【3スレ目】ファイアーエムブレム〜双竜の剣〜


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【3スレ目】ファイアーエムブレム〜双竜の剣〜

1: 見習い筆騎士('-'*) ldOOTsV6:06/01/06 15:33 ID:E1USl4sQ
前のスレッドが容量オーバーで書き込めなくなったので
新しいスレッドを建てさせていただきました。
1部~2部イリア編序章は、以下のURLよりご覧いただけます。

1スレ目:http://bbs.2ch2.net/test/read.cgi/emblem/1100605267/7-106
2スレ目:http://bbs.2ch2.net/test/read.cgi/emblem/1123296562/l50

あらすじ
ロイ達が倒れ、世界が別世界から乗り込んできたハーフ(人と竜の混血種)に支配され早17.8年、ハーフ以外の種族は絶望の中にあった。
そんな中、ロイの子供セレナとシーナが立ち上がる。
彼女らは生まれ育った西方の仲間や傭兵ナーティ、伯母の子に当るアリスやセレスらと共に、神将器を集めながら進軍することになった。
そして、西方、エトルリアを開放し、一行はイリアで作戦を展開する・・・。


2: 手強い名無しさん:06/01/06 15:40 ID:E1USl4sQ
「うわぁぁ! おい! シーナ! スピード落とせ! 落とされる! 寒い! うわぁぁ!」
後ろではクラウドが悲鳴を上げる。凄まじいスピードで寒空を一気に駆け抜ける。迫り来る木々や山々をひらひらと避けていく。シーナは気付かれないように、あえて山を低空で飛んでいたのだ。
「ごちゃごちゃうるさいの! 誰のせいでこうなったか考えて反省しなさい!」
「何だが分からねぇが、お願いだ、やめてくれ! 死ぬ!」
クラウドは吹き飛ばされないようにシーナに抱きつく事で精一杯だった。シーナがスピードを出している理由は、単に早く王都から離れるためだけではなかった。兄に抱かれたいという気持ちも、少しはあったとかないとか。

二人は天馬に乗り、約束した地、カルラエの村を目指していた。1日がかりで到着し、セレナ達を探す。
「うぅ・・・もう俺凍え死にそう・・・。」
「も、文句言わないの・・・がたがた。」
二人は震える足取りで村の中を探すが、人っ子一人見当たらない。多分、村人は皆姉達の元に居るのだろう。彼らが居るであろう場所を探す。
暫く探していると、簡素なつくりの家々の中でひときわ目立つ礼拝堂が見えた。その入り口には、見慣れた人影があった。雪が降っているにもかかわらず、外で動く事もなくこちらを睨む目線・・・ナーティだ。
「ご苦労だったな。雪の降る中、天馬を駆って寒かったろう。皆中にいるから温まるといい。」
「ただいま! でも、ナーティさんは? 寒いでしょ?」
ナーティとてそこまで厚着をしているわけではない。頭や肩には雪が積もっていた。
「私は傭兵だ。お前達を守ることが私の使命。さ、中で攻め入る相談をしている。今の王都の状況を持って行ってやれ。」
二人は言われるままに礼拝堂の中に入っていく。クラウドはナーティの背中を見てみると、また何も無かったかのように腕組みをして遠くを見ているように見えた。
「・・・あいつ、寒さを感じてないんじゃないのか? あんなに体に雪が積もるほど動かないとか。」
「バカね、兄ちゃん。我慢強いだけでしょ。私達とは精神力が違うのよ。」
シーナはそう言いつつも、寒さに我慢できない自分に、もっと強くならないとと言い聞かせた。
「お、おかえりシーナ! それと兄貴!」
「“それと”って俺はおまけかよ!」
「兄貴なんか被害妄想入って無い? シーナに何かされたの?」
久しぶりの(といっても一週間もしていないが)兄妹の再開に会話が進んでしまう。長老はシーナを見て言った。
「おぉ・・・炎の天使・・・その翼の片翼・・・双翼とも揃ったか・・・。」
帰ってきた二人は王都で見たり、聞いた情報を皆にもたらした。王都の生活水準はかなり高い事。警備が厳しく、なかなか侵入経路を見出せない事。そして、あの竜騎士、レオンの事。
「あのレオンって竜騎士。ハーフじゃないんだって。」
シーナの言葉に一同は耳を疑った。ハーフの世界で、人間が公然と位に付き、そして更に驚くべき事は、その人間が、他の人間を劣悪種呼ばわりして迫害している事だった。
「なにそれ! とんでもないやつじゃん!」
「セレナ、落ち着けよ。レオンは自分がハーフでマチルダの子だと思い込んでるだけらしい。で、本人も今の施政方針はおかしいと嘆いていたぜ。」
興奮するセレナをクラウドが抑えた。クラウドは、何となくレオンと気が合うような気がして、レオンの気持ちが分かるような気がしていた。
「本人も言ってたって・・・。君はレオンと会ったのか?!」
セレスがびっくりして訊いた。敵の軍部の中枢にいる人間とコンタクトをとるとは・・・。
「よく捕まらなかったですね。シーナちゃんが一緒でよかった。」
「なんだよ! それじゃ何か俺がお荷物みたいじゃねーか!」
「・・・違うとでも? 」
「・・・てめぇ・・・。」
「大方、君がヘマをして、運よく相手から情報を聞き出せたんじゃないんですか? で、シーナちゃんが何とか誤魔化した、と」
「・・・。」
何でこいつはそこまで分かるんだ、といわんばかりにクラウドは黙り込んでしまった。その様子を鼻であしらうセレス。
「でも、兄ちゃんは凄いよ。敵相手でも普通に話しちゃうんだから。」


3: 第二十一章:引き裂かれた絆:06/01/06 15:41 ID:E1USl4sQ
そんな兄をシーナが庇った。庇うというより、本当にシーナにとっては羨ましい能力だった。人は相手に警戒されていると思うと、自然に自分も警戒してしまうものである。わかっていても・・・やはり警戒してしまうものだ。
「へ、セレナには負けるぜ。敵だろうがなんだろうが直ぐに打ち解けちゃうからな。」
「でも・・・人間を嫌っているはずのハーフの将軍が、何故人間の子を育てるなんて事を・・・。」
そんな三人を見て微笑みながらも、アリスは不思議がって言った。ここまで人間を迫害して、辺境に追いやっているのに、その蔑む種族の子供を育てるなんて。
「・・・おそらく、彼の持っている槍、マルテの力が欲しかったのだろう。そして、ここからは憶測だが・・・」
ここまでアレンが言ったところで、女性の悲鳴に似た叫び声が聞こえた。
「レオン・・・! マルテ! まさか、その竜騎士って言うのは!」
ルシャナだった。アレンはその反応にさして驚きもせず、冷静にルシャナに返した。
「はい。俺の推測に過ぎませんが、おそらく、レオンと言う竜騎士は、ルシャナさん、貴女の息子さんです。マルテの力を得る為に、息子さんを貴女から引き離した。なんて酷い・・・。」
ルシャナは暫く下を向いて泣いていたが、泣くのをやめると、きっと前を見据えるような目つきでセレナ達を見た。
「な、何? ルシャナさん。」
「私も潜入に同行させて。昔と城のつくりが変わっていなければ、隠し通路を知ってる。案内人も兼ねて同行させてちょうだい! 私だって元騎士だから、足手まといにはならない。頼むよ!」
その気持ちはセレナ達の心に痛いほど突き刺さってきた。死んだと思っていた息子が生きていた。例え敵だとしても・・・会いたい!
「わかった。あたし達も攻め入る前に一度潜入して様子を探ってみたいし。城の中の事を知っている人が一緒なのは心強いよ。」
「ありがとう!」
ルシャナはセレナ達とがっちり握手した。この子達が・・・あいつの子か・・・。ふふっ、そっくりだ。
シャニー、あんたとの約束必ず守って見せるよ。あんたの子供達と一緒にね。
そして最後に、ルシャナはアリスの前に膝を突いて挨拶をした。
「アリス様。私は将来きっと、あなたにお仕えしたいと思っています。何卒・・・。」
アリスはルシャナを覚えていた。幼いころ、よく一緒に遊んでくれた騎士。優しくて、母や叔母が忙しいときは、いつもアリスはルシャナに泣きついていた。
「ルシャナさん・・・貴女に起きた悲劇・・・その心中をお察しします。私も全力で世界を変える為にがんばっています。どうか私達に力を貸してください。」
「はい! この命尽きるまで!」
そのルシャナの声に、周りの村人が一緒になって気合を入れたのは言うまでもなかった。

その夜、双子は出撃の準備を整えると、二人で稽古をしていた。シーナも大分強くなったが、やはり姉には敵わないらしく、天馬から叩き落されていた。
「ぎゃっ?!」
「へへっ。どうだ、あたしのツバメ返しは。シーナ。また今晩のおかず無くなっちゃうよ?」
「うー。それ卑怯・・・。」
姉から回復魔法をしてもらいながら、服に付いた雪を払う。どうしても、姉の双剣の隙を突くことが出来ない。そこにルシャナが来た。
「ん? シーナちゃん。あんた天馬騎士なんだ。」
ルシャナがシーナの天馬‐セフィ‐の鬣を撫でながら言った。天馬は主人以外には基本的に気を許さないものだが、ルシャナの前では大人しかった。
「うん。そうだよ。まだ姉ちゃんにすら勝てないほど弱いんだけどね。」
「なによそれ! 姉ちゃんに“すら”って! あたしは最強の剣士を目指してる身なんだぞ!」
「姉ちゃんだってナーティさんには勝てないくせに。」
「う、うるさい! あんなヤツ、ちょっとあたしより剣の腕が立つだけよ。魔法も絡めて攻めれば・・・。」
姉のその言い草に、シーナは横目で姉を見た。
「・・・ちょっと?」
「・・・かなり、かな・・・。もう! うるさいな!」
そんな双子の会話を聞きながら、ルシャナは笑いながら言った。
「ははは。あんたたち見てると、まるで昔私とシャニーみたいで面白いよ。」
「そっか・・・おばちゃんとうちの母さんは親友だったんだっけ。」


4: 手強い名無しさん:06/01/07 14:01 ID:E1USl4sQ
そういうセレナの頬を突然、ルシャナが両手で横に引っ張った。
「うひゃ、にゃ、なにゃにひゅるのひゃ・・・。あわわ。」
「今なんて言った!? おばさん!?」
「ル、ルヒャニャおにぇひゃんでひゅ・・・。」
セレナが泣きながらそう答えると、力強く引っ張っていた手を、ようやくセレナの頬から手を離した。
「それでよし!」
セレナは頬を押さえながらうずくまっている。
「ルシャナお姉さん。私の母さんの事、結構知ってるの?」
うずくまる姉を気にしながらも、シーナはルシャナに尋ねた。ルシャナは軽く笑いながら答える。
「あぁ。嫌になるほどね。私はあいつと、物心付いたころからずぅーっと一緒だった。いいところも、悪いところもお互いお見通し。嘘がつけない間柄だったさ。」
「じゃあ、いろいろ教えてよ。」
「いいよ。でも・・・それはあんた達自身で探すべきだと思うよ。私達の生まれた村には入れれば、いろいろ分かるさ。」
「でも、村は追放令が出されてて・・・。」
セレナもシーナも、下を向いてしまう。理不尽な理由で迫害されてしまう事の辛さを、身をもって味わったのだから。
「・・・やっぱりね。ほら、前向きな。村の人も、今王都を占領してる奴らを倒せば、きっと分かってくれるさ。」
「うん。そうだね。」
二人とも前を向いた。ルシャナその顔に、親友の面影を見ていた。
「よし、そのためにも稽古だ稽古! シーナちゃん。あんたは私と同じ天馬騎士だし、みっちり鍛えてあげるよ! セレナも私の槍術を見切れるかな?」
「はい、お願いします!」
「もちろん! 頼むぜ、おばちゃん。」
ルシャナはシーナを連れて走っていった。セレナはルシャナから今度は頭にこぶを貰って、泣きながら二人の後ろをついていった。
その様子を、セレスやアレンが見ていた。
「あの二人、元気ですね。この寒い中よくあんなに走り回れますよ。潜入を控えているのに。」
セレスが呆れたように言った。まるで子供である。子供は風の子ということだろうか。
「元気でなりよりです。ルシャナ殿も、子供を奪われて寂しかったのでしょう。」
ナーティも見張りをしながら、三人の様子を見ていた。その様子は親子ではないかと錯覚させられるほどだった。二人はそれほど、会ったばかりだと言うのにルシャナに懐いていた。
ナーティは昨日まで沈んでいたルシャナの、別人とも思える笑顔を見ながらポツリと独り言をもらした。
「・・・親はいなくとも子は育つ、か・・・。親もまた然り・・・。なんとしてもレオンを救い出さねばな・・・。」

翌日から一行は王都を目指して進軍を始めた。セレナやシーナ、そしてルシャナは天馬で一気に目的地である王都の近くの宿小屋を目指す。ナーティはルシャナに乗せてもらって行ったようだ。
クラウドとアレンも、うしろにアリスやセレスを乗せて一気に針葉樹林走りぬける。
「うわっ、お前、もう少し揺れないように馬を駆れよ! ヘタクソめ!」
「うるせぇ! 乗せてもらえるだけでもありがたく思え! ここから歩いていくか?」
「そういう問題じゃないだろ。アレンさんを見ろよ! 後ろのアリスさんも揺れていないじゃないか!」
クラウドとセレスは相変わらず言い合いをしている。アレンはやれやれと言った面持ちで、頭を押さえながら馬を駆る。

珍しく出ていた日も、紅くなりながら沈み始めたころ、一行は目的地に到着し、直ぐに作戦に移った。
「いいかい? 外堀のここらへん。ここは木が生い茂ってて監視の目も行き届いていないはず。」
ルシャナが古い地図を持ち出し、皆に侵入経路を説明しだした。クラウドとシーナは、それを聞いて驚いた。
「アレだけだ探して見つからなかったのに・・・。意外な死角があったんだね。」
「そうさ。簡単に見つかったら“秘密”に成り得ないだろ? で、この茂みの中に、城に通じる秘密の地下通路がある。」
皆見つかりにくいように、黒い服に着替えた。そして、ルシャナを先頭に、見つからないように針葉樹の林の中からその秘密通路を目指す。


5: 手強い名無しさん:06/01/07 14:05 ID:E1USl4sQ
ルシャナは問題の茂みに到着すると、セレスに声をかけた。
「あんた魔法得意だろ? 気付かれない程度に手加減して、ここいらの雪を火炎系魔法で溶かしてくれないかな。」
「気付かれないように手加減して、しかもこの厚い雪の層を溶かすとは・・・結構無茶な要求を。」
「なんだよ、出来ないのかよ。」
クラウドが何時ものようにセレスをからかう。セレスもクラウドに言われるとムキになるのか、クラウドのほうを見ながら魔道書を取る。
「ふ、天才に出来ないことは無いさ。いくぞ! ファイアー!」
地面を一面に覆っていった雪が、セレスのファイアーによって見る見るうちに解け、解けた雪の下からは地面が現れた。そして、地面の一角に、周りとは明らかに色の違う部分が現れた。
「あったあった。ここだよ。ここが通路の入り口。ここは城の下水道に繋がってる。下水道を抜ければ城の倉庫さ。」
「・・・また下水道か・・・。」
アレンがポツリとこぼす。昔エトルリアに潜入した時も、確か下水道を経て潜入したはず・・・。
一行がルシャナを先頭に通路に入っていく。誰も使っていないせいか、中は暗く、そしてかび臭い。木の根も至ることころから張り出して、狭い通路が一層狭くなっていた。
通路を経て、下水道を抜ける。そして、行き止まりになっている壁の一角を、音が立たないように静かにずらす。すると、その抜けた先は薄暗い物置・・・倉庫だ。
「ふぅ、よかった。城の配置が変わってなくて。よし、行こう!」
ルシャナはセレナやシーナが行こうという前に既に先陣を切っていた。死んだと思っていた息子が、この城で騎士として生きていたのである。逸る心を抑え切れなかった。
城の中をいろいろ徘徊して調べてみる。城の造り自体は前と変わっていないようだ。だが、マチルダがどこにいるのか・・・。それを探していると、セレナが急に声を上げた。
「ねぇ、何あれ!」
「しっ、セレナ。僕たちは潜入している皆のですよ、そんな大声を・・・なんだアレは!」
セレスすらも声を上げてしまう。一行がその方向を見ると、頑丈な鉄格子に囲まれた部屋の中で竜が暴れていた。その横には・・・マチルダ将軍だ!
他の兵に連れてこられた人間に、何かを持ってマチルダ将軍が近づくと、その人間が目を開けていられないほどの閃光に包まれながら竜に変身した。その向こうでは、先ほど暴れていた竜が凄まじい音を立てながら倒れ、その竜は人の姿に戻ってしまった。その人間を兵士達が運び出していく。
「これは・・・竜化実験だ。・・・人を戦闘竜化するおろかな実験さ。」
一行がその声の方向を見ると、そこには槍を手にした騎士が立っていた。・・・レオンだ。
「ふ、お目当ての人物が相手からお出迎えのようだ。」
ナーティが剣を抜いて皆の前に立つと、レオンに小声で言った。
「我々も騒ぎを起こしたくないのだ。無論、あなたと戦いたくも無い。少し話を聞いてはくれまいか?」
その言葉に、レオンを一時びっくりしたが、直ぐに笑って返した。
「ははは・・・。お前達、何かあるとは思っていたが・・・。やはり、お前達が反乱軍だったのだな。」
「だとすれば?」
「この場で始末してくれる。お前達さえいなくなれば、このようなおろかな実験に拍車がかかることも無い!」
「待って! あんたは・・・あんたはレオンなんだね! 私の話を聞いて!」
「問答無用!」
ルシャナの叫びも虚しく、レオンが槍を構える。ナーティも仕方なく剣を構え、セレナ達に言う。
「やむを得ん。実力行使だ。セレナ、シーナ武器を取れ。ただし・・・分かっているな?」
「もちろん!シーナ、行くぞ!」
前衛5人がかりで一気にレオンに攻めかかる。しかし、相手もマルテに認められるほどの腕を持つ騎士。そう簡単には倒させてはくれない。相手の剣を槍で弾きつつ、渾身の力で相手を貫こうとする。その姿は、マルテの加護によって光り輝いているようにも見えた。
「俺も黒騎士と呼ばれる男。ただでは返さぬ!」
氷雪の槍がセレナを襲う。セレナはレオンの槍をサイドステップで避けると、そのまま背中に切りかかろうとした。相手もそれを防ごうと槍を振り回す。
しかし、この人数差の上の狭い通路では、長い槍は圧倒的に不利だった。セレスの魔法で怯んだところを、すぐさまセレナに近寄られた。そして、セレナは左に手にした剣で槍を弾くと、右に手にした剣で一気にレオンを突いた。


6: 手強い名無しさん:06/01/08 09:12 ID:gAExt6/c
「ぐぉっ・・・。」
レオンは膝を突き、その場にうずくまった。槍を取り上げると、アリスが近寄ってきて、レオンにライブをかけてやる。
「・・・?! 敵に情けをかけられるなど・・・いっそのこと殺せ!」
「言ったでしょう? 私達は、貴方と戦うために来たのではないと。貴方に話があってきたのです。」
アリスがライブをかけてやりながらレオンに優しく語りかけた。その優しさに包まれた言葉に、レオンも大人しくなってしまう。
「話・・・?」
「率直に話すわ。貴方が母親だと思っているマチルダ将軍は、本当の母親ではないわ。彼女は貴方の・・・マルテの力が欲しいだけなの。」
「何?! 母上が? お前達、適当な事を言って俺をたぶらかそうとしても無駄だぞ!」
アリスは再び興奮するレオンを抑えながら話を進める。
「いいえ、適当な事じゃないわ。本当の事よ。証拠は貴方の持っていた槍。」
「この槍が・・・どうかしたか?」
「その槍は、かつてのイリア王宮騎士団騎馬隊総司令、ラルクが持っていたもの。神将器は使い手を選ぶの。ラルクは処刑されそして、その槍はラルクの息子と共にベルンに没収された・・・。」
「!? ちょっと待て、それでは・・・!」
「そうよ。連れ去られた息子・・・その息子さんのお母さんが、ここにいるわ。」
アリスはライブをかけ終わると、ルシャナのほうを見た。その視線を追い、レオンもその方向を見てみると、自分と似た赤髪の中年女性が立っていた。
「レオン・・・貴方が・・・レオンなんでしょ?」
ルシャナがレオンの横に座り込み、レオンの顔を泣きながらさする。ラルク似だ・・・。
「そうだ。どうして俺の名を・・・。」
泣き崩れたルシャナの変わりに、アリスがレオンに教えてやった。
「その人がレオン・・・貴方の真のお母さん。ラルク総司令の妻、ルシャナさんよ。」
「よく生きて・・・。」
レオンは頭が混乱してしまった。自分が母親だと思っていた人物が実は自分の親の仇。そして・・・自分も迫害対象であった人間族だった・・・。それが事実なのか、こいつらが騙そうとしているのか。そう簡単に判断できなくなった。しかし、目の前で泣き崩れる女性の様子を見るに、芝居とは到底思えなかった。
「くっ・・・。俺は・・・俺はどうしたらいいんだ!」
混乱するレオンをよそに、ナーティが再び剣を抜きながら皆に言った。
「それは後から考えればよかろう。それより・・・後ろだ。」
「おやおや、傭兵団が今度は実験現場を観光ですか?」
その声に、一同はびっくりしてその声のしたほうを見た。そこに居たのは、大勢の部下に囲まれたマチルダ将軍だった。
「レオン、貴方も敵を前に何をしているのです。さっさと始末してしまいなさい。」
「母上、一つお伺いしたい事がございます。」
レオンは槍を取り直すと、マチルダとセレナ達の中間あたりに立って言った。
「そんなことは後にしなさい。さ、早くその者たちを始末するのです。」
「俺は・・・俺は母上の本当の子供ではないと言うのは本当ですか!」
「・・・誰がそんなことを。」
「この者達が。そして、俺の父親を殺したのは母上だとも申しております。その証拠が、このマルテだと。」
レオンには何となく心当たりがあった。皆が感じる「エーギルの流れ」と言うものが自分には分からなかった。これは自分に魔力がないからだと思って済ましていた。他にも、やたら部下が自分に対し反抗的な態度をとったり、自分ばかり年をとっているような気がしたり・・・それも、自分が人間で、この赤髪の女性が真の親だと言うことが本当なら、全て説明が付いた。
マチルダは暫く沈黙していたが、もはや隠し切れないと悟ったのか、不適に笑いながらレオンに向けて言い放った。
「ふふっ、とうとう知ってしまいましたか。」
「何?!」
「もう少し役に立つかと思いましたが、やはり劣悪種。マルテが何故そんな貴方を選んだのか今でも納得いかないのですよ。」

7: 手強い名無しさん:06/01/08 09:13 ID:gAExt6/c
「・・・貴様!」
「やれやれ、マルテが私を使い手に選んでさえいれば、こんな回りくどい事をしなくて済んだのに。」
マルテを握るレオンの手に力が篭る。しかし、多勢に無勢。この状況で戦うには明らかに分が悪い。
「お前がマチルダ将軍だな! あんたのせいであたしの母さんは!」
セレナもレオンの横まで歩きながらマチルダ将軍をにらみつけた。こいつのせいで、こいつのせいで、母さんは人生の歯車を狂わされた。母さんだけじゃない。ルシャナさんも、レオンも、イリアの皆はこいつのせいで。
「あなたが蒼髪の堕天使の子ですね。勘違いしないで欲しいですよ。彼女は、彼女の意思で自らの姉を殺したんです。村人の目の前でね!」
「嘘だ! 母さんがそんなことするわけ!」
「嘘ではありませんよ。それに・・・貴方の母親が殺したのは姉だけではない。自らの夫までも、その手を赤く染めて殺したのです。」
マチルダのその言葉に、セレナやシーナ、そしてアレンもが驚き、頭の中が一時真っ白になった。
「でたらめを言うな! シャニー殿がロイ様を手がけるなど。あんなに愛し合っていた間柄なのに、そんなことはありえない!」
アレンが少々我を失いながら反論した。アレンはその目で見ていたからである。ロイとシャニーの仲睦ましい間柄を。
「でたらめではないと言っているでしょう。セレナ、貴女の母親は、自らが生き延びたいが為に、最愛の夫を殺したのですよ。なんて自己中心的な女なんでしょう。目的の為なら例え愛するものでも斬り捨てる。結局、その後我らベルン軍に葬り去られたようですが。」
マチルダが淡々と述べる。周りのベルン軍の兵士達も嘲笑している。どうやら嘘ではないようだ・・・しかし、セレナもシーナも、そしてアレンも、どうしても信じられなかった。いや、信じたくなかった。
「そんな・・・そんなバカな!」
シーナが頭を押さえながら首を横に振る。その反応を楽しむかのように、マチルダは続ける。
「ロイもロイですよ。優良種でありながら、あんな劣悪種の女に誑かされて。シャニーがロイを誑かさなければ、ロイももっと幸せな生涯を送れたでしょうに。バカな男。ロイは我ら優良種の面汚しですよ。本当に恥さらし。」
「貴様ぁ!」
アレンが珍しく声を張り上げた。その目は主を侮辱された怒りに満ちている。一堂は、今まで見たことの無いアレンのその目つきに、恐怖すら覚えた。
「貴方はロイに仕えていたものですね。覚えていますよ。残念でしたね。しかし、シャニーと言う虫の存在を許した貴方が悪いのです。部下にも恵まれず、そして最後は自分が心を許した最愛の恋人に殺されるなんて、ロイは本当におろかな・・・英雄なんてバカらしくてお世辞でも言えないわ。」
「このやろう! 貴様がマチルダだな! 俺は絶対お前を生かしておかねぇ!」
「そうよ! よくも私の母様を!」
クラウドもアリスも怒りが頂点に達していた。アリスが怒鳴るほどだ。その怒りは計り知れない。
「母様・・・? ほぅ、生きていたのですか、イリア王女。だから先にも言ったでしょう。殺したのは私ではないのです。貴女の叔母が、その手、その意思で殺したのですよ。そっちのは・・・ほう、クリスの子ですね。エーギルの波長で直ぐ分かりますよ。私の翼を切り落とした、あの醜い劣悪種・・・。親の因果が子に報い・・・たっぷり礼をさせてもらいますよ。あははっ」
マチルダは天を向いて甲高く笑った。その声は、何か相手を苛立たせる、そんな声だった。その笑い声に、今まで沈黙していたナーティが怒鳴った。
「貴様・・・・今まで黙って聞いていれば・・・。 死者を愚弄するにも程度がある! お前は本当に騎士か!」
「ふふふ・・・愚弄も何も、本当の事を言って何が悪いのですか? 所詮は二人とも我らにあだなすゴミ。ロイも劣悪種に手を貸している時点で同族ではないわ。優良種以外は存在する価値もないムシケラなのよ!」
「・・・だから貴様は、人間を集めては竜化実験に使い、殺していたのだな・・・。」
レオンが重い口を開いた。セレナ達の言う事は本当だった。レオンはそれを確信した。セレナ達の言ったこと、そして、今マチルダの口から放たれた言葉、全てを合わせると、今まで疑問に思っていたことが全て、まるでパズルが完成したかのようにぴったり解決するのだ。
「おほほほ・・・正解。劣悪種といえどもその有効活用しないと勿体無いですからね。しかし・・・貴方も事実を知ってしまった以上例外ではないわ。皆の者! こやつらをすべて討ち果たせ!」
周りにいた兵士達が一斉に襲い掛かってきた。この状況で戦ってもまったく勝ち目は無い。

8: 手強い名無しさん:06/01/09 21:22 ID:9sML7BIs
「くそっ。すまない、セレナ殿。」
「謝ってる暇があるなら逃げようよ!」
一同はとにかく逃げる。しかし、このままでは逃げ切れそうにも無い。
「セレナ殿。俺が囮になる。貴女達は元来たルートを使って逃げるんだ!」
セレナが反応する事も出来ないうちに、レオンが一同とは違う通路へ走っていってしまった。
「あ! レオン!」
レオンを追いかけようとするセレナを、ナーティが捕まえた。
「今はあいつを信じるしかない。我々はただ逃げるしかないのだ。時と状況をわきまえろ!」
「でも! あいつだけ犠牲になんて出来ないよ!」
「時と状況をわきまえろと言っているのだ! 前にも言ったはずだ。お前の判断は、お前だけのものではないと。少しは学習しろ!」
セレナは少しぎょっとした。ナーティがいつも以上に怖く感じたからである。仕方なく、ナーティの言われるままに逃げることにした。
「みんな、少し時間を稼いでください!」
セレスがなにやら詠唱を始めた。セレスのことだ。何か考えがあるに違いないと悟ったアレンたちが時間稼ぎをし始める。そして、暫く詠唱した後。
「アレンさん!後ろに引いてください。 出でよ! ファイアーウォール!」
狭い城の通路に突如炎の火柱が上がり、ベルン兵の行く手をさえぎった。
「でかしたぜ、セレス!」
クラウドがセレスの肩をたたきながら走り出す。一行もそれを追い、そのままその姿は消えた。
「・・・ちっ、薄汚い劣悪種共め・・・。」
マチルダが舌打ちをしながらその姿を為すすべなく見る。
「マチルダ様! 奴らを追いかけますか!?」
「待ちなさい。どうせ、神将器のエーギルの波動をたどれば、すぐに居所など知れます。まずはしっかり出撃準備をしましょう。どの道王都決戦は、同族に被害が出るためにしたくありません。こちらから討って出るのには都合がよいのですよ。」
兵達がマチルダの指示の元、一斉に散っていく。残されたマチルダは暫く呆然と立ち尽くし
そして、ふと窓の外を見ると、漆黒の竜が南の空に向かって飛んでいく姿が見えた。レオンだ。そんな一騎だけで飛んでいる飛竜など、自分の持つ、風の秘奥義を使えば、あっという間に微塵に出来るはずだった。だが、マチルダには何故かレオンに風の魔法を撃つことができなかった。ただ、飛び去っていく飛竜を見つめる事しかできなかった。
「レオン・・・。私は、もう少し私に奉仕してくれるものと思っていましたよ。あの時、何故いっそのこと殺して、神将器の継承権を我が物にしなかったのか・・・アレが最大の失敗だったわね・・・。」
見えなくなるまでずっとレオンの姿を見ていた後、マントを翻すと自分の部屋へと戻っていった。その目から涙を流しながら。

一行はそのまま森を伝って王都から脱出し、宿小屋まで戻ってきた。
「はぁはぁ・・・ここまで逃げてくれば平気だよね・・・。」
セレナが息を切らしながら翼を休める。とりあえず直面していた危機は脱した。しかし、問題はこれからどうするかだった。相手は警戒を強めているだろう。同じ手は二度も通用しない。
しばらく皆がどうするか考えていると、上空に黒い点が見えてきた。それはどんどん大きくなっていき、輪郭が分かるほどになるまで時間はかからなかった。
「・・・レオン!」
ルシャナは飛竜が飛んでくるほうへ駆け寄り手を振った。それに気付いたのか、レオンがルシャナの元に降りてきた。
「この軍のリーダーは何方か?」
「一応私だけど、実質的にはこっちです。」
シーナがセレナを指差しながらレオンに説明してやった。レオンはセレナの目の前に立つと、頭を下げていった。
「もう知っているかもしれないが、俺の名はレオン。今まで騙されていたとは言え、お前達に攻撃してすまなかった。」
「いいよ、そんなの。それより、貴方の力を貸してくれる? あたし達は一人でも多く戦力が欲しいの。」
「もちろんだ。今まで仇に手を貸していたとは、俺は無知だった俺自身に腹が立つ。この借りは必ず返させてもらう。」
レオンの言葉に一同が安どの表情を浮かべたことは言うまでもない。


9: 手強い名無しさん:06/01/09 21:22 ID:9sML7BIs
「それにしてもお前、神将器が使えるのか。すげぇよなぁ、俺なんか未だに鉄の槍だぜ?」
仲間になった途端、早速クラウドがレオンに話しかける。
「お前は・・・あの時の。ふっ、俺の技、とくと見せてやるぜ。」
「レオン、よく生きて・・・。あぁ、顔をよく見せて。」
ルシャナがまたレオンの顔をさする。今度は同じ軍。何の躊躇することも無い。ルシャナは感極まって泣き崩れながらも、しっかりレオンを抱いた。
「母上・・・。今まで知らなかったとは言え、母上を悲しませたことをお許しください。」
「知らなかったのだから仕方ないわ。私は元気でいてくれただけで、それだけで十分嬉しい。でも、貴方も人間を迫害していたの?」
「はい・・・情けない事ながら。幼いころから人間は劣悪であると言う教育を受けていました。俺もおかしいと思っていましたが、マチルダの言う事を盲目的に信じてしまっていました・・・。」
「何故?」
「俺は、マチルダを母親だと思い込んでいました。マチルダは俺に対しては優しかった。あんな優しかったマチルダが、何故人間を迫害するのか・・・俺にはわからなくなりました。」
セレナも分からなかった。迫害している人間を育てると言うのは、マルテの力が欲しかったと言う理由で片付けることが出来る。しかし、迫害対象をレオンが言うように優しく、自分の子のように心から接する事ができるだろうか?
ナーティにはそれが何故だか分かっていた。だが、セレナ達が同情に駆られてマチルダを倒すことが出来なくなる事を危惧して、この場では理由を言わなかった。
「さぁて、これからどうしようか。一度作戦を練りなおす必要があるのだが・・・。」
アレンが自分の愛馬をなだめながら独り言のようにポツリと漏らす。もう同じ手は相手も食わないだろし、警戒レベルも上がっているだろう。
「あの村からは追放令が出されているし、僕たちが帰る事の出来る場所はカルラエしかないですね。」
セレスがやっと整ってきた息で話す。カルラエなら自分達を受け入れてくれるだろう。
「追放令? 人間相手にも嫌われているのか? お前達何かしたのか?」
レオンが意外そうに話した。自分達を救ってくれるかもしれない存在を追放するとは信じられなかった。
「うん。あたしの母さんがマチルダのせいで追放令を出されてて、その一族は同罪だって・・・。」
「セレナ、マチルダのせいだけではなかろう。母親を庇いたい気持ちも分かるが、現実を見つめなければならないぞ。」
「だけどさぁ!  あたしは未だに納得できないよ!」
セレナがまた、どうしようもない持って行き場の無い怒りをナーティにぶつけた。ナーティは手で長い銀髪を梳かしながら、やれやれと言った表情を浮かべる。
「・・・お前達は、マチルダの・・・ベルンのせいで追放されていると言うわけだな?」
レオンがセレナに確かめるように訊いた。その目は何か覚悟を決めたように少々据わっている。
「え? ああ、そういう事にだよ!」
「よしわかった。俺の最初の仕事だ。その村に行こう。」
そういうとレオンは愛竜(?)に跨った。一行もレオンに釣られて用意を始めた。
「セレナ、気をつけてね。私達は憎しみで戦ってはいけないのよ。」
アリスがセレナに軽くお説教をする。真っ直ぐなのはいいことだが、だからと言って自分達の目的を忘れた言動が許されるわけではない。
「わかってる。ごめん。あたし、つい熱くなっちゃって。・・・気をつけるよ。」
「ふっ。」
セレナの言葉を聞いて、ナーティがまた鼻で笑う。
「なんだよ。何であんたが笑うんだよ。」
「別に。」
「何だよ、ムカツクヤツ・・・。」
そういいながらまたセレナが離陸を始める。翼を広げ、翼に魔力を集中させる。
「セレナ。」
またナーティがセレナを呼び止める。気を集中していたセレナは、その声に少々驚いた。
「? 今度は何さ。」
「・・・お前は言動だけでなく、太刀筋も荒い。もっと隙の無い行動を心がけろ。いつまでもそんな調子では・・・死ぬぞ。もっと物事に対して気を引き締めてかかれ。」
「・・・わかったよ。」
説教されて、セレナはシーナやセレスの乗る天馬が飛んでいる所まで撤退すると、何時ものように愚痴りだした。


10: 手強い名無しさん:06/01/10 00:16 ID:gAExt6/c
3スレ目ですし、ここで今まで2部で登場した人たちをまとめておきます。

名前(種族/性別/クラス)

◆セレナ(竜族/女性/二刀流剣士)
二部の主人公的扱い。 西方でのんびり暮らしていたが、自分達が英雄ロイとシャニーの子であることを知り
両親が果たせなかった夢を、自らの理想を実現する為に立ち上がる事を決意。シャニーと瓜二つで、性格的にも元気一杯で絶対に諦めない。
が、度が過ぎるのが玉に瑕。 本人はナーティに憧れているが、その笑顔がどれだけ周りを明るく照らしているかという事には気付いていない。
蒼髪のショートヘア。

◆シーナ(半竜族/女性/天馬騎士)
セレナの妹で二人は双子の関係にある。姉と同じく、世界をあるべき姿に戻すべく立ち上がる。
姉を反面教師に育ったためか、姉とは反対に慎重派で、どちらかというと人見知りをするタイプ。だが、やはり両親にそっくりで、心の中は人一倍熱かったりする。
実はひそかに兄貴分であるクラウドを慕っている。セレナ曰く、彼女の料理はどんな武器より殺傷能力があるらしい・・・。
橙髪のポニーテイル。

◆クラウド(半竜族/男性/騎士)
アレンとクリスの子。父親に憧れて自らも騎士になる道を選ぶ。
セレナと同じく熱血漢で、思ったことは言わずにはいられない性格。それが時を選ばないから困りもの。
だが、意外と本人は深く考えており、意図しているのか、何も考えていないのか分からないことも。
赤茶色であまり整えていない髪

◆アレン(人間族/男性/聖騎士)
君主ロイの遺言を忠実に守り、子供達を守り育てた紅蓮の騎士。
最初は君主の言葉を守るべきという気持ちと、君主の仇を討つという二つの相反する感情に葛藤していたが
息子に激励され、以降は元の彼を取り戻した。年相応に落ち着いたが、やはりロイのことになると熱い心が表に出る。

◆アリス(人間族/女性/プリースト)
イリアの聖王ゼロットと、その妻ユーノの子。前の戦争で両親が戦死したため、アレンが他の子供達と一緒に西方へ連れて行った。
優しく、包容力があるが、しっかりと強い芯も併せ持っている。セレナ達の姉的存在。 目に見えないものと交信する不思議な力を持っている。
イリアのことを常に気にしているが、戦争で力の無い民が犠牲にならないかも常に心配している。
紫のロングウェーブ。

◆ナーティ(人間族/女性/魔法剣士)
セレナ一行に雇われた女傭兵。厳格で常に冷静。優しいアレンに対して、厳しい発言が多い。
特にセレナに対しては厳しい態度をとることが多く、よく剣の稽古にも付き合っている。しかし、それはきっとセレナを誰よりも理解している故の行動だろう。
謎な部分も多い為、クラウドに怪しまれている。 どうやら、かつてベルンと何か深い関わりがあったようなのだが・・・。
銀の長髪。隼のような厳しく冷たい視線が、近付き難い印象を与えてしまっている。

◆セレス(人間族/男性/賢者)
エトルリアの名門貴族、リグレ侯爵家当主のクレインとティトの間の子。
アクレイアでパーシバルと共に、エトルリアを取り戻す為のゲリラ的活動を行っていた。セレナ達がエトルリアを開放して以降、彼女らと行動を共にする。
痛い事をさらっと言ってしまったり、やや自信過剰なところもあり、あまり愛情表現は得意ではないが根は優しい。クラウドとはケンカ友達。
金髪で整えられた髪型。

◆レオン(人間族/男性/竜騎士)
風将マチルダによって育てられた人間族。本当はかつてのイリア王国騎馬隊総司令ラルクと、王宮騎士団団長ルシャナの間の子なのだが
マチルダがそのマルテの力を欲せんとするばかりに、親から子供を奪った。しかし遂に真実を知り、セレナ達の仲間に加わる。
騎士道精神に溢れ、落ち着いている。だが、間違っていると思うことに対しては、相手が誰であろうと間違っていると言える人間。
髪の色は緑。黒色の竜も特徴的。

11: 手強い名無しさん:06/01/10 00:22 ID:gAExt6/c
ベルンの人たち

◆ガルバス・サンダース(半竜族/男性/狂戦士)
ベルン五大牙の一人で、西方三島を支配していた。別名「闘将」。
元盗賊団の頭目という事で、品のかけらもない、粗悪で自己中心的な性格。
神将器の一つ天雷の斧―アルマーズ―を所持して、その力に過剰な自身を持っていたが、神将器に認められなかったようだ。

◆リゲル(半竜族/男性/ロードナイト)
ベルン五大牙の一人で、エトルリア駐留軍の総督。極度のナルシストで、美しいもの意外は存在する価値すらないと思っている。
毎日賭博や女遊びなどの快楽にふけり、同族の陳情にすら耳を貸さない。おかげでアクレイアの治安は荒れるばかり。
施政者としては全く失格な存在。こんな性格になってしまったことには、大きな理由があった・・・。

◆マチルダ(半竜族/女性/魔法騎士)
ベルン五大牙の中でも唯一の女性騎士。別名「風将」。
その性格はブリザードのように冷徹で、とにかく頭の回転が速い。相手を精神的に追い詰める作戦が得意。
アゼリクスと共に改造竜石を研究しており、そのために多くの人間が殺されている。風の超魔法、セイクリッド・ブレスが彼女の必殺技。

◆アゼリクス(半竜族/男性/大賢者)
ベルン五大牙の一人。本人曰く、ベルン五大牙随一の「智将」。五大牙の中でもかなりの最高齢。
常に漆黒のローブを頭から羽織、一見ボケているのようにも見える。だが、知謀の図り方は凄まじく、ロイ達を壊滅に追いやった張本人でもある。
しかし、彼は固定した本拠地を持たない。むしろ知られていない。他の五大牙とも別行動をとることも多くあまり存在感がない。だがしかし・・・。

◆グレゴリオ(半竜族/男性/将軍)
ベルン五大牙の筆頭。メリアレーゼがエレブ大陸に侵略を開始する前から彼女に忠誠を誓っている老将。
メリアレーゼが唯一真意を話す相手で、メリアレーゼが何をしようとしているかを知っている数少ない人物。
彼自身は他の五大牙と違い、種族により優劣などの差別をしてはいけないと考えている。それはお互いの溝を深めるだけだと。
それでも尚、あくまで忠誠を誓うメリアレーゼに従っている。

◆メリアレーゼ・フェンリル(半竜族/女性/召喚士)
ギネヴィアの体を乗っ取り、エレブ大陸を侵略してきた別世界のハーフの長。
彼女もかつては心優しい賢者で、半竜族を迫害する人間族からも、ハーフでなければ、とすら言われるほどの人望の厚い人物だった。
しかし、今やただの侵略者に成り果てている。彼女が目指すものは、「種族にかかわらず、差別されずに生きる事のできる世界」の実現。
だが、それはセレナの考える世界とは全く違うものだった。その実現の為に彼女が実行しようとしている恐るべき計画とは・・・。


12: 手強い名無しさん:06/01/10 00:22 ID:gAExt6/c
その他

◆エキドナ
西方三島の人間の自治区のリーダー。セレナ達戦争遺児の育ての親でもある。かなりの肝っ玉母ちゃんである。
今やエレブ大陸に残された最後の理想郷とすら言われる西方をまとめているエキドナは、西方の皆の希望の星だ。
自治区にはギースやゴンザレス、バアトルなどの漢達も多くいる。

◆パーシバル
王国を失った後も、エトルリアを取り戻そうとゲリラ組織を展開する元エトルリア王国大軍将。
エトルリアのかつての繁栄を夢見て、ハーフたちと激しい抗戦を繰り返す毎日。
そのゲリラ組織には、セレスのほかにパントやララムもいる。

◆ルシャナ
セレナ達の母親、シャニーとは無二の友だった。元イリア王国王宮騎士団団長。
今では騎士としての身分を永久に剥奪され、帯剣も禁止されている。
セレナ達に会うまでは、騎士としての情熱を忘れてしまっていたが、息子がベルン兵として生きていると知り、再びそれを取り戻す。

◆ミレディ(人間族/女性/竜騎士)
かつては、ベルン王国王国騎士団守備隊長。だが、忠誠を誓っていたギネヴィアが実はメリアレーゼに乗っ取られていることを知り、弟共に脱走。
その際メリアレーゼの放った闇の召喚魔法で殺されそうになるも、弟に庇われてからくも逃げ延びる。
その後は「アルカディア」と呼ばれる謎の集団に与し、セレナ達、殊の外アリスを狙う。何を目的に組織され、何故アリスたちを狙うかは謎。

13: 第二十二章:止まらぬ時間、変わらぬ想い:06/01/10 23:47 ID:9sML7BIs
「ちぇっ、あいつ。あたしよりちょっと強いからってさぁ。」
セレナのその言葉に二人して、声も口調も揃えて言い返した。
「・・・ちょっと?」
二人の言い草に、セレナは何時もの様に頭へ血を上らせて反論した。
「あぁ! “かなり”でしたよ! もうっ、毎回毎回同じリアクションしちゃってさぁ!」
二人はそのセレナの反応を狙っていたかのように笑い出した。
「ははは。貴女は弄ると面白いですね。でも、ナーティさんの言っている事は正しいと思いますよ。一応、貴女はこの軍のリーダーなんですから。」
「うーん。そうだね。気をつけるよ。あぁ、あいつももっと優しい言い方すれば、こっちだってさぁ・・・。」

一行は丸々1日を移動に使い、ようやくあの村に戻ってきた。
「うー・・・。もうこんな寒空の高速移動はカンベンしたいもんだよ・・・がたがた。」
セレナが身を震わせて言った。翼は凍りつきそうだ。皆が休憩する間もなく、レオンは如何にもベルン兵と言うような格好を装った。頑丈な鎧に、竜の頭をかたちどった兜・・・。
「お前達は、ここにいてくれ。いいか? 俺が合図するまで絶対に姿を見せるんじゃないぞ。」
そう言い残すと、レオンは村のほうに歩いていった。何を企んでいるのか見てみたい気持ちを押さえ、一行は村から少し離れたところでレオンの帰りを待った。
レオンはそのまま村の中に入っていった。村人達は周期外のいきなりの来訪に驚いた。何時もはちゃんと何日に一度、と言う周期で兵が回ってくる。だからそれ以外の日は皆、ベルンに指定された作物以外の作物の世話をしたり、いろいろ私用をこなしているのだ。
レオンは慌てふためく村人に近寄り、わざと怒っているような口調で訊いた。
「おい、劣悪種。この村の長はどこにいる?」
「は、はい、レオン様。村長は自宅におられます。」
レオンはそれを聞くと無言で村長の家へと向かう。焼け焦げた家々と墓の通りを過ぎ、一番奥にある村長の家に入る。
「!? こ、これはレオン様。つい5日前にご来訪成されたばかりだと言うのに、今日はどういったご用件でございましょうか。」
村長がやはりあわててレオンを迎える。
「村長。今日は監視に来たのではない。一つベルンの命令を持ってきただけだ。」
「左様でございますか。して、そのご命令とは?」
「この村には禁忌の存在がいるようだな。」
「あぁ、シャニーのことですね。ベルンにあだなす堕天使。今でも憎い存在です。」
村長がレオンの、ベルンの機嫌をとるためにやや誇張して話しているのは明白だった。ベルンの機嫌を取るためにも、シャニーを禁忌の存在にしておく事は都合がよかったのである。そのため、ベルンからはこの村はベルン信仰がほかより厚い村とされ、他の村よりある程度優遇されていた。
「では命令を下す。今このときより、禁忌を解除しろ。」
レオンの予想だにしない言葉に、村長は驚いた。自分達にあだなす存在を禁忌から開放しろと言うのだ。
「なんですと。それは一体・・・。」
「聞こえなかったのか? 今このときより、シャニー禁忌令を撤廃しろと言ったのだぞ。」
「は、は、はい。かしこまりました。」
「当然、禁忌解除に関連して、その一族がこの村への来訪する事も許可する事。いいな!」
レオンは村長に槍をちらつかせながら、そういって立ち去った。いくら憎く、禁忌の存在と認定していても、ベルンの命令には逆らえなかった。
一行が寒さに耐えながら森で隠れていると、レオンが帰ってきた。
「お帰り。で、どうだった?」
「お前の母親を禁忌から解放してきた。これで・・・お前達もあの村に入ることが出来る。」
アレンやセレスはやはりと言ったような表情を浮かべたが、双子の反応は違った。
「えー。あんなに嫌われてたのに。どうやってさ?」
セレナが心底驚いたような口調で聞いた。あんなに嫌っていて、自分達もひどい口調でののしられて追い出されたのに。
「忘れたか? 俺はベルン北方軍の守備隊長だったのだぞ? 逃走したことを奴らは知らないだろう。奴らもベルンの命令なら聞かざるを得まい。」
「じゃあ、レオンさんはまたベルン兵として・・・。」
「ああ。俺もいくらか酷い事をしてきた。お前達はまだ何も変なイメージは付いていないだろう。恐怖の存在と言うレッテルを貼られるのは俺だけで十分だ。」


