部隊コード:8820(イリア天馬騎士団編)-U


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部隊コード:8820(イリア天馬騎士団編)-U

1: 手強い名無しさん:08/05/03 18:21 ID:PM
更新間隔が長くなってしまっていますが誠意執筆中です。
今回は前作以上に長編化しそうな感じなうえ、
オリジナル要素が強く(というか、こんな展開になんの?!がコンセプト)読み手の意見も大きく分かれると思います。
まだ楽しんでくださる方がいれば幸いです。


106: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:16 ID:2U
「あ、ウッディ危ないよ!」
厩ではウッディが天馬の鬣を撫でていた。
天馬も大人しくそれを受け入れている。 ウッディは天馬に話しかけながら、ゆっくり彼をさする。
「よーし、いい子だ。 あれ、シャニー遅かったね。」
彼は天馬の翼へ綺麗にブラッシングをかけながらシャニーのほうへ視線を移す。
天馬も自分の相方が現れたのでそちらへ首をもたげた。
当のシャニーはといえば、天馬の様子にぽかーんとしている。
「どうしたの?」
セラの声に我に返ったシャニーは、天馬のそばへ行って彼を撫でた。
「天馬は主人以外にはすごい警戒心が強いのに、ウッディよく無事だったね。
ただでさえウッディは男なんだから、それだけで天馬に嫌われるはずなのに。」
「あー、きっとウッディは男だと思われてないんだよ。 なよなよしてるし。」
女二人が意見一致と言った感じで眼を見合わせて笑い始める。
それにやれやれといった感じでウッディが頭を抱えていた。
彼は頭をボサボサと掻きながら、二人の笑いが収まるのを待つ。
しかし、そんな彼の淡い期待はあっけなく裏切られる。
日ごろなかなか会えないためか、一度ヒートアップすると話題のネタが後から後から沸いてきて一向に収まりそうにない。
「でさー、あいつったらさ!」
「ぎゃはは。」
いくら待ってもこれではラチが開きそうにない。
気の長いウッディもこれには流石に堪りかねて二人の間に割って入る。
「ねぇ、盛り上がってるところ悪いんだけどさ、早く行こうよ。」
「行こうって・・・どこへ?」
シャニーの予想外の返事に、ウッディはガクッと拍子抜けした。
「セラ。 シャニーに伝えてないの?」
シャニーはウッディがパスを出した相手へ目線を向ける。
セラにはシャニーから自分へ放たれる言葉が分かっていた。
彼女は手を軽く握ると、口のところへ持っていって首を上へ傾けた。
「聞かなくても分かるじゃん、これよ、これ。」
シャニーも親友のジェスチャーに、顔をニヤ付かせた。
元々友達と遊びに繰り出すのが好きだった彼女が、これを拒む道理はなかった。


107: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:17 ID:2U
夜の城下町。 夜の警備で良く来るこの賑やかな場所だが、今日は何か違う場所に来ているかのような気分だ。
賑やかさがひときわ際立っているような気がする。
「久しぶりだね、こんな風にみんなで遊びに出かけるの。」
セラが懐かしそうに昔を思い出す。
ちょっと前までは何かあるとこの三人でどこへでも出かけていたものだ。
「この頃は僕も研究で忙しいからな。」
ウッディが鞄へ資料をしまいながら答える。
ついでにつけていたネクタイも外して中に入れる。
シャニーは中に入っている資料の多さに仰天した。
これが全て、研究用の資料だという。
何が書いてあるのか見ようとしたが、その前に鞄は口を閉じた。
前なら何をしているかなんか聞かなくても分かった。
しかし、今は彼らがどんな仕事をしているのかなんて分からないし、会えない時すらあった。
誰かは見回りに出撃していて、誰かは他の国へ智を求めに出向く。
何かの力によって引き離されそうになっても、皆は互いを求めている。
その気持ちが、こうして皆を夜の街へ歩かせた。
彼女らは行きつけの店の明かりに誘われ、笑いながら中へ入って行く。
それを見つめる視線にも気付かずに。
その黒い眼差しは、笑いに肩を揺らし、街の雑踏に姿を消す。

「おや、譲ちゃん達、今日は夜に登場かい。」
店のマスターが、入ってきた若い顔を見るなり迎えてくれた。
ここは彼女達がよく昼食をとりに通っている店で、夜は酒場に姿を変える。
店は既に大勢の荒くれたちが酒を飲み交わし非常に騒々しい。
シャニー達はそれに恐れることもなく、ずんずん店の中を進み、カウンターへ辿り着く。
ウッディだけが、山賊風の男にガンをつけられた気がして小さくなっていた。
「お譲ちゃんって言い方そろそろやめてよ。 あたし達、もう一人前の天馬騎士なんだよ?」
「がっはっは、そんなひょろっこいなら職業が騎士でも賊でもお譲ちゃんさ。」
「むー。」
成人する前からこの店にはお世話になっているため、この年でも彼らは顔の知れた常連だった。
だからマスターも彼らが天馬騎士になったことを知っていたし認めていないわけでもなかった。
ベルン動乱という大戦を生き抜いてきた彼女達の瞳には、他の同世代には無いものがあることをマスターは見抜いていた。
彼は三人にとりあえずつまみと軽い酒を出すと、皿を吹きながらパイプを銜える。
「それにしてもホントに騎士になっちまったんだなぁ。 つい最近まで手に負えないガキンチョだったお前達がねぇ。」
「もっちろん、そのために修行してたんだからね。」
セラが一気にコップの酒を飲み干すと、そのコップをカウンターに叩きつけてお替りを要求した。
この若さでこんなに酒が様になるとは、エトルリアでそちらの方面も大分鍛えられたようである。
エトルリアといえばワインが有名であるが、イリアの蒸留酒はそれとは比べ物にならないほど度数が高い。
寒さを酒でしのぐ雪国ならではの味には、世界中にファンがおり産業の一つにもなっている程だ。
そんな火がつくほどの酒を一気飲みする仲間に、残りの二人はしばし口を空けて様子を見てしまう。
「はっはっは、良い飲みっぷりじゃねーか。 お前もそろそろしっかりしねーとな! 男が威勢で女に負けてたらかっこ悪いぞ!」
マスターは相変わらず味に慣れず、ちびちびと飲むウッディの肩をバンバン叩いた。
タダでさえ酒に弱いウッディは、鼻に酒が入り悶絶している。
「ぐぅー・・・死ぬ。」
「そら、しっかりせんか。 お前の願いどおり二人とも生きて帰ってきたんだからな。 さて、約束どおりなにしてもらおうかね。」
ようやく鼻からアルコールの抜けたウッディに、マスターは焼きたての腸詰を差し出しながら不敵に笑う。
ウッディのほうは目を真っ赤にさせて泣いている。


108: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:18 ID:2U
「約束? どんな?」
「こいつな、お前達が無事に帰ってくるようにっていつもここにきては俺に言ってたんだぜ?
でよ、俺も帰ってくるように祈ってやっから、帰ってきたら何でもしろって約束してあったのさ。 こいつがそれを飲んだからよ。」
「ウッディ・・・。」
シャニーはウッディのほうを見た。 彼も恥ずかしそうにこちらを見ていた。
前々から心配してくれていた彼だが、まさかそこまで心配していたとは思わなかった。
話を聞くと、どうやら無事を祈りにイリアでも有名な教会に毎週祈りに出かけていたらしい。
マスターもそれに付き合っていたらしく、彼はウッディと大分仲が良かった。
妙にしんみりしてしまったが、シャニーは素直にウッディの手を取った。
「そんなに心配してくれてたなんて思わなかったよ。 ありがと。」
マスターは雰囲気を壊さないように無言で皿を拭く。
そうしているうちにパイプの煙草もそろそろ取り替えなければならなくなっていた。
「でもさ、もうあたしも一人前の騎士だし、これからはあんたを守ってあげるからさ。」
マスターが煙草を取替え、新しい煙草をパイプにセットしようとしたそのときだった。
向こうで喧嘩があったようだ。 荒くれの挑発する声が聞こえてきた。
雰囲気を壊したくないマスターが、注意しようとそちらを向く。
「何だテメーは!」
傭兵風のガタイのいい男が、黒いソフトに黒い外套で全身を覆った髭の紳士に難癖をつけている。
どうやら相席中に肩が当ってしまったようだ。
深くまで帽子をかぶったその紳士は、反論する事もなくただ黙って男の怒声を聞いている。
シャニーたちから見えるのは、への字に固く結ばれた口元だけだ。
「なんかあのおじさん、かわいそうだね。」
シャニーが仲間にそっとつぶやいた。
傭兵というより山賊風の大男。 それが酒で気まで大きくなっているのだから手に負えない。
酒場では良くある事なので、周りは物見見物といった様子で眺めている。
中にははやし立てる者までいる始末である。
「聞いてんのか! こら!」
黙り込む紳士を男が恫喝する。
恫喝しても微動だにしない紳士に、男は怒りを覚えて胸倉を掴みにかかる。
そうなって初めて、紳士はようやく口を開く。
「言いたい事はそれだけか?」
「あぁん?」
「言いたい事はそれだけかと聞いている。 私はお前の戯言にいつまで付き合えばよいのかね?」
聞くや否や、頭に血の昇った男は背に挿していた大剣を引き抜くとそのまま紳士に向かって振りかぶった。
これには周りも流石に危機感を覚えて退く。
「危ない!」
シャニー達は慌てて席を立つ。 治安を守る事も自分達騎士の仕事である。
任務時間中ではないにしろ、こんな騒ぎを黙ってみていられるはずが無い。
だが、剣に手をかけたシャニーは、恐ろしい視線にゾッとするのを覚えた。
その視線は間違いなく、帽子に隠れて見えるはずも無い紳士の目から放たれて自分のところまで突き刺さってくる


109: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:19 ID:2U
・・・!
それはあっという間であった。
気付いた時には、大男が宙を舞い、向こうにおいてある空の酒樽に突っ込んでいたのだ。
皆も何が起きたか理解できずにただ唖然としている。
気が付いたら、男は宙を舞っていたのである。
時と時が連続していないかのような妙な感覚が皆を襲う。
それはシャニーたちも同じであった。
紳士が倭刀で居合い斬りをして見せた事は、シャニーも分かった。
だが、その剣捌きを目で追えなかった。 気が付いたら、もう剣は男を吹き飛ばした後だったのである。
(なんだったんだろう・・・。 さっきの何とも言えない嫌な感じ。)
シャニーは紳士の方を眺めながら先ほどの恐ろしい視線を思い出していた。
紳士は剣をはらい、鞘にしまうと再び帽子を深く被りなおす。
すっかり元のように深く被りなおすと、どうやらシャニー達に視線に気付いたようだ。
無言のままそちらを向く。
向かれたほうは堪ったものではない。
今度は自分達が標的になったのではないかとヒヤヒヤしてしまう。
仮にも騎士である彼女らが。
彼はそのままこちらへ向かって歩いてくる。
見えぬ眼光が鋭く光ることへ戦慄すら覚える三人は、為す術も無くただ彼が距離を縮めるのを見つめることしか出来ない。
だが、紳士はそのまま三人を通り越すと店主の方へそっと右手を差し出した。
店主が何かと思って男の手を注視すると、突然その手に葉巻が現れた。
目を見開いて仰天する店主を、口元だけが笑っている。
「旦那、パイプもいいが一服の醍醐味は葉巻ってものじゃないか?」
「お、おう。 だが葉巻はたけぇからよ。 一服するのにそれ以上に働かなきゃいけねぇんじゃ割りに合わねぇってもんだよ。」
男はふっと口元で笑うと、そのまま葉巻を店主に差し出す。
「こいつは私のおごりだ。」
彼は店主が嬉しそうに葉巻を吹かすのを見ると、カウンターへ目を向ける。
そちらには様子をじっと見ていた三人がいた。
「おっと、驚かせて申し訳ない。 酒場とは言えやはりマナーはわきまえないとな。」
彼はシャニーたちのすぐ横に腰掛けると、マスターにつまみを注文する。
そして剣を鞘から抜くと、丁寧に手入れを始めた。
「おじさん、すごい強いんだね。」
すぐ横に座られ、無言でいるのも間が悪くなったシャニーは苦し紛れに話しかけてみる。
紳士は動かす手を止め、シャニーのほうへ顔を向けた。
「大した話ではないさ。 相手は酔っ払いだったのだからな。」
「でも、あたし剣の動きが全然わからなかったよ。」
「いや、君もかなり腕の立つ騎士と見る。
あの状況判断の速さはかなり実戦を積んだのであろう。
まだ若いのに、さすがイリア騎士はレベルが違う。 ・・・聞いていた通りだ。」
男は口元に笑みを浮かべると、調理されたばかりの腸詰に酒を味わいながら再び剣を眺める。
シャニーはその剣の美しさに何か引寄せられる気がしてならなかった。
妖艶さすら漂わせるその片刃剣からは、ゾッとするほどの力を感じる。
「その剣、きれいだね。」
「ほう、ミュートの美しさが分かる者がいるとは。 君は剣使いか?」
どうやら男はその刀にミュートと名づけているらしい。
剣の事を分かるものだとわかってか、男は親しみをこめて話しかけてきているのが分かる。
「剣士ってわけじゃないけど、剣は良く使うよ。 軽いし。」
「はっはっは、合理的な意見だな。 ちょっと君が腰に差している剣を見せてくれないか?」
置いてくる暇がなく、仕方なく持ってきてしまった剣。
シャニーはそれを鞘から抜くと、何の警戒もなしに男に渡してみる。


110: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:21 ID:2U
セラはありえないといった面持ちである。
何せ会ったばかりの武器を持った相手に、自分の剣を渡して丸腰を晒すなど信じられなかった。
一方ウッディのほうは、武器のことなど全く知識がない為か、何が起こるのは興味津々で眺めていた。
「ほう、なかなか手入れのしてある剣だな。 剣が嬉しそうだ。」
「おじさん、剣が喋っているんですか?」
「ふふ・・・まぁそういったところだな。 剣の輝きは表情そのものだ。」
不思議がるウッディに紳士は軽く笑いかける。
紳士は剣をシャニーへ返すと、お湯で割られた香り立つ琥珀色の酒を優雅に飲む。
その立ち振る舞いはとても傭兵として剣を振るっているとも、剣士として道を究めんと欲しているとも見えなかった。
「それにしてもそんな若いのに国を背負って立つ立場とは、何か哀れだな。
だがイリアでも1,2位を争う女のエリート集団に所属するともなれば、そうも言っていられないといったところか。」
しばしの沈黙のあと、紳士は突然に独り言かとも取れるような声を漏らした。
「おじさんはあたし達が天馬騎士だって言うのが分かるんだ。」
シャニーは言ってから気づく。
他の二人はともかくとして、自分は着替えず軍服のまま来ていたことを。
「無論だ。 イリアといえば天馬と美女と、美酒の国だからな。」
「それってあたし達を口説いてるの?」
「さぁな。」
軽く突っ込みを酒でかわすと、つまみの腸詰にフォークを突き刺す。
シャニーたちも出てきた揚げパンにかぶりつく。 もう慣れ親しんだ味だった。
安いし、早いし、うまい。 気の合う仲間と食べるそれは素朴なぜいたく品だ。
まだまだ叙任を受けたばかりの新米騎士にとっては、懐の強い味方であった。
「女のエリート集団かぁ。 ま、私達がそうとは言い難いよね。」
セラはお湯割をスプーンでかき回しながら上を見上げる。
まるで他人ごとかのような言いっぷりに、ウッディはついつい突っ込んでしまう。
「何言ってんだよ。 つい最近まで、もう一人前なんだから見習いの半人前と一緒にするなって言ってたくせにさ。」
「そんな事私は言ってないよ? 言ってたのはシャニーじゃん。
その本人も、すっかりライバルのアルマと差が開いちゃったよね。
イドゥヴァさんに気に入られると昇進が早いって先輩が言ってたけど、すごいよホント。」
セラがシャニーを横目で見る。
見られたほうは意地が悪いと怒っているようだ。
だが、互いにライバル視した者同士というのは自分でも認めているし、
その相手が活躍するところを見るのは悔しいし、焦る気持ちもあるのは事実だった。
「アルマ・・・?」
紳士がポツリと漏らした言葉に、セラは即反応した。
日ごろの鬱憤が溜まっている為、話好きの彼女は更にテンションが上がっていた。
「私達と同期なんだけどさ。 いつの間にかナンバー2の部隊に配属されて。
性格は逝かれてるけど、凄腕だし私達にとっては憧れと言えば憧れだよ。 ねー、シャニー。」
「ふん、あたしは別にあいつに負けたわけじゃないもん。」
「アンタってホント負けず嫌いだよね。 そろそろ認めちゃいなよ。」
酒がすっかり混ざったのを確認すると、彼女はコップの端でチンっとスプーンこすりあてる。
そしてそのまま雫の落ちたスプーンをなめると、実に幸せそうな顔をする。


