気にしすぎる貴女では。
でも・・・これでいい。 こんな意志のない奴らがたくさんいれば、それだけ操るのも楽と言うわけですから。 ふふふ・・・。」
アルマの不気味な笑い声が、究極に研ぎ澄まされた極寒の大地に響いた。

きびきびとして、それでいてゆっくり重たい一歩一歩を踏みしめて。
レイサ率いる第十八部隊は、ようやく投票会場の前まで到着した。
皆はここで止まった。 そして、レイサは一旦後ろを向き、部下達の顔を一人ひとり見つめた。
皆は、その合図に黙して答えた。 全員一致。
確認を終えたレイサは、再び前を向き、会場の扉を押し開けた。
中には、自分達の到着を待っていた受付が・・・いや第一部隊の面子全員が待っていた。
皆の視線は痛いほどに、十八部隊に向けられている。
十八部隊はそれを逆流して、投票箱のところまで辿り着く。
この部隊の投票が終れば、運命がいよいよ時を刻み始めるのである。
ところが、投票箱の前まで来たレイサは、
何を考えたか、また隊員たちのいる後ろを向いてしまった。
「さて、私はあんた達の意見を聞いていただけ。
起案者として最後まであんた達が責任を持って票の処理をしなさいな。」
それを待っていたかのように、レイサの前にシャニーがゆっくり歩み出てきた。
その手には、彼女の意思表示の証明、投票用紙がしっかりと握られている。
どれほどに、この一枚の為に苦悶し、時間を費やしただろうか。
しかし、今の彼女は、いや多かれ少なかれ十八部隊の隊員達は
心の悩みを解き放ち、更にはまた一つ、ニイメの言っていた“十”のための“一”を会得し、心に焼き付けていていたのである。
「みんな、いくよ。」
「・・・。」
十八部隊が目の前で取った行動を第一部隊は黙って見ている。


68: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:44 ID:PM
「!!」
そこへ、アルマが遅れて到着した。
アルマのとった行動は、第一部隊とは対照的だった。
彼女は、十八部隊の行動が想定の範囲内だったにも係わらず、目を見開いて驚いた。
いや、驚いたというよりも酷く焦ったという方が正しいかもしれない。
何度も二人の候補を書いては消し書いては消しをした投票用紙。
それをシャニー達は、音を立ててビリビリと引き裂いていた。
足元に散らばる、イリアの将来。
「私達十八部隊一同は、今回の団長選出選挙の投票権を、この時を以って棄権します。」

「た、大変です! イドゥヴァ部隊長!」
首吹き飛ぶかと思うほどの勢いで部隊の事務室に駆け戻ったアルマ。
彼女はイドゥヴァに十八部隊の棄権を単刀直入に知らせた。
「な!!?」
その知らせにイドゥヴァが驚かないわけはなかった。
何しろ、彼女らは勝利を確信し、祝勝会の準備に取り掛かっていたのである。
その自信も、ティト派の第一部隊が棄権し、彼女の得票が予想を大幅に下回ったところで
イドゥヴァ派の陣営に取り込んだ十八部隊の票が、彼女の得票に上乗せされるという計算によるものだったからだ。
「ど、どういうことなのです!」
「詳しい話はわかりません。 とにかく会場へ!」
アルマに言われるまでもなく、イドゥヴァの足は投票会場に向かっていた。

「貴部隊の投票権放棄、事務局側として認めます。」
受付の隊員によって、十八部隊の棄権は正式に受理された。
だが、何としても受理されては困るイドゥヴァたちがそこへ駆け込んでくる。
「待ってください。 第一部隊棄権の後の十八部隊の棄権。
そして、十八部隊のリーダ格シャニーは、事前に姉であるティト団長と密会をしていたとも聞きます。
我々への投票を表明していた彼女が、ここに来て棄権するとは
何か団長による思想強制があったと考えざるを得ません。
今一度、十八部隊の投票権放棄受理をご深慮願います!」
アルマの声が静まり返った投票会場に響き渡った。
棄権に対する受理処理。 突然のそれに対する異議申し立てに、選挙進行役達も驚いた。
「第一部隊もそうですが、権利放棄には正当な理由があるはず。
何でも権利だからと放棄してよい問題ではありません。
この選挙は、イリアの将来を巡る非常に重要なもの。
正当な根拠なくして放棄を受理する事は、イリア騎士の誓いに反すると思われます。」
―イリア騎士の誓い・・・。 イドゥヴァの口からその言葉が放たれた。
イリア騎士の誓い。 イリア騎士は、その全てをイリアの為に捧げなくてはならない。
イリアの将来を創っていく大切な選挙。 それを正当な根拠もなしに放棄するという事は
誓いに反する事になる・・・。 そういう理屈である。
「ふっ・・・。」
だが、その言葉をレイサは鼻で笑った。
蔑んでいる相手に、蔑みに塗れた顔で笑われた。
「何がおかしいのですか、レイサ。」
言われて黙っていられる性格ではない。
イドゥヴァは即反応し、レイサを睨みつけた。
「だってねぇ。 そりゃ笑うしかないでしょ。
一番騎士の誓いとは縁遠い人間が、エラソーに騎士の誓いを盾に理屈こねてるんだからさ。
根拠? 当然あるから、それに従った行動をとってるんだろ?」
レイサの目配せに、シャニーたちがレイサとイドゥヴァの間に立った。
彼女らはその位置から選挙進行役の方へ体を向け、綺麗に隊列を整える。


69: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:44 ID:PM
「十八部隊長レイサに代わって、私たちが、権利放棄の根拠を申し上げます。」
イドゥヴァの視線は、シャニーへ向けられていた。
これほどの実力があり、現団長のやり方に不服を漏らしていた彼女。
それに対し自分は、出世の道を開いてやると誘った。 その代わり力を貸せと。
なのに、彼女のとった道は棄権。 何が不満なのか分からなかった。
「今回の選挙は、ただの票取り合戦になってしまっています。
敵対する人やどちらにつくか迷う人に、うまい話を持ちかけてまで。
昼に団長と会っていたのは、今回の選挙を実施した真意を聞く為です。
何の為の選挙なのか、何のために選挙をすることにしたのか。
その問いに、団長はこう仰りました。
“今回の選挙は、騎士の一人ひとりが、イリアを創っている構成員であること自覚してもらう為に行ったもの。
自分で考えて、悩んで、そして自分の意志でイリアの将来を決めて言って欲しい“と。
あたしはそこで確信しました。 今回の選挙は、間違っていると。」
「職業柄、結構徘徊してるから、色々聞いてんだよね。
投票しなければ、部隊の経費を減らすという脅しがあったという話もあるってもんだよ。」
隊員たちの後ろから、レイサも彼女らを助ける。
その目線は、明らかにイドゥヴァのほうへ向いていた。
視線にめった刺しにされたイドゥヴァは、思わず視線を逸らす。
「そんな捻じ曲げられた意思を基に作られた投票結果など意味がない。
あたし達も、そんな団長の意志を知らず、造られた意志で投票するところでした。
今のあたし達には、もう全くの自分だけの意志で投票する事は出来ません。
だから、投票権を放棄しました。」
シャニー達は事務局側にお辞儀をすると、部隊長の後ろに下がった。
イドゥヴァは納得できるはずがない。
「自分の正当性を主張することが、捻じ曲がった意志を作るとか言う事になるのですか??」
「意志を主張するって言うのは、他人に不安や恐怖を植え付けることなのかい?」
「なんですって?!」
またしてもこの二人は口論を始めてしまった。
だがこの口論、イドゥヴァが勝ったためしは一度もなかった。
そしてそのジンクスは、今回も同じ結果を招いた。


70: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:45 ID:PM
「そんな事言えるのかい? なんならあんたがしてきたこと
全部ここで喋っちゃってもいいんだよ? 知られたくないから秘密裏に行動してたんだろ?
残念だったね。 こっちはそういうのを仕事にしてるんでね、ぜーんぶお見通しなんだよね。
セイレーンでのお食事会は楽しかったかい? 私も一度でいいからああいう高級レストランで会食してみたいよ。」
セイレーンとは、イドゥヴァが良く会合で利用する高級レストランの名前である。
団長選出選挙実施が決まった後、その関係でよく彼女はそこへ訪れていた。
密会にする為に、わざわざ場所をそこに選んでいた。
だが、どこでその話を聞きつけてきたのだろうか。
レイサはその場所を突き止めては、話を盗み聞きしていた。
それゆえに、彼女はイドゥヴァ派が十八部隊の票を当てにしている事も事前に知っていた。
それまではポーカーフェイスを装っていたアルマも
レイサに自分達の考えている事、やっていることが全て筒抜けであったことには驚いたようだ。
眉間にしわを寄せ、明らかに不機嫌な顔をした。
彼女以上に興奮したイドゥヴァ。 だがこれ以上のレイサとの口論は、
自分で自分の首を絞めるだけということが明らかである。
彼女にもこの事が分かっていた。 悔しさに目を見開いてレイサを睨みつけるも
はき捨てる言葉が見当たらず、無駄に勢いをつけて体の向きを変え、そのままへ会場を後にした。
アルマも彼女を追いかけて止まった。 その視線はシャニーのほうを向いている。
二人の間だけで時が止まり、暫く互いの瞳をずっと見つめ続けていた。
「で、権利放棄は正式に受理されたんだね?」
「はい。 十八部隊の権利放棄により、全ての部隊の投票が終了しました。」
レイサは確認を終えると、出入り口のほうを向いて隊員兵合図をする。
「ほら、権利は行使したし、私たちも部屋に帰るよ。」
レイサは一人隊列から取り残されて未だにアルマのほうを見るシャニーの肩をポンと叩いた。
シャニーは慌てて隊列の最後尾に戻る。
そして再びアルマのほうを見ると、もうそこに彼女の姿はなかった。
シャニーは、自分の正しいと思ったことを貫いた。
自分の心に素直な気持ちで、投票権を放棄した。
だが、ここに来て何かアルマに対して悪い気も起きている。
結果的に、親友の顔を潰す結果になってしまったのだから。
(正しい事をすることが・・・本当に、皆に喜ばれる事なのかな。)
“一”をまた一つ知った彼女の心に、新たな難題がひとつ生まれていた。


71: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:45 ID:PM
十八部隊の投票権放棄。 それは各部隊に多大な衝撃を与えた。
その反応は部隊によってさまざまだったが、良い反応を示す部隊は少なかった。
―勝ち目が薄いと知ってティト団長を見捨てた
―直前に団長や第一部隊からの圧力があったのではないか
棄権と言う行為を、両陣営ともどっちつかずの裏切り者として捉えていた。
それは、両陣営が十八部隊を重要票田と位置づけていたからであった。
重要視していただけに、予想の斜め前を行くレイサたちの行動は、各部隊の心理に大きな影響を与えたのであった。
だが、一つだけ確かなことがある。
十八部隊の投票が終った事、それはすなわち、全部隊の投票が終った事を指す。
いよいよ、運命の扉を開く時が来たのである。
開票は、事務局側である第一部隊が中心に行う。
開票室である第一会議室には、第一部隊と第二部隊以外の各部隊の部隊長が集まった。
想定外の出来事に満ちたこの団長選出戦の行方。
天馬騎士団は、そのことに目を釘付けにされていた。
深夜を回り、日付が変わったにもかかわらず。
極限の緊張が皆を包み、静まり返る会議室。 突き刺さる極寒の矢も、その緊張の前に力なく折れ落ちていく。
白狼の遠吠えが聞こえる。
イリアの夜空。 どんな名刀よりも研ぎ澄まされた夜風は、あらゆる音を繊細に運んでくる。
焦る気持ちを、夜風は更に煽る様に色々仕掛けてくる。
少しの物音にも、皆は敏感に反応する。
それを楽しむかのように、夜風は相変わらず色々な音を彼女らの耳にたたきつけた。
また一つ、澄んだ空気が音を運んできた。
その音は近寄っては離れていく風の音ではない。
ゆっくり、しかし確実に、この第一会議室に向かっている。
その音が複数人の足音であると正確に分かった時、その足音は止まり
部屋のドアが大きく開かれた。 そこに現われた存在に、一同は目を疑った。
「闇の隠者・・・。 なぜあなたがここに。」
「団長に頼まれたんじゃよ。
事務局側も同じ天馬騎士団内の人間。
そして更に現団長配下の部隊となれば、どちらかの陣営にとって恣意的な開票になる可能性も否定は出来ない。
公正な見地からの開票をお願いしたいとね。
わしは断ったんじゃが、どうもああいう瞳は、自分の若い頃を見ているようで敵わんわい。」
第一部隊の隊員に囲まれて現われたのは、
雪のように真っ白な髪に、曲がった腰、縮んだ背、曲がった鼻・・・。
いかにも老魔女といった言葉が相応しい山の隠者、ニイメだった。
天馬騎士団の部外者が監査役を勤める・・・異例の事態だ。
ある者は、本当に団長が公正な選挙を望んでいたのだと再確認し
更にある者は、部外者を用いるほど、騎士団内で誰も信用が置けないのかと団長を心中罵った。
「では、これより開票を行います。」
第一部隊の隊員が、投票箱を開けた。
中から最初の一票を取り出し、二つ折りになっている紙を開く。
「これより読み上げていきます。」


72: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:46 ID:PM
開票が始まった。
部隊長以下の身分のものは、各部隊の事務室で結果を待つ。
シャニー達十八部隊も、レイサ以外の面子は皆寝ずに様子を見守っていた。
何も音は聞こえてこない。
先程まであれだけ色々な雑音が心を掻き立てていたと言うのに。
恐ろしいほどの静寂が、部屋の中を包んでいた。
自分達のとった行動によって、どう戦況に影響が出ているのか・・・。 とても気になった。
自らの手で引き裂いた、イリアの未来。
だがその未来は、歪んだ誓いによって創られる未来。
勇気ある決断だったのか、ただの曲解だったのか・・・。
それは今でも分からなかった。 だが、十八部隊の棄権は、確実に戦況へ大きな影響を与えていることだけは事実だった。
自分達の起こした行動の影響の大きさに、皆は開票の様子が知りたくてたまらなかった。
だが、自分達には待機しか許されていない。
その歯がゆさと緊張感が、部屋にこれ以上無い静寂を与えている。
―ガチャ
その突然の物音に、皆は一斉に主の方に視線を集める。
開票結果が来た。 注目が万と集まるその知らせに、皆は扉へ駆け寄った。
「レイサさん、どうでした?! ・・・・って?」
皆は扉の前に居た者を見てがっかりした。
そこにいたのはレイサではなく、アルマだったのである。
平隊員のアルマが、選挙結果を知るわけがない。
廊下があわただしさに包まれていないことからも、結果が出たわけではなさそうである。
「シャニー、今時間はあるか?」
アルマが指名したのは、予想通りシャニーだった。
親友同士の内緒話。 そんなものは天馬も食わぬといった感じで皆は散り散りになっていく。
指名された当人は、選挙結果が気になるものの
先程のわだかまりを解く為にも、誘われるがままに城の中庭に歩いていく。
今日の夜は一段と冷え込んでいた。
済んだ星空には、満天の星絨毯が敷かれている。
二人は暫くそれを見つめながら中庭を散歩した。 何もかも忘れられるような美しさに、心が洗われる気持ちだった。
その後、城門へと続く中央通路に聳え立つバリガンの像の足元に二人は座り込んだ。
座り込んでからも、互いに言葉を掛け合えなかった。
どうやって切り出そうか、なかなかそれを見出せなかったのだ。
第一会議室の明かりを見ながら、口火を切ったのはシャニーだった。
「ねぇ、今回の選挙のこと・・・。」
「私もそのことでお前を呼んだのさ。」
やはりそうであった。
シャニーの予想通り、アルマは十八部隊の棄権のことでシャニーを呼んだのだった。
きっと、イドゥヴァに責任追及をされたのだ。
十八部隊の票を手に入れようと必死になっていた。
そのために、幾度となく十八部隊に足を運んでいた。
イドゥヴァは十八部隊の事はアルマに任せていたようだった。
そして、アルマは十八部隊の票を獲得することを、結果的に失敗した。
一番のキーポイントを取りそこね、恐らくイドゥヴァは焦っているだろう。
「ねぇ、イドゥヴァさんに怒られた?」
「いや。」
イドゥヴァに言及されたわけではないようである。
アルマはシャニーの質問へ軽く否定を返した。
イドゥヴァが団長になると言う事は、その右腕であるアルマも騎士団の中での位が挙がることを意味する。
位が上がること、それはもっと分かりやすく言えば、アルマの手にする力が大きくなると言うことである。


73: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:46 ID:PM
力を手に入れて、騎士団の長になること。 それがアルマにとっての第一目標。
これをシャニーは以前に聞かされて知っていた。
だから今回の権利放棄は、間接的に彼女の目標を妨害したことになる。
そのことに対する非難でも浴びせようと言うのだろうか。
「あのね、アルマ。 アルマの顔を潰すようなことしちゃってごめんね。」
「なぜ謝る必要がるんだ?」
シャニーの侘びに、アルマは笑いを鼻から通し、首を傾けて困惑を表す。
シャニーの読みはまたしても外れてしまった。
どうもアルマの考えている事は読めなかった。 たいていは、表情や話し方で分かるのに。
「お前は自分の考えに従って行動を起こした。
別に誰かに唆されて権利を放棄したわけじゃないだろ。 それとも面倒になって破り捨てたのか?」
「まさか! そんなわけないじゃん!」
下を向きかけていたシャニーが、アルマを目を見開いて見つめ否定した。
「だったら謝る必要なんかあるのか?
お前はお前。 お前には、お前の考えがある。
お前の中にまで分け入って、考えを捻じ曲げる権利なんか誰にもない。 まぁもっとも・・・」
「それすら出来てしまうのが、権力だーって?」
責任追及されているわけではないと分かったシャニーは
いつもの調子でアルマを茶化す。 だが、アルマは表情を変えなかった。
アルマは第一会議室から聞こえてくる、舌すべりの良い声を聞く。
ティト・フライヤー・・・・・ティト・フライヤー・・・・・・・イドゥヴァ・フェール・・・・
それは、選挙進行役の声だった。
読み上げられているのは、開票内容。
澄みきった空気の中を、その声は強烈な緊張感を運んでくる。
その造られた意志たちが読み上げられるなか、
シャニーはティトとイドゥヴァ、二人がいるであろう各部隊室を見上げる。
このときこの瞬間を、二人はどのような心境で待っているのだろうか。
「その通りだ。 あの人にはそこまでの力がない・・・わけじゃない。
たいていの騎士は、あの人の意見は鶴の一声と仰ぐ。 それも全ては、あの人の顔が広く、権力を持っているからだ。
傭兵としてのレベルも高いし、騎士団の殆どを知り尽くしている。
団長は確かに人徳がある。 だがな・・・。
お前の姉と知って言う。 正直あの人は、人のうえに立つような性格じゃない。」
「そんな言い方って!」
姉の事を悪く言われては、いくら相手が親友とは言えシャニーも黙ってはいられない。
アルマはシャニーのほうから目線を逸らすと、ティトのいる部屋を見上げる。
彼女は知っていた。 いつも日付が変わっても、団長室の明かりが消えない事を。
団長が毎日、縦割りになってしまっている騎士団の内部構造を変えようと苦悶していることを。
「怒るなよ。 といっても無理だろうが。
ティト団長は、平和な時代の団長なら、聖人だったのかもしれない。
だが、あの人の本来は、保守的で世間体を重視する傾向になる事は否定できないだろう?」
「それは・・・そうかもしれない。」
シャニーの心には、怒りよりも驚きが働いていた。
アルマは、ティトとそこまで面識はないはずである。
それなのに、彼女は姉の性格を大まかではあるが性格に分析していた。
よく人を見ている。 そのあたりはさすがだと思った。
(あたしのことはどう見ているのかな・・・。)
そう想いながらも、彼女は星を見つめながらアルマの声を黙って聞いていた。
いつもぶっきらぼうなアルマだが、シャニーの前では明朗活発に物事を語る。

ライヤー・・・・・イドゥヴァ・フェール・・・・イドゥヴァ・フェール・・・。


74: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:47 ID:PM
読み上げられる名前。 石板にかかれている彼女らの名前のしたに
書記係が一本一本槍を描いていく。
イリアでは、数を数える時、槍を束ねるように線を引いて数える。
4本の槍を縦に並べ、その上に、もう一本の槍を書く。 これで五である。
二人の名前のしたには、同じくらいの槍が並べられていた。
一本ずつ、意志が槍に変わり、槍がイリアの未来を決めていく。
シャニー達が外から眺める第一会議室。
その中の空気は、今までにないほどに緊張の熱気で包まれていた。
ニイメは部隊長達の視線が一点に集まるその先を見ながら、じっと座っていた。
(騎士共のこの顔つき・・・。
本当に真剣だわい。 ここまで真剣になれるものなのかの。
いつもは意志のない、従うだけの連中がこうも熱心になれるとは。
“そっちのほう”にだけは異様に執着心があるんだねぇ。 よーわからんわい。)

「ところでさ。」
「なんだ?」
暫く静かに開票状況を見守っていたシャニーたち。
だが、周りは刻一刻と冷えてくる。 その寒さは体を刺すようになっていた。
「何の用事であたしを呼んだの?」
「いや、別に用事はないよ。」
「えぇー。」
シャニーの気が抜けたような声に、アルマの口元が思わず緩む。
アルマにとっては、数少ない気を許せる友。
自分と性格も価値観も正反対だが、一緒にいると不思議と心が安らいだ。
いつも気を張って生きていかなくてはならない自分にとっては、掛替えのない存在だった。
「でも、本当によかったよ。
お前が、私の思っていた通りの人間でさ。 流石はこの私の親友なだけはある。」
「ははは、そりゃどうも。」
シャニーは半ば呆れ顔で相槌だけは打っておく。
だが、アルマは反応に困っているシャニーのほうを見つめなおした、
「冗談じゃない。 本当にそう思っているんだ。
他のやつらの大半は、従ってるだけ。 言われたことをこなすだけ。
傭兵としては、それでいいのかもしれない。 主人に忠実な犬であるほうが。」
「犬・・・。」
「そう、犬さ。 犬より酷いかもな。
自分の確固とした意志なんて持っていないし持つ気もないんだから。
いや、保身と言う名の意志だけはしっかり持っているか。
それだから、イドゥヴァ部隊長にちょっとうまい話を持ちかけられると、なりふり構わずついていってしまうのさ。」
シャニーも言われてみればと、今回の選挙の流れに納得した。
そして、部隊長クラスが選挙にやたら熱心な理由も分かった。
それはイリアの将来を考えてというわけではなかった。
自分が支持をした方が団長になれば、それはすなわち自分達の格も上がると言う事。
なのに、なぜ自分が団長になろうとはしないのか。
それは、団長になれば、騎士団外にも公表できるような結果を残さなければならないからだった。
戦うことが、自分達騎士の役割。 そして、戦うことがイリアの生き延びる術。
そう考えている騎士達は、戦闘以外の無駄な責任は被りたくなかったのだ。
向いている方向が、皆バラバラだった。
それを一つにまとめているのは、他でもない、ただの甘言である。
「だけど、お前はそうじゃなかった。
アレだけ私やイドゥヴァ部隊長にパッシングされても、自分のスタイルを崩さなかった。
私は、そういう人間が好きだ。 確固とした自分を持たない人間など、人間じゃない。
お前は、私の人間の友達だよ。 大切な親友さ。」


75: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:47 ID:PM
アルマは立ち上がり、シャニーを上から見る。
シャニーもそれに気付き、立ち上がる。
「私はイリアの生活水準を上げたい。 あらゆる意味で。
そのためにも、他に負けない強国に変えたい。 いや、変える。
その想いは、入団当時も今も変わってはいない。
悠長に時を待ってもいられない。 自分で動かなければ。」
熱心に語るアルマへ、シャニーは手を差し出した。
やり方は強引で、自分とは食い違う事もある。 だが、理解し合える大切な親友同志だ。
「あたしも、アルマと同じ考えだよ。
イリアを他国に頼らなくてもいい国にしたい。
もう、寒さや賊に震えて、ひたすら春を待つなんていやだよ。 自分の力で春を呼び寄せたい。」
志を共にする者同志が、がっちりと握手を交わす。
その握手は、友情を印だけではない。
契りを結んだ戦友同志の、意志確認の証でもあった。
二人は互いの顔を見つめあう。 ここまで意気投合する知り合いも初めてだった。
「そろそろ寒いし帰ろうか。 開票ももうじき終るはずだし。」
アルマへ部屋に戻ろうと声をかけ、第一会議室のほうを見上げようとした、そのときだった。
シャニーの目に、彼女に何か違和感を覚えさせる影が映った。
影には、うっとするようなものがある。
それは、狂気も混じるほどの殺意に満ちた目線だった。
目線の先には、なんとあろうことか大切な親友!
その腕の先には、今にも引き絞られんと言った感じで、標的に狙いを定める番われた弓矢の矢先が、親友のほうを真っ直ぐ向いていた。
騎士としての本能が、彼女へとっさの大声を出させた。
「アルマ危ない! 伏せて!」
反応良く、身を翻すアルマ。 殺意の主は、勘付かれたことに焦った。
電光石火の手際で弓を引き絞り、即座に矢を射った。
だが、標的はすでにバリガンの像の陰に隠れていた。
矢は、乾いた音を残して、バリガンの足元に落ちた。
「ちっ。」
殺意の主は舌打ちを伸して、まだ下に緑の残る森の中へ消えていく。
「待て!」
シャニーが剣を抜いて後を追いかけるが、その肩をアルマがしっかり握って止めた。
「こんな夜に独りで深追いは危険だ。」
「でも!」
「落ち着け、一度団長に話をしてくる。」
アルマは小走りで城へと入っていった。
そこへ、声を聞いて駆けつけてきたレイサがやってきて、彼女は何かを見つける。
一瞬眉間にしわを寄せた後、拾ったものをシャニーに見せてやった。
「これは?」
「そこに落ちてた奴さ。 恐らくアルマを狙った矢だね。」
シャニーは手渡された矢を見て息を呑んだ。
それは、銀製の矢だった。 だがそれだけではない。
殺傷能力を向上させるために、鏃の形を複雑な造りにしてあった。
その破壊力は、バリガンの像の土台であるか固い岩盤に穴を開けるほどである。
穴は大きく抉れ、傷口はかなり広がっている。
もう一度良く見てみると、返しが何箇所も付いており、いったん刺さったらなかなか抜く事は出来ないようにしてあるようだ。
それに、鏃から放たれる微かだが鼻につくこの臭い・・・毒が塗ってあるのである。
驚異的な破壊力、そしてターゲットが慌てれば慌てるほど、ターゲットのダメージを増す。
更には猛毒で内からも体力を奪っていく。
ターゲットを殺すために極悪なまでに強化されたその矢からは、
裂空天駆しなくなった今でも、ゾッとするほどの重く、鋭い殺意を感じる。
「そんなおっかないモンを使う夜賊が何処にいる?」


76: Chapter1−7:団長選出:08/05/03 23:48 ID:PM
「・・・こんなの見たことない。」
「そいつはプロの仕業さ。 手馴れてるし、それにかなりの念を入れた仕事をするヤツのようだね。」
レイサから辛く放たれたその言葉。
だが、シャニーにとっては理解できても納得の出来ない話だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何でそんな暗殺者みたいなことをする奴がこんなところに??」
「簡単な話さ。 ・・・誰かを殺そうとアサシンが狙っている。 それだけのことさ。」
誰かを殺そうとしている・・・。
その誰かとは、この矢で狙われていた人間・・・すなわちアルマであることは間違いない。
だが、アルマの様子はいつもと変わらないように、シャニーには見えていた。
「でも、あいつは夜賊だって言ってたよ?
それに、狙われてるって知らなかったならあんな冷静でいられるわけないし
狙われてるって知ってるなら、夜にふらふら出歩いたりしないんじゃないかな。」
「あいつはあんたを信じてたんだと思うよ。
自分が背を向けていても、あんたが助けてくれるってね。 一匹狼のすることとは思えないけど。」
「・・・じゃ、じゃあなんでそんな危険な奴に狙われたりするの?!」
シャニーは何としても、アルマが狙われているということを事実として受け止めたくなかった。
自分の親友が、命を狙われて毎夜怯えているなんて信じたくなかった。
「そいつは本人に聞かなきゃわかんないよ。
でも、同業者の勘を言わせて貰うとね、あんだけ周到な仕事を仕掛けてくるとなると、よっぽどの事をしたんだろうね。
まぁ、あいつはあんな性格だし、どこでどんな恨みを買ってるも知れないって言うのは何となく納得できる話だけど。」
「レイサさんっ! めったな事言わないでよ!」
シャニーはレイサに詰め寄るが、軽くレイサに顔を下に押し下げられた。
彼女にも分からないで話ではなかった。
そうでなくとも、彼女の事を疎ましがっている上位幹部は少なくない。
ただ、彼女がイドゥヴァの右腕になった今、
それを安易に口にする事が自分達の首を絞めることになることは誰しも意識するところであった。
それでも、シャニーは親友が殺意に駆られるほどの何かをする人とは思いたくなかった。
自分と同じくらい、もしかしたら自分以上にイリアのことを思っているアルマが、まさかそんな。
「シャニー、あんたの今後の為にこれだけは言っておくよ。
他人を疑わないで誰にでも明朗活発に接する事ができるあんたのその性格は、本当に恵まれたものだ。
でもね、それも度が過ぎれば単なる甘い人間ってだけになる。
自分のひと時の感情で事実認識を誤るような事は、これから部下を持っていく人間として最もしてはいけないことだよ。」
「甘い人間・・・。」
「信じ貫く強い心は必要さ。 でもね、事実は事実として受け入れる強さも必要なのさ。
その両立は・・・難しいけどね。 ・・・さて、そろそろ選挙結果が出るし、私たちも城に戻るよ。」
レイサに肩を抱かれ、シャニーは城へと戻っていく。
その心に映るのは、親友を信じたい思いと、目の前に横たわる事実による葛藤か。
それとも、仲間の無事を喜ぶ反面、いつまた再び狙われるかもしれない恐怖とが交じり合う不安か。
どちらにしても、彼女は一つを強く願っていた。
理不尽な理由で、命を狙われたり狙ったりしなければいけないような国で、イリアはあって欲しくはない。
他の国と同じように、そしてそれ以上に住みよく豊かな国になって欲しかった。
そのためにはどうすればよいか、様々なことを吸収しようやく外殻が見え始めていた。
その夢を共にする仲間達。 そして、平和を望むイリアの民達。
だが、同時に自分の無知さ無力さも毎日のように感じていた。
当初なぜ新人部隊に配属されたのか分からなくて、ティトに突っかかって行った。
それを思い出すたびに恥ずかしくなった。
しかし、もう恥ずかしいでは済まされない。
入団して早くも半年以上が過ぎた。
早く姉や部隊長を安心させたい。 その気持ちがどんどん強くなっていた。
今回、経緯はどうであれ、権利放棄という形でイリアの未来を放棄した。
早く真の意味で一人前になって、今回貢献できなった分を取り返したい。
シャニーは、あるべきイリアの姿をレイサと話しながら事務室へと戻っていく。
空の向こうは、暁にうっすらと染まりつつあった。
そして、明日は今日へと変わっていく。 新たな一ページを刻むべく。


77: Chapter2:08/05/04 00:55 ID:0c
Chapter2−1:理想と孤独

城に帰ると、アルマと外へ出て行ったときのような静寂はそこにはなかった。
あわただしく廊下を駆けて行く騎士達。
それは部隊長達であった。 彼女らの駆けて行く先は、事務室の方である。
結局寝ずの決戦となった選挙も、どうやら終わりを迎えたようである。
「おっと、私は部隊長だからホントは皆に知らせを持っていってやらないといけない役なんだった。
あんたと一緒に居ると時間がなくなって困るよ。」
「何よ、なんでもあたしのせいにしてさー。」
「じゃあ結果を見てくるわ。 部屋に戻って待機しといて。」
レイサは膨れるシャニーの額を指先で軽く弾いてやる。
尚更膨れるシャニーを軽く笑い、彼女は第一会議室へと向かって歩いていった。
シャニーもこれ以上オモチャにされるのはごめんだったので、素直に部屋へ戻った。
他の部隊の事務室には、各部隊長が駆け込んで暫くした後、どよめきとも取れるような声があちこちで上がっている。
一体どちらに軍配が上がったのか。
権利放棄をした身であっても、その部分は否応無しに気になる。
逸る気を抑えて、彼女は自分の部隊の部屋に戻った。
「あ、おかえり。」
新人部隊でも、寝ているものは一人としていなかった。
缶詰に詰めた緊張を開封したように、扉を開けたシャニーに重い雰囲気が襲う。
それと同時に、部屋に篭る緊張感が外に抜け、代わりに外の新たな風が入ってきていた。
「結果が出たみたいだよ。
今レイサさんが確認に行っているから、もう少し辛抱してろってさ。」