14: 手強い名無しさん:06/01/10 23:48 ID:9sML7BIs
シーナは、レオンがベルン兵であると言う事に誇りを持っていたに違いないと思った。だから、それが偽りで、迫害される側だったと知った事は、まるで自分を否定されたも同じだったはず。それにもかかわらず、また、真に人々に忌み嫌われているベルン兵となって自分達を助けてくれたのである。人々から忌み嫌われ、自分自身を否定され、帰る場所が無くなった。その悲しみを、シーナは推測する事もできなかった。
「よかったじゃねーか。これで村に入ってお袋さんの供養が出来るじゃんか。」
クラウドが何か考え込むシーナの肩をポンッと叩きながら言った。そのクラウドの言葉に、シーナもはっと我に返る。
「そ、そうだね。よし、姉ちゃん、行こう。」
歩き出した双子に、何時ものようにナーティがしっかり忠告をする。これは・・・迎えられて村に入れるわけではないこと言う事を。
「間違えるなよ。あの村が、お前の母親へのわだかまりを払拭したわけではない。力によって、仕方なくその意思を捻じ曲げられているだけに過ぎない。」
「そう。我々の使命は、外部的な力ではなく、内発的に我々を迎え入れてくれるようにする事。そのためにも、我々は何としてもマチルダを倒さなければならない。」
アレンも付け加える。双子は無言でうなずくと、村の入り口に向かって走っていた。とうとう、自分達の母親と近い場所に立つ事が出来る。そう思うと、無意識に走り出してしまったのだった。
「・・・私は、ここで待たせてもらう。」
追いかけようとするアレン達に、ナーティが言う。
「どうしたのですか?」
セレスが理由を聞こうとするが、ナーティは沈黙したまま、レオンと共に村の外に出て行ってしまった。
「きっと見張りをしてくれるんですよ。もし本当のベルン兵が来ちゃったら危ないし。」
アリスのその言葉にセレスも何となく納得した。その間にも双子はどんどん走っていってしまう。アレン達は急いで双子を追いかける。
村に入った一行は、回りの視線を気にしながらも、村の中を探索する。前の戦争で焼け焦げた家々の前にはどれも墓があった。しっかりとした石造りの墓だ。恐らく前の戦争、いやマチルダがこの村に来て焼き払いを行ったときの犠牲者だろう。セレナ達は、その光景の醜悪さに息を呑んだ。
暫く奥へ行くと礼拝堂が見えてきた。その通りの焼け焦げた家の一つに、何の手入れもされず、墓も無い家があることにセレナ達は気付いた。
「あれ、ここの家だけ墓が無いね。」
セレナが真っ先に気付き、声を上げる。墓が無いだけではなく、ゴミも投げ捨てられている様子だった。
「きっと空き家だったんだ!」
クラウドが閃いたようにポンッと手を打ちながら言った。しかし、アリスにはこの背景に見覚えがあった。これは・・・。
「ここは・・・イリアの空中華、天馬騎士三姉妹の家があった場所じゃ。」
一行が声の主を探して振り向くと、そこには初老の男性が立っていた。
「え?」
「ここは、ユーノ、ティト、シャニーの家だった場所。末妹が長い間ずっと禁忌として疎まれていた為に、墓も作られず、災いが起きると全て禁忌の仕業と罵ってきた・・・。」
「じゃあ! ここが・・・ここがあたし達の母さんの家!?」
シーナが思わず声を上げた。母の生まれ故郷にやっとのことで入る事に成功し、何か母に所以のあるものが見つかるかと思った矢先だった。そこには思い出の欠片も無く、ただ焼き焦げた瓦礫が残るのみだった。形あるものは皆、燃え尽きてしまったのであった。
「・・・そんな。」
セレナも珍しく泣き出してしまう。母の生きた証以前に、墓もなく、供養すらされていない。そんな仕打ちはあんまりだと思った。何か悔しさが溢れる。
「私達は・・・何か間違いをしていたようだ。何故、あの娘を禁忌にして、村を追放したのか・・・。あの時の私達こそ、何か悪魔に魅入られていたのかもしれん・・・。」
その男性は思い出すような口調でそういった。憎しみと悲しみ。それによって引き起こされるやり場の無い怒り。どうしようも出来ない感情を、人は何かにぶつけなければ収まらない。傷つき、疲れたとき人は思いやりを忘れ、その牙は弱者に向けられる。村人がシャニーを追放した時も、きっとそのような感情に襲われていたのだろう。
「ほらほら、泣くんじゃないよ。あんた達の母さんを慕ってる人間はたくさんいるサ。泣いてる暇があったら、そいつらの叫びに答えてやるべきじゃないのかい?」
ルシャナが双子をまるで自分の子の様に頭を撫でながら諭す。


15: 手強い名無しさん:06/01/11 15:41 ID:E1USl4sQ
形あるものは、時の流れの中で形を変え、いつか朽ちてしまう。しかし、時の流れの中でも、変化しないものがある。それは個人個人の心の中にある「想い」である。「想い」は、人から人へ、世代を、時代を超えて受け継がれる。
「想い」という形無き儚きものが、時の流れを超えて存在し続ける。目に見えず、触れる事の出来ない、在るか無いのかすらわからない。
だが、それこそが、形あるものが変化しようとも変わらず残っていく。セレナはこの想いに答えなければならないと強く誓った。そして、それと同時に、時を超えて受け継がれる「想い」と同じように受け継がれる、偏見や間違った価値観を何とか正さねばならないと思った。
それが、想像しなくても、いや想像を絶するほど困難を極める事は間違いなかった。時が全てを解決してくれる・・・そんな簡単な問題ではなかった。人が、あらゆる意味で「想い」をその個人個人の心の中に持つ限り。
「私は、シャニーを幼いころから知っている。だから、シャニーが村を犠牲にするようなことを考える子ではない事は分かっていた。じゃが・・・大勢に飲まれ、言い出せなかった。この村も私のような臆病者ばかりだ。強い者になびき、保身を図る・・。」
この男性のせいではない。問題なのは、少数を異端視する、間違った多数優位の社会であった。
「貴方は・・・もしかしてシュバルツおじさん?」
ルシャナが幼いころの記憶をたどりながら、思い出すようにその男性に尋ねた。自分達をまるで自分の子のように可愛がってくれた人だ。
「・・・おぉ! ルシャナか! よく生きて・・・。すまなかったよ。お前達が苦労している時に、何もしてやれず、それどころか・・・。」
「いいんだよ。おじさんこそよく生きていたね。」
「あぁ・・・。私はお前達に期待している。何とかベルンを倒し、この国を、昔のように希望に溢れる国に変えてくれ・・・。もし、ベルンを倒すことが出来たら、シャニーから預かっているもの・・・つまり遺品をお前達に授けよう・・・。」
「わかった。あたし達がんばるよ。よし、今日は遅いし、明日からカルラエの人と協力して一気に攻めあがるぞ!」
セレナは早く母親の遺品を見たいと言う気持ちをぐっと抑えながら言った。まず自分達がすべきことは、ベルンを倒し、この地に再び光を取り戻すことだ。
その男性はセレナ達を温かく迎え、家に泊めてくれた。しかし、他の村人が、セレナ達を心から迎えているわけではないことは、その視線からも痛いほど伝わってきた。セレナはこの人たちが持つ、母親への誤解を解くためにも、何とかイリアを救わなければと、意思を固めた。

しかし、この選択が、再びこの村を悲劇に陥れることになるとは誰が予想しただろう。深夜、セレナは金属のぶつかる音で目を覚ました。こんな深夜に金属音・・・? こんな田舎だ。狼の遠吠えは聞こえても、他は雪がしんしんと降る音さえ聞こえるほど静かだ。それなのに・・・何故?
そう思っていると、アレンが家に飛び込んできた。
「皆起きてくれ! 大変だ、ベルンが夜襲を仕掛けてきた!」
「えぇ!? ナーティさんやレオンさんは?」
シーナがびっくりして聞き返す。二人共村の外で番をしていたはずである。この音は・・・きっと二人が戦っているに違いない。
セレナが双剣を腰に刺すと真っ先に家を走って出て行く。これ以上、ここの人々との溝を深められない。そのためにも、ここで戦うことは出来なかった。ベルンが攻めてくる理由は、自分達がいるからに違いなかった。
外では案の定、ナーティとレオンがベルン先方部隊と交戦していた。
「くそっ、どうしてこうも簡単に俺達の居場所が知れたんだ!?」
レオンが飛竜にまたがりながらぼやいた。自分達はできるだけ敵に足が付かないように行動してきたはず。それなの何故・・・。
「わからん! しかし、もしかするとここの住人が通報したのかもしれん。遊撃隊にしては兵が多すぎる。だが、この村には・・・指一本触れさせぬ!」
ナーティが目の前の敵を切り捨てながらレオンに向かって答える。大分ベルン兵を片付けたところで、セレナ達も合流する。
「あぁ・・・。またしてもベルンが我々を・・・。レオン様? どうして貴方までベルンを相手に!?・・・そうか、やはり貴方もこやつらと内通していたのですな? 己、堕天使シャニーの末裔よ!またしても我々を地獄に陥れるつもりか!」 
村長が飛び出してきて、目の前の惨状を見ながらセレナに向かって怒鳴った。


16: 手強い名無しさん:06/01/11 15:43 ID:E1USl4sQ
「ち、違うよ。あたし達はこの村をベルンから・・・」
「えぇい、黙れ黙れ! お前の母親も同じ事を言っておったわ。じゃが、結果どうじゃ! 何も変わってはおらぬでは無いか。それどころか、何の罪も無いワシらが被害を被るのじゃ! お前も母親に似て、人を扇動するのが趣味なのか!」
村長のあまりの罵倒の仕方に、双子も反論できなくなってしまう。そんな二人を、ナーティが諭す。
「下を向いていても仕方あるまい。我々がしなければならないことは?」
「・・・ベルンを倒して、イリアに光を取り戻すこと。」
シーナが我に返って質問に答えた。
「なら、こんなところでグズグズしていられないだろう。これ以上敵に戦力を集中されたらまずい。どうするのだ?」
この質問に今度はセレナが答える。もう、迷っている暇はなかった。時は一刻を争う。もたもたしていてはまた、この村を戦渦に巻き込んでしまう。
「決まってる。数人をここに残して、残りで敵の主力を、ここに到着する前に倒す。それしかない。」
「じゃあ、早くメンバーを決めるんだ。」
アレンに言われて二人は考えた。一応二人がこの軍のリーダーなのだから、その決定は二人にゆだねられる。
「セレナ! 俺を連れて行ってくれ! 親父の仇だし、俺を騙してきたマチルダを俺は許せない!」
レオンが真っ先に名乗り出る。その目は威圧感を感じるほどにセレナを睨みつけていた。
「なぁ、俺も連れて行ってくれよ! 俺もお袋や爺さん婆さんの仇を討ちたいんだ!」
今まで黙っていたクラウドも、待っていましたと言わんばかりに名乗り出る。アレンはその息子の言葉に少々驚いた。今までそんなこと、親である自分にすら言ったことはなかったのである。
セレナは黙って二人に向かって頷いた。今の時点で、前線部隊は自分、シーナ、レオン、それにクラウドだ。人数的に考えて後一人ぐらいしか組み込めそうに無い。
そう考えていた時、ナーティとルシャナが同時に名乗り出た。
「私を・・・私を連れて行ってはもらえないか?」
「セレナちゃん、私を連れて行ってよ。」
ルシャナが名乗り出た理由は、きっと旦那さんの仇討ちだろうとセレナは思った。ナーティが懇願する理由は分からなかったし、村付近に強い前衛を一人残しておかないと危ないと思った。そういったことから、セレナはルシャナを誘ったが、ルシャナはそれをナーティに譲った。
「・・・ルシャナ殿、申し訳ない。」
「いいって。ここでバカな村長に、そのバカさ加減を思い知らせてやるさ。」
「バ、バカじゃと?!」
「あぁ、バカだよ! 強い者になびき、そいつが危なくなるとなんの悪びれも無く切り捨てる。そしてそいつを非難する。人間のやることじゃないよ!」
「お前は・・・ルシャナか! お前はまともだと思っていたが、結局親のいない奴はろくな事を言わんな! ワシらは平民だ。力のあるものに頼るほか無いだろう!」
「平民でもやれることはいくらでもあるさ。泣いてたら慰めてやる。それも大切なことじゃないのかい?! それをあんた達は逆に、感情の赴くままに!」
「うるさい! あいつはわしらを扇動して苦しめた。現にあいつのせいでこの村で多くの人間が死んだんだ!」
「その時あんた達は何かしたのかい!? 頼るだけ頼ってさ。で、責任は全て押し付ける。慰めてやることもしない。あいつがどれだけ苦しんで泣いていたかも知らずにね!」
シャニーは皆に出来るだけ笑顔を見せるようにしていた。しかし、親友のルシャナの前では疲れた顔をしたり、泣いたりすることもあった。そんな心を許した親友しか知らない部分。知らないことは罪ではない。しかし、思いやりを忘れ高慢になること。それは罪である。
「何をしようにも、我々には力が無い。ワシにも村民を守る義務があったのだ。」
「平民だからって何なの? 確かに力が無いのは認めるわ。でも、それを盾にとって、頼るだけ頼って責任は全て押し付けるなんておかしいわ! やれる事はいくらでもあるはず。 村民を守りたいなら、皆を集めてベルンに対抗すればいいじゃない。やる気が無いだけさ! 保身を考えたばっかりにね! あんたは言うだけで何もしないクズさ!」
「黙れ! ベルンに敗走した落ち武者が偉そうな口を聞くな!」
村長も逆上し、二人ともますます熱くなる。イリアは騎士と民が手を取り合い、未来を開拓していく、団結力が自慢の国だった。それなのに、騎士と民がいがみ合っては、良い未来は訪れるはずもない。たまりかねたアリスが間に割って入った。


17: 第二十三章:氷の女王:06/01/12 20:54 ID:9sML7BIs
「二人ともやめて! 村長さん、私きっとベルンを倒して、イリアを昔のように皆が手を取り合って笑える国に蘇らせて見せます!
だから、お願いだから手を貸してください! 力が無くてもできることはあります! 疲れた兵士を笑顔で迎えてあげる。これで十分なんです!
騎士と民が手を取り合って生きるイリアで、双方がいがみ合うなんて・・・。
ルシャナさんも。村長さんは村長さんなりに必死に頑張ってきたのよ。その苦労を分かってあげなきゃ、こちらのことだって分かってもらえない!」
二人はアリスの言葉に我に返った。村長も少しは考え直したようで、何も言わずに下を向いてしまった。
「さ、グズグズしてないで行っておいでよ。じゃあ、ナーティさんとやら、私の分までしっかり頑張ってきてよ? イリアを変える為にね!」
ナーティはルシャナの言葉に少し焦ったが、無言で頷くと、シーナと共に天馬にまたがった。
そして、一行は出発していった。敵はベルン北方軍本隊。苦戦は避けられない。
「ワシらにも・・・できること・・・。」
村長はポツリと一言漏らすと、何か思い立ったように村のほうに駆けて行った。

「さぁ、第二段が来るよ。イリアの歩兵部隊は先方部隊なんだ。」
ルシャナが、村を守る為に残ったメンバーに向かって気合を入れなおす。かつてイリア軍事の中心部分にいた彼女には、敵とは言え戦法がある程度分かっていた。森林が多く、足元が雪で覆われたイリアでは、歩兵は不利なのである。
「そっちの金髪の兄ちゃん。あんた立ち位置には十分気をつけるんだよ。平野戦と一緒の考えで居ると命が無いよ! あと、むやみやたらに火炎系魔法は撃たないこと。」
ルシャナが歩兵であるセレスに向かって特に多い指示をする。こういう風に指示をしていると、かつて天馬騎士団で指揮を振るった記憶が蘇ってくる・・・。ロイ達がイリアに到着するまではと粘ったあの時も、そして、主不在のエデッサ城が陥落したあの日も・・・。忘れかけていた祖国への熱情が、今まさに再び燃え上がっていた。
「わかりました。じゃあ、氷系と風系中心で行きます。エイルカリバーも使えますし。」
ルシャナの予想通り、歩兵舞台の第二陣がやってきた。歩兵の波状攻撃で消耗させてから、本隊である飛行隊が、視界の狭い闇夜の中、突然牙を剥くのである。これがイリア独特の戦法であり、同じ飛行隊を主軸とするベルン軍とは明らかに違う特徴であった。
「いくよ、アレンさん、頼むよ。」
前衛二人が歩兵隊に突っ込んでいく。地上兵はやはり、雪に阻まれて思うように動くことが出来ない。そんなこともあって、余計にルシャナの機動性が輝いて見える。
空中からの、まるで鷲が地上を這い蹲る獲物を鷲づかみにして狩るように、槍による一撃離脱の急降下攻撃を、足元がおぼつかない歩兵が避ける術はなかった。まるで鷲に狙われたネズミの様に。ある者には、空中を高速で飛ぶルシャナが流星に見えたと言う。
アレンも足場が悪い中、ルシャナに負けず劣らずの善戦を展開し、敵を寄せ付けない。リーチの長い槍で、動きの鈍い歩兵達を次々と倒していく。まさに一騎当千。アレンにとって、槍はもはや体に一部のようなものだった。鍛錬された槍術の前に、歩兵は近づくことすら容易ではない。やっと寄ってきた剣士も、アレンは槍を振り回し、弾き飛ばす。彼もまた、かつてベルン動乱で、神将ロイと共に戦った八英雄の一人なのだ。
歩兵部隊を半壊させるや否や、今度は騎馬兵部隊がやってきた。イリアの軍事行動に耐えうるように調教された軍馬。彼らは雪深きイリアの大地も物ともせずに駆けてくる。地の利は敵にある。
今度は流石に二人では厳しい。ルシャナはともかくとしても、アレンにとって不利であることは明白であった。槍に時折剣を交えて応戦し、何とか囲まれないように立ち回っているが、相手にも決定的な一撃を与えることが出来ない。傷つく事を恐れず突撃するアレンを、アリスは必死になって回復する。自分だってもっと強くなれば、光魔法を扱うことが出来るかもしれないのに・・・。しかし、戦場において、補給と同じくらい重要な位置を占めているものは、この回復なのである。後衛を信じているからこそ、前衛は突撃することが出来る。後衛の責任はそれゆえ重大だ。
アレンとルシャナが苦戦する中、セレスは慎重に戦況を見計らっていた。そして、この時を逃すかと言わんばかりに魔道書を広げ、一気に呪文を読み上げる。
「いくぞ、風と氷の複合魔法! ブリザード!」
セレスの放ったブリザードが、地面の氷雪を巻き上げながらどんどん肥大化し、瞬く間に敵を飲み込んでいく。極寒の風刃が周りの寒さにも助けられ、氷の螺旋を形作り、一気に敵を締め上げた。


18: 手強い名無しさん:06/01/14 21:58 ID:9sML7BIs
セレスの魔力と地形の魔法属性の相性の良さが、あっという間に戦況を逆転させた。隊列を乱された敵の騎馬隊は、ルシャナとアレンのよって一人ずつ片付けられていく。
たった一発の魔法で戦況ががらりと変わる。セレスはパントから魔法呪文だけではなく、そういった魔法戦術もしっかり叩き込まれていた。
戦況をとっさに見抜く先見性、賢者と言われる程の魔道師には欠かせないものだ。
ようやく敵の増援部隊もタマ切れらしく、4人はほっと胸を撫で下ろした。敵がいないことを確認すると、村長をはじめとして、村の若者達が出てきた。
「あれ、村長、どうしたのさ。」
「・・・戦いが終ったなら、一度村に戻って休息をとるがいい。食事や治療を積極的に手伝うように村に伝達してきた。」
ルシャナは村長の言葉を聞き、喜んだ。きっと村長は改心してくれたのだ。しかし、村長は続けた。
「間違えるなよ。まだワシらは、お前達や・・・シャニーを信じたわけじゃない。村を守ってもらった恩を返すだけだ。」
「わかってるよ。で、そんな武装して何処へ行くつもりなんだい?」
「ワシらも、やれることはやろうと思う。カルラエなどのほかの村々と協力し、今から王都へ一揆を仕掛ける。これだけ兵が出払っているなら・・・勝機はある。」
その言葉に、ルシャナは焦った。力の無い平民が・・・。しかし、先ほど自分のいった言葉を思い出した。平民でも、やれることはある。
その言葉への答えが、きっとこの村長の行動なのだ。
「わかったよ。でも、あんた達だけじゃ危険だ。私達も一緒に行く。みんな、行くよね?」
アレンは無言でうなずき、セレスも出発を前に服を調えた。
「勿論です。私もこの手で・・・王都を・・・お父様やお母様の国を取り戻したい!」
何時もは物静かなアリスが声を張り上げて言った。村人もアリスには期待していたらしく、歓喜をあげた。
「よしっ、じゃあ、村長。そういう事。行こう!」
今まで止まっていた思考が、再び動き出した瞬間だった。イリアの氷の中に閉じ込められていた想いが熱情によって溶け出したのだ。人々はイリアの春を求めて立ち上がる。ただ、じっとして冬が過ぎるのを待つのではなく、自らが動いて春を呼び込もう。待つだけでは、何も変わらない。一人ひとりの想いが、イリアを覆う邪悪な雪嵐を吹き飛ばす。
「ルシャナ・・・すまんな。」
「ん?」
村長の突然の謝罪に、ルシャナは驚いた。まさかこの石頭が謝るとは。
「ワシも何か間違いをしていた。ワシにもわかっていた。お前や、シャニーが一生懸命頑張っていた事は。しかし、頭では分かっていても、そう割り切れなかった。お前達の責任にすれば、ワシらは楽だったからだ・・・。今でもまだ割り切れたわけじゃない。じゃが・・・。」
「・・・私達も力不足だったのサ。これからはいがみ合ってちゃいけない。共に手を取り合って、協力しなきゃいけないんだ。この戦いが・・・その第一歩さ。よろしく頼むよ。」
「ああ。こちらこそよろしく頼む。この戦いが終った時、この何ともいえないわだかまりが解消できることを望むよ・・・。」
民のとっても、ルシャナをはじめとする騎士達にとっても、この戦いは大切な一戦だ。戦いに勝つことが出来る出来ないではない。これは・・・今までの自分達との戦いでもある。お互いを認め合い、助け合うことが出来るように・・・かつてのゼロット統治下ような国を目指す為に・・・。皆の目は既に戦いのその先に向けられていた。

一方セレナ達は、針葉樹林帯を上空から抜けた。王都方向から来るであろう、敵の主力部隊を迎え撃つために、セレナ、シーナ、そしてレオンは空中で陣を張る。クラウドとナーティも準備に余念が無い。
この一戦で決めなければ・・・。敵将はマチルダ。自分達の親も苦しめ、そして葬った相手だ。一筋縄ではいかない。
「なぁ、ナーティさんよ。」
「・・・。」
クラウドが話しかけても、ナーティは反応しない。クラウドがナーティのほうを見ると、いつも以上に厳しい顔つきをしている。何か決意を固めたような、そんな鋭い目線・・・。思わずクラウドは目を背けた。そんなに手強い相手なのか。マチルダとか言う奴は・・・。
時は来た。灰色の地平線に白い集団が現れ、こちらに向かってくる。
「来たか・・・。イリアの精鋭・・・ヴァイスリッター。いや・・・マチルダ!」


19: 手強い名無しさん:06/01/14 21:59 ID:9sML7BIs
ナーティがようやく声を発した。上空の3人は武器を構える。イリアの精鋭、ヴァイスリッター。そのスピードを生かした一撃離脱の空中殺法は、まるでかまいたちのように敵を切り刻み相手に付入る隙を与えない。圧倒的な力で押す竜騎士とはまた違う怖さを持っている。
ヴァイスリッターはセレナ達の少し離れたところで空中停止した。そして、先頭の天馬騎士が少し前に出た。
「おほほほ、逃げ切れるとでも思いましたか? 残念でしたね。レオンの持つマルテの波動をたどれば、あなた達がどこに行こうと、その居場所は特定できるのですよ。」
セレナも前に出て剣に力をこめながら言い返す。
「うるさい! 今まであたし達の故郷を蹂躙した罪、その身であがなってもらうぞ!」
「あははは・・・お前のような小娘に何が出来るものか。翼を失ったとは言え、お前達のようなヒヨッコには負けはせぬ。」
マチルダがまたあの甲高い声で笑い出した。人を不愉快にさせるような、不敵な笑い声・・・。それをレオンが止めた。
「マチルダ・・・。俺はあんたを信じてきた。しかし、俺の親父を殺したのがあんただったとは・・・!」
マチルダはレオンのほうを見ると、さぞがっかりしたような口調でレオンを突き放した。
「レオン・・・あなたももう少し私のために頑張ってくれると期待していたのに。あなたの父を殺めたのは、敗戦側の首謀者ゆえ仕方のないこと。私はあなたを本当の子供のように思っていましたよ。」
「・・・。」
「しかし・・・もうお別れです。真実を知ってしまったからには・・・消えてもらいます! 総員!敵を殲滅せよ! 情けはいらぬ。皆殺しにせよ!」
マチルダの号令がかかるや否や、一斉に天馬騎士たちが襲い掛かってくる。しかも、ただ闇雲に突撃しいるわけではなさそうだ。セレナ達を取り囲むように空中を旋回し、二騎で交差しながら突っ込んできているようだ。その統率の取れた隙の無い攻撃に、セレナ達は避けることが精一杯だ。
「ちっくしょ! これじゃ攻撃できない・・・。」
セレナは相手の鋭い槍を避けながらも苛立ちを隠せない。しかし・・・それでは敵の思う壺だと言う事が、レオンには分かっていた。つい最近まで、自分も彼らと混じって遂行していた作戦なのだから。
二本の対角線上に攻撃し、片方の攻撃によってできた隙を、もう片方の攻撃によって埋める・・・。天馬騎士でなければ為しえない、スピード攻撃だ。
「セレナ! 落ち着くんだ。 相手はイラついた相手の隙を狙ってくる。それじゃ思う壺だ!」
セレナも何とか平常心を取り戻し、なんとか相手の隙を見つけようとしている。しかし、そんなこう着状態で役に立つものが魔法である。セレスが戦況を一変させたように。しかし、魔法を使うことが出来るのは、何もこちら側だけではない。こんな状況を、マチルダが黙って見ているはずは無かった。
「親の因果が子に報い・・・。ふふふ、貴様達の母親に引きちぎられた我が翼の恨み、たっぷり返して差し上げますよ!」
マチルダが詠唱を始める。エーギルがマチルダの周りに冷気を帯びた空気が風となって集まってきた。
「喰らえ! 我が最終奥義。風の超魔法、セイクリッド・ブレス!」
マチルダの放った憎悪に満ちた冷徹なる暴風が、地上で天馬騎士からの波状攻撃に耐えていたクラウドを喰らおうとするが如く一直線に向かっていく。
そして、凄まじい爆音と共に、クラウドのいた場所から猛烈な砂煙と湯気が上がる。捉えた。マチルダはしっかりとした感覚を覚えた。あのような下級兵士が、自分の超魔法を喰らって生きているはずが無い。
「兄ちゃん!」
「!? 兄貴?」
空中の双子も、目の前で繰り出された恐ろしい風の破壊魔法の威力に愕然とした。兄は無事だろうか。
暫くして砂煙がやんだ。不敵な笑みをこぼしていたマチルダの口元が、キッと閉じる。
クラウドを、ナーティが結界を張ってかばっていた。マチルダはすぐさま今度はセレナ達に向かって魔法を撃つべく、詠唱を始める。しかし、下の方からの魔法攻撃によってそれを阻まれた。
「くっ、あの傭兵・・・小賢しい!」
マチルダは一度地表付近まで下降すると、ナーティに向かって白銀の槍を繰り出す。ナーティはそれを剣で弾いた。
「・・・お前の相手はこの私だ! マチルダ、私を覚えているか!」
「ん・・・?! 貴様は・・・! 生きていたのですか・・・。ふふふ・・・丁度いい。たっぷり礼をさせてもらいますよ!」
マチルダとナーティは互いの部隊から離れ、一騎討ちをはじめた。天空の槍と地上の剣・・・。どう見てもマチルダ優位だった。


20: 手強い名無しさん:06/01/15 19:08 ID:E1USl4sQ
マチルダの攻撃が、ナーティの頬をかすめ、赤い筋を作る。
いくらナーティが凄腕の剣士とは言えど、相手はベルンの中でも特に力のある将。更に武器の相性に加え相手は空中からの一撃離脱を得意としている。そう簡単に対空攻撃を繰り出せそうに無い。
付入る隙を与えんとばかりに、マチルダの槍が空中から襲う。ナーティは避けながら何とか勝機を見出そうとするが、マチルダの部下の数名も加勢しそれすらも難しくなってくる。
「! くっ・・・。」
マチルダの槍が脇をかすめ、服に赤い染みが浮かんでくる。
「あはは・・・。所詮劣悪種ですねぇ。そのまま楽にしてあげますよ。あの世に行っても、どうかお元気で。」
マチルダたちが空中からカンペキとも言えるフォーメーションを組んで、再びナーティに向かって牙を剥く。こんなのを数発も浴びたら、軽装備の自分ではもたない。・・・なんとかしなければ。
「黙れ! 例え地獄に落ちようとも・・・その時は貴様も道連れだ!」
ナーティが剣を構える。避けてばかりいては状況は好転しない。もう・・・これしか方法はない!
天馬騎士が陣形を崩さないまま、ナーティに向かって突撃してくる。ナーティは気を集中し、この一瞬にかけた。
ザンッ
その音と共に、赤い血飛沫が上がった。そして、天馬騎士の一人が天馬から放り出されて地面に転がる。ナーティのツバメ返しが急所に入ったのだった。当のナーティも、右腕が真っ赤に染まるほど出血していた。相手の槍を受けることを承知で、懐へ強引にもぐりこんだのだった。
「はぁ・・・はぁ・・・次は貴様だ・・・。マチルダッ・・・!」
美しい銀髪にも血飛沫を飛ばしながら、ナーティは鋭い視線を、空中へ舞い戻ったマチルダに向ける。しかし、もはや右手には力が入らない。右腕から剣を伝って滴り落ちた鮮血が、白銀の大地を赤く変える。
「なんと野蛮な・・・。しかし・・・もう貴女は剣を振れないでしょう? どうやって私を倒すと言うのですか? 魔法でも使いますか? 悪あがきしなければ楽に逝けるものを。」
マチルダは止めを刺す為にナーティの胸元に狙いを定める。予想以上にマチルダの攻撃力は高い。今までの将とは比べ物にならない。次あの槍を喰らったら・・・お終いだ。
「さぁ、あなたもここで終わりです! 皆の元へやっと行けるのですよ! 感謝なさい!」
迫り来る槍を、ナーティは剣を左手に持ち替え、その剣でなぎ払った。
「使命を果たすまでは死ぬわけにはいかん! 死ぬのは貴様だ! 今までの愚行をその身であがなえ!」
・・・すまない。私はまた、誓いを破った・・・。二度と、この左手は使わないと言う誓いを・・・。私は何処まで皆を裏切れば済むのだろうか・・・。しかし、今は・・・許せ・・・。

一方残りの4人も、天馬騎士たちの波状攻撃に、何とか反撃しようと悪戦苦闘していた。
「くっそ・・・このままじゃキリがない!」
セレナが攻撃を捨て、仲間の回復に専念していた。あまり得意ではないが、仲間の状態からするとやむを得ない選択だった。回復役を狙うことは、戦闘においての定石である。当然敵はセレナを積極的に狙う。それを残りの3人で守りながら、何とか相手の陣形を崩そうと画策している。
「シーナ! あんた同じ天馬騎士なら、何か良い方法知らないの?!」
「わかってるよ! 何か・・・何かないのかしら・・・あの陣形を崩す・・・何か・・・。」
シーナは、いつも自分が稽古で姉にやられるときはどういうときか思い出してみた。いつも・・・攻撃した後に・・・旋回して再攻撃しようとする時に・・・後ろに回られてボコられるんだよね・・・。
次に、相手のフォーメーションをじっくりと見てみる。対角線上に攻撃し、互いの旋回時に出来る隙を、もう片方の攻撃で埋める・・・。私達が攻撃を避けて、背を見せる相手へ向かう頃には、もう既に次の攻撃が来ているってことか・・・。
「ねぇ! レオンさん。相手の攻撃のタイミングを少しでもずらせないかな?」
「俺もそれを考えていた・・・。」
二人ともどこかでタイミングをずらせないか考えてみるが・・・なかなか見当たらない。そんなことをしているうちにもセレナは魔力をどんどん消耗する。悠長に考えていられない。
「おーい、お前ら二人で何を話しているんだ!?」
下のほうからクラウドの声が聞こえる。レオンはクラウドのほうを向いた。その時だった。レオンの頭に閃光が走った。これだっ。
「シーナ、クラウドのほうを見てみろ。あいつを攻撃した後、天馬騎士は旋回と言う行動の前に、上昇と言う余計な動作を取らざるを得ない。」


21: 手強い名無しさん:06/01/15 19:09 ID:E1USl4sQ
「そっか、そこを狙えれば・・・。」
「そうだ。俺とあいつが囮になる。俺達が相手のタイミングを崩す間に、お前が敵を討て。」
「わかった。やってみるよ。姉ちゃんも二人への回復よろしくね。」
シーナはクラウドに内容を伝えた。
「よっしゃ、やってやろうじゃねぇか!」
敵の天馬騎士の気を引くために、クラウドが馬を走らせる。天馬騎士たちはよほど鍛錬されているらしく、クラウドの動きに合わせて空中で陣形を崩さずそれを追う。そして、他の3人への気が逸れた所で、クラウドは馬を止め、槍を振り回し始めた。
「オレを倒せるものなら倒してみやがれ!」
天馬騎士たちが次々と空中から下降し、クラウドへ攻撃を浴びせる。避けることはあまり得意でないため、槍で弾ききれなかった分は被弾してしまうが、、そこはセレナの回復に頼った。
そして、また天馬騎士が攻撃を加え、地表から空中へ舞い戻ろうとする。そこを、レオンが逃さなかった。飛竜ごと体当たりをし、天馬騎士を強引に弾き飛ばした。
「ぐはっ」
「今だ! シーナ!」
攻撃の隙を補うはずだった者が吹き飛ばされ、背中を無防備に晒した天馬騎士の後ろに、シーナがしっかりとついた。飛行系のユニットがその背後を取られることは死を意味した。シーナはそのまま一気に近寄り、背中に渾身の力で槍を突き刺した。
タイミングを崩され、隙を顕にした天馬騎士たちは、必死の陣形を整えようとする。しかし、一度崩してしまえばこちらのものだった。空中の3人は隊列も心もバラバラになった相手をどんどん撃ち落していく。戦況は一変し、天馬騎士たちは為すすべなく全滅する。
「よし、残りは将軍だけだな!」
セレナ達がマチルダ達の方を見ると、向こうも地面が真っ赤に染まっている事が、遠くで見ていても分かった。
「急ごう! ナーティが危ない。」
セレナがそう号令をかけたとき、既にクラウドの姿が見当たらなくなっていた。

その頃マチルダとナーティは、互いに一歩も引かない死闘を繰り広げていた。
「はぁ・・・はぁ・・・でやぁっ」
「?! はぁはぁ・・・貴女もなかなかやりますねぇ・・・。しかし、そろそろ終わりにしませんか!」
互いの攻撃を避け、反撃する、ということを繰り返していた。両者とも体力は限界に来ている。次に攻撃を受けたものが負けると言っても過言ではない。
ナーティがマチルダに向かって剣を振り下ろす。マチルダはそれを槍で受け止めた。その瞬間だった。
バキィン!
金属の弾け飛ぶ音と共に、ナーティの剣が砕け飛んだ。度重なる打ち合いに、細剣が耐えられなくなってしまったようだ。
「!? なっ・・・。」
その隙をマチルダは逃さなかった。剣を受け止めた槍でそのままナーティめがけて振り下ろした。この近距離では・・・避けきれない!
・・・ナーティは覚悟を決めたが、槍はナーティに刺さらなかった。ナーティの目の前で、二本の槍が交差していた。
「?! 貴様は・・・クリスの小倅! 親子共々鬱陶しいハイエナが!」
クラウドだった。いち早くナーティの状況を発見したクラウドが、ナーティのほうへ向かっていたのであった。
「へ、あんたも大した事ねぇな! ほら、俺剣使わねぇから、これ使えよ。」
クラウドはマチルダの槍を払いのけると、自分が腰に刺していた鉄の剣をナーティに手渡した。
「すまない、命拾いをした。」
そこにセレナ達も到着する。もはや敵はマチルダのみ。倒すべき敵が、今目の前にいる。
「マチルダ! 今度こそ覚悟しろ!」
セレナがナーティを治療しながらマチルダに向かって怒鳴る。
「くっ、貴様らがどれだけ束になろうと、私に敵ではないのですよ! 喰らいなさい!」
マチルダが空中から魔法を放とうとする。しかし、そこへレオンが全力で突撃し、マルテを振るった。
「ぎゃっ!?」
直撃はしなかったが、流石に神将器だ。その威力は半端になく高い。マチルダが天馬から落ちそうになる。


22: 手強い名無しさん:06/01/16 19:06 ID:E1USl4sQ
そこへ、一気に残りの4人が攻撃を仕掛ける。いくら強い将と言えど、一度に何人もの攻撃を受けることは出来ず、少しずつ傷ついていく。そして、弱って動きが鈍くなったところを、シーナとレオンが敵の使った攻撃と同じように、交差しながらマチルダを両方から貫いた。
「ぬおっ?!」
マチルダは天馬から転げ落ち、そのまま地面に叩きつけられた。これで終わりか・・・。
「ぬぅぅぅっ、このままでは死ねませんよ! 我らの研究成果をとくと見るが良い! あはははは!」
マチルダは自分が研究していた竜石を取り出した。いけない!また竜に変身しようとしている。セレナが竜石を弾き飛ばそうとした時にはもう遅かった。セレナは発せられた衝撃波に吹き飛ばされた。
「ふはは、見よ、これが神竜だ! 貴方達など私の前では無力なのですよ!」
現れたのは金色の竜だった。セレナは同族のエーギルを感じた。ベルンが研究していたのは竜化実験だけではなかった。それから更に一歩進み、如何に強い能力を持つ種族の竜を利用するかと言うところまで研究は進んでいたのだった。
マチルダのブレスに皆が吹き飛ばされる。この前の竜化した敵・・・リゲルとは比べ物にならないほど強力なブレスだ。白銀の大地はあっという間に赤く燃え上がった。
クラウドが鋼の槍で攻撃する。しかし、それは乾いた音と共に弾かれてしまう。まったく通用していないようである。
「セレナ、神将器だ! デュランダルを使え!」
ナーティにそう言われ、セレナは双剣をしまうと、重いデュランダルを両手に握り、空に舞った。重い・・・しかし、これでなければきっとダメージは与えられない。セレナは重さに振られながらも、デュランダルを振り回す。竜はその圧倒的な強さの反面、その巨体故に小回りが利かず、緩慢である。何とかそこへ漬け込もうと、セレナが懐に回りこむ。しかし、その途端、強烈なパンチを食らってしまう。体格にまったく合わぬ大剣を持っていては、避ける事も容易ではなかった。
「んぎゃ!」
セレナは吹っ飛ばされてしまう。何とか起き上がるも、頭がふらふらする。鼻血も出てしまっているようだ。
「くぅ! よくもあたしの美顔を傷つけたな!」
セレナがまた向かっていく。レオンもマチルダの周りを飛び回り、幻惑する。
「小賢しいハエめ!」
マチルダはブレスや手でレオンを払いのけようとする。しかし、レオンは逃げなかった。そして、一気にマチルダの顔付近まで飛竜を近づけると、そのままマチルダの眼を、マルテで突いた。
「あああああぁぁっ 眼が!眼が!」
マチルダが激痛に悶絶しながら顔を抑える。そこへ戻ってきたセレナがすかさず、マチルダの腹部をデュランダルで斬った。
悲痛な悲鳴を上げ、マチルダが倒れこむ。しかし、まだ体力は残っているようだ。
「皆、いくぞ!」
レオンが掛け声を上げ、皆が一斉に倒れたマチルダに向かって、自分の武器をもてる力全てを使って突き刺した。
「ぎゃあああああっ。」
最後の一段と高い悲鳴をあげ、マチルダは元の姿に戻った。
「ぎぎぎ・・・おのれ・・・。この私が・・・倒されるなど・・・。」
「あんたは罪も無い人々を無意味な死に追いやった。その罪、死んであがなえ!」
セレナの言葉に、マチルダが激怒し、震える体を起こして立ち上がった。
「・・・ふざけるな! 元はといえば・・・人間! 人間が我々を迫害したからだろう! 自分達のしたことも忘れ・・・他種族の責任にするとは・・・これだから人間は劣悪と言うのだ!」
「でも、だからって自分達が受けた苦しみを、他の種族にも与えることが許されるわけじゃない。」
シーナが言った。やられたからやり返す。そんな考えでは、本当にお互いがわかりあうことは出来ない。しかし・・・ハーフの言い分も最もだった・・・。
「・・・黙れ! 劣悪種の味方をする者の言い分など聞く耳持たぬわ! ふふふ・・・メリアレーゼ様があの作戦を実行に移されれば・・・貴様たちなど!」
セレナはもはや言うことはないと察し、トドメを刺すべくマチルダに剣を突き刺した。その後にクラウドも槍を刺す。・・・これが俺の仇討ちだ!
しかし、レオンはどうしてもそれが出来なかった。親父の仇・・・。分かっていても、何故か槍で貫くことが出来なかった・・・。そんなレオンを押しのけて、ナーティが最後にマチルダを何時もの鋭い目つきとは違う、怒りに任せた目つきで睨みながら、渾身の力で剣を突き刺した。


23: 手強い名無しさん:06/01/16 19:06 ID:E1USl4sQ
「ぐはっ・・・。 おのれ・・・薄汚い劣悪種共がぁ!」
それを聞き、ナーティは更に剣で切り刻んだ。相手が何も言えなくなるまで。その様子に、セレナもシーナも・・・周りにいた全員が背筋の凍る思いに駆られた。
ナーティが返り血で更に赤く染まる。
「貴様が皆に与えた苦しみ、悲しみ、そして痛み! 存分に味わえ! この程度では・・・貴様の血でこのイリアを染めつくしても、到底相殺しきれないがな!」
マチルダが倒れると、ナーティは剣を鞘にしまい、背を向けた。
「・・・セレナ。」
「え・・・、あぁ、なんだよ。」
「感謝している。ありがとう。」
「え?」
「ふっ、気にするな。さて、敵将は倒れた。早く王都に向かおうではないか。」
そう言うとナーティはシーナにまた天馬に乗せてもらい、王都のほうへ飛んでいった。セレナたちもそれを追う。
「・・・なんなんだ? ナーティの奴・・・。」
「今日こそアレじゃないか? 月に一度のアレの日。それならさっきの発狂振りもつじつまが合う・・・うぎゃっ。」
セレナはくだらないことを言う兄を拳骨で殴って鎮めると、空へ飛び上がった。

マチルダが倒された知らせはすぐさま王都まで及んだ。王都を死守せんとする近衛騎士団と、国を取り戻そうとするイリア民の激戦も、その知らせと共に騎士団が降伏し、幕を閉じた。将が無くては、戦いは出来ない。将が倒れる、それはすなわち負けを意味する。
イリア民は皆手を取り合って歓喜した。先ほどまでいがみ合っていたルシャナと村長も、例外ではない。お互い狂ったように喜び、跳ね回った。長いイリアの冬が、ようやく終わりを告げたのである。
王都は人で埋め尽くされ、人々の熱気で町中が湯気に包まれた。
「やったよ、やったんだ。とうとうベルンを追い出した! 私達は勝ったんだよ!」
「おぉ、そうじゃとも! ワシらが力をあわせれば、どんなことでもできるんじゃ!」
イリアの冬にはめったに見られない朝日が顔を出す。その朝日は人々を祝福するかのように明るく輝き、一人ひとりの顔を鮮明に映し出した。
人々はこれを待っていたのだった。イリアを覆う分厚い闇の氷を貫いて、自分達を明るく照らしてくれる太陽・・・救世主が現れることを。しかし、それではダメだった。待つだけでは、照らしてもらうだけではダメだったのだ。自らが輝いて、自分で氷を溶かす努力をしなければいけなかった。頼ることは簡単である。そして、責任を押し付けることは自分を楽にする。しかし、それは一過性であり、必ず自分にその報いは返ってくる。人々はこの戦いで悟った。これではいけないと。これからは、誰かに引っ張ってもらうことに頼るのではない。互いに手を取り合い、自分達の足で、自らの意思で歩かねばならないと。
これで終わりなのではない。むしろこれからが、真のスタートラインなのだ。この荒廃したイリアを、皆で協力しながら復興する。そして、かつてのような貧しくても笑って暮らせるような王国を取り戻す。
亡きゼロットが目指したものを、自分達が完成させなければ。幸いその娘は生きている。その娘を中心として、皆で助け合っていこう。考え方の違いこそあれ、人々の思いの根幹にはこういった思いがあった。
深い雪の中でひっそりと、しかし根強く行き続けるイリアの民だ。きっとその志は潰えることは無いだろう。

「うぅ・・・メリアレーゼ・・・様・・・。」
その頃、マチルダは虫の息ながらまだ生きていた。あれだけナーティに切り刻まれながら、尚生き延びようとしていた。しぶとい女である。そこへ、何者かがワープしてきた。
「ふぉふぉふぉ・・・マチルダ、お前さんも老けたのぉ。」
「あ・・・アゼリクス殿・・・お願いです・・・あなたの魔法で私を・・・。」
そこにワープしてきたのはアゼリクスだった。どうやら戦闘の一部始終をずっと見ていたようである。
「お前さんが死ねば、ワシは五大牙のナンバー2になれるわけじゃ。ぐははは・・・。」
「そんな・・・今までずっと・・・助け合ってきたではないですか・・・ごほごほ・・。」
「助け合ってきた? 冗談を言うもんじゃないわい。ワシはお前さんが研究を手伝ってくれると言うから一緒に居ただけじゃ。
・・・十分研究データも取れたし、もうお前さんにも用はないわい。」


24: 第二十四章:母の日記:06/01/17 22:31 ID:9sML7BIs
「・・・え・・・うぎゃ!」
アゼリクスは命乞いをするマチルダに向かって、回復魔法ではなく、得意である火の超魔法を見舞った。
魔法によって生じた凄まじい煙が収まった場所は、土すら灰になってマチルダの姿は何処にも見当たらなかった。
「ふぉふぉふぉ、苦しんで死ぬのもかわいそうじゃて。じゃ、お前さんが採ってくれた研究データはワシがいただいていくとするかのぉ。
むほほほ・・・わしの研究さえ完了すれば、グレゴリオもメリアレーゼも・・・暗黒地竜も恐るるに足りぬ・・・。ワシの天下が訪れるのじゃ。ぐはははは・・・!」
アゼリクスの不気味な笑い声が、厳寒のイリアのこだまする。 その声は、はるか彼方まで響いたと言う。このとき、彼が何を考えているか誰も予想することは出来なかった。