111: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:22 ID:2U
「あー、これがあるから厳しい任務をやりぬけるのよ!」
そのままコップを手に取ると、見事な飲みっぷりを披露するセラ。
この様子に、二人はしばしあっけにとられてしまう。 仮にも16歳である。
ウッディは、彼女が見習い修行の間、エトルリアで一体どういう生活をし、何を学んできたのか本気で気になってしまった。
「何年寄り臭い事言ってるんだよ。 老けるの早すぎだぞ。」
「うっさいうっさい! アンタに私の苦労がわかってたまるか!」
ぐいぐい酒を飲み干すと、店主の前に豪快にコップを叩きつけお変わりを要求するセラ。
これには店主も呆れたようで、何も言わずにコップに酒を注いでやる。
「はっはっは、君達は本当に仲が良いのだな。」
落ち着いた感じの紳士には似合わない大きな声で笑う。
セラは空きっ腹で飲んだせいか、もう酔いが回っているらしい。
彼の言葉も気にせずに、酒やつまみを食べる食べる。
無心でがっつくその姿は、普段の姿からは想像できないものだったから、シャニーもウッディも苦笑いするしかない。
「ははは・・・。 僕達は、幼い頃から同じ村に住んでた腐れ縁なんですよ。」
「なによ、その嫌そーな言い方は。」
「別に嫌そうに言ってないだろ? セラ酔っ払ってるんじゃないのか?」
「え? 私が酔ってるって?!」
「・・・ダメだこりゃ。」
ウッディはセラの隣に座ったことを後悔した。
少しでも被害を免れる為に、シャニーのほうへ体を寄せる。
今まで一緒に食事をする事は茶飯事であったが、酒を一緒に飲み交わすという事は今回が始めてのことであった。
何せ今までは皆未成年だったのだから。
「まだ酔ってないよ! エトルリアに修行に行ってたときは
葡萄酒の大飲み大会で結構上位に食い込んだんだから。 その勇士をとくと見るといいよ!」
「一体どんな修行よ。」
シャニーは、自分が経験した修行と全く次元の違う修行内容に唖然としてしまう。
自分の頭の中には、修行と言えば生きるか死ぬかの修羅場の連続しか思い当たらなかった。
もちろん、軍の中には各国の英傑達も多くいた。
だから社交辞令や各国のトップ層の構造などを勉強する事は出来た。
だが、セラのような変わった修行も、彼女にとっては少し羨ましいものだ。
そんな三人の様子を、紳士はしばらくずっと眺めていた。
「そうか、幼馴染か。 仲がいいという事はいいことだな。
窮地に陥ったとき、背中を向け合える仲間がいる事は何にも変えがたい武器だからな。」
「うん、あたしの部隊のぶたいちょーも同じ事言ってた。」
シャニーが笑って返すと、紳士も口元で笑ってうなずく。
部隊や所属は三人とも皆違うが、困った時はすぐ皆に打ち明けて聞いてもらっていた、
自分では思いつかないような名案が浮かぶ事もしばしばあった。
それだけではない。 聞いてもらうだけで、何か気が楽になるような気がした。
「そうか、ならばそれを大切にする事さ。」
紳士のその言葉には、何かその短いセンテンスの中に収まりきらないほどの重いものがぎっしりとこめられている気がした。


112: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:23 ID:2U
信頼というのは、得るのは難しく時間がかかるが、崩すのをどうしてこれ程と思うほど簡単だ。
それを失う恐ろしさは、失って見なければ分からないところがなんともしようもないところである。
そして、失って自初めて後悔するのも、人間の悪癖であった。
紳士の言葉が重く感じるのは、信頼を失いかけた覚えがあるからこそなのかもしれないし
紳士自信が信頼を失った経験があったからかもしれない。
「それにしてもここは恐ろしい国だ。 ほんの少女が身も心もすり減らして生きているとは。
他の国の同世代なら、まだまだ遊んでいたい年頃だろうに。 イリアという国ほど聖典にある地獄に近い国もないな。」
他の国では、女は麦を踏み、編み物をしその歌声で疲れた男たちを癒している。
だがイリアの女はそんな平穏の中では暮らしてはいけない。
編み棒を武器に持ち替え、癒しの歌は戦場にこだまする軍歌となって獲物を追う。
そして自分の生きる証は、軍人としての名声だけだった。 
屍の上に立ち、国のためとただひたすらに戦うその姿を人々は哀情と蔑視で見つめる。
もはや生ける屍とすら呼ばれるものであった。
「イリアの悪口をいうな!」
紳士の声に真っ先に反応したのはセラだった。
あまりにも反応が早かったので他の二人も驚いて彼女へ視線を送る。
だが、どうも酔った勢いであったらしくその後の反論はない。
コップをぐい飲みしてつまみを汚らしく食い漁る。
「確かに、イリアは厳しい状況に置かれています。
僕もどうして女神はイリアを救われないのか。 皆が傷付くたびに思っています。
でも・・・それでも国への愛着は捨てることが出来ません。」
普段あまり語らないウッディだが、このときは何故か口が勝手に動いた。
医者の立場であるウッディ。
わざわざ傷付きに行く彼女らを止められない自分が、彼は悲しかった。
せめてできることは、神に彼女らの無事を祈ることと、もし傷付いた時に治してあげること。
「あたしもイリアは好きだよ。 自分も国を形作ってるんだって実感があるもん。
それに、もう一人前の騎士として叙任を受けてるんだから泣き言は言ってられないよ。」
若い二人の言葉を、紳士は帽子を深く被りなおしながら無言で聞いていた。
セラが酔いに任せて相槌を打つので妙に緊張感はないが、二人は真面目に国への想いを紳士へ打ち明けていた。
他国に産業で劣っている事は否定できない。 でも、イリアにはイリアのいいところがある。
皆おもいやりを持ったいい人ばかりだ。 皆が一丸にならなければ国を支えられないのだから。
他の国では一部のオエライ様が国を牛耳っているので、人々は国の構成員と言う意識に欠けていた。
どうしても個人主義、自分中心になりがちであった。
「他の国がイリアをバカにするなら、それに負けないくらいの良い国へ、あたし達が変えていけばイイだけだもん。
あたしは最初はお姉ちゃんに憧れて騎士になったけど、今はそれだけじゃない。
きっと良い国に変えてやる。 あたし達の手で。」
シャニーは決意を露にするとぐいっと酒を飲み干した。
―まだまだなりたての新人騎士が、何をでかい口を
そう言って蔑むベテラン達もいる。
だが、彼女はそのくらいでへこたれるほど弱くはなかった。
なぜなら彼女には仲間がいたから。 少しばかり気負いしても、仲間が助けてくれる。
仲間の大切さは、嫌というほどベルン動乱の中で学んできた。
独りでは、どんな天才といえども正しい選択し、生き抜く事は出来ないのだと。


113: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:24 ID:2U
「今までは守ってもらう立場だったけど、もう今は違う。
一人前の騎士になったからには、もう泣き言なんていってられないからね。」
「そうだそうだ! 一人前じゃ足りないよ、三人前ぐらい持ってきてマスター!」
「・・・セラ。」
かっこよく決めたつもりだった。
シャニーもこれが決まったと内心ガッツポーズをしていた。
それもまたセラのずれた相槌でずるっとこけてしまう。
「もう! 今せっかくいいところだったのに!」
「えへへへ・・・。 シャニー輝いてるよ!」
セラの連れ二人は親友の新たな一面を見てしまい何ともいえなくなった。
当の本人は気分がいいものだからわめき散らしてご満悦である。
ウッディはこのときだけ、他人の振りをしたくてたまらなかった。
「見てるこっちが恥ずかしいよ・・・。 なんだよ三人前って。」
頭を手で押さえてウッディが騒ぐセラをなだめる。
店主ももう相手をしきれなくなったようである。 他の荒くれどもの酒宴の中に入って、一緒に酒を飲んで騒いでいる。
やっと席に座ったセラを確認すると、シャニーはもう一回酒に口をつけた。
「おじさん、ごめんね。 こいつがこんなに酒飲むと性格が変わるなんて知らなかったから。」
「三人前か。」
「・・・へ?」
「いや、三人前は必要というのもあながち間違ってはいないのかもしれん。」
紳士も酔っ払ってしまっているのかもしれない。
シャニーは即そう思った。
何せ大酔いして理性を失いかけているセラに同意しているのだから。
だが、そうではないということをその直後思い知る。
「君はもう叙任を受けた天馬騎士と言ったな?」
「え、うん。」
「と言う事は言い換えれば、君は国を支えるプロフェッショナルと言う事だ。
国から認められたプロが、自分の世話を出来るだけで満足していていいのかね?」
意外な言葉に言葉を失う。
(なんか、皆同じこと言うなぁ。)
だが、彼女はすぐに相手の言葉を理解した。
結局はティトが言っている事と同じことであると感じたからだ。
新人とは言え、他の国から見れば仮にも叙任を受けた国防のエキスパートである。
自分の世話が出来る事は当然の話である。
騎士達の殆どはそれで満足していた。 
満足と言うより戦場に曝す自分の命の世話で精一杯になって、他人に目を向けていられる余裕などないのである。
生きるために戦っていた。
守るべきもののために戦うと言う余裕は、当の騎士達には机上の空論であった。
生きなければ何にもならない。 死んでしまってはどうにもならない。
それは正論である。 疑う余地もない。
しかし、国のために戦う騎士達が、自分の世話で精一杯にならなければならないのでは、本末転倒もいいところである。
「自分の世話をすることが出来るのは、戦場に出るものとして当然だ。
だが、君達はそれではすまないだろう?
一人前ではプロとは呼べない。 一人で三人分はこなせないとな。
なりたての新米さんに酷なことを言うようだが・・・何処の国も同じだ。 国を支えるものならば。」


114: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:25 ID:2U
今までの穏やかそうな口元が、厳しい傭兵の卍へと変わった。
その風貌や振る舞いからして、ただの剣使いではなさそうではない事はうすうす気付いていた。
それが、今の言葉で確信に変わった。
「おじさん、どこかの国に仕えてたの?」
シャニーの質問に、紳士は酒を飲む手を止めた。
「いや、ただの雑学さ。 あちこち放浪していればそのぐらいの情報は吟遊詩人から手に入れることが出来るからね。」
紳士は再びグラスを手に取ると、ソーセージをかじりながら酒を味わう。
シャニーは改めて、姉の言った言葉が間違っていなかった事を確認する。
そして今、自分は一人前から二人前になろうとしているのだろうかと考えてみた。
自分が間違った方向に歩んでいないか。
彼女にとって、それが一番の不安であった。
「おじさん、あたしはもっと強くなりたいんだ。
剣とか槍の腕前だけじゃない、もっと他の部分で。 どうすればいいんだろう。
このままじゃダメなのは分かってる。 おじさんに言われてその気持ちがもっと強くなってきちゃったんだ。
でも、何処から手をつけて良いのか全然分からなくて、今結構悩んでる。」
酔いが少々あったからなのだろうか。
まだあったばかりの見ず知らずの相手に、自分の悩み事を素直にぶつけた。
「あはは、シャニーに悩みなんてあったんだ〜。」
「はいはい、セラ、僕がお酌をしてあげるよ。」
「お、気が利くじゃん。 これだからウッディは好きだよ。 愛してる!」
もはやただの酔っぱらいと化したセラがシャニーを茶化すが、それをウッディがすかさず止めに入る。
ウッディには分かっていたからだ。 シャニーが悩んでいる事を。
前にも一度、二人きりで話したときに似たようなことを言っていた覚えがウッディにはあった。
つい最近までは、剣や槍の扱い方ばかりを口にしていたのが、突然人が変わったかのようであったからその記憶は鮮明だ。
一つのハードルをクリアして、満足するような性格ではない彼女。
今度はもっと高いハードルに躓いて悩んでいるに違いなかった。
紳士はしばらくソーセージをほおばっていた。
ゆっくりかみ締めるようにそれを食い、酒で一気にそれを流し込んだ。
「考える事だ。 何を皆が自分に求めているのかを。
そして聞く事だ。 何を皆が国に求めているのかを。
聞いて、考えて、そうしたら今度は見る事だ。 何が皆の叫びを妨げているのかを。」
シャニーは紳士の言っている事が一本の線で繋がっているように感じて止まなかった。
だが、よくよく考えてみれば言われた事は既に実践していた。
「でも、あたしは考えてるし、聞いてるし・・・。」
「それでも答えが見えてこないのだろう?」
相手は自分の言うことを読んでいるかのようだ。
途中まで言ったところで、今自分が言おうとした言葉が紳士の口から出てきた。
「うん・・・。 色々考えてると頭がこんがらがってきちゃう。」
「君は多くの事を一度にしようとしすぎなようだ。
君も人間なのだから、手に汲める水など高が知れている。
それ以上の事をしようとしても徒労に終るだけだ。 まずは自分の実力を知ることだ。
ここまで言ってしまっては失礼かもしれないが・・・君はまだ一人前にすらなっていないようだ。」
図星と分かっているし、自分でもそういう事はある。
だが、いざ他人に同じ言葉を放たれると心苦しいものである。
流石のシャニーも少しばかり沈黙してしまった。
「シャニーは頑張ってる。 あんたに彼女に何が分かるんだ。」


115: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:26 ID:2U
そのシャニーの横から、早口で飛んできた言葉。
それは先ほどまでセラの相手に手を焼いていたウッディであった。
彼は親友であるシャニーが苦しんでいるところを見てきた。
その彼女の苦労を真っ向から否定する紳士が許せなくなったのだ。
「頑張っている、努力している。 それはどれも主観に過ぎない。
結果を出さなければ評価されない。 世の中そんなものだ。
イリアなら尚更だろう。 名声を高め、イリアの名を世界にとどろかす事。
それができてはじめて国内で評価される。
頑張る事、努力する事は当然の話だ。 要は、いかにその努力を結果に結びつけるかが重要なんだよ。」
ウッディは何とか反論しようと頭を絞る。
だが、自分にも同じことが当てはまって反論することが出来ない。
彼は貴族の援助を元に研究をしているから、何としても結果を出さなければならない立場だった。
だから努力する事は当たり前のことだし、結果を出してはじめて評価されると言う点は同じだ。
―金を貰っている以上は、見習いと言えどもプロとして自覚を持て
シャニーだって毎月最低限の給金は騎士団から支給されている。
彼女はベルン動乱の間、たいちょーから口を酸っぱくして言われた言葉を思い出していた。
そして今は、もはや見習いとしてではなく、一正騎士として給金を貰っている。
今まで以上の努力が必要な事は分かっているし、自分なりに勤めてきたつもりだった。
だが、結果を出すことが出来ていないと言う事が自分でも痛いほど分かっていた。
だから紳士の言葉を否定する事が、彼女には出来なかったのである。
悔しかった。 こんな見ず知らずの紳士に自分をここまで否定されて。
その思いをぐっと腹に押し込めた。
(・・・前にもこんなことがあった・・・。)
同じように自分を否定され、何度姉や師匠に食って掛かっただろう。
だが、そのたびに叱られて、ぷいっとその人たちから顔を背けて・・・。
独りぼっちになってからいつも後悔していた。
心を落ち着けて、言われたことを考えてみると、自分が悪かったといつも思うのだ。
「でも! シャニーだって・・!?」
シャニーは、ようやく反論ネタが見つかったウッディの口を押さえる。
「努力し足りない。 それは分かったよ。
でも、あたしはさっきおじさんが言ってた事はやってるし、考えてもいる。
でも結果がついてこないからあたし自身も悩んでいるところなんだ。 どうしたらいいんだろう・・・。」
紳士はソーセージを食い終わり、酒を飲み干すと
そのグラスをドンと音を立ててカウンターに置いた。
彼は帯刀用のベルトを締めなおすと、シャニーを睨んだ。
そのとき、はじめて彼の眼光を見たシャニーは思わず退いてしまう。
恐ろしいほどに厳しく、威圧感のある眼だった。
「君は手を引いてもらわなければ、天馬にも乗れないのか?」
何を言われたのか、理解できなかった。
今までフレンドリーだった紳士が、いきなりの形相で自分を責めたのだ。
だが、彼女は紳士の瞳を見て感じ取った。
目を見開いて驚いていた彼女だが、紳士の顔をもう一度見つめて笑ってうなずいた。
「まだまだ視野が狭い。 一つの手法では限界もあろう。
もっと色々な視点からものを見るようにするんだ。
その為には、君はもっと多くの事を知る必要がある。
教えてくれるまで待っていてはダメだ。 常に能動的に物事に当るんだ。」