「ティト団長、再選おめでとうございます!」
第一部隊の面子は、ティトの再選を心から喜んだ。
彼女は僅差でイドゥヴァを下し、団長の任へ再任を果たしていた。
一人部屋で結果を待っていたティトの部屋に、皆で流れ込んだ。
「・・・そう、私が再任・・・。
皆、ありがとう。 でも、私はこれからもやる事は変わらないわ。 まだ結果を出せていないもの。
イリアが本当の意味で平和になるように勤めるつもり。 だから貴女達も私に協力して欲しい。 同じイリア騎士として。」
皆は沈黙の中にも硬い忠誠を団長に誓う。
彼女が団長として然るべきと、多くのものが認めていたのである。
それもひとえに、彼女の性格ゆえ。
一つの目標の為に、不平も愚痴も漏らさず。
それに向かって黙々と、そして確実に努力を積み重ねる姿は、自らアピールしなくても滲み出るものであった。
だが、一つだけ気になることもあった。
それは得票の内訳の中でも、騎士団の上位部隊の票があまりないことであった。
それはつまり管理者側、すなわち若い数字の部隊長クラスの人間は、皆イドゥヴァ側に回っていると言う事である。




78: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 00:55 ID:0c
大きな仕事をしようとすれば、他の部隊の長に協力をお願いしないといけない。
だが、この選挙結果は明らかに、他部隊の長達との間に溝があることを示していた。
いくら一人が優れていても、大きな仕事は大勢で知恵を出し合わなければ成就することはまずありえない。
今回も最初から重いハンデを背負ってのスタートとなった。
再選という、皆から認められた悦びと、騎士団の中核で四面楚歌の現状。
複雑な喜と哀の狭間で、ティトは昨日までと同じように仕事を始めるのであった。
その彼女の前に、一人の女性がフラッと現われる。
「再選なすったか。」
ニイメだった。 彼女は開票の一部始終をずっと見ていた。
闇の向こうの更に奥、闇を追求し、闇の奥にある普遍なものを追及する彼女。
その彼女の瞳は、真理に近づくべく新た経験を吸収していた。
「ニイメさん。 夜遅くまで本当にありがとうございました。」
「礼なんか要らないよ。 半分はこっちが見物したいっていう気持ちで引き受けたんだからね。」
ニイメは淑女であるティトへ好感を抱いていた。
ティト自身昔は、主の言われるがままに動いて、言われるがままに戦うこと。
これがイリア騎士としての最善だと考えていた。
だが、先のベルン動乱でその考え方にも変化が現われてきていた。
同族を殺しあってまで金を手に入れることが、果たしてイリアの将来にとって良い事なのか。
その問いに対する彼女なりの答えは否であった。
しかし、その否を是としなければ、今のイリアはやっていけない。
それはなぜかと問うていくと、騎士に定着してしまった戦うことを是とする風潮
そして、分散している力。 そして、リキアへ赴いたときに、最大の理由に直面した。
イリアもリキアを模して、国づくりの根幹を変えていかなければならない、彼女はそう結論付けていた。
本来のイリア騎士としてあるべき姿を体現しようとする姿が、ティトからはあふれているようにニイメには映っていた。
「ありがとうございます。 これからも若輩者の私たちに色々アドバイスをお願いします。」
「おやおや、いいのかね? 騎士団外のものにそう簡単に頭を下げて。」
「はい。 イリアを創っていく者として、騎士団の内外は関係ないと思っています。」
ニイメは暫くティトをじっと見ていた。
(この娘が、シグーネの言っていた“私のあとを継ぐもの”・・・。)
バリガンの再来かと思わせるほどに、礼儀正しく、凛然で、そして強い意志を持った若い騎士。
「そうかい。 やっぱりあんた再任するほどの人間だね。
汚い手を使ってまで権力を追求する人間が逆上せ上がってる世の中じゃ、あんたみたいなのは貴重だよ。」
ティトはその賛辞にいつもどおりの感謝の台詞言わなかった。
彼女の目は悲しげだ。 就任直後からずっと排除を目指していたものが、今でも根強く蔓延っている。
しかもそれは、天馬騎士団の中ですら解決できていない。
国づくりの根幹を変えるには、まず騎士達の心もあり方を正す必要がある。
間違っているわけではない。 民のために戦う事は。
たが、国のために戦うことが是であって、戦うことが騎士の仕事ではない。
それどころか、こともあろうに傭兵としてのランクを競い、そのランクによって派閥を形成するなどもってのほかであった。
今の騎士は、自分のために戦っている。
そもそも、民のために戦うというのも微妙な表現である。
「いいえ、私も、派閥作りの一端を担ってしまっているのが現実です。
騎士は、いえイリアの皆は横一線になって将来を考えていくべきなのに・・・。
でも、皆をまとめる長はどうしても必要になりますし、どうすればよいのでしょうか・・・。」
「一人ひとりが、イリアを創っているという自覚と自信を持つこと。 それしかないね。
自信が慢心に変わったら脆いもんだけどね。
それにね、必ずしも横一線になる必要はないんだよ?」


79: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 00:56 ID:0c
ティトは、老人の語る一言一言へ熱心に耳を傾ける。
自分が何をすべきなのか、何が足りないのか、それを老人から学び取ろうと必死だった。
再任を任された。 それは皆に認められたと同時に、重い責任を再び背負うこと。
その期待と責任に応えられるように、これからも精進しなければならない。 その気持ちでティトの心は一杯だった。
「と、言うと、具体的にはどういうことですか?」
「守る存在、守ってくれる存在、それは互いに必要だという事だよ。
頼れる存在がいる事は、不安をなくしてくれるし
守ることができる存在がいる事は守る者に力を、そして生きる意味を与えてくれるからね。
どっちにしても、その存在が当たり前になったらお終いだけど。 まぁ今のイリアがそうだわね。」
ティトは何か強い衝撃を受けた。
支える人間と、支えられる人間。 それは分かれていてもいいのである。
誰しも強い人間でもなければ、優しい人間でもない。 得手不得手だってある。
それを無理矢理に横一線に並べる必要はなかったのである。
大切なのは気持であった。
守ってもらえることへの感謝と、守る側の感謝。
それが、守ってもらって当然、守ってやっているんだという慢心へ変わることに問題があった。
誰でも、一方的に守ってもらう側でいていけないし、守る側ではいけない。
互恵の精神であってはじめて、円滑な関係を築けるのである。
「私は・・・何か考え違いをしていたみたいです。
誰もが平等に、同等の立場である一つのことに向かって協力する。
それが一番大切なことなのだと、今まで思っていました。
ですが、それはどうやら違うようですね。 支える側と、支えられる側・・・。 そう考えた事は初めてです。」
「そうだね、間違いは誰にだってあるもんさ。
皆を一直線に並べれば、得手とする人間にとっては退屈だし、なにより不得手な人間にとっては酷過ぎる。
不得手も努力次第でなんとかなればいいけど、世の中には自分の力じゃどうする事も出来ないことっていうのも山とあるからねぇ。」
完全な平等。 それは一般に求められやすいものである。
何でも平等に、皆と同じことを、同じように出来ることこそ良いことである、と。
だがそれも究極まで追求しようとした途端、微妙に道を外れていくのである。
ニイメの言うとおり、全てにおいて皆一直線でなければならないという事は、力のないものにとっては最悪のルールであった。
しかも、これがルールになってしまっている以上、遅れれば皆から非難される事は予想できる事だ。
平等ゆえの不平等。 これほどの皮肉な副作用もない。
それでいて、中途半端な追求では皆の向く方向を一方へ変える事はなかなか難しい。
バランスの舵取りが不可能なのかと思えるくらいに、今のイリアは不安定であった。
ヘタに動かせば、今まで溜まっていた矛盾が一気に山肌を滑り落ちイリアを押し潰してしまうかもしれない。 その危機感が常にある。
シグーネやユーノをはじめとする歴代の団長たちも、その危機感になかなか思い切ったことができずにいたのである。
ティトも当然に、その事は意識している。 危機感に萎縮する自分がいた。
「どうすれば良いのでしょう・・・。 何をすべきなのか、見えなくなる事が時々あるのです。
もし、自分の一つの命令が原因で、イリアの崩壊に繋がるようなことがあったら・・・正直怖いのです。
こんなことを考えても、どうしようもない事は分かっていますし、そう自分に言い聞かせています。 でも・・・。」
「あんたは独りじゃないんだ。 困った時は仲間に相談すればいい。
さっきも言ったろ? 支える側は、いつでも支える側である必要はないと。」
「はい・・・。」


80: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 00:56 ID:0c
「あんたは私の若い頃に似てホントに淑女じゃな。 他の女子も見習うべきだわい。」
「え? いえ、そんな。」
ティトはいきなり降られた話に酷く狼狽する。
ニイメにはその顔と反応が楽しくて仕方なかった。
もっと感情を前面に出せばよいのにと思うほどに恥ずかしがっているのである。
「でもね、あんたのその常識人過ぎるところが、今は裏目に出てるね。
何かを変えたかったら、何か失わなくちゃいけない。 それを恐れているんだろう?
あんたの今一番足りないところは、出るべきときに出れないところだよ。 もう少し自分を抑えずにやりたいようにやってみたらどうだい?
皆が不満そうなら、それはあんたが信頼を置いている人間に聞いてみればいいことだしね。
私の若い頃はね、相手が大男だろうとなんだろうと言いたい事はガツーンと! なんじゃ!」
その二人に間に突然割って入ってきたのはレイサだった。
レイサはニイメの手を握ると、ティトから引き離していく。
「ほら、ばーちゃん。 団長は忙しいんだから、年寄りの長話につき合わせたらダメだって何回言ったらわかるのさ。」
「何を言うか! お前みたいな左巻きのあんぽんたんと違って、この娘はエライぞ! わしの若い頃そっくりじゃ!」
(左巻き、あんたがいうかよ・・・。)
レイサは顔を引きつらせる事を何とか堪え、そのまま引き離していく。
ティトには二人の様子がほほえましく見えて仕方がなかった。
血が繋がっているわけでもないのに、あの二人はどうしてあんなに互いに心を許しあえるのだろうか。
ティトにはそれが不思議であった。
そしてそれ以上に羨ましかった。
どうしても相手と自分の間にガードを設けてしまう自分は、友人はいてもあそこまで心を許す相手は少ない。
だが・・・その数少ない、自分の心を許せる大切な人たちを失いたくはない。
その大切な人の命を自らの手で奪うようなマネなど、何が何でも避けたい。
いや、避けなければならない。
(大切な人々を守るために、私は、私の理想を貫くわ・・・。
もう二度と、あんな思いはしたくない。 他の人にも味わって欲しくはない。
負けはしないわ。 この手で奪った、大切な仲間の命にかけて。)
ティトは、決意を新たにする。
彼女は頭の髪縛りをきつく結びなおすと、そのまま部屋に入って行った。


81: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 00:57 ID:0c
「何故。 私が負けるなどありえない・・・。」
一方、第二部隊の事務室には何とも言いがたい険悪な空気が流れていた。
結果報告の隊員が駆け込み、かなりの長い沈黙が部屋を包んだ。
その後漏らした部隊長の言葉に、その場にいた誰もが声をかけられずにいた。
居心地の悪くなった皆は一人、また一人と部屋から去っていく。
最後に残ったのはアルマただ一人だった。
「部隊長。 お疲れ様でした。」
「あれだけやって、何故。 あの小娘の何処に、アレを覆せるほどの票を得る場所が。」
「分かりません。 ですが、やはり僅差と言う事ですので、十八部隊の影響が大きかったと言わざるを得ません。」
イドゥヴァは下を向いて頭を抱えることをやめると、何かを閃いたかのように目を見開いてアルマのほうを見つめた。
「・・・そうか、やはり。 レイサめ、何を吹き込んだのだ・・・!」
この一番大切なときに、一番蔑視していた相手に邪魔をされた。
その怒りは机に向けられた。 悔しさを抑えきれない。
無理もない。 入団してから十五年余り、このためだけに頭を下げて、
このためだけに危険な任務をこなし、この為だけに邪魔なものを踏み台にしてきた。
ここまで努力している自分が、ひょっと出の小娘に負ける。 しかも下賎な盗賊に邪魔までされて。
アルマはイドゥヴァを落ち着かせる。
何も、全てが終ったわけではない。 特に、彼女にとっては。
「部隊長、落ち着いてください。
いくらこの選挙で敗北を喫したからといって、部隊長の騎士団内でのお力に何ら影響するものではありません。
聞くところによると、部隊長クラスの者達の多くは部隊長へ投票したとのこと。
騎士団の中枢を牛耳っておられる部隊長の鶴の一声に、
いくら団長といえど耳を貸さずにはおられないはずではないでしょうか?」
アルマの説得にいったんは席に座ったイドゥヴァだったが
すぐにまた席を立って窓のほうへ歩き出してしまった。
未だに現実を受け入れられなかった。
「そうは言いますが、アルマ。
団外的に見れば、やはり団長こそが騎士団の代表、象徴なのです。
団長とそれ以外では、相手の態度も雲泥の差で違ってきます。 意見の通り方は言うまでもありませんよ。」
イドゥヴァは、ティトとは正反対の考え方をしていた。
皆横一線に並び、協調しあうこと。 それは確かに重要かもしれない。
だがそれ以上に、唯一絶対の権力の下に統率の取れた集団の方が、はるかに機能的であると考えていた。
上が考え、下は上の考えを実行する。
騎士団の管理側と実行側のラインを明確にしようとしていたのである。


82: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 00:57 ID:0c
「実行側に頭は必要ない。 体が動けば十分だ。」
これが彼女の口癖であった。
当然、その頂点に立つべくは自分であり、そのために今までやってきたのであった。
アルマもそれに似た考えを持っていた。
権力こそが、敵を含む多数を従える絶対的な力であると。
彼女は窓際へ歩み寄り、再度イドゥヴァへ話しかけた。
「お気持ちは心得ているつもりです。
しかし、既に結果が出てしまった以上、もう今回の結果に固執するべきではないのではないでしょうか?」
「分かっています。 要はこれからどのような施策を講じるか。
今それに悩んでいるのです。 あんな小娘に騎士団を任せておいたら、いずれ崩壊してしまいます。」
イドゥヴァは窓のガラスが割れるのではないかと思うほどに、拳をそれに叩きつけた。
無能な人間まで、有能な人間と同じラインに立たせたら足手まといになる事は自明の理である。
“無能な”人間は、有能な人間の指示通りに動く能力さえあればそれで十分なのである。
それも分からず平等平等と麗句を並べるだけの団長に、誰が信頼を置けるものだろうか。
アルマはイドゥヴァの感情へ素直にうなずいた。
彼女も感じていた。 今の団長は守りは得意でも、攻めは苦手であろうと。
「その通りです。 私も予てからそう感じておりました。
そこで私に一つ愚策があるのですが、お耳に通していただけないでしょうか?」
窓の外を見ていたイドゥヴァは、アルマの声に彼女の方を静かに向き
そしてアルマの口へ耳を寄せた。
アルマの口が再び動き出して暫くすると、曇っていたイドゥヴァの顔に、再びあの不敵な笑みが戻った。
「貴女はなかなかの策士ですね。
しかし、もし失敗すれば、貴女は勿論のこと、
私にも飛び火する可能性があるわけですがそこは大丈夫なのですか?」
「ご安心ください。 部隊長とは師弟の関係を絶ったということにしておきます。
部隊長も私を破門したと言う事にしておけば、部隊長へ影響する事はないでしょう。」
「そうですか、ではあなたにこの案件は任せます。
しかし私は幸せですよ。 あなたのような有能で働き者の部下をもててね。」
新たな一歩を踏み出したのは、団長だけではないようである。
二人はがっちり握手を交わす。
天馬騎士団を、そしてイリアの騎士団を統べるべく。


83: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 00:58 ID:0c
日の沈んだエデッサの城下町。
店先には蝋燭の明かりが灯り、城下町らしい夜が始まった。
極寒のイリアも、ここだけは人々の活気に寒気が吹き飛んでいく。
このようなイリアでも珍しく人の集まり、繁華街と言える唯一の街の中を
礼服を着込んだ黒ずくめの紳士が、そんな明かりを嫌うかのように歩いていく。
彼は繁華街とは少しはなれたところにあるベンチに腰掛けると、葉巻を取り出した。
葉巻は彼が口にくわえた瞬間着火し、一筋の煙が上がる。
その煙が螺旋を描き、座っている彼の前に渦巻いていく。
「遅かったな、ウェスカー。」
紳士は葉巻を口から離し、一息吹いた。
吹いた息が前に出来た螺旋の形を壊したその瞬間だった。
突如螺旋の輪の中に男が現われ、紳士の前に膝を突いた。
その男、ウェスカーも頭に深く帽子をかぶり黒い礼服に身を包んでいる。
人々の前から気配を消さんとばかりに。
「先程からお待ちしておりましたが、周囲への警戒には念を入れておこうと思いまして。」
「ふっ、お前の念の入れようは周到を通り越して殺意すら感じるな。」
「お褒めいただき光栄です。」
葉巻の先の赤だけが、闇夜の中に揺れている。
赤には蛾が集まってきた。
ウェスカーは紳士が葉巻を吸い終わるのを、魔道書を見ながらじっと待っていた。
「ところでウェスカー。 毎度思うことだが、
葉巻に火をつけてくれるのはありがたいが、魔法でやるのは止してくれ。
いつお前を敵と勘違いして斬り殺すか分からんぞ。」
葉巻を吸いつつ、紳士は笑いながら立ち上がる。
ウェスカーはそれに軽く笑みを浮かべてお辞儀をした。
深くお辞儀をしながらも、体は笑いに揺れている。
笑顔を絶やさない彼。 その笑顔は人々に凍える風を運んでいく。
「例の件はどうなった。」
郊外へ向けて歩き出した紳士は、見事なあごひげに手をやる。
そしてウェスカーを呼び寄せた目的である本題を彼に振った。
ウェスカーは被っていた帽子を更に深く被りなおす。
「その件についてなのですが、残念な報告をしなくてはなりません。」
「・・・失敗したのか?」
紳士の左目の眼帯から、鋭い視線をウェスカーは感じる。
「はい。 射手によれば仲間がいたらしく、その者に気付かれたようです。」
紳士はその報告に声を荒げるわけでも、狼狽する様子も見せない。
それどころか軽く口元で笑うと、そのまま黙って歩いていく。
「あの闇夜で勘付かれるとは、私としても迂闊でした。」
ウェスカーが迂闊だったなどという言葉を口にするのを耳にしたのは初めてであった。
紳士は自分より長身のウェスカーを、帽子越しに見上げる。


84: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 00:59 ID:0c
「お前にしては珍しい。 流石は国を守る騎士団・・・
いや、金目当てに戦い慣れをしている戦闘集団というだけはあるか?」
紳士は皮肉も混じった口調で敵へ賛辞を送る。
ウェスカーは一層笑みを全面に浮かべた。
「いえ、いくら戦闘慣れしているとは言え、
指折りの射手を送り込みましたから、その存在に気付くとなればよほど鍛練された人間でしょう。 わが組織に欲しいくらいの腕前です。」
紳士はふっと笑いを声に出す。
彼は礼服の懐に隠していた倭刀を体の前にかざすと、親指で柄を押し、刀身を睨みつけた。
その眼からは、何とも言えぬ威圧感を部下であるウェスカーですら感じる。
倭刀は月明かりの前で妖艶な輝きを放ち、主人に請う。
―早く誰かを斬らせてくれ―
剣が血を求めている。
「悠長な事は言っておれんぞ。 あいつは必ず消さねばならん。
奴さえ消せば、もはやこの大陸から継承者はいなくなる。 本人が自覚していなくとも人間には過ぎた力だからな。」
紳士は言い終わるや否や、周りを飛び交う蛾を電光石火の剣捌きでバラバラに砕く。
剣は、これでは足りぬといわんばかりに怪しく光を放った。
「殺せ・・・どんな手段に出てもな。」
「は、承知しております。」
ウェスカーは紳士に向かって再度頭を下げた。
そのウェスカーの頭を紳士は笑って上げさせる。
彼は不満そうな剣を鞘に収めると、再び懐へ忍ばせた。
「まぁいい。 楽しみは後に取っておけ。」
ウェスカーは無言で肩を揺らす。 その顔は、いつもどおりの優しそうな笑顔だ。
その笑顔に再びふっと声に出して笑って見せた紳士は、新しい葉巻を取り出すと、口にくわえて夜空を見上げた。
その先にあるのは、天馬騎士団の本拠地、カルラエ城であった。
「ウェスカー、マッチは持っておらんのか。
やはり魔法の炎では葉巻には合わん。 お前の魔法は人を灼いてこそだろう。」
「おぉ、何と恐ろしい事を仰るのですか。 マスター。」
闇夜の中で、紅に光る黒い眼差しが揺れる。 確実にターゲットを追い詰め、死へ至らしめる。
その魔の眼差しは、葉巻の火も、月のおぼろ明かりをも飲み込んで、郊外の闇の中に熔けて見えなくなってしまった。


85: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:00 ID:0c
団長選出戦から一週間経ったある日、今日もティトは忙しそうに部下に指示を出していた。
そこへ一人の騎士が現れる。 郵便関係を担当している天馬騎士だ。
「だんちょー。 いつもどおり机の上においておきますねぇ〜。」
やや抜けた感じのある声で、ティトに郵便が届いたことを知らせる。
ティトはその知らせを聞き、部下への指示を終わらせるとすぐに部屋に戻って行った。
向こうではまた抜けた感じの声が聞こえている。
「あれ、団長この頃どうしたんだろ。 前は郵便なんか後回しだったのに。」
部下達は不思議そうにティトの後姿を見ていた。
 部屋に戻ったティトは大量にある郵便群を漁った。
届いたものの大半は、雇用先からの手紙で、どれも読むに足らない形式だけの手紙だ。
そのせいか、一つ一つ目を通すような事はしていない。
机の上がぐちゃぐちゃになっていくのも気にせず、彼女はどんどん手紙の山を掘っていく。
そして、ある差出人の名前を見つけたとき、彼女半ともいえないような嬉しそうな顔をした。
封筒を開封し、中身を持って窓際へ歩いていく。
内容を小さく笑いながら読んだあと、彼女は窓の外から見える南の山々を見渡した。
「あの人も苦労しているんだわ。 私も頑張らなくちゃ。
でも、やっぱり会いたいわ・・・。 会って直接声を聞きたい。 今頃どうしているのかしら。」
手紙を握り締めたまま、彼女は山々の更に向こうを思い描いていた。
同時刻、十八部隊にウッディが訪れていた。
彼には珍しく、わなわなした様子だ。
早歩きで十八部隊に近づくと、目的の人物の姿を探す。
「シャニー! 見つけたぞ!」
彼はターゲットを見つけるや否や、早歩きから小走りに変えて、仲間と井戸端会議を開くシャニーの元へ駆け寄った。
何かが迫ってくることを感じ取ったシャニーは、反射的に体が走り出す。
だが、仲間との雑談に集中していた体では時既に遅し。
彼女はウッディの腕に首を挟まれて身動きを取れなくなってしまう。
「いたたたっ。 もう! 何すんのよ!」
シャニーはとっさに体を翻し、縄抜けでもするかのようにウッディの腕から体を抜く。
再度捕まえようとするウッディに、彼女は必殺の一撃を加えた。
「!! ・・・うお・・・。」
「へーんだ。 男の子の急所ぐらい知ってるもんね。」
その場にへたり込むウッディ。 彼からは苦悶からの唸り声が聞こえる。
周りの仲間達も、そのあまりにえげつない攻撃に苦笑いをするほかない。
暫くの緊張状態が続いた後、ウッディは再び立ち上がった。
「ふぅ・・・死ぬかと。 シャニーいきなり攻撃は酷いよ。」
「仕掛けてきたのはあんたじゃん! ものすごい形相で追っかけてきてさ、あたしが何をしたって言うのさ!」
「何もしてないよ!」
ウッディは言ってから、シャニーが悪いことしたのでここに来た事を思い出した。
「じゃあ何で追っかけてくるのよ!」
「逃げるからだろ! あぁ、お前と話してると調子が狂う。 本題に入るぞ。」
ウッディはやや強引にシャニーへ傾きかけた流れを引き戻す。
彼は手に持っていたたくさんの資料の中から一枚の紙を取り出すと、シャニーに向けて突きつけた。
その紙には、汚い字で数字が色々書いてある。
よく見ると、紅茶のシミらしきものが紙の下半分を覆っている。
シャニーは最初こそこの紙が何なのかわからなかったが、そのシミが頭の回路を繋げた。
その紙は、シャニーが担当している部隊の予算管理用紙であった、


86: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:00 ID:0c
「さぁて、今日の任務も終った終わった! 帰りに皆と街に繰り出そうかな♪」
シャニーが一日の任務を終え、帰る支度に取り掛かっていたそのとき
何者かにいきなり後ろから肩を叩かれた。
シャニーはそのまま走って逃げ帰ろうとかと思ったが、後ろからの視線に串刺しにされ、身動きが取れなくなってしまう。
「あのさぁ、これやっといて。」
レイサから渡された紙を黙って手に取り、そのまま机に座った。
「せっかくの自由時間がぁ・・・とほほ。」
渋々紙を表に向ける。
その中身を見て更に幻滅した。 嫌いな数字を扱う紙だったからだ。
団長が姉という事で、少々経費に足が出ても何とか丸め込めるだろうという短絡的な理由で任せられたこの業務。
だが、実際に金の管理は予想以上に難しかった。
ただでさえこういう頭を使う事は嫌いなシャニーにとっては地獄だった。
口を尖らせ、指を折りながら計算していく。
提出期限に目をやると、・・・何と期限は明日だった
「レイサさんめ・・・また机の中にしまいこんで忘れてたな。」
泣く泣く皆からの遊びの誘いを断り、一人机に向かう。
計算を間違えた。 急いで訂正しようと消しゴムに手を伸ばす、その瞬間だった。
「あ!! やばっ!」
手が愛用のマグカップに当り、カップが音を立てて倒れた。
机一面に広がっていく茶色い液体。
シャニーがとっさに拾い上げようとするよりも早く、机に広がる魔の手は紙を包んでしまった。
「だー!!」
急いで拾い上げるも、もはや下半分は無情にも紅茶色に染まってしまっている。
廃雑紙を使い、焦って表面に残った紅茶を拭き取ると、暖炉の前にかざす。
「あーあ、もうサイアク〜。」

「思い出した? シャニーがやった奴だよこれ。」
ウッディの声に、自分の世界に入っていたシャニーははっと我に返る。
彼に紙を突きつけられて、どうして良いかわからない。
「うん、思い出した。 でさ、これがどうかしたの?」
シャニーの反応に呆れながらも、ウッディは紙面の数字にペンを向けた。
部隊の他の面子も寄って来て、その中身をのぞく。
「うわ、なにこれ。 数字メッチャクチャじゃん。」
他の隊員があげた声で、ようやくシャニーは
ウッディが申請用紙の記入ミスで自分を咎めにきたのだということが分かった。
「まぁ・・・いつものことじゃん?」
「そういつものこと・・・。 ってそれで済まさないでよ!」
紙に紅茶をこぼしてそれを字が書けるほどまで乾かし終えると、時間はかなり遅くなってしまっていた。
嫌いな仕事ということもあってかなりのやっつけ仕事で済ませた覚えがある。
いつもはたいてい、ウッディが計算しなおしてくれるのだが今回はとうとうダメらしい。


87: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:01 ID:0c
「どう計算したらこんな数字になるんだよ。」
「え?? ちょっと待ってよ。 えーと・・・四百が5本だから・・・えーと。」
指を折って計算を始めるシャニー。
前にも噂では聞いた事があったが、それを目の当たりにして呆然するウッディ。
「もう、何やってんだよ。 460Gの槍が5本だから2300Gだろ? ほら。」
ウッディは懐から何からものめずらしいものを取り出すと、すぐに再計算して見せた。
「わー、それすごいじゃん。 なにそれ。」
「これはサカ伝来の計算機、この珠を弾いて計算するんだ。 このしたのが一、上の奴が十を表しているんだ。」
目の前で動く珠に興味津々のシャニー。
もう叱られている事など頭から忘れられていた。
「シャニーもこれを使って計算しなよ。 シャニーの計算はまるで暗号だよ。」
シャニーは何も言い返せず、頭の裏を掻いて苦笑いをして誤魔化そうとする。
周りの面子も、彼女の計算の凄まじさは自他共に認めるところだったので笑うしかない。
「もう、笑い事じゃないだろ?
“騎士になるから勉強なんて出来なくたっていいんだー”とか言って、寺子屋で居眠りばっかしてるからこうなっちゃうんだぞ?」
「あはは・・・ほら、寺子屋のセンセーが言ってたじゃん? 寝る子は育つって!」
シャニーはとっさに出た諺で回避しようとするが、こういった分野でウッディに敵うはずはなかった。
「先生はこうも言ってたよ? “過ぎたるは及ばざるが如し”」
「ぐ・・・。」
重い一撃を受けて、シャニーは反撃が出来なくなる。
黙り込むシャニーへウッディは彼らしくない横目の笑顔を彼女に送る。
その笑顔が、シャニーの反撃の気力を一層奪った。
(くっそー、こんなときだけ得意顔しちゃってさー!)
口に出せば二言も三言も、自分が反撃できないような言葉で反撃されるのが目に見えるので反論も出来ない。
悔しいが今回はこれぐらいにしておいてやろうと思うシャニー。
「うー。 用はそれだけ?」
「うん、これだけ。 今度からはしっかりやってよ?」
「はーい。」
シャニーは聞いているのかいないのか。
ウッディからもらった計算機を上下に振って、珠でジャラジャラと音を立てて遊んでいる。
それを見たウッディは何かを閃いた。
「あ、そうだ。」
「へ?」
「時間のあるときに計算ぐらいは教えてあげるよ。」
ウッディの言葉から出た台詞に、シャニーは猛反発した。
彼女にとって見れば、やっと勉強という地獄の苦しみから解放されたのだ。
その悪夢へ再び引きずり込もうとする親友を、凄まじい形相で睨みつける。
「勉強ですってぇ!? 冗談じゃない!」
「でも、君はもっと知らないといけないことがあるって言ってたじゃないか。
国を支える為には、こういった基礎的なことができないとダメだと思うんだ。
どーせシャニーは今暇だろ? 昼寝をする暇があったら教養を身につけたほうがいいと思うよ。」
シャニーはウッときてしまった。
何気に図星を突かれているような気がしてならなかったからだ。
大きな夢ばかりに目が行って、その基礎となる部分を今まで疎かにしてしまってきた。
それを姉に見破られたから、今自分は新人部隊にいる。
そして、親友も同じことを言う。


88: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:01 ID:0c
「暇だろって言うのが何か癪に障るけど・・・。 はぁ・・・勉強かぁ。」
「まぁそういわずにさ。 どーせシャニーなんか帰ったら寝るだけなんだし、仕事終ったら迎えに行くからさ。」
「暇だ暇だって言うな!」
シャニーがとうとう怒りを爆発させるが、爆発してもちっとも怖くなかった。
ウッディにとっては、彼女が温まりやすく冷めやすい性格である事は寝ていても答えられることであった。
膨れて下から睨みつけるポーズをとるシャニーが、ウッディには可愛く見えて仕方なかった。
「ごめんって。 お詫びに幼馴染のよしみで、レッスン料はタダにしてあげるからさ。」
「ちょっと! あたしからお金を取るつもりだったわけ?」
「冗談だよ。 久々にお前とゆっくり話もしたいし、早速今日の夜迎えに行くよ。」
ウッディは資料をしまうと、その足で研究室へと戻って行った。
今の自分より、彼のほうが明らかに激務に追われているはずである。
本職の医師としての仕事に、天馬騎士団の経理などの事務仕事もある程度引き受けている。
そして更には、医学の発展の為の研究も貴族からの援助を基に行っているから、
結果を出さなければ肩身の狭い思いをすることになる。
時間がいくらあっても足りないはず。
(やっぱり優しい奴だな。)
シャニーは向こうで転んで、資料を慌てふためいて拾い上げるウッディを心配そうに眺めていた。
その彼女の頬を、誰かが強く引っ張った。
「あ、いたたた・・・!」
シャニーは抵抗するすべもなく、その力のほうへ顔を向ける。
視線の先にいたのは自分の仲間達であった。
しかし、いつもと何か様子が違う。
「・・・どしたの?」
「幼馴染の好で特別に、だってさ!」
シャニーは状況が良く飲み込めなかった。
ただ一つ言える事は、何かしらの理由で皆が怒っているらしい、という事だけだ。
「あったり前じゃん。
あたしがいなきゃごはんだってろくに作れないくせに金をせびろうなんて、100万マイル早いのよ!」
「えー!? あんた、ウッディさんのご飯作ってあげてんの?」
「だって、あいつ一人じゃなーんも出来ないんだもん。
この優しいシャニー様がしょうがなーくご飯を作ってあげているってわけ。」
道理で頭が上がらないわけだ。
皆の共通した認識だった。 しかしシャニーも体の具合がちょっとでも悪くなる(疲れた、という程度)と
すぐさま“名医”に優先して診てもらえるため、まんざら悪い話でもなかった。
なにより、昔からずっと一緒にいた気心の知れた相手なので、ご飯も一緒に食べた方が楽しかった。
それでもきっちり材料代を請求するあたりは、一年間の見習い修行の成果が出ている(?)ようである。
「へー・・・。」
シャニーは、周りに空気が変わったことを敏感に感じ取った。
だが、その変化は残念ながら、彼女にとっていい雰囲気ではないようである。
よく見れば、明らかな横目で、皆が自分へ視線を送っていた。
「な、なによ今度は・・・。」
「ラブラブなんだねー!」