セレナ達は王都で仲間と合流すると、皆に歓迎されながら母の生まれ故郷に戻った。
「さぁさぁ、何を躊躇う事があるものか。ワシらは仲間じゃ。さ、寒いじゃろう、村に入るといい。」
村長はまるで別人のように健やかな笑顔でセレナ達を村に迎え入れてくれた。村に残っていた者たちも、知らせを聞いて歓迎した。
「わしらは間違っていた事をようやく気付いたよ。
これからはワシらも自ら動く。もう任せ切りの押し付けきりはしない。・・・あの娘の様な人を二度と出さない為にも・・・。」
村長が墓の無い家のほうを見ながら言う。
「そうですな。」
本を持った一人の男性が皆の会話の輪に入ってきた。シュバルツである。マチルダを倒してくれたら、シャニーの遺品を託すとセレナ達と約束した、あの男性である。
「おぉ、シュバルツ、お前も生きておったか。」
「はい、私はこの娘達と約束を交わしました。約束を果たすまでは死ねません。」
シュバルツはセレナに歩み寄ると、笑顔で持っていた本を渡す。
「マチルダを倒してくれてありがとう。これで私達は希望を持って生きていくことが出来る。
約束だ。これが、お前達の母親の遺品・・・シャニーの日記。受け取りなさい。」
セレナは返す言葉も忘れて、シュバルツから本を受け取る。その本は表面には大きな染みができ、中の紙も黄ばんでいた。・・・22年前からの日記だ。母が生きた・・・証。
双子は早速日記を封じている紐を解き、中を読んでみた。・・・涙が溢れる。そこには、騎士叙任を受けてから、イリアからマチルダを追い出し、ベルンへ進撃するまでが書き残されていた。
1006.業火.21:
とうとうあたしも騎士叙任を受けた! これで晴れて天馬騎士。世界中に名を馳せてやるぞ!でも、ロイは騎士をやめろと言う・・・どうしようかなぁ。
1006.天馬.7:
今日ここにイリア連合王国建国! あたしは義兄ちゃんから王宮騎士団を束ねるように命ぜられた。まだ叙任受けて4ヶ月だけど、絶対やってみせる。
あ、そうだ。義兄ちゃんじゃないな、陛下って呼ばなきゃ。・・・なーんか面倒。



1010.至高.29:
何故、このような事が起きてしまったのだろう・・・。つい最近まであんなの平和だったのに・・・。ベルンがまた戦争を起こした。
私の力不足で皆を失った。陛下に部下の皆・・・。私は騎士団長失格だ。一人前になったと思っていたけど・・・結局私は守られているだけだった。
私はどうやって皆に顔を合わせればよいのだろう・・・悔しい! この命を懸けてでも、絶対にベルンを許さない。
1010.氷雪.10:
私は死んでしまった。そう人としては。私は竜王ナーガの力で、竜族として再びこの地に根を下ろした。
ロイを助ける為に。
ロイも最初は背中の翼に驚いていたみたいだけど、「シャニーはシャニーだ」って言ってくれた。ありがとう・・・私、ロイのために精一杯がんばるよ。
クリスって言う同じ神竜族の人とも会った。結構乱暴な性格みたいだけど、姉貴みたいでいい人。どうも仲間になってくれたみたい。
理由は教えてもらったけど、難しそうだから聞き飛ばしちゃった。


25: 手強い名無しさん:06/01/17 22:31 ID:9sML7BIs
1011.黙示.16:
エトルリアで作戦を開始した。自分が魔法を扱えるようになっていて驚いた。神竜族なら使えて当然とか言われても、やはり新鮮な感じだった。
これならもっとロイを助けられる。よーし、バリバリ働くぞ!それにしてもクリスは荒い・・・。
1011.黙示.30:
今日、戦いは私たちエトルリア軍の勝利に終った。敵将アゼリクスの火の超魔法は恐ろしい破壊力だった。私の浅はかな行動のせいでたくさんの犠牲を出してしまった。
私は・・・何の為に生きているのだろう。私はロイを・・・世界を救うために蘇ったのではなかったの? それが・・・私のしている事は目的とは全く逆のこと・・・。
これなら私は居ない方が良いんじゃないのかな・・・。イリアも心配だ。早く帰ってベルンの侵攻を止めないと・・・。
でも、私を皆は受け入れてくれるだろうか・・・。肝心な時に何も出来ないこんなダメ団長を。
1011.天秤.3:
今日、とうとうロイに私の最初を奪われちゃった! まさかいきなり襲ってくるとは思わなかった。
「そろそろ赤ちゃんが欲しいなぁ」ってさ。
私はもうパニックに陥っちゃって、あの時のことは良く覚えてない。気付いた時には・・・うぅ、これ以上書くのは止そう。
そうそう、今日アレンがクリスに告白してた。皆がいる前で「俺は君を愛してる」とか。よく恥ずかしくもなく言えるよ。
1011.天雷.11
いよいよ明日からイリアへ進軍を開始する事になった。イリアの皆・・・無事かな。お姉ちゃんやルシャナ、それに騎士団の皆にどうやって顔合わせすればいいのだろう。
・・・ダメダメ。物事はポジティブに考えなきゃ! まずはイリアからベルンを追い出さないと! 皆冬の寒さに凍えてるはず。一刻も早く帰還しなきゃ。
そう考えると夜も寝られない。またロイに心配かけちゃうな。
ディークさんも私のことを心配してくれてる。もう私も大人なのだから、いつまでも心配をかけられない。大切な人たちなのだから・・・。
1011.天雷.28
今日もブリザード・・・。進軍できない。皆が苦しんでいるこの瞬間も、私はブリザードのせいとは言え、暖炉の前で温かい思いをしている。
こんな自分に嫌悪感を覚える。自分だけこんな思いをしていられない・・・。私には翼がある。山を越えていけば、きっとすぐに王都まで到着できるはず。
危険は承知だけど、これ以上待つなんて私には出来ない。私が少し無茶をしたって、後から皆が来て助けてくれる。だから、ちょっと無理してでも早く皆を救いたい。ごめんね、皆。また心配かけるけど、もう我慢できないんだ・・・。

セレナ達はこの後の日付の日記に目が釘付けになった。そこには、禁忌になった経緯などが、事細かく書かれていたのだ。

1011.業火.5
・・・もう私はダメだ。こんな罪を犯しては、人として生きてはいけない・・・。私のしたことを、エミリーヌ様もお許しにはならないだろう・・・。もう死にたい・・・。
一人で王都に突入し、囚われの姉さんと再会した。そこには親友の・・・いや、私が親友だと思い込んでいたルシャナがいた。ルシャナは本当は私のことを酷く憎んでいたんだ・・・。そうだよね、肝心な時に何も出来ない無能な団長なんか、憎まれて当然だ。
その後王都を離れ、姉さんが実家に隠した姪のアリスを救出しに行った。姉さんを見捨てて・・・。私はあの時、姉さんの命とイリアの国歩を天秤にかけてしまった。姉さんの強い意志があったからとは言え・・・。もう誰も失いたくない思ったのに・・・。
それだけじゃない・・・。私は生まれ故郷で・・・もうこれ以上は書きたくない・・・。でも、自分の罪を明確にしておきたいと思う。もう、どんな理由があっても、私はこの罪から逃れることは出来ないのだから。


26: 手強い名無しさん:06/01/20 11:34 ID:E1USl4sQ
私は生まれ故郷でたくさんの犠牲を出した。マチルダが私を追って、実家のある村まで進軍してきたのだった。
彼女は家々に火を放ち、逃げ惑う人々を容赦なく斬り殺した。私をおびき出す為に。
その上、私はマチルダに無理矢理竜化させられた姉さんも、それとは知らずに斬り殺してしまった。
自分を幼い時から守り育ててくれた、誰よりも私を慈しんでくれた母のような存在だったユーノ姉さん。
その姉を、自分の手で斬り殺してしまった。出来る事なら、私の命を姉に捧げたかった。
・・・何が、何が! ・・・誰も犠牲にしたくない・・・だ。私は恩をあだで返すことしか能が無い、悪魔だ。
村の人達は蒼髪の堕天使と罵って、私に追放令を下した。私は祖国から、家族も、帰る場所も、何もかも、全てを失った。
やはり私には・・・イリアを担うことなど・・・世界を救うことなど・・・無理なのかもしれない。
私が生きていても百害あって一利なしなのではないか・・・。何故、こんな悪魔を、ナーガは認め、その力を貸してくれたのだろう。
もう・・・死にたい。

いつの間にかセレナは泣きながら、その部分を声に出して読んでいた。それを聞いた村人達は、深い悲しみに包まれる。
悲しい思いを、辛い思いをしていたのは自分達だけではなかったのだ。最も辛い思いをしていたのは、誰かを犠牲にして生きながらえた者。
そして、良かれと思った事が原因で、結果多くの命を奪ってしまった者・・・。シャニーもまた、最も苦しみ、もがいた一人だった。
苦しみもがく者を、人々は自らの苦しみを紛らわす為に、更に突き放した。
たとえ本人がどんなに明るく、気さくな人柄を持っていても、その心の傷が癒える事は無い。

1011.業火.10
私は本隊に戻った。私はディークさんに叱られた。分かってる。過ぎたことを悔やんでも仕方ない事は。
でも・・・もう今度ばかりは流石に立ち直れそうにない。そう思った。
でも、そこには何とルシャナがいた。ルシャナはマチルダの術に操られていたのだった。ルシャナは前のように私を明るく迎えてくれた。
私は救われた気がした。そのあと、ルシャナやクリスと共にマチルダをイリアから追い出すことに成功する。
皆・・・私のことを待ってくれていたと言ってくれた。皆、笑顔で私を受け入れてくれた。笑顔がこんなに・・・人の心癒すものだったなんて・・・。
でも、私の罪は消える事はないし、どんな親友でも、心の隅には人を憎む心がある。それを私は忘れない。
だから、今まで以上に私は私なりに人々を笑顔で癒してあげたいし、心の奥底にある闇に、自らの心を囚われないように気をつけたい。
昔、ユーノ姉さんが言っていた言葉、あの時は分からなかったけど、
今は分かるよ・・・。「人は、一人では生きていけない。」

1011.業火.18
何と私のお腹に赤ちゃんがいることが分かった。
お腹に赤ちゃんを抱えながら戦場に出ていたなんて・・・私ってどうしてこうドジなんだろう。赤ちゃんに何も障ってなければいいけど・・・。



1012.黙示.12
今日、待望の赤ちゃんを産んだ。元気な双子の女の子だ。うちの家系は女腹だって聞いてたけど、どうやら私もそうみたい。
私も三姉妹だったし、頑張ってもう一人女の子作っちゃおうかな♪ ロイ、戦争を早く終らせてがんばろーね!
名前は、上の子にはセレナ、下の子にはシーナという名前を付けた。双子で上とか下とか変な気もするけど・・・。
なんにしろ、私みたいに元気で、強くて、頭が切れて、それでいて美貌溢れる素晴らしい女性に育って欲しいもんだ。


27: 手強い名無しさん:06/01/20 11:35 ID:E1USl4sQ
1012.天馬.6
いよいよ明日、私達はベルンを討伐する為にイリアを発つ事となった。この戦争を終らせなければ・・・。
子供達に良い世界を残してあげる為にも、私達は負けられない。世界中の皆、私達に力を貸して!
セレナ、シーナ・・・こんな幼い・・・私の背でただ寝ているこんな幼い子まで、戦場に連れて行かなければならない。
ごめんね。こんな母さんを許して。でも、これしかもう、方法は無い・・・。
私の手はもう血みどろだ。人々は私を八英雄の一人と称えてくれたけど、私は英雄なんかじゃない。ただの人殺し・・・。
あなたたちには、その手を血で汚して欲しくない。だから・・・許して。
母さん、がんばってこの戦争を終らすから。そしたら、お城で家族一緒に過ごそう。皆で、幸せに・・・。

日記はここで終っており、残りのページは儚くも黄ばんだ無地を晒すのみだった。
「うぅ・・・母さん・・・。」
セレナは読み終わると、顔を覆って泣き出してしまった。シーナも堪えていたが、もう我慢できなかった。
クラウドに抱きつき、顔を押し付けて泣いた。やはり、自分達は、リキアフェレ候ロイと、イリア皇族シャニーの子供だった。
そして、両親がどれだけ苦労しながら世界を戦い抜いていったかを知った。
その苦労も報われないまま、彼らは夢を叶える事もなく幸せを目前にして戦場に散って行ったのである。
「やはり・・・あの娘もかなり苦しんでおったんじゃな・・・ワシらは・・・何て酷い事をしたんじゃ。・・・。許しておくれ・・・。」
村長も、心のそこから自らのした行いに後悔し、エミリーヌに、そして天国に居るであろうシャニーに向かって懺悔した。
「・・・村長、俺からお願いがある。 今まで虐げて来た側の者が言えることではないが・・・。」
レオンが村長に土下座しながら頼みこんだ。
「こいつらの親達を・・・しっかり供養してやってくれ。きっと未だに祖国に帰る場所が無くて、悲しい思いをしているだろう・・・。」
村長はレオンの手を取りながら言った。
「どうか頭を上げておくれ。お前さんもマチルダに騙されて悲しい思いをしたろうに。
お前さんにそんな風に言われなくても、しっかり供養するつもりじゃよ。
ワシらを最期まで見捨てずに、命を張って戦ってくれた英雄なのじゃからな・・・。」
「ありがとう・・・。」
それを聞いていたナーティは、独り、長い髪を棚引かせながら群集を離れ、空を仰いだ。その頬から、涙のしずくを落としながら。
「ふん・・・。全くバカな話だ・・・。」

ここに、イリア全土を巻き込んだ大戦は幕を閉じた。
イリアを結ぶ絆。それは、人々の心の中にある、互いを思いやる気持ちの強さを表すバロメータだった。
その絆が、ベルンという暗黒の積雲を吹き飛ばし、自らで春を呼んだのである。春が来れば、また再び冬は訪れる。
しかし、もう人々は冬に怯え、それが過ぎるのをただひたすら待つということはしないだろう。
考えに賛同し、共感するだけでは、何も変わりはしない。大切なことは自ら動くこと、それを、要り網の民は知ったのだから。
きっと、イリアはかつてのような団結力を取り戻し、ゼロットが築いた「大切な何か」を取り戻すことだろう。
そのとき、ゼロットやユーノ、シャニー、そして、戦場で散っていったものが、
その命をかけてまで守ろうとした、慈しむべきイリアという国をようやく実現することになる。
生き残った者達が、散っていったものの意志を継ぎ、その遺志を叶える事こそが、どんな手段にも勝る供養だ。人々の目には、将来のあるべきイリアの国像が様々に浮かんでいた。
                                  第二部〜イリア編〜 完


28: 見習い筆騎士('-'*) 56J2s4XA:06/01/20 11:37 ID:E1USl4sQ
イリア編終了です。お楽しみいただけましたでしょうか?
次はちょっと本編から離れて、短編小説を投下してみようと思います。


29: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:03 ID:E1USl4sQ
女性は見栄っ張りで早合点・・・。そんな事を聞いたこともあるのではないだろうか?
これはその典型例とも言えるお話・・・。

「ふんふん♪」
シャニーが鼻唄を歌いながら、大量の書類を抱えてエデッサ城の廊下を歩いている。
その様子を、ティトが見ていた。これから仕事のはずなのに、妙にご機嫌が良い。何かあったのだろうか。
「あら、シャニー。 あなたやたら機嫌がいいわね。どうしたの?」
「あ、お姉ちゃ〜ん。 今からリキアで行われる会合に出席するの!」
ティトはそこまで聞いてピーンと来た。リキアにはロイ様がいらっしゃる。
久々に恋人と会えるということではしゃいでいるのだろう。
仕事が忙しくて文通ばかりでなかなか会えないと、よく妹がぼやいていたのは知っている。
「そう。でも、あくまで仕事でリキアへ行くって事を忘れてはダメよ。貴女はイリア王国の代表として行くのだから。」
「はーい、わかってるって!」
シャニーは鼻唄だけでは足りずに、廊下をスキップして去っていく。
本当に元気な子・・・。さて、私も早く荷物の整理をしないと。アクレイア行きの馬車に乗り遅れてしまうわ。

「お義兄ちゃーん! 早く行こうよ!」
出発の準備を終えたシャニーは、ゼロットを急かす。
ゼロットと共に、ベルン動乱後の自国の復興の進捗状況を報告する会合に出席するのだ。
「シャニー、そんなに慌てなくてもいいではないか。まだまだ時間は十分のだから。」
ゼロットは娘のアリスを撫でていた。やはり遠出するから名残惜しいのだろう。
しかし、シャニーにとっては会合開催時間ギリギリに行ったのでは意味がない。尤もらしい理由をつけて急かす。
「えー。でも、リキアの復興状況も見て、イリアにもそれを生かせればイリアはもっといい方向へ進むよ!
そのためにも少し早く到着して町並みを見たいな。」


30: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:03 ID:E1USl4sQ
「そ、そうか。そうだな・・・。よし、ユーノ。また城を留守にしてしまうが・・・。」
「ええ、行ってらっしゃい。あなた。留守の間は私が国を守りますから。」
出発するゼロットを、シャニーが後ろから押すように追う。そんなシャニーにユーノが一言声をかけた。
「シャニー。」
「何〜? ユーノお姉ちゃん。」
「しっかりあの人を助けてあげてね。恋人に会うのはその後よ?」
シャニーはうまく誤魔化せたと思っていたから、ユーノに自分の真意を見破られ、焦った。
「あれ・・・。ばれてた?」
「ふふっ、あなたの考えていることは全てお見通しよ。」
「えへへ・・・。ユーノお姉ちゃんはやっぱ誤魔化せないや。じゃあ、行ってきまっす!」
シャニーは自分の愛馬の後ろにゼロットを乗せ、数人の部下と共にリキアに向かって出発した。

一方、ここはリキアのオスティア。会合が開催されるこの地に、ロイも到着していた。
「ロイ、待ってたわ!」
リリーナが到着したロイを温かく迎える。
世界の英雄と言われても、自分から見れば少し頼りげのない幼馴染には変わらなかった。少しよれたロイの襟を正す。
「わぁ、リリーナ。もうそういうことはやめてよ。・・・恥ずかしいよ。」
「何言ってるの! まったく、ロイは私が居ないとダメなのね。」
リリーナがロイにわざと怒ったような顔をしてそういった。
今でもロイを諦めたわけじゃない。自分が最初に好きになった男の子だもの。
「さ、行きましょ。ちょっと買い物に付き合って。」
「えぇ!? また荷物持ち・・・?」
「人聞きの悪い事を言わないで! 買い物よ、買・い・物! ロイも買う物があったのでしょう!?」
リリーナはそういうと、躊躇うロイの手を強く握って、オスティアの町に繰り出していった。
久しぶりのロイとのデートだ。このチャンスを逃すものか。
「ねぇ、シャニーとはうまく行ってるの?」


31: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:04 ID:E1USl4sQ
リリーナはいきなり聞いてみる。
自分としてはロイに自分のほうを向いてほしいが、二人が幸せになってほしいと思う気持ちも強い。・・・複雑。
「えーと・・・。うん、文通は欠かさずしてる。
それに、今日きっとゼロット王と一緒にここに来るはずなんだ。手紙にそう書いてあった。」
「へぇ・・・。ねぇ、いつ結婚するの?」
「け、結婚って・・・。彼女はまだ15だよ? ・・・早すぎるよ。」
「それもそうね。」
「それに、彼女はイリアで頑張っている。まだ結婚したいとは言い出さないと思うし。」
「遠距離恋愛って大変ね。私なら近いからすぐ会えるのに・・・。」
「え?」
「い、いいえ、何でも無いわ。あ・・・あそこで安売りしてる! 見ていきましょ!」
「はぁ・・・。」
リリーナは繋いでいた手を更に強く握り締めて、ロイを市場の雑踏の中に連れ込んで行った。

朝方に出発したシャニー達は、天馬をフルスピードで飛ばし、昼下がりにオスティアに到着した。
到着するや否や、シャニーはゼロットを置いて、ロイが居るはずのオスティア城に走りこんでいった。
「お、おい。シャニー! 町の様子を観察するのではなかったのか!」
「ちょっと急用が出来ちゃった。ごめんなさぁい!」
シャニーは疾風の如きスピードで走り去り、ゼロットはそれ以上シャニーに声をかけることが出来なくなった。
一人残されたゼロットは何か騙された気分に陥る。
「・・・まぁいいか。ユーノに土産でも買って行ってやろう・・・。」
オスティアはリキア最大の都市で、リキア同盟軍の本拠地がある。
商業も栄えており、船を用いての貿易も盛んに行われている。
今やエトルリアに次ぐ大規模な国へと成長している真っ最中であった。



32: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:04 ID:E1USl4sQ
「えー! リリーナ様と町に遊びに行った!? どういうこと!?」
「お、落ち着いてください、シャニー殿。 俺が詳しく知るわけが・・・ぐ、ぐるしい・・・。」
オスティア城でシャニーの対応をしたオージェが悲鳴を上げる。
シャニーが目の色を変えて自分の胸倉を掴んで怒鳴ってきたからである。自分は事実をいっただけなのに。
「お、落ち着けるわけ無いじゃない! ・・・あたしが居ない間にもしかして・・・!」
シャニーはオージェから手を離すと、元来た階段を猛スピードで駆け下りていった。
突然の恐怖から開放されて、オージェはふぅっと胸を撫で下ろす。・・・殺されるかと思った。
シャニーはそのまま街まで走っていった。広いオスティアの繁華街だ。
そう簡単に見つけることは出来ない。1時間・・・2時間・・・簡単に時は過ぎていった。
しかし、とうとうそのときは訪れてしまった。
シャニーが走ることに疲れ、肩で息をしながら商店の壁にもたれかかったとき、ふと赤髪の男性が目に入った。
・・・ロイだ! 間違いない。あのあまり整えていないような赤髪にあの服装、間違いなくロイだ。
やっと会えた。そう思って、棒になった足を引き摺りながらロイのほうへ向かう。
しかし、ある程度近づき、声をかけようとしたとき。自分ではない誰かがロイの名前を呼んだ。
「ロイ! これも持って!」
その声にロイがそちらを向いて、うわっと言うような顔をする。その目線の先に居たのは・・・
リリーナだ!シャニーは絶句した。事もあろうに他の女の子とデートするなんて!
「ねぇ、もう帰ろうよ。」
「ダメ! 荷物持ちが居てくれる時じゃなきゃ、買い物なんて出来ないもの。」
「・・・だから嫌だったんだ。はぁ・・・。」
「なぁに言ってるの! 私はきっちりロイに頼まれた事をしてあげたんだから、ロイも私の言う事聞くのが筋でしょ? さ、行くわよ。」
リリーナがロイの手を握る。・・・もうシャニーには見ていられなくなった。怒ってオスティア城に戻る。
まだリリーナ様との関係は続いてたんだ。
そういえばロイはあたしのことを一番好きだって言ってくれたこと無かったもんな! でも・・・ロイがあたしを裏切るわけ・・・。



33: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:04 ID:E1USl4sQ
その夜に開催された会合でも、シャニーはロイの隣にリリーナが座っていることが気に入らなかった。
恋人の自分がこんな隅っこで、なんであの二人だけ・・・。シャニーはそう思っていた。
客観的に見れば、ロイもリリーナも、リキア同盟軍の幹部同士だから、隣に座っていてもおかしくない。
それにシャニーはあくまでゼロットのお付で出席しているだけだったから、隅っこでも仕方なかった。
しかし、シャニーは昼間のことで気が動転し、完全に自分を見失っていた。
「シャニー、どうした。何時ものような穏やかな顔をしていればよい。緊張しているのか?」
ゼロットの声も、会合の内容も、シャニーの耳には届いては居なかった。
会合が終った後、シャニーはすぐさまロイを探したかった。
しかし、それは叶わなかった。自分は駆け出しの王宮騎士団の団長だから、
各国のお偉いさんに挨拶して回って、自分の顔を覚えてもらわなければならなかったからである。
むしろシャニーがこの会合に出席した理由はこれが大半を占めていた。
ママゴト騎士団と嘲笑される自国の騎士団。なんとしてもその誤解を払拭しなければならなかったからだ。
そのために、シャニーは自ら動く事決めたのだった。
「初めてお目にかかります、私は・・・」
堅苦しい挨拶をしている最中だった。突然、向こうから悲鳴が上がった。
そちらを見たシャニーは、頭に血が上るのが分かった。全身の血が頭に上っていく・・・。自分を抑えることに精一杯だった。
なんと、向こうでロイがリリーナを抱き上げていたのだ。(いわゆるお姫様抱っこ) 
その姿は、まるで恋人同士のようだった。
シャニーは何とかVIPとの挨拶を終えると、走って会場を後にした。
「あ、シャニー、何処へ行くんだ!」
ゼロットが追いかけたが、彼女はそのままオスティアの闇に消えた。
ロイは抱き上げていたリリーナを降ろすと、リリーナの足元を見ながら言った。
「ふぅ、リリーナ。危ないよ。気をつけて!」
「ごめんなさい。」
そういうとリリーナは足をさすりながら、ロイと一緒に彼の片翼を捜す。しかし、何処にも見当たらない。


34: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:05 ID:E1USl4sQ
「あ、ゼロット殿。お久しぶりです。」
「おぉ、ロイ殿。シャニーを知らないか?」
ゼロットはロイを見るなりそう訊ねた。ロイも同じ質問をゼロットにぶつけようと思っていたから焦った。そして聞き返した。
「僕も探しているんです。一体何処に・・・。」
「まったく・・・。シャニーの放浪癖にも困ったものだ。」
ロイは、周りに群がる各国のVIPを跳ね除け、城の外に走り去っていった。リリーナもそれを追う。
「なんだ・・・? この頃の若者は元気だな・・・。」

その頃、シャニーは町の酒場に居た。せっかく恋人に会えると思ったのに。なのに!なのに!ロイはリリーナ様といちゃついてた!
自分がイリアにいる間に、実はあっちが発展してたなんて・・・。シャニーは凄く裏切られた気分になった。
でも、やっぱり・・・近くにいて、疲れたときに一緒に居れないんじゃ・・・心が離れていくのは当然かな・・・。
でも! 酷いよ。あたしの事放り出して、リリーナ様と仲良くするなんてさぁ!
シャニーは成人してまだ間もない体に、大量の酒を浴びせた。・・・自棄酒である。
デートだってあまりしたことないのに。あたしとじゃなくてリリーナ様と買い物しに行くなんて!
あたしはどうでもいいの? あたしだって寂しいのを我慢してたのに。
くそぉ! くそぉ! シャニーは酒だけでなく、とにかく食べた。
ロイのバカ!バカ!バカ!大っ嫌いだ!もう絶交だもん!謝ったって許してやんないもん!
骨付き肉をロイだと思って骨までかじりついた。その様子は何か近づきづらいオーラを放っていた。
それは、周りに座っていた荒くれ共が、気味悪がって席を移動したことからも覗えた。
暫くすると、何か頭がボーっとしてきた。あぁ・・・何だろ、この感覚・・・。体が浮いているみたい・・・。あれ・・・どんどん皆の声が遠くなって・・・。まぁ・・・いいや。このままどうなっちゃってもいいや。
どーせあたしは恋に敗れた哀れな女さ・・・。



35: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:05 ID:E1USl4sQ
ロイ達が街にシャニーを探しに行ってから30分程度たった。ロイは焦っていた。
城を出てくる際に、守衛から、シャニーが泣いていたと言う事を聞いていたからだ。
今日は前々から計画していた事がてこずり、シャニーと一緒に居る時間がもてなかった。
何とか今からでも探し出して、アレをプレゼントしないと。
ロイがそう思いながら彼女を探していると、酒場に人だかりが出来ていた。よく見ると医者がその場に居合わせている。
ロイは人だかりの中心を覗いた途端、思わず声を上げてしまった。
「シャニー!?」
そこには泥酔したシャニーが意識をもうろうとさせて横たわっていた。
顔は真っ赤なのに、唇は青かった。どう見ても急性のアルコール中毒に陥ったようである。
シャニーの視界はぼやけていた。あれぇ・・・何でこんなに人がいるの?
何で空が前にあるの?それに・・・あたしの名前を呼んでいる人が居るような・・・。
そんなことを考えていると、突然頭に冷水を吹っかけられた。その冷たさに我に返るシャニー。
「うわっ・・・。誰よ! 水なんて引っ掛けるのは!」
シャニーが我に返ったのを見るや否や、ロイはシャニーを抱き上げた。
「まったく! 何をしているんだ! 君は成人してまだ日が浅いのに、そんなになるまで酒を飲むなんて!」
珍しくロイがシャニーに怒鳴りつけた。無理もない。
自分の大切な片翼が、こんなところで自分の命を危険に晒すようなことをしていたのだから。
「あれ・・・ロイ。・・・むっ。」
シャニーはロイに抱かれている事に気づき、抱き返そうとした。
だが、すぐ横にリリーナがいることに気づき、それをやめて言い放った。
「あーあ、デートのお邪魔をしちゃったみたいだね! あたしは一人で帰れるから、どうぞごゆっくり!」
シャニーの言葉に困惑する二人。何をこんなに怒っているのか二人には全く分からなかった。
「どうしたの? シャニー。」
リリーナもまだシャニーが酔っているのだと思ったのか、風を顔に送ってやる。


36: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:06 ID:E1USl4sQ
「どうしたもこうしたも! あたしがイリアに居るうちに、すっかり仲良くなっちゃってさ!
・・・酷いよ、あたしを放り出して、他の女の子とデートだなんてさ。二股なんて!」
さっきまで怒っていたと思ったら、今度は泣き出してしまった。
・・・やはりまだ酔っているのかもしれない。しかし、当の二人は顔を見合わせた。
「へ? デート? 二股?? シャニー何を言ってるんだい?」
ロイには全く見に覚えがない。まして自分が二股をかけているという疑惑を自分の恋人にかけられているなんて心外だった。
「しらばくれないでよ! それに、まだ証拠はあるんだぞ!・・・さっき、会合の会場で抱き合ってでしょ。」
「は?」
困り果てるロイ。なんとかシャニーをなだめようとする。・・・野次馬も増えてきた。
しかし、リリーナにはピンと来た。そして、思わず笑ってしまった。
「リリーナ?」
困惑するロイの耳に口を当てるリリーナ。そして、その耳打ちが終わった途端、ロイも笑い出してしまう。
「あはは・・・。」
「何よ! あたしを陥れてそんなに楽しい?!」
「シャニー、勘違いだよ、それは。」
「勘違いぃ?! この期に及んで何を。」
ロイは激怒するシャニーを抱きながら、耳元でそっと語り始めた。
「さっきリリーナを抱き上げていたのは、階段でリリーナが足を滑らせたから、それを受け止めただけださ。」
「・・・え?」
シャニーが肩透かしを食らったような声を上げた。その反応を笑うことを、リリーナも耐えられない。
「ふふふ・・・。ええ。ロイのおかげで足を挫かなくて済んだの。まさかヒールが折れるとは思わなかったわ。」
「じゃ、じゃあ、昼間二人でデートしてたのは!?」


37: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:06 ID:E1USl4sQ
「あれは・・・リリーナの荷物持ちを手伝ってたんだよ。僕が街に行った理由はコレさ。」
そう言うと、ロイはポケットから何か小さい箱を取り出した。
綺麗な宝飾のされている箱だ。それだけでもかなりの価値がありそうだ。
「はい、シャニー。お誕生日、そして成人、おめでとう!」
ロイとリリーナはそういいながら、シャニーにその箱を渡した。
「え・・・。まさか、コレを買うために?」
「うん。僕じゃ何をプレゼントしたら女の子が喜ぶか分からなかったからね。
一緒にリリーナについていってもらったんだ。お陰でどれだけ荷物を持たされたか・・・。」
泣きながら気苦労を語るロイを尻目に、リリーナが続ける。
「もう! ロイったら、人聞きの悪い事を言わないで!
さぁ、シャニー開けてみて。貴女が気に入ってくれるか分からないけど・・・。」
シャニーはその箱を開けてみた。中に入っていたのは・・・
綺麗な赤い宝石で作られたイヤリングだった。かなり洒落た品だ。きっとこれを選ぶのに何時間もかけてくれたのだろう。
「これを・・・あたしに? あたしために?」
「そうさ、気に入ってくれると嬉しいよ。」
「あたし・・・。」
泣きそうになるシャニーの耳元で、ロイが再び語りかける。
「前にも言ったろ? 必ず君を幸せにして見せると。
僕は君を裏切ったりはしない。二股なんてするものか。だから・・・僕を信じてくれ。」
「!?」
ロイは言い終わると、シャニーの唇を奪った。
こんな野次馬の一杯いる前で初めてを奪われ、シャニーは気が動転し、泣き崩れてしまう。
それを見た周りの野次馬からは歓声が沸いた。ロイは、やっぱり自分が思っていた通りの優しい人だった。
そんなロイを信じられなかった自分が愚かしく感じた。そんなシャニーに、リリーナも話しかける。
「ふふ、油断していると、私がロイをとっちゃうわよ? ロイのことをその程度としか考えていないのなら・・・!」


38: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:07 ID:E1USl4sQ
その言葉に、シャニーは血相を変えて反論した。・・・こういうところはまだまだ子供だ。
「だ、ダメ! ダメに決まってるじゃん!
へ、へん。今回は、ロイがどの程度あたしのことを想ってくれているか試しただけだもん!
あ、あたしがロイのことを疑うわけ・・・。」
「ふふっ。」
リリーナにとっては、シャニーは友達でもあり、妹のような存在だった。からかい甲斐がある。
シャニーもからかわれている事が分かっているのか、顔を膨らせている。
しかし、ロイのほうを見ると言った。
「さて、酔いも冷めたし、買い物に行こうよ。」
「え? こんな時間からかい?」
「うん、いいの。すぐ終るから。」
そういい終わるとシャニーは、抱きついていたロイから距離を開け、両手を一杯に広げて言い放った。
「さ、ロイ、あたしを買ってよ! いくらで買う!?」
ロイはそんな片翼に面食らった様子だったが、暫くして笑みを浮かべながらシャニーに近づいた。
「もちろん! 僕が持てる全てで買うよ! 君は僕のものだ!」
そう叫びながら、ロイはその“こわれやすい”品をその腰とひざに手を回し、大切に抱き上げた。
シャニーもまたロイに抱きついた。落とされてこわれないように。
周りの野次馬にも祝福され、二人にとって忘れられない夜となった。

次の朝、オスティア城からは悲痛な声が聞こえていた。
「うー・・・おえ・・・。ぐるじい・・・。」
そんなシャニーの様子を、ゼロットが呆れながら嗜める。
「まったく、どれだけ飲んできたんだ。オスティアの樽酒は強烈と有名なのだぞ。
これから付き合いで酒が出てくることも多いのだから、自己規制をしっかりしなければならんぞ。」
シャニーは二日酔いに苦しんでいた。苦しい・・・ロイ・・・助けて・・・。死んじゃうよぉ・・・。
蒼ざめた顔で泣くシャニーの耳には、紅の宝石が朝日を浴びて輝いていた。

〜完〜

あとがき
以上でこの短編小説は終わりです。一応本編とのつながりがないわけではなく、1部の1章‐2章の間の出来事という設定です。
本編がシリアスで緊張の連続 (といってもノーテンキなヤツもいますが) なので、こちらは少々甘いムードを漂わせて見ました。如何だったでせう?
昔から女性は見栄っ張りで早合点と言う事をよく聞きます。
特に炎とか風属性の人って言うのは、独自の世界観と言うか、自らが信じたものをひたすらに貫くって感じが見て取れます。
だからそれがポジティブの方向に向かっていれば良いのですが、今回みたいにネガティブ、マイナス方面に思い込んでしまうと・・・。 もうどうにも止まらなくなってしまう・・・。
そして、更に泥沼へ沈み込む・・・。悪循環・・・。
特にシャニーは自分に素直な子ですからね。表向きは明るくて悩みなんてなさそうですが
その本質がどうかまでは分かりません。
そういう人に限って、案外傷つきやすいデリケートな部分も併せ持っているものです。

マリナス:貴殿も女性を“取り扱う”時には“ワレモノ注意”ですぞ! 女心は桃のようなもの。何で傷つくか分かりませんぞ!


39: 手強い名無しさん:06/01/24 15:15 ID:E1USl4sQ
本編に戻ります。
機会があればまた短編も投下しようと思います。

40: 第二十五章:明かされる真意:06/01/24 15:23 ID:E1USl4sQ
「さて・・・これからどうするか・・・。」
盛大な祝勝会の翌日、アレン達はイビキをかいて眠るセレナやクラウドの横で今後の進路を模索していた。
「民のこともありますし、やはりアリスさんはイリアに残るのですか?」
セレスがアリスに聞いてみる。アリスは前々からイリアのことを気にかけてきた。
ベルンを追い払った今、イリアは新たなリーダーを必要としていた。
「・・・いえ。」
「しかし、それでは民が納得しないのではないですか? 皆アリス様の帰国に歓喜していましたよ。」
「確かに、イリアも心配よ。でも、叔母様の日記を読んで改めて思ったの。 自分の国のことだけを考えていていいのかと。」
「ぐぉ〜ぐぁ〜」
クラウドのイビキが会話を遮断する。
「それはそうですけど・・・もう! うるさいですね! しかし、イリアも今大切な時では?」
「ええ。でも、イリアだけ復旧しても、回りも一緒に復興しなくては意味がないと思うの。
だから、私は最後までこの旅に同行します。」
アリスのその意志を聞き、セレスもまた、最後まで旅に同行する事を改めて覚悟した。
パーシバルは世界を見て来いと言ったがそれだけじゃない。
きっとエトルリアだけでなく、エレブ全体を復興する手伝いをして来いと言う事だったのだろう。
「よし、ならすぐに出国の準備をしようか。神将器はまだ二つ手に入れなければならないし。」
アレンが出発の音頭をとる。イリアは冬を抜けたが、他の地域ではきっとベルンの魔の手に苦しめられているに違いない。
「う〜ん、むにゃむにゃ、もう肉は食べられないって・・・」
セレナが寝ぼけながらクラウドの腕に噛み付く。どうやら骨付き肉でもかじる夢でも見ているようだ。
「ぐぉー。」
緊張感も無く幸せそうに眠る二人に、起きていた面子は調子を狂わされてしまう。
「・・・。私、やっぱ姉ちゃん達と姉妹じゃないほうが良いや。」
シーナもため息をついた。アリスも可愛い妹達を見ながら笑いながらアレンにお願いをする。
「アレンさん・・・出国の前に、もう一度だけエデッサ城に行かせてもらえませんか?」
「私は騎士です。アリス様がそう望まれるのなら、それに従うまでです。」
「ありがとう・・・。ところで、ナーティさんは?」
「あぁ、さっき外に出て行きましたよ。ユーノ伯母様達の墓標を拝みに行くって言ってました。」
セレスが即答した。連日昼夜問わずの見張りに、長引く戦闘。彼女も疲れているはずだった。
しかし、相変わらず隼のような鋭い眼差しを保っていた。
「じゃあ、私が呼んで来るね。」
シーナはそういい残すと、イリアの寒空へかけていった。

一方、ナーティは仮建された墓標に向かって目を瞑って立っていた。
「・・・これで、イリアは救われたのか・・・。本当にこれで・・・いいのか。
一体何が正しくて、何をすべきだったのか、私には・・・。」
独り言をこぼしていると、向こうから人の気配がした。ナーティは剣に手を添えながら後ろ向いた。
そして、その気配が背後に立った瞬間、剣を引き抜き、相手の喉元に向かって剣先を向けた。
「うわぁっ!」
「・・・シーナか。すまないな。ちょっと気が高ぶっていた。」
「びっくりしたぁ。」
ナーティは剣をしまうと、シーナの喉元を手で触って怪我がないか確かめた。
「頼むから背後に立たないでくれ。背後に立たれるとどうも反射的に手が動いてしまう。」
「ごめんなさい。気をつける。でも、何か嫌な思い出でもあるの? 背後に立たれて何かされたとか。」
「・・・いや、別に。私は傭兵だからな。何処で恨みを買っているか分からん。刺客が放たれていてもおかしくないのだ。」
「そうなんだ・・・。あ! そうそう、そろそろ出発の準備をするから戻ってきて。」
シーナはそういうと再び皆のいる温かい家まで走って戻ろうとした。そんな彼女を、ナーティが話し止めた。
「シーナ。」
「へ? 何?」
「お前は・・・お前はこれでよかったと思うか?」


41: 手強い名無しさん:06/01/24 15:23 ID:E1USl4sQ
「何が?」
「皆はお前達が、イリアをベルンの魔の手から救ったと言っている。しかし、本当にこれでよいのか?」
「え・・・? だって、ベルンの差別はあまりに酷いものだったし・・・。倒されても仕方ないことをしてきたんじゃ?」
シーナは、ナーティのいきなりの質問に戸惑いながらもそう答えた。
「本当か? ハーフを追い出し、人間がイリアを支配する事が、本当にイリアにとって、いや、エレブ大陸にとって正しい事なのか?」
「それは・・・。でも、ベルンのやっていたことが正しいとは思えないもん。」
「では、我々がやっている事が正しいと言えるか? 
力によってハーフを追い出し、自らの生活を確保する。それではハーフと何ら変わらないのではないか?」
「で、でも!」
「力に訴え、憎しみを生み、それによって生じた捻じ曲げられた理解で溝を深めることを正義というなら、
正義とは実に都合のいい言葉に成り果てたものだな。」
「う・・・。確かにそうだね・・・。でも、それ以外に方法が・・・。」
シーナは回答困難な質問をぶつけられて困ってしまった。
しかし、世界を救おうとしている集団でも中核にいるシーナだ。これが分かってもらえなければ・・・。
「そうだ。だから戦争は悲しい。戦争は、お互いの溝を深めるだけだ。
我々の正義は、人間だけの正義であって、相手から見れば単なる異端者だ。
そして、ハーフの正義にも同じ事が言える。お前達が探すべきものは・・・何か分かるな?」
「うん・・・。両方から見て、正義と呼べるもの・・・。難しいなぁ・・・。」
「そうだ。お前達の求める理想は、幻想といっても過言ではない。それほど矛盾に満ち満ちたものなのだ。
その矛盾を一つ一つ越えて行かねばならない。・・・お前達にそれが出来るか?」
「やってみせる! そうじゃなきゃ、今までやってきたこと全てが無駄になるもん。
そうなれば、今まで私達が殺めてきた人たちに顔向けが出来ないよ!」
シーナはそう断言した。やってやる。いや、やらなければならいのだ。


42: 手強い名無しさん:06/02/03 10:41 ID:E1USl4sQ
「顔向けできない、か。ふ・・・。では、もし自分達が良かれと思っていたことが間違っていたならばどうする? 
気付いてからでは遅いこともあるぞ?」
「それは・・・やれることを精一杯やる。それしかないよ。諦めたら終わりだもん。」
シーナは自分が思うことを素直に語った。ナーティはシーナの言葉を丁寧に聞き取り、そして返した。
「諦めたら終わり・・・か。その根性が最後まで続くといいな。よし、では宿に戻ろうか。」
「うん。」
ナーティは寒そうにしているシーナを、体で包んでやりながら宿まで戻っていった。
・・・正義、か。久しぶりにこんな言葉を口にしたな。
正義など・・・偽善者が自分を正当化するための道具に過ぎない・・・。シーナ、それを履き違えるなよ。

その頃、宿の中ではレオンがルシャナの肩揉みをしていた。
「ふぅ・・・気持ちいいねぇ。久々に剣を持ったら肩が凝っちゃったよ。」
「なんだよ。年寄りみたいな言葉を・・・。」
レオンがルシャナの言葉にからかい混じりに答えた。
「バカにすんじゃないよ。私はこう見えてもまだ30代なんだからね。
それにしても・・・不思議な気分。息子に肩をもんでもらっているなんて、何か夢を見ているみたいだよ。」
「俺もさ。俺も生まれて初めてだ。親の肩をもむなんて。」
生まれてはじめての親子水入らずの生活だった。凄く幸せに感じる。
今までの無色だった本に、突然鮮やかな色が載ったような、そんな感じだった。
「レオン、マチルダに変な事はされなかったかい?」
「いや、あいつは・・・俺には凄く優しかった。だから俺は、お袋にこうやって会うまで、何の疑いもしなかった。」
「そうか・・・。」
「でも、これからはずっと母さんの元を離れない。今まで寂しい思いをさせた分、しっかり親孝行する。」
レオンの温かい言葉に、ルシャナは涙がこぼれそうになった。
しかし、それをぐっと堪えると、レオンに向かって優しく説いた。
「いや、あんたは、セレナ達と一緒に行っておやり。」
「え?! しかし、それでは母さんが。」
「いいんだよ。あたしのことなんか、世界を正してからでも遅くないだろ?
でもセレナ達はあんたを、今必要としている。順序を間違えちゃダメさ。」
「・・・分かった。お袋、ありがとう。きっと早く戦争を終らせて、俺はイリアに帰ってくる。それまでは死ぬなよ。」
「誰が死ぬもんか。あたしゃまだ若いって言ってるだろ?」
二人はこの二人きりで居ることのできる時間を大切にするかの様に、ずっと話を切らさなかった。


43: 手強い名無しさん:06/02/03 10:44 ID:E1USl4sQ
その後、一行は再び王都エデッサに戻った。そして、群がる群衆にアリスは説いて回った。
ハーフを差別してはならいと。それをしてしまえば、自分達もハーフと同じだと。
一行はその足でエデッサ城に向かった。そこに居たのは・・・
「あっ、あいつらは! ふごふご!」
セレナが声を上げようとしたところを、ナーティが手でセレナの口を塞いだ。
ミレディ率いるあの謎の集団が、エデッサ城のかつてのマチルダの部屋などを漁っていたのである。
セレナ達はあわてて物陰に身を隠し、その連中が何をしているのか見ることにした。
「あったか? 例の研究資料は?」
「いえ、部屋中くまなく探しましたが、それらしき資料は全く見当たりません。」
部下の返答に、ミレディは即座に次の質問をする。
「実験施設なども既に捜索済みか?」
「は。事前の作戦通り、城の隅々を探しましたが、それらの資料は全く見当たらないのです。」
ミレディは腕を組んで考え込んでしまった。
・・・おかしい。マチルダはここで確実に竜石実験を行っていたはず。
現にその実験の為に多くの人間がここに連行され、死んで行った事は、潜入していた同志が確認している。
・・・それなのに資料が一枚も残っていないなど・・・ありえない。何が起こったのだ・・・?
しかし、考え込んでいる暇は無かった。自分達に課せられた任務はまだまだたくさんある。
まずはアジトに帰り、リーダーに事を知らせなければ・・・。
そんなことを考えながらふと廊下の方を覗いたとき、なにか橙色の尻尾のようなものが見えた。
ミレディは不審に思い、そちらに向かう。
「あ、やば。シーナ、あんたの尻尾が見えちゃってたみたい。」
セレナが向かってくるミレディを見て焦る。シーナも自分のポニーテールが柱からはみ出していたことに気付いた。
「尻尾じゃないって言ってるでしょ! あぁ、でもどうしよ・・・。」
「・・・やむを得んな。行くぞ。」
ナーティが先陣を切り、ミレディの前に姿を現した。その後に続くように、一行が連中と相対した。
「なっ! 貴様らは!」
ミレディが焦って騎士剣を鞘から抜く。部下もすぐに駆けつけてきた。
「それはこっちの台詞だ! 人の城に無断で忍び込むなんて、礼儀知らずも良いとこじゃん!」
セレナが言い返す。ここはもはやアリス姉貴の城だ。それに忍び込むなんて、泥棒と同じだ。
「ふっ、今まで散々ベルン配下の城に忍び込んできた、盗賊のようなお前に言われたくないな。」
「う・・・うるさい!」
「・・・確かに言い返す言葉も無いですね。」
セレスもセレナを擁護しようと思ったが、擁護の言葉が見当たらず、目を閉じながら頭に手を添えた。
「それより、貴女方はここに何の用があったんですか?」
アリスが単刀直入に聞いた。この連中のことだ。何か大切なことがあったに違いない。
それに、さっきの「研究資料」とかいう言葉も気にかかる。
「・・・そうか。お前達か、この城から研究資料を持ち出したのは。」
「は?」
「お前達が、マチルダの行っていた竜石実験に関する資料を持ち出したのだろう?
お前達が持っていたところで意味のないものだ。我々に渡してもらおうか。」
ミレディから放たれた言葉には、一行には身に覚えが無かった。
「何だよ、その竜石実験って。」
クラウドが不思議そうに聞いた。その疑問に、レオンが答えた。
「竜石実験とは・・・本来竜族が用いる竜石に、エーギルを加えたり、特殊な作用を加える実験だ。
それにより、竜族以外でも竜石を用いる事ができるようになるらしい・・・。」
ミレディがレオンに気付いた。
「お前は・・・。 ふ、とうとう気付いたのか。自分がハーフではないと。」
「あんたは誰だ? それに、何故そのことを知っている?」
「我々はベルンを倒すべく組織されている。ベルン内部の情報は筒抜けなのだ。
それより、やはりここで竜石実験は行われていたのだな?」
「ああ。俺は反対していたが。資料もかなりあったはずだ。それが無いのなら・・・誰かが先に持ち去ったとしか考えられない。