116: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:27 ID:2U
運や機会を待っているだけでは、何も変わりはしない。
受動的であるほうが楽だし、責任もない。
だが、それは逃げているだけだった。
「考える為には知識が必要だし、見たり、聞いたりして出た疑問を解くにも知識が必要だ。
どれか一つを完璧にすればよいという話ではない。
どれもバランスよく備えてはじめて、プロとしてのスタートラインに立てるのだ。 分かるかな?」
頼まれた事を頼まれたとおりにこなすだけでは進歩がない。
いかに運や機会を自ら引き寄せるか、それは自ら働きかけることで初めて為しうる。
常に受身の人間と、積極的に未知と闘う人間では、少しの期間であっという間に差がついてくる。
運とはすなわち見えない努力のたまものである。
機会に対し準備が出来ているからこそ、運がよいと感じるのである。
それに対して何も行動をとっていなければ、せっかくの機会もただの出来事で終ってしまう。
彼女には、まだ新人だからと思う甘えが心のどこかにあったのかもしれない。
「うん・・・。 いろいろ難しそうだけど、あたし頑張るよ。
だってあたしは誓ったんだもん。 イリアをもっと住みよい国に変えるって。
確かにあたしはまだ全然知らないし、考えも足りない。 周りだってそこまで見えてるわけじゃない。
でも、こんなのは嫌だ。 絶対におじさんだってあっと言わせる騎士になってやるもん。」
シャニーは威圧感を跳ね除けて紳士に向かって宣言した。
紳士は帽子を深く被りなおし、口元だけで笑って見せる。
「ふ、悔しかったか?」
「うん!」
「ははは、実に素直だ。 私は君みたいな性格が好きだ。」
紳士は笑いながら財布から札を取り出す。
その札は居酒屋で使うにはどうも似つかわしくない、エミリーヌの画が入ったものだ。
店主もそれを焦る。 釣りが足りるか急いで金庫を確認しに行く。
「旦那、釣りはいらねぇよ。 少しばかり手荒な事もしてしまったし、その3人の勘定も合わせてそれで勘弁してくれ。」
金庫に手のかかりかけていた店主は、紳士の予想外の言葉に一度目を見開いた、
だが、すぐにいつもはしないような商売スマイルを見せてその場を取り繕う。
やりなれていないのがまるわかりのその笑顔から視線を出入り口へ向ける紳士。
シャニーは思わず立ち上がって、紳士の視線の前に立ちはだかった。
「あの!」
「うん?」
「色々ありがとうございました。 すっごく為になりました。」
軽く頭を下げるシャニーだが、紳士はそれを止めさせた。
その代わり顔を上げさせて、軽くウインクしてみせる。
「なぁに、誰だって最初はそんなもんさ。
むしろ新人のうちから立派だと思うよ。 最後に一つだけ、先輩としてアドバイスをあげよう。」
紳士は懐から葉巻を取り出す。
マッチを壁にこすり付け、葉巻からは一筋の至福が立ち上る。
その一服を味わいながら、彼はシャニーへ再び視線を落とした。
彼女も紳士がこちらを向いてくれるまで黙って待っていた。
彼からは、師匠とは違うけれども、何か似たものを感じ取っていた


117: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:28 ID:2U
「どの国も今は戦争が終って激動期にある。
無論それはイリアでも同じだし、君達もそれを感じ取っているだろうとは思う。
特にイリアは国としての機能が他国に比べて整備されていない分、よっぽど努力をしなければならないはずだろう。」
何故ここまでイリアに詳しいのか疑問であった。
どう見てもイリア人の特徴は持っていない。
どちらかと言うと、ベルンとか大陸南方の顔立ちだ。
しかし、そんなことはどうでもいいことである。 雑念を振り払い、彼女は紳士の話を熱心に聞きとろうと神経を集中させる。
「しかし、焦ってはいけない。 焦りは視界を狭めるだけだ。
君達はまだ入団して日の浅い新人なのだから、焦る必要はまったくない。
焦らず、確実に、一個ずつ吸収して行けばいい。
決してゆっくりと言う意味ではないよ。 もしかしたら、とんでもない闇が身近にいて世界を狙っているかもしれないんだから。
急ぐが、焦らず、確実に。 この心構えは傭兵としても基本となることだがね。」
どうして、こんなに相手の話をじっと聞き入れることが出来るのだろう。
話を聞くのに夢中で、相槌を打つことすら忘れてしまっている。
ウッディも、酔いつぶれたセラのお守りをしながら紳士の話しに耳を傾ける。
彼にとってはあまり好く事の出来ない人物であった。
だがそれでも、彼の話には自然と反応してしまう。
「頑張っても結果が出なかったり、認められなかったらどうすればいいのですか?」
「頑張れば結果が出ると言うのは、間違ってはいない。
だが、認められるために努力すると言うのは、少し間違っているかもしれないな。
要は、何が認められるかといえば結果を見てと言う話だからだ。」
ウッディは、毎日毎日、来る日も来る日も。
朝から晩まで研究に打ち込んでは、イリアの医学を世界の医学へと発展させようと地道に努力していた。
それは、認められたいという気持ちがあったし、なにより幼馴染に負けていられないと言う強い思いがあったからだ。
だが研究職は、騎士以上に厳しいものもある。
本当に、結果が全てだからだ。
評価されるのは結果だけであり、それまでにある膨大なプロセスと言うものは
ただの思い出話にしかならないのである。
だから、シャニーはともかく、セラが実戦に参戦するようになって
ある程度の活躍をするようになってきたこの頃では、彼はどうしても自分の中で焦りを抑えきれなくなるときがあったのだ。
結果を出せば認められる。
それは紳士に今更に言われなくても分かっている話である。
だが逆に、やはりそれしか道はないのかと自分を落ち着かせることが出来た。
人に求められると言う事は、想像以上に難しいことである。
焦りと不安でいっぱいなのは、若い彼らなら誰でも同じであった。
むしろ若くして自信たっぷりなほうが、逆に周りからすれば違和感があるという。
それはアルマが証明していた。
新人なのに、どうしてあそこまでの振る舞いが出来るのか。 ウッディにはそれが全く分からなかった。
自信と野心に溢れ、それに違わぬ仕事をやってのけている。
よい噂を聞かない彼女だが、正直、羨ましかった。


118: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:29 ID:2U
「君は結構しっかり者の様だから、あえて厳しいことを言おう。
頑張る事は、仕事を持っている者なら当然のことだ。 
言っている事が分かるかな? そう、頑張っているのは、何も君だけではないのだよ。」
何を当たり前の事を。 ウッディはそう思った。
だが、良く考えてみれば、自分は当然の事をさも特別かのように話していたことに気づく。
彼は赤面した。 なんて視野の狭いことを言っていたのだろうか。
皆多かれ少なかれ努力している。
その中でも、特に努力したものが認められ、名声を得て行く。
騎士団なんかは特にその傾向が強いだろう。 努力しなければ、本当に自分の首が飛ぶのだから。
紳士はウッディの顔を見て、それ以上は言わなかった。
彼は背中を3人に向ける。 その後ろからの視線で、シャニーを見た。
「自分だけが頑張っているわけではない。
称号を持っている人間は、その何十、何百倍の努力と苦労をしていると思え。
私が今君にアドバイスできる事は、それだけだ。」
彼はそういうと革靴で床を叩き、いい音を出しながら酒場を出て行った。
先ほど彼にボコボコにされた荒くれが、彼が出て行ったことを確認して出口の方に骨を投げつける。
「ふぅ、なんかすごい威圧感のある人だったなぁ。」
ウッディが水で渇ききった喉を潤す。
シャニーはまだ出口の方を見ていた。
まさかこんなところで、勉強が出来るとは思ってもいなかった。
―視野が狭い。 視野を広めるための努力をせよ。
シャニーは努力していた。 だが、それは限られた一視点からの努力であると言うと言う事を思い知らされたのだ。
(全然努力が足りないんだ。 確かに、お姉ちゃんに比べればあたしなんてずっと楽してる。)
彼女は、熟睡してしまったセラを放っておき、ウッディと自分達が何をすればいいのか整理をしていた。
努力すると言っても、一体何をどのようにすればいいのか。
目の前に広がった大海原には、道どころか地図もない。
海図を完成させる為には、色々やることがありそうだ。
海を眺めているだけではおおよそ為しえることが出来ないように。


119: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:31 ID:2U
一方紳士は酒場を出た後、まっすぐ郊外の方へ歩いていく。
自宅か雇われ先が町外れにあるのかもしれない。
しかし、どうやらそういうわけでもない。
紳士はまた新しい葉巻を取り出して、口にくわえた。
間髪いれずに着く炎。 紳士は自らの背後を睨んだ。
「本当にお前は、私を驚かすことが好きなようだな。」
「マスター、随分お楽しみのようでしたね。 私もご一緒差し上げられなくて残念です。」
「ふっ、そちらはついでのことだ。 たまには人間の若者達と話をするのも悪くない。
彼らからはいい情報を得ることが出来た。 やはり、あいつは騎士団に与している。」
「ええ、具体的な所属部隊まで聞くことが出来るとは思いませんでしたが。
しかも身内からとはなんと皮肉が効いて。 面白くなってきそうです。 クックック・・・。」
紳士の前に、その影の中から現われたのは、彼の忠実な部下、ウェスカーであった。
彼もずっと彼の影に隠れて一緒にいたのである。
いや、正確には途中から酒場に入ってきて影に紛れてしまったのだ。
「今日の3人は変わった連中だった。 話していて楽しかったよ。」
「ふふふ・・・私も聞いておりました。 今のイリアには珍しい連中でしたね。」
ウェスカーがいつもどおりの愛想のよい笑顔で3人を褒める。
紳士もそれを否定はしなかった。 前の戦争は、今もなお確実に各国へ変化をもたらしている。
彼はそう感じずにはおれなかった。 世界は変わりつつある。 
自分達はその「後始末」を急がねばならない立場であったが、
蚊帳の外から変化を眺めているのも一興である。 二人の笑みはそれを表しているのだろうか。
「マスターはあの蒼髪とかなり話し込んでおられましたね、お気に入られたのですか?」
「少し気になるところがあったからな。 エーギルの波動がどうも気になった。」
「なんと。 あいつももしや。」
「いや、エーギルその者はどこにでもいる普通の人間だ。 だがその波動がな。
あいつの目のつける人間だ。 これは将来が楽しみだ。」
紳士の言葉を聞き、ウェスカーは肩を小さく揺らして笑った。
紳士は人の成長を見ることが好きだが、ウェスカーはそうではない。
むしろ逆であった。 彼の目には、3人は紳士と同じようには映っていない。
「あの蒼髪、シャニーと呼ばれていましたね。 ククク・・・これは面白い。」
「どうした? またショーでも興すつもりか?」
紳士の予感は的中していた。
ウェスカーは魔道書を取り出すと、それを開いて眺めている。 実に嬉しそうだ。
「マスターもご存知でしょう。 シャニーと言えば、ベルン動乱でロイと最後まで戦った八英雄の一人。
そのぐらいの腕を持った者が相手でないと、灰にする楽しみが半減してしまうと言うものです。」
彼にとって、破壊と殺戮こそが最高の悦楽であった。
彼らは要人の暗殺を主な仕事としている。
それでさえも彼にとっては仕事などではなく、ショーであった。
だから暗殺にもかかわらず、たいてい人の目のあるところでそのショーを披露するのである。
「未来へ希望を持った人間ほど、灰にし甲斐があります。 クックック。
その希望が絶望に変わったときの、彼女の顔を想像すると・・・これはヨダレが垂れそうです。」
「止めはしない。 以前我らの作戦を妨害したのもあいつであろう。
アルマが夜に自らの背を見せることが出来る相手など限られている。 だが、油断するなよ。
あの剣の状態からするに、腕が立つ事はどうやら本当のようだ。」
「ふふふ・・・ご安心ください。 決して明るい未来などへ行かせはしませんよ。
人は絶望に向き合うことで輝く。 私はその輝きを見たいだけですから。 すっかり燃え尽きて灰に成り果てるまで、ね。」


120: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:32 ID:2U
どうしてそこまで楽しそうに振舞えるのだろう。
紳士は部下の狂気に満ちた笑みを、ただ見ていた。
彼をもってしても、ウェスカーの心の内はどうしても分からない。
彼は殺人を好きでやっているのだ。 紳士もそこだけはいつも忠告しているのだが、彼の心にそれは届いたことはない。
「ウェスカー。 シャニーはともかく、他の二人は我々と何の関りもない。
無意味な殺生は許さんぞ? 接触はできる限り最小限にせよとのお達しを忘れたか。
同じ欲を満たすなら、我らに敵意を持つ者で満たせ。 そのほうがよっぽど有意義だ。 たとえばあの魔物のようにな。」
ウェスカーは酷く残念そうに紳士を見つめた。
しかし、すぐに彼は元に笑顔に戻った。
「マスター。 強い相手でなければ楽しめないのです。
“あいつ”のほうも私自らが出向いて相手をしてやりたいぐらいなのですよ。」
「だがな・・・・。」
「強いエーギルを眩く輝かせて灰にすることこそ意味があると言うものです。
そしてそのためには無くてはならないモノがあります。
それは、言うまでもなく着火剤ですよ。 
精神的に追い詰める為には、周りの枯れ木共も一緒に燃やしてやる必要があるのですよ。
クックック・・・。 決して無意味などではありません。 どうせゴミになるなら有意義に使わなければ。 そうは思いませんか?」
紳士は呆れ顔でウェスカーを見上げた。
当の本人は、紳士に自分の気持ちが伝わった事が嬉しいようである。
いつもどおりの微笑で困惑する紳士に一礼した。
「まったく、お前と言うヤツは。
まぁいい、好きにしろ。 ただし、顔は見られるなよ。 我々の計画は全て秘密裏なのだ、
我々がこの計画に関与している事も我が国の宰相しか知らないはずだ、
全ては闇のうちで済ませなければならない。 ・・・それだけは忘れなるなよ。」
紳士は舌なめずりをするウェスカーにきつく忠告をする。
国の事を知られず、かつ邪魔者を始末するには、闇に紛れた隠密行動のみしか選択肢はなかったのである。
これはどの国でも多かれ少なかれ行われている事だ。
だが、紳士の慎重振りからするに、何が何でも葬り去りたい事実があるようである。
もちろん、それを知るのは紳士とウェスカー、そしてその依頼主だけであるが。
「しかし皮肉なものですね。 闇を葬るのに闇のうちに行動するというのも。」
ウェスカーは承知したと言わんばかりに、闇夜に溶け込んで見えなくなってしまった。
紳士はウェスカーの気配が消えた事を悟ると、再び葉巻を吹かしだす。
しばらくその場に立ち止まり、下を向いて何かを考え込む。
葉巻が灰になり、足元にそれが落ちかけたその時、彼は顔をあげた。
「・・・お前では、あいつは倒せん。
お前の闇で覆いつくすには過ぎた光だ。 しかしなんだ、あれはただの人間にしては・・・。
まぁ・・・もし潰すとすれば今のうちに潰しておくと言うのも懸命な判断、か。」
彼は再び歩みだした。 何処へ向かっているのかは誰にも分からない。
そして、エデッサの郊外、人里から離れた白銀の荒野まで辿り着いた時
彼もまた、闇夜を吹きぬける風の如く忽然と姿を消してしまった。
「だが・・・“あいつ”を潰すには利用できるかもしれん。
ふ、成長を見守ってやろうではないか。 焦らず、確実に仕留めればよいのだ。 ははは・・・。」


121: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:33 ID:2U
冬も間近なイリアの夜は、「寒い」の一言では言い表せないほどに冷える。
暖かな酒場を後にした二人は、吹きすさぶ極寒の槍の前に体を縮こませていた。
「うー、寒い寒い寒いぃ!」
「シャニー、叫ぶなよ。」
「だって、寒いものは寒いもん!」
シャニーは外套を体にギュッと撒きつけながら足をジタバタさせた。
じっとしていたらそのまま氷のオブジェにでもなってしまいそうである。
幼い頃から慣れ親しんだ寒さではあるが、だからと言って寒さに慣れるなんて事はない。
寒いものは寒い。 確かにその通りであった。
「ぐおー。」
一人はあんな性格だし、酔いつぶれて自分の背中でぐっすり寝込むヤツもいる。
ウッディはため息をつきながら嘆いた。
「・・・あぁ、僕の幼馴染には、どうしてお淑やかなヤツがいないんだろうか。」
「なによ、十分淑やかじゃない。」
ウッディはシャニーに返事もせず、とぼとぼと帰宅の路を歩む。
シャニーは何とかウッディに自分ことを淑やかだと言わせたいようだ。
色々話しかけて誘導するものの、彼には通用しない。
「お前が淑やかなら、世界中の女性が皆淑やかってことじゃないか。」
終いにはキツイ一撃をお見舞いされてしまった。
当然シャニーも顔を膨らせてぶーぶー文句を言う。
「どういう意味よ!? ごあいさつね!」
「怒鳴るなよ。 お前さ、顔は可愛いいんだから、もっと女の子らしくしてればモテるのに。」
シャニーは思わずドキッとした。
幼馴染とは言え、異性に可愛いと言われたのは初めてだったからだ。
それもウッディのような真面目な人に言われたのだから尚更である。
普段なら決して口には出ない言葉。
だが、今は飲酒の後と言うことも手伝ってぽろっと本音(思ってもいない冗談かもしれない)が出てしまった。
酒と言うのはいやはや、実に恐ろしい力を持っているものである。
月明かりに照らされながら、良い気分で帰り道を歩く。
「ホントだよ。 別にイヤミで言った訳じゃないよ。」
「ふーんだ。 そんなありきたりの言葉で取り繕おうと思ってもダメだもんね。あー、あたし傷付いた!」
わざと駄々をこねてウッディを困らせる。
ウッディも分かっているので、いつも軽くあしらってやる。
「お前は一日寝れば直るから大丈夫だよ。」
「ちぇ、つまんないヤツ。」
その時だった。 彼女は何か気配を感じた。
殺気に満ちた何かがこちらをじっと見ている。
焦って周りを見渡すも、周りには誰もいない。
「どうしたんだ?」
「しっ」
この感じは間違いない。 
前アルマを狙った夜賊と同じ、殺意に満ちた視線。
しかも今回は前回とは比べ物にならないほど鋭い。
今にも串刺しにされてしまいそうなほどだ。 シャニーは思わず手が腰の剣にかかる。
そのとき彼女は、剣を置いてこなくて良かったと思った。
セラを急いでたたき起こすも、彼女は丸腰。 守れるのは自分しかいなかった。
「!!」
シャニーはとっさに、千鳥足でふらふらするセラを体当たりで吹き飛ばした。
不意打ちを食らって地面に叩きつけられるセラ。
おかげで彼女も目が覚めたようである。
だが、彼女の目が覚めた最も大きな理由は、地面に叩きつけられたことではなかった。
彼女には見えたのだ。