89: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:02 ID:0c
はき捨てるようなその台詞に、シャニーは頭に血が昇って倒れそうになった。
(あいつとあたしが・・・ラブラブ・・・!?)
とんでもない誤解を受けていることをようやく理解するシャニー。
そういえば、他の面子が天馬騎士団では希少価値の高い、男であるウッディを狙っている事は予てから知っていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。 なんでそうなるのよ!」
「幼馴染で、あれだけ仲が良くて、おまけに夜一緒にご飯食べてるとか。
そこまでやってて何の関係もないって言うわけ? そんなものが通用するもんか!」
じわじわと追い詰められる。
なんで、善意でご飯を作ってあげていたことを非難されるのか理解できない。
「分かったよ! そんなにご飯を作りたきゃあんた達が作ればいいじゃん!
あたしだってそうすりゃもっと寝る時間が増えるんだし・・・。」
「そんな簡単に手放しちゃっていいのかな〜?」
皆から散々おもちゃにされる。
シャニーもシャニーでムキになるので、どうしても相手の思う壺だった。
「別にあたしは、あいつのことなんかタダで診てもらえるお医者さんとしか考えてないもん。」
「・・・結構酷い事いうね・・。」
唖然とする隊員たちのもとへ、レイサが現われた。
彼女はずっと様子を聞いていたようで、向こうを見て指を指した。
「あ! ウッディが転んだ!」
部隊長の声に、シャニーは慌ててそちらを向いた。
しかし、そちらにはウッディどころか誰もいない。
周りを良く見渡してみる。 だが、良く考えてみれば
もうウッディが去ってから10分ぐらい立っているのだから、そこら辺をうろついているわけはなかった。
再び視線を戻すと、そこにはニヤつく仲間や部隊長。
「やっぱり心配なんじゃない。 可愛いねー!」
レイサが指を指してシャニーを笑う。
ここでようやく、シャニーはからかわれた事に気づき、顔を膨らせた。
「別に心配なんかしてないよ! バカなヤツだなって思ったけで・・・!」
必死に弁解するシャニーが、皆には一層可愛く見える。
皆は意地悪そうな笑顔を浮かべている。
その仲間達の間を割って、レイサがシャニーに近寄り、耳に口を近づけた。
「あいつは結構人気だからねぇ・・・。」
「だから何なのさ!」
「うかうかしてるととられちゃうよ? 幼馴染の関係をフルに使っていかないとね。」
それにすかさず反論しようとするシャニー。
その彼女の口を押さえ、レイサが再び向こうを指差す。
「あ、団長だ。」
今度は騙されまいと、シャニーはそちらを敢えて見ない。
そしてレイサの手を口から払いのけると、大声で怒鳴った。
「お姉ちゃんなんかどうでもいいよ!
あたしで遊ぶのもいい加減にしてよ! あたしとあいつは・・・!」


90: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:02 ID:0c
「・・・どーでもいい姉で悪かったわね。」
その聞きなれた声に、シャニーは背筋の凍るような感覚に陥った。
後ろから感じるのは、明らかに怒りの炎で燃える感情。
なのに背筋は凍り、足元はすくんで動けなかった。
「あ、あはは・・・お姉ちゃん、ホントにいたんだ。
そ、その・・・てっきりまたレイサさんが冗談で言ったのかと思ってさ。」
しどろもどろな弁解に、ティトは上目で空を仰いだ。
彼女の言葉に悪意がない事は分かっているが、
それでも妹にどうでも言いといわれるのは悲しいものだと、ティトは改めて感じる。
信頼できる人間の中でも、ひときわ貴重な存在の一人であるだけに。
「もういいわ。 どうせあなたのことだから、お昼ご飯のことで頭が一杯だったんでしょう?」
「ち、違うもん! ねぇ!あたしとウッディは別に幼馴染以外のなんでもないよね!?」
ティトはシャニーが何を焦っているのか大方理解したようだ。
彼女には珍しく、軽く声を上げて笑った。
その笑顔に、レイサも何か嬉しかった。 久々に見る団長の笑顔だったからだ。
理由は何であれ、シャニーはやはり人の心を明るくする力の持ち主であることを、レイサは改めて理解する。
「何がおかしいのよ!」
「別に。 あなたがそう思っているなら別にそれでいいじゃない。 何をそんなに焦っているの?」
「そうそう、大丈夫大丈夫。ウッディにとってあんた以上に相応しい女の子なんて山のようにいるからさ。」
「な!」
「怒る事ないでしょー? 彼のことなんか眼中にないんだったらさ。」
ティトに加勢してレイサもシャニーをからかう。
面白いようにシャニーが引っかかるので、いつまでもそうしてしまいそうだ。
ティトもここでいつまでも温かくて楽しい雰囲気に飲まれていたかった。
他の部隊にはない、この独特の和やかな空気の中で。
だが、使命感が彼女にそれを許さなかった。
彼女は笑顔を無理矢理いつもの顔に戻すと、シャニーの肩に手を置いた。
「ちょっと話があるの。 一緒に来てもらえないかしら。」
レイサをはちきれんばかりの膨れ面で詰め寄っていたシャニーは
姉の突然変わった口調にはっと後ろを向いた。
姉の目付きを見て、即座に何かあると悟る。
いつも仏頂面な姉だが、その仏頂面にも色々感情があることをシャニーは知っていた。
幼い頃からずっと一緒だった姉だ。 言葉に表されなくても、
姉の顔が何か重要な話があることを伝えていた。
未だにからかう仲間達に顔をしかめ、思い切り舌を出しながら姉についていく。
シャニーはてっきり団長室に連れて行かれるのかと思っていた。
だが、ティトは城内への入り口を通過し、更には外城門までも通過して城外に出て行く。
「ねぇ、何処へ行くの?」
「ついてくれば分かるわ。」
「もしかして、町でケーキでもおごってくれるの? よっふとっぱら!」
シャニーの願いを軽い笑顔で流すと、ティトはそのまま行き先を告げずにどんどん歩いていく。
何か話しかけようとするが、何か言葉が浮かんでこない。
姉と一緒にいてこんなに間が持たないのは久しぶりだった。
「へ?」
どうやら目的地に到着したようである。


91: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:37 ID:0c
姉の足が止まった場所が意外な場所だったので、シャニーはポカーンと口を空けて立ち尽くした。
「どうしたの? 寒いから早く中に入るわよ。」
「う、うん・・・。」
いつもどおりの光景だったはずなのだが、妙に緊張する。
シャニーは借りてきたネコのように、座らされた椅子で肩をすくめて喋りもせずにいた。
向こうでは鎧やマントを外した姉が火を起こして湯を沸かしている。
「お姉ちゃん、何か手伝おうか? あんまし整理してないし場所分かんないでしょ?
(任務時間中にこんなことしてていいのかな・・・。 お姉ちゃん・・・実はサボり魔だったり?)」
連れて来られた先は、何と生家だったのだ。
シャニーは毎日帰宅してそこで生活しているが、毎日の任務が多忙すぎて、ティトは城に寝泊りしている。
だからティトにとっては久しぶりの帰宅であり、何もかもが懐かしかった。
「いいわ、たまには私もこういうことしなくちゃね。
・・・それにしても、ホント汚いわね。 私の居ない間、ちゃんと掃除してたの?
まさかあなたでもそこまではしないと思うけど。押入れに無理矢理物を押し込んだりしてないわよね。」
「(ぎくっ。) あはは・・・まさかあたしでもそこまでは・・・・って、待って待って!」
何とか誤魔化そうとするシャニーだったが、姉に勘付かれた。
ティトは居間へドシドシと早足で突入すると、わき目も振らずに押入れの戸に手をかけた。
シャニーが追いついたときにはもはや手遅れ。
彼女はその光景を見ることが出来なくて目をつぶった。
しかし、健康な彼女の体は、いくら目を瞑っても耳から彼女へ惨状を伝えてきた。
聞こえる雪崩の音と、姉の悲鳴。 エライことになったとシャニーは思った。
「あはは・・・戦場では気を抜いちゃダメだよ、お姉ちゃん・・・。」
「・・・!」
雪崩の中に見える姉の頭からは、明らかな怒りのオーラが滲み出ている。
何とか姉を掘り起こし、部屋の外に出す。
ティトにとっては何故、生家の中を移動することですら緊張感を持たなければいけないのか理解が出来なかった。
「もう! あなたという人は! どうせ帰ってきて掃除もせずに寝ているんでしょう!」
予想通り、姉からの説教を受ける。
久々の説教なので、シャニーも反論せずに大人しく聞いていた。
「まったく。 こんなことじゃ任せられそうにないわ・・・。」
姉が漏らした言葉に、シャニーはピンと来た。
そういえば、姉は一体自分を生家に呼び寄せて何をさせようというのだろうか。
説教を別の話題にすり替えるついでに訊いてみた。
「ところでさ、今日は何の用があったの?」
また結構な時間説教をしていたことにティトは気付く。
そして、彼女は慌てふためいて台所へ戻っていった。 どうやらヤカンを火にかけっぱなしでこちらに来たようである。
(はー、助かった。)
シャニーは再び雪崩を押入れに押し込む。
今晩居候にでも片づけを任せる予定である。
しかし、シャニーは家族のいる生家がやたら楽しく感じていた
時間が止まってくれればと願いながら、彼女は姉の後を追った。


92: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:37 ID:0c
何か手伝おうと思ったシャニーだが、やはり姉は自分でやらないと気が済まないらしい。
こういう頑固なところも昔から変わっていない。 何か心が安らぐ。
この頃仕事ばかりで、ろくに家族と話したことなどない。
だが、今日は久々にゆっくり(任務時間中ではあるが)出来そうである。
姉は紅茶を入れると、焼き菓子を添えて持ってきた。
「さ、どうぞ。」
「わー、クレープ。 さすがお姉ちゃん。」
「ふふ、さて、紅茶を飲みながらまたゆっくりお話しましょうか。」
ティトは、ユーノと話したときのようにならないよう、時間に気をつけて雑談を楽しむ。
注意はしていたのだが、それでもやはり日ごろ溜まっているせいか、そのうち時間を忘れて楽しすぎる時間を過ごしてしまう。
数年前なら、当たり前のようにあった家族との団らん。
だが、姉はすでに嫁ぎ、自分も団長として家に帰れない日が続く。
そして、妹もこれから本格的に天馬騎士としての仕事を覚えてもらなければならい・・・。!
ここまで回想をしていて、ティトはまた重大なことを忘れていたことに気付く。
慌てて時計に目をやると、既に3時間も経過していた。
どうして、楽しい時間はこうも過ぎるのが早いのだろうか。
「でさー、セラったらさー。」
元気よく話す妹。 この顔をいつまでも見ていたい。
だが、もう時間がそれを許してくれそうになかった。
早く騎士団を安定させて、また一緒に生活できるようにしたい。
ティトはいつまでも楽しい時間に浸っていたい、自分の甘い心をそう戒めた。
「シャニー。 話は変わるけど、ちょっと相談があるの。 いいかしら?」
「うん、何?」
シャニーは興味津々と言ったようでこちらを見ている。
きっと、雑談の延長で何か面白い話を自分がはじめるのだろうと思っているに違いない。 そうティトは不安になる。
しかし、シャニーは違った。
もう何年と一緒に生活してきた。 そして、幾度となく戦場で背中を任せてきた。
素から人の考えていることに敏感なシャニーだったから、そんな姉の考えている事は、たいていのことが分かる。
今回もきっと、何か重要な話があってわざわざプライベートルームに呼び寄せたのである。
団長室より、もっと二人きりになれる場所。 そう考えれば、ここは最も適当な場所だ。
「・・・もう、イリアも夏が終ったわね。 そろそろ厳しい冬を越す準備をしなくちゃね。」
振られた話題に、シャニーは予想が外れたと思った。
冬支度についてとは、随分個人的な話である。
やはり姉は、日ごろたまっている鬱憤を晴らしたくて、話しにつき合わすために自分を呼んだのであろうか。
シャニーは何か肩の力が抜ける気がした。
ティトはシャニーの様子に気付いているのかいないのか、そのまま話を続ける。
「この半年、あっという間だったわ。 色々やってみたけど、どれもうまく効果が挙がらなくてやきもきして・・・。」
「・・・。」
シャニーには、ティトが疲れている事がはっきり分かった。
肉体的にではない。 精神的に疲労が蓄積していることが、その顔から伝わってきた。
以前にも感じたことがあるが、そのときより更に色濃く現われている。
ティトは責任感が強すぎるきらいがある。
奔放な自分とは違い、姉は何でもやりきらないとすまない人である事はシャニーも知っている。


93: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:38 ID:0c
他人からは、努力家であるところが姉妹で似ているとよく言われる。
だが、同じ努力家でもその中身は二人の間で大きく違った。
シャニーは基本的に、なんにでも一生懸命に頑張る。
その中でも特に、自分がこうと決めたことには、誰がどう言おうとテコでも動かないガンコさすら見せる。
自分がこれだと思ったところへ、100%の力を注ぐタイプであった。
一方、ティトはやはり同じように何事も全力で立ち向かう。
しかし、彼女とシャニーの違うところは、それが自分の意志か周りの期待かであった。
ティトは、周りの期待に何とかして応えようと、自分の限界を超えてがんばってしまうところがある。
それは周りの人にとってはかなりの努力家に見えるが、彼女自身をボロボロに疲れさせる原因でもあった。
そして、彼女はシャニー違い、基本的に恥ずかしがり屋なので悩みも安易に打ち明けられない。
内に溜め込みやすい性格であった。 それが団長の身分ともなれば、
仲間へ無駄な心配をかけたくないという配慮も加わり、余計に自身を疲れさせる。
「でも、弱音は吐いていられないわよね。 皆が、私の事を認めてくれたのだから。
私は、皆の期待に応えられるようにがんばらないとね。 少しでも皆の負担を減らせるように。」
シャニーは、姉らしい言葉だと思った。
いつも人の心配ばかりして、自分の事を疎かにしがちだ。 今回もどうやらそのようである。
シャニーには、今のティトが、ベルン動乱時のロイに重なって見えた。
「ねぇ、お姉ちゃん。 悩み事があるなら何でも言ってよ。」
「え?」
「あたし達、姉妹でしょ? 上司と部下って言う前に家族でしょ?」
自分さえ頑張れば・・・そんな考えが通用しない相手だった。
いつも、妹には自分の心の内を読まれている。
隠しているつもりだし、他人にはまずばれないのに、どうしてか妹だけには見破られる。
今回もやはり、妹からは逃げられないと思った。
「・・・正直ね、何を言っても理解を示してくれないし
何をしても何も変わらないからちょっとだけ疲れちゃったのよ。
行動を起こしてすぐ変わるものではないという事は分かっているのだけどね。」
シャニーもまた、思っていたことが的中していたことが悲しかった。
姉が素直にこんな事を口にするのだ。 その度合いは相当なものであるということ。
それと同時に、今の疲れきった姉を救えるのは自分だけだと、勝手とは分かっていてもこう自分に言い聞かせた。
「お姉ちゃん。 あたしさ、お姉ちゃんを助けてあげたい。
おかしいよ。 イリアを良くするという目標は、イリア民族共通の目標であるはずなんでしょ?」
妹の素直な気遣いに、ティトは思わず目元を熱くする。
しかし、団長たる者がそう簡単に涙を、弱いところを見せるわけには行かない。
ティトは凛然とした口調で、シャニーの質問に答える。
「そうよ。 イリアを作っているのは、管理側だけではないし、騎士だけというわけでもない。
イリアに生きるすべての者達が、手と手を取り合わなければ成功は難しい話。 でも、リキアではそれを成し遂げている。
リキアに出来て、イリアに出来ないなんて、そんな話はないわ。 少なくとも私はそう信じてる。」
シャニーも、意見に意見を返す。 こんな時間は滅多にない。
自分の疑問を、想いを姉に、団長に聞いてもらいたかった。 イリアの構成員の一人として。
しかし、彼女自身が一番驚いていた。
ここまで自分の考えをしっかり持って、それを他の人に自信を持って言えるようになるなんて。
半年前の自分には、恐らく出来なかった事。
それを可能にしたのも、姉が自分の事を考えて十八部隊に配属してくれたおかげであった。


94: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:38 ID:0c
十八部隊で色々な経験をして、豊富な時間を“考える事”へフルに活用できたからこそ
今こうして、団長相手でもはっきりと自分の考えを言うことが出来るようになったのだ。
これはシャニーにとって、姉への恩返しでもある。 姉を、どうしても助けたい。
「じゃあやっぱりおかしいよ。 お姉ちゃんばっかり疲れてさ。
お姉ちゃんの疲れた顔見て、もっとあたし達に出来る事、一杯あるんじゃないかなってこの頃良く考えるんだ。」
「そんなことないわ。 疲れているのは私だけじゃない。」
「お姉ちゃん・・・そんなにあたし達が信用できないの?」
妹の突然の泣声に、ティトは思わず狼狽してしまう。
妹を泣かせてしまった。 何も泣かせる様な事を言った覚えはないのに。
しかし、いつも元気一杯な彼女が泣くのだ。
余程何かひどいことを言ってしまったのだろうとティトは自分の言った事を思い出そうと必死になった。
「え?! 何をいきなり言い出すのよ。」
「お姉ちゃん・・・だってお姉ちゃんはあたし達にいつも隠し事をするんだもん!
今だって! ・・・今だって・・・あたし知ってるんだぞ。 お姉ちゃんのスケジュール。
毎日毎日やることで埋まってて・・・息つく暇もなさそう。 なのに、なのにそれでも他人を持ち上げて
お姉ちゃん、お姉ちゃんは皆が信じられないの? 自分がやらなきゃ・・・納得できないの?」
「シャニー・・・。」
ティトとて仲間を信じていないわけはなかった。
自分を慕ってくれている第一部隊の面子に、今回団長の重責を託してくれた他部隊の皆。
そういった人たちを信じなくては仕事は出来るはずもない。
だが、シャニーの言っている“信じる”は少しニュアンスが違うことがティトには分かった。
「お姉ちゃん、自分さえ頑張ればっていつも言ってるでしょ?
それがあたしや皆の負担を減らそうって考えなのは、さっきお姉ちゃんも言ってたし、そういうことだろうと前から思ってた。
でも、少なくともあたしはそれじゃ嫌だよ。」
妹に、自分の心のうちを読まれているようだ。
ティトのありすぎるほどの責任感。 団長という最重責職への就任が更にそれを感化させた。
願わずも、幹部クラスと四面楚歌の関係になってしまった彼女。
その敵意が、自分の部下達には及ばせまいとなかなか仕事を回せずにいた。
「私の管理のしかたのまずさで、貴女達にまで迷惑をかけるわけには行かないわ。
当然のことよ。 自分の失敗は、自らで処理をする。 私はそれを実践しているだけ。 あなたの望む、望まないではないと思うけど。」
分かっていても、口から出るのは厳しい言葉であった。
妹が何を嫌がっているのか、何となくはわかる。
それを否定しなくてはならない自分が、なんとも不甲斐なかった。
「あたしと、お姉ちゃんの絆ってこんな程度だったんだ・・・。
あたしは、もっとお姉ちゃんのために色々頑張りたいのに。 もっとイリアの為に動きたいのに。
それなのにお姉ちゃんは・・・もう知らない! お姉ちゃんのバカっ!」
シャニーは怒鳴ると顔を背けてしまった。 いつもこうだ。
シャニーはティトと喧嘩になると、いつも最後は言い負かされて捨て台詞を吐いた。
ティトは妹にそうされるといつも、それまで張っていた緊張が解けて焦ってしまう。
(少し言い過ぎたかしら)
いつもそう思う。 今回も一瞬、これが頭をよぎった。
だが、今回はなぜかそのまま妹の頭に手が行かなかった。
いつも抑えてばかりなので、相手が妹と言うこともあり感情に感情で返してみたくなった。


95: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:39 ID:0c
「あなたに私の気持ちが分かるわけないわ!
いつもいつもそうやって駄々こねて。 一人前の騎士のクセに恥ずかしいとは思わないの!?」
いつもと違う姉の態度に、シャニーも少しドキッとした。
だが、それ以上にドキッとしたのはむしろティトのほうだった。
自分の感情に対して跳ね返ってきたシャニーの本音にティトは今まで受けたことのないような鋭い衝撃を受けた。
しかもそれが、まだまだ騎士として経験も浅く、自分側の人間であると思っていた妹の口から出た言葉であったから尚更だった。
「分かるわけないじゃない! 分かってたまるもんか!
何が、イリア民一人ひとりがイリアを創っていると自覚しなきゃいけないよ!
あたし達もイリア民の一人として頑張ろうとしてるのに、おねえちゃんを助けようと思っているのに
それを邪魔してるのはお姉ちゃんじゃない!
なんで? なんでさ! どうしてそんなにあたし達の事を信じてくれないのさ!
お姉ちゃんの言うイリアを一人ひとりが創るって言うのは、団長の命令を黙って聞けって言う事なの?!」
「違うわ! なんでそんな曲解するのよ! いい加減にしなさい!」
それから暫く、時計が時を刻む音だけが鋭く部屋の中に響く。
こんな事は、長い姉妹喧嘩の歴史のなかでも初めてであった。
最後まで自分を主張して譲らなかった事は。
周りの事を気にせずに、外に聞こえるほどの怒鳴りあいをするほどに考えをぶつけ合った事は。
二人とも意見をぶつけたはいいが、その後どうやって相手に話しかけようか困ってしまった。
お互いに下を向いて、ただ時間が過ぎるのに身を任せた。
「ねぇ・・・その。」
先に声を上げたのはシャニーだった。
その第一声を待ち望んでいたかのように、ティトが沈んでいた視線を妹へ向ける。
「その・・・ごめんなさい。」
妹の申し訳なさそうな顔。 ティトはそんな悲しそうな妹の顔を見たくなかった。
「・・・謝らないで。 あなたは悪くないわ。 本当の事を言っているだけだもの。」
「でも、あたしはお姉ちゃんの気持ちも知らないで。 あたしって、いっつもこうだよね。
言ってから後悔するんだもん。 あーあ、ホント進歩ないよなぁ、あたしって。 こんなんじゃお姉ちゃんの足手まといになるだけだよ。」
喧嘩をして、暫くするとシャニーが謝る、 いつものパターンだった。
喧嘩をしているときは、自分こそが最も正しいことを言っていて、相手が間違っているんだと思う。
だが、少し経って頭を冷やしてよく考えてみる。
すると、自分も退かねばならなかったことが色々浮かんでくる。
今回も、シャニーは言ってから後悔していた。
実質、姉がイリアの発展を阻害する存在だという意味になってしまった。
今考えれば、誰よりもイリアの発展を願って、行動して心をすり減らしている姉に対して
その言葉はあまりにも酷い言葉だったに違いない。
知らないうち、気付かないうちに、自分の言葉が何にも耐えがたい暴力になっている。
しかもそれが一時の感情によるものであって、普段思いもしないこと。 これにいつもシャニーは後悔していた。
人の心を詠むのがうまい彼女だから、言葉を相手がどのように受け止めたかには敏感だ。
それ故、喧嘩の後の対応にはいつも胸を痛めていた。
だが、ティトは体を妹の方へ乗り出して、それを否定した。
「そんなことない! あなたはイリアの為に本当に頑張ってくれているわ。
イリアのために頑張るという事は、私にとってもとても頼りになる存在という事よ。
それに、間違えないで。 あなたは間違った事は言っていないわ。 確かに・・・私も部下を信じ切れていないのかもしれない。
私の信頼は、上辺だけの信頼で、真にその人を理解しているわけではないのかもしれない。
だって、最も身近で、最も頼りにしているあなたのことですら、認識間違いをしていたのだから。」


96: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:39 ID:0c
「え?」
「あなたはもう、私が思っているような、自信だけ一流の半人前天馬騎士じゃないってこと。
精鋭部隊にも負けないぐらい立派な騎士だわ。 これだけ、自分の考えを持って行動できているならね。」
姉の祝辞に、シャニーはテレを隠さなかった。
姉が認めるという事は、他の誰からも認められたも同然だからだ。
それだけ、ティトは他人に厳しい人だ。 それ以上に自分へ厳しいことは言うまでもないが。
しかしそれでも、認められた喜びより、なぜか不安が先に立ってしまう。 不思議だった。
「そんなことないよ。 あたしは、もっと人の心を大切に出来る人になりたい。
それにもっと、イリアのことを知りたい。 きっと、もっと人として成長して、お姉ちゃんの右腕になるんだ。」
ティトは、妹の成長を身近で感じ、嬉しくてたまらなかった。
自分の目標の一つである、これからを創っていく若手(といっても、ティトもまだ十代なのだが・・・)の育成が、
目の前で結果となって現われているのだから。
今はどれだけ敵視されようとも、新人達が創っていく未来ではそれが当然になる。
人の認識は、長い時を経て初めて変わるものだ。
結果の見えない努力、それがどれだけ忍耐力の要るものか。
美しい朝日は、長い夜を耐え忍んだものだけが見ることが出来るのである。
「その気持ちを、いつでも忘れないでね。」
ティトは満足げだった。 疲れた顔の中に、心からの笑顔がそこにはあった。
普段見る事の出来ない姉の笑顔に、シャニーも自然と心が軽くなる。
いつもどおりの笑顔が彼女から漏れると、ティトも元気がわいてきた。
妹の笑顔にいつも元気付けられているような気がする。
「ところで、あなたは第一部隊に所属したいと言っていたわね。」
「うーん、そうだったんだけど・・・。」
「今のままじゃ不安?」
明朗な答えを口にしない妹だが、ティトにはすぐ理由が分かる。
感情を隠せないシャニーの顔からは、不安が見えたからである。
「うん。 まだまだ、知らなきゃ行けないこととかあると思うんだ。
イリア内のことですらろくに知らないのに、第一部隊なんてお呼びじゃないよね。 今考えると恥ずかしくって・・・。」
シャニーが髪の毛を手でくしゃくしゃにしながら、視線を逸らす。
―今他国に行って売れるのは、イリアの恥だけ
この言葉を聞いた時、シャニーは相手が姉と言うことを忘れて飛び掛りそうになった。
だが、今思えばそれは当然の言葉であった。
イリア内のことすらろくに知らない。
いやそれ以前に、イリア騎士としての自覚というものすら無に等しいヒヨッコが
最も騎士団の中でも重責を担う精鋭部隊に所属しても、出来る事は明白である。
それも分からず、剣術や槍術に長け、ベルン動乱という世界中を巻き込んだ戦乱において
史実に名を残すほどの功績を残したというだけで、イリアを担っていくことが出来る。
そう考えていた自分がシャニーは情けなく思えていた。
これだけではない。 今となっては、当時考えていた事は愚かしいことと思えるようになった。
だが、今考えている事も、もしかしたら将来には愚かだと思っているかもしれない。
そう考えると、なかなか自分の考えに自信を持てなくなっていた。
ティトもそれを経験していたから、シャニーの気持ちは良くわかる。
しかし、だからこそというべきか。 彼女はシャニーを軽く否定した。


97: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:40 ID:0c
「そうね。 でも、今あなたはそうやって考えるようになったのでしょう?
成長した証拠じゃない。 私は嬉しいわ。 あなたがそうやって成長してくれて。」
「そ、そう?」
「でもね、私が言いたい事は少し違うのよ。
いつまでも、初心を忘れずに常に考える気持ち、現状に疑問を抱く気持ちを忘れないで欲しい、
これを私はあなたに知ってもらいたかった。 でも、絶対に自信を忘れて欲しくはないわ。
いい? シャニー。 自信を持って行動することと、高慢になる事は違うわ。
あなたは新人とは言っても、叙任を受けたプロの騎士なのよ。
これだけは絶対に他人に負けない、この任務のことなら私に任せろって程の気持ちを持って欲しいわ。」
自信も高慢さも、共に自分を勇気付け、行動に実現力を持たせるものである。
だが、両者には決定的に違うものがある。
その違いは確実に周りに影響を及ぼし、可能なものを不可能にしていく。
現状で満足するか、更に高みを目指し、探すことが出来るか。
そして、それを周りがどう受け止めるか。 高慢には、周りへの思慮が伴わない。
いくら一人が有能でも、周りへの配慮がなければ周りは理解できずについていけなくなる。
そしてそれは孤独を生み、孤独は判断を誤らせる。
これは、歴史から見ても明らかである。 歴史は繰り返し、後世は先人の悪しき轍を踏む。
何事も一人では出来ない。 それが、国の根本を変えていこうというような非常に壮大なものであればなおさらである。
一人ひとりが自覚を持ち、自信を持って、これは為し得る事が出来るのである。
自信が高慢に変化した時点で、それ以上の正しい道への進展は見込めないのである。
「分かったよ。 一生懸命に頑張ればいいんだよね?」
シャニーはシャニーなりに理解をしたようである。
「・・・まぁあなた風に言えばそうなのかもしれないわね。
でも、貴女は私が期待した以上に成長してくれているわ。 流石に寝ることと吸収する事は早いわね。」
「それほどでも!」
妹のいつもどおりの返事を期待していたティト。 だが、いざ期待通りの言葉で返されると少しばかり呆れてしまう。
しかし、彼女は伝えておきたかった、
自らの真意を。 そのために、今日は忙しい実務の時間を割いて、妹を呼び出したのであるのだから。
「ねぇ、シャニー。 貴女が半年で何を学んできたか、少し試させてもらうわ。」
「え?? ・・・うん、任せて。 どーんと来いってんだ!」
シャニーの笑顔に、ティトも軽く笑って返す。
だが、ティトはすぐに笑顔をいつもの引き締まった顔に戻すと、シャニーを見つめる。
「じゃあ聞くわ。 イリア騎士が最もしなくてはならないことって・・・なんだと思う?」
言うまでもなく、難しい問題であった。
答えは一つではない。 これだけやれば良いと言うものではない以上、それは当然である。
だが、その中でも特に、イリア騎士として最も何を考えて行動するべきなのか。
ティトはこれを学んで欲しかった。
もし、これを学んでもらえなければ、例え他の事を完璧にマスターできても意味がないと言っても過言ではないからである。
どんな事でも、ただやればいいというものは決してない。
何か目的があって初めて、仕事というものは発生する。
その目的も知らずにただやるだけでは、仮に間違った方向へ進んでいってしまっても修正が出来ない。
無数に枝分かれする道の中で、何処へ向かうかも知らず、
ただ歩いているだけでは目的地に到着する事が難しいことと同じである。
シャニーはその質問に、暫く下を向いてずっと考えていた。
半年学んできた事を頭の中で再現し、一つ一つ整理しなおしていく。
そして、その結果編み出された答えは、すぐさま口から出て行った。
「常に、イリアの事、イリアの民の為に動く事。」