44: 手強い名無しさん:06/02/11 21:55 ID:9sML7BIs
少なくとも俺達は持ち出した覚えはないが。」
ミレディは再び腕組みをして考え込んでしまった。
どうやら、今回はアリスの命を狙っているという雰囲気ではないようだ。
「なぁ、その資料を、なんであんた達が欲しているのさ。」
セレナが考え込むミレディに聞いた。まさかこの集団もその竜石の力を得ようとでも考えているのか。
「お前達が知る必要は無い・・・と言いたい所だが、お前達も知るべきかも知れぬな。」
「なんだよ。教えてくれたっていいだろ!?」
セレナとクラウドは興味津々と言った感じの表情でミレディのほうを見ている。
その計画が、どんな恐ろしいものかも知らないで。
「・・・世界を救おうとしている一行には思えないな。まぁよい。
マチルダは、大賢者アゼリクスと組んで、自分達が世界を支配しようと暗に企てていたようだ。」
「それで?」
「そのために、彼らはその事を女王であるメリアレーゼに伝えていないようだ。
表向きは従属しながらも、裏ではメリアレーゼを倒すべく研究を進めていた、というわけだ。」
「内部分裂を起こしているわけだ。」
シーナがそう言った。・・・裏切りである。
「そう。メリアレーゼが最終的に望んでいるのは、
どの種族も平等に暮らせる世界の実現。しかし、その手法が問題だ。」
「どういう手法なの?」
セレナが先を聞きたくて、相手が敵であることも忘れてどんどん質問した。
「そんなことはどうでもいいことだ。少なくともお前達が理想とするものとはかけ離れたものだ。
もっとも、お前達もその理想とかけ離れたことをしているのだがな。」
「なんだと?!」
ミレディは顔を真っ赤にして反論するセレナの様子を嘲笑しながら続ける。
「ふん。それに対し、マチルダたちが目指していたものは、ハーフによる完全支配。
ハーフというよりむしろ自分達が世界の統治者となるべく、計画を遂行していたのだ。
改造竜石によって、自分達の言いなりになる悪魔の軍団を作り、世界を武で統一する。
そして、最終的には優良種であるハーフ以外はその生存すら許さない・・・そんな世界だ。」
「な、なんだって?!」
セレナは仰天した。そんな恐ろしい計画が水面下で展開されていたとは。そして、その研究資料はもはやここには無い。
「それを食い止める為に、その改造竜石の研究データをこの世から消してしまいたかったのだが・・・。
お前達が知らないとなれば、もうアゼリクスが持って行ったと考えるしかない。」
「・・・。」
いつも冷静なナーティも、今回ばかりは驚いたのか、考え込んでしまっていた。その顔には、心底驚いたという表情が隠しきれず現れていた。
「急いでリーダーに報告せねば・・・。」
ミレディが、部下を引き連れてセレナ達の居るところに向かってくる。
来るか。セレナ達は武器を構えた。しかし、そのままミレディ達はセレナ達の横を通り過ぎ、背中を見せて止まった。
「今回はお前達に華を持たせておいてやる。
しかし・・・お前達のやっていることは、世界を破滅に導くだけだ。もう一度考えてみるといい。」
そういい残すと、窓に飛竜を呼び寄せ、そのまま飛び去って南西の空に消えてしまった。
「どういうことなんだ・・・。」
困惑するセレナ。ここで、やっとナーティが口を開いた。
「一つだけ分かったことがあるではないか。このままでは、世界は終わりということだ。
我々はまだ多くを知らない。だが、目の前の壁を一つずつ乗り越えていくしかない。」
アレンもその言葉に同調する。もはや立ち止まっていられる時間はない。
「よし、じゃあベルン抜ける前に、サカに立ち寄って何とか神将器を譲っていただこう。クトラ族の長が保管しているはず。まずはサカに急ごう。」
一行は次なる目的地、サカはクトラ族領地に向かい、歩み始めた。


45: 第二十六章:親として:06/02/11 21:59 ID:9sML7BIs
一行は西方、エトルリア、そしてイリアも開放することに成功した。
残るはリキアと、諸悪の根源であるベルンだけである。ベルンさえ倒せば・・・。
「やはり僕は雪国より温暖なエトルリアのほうが好きです。早くこの山を抜けてしまいたいですよ。」
セレスが震えながら愚痴る。イリアは確かに静かでよい環境だが、いかせん寒さが厳しすぎる。
今から向かうサカは、一年中温暖な気候で、地平線まで続く草原の国だ。
「あー。サカかぁ。どんなところだろうなぁ。早く行きたいなぁ!」
セレナが期待を胸に膨らませながらスキップをする。元気丸出しである。
「姉ちゃんって、ホント遠足気分だよねぇ。」
「全くです。この寒いのに良くそんな元気に走り回れますよ。」
セレスの蔑み混じりの言葉に、セレナはすぐさま反応した。まるで磁石のようだ。
「何よ! セレスが男のクセにひ弱なだけでしょ!」
「ふ、ひ弱とは失礼な。デリケートといってくさい。貴女が野蛮なだけです。」
またセレスに痛い一言を貰って、セレナは顔を膨らした。
何で皆あたしのことを女の子としてみてくれないかなぁ。こんな可愛いのに。
そんな騒がしい3人とは対照的に、今日はクラウドが大人しかった。
「なぁ、レオン。」
クラウドが飛竜にまたがるレオンに、顔を上に向けて声をかけた。
セレスに話しかけるとやぶへびになることが多い為か、クラウドはレオンとよく話をしていた。
「ん? 何か用か?」
「用があるから話しかけたんだろ? でさ、お前、なんでマチルダに止めを刺さなかったんだよ?」
レオンはその質問に対し、暫く空を眺めて答えなかった。そして気持ちの整理をしてから話しかけた。
「俺には・・・奴は殺せなかった。あいつは俺を育ててくれた。
武術をうまく覚えたときには、笑顔で褒めて撫でてくれたし、間違った事をしたときはしっかり叱ってくれた。
あんな酷い仕打ちをしていた奴だが・・・俺にとってはもう一人の母親だったんだ。」
「俺には分かんねぇなぁ。その槍の力が欲しかっただけだったんだろ?」
「そうかもしれん・・・。だが、そうは割り切れなかった。」
その二人のやり取りに、まだ怪我の完全に癒えぬ体のナーティが加わってきた。
「マチルダは、かつて自分の幼子を人間に殺されているのだ。きっとお前が、その幼子と重なったのではないか?」
「え! マチルダも・・・リゲルと同じ・・・?」
セレナは驚いた。マチルダもまた、人間に傷つけられた一人だったのである。
「そうだ。奴は昔から、智将として名を馳せている存在だった。
その攻略に手を焼いていた人間族が、精神的に攻撃する手段として、マチルダの子に手を出したのだ。」
「・・・。それじゃ・・・やっぱり人間が悪いのか・・・。人間って・・・汚い。」
セレナがポツリと漏らす。自分は今まで人間と一緒に暮らしてきて、自分も人間だという錯覚に陥っていた。しかし、自分は竜族。
ナーティの話を客観的に見ていると・・・どうも人間が悪く、ハーフは被害者であるとも思えてくるのである。
ナーティはセレナの反応を瞬時に読み取った。
「セレナ、勘違いするな。確かに、人間はハーフに対して酷い仕打ちをしてきた。
だが、だからと言って同じ事をやり返すことに正当性など無い。
忘れたか。我々の、お前の目指す世界は、どの種族も、種族や概観で差別されること無く、皆が笑える世界を取り戻す事だ。」
やはりナーティは、こういうときに的確なアドバイスをくれた。シーナもうなずく。
「そうだね。でも・・・私は、同族がこんな酷い事をしていて、後から仲良くしようなんて都合のいいことが出来るのか不安だよ。」
「それは、お前達の努力次第だ。前にも言ったろう。結果を残したものだけが英雄と呼ばれると。
お前達が世界中に訴えなければならないのだ。そのためにも、今目の前にある、やるべき事をやらねばならぬ。
間違えたら、やり直せばよいのだろう?」
「セレナ、間違える事は誰にだってある。転んだら起きあがれば良い。でも、失敗はしちゃいけない。失敗って言うのは、転んでも起き上がらないことだ。」
アレンもセレナ達に助言する。自分を本当の父のように慕ってくれる二人。
騎士と主というケジメは大切だと思ってはいても、やはり嬉しい。そんな二人を、精一杯フォローしたかった。


46: 第二十六章:親として:06/02/15 11:12 ID:E1USl4sQ
「おう、分かってるよ、親父。ナーティもありがとな。」
セレナは何時もの笑顔でアレンやナーティに礼を言う。ナーティはそれを見ると久々に笑みをこぼした。
「それにしても、やっと親族の仇を取れたぜ。姉貴もマチルダは憎かったろう?」
クラウドがアリスに話しかける。アリスはその問いに、首を振りかけてやめた。
「・・・憎んでいた心が無いわけじゃない。私の両親を殺した憎い敵。でも・・・あの人の負った苦しみを考えると・・・可哀想で。」
「姉貴は優しいな。俺にはそんな考え方は出来ないぜ。それはそれ、これはこれだ。」
「うん。それにね・・・やはり憎しみで戦っても、何も変わらないと思うの。あの人一人を殺せば済む問題じゃない。
そんな簡単な問題じゃない・・・。これからはハーフの人々も一緒にイリアを構成していくのだから。
そのイリアの中核を為していかなければならない私が、ハーフを憎んでいては、きっとそれは如術に国の行く末へ現れてしまう。
そんな事になったら、死んでいった人たちに申し訳ない、そう思うの。」
「へ、姉貴は強いな。俺にはそんな考えは無理だ。やっぱ憎いものは憎いよ。」
「ううん、私も口ではこういってるけど、きっと貴方と同じ場面に出くわしたら、止めを刺してると思う・・・。口だけだね。私は。」
「そんなことねぇよ。それすらできねぇ俺は・・・。」
そんな二人の会話に、セレナとナーティが加わってくる。
「ねぇねぇ、何の話をしてるんだ? ねぇってば!」
セレナの悪気のない笑顔に二人も叱るに叱れなかった。
「げ、こんなセンチメンタルな場面に壊れた蓄音機。」
クラウドに馬鹿にされ、セレナは頬を膨らす。可愛いもんだ。
「アリス殿、お前の母を殺したのは、お前の叔母だ。マチルダを倒しても、真に母の仇を討ったことにはならないのではないか?」
ナーティがアリスに尋ねた。そうである。
ユーノを死に至らしめた張本人は、マチルダではなく、その実妹シャニーなのである。セレナも気付いた。
「あ、そうだね。姉貴・・・母さんやあたし達のこと、憎んでる?」
セレナが聞いてみた。あの村のように、いつまでも恨みを忘れない人々も居るのだから。
まして自分の姉貴(本当は従姉妹だが)に憎まれていたら・・・。
「いいえ。私は、貴女も、叔母様も大好きよ。憎んだことなんて一度も無い。
それに、叔母様が母様を殺さなければならなくなった原因を作ったのはマチルダ将軍です。
あの人が、私の母様を竜の変えてしまわなければ、叔母様もそんなことをしなくて済んだ。
叔母様だって母様を殺そうなんて思っていないことは、あの日記を見なくても分かっていたわ。
だって・・・母様と叔母様は・・・本当に仲が良かったんだもの・・・。」
セレナはそれを聞くとほっと胸を撫で下ろした。ナーティも髪を手で梳かしながらアリスに言葉を返した。
「そうか。辛いことを思い出させてしまいすまなかった。」
ナーティはアリスがうなずくのを見届けると、アレンのところに戻った。


47: 手強い名無しさん:06/02/15 11:13 ID:E1USl4sQ
「皆、心がしっかりしているな。さすが英雄達の子供だ。」
ナーティが珍しく皆を褒めた。アレンも嬉しそうに話す。
「そうですね。私も西方を出るときは不安もありましたが、やはり世界の英雄と呼ばれた方々の子供というべきか・・・。
それに、貴女も的確なアドバイスをしてくださっていますし。」
アレンもナーティのことを信用していた。自分以上に、あの二人のことを理解している。
ナーティの助言が無ければ、今頃この二人はどうなっていたかも考えられないと感じていた。
「ナーティ殿 私は貴女が居てくれて本当に良かったと思っています。傭兵代は戦争が終ったら必ずお支払いしますので。」
「金の話は後で良い。私はこの旅に同行できて満足している。」
「そうですか、そう言って貰えると助かります。これからもよろしくお願いします。」
「おう、頼りにしてるぜ!」
いつの間にか、またセレナが話に割り込んできた。明るいのはいいことだが、なんにでも首を突っ込むクセは困りものでもあった。
「私も信用に足りる方だと信じています。」
アレンはセレナの言葉にうなずいたが、ナーティの口元からは笑みが消えた。
「信用している、信じている・・・か。」
ナーティの独り言のような言葉に、セレナが首をかしげた。
「あれ? 気に障った?」
「いや、なんでもない。」
そういうとナーティは隊列から少し離れ、また一人で歩き出した。
それをセレナは変な奴と思っただけだったが、アレンは何か引っかかるものを感じた。
ナーティはまた一人で空を見ながら歩く。その瞳に映るものは何なのだろうか。
・・・信じる、信用する・・・。私はこの言葉が大嫌いだ。
信じる・・・そんなものは勝手な思い込みに過ぎない。おまけにそれを言葉に表せば、一方的な想いの押し付けに成り果てる。
そして、その想いと違うことをされれば、裏切った、見捨てたと罵り、悪者扱いする・・・。
勝手に信じ、勝手に思い込み、勝手に悪者と決め付ける・・・人間なんてそんなものだ。汚い。なんて汚い生き物だ。
想いなどと言う形の無いものなど、考えるに値しない。
信じるなんてものは、高慢な人間族が、自分に都合の良い様に思い込んでいるだけの・・・妄想だ。
くだらない。実にくだらない。そんなのはもうまっぴらだ。私は信じない。何もかも。
物事は、自分の目で確かめ、自らの力で変えていかねばならぬ。想いで世の中が変われば、そんな簡単なことはないのだ・・・。
セレナ、シーナ。お前達がそれに気付く時、果たしてやり直すことが出来るか? その頃には、もう私も居ないというのに。


48: 第二十七章:Eternal Breeze Of Sacae:06/02/18 17:10 ID:E1USl4sQ
イリアとサカの間を貫く山々を抜けると、向こう側の世界は今まで居た雪国とは全く違う景色が広がっていた。
カラカラに乾いた風が、山肌を一気に吹き降ろす。これはこれで寒い。
「うぅ、サカは温暖気候と聞いていたのに・・・。僕は寒いのが苦手なんですよ。」
セレスが震える。アクレイアは一年中温暖な気候で、寒暖の差が少ない。故に寒さにあまり耐性がないのだろう。
母親が雪国出身で、降りしきる雪の中を天馬で飛んでいたなど、信じられなかった。
「大丈夫です、セレス殿。山を降りれば、そこは草原。そして暫く行けばクトラ族領に入るはずです。」
アレンはかつて2.3度、ロイと共にクトラ族長、スーを尋ねたことがあった。
だからある程度はサカの地理も知っていたし、スーの人柄も分かっていた。独特の雰囲気の中に強い芯を持つ草原の英雄・・・。

サカはベルンの変以降も、ベルンの侵攻を許すことなく独自の文化を守り続けていた。
大陸内で唯一、人間が自治している領域であった。
ベルンも再三出兵して、その制圧に乗り出していたが、未だにその計画も成功していなかった。
サカの人々は昔から、部族意識が強く、部外者には排他的な傾向があると見られがちだった。
確かに彼らは、自分達の文化を最も尊重し他文明を取り入れることには保守的だった。
彼らはエミリーヌ教を信仰しておらず、独自の神を祭っている。
その教えは、身内も敵も皆仲間。父なる天と、母なる大地から産み落とされた兄弟なのだ、と言うものであった。
だから、争いは好まないし、結果的に部族意識が強まるのは当然だった。
だが、他部族は敵ではなかった。あくまで仲間、兄弟である。
それ故、他地域からの侵略時には、部族の壁を越え、皆が一枚岩となって戦うのである。
いわゆる、サカの掟と言われるものだ。それ故に、ベルンもここの地域を制圧することが出来ずにいた。
しかし、排他的かといえばそうでもない。いや、昔は排他的だった。だが今は、来るものを拒まず、温かく迎えてくれるのだ。
特にスーがクトラ族長になってからは、他地域との交流を積極的に行い、妙な偏見を払拭しようと考えていた。
何も、父なる天と母なる大地から産み落とされたのはサカ人だけではない。
この世界に住む皆が兄弟であると。そうサカの人々は考えるようになっていた。

セレナ達は下山すると、そのまま草原に足を踏み入れた。何処までも続く緑の海。
心地よい風に、吸い込まれそうなほどの青い空。ここは非常に穏やかな時が流れていた。
「あー、こんなところで昼寝したら気持ちいいんだろうなぁ!」
セレナがあくびをしながら言った。イリアに居る時は外で昼寝など、寒くて頼まれてもやりたくないことだった。
だがここなら、立っていても眠れそうである。セレナは食べることや寝ることが大好きだった。
「サカに来て第一声がこれですか。貴女らしいですね。
でも、きっとこんな穏やかな気候なら、さぞ勉強もはかどるでしょうね。宿に着いたら早速勉強と行きましょうか。」
セレスも背伸びしながらセレナの台詞に笑った。本当に温暖で、ゆったりとしていた。しかし、昼寝などしている暇は無い。
あの謎の連中の妨害が入る前に、何としても疾風の弓―ミュルグレ―を手に入れなければならない。
「えー! 勉強なんかしたくないよ! 勉強なんて大っ嫌い!」
セレナの悲痛な叫びが草原にこだました。

暫く歩くと、馬が群れていた。そして、その周りには人もちらほらと見える。どうやらクトラ族領内に入ったようだ。
昔は大小さまざまな部族が乱立していたサカであったが、
ベルン動乱で最大規模の部族ジュテ族が崩壊し、ある程度小部族は淘汰吸収された。
今やクトラ族が最大部族へと復興を遂げていたのである。
アレンがクトラ族の人に話しかける。
「こんにちは。あなた方の族長にお会いしたいのですが、案内していただけませんか?」
「族長に・・・? して、どういう用件か?」
「・・・この場で言わなければなりませんか?」
「言えない用件なら、族長に会わす訳には行かない。この頃は物騒だからな。許せ旅人。」
アレンはこの場で神将器を譲ってくれとは言えなかった。更に、世界を救う旅をしているとも言い出せなかった。
自分達は傭兵団という形で行動しているからである。安易に正体を暴露できなかった。


49: 手強い名無しさん:06/02/18 17:18 ID:E1USl4sQ
「どうしたのだ?」
そこへ40代と思しき男性が馬に乗ってやってきた。
皆独特の模様の入った服を着ているが、その男性は他の者とは色の違う服だった。
どうやら年齢や部族内の役職によって服の色が決まっているらしい。
「あ、シン様。この者達が理由は言えないそうなのですが、族長に会わせて欲しいと申しています。」
その男性はシンだった。かつてベルン動乱の時、スーと共に参戦したクトラ族の若狼だ。
「貴方はシン殿か。私はアレンと言う者。覚えておられますか?」
シンはアレンの名を聞くとそれが誰だか思い出したようだ。
自分達の国を取り戻す手伝いをしてくれた、英雄ロイの直属の部下の名だ。その人が、族長に会いたいと申している。
何か重要な事があるのだろうと、シンは悟った。無言のまま馬を駆る。着いて来いといわんばかりに。
一行はシンのあとを追う。シンは大きなテントのような住居の前で馬を止めると、一行の追いつくのを待った。
「はぁ・・・はぁ・・・馬の後ろについて走るなんて・・・。」
セレスが息を切らす。“デリケートな”彼にはこんな経験は初めてだったのだろう。
「・・・俺に着いて来るといい。」
シンはそう言いながらテントの中に入っていく。
「あの人、無口だし、無愛想だね。なんかナーティの男版みたい。」
「・・・。」
セレナの言葉にナーティは返す言葉も無い。そのまま一行はテントの中に入っていく。
シンが更に部屋を仕切る布をくぐり、中へ入った。その中では深緑の髪の女性が祈りを捧げている。
「族長。族長にお会いしたいと申している者達を連れてまいりました。」
「私に・・・? 誰?」
「はい。ロイ様のかつての直属の部下だった、アレン殿です。」
「・・・分かったわ。お通しして。」
「は。」
シンはその言葉を聞くと、スーに一礼し、部屋を出て行こうとした。そのシンに、スーがもう一言付け加えた。
「シン。」
「なんでしょう、族長。」
「前から言おうと思っていたのだけど、その族長という呼び方はやめて。昔みたいに名前で呼んで。」
スーの言葉に、シンはいつもどおりの無愛想な顔で答えた。本人にとっては普通の顔なのだが。
「お気持ちは嬉しいですがケジメは必要です。他の者も族長と呼んでいる以上、私だけそのようには参りません。」
「でも、二人きりの時はいいじゃない。私達は番なのよ?」
「・・・わかりました、族長。」
「名前で呼んで。」
「はい、スー様。」
シンはそう言うとそそくさと立ち去って言った。
「シンも照れているのね。・・・それにしても、アレン殿が生きていたなんて・・・。もしかして・・・。」

一行がシンに連れられてスーのいる部屋に入った。中には見たこともない調度品や、色鮮やかな着物が飾ってある。
セレナ達にとっては、まさに異国に来た、と言う感じだった。
「アレン殿、お久しぶりですね。私のことを覚えていますか?」
スーがアレンを見て聞いてみる。もう20年以上無沙汰だったのだ。
「勿論です。お元気で何よりです。」
「ロイ様が倒れられたと聞き、私も絶望しました。しかし、私達は自分達のできることをしようと、ここまで頑張ってきました。
そして、毎日、天なる父と、母なる大地に祈りを捧げてきました。」
「スー様、貴女がクトラ族を、いや、サカをうまく纏めてベルンに対抗していることはよく知っています。
私達も見習わなければならないと思っています。」
スーはその言葉に対し、首を横に振った。
「いえ。私はかつて、自らの力不足で多くの者を無駄に死なせてしまった。
私はこれ以上、自分の力不足で仲間を失いたくない。それを実践しているだけです。」


50: 手強い名無しさん:06/02/21 17:15 ID:E1USl4sQ
「あたしと同じなんだね。」
セレナがポツリと言う。彼女は忘れていなかった。西方で、自らの過ちのせいでたくさんの無駄な犠牲を出した事を。
「貴女は?」
スーはセレナのほうを見て訊ねた。アレンがあわててスーに紹介する。
「あ、遅れましたがご紹介します。この方はセレナ様、こちらはシーナ様です。」
「セレナ・・・シーナ・・・どこかで聞いた覚えが・・・。」
「はい。このお二人は、ロイ様とシャニー様の間の姫様です。」
「貴女達が・・・ロイ様の子・・・炎の・・・天使?」
スーがセレナ達のほうを見ながら、最初は驚いたように、そしてその後は確認するかのように尋ねた。
「うん。」
「そうですか。という事は、各地を解放して回っているのは貴女達なのですね。」
スーは全てを悟ったかのように尋ねる。各地でのハーフからの開放の知らせは、勿論サカにも届いた。
そして、その知らせは、自分達の国を守ろうとするサカの戦士たちの士気を高めている事に疑いの余地は無かった。
「うん。でも、まだまだ弱いし、学ばなきゃいけないことも一杯あるんだ。
父さんや母さんみたいに、皆に慕われるようにならなきゃって思ってるんだけどさ。」
「それは仕方のないこと。誰でも、最初から強いわけじゃないわ。ところで、私を尋ねた理由を聞いていいかしら?」
スーには大体分かっていたが、あえて相手に言わせた。すぐにセレナが答える。
「あのね、あたし達は封印の剣を手に入れるために、神将器を集めているの。
ここには弓の神将器があるって聞いてさ。それを譲って欲しいの。」
「やはりそういうことなのね。でもミュルグレは、私達サカの戦士にとって大切なものなの。わかる?」
「うん・・・だけど、それが無ければ封印の剣を復活させることが出来ないんだ!」
スーはセレナの気迫に押されそうになったが、気を落ち着けていった。
「・・・すぐには答えを出せないわ。私だけの考えで結論を出していい問題でもないし。一晩待ってもらえる?」
一行は答えを待つべく、族長の家を出ると、宿に向かった。
宿といっても、遊牧生活を送るサカの部族に、旅人を泊めるような施設は無い。
一行は民家に泊めてもらうことになった。皆、一行に精一杯の振る舞いをしてくれる。
「申し訳ありません。我々のような傭兵団に、こんな施しをしていただけるとは。感謝し切れません。」
「気にすることはないよ。皆仲間、兄弟だ。大切にして当然だ。」
サカの人々は優しかった。他の部族や人種の人間も、受け入れてくれた。一行は久々に穏やかな一日を過ごすことができた。
「セレナ、剣の稽古に行くぞ。」
ナーティは何時ものようにセレナを稽古に連れて行った。
セレナも自分だけこんな穏やかな生活をしているわけには行かないと思っていたから、文句も言わずについていった。
「でりゃ! どうだ!」
「甘い!」
ナーティはセレナの剣をかわし、一気に背後に回りこむ。そしてそのまま斬り上げた。
「あいたぁ!」
「ふっ、まだまだだな。木刀だったからそれで済んだのだ。真剣なら・・・命はないぞ。」
「くっそ、まだまだ! 行くぞ!」
セレナが双剣のコンビネーションで攻めてくる。ナーティはそれをひらりひらりと避ける。
暫くそれが続いた後、セレナは飛び上がり、空中から魔法を撃った。
「無駄だ、私にそんなヘナチョコの魔法が通用すると・・・」
ナーティが結界を張って魔法を防いだ後だった。
お互いの放ったエーギルがぶつかった事によって生じた煙の中から、突然セレナが襲い掛かったのである。
セレナをまだまだ弱いと思っていたナーティは少し面食らったのか、少々本気を出してしまった。
相手の剣を自分の剣で受け止め、その剣でそのままセレナを突き飛ばした。
「いっててて・・・。 ちくしょう・・・この作戦もダメか。あんた・・・強いな。」
「お前のような子供に負けていては、傭兵などやっていられないからな。」


51: 手強い名無しさん:06/02/21 17:17 ID:E1USl4sQ
「こ、子供・・・。あぁ!ちくしょう、今に見てろ!」
「ふ、その調子だ。だが安心しろ。
お前は以前とは比べ物にならないほど強くなっている。もう私が戦場でお守りをしなくてもよさそうだ。」
「へ、そこまで言われると照れるよ。」
「・・・。まぁいい、稽古を続けるぞ。」
二人はその後も剣を振るい続けた。皆が笑って暮らせる世界を作る、そして・・・。
やるべきことは一杯ある。でも、まずはベルンを倒さないと、そのためにももっと強くなってやる。
二人は暫く剣の稽古をした後、草原で休憩を取った。
座り込んだナーティの横で、セレナは寝転がってみる。温かく、柔らかい。それに、いい匂いがした。
「なぁ、ナーティ。」
「何だ?」
「あたしさ、その・・・強くなったかな? 一人前の剣士になれたかな?」
セレナの突然の言葉に、ナーティはそのまま無言でセレナの言葉を聞いていた。
いつも自信たっぷりのセレナがこんなことを聞くのだ。悩んでいるのだろう。
「父さんや母さんみたいに強くなってるかな?
あたし・・・何か不安なんだ。皆があたし達のことを炎の天使と讃えてくれる。
でも、本当に讃えられるほど、皆を救えるほどの実力があるのかなってさ・・・。」
やはり、そう言う事か。ナーティは心の中でそう思った。
世界の運命を左右するには、体も心も若すぎる。自分がちっぽけな存在に思えるのもこのぐらいの年頃だ。
こんな不安に駆られるのも仕方のないことだった。しかし・・・立場が立場だけに、仕方ないでは済ますことは出来ない。
「確かに、剣の腕は上がったな。剣術だけを見れば、もう一人前かもしれない。だが」
「だが?」
「剣の腕だけが強さではないということを、お前は知ったのだろう。
だから、そんな風に不安になる。誰かにそんな悩みを打ち明けたくなる。そうだろう?」
「あぁ・・・。 あんたが・・・一番あたしのことを理解してくれてる気がしたんだ。
優しく包んでくれるアリスの姉貴とは違う。もう一人の姉貴だと思ってる。
厳しいけど、きっと助けてくれる。そんな・・・。」
「・・・。」
「んでさ、あたしは今でもあんたに叱られてる。時と場合を考えろとか。
あたしってさ、何かこう・・・感情でそのまま動いちゃうからさ。 考える前に動いちゃうって言うか。」
「別に悪い事ではない。頭で考える事は、それだけ時間のロスを生む。すぐに行動に移すことも重要だ。」
「でも! でも・・・あたしは考え無しの浅はかな行動のせいで、皆に迷惑をかけてる。
いつも、やっちゃった後で後悔してるんだ。」
「ふむ・・・。 たった一つの過ちが、歯車を狂わし、大きな災いへと発展する。慎重に行動することは必要だ。
だが、前にも言ったはずだ。自ら動いて失敗はしても、動き損ねて後悔する事だけはするなと。」
「うん、でも、あたしもあんたみたいになりたい。冷静でいて、それでいて行動も的確で。」
セレナは真にそう思っていた。憎まれ口を叩いても、心の中ではいつもそう思っていた。
自分もこんな風になりたい。そして、いつかこいつに参ったと言わせてやりたい・・・。
しかし、ナーティから返ってきた言葉は意外なものだった。
「お前はお前、私は私だ。お前には、お前の良い所がある。
お前は・・・過ちを犯しても、それを認め、正そうとする心を持っている。諦めない心を持っている。それは大切な事だ。」
「あたしはあたし・・・。」
「そうだ。どんな人間でも、完璧ではない。誰とて欠点を持っているもの。だから人間は独りでは生きていけぬのだ。
自分の短所を、仲間の長所でフォローしてもらい、自分もまた、仲間の短所を長所でフォローする。
・・・それで良いのではないか?」
ナーティに諭され、セレナはなんだか気が楽になった。
そして、ナーティの話に納得しつつも、一層ナーティのような人間になりたいと思った。


52: 手強い名無しさん:06/02/23 14:16 ID:E1USl4sQ
「そっか、あたしはあたしの長所で皆をフォローすればいいんだね。
・・・でも、やっぱり失敗は怖いよ。 自分の判断ミスで、多くの無駄な犠牲を生むと思うと・・・。」
「失敗は誰にでもあることだ。失敗を恐れては、為せるものも為せなくなる。」 
「でも、だからって・・・勝利の為に犠牲が出ていいとは思えないよ!」
「時には犠牲を覚悟で挑むことも必要になる。 犠牲を恐れていては・・・戦場では勝ち抜けない。
目先のことに囚われて、物事の本質を見逃してはいけない。」
ナーティは冷たくに言い放った。あえて苦言を呈したのだ。しかし、セレナは自分の考えを曲げなかった。
「・・・ダメだ。 頭では分かってるんだ。でも・・・。
だって! 誰かが犠牲になればそれで言いなんて、それじゃ結局、
ハーフが平和に暮らす為なら、人間なんか犠牲になってもいいって言うベルンの考え方と同じじゃない!」
「・・・。」
「あたしは、あたしは納得できない。 だから、誰もが犠牲にならない方法を探す。そうじゃなきゃ、戦っている意味がないよ。」
「・・・自分達の勝利の為なら、相手の犠牲は何ともないと? 犠牲が出るのは何もこちらだけではない。」
「それは・・・。」
セレナは黙り込んでしまった。自分の言っていることは、あまりにも矛盾に満ち満ちていた。
一軒実現できそうでも、実は絵に描いた餅だった。
「分かっただろう。自分の考えが、何処までも甘いという事が。だが・・・それがお前のいいところでもある。」
「うん・・・でも! でも、あたしは諦めない!」
「そうだ、それでいい。 理想というものが、どれだけ多くの矛盾という壁を乗り越えた先にあるものか分かれば。
そして、お前の最大の長所は、諦めないことだ。間違いに気付き、それを認めながらも、諦めずに理想に向かって努力する。これだ。」
「私の最大の・・・長所。」
「そうだ。私には、それが欠けていた。自分が目指した理想も、結局は自分には荷が勝ちすぎた。そう思って諦めた。
私は諦めた人間だ。 だから、お前は私などを目指してはいけないのだ。 お前はお前というものを貫け。」
ナーティの言葉に、セレナは力の篭った瞳で言い放った。
「・・・分かった。あたしも頑張る。だから、ナーティも力を貸して。・・・信じているよ、師匠。」
「師匠、か。 ふっ、しかしセレナ、最後の一つだけ言っておこう。過信と信頼は違うぞ?
お前がどう思っていようと、私は傭兵だ。そこまで気を許していいものか?」
「いいの! あたしはあんたを信じてる。 大切なあたしの師匠だもん。」
「信じているか。 ・・・。 お前は気を許しすぎだな。」
その後、お互い黙って空を眺めていた。セレナはふと、ナーティの横顔を見た。
美しい銀髪が、草原の優しい風になびく。そして、いつも髪に隠れがちな彼女の瞳が良く見えた。
隼のような鋭く、威厳がありながら、どこか悲しげなそんな瞳だった。
その瞳は、どこか遠く、空よりずっと向こうを見ているような感じだった。
あたしは諦めないよ。あんたが諦めてしまった分も、あたしが頑張ってみせる。
あんたは冷たい言い方をするけど、あたしのことを気遣ってくれている。分かっているよ。
きっとあんたの期待に応えてみせる。そのためにも、あたしに力を貸して・・・。
暫くそんな状況が続いたが、日が紅くなり始めた。そろそろ日の入りが近いようである。
日に照らされて草原が赤く燃え上がる。
「随分長居をしてしまったな。さて、そろそろ宿に戻るか。」
ナーティが寝転がっているセレナのほうを向きながらそう言った。しかし、返事は返ってこなかった。
そこには純粋無垢な少女の寝顔があった。それを見たナーティの顔から、こわばりが消える。
「ふ・・・。可愛い奴だ。 それにしても久しぶりだな。こんなに空を眺めたのは・・・。こんな感情がわいてきたのは・・・。
今までの私は、無味な時間に流されてきただけだったからな。あの忌々しい出来事さえなければ・・・。
・・・ふん、我ながら馬鹿らしいことを。過ぎたことを悔やんでも仕方ないというのに。」
ナーティは独り言を漏らすと、セレナを抱き上げて皆が待つ民家まで戻っていく。


53: 手強い名無しさん:06/02/23 14:16 ID:E1USl4sQ
セレナは無意識のうちに、自分を抱き上げているナーティに抱きついていた。
「むにゃむにゃ・・・母さん・・・。」
「・・・。」
きっと夢の中で、母親に甘えている夢を見ているのだろう。
ナーティは無言でセレナの頭を撫でてやった。その光景が、近くにいた者には姉妹とも、親子とも見えたという。

夜、セレナは目を覚ました。いつの間に眠ってしまったのだろう。
セレナは起きたらもう夜中だったので、何か損をした気分になった。中途半端な時間から寝てしまったため、
もう一度寝ようと思っても全然眠くならなかった。仕方なく、夜風にでも当るべく、外に出る。
周りに何も視界を遮るものがないため、空がとても広く感じる。その空には満天の星。きれいだ・・・。
そう思っていると、向こうからなにやら女性の声がする。
気になることがあると確かめずにはいられないセレナは、その声のほうに向かっていった。
そこの居たのはスーとナーティだった。こんな光景・・・前にもあったな。確かナバタの里で・・・ソフィーヤさんと・・・。
「・・・そう。 あなたも苦しい思いをしたのね。」
スーがナーティに同情しているようだった。しかし、ナーティは首を横に振る。
「それは貴女とて同じこと。 仲間の犠牲の上に生きる事に、貴女もかなりの葛藤があったと聞く。」
「そうね・・・。 でも、私はクトラ族の長。私が悩んでいては、部族全体に影響してしまう。
私を守って死んでいった者達の為にも、生きている私達が精一杯、できることをやるしかないわ。」
「そうだな・・・。私も昔はそう考えていた時期があった。 だが・・・。いや、やめよう。しかし、貴女は立派だな。」
「自分ではまだまだだと思っているわ。」
「いや。人というものは、知らないものや自らと違うものとは距離を置くクセがある。
サカにはそれが少ないように見えた。これはセレナ達も見習うべきかもしれん。」
「私達は皆兄弟、家族なのよ。父なる天と、母なる大地から産み落とされた・・・。
天地の大きさに比べれば、私達人なんて本当にちっぽけな存在。
種族とか、部族とか、そんな詰まらない事でいがみ合うのは・・・馬鹿げているわ。 ね? 貴女もそう思うでしょ? 小さな英雄さん。」
スーは笑みを浮かべながら、後ろのほうの物陰を見た。ナーティもそれに釣られてそちらを見る。
すると、積んであった荷物の端から、何者かのお尻が少し見えていた。
「げ・・・。頭隠して尻軽女だったか。」
そう言いながら出てきたのはセレナだった。その言い回しにスーは首をひねる。
「??」
「・・・スー殿、気にするな。どうせ頭隠して尻隠さずとでも言いたかったのだろう。」
「あぁ! なるほど。フフフ・・・面白い子ね。」
「セレナ、起きているなら少しこの方と話をしてみろ。スー殿、後は頼んだ。」
ナーティはスーにセレナを託すと、闇に消えてしまった。
託されたほうのスーは、待っていたというように、早速声をかけてきた。
「セレナさん、少し“声”を聞いてみない?」
「え? “声”? 聞こえてるよ?」
困惑するセレナに、スーは続ける。
「いいえ、私の声じゃないわ。天や地の“声”よ。
いや、それだけじゃないわ。この世界を形作っているもの全ての“声”よ。」
「はぁ・・・。」
セレナはスーがやっていることを真似てみる。しかし、やはり自分にはそういう感覚は分からない。どういう事なのだろうか・・・。
「うーん、やっぱあたしにはわかんないよ。」
「フフ・・・すぐには分からないかもしれないわね。
でも・・・自分の心の声だけを聞いていると、いつか自分というものを見失ってしまうかもしれないわ。・・・あの人のように。」
「あの人?」
「いいえ、なんでもない。これから先、貴女は色々な場所を巡る事になる。
けど、たまには思い出してみて。この悠久の草原と、私の言葉。」
「よく分からないけど、わかったよ。たまにはその天や地の“声”っていうのを聞いてみる。」


54: 手強い名無しさん:06/02/25 19:38 ID:E1USl4sQ
スーはセレナのほうを向いて、微笑みながらうなずいた。
「人は本当にちっぽけな存在。そんな小さな存在が、小さな心の中で自分だけの声を聞いても、いい結果は得れないわ。
あなたには仲間がいる。気を許せる仲間が。仲間を大事にしなさい。そして、目に見えない部分を見逃さないように、心で“声”を聞きなさい。」
「うん・・・。 ふぁぁ。」
セレナは今まで我慢していた大きなあくびをついしてしまった。
真面目に聞いていなかったわけではない。でも、なんかいつの間にか・・・。
「フフ。説教されると眠くなるものね。さ、今日はもう寝なさい。」
セレナはスーに言われるままにテントに入っていった。
・・・この満天の星を見なさい。無数の星を。皆で輝くから、夜空が明るく見える。
人も同じ。例え一人ひとりの光は弱く小さくても、皆で光を出せばその光は闇夜を昼の如く明るく照らすわ。
・・・自分ひとりが頑張って明るく輝いていてはいつか疲れてしまう。
・・・セレナさん、貴女はあの人の二の舞になってはいけない。そうなっては、あの人も悲しむ。
その為にも・・・様々な“声”を聞くのよ。 声にならぬ声、声ではない“声”を。

翌朝、セレナ達が顔を洗っていると、昨日の無愛想な男が寄ってきた。
シンである。いきなり背後に立たれたので、セレナはびっくりした。
「うわっ!? 何だ、シンさんかぁ、脅かさないでよ。」
「別に驚かすつもりはない。」
「・・・えーっと。何か用?」
「用があるからここにいる。」
「あはは・・・そうだよね。 ・・・ふぅ。」
セレナはなんとか話を合わせようとするが、どうも調子を狂わされてしまう。
何故か間が持たない。・・・苦手なタイプなのかも? そこへセレスがやってきた。
セレナにとっては、シンと同じく、自分の調子を狂わしてくるヤツだ。
「おや、シン様、おはようございます。何かあったのですか?」
「・・・族長が呼んでいる。すぐに来てくれ。」
「そうですか、わかりました。準備を整え次第すぐ参ります。」
二人の会話はあっという間だった。自分はあんなにてこずったシンを、セレスは軽々と料理してしまったのである。
「へー、すごいねセレス。」
「? 何がですか? セレナ。」
「だって、あんな無愛想な人と会話が出来るなんて。あたしだとどうも調子を狂わされちゃってさ。」
タオルで顔を拭きながら、セレスは従兄妹の言葉に笑った。
「ははは・・・。まぁ、だれしも得手不得手はありますよ。それに、あの人は知り合いには心を開くタイプのようです。」
「なぁんだ、セレスと同じタイプだったのか。類は友を呼ぶ・・・?」
「な、何言ってるんですか。僕は別に。」
妙に焦るセレスにセレナはそのまま続けた。
「だって、セレスってさ、クラウドの兄貴とは凄く仲良くて、いつもケンカしてるじゃん。
きっと兄貴には心を開いてるんだなぁって。あたしにも開いて欲しいなぁってさ。」
時々この人はとんでもない事を言う。そうセレスは思った。
このときセレスは、セレナに胸を矢で射抜かれたような感覚に陥っていた。
本人がそれを自覚して言っているのかは定かではないが。
「だ、誰があんなヤツに・・・。僕はただ、あいつの野暮さが我慢ならないだけですよ!」
「あーあ、照れちゃって! じゃ、あたし先にスーさんのところに行ってるから、兄貴達呼んで来てよ!」
「ちょっと!」
「いいのいいの! 大好きな親友のところに行ってあげなよ!善は急がば回れって言うでしょ!」
セレナはそう言いながら、セレスに自分の持っていたタオルを渡すと走って行ってしまった。
・・・調子を狂わされるのはこっちですよ。どうしてあぁも思い込みが激しいのやら・・・。
頭も悪いし、西方の学力レベルは一体何処まで低いのやら・・・。でも・・・意外と人をよく見てますね。あの子は。


55: 手強い名無しさん:06/02/25 19:38 ID:E1USl4sQ
再びスーの居るテントに集まった一同。それを出迎えるスー。
彼女は部屋の中にあった祭壇の一番奥の戸棚を開けると、中から何かを取り出して戻ってきた。
「セレナさん、昨日はよく眠れたかしら。」
スーがセレナ達の前に正座しながら訊ねる。サカは板間ではないので、床に直に座る。
「うーん、あの後スーさんに言われた事を考えてたら、あまり寝られなかったよ。」
姉の言い草に、シーナが横目で聞こえないようにぶつぶつ。
「うそばーっか。イビキかいて寝てたくせに・・・。 あいたたたっ」
聞こえないように言ったつもりだったのに、セレナには聞こえていたようだ。シーナの頭を拳骨で殴る。
殴られ慣れてはいるものの、やっぱり痛い。この暴力女!
「ふふ・・・元気そうね。ところで、私の言った事は大体分かった?」
スーは笑いながら二人の様子を見、あまり深く悩んでいないことを確認すると、更に問うた。
「うん。自分の心の声だけじゃなくて、もっと周りの“声”ってヤツを聞けばいいんだよね。」
「そう。じゃあ・・・この弓の“声”を聞いてみる? 私達サカの民の想いが詰まったこの弓の“声”を・・・。」
セレナはスーから弓を渡された。そして、目を瞑ってその弓を額に当ててみた。
・・・でも、やっぱり“声”は聞こえてこなかった。
自分は分かったつもりだっただけで、実際は分かっていなかったのだろうか。
結局、自分の心の声しか聞いていないのか。そう思った瞬間だった。
何か頭の中を、ふぅっと吹きぬけるような感覚に襲われた。
これは・・・そうだ、これは、サカの草原を吹き抜ける・・・あの温かで穏やかな風だ・・・。
もう少し神経を集中させてみる。・・・見える。
その風薫る大地を、力強く駆け抜ける一人の騎兵・・・その騎兵が持っているあの弓は・・・。あれは、今自分が額に当てている弓だ。
騎兵がその弓を構えた先は・・・。
ここで終ってしまった。セレナは目を開けてみる。その前にいたのはハノン・・・スーだった。
「どうやらハノンの“声”を聞けたようね。」
スーの顔は嬉しそうである。無理も無いかもしれない。
自分たちの想いを素直な心で見て、感じてくれる者が目の前に現われたのだから。
「ハノン?」
「えぇ・・・。八神将のひとり、私達の遠い祖先・・・神騎兵ハノンよ。」
「そうか・・・。あの騎兵はハノンって人だったんだ。」
姉が自分達には見えないものをスーと語っている。
シーナは、どうせ姉のことだ。また寝ているだけだと思っていたので、自分の耳を疑った。
「えぇ!? 姉ちゃん、八神将の人とお話したの? アリスお姉ちゃんだけじゃないの? そういうことが出来るのって。」
シーナの疑問をセレスが解消すべく、論理を回す。
何時もは黙っているセレスだが、こういう不可思議現象(?)を目の前にすると黙ってはいられない。
「アリスさんは、実際に召喚しているのでしょう。しかし、セレナが聞いた“声”というのは、形にならない想いだったのでは?」
スーがセレスの理屈にうなずく。 スー自身も知りたかったのかもしれない。
人の想いとは、理屈では説明できないもの。 時に理解不能であることすらある。
そんな儚い想い。それを見ることが出来るのは、真澄の心だけである。
「そう・・・そうかもしれないわ。形にならない、目に見えない“声”。それを聞けたなら・・・きっと託しても大丈夫ね。」
スーはそういうと、セレナの弓を持っている手の上に自分の手を重ね、セレナのほうへ押した。
「これが・・・我らサカの民に伝わる神の弓、ミュルグレよ。貴女達の考えている理想の達成は難しい。
私も悩んでいるもの。貴女は世界レベルでそれを行おうとしている。
でも、詰まったときは思い出して。天や地の“声”に耳を傾けてみて。」
スーに認められ、セレナは顔に笑顔が溢れた。本当に嬉しそうだ。
まるで向日葵のような笑顔。まだまだ脆さも滲ませているが、この娘は心が強い・・・。
「ありがとう! あたしたち、きっとみんなの期待に応えて見せるよ!」
「さぁ、行って来なさい! 貴女達に天なる父と、母なる大地の加護がありますように! 」
セレナ達はミュルグレを手に入れ、スーたちクトラ族の皆に見送られながら、一路ベルンへと向かった。
残る神将器は、後一つ。それ手さえ手に入れることが出来れば、封印の剣を手に入れることが出来る・・・。
一同には希望の光が見えてきた。しかし、どこで誰が牙を剥いているか知れない。
それは案外身近な人間かもしれない。セレナ達には過信が生まれていた・・・。