122: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:34 ID:2U
今さっきまで自分がふらふらしていた場所を、無数のナイフが通過していくのを。
もしあのまま酔いに任せてふらついていたら、今頃蜂の巣になっていただろう。
シャニーのほうにも追撃のスローイングナイフが飛んでいくのが見える。
軽快な足取りでナイフを避け、避けられない分は剣で弾く。
セラはシャニーが実戦で戦うところを見たことがなかった。
それを今初めて目の当たりにして、目の前にいるのは本当に親友かと目を疑った。
実戦に実戦を重ねた修行をしたその実力は、自分とは比べ物にならないと彼女は思った。
しかし、仲間だけを危険に遭わすわけには行かない。
自分も応戦しようと腰に手を伸ばす・・・だが、遊び出るために着替えた普段着に、帯剣用のベルトはあるはずもない。
しかたなく飛んできたナイフを拾い集めて装備する。
最も狼狽したのは、言うまでもなく非戦闘員であるウッディであった。
何が起こったのか理解できず、その場であたふたしてしまう。
「バカ! そんなところでふらふらしてたら死ぬわよ!」
シャニーとセラが二人がかりで、パニックに陥ったウッディを後ろの方へつまみ出す。
しばらく目に見えない敵からの一方的な攻撃をかわし続けた。
やっとのことでスローイングナイフの雨がやむ。
どうやらタマ切れのようだ。 一体何なのか。
夜賊にしては、少しばかり技術が高い気がする。
シャニーとセラは互いに背中を任せて相手の出方をうかがう。
だが、その二人を弄ぶかのように現れる人。
今まで何もなかった空間に、水が湧くかのように突然現れたのである。
強国の王や、古代竜を相手にしてきたシャニーも、これには慌てた。
全く気配も感じさせずに、こんな至近距離まで近づいてきたのである。
(・・・こいつ、賊じゃない。)
直感が彼女に危険をひっきりなしに伝えてきた。
あらためて相手を見てみる。 やはり賊と言うような体格ではない。
スラッとして背も高い。 まるでどこかの貴族かと思わせるような整った服装。
そして顔は・・・鋼鉄のペルソナ。
ペルソナに開く二つの穴からは、自分達を貫かんとするほどに鋭い殺意。
(理由は分からないけど、どうやらとんでもない相手を敵に回してしまったみたい・・・。)
シャニーもセラも、持つ武器を握りなおした。
そんな二人を嘲り笑うように、彼は明朗な口調で一礼した。
「夜分遅くに失礼します。 あなたが、かの有名な八英雄の一人ですね? お名前は?」
「え、シャニーってそんなに有名だったっけ?」
「・・・別に。  それより、人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るのが筋ってもんじゃないの?」
とてつもなく危険なにおいがする。
危険なにおい、そう相手からは血のにおいがぷんぷんする。
まるで体から血が滴り落ちているかのように。
彼は再び頭を下げた。 だが、その肩は明らかに笑いに揺れている。
「これは失礼しました。 歴戦の勇者様を相手にとんだ失礼を。
ですが、私は名乗る名前をあいにく持ち合わせておりません。 実に残念です。
あなたがシャニー様。 いや、是非お会いしたいと切に願っていたのですよ。」
「あたしはあんたなんか知らないよ。 
何が目的なの? あの歓迎の仕方だし、会いたい理由は分かりきってるけど。」


123: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:34 ID:2U
シャニーは強気の姿勢を崩さなかった。
こういうヤツは危険だというのは、今までの経験で分かっていた。
少しでも相手に余裕を与えない為に、こちらが気を弱くしてはいけない。
だが、それさえも相手にとっては想定の範囲内のことであった。
彼には、シャニーが焦っていることが手に取るように分かっていた。
何故焦っているのかすらも。 逆にシャニーも気付いていた。
相手に、自分の内心が読まれている事が。 余裕が相手の振る舞いに現れていた。
「貴女は以前、夜賊から赤髪の親友を助けましたね?」
「! そうか。 アルマを襲ったのはお前だったのか!」
仮面の男は両手をシャニーの前に出して否定した。
「勘違いしないでください。 私は彼女に何も危害を加えていませんよ。 指示はしましたがね。
貴女は親友のために実に良い行いをした。 そう思っているだけです。
・・・そうですか、やはりあの赤髪はアルマなのですね。 これだけでもあなたにお会いできた甲斐がありました。」
シャニーは細心の注意を払いながら、相手ににじり寄った。
相手がどんな話術を使おうと、敵であることに間違いはない。
「何が目的?」
「ん?」
「私達を襲った目的は何? アルマを襲った理由は何?」
いつでも斬りかかれる距離まで間合いを詰めた。
セラもいつでもナイフを投げられるように、両手にナイフを構える。
男は後ろで組んでいた手を解くと、また手を体の前に突き出した。
「アルマはですね、熱狂的なファンがいるんですよ。 
その人が過激に出てしまった、というところでしょうか。
いえ、私は別にいいんですけどね。 たかが子供一人に何が出来るというわけでもないですから。」
十中八九、嘘だと三人は思った。
その嘘の中にも、一つだけ真実はあった。
アルマは確実に、周りに敵を作っているということだ、
哀れに思いつつも、納得してしまうのは何故だろうか。 
彼女は別に、間違ったことをしているわけでも、悪事を働いているわけでもないのに。
「じゃあ、私達は? 私達は恨まれる様な事何もしてないよ?!」
突然振って湧いた災難に、セラはやや興奮気味に話す。
無理も無い。 面識なんて(と、言うものの顔は見えないが)ないし
自分達のような入ったばかりのいわゆる“ぺーぺー”が人に恨みを買うようなことを出来るはずもない。
彼は敵を前にしているとは到底思えないような気取ったポーズをとり、軽い口調で答えた。
「別に、何も。」
「?!」
思いもよらない理由を聞かされ絶句する三人。
だが、その三人の様子を楽しむかのように、男は続ける。
「まぁ、それでは納得しないでしょう。 じゃあ理由を作りましょうか。
そうですね・・・よし、名案ですよこれは。 くくく・・・ではこうしましょうか。」
真っ直ぐに腕を伸ばし、指先で一点を指す。
その彼の指先にいるのは、シャニーであった。
次の瞬間、灼熱の閃光が彼女へ一直線に襲い掛かった。
いきなりの攻撃に、体勢を崩しつつも何とか避ける。


124: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:35 ID:2U
髪の毛の焼ける臭いがシャニーの鼻を刺した。
後ろを見れば、今の一撃で針葉樹に穴が開いている。
穴の開いた場所は真っ赤になって向こうを覗く窓となっていた。
そしてその奥では、木が音を立てて倒れているではないか。
燃える前に、一瞬にして直撃部分が灰になってしまったのである。
「へぇ、今のを避けるなんてすごいですね。」
体勢を取り戻し、男のほうを睨む。
相手は自分に拍手をしていた。
油断があった。 大量のナイフの雨に意識され、相手は盗賊かアサシンかと思っていた。
だが、実際は強力な魔力を匂わせる炎使いのようだ。
彼は手先で炎を操り、こちらを悦の表情で眺める。
「あなたは私の作戦を邪魔した。 だから攻撃されて仕方ないのです。 
そういうことにしておきましょう。
大丈夫、私はあなたに邪魔されたことなど、全く根に持っていませんから。 安心してください。」
相手の真意を読めないまま、脅威と向き合うこととなってしまった。
だが、逃げる事も出来ないし、仮に逃げられたとしてもまた騎士団へ襲ってくるだろう。
自分のした事で騎士団―ティトに迷惑をかけるわけにはいかない。
彼女は戦うことから逃げなかった。
彼の両手から繰り出される焔が、あたり一面を白銀から真っ白の空間にする。
輝きのある白は、それを失った万物の成れの果てへと変わってしまった。
ファイアーと言えば、通常深紅の業火をイメージするだろう。
だが、彼の火炎魔法はそうではない。
蒼白い不気味な焔が、螺旋を描いて凄まじいスピードを放っていくのだ。
それが通った下の地は、全てが灰となり、塵と化す。
あんなものが当ったらひとたまりも無い。
かつてディークから対魔法用の防御技を教えてもらったが、天馬乗りである自分では使いこなせなかった。
なにしろディークは歩兵。 歩兵だからこその自由性が騎士には無いからだ。
だが、今は天馬はいない。 防御技を使いこなせたらどんなに楽だったろう。
もう少し練習しておくのだったと後悔するが、今更ではどうしようもない。
こんな強力な魔法の前でそんな慣れない技など使い物にならないだろう。
必死に間合いを詰めては連続剣を浴びせようとするが、相手も魔道の使い手。
近づいたかと思えばすぐさま転移の術で逃げてしまう。
「ははは、流石にお強いですね。 でも、一太刀も当りませんよ?」
「うるさい! そっちだって空振りばかりで魔力を消耗しすぎなんじゃないの?」
しばらく同じ状態が続く。 戦っている側はともかく、見ていることしか出来ないウッディにとっては
いつまでもこう着状態が続いても不安が募るだけであった。
(助けを呼んでこよう。 このままじゃ二人が危ない。)
ウッディは二人が激闘を見せる隙を見て、騎士団に事を知らせようと走った。
だが、一流のアサシンがそれを見逃すわけは無い。
とっさに向きを変え、彼の背面に灼熱を浴びせる。
「これで終わりです!」
「ウッディ!」
セラの悲鳴が聞こえる。
ウッディも背中から殺意が近づいてくるのが分かったが、どうすることも出来ない。
自分は剣術も何も知らないのだ。 この時、彼は自分に武の才が無い事を恨んだ。


125: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:37 ID:2U
人に直撃する焔の塊。 あっという間に包み、それを灰と化す。
だが、仮面の男は次の瞬間、笑顔を一瞬曇らせた。
「っつ・・・。 ちょっと、ウッディ大丈夫?」
ウッディは間一髪のところでシャニーに助けられていた。
「た、助かった・・・。」
「何が助かったよ、このドアホ! 死んじゃったらどうするのよ。 一体何考えてるのさ!」
ウッディは謝って頭を下げた。 そして再び頭を上げてみて驚いた。
幼馴染が泣いている所を初めて見たからだ。
「ご、ごめん。 皆に知らせてこようと思ったんだ。 ごめん、泣くなよ。」
先のベルン動乱で、自分の知り合いが倒れていく姿を嫌と言うほど見てきた。
そして、祖国で自分を大切にしてくれた人達すら倒れたとき、何かが彼女の中で変わっていた。
―もう、戦で大切な人を失いたくない。
その想いは彼女にとって、他の天馬騎士よりも人一倍強い感情だった。
「・・・無理しないでよ。」
「本当にゴメン、お前こそ大丈夫なのか?」
彼は鞄から手製の傷薬を取り出すと彼女に手渡した。
手製とは言え、市販の傷薬よりはるかに効くと評判の一品だった。
シャニーのウッディに言われてから、再度頭の激痛に気付く。
額のあたりを触ってみると、手が真っ赤に染まった。
どうやら先ほどウッディを庇った際に出来た怪我のようだ。 白い髪留めも真っ赤に染まって痛々しい。
自分のせいで仲間に怪我を負わせてしまった後悔の念を押しつぶし、彼は一路カルラエ城へ走った。
「へぇ、破魔護聖陣ですか。 いやはや、良い技をお知りのようで。
もっとも、貴女の技量では私の火炎魔法を封じきれないようですがね。 おやおや、お美しい顔が血で台無しだ。」
シャニーは傷に薬を塗りこみながら彼の注意をひきつける。
(・・・それにしても、運がよかった。)
教えてもらったといっても、やっているところを見ていただけ。
見よう見まねの生半可な護陣では、あれが精一杯であった。
だが、直撃を免れただけでも十分挑んだ価値があった。
たまたま成功したからこれで済んだ。
もし、失敗していればウッディのみならず自分もやられていたかもしれない。
結果論として成功した事は、状況を有利にした。
だが反面、姉に口を酸っぱくして言われている事が未だに治せない自分が情けなかった。
―後先考えずに、そのときの感情で動く事は止めなさいと何度いたら分かるの!
頭の中で、姉のことがよみがえる。
だが、そんな事を考えている余裕はない。
目の前の敵は、いまだ余裕綽々でこちらを眺めているのである。
「何でウッディまで攻撃するの?!
貴女の狙いは作戦を妨害したあたしのはず。 他の人には手を出さないでよ。 卑怯だよ!」
月が山に隠れて見えなくなってきた。
シャニーはウッディの姿が見えなくなったことを確認する。
ここからなら、走ればカルラエ城まで10分もかからない。
一人では抑えるのが精一杯でも、応援があれば容易く撃破できるだろう。
「卑怯って何ですか? 私の辞書にはそんな言葉が見当たらないですねぇ。
作戦を妨害されたことなどどうでもいいんです。 他を考えれば済む事ですから。
別にそんなのは口実。 私は単純に、強い相手と戦いたいだけ。 
貴女の殺意を目覚めさせるには、仲間を攻撃するのが一番ですから。 ふふふ・・・。」


126: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:38 ID:2U
背筋の凍るような台詞だった。
自分の欲望の為なら、手段を問わない。 他人など何でもない。
多かれ少なかれ、人にはそういった心があるだろうが、ここまで顕著であることも珍しい。
ウッディが帰ってくるまでは、持ちこたえなければならない。
しかし、彼女もまた少し荷が下りた気がした。
一般人のウッディを逃がすことが出来た事は、自分の使命の一つを果たしたということでもある。
正直、自分のみを守るだけ、生き残ることで精一杯だった。
その状態にもかかわらず、任務の一つを全うしたのだ、
騎士としての務めを果たした。 この安堵感が、シャニーの心を少しだけ楽にする。
危険の中でも、彼女はイリア騎士としての心を忘れてはいなかった。
自分のためではなく、民の為に戦わなければならないことを。
そうでもなければ、今頃とっくに逃げ出していた。 
だが、それでは根本的な解決にならない。 逃げては何も変わらない。
「よーし、セラ。 援軍が来るまでにケリをつけちゃおう!」
「あいよ!」
彼女は大切な人達の為に、親友と共に狂気へと向かっていった。
相変わらず、火炎魔法の威力は低下を見せない。
もはや周りには、灰になるものがなかった。
森の真っ只中であったのに、いつの間にか平原かと思うように、傾きかけた月の明かりが降り注いでいる。
若い騎士達が、生き延びようと必死に喰らいついてくる。
「ふふ、良いエーギルですね。 これは予想以上だ。
もうそろそろ、灰にするのも悪くない。 では、本気を出させてもらいますよ!」

体を斬るような寒さの中を、ウッディは必死で走った。
騎士として体を鍛えているシャニーたちと違い、彼は完全な非戦闘員。
毎日研究室か事務室での仕事をしているため体力はそこまで無い。
すぐに息が切れ、脈が上がってくる。 苦しくて死にそうである。
遂には足元がもたつき、木の根に躓いて酷く転んでしまう。
足に鋭痛が走るが、彼はすぐに立ち上がった。
「くそっ。 でも、あいつに僕以上の苦しい思いをさせてしまっているんだ。
僕が少しでも早く援軍を呼べれば、一刻でもあいつを早く苦痛から解放できる。
立てなくなってもいい! どうかもっと早く走れ!」
彼は自分の足に鞭を打って、ひたすらに走る。
ようやく見えてくる見慣れた城。 安堵感を押しつぶしてそのまま走る。
慣れないことをしているためか、頭がボーっとしてくる。
だが、時計を見れば昼勤の騎士達が登城する時刻までもう少しだ。
彼は熱でもうろうとする頭を何とか抑えながら、カルラエ城の外城門を突破する。
庭に見える人影がある。
彼はすがりつく思いでその人の元へ走る。
「・・・なんだい、シャニーの幼馴染じゃないか。 こんな時間にジョギングかい?」
その声を聞き、彼は救われたような気持ちになった。
彼女はダガーをくるくる回転させながら、ウッディの背中をさすってやる。
声を出す事も出来ないほどに、彼は息が切れていたのだ。