98: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:40 ID:0c
「じゃあ、その為にはどうすればいいのかしら。」
「うーん・・・。」
シャニーは唸りながら今度は上を向いて考え始めた。
だが、既に一度整理しなおしたものであるから今度は先程より考える時間は短かった。
イリアのために働く事、これは叙任までも分かっていた。
だが、そのためにはどうすればいいか。 それはきっと答えられなかった。
いや、答えられても、きっとひと通りの答えしか浮かんでこなかったであろう。
間違いではないが、正しいとは言えない答えであるそれでしか、シャニーはイリアのために動けなかったであろう。
「どうすれば、イリアの民が幸せに暮らせるかどんな時でも考える事、かな。
うーん、なんて言えばいいんだろ。 レイサさんも言ってたことの受け売りになっちゃうんだけどさ、
何かするときには、それがイリアの民の為の行動なのか考える事。 それが大切なんじゃないかなぁってこの頃は思うよ。」
突然伸びてきた姉の手。 とっさに身構えるシャニー。
何か自分は妙な事でも言ったのだろうか。
人の言ったことをそのまま自分の考えとしていったことに何か問題でもあったのだろうか。
そんな心配をよそに、団長の手はそのまま真っ直ぐシャニーの頭に乗り、そしてそれを優しく撫でた。
「あー、びっくりした。」
「なんで? 私が貴女を撫でることがそんなに驚く事?」
「そうじゃないけどさ・・・。 お姉ちゃんが撫でてくれるなんて珍しいなぁって。」
ティトは妹の頭の上に載せていた手を軽く握って、頭に押し付けてやる。
「それは貴女が小さい頃悪戯ばかりして、私に叱られてばかりだったからでしょう? 人聞きの悪い事を言わないの。
でも、その頃に比べれば・・・あなたもずいぶんと成長したわね。 体は勿論、心も。」
ティトは純粋に、妹の成長に嬉しさを隠せなかった。
騎士として、剣術や槍術の成長だけに留まらない。
それ以上に大切な、妹の中にあるイリア騎士としての心の成長を心から喜んだ。
イリア騎士としてその根幹に最も求められるものは、武術の腕でも、戦場での勇敢さでもない。
もちろん、それが大切なものであることに疑いの余地はない。
だが、それはイリアを養う為のほんの一手段に過ぎない。
それよりもっと根幹にあるのは、どうしたらイリアを豊かに出来るのか。
どうしたら、イリアに更なる平和を呼び寄せることが出来るのか。
イリアの為に熟考し、イリアの為に死力を尽くすその姿勢であり、精神であった。
―イリア騎士は、自らの為ではなく、国のために戦わなくてはならない―
世界中で有名になった、イリア騎士の誓い。
一般には、国を支える為に、イリア騎士は傭兵に出なくてならない。 そう解釈されるこの誓い。
だが、その真意は決してそんな表面的なものではなかったのである。
戦うということを、戦場での名誉や報酬だけと捉える事は、イリア騎士として最もしてはならないこと。 そうティトは思っていた。
最初は自分もそう捉えていたが、それは誓いの真意と比べてみると、
全くの正反対の解釈である事がベルン動乱を経て分かるようになった。
(戦場での名誉を追求するという事は、結局は自分の為に戦っていることと、何ら違いを見出せないことだったんだわ。)
この考えを基に、ティトは様々な方向から、イリアを眺めてみることにした。
そして辿り着いた答えが、今の方針であった。
ベルン動乱中に軍師の言った言葉が、その考えをゆるぎないものとしていた。
「いかなる有利な条件も、人の和に勝る事は決してない。
国を強くすること、それはすなわち人の和を強固に、そして細部にまで行き渡らせる事。
これが、最善にして最強の兵法なのです。」


99: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:43 ID:0c
シャニーへ家の片づけを命じたティトは、懐かしい場所に再び別れを告げた。
今までは全てが暫定だった。 だが、これからは違う。
基盤を回復し、ようやく従来通りの天馬騎士団の体制へと戻った。
ならば次に真っ先に思い当たるものは、その基盤の上に城を築いていく人材の選任だ。
基本的には変わらない部分が多い。
変更する場所など、リキアやエトルリアへの派遣駐在者の変更ぐらいか。
だが、ティトは団長室へ戻るとまっさきに二つの部隊名簿を机から取り出した。
それはどうみても駐在者名簿ではなく、たくさんの名前が連なっている。
名前の横にある数字はどれも一桁ばかり。
それは傭兵として、イリア騎士としてのランクを示す数字であった。
事務の人間達が作製した、戦場での功績や雇い主の評価を用いたチェックシートをベースとするその数字。
数字自体はティトが依頼したものであった。
だが皮肉にもそれは、ティトが求める評価基準と真逆であった。
それどころか、その隊員が“犬”であればあるほど数字が小さいという現実。
ティトは、自らが依頼したその数字を暫くずっと睨んでいた。
(こんなのは・・・何の参考にもならない。
槍の腕がいくら立とうと、いくら雇い主の言う事へ忠実になれたとしても、そんなのは役に立たない・・・。)
ティトははっと我に返る。 また、どうしようもない事にじっと考え老け込んでしまった。
この頃こんなことばかりである。 要領が悪いことは理解してはいる。
だが、どうしても考え込んでしまった。 皆の意識が、評価基準が、昔とあまり変わっていないことを。
国を愛する心、などという項目がチェックシートにはあるが、一体どうやってそれを測るのかは事務側の裁量に委ねられていた。
国を愛する心があれば、戦場でも積極的な行動に出るだろう。
ならば、戦場での功績を評価基準として選んでも差し支えはない。 それが事務側に認識であった。
騎士は戦ってなんぼ、その意識が事務側にはある。
それゆえに、戦場以外での行動は過小評価されがちだった。
それが証拠に、レイサのような陰の仕事人たちやティト派の人間達、
そしてなかなか国外へ出撃することのない治安維持部隊(と、言ってももっぱらカルラエ城の守備に徹しているが)は
大きな数字を名前の横に抱えている。
・・・ここまで考えて、ティトはふと机の上に名簿がないことに気付く。
ボーっとしてるうちに下に落としてしまったのかと辺りを見渡すが、綺麗に整えられ、整然とする部屋に紙など落ちてはいない。
複写はしてあるものの、原紙あっての複写であるからティトは焦って探す。
これだけ探しても見つからず、彼女は視線を床から机の高さまで戻した。
そのときになって、ようやく名簿の姿を確認することが出来た。
だが、名簿が宙に浮いている・・・? いや、浮いているのではない。
何者かが名簿を手にとって眺めていたのである。
「・・・レイサさん、気配を消して部屋に忍び込むのは止めてくださいと何度言ったら・・・。」
レイサは視線を名簿から外すと、舌をペロッと出してティトのほうを向く。
悪気がない事は分かるが、やはり騎士という職業上背後に突然立たれるのはいい気分ではなかった。
「ごめんよ。 仕事柄もうこっちのほうが普通でさ、
で、この数字何? この名前の横にある数字。 私は・・・29か。 シャニーが40・・・。 なにこれ、居眠り回数かい?」
こんな重要な資料に、そんな事が記載されているわけはない。
レイサもそれは分かっているだろうに。 彼女は敢えて茶化した。


100: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:43 ID:0c
「レイサさん・・・シャニーはそんなに仕事をサボっているんですか?」
真顔で返して来るティトに、レイサは息が詰まった。
いくらシャニーがマイペースといっても、任務中に居眠りはしていない・・・はずだ。
「冗談に決まってるだろ? まったく、アンタは生真面目すぎるよ。」
「分かっています、そんなことは。」
ティトが呆れるレイサに笑ってみせる。
冗談が分かっているのか・・・それとも生真面目すぎて肩が凝ると言う事がわかっているのか・・・。
そんな妙な事で、レイサは頭を悩ませてしまう。
この間にも、ティトは整然とされた机の上でせわしく仕事を始めている。
「それにしても・・・へぇ・・・。」
レイサの独り言が、仕事に集中しかけていたティトの神経をくすぐった。
「?」
「これが頭でっかち共の言ってたランキングってヤツか。」
「そうですね。 傭兵としての・・・」
「イリアを滅ぼす度ランキングだろ?」
「え・・・!? ・・・。」
暫くの沈黙が部屋に広がる、 聞こえるのはレイサが手先で振る名簿同士が擦れあう音だけだ。
「レイサさん、それはいくらなんでも・・・。」
時々、レイサは人がびっくりするような物言いを平気でする。
誰もが人目を気にして言えないような事も、サッパリと言い切ってしまう。
「ホントの事だろ?」
お決まりの言葉がレイサから返ってくる。
そう言われると、ティトはいつも言い返せなくなってしまう。
レイサはもう一度数字が一桁の人間の名前を見る。
どの名前も、騎士団内で上位を占める管理側の人間ばかりだ。
もちろんそこには、団長戦で敗れたイドゥヴァの名前もある。
その彼女の名前の横にある数字は・・・1だった。
ティトより若いその数字。 事務側はなんとか団長のほうが数字を上にしようと画策したようだが
ベースにされているモノがモノであるだけに、完全に条件として不利がある。
(これだけの実績と外の評価を得ながら団長になれないなんてね・・・所詮上辺って証拠だよ。)
上辺の信頼は要らない。 上辺の忠誠も要らない、上辺の愛などもっと要らない。
表皮を貫いて出、中より込み上げるものがこのランキングには加味されているのだろうか。
「それに、アンタもそれは感じているはずだ。
こんな数字に何の信憑性も無い事を。 アンタ、私を否定する時に一瞬迷っただろ? それが証拠だよ。」
一瞬の間で、自分を全て読み取られてしまう。
間というものは恐ろしいもので、扱い方によっては実に使い勝手の良いものだ。
しかし、それを誤ればどうなるかは察しの通りである。
「それは・・・でも、最初から敵視すれば相手も心を許してはくれません。
理解してもらうには、相手を理解することからはじめなさいと私は姉から学んできました。」
「まぁそれは理想ってやつだね。 出来たらそれに越した事はないだろうね。
・・・だけどね、世の中そんなにうまく行かないのは・・・アンタが一番知ってるはずだろ?」
レイサはどこまでも現実をティトに突きつける。
ティトの古傷に触れることが分かっていてもなお、それを止めようとはしない。
自分に厳しいティトではあるが、赤の他人には甘かった。
もともと自分をそこまで強く主張することのないティトは、反発に対する有効な手立てを持ち合わせていない。
そこでなんとか相手に合わせようとするのだが、相手は敵視している以上どんどん距離を開けて行く。
どんなに自分を抑えても、どれだけ相手と歩み合おうとしても。
自分が不利になるような恐れのある考えに、決して首を縦に振ろうとは皆しなかった。


101: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:44 ID:0c
「どうして皆は・・・国の事を考えられないのだろう・・・。」
ティトの漏らす言葉に、レイサへの答えが凝縮して詰まっていた。
慰めは逆に毒となる。 こういう事は良くあることだ。
「それは簡単だよ。 ・・・国なんて、忠誠なんて、所詮上辺。 自分を良く見せるための道具に過ぎないのさ。
結局イリアは傭兵国家だからね。 国があろうとなかろうと戦うことが生きることに繋がる。
それが事実であり続ける以上、そしてその思想が何かしらの理由で変わらない限り、 なーんにも変わらないよ、きっと。」
国なんて飾り・・・。 その言葉を、ティトは否定できなかった。
騎士達の考えが変わらない限り、騎士を基盤とする現在の国家も変わる事はない。
だが、それを変えようと必死になっても、理解されないどころか針の筵に座るかのような悲しい毎日。
(私は・・・もしかすると私が間違っているのかもしれない・・・。)
ティトもそろそろ、自分の信条の拠り所を失いかけ始めていた。
しかし、そんなティトの脳裏に、3人の人の声が響いてきた。
-この腐った国を、他国に負けない強国にする、それが私の誓いだ!
―昔のイリアはもうない。 天馬騎士団もまた、生まれ変わらなければならないのよ。
――何かするときには、それがイリアの民の為の行動なのか考える事。 それが大切なんじゃないかなぁって思うよ
ティトは目をゆっくりと閉じてその言葉達を何度も復唱した。
皆全然違う性格の人間達。 だが、先輩も後輩も言う事は同じだった。
特に、シャニーの言葉は今でも鮮明に残っている。 何せまだ2時間も経たないうちに聞いた言葉なのだから。
ティトは静かに目を開けた。
やはり、自分は間違ってはいない。 自分の信じた道は自分だけしか歩けない。
「天馬騎士団は・・・やはり生まれ変わらなければいけない。 上辺だけの変化じゃない根底から。」
ティトの言葉に、レイサはふっと軽く笑みをこぼした。
そして手に持っていた名簿を再び机の上に置くと、数字に羅列に指を置く。
「何の役にも立たないかと思ったけど、ここだけは正しいね。」
レイサの指のおかれた場所を見るティト。
そこには大きい数字がやたら並んでいる。
部隊別に層別されたその資料、部隊コードを見てみると・・・8820だった。 40がずらりと並んでいる。
「数字のでかい順に、大切に育てなきゃいけない奴リストだね、これ。」
「はい・・・!」
ティトは撒いた種をしっかりと見守ろうと改めて確認した。
時には激しい風雨に晒される若葉たちの蓑笠代わりになってやることだって苦には思わない。
それが、新生天馬騎士団復興という重責を負かされた自分の使命であるならば。
「民の為に、私は負けない・・・。」
ティトの仕事をこれ以上邪魔しない為に、レイサは再び影と消えた。
そして白の屋根に寝転んだレイサもまた、ポツリと独り言漏らす。
「立派だよ、団長。 諦めないことだね。
でも・・・一つだけあんたは間違えているよ。 その間違いが、事態を好転させない原因だと私は踏んでるよ。
言われて出来るようになるなら苦労しないものだねこれは。」
空を飛ぶ鳥達。その下では自分の部隊の者達がなにやら特訓をしている。
日を追うごとにたくましくなっていく彼女らを見て、レイサは遠くない未来に何かが起こることを予測していた。


102: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:44 ID:0c
「神様って言うのは、どうしてもこうも意地悪なんだろう。
あれだけ揃っているのに、最も肝心なところを与えないなんて。」
エリミーヌの教えが、それへ完全なる答えをもたらしている。
―人と交わりなさい。 人と交わってこそ、人はより高い階(きざはし)を目指すことが出来るのです
それの言葉は、聖典にも乗っている有名な言葉である。
レイサもそれを知らないわけではない。 だが・・・・納得しろと言われても出来ない部分もある。
「・・・ティト団長、哀れな人だ。 どうして神はアンタばかりに苦しい思いをさせるんだろうね。
でも・・・あんたはいい種を撒いていて育てているよ。
アンタの苦労が報われるかは、アイツらがどれだけ人と交わって養分を吸収していくかだね。
アンタが唯一持ってない大切なモノを持ったアイツらが。」
レイサは日差しを全身で浴びながら、久々の居眠りと洒落込むことにした、
ティトのほうは再び名簿を手に取り、ペンで色々名前の横に書き始めた。
人事には余程のことでもない限り、期中に変更はしてこなかった。
だが、今回はそうも行かない。 外からの圧力もなかなか強いものがあるからだ。
その代表例が、新人隊員たちの扱い方だった。
「半年も過ぎたというのに参戦回数が0とはどういうことだ。」
これがよく言われることであった。
イリアは今復興の為に膨大な額のお金を必要としている。
その稼ぎ手を遊ばせておくとは、一体どういうことなのだ。 と言うのである。
復興の為に金が要るのはティトも重々承知していることであった
毎月の実行計画ともそこまで差異なく傭兵料を国へ納めている。
それでも国全体で考えれば、復興はなかなか進捗の見られない状態であった。
復旧は確実に進んでいる。 それは間違いない。
だが、それを他国と比較した時に手放しで復旧しているとは言いにくかった。
誰もが理解をしている。 復興が着実に進んでいる事も、他の国と比べると復興状況にかなりの遅れがある事も。
ティトも感じていることだが、特にリキアとの差は比べることも辛いぐらいであった。
遅れている原因を、誰もが見出したくなる。
しかも性質が悪いことに、決して自分達のせいであると言う言い方はしない。
何とか自分達は悪者にならないように、原因を作り出すのである。
その矛先が、今回は天馬騎士団と言うわけである。
あまり矛先を集中させれば、騎士団同士の中で孤立しかねない。
国としてまとまらなければならない中で、孤立する事は何が何でも防がなければならい。
親族となったゼロットが最大の騎士団を統べているから、いざとなれば彼に話をするという選択肢もあるかもしれない。
だが、それも選んではならない選択肢。
ティトも天馬騎士団全体に係わる問題であるので、外の意見に耳は塞ぎきれない。
新人には戦闘以外の事を中心に学んでほしいという考えに変わりもない。
しかし、そろそろ天馬騎士団員として実戦を経験しても悪くはない。
彼女らの人事をどうするかで迷っていた。
しかし、やはりまだまだ学んでほしいことがあって、戦いの中に出すには酷である者が多い。
例年通り、一年以上の見習い修行をしたものばかりが入隊していれば、ここまで気を遣うこともないのかもしれない。
だが、今年入隊した新人の大半はそうではない。
実戦経験どころか、天馬に乗ることすらおぼつかない、村娘を卒業したばかりの少女達だ。
ようやく天馬の乗り方を、武器の扱い方を覚えて慣れてきたところ。
騎士としての心の持ち方も、少しずつ勉強している。
見習い修行をした者とは、見えない部分で雲泥の差が生じていた。
そんな者達を実戦に出しても、結果は目に見えている。
大切な芽を、実どころかまだ葉も生え始めたばかりの状態で摘み取るようなマネはできない。
外圧と現状の板ばさみに、ティトは暫く唸っていた。


103: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:45 ID:0c
暫くして出した結論、それは名簿に現れていた。
ティトの机の上には、3枚の名簿が置かれている。
その一枚は8820のものである。 そこに連なる名前の殆どには、何も印はついていない。
ただ一人だけ、赤字で名前の横に丸が打ってある。
その状態の名簿を、ティトは赤筆を持ったまま硬直して眺めていた。
「この子は・・・。 でも、将来を考えると同じように異動させたい。」
筆先が右に、左にとふれる。 その振り子が時を流しているかのように、部屋の中の空気は重々しく、ゆっくりと流れている。
そして時もまた、ゆっくり、だが確実に刻まれ、彼女の孤独を一層際立てる。
彼女の視線の先にあるのは、37という数字であった。
8820部隊に所属していながら、他の新人よりもランキングの高いある人物の所属場所で先程からずっと悩んでいる。
だが、いつまでも悩んでいるわけにも行かない。
新人達の今後と、外側との調和。 それを両立させなければならない。
(この子達を利用するわけじゃないけど・・・。)
その難しい舵取りに決着をつけるべく、ペンを動かそうとしたそのときだった。
「団長、月例報告会議の時間まで1時間ありません。
今回の議題資料を作成しておいたので、登城までに決済をお願いします。」
部下の突然の声に、手は止まり、意識もそちらに向かってしまう。
時計を見ればあっという間に時は過ぎ、日は傾きかけている。
外を見れば騎士達が任務終了後に行う指差し呼称をしていた。
イリア騎士の誓いを復唱して、結束力を高めようとする伝統である。
その様子を、ティトは無言で眺めていた。
「どんな時でも、国のために頑張る事!」
新人達の元気な声が聞こえてくる。 その元気な声はティトの胸に突き刺さるように響く。
皮肉にも、その元気さが逆にティトを苦しめることになった。
暫くそれを無言で眺めていたティトは、視線を向こうの部隊へと移す。
そちらでも同じように騎士の誓いを呼び合っている。
「・・・国のため、ね。 」
「団長? なにかあったのですか?」
その独り言に応える声があり、ティトは思わずそちらを向く。
それは先程資料を持ってきてくれた隊員であった。
「なんでもないわ。 資料ならそこに置いておいてもらえる? 目を通すから。」
「はい。」
隊員は資料を机の上に置くと、そのまま部屋の出口へ向かう。
だが、彼女はすぐさま出口へは向かわず、途中で立ち止まった。
「団長。」


104: Chapter2−1:理想と孤独:08/05/04 01:45 ID:0c
再びの声に、窓の方に振り向きかけたティトは隊員の方へ顔を戻す。
「どうしたの?」
「あの・・・。 差し出がましい事を申すようですけど・・・何かお悩みなら私たちも話してください。
私達は団長のお力になりたいんです。 この頃ずっと部屋に篭りきりのことが多いので、皆も心配しているんです。」
隊員の目は、お世辞やゴマすりから言っているわけではない事を証明している。
か細そうにティトの方を見つめている。
ティトにもその気持ちは痛いほど伝わってくる。
その言葉が、その気持ちが、今のティトにとってどれだけ傷を癒す妙薬であるだろうか。
心にぽっかり空いた隙間を、気持ちがすっと入って行っては塞いでくれそうな、そんな感覚がティトの心を支配する。
だが、彼女の口から出る言葉はそれとは正反対であった。
「ありがとう、その気持ちだけありがたくいただいておくわ。
でも、これは団長としての問題よ。 私が処理しなければならない問題なの。
貴女達が、騎士としてイリアに貢献してくれる事。 これが私にとって一番ありがたいことだわ。 それにね・・・・。」
「はい。」
「人の心配をする暇があったら、少しでも自分を鍛えなさい。
いつ何があっても、対応できるようにね。 イリア騎士の誓い・・・覚えているわよね?」
相変わらずであった。 相手の気持ちがありがたいのはもちろんである。
だが、口をついて出るのは手厳しい言葉ばかりであった。
団長である自分が弱音を吐けば、その動揺は騎士団全体へと広がる。
強い気持ちを維持し、荒廃した国を蘇らせなければならない。
そんな時に皆の心をバラバラにする要因を、団長が作ってはいけないといつも自分を戒めてきた。
これがティトの口から悩み事を封印する要因である。
昔より更に肩肘を張る団長を、昔から行動を共にしてきた部下が心配しないわけはなかった。
ティトから放たれる言葉は、相手を突き放さんとするかのような厳しいものが多い。
知らないものが聞いたら、どんな冷たい人だと思うかもしれない。
しかし、長い間付き合っているからこそ分かる、その人の本心の部分は非常に多い。
隊員はティトの言葉に黙ってうなずくと、一礼して部屋を出て行った。
彼女には、ティトが心の中から自分達に感謝をしていることが伝わってきたのである。
不器用な団長だ、 放たれた言葉の裏にある真意を汲み取ること。
それを出来るようになるまで1年は要した。
ティトは隊員を気遣うあまり、厳しい言葉ばかりになってしまうことをいつも後から後から気付く。
誤解されてはいないかといつも余計な重荷を背負っていた。
そんな心配は無用である事を知れば、彼女の表情ももっと違ってきたに違いない。
ツーカーの間柄である上司と部下。
だが、そんな関係にある部下にも、唯一つだけ不満があった。
それはティトの生真面目すぎることが祟ってのこと。
ティトが無意識のうちに作り出してしまっているものへ、部下達はもどかしさを隠せなかった。
(どうして団長はそこまで私たちを心配してくれるのに、自分の事を大切にしないのだろう・・・。)
こんな気持ちがわいてくるのも、ティトの悪癖が吐き出す毒によるものである。
レイサが言っていた、“唯一欠けているもの”。
それが団長と隊員の間に立ちふさがっては邪魔をする。
高くはないものの、相手の全てを見渡せないようにモヤをかけてしまっていた。
昔からそうである。 だから尚更もどかしい。
いつまで経っても、どんなに山を登っても、絶景を望むことが出来ない。
朝日が雲のせいで見えそうで見えない。
いや、こちらのほうがもっと的確かもしれない。
何かの雛が危険の前に狂騒な声をあげ、紛糾する音が木の上から聞こえる。
なのに姿が巣の外壁で見えず、助けるどころか何が起きているのかすら確認が取れない。
隊員はしばらく廊下で立ち止まっていたが、持っていた資料入れをぎゅっと握ると再び歩きだし角を曲がっていた。
一方ティトも、隊員の思わぬ声に少しくすぐったくなったが
月例報告会議までもう時間がないという知らせの方が頭に優先して残っていた。
先ほど眺めていた名簿を何も書き込まぬまましまう。
せっかく付いたフンギリを繋げられてしまったようでどうしても記入出来なくなってしまったのだ。
(また明日ゆっくり考えるとしましょう・・・。 焦ってはいけない事だわ。)
ティトは紋章入りのマントを羽織り、剣を腰に差す。
きりっとした姿の若い団長は、資料を片手に部屋を出て行った。


105: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:16 ID:2U
そのころ、シャニーのほうは任務を終えて武具を倉庫へと片付けていた。
「じゃあ任せたよ、シャニー!」
皆は片付けに庭と倉庫を行き来するシャニーへ手を振る。
その手へ、シャニーはムスッとしながら自分も手を振って応えてやる。
皆シャニーを助けようともせず、笑い声に包まれそのまま天馬で空へ消えていく。
「ちぇ、どうしてこう肝心な時に。」
シャニーは空の向こうへ消えていく天馬を羨みながら、重い槍を数本束ねて倉庫へと運ぶ。
彼女はじゃんけんに負けて、片付けを一人でやる羽目になっていたのだ。
しかもシャニー自身が、じゃんけんを言い出した本人であった。
とんだ藪を突いたものである。 皆ありがとうと皮肉を言って帰って行った。
最後まで残っていた重い槍をあらかた片付け終わった。
陽は既に半分以上沈み、あたりは藍色が覆おうとしている。
最後に自分の剣を磨いて帰ろうと、急いで研磨紙を取り出したシャニーの肩へ、ポンと手が乗った。
「!?」
とっさに動く左腕。 彼女の振るう細身の剣が、手を置いた相手の首元を正確に捉える。
少しでも動けば、そのまま喉へ食いつき、息の根を止める。
やられた方はもう腰が抜けてアゴがガタガタ震えていた。
「動かないで。 動いたら、容赦しない。」
この前、アルマが夜賊に襲撃を受けたことがまだ頭に残っていたシャニーは
やや敏感になっていた。 それが幸いしてか、夜賊の襲撃に備えることができ・・・
「あわわ・・・何するのよシャニー・・・。」
「え?」
シャニーは聞きなれた声が震えているのを聞いて持っている剣を落としそうになった。
慌ててそちらを向くと、そこにいたのは蒼い顔をしたセラだった。
シャニーはさっきよりももっと驚いて、剣を放り投げてしまった。
「ご、ごめん!」
「あー・・・。 怖かった。」
セラは剣の当っていた部分を手でさすりながら、ふぅっと力なくその場にへたれこむ。
「ホントごめん。 あたし、夜賊かと思って・・・。」
「あんたみたいなのを襲う夜賊なんていないって・・・。」
「どういう意味よ!」
あっという間にいつもどおりの会話に戻る二人。
シャニーの早とちりも、セラの毒舌も、昔から変わらないのでそこまで驚かない。
しばらく頭を下げていたシャニーも、相手が許してくれると元のように元気になる。
「ところでさ、任務はもう終ったんでしょ? どーしたのさ。」
シャニーは暗くなった空を眺めたかと思うと不意にセラへ訊ねる。
セラもシャニーの疑問に、ポンと手を打って答えた。
「あ、そうだった。 ねぇシャニー。 ウッディも待ってるんだ、早く行こう!」
セラは状況の飲み込めないシャニーの手を引っ張り、厩へと彼女を走らせた。
シャニーも急かす親友から理由を聞きだせず、そのままついていくしかない。
(剣片付けたかったけど、まぁいいか。 明日忘れないようにすれば。)
彼女は剣を腰に差すと、ウッディの待つ厩へと駆けて行く。


106: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:16 ID:2U
「あ、ウッディ危ないよ!」
厩ではウッディが天馬の鬣を撫でていた。
天馬も大人しくそれを受け入れている。 ウッディは天馬に話しかけながら、ゆっくり彼をさする。
「よーし、いい子だ。 あれ、シャニー遅かったね。」
彼は天馬の翼へ綺麗にブラッシングをかけながらシャニーのほうへ視線を移す。
天馬も自分の相方が現れたのでそちらへ首をもたげた。
当のシャニーはといえば、天馬の様子にぽかーんとしている。
「どうしたの?」
セラの声に我に返ったシャニーは、天馬のそばへ行って彼を撫でた。
「天馬は主人以外にはすごい警戒心が強いのに、ウッディよく無事だったね。
ただでさえウッディは男なんだから、それだけで天馬に嫌われるはずなのに。」
「あー、きっとウッディは男だと思われてないんだよ。 なよなよしてるし。」
女二人が意見一致と言った感じで眼を見合わせて笑い始める。
それにやれやれといった感じでウッディが頭を抱えていた。
彼は頭をボサボサと掻きながら、二人の笑いが収まるのを待つ。
しかし、そんな彼の淡い期待はあっけなく裏切られる。
日ごろなかなか会えないためか、一度ヒートアップすると話題のネタが後から後から沸いてきて一向に収まりそうにない。
「でさー、あいつったらさ!」
「ぎゃはは。」
いくら待ってもこれではラチが開きそうにない。
気の長いウッディもこれには流石に堪りかねて二人の間に割って入る。
「ねぇ、盛り上がってるところ悪いんだけどさ、早く行こうよ。」
「行こうって・・・どこへ?」
シャニーの予想外の返事に、ウッディはガクッと拍子抜けした。
「セラ。 シャニーに伝えてないの?」
シャニーはウッディがパスを出した相手へ目線を向ける。
セラにはシャニーから自分へ放たれる言葉が分かっていた。
彼女は手を軽く握ると、口のところへ持っていって首を上へ傾けた。
「聞かなくても分かるじゃん、これよ、これ。」
シャニーも親友のジェスチャーに、顔をニヤ付かせた。
元々友達と遊びに繰り出すのが好きだった彼女が、これを拒む道理はなかった。


107: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:17 ID:2U
夜の城下町。 夜の警備で良く来るこの賑やかな場所だが、今日は何か違う場所に来ているかのような気分だ。
賑やかさがひときわ際立っているような気がする。
「久しぶりだね、こんな風にみんなで遊びに出かけるの。」
セラが懐かしそうに昔を思い出す。
ちょっと前までは何かあるとこの三人でどこへでも出かけていたものだ。
「この頃は僕も研究で忙しいからな。」
ウッディが鞄へ資料をしまいながら答える。
ついでにつけていたネクタイも外して中に入れる。
シャニーは中に入っている資料の多さに仰天した。
これが全て、研究用の資料だという。
何が書いてあるのか見ようとしたが、その前に鞄は口を閉じた。
前なら何をしているかなんか聞かなくても分かった。
しかし、今は彼らがどんな仕事をしているのかなんて分からないし、会えない時すらあった。
誰かは見回りに出撃していて、誰かは他の国へ智を求めに出向く。
何かの力によって引き離されそうになっても、皆は互いを求めている。
その気持ちが、こうして皆を夜の街へ歩かせた。
彼女らは行きつけの店の明かりに誘われ、笑いながら中へ入って行く。
それを見つめる視線にも気付かずに。
その黒い眼差しは、笑いに肩を揺らし、街の雑踏に姿を消す。

「おや、譲ちゃん達、今日は夜に登場かい。」
店のマスターが、入ってきた若い顔を見るなり迎えてくれた。
ここは彼女達がよく昼食をとりに通っている店で、夜は酒場に姿を変える。
店は既に大勢の荒くれたちが酒を飲み交わし非常に騒々しい。
シャニー達はそれに恐れることもなく、ずんずん店の中を進み、カウンターへ辿り着く。
ウッディだけが、山賊風の男にガンをつけられた気がして小さくなっていた。
「お譲ちゃんって言い方そろそろやめてよ。 あたし達、もう一人前の天馬騎士なんだよ?」
「がっはっは、そんなひょろっこいなら職業が騎士でも賊でもお譲ちゃんさ。」
「むー。」
成人する前からこの店にはお世話になっているため、この年でも彼らは顔の知れた常連だった。
だからマスターも彼らが天馬騎士になったことを知っていたし認めていないわけでもなかった。
ベルン動乱という大戦を生き抜いてきた彼女達の瞳には、他の同世代には無いものがあることをマスターは見抜いていた。
彼は三人にとりあえずつまみと軽い酒を出すと、皿を吹きながらパイプを銜える。
「それにしてもホントに騎士になっちまったんだなぁ。 つい最近まで手に負えないガキンチョだったお前達がねぇ。」
「もっちろん、そのために修行してたんだからね。」
セラが一気にコップの酒を飲み干すと、そのコップをカウンターに叩きつけてお替りを要求した。
この若さでこんなに酒が様になるとは、エトルリアでそちらの方面も大分鍛えられたようである。
エトルリアといえばワインが有名であるが、イリアの蒸留酒はそれとは比べ物にならないほど度数が高い。
寒さを酒でしのぐ雪国ならではの味には、世界中にファンがおり産業の一つにもなっている程だ。
そんな火がつくほどの酒を一気飲みする仲間に、残りの二人はしばし口を空けて様子を見てしまう。
「はっはっは、良い飲みっぷりじゃねーか。 お前もそろそろしっかりしねーとな! 男が威勢で女に負けてたらかっこ悪いぞ!」
マスターは相変わらず味に慣れず、ちびちびと飲むウッディの肩をバンバン叩いた。
タダでさえ酒に弱いウッディは、鼻に酒が入り悶絶している。
「ぐぅー・・・死ぬ。」
「そら、しっかりせんか。 お前の願いどおり二人とも生きて帰ってきたんだからな。 さて、約束どおりなにしてもらおうかね。」
ようやく鼻からアルコールの抜けたウッディに、マスターは焼きたての腸詰を差し出しながら不敵に笑う。
ウッディのほうは目を真っ赤にさせて泣いている。