56: 第二十八章:動き出す陰謀:06/03/07 21:30 ID:9sML7BIs
一行は草原を抜けて、険しい山岳地帯に突入する。
終わりのないとすら思えるほどの草原の端に来たのである。やっとかと思う反面、何か残念な気もする。
一面の緑に少しずつ岩の黒色が混じり始めている。そろそろサカともお別れだ。
「ふぇぇ・・・。やっとベルン国境かぁ。 疲れたぁ。 ねぇ、ちょっと休もうよぅ。」
セレナが情けない声を上げ、膝に手をついて、犬のようにへーへーしている。 最初の元気が嘘のようだ。
「まったく、最初にはしゃぎすぎるからそうなる。」
ナーティが呆れ顔でセレナの尻を叩く。叩かれてしかなくセレナもまた歩き出す。そんなことが数度続いた。
しかし、次第に上半身が前に曲がり、無口になって疲れました候の格好になっていった。
「セレナ、情けねぇなぁ。お前ってホントスタミナないよな。」
クラウドが仕方なく自分が乗っている馬の後ろに乗せてやる。セレナはぐったりとしてそのまま兄にもたれかかった。
馬のまたがって暫くすると、彼女は程なく威勢を取り戻した。 回復だけは早い。
「兄貴はいいよね! だって馬に乗ってるんだもん。」
「お前だって足が疲れたら飛べばいいじゃんか。」
「あのねぇ! 飛ぶと凄く疲れるんだよ! 魔力だってかなり食うし。・・・あぁ、怒鳴ったら余計疲れたし、お腹減ったよぉ。」
「燃費の悪いヤツ。 さっき食ったばっかりじゃねぇかよ。」
そんなやりとりをアリスやセレスが笑って聞いていた。
セレナ自身は疲れているようだったが、セレナの言動を見ている周りは、何か元気が沸いてくる。
自然と笑い声が漏れる。 クラウドにはこれが分かっていた。 だから妹が無口になったときはいつもフォローしていた。
しかし、一人笑わない人物がいた。
「どうしたんです? シーナちゃん。」
セレスが従兄妹の仏頂面を見て不思議がる。こんな顔をするなんて、どこか具合でも悪いのか。
シーナの視線はセレナとクラウドに注がれている。
「べ、別に。何でも。自分の姉とは思えないほどひ弱だなって思うと情けないだけよ。」
シーナはぷいっと顔を二人から背けるとそう言い放った。
「なにおぅ! シーナ、あんたもじゃあ歩け!」
「いやだよ! べーっだ!」
シーナが顔をしかめながら舌を思い切り出して天馬を上空へと駆った。
セレナは単に虫の居所が悪いだけだと思ったが、アリスには何故シーナのご機嫌が斜めなのはわかっていた。
「ふふふ・・・。」
草原の緑より、岩や土の褐色が次第に地面を大きく占めるようになってきた。
サカにはなかった大きな針葉樹が少しずつセレナ達の前に姿を現し始める。そろそろベルンの山岳地帯だ。
馬の蹄が高い音を立て始めて暫くすると、またセレナが悲鳴を上げた。
「えぇ!? この山を越えるのぉ?!」
「ああ。我々はそろそろマークされているかもしれない。人気の多い街道は通れないからな。峠を越えるしかない。」
アレンが馬を降りる。峠と言っても、そこには道はない。岩が切り立ち、木が森々と生い茂る。そして、霧がたちこめ、少し先の視界も見えにくい。
「うぞぉ・・・。もう歩けないよ!」
セレナは馬から降ろされると、直ぐにへたれこんでしまった。
彼女があまりにウルサイので、仕方なくここで一旦休憩をとることになった。
森の傍は空気がおいしい。深呼吸すると、体がとろけそうな気分に陥る。
「すーはー。はぁ幸せぇ・・・。」
「お前はとことんめでたいヤツだな。」
先ほどまで駄々をこねていたセレナが一気に元気を回復するのを見て、ナーティが薄笑いを浮かべた。
「へへっ、そういわれると照れるよ!」
「・・・。」


57: 第二十八章:動き出す陰謀:06/03/07 21:30 ID:9sML7BIs
セレナはお構い無しに、大の字になって野原に寝転ぶ。 露で少し湿った地面からは、草のいい匂いがする。
目を閉じてその匂いを嗅いでいると、ホントに疲れが取れる。 あぁ〜癒されるぅ・・・。
そんな穏やかな幸せそうな顔を見せられては、流石のナーティも何も言えなかった。
戦争さえなければ・・・こいつもいつもこんな顔をしていられただろうに・・・。
「ねぇ、ナーティ。お腹すいたよ。何か作ってぇ。」
自然に疲れを癒されたセレナ。 余計に満たされていないほうの欲求が音を立ててその不満を主張する。
腹が鳴っては戦は出来ぬ! って言うしね。
「・・・お前と言うヤツは。私は傭兵だぞ。傭兵であって飯炊き女ではないのだぞ?」
それにしても、あまりに緊張感のない会話ばかりだ。傭兵である自分を信じすぎている。
「だって、あんたのメシおいしいんだもん。お願い!」
「・・・仕方ないヤツだ。」

一方、レオンとクラウドは一緒に練習をしていた。同じ槍騎士だ。年も近い二人は互いにライバル視しているのだろうか。
足場の悪いなか、ひたすら槍の打ち合いをしていた。飛び散る土に、ほとばしる汗。 実戦さながらの手合わせだ。
「はぁはぁ・・・お前、なかなか強いな。この俺と互角にやりあうとは。」
「互角? 何言ってやがる。今の勝負、俺の勝ちだろ?!」
クラウドが穂先をレオンに向けながら自分の勝ちを主張する。しかし、レオンも認めない。
「見習い騎士というから手加減してやったんだ。今度は俺のホンキと言うものをだな・・・。」
互いに引かない二人の元へ、老成した声が聞こえてきた。
「二人とも、鍛錬に余念がないようだな。」
若い双虎の元に、アレンがやってきたのだ。その手には槍が握られている。
自分もかつて若い頃、ライバルだったランスとこうやって手合わせをしていたものだ。
息子が同じような道を歩んでいるのを見ると、自分も動かずには居られない。
「親父! あぁ、もちろんさ。俺は最強の騎士になるんだからな。親父もいつか抜いてやるぜ。」
「最強はこの俺が居る限り無理だけどな。」
今度は穂先を勢いよく父親に向けるクラウド。そんな彼を、レオンは涼しげな顔であしらった。
「何を?! レオン、お前も絶対ぐぅの音も言えないほどにのめしてやるからな!」
この二人は本当に気が合うようだ。アレンは余計に自分の若い頃を思い出してしまった。
直情径行のきらいがあるところもそっくりだ。
「お前達は、まだまだ力任せの戦いが目立つ。」
「えぇ!? そうかなぁ・・・。」
クラウドは意外そうな顔をする。自分は親父のやっているのを真似て色々試行錯誤しているのに。
「あぁ、力任せでもやってこれているんだ。もっと色々なところを改善すれば、きっともっと強くなれる。いくぞ、槍を取れ。」

そんな3人を、セレナが寝転がりながら見ている。セレスもその傍で座って本を読んでいる。
シーナは自分の天馬と戯れ、アリスは空に向かって祈る。皆が皆、平和なひと時を過ごしていた。
「あーあ、こんな時間がいつまでも続けばなぁ・・・。」
セレナがふと、そんな言葉を漏らす。そこへ、ナーティが戻ってきた。その手にこしらえた料理を持って。
「こんな時間がいつまでも続く世界にするために、お前は戦っているのだろう?」
「うん、そうさ。おっ、パイだ! あたしこれが好きなんだよねぇ!」
ナーティの言葉を聞いているのだろうか、セレナは夢中でパイにかじりついた。
その顔の幸せそうな事と言ったら。そんな顔を見ると、いつも無愛想なナーティにもつい笑みがこぼれてしまう。
セレナは暫くパイに夢中なっていたが、ナーティが片付けに戻ろうとした途端、パイを口へ運ぶ手を止めた。
「ねぇ・・・。あたしさ、強くなったかな?」
自分の剣の、心の師匠だ。悩み事は何でも師匠に聞いていた。
唐突な質問に、ナーティは一瞬動きを止めた。 悩んでいるものを生かすも殺すも、解答次第だからだ。


58: 第二十八章:動き出す陰謀:06/03/07 21:33 ID:9sML7BIs
「前にもそんなことを聞いていたな。前の自信はどうした?」
「いや・・・だって、あたしってまだまだ知らない事ばっかりでさ・・・。」
「ふっ。」
「なんだよ、そのすかした笑い方はさぁ! なんかバカにされてる気がする。」
「そうだな、お前はまだいろいろ知らない。剣士としても、人としても。 しかし、お前はそれに気付いた。
きっとお前はもっと強くなるだろう。 自分の弱さに気付き、それを認めて正す事ができる人間は伸びる。」
「へへっ、そうかな。」
すぐ調子に乗るセレナに、ナーティは続ける。
「そうだ。ただ単に、物理的な力に任せた剣を敵に振り下ろす事は簡単だ。誰にでもできる。
並大抵の相手なら、それでも十分かもしれん。 だが、真の強敵に相対した時にはそれでは通用しない。」
「うん、そうなんだ・・・。あたしが悩んでいるのはそこ。」
いつの間にか、セレナもパイを口へ運ぶ事を止め、真剣な顔になっていた。やはりナーティは、自分を理解してくれている。
自分が聞きたい事へ、こちらから言い出さなくても的確にアドバイスをくれる。こいつもやっぱり歩んできた道なのだろうか。
「ハイレベルな戦闘では、一瞬の隙が命取りとなる。お前も・・・剣技ではなく、思慮を持ち合わせた剣・・・心を鍛えろ。」
「心・・・。」
「そうだ。心が弱くては、どんなに剣技に優れていても強いとは言わない。今のお前はまさにその状態だ。」
「そっかぁ・・・、分かったよ。あ! でも、あんたもとうとうあたしの剣の腕を認めざるを得なくなったか。へへっ。」
まったく・・・分かっているのかわかっていないのか・・・。自分の真似をし、格好を付けるセレナに、蔑み混じりに言ってやる。
「もっとも、西方で私に助けられなかったら、今頃お前はこの世にはいないわけだ。
それに、そこまでなるのに、私がどれだけ稽古に付き合ったか。 おまけに食事まで作らせて、少しは感謝してもらいたいものだな。」
セレナはパイを口に含んだまま怒鳴った。 食べながら喋るなと習わなかったのか・・・。
「なんだよ! その恩着せがましい言い方はさ! 相っ変わらずムカつくヤツだなぁ。」
「やれやれ、とことん嫌われているな。」
ナーティがセレナの態度に、少し悲しそうな顔をした。こんな反応が返ってきたのは初めてだったので、セレナも焦って取り繕う。
「き、嫌いなわけないだろ?! 嫌いだったら師匠だなんて呼ばないっつの。」
「・・・にしては冷たいな。」
「あー! わかったよ! ってか、あんたが冷たいって言うかよ・・・。ありがとう。あたしをここまでに育ててくれて。」
「フッ・・・。」
「だぁー! だからそのすかした笑い方止めろっているだろ!」
そんな二人の会話に、シーナやセレスが突然入り込んできた。
「お姉ちゃん達ってホント気が合ってるね。」
「まったくです。姉妹かと思うほどですよ。妹の世話をしていると言ったら誰も疑いませんよ。」
「・・・。」
セレスの言葉に、ナーティも反論できない。確かに年齢的に見ても姉妹だと思われても仕方なかった。
「それに・・・意外とエプロン姿も似合ってますし。」
セレスが意地悪く言った。セレスに言われ、セレナもやっと気付く。
「お、ナーティ。あんたもやっぱり女なんだな!」
「! うるさい! お前のようなガサツなヤツに言われたくないわ!」
「なんだとぉ!」
二人はどこまでも気が合うようだ。

その頃、再びグレゴリオがメリアレーゼに謁見すべく、ベルン城に戻ってきていた。
「とうとう、マチルダも倒されたようですな。」
グレゴリオが前置きなしに、メリアレーゼへ切り出す。敵は西方、エトルリア、イリアと進んできている。
どう考えても、次はベルンに潜入してくるはずだ。しかし、当のメリアレーゼは未だに余裕の表情である。


59: 手強い名無しさん:06/03/07 21:34 ID:9sML7BIs
「そうですか。二度もチャンスを与えたと言うのに。まぁ、下級の将がやられた程度、どうと言う事はありません。」
「しかし・・・念には念を入れ、警戒態勢をしくべきでは。」
「いいのです。あの小娘・・・今までよくがんばってくれましたよ。奴らには封印の神殿まで一気に観光しに来て貰うことにしましょう。」
メリアレーゼの作戦を知ってはいながらも、グレゴリオは不安でならなかった。この作戦は、危なすぎる・・・。
「しかし、一歩間違えば、奴らに封印の剣が渡ることになります。そうなれば我らの邪神復活の計画も・・・。」
「大丈夫です。・・・そのためにヤツがいるのでしょう。」
「差し出がましい事を申すようじゃが、ヤツも人間。いつ裏切るか分かりませぬ。そこまで過信なさらないほうが・・・。」
グレゴリオの執拗な警告にも、メリアレーゼは動じなかった。
「ふふふ・・・。大丈夫ですよ。ヤツの心は、既に死んでいるも同然。我らに従う事で、世界が救われると信じているのですから。
それに、いざとなれば私自らが討って出ます。 圧倒的な力の前に、奴らも絶望するでしょう。」
あまりに自信たっぷりなメリアレーゼに、グレゴリオはこれ以上何もいえなくなった。そんな彼に、メリアレーゼが逆に警告する。
「それにしても、お前も再三リキアを空けて大丈夫なのですか? いつエトルリアが攻めて来るか分からないのですよ?」
「そうじゃな・・・。前の戦争でリキアを裏切った人間に金を握らせて警備に当たらせておりますので、暫くは大丈夫でしょう。」
「人間は信用できぬのではなかったのか?」
メリアレーゼが目を細くしながらグレゴリオに問うた。
「左様でございます。じゃが・・・人間は汚い生き物。金と権力さえ与えておけば、案外うまく操れるものです。」
「ははは・・・そうだな。しかし、お前も足元をすくわれぬようにな!」
「ははっ。」
グレゴリオはリキアの警備を強化すべく、ベルン城を後にし、一路リキアを目指す。その途中で、またポツリともらす。
「やれやれ・・・あのお方も哀れなお方じゃ。これだけの同志に慕われながら、心を真に許せる相手がおらぬとは・・・。
誰にも心を許せず、孤独に苛まれれば・・・判断を狂わせてしまう。ワシが何とかお手伝い差し上げなければ。
それにしても・・・セレナとやら。お前さんもなかなかやるのぉ。しかし、これから先に訪れる絶望に耐えられるかの?
耐えられなければ・・・世界を救う事はできぬぞ?」

城を後にするグレゴリオを、部屋から見送るメリアレーゼ。その彼女に向かって、暗闇から声がした。
「貴様・・・。邪神復活を本気で唱えているのか。」
メリアレーゼはその声のしたほうに顔を向けた。そこには氷銀色の髪をした男が立っていた。
「おぉ、帰ってきていたのですか。どうでしたか? あちらの様子は。」
メリアレーゼはその男を見るなり、驚いたような口調でそう訊ねた。
「相変わらずだ。それよりも、邪神復活の計画は本気なのかと聞いている。それに答えろ。」
「えぇ。皆が平等に生きるには、これしか方法はないのです。」
メリアレーゼの言葉に、その男は激怒しながら答えた。どうやら二人は仲間であることには違いなく、主従関係でもなさそうだ。
「それは平等に生きるとは言わん! 貴様は自分が何をしようとしているのかわかっているのか!?」
その男の激怒の仕方に、メリアレーゼも呆れたような顔をした。
「少なくとも種族格差はなくなるでしょう。そうなれば差別も起きなくなる。圧倒的な力の前に、人々はひれ伏す。
おろかな種族間の争いも消えるでしょう。」
「どうかな・・・。 他に方法があるのではないか?」
「人なんてそんな生き物です。 人と言う生き物は、
どれほどまでに汚い生き物かを・・・あなたも重々承知でしょう。その身で味わったのなら。」


60: 手強い名無しさん:06/03/07 21:35 ID:9sML7BIs
「・・・。」
その男も反論しなくなる。だが、納得できたと言う表情でもない。それにメリアレーゼは追撃するかのように言い放った。
「そういう事です。 それに・・・準備は確実に完了しつつある。
人間も、竜も、ハーフも、皆が平等となるのです。 その実現がもうすぐなのです。」
それを聞いた男は、何も言わず、マントを翻して立ち去って行った。
彼の靴底が廊下を叩く音が、メリアレーゼの心に響く。
そして、男もまた、目を瞑りながらその音を心に刻み、ある決心をしていた。
彼の靴が廊下を叩かなくなり、またメリアレーゼは一人になってしまった。
「あいつも・・・何故人間に同情できる。自らも苦しめられたはずなのに。 ・・・しかし、私を止められるものはもういない。
セレナとやら・・・待っていますよ。あなたがネギを背負ってくるのを・・・。ははは!」
薄暗い城の中に、メリアレーゼの不気味な声がこだました。

第二十九章:黙示の闇

休憩を終えたセレナ一向は、最後の神将器を得るべく、一路封印の神殿を目指す。
かつて、自分たちの親が散って行った因縁の場所にセレナたちは向かおうとしていた。
皆は真剣な面持ちだった。殊の外アレンは何かを考え込んでいるようだ。
・・・封印の神殿・・・俺は戻ってきた。かつて我々が激戦を戦い抜いた、ベルンの最重要ポイント。しかし、今度こそは・・・もう主から離れるようなことはしない。
「親父? どーしたんだよ。深刻そうな顔をして。」
そんな父親の顔をクラウドが心配そうに覗き込む。親父がこんな仏頂面をしているのは久しぶりだ。何かあるに違いない。
「あぁ、お前か。いや、少々感傷に耽っていた。ここは、お前がまだ赤ん坊のとき、俺がロイ様達と一緒に歩んだ道なのだ。」
「へぇ・・・。じゃあオレ達は、お袋たちと同じ道をまた歩んでるってことか。」
「そういう事だ。よくここまで弱音を吐かずについてきたな。我が息子として頼もしいぞ?」
父親からの意外な言葉に、クラウドは最初こそ面食らったが、すぐにいつもの調子で切り替えした。
セレナとクラウドがこの傭兵団のムードメーカーだ。
こういう場を明るくする存在がいてこそ、皆が力を発揮できる。
辛い時期を耐えることができる。いつでも明るく振舞う心の豊かさも、強さのひとつだ。
「へっ、照れるじゃねぇか。オレは世界最強の騎士を目指してるんだ。このぐらい当たり前だぜ。」
その言葉に、レオンがいつものように茶化してきた。
「もっとも、この俺がいる限り世界最強は不可能だがな。お前の場合は最凶騎士ってところか。」
「な、何おぅ!? この前俺に負けたくせに!」
「あの時はちょっと腹が痛かったんだ。 それに・・・この前の戦いでようやく1勝だろ?
トータルで6勝1敗・・・現在のところオレの勝ちだ。」
「あぁん!? ちょっと待て! まだオレは5敗しかしてねーぞ? サバ読むな!」
「でも、どっちにしろあなたの勝率は2割にも満たっていませんよ。戦場でレオンを一人倒すのに、5人も要するなんて。」
クラウドが必死になって弁解するが、そこにセレスも加わってきた。オレが一番苦手としているヤツだ。こいつはいつも図星をついてくる。
「う、うっせ! セレス! てめぇ何度オレに助けてもらったと思っていやがる。近接されると何もできねぇじゃねーか!」
クラウドの反論を鼻であしらうかのように、セレスは涼しい顔をしている。
「後衛に敵の騎兵を近づけさせるなんて、前衛の状況判断不足もいいところです。自分の過失を棚に上げて何を言ってるんですか。」
「ぐぐぐ・・・ムカつくヤツだ。」
「はは。人は図星を突かれて反論出来なくなると腹が立つものですよ。」
「あー! どこまでも腹が立つヤツだ! 今度お前が槍で突かれそうになっても庇ってやらないからな!」
ついつい熱くなるクラウドを、アリスがなだめる。
「まぁまぁ。セレスもこう言ってるけど、貴方に感謝しているのよ。」
「ア、アリスさん! 僕は別にこんなヤツ・・・。」
恥ずかしがるセレスに微笑みかけながら、更にアリスはクラウドに説く。
「私もそう。貴方が前線で一生懸命戦ってくれるから、私たちは魔法に専念できる。
これからも頼りにしているわ。もっともっと強くなってね。」


61: 手強い名無しさん:06/03/07 21:36 ID:9sML7BIs
アリスのやさしさに包まれたような言葉に、クラウドも落ち着く。
クラウドはこんな姉貴が好きだった。つい熱くなって前しか見えなくなる自分を優しく導いてくれる。
だから、余計に守りたくなった。こんな優しい姉に、指一本触れさせまいと。そのために体を張って姉を守るがゆえに、自分が傷つく。
余計に姉は自分を気遣ってくれる。心配をかけてしまう戦い方なのは重々承知だ。だが、頭の悪いオレにはこれぐらいしか出来ない。
オレは、オレが信じた最良の道を貫く。たとえ周りから非難されようとも。
「へ、姉貴だけか、俺を理解してくれてるのは。もっとじゃんじゃん頼ってくれよ。特に親父ももう若くねぇんだしな。」
「何を言うか、俺とてまだまだお前たちには負けんぞ。
まったく、気持ちの切り替えが早いのはいいことだが、すぐ調子に乗るからお前はイカン。」
一方セレナ達双子は、ナーティと一緒にいた。
最初こそ、ナーティのその冷たいまなざしに距離を置いていた二人だが、今では尊敬する存在だった。
「封印の神殿かぁ・・・何かカッコよさそうだね! どんな神殿なのかなぁ。」
セレナがいつものように期待に胸を膨らませる。シーナは呆れたと言うような、両手を広げるジェスチャーをしながら姉を叱る
「まったく! 姉ちゃんってホントと緊張感ないよね。」
「うるさいなぁ。興味があるんだから仕方ないだろ?! いちいち説教するなよ、妹のクセに。」
「妹に説教される自分が姉として情けないとは思わないわけ? どーせ姉ちゃんはすぐバテるんだからスタミナ温存しときなよ。」
セレナはシーナに言い負かされて膨れてしまう。
妹やセレス、ナーティの言うことは正しいってわかってる。でも、もう少し優しい言い方ってもんが・・・。
「封印の神殿か・・・。」
いつもは説教に加勢するナーティが、思い出すような口調でポツリともらす。
「あんた、ここに来たことがあるのか? ここはシークレットポイントだって聞いたけど。」
「いや、私がここに来るのは初めてだ。」
セレナが不思議がる。いくら世界を渡り歩く傭兵といえど、一般人がこの封印の神殿を知っているとは思えない。
自分だってアレンの親父が教えてくれなかったら、その場所など知らなかった。
噂によるとベルンは昔、ここの情報を嗅ぎまわる者を、容赦なく闇へと葬ってきたらしい。
それほどに、封印の剣に近づけさせたくない理由があったのだろう。単に強い剣が敵に手にまわるという以外に。
しかし、今ではその面影は無い。敵の拠点が無いどころ、周りに村落まであるという。
ここがかつて、二度も大きな戦争の最重要ポイントだったとは、到底考えられなかった。
そんな強力な剣を、何の警戒もせずに放置しておくなんて。
まさか・・・相手は封印の剣など恐れるに足りぬほどの力を持っているのだろうか。
「・・・そうだよね。父さんや母さん達を倒した相手だもんね・・・そりゃ手強いに決まっているか。」
セレナがポツリと独り言を漏らす。その言葉にナーティが反応した。
「・・・お前の父親を殺したのは、お前の母親だと、マチルダは言っていたが?」
ナーティの放った言葉に、セレナは烈火の如く怒った。
その目を見て、シーナは恐怖を覚えた。いつも穏やかな姉が目を見開いて怒っている。
「ふざけるな! そんなわけないだろ!
母さんが・・・父さんを殺すなんて! あんなのでたらめに決まってる! 信じない、信じるもんか!」
その怒り様に、さすがのナーティも強く出られなくなった。
「落ち着け、セレナ。マチルダの言葉が嘘か、真か、それは我々には分からぬ事ではないか?
そう一方的に違うと言い切っていいのか?」
「そ、それは・・・。」
「真実とは、時に惨い現実を叩きつける。 信じる・・・それはお前の勝手な思い込みだ。」
「・・・。」
反論できなくなったセレナに、ナーティは釘を刺すように続ける。
「勝手な思い込みで物事を判断し、自分の都合の良い様に動いてはならん。」
「でも・・・それじゃ本当にお母さんがお父さんを殺したみたいな言い方じゃない。」


62: 手強い名無しさん:06/03/07 21:37 ID:9sML7BIs
シーナが下を向きながら反論してきた。 彼女は半泣きだった。
確かにナーティの言うとおりだ。自分たちに真偽のほどは確かめられない。でも・・・やっぱりそうは考えたくない。
「そうではない。いや、そうかもしれない。お前たちは・・・そういった感情で、己の歩む道を間違えるな。」
「でも、やっぱり納得できない!」
シーナが珍しく声を張り上げる。どうしても、そんな風には考えられなかった。あの母の日記を見てからだと、尚更だった。
「極論しようか。お前達の母親が父親を殺した。だから何だと言うのだ。お前達のやるべきことが変わるわけではあるまい。
お前達は、目の前にある、やるべきことをやればよい。余計なことで目的を見失うな。それだけだ。」
「余計なことって・・・ナーティさん、酷いよ!」
シーナがナーティに言い寄る。セレナはここまで妹が熱くなったところを見たことが無かった。
シーナの瞳には、涙が溢れている。しかし、今回はセレナがシーナをとめた。
「もういい。ナーティの言っていることは正しいよ。
あたし達がどう言おうと、事実は変わらないし、真偽が確かめられるわけじゃない。 あたし達は、今できることを一生懸命やろう?」
「うん・・・。」
シーナも姉に励まされ、目をこすって涙を拭く。
「フッ・・・セレナ、お前も少しは成長したようだな。」
ナーティが安心したかのように、空を仰いだ。

一行はとうとう封印の神殿に到着した。
長い間手入れがされていなかったためか、神殿には草やつるが何重にも巻きつき、自然と一体化していた。
セレナがその、何とも言えない存在感に息を呑んだ。
人は、人智を超えた存在に、畏怖と尊敬の念を示さずにはいられないのだろう。
「さぁ行こうか。まずは封印の剣の前に、最後の神将器をとりに行こう。」
アレンに導かれ、一行は封印の神殿の地下に潜入していく。
そこは、まるで異界にでも迷い込んだような、地上とは違う何かがあった。
空気がじめじめしている・・・? いや違う。
何か、自分たちに味方することも、敵意も感じられない。ただ存在することだけが分かる、圧倒的な力を皆は感じていた。
しばらく行くと、先頭を歩いていたアレンが立ち止まった。
それに気づかず、クラウドがそのまま通路を直進しようとした、その時だった。
「ふぎゃ!?」
クラウドが何も無い一直線の通路で、何かに顔からぶつかり、その反動で転んでしまう。
「いてて・・・なんなんだぁ?」
クラウドが何に顔をぶつけたのか探す。しかし、そこは何も無い通路だ。目の前には先の見えない闇だけが続いていた。
彼は不思議に思いながら再び直進した。その途端、また先ほどと同じように顔からぶつかり、転んでしまう。
「あはは、兄貴何パントマイムみたいなことをしてるのさ。面白ーい。ふぎゃ!」
セレナが顔を抑えて座り込む兄を笑いながら、同じ場所を通過しようとした。
しかし、やはり顔を何かにぶつけて、兄の横にうずくまってしまった。
「何かあるのかな・・・。」
シーナが姉のぶつかったところを見てみる。
よく見ると、そこにはぶつかったときに着いたのだろうか。姉の蒼髪が、何も無い空中に浮かんでいた。
驚いてシーナがそこを触ってみる。すると何も無いはずの空間に、硬い感触があるのだ。そして、触った途端、それは姿を現す。
「これは・・・魔法璧ではないですか?」
セレスが近づいて、あごを手にやりながら考え込む。先ほどから感じる力、それにこの魔法璧。
やはり封印の神殿には、封印の剣以外にも何か封印されている気がする。


63: 手強い名無しさん:06/03/07 21:37 ID:9sML7BIs
「ここは、心の闇、まやかしを巧みに使った仕掛けが施されているのだ。
心に闇の多いものや、目でものを多く見るものには、そのまやかしが破れないのだ。」
アレンがやっと口を開く。アレンもかつてベルン動乱のとき、ここにロイ達と来た。
その際、アレンはあちこちの「まやかし」に顔をぶつけた覚えがあった。
「いてて・・・そんなのどうすればいいのさ。」
セレナが小さな鼻を真っ赤にしながら、鼻声で聞く。
「簡単なことだ。目で見るのではなく、心で見るんだ。」
「全然簡単じゃねーじゃねぇか!」
クラウドも立ち上がって父親に当たる。心で見るなんてどうやってやれというのだろうか。
「フッ・・・。 ! ぐっ。」
わめく二人を鼻であしらっていたナーティも、顔をぶつけてしまう。セレナには、顔を手で押さえるナーティが妙にかっこ悪く見えた。
「いや、正確には、視覚以外の方法で見ると言うべきなのか? とにかく、心を落ち着けてみるんだ。」
アレンに言われるがままに、皆は目を閉じて見る。
セレナは思い出してみた。スーに言われたあの言葉を。
行き詰ったら、声ではなく“声”を聞きなさい、と。セレナはあの時と同じように心を落ち着かせてみる。
すると・・・聞こえてくる。これは・・・風の“声”だ。
セレナが竜族で、耳が高いから、“声”を聞くことができるのだろうか? それとも・・・?
風が向こう側から吹いてくる。目をあけてその方向を見ると、そこには壁があった。
・・・これは、自分の心が作り出しているまやかしの壁だったのだ。
アリスもまやかしを見破ったらしく、どんどん先に進む。それと対照的に、アレン親子やナーティは、壁にぶつかり続けていた。
「なんだよ! 親父だって壁にぶつかりまくってるじゃないか!」
「うーん・・・。やっぱり俺にはわからん・・・いてっ!」
そんな親子にセレスやレオンはあきれてしまう。
しかし、レオンには、なぜいつも冷静なナーティがまやかしを見抜けないのか分からなかった。
「なぁ、あんたよくぶつかるな。これで10回目だぞ。」
「くっ・・・。 見えん・・・。 こんなに見えないものだったか・・・?」
ナーティの言い草に、レオンが首をかしげる。
「? あんた、ここに来るのは初めてじゃなかったのか?」
「いや・・・前ベルンで雇われていたときに、この類の魔法壁は経験済みだったのだが・・・。 つっ・・・!」
今度は音が聞こえるほどの勢いで、ナーティは壁にぶつかってしまった。
「へぇ・・・。意外だな。セレナやクラウドならともかく。」
「うるせぇ! ・・・ぎゃっ。」
また壁にぶつかったようである。中はまさに見える壁で阻まれた通路と、通路のように見える壁による迷路だった。
それはまさに、人の心の闇が、その心の持ち主である本人にも分からないぐらい、
複雑に入り組み、絡まって出来ているということを表しているかのようだった。

何度顔を自らの心の闇にぶつけただろう。やっとのことで一行は最奥の祭壇へとたどり着く。
心の闇の一番中心。そこに皆はたどり着いた。
「うへぇ・・・ゴールが無いのかと思ったぜ・・・。」
クラウドが情けない声を上げた。その顔は泥に汚れ、頭には何個かこぶが出来ている。・・・もうこんな迷路はこりごりだと思った。
「ふむ・・・あながち間違ってはいないかもしれませんね。
・・・ありきたりな表現ですけど、人の心の闇に、終焉なんてあるんでしょうか。」
セレスが珍しくクラウドに同調した。そもそも、心には広さという概念があるのだろうか。
心をよく宇宙にたとえることがあるが、そうすると心はこの瞬間にも膨張しているのだろうか・・・?
人の心というのは、本当に不思議なものである。
「私の心の闇は・・・どれほど深いのだろうな。
さて、早く神将器を手に入れて、こんな薄気味の悪いところはさっさとお暇(いとま)しよう。」
ナーティが意味深な言葉をポツリ漏らしながら、皆に祭壇への祈りを促した。
アリスが先頭に立ち、皆が祭壇に向かって祈る。
かつての八神将の一人で、「黙示の闇」アポカリプスの使い手だったブラミモンドが祭られる、その祭壇に。


64: 手強い名無しさん:06/03/07 21:38 ID:9sML7BIs
「私を呼ぶのは誰?」
その声に、皆は顔を見合わせた。その声は、アリスの声だったからだ。
「姉貴? 何か言った?」
「いいえ。何も。」
困惑する一同に、セレスが思い出したように言った。
「あ、そうでした。ブラミモンドは、人の心を映す鏡で、相手の声やしゃべり方をそっくりに返してくるそうです。」
「えぇ? どういう事?」
セレナがそう聞くと、ブラミモンドが今度はセレナの声や口調を真似して返してきた。
「あんた達か。あたしを呼んだのは。」
それを聞いたセレナは驚くとともに、何か馬鹿にされた気がする。
「うわっ、こいつ、今度はあたしの真似してきた。」
「なによ! その化け物を見たような言い回しはさ! 変な事いうと殴るよ!」
「・・・あたしって、こんなに短気だっけ・・・。」
もう何がなんだか分からなくなってきた。話がごちゃごちゃする前に、アリスは祈りを続けた。
「貴方を呼び出したのは私達です。 私たちは、貴方の力が必要なのです。」
「私の力が・・・? では、言葉は要りません。そのまま目を瞑っていなさい。」
一行がそのまま目を閉じていると、ブラミモンドが消えた。ブラミモンドは、己の心を持たない。人の心に入り込むことも、彼にとっては容易なことだった。

・・・セレナとシーナは目が覚めた。ここは・・・どこだろう。見覚えは・・・無い。
「ここは・・・どこ?」
「さぁ。」
シーナの問いに、セレナは即答する。暖かく、周りは穏やかな農園風景が広がる。
二人がきょろきょろしていると、二人を呼ぶ声がしてきた。
「セレナ・・・シーナ・・・。」
聞き覚えがあるようなやさしい声・・・。どこか懐かしい・・・。
声のほうを見ると、セレナは赤髪の男性と、自分にそっくりな顔の女性が立っていることに気づいた。
「姉ちゃん、あの人、お姉ちゃんにそっくりだね。」
シーナがそういうや否や、その女性が再び声をかけきた。
「あぁ・・・私のかわいい娘たち。会いたかったわ。」
その声に、双子は驚いた。顔がそっくりなのは、親子であったから・・・?
「母さん!? じゃあ、そっちにいるのは・・・!」
「セレナ、シーナ。よく今まで無事に生きてきたな。」
赤髪の男性が、セレナたちの頭をなでる。こっちは父さん・・・?
「うん! あたし達、今までずっとお父さんやお母さんの果たせなかった夢を・・・。」
そこまでセレナが言ったところで、蒼髪の女性が止めた。
「いいえ、別にあなたたちが危険な目にあってまでやらなくてもいいのよ。」
「え・・・?」
「そう。僕たちは気づいた。私たちのやっていたことは無駄なのだと。」
双子は驚いた。自分たちの両親から発せられた言葉に。自分たちのやっていることが無駄・・・?
「無駄・・・?」
シーナの声が少し震えている。セレナが妹のなれ肩を軽くたたきながら落ち着かせる。
「そうよ。無駄。私たちやあなた達のやっていることは、結局支配する種族を変えるだけ。
そんな意味の無いことをするのに、命を危険にさらす必要なんてないわ。さ、これからは私達と一緒に暮らしましょう。」
「僕達の住む城なら、お前達は安全に、そして幸せに暮らせる。さぁ、行こう。」
シーナは震えながら首を横に振る。これは・・・絶対両親じゃない。両親がこんなことを言うはずがない。でも・・・。
「僕達を疑っているのか? お前達は僕達と長い間離れて暮らしていたから仕方ないか。
「おいで、私達と一緒に暮らしましょう。差別の無い地で。」
その言葉に、セレナが少し動いてしまう。差別・・・されない? 嫌われない?
自分は今まで、背中や耳が他の人と違うことに、疎外感を感じていた。
それが・・・なくなる? 皆あたしのことを・・・受け入れてくれる?


65: 手強い名無しさん:06/03/07 21:38 ID:9sML7BIs
シーナがその姉の反応を見逃さなかった。シーナは知っていた。
姉が昔からそのことを気にしていたことを。そして、そんな姉を助けようと思っていた。
目の前にいるのは・・・きっと偽者だ! 両親がこんな事をいうはずがない! 命をかけてまで果たそうとした事を、無駄と言う訳!
でも・・・もしかしたら本物かもしれないし・・・。 えぇい!
シーナは勇気を振り絞って、思い切って言った。
「この偽者! あたしの大事な姉ちゃんを惑わすな!」
「な、何を言うの? 私が腹を痛めて産んだ大切な子に、偽者扱いされるなんて・・・。」
「心外だ。西方の野蛮人に育てられるとこうなってしまうのか・・・。さぁ、お前達は僕達と一緒にくるんだ。」
シーナの怒鳴り声に、セレナもはっと我に返る。そして、また思い出した。声ではなく、“声”を聞くんだって言葉・・・。
セレナは気を落ち着けて、目を閉じてみる。・・・そこに見えたのは、両親ではなかった。両親の姿をかたどった土人形だった。
やっぱり偽者だった! セレナは目をきっと開くと、一気に両親を双剣で斬った。
「よくもあたし達をだましたな!」
両親はばらばらに砕け散る。どこからとも鳴く声が聞こえた。
・・・自分達を甘やかすことも・・・時としては必要だ・・・。 自ら進んで、命を危険にさらすとは・・・相当な物好きだな・・・。
「物好きなんかじゃない・・・。あれは、逃げようとしていたんだ。
現状から逃げようとした自分の・・・弱さ。シーナ・・・助かったよ。」
セレナはポツリと独り言を漏らした。シーナも姉を気遣う。
「私だって、お母さんやお父さんに会えて、そのまま一緒にいたいと思っちゃった。
でも・・・両親があんなこと言う訳無いと思ったもん。」
「うん。あたし達は、逃げることなく現実と向き合わないとダメなんだ。」
何か・・・意識がボーっとしてきた。薄れ行く意識の中で、また声が聞こえてきた。
・・・自分達が間違っているとも思わず・・・周りが悪いだなんて・・・君達は高慢なんだな・・・。

セレナは目を覚ました。そこは先ほど同じ、暗い祭壇だった。
皆も、同じような幻想を見せられていたようである。辺りをきょろきょろ見回していた。
そんな一行に、ブラミモンドが語りかけた。
「どんな強い心を持った者でも、その心の中に闇はある。心の闇はなくなることは無い。
己の闇を知り、それを戒めることをお前達は知った。 我が闇に、心をとらわれることなく、うまく使いこなして見せよ。」
ブラミモンドは闇に溶け、最後まで目を瞑っていたアリスの手に、闇の神将器、アポカリプスが握られた。
仲間の心の闇を照らすもの・・・それはお前自身の心だ。 そして・・・お前の心の闇を照らすものは・・・。
独りは心を闇に覆う。そしてまた、心を閉ざし、高慢になれば、世界は闇に包まれる。忘れぬことだ。
アリスが目を開け、ふぅっと息を吐いた。・・・終わった。自分達は神将器を集め終わったのだ。後は封印の剣を手に入れるのみ。
「終わったか。よし、早く外へ出るぞ。」
ナーティがそそくさと通路を後に・・・向こうでまた見えぬ壁にぶつかっている。セレナはそんなナーティをくすっと笑う。
ナーティはどんな幻想を見せられていたのだろうとふと考えながら、セレナはナーティの後を追った。

地下から出ると、外は日が低くなっていたが、今まで暗闇にいたせいで外はとてもまぶしく感じた。
一行は、今日のこれ以上の進軍をやめた。明日朝一番に、封印の神殿に乗り込み、封印の剣を手に入れる事にした。
セレナは食事を終えると、明日以降の激戦を前につかの間の休息を取る仲間たちの居るところを回ることに決めた。
今まで共に戦ってくれた仲間に、章としてねぎらいの言葉をかけようと思ったのだ。
自分のそばでは、シーナが焚き火の火をじっと見つめてた。
「ねぇ、シーナ。」
「なぁに? 姉ちゃん。」
「あんたはさ・・・剣扱える?」


66: 手強い名無しさん:06/03/07 22:08 ID:9sML7BIs
姉の唐突な質問に、私は深く考えずに返した。
「うーん。剣はあまり上手く扱えないなぁ・・・。槍ばっかりだったからさ。」
「そっか・・・。」
姉らしからぬ暗い表情をしている。また何か悩んでいる。
「どうしたの?」
「いやさ・・・もし、もしあたしが瘋癲の剣に認められなかったら・・・あんたが使えないかなって。」
「どうしてそう思うの?」
「だって・・・。西方を出るときに誰かが言ってたじゃん・・・。瘋癲の剣は、使い手を選ぶって。」
「封印の剣でしょ? でも、大丈夫だよ。きっと姉ちゃんなら使えるって。デュランダルだって使ってたじゃない。」
シーナは必死で姉を励ます。 西方では剣なら何でも使いこなしてやると、自信満々だった姉が、いざ魔剣を前にたじろいている。
姉ならきっと使える。私は信じてる。姉ちゃん強いしさ。
「そうかなぁ・・。でも、もし使えなかったら・・・。」
「もう! いつもの自信はどうしたのよ! 姉ちゃんなら大丈夫だって。姉ちゃんがそんなだと気持ち悪いよ。」
シーナはつい口が滑った。セレナが顔を膨らませてシーナを睨む。
「どーゆー意味よ!」
「あはは・・・それでいいよ。姉ちゃんが悩んでると、不安で気分が悪いってことよ。姉ちゃんならイケル!」
セレナはシーナにそう言われて、少し気が楽になった。やっぱ頼りになる妹だ。
「ありがとうね、シーナ。」
「へ?」
シーナは姉の言葉にちょっとドキッとした。姉が改まってこんな事を言うのは・・・初めてじゃないかな。
「あんたが居なかったら・・・あたしさ、きっとここまで来れなかったと思う。
道を踏み外しそうになると、いつも警告してくれてさ。」
「・・・それはお互い様だよ。私だって、姉ちゃんが居なかったら・・・。私さ、姉ちゃん大好きだもん。」
「そ、そう? 何か照れるよ。」
「うん。 悩み事があっても、姉ちゃんの笑顔を見ると不思議にこちらも笑えた。心がすっきりするんだ。」
シーナは思うがままに、姉に感謝の意を表した。姉と姉妹じゃなくて良いと思うことも度々あるけど、やっぱ居ないと寂しいもの。
自分は悩み事があると、どんなに繕っても、沈んだ顔になってしまう。姉だって悩みはあるはずなのに、いつでも笑顔で居られるなんて
私は姉のそんなところが好きだったし、羨ましかった。バカにするとかそんな事ではなく、心の底から・・・。
「悩み事があったら何でも言いなよ! あたし達はまだ、二人で一人前なんだしさ!」
姉はそういい残すと、去っていった。
私はなんだか一人前になりたくないというような気分に陥った。いつまでも姉と一緒にいたい・・・。
でも、悩み事があったら何でも言えって・・・それは姉ちゃんにそのまま返すよ。悩み事溜め込んじゃダメだよ?
シーナは自分の天馬を撫でながら、また姉の笑顔を心に思い浮かべた。


67: 手強い名無しさん:06/03/07 22:08 ID:9sML7BIs
セレナはシーナの元を離れると、今度はクラウドの元に向かう。
「よっ、兄貴。」
セレナがいつものように気軽に声をかける。 自分にとっては兄貴というより男友達だが。
あれ、本来男友達なのに兄貴って呼んでるのか。・・・ごちゃごちゃして分かり辛いなぁ。
しかし、兄から帰ってきた言葉に、セレナは驚いた。
「・・・こ、これはセレナ様・・・。お気分いかがですか?」
「?! 兄貴? ヘンなものでも食べたの?」
「いやぁ・・・この戦いが終わったら、お前は・・・じゃなくて、
姫様はフェレにお戻りになられるんだから、そのときは俺も家臣になるますでしょうから
親父が敬語の練習をしておきましょうと、仰られたので・・・。」
「・・・兄貴、全然敬語になってないよ? ヘ・タ・ク・ソ!」
「な、なんだとぉ! 俺だって一生懸命やってんだよ!」
兄の反応の変化の仕方に、セレナは思わず笑ってしまった。兄に敬語は似合わない。
「あはは・・・。兄貴はそれでいいよ。あたしさ・・・兄貴にまでそんな振る舞いされたらやだよ。」
「セレナ・・・?」
「だってさ。兄貴とは幼いころからずっと気が合う親友だと思ってきた。
それが・・・突然敬語使われて、頭下げられたら・・・やだよ。」
「俺だって、お前は気の合うヤツだと思ってる。敬語だって使いたくない。 でも親父が怒るんだよな。」
クラウドがため息をつきながら心境を語る。
「なんか身分の違いってやだよね・・・。でも、兄貴は今までどおりで居て。お願い。」
セレナにとって、クラウドはいい友達だった。友達に敬語を使われるなんて、自分だけ仲間はずれになったような気分だ。
何より同じ世代の人間に敬語を使われたら、相手もきっと自分に深くまで心を許してはくれない。それは嫌だった。
「よし、わかったよ。親父の言う騎士の行いより、お前のほうが大事だしな!」
クラウドがセレナの肩を抱きながら笑う。
セレナも同じように白い歯を見せて笑った。シーナなら違う反応を見せたかもしれないが。
「それにしてもお前が封印の剣を使うのかぁ・・・。何かかっこいいなぁ、お前!」
「うん・・・でも、使えるか分からないよ?」
不安がるセレナをクラウドが更に抱き寄せ言った。
「だーいじょうぶだって! 不安がっても仕方ないだろ?
何かわかんねぇけど、お前なら大丈夫な気がするぜ。俺の勘は良くあたるんだぜ!」
セレナは、兄貴にそう励まされた。何の根拠もない兄貴の勘だけど、なんか兄貴にいわれるとそんな気もしてきた。
「そ、そうだね。最強の剣士を目指すあたしなんだから、使えて当然だよね。」
「そうそう! あたって砕けろだぜ!」
「砕けちゃったらやばいんじゃ・・・。」
セレナはクラウドから離れると、今度はセレスのところに行ってみる。そこには一緒にアレンやアリスも居た。
「あ、セレナじゃないか。」
アレンが真っ先に声をかける。セレスの詩を聞いていたアリスも、その声に、セレナのほうを向いた。
「あ、セレナ。明日は早いのだからあまりフラフラしない方がいいわよ?」
「わかってるって。」
「剣は磨いた? 靴紐は切れてない? 革鎧の・・・」
セレナはアリスの言葉にあきれる。いつまでたっても子供扱いだ。有難いとは分かっていても、やはり耳が痛くなってくる。
「あー、もう。姉貴は気を遣いすぎだよ。あたしだってもう16なんだよ? もう子供じゃないって。」
「でも・・・やっぱり心配だもの。可愛い妹だし。」
姉貴はやっぱりやさしい。でも、セレスはグサッと痛い一撃をあたしに食らわしてきた。
「言われるのが嫌なら、ちゃんとやればいいんですよ。言われるということはまだ足りない部分があるという事です。」
「うー、うるさいなぁ・・・。」
「うるさいって事はないでしょう。僕は貴女の為を思って言ってるんです。大体貴女は・・・。」


68: 手強い名無しさん:06/03/07 22:09 ID:9sML7BIs
セレナはまたセレスから説教を受けた。 自分にとっては口うるさいヤツが増えてうんざりだった。でも、こいつの目は真剣だ。
「ねぇ。」
セレナがセレスの話を割って聞く。
「何ですか、質問は話が終わった後にしてください。」
「そんなに真剣になって説教するなんて、あんたってあたしの事、心配してくれてるの?」
セレスは従兄妹から発せられた言葉に、顔を真っ赤にして否定する。
「ち、違いますよ! 誰が貴女みたいなガサツな人の心配をしなくてはいけないのですか。
僕は単に、あなたが妙な行動をとったら、僕が恥ずかしいし、敵にこちらの行動を嗅ぎ付けられたら厄介ですからね。」
セレスのその焦り様に、アリスはたまらず笑ってしまう。
「セレスもホント恥ずかしがり屋さんね。 セレナ、セレスはね、貴女が妹のようで放っておけないのよ。」
「ア、アリスさん! 僕は別にそんなことは。軍の将として自覚を持って欲しいだけです。」
セレスが必死に弁解するが、アリスはやめない。
「前も言ってたじゃない。セレナと一緒に居ると気が和らぐって。 一人っ子だったから寂しがり屋さんでもあるのね。」
「・・・。」
セレスは反論できなくなって下を向いてしまう。 その顔は真っ赤だ。彼が年上といえど、セレナにとっては従兄妹が可愛く見える。
「みんなお前のことが大好きなんだ。 だから、あまり無茶をしないでくれよ。もしものことがあったら、俺はロイ様に顔向けができない。」
「はーいはい。 分かってるよ親父。」
セレナはまた説教が始まりそうだったのでその場を逃げるように離れる。
自分をみんな大切にしてくれている。あたしにとっても皆は信頼の置ける大切な仲間だ。説教さえなければ・・・。
親父は今でも、きしどーせーしんとか言うのでうるさいし、姉貴はお世話焼きだし、セレスは勉強勉強ってしつこいし・・・。
でも、みんな大切な仲間。わかってるよ、あたしの事を思って言ってくれているって言うのは。

野宿をしている森林地帯から少し上がったところに、レオンが居た。
今日は月がキレイだ。 空には満天の星。 しかし、彼が見ていたのは星空では無い。 レオンはずっと向こうのを見ていた。
こういう場面で、セレナはじっとしていられない。彼女は後ろからそっと近づいて、驚かしてやろうと思った。
いつも凛々しい顔をしているレオンの顔がどうなるか、セレナは想像するだけでわくわくした。
「わっ!・・・・ありゃ・・?」
「・・・。」
セレナが後ろから急に大声を上げたのに、レオンは驚かなかった。
それどころか、セレナが声をあげる前からセレナのほうを向いてしまった。
「ちぇ・・・失敗か。」
「あれだけ足音を立てながら寄ってきたら、誰でもわかる。」
セレナは作戦が失敗した事を残念に思いながらも、また空を眺めるレオンに聞いた。
「ねぇ、何見てるの?」
「イリアだ。 俺はお袋を故郷においてきた。 さっさとこんな戦は終わらせて、故郷に帰らねば。」
セレナはその意味が良く分かってながらも、おどけて茶化してやる。
「へぇ・・・。レオンって男らしいと思ってたけど・・・まさか・・・マザコン?」
「ち、違うに決まっているだろ。 俺はただ・・・お袋に今まで寂しい思いをさせてしまった。だから、精一杯親孝行しようと・・・。」
「へへっ、わかってるって! 優しいんだね、レオンは。」
セレナがレオンの肩をポンッと叩きながら笑ってやる。レオンはいっぱい食わされたという顔で、セレナを見ながらフッと笑った。
「息子として当然の事だ。 お袋がどれだけ俺のことを想っていてくれたかを考えればな・・・。」


69: 手強い名無しさん:06/03/07 22:10 ID:9sML7BIs
「・・・あたしの両親も、あたし達双子の事、ずっと想ってくれていたのかな・・・。戦死するまで。」
レオンはセレナの声が今までの調子と違う事に気づき、自分より背の低いセレナを見下ろした。セレナは下を向いていた。
そして、彼には見えてしまった。下を向いていたセレナの顔から、雫が落ちるのを。
セレナが泣いていた。ついさっきまで笑っていたのに・・・。
「あ・・・悪かった。 お前には・・・親が居ないんだったな。」
「ううん・・・。謝らないで。別にレオンは悪くないよ。」
セレナは涙を悟られまいと、下を向きながら服で顔を覆ってそれを拭いた。
「きっと想っていたと思うぜ。 いや・・・今でもきっと空から見守っていてくれているだろう。」
「そうかな・・・。そうだよ・・・ね。」
「あぁ、自分の子供の事が心配にならない親なんていないと思う。それどころかな・・・。」
「うん?」
「親じゃなくても心配になるくらい、危なっかしいヤツだからな、お前はさ。お前の両親はヒヤヒヤしながら見ているだろうよ。」
「あー! さりげなくバカにしてるし!」
いつもどおりの膨れ面が、セレナの顔に戻った。泣いていたと思ったら今度は怒っている。本当に感情豊かなヤツだ。
「ほぅ、お前でも分かったか。」
「ぶーぶー。みんなさぁ、あたしのことバカにしすぎだってば。ほら、よく言うでしょ。のうある鷹は爪を隠すって。」
レオンはセレナの用いた諺が珍しく正しい事に酷く感動した。
「へぇ、お前でも諺を知ってるんだな。」
「あったり前でしょ。 悩み多き乙女は自分から悩んでいるとは言わないものよ。それを言い事にバカにするなんて・・・。」
「? ・・・やっぱりお前はお前だな。」
「は? そりゃそうでしょ。あたしがシーナになったらおかしいじゃん。」
レオンは目を瞑りながら、ふぅっとため息をついた。
「あぁ・・・そうだな。 お前と一緒に居ると疲れる・・・。」
「またなんかバカにされてる気がするけど・・・ま、いっか。ありがと、レオン。 悩みを聞いてくれて。」
「いいってことよ。・・・泣いてる女を見て何も感じないほど、俺も野暮じゃない。」
セレナは目を点にした。それと共に顔が熱くなっていくのが分かった。レオンに・・・泣き顔を見られた!
暫く沈黙が続いてから、セレナから口を開いた。
「でも・・・さっきの言葉、うれしかったよ。」
「何がだ?」
「親じゃなくても心配になるって・・・。レオンもあたしのこと心配してくれているんだね。」
「あぁ。お前、良いヤツだけど危なっかしいからな。親友が泣いてたら放ってはおけねぇよ。」
「な、泣いてなんかいないもん!」
「意地張りやがって・・・可愛いやつだ。」
セレナはレオンのその言葉を聞いた途端、体中の血が顔に集中するような感覚に陥った。
こんな感覚に陥ったのは初めてだ。熱い樽風呂から出たときも頭がボーっとするけど・・・今のとは違う。
「意地なんか張ってないもん! もう!」
セレナはそう言い放つと走ってレオンの元を去った。可愛いなんて言葉、クラウドの兄貴にはよく言われていたが、
あれは妹として可愛いといっているだけだった。しかし・・・家族以外の人に言われたなんて初めてだった。
レオンの言った可愛い意味は分かっていても、やっぱり意識してしまった。はぁ、悩み多き乙女は困るね。
悩ある乙女は愚痴を隠す!