127: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:38 ID:2U
なんとか彼女にすがり付いて気づかせたが、やり方がやり方だっただけに首にダガーを突きつけられてしまっていた。
それが更に息を詰まらせ、とうとうへばりこんでしまった。
しばらくさすってもらい、ようやく口が聞けるようになった彼は、今まで喉に詰まっていた声を一気に開放して見せた。
「レイサさん!!」
「んな大声出さなくても聞こえてるよ。 それに名前言わなくたって周りにだれもいないんだし・・・」
「シャニー達を助けてください!」
ある程度悟っていたが、悪い知らせであることをウッディの慌て方から察知する。
ダガーを鞘にしまい、バンダナをきつく締めなおす。
上層部に確認を取っているような余裕はない。
「ウッディ、団長はまだ登城してないから、夜勤の副団長に事を知らせておいで。」
彼女はウッディから場所を聞くと、颯爽と飛び去っていった。
ウッディにとっては、レイサが頼りだった。
それに、彼はしっかりと見ていた。 彼女の目付きが変わったことを。
いつもの飄々とした目付きではなく、あれは仕事をするときの厳しい眼光だった。
彼はレイサに親友達を託し、城へ走りこむ。
明かりのついている部屋を探し、中に飛び込む。
中にいたほうは突然の音に心を潰す思いだった。
居眠りしかけていた騎士もびっくりして飛び起きる。
その中でもウッディの目に付いたのは目立つ赤髪―アルマだった。
動じる様子もなく、横目で自分の慌てる様子を嘲笑するしぐさを見せる。
元から彼女は、自分の事をあまり良く思っていないらしくツンとした態度だったから気にはならなかった。
だが、目当ての副団長がいないため、面識のあるアルマにやむを得ず話しかける。 時は一刻を争っているのだ。
「アルマさん、すいません。」
「何の用ですか?」
あからさまな態度に、ウッディは少し腹が立つが、今は感情に身を任せていい時ではない。
彼はぐっと堪え、副団長の行方を尋ねる。
「イドゥヴァ副団長はどちらに?」
「部隊長ならエデッサ城へ向かわれました。 部隊長はお忙しい方ですから。
あなた達のようないくらでも時間のある人達が来てすぐ対応してもらおうなんて難しいと思いますよ。」
どうやら、医者やら研究職といったものを毛嫌いしている様子だ。
それが何故かは分からないし、武人が官吏を嫌うと言う話も良く聞く事だった。
だが、彼の怒りはとうとう爆発してしまった。
「お前・・・。 誰のせいでシャニーたちが危険な目に遭っていると思っているんだ!」
「何ですか? いきなり声を荒げて、落ち着いてくださいよ。」
「黙れ! お前を助けさえしなければ、シャニー達は夜賊に襲われるなんて事もなかった。
それなのにお前は・・・!」
そこまでウッディが怒鳴ったところで、アルマは突然立ち上がった。
そして槍を掴むと、ウッディの顔に顔を押し付けて怒鳴りを止めさせた。
「私が悪かった。 シャニーは何処にいる?」
今まで怒鳴っていたウッディも、何かに威圧されてそれをやめてしまう。
ウッディが押され気味にシャニーの居場所をアルマに伝える。
アルマはウッディの横を風を切る勢いで通過し、いつもの仏頂面を保ったまま、つかつかと早足で廊下の角を曲がっていた。


128: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:40 ID:2U
その場に残されたウッディは、何か悔しかった。
だが、それをぐっと胸に押し込め、周りで様子をうかがっていた騎士達に事を伝えた。
幸い、アルマのような例外を除けば、多くの騎士達はウッディの事を悪くは思っていなかったため、すぐに出撃の準備をしてくれた。
皆が出撃して行った後、がらんとした事務室に一人残ったウッディ。
彼はようやく大きく息を一息吐くと、思い切り拳を壁に叩きつけた。
アルマの態度に腹が立っただけではない。
彼は自分自身に腹が立っていた。 悔しくてたまらない。
祈ることしかできない、己の無力さ。
彼は悔しさを引き摺りながら医務室へ急ぐ。
医療道具を持って急いで親友のところへ戻らなければ。
親友の危機を、これ以上ただ見ているだけでいることなど出来はしなかった。

「・・・ふふふ、さすがですね。 この私をここまで楽しませるとは。 しかし、そろそろ終わりにしたいですね。」
狂気の根源の方は相変わらずであった。
互いに致命傷を与えられないまま、時間だけが過ぎていく。
ただ、体力の消耗の激しさは尋常ではない。
一撃でも食らったら終わりと言うプレッシャーと、汗すら凍りつきそうな極寒の風。
気合だけは負けるな。 そう彼女は見習いの頃師匠に教え込まれた。
気合で負けさえしなければどうにだってなる、 実際その通りだった。
彼女は果敢に、鉄の剣一本で身を守り、仲間を助けていた。
相手も余裕を見せてはいるが、先ほどのものとは違うと言う事がその動きから分かる。
何かに焦っているのだろうか。 攻撃にやや精彩を欠き始めていた。
仮面で表情は見えないのだが、シャニーやセラの攻撃を被弾する回数が、最初に比べると明らかに増えていた。
「これでも食らえ!」
使い慣れない短剣で戦うセラが、シャニーへ魔法を放つ男へとっさに短剣を投げる。
それに一瞬対応が遅れた男のわき腹に、投げた短剣が直撃した。
「なっ」
刺さりはしなかったが、短剣の重さがそのまま衝撃となって男を襲う。
その怯みをシャニーは見逃さなかった。
両手を剣にかけ、ジャンプしながら相手にそれを叩きつけた。
電光石火のその攻撃を、男は避けることができなかった。
確かな感触。 これは確実に相手の肩を切裂いた。
「ぐあぁ!?」
シャニーは更に背後へ回り、男の背中へ鋭い円弧を描いた。
まさにあっという間の出来事であった。
今まで猛威を振るっていた男が、今目の前でうずくまって膝をついている。
セラはシャニーへ駆け寄り、シャニーは男に近寄る。
何故アルマを襲ったのか、その理由を聞こうとしたのである。
「どうやらあたし達を見くびりすぎていたようだね。」
彼女は剣についた血を振り払うと、うずくまる男の目の前に立った。
「!!」
彼女が男の目線を合わせようとした、そのときだった。


129: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:41 ID:2U
先に男が目線を合わせてきた。
いや、あわせるというより貫かんとばかりの恐ろしい視線が鋼鉄の仮面を貫いて伝わってきた。
その狂気に取り付かれた視線に気付いたシャニーは、今一度左手に持った剣を力強く握り締めた。
だが、この距離ではどうする事が出来るというのか。
男の放った火炎魔法の爆風に、二人はあっけなく吹き飛ばされた。
「っ!!」
太い幹に叩きつけられたシャニーは、何とか体を起こす。
頭から温かいものが伝ってきているのが分かる。
頭を打ったためか、体を思うように動かせなかった。
「くっ・・・。」
相手が鮮血を腕から垂らしながら、こちらへゆっくり歩んでくる。
何とか剣を突き立てて立ちかけるシャニーだったが、どうがんばってもここまでが精一杯のようだ。
シャニーはセラの姿を目線だけで探す。
姿を確認は出来たが、うつ伏せに倒れていて動かなかった。
先ほど頭から流れてきたものがアゴを伝って雫となり、下腹部をすぐに真っ赤に染めていく。
相手もシャニーから一撃を喰らった場所を中心に真っ赤に染まり、明らかに斬れ込んでいるのが分かる。
互いに相当のダメージを負っているのは間違いない。
(今ここで立ち上がることが出来れば・・・まだ勝負はわからない。)
悲鳴をあげる自分の体に鞭を撃って、シャニーが何とか立ち上がろうとする。
男がある程度シャニーに近づき、ようやくシャニーが膝を突いた時だった。
「・・・っ!?」
シャニーは声にならない声をあげた。
「この私をここまで追い詰めたのは、貴女が初めてです。
でも、不死身の私を倒すなんて、人間の貴女にはできっこない話ですよ。 魂を魔界の霊帝にでも売らない限りね・・・。」
彼は大きく引き裂かれ、今もどくとくと血が流れ出す傷口へ手をかざす。
するとなんということだろう。 見る見るうちに傷が塞がっていくではないか。
シャニーが目を見開いて驚いているほんの間に、自分が与えた傷はすっかりなくなって元通りになってしまったのだ、
「あはは、そんな驚いた顔をしないでください。 でも、いいですね。 驚きの中に焦りと絶望を含んだその顔。」
「う、うるさい。」
半開きしかしない目を何とか必死にこじ開けて、シャニーは反論する。
だが絶望は即、体に影響していた。
何とか突いた膝は力なくへたれこんで、再び座り込んでしまっていた。
焦りや絶望を、シャニーも感じていないわけはない。 何とかしてそれを相手に見せないように努めているつもりだった。
だがその甲斐なく、相手の言動から男にそれが伝わってしまっていると思うと悔しかった。
「ですが・・・惜しい、本当に惜しい。 ホンキで貴女を殺したくなってきましたよ。
大丈夫、今度は痛みも伴わずに、血すら灰にして差し上げますから。 では・・・行きますよ!」
男が血に濡れた右手に炎を宿す。
たちまち血は燃え上がって黒くなり、そして白くなって宙へ散っていった。
(こいつは・・・本当に不死身なのか。 あたしには・・・倒せないのか!?)
揺らめく炎がゆっくり自分のほうへ歩み寄ってくる。
地獄へと誘う鬼火の如く。 今までなかった恐怖を、ここに来てとうとう覚え始めてしまった。
騎士として最も覚えてはいけない感情、それが死への恐怖だった。


130: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:44 ID:2U
頭では分かっている。 だが、もうどうしても抑え切れなかった。
死を前にした絶望を、初めて覚える。
いや、初めても何もこれが最初で最期だろう。
彼女は炎から目を背けて、下を向いてしまった。
下を向いた彼女は、炎に照らされて輝く何かに目を奪われた。
それは自分の首からかかっているペンダントだった。
ベルン動乱の時、ロイと仲の良かった彼女は彼にプレゼントしてもらっていた。

「えー! あたしなんかにそんなことしてくれなくていいよ!
それに、ロイ様から物をもらったなんてディークさんに知られたら、あたしげんこつされちゃうよ!」
「いいって、ディークには僕から伝えておく。
君は僕の部下というだけじゃなくて、大切な同世代の親友なんだから。 このぐらいしかしてあげられないけど、受け取って欲しい。」
そのときは、大切な親友と言われて嬉しくなって言葉に甘えた。
ロイがディークに説明をしても、結局げんこつを貰ったが貰ってよかったと思った。
「中に何を入れるの?」
「うーん、やっぱこれかな。」
そのとき、シャニーから渡された写真を見て、ロイはしばし言葉を失った。
男性と女性の写真。 女性はかなりシャニーと似ている。
「それね、あたしのお父さんとお母さんの写真なんだ。 もう死んじゃったけどね。」
説明を受けなくても、ロイには分かっていた。
「シャニー。」
「うん?」
「死んじゃだめだよ。 死んだら、皆が悲しむ。 もちろん、僕だって。」
突然のことで深く考えずに返事をする。
何故かすごく焦ってしまっていたことを今でも覚えている。
「わ、分かってるよ。 そう簡単に死なないよ。 ロ、ロイ様だって無茶しちゃダメだよ。」

「これで終わりです! お死になさい!」
男が距離を詰めた後に、思い切り振りかぶり、
彼には珍しい怒声と共に火の玉をぐったりとうな垂れるシャニーへと投げつける。
シャニーはふとあのときのやり取りを思い出していた。
ロイとした、死んではいけないと言う約束。
そして、ペンダントの中で笑う在りし日の母親から、常に言い聞かされていた言葉。
“絶対に諦めるな。 死ぬ最期の間際まで、自分の感覚を信じて戦え”
彼女の頭の中で、親と友どちらも掛け替えのない二人の言葉が融合して頭に響き渡った。
―死ぬな! 生きるために、自分の感覚を信じて戦え!
(でも、もうこんな体じゃ・・・)
―諦めるな!! 立ち上がれ! 大切な人達の為に!
渾身の魔力を用いて放たれた炎の塊が、シャニーの打ち付けられた大木もろとも消し炭すら残さず飲み込んだ。
「はぁ・・はぁ・・・ふふふ・・・」
流石の彼も少々息が上がったようだ。
煙が収まり、目の前に荒野が広がるのを見届けると、彼はふっと一息ついた。
「ふふ・・・ははは・・・あはははは!」


131: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:48 ID:2U
破壊と言う最高の悦に浸り、欲望を満たした彼は大声で笑う。
次の瞬間、彼の顔から笑顔は消えた。
とっさに身を翻したが、首筋が再び赤で染め上がった。
「甲高い声で笑うな。 耳障りだ。」
「ぐっ、貴女・・・流石にしぶといですね。」
すぐに止血をした彼は、自分の背後から騎士剣を喉につきつけるシャニーを横目で睨む。
シャニーの見開かれた目を見て、男は喜んだ。
「いやぁ、さすがですね。
あれだけの怪我を負っていてまだこのような行動が取れるなんてね。」
シャニーは首にかけた剣を更に食い込ませる。
彼女の目は見開かれて血走っているが、妙に落ち着いていた。
その頃、セラがようやく意識を取り戻す。
彼女は事態がどうなっているのか確認する為に周りを見渡そうとするが、その必要もなかった。
目の前で親友が敵の背後から剣を突きつけているのだから。
だが、セラはその目を見て息を呑んだ。 自分の親友の姿をした悪魔でもいるのかと思った。
それほどのそのときのシャニーからは殺気が満ちていたのだ。
「これ以上好き勝手はさせない。 ・・・この場で殺す。」
「おぉ・・・これは恐ろしい・・・。」
男はペルソナ越しに笑みを浮かべた。
それを止めさせるかのように、シャニーは歯をむき出しにして首へ斬りこむ
「これは騎士のすることとは思えませんね。
背後から狙うなんて騎士の道から外れてるんじゃないんですか?」
「騎士道? あたしは騎士としての行いは果たしているよ。
だけど安心してよ。 騎士道が通じるのは人間相手だけ・・・。 人間じゃない化け物のあんたなら関係ない話だよね。
・・・殺す!」
セラはその状況を注視できなかった。
自分の知っている親友とは、放っているオーラが全く違う。
もう相手を殺すことしか考えていないかのようである。
「いたたた、何度やっても無駄ですよ。
それにしても、英雄ロイの周りを固めていた部下がこんな殺意に狂った悪魔なんてね。
英雄の方もとんだ殺戮者なのでしょうね。 それに比べれば私なんてかわいいものですよね。 くくく・・・。」
憧れであり、親友であるロイをけなされたシャニーは、開ききった目を限界まで見開いて怒鳴る
もう体全体に返り血を浴び、文字通り血みどろの状態だ。
「うるさい、黙れ! 殺してやる、殺してやるぞ!」
狂ったかのように執拗に相手を背後からメッタ斬りにする。
親友の悪魔のような振る舞いに、セラはその戦慄に身を震わせている。
美しい蒼髪が真っ赤に染まり、明らかに普段と違う眼光は、もはや死神といっても過言でない。
体から血が滴り落ち、血のにおいで染まっていた。
そして更なる一撃を加えようとしたその時だった。
不意に彼女の顔の前に、男の手のひらが向けられ、そして・・。
「!?」
凄まじい鋭音がして剣の刃が弾けとんだ。
それに驚くシャニーを、間髪いれずに豪魔道が襲い掛かる。
こんな近距離では為すすべは何もなく、再び直撃を受けて吹き飛ばされた。


132: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:49 ID:2U
「うがっ」
体を強打し、思うように動けない。
それでも彼女は、闘争本能だけで何とか再起する。
折れた剣を杖代わりに、辛うじて立ち上がり、男を睨みつける。
「ふふふ、イイ目をしてきましたね。
その殺気だった目。 私はそれが大好きなんですよ。 さぁ、もっともっと血を求めてください!」
相手に感化されているとは言え、シャニーの動きは激しく、そして無駄がない。
セラはシャニーの動きに目が付いていかなくなっていた。
だがそれ以上にセラが驚いていたのは、先ほどから変わっていない。
自分の知っているシャニーの何処から、こんな殺意に駆られた顔が想像できただろうか。
もう、自分の知っている親友は何処にもいなかった。
目の前に居るのは、殺戮兵器と化した悪魔の化身だけ。
そして、その悪魔を簡単に捌く仮面の男。 もう何がどうなってこうなってしまったのか、全く分からなくて頭が真っ白だった。
「ぐはっ?!」
もう、あれから木にたたきつけられること早五回目。
とうとうシャニーも起き上がれなくなってしまった。
剣だけはしっかり握っているものの、もうどう頑張っても足が動かなかった。
何度も頭を強打した為、意識が遠い。
「あなたには随分楽しませてもらいました。
流石に英雄と呼ばれるだけはある。 “人間の割には”相当良いエーギルをお持ちのようで。
その輝き、とくと見せてもらいましたよ。 では、そろそろ燃え尽きて灰になっていただきましょうかね。
燃え尽きる瞬間の最後の輝きが、これまた格別に美しいのですよ。 ふふふ・・・あはははははははは!」
返す言葉も口から出てこない。
シャニーは覚悟を決めた。 これは・・・自分の負けだと。
今まで戦闘で傷付く事は数え切れないほど経験したが、ここまで完膚なきまでに打ちのめされたのは初めてであった。
しかし、最も彼女に恐怖の念を押し付けたことはその事ではなかった。
動けなくなるまで戦っても、それでも体が敵を殺そうと立ち上がろうとしていることだった。
頭では負けてしまったと分かっていても、体は負けを認めたくないようである。
男が半開きの目で睨みつけてくるシャニーのほうへゆっくり歩み寄ってくる。
その手には一本のダガーが握られている。
「これで一突きにして、内から燃やし尽くして差し上げましょう。」
その時だった。 男の足が急に止まった。
男も急に動けなくなったので、これには少しばかり驚き後ろを振り向く。
そこに現れたのは、緑髪の女性・・・あれはレイサだ。
「おやおや、援軍がご到着ですか?」
「援軍なんて代物じゃないけどね。 どうだい、本場の影縫いの術は。
敵を背後に回して動けないって言うのもなかなかいい気分だろう?」
レイサは男が身動きの取れないことを確認し、軽く笑みを漏らす。
彼女は目線を移すと、シャニー達を探す。
一人は確認。 セラがうつぶせに倒れている。
だが、即座にまだ息はある事を見抜く。
「大丈夫かい、あんた。」
「私は・・・なんとか大丈夫です。 それよりシャニーを診てあげてください。」