108: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:18 ID:2U
「約束? どんな?」
「こいつな、お前達が無事に帰ってくるようにっていつもここにきては俺に言ってたんだぜ?
でよ、俺も帰ってくるように祈ってやっから、帰ってきたら何でもしろって約束してあったのさ。 こいつがそれを飲んだからよ。」
「ウッディ・・・。」
シャニーはウッディのほうを見た。 彼も恥ずかしそうにこちらを見ていた。
前々から心配してくれていた彼だが、まさかそこまで心配していたとは思わなかった。
話を聞くと、どうやら無事を祈りにイリアでも有名な教会に毎週祈りに出かけていたらしい。
マスターもそれに付き合っていたらしく、彼はウッディと大分仲が良かった。
妙にしんみりしてしまったが、シャニーは素直にウッディの手を取った。
「そんなに心配してくれてたなんて思わなかったよ。 ありがと。」
マスターは雰囲気を壊さないように無言で皿を拭く。
そうしているうちにパイプの煙草もそろそろ取り替えなければならなくなっていた。
「でもさ、もうあたしも一人前の騎士だし、これからはあんたを守ってあげるからさ。」
マスターが煙草を取替え、新しい煙草をパイプにセットしようとしたそのときだった。
向こうで喧嘩があったようだ。 荒くれの挑発する声が聞こえてきた。
雰囲気を壊したくないマスターが、注意しようとそちらを向く。
「何だテメーは!」
傭兵風のガタイのいい男が、黒いソフトに黒い外套で全身を覆った髭の紳士に難癖をつけている。
どうやら相席中に肩が当ってしまったようだ。
深くまで帽子をかぶったその紳士は、反論する事もなくただ黙って男の怒声を聞いている。
シャニーたちから見えるのは、への字に固く結ばれた口元だけだ。
「なんかあのおじさん、かわいそうだね。」
シャニーが仲間にそっとつぶやいた。
傭兵というより山賊風の大男。 それが酒で気まで大きくなっているのだから手に負えない。
酒場では良くある事なので、周りは物見見物といった様子で眺めている。
中にははやし立てる者までいる始末である。
「聞いてんのか! こら!」
黙り込む紳士を男が恫喝する。
恫喝しても微動だにしない紳士に、男は怒りを覚えて胸倉を掴みにかかる。
そうなって初めて、紳士はようやく口を開く。
「言いたい事はそれだけか?」
「あぁん?」
「言いたい事はそれだけかと聞いている。 私はお前の戯言にいつまで付き合えばよいのかね?」
聞くや否や、頭に血の昇った男は背に挿していた大剣を引き抜くとそのまま紳士に向かって振りかぶった。
これには周りも流石に危機感を覚えて退く。
「危ない!」
シャニー達は慌てて席を立つ。 治安を守る事も自分達騎士の仕事である。
任務時間中ではないにしろ、こんな騒ぎを黙ってみていられるはずが無い。
だが、剣に手をかけたシャニーは、恐ろしい視線にゾッとするのを覚えた。
その視線は間違いなく、帽子に隠れて見えるはずも無い紳士の目から放たれて自分のところまで突き刺さってくる


109: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:19 ID:2U
・・・!
それはあっという間であった。
気付いた時には、大男が宙を舞い、向こうにおいてある空の酒樽に突っ込んでいたのだ。
皆も何が起きたか理解できずにただ唖然としている。
気が付いたら、男は宙を舞っていたのである。
時と時が連続していないかのような妙な感覚が皆を襲う。
それはシャニーたちも同じであった。
紳士が倭刀で居合い斬りをして見せた事は、シャニーも分かった。
だが、その剣捌きを目で追えなかった。 気が付いたら、もう剣は男を吹き飛ばした後だったのである。
(なんだったんだろう・・・。 さっきの何とも言えない嫌な感じ。)
シャニーは紳士の方を眺めながら先ほどの恐ろしい視線を思い出していた。
紳士は剣をはらい、鞘にしまうと再び帽子を深く被りなおす。
すっかり元のように深く被りなおすと、どうやらシャニー達に視線に気付いたようだ。
無言のままそちらを向く。
向かれたほうは堪ったものではない。
今度は自分達が標的になったのではないかとヒヤヒヤしてしまう。
仮にも騎士である彼女らが。
彼はそのままこちらへ向かって歩いてくる。
見えぬ眼光が鋭く光ることへ戦慄すら覚える三人は、為す術も無くただ彼が距離を縮めるのを見つめることしか出来ない。
だが、紳士はそのまま三人を通り越すと店主の方へそっと右手を差し出した。
店主が何かと思って男の手を注視すると、突然その手に葉巻が現れた。
目を見開いて仰天する店主を、口元だけが笑っている。
「旦那、パイプもいいが一服の醍醐味は葉巻ってものじゃないか?」
「お、おう。 だが葉巻はたけぇからよ。 一服するのにそれ以上に働かなきゃいけねぇんじゃ割りに合わねぇってもんだよ。」
男はふっと口元で笑うと、そのまま葉巻を店主に差し出す。
「こいつは私のおごりだ。」
彼は店主が嬉しそうに葉巻を吹かすのを見ると、カウンターへ目を向ける。
そちらには様子をじっと見ていた三人がいた。
「おっと、驚かせて申し訳ない。 酒場とは言えやはりマナーはわきまえないとな。」
彼はシャニーたちのすぐ横に腰掛けると、マスターにつまみを注文する。
そして剣を鞘から抜くと、丁寧に手入れを始めた。
「おじさん、すごい強いんだね。」
すぐ横に座られ、無言でいるのも間が悪くなったシャニーは苦し紛れに話しかけてみる。
紳士は動かす手を止め、シャニーのほうへ顔を向けた。
「大した話ではないさ。 相手は酔っ払いだったのだからな。」
「でも、あたし剣の動きが全然わからなかったよ。」
「いや、君もかなり腕の立つ騎士と見る。
あの状況判断の速さはかなり実戦を積んだのであろう。
まだ若いのに、さすがイリア騎士はレベルが違う。 ・・・聞いていた通りだ。」
男は口元に笑みを浮かべると、調理されたばかりの腸詰に酒を味わいながら再び剣を眺める。
シャニーはその剣の美しさに何か引寄せられる気がしてならなかった。
妖艶さすら漂わせるその片刃剣からは、ゾッとするほどの力を感じる。
「その剣、きれいだね。」
「ほう、ミュートの美しさが分かる者がいるとは。 君は剣使いか?」
どうやら男はその刀にミュートと名づけているらしい。
剣の事を分かるものだとわかってか、男は親しみをこめて話しかけてきているのが分かる。
「剣士ってわけじゃないけど、剣は良く使うよ。 軽いし。」
「はっはっは、合理的な意見だな。 ちょっと君が腰に差している剣を見せてくれないか?」
置いてくる暇がなく、仕方なく持ってきてしまった剣。
シャニーはそれを鞘から抜くと、何の警戒もなしに男に渡してみる。


110: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:21 ID:2U
セラはありえないといった面持ちである。
何せ会ったばかりの武器を持った相手に、自分の剣を渡して丸腰を晒すなど信じられなかった。
一方ウッディのほうは、武器のことなど全く知識がない為か、何が起こるのは興味津々で眺めていた。
「ほう、なかなか手入れのしてある剣だな。 剣が嬉しそうだ。」
「おじさん、剣が喋っているんですか?」
「ふふ・・・まぁそういったところだな。 剣の輝きは表情そのものだ。」
不思議がるウッディに紳士は軽く笑いかける。
紳士は剣をシャニーへ返すと、お湯で割られた香り立つ琥珀色の酒を優雅に飲む。
その立ち振る舞いはとても傭兵として剣を振るっているとも、剣士として道を究めんと欲しているとも見えなかった。
「それにしてもそんな若いのに国を背負って立つ立場とは、何か哀れだな。
だがイリアでも1,2位を争う女のエリート集団に所属するともなれば、そうも言っていられないといったところか。」
しばしの沈黙のあと、紳士は突然に独り言かとも取れるような声を漏らした。
「おじさんはあたし達が天馬騎士だって言うのが分かるんだ。」
シャニーは言ってから気づく。
他の二人はともかくとして、自分は着替えず軍服のまま来ていたことを。
「無論だ。 イリアといえば天馬と美女と、美酒の国だからな。」
「それってあたし達を口説いてるの?」
「さぁな。」
軽く突っ込みを酒でかわすと、つまみの腸詰にフォークを突き刺す。
シャニーたちも出てきた揚げパンにかぶりつく。 もう慣れ親しんだ味だった。
安いし、早いし、うまい。 気の合う仲間と食べるそれは素朴なぜいたく品だ。
まだまだ叙任を受けたばかりの新米騎士にとっては、懐の強い味方であった。
「女のエリート集団かぁ。 ま、私達がそうとは言い難いよね。」
セラはお湯割をスプーンでかき回しながら上を見上げる。
まるで他人ごとかのような言いっぷりに、ウッディはついつい突っ込んでしまう。
「何言ってんだよ。 つい最近まで、もう一人前なんだから見習いの半人前と一緒にするなって言ってたくせにさ。」
「そんな事私は言ってないよ? 言ってたのはシャニーじゃん。
その本人も、すっかりライバルのアルマと差が開いちゃったよね。
イドゥヴァさんに気に入られると昇進が早いって先輩が言ってたけど、すごいよホント。」
セラがシャニーを横目で見る。
見られたほうは意地が悪いと怒っているようだ。
だが、互いにライバル視した者同士というのは自分でも認めているし、
その相手が活躍するところを見るのは悔しいし、焦る気持ちもあるのは事実だった。
「アルマ・・・?」
紳士がポツリと漏らした言葉に、セラは即反応した。
日ごろの鬱憤が溜まっている為、話好きの彼女は更にテンションが上がっていた。
「私達と同期なんだけどさ。 いつの間にかナンバー2の部隊に配属されて。
性格は逝かれてるけど、凄腕だし私達にとっては憧れと言えば憧れだよ。 ねー、シャニー。」
「ふん、あたしは別にあいつに負けたわけじゃないもん。」
「アンタってホント負けず嫌いだよね。 そろそろ認めちゃいなよ。」
酒がすっかり混ざったのを確認すると、彼女はコップの端でチンっとスプーンこすりあてる。
そしてそのまま雫の落ちたスプーンをなめると、実に幸せそうな顔をする。


111: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:22 ID:2U
「あー、これがあるから厳しい任務をやりぬけるのよ!」
そのままコップを手に取ると、見事な飲みっぷりを披露するセラ。
この様子に、二人はしばしあっけにとられてしまう。 仮にも16歳である。
ウッディは、彼女が見習い修行の間、エトルリアで一体どういう生活をし、何を学んできたのか本気で気になってしまった。
「何年寄り臭い事言ってるんだよ。 老けるの早すぎだぞ。」
「うっさいうっさい! アンタに私の苦労がわかってたまるか!」
ぐいぐい酒を飲み干すと、店主の前に豪快にコップを叩きつけお変わりを要求するセラ。
これには店主も呆れたようで、何も言わずにコップに酒を注いでやる。
「はっはっは、君達は本当に仲が良いのだな。」
落ち着いた感じの紳士には似合わない大きな声で笑う。
セラは空きっ腹で飲んだせいか、もう酔いが回っているらしい。
彼の言葉も気にせずに、酒やつまみを食べる食べる。
無心でがっつくその姿は、普段の姿からは想像できないものだったから、シャニーもウッディも苦笑いするしかない。
「ははは・・・。 僕達は、幼い頃から同じ村に住んでた腐れ縁なんですよ。」
「なによ、その嫌そーな言い方は。」
「別に嫌そうに言ってないだろ? セラ酔っ払ってるんじゃないのか?」
「え? 私が酔ってるって?!」
「・・・ダメだこりゃ。」
ウッディはセラの隣に座ったことを後悔した。
少しでも被害を免れる為に、シャニーのほうへ体を寄せる。
今まで一緒に食事をする事は茶飯事であったが、酒を一緒に飲み交わすという事は今回が始めてのことであった。
何せ今までは皆未成年だったのだから。
「まだ酔ってないよ! エトルリアに修行に行ってたときは
葡萄酒の大飲み大会で結構上位に食い込んだんだから。 その勇士をとくと見るといいよ!」
「一体どんな修行よ。」
シャニーは、自分が経験した修行と全く次元の違う修行内容に唖然としてしまう。
自分の頭の中には、修行と言えば生きるか死ぬかの修羅場の連続しか思い当たらなかった。
もちろん、軍の中には各国の英傑達も多くいた。
だから社交辞令や各国のトップ層の構造などを勉強する事は出来た。
だが、セラのような変わった修行も、彼女にとっては少し羨ましいものだ。
そんな三人の様子を、紳士はしばらくずっと眺めていた。
「そうか、幼馴染か。 仲がいいという事はいいことだな。
窮地に陥ったとき、背中を向け合える仲間がいる事は何にも変えがたい武器だからな。」
「うん、あたしの部隊のぶたいちょーも同じ事言ってた。」
シャニーが笑って返すと、紳士も口元で笑ってうなずく。
部隊や所属は三人とも皆違うが、困った時はすぐ皆に打ち明けて聞いてもらっていた、
自分では思いつかないような名案が浮かぶ事もしばしばあった。
それだけではない。 聞いてもらうだけで、何か気が楽になるような気がした。
「そうか、ならばそれを大切にする事さ。」
紳士のその言葉には、何かその短いセンテンスの中に収まりきらないほどの重いものがぎっしりとこめられている気がした。


112: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:23 ID:2U
信頼というのは、得るのは難しく時間がかかるが、崩すのをどうしてこれ程と思うほど簡単だ。
それを失う恐ろしさは、失って見なければ分からないところがなんともしようもないところである。
そして、失って自初めて後悔するのも、人間の悪癖であった。
紳士の言葉が重く感じるのは、信頼を失いかけた覚えがあるからこそなのかもしれないし
紳士自信が信頼を失った経験があったからかもしれない。
「それにしてもここは恐ろしい国だ。 ほんの少女が身も心もすり減らして生きているとは。
他の国の同世代なら、まだまだ遊んでいたい年頃だろうに。 イリアという国ほど聖典にある地獄に近い国もないな。」
他の国では、女は麦を踏み、編み物をしその歌声で疲れた男たちを癒している。
だがイリアの女はそんな平穏の中では暮らしてはいけない。
編み棒を武器に持ち替え、癒しの歌は戦場にこだまする軍歌となって獲物を追う。
そして自分の生きる証は、軍人としての名声だけだった。 
屍の上に立ち、国のためとただひたすらに戦うその姿を人々は哀情と蔑視で見つめる。
もはや生ける屍とすら呼ばれるものであった。
「イリアの悪口をいうな!」
紳士の声に真っ先に反応したのはセラだった。
あまりにも反応が早かったので他の二人も驚いて彼女へ視線を送る。
だが、どうも酔った勢いであったらしくその後の反論はない。
コップをぐい飲みしてつまみを汚らしく食い漁る。
「確かに、イリアは厳しい状況に置かれています。
僕もどうして女神はイリアを救われないのか。 皆が傷付くたびに思っています。
でも・・・それでも国への愛着は捨てることが出来ません。」
普段あまり語らないウッディだが、このときは何故か口が勝手に動いた。
医者の立場であるウッディ。
わざわざ傷付きに行く彼女らを止められない自分が、彼は悲しかった。
せめてできることは、神に彼女らの無事を祈ることと、もし傷付いた時に治してあげること。
「あたしもイリアは好きだよ。 自分も国を形作ってるんだって実感があるもん。
それに、もう一人前の騎士として叙任を受けてるんだから泣き言は言ってられないよ。」
若い二人の言葉を、紳士は帽子を深く被りなおしながら無言で聞いていた。
セラが酔いに任せて相槌を打つので妙に緊張感はないが、二人は真面目に国への想いを紳士へ打ち明けていた。
他国に産業で劣っている事は否定できない。 でも、イリアにはイリアのいいところがある。
皆おもいやりを持ったいい人ばかりだ。 皆が一丸にならなければ国を支えられないのだから。
他の国では一部のオエライ様が国を牛耳っているので、人々は国の構成員と言う意識に欠けていた。
どうしても個人主義、自分中心になりがちであった。
「他の国がイリアをバカにするなら、それに負けないくらいの良い国へ、あたし達が変えていけばイイだけだもん。
あたしは最初はお姉ちゃんに憧れて騎士になったけど、今はそれだけじゃない。
きっと良い国に変えてやる。 あたし達の手で。」
シャニーは決意を露にするとぐいっと酒を飲み干した。
―まだまだなりたての新人騎士が、何をでかい口を
そう言って蔑むベテラン達もいる。
だが、彼女はそのくらいでへこたれるほど弱くはなかった。
なぜなら彼女には仲間がいたから。 少しばかり気負いしても、仲間が助けてくれる。
仲間の大切さは、嫌というほどベルン動乱の中で学んできた。
独りでは、どんな天才といえども正しい選択し、生き抜く事は出来ないのだと。


113: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:24 ID:2U
「今までは守ってもらう立場だったけど、もう今は違う。
一人前の騎士になったからには、もう泣き言なんていってられないからね。」
「そうだそうだ! 一人前じゃ足りないよ、三人前ぐらい持ってきてマスター!」
「・・・セラ。」
かっこよく決めたつもりだった。
シャニーもこれが決まったと内心ガッツポーズをしていた。
それもまたセラのずれた相槌でずるっとこけてしまう。
「もう! 今せっかくいいところだったのに!」
「えへへへ・・・。 シャニー輝いてるよ!」
セラの連れ二人は親友の新たな一面を見てしまい何ともいえなくなった。
当の本人は気分がいいものだからわめき散らしてご満悦である。
ウッディはこのときだけ、他人の振りをしたくてたまらなかった。
「見てるこっちが恥ずかしいよ・・・。 なんだよ三人前って。」
頭を手で押さえてウッディが騒ぐセラをなだめる。
店主ももう相手をしきれなくなったようである。 他の荒くれどもの酒宴の中に入って、一緒に酒を飲んで騒いでいる。
やっと席に座ったセラを確認すると、シャニーはもう一回酒に口をつけた。
「おじさん、ごめんね。 こいつがこんなに酒飲むと性格が変わるなんて知らなかったから。」
「三人前か。」
「・・・へ?」
「いや、三人前は必要というのもあながち間違ってはいないのかもしれん。」
紳士も酔っ払ってしまっているのかもしれない。
シャニーは即そう思った。
何せ大酔いして理性を失いかけているセラに同意しているのだから。
だが、そうではないということをその直後思い知る。
「君はもう叙任を受けた天馬騎士と言ったな?」
「え、うん。」
「と言う事は言い換えれば、君は国を支えるプロフェッショナルと言う事だ。
国から認められたプロが、自分の世話を出来るだけで満足していていいのかね?」
意外な言葉に言葉を失う。
(なんか、皆同じこと言うなぁ。)
だが、彼女はすぐに相手の言葉を理解した。
結局はティトが言っている事と同じことであると感じたからだ。
新人とは言え、他の国から見れば仮にも叙任を受けた国防のエキスパートである。
自分の世話が出来る事は当然の話である。
騎士達の殆どはそれで満足していた。 
満足と言うより戦場に曝す自分の命の世話で精一杯になって、他人に目を向けていられる余裕などないのである。
生きるために戦っていた。
守るべきもののために戦うと言う余裕は、当の騎士達には机上の空論であった。
生きなければ何にもならない。 死んでしまってはどうにもならない。
それは正論である。 疑う余地もない。
しかし、国のために戦う騎士達が、自分の世話で精一杯にならなければならないのでは、本末転倒もいいところである。
「自分の世話をすることが出来るのは、戦場に出るものとして当然だ。
だが、君達はそれではすまないだろう?
一人前ではプロとは呼べない。 一人で三人分はこなせないとな。
なりたての新米さんに酷なことを言うようだが・・・何処の国も同じだ。 国を支えるものならば。」


114: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:25 ID:2U
今までの穏やかそうな口元が、厳しい傭兵の卍へと変わった。
その風貌や振る舞いからして、ただの剣使いではなさそうではない事はうすうす気付いていた。
それが、今の言葉で確信に変わった。
「おじさん、どこかの国に仕えてたの?」
シャニーの質問に、紳士は酒を飲む手を止めた。
「いや、ただの雑学さ。 あちこち放浪していればそのぐらいの情報は吟遊詩人から手に入れることが出来るからね。」
紳士は再びグラスを手に取ると、ソーセージをかじりながら酒を味わう。
シャニーは改めて、姉の言った言葉が間違っていなかった事を確認する。
そして今、自分は一人前から二人前になろうとしているのだろうかと考えてみた。
自分が間違った方向に歩んでいないか。
彼女にとって、それが一番の不安であった。
「おじさん、あたしはもっと強くなりたいんだ。
剣とか槍の腕前だけじゃない、もっと他の部分で。 どうすればいいんだろう。
このままじゃダメなのは分かってる。 おじさんに言われてその気持ちがもっと強くなってきちゃったんだ。
でも、何処から手をつけて良いのか全然分からなくて、今結構悩んでる。」
酔いが少々あったからなのだろうか。
まだあったばかりの見ず知らずの相手に、自分の悩み事を素直にぶつけた。
「あはは、シャニーに悩みなんてあったんだ〜。」
「はいはい、セラ、僕がお酌をしてあげるよ。」
「お、気が利くじゃん。 これだからウッディは好きだよ。 愛してる!」
もはやただの酔っぱらいと化したセラがシャニーを茶化すが、それをウッディがすかさず止めに入る。
ウッディには分かっていたからだ。 シャニーが悩んでいる事を。
前にも一度、二人きりで話したときに似たようなことを言っていた覚えがウッディにはあった。
つい最近までは、剣や槍の扱い方ばかりを口にしていたのが、突然人が変わったかのようであったからその記憶は鮮明だ。
一つのハードルをクリアして、満足するような性格ではない彼女。
今度はもっと高いハードルに躓いて悩んでいるに違いなかった。
紳士はしばらくソーセージをほおばっていた。
ゆっくりかみ締めるようにそれを食い、酒で一気にそれを流し込んだ。
「考える事だ。 何を皆が自分に求めているのかを。
そして聞く事だ。 何を皆が国に求めているのかを。
聞いて、考えて、そうしたら今度は見る事だ。 何が皆の叫びを妨げているのかを。」
シャニーは紳士の言っている事が一本の線で繋がっているように感じて止まなかった。
だが、よくよく考えてみれば言われた事は既に実践していた。
「でも、あたしは考えてるし、聞いてるし・・・。」
「それでも答えが見えてこないのだろう?」
相手は自分の言うことを読んでいるかのようだ。
途中まで言ったところで、今自分が言おうとした言葉が紳士の口から出てきた。
「うん・・・。 色々考えてると頭がこんがらがってきちゃう。」
「君は多くの事を一度にしようとしすぎなようだ。
君も人間なのだから、手に汲める水など高が知れている。
それ以上の事をしようとしても徒労に終るだけだ。 まずは自分の実力を知ることだ。
ここまで言ってしまっては失礼かもしれないが・・・君はまだ一人前にすらなっていないようだ。」
図星と分かっているし、自分でもそういう事はある。
だが、いざ他人に同じ言葉を放たれると心苦しいものである。
流石のシャニーも少しばかり沈黙してしまった。
「シャニーは頑張ってる。 あんたに彼女に何が分かるんだ。」


115: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:26 ID:2U
そのシャニーの横から、早口で飛んできた言葉。
それは先ほどまでセラの相手に手を焼いていたウッディであった。
彼は親友であるシャニーが苦しんでいるところを見てきた。
その彼女の苦労を真っ向から否定する紳士が許せなくなったのだ。
「頑張っている、努力している。 それはどれも主観に過ぎない。
結果を出さなければ評価されない。 世の中そんなものだ。
イリアなら尚更だろう。 名声を高め、イリアの名を世界にとどろかす事。
それができてはじめて国内で評価される。
頑張る事、努力する事は当然の話だ。 要は、いかにその努力を結果に結びつけるかが重要なんだよ。」
ウッディは何とか反論しようと頭を絞る。
だが、自分にも同じことが当てはまって反論することが出来ない。
彼は貴族の援助を元に研究をしているから、何としても結果を出さなければならない立場だった。
だから努力する事は当たり前のことだし、結果を出してはじめて評価されると言う点は同じだ。
―金を貰っている以上は、見習いと言えどもプロとして自覚を持て
シャニーだって毎月最低限の給金は騎士団から支給されている。
彼女はベルン動乱の間、たいちょーから口を酸っぱくして言われた言葉を思い出していた。
そして今は、もはや見習いとしてではなく、一正騎士として給金を貰っている。
今まで以上の努力が必要な事は分かっているし、自分なりに勤めてきたつもりだった。
だが、結果を出すことが出来ていないと言う事が自分でも痛いほど分かっていた。
だから紳士の言葉を否定する事が、彼女には出来なかったのである。
悔しかった。 こんな見ず知らずの紳士に自分をここまで否定されて。
その思いをぐっと腹に押し込めた。
(・・・前にもこんなことがあった・・・。)
同じように自分を否定され、何度姉や師匠に食って掛かっただろう。
だが、そのたびに叱られて、ぷいっとその人たちから顔を背けて・・・。
独りぼっちになってからいつも後悔していた。
心を落ち着けて、言われたことを考えてみると、自分が悪かったといつも思うのだ。
「でも! シャニーだって・・!?」
シャニーは、ようやく反論ネタが見つかったウッディの口を押さえる。
「努力し足りない。 それは分かったよ。
でも、あたしはさっきおじさんが言ってた事はやってるし、考えてもいる。
でも結果がついてこないからあたし自身も悩んでいるところなんだ。 どうしたらいいんだろう・・・。」
紳士はソーセージを食い終わり、酒を飲み干すと
そのグラスをドンと音を立ててカウンターに置いた。
彼は帯刀用のベルトを締めなおすと、シャニーを睨んだ。
そのとき、はじめて彼の眼光を見たシャニーは思わず退いてしまう。
恐ろしいほどに厳しく、威圧感のある眼だった。
「君は手を引いてもらわなければ、天馬にも乗れないのか?」
何を言われたのか、理解できなかった。
今までフレンドリーだった紳士が、いきなりの形相で自分を責めたのだ。
だが、彼女は紳士の瞳を見て感じ取った。
目を見開いて驚いていた彼女だが、紳士の顔をもう一度見つめて笑ってうなずいた。
「まだまだ視野が狭い。 一つの手法では限界もあろう。
もっと色々な視点からものを見るようにするんだ。
その為には、君はもっと多くの事を知る必要がある。
教えてくれるまで待っていてはダメだ。 常に能動的に物事に当るんだ。」


116: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:27 ID:2U
運や機会を待っているだけでは、何も変わりはしない。
受動的であるほうが楽だし、責任もない。
だが、それは逃げているだけだった。
「考える為には知識が必要だし、見たり、聞いたりして出た疑問を解くにも知識が必要だ。
どれか一つを完璧にすればよいという話ではない。
どれもバランスよく備えてはじめて、プロとしてのスタートラインに立てるのだ。 分かるかな?」
頼まれた事を頼まれたとおりにこなすだけでは進歩がない。
いかに運や機会を自ら引き寄せるか、それは自ら働きかけることで初めて為しうる。
常に受身の人間と、積極的に未知と闘う人間では、少しの期間であっという間に差がついてくる。
運とはすなわち見えない努力のたまものである。
機会に対し準備が出来ているからこそ、運がよいと感じるのである。
それに対して何も行動をとっていなければ、せっかくの機会もただの出来事で終ってしまう。
彼女には、まだ新人だからと思う甘えが心のどこかにあったのかもしれない。
「うん・・・。 いろいろ難しそうだけど、あたし頑張るよ。
だってあたしは誓ったんだもん。 イリアをもっと住みよい国に変えるって。
確かにあたしはまだ全然知らないし、考えも足りない。 周りだってそこまで見えてるわけじゃない。
でも、こんなのは嫌だ。 絶対におじさんだってあっと言わせる騎士になってやるもん。」
シャニーは威圧感を跳ね除けて紳士に向かって宣言した。
紳士は帽子を深く被りなおし、口元だけで笑って見せる。
「ふ、悔しかったか?」
「うん!」
「ははは、実に素直だ。 私は君みたいな性格が好きだ。」
紳士は笑いながら財布から札を取り出す。
その札は居酒屋で使うにはどうも似つかわしくない、エミリーヌの画が入ったものだ。
店主もそれを焦る。 釣りが足りるか急いで金庫を確認しに行く。
「旦那、釣りはいらねぇよ。 少しばかり手荒な事もしてしまったし、その3人の勘定も合わせてそれで勘弁してくれ。」
金庫に手のかかりかけていた店主は、紳士の予想外の言葉に一度目を見開いた、
だが、すぐにいつもはしないような商売スマイルを見せてその場を取り繕う。
やりなれていないのがまるわかりのその笑顔から視線を出入り口へ向ける紳士。
シャニーは思わず立ち上がって、紳士の視線の前に立ちはだかった。
「あの!」
「うん?」
「色々ありがとうございました。 すっごく為になりました。」
軽く頭を下げるシャニーだが、紳士はそれを止めさせた。
その代わり顔を上げさせて、軽くウインクしてみせる。
「なぁに、誰だって最初はそんなもんさ。
むしろ新人のうちから立派だと思うよ。 最後に一つだけ、先輩としてアドバイスをあげよう。」
紳士は懐から葉巻を取り出す。
マッチを壁にこすり付け、葉巻からは一筋の至福が立ち上る。
その一服を味わいながら、彼はシャニーへ再び視線を落とした。
彼女も紳士がこちらを向いてくれるまで黙って待っていた。
彼からは、師匠とは違うけれども、何か似たものを感じ取っていた


117: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:28 ID:2U
「どの国も今は戦争が終って激動期にある。
無論それはイリアでも同じだし、君達もそれを感じ取っているだろうとは思う。
特にイリアは国としての機能が他国に比べて整備されていない分、よっぽど努力をしなければならないはずだろう。」
何故ここまでイリアに詳しいのか疑問であった。
どう見てもイリア人の特徴は持っていない。
どちらかと言うと、ベルンとか大陸南方の顔立ちだ。
しかし、そんなことはどうでもいいことである。 雑念を振り払い、彼女は紳士の話を熱心に聞きとろうと神経を集中させる。
「しかし、焦ってはいけない。 焦りは視界を狭めるだけだ。
君達はまだ入団して日の浅い新人なのだから、焦る必要はまったくない。
焦らず、確実に、一個ずつ吸収して行けばいい。
決してゆっくりと言う意味ではないよ。 もしかしたら、とんでもない闇が身近にいて世界を狙っているかもしれないんだから。
急ぐが、焦らず、確実に。 この心構えは傭兵としても基本となることだがね。」
どうして、こんなに相手の話をじっと聞き入れることが出来るのだろう。
話を聞くのに夢中で、相槌を打つことすら忘れてしまっている。
ウッディも、酔いつぶれたセラのお守りをしながら紳士の話しに耳を傾ける。
彼にとってはあまり好く事の出来ない人物であった。
だがそれでも、彼の話には自然と反応してしまう。
「頑張っても結果が出なかったり、認められなかったらどうすればいいのですか?」
「頑張れば結果が出ると言うのは、間違ってはいない。
だが、認められるために努力すると言うのは、少し間違っているかもしれないな。
要は、何が認められるかといえば結果を見てと言う話だからだ。」
ウッディは、毎日毎日、来る日も来る日も。
朝から晩まで研究に打ち込んでは、イリアの医学を世界の医学へと発展させようと地道に努力していた。
それは、認められたいという気持ちがあったし、なにより幼馴染に負けていられないと言う強い思いがあったからだ。
だが研究職は、騎士以上に厳しいものもある。
本当に、結果が全てだからだ。
評価されるのは結果だけであり、それまでにある膨大なプロセスと言うものは
ただの思い出話にしかならないのである。
だから、シャニーはともかく、セラが実戦に参戦するようになって
ある程度の活躍をするようになってきたこの頃では、彼はどうしても自分の中で焦りを抑えきれなくなるときがあったのだ。
結果を出せば認められる。
それは紳士に今更に言われなくても分かっている話である。
だが逆に、やはりそれしか道はないのかと自分を落ち着かせることが出来た。
人に求められると言う事は、想像以上に難しいことである。
焦りと不安でいっぱいなのは、若い彼らなら誰でも同じであった。
むしろ若くして自信たっぷりなほうが、逆に周りからすれば違和感があるという。
それはアルマが証明していた。
新人なのに、どうしてあそこまでの振る舞いが出来るのか。 ウッディにはそれが全く分からなかった。
自信と野心に溢れ、それに違わぬ仕事をやってのけている。
よい噂を聞かない彼女だが、正直、羨ましかった。