70: 手強い名無しさん:06/03/07 22:11 ID:9sML7BIs
セレナはレオンの元を走り去ると、そのまま封印の神殿の入り口付近まで走って行ってみた。
夜の神殿は、自然と一体化していることも加わって、何か不気味な、神秘的な雰囲気を醸し出している。
自然の大きさに比べたら、本当に人なんて、ちっぽけなものなのかもしれない。
セレナが神殿を見渡していると、人影があることに気づいた。あのシルエットは・・・ナーティだ。
何をしているのだろうか。しゃがみこんで動かない。・・・まさか、トイレ?
何をしているのか確かめるために、セレナはその影に近づいてみる。ある程度近づくと、そのシルエットがはっきりしてくる・・・。
ナーティは・・・封印の神殿に向かって祈っていた。 あいつが祈るなんて・・・想像出来なかった。
レオンに向かって失敗したこともあり、セレナは今度こそと意気込み、そっとナーティに近づいた。しかし・・・。
「わっ!・・・うわぁ!!」
セレナがナーティの背後に立って驚かそうとしたその瞬間だった。
自分の首筋に、ナーティから目に見えない速度で短剣が飛んできた。
セレナは首筋に剣を当てられて脅かすつもりが度肝を抜かれてしまった。手で待って、待ってとジェスチャーをする。
「・・・お前か。」
さっきまで怖いほど鋭い目つきだったナーティが、剣をしまいながら元の目つきに戻す。
・・・と言ってもいつも鋭い目つきだけど。
「ひぇ・・・。 もう、危ないじゃない!」
首筋から剣を離され、セレナはふぅっと声を上げた。・・・ホントに死ぬかと思った。
「前にも言ったはずだ、私の背後には立つな、と。」
「あ、そうだっけ・・・? 忘れちゃった。」
「・・・お前の頭は鳥並みの忘却力を持っているな。」
「それほどでもぉ〜。」
「・・・。」
ナーティは、セレナから離れようとした。お前と一緒に居ると疲れる、という気持ちがその背中から滲み出ていた。
しかし、セレナは逃がしてくれない。距離を置いたナーティに走って寄って行く。
「ねぇねぇ! 何に祈ってたの?」
「別に。祈ってなど居ないが。」
「うそ。じゃあ、トイレ? 神殿で? 神聖な神殿でトイレ? うわぁー。」
セレナが早口でまくし立てる。落ち着いたナーティには珍しく、感情のこもった声で反論した。
「違う! お前の無事を祈っていたんだ!」
ナーティは言ってから自分の台詞に気づいたようだ。ばつが悪いと言わんばかりに視線を逸らす。
「へへっ、あんたもあたしのこと心配してくれてるんだね。」
「当たり前だ。雇い主が死んでしまったら、給金が出ないからな。お前が生きていれば後はどうでも良い。」
ナーティはいつもに様に、長い髪を風に流しながらさらっと話も流す。
「ちぇ、人間味のないヤツ。」
セレナは傍にあった石を蹴り飛ばしながら拗ねて見せた。ナーティは顔元で笑いながらも、すぐ元の顔つきに戻って言った。


71: 手強い名無しさん:06/03/07 22:11 ID:9sML7BIs
「お前の旅も、いよいよ大詰めだな。」
「あぁ、明日封印の剣を手に入れて、ベルンをぶっ倒す。そうすれば・・・。」
「世界は平和になる、と。」
「おぅ、ようやくこれで、両親の夢を達成できそうだよ。」
セレナが感慨深そうに言う。西方を旅立って早10ヶ月。
つい最近まで辺境の田舎娘としてのびのびと生きていたと言うのが嘘のようだ。
ある状況に長い間接していると、それは日常化する。日常化した状況は、安定しているものだと人に錯覚させる。
セレナは旅をすることが日常になっていた。だが、それは違った。ナーティがセレナにいつもより冷たい口調で警告した。
「本当か? ベルンを倒せば、本当にお前たちの両親の夢を達成した事になるのか?」
「ど、どういう意味だよ?」
「ベルンを倒して、その後どうするつもりなのだ? 大量に出る敗戦側のハーフをどうするつもりなのだ?」
「どうするって・・・。」
「今のままでは、世界を支配する種族がハーフから人間に換わるだけだ。
自分達を迫害していた者達が自分達より下層となれば、そこには必然的に差別や迫害が生まれる。
それでも平和と言えるか? 両親の夢を達成したと言えるか? もし言える思うならば、英雄の後を継ぐとはよく言えたものだ。」
セレナは、ナーティの厳しい口調に言葉が詰まった。 暫く考えた後、セレナは自分なりの考えを言った。
「あたしは、種族で括るのはいけないと思う。種族なんて関係ない。生まれてきただけで、誰でも皆幸せに生きる権利があるんだ。
だから、たとえベルンを倒しても、ハーフの人と仲良くやって行けたらいいなってと思っている。」
ナーティはそれを聞いて、あざ笑った。
そんなこと、できるはずもなかろうに。そんな気持ちが顔に表れている。
「お前の言っている事は理想を超えているな。
それができないから、人の心が弱いから、今このような状況が起きているのではないのか?」
しかし、セレナはいつもとは違い、真剣な眼差しで応えた。
「そうかもしれない。でも、間違ってるってわかってるんだから、それを正してやり直せばいい。種族による優劣何て無いんだ。
良いヤツは良いヤツだし、悪いヤツは種族関係なく悪いヤツだ。 問題視するべきは種族なんかじゃない。心の弱さが悪いんだ。」
ナーティはセレナの真剣な目を見つめ返しながら、更に彼女に問う。
「しかし、人の心の弱さ、考え方を変えるということはそう簡単にいくものではない。
お前も経験しただろう。イリアで母親の故郷を追い出されたろう。」
「わかってる。でも、あの人達も分かってくれた。だから、きっと変えられる。そう信じてる。」
「だが、彼らも本当に心の底から考えが変わったのではないのかもしれないぞ? 喉元過ぎれば・・・と言うだろう。」
ナーティはことごとくセレナの考えを批判的に捉え、反論してくる。
「のどもと・・・?」
「出来事が起こってすぐは皆気を引き締めるが、時が経てばそれを忘れて、出来事が起きる前の状態に戻ってしまうということだ。
彼らも今でこそ改心したように見える。だが時が経ち、平穏になれば、皆で協力する心を忘れ、高慢になるかもしれない。」
「それは・・・。」
「それが人の性だ。人は何度でも同じ過ちを繰り返す。
高慢になり、思いやりを忘れ、利己的な欲望を追求する事にしか目が行かなくなる。
そして自分と違うものを異端視し、迫害するようになる。これは宿命的だ。変える事など・・・不可能だ。」
ナーティはそう言い放った。確かに、ナーティの言う事は正しいように思えた。その“人間の性”が今も現在進行形で世界を蝕んでいる。
「・・・あたしはそうは思わない。間違っていると分かっているなら、きっとそれを解決できる方法があるはず。
あたしはそれを探す。 それが難しいと分かっていても、あたしは絶対にあきらめない。
それが・・・あたしの信じる理想の世界だし、両親が目指した夢だもの。
最初から無理だとあきらめて、何もしなかったら、状況は悪化するばかりだもの。そんなは・・・嫌だよ。」


72: 手強い名無しさん:06/03/07 22:11 ID:9sML7BIs
セレナの言葉をナーティはずっと目を瞑って聞いていた。・・・やはり、こいつは英雄ロイの子だ。
「そこまで意志を固めているのならば、頑張るが良い。」
人は、一度“常識”とも呼ばれる考えを持つと、その考えに縛られて自由な考えができなくなる。
それが本当に正しいのか考える事もなく。
大切な事は、現在の考えが本当に正しいのか自分の目で見ること。それを頭で考え何が本当に正しいと言うのかを吟味する事。
人間は一時の感情で動いてしまう。その感情は時として正常な判断を狂わす。 その時、何かが歪む。
一度の歪みは些細なものでも、それは時を経ることで後戻りできないほどの大きなねじれとなって人々の前に現れる。
それを元に戻す事は容易ではない。
しかし、それを無理だと言ってあきらめれば、ねじれはもっと酷くなって行く。
その時無理とあきらめず、何が正しいのか見極め、ねじれを正すために自分で考え、動く事こそ、
もっとも大事であり、尚且つ難しい事なのだ。
セレナ・・・お前はそれがわかっているようだな。これならば、もう大丈夫だろう。
ナーティは心の中でセレナの頭をなでてやった。そして、目を開けるとセレナに言った。
「話は変わるが、ちょっとお前の母親の日記とやらを見せてはくれぬか?」
セレナはナーティにしては風変わりなお願いに、一瞬目を丸くして驚いたが、すぐに承諾し日記を持ってきた。
ナーティは1ページ1ページを丹念にゆっくり読んでいるようだった。セレナもその様子をずっと見ていた。
何故か話しかける気もしなかった。ずっと、ナーティが日記を読み終わるまでずっと黙ってナーティを見ていた。
「・・・ふぅ。」
ナーティがようやく日記を読み終えると、疲れたのかため息をついた。 そして、セレナに日記を手渡しながら言った。
「よし・・・セレナ、剣の稽古をするぞ。剣を取れ。」
「へ? こんな時間から?」
「・・・嫌か? ならいい。」
「まさか! やろうぜ!」
セレナは剣を抜き、ナーティに向かって剣先を向けた。こいつはあたしのライバルだ。いつか絶対に倒してやる。
そう思って今まで剣を鍛えてきた。 最初に比べたらだいぶ強くなったと自分では思う。周りもそう言ってくれている。
でも、まだ足りないものが一杯あるんだ。
剣の技も、心の強さも・・・こいつは、あたしに足りないものを知ってるし、持ってる。
絶対にこいつの技や心を吸収して、世界一の剣士になってやる。
「よし・・・セレナ。お前に一つ技を伝授してやろう。」
今まであたしが教えてくれとねだっても、自分で探せと言って教えてくれなかったナーティだ。
それなのに、ナーティから教えてやると言うとは。
「おぉ! よーし、頼むよ!」
「フッ・・・その調子だ。 これは月光剣と言い、相手の防御を崩して、大きなダメージを与える奥義だ。
お前は二刀流だから、もし習得できればかなりの殺傷力になるはずだ。」
「おぉ! 出た! あたしの一番覚えたかったやつだ! 前自己流でやってみたんだけど、上手くいかなかったんだよなぁ。」
はしゃぐセレナを見ながら、ナーティは剣を握る手に力を込めた。
真剣にこちらを見つめるセレナに、できる限りの詳しい説明と実践で自分の技を伝授する。
セレナも技を何とか習得してやろうと必死になる。自分が憧れた技を、憧れの師匠が教えてくれる。絶対に・・・覚えてやる!
「よし、そうだ。もっと腰を入れて振り切るんだ。上半身だけでやったら力が入らないぞ!」
「こう?」
「力が弱い! もっと力を入れて振り下ろせ!」
ナーティはかなり長い間、深夜遅くまでセレナの稽古に付き合ってやった。 静かな森に、木刀のぶつかり合う音がこだます。


73: 手強い名無しさん:06/03/07 22:12 ID:9sML7BIs
長い時間をかけて編み出された技だ。そうちょっとやっただけで完全にマスターできるはずはない。
それでもナーティは時間を惜しむかのように、セレナがやめようと言うまで付き合ってやる。こいつならきっと出来るはずだ。
「はぁはぁ・・・どう?」
「ふむ・・・だいぶ形にはなってきたな。まだやるか?」
「もちろん! マスターできるまでやる!」
その後も二人は稽古を続ける。 いつもは穏やかなセレナも、そっけないナーティも同じように、
真剣な熱の入った顔で互いの剣をぶつからせる。
良いかセレナ・・・お前は剣を、人を殺める為の道具として使ってはならぬ。人を斬る剣は、何れ自らを滅ぼす。心も体もな。
お前は剣を・・・自らの心を正しい道を求めるために用いなければならない。決して、自分だけのために用いてはならない。
いいな・・・セレナ。お前は・・・道を誤るなよ。
二人を月の光が照らす。二人はその光に頼って剣を打ち続けた。
そして、セレナの剣の軌跡が、月の光によって綺麗な弧を描いたその時だった。
ナーティの持っていた剣が、セレナの双剣から繰り出された月光の如き波動によって弾き飛ばされた。
「おぉ!? 今良い感じだったことない?」
セレナは剣が上手くいったことに、歓喜の声を上げた。そのはしゃぎようはまさに少女だった。ナーティの口元に笑みがこぼれた。
しかしその声を聞いて、アレンが飛んできた。
「セレナ! まだ起きていたのか! 明日も早いのだからもう寝なさい!」
「はぁーい。」
セレナがアレンにお尻を叩かれながら、皆が寝ている場所に戻っていく。しかしそれでも立ち止まってナーティに向かって叫んだ。
「ありがとうございました! し・しょ・う!」
ナーティも笑みをこぼしながらセレナに向かって叫んだ。
「私の教えを、自らのこれからに生かし、育てよ。」
セレナは暗闇でもはっきり分かる、太陽のようなの笑顔でナーティのその言葉に返した。
アレンはセレナが戻ったことを確認すると、ナーティに言った。
「まったく・・・ナーティ殿も、セレナ様の事を心配してくださる事は真に有難いですが、
明日も早いのですから程ほどにしてください。」
「すまない。つい熱が入ってしまった。」
アレンがあくびをしながら戻ろうとした。それをナーティが呼び止めた。
「アレン殿。」
「? 何か。」
「・・・セレナを頼むぞ。」
「あ・・・あ、はい、もちろん。」
アレンは眠いのも手伝って、ナーティの言葉に生返事をした。
なにしろアレンにとってセレナを守る事は、君主であるロイから託された遺言なのだ。
だから、今更ナーティに言われなくても当然であったからだ。それゆえアレンは深く考える事もなく床に付いた。
・・・セレナ、お前はこれから絶望と言う、高さの計り知れない壁にぶつかるだろう。
そのときでも、絶望することなく、諦めず、投げやりになることなく自分と言うものを貫け。
お前なら・・・できる! いや・・・やってもらわねばならんのだ・・・。


74: 見習い筆騎士 56J2s4XA:06/03/14 09:52 ID:gAExt6/c
どもう、お久しぶりです。
近頃やっと、ストーリのエンディングまでの具体的な骨組みが完成しました。
現在、ちょっとした話の見直しをしております。
執筆を始めてはや11ヶ月。 構想を練り始めて実に1年半・・・。 早いものです。
まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。

75: 手強い名無しさん:06/03/27 17:11 ID:uXhCMmwM
もう誰も読んでないよ


76: 手強い名無しさん:06/03/29 00:17 ID:3.QiyYXs
そんなことはない

77: 手強い名無しさん:06/03/31 12:10 ID:E1USl4sQ
>>75
orz

>>76
まだ読んでくれている方が居られるかも知れないし
そうでなくても、最後まで書ききると宣言した&大陸に戦争を残したまま話を終らせるのも辛いので
sage進行で近日中にラストまでアップします。

78: 第三十章:The Judgment Of Justice:06/04/02 09:18 ID:gAExt6/c
夜が明けた。 山岳部特有の針葉樹が朝霧にぬれて、その葉先から雫が落ちる。実に清々しい朝。
封印の神殿の周りは特に幻想的だ。まるで吟遊詩人のリリックに出てくるような、まさに情緒溢れる光景だ。
「うーん。よく寝たぁ!」
シーナが近くの小川で顔を洗っていると、後ろから姉の元気な声が聞こえてきた。そちらを見ると、声どおりの元気な顔があった。
「あ、姉ちゃん。おはよう。」
「おっはよぉーう!」
いつも以上にハイテンションである。シーナはそんな元気な姉が嬉しかった。それと同時に羨ましかった。
魔剣を前にしてたじろいていた姉なのに、もう気持ちを切り替えている。
「いよいよだね、姉ちゃん。」
「おぅ! 任せとけ!」
シーナは姉に顔を拭くためのタオルを渡すと、皆が居るところに戻っていく。それをセレナが無言で見送った。

朝は天気が良かったのに、もう曇ってきた。山間部の天気は変わりやすい。
食事を終わった一行は、早速封印の神殿に足を運ぶ。16年前の激戦の後が、封印の神殿に残っていた。
マードック将軍が自らの命を懸けてまで行った攻撃によって空いた神殿天井の穴が、今も残っていたのだ。
「ここが・・・封印の神殿なのか・・・。」
セレナは、両親が歩みを止めてしまった場所を一歩一歩進む。
そして少しずつ、神殿最奥にある封印の剣を納める台座を目指す。
今回はファイアーエムブレムがない。 その代わりとして、神将器の力を借りるのだ。
神将器はすべてそろえれば、死者をも蘇らせる強大な力を持つ。 その力に頼るのだ。もちろん、正規の封印解除法ではない。
そのために、いつも以上に剣の使い手としての資質を問われる事となる。 名のある剣は使い手を選ぶと信じられている。
相手は世界最強とも名高い、神将器をまとめる封印の剣だ。 きっと要求される力は相当なものだろうと、セレナは思った。
父親が扱っていた剣を自分は使えるだろうか。いや、使いこなさなきゃならないんだ!

一行が最奥にたどり着いた。そこにはあった。 台座に納められた竜封じの魔剣が。
広い神殿の広間の真ん中に、たった一本の剣が静かに立っている。 その剣の為だけに、この広間は造られていた。
「よし、セレナ。 神将器を封印の剣の周りに全て置くんだ。」
ナーティに言われるがままに、セレナは今まで集めた神将器を封印の剣の周りに置く。
斧、理、光・杖、剣、槍、弓、闇・・・それぞれの神将器を手に入れたときの喜びが、感慨深く思い出される。
全てを置き終ると、ナーティがまたセレナに声をかけた。
「置き終ったか。 よし、では台座から降りて、下から最後の封印の剣の守護精霊に祈るか。」
台座は祭壇もかねているのだろうか。 一行は台座から降りて、アリスが先陣を切り、膝をつき、目を瞑って祈りだす。
しかし・・・アリスには見えてこなかった。 封印の剣の守護精霊と言うものが。
何時は心で話しかければ答えてくる守護精霊が、全く反応してこない。 いや、反応はあるのだが・・・その反応が弱い。
あまりに弱すぎて、対話が出来ない。 それでも、アリスは心の対話を続けた。 この剣がなければ、ベルンに勝てないのだから。
暫くして、封印の剣のほうから声がしてきた。 ・・・封印の剣の守護精霊が光臨したのだろうか? いや・・・これは違う!
「ははは・・・。 セレナさん? ご苦労様でした。」
一行が目を開けた先には、見たこともない女性が立っていた。
「お前は誰だ!」
セレナがすぐに剣を抜きながらその女性に問うた。 他の面子も武器を取る。しかし、その途端、シーナが悲鳴をあげた。
「きゃぁ!?」


79: 手強い名無しさん:06/04/02 09:18 ID:gAExt6/c
「動くな・・・。 動けば、シーナの命はない。」
セレナは目を疑った。 シーナの喉元に剣を押し当てていたのは・・・。
「ふふっ、ナーティ、貴女も今までご苦労様。」
「はっ、勿体無いお言葉。」
セレナは状況を把握できずにいた。 何故、ナーティがシーナに剣を向けている? 何故、相手に敬語を使う?
むしろ・・・今ここで何が起きている?? 頭が真っ白になった。
皆はシーナを人質にとられ、身動きが出来ない。 その間に、台座の上に立つ女性の右腕であろう司祭が神将器を回収している。
神将器の回収が終ると、ナーティはシーナをセレナ達のほうに押し飛ばしながら、メリアレーゼの横まで行き、跪く。
「ナーティさん?! どういうこと?」
ナーティはシーナの言葉に返事を返すこともなく、黙って膝をつく。
司祭が部下と神将器を持ちながら転移の術で消えた。 それを確認すると、メリアレーゼは一行に向かって言い放った。
「セレナさん、私の名前はメリアレーゼ。 ベルンを、そして世界を総べし者。
貴女のおかげで我が野望が達成します。 流石英雄ロイの子とでも言っておきましょうか。 本当に感謝していますよ。」
「お前の野望?? どういうことだ!」
「ふふっ。 劣悪種である貴女達に語ることなど何もない。 しかし・・・冥土の土産に教えておいて差し上げましょう。
私の野望は、差別のない、平等な世界を作る事。」
その言葉に、セレナは一瞬驚いた。 自分と同じ・・・?
しかし、すぐに我に返った、兄貴が激怒しながら反論したからだ。 その声は何時もの様な兄貴の穏やかな声ではなかった。
「ふざけるな! 人間を迫害し、自分達の種族を優遇する施政をしておいて、何が差別のないだ! 何が平等だ!」
熱くなるクラウドを嘲笑しながら、メリアレーゼは続けた。
「ふふふ・・・。 やはり劣悪種に味方するような愚か者では理解できませんか。 まぁ良いでしょう。ナーティ、後は任せましたよ?」
「御意。」
メリアレーゼはそう言い残すと、漆黒の翼を広げ、そのまま羽ばたいて去っていった。
「待て! 神将器をどうするつもりだ!」
飛んで追いかけようとするセレナに、高威力の光魔法が飛んできた。
セレナはその魔力の前に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられてしまう。 神竜であるセレナが吹っ飛ばされるほどの魔力・・・。
「ナーティ殿! 何て事を!」
アレンがセレナを抱き抱え、アリスがそれを治療する。
「・・・お前達は、よくやってくれた。」
「あんた・・・どういうつもりなんだ! 敵に寝返るなんて! そうか、これも何かの作戦のうちなんだよな? そうだよな?!」
封印の剣の前に仁王立ちになっているナーティに、セレナが叫んだ。
今まで信じていた師匠が、自分達を裏切って、敵に神将器を渡してしまった。 セレナには信じられなかった。
「寝返る? フッ、バカが。 私は元々ベルン側の者だ。」
そう言うと、ナーティは背を向けながら上着を脱いだ。 そして、体を覆っているサラシを解いて行く。
サラシの下から現れたものに、一同は絶句した。
サラシを解いた途端、メリアレーゼと同じ漆黒の翼が現れたのだ。
今まで伸びることを阻んでいた物がなくなり、妖艶さを漂わせる程、背に広がったのである。
そして、背や腕を中心に、何か呪文のような真っ黒なタトゥーが体中に施されていた。
「私は、メリアレーゼ様の忠実なる僕。 神将器回収を命じられた、ベルン三翼の一人だ。」
「翼?! ナーティさん・・・人間じゃなかったの!?」
驚くシーナ。 こんな漆黒の翼なんて見た事がない。
「な・・・あんた、怪しいと思ってたけど・・・やっぱ俺達を騙してたんだな!」


80: 手強い名無しさん:06/04/02 09:22 ID:gAExt6/c
クラウドが槍を持って突撃しようとするのを、アレンが止めた。 一人で突っ込んで勝てる相手ではない。
クラウドの言葉を聞いて、ナーティは服を着ながら睨むように返した。
「騙す? 騙してなどいない。 セレナは、皆が差別されない世界を目指すといったのだ。 メリアレーゼ様もそれを望んでおられた。
お前達の望む世界を、メリアレーゼ様が叶えてくれるのだ。 むしろ感謝して欲しいところだな。」
「ふざけるな! これだけ人々を迫害して、罪もない人たちを殺して、何が平和だ!」
「罪もない人を殺す・・・? それはお前達も同じことだろう。 戦争を起こせば、苦しむのは力のない民だ。
戦争を仕掛けた人間が何を言っている?」
ナーティが腕組みをしながら嘲笑し、セレナは言葉を失ってしまう。
「それは・・・。」
「違う! 私達は皆が笑って暮らせるような世界を作りたいだけ! 自分の種族だけがいい思いをする世界なんて、私達は求めてない!」
黙ってしまった姉をシーナが助ける。 その言葉に、ナーティは嘲笑を止めた。
「同じことだ。 メリアレーゼ様は世界を救ってくださる。 それを邪魔するものは・・・私がこの場で始末するのみ!」
ナーティが剣を抜き、セレナ達ににじり寄る。 その目付きは、獲物を狙う隼のようだ。
その体から、今までの将とは比べ物にならないほどの、超強力なエーギルが発せられていることがわかる。
こんな強力なエーギルを、今までのナーティから感じたことはなかったから、一層焦った。
一行が武器を取り、構えようとしたそのときだった。 ナーティが視界から消えた。
いや、目にも留まらぬ電光石火の早業で一気に詰め寄ってきていた。 そして、魔力の篭った剣でクラウドを吹き飛ばした。
「!? うがっ。」
あんな細い腕で、鎧を身にまとった騎士をふっとばし、壁に叩き付けた。 今までと動きが全く違う。
その強さは半端ではない。 体力には自信のあったクラウドも、もう動けなかった。
アレンがナーティに槍を振り向ける。
しかし、ナーティにはかすりもしない。アレンほどの熟練の騎士ですら、攻撃をあてる事ができない。
「どうしてですか! ナーティ殿。 我々はあなたを信じていたのに!」
アレンがナーティの剣を槍で受けながら言った。 しかし・・・凄まじいパワーだ。相手の動きを目で追うことで精一杯だった。
「信じる? それはお前達が勝手に思い込んでいただけだろう。 そんな独りよがりの感情は、私にはない!」
ナーティの剣が、何度となくアレンを捕らえる。 そして、怯んだところをクラウドと同じようにふっとばす。
更にそこへ間髪いれずに魔法を放とうとしていた。
シーナがそれを止めようと攻撃にかかる。この距離なら、詠唱を阻める・・・。しかし
「貴方もこれで終わりだ! 受けよ神の裁き、ディヴァイン!」
ナーティは殆ど詠唱をすることもなく、壁に打ち付けられて身動きのとれずにいるアレンに向かって光魔法を放った。
「アレンさん!」
向こうで土煙が上がる。 それを見たアリスが、すぐに杖を持って走った。
シーナはそのままナーティに細身の槍を向けた。 しかし、見事に空振りしてしまう。
・・・いや、空振りしたのではない。 もう既に、そこにはナーティの姿はなかったのである。
ナーティのいる場所は・・・何とアリスの正面だった! いきなり目の前にナーティが現れて驚くアリス。
「!?」
ナーティはアリスが声をあげる間もなく、剣の柄でみぞおちを突き、アリスを気絶させた。
「アリスさん! くそ、ワープまでするのか・・・。」
神将器を失ったセレスは、しかたなくエイルカリバーで対抗する。 翼を持ち、空を舞うものに対し特に威力を発揮するはずだ。
今度はレオンに襲い掛かろうとするナーティの背に、素早く詠唱し、風の刃を放った。
捉えた。 刃は、確実にナーティの翼を捕らえている。 翼を傷つけられれば、流石に相手も飛べまい。セレスはそう思った。


81: 手強い名無しさん:06/04/02 09:22 ID:gAExt6/c
だが何と言うことだろうか。 相手はエイルカリバーを無視してレオンを切り刻んでいた。
レオンも必死で鉄の槍で防御する。
しかし神将器を失い、何時もと勝手の違う戦い方を強いられる彼には為すすべはなかった。
「くそ、なんて力だ。 俺達には過ぎた相手かもしれん・・・。」
だが、負けるわけには行かない。 ここで負けたら、母を故郷に残してまで世界を変えようとしたことが無駄になってしまう。
なんども相手の剣を受け、槍で反撃するが、力の差は歴然だ。 とうとう背後に付かれ、一気に切り崩されてしまった。
「ちっ・・・すまん、セレナ・・・おふくろ・・・。」
墜落する主人を、飛竜が何とか背で受け止め、地面に降ろす。 セレスは唖然とした。
「な・・・。 まさか、僕の魔法が効いていない!? そんなバカな!」
「愚か者が! 人間の魔力など、私から見ればチリのようなものだ。 真の魔力というものを見せてやろう!」
ナーティが頭上に腕を伸ばす。 その手の先に、凄まじい勢いでエーギルが集中するのが分かる。
「貫かれるがいい! ライトニングスピア!」
振り上げた手に握られた光の槍を、ナーティはセレスに向かって投げつける。
ナーティから放たれた無数の光槍がセレスを貫いた。 何てスピードだ! なんて・・・威力なんだ・・・。
賢者という、魔道師の中でも高レベルの力を持つセレス。 魔法に対する抵抗力も人間の中では高いはずだ。
そのセレスの高い魔法防御も、ナーティの光槍の前では紙同然だった。 槍はセレスを貫通し、向こうで分厚い神殿の壁をも砕いた。
「ぐっ・・・この僕が・・・まさか・・。」
セレスが信じられないといった言葉を漏らし、倒れた。 息はまだあるが、もう動けなかった。
どんどん仲間が倒れていく。 回復する間も与えられることなく・・・。 自分達には荷が重過ぎる相手だ。
「ナーティさん! やめて! 私は貴女とは戦いたくないよ! 仲間だったじゃない!」
信じたくなかった。 自分の敬愛する人が、自分を殺そうと飛んでくる・・・。
シーナが槍を構えず、手を広げて自分に迫ってくるナーティに向かって叫ぶ。
しかし、ナーティはその言葉に返すこともなく、無言で詰め寄ってくる。
その目は隼のように厳しく、そしてどこか悲しげだ。
そして、シーナに剣を振り下ろす。 彼女には自分の想いは通用しない。
何とか槍で受けるが、その衝撃でバランスを崩した。
そこをナーティが見逃すわけもなく、シーナの胸元に容赦なく一太刀を浴びせた。
「あぁっ?!」
剣は鎧に当ったが、それでも強力な魔力の篭った剣は相手の皮鎧に大きな痕を残し、シーナはその衝撃で気を失ってしまう。
ダメだよ。 仲間同士で殺しあうなんて・・・ダメだよ。
ナーティさん・・・ダメだよ。 私はナーティさんのこと、大好きだったのに。

残ったのはセレナだけだった。 皆を倒され、残ったのは自分ひとり。
自分だけ残った孤独感と、強大な敵を前にした恐怖が、セレナの頭の中を真っ白にする・・・。
「ちくしょう! 何でだ! 何でだよ! あんたもあたし達の理想に共感してくれたじゃないか!」
「理想・・・? フッ。 そんなものは・・・戯言だ。」
ナーティは髪を梳かしながらそう冷たく言い放つ。
「理想なんてものは、自分に都合の良いように考えられた夢物語だ。
もはや私にはそんな夢・・・戯言に付き合っていられるほど、心に余裕はないのだ。」
「戯言だと!? ふざけろ! 理想があるから戦える! 夢を諦めたら、何も残らないじゃないか!」
セレナの怒声に、ナーティは一旦目を瞑った。 そして、目を開けると、きっぱり言い切った。
「・・・。 その理想が、達成不可能なものなら、それは理想とは言わん。 ・・・幻想だ。」
「黙れ! やって見なくちゃ分からないだろ!?」
「もはや・・・お前に語ることはない。 ここで・・・死んでもらう。 死にたくなければ、全力でかかって来い!」
ナーティが自分に向かって飛び込んでくる。 その剣から魔力が溢れていることが、発せられているオーラから分かる。
ナーティが放つ光速の剣を利き腕と反対の剣で受ける。 そして、相手の剣を払って利き手に握る剣で斬りかか・・・れない!


82: 手強い名無しさん:06/04/02 09:23 ID:gAExt6/c
払う前に既にナーティは次の攻撃に入っている。 ・・・早い! これがこいつの真の実力なのか・・・?
暫く剣を打ち合う。 セレナは必死だ。 あんな・・・親父すら吹き飛ばすあんな剣を受けたら、自分ではひとたまりもない。
しかし、戦いは一方的だった。 セレナはもう防ぐことで精一杯だった。 衝撃で少しずつ後ろに押されていく。
「どうした? もう終わりか?!」
セレナはナーティの嘲り半分の言葉にすら、言葉を返すことが出来なかった。 そんな余裕もない。一瞬でも気を抜けば・・・。
「私が教えた事を忘れたか? アレだけ稽古に付き合ってやったのにな!」
とうとうナーティがセレナの剣を弾き飛ばした。 防御ばかりで握力が弱っていたのだ。
「うわっ!」
「剣を拾え! お前の腕前はその程度か?!」
セレナはこの言葉に戸惑った。 こいつはあたしを殺そうとしているはず。 それなのに・・・?
あたしは言われるがままに剣を拾った。 こいつは本気なんかじゃない・・・あたしで遊んでる!
剣を拾ったセレナは、今度は自分から攻めに出る。 攻撃が最大の防御が自分の信条だった。 防御なんてらしくない!
しかし、双剣から繰り出す剣技を全て、一本の騎士剣で受け止められていた。 その目は明らかに自分を蔑んでいる。
「フッ・・・これが英雄ロイの子とは・・・親が悲しむな。」
「黙れ!」
その後もセレナは攻め続けるが、一太刀も浴びせることが出来ない。 完全に自分の攻撃を読まれていた。
ナーティは攻めに出ることもなく、セレナの攻撃を剣で受け続けていた。 まるで、それを楽しむかのように。
剣と剣がぶつかり合う音だけが、静かな神殿の中にこだまする。
じきにナーティがセレナの剣を払って距離開けた。
「お前は何を考えている? 私はお前の敵なのだぞ?」
いきなりワケのわからないことを言われて、セレナは言い返した。
「んな事分かってる! いきなり何を言い出すんだ!」
「本当か? お前の剣には迷いを感じるぞ? いいか、私はお前の敵だ。 師匠でも、仲間でもない!
いい加減に甘い考えは捨てろ! お前など、いつでも殺せる。
だがな、自分が稽古をつけてやった奴がこんな軟弱者では、私が納得いかん! 全力でかかって来い!」
ナーティの言葉に、セレナはカッとなった。
「バ、バカにするな!」
セレナが我を忘れて剣を打ち込む。 相手に情けをかけられている。 こんな屈辱的な事はない。
そんなセレナの剣を、ナーティはまた不気味な笑みをこぼしながらひたすら受け続ける。
しかし、暫くして、ナーティがまたぼやく。
「・・・お前は何処までも甘いヤツだ。 言っても分からぬのであれば・・・。」
ナーティはセレナの剣を払うと、セレナの目の前から消えた。
「なっ?!」
見失ってしまった。 セレナは焦って周りを見渡す。 そして、背後に気配を感じた。
しかし・・・そのときには手遅れだった。
「遅い!」
そう言いながら、ナーティはセレナの背中に重い一撃を加えた。
ナーティの魔力が篭った魔法剣の前に、自分の魔法防御が通用しない・・・。
セレナは一撃で膝を突いてしまった。
「ぐぅっ・・・。」
「さらばだ・・・。」
ナーティが膝を突き、動けずにいるセレナに止めの一撃を刺そうとした、その時だった。
「ワレニ アダナスモノ、スベテ ソノ チカラヲ モッテ、メッセヨ。」
セレナが凄まじい魔力を伴って空に舞い上がった。 ナーティが飛び上がったセレナを見上げる。
「フッ・・・やっと本性を現したか。」
セレナの目は我を失っている。 竜としての力が暴走を起こしてしまったのだ。
力の暴走の前に、自身を兵器と化したセレナは、声にならない大声で吼えると、無心にナーティに襲い掛かる。


83: 手強い名無しさん:06/04/02 09:23 ID:gAExt6/c
ナーティも先ほどの余裕満々の顔から、また隼のような厳しい表情に戻った。
お互いが激しい剣の打ち合いを空中で展開する。 先ほどの戦いとは比べ物にならないほど壮絶だ。
セレスはずっとその様子を横たわりながらずっと見ていた。 彼は動けぬ体でその様子を見ているしかなかったのだ。
だが、その空中戦を見てゾッとした。 お互いが自らの放つエーギルのオーラに包まれ
それすら見えなくなるほどのスピードで空中を駆け回り、剣を打ち合っていたのである。
ナーガの化身であるセレナを、ナーティは完全に抑えこんでいる。
しかし、今までとは様子が違う。 セレナの剣撃を剣で受けるだけでなくすぐに反撃している。
どうやら本気のようだ。
次第にセレナが追い詰められてきて、セレスは焦った。ナーティは無傷でないにしても
セレナが相手に殆どダメージを与えられていない。 あの状態のセレナが追い詰められるなんて。
言葉通り無我夢中にセレナはどんどん攻める。 そして、遂にあの技を使った。
「喰らえ! 月光剣!」
昨日ナーティが教えた技だった。 それをものの見事にマスターし、強敵相手に・・・教えた本人のナーティに使って見せた。
ナーティはそれを剣で弾くと満足げな顔をし、一気にセレナを弾き飛ばした。
「そろそろ終わりにしようか。 ライトニングスピア!」
ナーティがセレナに向かってあの光魔法を撃ち込む。
セレスはただ驚愕するしかなかった。 先程自分に撃ったものよりはるかに強力なエーギルをその魔法から感じたからである。
あれは・・・手加減していたのか。 あれで・・・手加減していたのか・・・?
セレナはその魔法を避けきれず、吹っ飛ばされた。 あたり一面が目を開けていられないほどの閃光に包まれる。
凄まじい衝撃波があたりを襲い、セレスもその衝撃で壁に叩きつけられ、気を失ってしまった。
閃光が収まると、セレナは倒れていた。 ナーティがその前に剣を握りなおして立つ。
「・・・うぅ・・・信じて・・・・いたの・・・に・・・。」
「・・・。」
またここで・・・両親が歩みを止めたこの地、この場所で・・・自分達も歩みを止めてしまうのか・・・。
「理想だと・・・信じていただと・・・? そんなものは、独りよがりの戯言だ・・・。」
薄れ行く意識の中で、ナーティの言葉が聞こえてきた。 もう反論することも出来なかった・・・。
あたしは意識がなくなって・・・目の前が真っ暗になった。
ごめんね・・・父さん、母さん・・・もうあたし・・・ダメみたいだよ・・・。 本当に・・・ごめん・・・。
ポツリポツリと雨の雫が落ちてきた。 そしてそれはすぐに大雨になっていく。
ナーティはそこでずっと立ち尽くしていた。 雨とは違うものを、頬に伝わせながら。


84: 第三十一章:新たなる旅立ち:06/04/02 09:24 ID:gAExt6/c
あぁ・・・幸せ。 あたしは気付くと母さんに撫でられていた。 死んだはずの母さんに。
という事は、あたしは死んじゃったのか・・・。 ナーティに・・・殺されてしまったのか?
しかし、そう考えていた矢先だった。 あたしを撫でていた母さんが突然、あたしを突き放した。
「母さん?!」
「あなたは・・・まだやるべきことがある・・・行っておいで・・・。」
母さんの元に走って戻ろうとしても、母さんはそれ以上のスピードで遠ざかっていく。 待って・・・!
やっと追いついた! そう思って抱きつこうとしたその時だった。
母さんだと思ったそれは何とナーティだった!
彼女は凄まじい形相で、丸腰のあたしに斬りかかって来た。 避けられない!
「はっ!」
あたしは目が覚めた。 ・・・夢だ。 あたしは生きていた。
封印の神殿でナーティと戦って・・・負けて・・・ここはどこ?
「あぁ! セレナ、やっと目を覚ましたか。 よかった・・・。」
アレンが安堵の声をあげる。 アレンにとっては三度目だった。 自分の主が生死の狭間を彷徨ったのは。
彼はセレナが気付くまで生きた心地がせず、食事も喉が通らなかった。
「親父・・・ここは?」
セレナがアレンに聞いた。 この匂いは・・・どこかでかいだ覚えがある。 この暖かな匂い・・・。
「ここは・・・ジュテ族領地だ。 スー殿もおられたから間違いはない。」
「えぇ?! サカぁ?! 何でまたこんなところに・・いたた・・・。」
アレンがセレナの包帯を取り替える。 そして、セレナの問いに答えようとした時、シーナが入ってきた。
どうやら今のセレナの大声に気付いたようである。
「あー! 姉ちゃん、無事だったんだね! さすがぁ!」
「流石ってどういうことよ! あいたたた・・・親父! もっとやさしくやってってば!」
「だって・・・姉ちゃんボロボロだったらしいよ? よく生きてたなって、ここの人も言ってたもん。」
セレナは思い出した。 ナーティとの激戦を。 確か・・・最後に魔法を受けて吹っ飛ばされたんだっけ。
あの時もう体に感覚なかったし・・・腕が動かなかったってことは・・・折れてた?
セレナは腕を動かしてみる。 激痛はするがちゃんと動く。 やはり竜族だから体の再生能力も高いのか?
「我々がここにたどり着いた理由は、お前が完治したら教えてくれるとスー殿は仰っていた。
もう少しの辛抱だ。 まだ寝ていなさい。 ここなら、ベルンが攻めてきても、皆が守ってくださる。」
アレンがセレナの包帯を巻き終えると、部屋の外へ出ていく。
「うーん・・・。 世界を救わなくちゃいけないのに、逆に守ってもらうなんて・・・。 何か変な気分・・・。」
セレナが顔をしかめるが、シーナは姉を励ました。
「もう! こういう時だけ深く考えなくてもいいじゃん!」
「こういうときだけって何よ! ・・・あいたた・・。」
セレナは怒鳴るたびに体がきしんで仕方がなかった。
そこにレオンが血相を変えて走りこんできた。 彼はセレナの元気な顔を見て安堵したようである。
「無事だったか・・・。」
いつもクールな彼の顔元が緩んでいるのを見て、セレナも笑顔で答えてやった。
「うん、心配かけたね。」
「へ、別に心配何かしていない。 殺しても死にそうに無いお前の心配をしても、骨が折れるだけだ。」
レオンはそれだけ言うと、また外に出て行ってしまった。
セレナはまたバカにされて、レオンの出て行った方を顔を膨らしている。 何しに来たのよ、あいつは。
他の者達は、アレだけの激戦であったにも拘らず、幸い軽症だったらしい。
ナーティの魔法の直撃を受けたアレンやセレスも軽症で済んだというのだから不思議だ。
セレナは妹に看病されながら色々考えてみる。 今でも信じられなかった。あいつが・・・
あたしのことをあんなに理解してくれていたあいつが・・・あたし達を裏切って・・・違う、ベルンの人間・・・
いや、竜族の血を引いたヤツだったなんて・・・。
もう、何が正しくて、何を信じればいいのか分からなくなってきてしまった。