133: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:50 ID:2U
レイサはセラの指差した方向を見る。
そこには血まみれで木にもたれかかっているシャニーがいた。
(ここまでボコボコにするとは、あの仮面男はかなりの腕の持ち主ということか。)
レイサは近寄った時から、不吉なオーラを男から感じていた為そこまで驚きはしない。
それ以上に驚かせたのは、瀕死まで追い込まれているのに剣を離さないシャニーの闘争心だった。
「やれやれ、派手にやられたねぇ、大丈夫かい。
それにしても意外と肝が据わってるね、あんたは。 強すぎると折れたとき大変だから程ほどにしときなよ。 立てるかい?」
レイサの助けを借りて、なんとか立ち上がるシャニー。
レイサは、シャニーの状態をすぐに察知して、彼女の手から剣を離させた。
その途端、彼女はすぐさま声をあげた。
「レイサさん! だめ! あいつは魔道の使い手なの! !!っ」
シャニーが声をあげたときには遅かった。
予想通り、男はこちらに向かって手のひらを広げていた。
レイサがとっさにダガーを男の腕に投げる。
その次の瞬間、ダガーに弾かれ腕の先から、見当違いの方向へ火の玉が放たれた。
「不意打ちとはね。 ま、そんなの当るほど鈍くはないけど。
うちの可愛い下っ端をこんなにしてくれたお礼はたっぷりとさせてもらうよ。」
レイサは新たなダガー対で取り出すと、しっかりと手に装備する。
シャニーにはしっかりと見えた。 レイサの顔がいつもの茫洋としたものではなく、
獲物を目の前にした狼のような、鋭くてどこか冷たいものになっていることを。
「久しぶりだねぇ! 私の得意技を披露できるのはさ。
今の団長になってからは暗殺なんて絶対許してくれなかったもんね。
ふふふ、何処から喰いついてぐちゃぐちゃにしてやろうか。」
その台詞には、明らかに怒りがこもっていた。
鋭い表情の中で、冷たく燃え上がる怒り。
熱く燃え滾らせた怒りより、数倍恐ろしく感じる。
身動きの取れない相手に、容赦のない攻撃を繰り返す。
まるでかまいたちに触れたかのように、男から血しぶきが上がっている。
それは当然レイサが攻撃をしているからなのだが、闇夜に紛れてしまったアサシンを、目で追うことすらただ事ではなかった。
シャニーも何とかレイサの動きを追う。
彼女には見えてしまった。 そのときのレイサの顔が牙をむき出しにしたような恐ろしい形相に変わっていたことが。
そして、それはもちろんセラにも見えていた。
彼女には、もうひとり悪魔が増えたようにしか映らず、どうしてこんな殺意をむき出しに出来るのか怖くて考える事もしたくなかった。
冷たい怒りはそのまま極寒の鍵爪と化して相手を引き裂く。
散々切り刻んだ挙句、彼女はやっと止めを刺すべく、短剣を握りなおす。
「さぁ、一生に一度しか味わえないとびきりの技をご馳走してやるよ!」
シャニーの視界から、レイサが消えた。
男も見失ったアサシンを追って周りを見渡すが時は既に遅かった。
丁度シャニーも男もほぼ同タイミングでレイサを見つけることになった。
それは、男の真上。 どういう跳躍力なのだろう。
跳躍による落下速度を余すことなく使い、相手の急所である脳天から首にかけてえぐるようにして斬り殺す瞬殺の技術。


134: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:51 ID:2U
大分前にやり方だけは教えてもらっていたシャニーだったが、
それを実際にプロが使って見せるところを見て、再び寒気が走った。
(あたしの・・・ディークさんから教えてもらった剣とは全然違う・・・。)
だが、その完璧とも言える技術も、まさか失敗するとは誰が思っただろう。
瞬殺をかけられた仮面の男ですら、被弾を覚悟して弾く準備をしていたのだから。
レイサは瞬殺をかける寸前に、横から飛んできた大きな気配に気付き、空中で何とか体を曲げてそれを避けた。
バランスを崩して、地面に叩きつけられながらも転がって受身を取る。
レイサを狙って飛んできたものが地面に落ちて甲高い音を立てる。
それは何かと確認をしてみれば、なんと手槍だ。
新たな敵かと、その場にいたものは皆暗闇の向こうを覗く。
しばらくの沈黙の後、今度は男に手槍が飛んでいく。
影縫いで身動きを取れないでいる男に、それを避ける術はない。
直撃を受けるものの、仰け反る事もままならない。
直後にかなり遠くの上空から、羽音と共に騎士が現れた。
騎士は男の元まで天馬で素早く寄り付けると、男に刺さった手槍を引き抜き、
更にもう一度渾身の力で槍を男に突き刺す。
シャニーは顔を見なくても、大体誰か想像がついた。
あんなに遠距離から、正確に相手を手槍で捉える技術。
いつもシャニーが一緒に稽古をしている彼女ぐらいしか持ち合わせていない技術だった。
シャニーも手槍の技術だけは、相手に敵わないと的当て稽古の時に地団太を踏んだ覚えがあった。
「アルマ、あんた一体何のつもり?」
レイサが肩を抑えながらアルマに詰め寄る。
二回目以降はともかく、一回目は明らかにレイサを狙ったものだった。
アルマがあんな失投をするとは、シャニーも考えられなかった。
「シャニーが賊に襲われていると聞いて駆けつけてきたのです。
そして、話どおり賊が闇夜に紛れて襲っていると錯覚したんです。 そしたら部隊長だったとは。 申し訳ありません。
決して、貴女のお命を狙ったわけではないです。」
レイサは肩でため息をついて見せた。
(・・・間違えるわけがない。 まったく、避けると分かっていて面白半分に・・・。
当っていたらどうするつもりだったんだか。 いや・・・もしや・・・。)
そこまで考えてレイサはやめた。
いくら野心家の彼女でも、まさかそこまではしないだろうと。
アルマは槍をもう一度引き抜くと、男の前に立ってにらみつけた。
「お前が、シャニーを狙った賊か?」
「襲ったとは人聞きの悪い。 私は単に彼女が有名であったからどの程度の腕を持った方か興味があっただけです。」
男に言い草に、アルマは鼻で笑った。
(有名・・・か。 ふ、英雄ロイに気に入られただけであるのに。)
笑顔の裏にひそかな妬みを隠しつつ、シャニーのほうを見る。
親友は、ぐったりとして木にもたれかかっていた。
一応実力では認めている親友が、あそこまでやられて無様な姿を晒している。
単なる夜賊ではないことぐらい、アルマには分かっていた。
だがまさか自分ではなく親友を狙ったことが腹立たしかった。


135: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:53 ID:2U
「ところで、失礼ですがお名前を頂戴できませんか? 貴女も相当な腕前のようで、惚れてしまいそうです。」
男の質問で、アルマはピンと来た。
親友を狙った理由が、何とかなく分かったからである。
罠に素直に引っかかってしまった自分を、アルマは笑った。
「(やり口としては常套手段か。 しかし、それでもあそこまで酷くやる必要があったかのかは微妙な気もするが・・・。)
私のアルマというシャニーと違って全く無名の田舎騎士です。 それでもよければ名刺でも差し上げましょうか?」
アルマは懐から営業用の名刺を取り出すと、男に手渡してやる。
それを受け取った男は、名前を確認すると、人差し指と中指で名刺をはさむ。
彼はそれを高くかざし、手首を返して裏をアルマに見せる。
まるで手品師がタネなどないと証明するしぐさのようだ。
彼はしっかりとただの紙切れであることを証明すると、
その手をゆっくりとアルマのほうへ伸ばし、顔の前まで名刺を持っていく。
その途端だった。 アルマも一瞬目を疑った。
「あっという間ですね。」
目の前で真っ白なチリとなって風に消えていく名刺。
それがすっかり彼の手からなくなっても、アルマは無言で男を睨みつけていた。
「いつか貴女もこうして差し上げますよ。 私のできる最高のおもてなしでね。」
男は今なお影縫いで拘束されている。
なのに何故ここまで余裕でいられるのか、後ろで見ていたレイサには不思議だった。
だが良く見れば、先ほど与えた傷が殆どなくなっていることに気付き疑問は驚きへ、そして焦りへと変わっていく。
「あんた・・・何処に雇われてる? 今言えば命ぐらいは助けてやるよ。」
レイサが短剣に猛毒を塗りこみながら男に詰め寄る。
自己再生能力を持っていたとしても、内側から来るダメージには対応できないはず。
そう彼女は考えていた。 それは短剣をも腐食させるほどの劇薬だ。
「あいにく命には困っていないんですよ。 押し売りはご遠慮願いたい。」
あまりに余裕ぶるので、レイサは一思いに今手にしている短剣を男の額に押し込んでやろうと、両手に気を集中しながら狙いを定める。
だが、そのレイサの顔の前に、さっと腕が伸びてきた。
横目で視界を遮る腕の根元を見ると、そこにはアルマがいた。
「わざわざ部隊長のお手を煩わせては申し訳ありません。
そいつは、私が殺します。 相手もきっと私を狙っているはず。 親友を傷つけた例はたっぷりとさせてもらいます。」
「・・・へぇ、あんたも少しは人間染みた口を利くじゃないか。」
「騎士として当然のことです。 それに、邪魔者は消せるうちに消しておきたいですからね。 機会は逃せません。」
アルマの妙な笑顔が、レイサの警戒心を刺激する。
レイサはそのまま後ろへ退き、シャニーの手当てにあたる。
役目を負かされたアルマは、男に再度近づき、彼の喉元へ矛先を突きつけた。
その眼光はいつも以上に鋭く、とても15,6の少女の顔つきとは思えない。
怒りよりもっと強い他の感情が、体全体から溢れている。
「・・・死ね!」
一言放たれる殺意。 その威圧感たるや尋常ではない。


136: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:54 ID:2U
「ほぉ・・・これは恐ろしい。」
男もそれを嬉しそうに受け入れる。
ペルソナで素顔を隠していても、余裕の笑みを浮かべていることが顔の筋肉の動きや口調からイヤと言うほど伝わってくる。
だが、その笑顔もほんの一瞬の話であった。
男は笑みを消し、視線を背後に回して空を見上げる。
よく聞けば、天馬の羽ばたく音が曙の陽と共に大きくなってくるではないか。
天馬が朝日に希望を乗せて、今向こうの空からたくさんやってくる。
男は慌てるように、お辞儀をした。
「せっかくメインショーに移れると思ったのに・・・。
非常に残念です。 ですが、楽しみは後にとっておけとも言いますしね。 今回はこれぐらいでショーは終了とします。」
どんなに優秀でも、多勢に無勢では不利に違いはない。
逃げようとする男へ、アルマはありったけの力で槍を振り向ける。
だが、男を貫いた槍に手ごたえはなく、そのまま男の中で空気を裂いていく。
よく見れば、それは男の残影だった。
彼は消え行く闇の中に溶け込み、残像のみを残して消え去ってしまったのだ。
「随分楽しませてもらいましたよ。 私は朝に弱いので失礼します。
アルマ様、またお会いできる日を楽しみにしております。
シャニーさん。 貴女も色々仰っておられましたが、あれだけ振舞えるなら立派な殺戮者ですよ。
ヘンな正義感など捨てて心の赴くまま、殺意に身を任せれば楽に人生を送れますよ。 人生楽しまなくてはね。」
言葉だけが不気味に響き、脅威はその場から去る。
アルマは舌打ちをしつつ、背後にある木の根元を見る。
そこには、レイサややっと到着したウッディから手当てを受けて肩で息をしながらも立ち上がろうとするシャニーの姿があった。
アルマは親友のもとへ寄り、膝をかがめて視線を合わせる。
「シャニー。」
「アルマ・・・無事でよかった。 あいつ、あんたを狙ってたみたいだったから。」
シャニーの苦痛の中で見せる笑顔に、アルマは涙腺が緩みそうになった。
無事でよかったなどという言葉をかけられたのは、何年ぶりだろうか。
「こちらこそ申し訳ない。 無事でよかった。
まぁ、あの程度の賊にコテンパンにされるとは、私のライバルにしては少々力量不足だが。」
アルマの不敵な笑みから放たれる言葉を、ウッディは許せなかった。
彼はアルマに詰めよって拳を突き上げた。
「お前、まだそんな事言うのか! 誰のせいで二人がこんな目に遭って、
誰のせいでこんなに大勢の仲間に迷惑をかけたと思ってるんだ! 」
言われて黙っているアルマではない。
彼女は一呼吸置くと、シャニーからウッディへ視線を移した。
そして、突き上げられた拳を手で払いのけて、顔を近づける。
「申し訳ないことをしたと言っている。 だが、賊討伐も立派な騎士としての仕事だ。
どの道実力がなければ戦場で死ぬだけのこと。
シャニーは自分の力で自分の身を守った。 誰のせいで余計な負担がかかったと思っている?
ろくに自分の身も守れない人間が、でかい口を叩くな!」


137: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:57 ID:2U
ウッディには、自分を棚に上げて責任転嫁する彼女が許せなかった。
体を乗り出して言い返そうとするウッディだったが、何かが服に引っかかり前に動けない。
よく見ると、シャニーがウッディの白衣をしたから引っ張っていたのだ。
―やめて
その力ない主張に、ウッディは止む得ず感情を抑えた。
援軍に到着した者達は、騒動が既に鎮圧している事を知り安堵の表情を見せる。
その顔にはどれにも等しく、眩い朝日が映えていた。
服を引っ張る力が無くなり、ウッディはシャニーのほうを振り向く。 その途端、彼は心臓がはじけそうになる。
緊張がぷつんと途切れた途端、体中を走り抜ける鋭痛でシャニーは気を失ってしまっていたのだ。
再び皆に緊張感が走り、皆はシャニーを運んで城へ急いで戻っていく。
今までの騒がしさがまるで嘘のように、普段見慣れた静寂のなかで寒く清清しい朝に戻る。
アルマは焼け焦げ、灰になった木々を見ながら、しばらくその場で独りになっていた。
「やはり、選択肢はない。 人間こそ光というこの世界。 あいつに言われなくとも、この手で変えてみせる。
しかし、奴らに気付かれている以上、余裕はないな・・・。」
彼女もまた、天馬を駆り、城へと戻っていった。
周りにはもう闇はなく、太陽の光でいっぱいに埋め尽くされていた。

 怪我人を出すほどの騒動であったにもかかわらず、騎士団内ではそこまで問題にならなかった。
現在イリアでは、戦後の賊が今も活発に行動しており、その討伐が毎日のように行われている。
昨夜の話も、その一環として片付けられてしまったのだ。
アルマにとっては都合のよい話であったが、事件は彼女の行動を一層エスカレートさせた。
 事件から二日後の早朝、騒然となる第一部隊。
そこには見慣れた第一部隊の面子と兼任部隊長のティト、そしてアルマがいた。
彼女は笑顔でティトに頭を下げる。 ティトは、いやその場にいた者は皆、それと同時に放たれたアルマの言葉に、絶句した。
朝から問題児が部隊を訪れ、何をしに来たかと思えば・・・。
「団長、是非、私をあなたの弟子にしてください。 お願いします。」
寝ぼけているのかと、皆思った。
何の前置きもなく、突然朝のミーティング中に現れてこんなことを言うのだ。
他の人間が言った言葉なら、朝からヘビーな冗談を言うね、の程度で済むかもしれない。
だが、それを言った人物がアルマだけに、冗談はまずない。
一同は緊張と言うより、何か得体の知れない感情で不安になった。
「・・・朝から一体どうしたの? あなたにはイドゥヴァさんがいるでしょう。」
ことのほか、話をひっかけられたティトは慎重にならざるを得ない。
彼女はいつも以上に言葉を選び、事態の収拾を図ろうとする。
昨日、妹が大怪我を負って意識が戻らないと言う知らせを聞いてから、
今は大分落ち着いたものの、彼女は食事も喉を通らないほど気持ちが不安定であった。
やっとまとまりかけてきた各部隊に混乱を招きたくはないし、これ以上の厄介ごとを増やしたくはなかった。
隊員達もそれが分かっていたから、何とかアルマを第二部隊へ戻そうとあれこれ理由を考えてはアルマに撤退を促す。
「イドゥヴァ部隊長から、私は破門を受けました。
賊一人倒せず逃がしてしまうようなものを弟子にした覚えはないと仰られていました。
私は団長と同じく、イリアを素晴らしい国に変えたいと切に願っております。
団長の右腕となって働けるように努めますので、どうか私を配下としてお加えください。 よろしくお願いします。」