118: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:29 ID:2U
「君は結構しっかり者の様だから、あえて厳しいことを言おう。
頑張る事は、仕事を持っている者なら当然のことだ。 
言っている事が分かるかな? そう、頑張っているのは、何も君だけではないのだよ。」
何を当たり前の事を。 ウッディはそう思った。
だが、良く考えてみれば、自分は当然の事をさも特別かのように話していたことに気づく。
彼は赤面した。 なんて視野の狭いことを言っていたのだろうか。
皆多かれ少なかれ努力している。
その中でも、特に努力したものが認められ、名声を得て行く。
騎士団なんかは特にその傾向が強いだろう。 努力しなければ、本当に自分の首が飛ぶのだから。
紳士はウッディの顔を見て、それ以上は言わなかった。
彼は背中を3人に向ける。 その後ろからの視線で、シャニーを見た。
「自分だけが頑張っているわけではない。
称号を持っている人間は、その何十、何百倍の努力と苦労をしていると思え。
私が今君にアドバイスできる事は、それだけだ。」
彼はそういうと革靴で床を叩き、いい音を出しながら酒場を出て行った。
先ほど彼にボコボコにされた荒くれが、彼が出て行ったことを確認して出口の方に骨を投げつける。
「ふぅ、なんかすごい威圧感のある人だったなぁ。」
ウッディが水で渇ききった喉を潤す。
シャニーはまだ出口の方を見ていた。
まさかこんなところで、勉強が出来るとは思ってもいなかった。
―視野が狭い。 視野を広めるための努力をせよ。
シャニーは努力していた。 だが、それは限られた一視点からの努力であると言うと言う事を思い知らされたのだ。
(全然努力が足りないんだ。 確かに、お姉ちゃんに比べればあたしなんてずっと楽してる。)
彼女は、熟睡してしまったセラを放っておき、ウッディと自分達が何をすればいいのか整理をしていた。
努力すると言っても、一体何をどのようにすればいいのか。
目の前に広がった大海原には、道どころか地図もない。
海図を完成させる為には、色々やることがありそうだ。
海を眺めているだけではおおよそ為しえることが出来ないように。


119: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:31 ID:2U
一方紳士は酒場を出た後、まっすぐ郊外の方へ歩いていく。
自宅か雇われ先が町外れにあるのかもしれない。
しかし、どうやらそういうわけでもない。
紳士はまた新しい葉巻を取り出して、口にくわえた。
間髪いれずに着く炎。 紳士は自らの背後を睨んだ。
「本当にお前は、私を驚かすことが好きなようだな。」
「マスター、随分お楽しみのようでしたね。 私もご一緒差し上げられなくて残念です。」
「ふっ、そちらはついでのことだ。 たまには人間の若者達と話をするのも悪くない。
彼らからはいい情報を得ることが出来た。 やはり、あいつは騎士団に与している。」
「ええ、具体的な所属部隊まで聞くことが出来るとは思いませんでしたが。
しかも身内からとはなんと皮肉が効いて。 面白くなってきそうです。 クックック・・・。」
紳士の前に、その影の中から現われたのは、彼の忠実な部下、ウェスカーであった。
彼もずっと彼の影に隠れて一緒にいたのである。
いや、正確には途中から酒場に入ってきて影に紛れてしまったのだ。
「今日の3人は変わった連中だった。 話していて楽しかったよ。」
「ふふふ・・・私も聞いておりました。 今のイリアには珍しい連中でしたね。」
ウェスカーがいつもどおりの愛想のよい笑顔で3人を褒める。
紳士もそれを否定はしなかった。 前の戦争は、今もなお確実に各国へ変化をもたらしている。
彼はそう感じずにはおれなかった。 世界は変わりつつある。 
自分達はその「後始末」を急がねばならない立場であったが、
蚊帳の外から変化を眺めているのも一興である。 二人の笑みはそれを表しているのだろうか。
「マスターはあの蒼髪とかなり話し込んでおられましたね、お気に入られたのですか?」
「少し気になるところがあったからな。 エーギルの波動がどうも気になった。」
「なんと。 あいつももしや。」
「いや、エーギルその者はどこにでもいる普通の人間だ。 だがその波動がな。
あいつの目のつける人間だ。 これは将来が楽しみだ。」
紳士の言葉を聞き、ウェスカーは肩を小さく揺らして笑った。
紳士は人の成長を見ることが好きだが、ウェスカーはそうではない。
むしろ逆であった。 彼の目には、3人は紳士と同じようには映っていない。
「あの蒼髪、シャニーと呼ばれていましたね。 ククク・・・これは面白い。」
「どうした? またショーでも興すつもりか?」
紳士の予感は的中していた。
ウェスカーは魔道書を取り出すと、それを開いて眺めている。 実に嬉しそうだ。
「マスターもご存知でしょう。 シャニーと言えば、ベルン動乱でロイと最後まで戦った八英雄の一人。
そのぐらいの腕を持った者が相手でないと、灰にする楽しみが半減してしまうと言うものです。」
彼にとって、破壊と殺戮こそが最高の悦楽であった。
彼らは要人の暗殺を主な仕事としている。
それでさえも彼にとっては仕事などではなく、ショーであった。
だから暗殺にもかかわらず、たいてい人の目のあるところでそのショーを披露するのである。
「未来へ希望を持った人間ほど、灰にし甲斐があります。 クックック。
その希望が絶望に変わったときの、彼女の顔を想像すると・・・これはヨダレが垂れそうです。」
「止めはしない。 以前我らの作戦を妨害したのもあいつであろう。
アルマが夜に自らの背を見せることが出来る相手など限られている。 だが、油断するなよ。
あの剣の状態からするに、腕が立つ事はどうやら本当のようだ。」
「ふふふ・・・ご安心ください。 決して明るい未来などへ行かせはしませんよ。
人は絶望に向き合うことで輝く。 私はその輝きを見たいだけですから。 すっかり燃え尽きて灰に成り果てるまで、ね。」


120: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:32 ID:2U
どうしてそこまで楽しそうに振舞えるのだろう。
紳士は部下の狂気に満ちた笑みを、ただ見ていた。
彼をもってしても、ウェスカーの心の内はどうしても分からない。
彼は殺人を好きでやっているのだ。 紳士もそこだけはいつも忠告しているのだが、彼の心にそれは届いたことはない。
「ウェスカー。 シャニーはともかく、他の二人は我々と何の関りもない。
無意味な殺生は許さんぞ? 接触はできる限り最小限にせよとのお達しを忘れたか。
同じ欲を満たすなら、我らに敵意を持つ者で満たせ。 そのほうがよっぽど有意義だ。 たとえばあの魔物のようにな。」
ウェスカーは酷く残念そうに紳士を見つめた。
しかし、すぐに彼は元に笑顔に戻った。
「マスター。 強い相手でなければ楽しめないのです。
“あいつ”のほうも私自らが出向いて相手をしてやりたいぐらいなのですよ。」
「だがな・・・・。」
「強いエーギルを眩く輝かせて灰にすることこそ意味があると言うものです。
そしてそのためには無くてはならないモノがあります。
それは、言うまでもなく着火剤ですよ。 
精神的に追い詰める為には、周りの枯れ木共も一緒に燃やしてやる必要があるのですよ。
クックック・・・。 決して無意味などではありません。 どうせゴミになるなら有意義に使わなければ。 そうは思いませんか?」
紳士は呆れ顔でウェスカーを見上げた。
当の本人は、紳士に自分の気持ちが伝わった事が嬉しいようである。
いつもどおりの微笑で困惑する紳士に一礼した。
「まったく、お前と言うヤツは。
まぁいい、好きにしろ。 ただし、顔は見られるなよ。 我々の計画は全て秘密裏なのだ、
我々がこの計画に関与している事も我が国の宰相しか知らないはずだ、
全ては闇のうちで済ませなければならない。 ・・・それだけは忘れなるなよ。」
紳士は舌なめずりをするウェスカーにきつく忠告をする。
国の事を知られず、かつ邪魔者を始末するには、闇に紛れた隠密行動のみしか選択肢はなかったのである。
これはどの国でも多かれ少なかれ行われている事だ。
だが、紳士の慎重振りからするに、何が何でも葬り去りたい事実があるようである。
もちろん、それを知るのは紳士とウェスカー、そしてその依頼主だけであるが。
「しかし皮肉なものですね。 闇を葬るのに闇のうちに行動するというのも。」
ウェスカーは承知したと言わんばかりに、闇夜に溶け込んで見えなくなってしまった。
紳士はウェスカーの気配が消えた事を悟ると、再び葉巻を吹かしだす。
しばらくその場に立ち止まり、下を向いて何かを考え込む。
葉巻が灰になり、足元にそれが落ちかけたその時、彼は顔をあげた。
「・・・お前では、あいつは倒せん。
お前の闇で覆いつくすには過ぎた光だ。 しかしなんだ、あれはただの人間にしては・・・。
まぁ・・・もし潰すとすれば今のうちに潰しておくと言うのも懸命な判断、か。」
彼は再び歩みだした。 何処へ向かっているのかは誰にも分からない。
そして、エデッサの郊外、人里から離れた白銀の荒野まで辿り着いた時
彼もまた、闇夜を吹きぬける風の如く忽然と姿を消してしまった。
「だが・・・“あいつ”を潰すには利用できるかもしれん。
ふ、成長を見守ってやろうではないか。 焦らず、確実に仕留めればよいのだ。 ははは・・・。」


121: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:33 ID:2U
冬も間近なイリアの夜は、「寒い」の一言では言い表せないほどに冷える。
暖かな酒場を後にした二人は、吹きすさぶ極寒の槍の前に体を縮こませていた。
「うー、寒い寒い寒いぃ!」
「シャニー、叫ぶなよ。」
「だって、寒いものは寒いもん!」
シャニーは外套を体にギュッと撒きつけながら足をジタバタさせた。
じっとしていたらそのまま氷のオブジェにでもなってしまいそうである。
幼い頃から慣れ親しんだ寒さではあるが、だからと言って寒さに慣れるなんて事はない。
寒いものは寒い。 確かにその通りであった。
「ぐおー。」
一人はあんな性格だし、酔いつぶれて自分の背中でぐっすり寝込むヤツもいる。
ウッディはため息をつきながら嘆いた。
「・・・あぁ、僕の幼馴染には、どうしてお淑やかなヤツがいないんだろうか。」
「なによ、十分淑やかじゃない。」
ウッディはシャニーに返事もせず、とぼとぼと帰宅の路を歩む。
シャニーは何とかウッディに自分ことを淑やかだと言わせたいようだ。
色々話しかけて誘導するものの、彼には通用しない。
「お前が淑やかなら、世界中の女性が皆淑やかってことじゃないか。」
終いにはキツイ一撃をお見舞いされてしまった。
当然シャニーも顔を膨らせてぶーぶー文句を言う。
「どういう意味よ!? ごあいさつね!」
「怒鳴るなよ。 お前さ、顔は可愛いいんだから、もっと女の子らしくしてればモテるのに。」
シャニーは思わずドキッとした。
幼馴染とは言え、異性に可愛いと言われたのは初めてだったからだ。
それもウッディのような真面目な人に言われたのだから尚更である。
普段なら決して口には出ない言葉。
だが、今は飲酒の後と言うことも手伝ってぽろっと本音(思ってもいない冗談かもしれない)が出てしまった。
酒と言うのはいやはや、実に恐ろしい力を持っているものである。
月明かりに照らされながら、良い気分で帰り道を歩く。
「ホントだよ。 別にイヤミで言った訳じゃないよ。」
「ふーんだ。 そんなありきたりの言葉で取り繕おうと思ってもダメだもんね。あー、あたし傷付いた!」
わざと駄々をこねてウッディを困らせる。
ウッディも分かっているので、いつも軽くあしらってやる。
「お前は一日寝れば直るから大丈夫だよ。」
「ちぇ、つまんないヤツ。」
その時だった。 彼女は何か気配を感じた。
殺気に満ちた何かがこちらをじっと見ている。
焦って周りを見渡すも、周りには誰もいない。
「どうしたんだ?」
「しっ」
この感じは間違いない。 
前アルマを狙った夜賊と同じ、殺意に満ちた視線。
しかも今回は前回とは比べ物にならないほど鋭い。
今にも串刺しにされてしまいそうなほどだ。 シャニーは思わず手が腰の剣にかかる。
そのとき彼女は、剣を置いてこなくて良かったと思った。
セラを急いでたたき起こすも、彼女は丸腰。 守れるのは自分しかいなかった。
「!!」
シャニーはとっさに、千鳥足でふらふらするセラを体当たりで吹き飛ばした。
不意打ちを食らって地面に叩きつけられるセラ。
おかげで彼女も目が覚めたようである。
だが、彼女の目が覚めた最も大きな理由は、地面に叩きつけられたことではなかった。
彼女には見えたのだ。


122: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:34 ID:2U
今さっきまで自分がふらふらしていた場所を、無数のナイフが通過していくのを。
もしあのまま酔いに任せてふらついていたら、今頃蜂の巣になっていただろう。
シャニーのほうにも追撃のスローイングナイフが飛んでいくのが見える。
軽快な足取りでナイフを避け、避けられない分は剣で弾く。
セラはシャニーが実戦で戦うところを見たことがなかった。
それを今初めて目の当たりにして、目の前にいるのは本当に親友かと目を疑った。
実戦に実戦を重ねた修行をしたその実力は、自分とは比べ物にならないと彼女は思った。
しかし、仲間だけを危険に遭わすわけには行かない。
自分も応戦しようと腰に手を伸ばす・・・だが、遊び出るために着替えた普段着に、帯剣用のベルトはあるはずもない。
しかたなく飛んできたナイフを拾い集めて装備する。
最も狼狽したのは、言うまでもなく非戦闘員であるウッディであった。
何が起こったのか理解できず、その場であたふたしてしまう。
「バカ! そんなところでふらふらしてたら死ぬわよ!」
シャニーとセラが二人がかりで、パニックに陥ったウッディを後ろの方へつまみ出す。
しばらく目に見えない敵からの一方的な攻撃をかわし続けた。
やっとのことでスローイングナイフの雨がやむ。
どうやらタマ切れのようだ。 一体何なのか。
夜賊にしては、少しばかり技術が高い気がする。
シャニーとセラは互いに背中を任せて相手の出方をうかがう。
だが、その二人を弄ぶかのように現れる人。
今まで何もなかった空間に、水が湧くかのように突然現れたのである。
強国の王や、古代竜を相手にしてきたシャニーも、これには慌てた。
全く気配も感じさせずに、こんな至近距離まで近づいてきたのである。
(・・・こいつ、賊じゃない。)
直感が彼女に危険をひっきりなしに伝えてきた。
あらためて相手を見てみる。 やはり賊と言うような体格ではない。
スラッとして背も高い。 まるでどこかの貴族かと思わせるような整った服装。
そして顔は・・・鋼鉄のペルソナ。
ペルソナに開く二つの穴からは、自分達を貫かんとするほどに鋭い殺意。
(理由は分からないけど、どうやらとんでもない相手を敵に回してしまったみたい・・・。)
シャニーもセラも、持つ武器を握りなおした。
そんな二人を嘲り笑うように、彼は明朗な口調で一礼した。
「夜分遅くに失礼します。 あなたが、かの有名な八英雄の一人ですね? お名前は?」
「え、シャニーってそんなに有名だったっけ?」
「・・・別に。  それより、人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るのが筋ってもんじゃないの?」
とてつもなく危険なにおいがする。
危険なにおい、そう相手からは血のにおいがぷんぷんする。
まるで体から血が滴り落ちているかのように。
彼は再び頭を下げた。 だが、その肩は明らかに笑いに揺れている。
「これは失礼しました。 歴戦の勇者様を相手にとんだ失礼を。
ですが、私は名乗る名前をあいにく持ち合わせておりません。 実に残念です。
あなたがシャニー様。 いや、是非お会いしたいと切に願っていたのですよ。」
「あたしはあんたなんか知らないよ。 
何が目的なの? あの歓迎の仕方だし、会いたい理由は分かりきってるけど。」


123: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:34 ID:2U
シャニーは強気の姿勢を崩さなかった。
こういうヤツは危険だというのは、今までの経験で分かっていた。
少しでも相手に余裕を与えない為に、こちらが気を弱くしてはいけない。
だが、それさえも相手にとっては想定の範囲内のことであった。
彼には、シャニーが焦っていることが手に取るように分かっていた。
何故焦っているのかすらも。 逆にシャニーも気付いていた。
相手に、自分の内心が読まれている事が。 余裕が相手の振る舞いに現れていた。
「貴女は以前、夜賊から赤髪の親友を助けましたね?」
「! そうか。 アルマを襲ったのはお前だったのか!」
仮面の男は両手をシャニーの前に出して否定した。
「勘違いしないでください。 私は彼女に何も危害を加えていませんよ。 指示はしましたがね。
貴女は親友のために実に良い行いをした。 そう思っているだけです。
・・・そうですか、やはりあの赤髪はアルマなのですね。 これだけでもあなたにお会いできた甲斐がありました。」
シャニーは細心の注意を払いながら、相手ににじり寄った。
相手がどんな話術を使おうと、敵であることに間違いはない。
「何が目的?」
「ん?」
「私達を襲った目的は何? アルマを襲った理由は何?」
いつでも斬りかかれる距離まで間合いを詰めた。
セラもいつでもナイフを投げられるように、両手にナイフを構える。
男は後ろで組んでいた手を解くと、また手を体の前に突き出した。
「アルマはですね、熱狂的なファンがいるんですよ。 
その人が過激に出てしまった、というところでしょうか。
いえ、私は別にいいんですけどね。 たかが子供一人に何が出来るというわけでもないですから。」
十中八九、嘘だと三人は思った。
その嘘の中にも、一つだけ真実はあった。
アルマは確実に、周りに敵を作っているということだ、
哀れに思いつつも、納得してしまうのは何故だろうか。 
彼女は別に、間違ったことをしているわけでも、悪事を働いているわけでもないのに。
「じゃあ、私達は? 私達は恨まれる様な事何もしてないよ?!」
突然振って湧いた災難に、セラはやや興奮気味に話す。
無理も無い。 面識なんて(と、言うものの顔は見えないが)ないし
自分達のような入ったばかりのいわゆる“ぺーぺー”が人に恨みを買うようなことを出来るはずもない。
彼は敵を前にしているとは到底思えないような気取ったポーズをとり、軽い口調で答えた。
「別に、何も。」
「?!」
思いもよらない理由を聞かされ絶句する三人。
だが、その三人の様子を楽しむかのように、男は続ける。
「まぁ、それでは納得しないでしょう。 じゃあ理由を作りましょうか。
そうですね・・・よし、名案ですよこれは。 くくく・・・ではこうしましょうか。」
真っ直ぐに腕を伸ばし、指先で一点を指す。
その彼の指先にいるのは、シャニーであった。
次の瞬間、灼熱の閃光が彼女へ一直線に襲い掛かった。
いきなりの攻撃に、体勢を崩しつつも何とか避ける。


124: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:35 ID:2U
髪の毛の焼ける臭いがシャニーの鼻を刺した。
後ろを見れば、今の一撃で針葉樹に穴が開いている。
穴の開いた場所は真っ赤になって向こうを覗く窓となっていた。
そしてその奥では、木が音を立てて倒れているではないか。
燃える前に、一瞬にして直撃部分が灰になってしまったのである。
「へぇ、今のを避けるなんてすごいですね。」
体勢を取り戻し、男のほうを睨む。
相手は自分に拍手をしていた。
油断があった。 大量のナイフの雨に意識され、相手は盗賊かアサシンかと思っていた。
だが、実際は強力な魔力を匂わせる炎使いのようだ。
彼は手先で炎を操り、こちらを悦の表情で眺める。
「あなたは私の作戦を邪魔した。 だから攻撃されて仕方ないのです。 
そういうことにしておきましょう。
大丈夫、私はあなたに邪魔されたことなど、全く根に持っていませんから。 安心してください。」
相手の真意を読めないまま、脅威と向き合うこととなってしまった。
だが、逃げる事も出来ないし、仮に逃げられたとしてもまた騎士団へ襲ってくるだろう。
自分のした事で騎士団―ティトに迷惑をかけるわけにはいかない。
彼女は戦うことから逃げなかった。
彼の両手から繰り出される焔が、あたり一面を白銀から真っ白の空間にする。
輝きのある白は、それを失った万物の成れの果てへと変わってしまった。
ファイアーと言えば、通常深紅の業火をイメージするだろう。
だが、彼の火炎魔法はそうではない。
蒼白い不気味な焔が、螺旋を描いて凄まじいスピードを放っていくのだ。
それが通った下の地は、全てが灰となり、塵と化す。
あんなものが当ったらひとたまりも無い。
かつてディークから対魔法用の防御技を教えてもらったが、天馬乗りである自分では使いこなせなかった。
なにしろディークは歩兵。 歩兵だからこその自由性が騎士には無いからだ。
だが、今は天馬はいない。 防御技を使いこなせたらどんなに楽だったろう。
もう少し練習しておくのだったと後悔するが、今更ではどうしようもない。
こんな強力な魔法の前でそんな慣れない技など使い物にならないだろう。
必死に間合いを詰めては連続剣を浴びせようとするが、相手も魔道の使い手。
近づいたかと思えばすぐさま転移の術で逃げてしまう。
「ははは、流石にお強いですね。 でも、一太刀も当りませんよ?」
「うるさい! そっちだって空振りばかりで魔力を消耗しすぎなんじゃないの?」
しばらく同じ状態が続く。 戦っている側はともかく、見ていることしか出来ないウッディにとっては
いつまでもこう着状態が続いても不安が募るだけであった。
(助けを呼んでこよう。 このままじゃ二人が危ない。)
ウッディは二人が激闘を見せる隙を見て、騎士団に事を知らせようと走った。
だが、一流のアサシンがそれを見逃すわけは無い。
とっさに向きを変え、彼の背面に灼熱を浴びせる。
「これで終わりです!」
「ウッディ!」
セラの悲鳴が聞こえる。
ウッディも背中から殺意が近づいてくるのが分かったが、どうすることも出来ない。
自分は剣術も何も知らないのだ。 この時、彼は自分に武の才が無い事を恨んだ。


125: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:37 ID:2U
人に直撃する焔の塊。 あっという間に包み、それを灰と化す。
だが、仮面の男は次の瞬間、笑顔を一瞬曇らせた。
「っつ・・・。 ちょっと、ウッディ大丈夫?」
ウッディは間一髪のところでシャニーに助けられていた。
「た、助かった・・・。」
「何が助かったよ、このドアホ! 死んじゃったらどうするのよ。 一体何考えてるのさ!」
ウッディは謝って頭を下げた。 そして再び頭を上げてみて驚いた。
幼馴染が泣いている所を初めて見たからだ。
「ご、ごめん。 皆に知らせてこようと思ったんだ。 ごめん、泣くなよ。」
先のベルン動乱で、自分の知り合いが倒れていく姿を嫌と言うほど見てきた。
そして、祖国で自分を大切にしてくれた人達すら倒れたとき、何かが彼女の中で変わっていた。
―もう、戦で大切な人を失いたくない。
その想いは彼女にとって、他の天馬騎士よりも人一倍強い感情だった。
「・・・無理しないでよ。」
「本当にゴメン、お前こそ大丈夫なのか?」
彼は鞄から手製の傷薬を取り出すと彼女に手渡した。
手製とは言え、市販の傷薬よりはるかに効くと評判の一品だった。
シャニーのウッディに言われてから、再度頭の激痛に気付く。
額のあたりを触ってみると、手が真っ赤に染まった。
どうやら先ほどウッディを庇った際に出来た怪我のようだ。 白い髪留めも真っ赤に染まって痛々しい。
自分のせいで仲間に怪我を負わせてしまった後悔の念を押しつぶし、彼は一路カルラエ城へ走った。
「へぇ、破魔護聖陣ですか。 いやはや、良い技をお知りのようで。
もっとも、貴女の技量では私の火炎魔法を封じきれないようですがね。 おやおや、お美しい顔が血で台無しだ。」
シャニーは傷に薬を塗りこみながら彼の注意をひきつける。
(・・・それにしても、運がよかった。)
教えてもらったといっても、やっているところを見ていただけ。
見よう見まねの生半可な護陣では、あれが精一杯であった。
だが、直撃を免れただけでも十分挑んだ価値があった。
たまたま成功したからこれで済んだ。
もし、失敗していればウッディのみならず自分もやられていたかもしれない。
結果論として成功した事は、状況を有利にした。
だが反面、姉に口を酸っぱくして言われている事が未だに治せない自分が情けなかった。
―後先考えずに、そのときの感情で動く事は止めなさいと何度いたら分かるの!
頭の中で、姉のことがよみがえる。
だが、そんな事を考えている余裕はない。
目の前の敵は、いまだ余裕綽々でこちらを眺めているのである。
「何でウッディまで攻撃するの?!
貴女の狙いは作戦を妨害したあたしのはず。 他の人には手を出さないでよ。 卑怯だよ!」
月が山に隠れて見えなくなってきた。
シャニーはウッディの姿が見えなくなったことを確認する。
ここからなら、走ればカルラエ城まで10分もかからない。
一人では抑えるのが精一杯でも、応援があれば容易く撃破できるだろう。
「卑怯って何ですか? 私の辞書にはそんな言葉が見当たらないですねぇ。
作戦を妨害されたことなどどうでもいいんです。 他を考えれば済む事ですから。
別にそんなのは口実。 私は単純に、強い相手と戦いたいだけ。 
貴女の殺意を目覚めさせるには、仲間を攻撃するのが一番ですから。 ふふふ・・・。」


126: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:38 ID:2U
背筋の凍るような台詞だった。
自分の欲望の為なら、手段を問わない。 他人など何でもない。
多かれ少なかれ、人にはそういった心があるだろうが、ここまで顕著であることも珍しい。
ウッディが帰ってくるまでは、持ちこたえなければならない。
しかし、彼女もまた少し荷が下りた気がした。
一般人のウッディを逃がすことが出来た事は、自分の使命の一つを果たしたということでもある。
正直、自分のみを守るだけ、生き残ることで精一杯だった。
その状態にもかかわらず、任務の一つを全うしたのだ、
騎士としての務めを果たした。 この安堵感が、シャニーの心を少しだけ楽にする。
危険の中でも、彼女はイリア騎士としての心を忘れてはいなかった。
自分のためではなく、民の為に戦わなければならないことを。
そうでもなければ、今頃とっくに逃げ出していた。 
だが、それでは根本的な解決にならない。 逃げては何も変わらない。
「よーし、セラ。 援軍が来るまでにケリをつけちゃおう!」
「あいよ!」
彼女は大切な人達の為に、親友と共に狂気へと向かっていった。
相変わらず、火炎魔法の威力は低下を見せない。
もはや周りには、灰になるものがなかった。
森の真っ只中であったのに、いつの間にか平原かと思うように、傾きかけた月の明かりが降り注いでいる。
若い騎士達が、生き延びようと必死に喰らいついてくる。
「ふふ、良いエーギルですね。 これは予想以上だ。
もうそろそろ、灰にするのも悪くない。 では、本気を出させてもらいますよ!」

体を斬るような寒さの中を、ウッディは必死で走った。
騎士として体を鍛えているシャニーたちと違い、彼は完全な非戦闘員。
毎日研究室か事務室での仕事をしているため体力はそこまで無い。
すぐに息が切れ、脈が上がってくる。 苦しくて死にそうである。
遂には足元がもたつき、木の根に躓いて酷く転んでしまう。
足に鋭痛が走るが、彼はすぐに立ち上がった。
「くそっ。 でも、あいつに僕以上の苦しい思いをさせてしまっているんだ。
僕が少しでも早く援軍を呼べれば、一刻でもあいつを早く苦痛から解放できる。
立てなくなってもいい! どうかもっと早く走れ!」
彼は自分の足に鞭を打って、ひたすらに走る。
ようやく見えてくる見慣れた城。 安堵感を押しつぶしてそのまま走る。
慣れないことをしているためか、頭がボーっとしてくる。
だが、時計を見れば昼勤の騎士達が登城する時刻までもう少しだ。
彼は熱でもうろうとする頭を何とか抑えながら、カルラエ城の外城門を突破する。
庭に見える人影がある。
彼はすがりつく思いでその人の元へ走る。
「・・・なんだい、シャニーの幼馴染じゃないか。 こんな時間にジョギングかい?」
その声を聞き、彼は救われたような気持ちになった。
彼女はダガーをくるくる回転させながら、ウッディの背中をさすってやる。
声を出す事も出来ないほどに、彼は息が切れていたのだ。


127: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:38 ID:2U
なんとか彼女にすがり付いて気づかせたが、やり方がやり方だっただけに首にダガーを突きつけられてしまっていた。
それが更に息を詰まらせ、とうとうへばりこんでしまった。
しばらくさすってもらい、ようやく口が聞けるようになった彼は、今まで喉に詰まっていた声を一気に開放して見せた。
「レイサさん!!」
「んな大声出さなくても聞こえてるよ。 それに名前言わなくたって周りにだれもいないんだし・・・」
「シャニー達を助けてください!」
ある程度悟っていたが、悪い知らせであることをウッディの慌て方から察知する。
ダガーを鞘にしまい、バンダナをきつく締めなおす。
上層部に確認を取っているような余裕はない。
「ウッディ、団長はまだ登城してないから、夜勤の副団長に事を知らせておいで。」
彼女はウッディから場所を聞くと、颯爽と飛び去っていった。
ウッディにとっては、レイサが頼りだった。
それに、彼はしっかりと見ていた。 彼女の目付きが変わったことを。
いつもの飄々とした目付きではなく、あれは仕事をするときの厳しい眼光だった。
彼はレイサに親友達を託し、城へ走りこむ。
明かりのついている部屋を探し、中に飛び込む。
中にいたほうは突然の音に心を潰す思いだった。
居眠りしかけていた騎士もびっくりして飛び起きる。
その中でもウッディの目に付いたのは目立つ赤髪―アルマだった。
動じる様子もなく、横目で自分の慌てる様子を嘲笑するしぐさを見せる。
元から彼女は、自分の事をあまり良く思っていないらしくツンとした態度だったから気にはならなかった。
だが、目当ての副団長がいないため、面識のあるアルマにやむを得ず話しかける。 時は一刻を争っているのだ。
「アルマさん、すいません。」
「何の用ですか?」
あからさまな態度に、ウッディは少し腹が立つが、今は感情に身を任せていい時ではない。
彼はぐっと堪え、副団長の行方を尋ねる。
「イドゥヴァ副団長はどちらに?」
「部隊長ならエデッサ城へ向かわれました。 部隊長はお忙しい方ですから。
あなた達のようないくらでも時間のある人達が来てすぐ対応してもらおうなんて難しいと思いますよ。」
どうやら、医者やら研究職といったものを毛嫌いしている様子だ。
それが何故かは分からないし、武人が官吏を嫌うと言う話も良く聞く事だった。
だが、彼の怒りはとうとう爆発してしまった。
「お前・・・。 誰のせいでシャニーたちが危険な目に遭っていると思っているんだ!」
「何ですか? いきなり声を荒げて、落ち着いてくださいよ。」
「黙れ! お前を助けさえしなければ、シャニー達は夜賊に襲われるなんて事もなかった。
それなのにお前は・・・!」
そこまでウッディが怒鳴ったところで、アルマは突然立ち上がった。
そして槍を掴むと、ウッディの顔に顔を押し付けて怒鳴りを止めさせた。
「私が悪かった。 シャニーは何処にいる?」
今まで怒鳴っていたウッディも、何かに威圧されてそれをやめてしまう。
ウッディが押され気味にシャニーの居場所をアルマに伝える。
アルマはウッディの横を風を切る勢いで通過し、いつもの仏頂面を保ったまま、つかつかと早足で廊下の角を曲がっていた。


128: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:40 ID:2U
その場に残されたウッディは、何か悔しかった。
だが、それをぐっと胸に押し込め、周りで様子をうかがっていた騎士達に事を伝えた。
幸い、アルマのような例外を除けば、多くの騎士達はウッディの事を悪くは思っていなかったため、すぐに出撃の準備をしてくれた。
皆が出撃して行った後、がらんとした事務室に一人残ったウッディ。
彼はようやく大きく息を一息吐くと、思い切り拳を壁に叩きつけた。
アルマの態度に腹が立っただけではない。
彼は自分自身に腹が立っていた。 悔しくてたまらない。
祈ることしかできない、己の無力さ。
彼は悔しさを引き摺りながら医務室へ急ぐ。
医療道具を持って急いで親友のところへ戻らなければ。
親友の危機を、これ以上ただ見ているだけでいることなど出来はしなかった。