85: 手強い名無しさん:06/04/02 09:25 ID:gAExt6/c
セレナは体が動くようになるとすぐに、スーの元へ行ってみた。
外には他の仲間もいた。 元気そうである。
「あら、もう元気になったの? 無理をしてはいけないわ。」
スーが包帯だらけで歩き回るセレナを見つけて呼び止める。
「うん、へーきへーき。 もうピンピンだよ・・・あぅ。」
セレナが体を大きく動かして元気振りをアピールするが、やはり傷は完全にはいえていないらしい。
体に何か鋭く走る感覚に襲われ、体に力が入らなくなる。
「ほら、まだ寝てなきゃ。」
自分を介抱しようとするスーを押し切り、セレナは続けた。
「大丈夫だって! それより、なんであたし達がここにいるのか教えて。」
「言ったでしょう? 怪我が完治したら教えてあげるって。」
スーには分かっていた。 セレナが焦っている事が。
そして、真実を言えば、例え怪我をしている身であっても突っ込んでいくことが。
「もう直ったよ! それに、この瞬間にも苦しんでいる人がいるのに、いつまでも寝てられないよ!」
「貴女が皆を心配しているのと同じくらい、皆は貴女を心配しているのよ?」
「わかってる! でも、もう寝てられない!」
姉の声を聞きつけて、シーナも寄ってきた。 彼女もスーにお願いする。
「姉ちゃんなら大丈夫だから、お話しを聞かせてください。 私達は早く次の行動に移らないといけないんです。」
「あたしなら大丈夫ってどういうことよ・・・。」
セレナの元気に負けたのか、スーは皆を自分のテントに集めるように言って、戻っていった。
準備を整えて一行はスーのいるテントに向う。
「あたし達を助けてくれてありがとう。 その上かくまってくれたんだよね。」
セレナがまずお礼を言った。 しかし、スーは首を横に振った。
「いいえ、貴女達をここに運んできたのは私達ではないわ。」
セレナは驚いた。 あの絶体絶命の危機から救い出してくれたのがここの人たちでないならば一体誰が?
アルカディアの連中も、ベルンも・・・自分達の周りには敵だらけで、味方などいないはずだった。
「え? じゃあ、なんで私達はここにいるの?」
シーナもサカの人たちが助けてくれたと思っていたからびっくりする。
そうである。 サカ人以外に、サカに連れて来る人間などいないはずだった。
ましてナーティが止めを刺そうとしていたのだから。 それをかいくぐってここまで連れて来る人間・・・。
心底驚いたような表情を見せる一行に、スーは真実を話した。
「貴女達を助けてここに連れて来たのは・・・ナーティさんよ。」
スーの放った言葉に、一同は固まった。 暫くスーの言った言葉が理解できなかった。
理解できなかったというより、名前を呼び間違えたのではないかと言う気持ちが沸いてきた、と言うほうが正しかった。
「そ、そんなバカな。 彼女は僕達を殺そうとしていたのですよ。 見間違いでは?」
セレスが真っ先に声をあげた。 セレスにとっても理解が出来ない話だった。
ナーティは自分達を始末するようにメリアレーゼに言われていた。 その彼女が自分達をここに連れて来る・・・?
「いいえ、間違いなく、貴方達と行動を共にしていた傭兵だったわ。 それに・・・。」
「それに?」
セレナはその続きを聞きたくてたまらなかった。 セレナは今でも心の隅でナーティを信じていた。
これも、作戦の一つではないかと。 今でもあいつが裏切ったなんて信じられない。
「アレンさんやセレスさんが軽症で済んだのは、あの人がここに運んでくる途中で回復魔法をかけてくれていたからよ。」
「ちくしょう! あのやろう、バカにしやがって!」
クラウドが熱くなる。 怪しいとは思っていたが、結局騙されてしまった。
激怒するクラウドとは対照的に、セレナは何となく救われたような気分になった。 やっぱり、あいつは・・・。
しかし、次にスーから放たれた言葉に、セレナも落胆した。
「セレナさん、ナーティさんから伝言を貰っているわ。」
「え?」


86: 手強い名無しさん:06/04/02 09:25 ID:gAExt6/c
「“生半可な正義は悲劇を生むだけだ。 戦争はママゴトではない。
私に勝てぬ程度の腕前なら西方で大人しく暮らしていろ、その方が身の為だ”って言っていたわ。」
「・・・。 あいつは、あたしを追い返す為に、わざと殺さずにここまで運んできたのか・・・?」
「そういうことになるね。 結局、神将器も敵の手の中だし。」
シーナも残念そうだ。 二人はナーティに懐いていた、むしろ敬愛してた。それゆえに裏切られたショックは大きい。
「じゃあ・・・あいつは・・・メリアレーゼの前で跪いたあいつは・・・。」
セレナの震える声に、クラウドが腹を立てていることが誰からも分かるような口調で言った。
「あぁ、裏切ったんじゃねぇ。 最初から敵だったんだよ。 あのやろう、端から俺達を利用していただけだったんだ。」
レオンもクラウドのように熱くはならないにしても、ナーティを敵だと思っていた。 思わざるを得なかった。
「信じたくはないが、彼女自身がそう名乗ったからな。
・・・神将器回収をメリアレーゼに命ぜられた、ベルン三翼の一人だと・・・。」
「・・・。」
セレナは何も言えなくなってしまった。 ナーティに対する怒り、失望、そして・・・未だに残る期待。複雑だ。
ただ分かった事は、封印の剣を復活させる手段が絶たれたと言うことだった。
「それにしても、ベルン三翼って何だろう。 五大牙とは違うのかな?」
シーナが不思議そうに漏らした。
ナーティがベルンの者なら、何故同じベルンの人間である五大牙を倒すことを止めさせようとしなかったのだろうか。
「僕の推測ですが、ベルン三翼と言うのは、五大牙より更に上層の幹部。メリアレーゼの側近ではないでしょうか。」
セレスが頭を働かせる。 メリアレーゼ直々の命を受け、更にメリアレーゼの信用の置き方からしても正しそうだった。
「三翼だか何だか知らねぇけどよ、要はあいつらまとめて敵だってことだろ? あのやろう絶対ゆるさねぇ!」
クラウドは完全に頭に血が上っていた。 裏切りなんて、騎士としてはもっとも恥ずべき事だった。
もっとも、あいつは傭兵であって騎士ではなかったが。 それでも・・・裏切るなんてぜってー許せねぇ!
「兄貴・・・。」
セレナもその怒りように何もいえなかった。

一行はスーのテントから出てくる。 ベルンを倒す手立てを失い、途方にくれた。
「これからどうしようか・・・。」
セレナがシーナに向かって言ったが、シーナは向こうのほうを見て返事をしてくれない。
「シーナ?」
もう一度声をかけてみる。 しかし、やはり返事は返ってこず、シーナは走り出してしまった。
「どうしたのさ!?」
セレナは妹を追う。 シーナは向こうでサカ馬の世話をしている青年に声をかけていた。
「ねぇ、貴方・・・もしかして、ハーフ?」
その青年はなんの躊躇いも無く、笑顔で答えてきた。 その表情は生き生きとしている。
「お、よくわかったな。 お前も同族か?」
その答えに双子は驚いた。 人間を虐げているハーフが、人間と同じ場所で同じ仕事をし、同じ釜の飯を食っている・・・。
そんな場所がエレブ大陸内にあったなんて。 シーナはもっと情報を聞き出したかった。
「ねぇ、なんで? 何で人間と一緒に居るの?」
「何でって・・・。 ここの人たちは俺達ハーフを受け入れてくれた。 それだけさ。」
「でも、ハーフは人間を劣悪呼ばわりして毛嫌いしてるじゃない。」
シーナの言葉を聞いた途端、青年の顔からは笑顔が消えた。 そして、真剣な眼差しで答える。
「・・・あいつらは、俺達より後から来た連中さ。 同族として情けない限りだ。
それでも・・・あいつらが乗り込んできてからも、ここの人たちは変わらず俺達を同胞と認めてくれた。
この世界に生きるものは皆、天なる父と、母なる大地より産み落とされし兄弟だ、と。」
「そうなんだ・・・。」


87: 手強い名無しさん:06/04/02 09:26 ID:gAExt6/c
「あぁ。俺達は、安住できる地を求めていた。 差別されること無く、自由に生きることの出来る地を。
あいつらだって、きっとそれは同じだったはずだ。 それが道を踏み外してしまったのだろう。
種族の優劣なんてない。 みんな自由に生きたいだけなんだ。」
その言葉が、差別が如何に酷いものであったかを物語っている。
どの種族でも、自由に人として平等に生きたいと思う気持ちは同じである。
彼らもそれを望んでいた。 そして、死を覚悟しながら、世界を繋ぐ時空の歪みを通って、エレブ大陸にたどり着いた。
死ぬ事より、生きて地獄の責め苦を味わうほうが辛かったから。
しかし、だからと言って、他の大陸で安住している人々を押しのけてまで、自分の自由を主張してはならない。
自分の自由が人の自由を奪ってはいけないのだ。
「ねぇ、向こうの大陸のことを教えてよ。」
セレナは向こうの惨状を知らない。 この青年の話を聞いて、ハーフも辛い思いをしていたんだという気持ちに駆られた。
この大陸からハーフを追い出しただけでは、真に皆が自由に生きるという理想を達成したことにはならない。 そうセレナは思った。
シーナも、何故同族がこんなことをしてしまったのか、頭で整理できたようなきがした。
しかし、自分が思っている以上に、向こうの差別がきついものであることを、シーナは知ることになる。
「向こうも、人間族が世界を牛耳っている。 俺達ハーフは狭間の者として
人間、竜、どちらからも仲間として認められなかった。 そんな状況を、竜族は見て見ぬ振りをしていた。
世俗世間に関わってはいけないと言う掟があるからだ。 しかし、必ず掟を破るものはいる。
そうでなければ、俺達のようなハーフは生まれる事はないのだからな。」
「・・・。」
「ハーフの差別が激化したのは1000年前ぐらい前らしい。 なんでも、こちら側の大陸で大きな戦争があった。
それをハーフが鎮めたらしい。 神竜王ナーガから授かった魔剣を用いてね。」
「ええ?! ハルトムートがハーフ?!」
「あぁ、そいつらもこっちの世界で住む場所を探す為に戦争に加担したんだろう。
もちろん、そいつはハーフという概念が無いこちらの世界では人間の英雄として称えられた。」
歴史とは、伝わっていくもの全てが真実とは限らない。 むしろ嘘偽りのほうが後世に“正しく”伝わってしまうことも多い。
歴史が現在を生きるものに“作られた歴史”である限り。
八神将伝説がまさかそれであるとは誰が想像しただろうか。 その青年は続けた。
「こちらでも、ハーフは戦争を終結させた英雄として、下層の人間には歓迎され、その意識が変わりそうだった。 だが・・・。」
「だが?」
「政治の上層にいる人間達の反応は違った。 このままハーフが認められれば、自分達の権力や位が脅かされる。
それを不安に思ったんだろう。 ハーフの悪い噂を流したりして、徹底的にハーフ歓迎の世論を変えようとした。
恐ろしい魔剣を使って世界を滅ぼした悪魔の種族とか言ってね。」
「ひ、ひどい・・・。」
「こんなの序の口さ。  俺達がこっちに逃げてきた理由はこれじゃない。 奴らの迫害計画は留まることを知らなかった。
自分達を優良種と呼び、優良種保存の目的としたハーフ狩りが始まった。
それに伴い、ハーフを殺しても罪にはならないという法律まで出来てしまったのさ・・・。」
「なっ! なんて酷い。・・・人間って汚いね・・・。」
シーナは同族の悲惨な状況に深く同情した。 そして、人間に憎悪の念が沸いてきた。それを聞いて青年は続けた。
「あぁ。だから俺達は逃げてきた。 そして、自分達を認めてくれる安住の地を見つけた。
こっちの人間は優しい。 俺達も、こっちの人間は憎んでいない。」
セレナもなんとなく、この事件は人間が悪いのではないかと思えてしまった。 自分達の欲のために・・・。
二人とも下を向いて言葉を失ってしまう。


88: 手強い名無しさん:06/04/02 09:26 ID:gAExt6/c
しかし、そんな二人を後ろから優しく包む手があった。 アリスである。
彼女も後ろからずっと話を聞いていた。 そして、人間の汚さを嘆いた。 しかし、嘆いたところで始まらない。
神将器を失った今だからこそ、下を向くのでなく、前を向いていかなければならない。 将の不安はすぐに皆に伝播する。
「二人とも、しっかりなさい! 間違えちゃダメよ。 憎むべき存在に種族は関係ない。
そういった心を持つ悪い人よ。 こっちでも今度はハーフが同じことをしているでしょう?
それを間違えないで。 表面だけを見てはダメ。」
そう姉に言われて二人とも、特にシーナはハッとしてしまう。
今一瞬とは言え、人間は汚い、憎いと考えてしまった。 〜〜はと一括りにして考える事で、今のハーフの世がある。
自分も同じように考えそうになった。 ・・・気をつけなくては。
シーナは首を振り、頭を叩く。 しっかりしろ、私。
「そうだね。 やっぱり、今のベルンのやり方は間違ってるよ。 皆自由に生きたいのは同じなんだ。」
「そうそう。 あたし達は、それを実現する為にここまで頑張ってきた。
これからだって・・・。例え幻想と言われようと、あたし達は、あたし達が信じた理想に向かって頑張らなきゃ。」
立ち直った二人を、アリスは笑みを浮かべながら撫でてやった。

宿として貸して貰っているテントに戻ってすぐに、今後の進路について双子は皆を集めて協議した。
セレナとシーナが陣頭になって仕切る。 もはや西方にいた頃の、自覚がないやんちゃ娘ではなかった。
「あたし達はなんと言われようと、あたし達が求めた理想を目指す。 そのために、ベルンを倒す。」
「うん。 そして、今度は種族に関係なく、皆が平和に暮らせる世界作りをする。」
その考えに皆異論はなかった。 しかし、それには実際どうすればよいのか。 セレスが口を切った。
「僕達は神将器も失ったのですよ。 封印の剣がなければベルンを倒すなんてできないのではないですか?」
セレスの意見にアリスも合いの手を入れた。
「ナーティのような実力者を統べる程の相手だもの。 今の私達では、到底敵わないのではないのかしら?」
そんな二人の考えに、セレナはうなずきつつ答える。
「あぁ。  わかってる。 でも、その前にあたし達は物事を知らなすぎると思うんだ。
だって、あたし達は、もう一つの大陸の惨状を知らないじゃない。 もっと相手のことを知る必要があると思うんだ。」
その目はまさに真剣そのものだ。
自分が将なのだ。 自分の考えが甘かったせいで、こんなことになっている。 セレナなりに責任を感じていた。
「っつってもよぉ・・・。 そのもう一つの大陸なんて、どうやって行くんだよ。」
クラウドがため息をついた。 ある事は知っていても、行く方法が分からない。
「それは、ここに住むハーフの人たちに聞けばいいじゃん。」
「それがダメなんだよ。 セレナ。」
アレンが残念そうに口を挟む。
「どういうことよ、親父。」
「彼らは、ベルンにある竜殿からやってきたと言っている。 あそこは二つの大陸を繋ぐ鍵になっているんだ。
だが、あそこはベルンにとって、封印の神殿に次ぐシークレットポイントで警備も厳しい。 近づくことも容易ではないんだ。」
「うーん・・・。 どうしようかな。 でもあたし達は何としてももう一つの大陸に行かなきゃ行けないんだ。」
悩む将を見て、今まで黙って議論を聞いていたレオンが重い口を開いた。
彼はベルンの手先に成り下がっていたことに後悔していたが、ベルンの中にいたことで色々情報が入ってきた。
恥ずべきことと思いつつも、ベルン内部にいたことを良かったと思う時が、こういった時だった。
「ベルン内の情報だが・・・大陸をつなぐ鍵はどうやら二個あるらしい。」
「え?! ホント!」
「あぁ。 そして、そのもう一つの鍵・・・次元を超えた凄腕の女がリキアにいるらしい。」


89: 手強い名無しさん:06/04/02 09:27 ID:gAExt6/c
明るい光が見えてきた。 詮索したい事は一杯あった。 しかし、今はやるべき事が決まった。
出来る事からやっていかなければ。 光を、機を逃してはいけない。
「よし! じゃあ早速リキアへ行こう!」
セレナは早速立ち上がるとテントの外へ出て行った。 悩んでいる暇なんてないさ。
それに、ベルンに自分達の存在が知られてしまった以上、
あまりサカにいると、ここの人たちに迷惑を変えてしまうことにも繋がりかねない。
そんな将を見て、レオンはやれやれといったようにため息をついた。
「どうしたんだよ。」
クラウドが親友の様子を見逃さなかった。何かある。
「ヤツは海賊なんだ・・・。 この前もリキアの将に用事があってリキアへ行ったんだがな・・・。」
「もったいぶるなよ。」
「いや、忘れてくれ。 その時の事はその時考えよう。」
「なんだよ! 教えてくれたっていいじゃねーかよ!」
怒るクラウドをなだめながら、レオンは外に出る。今のセレナに、これ以上不安要素を植えつけるわけには・・・。
これ以上負担はかけられない。
問題はそれだけではない。 リキアを治める長は、ベルン五大牙の長、グレゴリオ大将軍である。
リキアの海賊を訪ねるとなれば、グレゴリオの駐留するオスティアも通らなければならない。
今の状態でそんな名将と戦っても、勝ち目はない。 しかし、オスティアの検問所を通らなければ港町には行けない。
これはある種の賭けだった。 自分の故郷を怯えながら通過しなければならない事が、クラウドは悔しかった。


90: 第三十二章:リキアのの英雄:06/04/02 09:27 ID:gAExt6/c
翌日の早朝、早速リキアの港町へ向かって一行は出発した。
自分達を匿ってくれたスーをはじめとするクトラ族の皆に感謝の意を表しながら。
「さて、じゃあお前達は奴隷ということで行くからな。」
アレンがボロ着をセレナ達・・・いわゆる“劣悪種”に渡し、自分もそれを着る。
クトラ族から借用したおんぼろ輸送用馬車に乗り込み、シーナとクラウドがその馬を操る。
奴隷商として、オスティアを通過するつもりだ。
検問を通過するのに、ハーフが人間や竜族と傭兵団として一緒に行動する。
これでは流石に相手に不信感を与えてしまうからだ。
一行はサカの草原から、トスカナ、ラウスを抜け、オスティアへ向かう。
セレナは揺れる馬車の中で、ずっと考えていた。未だに・・・。
「ナーティ・・・。」
「どうしたのだ?」
レオンがそのわだかまりにまみれた言葉へ敏感に反応した。
「あいつ・・・本当に敵だったのかなぁ・・・。」
「ふむ。」
「だってさ、本当に敵ならあたし達を生かしておく必要なんてないはずじゃない。」
「ふむ。」
「ふむって・・・。何か他にないの?」
セレナはレオンのなま返事とも取れる相槌につい苛立った。
「そうとしか言えん。 俺達には、ヤツの考えは分からない。ただ、自分で名乗ったのだ。
メリアレーゼの忠実なる僕、ベルン三翼の一人、と。 ベルン側の人間であることに違いはない。つまり・・・敵だ。」
「・・・。」
レオンは常に冷静だった。むしろ、物事を深く信じられなくなっていた。
そんなレオンとは対照的に、クラウドが馬上から怒鳴った。
「セレナ! まだそんな事言ってやがるのか! あいつは俺達を裏切ったんだ! それでだけで十分敵だ!」
そんな弟をアリスがなだめる。 感情を怒りに任せるだけでは、大切な何かを見落としてしまう。
「クラウド、落ち着いて。 あの人は不思議な人ね。私達には優しかったし、セレナにも色々教えてくれていたし。」
クラウドはその言葉では落ち着けず、すかさず反論した。 彼は自分にも苛立っていた。
彼女の不審な行動に気付きながら、結局何も出来なかった。 それ故自分への怒りが強いほど、がナーティへの怒りも強まった。
アレンが、眉毛を吊り上げて怒るクラウドを叱る。
「クラウド、冷静になれ! 騎士ともあろう者が感情を顕にするとは何事だ!」
「すまねぇ・・・。 俺、つい。」
「彼女が何を考えていようと、彼女はベルン側の人間だ。 これだけは間違いない。
俺が思うに・・・彼女も最初は監視役として行動していたのが、情が移ったのではないだろうか。」
親父の意見を聞いても、セレナは納得できなかった。
それはシーナも同じだった。あんなに優しかったナーティさんが・・・何故。
「でも、それならナーティさんは何故、西方で私達が兵を挙げることを止めたんだろう。
神将器回収として利用するなら、進んで出兵に賛成するはずでしょ? それをナーティさんは止めた。それが引っかかるんだ。」
踏ん切りのつかない双子にセレスが一言ズバッと決めた。将の不安はすぐさま軍に伝わる。
「そんな事を詮索する必要はありません。 彼女が敵であろうとそうでなかろうと、僕達のするべき事は変わりません。
それを見失っては、相手の思う壺です。 しっかりしてください。 将がそんなことでは、僕達も困ります。」
従兄妹に叱られて、セレナも仕方なく考えることをやめた。
「そうだね・・・。 少なくとも味方ではないのだから、考えても仕方ないよね。
ごめん、あたしの方が情に流されていたみたい。」
セレナは彼女のことを忘れようと決心した。むしろ敵だと思い込むようにした。
迷いがあっては戦えない。 相手はベルン側の人間。 いつまた襲ってくるか分からない。
ナーティに言われた言葉を思い出した。・・・剣の強さより、心の強さを磨け、という言葉を。



91: 第三十二章:リキアの英雄:06/04/02 09:28 ID:gAExt6/c
そのころトリアでは、ロイを、リキアを裏切ったトリア候ハドラーが怒鳴っていた。
「何?! 何だこの金の少なさは! これでは奴らに顔向けできんではないか!」
彼は、検問所や領民から搾り取る税金をハーフに納めることで、自らの位を保障してもらっているのである。
「しかしハドラー様、これ以上何処からも搾り取る事は出来ません。」
「うぬぬ・・・。元はと言えばアゼリクス・・・あの老いぼれが悪いのだ。」
ハドラーがぼやく。 実は、最初にリキアで反乱を起こすきっかけを作ったのはアゼリクスだった。
彼は当時の施政に不満を抱いていたリキア諸侯に、反乱を説いて回っていたのだ。
「ふぉふぉふぉ・・・呼びましたかのぉ、リキアの英雄殿。」
そこへ、何処からともなくアゼリクスが現れた。 彼は神出鬼没だった。
漆黒のローブと共に闇から現れ、闇へと消える。 彼の行動、考え、全てが闇に包まれていた。 それは仲間とて例外ではない。
「な! 貴様はアゼリクス! どういう事だ!
ハーフに味方すれば我々にリキアの権限を与えようと言っていたではないか! それがどうだ!
これではわしらはまるで領民ではないか!」
ハドラーの怒声を、アゼリクスは笑みを浮かべながら聞いていた。
「ほっほ、与えたじゃろ? リキアに住む権限を。 劣悪種共から金を搾り取る権限を。」
「な! バカにするのもいい加減にしろ! 我々のいう権限というのは力だ! 権力だ!」
その言葉に、アゼリクスは今までの笑みを消して、ハドラーを睨みすえた。
「冗談を言ってはいかんよ? お前達劣悪種が権力を掴む事などもってのほかじゃて。
お前達はまだハーフと同水準で生活できるだけでもありがたいとは思わんのかね?
自分が虐げている、同族の惨めな生活ぶりを見ても、まだそんな贅沢が言えるかな? ふぉふぉふぉ。」
「き、貴様・・・。」
「ご不満のようじゃな。ではまた反乱を起こすか? 八方ハーフの世で。
お前達など、その気になればいつでも葬り去ることが出来る。 生かされているだけだということにいい加減気付きなされ。」
「・・・。」
ハドラーが閉口した事を見届けると、アゼリクスは何時もの笑顔に戻る。そして、何時もの様に闇に消えた。
「じゃあ楽しみにしていますよ、貴方からの“献金”をね。 ほっほっほ・・・。」
ハドラーはこぶしで壁を打つ。 このワシが・・・リキアの覇権を握るはずだったこのワシが・・・。
こんな屈辱的な事は無い。 しかし、気付いた時にはもう遅かった。
「くそっ・・・こんなはずでは。しかし、金がなければワシらもどうなるかわからん・・・。」
ハドラーは部下を呼び、出撃の準備をする。もうどこかの税金を上げたりするしか方法はない。
彼は、自らの保身に目がくらんでいた。
「よし、検問所の通行料を上げろ。 ついでに少しでも怪しければ適当に理由をつけて罰金を科せ。
今回はワシもいく。 こうなれば商人から金を脅し取る覚悟だ。」
トリアはリキア一の大都市オスティアへ続く新街道と旧街道の合流地点である。
そのため、膨大な通行税が入ってくるのである。 そこの税率を上げれば、収入アップは間違いない。
ハドラーは検問所で商人を待ち構える。 事あるごとに難癖をつけ、通行料の何倍もの金を罰金として払わせた。
商人も、相手がハーフ公認の税金徴収の請負人ということで反論することもできず、引き返すか罰金を払うかしかない。
計画はハドラーの思惑は思い通りに進み、金のない商人達は検問所の前で立ち往生を食っていた。
そこへ、セレナ達一行が到着する。 アレンが到着してすぐに、検問所の何時もと違う雰囲気に気付いた。
クラウドに、何があったのかを聞かせる。 自分は奴隷役だからだ。
「どうしたんだよ?」
「あぁ、あんた達も気をつけなよ。 この先の検問所で酷い金の搾り方する税金徴収人がいるんだ。
あんな金どうやって払えって言うんだ・・・。」
「へぇ、とんでもねぇやろうだな。 ここの領主は何も言わねぇのかよ。」
「それが、率先して金を巻き上げているのがトリア領領主のハドラーなんだよ。」
商人の口から出たその名前に、アレンが思わず声をあげそうになった。


92: 手強い名無しさん:06/04/02 09:30 ID:gAExt6/c
ハドラー候・・・。 主を裏切り、敵に母国を売って保身を図った愚か者・・・。 ここでもまた民を苦しめている。
ロイ様がおられたら、どんな風にお怒りになられただろうか。 しかし、アレンはぐっと堪えた。
ここで正体を現すわけにはいかないし、ましてセレナやクラウドには口が裂けても言えなかった。
もし言えば、彼らは絶対に乗り込んでいこうとするからだ。
ここは・・・我慢だ。 いずれ時が来れば、その時に・・・!
「クラウド、馬を進めろ。 金なら大丈夫だ。」
クラウドは父親に言われるがままに馬を進め、とうとう検問所までたどり着いた。
「よーし、止まれ。 お前達は何を目的にオスティアへ向かうのだ?」
クラウドがその達者な口で何とか誤魔化す。
「へぇ、仕入れた劣悪種共を奴隷としてオスティアに売りにいくんだ。 オスティアは物価も高いから高く売れるんだ。」
「ふむ。 わかった。 この頃物騒で警備費が多くかかる。 よって通行料も値上げしている故、そこは覚悟していただきたい。」
ここまではよかった。しかし、この後の難癖が酷かった。
「何だこのボロ馬車は! こんなボロ馬車でオスティアの景観を汚すつもりか! 
このままでは通行を許可できないな。追徴課税させていただく。町の景観の維持費だ。」
その後も着ている服が汚いとか、劣悪種をオスティアに入れるからなどと難癖をつけ
通行料は通常の通行料の5倍以上にもなった。
エトルリアやイリアの人たちが、自分達の生活も苦しい中寄付してくれたお金。
それをこんなところで浪費はしたくなかった。 だが、ここで拒否すればオスティアへの道は閉ざされることになる。
クラウドは腹の中に怒りをぐっと押し込め、金を払うことにする。
ハドラーは検査と称してセレナ達を物見した。 そして、アリスに目をつけた。結構な上玉ではないか・・・。
「おい、こんな豚をオスティアへ入れるな! こいつはわしが預かる。 税金代わりだと思え。」
「ぶ、豚だと!? うちの姉貴をこのや・・・」
セレナがとうとう我慢できずに怒鳴ってしまった。 アレンがあわてて手口を塞ぎ、上からボロ着を被せた。
まずい、顔を見られた。ハドラーが部下から耳打ちを受けている。
「・・・まぁよい。 ワシが言い過ぎた。 よし、通って構わんぞ。 道中の安全を祈っている!」
ハドラーは検問所の門を開け、セレナ達をオスティアへ続く街道へと誘った。
クラウドは何か嫌な予感がしたが、言われるままにオスティアへ向けて馬を駆った。
その馬車の中で、セレナはアレンに叱られていた。
「まったく! もしあそこでばれていたらどうするつもりだ! もう少し考えてから行動しなさい!」
「ごめん・・・なさい。 だって姉貴のことを豚だなんて。 姉貴は美人なのにさ。」
「だってじゃない! まったく!」
アレンはハドラーのやり方が我慢ならなかった。 それを我慢していたこともあり、ついついセレナに強く当ってしまった。
「アレンさん、もういいじゃないですか。 この子だってもう分かってますよ。」
アリスがセレナを撫でながら庇ってやる。アレンも自分の叱り方にハッとなった。
「そうですね・・・。 申し訳ありません。」
「まぁなんにしろ、無事検問所も通過できたし、後はラクショーじゃねーか?」
クラウドが楽観的なことを言って場を和ませようとする。 ぴりぴりした雰囲気は好きじゃなった。
「そうだといいんですけどね・・・。」
セレスがため息をつく。

「ふふふ・・・あいつはベルンに賞金をかけられているヤツだな。
あいつが通過したことを報告すれば、グレゴリオからたんまり褒美をもらえる。
ふふふ・・・タナボタ餅とはまさにこの事よ・・・。」
ハドラーは気付いていた。
そして、ハドラーは褒美を貰うべく、オスティアへ早馬を走らせ、グレゴリオに報告しようとしていた。
「しかしハドラー様。 何故あそこで生け捕りにしなかったのですか?」
「バカモノ。 生け捕りにしたらハーフ共を倒してもらえなくなるではないか。
せっかく現政権転覆の機会なのに、それを潰してどうする。 金だけもらえればそれで良いのだ。」


93: 手強い名無しさん:06/04/02 09:31 ID:gAExt6/c
ハドラーは現在のハーフが牛耳る世界が気に入らなかった。 ハーフに手を貸したのも、自分が権力の座に着くためで
決して彼らの考えに同調したからではなかった。 だから、ハドラーはセレナ達にひそかに期待していた。
その父親であるロイを裏切り、今尚保身のためにハーフに味方し、人間を苦しめているにもかかわらず。

早馬はあっという間にオスティアへと到着し、セレナ達一行の情報はすぐさまグレゴリオの耳へと入った。
「グレゴリオ大将軍、報告いたします。 例の連中がトリアの検問所を抜け、ここオスティアへ向かっております。」
その報告に、グレゴリオは驚かなかった。 ようやく来たか、という面持ちである。
「そうか。では手はず通り兵を配置してくれ。」
「はっ、仰せのままに。」
走り去っていく兵の背から目を離すと、グレゴリオはまた机の上の石を手に取った。
「セレナよ・・・。 よくあそこで諦めなかったな。 その根性は褒めてやろう。
しかし、それが何処まで続くかな? メリアレーゼ様のようになってしまわぬか心配じゃのぉ。」
グレゴリオはセレナ達の考えに同調していた。
しかし、エトルリアのように街中で戦を起こされては、オスティアに住む者たちに多大な被害が出てしまう。
そうなっては更にハーフと人間の溝が深まってしまう。
それを心配したグレゴリオは、前もってある作戦を用意していたである。
彼は石から手を離すと、早馬が持ってきたハドラーからの手紙の封を切った。
「・・・? なんじゃと。 まさかこれは・・・。 あやつ、また何か企んでおるのか。」

セレナ達一行はとうとうオスティアへと潜入した。 そこで見た光景に一同は驚いた。
アクレイアほどではないにしろ、ここもまた人で溢れかえっていた。 しかし、ここでは人間も普通に生活していたのである。
買い物も、外を出歩く事も、日常的な事柄に何の支障もないようだった。
近くの人間に話を聞いてみる。
「ここはまだまともなほうだぜ。 税金さえ払えば、生活が保障される。
それでも俺達に与えられていない権利は、選挙と軍隊への入隊だけだ。 暴行事件が時たまあるが、治安部隊がすぐ鎮めてくれる。」
「グレゴリオ将軍はいいお方だよ。 オスティアを隅々まで守っていてくださる。」
他の地域では存在することすら許されなかった人間が、ここでは条件付ではあるが普通に暮らしている。
それどころか、ハーフの将を慕う人間までいる。
セレナは戸惑った。ベルンは敵。 しかし、そのベルン側のものを慕う人間がいる。
ベルンを倒して本当にその人たちが喜ぶのか。 クラウドがハーフの者に聞いてみる。
「グレゴリオ大将軍は名将だよ。 自分も辛い思いをしていたはずなのに、人間にも寛大な処置をなさる。」
「へぇ、いいヤツなんだな。」
「当然だ。 彼はハーフの英雄だ。 将軍も本当は特別税金とか条件とか、そういったものは撤廃したいらしいんだ。
だが、主命がある以上、そこまであからさまな待遇はできないそうだ。」
話を聞いているだけだと、主が悪くて、グレゴリオは悪く無いように聞こえる。
だが、相手はベルンの将である事は確かである。
「何でそんな主とは縁を切らねぇんかな。」
「さぁな。俺も最初は人間が憎いと思っていたんだ。
でもな、大将軍の言葉を聞き、彼の統治下であるここで暮らしていたら、なんか
それは違うような気がしてきたんだよ。 他の地域のやり方がちょっと情けなく見えてよ。」
「やられたからやり返すって考えか?」
「あぁ、確かに今でもあっちの人間は憎い。 でも、こっちの人間は何もしていない。
いいヤツだって一杯いるし、こっちを支配するハーフの上層にも悪いヤツはいる。 そう考えるとな。」
クラウドは確信した。 ここは、現在の時点ではもっとも自分達の理想に近い国であると。
セレナもまた、グレゴリオとか言う敵の将とは、何とか戦わずに済まないかと考えていた。


94: 手強い名無しさん:06/04/02 09:32 ID:gAExt6/c
彼らはとりあえず、オスティアを奪還するより、今は港町へ行き、海賊から情報を仕入れるほうが先決と判断した。
確かにハーフ統治下と言えど、他地域と違い非情なまでの迫害は、統治者によって許されていないからだ。
一行はそのままオスティアを横断し、海辺へ出るためにオスティアの検問所を目指した。
そこに待ち伏せていたのは多数の兵士やトリアにいたはずのハドラーと、ひときわ雄大な体格で目立つ老兵だった。
「ねぇ、何でハドラーがここにいるの?」
シーナが焦った。 やはり、姉の顔を見られていたらしい。
「やはりそうか・・・。 ということは、あいつが頭を下げているあの老将が・・・グレゴリオか。」
アレンが老将の方を、ローブで目線を隠しながら見た。
「どうするんだよ。 もう検問所の手前まで来ちまってるぜ? 正体ばれてるんじゃ飛んで火に入るなんとかじゃねーか。」
クラウドが一旦馬の足取りを遅める。 しかし、どう考えても逃げ場はなかった。兵士が道端を囲んでいるのである。
「・・・仕方ないな。 いざとなれば交戦もやむをえない覚悟で臨むしか。」
レオンが短剣を懐にしのばせる。
何もなく通過できれば良いが、この兵数といい、ハドラーの不敵な笑みといい、それは叶いそうになかった。
「よし、止まれ!」
ハドラーが待ってましたと言わんばかりに、馬車を止める。
そして、早速馬車の後ろに座っていたセレナを立たせる。 頭を隠しているローブを引っぺがす。
さも驚いたような口調でグレゴリオに報告する。 やはり・・・こいつは正体を知っていた。
「グレゴリオ様! こやつはベルンに反旗を翻した一味の頭目では?」
周りの兵士や、検問を受けていたほかの商人達も騒然となった。
ハドラーの報告を受け、グレゴリオがゆっくりとした足取りで彼のいる所によってくる。
レオンは手に持つ短剣に力をこめた。
「ハドラー、よくやった。 お前は他の検問者の協力に当ってくれぬか。」
「はっ、仰せのままに!」
ハドラーは多額の報酬への確信を得たのか、いつに無い快活な声でグレゴリオの指示に従った。
グレゴリオが更にセレナに近づき、顔をまじまじと見つめる。
そして、彼女の顔と耳を見て確信したようだった。 竜族の耳は人間と少々形が違うのである。
「ふむ・・・確かに面影はあるのぉ。」
「え・・・?」
グレゴリオは戸惑うセレナに、武器を所持していないか調べる振りをしながら、耳打ちした。
「・・・この検問所から南下すれば海賊の巣食う港町に着く。 心して行くが良い。」
「!?」
セレナには分からなかった。何故、敵である自分達を見逃すのか。
セレナもグレゴリオにしか聞こえないようなささやきで返す。
「ねぇ、なんで? 何であたし達を見逃してくれるの?」
「・・・ワシはな、お前さん達の考え方を気に入っておるからだよ。」
「じゃあ、なんで私達と敵対するの? 一緒に・・・。」
「勘違いしてはいかんよ? ワシはメリアレーゼ様に仕える騎士。 君主を捨てるなど、騎士の恥じゃて。」
「そんな・・・。」
「ワシはメリアレーゼ様の騎士。 主命あらば、お前達と戦わねばならぬ。 今は、その時ではない。 さ、行くがよい。」
グレゴリオはセレナにローブを被せなおすと、馬車から降りる。
そして、検問員以外の周りの者にも聞こえるような大声で言った。
「こやつらは人違いじゃ。 奴隷商よ、迷惑をかけた。 道中の安全を祈っておるぞ!」
「お、おう。」
グレゴリオが、顔を横に振って行け、とジェスチャーした。
クラウドはそれに面食らったような口調で相槌を打ちながら馬を動かす。


95: 手強い名無しさん:06/04/02 09:33 ID:gAExt6/c
一行が去ると、検問所は何時もの静けさを取り戻す。 その様子を見届けると、グレゴリオは城に戻ろうとした。
その時だった。後ろから走り寄ってくる男がいる。 ハドラーである。
「グ、グレゴリオ将軍! 何故奴らを見逃した!?」
「ハドラー候、彼らは人違いのようじゃ。 どうやらお前さんの早とちりのようじゃな。」
「ぐぐぐ・・・そんなはずは。」
ハドラーが焦る理由は分かっていた。 金がもらえないからである。
「ハドラーよ、何故そこまでに金に執着するのだ? この頃は検問所の通行料も値上げしたと聞く。」
その質問に、ハドラーが逆上した。
「聞くまでもなかろう! 誰がワシに、金を請求しておると思っておるのだ!
劣悪種にハーフと同等に生きる権限を与えてやる代わりに税金を払えと言ってな!」
グレゴリオはハドラーの怒声にも動じることなく、彼は問い返した。
「誰じゃ? そんなことを言うヤツは。 少なくともワシはお前にそんな命を下した覚えはないぞ?」
ハドラーは肩透かしを食らったような気分に陥った。
「では、あの爺が言っていた事は・・・?」
「アゼリクスか?」
「そうだ。あいつがお前から税金徴収を委託されているからと、毎週徴収しにくるんだぞ。
お前達に協力した他の貴族にもそう言っているらしい。これはどういうことだ?!」
ハドラーはグレゴリオに強く当る。
ハドラーにとっては、アゼリクスもグレゴリオもハーフには変わらないのだ。
「よかろう。 彼にはきつく言っておく。 これからは税金なぞ払わなくても良い。
その代わり、二度とワシの前に姿を現すな! 自分の保身のために民を苦しめる領主など見たくもないわ!」
グレゴリオはそう言い放つと、馬車に乗って城へと帰っていった。
「アゼリクスめ・・・そんな多額の金を使って何をするつもりなのだ・・・。」
グレゴリオはこのとき、何か言葉では言い表せない不安感に駆られていた。
一方ハドラーは、何か開放された気分になった。
「よし、これで反乱の資金を蓄えられるな。
あのセレナとか言う小娘達が騒ぎを起こすのに乗じてオスティアへ攻め込めば、攻略はたやすい。
ワシがリキアの全権を握る日もそう遠くはあるまいのぉ・・・。がはははは!」

第三十三章:海かける凄腕の女
グレゴリオの思わぬ行動で、市街戦を避けることが出来たセレナ達。 そのまま海岸線へと馬を走らせる。
目指すは海賊の巣窟。 相手は海賊だ。 何をされるか分からない。 気をつけなければ。
「うーん・・・。」
セレスが唸り声を上げる。 手を顎に当てて、口をへの字に曲げて考え込む。
「どーしたのさ。お腹でも減ったの?」
セレナが剣を磨きながら従兄妹の唸り声に反応した。 まぁいつものことなんだけど。
「貴女でもあるまいし。 グレゴリオ将軍は、どうして僕達が海賊に会いに行くことを知っていたのでしょう。」
セレナは言われて初めて気付いた。 グレゴリオは港町へ行くことを知っていたのだ。
何故助けてくれたのか、と言う疑問で覆い隠されてしまっていた。
「そ、そういわれれば・・・。」
しかし、詮索しても分からなかった。 情報が漏れている・・・?
「まるで密偵でも放ってるみたいだな。 まさかこの中にいるんじゃねー?」
クラウドが笑顔で冗談を飛ばすが、シーナがそれに真顔で怒った。
「兄ちゃん! めったな事言わないでよ! 皆信頼できる仲間だよ!」
「す、すまねぇ。 冗談に決まってるだろ?」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるもん!」
クラウドは妹の怒り様に面食らってしまう。
冗談で言ったことを真に受けて本気で怒ってくるとは。
「こらこら、ケンかは止めなさい。 どのみち、我々の行動は相手に筒抜けということだ。
ヘタにコソコソしなくてよいじゃないか。」
アレンが二人をなだめる。


96: 第三十三章:海かける凄腕の女:06/04/02 09:35 ID:gAExt6/c
「そ、そういう問題なのかよ・・・?!」
「・・・冗談に決まってるだろ。」
この親子、本当にそっくりである。さっきまで怒っていたシーナも笑ってしまった。
その間、レオンはずっと黙っていた。 不安で仕方なかったのである。
「ねぇ、レオン。」
アリスが下を向いて視線が動かないレオンに話しかける。何度か声をかけて、ようやく反応が返ってきた。
「ん? なんだ?」
「これから会う凄腕の女海賊さんって、どんな人なの?」
レオンはあまり話したくないといった様子だったが、アリスに見つめられて、仕方なく白状する。
「以前、グレゴリオ将軍へベルン内の機密事項を持って行った帰りだった。
海賊共が暴れているという通報を受けて、グレゴリオ将軍から鎮圧してくれと依頼されたのだ。」
「へぇ、そのあとどうなったの?」
アリスが興味深々という表情でレオンを見つめる。この純真さは子供のようだ。
「海賊を鎮めに行った俺達が見たのは、海賊が周辺に住む人間を襲っている様子だった。」
「まぁ、なんてこと・・・。」
「その中に、その女海賊もいた。 俺達は最初、そいつも暴れている一員だと思っていたから攻撃した。
しかし、相手はもう婆さんに近い年のクセにやたら強くてな・・・。 こっちの部下が数人やられた。」
「えぇ・・・?!」
「ところがよく見てみると、ヤツは俺達も相手にしながら、荒くれを退治していたんだ。 たった一人でな。」
「うわぁ、凄腕じゃない。」
アリスの驚きようにレオンは話を続けたくなったが、それをやめた。 思い出したくもない。
「ああ。 同じ海賊でも、罪も無い人々を攻撃するヤツは許せないんだと。 その後礼と謝罪をしたらな・・・。」
「したら?」
「いや、もうこれ以上は言いたくない。 この後行けば分かる・・・。」
アリスは残念と言った感じの顔をしたが、すぐに違う話題を切り出した。
「でも、やっぱりグレゴリオ将軍もレオンも優しいね。」
「?」
「だって、グレゴリオ将軍はハーフだし、レオンもそのときはハーフだと信じ込まされていたのに
迫害している人間が苦しめられていると聞いて、助けに行けと命じる将と、それに従う騎士・・・。優しいわ。」
アリスが感動するのを見て、レオンは恥ずかしそうに軽く笑った。
「当然のことさ。 それに、あの人の言う事は何故か断れない。
グレゴリオ将軍はハーフの英雄だ。 あの人ほどの人物があの施策に加勢しているなんて信じられない。」
その時、セレナはポツリともらした。
「あの人と・・・戦わなきゃいけないのかな。 あたしはあの人と戦いたくないよ。 話せば分かり合える気がするもん。」
「セレナ・・・。 お前は・・・やはり甘いヤツだな。 だが、そこに惹かれる俺はもっと甘いのかもな。」
レオンがふっと軽く笑う。 甘さはともすれば命取りにすらなる。
だが・・・甘さ・・・優しさも大切かもしれない。 
そんな話をしていると、そのうち馬の振った尻尾が、潮風を運んでくるようになった。
向こうを見ると、上り坂の向こうに、碧雲と蒼海が顔を見せていた。いよいよ、海賊の町へと足を踏み入れる事となる。

そこは小さな港町だった。 木造の掘っ立て小屋の横に、漁用の網がかけてある。
漣の音とカモメの声、海風が香る。 そこは田舎町だった。
海の男達が、波に揺られながら潮風に乗ってゆったりとした時間を過ごす。
ここもまた、グレゴリオ統治下であるが故に、種族を問わない共存が目指されていた。
しかし、ここは第二のバトンと言われ、海賊も多く巣食っていた。
バトンは貿易船が多く行き交う、港街の中でも最大級の街であった。
ベルンには海賊が邪魔だった。 大陸の玄関が海賊で汚されては、貿易に支障が出るというのだ。
そのため、ベルンは海賊一掃に躍起になり、そこへ多く兵を配置し、過去何度も対決した。