138: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:58 ID:2U
思いもよらない話が続々と出てくる。
あれだけアルマを可愛がって重用していたイドゥヴァが、たった一度の失敗で彼女を破門としたと言うのである。
それにしても、随分ムシのよい話である。
今まで直接言ったにはないにしろ、散々団長のやり方を非難してきた人間が、
今となって考えに共感しているといって握手を求めてきたのである。
ここまで露骨なやり方であれば、誰でも何か裏があるのではないかと思うのは当然かもしれない。
隊員の一人が、ティトの横へ寄り、耳打ちをする。
(団長、これは明らかに罠です。 きっとイドゥヴァ部隊長と意を通じて、何か悪いことを企んでいるに決まっています。)
ティトは改めてアルマのほうを見てみる。
彼女は笑顔で、大人しくこちらの反応を待っている。
今まで彼女は、イドゥヴァ部隊長の右腕として新人ながらその働きは目を見張るものがあった。
ところが今回、そのイドゥヴァに破門されたというのである。
有能な部下を、そう簡単にこちらへ引き渡すはずがない事は誰でも分かる事だ。
(めったなことを言うものではないなわ。 証拠は無いし。)
(ですが・・・。)
しばらく耳打ちが続く。 しかし精鋭部隊である第一部隊は業務が立て込んでいて、
あまり時間を裂くことが出来ないこともまた事実だ。
今日も例に漏れず、ミーティングが終ったら即エトルリアに飛んでいかなければならない。
エトルリア貴族との間で傭兵受け入れの打ち合わせがあるのだ。
ティトは隊員たちの意見も最大限尊重したかかったが、今回は自らの判断を通した。
「・・・いいわ。 貴女の実力を認めて、第一部隊所属の騎士として今日から任務についてください。」
「ありがとうございます。」
「だ、団長!」
その場にいた誰もが、ティトはこの青二才を突っぱねると思っていた。
それなのに、団長は全く逆で、アルマを受け入れると解答したのだ。 しかもあろうことか、彼女の実力を認めた上で、だ。
もちろん周りからは、思いとどまって欲しいという気持ちが言葉になってティトを囲んでくる。
「ただし。」
その仲間の言葉を遮って、ティトは一声放つ。
その声に、部下達はすぐに言葉を喉元に留める。
団長のことである。 きっと何か考えているに違いない。 部下達はその後に続く言葉を信じた。
「そろそろ入団二年目になるとは言っても、私から見れば、貴女はまだまだ経験不足の新人よ。
イドゥヴァさんの部隊ではどういう扱いだったか知らないけどね。
単独で行動する事は基本的にないと考えて。 正当な理由がない限り、今までのような勝手な行動は謹んでちょうだい。
要は、何かするときは周りに相談するか、私の許可をとって。
これを守らなかったら、即十八部隊へ配属を命じるわよ。 それに同意できるなら、これからエトルリアに行くから用意をして。」
アルマは無言で笑みをこぼすと、再びティトや先輩に頭を下げる。
「これからは心を入れ替え、先輩方に従っていきたいと思います。
どうか正しい判断で私を導いてください。 よろしくお願いします。 では準備してきます。」
アルマは馬屋のほうへ走っていく。
何かすごい嬉しそうだったが、本当に破門されたのだろうか?


139: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 11:59 ID:2U
今までに見たことのないような彼女の振る舞いだったので、ある者は改心したのかと思い、ある者は更に警戒心を強めた。
むろんどちらの感情を抱く者が多かったかは明白であるが。
その一人が、ティトの傍に寄って心配そうに声をかけた。 それは副将だった。
「団長、いくら団長と言ってもあんなのを傍に置くなんて信じられません。」
「ソラン、そう言わないで。 彼女のひたむきに任務へ当っている姿は知っているわ。
しばらく様子を見ましょう。 そろそろ異動辞令も近いし、その頃でも遅くないわ。」
団長がそういうなら、その隊員は今回はそれでやめた。 団長には団長の考えがあるのだろう、と。
だが、それでも危機感がどうしても拭いきれない。
あの野心家であるイドゥヴァの腹心だったのだ。 
彼女自身もかなりの野心家であるのを皆は知っていたから、そうそう簡単に改心するとは思えるはずもない。
むしろ、権力取りに失敗したイドゥヴァを見捨てて、団長を利用しようと今更言い寄ってきたのではないかと思えてしまう。
そういった納得できないと言う思いが、自然と顔に表れていた。
「どうしたの?」
ティトも副将の曇った顔の理由が分かっているから尚更、そう聞きたくなる。
「本心をお聞かせください。」
「え?」
「団長も、彼女が何か企んでいるかもしれないという事は少なからず頭にあると思います。
それでも、彼女を第一部隊で面倒を見ることにした本当の理由をお聞かせください。
いくら団長の意向とは言え、今回の決定は今後の天馬騎士団にも関るやもしれません。 納得できるお答えをいただきたいのです。」
副将も今までは信頼する団長の考えなら疑問を投げかけても従ってきた。
だが、今回ばかりは団長の真意が読み取れない。
ティトはお人よしだから、イドゥヴァに見捨てられたアルマを哀れに思って拾ってやったとしたら、
まんまとわなにはまっているのではないか。 少しばかりひねているかもしれないと思うくらい、副将は心配だった。
ティトは珍しい部下の態度に、一瞬目を丸くした。
だが、彼女も独断で決定したので反感はあることが分かっていたし、
自分を分かって欲しいと言う気持ちが強かったので、包み隠さず話すことにした。
「そうね、なんて言えばいいのかしら。 ・・・暴れ馬を手綱で繋いでおくには絶好の機会とでも言っておこうかしら。」
ティトもアルマも型破りな行動には警戒していた。
だが、特に規律を犯しているわけでもなく、所属部隊も違うという事から、今までは手を出すことが出来なったのだ。
それが今回、こうして自分から鳥かごに入りに来たのである。
「団長はすぐ厄介ごとを引き受けてしまうのですね。」
「厄介ごとだなんて。 やり方は違うけど、私もあの子もイリアを変えたいと切に願っている。
きっと話し合えば分かり合えると思っているわ。」
アルマも戻ってきたので、皆出発の準備を整える。
出発の三十分前、ティトは何かを思い出したかのようにぽんと手を打つ。
「準備をしてちょっと待っててもらえる?」
ティトは走って城へ戻っていく。
部下達は大方予想のつくその行き先を見守る。
「よっぽど心配なんだね。」


140: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:00 ID:2U
「そりゃそうでしょう。 口に出した事はないけど、団長は彼女を相当大切にしているみたいだし。」
口々に出る世間話をアルマはずっと聞いていた。
「でも、たかが夜賊ごときにボロボロにされるなんてね。」
「あの子ってベルン動乱で活躍して勲章貰ってたよね? 剣の腕は騎士団でも随一って聞いてたのに。」
「どーせたまたまうまく行ったという話が大きくなっただけでしょ、 ぱっと出の子供が私達より実力があるなんて信じられないし。」
ここまで黙って聞いていたアルマだったが、親友が貶されているのを聞いて黙っていられなくなった。
先輩達の輪に入っていく。 先輩達は警戒する相手が自分達のところに寄ってきたので笑いが止まった。
「もし、シャニーを襲ったのが夜賊ではなかったとしたら?」
「どういうこと?」
「単刀直入に言えば、貴女達なら怪我では済まなかったということです。
あいつは夜賊なんかじゃない。 誤情報にまかれて親友を貶すのはやめていただけませんか?」
先輩達がむっとしたのは言うまでもない。
単純に、お前らは雑魚だと言われたようなものなのだから。
「賊じゃなかったら、一体なんなのさ。」
「それは、先輩方は知る必要のない情報ですよ。」
「・・・へぇ、他人に興味なさそうに見えるけど、案外仲間思いなんだね。 相手があんたを仲間だと思っているかは別として。」
皮肉の混じった言葉が、アルマに返ってくる。
アルマはそれへ笑みを浮かべて楽しげに話した。
「私は自分の認めた人には誠意をつくしますよ。 団長だって、もちろん同じ夢を持った人として敬愛すらしています。
少なくとも階級だけ上で実力の伴わない人はどんなに先輩でも認められませんが。」
皮肉には皮肉で返す。 ここまであからさまだと返す言葉もなかった。
これはとんでもなく厄介な存在を、第一部隊で面倒を見ることになったと皆思う。
暴れ馬を早く手綱で繋がなければならなかった。
今はまだ、馬屋に放り込んだだけだ。 このままでは馬屋が荒らされてしまう。
「そこまで言うならあんたの実力、とくと見せてもらおうじゃないのさ。」
槍を構える先輩。 その目線で、アルマにも槍を取れと指図する。
「どうなっても知りませんよ?」
アルマは仕方なく、売られた喧嘩を買う事にした。
(実力もないくせにふんぞり返る連中に、身の程を教えるチャンスだ。)
他の隊員の制止も振り切って、二人は空中に舞った。


141: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:00 ID:2U
ティトは小走りに城の廊下を歩いていく。
向かう先は団長室を含めた部隊別の事務室がある二階ではなく、城の一階にある部屋。
一階は非戦闘員である本当の事務員達が働く場所だ。
近況報告以外では普段はあまり訪れない一階。
だが向かう先は、その中ではある程度お世話になっている場所だった。
予想はしていたものの、その部屋の戸を開けた瞬間、特有のにおいが鼻についた。
「ティト団長、おはようございます。」
いつもどおり、礼儀正しい男性の声が聞こえた。
見れば左手でウッディが会釈をしている。
彼は実験室の中で試験管に囲まれていた。 いつ来ても同じようなシチュエーションだ。
「毎日大変ね。 本当は実験室と医務室を分けてあげられるとよいのだけど。」
労いの言葉を彼女は忘れない。
まだ見習いであると言うのに、傷付いた騎士の治療を一手に引き受けてもらっているからだ。
戦争は命だけではなく、経験や技術といった無形なるものをも奪っていた。
「とんでもないですよ。 こちらこそ感謝しています。
勉強をさせていただきながら給金まで支給していただけているのですから。」
部屋は殆どが医療道具や薬品、寝台で占められている。
その隅っこに、蚊帳でお情け程度に仕切られた場所があり、そこが彼の実験室となっていた。
だが、彼はそこで殆ど実験できずにいた。
同じ部屋に怪我人がいるのに、細菌やらなんやらの研究など出来はしなかった。
彼がそこで実験している時はたいてい、研究結果をまとめる時や、治療用の薬品を調合する時そして試験薬を作製するときぐらいだった。
「そう言ってもらえると助かるわ。
もう少しだけでもお金に余裕が出来れば、援助してあげられるのだけど、今は我慢してね。」
「僕もいつか恩返しが出来るように研究に励みます。」
ティトは真っ直ぐで真面目な彼に好感を持っていた。
彼には不思議と、ティトにある人物を思い起こさせるものがあった。
今でも文通をしている親しい間柄。 疲れていても、文通相手も激務をこなしていると思うと自然とやる気がおきてくる。
無骨で品のかけらもない男だが、身内以外で自らが唯一圧倒された相手だった。
「どうかしました?」
はっと我に返れば、ウッディが不思議そうにこちらを見ていた。
こんな大変な時期に、男に現を抜かすとは。 そう思うと情けなくなってくる。 ティトは頭の中で自分の頭を叩いた。
「なんでもないわよ。 今は何の研究をしているの?」
「イリア風邪の研究です。 あれの特効薬を開発できれば、命を落とす人も少なくなります。
糸口は見出せたので、今は試験に試験を重ねているところなんです。」
まさにコツコツやってきた努力も佳境に入ったところであった。
イリア風邪・・・長く厳しい冬を越えて、春を迎える時一緒に来る招かれざる客である。
毎年抵抗力の低い子供や老人を中心に多くが命を落とす病で、今までは特効薬と言うものがなかった。
むしろ薬そのものが望まれていなかった。
需要がなかったわけではない、貧困に苦しむイリア民に、薬を買う金などなかったのである。
彼らが出来る事は精々、村のシャーマンにお願いして祈祷をしてもらうことぐらいだった。
ウッディはそんな惨状を見ておられず、シャニーたちが見習い修行に出ている時期からずっと研究をしていたのだ、
「国の復興も大切ですが、それを行っていくのはイリア民一人ひとりです。
ですから、皆には健康であって欲しい。 国として、それを構成する民の健康へ目を向けるのは大切なことだと思っています。」
ティトはウッディが本当に立派に見えた。
これが本当に、妹と同じ15,6には到底見えない。
「よく言ってくれたわね。 シャニーにも幼馴染なのだから少しは見習って欲しいわ・・・。」
寝台の方に目を移せば、見慣れた顔の少女が寝かされている。
ティトも登城してすぐ知らせを聞いたときは顔が蒼褪めた。
何しろ、妹が夜賊に襲われて大怪我を負い、意識を失っていると報告を受けたのだ。
命に別状がないと知った今でも、意識が戻らない妹が心配でならない。
だがその心配を断ち切って、ティトは団長としての態度を貫く。


142: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:01 ID:2U
「とんでもない! あいつは僕を守ってくれたんです。
僕が何も出来ない男ですから、余計な負担をかけてしまって。
彼女の治療だって、大方は魔法の杖によるものですし。 僕に出来る事など微々たるものです。 彼女には本当に感謝しています。」
彼は自分の無力さを思い知っていた。
特に、アルマに言われた言葉は否定できない、とてもショックの大きいものだった。
魔法に出来る限界と、医学に出来る限界。 これには明確な境界があると彼は信じていた。
そして今、目の前で親友に起きている苦しみは、
医学の限界を超えた魔法の領域で為しえることのできる芸当でのみ取り除くことが出来る。
自分の力では恩返しが出来ない。 その無力さが歯がゆかった。 アルマもきっと笑っているだろう。
―口ほどにもない、と。
悔しさをばねに、彼は更に研究に勤しんでいた。
魔法では到底解決できないような、医学にしか出来ない部分で親友と同じように国へ貢献しようと。
それが、親友への一番の恩返しになる、と。
「あなたがそう言ってくれると、きっとシャニーも喜ぶわ。
でもね、私が言いたいのはそういうことじゃないの。
自覚と意識の切り替えをして欲しいと言う事なのよ。 厳しいことを言うようだけどね。」
「意識の切り替えとは?」
「傭兵として戦地に赴いたときは最低限、自分の命は自分で守らないといけないかもしれない。
でもね、そうでない時は皆仲間なんだから助けを求めてもいいんじゃないかしら。
そういう気持ちの切り替えよ。 あの子はまだいつでも戦場の気持ちで戦っているわ。」
「・・・。 期待しているんですね。 僕はシャニーが羨ましいです。 ティトさんのような自分の事を心から想ってくれるお姉さんがいて。」
ティトはなんだか恥ずかしくなって、返す言葉に困った。
苦しみ紛れでシャニーの元へ寄ってみる。
相変わらず目を覚まさない。 余程体への無理が大きかったのだろう。
もうすぐ彼女達も入団してから1年が経つ。
個人差はあれど何がイリアに必要なのかを考え、知って、理解をし、どうすれば良いのかを考えるところまでは来ている。
そろそろ次のステップに進まなければならないとティトは考えていた。
彼女は人材の育成に特に力を注ぐ事を当初から心に決めていた。
またあの惨劇を引き起こさない為には、人材力が大切だと。
「・・・まぁ、でもこの子も随分成長したわ。 前に比べれば責任感が出てきたというのは見せてもらった。
褒めるとすぐ調子に乗るから、めったに褒めないでいるのだけどね。 別に彼女を認めていないわけじゃないのよ。」
好きな相手だからこそ厳しくなる。
愛情表現に対しては不器用なティトだが、ウッディには彼女がシャニーを大切にしていることぐらい言われなくても分かっていた。
ティトは出撃前にもかかわらず、両手にはめたグローブをおもむろに外す。
中から現れたイリアの女性特有の白く美しい手。
(こんなきれいな手をしているのに、血で濡らさないといけないなんて・・・)
ウッディがそんな事を考えていると、ティトはその手で妹の額に乗っているタオルを取った。
そのまま寝台から腰を上げると、汲み置きの水のあるほうへ歩いていく。
「あ、ティトさん。 そういう仕事は僕がやりますよ。」
「私にやらせて。 この子めったに風邪もひかない子だったから、こういうことをなかなかしてあげられなかったのよ。」