「・・・ふふふ、さすがですね。 この私をここまで楽しませるとは。 しかし、そろそろ終わりにしたいですね。」
狂気の根源の方は相変わらずであった。
互いに致命傷を与えられないまま、時間だけが過ぎていく。
ただ、体力の消耗の激しさは尋常ではない。
一撃でも食らったら終わりと言うプレッシャーと、汗すら凍りつきそうな極寒の風。
気合だけは負けるな。 そう彼女は見習いの頃師匠に教え込まれた。
気合で負けさえしなければどうにだってなる、 実際その通りだった。
彼女は果敢に、鉄の剣一本で身を守り、仲間を助けていた。
相手も余裕を見せてはいるが、先ほどのものとは違うと言う事がその動きから分かる。
何かに焦っているのだろうか。 攻撃にやや精彩を欠き始めていた。
仮面で表情は見えないのだが、シャニーやセラの攻撃を被弾する回数が、最初に比べると明らかに増えていた。
「これでも食らえ!」
使い慣れない短剣で戦うセラが、シャニーへ魔法を放つ男へとっさに短剣を投げる。
それに一瞬対応が遅れた男のわき腹に、投げた短剣が直撃した。
「なっ」
刺さりはしなかったが、短剣の重さがそのまま衝撃となって男を襲う。
その怯みをシャニーは見逃さなかった。
両手を剣にかけ、ジャンプしながら相手にそれを叩きつけた。
電光石火のその攻撃を、男は避けることができなかった。
確かな感触。 これは確実に相手の肩を切裂いた。
「ぐあぁ!?」
シャニーは更に背後へ回り、男の背中へ鋭い円弧を描いた。
まさにあっという間の出来事であった。
今まで猛威を振るっていた男が、今目の前でうずくまって膝をついている。
セラはシャニーへ駆け寄り、シャニーは男に近寄る。
何故アルマを襲ったのか、その理由を聞こうとしたのである。
「どうやらあたし達を見くびりすぎていたようだね。」
彼女は剣についた血を振り払うと、うずくまる男の目の前に立った。
「!!」
彼女が男の目線を合わせようとした、そのときだった。


129: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:41 ID:2U
先に男が目線を合わせてきた。
いや、あわせるというより貫かんとばかりの恐ろしい視線が鋼鉄の仮面を貫いて伝わってきた。
その狂気に取り付かれた視線に気付いたシャニーは、今一度左手に持った剣を力強く握り締めた。
だが、この距離ではどうする事が出来るというのか。
男の放った火炎魔法の爆風に、二人はあっけなく吹き飛ばされた。
「っ!!」
太い幹に叩きつけられたシャニーは、何とか体を起こす。
頭から温かいものが伝ってきているのが分かる。
頭を打ったためか、体を思うように動かせなかった。
「くっ・・・。」
相手が鮮血を腕から垂らしながら、こちらへゆっくり歩んでくる。
何とか剣を突き立てて立ちかけるシャニーだったが、どうがんばってもここまでが精一杯のようだ。
シャニーはセラの姿を目線だけで探す。
姿を確認は出来たが、うつ伏せに倒れていて動かなかった。
先ほど頭から流れてきたものがアゴを伝って雫となり、下腹部をすぐに真っ赤に染めていく。
相手もシャニーから一撃を喰らった場所を中心に真っ赤に染まり、明らかに斬れ込んでいるのが分かる。
互いに相当のダメージを負っているのは間違いない。
(今ここで立ち上がることが出来れば・・・まだ勝負はわからない。)
悲鳴をあげる自分の体に鞭を撃って、シャニーが何とか立ち上がろうとする。
男がある程度シャニーに近づき、ようやくシャニーが膝を突いた時だった。
「・・・っ!?」
シャニーは声にならない声をあげた。
「この私をここまで追い詰めたのは、貴女が初めてです。
でも、不死身の私を倒すなんて、人間の貴女にはできっこない話ですよ。 魂を魔界の霊帝にでも売らない限りね・・・。」
彼は大きく引き裂かれ、今もどくとくと血が流れ出す傷口へ手をかざす。
するとなんということだろう。 見る見るうちに傷が塞がっていくではないか。
シャニーが目を見開いて驚いているほんの間に、自分が与えた傷はすっかりなくなって元通りになってしまったのだ、
「あはは、そんな驚いた顔をしないでください。 でも、いいですね。 驚きの中に焦りと絶望を含んだその顔。」
「う、うるさい。」
半開きしかしない目を何とか必死にこじ開けて、シャニーは反論する。
だが絶望は即、体に影響していた。
何とか突いた膝は力なくへたれこんで、再び座り込んでしまっていた。
焦りや絶望を、シャニーも感じていないわけはない。 何とかしてそれを相手に見せないように努めているつもりだった。
だがその甲斐なく、相手の言動から男にそれが伝わってしまっていると思うと悔しかった。
「ですが・・・惜しい、本当に惜しい。 ホンキで貴女を殺したくなってきましたよ。
大丈夫、今度は痛みも伴わずに、血すら灰にして差し上げますから。 では・・・行きますよ!」
男が血に濡れた右手に炎を宿す。
たちまち血は燃え上がって黒くなり、そして白くなって宙へ散っていった。
(こいつは・・・本当に不死身なのか。 あたしには・・・倒せないのか!?)
揺らめく炎がゆっくり自分のほうへ歩み寄ってくる。
地獄へと誘う鬼火の如く。 今までなかった恐怖を、ここに来てとうとう覚え始めてしまった。
騎士として最も覚えてはいけない感情、それが死への恐怖だった。


130: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:44 ID:2U
頭では分かっている。 だが、もうどうしても抑え切れなかった。
死を前にした絶望を、初めて覚える。
いや、初めても何もこれが最初で最期だろう。
彼女は炎から目を背けて、下を向いてしまった。
下を向いた彼女は、炎に照らされて輝く何かに目を奪われた。
それは自分の首からかかっているペンダントだった。
ベルン動乱の時、ロイと仲の良かった彼女は彼にプレゼントしてもらっていた。

「えー! あたしなんかにそんなことしてくれなくていいよ!
それに、ロイ様から物をもらったなんてディークさんに知られたら、あたしげんこつされちゃうよ!」
「いいって、ディークには僕から伝えておく。
君は僕の部下というだけじゃなくて、大切な同世代の親友なんだから。 このぐらいしかしてあげられないけど、受け取って欲しい。」
そのときは、大切な親友と言われて嬉しくなって言葉に甘えた。
ロイがディークに説明をしても、結局げんこつを貰ったが貰ってよかったと思った。
「中に何を入れるの?」
「うーん、やっぱこれかな。」
そのとき、シャニーから渡された写真を見て、ロイはしばし言葉を失った。
男性と女性の写真。 女性はかなりシャニーと似ている。
「それね、あたしのお父さんとお母さんの写真なんだ。 もう死んじゃったけどね。」
説明を受けなくても、ロイには分かっていた。
「シャニー。」
「うん?」
「死んじゃだめだよ。 死んだら、皆が悲しむ。 もちろん、僕だって。」
突然のことで深く考えずに返事をする。
何故かすごく焦ってしまっていたことを今でも覚えている。
「わ、分かってるよ。 そう簡単に死なないよ。 ロ、ロイ様だって無茶しちゃダメだよ。」

「これで終わりです! お死になさい!」
男が距離を詰めた後に、思い切り振りかぶり、
彼には珍しい怒声と共に火の玉をぐったりとうな垂れるシャニーへと投げつける。
シャニーはふとあのときのやり取りを思い出していた。
ロイとした、死んではいけないと言う約束。
そして、ペンダントの中で笑う在りし日の母親から、常に言い聞かされていた言葉。
“絶対に諦めるな。 死ぬ最期の間際まで、自分の感覚を信じて戦え”
彼女の頭の中で、親と友どちらも掛け替えのない二人の言葉が融合して頭に響き渡った。
―死ぬな! 生きるために、自分の感覚を信じて戦え!
(でも、もうこんな体じゃ・・・)
―諦めるな!! 立ち上がれ! 大切な人達の為に!
渾身の魔力を用いて放たれた炎の塊が、シャニーの打ち付けられた大木もろとも消し炭すら残さず飲み込んだ。
「はぁ・・はぁ・・・ふふふ・・・」
流石の彼も少々息が上がったようだ。
煙が収まり、目の前に荒野が広がるのを見届けると、彼はふっと一息ついた。
「ふふ・・・ははは・・・あはははは!」


131: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:48 ID:2U
破壊と言う最高の悦に浸り、欲望を満たした彼は大声で笑う。
次の瞬間、彼の顔から笑顔は消えた。
とっさに身を翻したが、首筋が再び赤で染め上がった。
「甲高い声で笑うな。 耳障りだ。」
「ぐっ、貴女・・・流石にしぶといですね。」
すぐに止血をした彼は、自分の背後から騎士剣を喉につきつけるシャニーを横目で睨む。
シャニーの見開かれた目を見て、男は喜んだ。
「いやぁ、さすがですね。
あれだけの怪我を負っていてまだこのような行動が取れるなんてね。」
シャニーは首にかけた剣を更に食い込ませる。
彼女の目は見開かれて血走っているが、妙に落ち着いていた。
その頃、セラがようやく意識を取り戻す。
彼女は事態がどうなっているのか確認する為に周りを見渡そうとするが、その必要もなかった。
目の前で親友が敵の背後から剣を突きつけているのだから。
だが、セラはその目を見て息を呑んだ。 自分の親友の姿をした悪魔でもいるのかと思った。
それほどのそのときのシャニーからは殺気が満ちていたのだ。
「これ以上好き勝手はさせない。 ・・・この場で殺す。」
「おぉ・・・これは恐ろしい・・・。」
男はペルソナ越しに笑みを浮かべた。
それを止めさせるかのように、シャニーは歯をむき出しにして首へ斬りこむ
「これは騎士のすることとは思えませんね。
背後から狙うなんて騎士の道から外れてるんじゃないんですか?」
「騎士道? あたしは騎士としての行いは果たしているよ。
だけど安心してよ。 騎士道が通じるのは人間相手だけ・・・。 人間じゃない化け物のあんたなら関係ない話だよね。
・・・殺す!」
セラはその状況を注視できなかった。
自分の知っている親友とは、放っているオーラが全く違う。
もう相手を殺すことしか考えていないかのようである。
「いたたた、何度やっても無駄ですよ。
それにしても、英雄ロイの周りを固めていた部下がこんな殺意に狂った悪魔なんてね。
英雄の方もとんだ殺戮者なのでしょうね。 それに比べれば私なんてかわいいものですよね。 くくく・・・。」
憧れであり、親友であるロイをけなされたシャニーは、開ききった目を限界まで見開いて怒鳴る
もう体全体に返り血を浴び、文字通り血みどろの状態だ。
「うるさい、黙れ! 殺してやる、殺してやるぞ!」
狂ったかのように執拗に相手を背後からメッタ斬りにする。
親友の悪魔のような振る舞いに、セラはその戦慄に身を震わせている。
美しい蒼髪が真っ赤に染まり、明らかに普段と違う眼光は、もはや死神といっても過言でない。
体から血が滴り落ち、血のにおいで染まっていた。
そして更なる一撃を加えようとしたその時だった。
不意に彼女の顔の前に、男の手のひらが向けられ、そして・・。
「!?」
凄まじい鋭音がして剣の刃が弾けとんだ。
それに驚くシャニーを、間髪いれずに豪魔道が襲い掛かる。
こんな近距離では為すすべは何もなく、再び直撃を受けて吹き飛ばされた。


132: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:49 ID:2U
「うがっ」
体を強打し、思うように動けない。
それでも彼女は、闘争本能だけで何とか再起する。
折れた剣を杖代わりに、辛うじて立ち上がり、男を睨みつける。
「ふふふ、イイ目をしてきましたね。
その殺気だった目。 私はそれが大好きなんですよ。 さぁ、もっともっと血を求めてください!」
相手に感化されているとは言え、シャニーの動きは激しく、そして無駄がない。
セラはシャニーの動きに目が付いていかなくなっていた。
だがそれ以上にセラが驚いていたのは、先ほどから変わっていない。
自分の知っているシャニーの何処から、こんな殺意に駆られた顔が想像できただろうか。
もう、自分の知っている親友は何処にもいなかった。
目の前に居るのは、殺戮兵器と化した悪魔の化身だけ。
そして、その悪魔を簡単に捌く仮面の男。 もう何がどうなってこうなってしまったのか、全く分からなくて頭が真っ白だった。
「ぐはっ?!」
もう、あれから木にたたきつけられること早五回目。
とうとうシャニーも起き上がれなくなってしまった。
剣だけはしっかり握っているものの、もうどう頑張っても足が動かなかった。
何度も頭を強打した為、意識が遠い。
「あなたには随分楽しませてもらいました。
流石に英雄と呼ばれるだけはある。 “人間の割には”相当良いエーギルをお持ちのようで。
その輝き、とくと見せてもらいましたよ。 では、そろそろ燃え尽きて灰になっていただきましょうかね。
燃え尽きる瞬間の最後の輝きが、これまた格別に美しいのですよ。 ふふふ・・・あはははははははは!」
返す言葉も口から出てこない。
シャニーは覚悟を決めた。 これは・・・自分の負けだと。
今まで戦闘で傷付く事は数え切れないほど経験したが、ここまで完膚なきまでに打ちのめされたのは初めてであった。
しかし、最も彼女に恐怖の念を押し付けたことはその事ではなかった。
動けなくなるまで戦っても、それでも体が敵を殺そうと立ち上がろうとしていることだった。
頭では負けてしまったと分かっていても、体は負けを認めたくないようである。
男が半開きの目で睨みつけてくるシャニーのほうへゆっくり歩み寄ってくる。
その手には一本のダガーが握られている。
「これで一突きにして、内から燃やし尽くして差し上げましょう。」
その時だった。 男の足が急に止まった。
男も急に動けなくなったので、これには少しばかり驚き後ろを振り向く。
そこに現れたのは、緑髪の女性・・・あれはレイサだ。
「おやおや、援軍がご到着ですか?」
「援軍なんて代物じゃないけどね。 どうだい、本場の影縫いの術は。
敵を背後に回して動けないって言うのもなかなかいい気分だろう?」
レイサは男が身動きの取れないことを確認し、軽く笑みを漏らす。
彼女は目線を移すと、シャニー達を探す。
一人は確認。 セラがうつぶせに倒れている。
だが、即座にまだ息はある事を見抜く。
「大丈夫かい、あんた。」
「私は・・・なんとか大丈夫です。 それよりシャニーを診てあげてください。」


133: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:50 ID:2U
レイサはセラの指差した方向を見る。
そこには血まみれで木にもたれかかっているシャニーがいた。
(ここまでボコボコにするとは、あの仮面男はかなりの腕の持ち主ということか。)
レイサは近寄った時から、不吉なオーラを男から感じていた為そこまで驚きはしない。
それ以上に驚かせたのは、瀕死まで追い込まれているのに剣を離さないシャニーの闘争心だった。
「やれやれ、派手にやられたねぇ、大丈夫かい。
それにしても意外と肝が据わってるね、あんたは。 強すぎると折れたとき大変だから程ほどにしときなよ。 立てるかい?」
レイサの助けを借りて、なんとか立ち上がるシャニー。
レイサは、シャニーの状態をすぐに察知して、彼女の手から剣を離させた。
その途端、彼女はすぐさま声をあげた。
「レイサさん! だめ! あいつは魔道の使い手なの! !!っ」
シャニーが声をあげたときには遅かった。
予想通り、男はこちらに向かって手のひらを広げていた。
レイサがとっさにダガーを男の腕に投げる。
その次の瞬間、ダガーに弾かれ腕の先から、見当違いの方向へ火の玉が放たれた。
「不意打ちとはね。 ま、そんなの当るほど鈍くはないけど。
うちの可愛い下っ端をこんなにしてくれたお礼はたっぷりとさせてもらうよ。」
レイサは新たなダガー対で取り出すと、しっかりと手に装備する。
シャニーにはしっかりと見えた。 レイサの顔がいつもの茫洋としたものではなく、
獲物を目の前にした狼のような、鋭くてどこか冷たいものになっていることを。
「久しぶりだねぇ! 私の得意技を披露できるのはさ。
今の団長になってからは暗殺なんて絶対許してくれなかったもんね。
ふふふ、何処から喰いついてぐちゃぐちゃにしてやろうか。」
その台詞には、明らかに怒りがこもっていた。
鋭い表情の中で、冷たく燃え上がる怒り。
熱く燃え滾らせた怒りより、数倍恐ろしく感じる。
身動きの取れない相手に、容赦のない攻撃を繰り返す。
まるでかまいたちに触れたかのように、男から血しぶきが上がっている。
それは当然レイサが攻撃をしているからなのだが、闇夜に紛れてしまったアサシンを、目で追うことすらただ事ではなかった。
シャニーも何とかレイサの動きを追う。
彼女には見えてしまった。 そのときのレイサの顔が牙をむき出しにしたような恐ろしい形相に変わっていたことが。
そして、それはもちろんセラにも見えていた。
彼女には、もうひとり悪魔が増えたようにしか映らず、どうしてこんな殺意をむき出しに出来るのか怖くて考える事もしたくなかった。
冷たい怒りはそのまま極寒の鍵爪と化して相手を引き裂く。
散々切り刻んだ挙句、彼女はやっと止めを刺すべく、短剣を握りなおす。
「さぁ、一生に一度しか味わえないとびきりの技をご馳走してやるよ!」
シャニーの視界から、レイサが消えた。
男も見失ったアサシンを追って周りを見渡すが時は既に遅かった。
丁度シャニーも男もほぼ同タイミングでレイサを見つけることになった。
それは、男の真上。 どういう跳躍力なのだろう。
跳躍による落下速度を余すことなく使い、相手の急所である脳天から首にかけてえぐるようにして斬り殺す瞬殺の技術。


134: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:51 ID:2U
大分前にやり方だけは教えてもらっていたシャニーだったが、
それを実際にプロが使って見せるところを見て、再び寒気が走った。
(あたしの・・・ディークさんから教えてもらった剣とは全然違う・・・。)
だが、その完璧とも言える技術も、まさか失敗するとは誰が思っただろう。
瞬殺をかけられた仮面の男ですら、被弾を覚悟して弾く準備をしていたのだから。
レイサは瞬殺をかける寸前に、横から飛んできた大きな気配に気付き、空中で何とか体を曲げてそれを避けた。
バランスを崩して、地面に叩きつけられながらも転がって受身を取る。
レイサを狙って飛んできたものが地面に落ちて甲高い音を立てる。
それは何かと確認をしてみれば、なんと手槍だ。
新たな敵かと、その場にいたものは皆暗闇の向こうを覗く。
しばらくの沈黙の後、今度は男に手槍が飛んでいく。
影縫いで身動きを取れないでいる男に、それを避ける術はない。
直撃を受けるものの、仰け反る事もままならない。
直後にかなり遠くの上空から、羽音と共に騎士が現れた。
騎士は男の元まで天馬で素早く寄り付けると、男に刺さった手槍を引き抜き、
更にもう一度渾身の力で槍を男に突き刺す。
シャニーは顔を見なくても、大体誰か想像がついた。
あんなに遠距離から、正確に相手を手槍で捉える技術。
いつもシャニーが一緒に稽古をしている彼女ぐらいしか持ち合わせていない技術だった。
シャニーも手槍の技術だけは、相手に敵わないと的当て稽古の時に地団太を踏んだ覚えがあった。
「アルマ、あんた一体何のつもり?」
レイサが肩を抑えながらアルマに詰め寄る。
二回目以降はともかく、一回目は明らかにレイサを狙ったものだった。
アルマがあんな失投をするとは、シャニーも考えられなかった。
「シャニーが賊に襲われていると聞いて駆けつけてきたのです。
そして、話どおり賊が闇夜に紛れて襲っていると錯覚したんです。 そしたら部隊長だったとは。 申し訳ありません。
決して、貴女のお命を狙ったわけではないです。」
レイサは肩でため息をついて見せた。
(・・・間違えるわけがない。 まったく、避けると分かっていて面白半分に・・・。
当っていたらどうするつもりだったんだか。 いや・・・もしや・・・。)
そこまで考えてレイサはやめた。
いくら野心家の彼女でも、まさかそこまではしないだろうと。
アルマは槍をもう一度引き抜くと、男の前に立ってにらみつけた。
「お前が、シャニーを狙った賊か?」
「襲ったとは人聞きの悪い。 私は単に彼女が有名であったからどの程度の腕を持った方か興味があっただけです。」
男に言い草に、アルマは鼻で笑った。
(有名・・・か。 ふ、英雄ロイに気に入られただけであるのに。)
笑顔の裏にひそかな妬みを隠しつつ、シャニーのほうを見る。
親友は、ぐったりとして木にもたれかかっていた。
一応実力では認めている親友が、あそこまでやられて無様な姿を晒している。
単なる夜賊ではないことぐらい、アルマには分かっていた。
だがまさか自分ではなく親友を狙ったことが腹立たしかった。


135: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:53 ID:2U
「ところで、失礼ですがお名前を頂戴できませんか? 貴女も相当な腕前のようで、惚れてしまいそうです。」
男の質問で、アルマはピンと来た。
親友を狙った理由が、何とかなく分かったからである。
罠に素直に引っかかってしまった自分を、アルマは笑った。
「(やり口としては常套手段か。 しかし、それでもあそこまで酷くやる必要があったかのかは微妙な気もするが・・・。)
私のアルマというシャニーと違って全く無名の田舎騎士です。 それでもよければ名刺でも差し上げましょうか?」
アルマは懐から営業用の名刺を取り出すと、男に手渡してやる。
それを受け取った男は、名前を確認すると、人差し指と中指で名刺をはさむ。
彼はそれを高くかざし、手首を返して裏をアルマに見せる。
まるで手品師がタネなどないと証明するしぐさのようだ。
彼はしっかりとただの紙切れであることを証明すると、
その手をゆっくりとアルマのほうへ伸ばし、顔の前まで名刺を持っていく。
その途端だった。 アルマも一瞬目を疑った。
「あっという間ですね。」
目の前で真っ白なチリとなって風に消えていく名刺。
それがすっかり彼の手からなくなっても、アルマは無言で男を睨みつけていた。
「いつか貴女もこうして差し上げますよ。 私のできる最高のおもてなしでね。」
男は今なお影縫いで拘束されている。
なのに何故ここまで余裕でいられるのか、後ろで見ていたレイサには不思議だった。
だが良く見れば、先ほど与えた傷が殆どなくなっていることに気付き疑問は驚きへ、そして焦りへと変わっていく。
「あんた・・・何処に雇われてる? 今言えば命ぐらいは助けてやるよ。」
レイサが短剣に猛毒を塗りこみながら男に詰め寄る。
自己再生能力を持っていたとしても、内側から来るダメージには対応できないはず。
そう彼女は考えていた。 それは短剣をも腐食させるほどの劇薬だ。
「あいにく命には困っていないんですよ。 押し売りはご遠慮願いたい。」
あまりに余裕ぶるので、レイサは一思いに今手にしている短剣を男の額に押し込んでやろうと、両手に気を集中しながら狙いを定める。
だが、そのレイサの顔の前に、さっと腕が伸びてきた。
横目で視界を遮る腕の根元を見ると、そこにはアルマがいた。
「わざわざ部隊長のお手を煩わせては申し訳ありません。
そいつは、私が殺します。 相手もきっと私を狙っているはず。 親友を傷つけた例はたっぷりとさせてもらいます。」
「・・・へぇ、あんたも少しは人間染みた口を利くじゃないか。」
「騎士として当然のことです。 それに、邪魔者は消せるうちに消しておきたいですからね。 機会は逃せません。」
アルマの妙な笑顔が、レイサの警戒心を刺激する。
レイサはそのまま後ろへ退き、シャニーの手当てにあたる。
役目を負かされたアルマは、男に再度近づき、彼の喉元へ矛先を突きつけた。
その眼光はいつも以上に鋭く、とても15,6の少女の顔つきとは思えない。
怒りよりもっと強い他の感情が、体全体から溢れている。
「・・・死ね!」
一言放たれる殺意。 その威圧感たるや尋常ではない。


136: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:54 ID:2U
「ほぉ・・・これは恐ろしい。」
男もそれを嬉しそうに受け入れる。
ペルソナで素顔を隠していても、余裕の笑みを浮かべていることが顔の筋肉の動きや口調からイヤと言うほど伝わってくる。
だが、その笑顔もほんの一瞬の話であった。
男は笑みを消し、視線を背後に回して空を見上げる。
よく聞けば、天馬の羽ばたく音が曙の陽と共に大きくなってくるではないか。
天馬が朝日に希望を乗せて、今向こうの空からたくさんやってくる。
男は慌てるように、お辞儀をした。
「せっかくメインショーに移れると思ったのに・・・。
非常に残念です。 ですが、楽しみは後にとっておけとも言いますしね。 今回はこれぐらいでショーは終了とします。」
どんなに優秀でも、多勢に無勢では不利に違いはない。
逃げようとする男へ、アルマはありったけの力で槍を振り向ける。
だが、男を貫いた槍に手ごたえはなく、そのまま男の中で空気を裂いていく。
よく見れば、それは男の残影だった。
彼は消え行く闇の中に溶け込み、残像のみを残して消え去ってしまったのだ。
「随分楽しませてもらいましたよ。 私は朝に弱いので失礼します。
アルマ様、またお会いできる日を楽しみにしております。
シャニーさん。 貴女も色々仰っておられましたが、あれだけ振舞えるなら立派な殺戮者ですよ。
ヘンな正義感など捨てて心の赴くまま、殺意に身を任せれば楽に人生を送れますよ。 人生楽しまなくてはね。」
言葉だけが不気味に響き、脅威はその場から去る。
アルマは舌打ちをしつつ、背後にある木の根元を見る。
そこには、レイサややっと到着したウッディから手当てを受けて肩で息をしながらも立ち上がろうとするシャニーの姿があった。
アルマは親友のもとへ寄り、膝をかがめて視線を合わせる。
「シャニー。」
「アルマ・・・無事でよかった。 あいつ、あんたを狙ってたみたいだったから。」
シャニーの苦痛の中で見せる笑顔に、アルマは涙腺が緩みそうになった。
無事でよかったなどという言葉をかけられたのは、何年ぶりだろうか。
「こちらこそ申し訳ない。 無事でよかった。
まぁ、あの程度の賊にコテンパンにされるとは、私のライバルにしては少々力量不足だが。」
アルマの不敵な笑みから放たれる言葉を、ウッディは許せなかった。
彼はアルマに詰めよって拳を突き上げた。
「お前、まだそんな事言うのか! 誰のせいで二人がこんな目に遭って、
誰のせいでこんなに大勢の仲間に迷惑をかけたと思ってるんだ! 」
言われて黙っているアルマではない。
彼女は一呼吸置くと、シャニーからウッディへ視線を移した。
そして、突き上げられた拳を手で払いのけて、顔を近づける。
「申し訳ないことをしたと言っている。 だが、賊討伐も立派な騎士としての仕事だ。
どの道実力がなければ戦場で死ぬだけのこと。
シャニーは自分の力で自分の身を守った。 誰のせいで余計な負担がかかったと思っている?
ろくに自分の身も守れない人間が、でかい口を叩くな!」


137: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:57 ID:2U
ウッディには、自分を棚に上げて責任転嫁する彼女が許せなかった。
体を乗り出して言い返そうとするウッディだったが、何かが服に引っかかり前に動けない。
よく見ると、シャニーがウッディの白衣をしたから引っ張っていたのだ。
―やめて
その力ない主張に、ウッディは止む得ず感情を抑えた。
援軍に到着した者達は、騒動が既に鎮圧している事を知り安堵の表情を見せる。
その顔にはどれにも等しく、眩い朝日が映えていた。
服を引っ張る力が無くなり、ウッディはシャニーのほうを振り向く。 その途端、彼は心臓がはじけそうになる。
緊張がぷつんと途切れた途端、体中を走り抜ける鋭痛でシャニーは気を失ってしまっていたのだ。
再び皆に緊張感が走り、皆はシャニーを運んで城へ急いで戻っていく。
今までの騒がしさがまるで嘘のように、普段見慣れた静寂のなかで寒く清清しい朝に戻る。
アルマは焼け焦げ、灰になった木々を見ながら、しばらくその場で独りになっていた。
「やはり、選択肢はない。 人間こそ光というこの世界。 あいつに言われなくとも、この手で変えてみせる。
しかし、奴らに気付かれている以上、余裕はないな・・・。」
彼女もまた、天馬を駆り、城へと戻っていった。
周りにはもう闇はなく、太陽の光でいっぱいに埋め尽くされていた。

 怪我人を出すほどの騒動であったにもかかわらず、騎士団内ではそこまで問題にならなかった。
現在イリアでは、戦後の賊が今も活発に行動しており、その討伐が毎日のように行われている。
昨夜の話も、その一環として片付けられてしまったのだ。
アルマにとっては都合のよい話であったが、事件は彼女の行動を一層エスカレートさせた。
 事件から二日後の早朝、騒然となる第一部隊。
そこには見慣れた第一部隊の面子と兼任部隊長のティト、そしてアルマがいた。
彼女は笑顔でティトに頭を下げる。 ティトは、いやその場にいた者は皆、それと同時に放たれたアルマの言葉に、絶句した。
朝から問題児が部隊を訪れ、何をしに来たかと思えば・・・。
「団長、是非、私をあなたの弟子にしてください。 お願いします。」
寝ぼけているのかと、皆思った。
何の前置きもなく、突然朝のミーティング中に現れてこんなことを言うのだ。
他の人間が言った言葉なら、朝からヘビーな冗談を言うね、の程度で済むかもしれない。
だが、それを言った人物がアルマだけに、冗談はまずない。
一同は緊張と言うより、何か得体の知れない感情で不安になった。
「・・・朝から一体どうしたの? あなたにはイドゥヴァさんがいるでしょう。」
ことのほか、話をひっかけられたティトは慎重にならざるを得ない。
彼女はいつも以上に言葉を選び、事態の収拾を図ろうとする。
昨日、妹が大怪我を負って意識が戻らないと言う知らせを聞いてから、
今は大分落ち着いたものの、彼女は食事も喉を通らないほど気持ちが不安定であった。
やっとまとまりかけてきた各部隊に混乱を招きたくはないし、これ以上の厄介ごとを増やしたくはなかった。
隊員達もそれが分かっていたから、何とかアルマを第二部隊へ戻そうとあれこれ理由を考えてはアルマに撤退を促す。
「イドゥヴァ部隊長から、私は破門を受けました。
賊一人倒せず逃がしてしまうようなものを弟子にした覚えはないと仰られていました。
私は団長と同じく、イリアを素晴らしい国に変えたいと切に願っております。
団長の右腕となって働けるように努めますので、どうか私を配下としてお加えください。 よろしくお願いします。」


138: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:58 ID:2U
思いもよらない話が続々と出てくる。
あれだけアルマを可愛がって重用していたイドゥヴァが、たった一度の失敗で彼女を破門としたと言うのである。
それにしても、随分ムシのよい話である。
今まで直接言ったにはないにしろ、散々団長のやり方を非難してきた人間が、
今となって考えに共感しているといって握手を求めてきたのである。
ここまで露骨なやり方であれば、誰でも何か裏があるのではないかと思うのは当然かもしれない。
隊員の一人が、ティトの横へ寄り、耳打ちをする。
(団長、これは明らかに罠です。 きっとイドゥヴァ部隊長と意を通じて、何か悪いことを企んでいるに決まっています。)
ティトは改めてアルマのほうを見てみる。
彼女は笑顔で、大人しくこちらの反応を待っている。
今まで彼女は、イドゥヴァ部隊長の右腕として新人ながらその働きは目を見張るものがあった。
ところが今回、そのイドゥヴァに破門されたというのである。
有能な部下を、そう簡単にこちらへ引き渡すはずがない事は誰でも分かる事だ。
(めったなことを言うものではないなわ。 証拠は無いし。)
(ですが・・・。)
しばらく耳打ちが続く。 しかし精鋭部隊である第一部隊は業務が立て込んでいて、
あまり時間を裂くことが出来ないこともまた事実だ。
今日も例に漏れず、ミーティングが終ったら即エトルリアに飛んでいかなければならない。
エトルリア貴族との間で傭兵受け入れの打ち合わせがあるのだ。
ティトは隊員たちの意見も最大限尊重したかかったが、今回は自らの判断を通した。
「・・・いいわ。 貴女の実力を認めて、第一部隊所属の騎士として今日から任務についてください。」
「ありがとうございます。」
「だ、団長!」
その場にいた誰もが、ティトはこの青二才を突っぱねると思っていた。
それなのに、団長は全く逆で、アルマを受け入れると解答したのだ。 しかもあろうことか、彼女の実力を認めた上で、だ。
もちろん周りからは、思いとどまって欲しいという気持ちが言葉になってティトを囲んでくる。
「ただし。」
その仲間の言葉を遮って、ティトは一声放つ。
その声に、部下達はすぐに言葉を喉元に留める。
団長のことである。 きっと何か考えているに違いない。 部下達はその後に続く言葉を信じた。
「そろそろ入団二年目になるとは言っても、私から見れば、貴女はまだまだ経験不足の新人よ。
イドゥヴァさんの部隊ではどういう扱いだったか知らないけどね。
単独で行動する事は基本的にないと考えて。 正当な理由がない限り、今までのような勝手な行動は謹んでちょうだい。
要は、何かするときは周りに相談するか、私の許可をとって。
これを守らなかったら、即十八部隊へ配属を命じるわよ。 それに同意できるなら、これからエトルリアに行くから用意をして。」
アルマは無言で笑みをこぼすと、再びティトや先輩に頭を下げる。
「これからは心を入れ替え、先輩方に従っていきたいと思います。
どうか正しい判断で私を導いてください。 よろしくお願いします。 では準備してきます。」
アルマは馬屋のほうへ走っていく。
何かすごい嬉しそうだったが、本当に破門されたのだろうか?