143: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:02 ID:2U
ウッディは何も言わずに、彼女にそれを任せる。
ティトの後姿を見守るその顔は、自然と笑顔になっていた。
タオルを冷たい水で硬く引き締めたティトは、また寝台に腰掛ける。
彼女はタオルをきれいにたたむと、シャニーの額にそれを戻してやる。
静かに眠る妹の顔をしばらく見つめ、彼女は妹の頭をそっと撫でてやった。
シャニーはこうしてやると喜ぶという事をティトはずっと昔から知っていたが、なかなかそれを行動に移せなかった。
これ以上にないというほど親しい間柄なのに。
それが今回、なんの躊躇いもなく自然と彼女の頭に手が伸びた。
これも今まで分かっていたことだが、いつ会えなくなってしまうかもしれないという恐怖にも似た感情。
妹が修行に出るまでは言うに及ばず、ベルン動乱時ですら二人は一緒だった。
そして今度は同じ騎士団で毎日顔を合わす。
その日常で、分かりきっている常がそうではないように思えてくるのだった。
しかし、こうして妹が瀕死の重傷を負い、目の前で横になっている姿を目の当たりにした。
すると今まで隠れていた常が、自分の心をその棘で痛めつけるのだ。
ティトには、かつて自らの師から何度も言われていたことを思い出していた
―やれる事は、やれるうちにやっておかなければ、出来なくなってから後悔しても遅いんだよ。
―世の中いつどこで何があるのか分かりゃしないんだからね。
結局師の生前に、師へ恩返しと言える恩返しを出来なかった。
その二の舞を踏みたくはなかった。
時間の許す限り、彼女は妹の頭を撫でていた。
ウッディも何か姉というよりは母に見えるその姿から溢れる妹への愛情に、自分から話しかける言葉が見当たらない。
「いつもは壊れた蓄音機みたいで、ホントやかましいぐらい元気なヤツが、こうして寝ているとなんか不気味ね・・・。」
しばらくそうした時間が続いた後、ポツリと漏らされた不安。
「壊れた蓄音機ですか。 ははは、シャニーにはお似合いですね。」
「そうなのよ。 うるさいからってガツンとやってやると、しばらくは静かになるんだけどね。
またすぐ元のようになっちゃう困り者だったのよ。 ・・・。」
ウッディはびっくりして返そうとしていた言葉が喉で捺し留めた。
何せティトの目から流れる光るものを見てしまったのだから。
彼は無言でハンカチを彼女に差し出してあげた。
差し出されたティトも、恥ずかしさと相まって感謝の気持ちを無言で伝えた。
気を落ち着けた彼女は、大きく息を吐くと、ウッディにハンカチを返した。
「騎士ともあろうものが無様な姿を見せて恥ずかしいわ。」
「別にいいじゃないですか。 泣きたい時に泣けば。 我慢したって体に毒ですよ。」
何かと我慢の多いこの仕事。
自分をさらけ出す事ができる相手だって数えるほどもいない。
その中で、ティトはその相手が一人増えたような気がした。
彼女はベッドから腰を上げると、妹の胸に耳を押し当ててみる。
確かに聞こえる心音。 これを聞いて彼女は安心した。
「ありがとう。 じゃあそろそろ私は任務があるから失礼するわ。 妹の面倒、もう少しの間お願いしますね。 ドクター・ウッディ。」
「お任せください。 僕が付きっ切りで面倒見ますから。」
ティトは頼もしい言葉に笑顔で返し、部屋を出て行った。


144: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:03 ID:2U
珍しい来客も退室し、再び静寂に包まれる医務室。
聞こえるのは実験用のマウスが車を回す音と、シャニーの寝息だけ。
「ごめんな。 僕が君にしてあげられるのはこれぐらいしかないんだ。」
彼はティトが換えてくれたタオルで、彼女の顔や体を拭いてやる。
顔を隠す髪をたくし上げ、もう一度洗ったタオルを額に乗せた。
一通り終っても、彼はしばらくずっとベッドの横でシャニーが目を覚ますのを待っていた。
再びあの元気な顔を誰よりも早く見たかった。
「どうもー。」
そこに聞こえてくる新たな来客、セラだった。 どうも今日は来客が多い。 
「なんだ、セラか。 何か用?」
「何か用って、それが患者に対する台詞?」
「患者って言ったってお前言うほど重症じゃなかったじゃん。」
ウッディが一応消毒剤と包帯を用意して持ってくる。
セラのほうは痛そうに腕の包帯を慎重にとってみせる。
あまりにわざとらしいその芝居に、ウッディはため息をついた。
「どーせ自分で出来るだろ? ほら、包帯ここにあるから。」
「あー冷たい! 私がこんなに痛がってるのに。 シャニーのときとえらい扱い方が違うじゃない。 やっぱりあんた・・・ははーん。」
セラが得意げにウッディを見つめる。
あまり彼女のペースにしたくはないので、速攻で否定するウッディ。
「彼女は重症だったから、特に厚い看護をしてるだけ。
君は魔法を使わなくても完治する程度の軽症患者。 扱いを異にするのは当然だと思うんだけど。」
「まーたそんな人が聞いたら本当かと思うような言い訳して。
まぁいいわ。 私は影から応援してあげるからサ。 愛のキューピット役なんて私に相応しいじゃない。」
どうもセラには敵わなかった、
どんなにうまく言っても、必ず相手のペースに持っていかれてしまう。
彼は半分聞き流しながらさっさとセラの怪我の治療を済ませ、話題を摩り替える。
壊れた蓄音機は、シャニーだけではなかったのである。
「お前にも苦労をかけてすまなかった。 君達がいなかったら、どうなっていたことか。」
「とんでもない。 私だって酔っ払っててどれだけ役に立てたか。」
「そうだね。」
「ぐ・・・。 あんたねぇ、そういう時はそんな事ないって言うもんでしょ?」
「自分で言うかよ・・・。」
ウッディは半ば呆れながら、血で汚れた包帯を片付ける。
軽症とは言っても、彼女も頭を切ったりして流血していたから、今でもヘアースタイルを思うように出来ない状態だ。
医者としてできる最大限のフォローで、彼女の全快を願う。
「なぁ、セラ。」
「うん?」
治療が終ってもう用事はないはずのセラだが、一向に部屋を出て行こうとしない。
ウッディは蚊帳の中に戻り、試薬の調合を始めている。
それでもやはり研究者と言うものは、誰かがいると気が散るのだろうか。
どうも波に乗れない様子で、セラに声をかけた。
「お前も心配で様子を見に来たんだろ?」
後ろからの声に、セラはしばらく外の様子を見てごまかす。
だが、この静寂の中で、ごまかしは通用しない事はすぐに分かる。
「ん・・・。 そりゃね。 でも、今はちょっと違うことを考えてた。 シャニーのことには違いないんだけど。」
「何かあったのか?」


145: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:04 ID:2U
「うん。 あんたを逃がしてからね、あいつ人が変わったみたいに恐ろしくなってさ。
殺してやるぞーって目を見開いて何度も怒鳴ってた。 私怖くて見ていられなかったもん。」
親友の全く知らない一面を知り、ウッディは息を呑んだ。
あのシャニーが、殺意をむき出しにして襲い掛かる姿・・・とても想像できない。
だが、歴戦を戦いぬけてきた人間だ。 一度タガが外れれば戦士としての血がたぎって来るのかもしれない。
「でも、私も大怪我をして幻聴を聞いていたのかもしれない。 だって、あいつがそんな事言うわけが・・・。」
「・・・そうか。 でも、人には必ず眠っている性向があるって言うよ。
彼女も人竜戦役以来続く騎士の家系だし、そういう気質があってもおかしくはないのかもしれない。
いつもがいつもなだけに、にわかには信じがたい事実だけど。」
何とか理由を見つけて、この驚きを抑えようとするウッディ。
しかし、その隠れた性向も何かのきっかけがなければ眠りから覚めることなど無い。
先日の襲撃は、彼女にとって極限を要求していたから、きっかけとしては相応しいものであった。
そうでなくとも、襲ってきた相手は殺意に満ちた顔を見たいと言っていたぐらいなのだから。
「あの仮面の男・・・一体何者なんだ。」
「結局、アルマをおびき寄せる為に私達を襲ってきたんでしょ?
あんなヤツのために私達が被害を被ったと考えると、何か腹が立つわ。」
ウッディもセラの考えに同意であった。
だが、セラと違って自分は何も言えなかった。
自分の身すら守ることの出来ず、守ってもらうだけの自分が、何を言えるだろうか。
アルマの不敵な笑顔が脳裏に浮かぶ。 悔しいが、無力な自分では反論が出来ない。
「なぁ、セラ。 僕でも必死になれば剣を扱えるようになるんだろうか。」
「え?!」
窓の外の風景をゆっくり眺めていたセラは、思わず声をあげて蚊帳の方を覗く。
見ればウッディが製薬をやめてこちらの答えが帰ってくるのを待っていた。
セラは正直、どう答えればよいかに迷った。
いきなり剣を振って上達するようなものではない。
まして剣は、使いこなしに相当の技術を要する武器。
素人が少し手解きを受けたぐらいで扱えるようになる代物では、決してない。
だが、ウッディの口調から察するに、彼の意図はなんとなくはわかる。
どういえば、納得してもらえるか。 何とか言葉を搾り出し、答えようと口を空けたその時だった。
「あー、セラ! ウッディ様を独り占めにしてたな!」
突然の声と共に部屋に入ってきたのは、セラと所属部隊を同じにする先輩騎士だった。
セラに詰め寄ってホンキで睨みつける。
彼女は違うと手と表情で弁解するが、なかなか信じてもらえない。
「まったく怪我の治療とか言って、帰ってこないと思ったら! 部隊長がお怒りだぞ! 後は任せて早く部隊に戻れ!」
「後は任せろって・・・。」
「ゴチャゴチャ言わずに早く行く!」
半ば強引に部屋を押し出され、セラは仕方なく部隊へと戻っていく。
横顔でウッディに申し訳なさそうにウインクして行った。
それを確認すると、先輩騎士はウッディに何とも苦しげな顔で助けを求める。
「ウッディ様―、わたし怪我をしちゃいました。 すごいうずくんです。」
聞きたい事を聞けぬまま、今度はセラの先輩の相手をする羽目になるウッディであった。


146: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:07 ID:2U
早足で部隊へ帰るティト。
もうみな支度を終え、自分の帰りを待っているころだ。
出発後の航路と天気を考えながら城の外へ出て、部隊と分かれた場所に急ぐ。
部隊を見つけ、お待たせ、と声をかけようとしたティトは目を疑った。
自分の部下達が皆、一点を見つめて瞬きもしない。
その先を見れば、何と部下同士が私闘を行っているではないか。
「何をやっているの! 降りて来なさい!」
戦っている二人を大声で呼び止めて引き摺リ下ろす。
近くで改めてみてみると、アルマと対峙していた隊員は相当酷くやられていたようだ。
周りの隊員にも数名、同じような者がいる。
どうやらアルマ一人に何人もがコテンパンにされたらしい。
「これから出撃と言う時に何をやっているの!」
様子を見ていることしか出来なかった隊員たちから事情を聞く。
それにつれ、これが単なる私闘などではなく、喧嘩であったということが明らかになっていく。
アルマの加入によって何かしらの波紋が生じる事は予想していたものの、まさかこんなに早くそれが訪れるとは。
「アルマ! さっき言ったばかりでしょう。 何故勝手なことをするの。」
「私は先輩の指示で槍をとったんです。
あの状況で嫌ですとは、後輩としては言えなかったんですよ。 決して自ら進んで私闘を行ったわけではありません。」
戦った先輩達も、アルマの実力を認めざるを得なかった。
一人だけならまだしも、誰もアルマに参ったと言わせることが出来なかったどころか、こちらが参ったと言わされたのだから。
その悔しさと言ったら、言葉で言い表せるものではなかった。
「まったく。 騎士としての強さは槍術だけじゃないとあれほど言っているのに。
もう叙任何年目だと思っているの? もう少し騎士としての心を磨いてちょうだい。 槍術なんかよりよっぽど重要よ。」
ティトに叱られ、皆は反省しているようだ。
アルマただ一人が、まるで他人事のように槍を磨いていた。
だが、ティトも叱るに叱れなかった。 何せ先輩の指示に従えと命令したのが、他でも無い自分であったのだから。
(・・・流石に手強いわね。 でも・・・。)
ティトは確かな手ごたえを感じていた。
アルマが加入した事により、他の隊員たちの雰囲気が変わってきたのがもう分かったからだ。
―こんなヤツには負けられない。
この闘争心が、良い方向へ向かってくれるように、ティトは願った。
「さぁ、気持ちを切り替えて出発するわよ。 ほら、服を着替えていらっしゃい。」

エトルリアの空路は、訪れた春の風が温かく、青い空が何処までも続いている。
何度も行き来する空路であるし、事前に普段と変わりないことを調べてあったから、
何のトラブルもなく着々と目的地へと近づいていく。
「それにしてもあんた強いね。 ベルンでも結構上位の部隊にいたの?」
険悪なムードになるかと思われたがそんな春の陽気も助けてか、
騎士の中には、アルマの実力を認め仲間として受け入れようとする者も少なからずいた。


147: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:08 ID:2U
これから同じ部隊で仕事をしていくのだから、親しくなっておくことに越した事はない。
それに、こういう後輩を味方に付けておいて損はないという打算もあった。
アルマはそっけない奴という噂が広がっていたので、懐くか不安だった。
だが、そんな先輩の思惑とは裏腹に、いろいろ話してきた、
「いえ、特には。 ベルンがイリアの見習い騎士を軍の中枢に置くわけがないですから。」
「じゃあベルン軍でどんな任務をこなしてたの?」
「雑用ですよ。 別に騎士じゃなくても出来るような雑用です。」
先輩達は首をかしげた。
団長の妹が腕の立つ騎士だと言う事は、エトルリア軍で転戦に転戦を重ねた激戦を戦い抜いたその経験によるものと言うのは理解できる。
だが、アルマは別に戦場に多く立ったと言うわけでもないのだ。
それなのに、自分達よりはるかに実力があるというのが理解できなかった。
「ただ、所属自体はマードックと言う将軍の直下部隊でしたから、戦略とかそういう事はいろいろ盗み聞き出来て収穫になりましたけどね。」
「はぁ?! マードック??」
マードックといえば、前ベルン王国で三竜将と呼ばれる軍事幹部の中でも筆頭に当る人物である。
彼は外様と言えど、実力のあるものなら対等に扱う人間だった。
そんな人物に仕えていたとは、やはり何か人物として光る部分があったようだ。
だが、イリア人にとって、彼はそんな映り方はしない。
マードックといえば、イリアを占領した憎きベルン軍の将軍に過ぎなかったのだ。
「あ、あんたさ、敵国の将に仕えて何も思わなかったわけ?」
「別に。 むしろ母国に腹が立ちましたよ。」
想定外の返事に、先輩はどう言葉を返せばいいか分からない。
もし、自分が同じ境遇であったのなら、彼女はまず見習い修行先を変えていただろう。
母国を苦しめるような立場で修行など、出来はしない。
「だってそうでしょう? あんな腐った国に侵略されても、抵抗と言えるような抵抗もろくに出来ずに占領されてしまうなんて。
・・・それ以上に腐っていると言う事ですよ。」
イリアはご承知の通り、戦わねば生きてはいけない国。
侵略を受けた当時も、多くの騎士はエトルリアやベルンに雇われ戦争に参加していた。
当然、ベルンに雇われた騎士の中には、イリア侵略に加担する形となった者だっている。
イリアの国を守るべき騎士が、イリアの外で戦いに参加している。
国内に戻ってきたかと思えば、逆にあろうことか母国を滅ぼす側について戦いに参加する。 国を支える金を得る為に。
この、何ともいえない矛盾がアルマには許せなかった。
「敵国に雇われれば、母国を攻撃することが正当化されているんですよ。 同志を殺すことが正とされているんですよ。
イリア騎士の誓いとか言うヤツは。
そんなおかしいことがありますか? だから私は、最初の騎士宣誓であの誓いを行わなかった。
おかしいと思える事は誓えませんから。」
「まぁ・・・確かに。」
先輩達も納得せざるを得なかった。
今までは騎士の誓いこそが自分達の拠り所と考えてきたが、具体例を出して矛盾を付かれるとおかしい気もしてくる。


148: Chapter2-2:闇に彩られし者:08/05/05 12:09 ID:2U
しかし、裏切りはタブーで、雇い主のいかなる命令にも従うその長年の姿が、
今のイリア騎士への高い信頼を与えている事にも疑いの余地はない。
「確かに、それは今私達が抱えている一番の問題だわ。
でも、信頼がなくては私達には仕事がない。 イリアと敵対する国からの仕事を断っていたら、私達は食べていけない。
そこはどう考えているのかしら。」
今まで先頭を飛び、航路を導いてきたティトが話しに加わった。
皆は、この若い騎士が難題へどう解答するのか興味津々だ。
「だから私は最初に宣誓したはずです。
今の国をぶっ壊して、新たな国の基盤を作ると。 今のイリアは国とは呼べませんから。
修行に出る前からそう思っていましたが、ベルンを見てそれは核心に変わりました。」
先代が築き上げてきたイリアを否定して、新たなイリアを作る。
とんでもなく考え方が壮大であった。
「へぇ、すごい事考えてるね。 これはすごい大物新人が入ってきてくれたよ。」
言葉とは裏腹に、誰もこの青二才がそれを実現できるなどと思ってはいなかった。
だが、アルマ自身も周りの気持ちは分かっていた。
だから、誰にも自分の心内を見せてこなかったのだ。
今でも、自らの考えの核心は見せてはいない。 そこまで話すのは、自らが認めた相手だけだった。
それに該当する人物は少なくとも、第一部隊の中にはいなかった。
「・・・新たなイリアを作る・・・ね。」
再び雑談に皆が戻る中、ティトだけが、再び先頭に戻って独り言を漏らしていた。


149: 手強い名無しさん:08/06/01 22:27 ID:IM
HDDのデータが飛んでしまいました
また更新間隔が空くと思われます。。

150: 手強い名無しさん:08/07/28 13:00 ID:ho
続きマダー

151: ロードアンドペガサス RoH8fs26:08/08/01 10:43 ID:BE
がんばれ!
書き込みが少なくても楽しみにしてる人はたくさんいる!

152: :08/09/23 11:31 ID:ts
頑張れ!!


153: 管理者:08/09/26 23:09 ID:vQ
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