139: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:59 ID:2U
今までに見たことのないような彼女の振る舞いだったので、ある者は改心したのかと思い、ある者は更に警戒心を強めた。
むろんどちらの感情を抱く者が多かったかは明白であるが。
その一人が、ティトの傍に寄って心配そうに声をかけた。 それは副将だった。
「団長、いくら団長と言ってもあんなのを傍に置くなんて信じられません。」
「ソラン、そう言わないで。 彼女のひたむきに任務へ当っている姿は知っているわ。
しばらく様子を見ましょう。 そろそろ異動辞令も近いし、その頃でも遅くないわ。」
団長がそういうなら、その隊員は今回はそれでやめた。 団長には団長の考えがあるのだろう、と。
だが、それでも危機感がどうしても拭いきれない。
あの野心家であるイドゥヴァの腹心だったのだ。 
彼女自身もかなりの野心家であるのを皆は知っていたから、そうそう簡単に改心するとは思えるはずもない。
むしろ、権力取りに失敗したイドゥヴァを見捨てて、団長を利用しようと今更言い寄ってきたのではないかと思えてしまう。
そういった納得できないと言う思いが、自然と顔に表れていた。
「どうしたの?」
ティトも副将の曇った顔の理由が分かっているから尚更、そう聞きたくなる。
「本心をお聞かせください。」
「え?」
「団長も、彼女が何か企んでいるかもしれないという事は少なからず頭にあると思います。
それでも、彼女を第一部隊で面倒を見ることにした本当の理由をお聞かせください。
いくら団長の意向とは言え、今回の決定は今後の天馬騎士団にも関るやもしれません。 納得できるお答えをいただきたいのです。」
副将も今までは信頼する団長の考えなら疑問を投げかけても従ってきた。
だが、今回ばかりは団長の真意が読み取れない。
ティトはお人よしだから、イドゥヴァに見捨てられたアルマを哀れに思って拾ってやったとしたら、
まんまとわなにはまっているのではないか。 少しばかりひねているかもしれないと思うくらい、副将は心配だった。
ティトは珍しい部下の態度に、一瞬目を丸くした。
だが、彼女も独断で決定したので反感はあることが分かっていたし、
自分を分かって欲しいと言う気持ちが強かったので、包み隠さず話すことにした。
「そうね、なんて言えばいいのかしら。 ・・・暴れ馬を手綱で繋いでおくには絶好の機会とでも言っておこうかしら。」
ティトもアルマも型破りな行動には警戒していた。
だが、特に規律を犯しているわけでもなく、所属部隊も違うという事から、今までは手を出すことが出来なったのだ。
それが今回、こうして自分から鳥かごに入りに来たのである。
「団長はすぐ厄介ごとを引き受けてしまうのですね。」
「厄介ごとだなんて。 やり方は違うけど、私もあの子もイリアを変えたいと切に願っている。
きっと話し合えば分かり合えると思っているわ。」
アルマも戻ってきたので、皆出発の準備を整える。
出発の三十分前、ティトは何かを思い出したかのようにぽんと手を打つ。
「準備をしてちょっと待っててもらえる?」
ティトは走って城へ戻っていく。
部下達は大方予想のつくその行き先を見守る。
「よっぽど心配なんだね。」


140: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:00 ID:2U
「そりゃそうでしょう。 口に出した事はないけど、団長は彼女を相当大切にしているみたいだし。」
口々に出る世間話をアルマはずっと聞いていた。
「でも、たかが夜賊ごときにボロボロにされるなんてね。」
「あの子ってベルン動乱で活躍して勲章貰ってたよね? 剣の腕は騎士団でも随一って聞いてたのに。」
「どーせたまたまうまく行ったという話が大きくなっただけでしょ、 ぱっと出の子供が私達より実力があるなんて信じられないし。」
ここまで黙って聞いていたアルマだったが、親友が貶されているのを聞いて黙っていられなくなった。
先輩達の輪に入っていく。 先輩達は警戒する相手が自分達のところに寄ってきたので笑いが止まった。
「もし、シャニーを襲ったのが夜賊ではなかったとしたら?」
「どういうこと?」
「単刀直入に言えば、貴女達なら怪我では済まなかったということです。
あいつは夜賊なんかじゃない。 誤情報にまかれて親友を貶すのはやめていただけませんか?」
先輩達がむっとしたのは言うまでもない。
単純に、お前らは雑魚だと言われたようなものなのだから。
「賊じゃなかったら、一体なんなのさ。」
「それは、先輩方は知る必要のない情報ですよ。」
「・・・へぇ、他人に興味なさそうに見えるけど、案外仲間思いなんだね。 相手があんたを仲間だと思っているかは別として。」
皮肉の混じった言葉が、アルマに返ってくる。
アルマはそれへ笑みを浮かべて楽しげに話した。
「私は自分の認めた人には誠意をつくしますよ。 団長だって、もちろん同じ夢を持った人として敬愛すらしています。
少なくとも階級だけ上で実力の伴わない人はどんなに先輩でも認められませんが。」
皮肉には皮肉で返す。 ここまであからさまだと返す言葉もなかった。
これはとんでもなく厄介な存在を、第一部隊で面倒を見ることになったと皆思う。
暴れ馬を早く手綱で繋がなければならなかった。
今はまだ、馬屋に放り込んだだけだ。 このままでは馬屋が荒らされてしまう。
「そこまで言うならあんたの実力、とくと見せてもらおうじゃないのさ。」
槍を構える先輩。 その目線で、アルマにも槍を取れと指図する。
「どうなっても知りませんよ?」
アルマは仕方なく、売られた喧嘩を買う事にした。
(実力もないくせにふんぞり返る連中に、身の程を教えるチャンスだ。)
他の隊員の制止も振り切って、二人は空中に舞った。


141: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:00 ID:2U
ティトは小走りに城の廊下を歩いていく。
向かう先は団長室を含めた部隊別の事務室がある二階ではなく、城の一階にある部屋。
一階は非戦闘員である本当の事務員達が働く場所だ。
近況報告以外では普段はあまり訪れない一階。
だが向かう先は、その中ではある程度お世話になっている場所だった。
予想はしていたものの、その部屋の戸を開けた瞬間、特有のにおいが鼻についた。
「ティト団長、おはようございます。」
いつもどおり、礼儀正しい男性の声が聞こえた。
見れば左手でウッディが会釈をしている。
彼は実験室の中で試験管に囲まれていた。 いつ来ても同じようなシチュエーションだ。
「毎日大変ね。 本当は実験室と医務室を分けてあげられるとよいのだけど。」
労いの言葉を彼女は忘れない。
まだ見習いであると言うのに、傷付いた騎士の治療を一手に引き受けてもらっているからだ。
戦争は命だけではなく、経験や技術といった無形なるものをも奪っていた。
「とんでもないですよ。 こちらこそ感謝しています。
勉強をさせていただきながら給金まで支給していただけているのですから。」
部屋は殆どが医療道具や薬品、寝台で占められている。
その隅っこに、蚊帳でお情け程度に仕切られた場所があり、そこが彼の実験室となっていた。
だが、彼はそこで殆ど実験できずにいた。
同じ部屋に怪我人がいるのに、細菌やらなんやらの研究など出来はしなかった。
彼がそこで実験している時はたいてい、研究結果をまとめる時や、治療用の薬品を調合する時そして試験薬を作製するときぐらいだった。
「そう言ってもらえると助かるわ。
もう少しだけでもお金に余裕が出来れば、援助してあげられるのだけど、今は我慢してね。」
「僕もいつか恩返しが出来るように研究に励みます。」
ティトは真っ直ぐで真面目な彼に好感を持っていた。
彼には不思議と、ティトにある人物を思い起こさせるものがあった。
今でも文通をしている親しい間柄。 疲れていても、文通相手も激務をこなしていると思うと自然とやる気がおきてくる。
無骨で品のかけらもない男だが、身内以外で自らが唯一圧倒された相手だった。
「どうかしました?」
はっと我に返れば、ウッディが不思議そうにこちらを見ていた。
こんな大変な時期に、男に現を抜かすとは。 そう思うと情けなくなってくる。 ティトは頭の中で自分の頭を叩いた。
「なんでもないわよ。 今は何の研究をしているの?」
「イリア風邪の研究です。 あれの特効薬を開発できれば、命を落とす人も少なくなります。
糸口は見出せたので、今は試験に試験を重ねているところなんです。」
まさにコツコツやってきた努力も佳境に入ったところであった。
イリア風邪・・・長く厳しい冬を越えて、春を迎える時一緒に来る招かれざる客である。
毎年抵抗力の低い子供や老人を中心に多くが命を落とす病で、今までは特効薬と言うものがなかった。
むしろ薬そのものが望まれていなかった。
需要がなかったわけではない、貧困に苦しむイリア民に、薬を買う金などなかったのである。
彼らが出来る事は精々、村のシャーマンにお願いして祈祷をしてもらうことぐらいだった。
ウッディはそんな惨状を見ておられず、シャニーたちが見習い修行に出ている時期からずっと研究をしていたのだ、
「国の復興も大切ですが、それを行っていくのはイリア民一人ひとりです。
ですから、皆には健康であって欲しい。 国として、それを構成する民の健康へ目を向けるのは大切なことだと思っています。」
ティトはウッディが本当に立派に見えた。
これが本当に、妹と同じ15,6には到底見えない。
「よく言ってくれたわね。 シャニーにも幼馴染なのだから少しは見習って欲しいわ・・・。」
寝台の方に目を移せば、見慣れた顔の少女が寝かされている。
ティトも登城してすぐ知らせを聞いたときは顔が蒼褪めた。
何しろ、妹が夜賊に襲われて大怪我を負い、意識を失っていると報告を受けたのだ。
命に別状がないと知った今でも、意識が戻らない妹が心配でならない。
だがその心配を断ち切って、ティトは団長としての態度を貫く。


142: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:01 ID:2U
「とんでもない! あいつは僕を守ってくれたんです。
僕が何も出来ない男ですから、余計な負担をかけてしまって。
彼女の治療だって、大方は魔法の杖によるものですし。 僕に出来る事など微々たるものです。 彼女には本当に感謝しています。」
彼は自分の無力さを思い知っていた。
特に、アルマに言われた言葉は否定できない、とてもショックの大きいものだった。
魔法に出来る限界と、医学に出来る限界。 これには明確な境界があると彼は信じていた。
そして今、目の前で親友に起きている苦しみは、
医学の限界を超えた魔法の領域で為しえることのできる芸当でのみ取り除くことが出来る。
自分の力では恩返しが出来ない。 その無力さが歯がゆかった。 アルマもきっと笑っているだろう。
―口ほどにもない、と。
悔しさをばねに、彼は更に研究に勤しんでいた。
魔法では到底解決できないような、医学にしか出来ない部分で親友と同じように国へ貢献しようと。
それが、親友への一番の恩返しになる、と。
「あなたがそう言ってくれると、きっとシャニーも喜ぶわ。
でもね、私が言いたいのはそういうことじゃないの。
自覚と意識の切り替えをして欲しいと言う事なのよ。 厳しいことを言うようだけどね。」
「意識の切り替えとは?」
「傭兵として戦地に赴いたときは最低限、自分の命は自分で守らないといけないかもしれない。
でもね、そうでない時は皆仲間なんだから助けを求めてもいいんじゃないかしら。
そういう気持ちの切り替えよ。 あの子はまだいつでも戦場の気持ちで戦っているわ。」
「・・・。 期待しているんですね。 僕はシャニーが羨ましいです。 ティトさんのような自分の事を心から想ってくれるお姉さんがいて。」
ティトはなんだか恥ずかしくなって、返す言葉に困った。
苦しみ紛れでシャニーの元へ寄ってみる。
相変わらず目を覚まさない。 余程体への無理が大きかったのだろう。
もうすぐ彼女達も入団してから1年が経つ。
個人差はあれど何がイリアに必要なのかを考え、知って、理解をし、どうすれば良いのかを考えるところまでは来ている。
そろそろ次のステップに進まなければならないとティトは考えていた。
彼女は人材の育成に特に力を注ぐ事を当初から心に決めていた。
またあの惨劇を引き起こさない為には、人材力が大切だと。
「・・・まぁ、でもこの子も随分成長したわ。 前に比べれば責任感が出てきたというのは見せてもらった。
褒めるとすぐ調子に乗るから、めったに褒めないでいるのだけどね。 別に彼女を認めていないわけじゃないのよ。」
好きな相手だからこそ厳しくなる。
愛情表現に対しては不器用なティトだが、ウッディには彼女がシャニーを大切にしていることぐらい言われなくても分かっていた。
ティトは出撃前にもかかわらず、両手にはめたグローブをおもむろに外す。
中から現れたイリアの女性特有の白く美しい手。
(こんなきれいな手をしているのに、血で濡らさないといけないなんて・・・)
ウッディがそんな事を考えていると、ティトはその手で妹の額に乗っているタオルを取った。
そのまま寝台から腰を上げると、汲み置きの水のあるほうへ歩いていく。
「あ、ティトさん。 そういう仕事は僕がやりますよ。」
「私にやらせて。 この子めったに風邪もひかない子だったから、こういうことをなかなかしてあげられなかったのよ。」


143: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:02 ID:2U
ウッディは何も言わずに、彼女にそれを任せる。
ティトの後姿を見守るその顔は、自然と笑顔になっていた。
タオルを冷たい水で硬く引き締めたティトは、また寝台に腰掛ける。
彼女はタオルをきれいにたたむと、シャニーの額にそれを戻してやる。
静かに眠る妹の顔をしばらく見つめ、彼女は妹の頭をそっと撫でてやった。
シャニーはこうしてやると喜ぶという事をティトはずっと昔から知っていたが、なかなかそれを行動に移せなかった。
これ以上にないというほど親しい間柄なのに。
それが今回、なんの躊躇いもなく自然と彼女の頭に手が伸びた。
これも今まで分かっていたことだが、いつ会えなくなってしまうかもしれないという恐怖にも似た感情。
妹が修行に出るまでは言うに及ばず、ベルン動乱時ですら二人は一緒だった。
そして今度は同じ騎士団で毎日顔を合わす。
その日常で、分かりきっている常がそうではないように思えてくるのだった。
しかし、こうして妹が瀕死の重傷を負い、目の前で横になっている姿を目の当たりにした。
すると今まで隠れていた常が、自分の心をその棘で痛めつけるのだ。
ティトには、かつて自らの師から何度も言われていたことを思い出していた
―やれる事は、やれるうちにやっておかなければ、出来なくなってから後悔しても遅いんだよ。
―世の中いつどこで何があるのか分かりゃしないんだからね。
結局師の生前に、師へ恩返しと言える恩返しを出来なかった。
その二の舞を踏みたくはなかった。
時間の許す限り、彼女は妹の頭を撫でていた。
ウッディも何か姉というよりは母に見えるその姿から溢れる妹への愛情に、自分から話しかける言葉が見当たらない。
「いつもは壊れた蓄音機みたいで、ホントやかましいぐらい元気なヤツが、こうして寝ているとなんか不気味ね・・・。」
しばらくそうした時間が続いた後、ポツリと漏らされた不安。
「壊れた蓄音機ですか。 ははは、シャニーにはお似合いですね。」
「そうなのよ。 うるさいからってガツンとやってやると、しばらくは静かになるんだけどね。
またすぐ元のようになっちゃう困り者だったのよ。 ・・・。」
ウッディはびっくりして返そうとしていた言葉が喉で捺し留めた。
何せティトの目から流れる光るものを見てしまったのだから。
彼は無言でハンカチを彼女に差し出してあげた。
差し出されたティトも、恥ずかしさと相まって感謝の気持ちを無言で伝えた。
気を落ち着けた彼女は、大きく息を吐くと、ウッディにハンカチを返した。
「騎士ともあろうものが無様な姿を見せて恥ずかしいわ。」
「別にいいじゃないですか。 泣きたい時に泣けば。 我慢したって体に毒ですよ。」
何かと我慢の多いこの仕事。
自分をさらけ出す事ができる相手だって数えるほどもいない。
その中で、ティトはその相手が一人増えたような気がした。
彼女はベッドから腰を上げると、妹の胸に耳を押し当ててみる。
確かに聞こえる心音。 これを聞いて彼女は安心した。
「ありがとう。 じゃあそろそろ私は任務があるから失礼するわ。 妹の面倒、もう少しの間お願いしますね。 ドクター・ウッディ。」
「お任せください。 僕が付きっ切りで面倒見ますから。」
ティトは頼もしい言葉に笑顔で返し、部屋を出て行った。


144: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:03 ID:2U
珍しい来客も退室し、再び静寂に包まれる医務室。
聞こえるのは実験用のマウスが車を回す音と、シャニーの寝息だけ。
「ごめんな。 僕が君にしてあげられるのはこれぐらいしかないんだ。」
彼はティトが換えてくれたタオルで、彼女の顔や体を拭いてやる。
顔を隠す髪をたくし上げ、もう一度洗ったタオルを額に乗せた。
一通り終っても、彼はしばらくずっとベッドの横でシャニーが目を覚ますのを待っていた。
再びあの元気な顔を誰よりも早く見たかった。
「どうもー。」
そこに聞こえてくる新たな来客、セラだった。 どうも今日は来客が多い。 
「なんだ、セラか。 何か用?」
「何か用って、それが患者に対する台詞?」
「患者って言ったってお前言うほど重症じゃなかったじゃん。」
ウッディが一応消毒剤と包帯を用意して持ってくる。
セラのほうは痛そうに腕の包帯を慎重にとってみせる。
あまりにわざとらしいその芝居に、ウッディはため息をついた。
「どーせ自分で出来るだろ? ほら、包帯ここにあるから。」
「あー冷たい! 私がこんなに痛がってるのに。 シャニーのときとえらい扱い方が違うじゃない。 やっぱりあんた・・・ははーん。」
セラが得意げにウッディを見つめる。
あまり彼女のペースにしたくはないので、速攻で否定するウッディ。
「彼女は重症だったから、特に厚い看護をしてるだけ。
君は魔法を使わなくても完治する程度の軽症患者。 扱いを異にするのは当然だと思うんだけど。」
「まーたそんな人が聞いたら本当かと思うような言い訳して。
まぁいいわ。 私は影から応援してあげるからサ。 愛のキューピット役なんて私に相応しいじゃない。」
どうもセラには敵わなかった、
どんなにうまく言っても、必ず相手のペースに持っていかれてしまう。
彼は半分聞き流しながらさっさとセラの怪我の治療を済ませ、話題を摩り替える。
壊れた蓄音機は、シャニーだけではなかったのである。
「お前にも苦労をかけてすまなかった。 君達がいなかったら、どうなっていたことか。」
「とんでもない。 私だって酔っ払っててどれだけ役に立てたか。」
「そうだね。」
「ぐ・・・。 あんたねぇ、そういう時はそんな事ないって言うもんでしょ?」
「自分で言うかよ・・・。」
ウッディは半ば呆れながら、血で汚れた包帯を片付ける。
軽症とは言っても、彼女も頭を切ったりして流血していたから、今でもヘアースタイルを思うように出来ない状態だ。
医者としてできる最大限のフォローで、彼女の全快を願う。
「なぁ、セラ。」
「うん?」
治療が終ってもう用事はないはずのセラだが、一向に部屋を出て行こうとしない。
ウッディは蚊帳の中に戻り、試薬の調合を始めている。
それでもやはり研究者と言うものは、誰かがいると気が散るのだろうか。
どうも波に乗れない様子で、セラに声をかけた。
「お前も心配で様子を見に来たんだろ?」
後ろからの声に、セラはしばらく外の様子を見てごまかす。
だが、この静寂の中で、ごまかしは通用しない事はすぐに分かる。
「ん・・・。 そりゃね。 でも、今はちょっと違うことを考えてた。 シャニーのことには違いないんだけど。」
「何かあったのか?」


145: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:04 ID:2U
「うん。 あんたを逃がしてからね、あいつ人が変わったみたいに恐ろしくなってさ。
殺してやるぞーって目を見開いて何度も怒鳴ってた。 私怖くて見ていられなかったもん。」
親友の全く知らない一面を知り、ウッディは息を呑んだ。
あのシャニーが、殺意をむき出しにして襲い掛かる姿・・・とても想像できない。
だが、歴戦を戦いぬけてきた人間だ。 一度タガが外れれば戦士としての血がたぎって来るのかもしれない。
「でも、私も大怪我をして幻聴を聞いていたのかもしれない。 だって、あいつがそんな事言うわけが・・・。」
「・・・そうか。 でも、人には必ず眠っている性向があるって言うよ。
彼女も人竜戦役以来続く騎士の家系だし、そういう気質があってもおかしくはないのかもしれない。
いつもがいつもなだけに、にわかには信じがたい事実だけど。」
何とか理由を見つけて、この驚きを抑えようとするウッディ。
しかし、その隠れた性向も何かのきっかけがなければ眠りから覚めることなど無い。
先日の襲撃は、彼女にとって極限を要求していたから、きっかけとしては相応しいものであった。
そうでなくとも、襲ってきた相手は殺意に満ちた顔を見たいと言っていたぐらいなのだから。
「あの仮面の男・・・一体何者なんだ。」
「結局、アルマをおびき寄せる為に私達を襲ってきたんでしょ?
あんなヤツのために私達が被害を被ったと考えると、何か腹が立つわ。」
ウッディもセラの考えに同意であった。
だが、セラと違って自分は何も言えなかった。
自分の身すら守ることの出来ず、守ってもらうだけの自分が、何を言えるだろうか。
アルマの不敵な笑顔が脳裏に浮かぶ。 悔しいが、無力な自分では反論が出来ない。
「なぁ、セラ。 僕でも必死になれば剣を扱えるようになるんだろうか。」
「え?!」
窓の外の風景をゆっくり眺めていたセラは、思わず声をあげて蚊帳の方を覗く。
見ればウッディが製薬をやめてこちらの答えが帰ってくるのを待っていた。
セラは正直、どう答えればよいかに迷った。
いきなり剣を振って上達するようなものではない。
まして剣は、使いこなしに相当の技術を要する武器。
素人が少し手解きを受けたぐらいで扱えるようになる代物では、決してない。
だが、ウッディの口調から察するに、彼の意図はなんとなくはわかる。
どういえば、納得してもらえるか。 何とか言葉を搾り出し、答えようと口を空けたその時だった。
「あー、セラ! ウッディ様を独り占めにしてたな!」
突然の声と共に部屋に入ってきたのは、セラと所属部隊を同じにする先輩騎士だった。
セラに詰め寄ってホンキで睨みつける。
彼女は違うと手と表情で弁解するが、なかなか信じてもらえない。
「まったく怪我の治療とか言って、帰ってこないと思ったら! 部隊長がお怒りだぞ! 後は任せて早く部隊に戻れ!」
「後は任せろって・・・。」
「ゴチャゴチャ言わずに早く行く!」
半ば強引に部屋を押し出され、セラは仕方なく部隊へと戻っていく。
横顔でウッディに申し訳なさそうにウインクして行った。
それを確認すると、先輩騎士はウッディに何とも苦しげな顔で助けを求める。
「ウッディ様―、わたし怪我をしちゃいました。 すごいうずくんです。」
聞きたい事を聞けぬまま、今度はセラの先輩の相手をする羽目になるウッディであった。


146: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:07 ID:2U
早足で部隊へ帰るティト。
もうみな支度を終え、自分の帰りを待っているころだ。
出発後の航路と天気を考えながら城の外へ出て、部隊と分かれた場所に急ぐ。
部隊を見つけ、お待たせ、と声をかけようとしたティトは目を疑った。
自分の部下達が皆、一点を見つめて瞬きもしない。
その先を見れば、何と部下同士が私闘を行っているではないか。
「何をやっているの! 降りて来なさい!」
戦っている二人を大声で呼び止めて引き摺リ下ろす。
近くで改めてみてみると、アルマと対峙していた隊員は相当酷くやられていたようだ。
周りの隊員にも数名、同じような者がいる。
どうやらアルマ一人に何人もがコテンパンにされたらしい。
「これから出撃と言う時に何をやっているの!」
様子を見ていることしか出来なかった隊員たちから事情を聞く。
それにつれ、これが単なる私闘などではなく、喧嘩であったということが明らかになっていく。
アルマの加入によって何かしらの波紋が生じる事は予想していたものの、まさかこんなに早くそれが訪れるとは。
「アルマ! さっき言ったばかりでしょう。 何故勝手なことをするの。」
「私は先輩の指示で槍をとったんです。
あの状況で嫌ですとは、後輩としては言えなかったんですよ。 決して自ら進んで私闘を行ったわけではありません。」
戦った先輩達も、アルマの実力を認めざるを得なかった。
一人だけならまだしも、誰もアルマに参ったと言わせることが出来なかったどころか、こちらが参ったと言わされたのだから。
その悔しさと言ったら、言葉で言い表せるものではなかった。
「まったく。 騎士としての強さは槍術だけじゃないとあれほど言っているのに。
もう叙任何年目だと思っているの? もう少し騎士としての心を磨いてちょうだい。 槍術なんかよりよっぽど重要よ。」
ティトに叱られ、皆は反省しているようだ。
アルマただ一人が、まるで他人事のように槍を磨いていた。
だが、ティトも叱るに叱れなかった。 何せ先輩の指示に従えと命令したのが、他でも無い自分であったのだから。
(・・・流石に手強いわね。 でも・・・。)
ティトは確かな手ごたえを感じていた。
アルマが加入した事により、他の隊員たちの雰囲気が変わってきたのがもう分かったからだ。
―こんなヤツには負けられない。
この闘争心が、良い方向へ向かってくれるように、ティトは願った。
「さぁ、気持ちを切り替えて出発するわよ。 ほら、服を着替えていらっしゃい。」

エトルリアの空路は、訪れた春の風が温かく、青い空が何処までも続いている。
何度も行き来する空路であるし、事前に普段と変わりないことを調べてあったから、
何のトラブルもなく着々と目的地へと近づいていく。
「それにしてもあんた強いね。 ベルンでも結構上位の部隊にいたの?」
険悪なムードになるかと思われたがそんな春の陽気も助けてか、
騎士の中には、アルマの実力を認め仲間として受け入れようとする者も少なからずいた。


147: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:08 ID:2U
これから同じ部隊で仕事をしていくのだから、親しくなっておくことに越した事はない。
それに、こういう後輩を味方に付けておいて損はないという打算もあった。
アルマはそっけない奴という噂が広がっていたので、懐くか不安だった。
だが、そんな先輩の思惑とは裏腹に、いろいろ話してきた、
「いえ、特には。 ベルンがイリアの見習い騎士を軍の中枢に置くわけがないですから。」
「じゃあベルン軍でどんな任務をこなしてたの?」
「雑用ですよ。 別に騎士じゃなくても出来るような雑用です。」
先輩達は首をかしげた。
団長の妹が腕の立つ騎士だと言う事は、エトルリア軍で転戦に転戦を重ねた激戦を戦い抜いたその経験によるものと言うのは理解できる。
だが、アルマは別に戦場に多く立ったと言うわけでもないのだ。
それなのに、自分達よりはるかに実力があるというのが理解できなかった。
「ただ、所属自体はマードックと言う将軍の直下部隊でしたから、戦略とかそういう事はいろいろ盗み聞き出来て収穫になりましたけどね。」
「はぁ?! マードック??」
マードックといえば、前ベルン王国で三竜将と呼ばれる軍事幹部の中でも筆頭に当る人物である。
彼は外様と言えど、実力のあるものなら対等に扱う人間だった。
そんな人物に仕えていたとは、やはり何か人物として光る部分があったようだ。
だが、イリア人にとって、彼はそんな映り方はしない。
マードックといえば、イリアを占領した憎きベルン軍の将軍に過ぎなかったのだ。
「あ、あんたさ、敵国の将に仕えて何も思わなかったわけ?」
「別に。 むしろ母国に腹が立ちましたよ。」
想定外の返事に、先輩はどう言葉を返せばいいか分からない。
もし、自分が同じ境遇であったのなら、彼女はまず見習い修行先を変えていただろう。
母国を苦しめるような立場で修行など、出来はしない。
「だってそうでしょう? あんな腐った国に侵略されても、抵抗と言えるような抵抗もろくに出来ずに占領されてしまうなんて。
・・・それ以上に腐っていると言う事ですよ。」
イリアはご承知の通り、戦わねば生きてはいけない国。
侵略を受けた当時も、多くの騎士はエトルリアやベルンに雇われ戦争に参加していた。
当然、ベルンに雇われた騎士の中には、イリア侵略に加担する形となった者だっている。
イリアの国を守るべき騎士が、イリアの外で戦いに参加している。
国内に戻ってきたかと思えば、逆にあろうことか母国を滅ぼす側について戦いに参加する。 国を支える金を得る為に。
この、何ともいえない矛盾がアルマには許せなかった。
「敵国に雇われれば、母国を攻撃することが正当化されているんですよ。 同志を殺すことが正とされているんですよ。
イリア騎士の誓いとか言うヤツは。
そんなおかしいことがありますか? だから私は、最初の騎士宣誓であの誓いを行わなかった。
おかしいと思える事は誓えませんから。」
「まぁ・・・確かに。」
先輩達も納得せざるを得なかった。
今までは騎士の誓いこそが自分達の拠り所と考えてきたが、具体例を出して矛盾を付かれるとおかしい気もしてくる。


148: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:09 ID:2U
しかし、裏切りはタブーで、雇い主のいかなる命令にも従うその長年の姿が、
今のイリア騎士への高い信頼を与えている事にも疑いの余地はない。
「確かに、それは今私達が抱えている一番の問題だわ。
でも、信頼がなくては私達には仕事がない。 イリアと敵対する国からの仕事を断っていたら、私達は食べていけない。
そこはどう考えているのかしら。」
今まで先頭を飛び、航路を導いてきたティトが話しに加わった。
皆は、この若い騎士が難題へどう解答するのか興味津々だ。
「だから私は最初に宣誓したはずです。
今の国をぶっ壊して、新たな国の基盤を作ると。 今のイリアは国とは呼べませんから。
修行に出る前からそう思っていましたが、ベルンを見てそれは核心に変わりました。」
先代が築き上げてきたイリアを否定して、新たなイリアを作る。
とんでもなく考え方が壮大であった。
「へぇ、すごい事考えてるね。 これはすごい大物新人が入ってきてくれたよ。」
言葉とは裏腹に、誰もこの青二才がそれを実現できるなどと思ってはいなかった。
だが、アルマ自身も周りの気持ちは分かっていた。
だから、誰にも自分の心内を見せてこなかったのだ。
今でも、自らの考えの核心は見せてはいない。 そこまで話すのは、自らが認めた相手だけだった。
それに該当する人物は少なくとも、第一部隊の中にはいなかった。
「・・・新たなイリアを作る・・・ね。」
再び雑談に皆が戻る中、ティトだけが、再び先頭に戻って独り言を漏らしていた。


149: 手強い名無しさん:08/06/01 22:27 ID:IM
HDDのデータが飛んでしまいました
また更新間隔が空くと思われます。。

150: 手強い名無しさん:08/07/28 13:00 ID:ho
続きマダー

151: ロードアンドペガサス RoH8fs26:08/08/01 10:43 ID:BE
がんばれ!
書き込みが少なくても楽しみにしてる人はたくさんいる!

152: :08/09/23 11:31 ID:ts
頑張れ!!


153: 管理者:08/09/26 23:09 ID:vQ
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