97: 手強い名無しさん:06/04/02 09:36 ID:gAExt6/c
これにより、海賊には非常に居辛い環境となってしまったのだ。
多くの海賊はベルンによって潰されたが、大規模の海賊集団は、ここに移動したのであった。
海賊団の中でも最大規模であるダーツ海賊団は、義賊として有名だった。
ファーガスから海賊団の頭目を継いだダーツは、金目的の汚い仕事はしなかった。
むしろ彼には金など眼中になかった。 ひたすら浪漫を追い、あちこちの海へ出向く。
他の海賊との戦いで手に入れた報酬も、困っている人を見るとすぐにそれを撒いてしまう。
いつまでたっても海賊船はボロいままだった。 しかし、彼はこれが気に入っていた。
これだけ金に執着がなくても、それなりに彼の元にはお宝があった。 物質的な宝だけではない
目に見えない宝を彼は持っていた。 伝説の義賊、ダーツと言う人々の思いを。
しかし、そのおかげでダーツ海賊団の台所は常に火達磨だった。 それにもかかわらず、なんとか生き延びてきた。
それが彼の言う浪漫には価値を感じない“凄腕”のおかげである事は、団員しか知らない。
「ちょっと! アンタ何考えてるのよ! 自分のお昼ご飯代まで撒いてくるなんてバカじゃないの?!」
「あぁ? 別にいいだろ。 金なんて溜めておいてもしかたねぇっつうの。」
いつも通りの頭目と影の頭目の言い合いを、団員達は笑って見ていた。
団員達はダーツの人柄と、彼の言う浪漫に見せられて、貧乏でも彼に付いて来ていた。
最初は金のために海賊に身を落としたが、ダーツに説得され、浪漫を追う人間に変わった者もいるとか。
しかし、この海賊団を支配していたのは、“影の頭目”であった。
海賊団の金を握っていることもあり、団員達はダーツよりこの影の頭目・・・ファリナに顔が上がらなかった。
彼女のおかげで、この海賊団はなんとかやりくりしていた。
「バカね。 金がなきゃ何も出来ないしょ! とにかく! もうお小遣いはあげないからね!」
「おいおい・・・。俺はガキじゃねーんだぞ。 小遣いって何だよ・・・。」
「まったく。 ここまで執着がないとバカとしか言いようがないわね。
私がいなかったら、アンタ達絶対に飢え死にしてるわよ。 夢を追って飢え死になんて、浪漫もいいとこだわ。」
「うっせ! ほっとけ! お前のような金の亡者には俺達の浪漫はわかんねぇよ。」
「分かるわけないじゃない! アンタの頭の中、一度覗いてみたいものね! ネジが2.3本、潮風で錆びてるんじゃないの?」
「んだとぉ?!」
二人はいつもこうだった。 しかし、それでずっとやってきた。
お互い両極端な考えだ。 お互いの欠けているところを補い合って今まで生きてきた。
ただ一つ、共通の目的・・・海賊王ハンガックのお宝を見つけるという為だけ・・・では今はない。
最初はそうだったが、長い年月一緒に居ることで、彼らは夫婦も同然の関係になっていた。
団員達も毎日のこの二人の威勢のよさに幾度となく夢と元気を分けてもらっていた。

セレナ達はダーツ海賊団の船が停泊する海岸まで到着した。
「これが噂のダーツ海賊団ですかぁ・・・。 予想外にぼろい船ですねぇ。」
セレスが目を丸くして船を覗き込む。年季が入っていることが遠目でも分かるほどだった。
伝説の義賊、ダーツの海賊船。 きっと絢爛豪華な船だと思っていたが、やはり海賊船は海賊船だ、とセレスは思った。
「ダーツ海賊団か・・・。 あいつがいるんだろうなぁ・・・。」
レオンが意味深な言葉を残して一足早く海賊船へと近づいていく。
セレナ達もレオンのあとを追って海賊船へ近づいていく。
いくら義賊と呼ばれようと、相手は海賊。 何がおきるか分からない。 一向は気を引き締めた。
しかし、その緊張は一気に崩される。 船の真下まで来た途端、あの二人のケンカ声が聞こえたのである。
「自分も貧乏なくせに貧乏な人たちに金を撒くなんて、義賊を越えて単なるバカだわ!」
「なにおぅ?! もう一回言ってみやがれ!」
「あぁ! 何回でも言ってあげるわよ! このバ カ!」
「んだと、この守銭奴っ!」
呆然とするセレナ一行。 海賊団らしい威圧感がない。 団員達も賭けポーカーをしたり、酒を呷ったり、居眠りしたり・・・。
何故か穏やかな時間が流れていた。
その中でひときわ騒がしい二人のもとへ、レオンが歩み寄って行った。


98: 手強い名無しさん:06/04/02 09:37 ID:gAExt6/c
「ファリナ殿、この前の賊討伐の際はお世話になった。」
「うるさいわね、小遣い減ら・・・ってうわっ!? アンタ・・・誰?」
ファリナがレオンを払いのけようと後ろを見た。 団員だと思ったらしく、レオンを見て驚いた様子だ。
「覚えておられないか? つい最近ここの賊討伐に遠征してきていたベルン竜騎士、レオンだ。」
「あぁ、あの時の貧乏騎士さんじゃない。何、お礼でも持ってきたの?」
「あの時、貴女にはしっかり要求どおりの報酬を渡したはず。 礼も尽くしたはずですが。」
ファリナがチッと言うような顔する。 しかし、ダーツが眉毛をゆがめながらファリナに顔を押し付けた。
「あぁん? おめぇ、自分ひとりでちゃっかり金稼いでるんじゃねぇかよ。」
「あ、当たり前じゃない。 私は凄腕ファリナ様なのよ? アンタみたいな夢だけ人間とは違うの。」
「・・・いちいち癇に障るヤツだ。 しかし、おめぇその金どうしたんだよ。」
「な、何だっていいでしょ? アンタが散財するから、その足しにしたのよ!」
レオンが笑いながら、焦るファリナに続ける。
他の連中は見ているしか出来ない。 皆の頭には、本当にここが海賊船なのかという疑問が渦巻いていた。
「ところで、あの時の病人はどうなったのですか?」
ファリナが言うな、と言うような顔をしたが遅かった。 当然ダーツはそれを聞き逃さない。
「病人?」
「えぇ。 ファリナ殿は、我々に賊討伐の報酬として法外な額を要求してきたんです。
それでも国の信用にかかわることだったので、なんとか報酬を払ったのです。」
それを聞いてダーツは額に手を当てて嘆いた。
「ファリナ、おめぇと言うヤツは・・・よそ様のトコ出てって恥晒すんじゃねぇよ。」
ファリナは反論しようにも、何か隠しているのか、黙っている。
その彼女に変わって、レオンが彼女の肩を持ってやるが、それはあまり彼女にとっていいことではなかった。
「まぁまぁ。 でも、その後もう一度その場所に行くと、ある噂が流れていましたよ。」
「・・・形振り構わず、金、金うるさい自称凄腕がここでも騒ぎ散らしたってか?」
ダーツが茶化し、それにファリナが反応して怒る。
セレナ達には仲が良いのか悪いのか、サッパリ分からない二人だった。
「いえ、天馬に乗った女義賊が、薬も買えずに死にそうな病人達に金を撒いて行ったとね。」
「・・・。」
「おめぇ・・・。 まさか。」
「えぇ、きっとファリナ殿はそのために法外な額を要求したんですよ。 要求された側としては堪りませんが。」
「へぇ・・・。 おめぇもいいヤツなんだな。 少しは見直したぜ。」
ダーツが自分の相棒の意外な一面に、酷く感動する。
その様子にファリナが下を向くこともなく、頬を紅潮させて反論する。
「ば、バカじゃないの? いつも相棒が街の皆に迷惑かけてるから、
その慰謝料としてちょっと払っただけよ。 アレだけの小額で事が収まるなら楽なもんじゃない?」
「誰がいつ迷惑かけたよ! ところで、今度はいくらの女になったんだよ?」
ダーツもケンカ腰かと思いきや、すぐにもとの口調に戻る。まるでコントだ。
「ふ、聞いて驚きなさい。5万ゴールドの女よ。」
「ご、5万ゴールド?! ・・・どういう恥さらしだ・・・。
で、慰謝料を払った後の金はどうしたんだよ。おめぇの支出帳を見たが、んな大金は何処にも記載されてなかったぞ?」
「恥さらしって失礼ね。 ・・・て! アンタ、人の極秘資料を見たわね!」
「大げさなヤツだな・・・。団長が今の資金状況を見て何が悪い。 で、残りの金はどうしたんだよ?」
ダーツについ詰められて、ファリナも回答に困ってしまう。
「悪いに決まってるじゃない! アンタに見せたら、どんだけ貯蓄があってもすっからかんになっちゃうじゃない。」
「金はどうしたんだ?」
「べ、別にいいでしょ? 書き忘れただけよ。」
ダーツには分かっていた。 こいつは嘘をつくときはすぐに分かる。 何とか隠そうとする。


99: 手強い名無しさん:06/04/02 09:39 ID:gAExt6/c
「・・・報酬、全部病人達に撒いてきたな?」
「・・・。」
「よくやったじゃねぇか。 守銭奴のクセによく決心したぜ。」
ダーツはポンと相棒の肩を叩くと、下を向いて反論できない相棒に笑って見せた。
ファリナにとっては、この事が表沙汰になるの事をプライドが許さなかったが、レオンにもその様子が幸せそうに見える。
「はは、噂には聞いていましたが、本当に仲のよいご夫婦ですね。」
「誰が夫婦だ!」
二人は同じような口調で怒鳴った。
怒鳴り終わった途端、お互いにハッとして顔を見合わせる。
バツが悪いと思ったのか、ダーツはそそくさとその場を去っていった。
「やれやれ・・・あんた達のせいで恥かいたじゃないか、どうしてくれるのよ。」
「恥なんかじゃないです。 素晴らしいことですよ。」
「・・・で、アンタ今度は何の用なの?」
ファリナが腕組みをしながらこっちを見る。 妙に威圧感がある。 海賊だから?
小麦色に焼けた肌に海賊衣装・・・とてもイリア人とは思えなかった。
「えぇ。 実はサカで、次元を超えた凄腕の女がリキアにいると聞きまして。
リキアにいる凄腕の女と言ったら、もう貴女しかいないと思いまして、伺いました。」
「へぇ、嬉しい事言ってくれるじゃない。」
「どーせ自称・・・・もごもご。」
クラウドの口をセレスがあわてて塞ぐ。 しかし、ファリナには聞こえてしまったようだ。
「なんだってぇ?! オバサンだからってなめてんじゃないの?
アンタみたいなヒヨッコ騎士ぐらいなら、私にとっちゃ朝飯前なんだからね?」
「オバサンというよりもうおばあ・・・ふごふご!?」
セレスに加えてシーナも止めにかかった。 幸い、今度は聞こえなかったようである。
レオンがファリナの機嫌が変わらないうちに、事を知らせようとする。
「で、俺達には貴女に伺いたいことがあります。 貴女は本当に次元を渡ったのですか?」
「あぁ、渡ったよ。 竜の門のことだろうね。」
「竜の門!? それは一体何処に?」
「ここから南。 海を越えた先にある。 別名、魔の島さ。
まさか・・・アンタ達そこへいく気なのかい? やめときな。 あそこに言って帰ってきたのはこの凄腕のファリナ様だけよ。」
そこへダーツが戻ってきて、ファリナの頭を小突いた。
「何ホラ吹き込んでやがる。 お前だけしか帰ってきてなかったら、俺も今ここにいねーだろ。
エリウッド様達が行ったから、お前も行っただけの話じゃねーか。 何が凄腕のファリナ様だけよ〜だ。」
「うるさいわね! ロ、ロマンってヤツよ!」
「はぁ?」
またコントが始まりそうだ。
だが、セレナは耳を疑った。 エリウッドと言ったら・・・自分の祖父の名だ!
しかし、セレナが反応する前に、アレンが先に反応していた。
「貴方達はエリウッド様と共に魔の島へ渡られたのか?」
言い合っていた二人が、アレンの言葉でそれを止め、アレンのほうを向いた。
「えぇ。 雇われていたからね。 私はその頃も凄腕だったのよ? 2万ゴールドの女とよく言われたものよ。」
「自分で言いふらしてただけじゃねーか・・・。」
「いちいちうるさいわね! これが私のロマンなの!」
「・・・お話中恐れ入りますが、我が主を助けてくださり、ありがとうございました。」
また言い合いを始める二人に、アレンは仕方なく話しに割って入った。
このままでは相手のペースに巻き込まれてしまって話が進展しない。
「へ? あんたもしかしてフェレの騎士なのか?」
「いかにも。 そして、この二人はエリウッド様のお孫様に当られる、現フェレ候女にあらせられます。」
ファリナが双子のほうを見る。 同族の勘というべきか、ファリナにはすぐ二人にイリア人の血が流れていることが分かった。


100: 手強い名無しさん:06/04/02 09:40 ID:gAExt6/c
ロイ達が活躍していた頃も、海賊として宝探しに没頭していた為に詳細は知らなかったが
ファリナはロイの子が炎の天使と呼ばれて皆に賞賛されていたことを知っていた。
「へぇ。 あんたたちが英雄の子ねぇ・・・。 母親似なのかな?」
そんなファリナとは対照的に、ダーツは海賊らしく振舞ってみる。
「あぁん? そんなお貴族様が、この泣く子も黙るダーツ海賊団に何のようだ?
ここは嬢ちゃん達の様な人間が生きていける場所じゃないんだぜ?」
「・・・確かに生きていけそうにないね。 毎日あんなマシンガントークの中では。」
シーナが笑いながら答えた。それを聞いてダーツは情けなくなってしまった。
海賊団相手に怖がりもしねぇ。 泣く子も黙るダーツ海賊団がこれでは名折れだ。
・・・いやむしろ、バカにしてるだろこの小娘。 あぁ、ファーガスの親方・・・すまねぇ。
「用件は一つだよ。 その魔の島まで乗せてってよ。 流石に泳いで渡るわけにも行かないし。」
なんだ、こっちの蒼髪の坊主・・・女か? どうでもいい!
コイツ・・・海賊船を連絡船代わりに使おうってーのか! ・・・なんか前もそんな事あったが・・・。
やっぱこいつら俺達を海賊だと思ってねーだろ・・・。 あぁ、泣く子も黙るダーツ海賊団がぁ!
「あぁん!? おめぇ、俺達を何だと思ってる。 海賊だぞ! 泣く子も黙るダーツ海賊団!
お貴族様のお遊びに付き合ってやる程優しかねーんだ。 分かったら命のあるうちにとっとと消えな!」
これだけ強く言えば、並みの人間ならビビッて逃げ出すに違いねぇ。
しかし、セレナ達は逃げなかった。
「お願い! これはお遊びなんかじゃないんだ!」
「お遊びだと! ふざけろ! こんな死ぬ思いをしてまで遊ぶやつなんかいるわけねーだろ!!」
口々に皆は反論した。 流石のダーツも、こんなキモの座ったやつは見たことがないと感心してしまう。
セレナ達は事の次第を海賊相手に全て話した。
「・・・へぇ。 なかなか面白そうな話じゃねーか。 俺の宝探しと同じくらいデカイ夢を持ったヤツがいるとはな・・・。
お前からは浪漫を感じるぜ! よし、その話、乗ってやろうじゃねーか!」
「・・・絶対アンタの夢より大きいって・・・。」
「んだとファリナ! おめぇはいちいち!」
怒るダーツを無視し、ファリナはセレナに話しかけた。
「それにしてもいいのかい? こんな海賊相手にそんな事話しちゃって。
もしかしたらアンタ達のことをベルンに売るかもしれないよ? 金になるからねぇ・・・。」
ファリナが意地悪そうな目でセレナを見る。
確かに、ベルンにあだなす一党であるセレナ達。
それをベルンに差し出せば、それこそ法外な額の報酬を手に入れることが出来る。
セレナ達の行動は、普通に考えれば無謀を通り越していた。
「ううん。 私達は信じてる。 ダーツ団長は義賊として有名だし
おばさんも病人のために、危険を顧みずに戦って報酬で薬を買ってあげたり・・・。
それに、うちのおじいちゃんも助けてくれたんだし。 絶対悪い人じゃないよ。 だから、お願い!」
シーナにおだてられ、ダーツは感動してしまった。
それにしても・・・また使っちゃったな。 信じてるって言葉・・・。 ナーティさんの嫌いなこの言葉を。
「くぅー、いい事言ってくれるじゃねーか、お嬢ちゃん。
そこまで言われて断っちゃ、海賊ダーツの名が廃るってもんだ。 乗せてってやるぜ!」
気前のいいダーツは了承してくれた。しかし・・・
「乗せてやってもいいよ? でも、10万ゴールド用意しなさいよ?」
ファリナの言葉に一同は身が固まった。
「えぇぇ!? じゅ、じゅうまんごぉーるどぉ?!」
セレナが目を飛び出させた。 何と言う法外な額を要求するのやら。
レオンは悪夢が蘇る思いだった。 あの時も色々言いがかりをつけて報酬を膨らませていったのだ、彼女は。
「あったりまえさ。 そこへ行くまでの食糧費やらなんやらで結構かかるし
あそこは魔の島って言われてて危険な場所なんだ。 そこへの護衛費に一日当りの団員達への配当・・・。
10万ゴールドは用意してもらわないとね。 こっちだって慈善奉仕してるわけにはいかないんだから。」
「おい! ファリナ、おめぇは! 金とるバカがどこにいる!」
「アンタがそうやって金に執着がないから、こうやって私がガメツクやらなきゃいけないんでしょ!」


101: 手強い名無しさん:06/04/02 09:40 ID:gAExt6/c
またコントを始めた。
一方のセレナには選択の余地がなかった。 ヴァロール島まで船を出してくれる民間船なんてない。
それに、どの海賊もダーツ海賊団のような義賊ばかりというわけではない。
こんなチャンスは滅多にない、いや二度とないチャンスだった。
「・・・わかったよ。 何とか用意してくるから、ヴァロール島まで乗せていって。」
「おいおい、坊主。 まぁ待てよ。」
ダーツが何とかファリナを説得しようとするが、ファリナは断固譲らなかった。
「あたし達は諦める訳には行かないんだ。
ここで諦めたら、あたし達のせいで犠牲になった人や、迷惑をかけた人に合わせる顔がないんだ。
絶対お金を持ってくるから、待ってて。 行こう、みんな。」
セレナが一行を連れて立ち去ろうとする。
ファリナがセレナの去り際に残した言葉を聞いた瞬間だった。 突然怒鳴ることを止め、顔が真剣になった。
「自分のせいで犠牲になった人のため、か・・・。」
「あん? どうした、ファリナ。」
ダーツの質問に答えることもなく、小さくなるセレナ達の後姿をファリナは追った。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
後ろからいきなり声をかけられて、セレナはびくっとした。
「うわっ、何? おばさん。」
「・・・一晩考えさせて。 金の事はそれからでいいよ。 今日はうちに泊まって行きな。」
セレナはファリナの瞳に、何か、言葉では表せないようなものを感じていた。
思い出したくないものを、思い出したような。 忘れたかった、でも忘れられなかった。 そんな想い。
「うひょー、サンキューおばさん! 今日はゆっくり寝れそうだ!」
クラウドが飛び跳ねて喜んだ。 この頃野宿ばかりでロクに寝ていない。
今日はうまいメシと温かいベッドが約束された。そうクラウドは思った。 しかし・・・
「アンタ。 さっき私のこと、婆さん呼ばわりしてたよね? アンタは飯抜きだよ!」
「げっ、さっきの聞こえてたのか・・・。 どういう地獄耳だ・・・。」
「なんですってぇ?! アンタ! 今日は甲板で寝ることだね! ベッドは貸さないよ!」
「うげ、お姉さまぁ、そりゃないぜぇ!」
笑いに包まれながら、一行は海賊船に乗り込んでいった。

その夜、クラウドはがっついていた。
「うー、うめぇ! お姉さま! おかわり!」
ファリナが部下に指図して、クラウドの皿にメシを盛ってやる。
彼女は呆れていた。 こいつら、本当に貴族かと。 どこにでもいる田舎娘に見えて仕方なかった。
「はぁ、現金なヤツだねぇ。 セレナとか言うの? アンタももう少しお淑やかにしたらどうなんだい。」
「だって! もぐもぐ、食べられる(モグモグ)時に食べておかないと(モグモグ)、今度いつ(モグモグ)
食べられるか(モグモグ)分からないんだもん(モグモグ)。 おかわり!」
シーナはそんな姉や兄とは他人の振りをしたかった。 見ているこっちが恥ずかしい。
それは、セレスやアレンも同じだった。 穴があったら入りたい。 元気な事はいいのだが・・・。
「へっ、元気な事はいい事だぜ、なぁ坊主!」
ダーツ自らがメシを盛ってやり、セレナの肩をバンバン叩く。
「坊主って! あたしは女の子だぞ!」
「へ? マジか。 お前、女だったのか。 すまねぇな。」
セレナは顔を膨らせているが、周りが大爆笑に包まれる。 今日はいつも以上に海賊の食事が賑やかだ。
そんな様子を見届け、ファリナは外へ出て行った。
それをアリスが見逃していなかった。 ファリナも元はイリア天馬騎士。
イリアを支えてくれていた一人なのだから、お礼を行っておこうと思ったのだ。
「あの、ファリナさん。」
潮風に身を任せていたファリナは、不意の声に後ろを向く。
「なんだい? アンタは確か・・・イリアの王女様だっけ? ゼロット坊の娘さん。」
「はい、そうです。 ・・・! 父上をご存知なのですか?!」
「あー、そりゃ知ってるよ。 今でこそ、ここで海賊をしてるが、私だって元はイリア天馬騎士団所属の天馬騎士だったんだもの。
あいつは幼いころから神童と言われてね、騎士としての素質に恵まれていたんだ。」


102: 手強い名無しさん:06/04/02 09:46 ID:gAExt6/c
「父に代わって礼を言います。 イリアを支えてくださって、ありがとうございました。」
ファリナはアリスに畏まられて焦ってしまった。 ありがとうなんて言われるのは、この年になっても恥ずかしい。
「い、良いんだよ! 騎士として当然の行いをしただけさ。」
「でも・・・どうしてイリアを去ってしまわれたのですか?」
ファリナはまた海のほうを向いてしまった。 目を閉じ、潮風の声を聞く。
夜の海に静かに響く波の音。 ゆったりとした時間が、ゆったりとした波と共に来ては去っていく。
「もちろん! あのアホが探してるお宝をいただく為だよ。」
「あのアホ?」
「ダーツだよ。 あの浪漫狂。 あいつより先に宝を見つけて一攫千金を目指しているのサ。」
「宝! どんな宝なんですか? ファリナさん。」
アリスが童心に帰ったような目でファリナを見る。 ファリナもこれには弱かった。
「さぁね。 あいつが言うには、時価が付かないぐらいの財宝だって言ってるけど、どうなんだか。
そもそもそんなのがあるのかすら分からないよ。 手がかりは何処の子供が書いたかもしれない、古びた地図だけなんだし。」
「お金のために、そんなあるかも分からないよう宝を・・・?
貴女ほどの実力者なら、天馬騎士団でも幹部を狙えたはずなのに。 それなのに・・・。
わかった! それがロマンというものなのですね。」
ファリナはそれから暫く沈黙している。
アリスは自分が見当違いな事をいったのだと思って、謝ろうとした。
「ファリナさん?」
「私が騎士団を抜けたのは・・・半分逃げたって言うのもあるかもね。」
突然ファリナから声が返ってきた。 しかも、いきなり彼女らしからぬ後ろめたいような声で。
その声は苦悩に満ちていた。 いつもの威勢のいい声では無い。
「逃げた?」
「私も最初は思ったよ。
実力で騎士団のお偉いさんになろうと思ったよ。 でもね、思い知ったのさ。 人の業を背負うって事の辛さを。」
「業を・・・背負う?」
「見習いの時、私達の部隊は全滅しかけた。 それをうちの姉貴が契約違反を犯してまで助けてくれた。
あの時姉貴が助けてくれたから、今の私がいる。 それはわかってる。
でも、そのおかげで、姉貴は莫大な違反金の支払いを義務付けられたのさ。
姉貴は一生、借金と言う重荷を背負って、そして死んだよ。 病気の体で無理に戦場へ出て行ってね。」
自分が物心着くまでのイリアは、国を挙げて各地へ傭兵に赴き、その報酬で国や家計を支えるという貧しい国だった。
そのため、他国からは死肉を喰らうハイエナなどと蔑まれる事もあった。
イリアの傭兵にとって、雇い主の命令は絶対だった。 何があっても絶対に命に逆らわず
例え肉親であろうが、敵陣同士なら矛先を向けなければならない悲惨なものだった。
当然、そんな状況下で命令違反をすれば、契約違反で何を要求されるか分からなかった。
国の信用に関わる問題なので、何もなかったでは済まされないのである。
「そんな・・・。」
「それ以来、嫌になった。 組織で行動するって言うのはね。
特にそれをまとめるって言うのは。 姉が死んで、その思いは一層強くなった。
私の判断が一個違っただけで、多くの仲間に犠牲を出してしまう。 そう思うと何も出来なくなる。」
「・・・。」
アリスは黙って聞いていた。 今の自分達、そして、今後イリアを総て行かねばならない自分にとっても同じことがありえる。
聞いておかねばならないことだった。
「アンタ達もそのうち分かるよ。 人の業を背負うと言う事が、どれほど辛い事かを。
人の業を背負い、その人の分まで自分が生きなければならない。 それがどれだけ重い事かを、ね。」
ファリナもまた、言っておかねばならないと思っていた。
自分の過去を凄腕の女と言う仮面で隠し、それに触れさせない、語らない彼女であるのに。
「はい・・・。」


103: 手強い名無しさん:06/04/02 09:48 ID:gAExt6/c
「あのセレナとか言う子も、言ってただろ? 自分のせいで犠牲になった人のためにも諦められないって。
逃げた私から見れば、羨ましいし、何処まで耐えられるかなって心配だよ。
頑張ればがんばるほど背負わなくちゃいけない業は増える。 背負う業が増えれば、そのことに耐えようと必死になる。
・・・わかるかい? これが意味する事。」
例えるならそれは、山に雪が一杯積もっている。 山の斜面が雪の重みに耐えている分には大丈夫である。
しかしもし、雪の重さに耐えられなくなったらどうなるだろうか? 当然雪は雪崩となって人里を襲う。
その雪の量が多ければ多いほど、雪崩は威力を増す。 多くの人の命を奪う・・・。
「はい。 耐えれば耐えるほど、その反動が・・・。」
「そう。 耐える事は大事だけど、溜め込んじゃダメなのさ。
私には、心から気を許して、相談できる仲間がいなかった。 だから、耐える事なんかできなかった。
逃げた言い訳にしては、幼稚だけどね。」
「そんなこと!」
アリスは必死にそれを否定した。
自分の背負った業に苦しみ、今も救いを求めている人が目の前に居る。
僧侶の自分はそれを救わねばならない。 ファリナは他人にも自分にも厳しい人だ。 ついつい溜め込んでしまうのだろう。
「アンタ達は見るからに、心から信じあってるって感じがしてくるし大丈夫だろうけど。
支えてやんなよ? まだ子供とも大人とも付かない年の子一人で、世界をどうこうするなんて、荷が勝ちすぎてる。
溜め込ませてはダメだよ?」
「はい、もちろんです。 でも、私から見ると、ファリナさんも心から信じてる仲間がいるように見えますよ?」
「え・・・?」
「ダーツさんですよ。」
ファリナはダーツの名を出されてちょっと照れくさくなった。
夫ではないが、良い相棒だ。 あいつは絶対に自分を裏切らないと信じていた。
自分もまた、あいつだけは裏切ってはいけないと心に決めていた。 どんなにそれが金銭上損をすることでも。
二人とない大切な仲間の信頼は、金ではどうすることも出来ない。 金は表面上では万能であった。
「まぁね・・・あいつは私の逃げた理由を話した、二人のうちのもう一人さ。残りの一人はアンタ。」
「そんな秘密を私に・・・?」
「えぇ。 か、勘違いしないでよ? アンタ達みたいな子供じゃ、いずれ潰れてしまうと思ったからで、他意はないからね!」
「は、はぁ・・・。 で、ダーツさんは何と仰ったんですか?」
「それがさぁ。 んなの関係ねぇって言うんだよ。
自分の信じた道をひたすらに突っ走ってれば、そんな事は気にならねぇって。
後ろを振り返るって事は、まだ今を頑張り足りねぇってことだろ? ってさ。ある意味救われた気分になったよ。」
「・・・。」
アリスはダーツに負けたと感じた。 人を癒す力を。
そんな癒し方もあるんだ。 ダーツさんは何か強く信じるものを持っている。 それは強く人の心を動かす。
ファリナさんも、きっと動かされた一人なのだろう。
「だから、私は今を頑張る。 頑張って宝探して一攫千金! これが私の夢! 夢を追いかけるのも悪くないよ。」
ファリナが笑顔でアリスを見た。 アリスも、ファリナの目を見て返した。
「はい! 私も夢を追いかけます。 私達の理想の世界を取り戻すと言う夢を!」
ファリナはそれを聞くと、彼女には珍しい、顔中の笑顔でアリスを宴の会場に戻す。
「頑張りなよ! ・・・さて、魔の島へ行くんだったら、あそこを探索しないとねー。
宝のヒントが隠されてるって地図には書いてあったし・・・。 ダーツに先を越されないようにしなくちゃ。
島に着く前の夜に、酒をたらふく浴びせておくかな。」


104: 手強い名無しさん:06/04/02 09:49 ID:gAExt6/c
翌日、起きてきたセレナ達は歓喜の声をあげていた。
「えぇ?! タダでヴァロール島まで乗せてってくれるの?」
喜ぶ双子の姿を見ながら、ファリナは照れくさそうにしている。
「お、大げさねぇ。 ま、アンタ達の理想郷が完成した時には、私達にしっかり報酬を頂戴よね。
いい? 私達が助けてあげなかったら、アンタ達は魔の島に渡れない。 つまり理想郷は作れないんだからね!」
「わかってるって! ありがとう、ファリナお姉さま!」
セレナはクラウドのまねをしてファリナを持ち上げた。
ファリナはフンッと鼻でそれをあしらって、セレナの額を軽く小突いた。
「おいおい、どうしちまったんだよ。 金の亡者ファリナ様が、金要らねぇだなんてよ。
この前の病人に報酬撒いたって言うのもそうだが・・・。 おめぇ、何か変なモンでも食ったのか?」
「金の亡者ってねぇ・・・。 私だって色々考えてるわけ。 アンタみたいな力だけ人間とは違うの。」
「んだとぉ?」
ファリナはダーツの相手をしつつ、アリスのほうを見た。 そして、彼女に向かってウィンクをして見せた。
アリスはそれに笑顔で答える。 分かっています、ファリナさん。私は頑張ります。
戦場ではまだ戦う事は出来ないけど、きっと妹達を助けて見せます。 そして、理想郷を完成させて見せます!
「野郎共! 出航するぜ! 目指すは宝の島、ヴァロール島だ! 全速前進、ヨーソロ!」
船が帆に風を受け、少しずつ陸を離れていく。 後ろに見える自分達の故郷が、緑の景色が小さくなる。
見る見るうちに、あたりが青々とした海一面となった。 軋むマスト、香る潮風。
そして、腕を組み、自信満々の笑顔で水平線を見つめるダーツ団長。 海賊船はまさに今、宝を求めて旅立ったのだった。
「うわぁ・・・。 本当の海賊船に乗ることになるとは、思ってもみなかったですよ。」
セレスが海をきょろきょろ見回す。 彼は船に乗ることそのものが初体験であった。
生まれて初めて乗る船が海賊船だなんて。 きっとパーシバル将軍に聞かせたら驚くに違いなかった。
「おぅ、何ちゃって海賊船になら乗ったことあったけど、やっぱホンモノはワケが違うな!」
クラウドもはしゃぐ。 この調子が最後まで続けば誰も文句は言わないのだが・・・。
そのはしゃぐ二人に、ファリナはデッキブラシを手渡した。
「へ? なんですか? これは。」
「アンタ達ヤロウには働いてもらうよ。 ほら、そこら辺磨いといて。」
「えー!?」
「なぁんだい? 嫌なのかい? だったらこの場で海へ放り出そうか? ここらはサメが出るって有名なんだよ?」
「ひ、ひぃっ。」
「やります、やります! やらせていただきます。ファリナお姉さま! アイアイサー!」
ファリナがその場にいたヤロウ二人の尻を引っぱたいて甲板の掃除をさせる。
二人をいじめて遊んでいるようにも見えた。それを見たダーツはため息をつく。
「やれやれ・・・。 あいつ、うまく自分の仕事を押し付けやがったな・・・。」
シーナは船尾のほうで、長いポニーテールを潮風に流しながら、西のほうを見ていた。
「どうした? シーナ。」
レオンが声をかけてみる。 アレンも一緒だ。どうやら早速槍の稽古をしていたらしい。
しかし、レオンの声にシーナは反応しない。
シーナのすぐ近くまで近づいたとき、アレンは少し焦った。 シーナは泣いていた。
「どうしたのだ? シーナ。」
「へ?」
シーナがやっとアレンの声に気付き、そちらを向く。 そして、あわてて顔を隠し、服で涙を拭いた。
「別に・・・。 その、随分遠くに来たなぁってね。」
シーナがシミジミとした口調で故郷を思い出していた。
朝は霧に煙り、昼は燦々とした太陽とスコールが降り注ぎ、そして夜は岩肌がその明るさで照らされるほどの満天の星空。
あの雄大な自然を思い出す。するとおのずとエキドナやバアトルなど、西方の仲間も思い出す。
「・・・母さん、元気にしてるかなぁ。」
「ふっ、ホームシックか?」


105: 手強い名無しさん:06/04/02 09:49 ID:gAExt6/c
レオンが意地悪そうに聞いた。 それをシーナは焦って否定する。
「ち、違うもん。 元気でいるか心配なだけだもん。」
「俺も・・・お袋が心配だ。 たった一人で残してきてしまった。
お袋は強がってたけど、きっと心細いはずだ。 さっさと戦争なんて終らせて、イリアに帰りたい。 それがホンネだ。」
いつの間にか二人は、海の水平線より向こうにある、それぞれの故郷のほうを向いていた。
自分達の居ない間にまたベルンが侵攻して来ていないか、体は元気か。 心配しだすとキリがなかった。
そんな二人の肩に、アレンがポンと手を置いた。
「二人とも、お前達が親を心配している以上に、親はお前達を心配しているはずだ。
今お前達が出来る一番の親孝行は、元気でいること、そして、一日でも早く平和な世界を取り戻す事だ。」
レオンはそれに黙ってうなずいた。
「あぁ・・・分かっている。 俺は旅立ちを見送ってくれたときのお袋の目が、今でも忘れられない。
あんな顔をもう二度とはさせない。 俺は、そう誓ったんだ。 生きて帰る・・・必ず!」
「ねぇ、お父さん。 じゃあクラウドは親孝行者なの?」
シーナが笑ってアレンに聞いてみる。
いつも説教ばかりされている兄だが、元気だけなら姉ちゃんにだって負けない。
「クラウドが孝行者? あいつはダメだ。 あんなお調子者では、いつ命を落とすか・・・。
あぁ、俺の若いころは・・・。 まったく! よし、ちょっとあいつをシゴいてくる。」
アレンは、向こうで掃除をさせられている息子のところへ駆けて行った。
ふふっ、やっぱりお父さんも子供のことが心配なんだな。 私達のこと、本当の子供と思ってくれてるのかな。
・・・クラウドを呼び止めて説教を始めた。 あ・・・そこへファリナさんが現れて・・・。
お父さん、ファリナさんに怒られてる・・・。 あれれ、どうしてお父さんまで掃除を始めるの?
「ほーら、三人ともしっかり掃除するんだよ?」
ファリナが鞭を甲板にたたきつける。・・・海賊達が彼女に逆らえない理由が何となく分かった気がした。
「・・・クラウド、お前にかかわるとやはりロクな事がないな。」
「何だよ! 勝手にそっちから説教しに来たくせに! 親父の若い頃なんて興味ねーよ!」
「うるさい! この親不孝者め! 母さんも泣いているぞ!」
そんな親子を、セレスは甲板掃除で息を切らしながら見ていた。
「やれやれ・・・ホントそっくりな親子で羨ましいです。 ちょっと! ケンカしてる暇があったらしっかりやってください!」
「金取らないんだから、しっかり働きなさいよ、ほらほら!
危険を冒してまで、あんたたちのために魔の島へ行ってやるんだからね! ・・・あー、我ながらいい事考えちゃったものよ。」
しばらく海賊船上では、いつも通りの鞭のしなる音と、普段聞きなれない親子のケンカ声が響いていた。
ダーツはそれを見て、何か悲しくなった。 団長は俺なんだぞ・・・。 団員達はそれを慰めるの必死だ。
あぁ・・・泣く子も黙るダーツ海賊団が・・・。


106: 第三十四章:魔の島:06/04/02 09:50 ID:gAExt6/c
数日間の航海の末、ダーツ海賊団は魔の島・・・ヴァロール島に到着した。
深緑というより、ほぼ黒に近い木々に覆われ、先が全く見通せない。
「ありがとう! ダーツ団長。・・・あれ?ダーツ団長は?」
セレナはダーツにお礼を言おうと思ったのだが、魔の島に降り立った海賊の中に、ダーツの姿はなかった。
「あぁ、あいつなら酒飲みすぎて寝てるよ。 ぐっすりね。」
ファリナがセレナの疑問に答えてやった。 ふふふ・・・計画通りうまく行ったわ。
「そうなんだ。 じゃあ、ファリナさん、みんな、ありがとうございました!」
「いいっていいって! そこの男達にも随分働いてもらったしね。」
ファリナはニヤニヤしながらクラウドたちのほうを見た。 見られた本人たちはゲッソリとしている。
「うぅ・・・あの人悪魔だぜ。 こっちが船酔いして死にそうだっつってんのに、掃除やら皿洗いやらさせやがって・・・。」
「全くだ・・・。 お前にかかわるとロクな事がない。」
「親父! 俺のせいかよ!」
「ま、助かったよ。 お陰で上陸後の計画を立てることに専念できたからね。」
ファリナは地図を広げて部下に何か指図している。
「上陸後の計画・・・? ファリナさん、何かこの島でやるの?」
「あぁ、ここには海賊王ハンガックが隠したお宝が眠ってるらしいのよ。 それを取りに来たってわけ。」
ファリナがニヤけながら答える。 その目はもう宝の事しか考えていない。
宝が手に入ったら・・・これを買って、アレも買って・・・あんなことがやり放題
・・・やりたい放題・・・ああ! 私のバラ色人生が始まるのよ!
しかし、それを聞いたクラウドがブチ切れた。
「何だよ! やっぱり目的があってここに来たんじゃねーか!
何が“俺達の為に危険を冒してまで行ってあげるのよー”だ! 恩着せがましく振舞って俺達をこき扱いやがって!」
「じゃあ、10万ゴールド払いなさいよ。 海賊船を連絡船代わりに使ったんだから、それぐらい当然でしょ。」
「ぐっ・・・。」
この人に口で勝てる奴はいるのか・・・?
「さて、じゃあアンタ達とはひとまずここでお別れ。
帰りたくなったら大きく狼煙を上げなよ。 迎えに来てあげるから。 頑張りなさいよ!」
ファリナは将のセレナではなく、アリスの肩を笑顔で叩きながら、彼女を激励してやった。
「ありがとうございます! よーし、皆行くわよ!」
「何か姉貴、気合入ってるね・・・。」
セレナ一行はファリナ達と別れて、いよいよ別大陸と繋がる鍵、竜の門へと向かうことになった。
鬱蒼と茂る木々。その木々の色は、緑と言うより黒に近かった。
茂る木々が日を遮断し、更に霧まで立ち込める。
周りは全く見通せず、コンパスも狂う。 迷いの森とはよく言ったものだ。
木の陰から飛び立つ鳥に、シーナやアリスが悲鳴を上げた。
何か、恐怖をかき立てられる。 こういう景観にだけではない。何か、不思議な力を感じる。
「うーん! まさに冒険してるって感じだぜ。 なぁ!セレナ隊長!」
そんな中でも、ムードメーカー二人は元気である。 昔西方で、通りすがりの吟遊詩人から聞いた詩を思い出していた。
勇者が魔の森へ冒険に行き、様々な罠をかいくぐり、その森の主である魔王を倒す、という・・・。
「おぅ! クラウド隊員、一寸先は闇だ、気をつけたまえ! うわっ!?」
調子に乗ったセレナが目の前から消えた。 足元を見ると、大きな落とし穴が空いている。
「セレナ! 全く何をやっているんだ。」
アレンが呆れたような目でセレナを助けてやる。 セレナは顔が真っ青だ。
「どうした?」
「あれ、あれ・・・。」
落とし穴の下を見ると、飢えた蛇と木製の剣山が空を向いてそそり立っていた。
「これは・・・、何と。」
アレンも驚いた。 一歩間違っていたら、セレナは串刺しで即死していただろう。
彼女の持つ、両親譲りの運の良さに、アレンは感謝した。 こんなところで死んでもらっては困る。


107: 手強い名無しさん:06/04/02 09:50 ID:gAExt6/c
「でも、おかしいですね。 ここは無人島のはずなのに、何故こんな人為的な罠があるのでしょう。」
セレスが落とし穴の中を覗き込む。どう考えても、これは人の手でこしらえられたモノだ。
ここは無人島であると聞く。 もっとも、こんな薄気味悪く、大陸となんの交流もない辺境に
人が住み着くことが出来るかは疑問だが。
「この罠・・・まだ作ってそう古くはない。 ここに我々が来ることを、誰かが知っていたのか?」
レオンは落とし穴の側面にあった、切断された木の根を見てみた。
まだ切って新しいらしく、その断面はみずみずしさを保っている。 自分達が侵入する事を誰かが想定して作った罠だというのか?
「詮索してても始まらないよ。 早く竜の門へ行こう。」
シーナが先陣を切って歩き出す。セレナはよほど怖かったのか、歩く事を止め、飛んで移動する事にした。
暫く歩いていくと、森を抜けた。何故かここだけには森がなく、平原が続いていた。
向こうにはまた森々と茂る暗黒の森が続いている。 この盆地地帯だけに、木がなかった。
「やはり・・・昔大きな集落があったようだな。 ここは木が切り開かれたような感じだ。」
アレンの言葉を裏付けるように、この盆地地帯にはかつて人が住んでいたと思われる住居が、遺跡として残っていた。
では先程の罠は、その先住民族の生き残りが仕掛けた、獲物を捕獲する為のものだったのだろうか。
竜の門は、この盆地を北上したところにある。
コンパスが効かないこの島では、空中から遠くを見通せる物見役達が唯一の道しるべだった。
今頃ファリナ達はどうしているだろうか、罠につかまっていないだろうか。
そう考えながら、一行は一歩一歩、竜の門のある神殿へと近づいていく。
その道中には、錆びた剣や鎧が落ちていた。ここで戦いがあったのか?
先住民族同士の戦い? 大陸と交流を持たない先住民が、どうやってこんな高度な技術を知ったのだろうか。
セレナは不安にかられていた。 まだ知らぬ未踏の地へ、自分達は旅立とうとしている。
そこから帰ってこられるのか、いやむしろ、その竜の門というものがどういうものなのか。 不安だった。
向こうの大地はどうなっているのか。どういう人々が暮らしているのか。
それを知りたい気持ちも勿論あったが、それよりも不安が先にたった。
当然他のみなもそうには違いないのだが、何事にも不安より興味が先に出るセレナにとっては、これは初めてのことだった。
だから、余計に不安に感じた。自分が怖がっている。
ようやく神殿に到着した。 封印の神殿と似たような造りの神殿だ。
大陸の文化と同じような文化を先住民族は持っていたのだろうか。
その自然と一体化した荘厳なる島の主の中へ、一行は入っていった。
一の期待と、十の不安に胸を焦がす。 その背後からつけて一緒に入っていく集団の気配に気付かないほどに。

神殿内に入ると、封印の神殿で感じたあの不思議な雰囲気を、ここでも感じた。
一行は竜の門を目指してひたすら神殿の奥へと足を運ぶ。
中は人の気などまったく無く、不気味なほどにひっそりと静まり返っていた。
その静けさが、皆の不安を更に掻き立てる。 双子はいつの間にか寄り添いあっていた。
そして、奥へ近づくにつれ、セレナやシーナ、そしてクラウドやセレス・・・魔力を持つもの達は感じるようになっていた。
エーギルが神殿の奥のほうへ尋常ではない勢いで流れ込んでいっている事を。
まるで自分達のエーギルすらも吸い取られてしまいそうな勢いだ。
一行はその正体をすぐに知る事になる。
神殿の一番奥にたどり着いた一行が見たものは、大きく口を開けた門だった。
その門の先に何があるのかは分からない。  何も見えない。
その先に見えるのは、ただボンヤリとした真っ白な空間だった。
先程の強烈なエーギルの流れは、全てその門へと流れ込んでいた。
「これが・・・竜の・・・門?」
セレナはその大きさに絶句した。 自分の存在が本当に小さく見えるほどの大きな門。
それはまるで、世界に空いた穴。 入ったら二度と出られない、そんな錯覚すら起こす程の大きさだ。


108: 手強い名無しさん:06/04/02 09:51 ID:gAExt6/c
しかし、自分達にはもはや選択肢はない。  この竜の門を通って、もう一つの大陸を見てこなければならない。
ハーフがこのような暴挙を起こす程の、その凄惨な状況を。
一行が竜の門へと再び歩みだそうとした時、後ろから不気味な声がした。
「ふぉっふぉっふぉ。 お前さん達、待ちなされよ。」
セレナが後ろを見た。 そこにいたのは、頭から漆黒のローブを纏った老人が立っていた。
「貴様は! アゼリクス!」
アレンは覚えていた。20年近く前のエトルリアでの激戦で、ベルンの指揮を取っていたあの魔道師だ。
改造竜石を用いて、同士を竜に変えて楽しんでいたあの魔道師だ。
「おぉ、ワシのことを覚えておったか。 どうじゃ、元気にしておったか?」
「黙れ!」
「やれやれ年を食っても威勢は良いな。 まぁ、お前さんには用はないわい。」
アゼリクスは突然目の前にワープすると、アリスの目の前に現れた。
「な・・・?!」
アゼリクスはアリスを下から見上げて、ニヤニヤしている。
「ふぉふぉ、お前さんが噂の召喚士かえ? ふふふ・・・これで材料が揃う・・・。」
アリスは不気味な老人の意味深な言葉に、身を後ろへ引いた。
「姉・・・。」
「姉貴に何をするつもりだ!」
セレナが割ってはいる前に、クラウドがアゼリクスの前に立ちはだかった。
その様子を、アゼリクスはニコニコしながら見る。 これだけ見ると、何処にでもいる普通の優しそうなお爺さんである。
しかし、彼はクラウドを無視し、クラウドの後ろで剣を抜きかけているセレナに話しかけた。
「お前がセレナかい? 親にそっくりじゃの。 容姿も、性格もな。 まぁ、親以上に諦めが悪いようじゃが。」
「なんだと?!」
「お前の母親は実に諦めが良かったぞ? 家族と恋人を殺させただけですんなり諦めおった。
人生諦めが肝心じゃ。 お前も悪あがきしないでワシらと共にがんばらんか?」
「ふざけるな! あたしは諦めない! 母さんを愚弄した罪、この場であがなえ!」
セレナの吐いた台詞に、アゼリクスの顔からは笑顔が消えた。
「なら仕方ないのぉ・・・。 ほれ、皆出ておいで。」
セレナ達はっとした。 いつの間にか、周りをベルン兵に囲まれていたのである。
その目には輝きが無く、不気味に沈んでいる。 ゾッとする目付きだった。
「これは・・・。」
アレンは思い出した。 ロイ達と竜殿へ行ったとき、メリアレーゼの配下も同じような目つきをしていた。
彼らは血の気を感じない、言うがままに動く人形だった。
「素晴らしいじゃろう? この子達はわしの言うことを何でも聞くんじゃ。」
「これが、あの人の言っていた悪魔の集団・・・?」
シーナがミレディの言葉を思い出す。 彼女は言っていた。 アゼリクスは自分の意のままに動く悪魔の集団を作っている、と。
「皆の者! この者達を討ち果たせ! ただし、召喚士だけは殺してはならぬ。 生け捕りにするのじゃ!」
“主”の命令に、表情一つ変えることなく、周りの兵達がセレナ達に襲い掛かってくる。
その目は自分達の命を奪うことしか考えていない。 それ以外の感情は皆無だった。
相手は攻撃しか考えていないようで、まるで回避と言う事をしない。
しかし、攻撃しても攻撃しても怯まず寄って来るその姿は、不気味としか言いようが無い。
アゼリクスはその様子をニコニコしながら見ていた。
「ちくしょう、何だよこいつら! 化け物じゃねーのか?!」
クラウドが相手の鋭い攻撃を避け、緩慢な懐めがけて槍を突き刺す。
しかし、少し仰け反る程度だ。 ココまでカンペキに捕らえているのに、相手は倒れなかった。
「クラウド、その言葉、ありがちだと思いますよ。」
セレスも魔法を放ちながら何か妙な感じを読み取っていた。
これは人間ではない・・・。 本当に、魔の集団だ、と。
これは明らかに、ミレディの言っていた改造竜石による肉体強化だった。
しかし、相手は竜化していない。 どういうことなのか分からなくなってしまった。


109: 手強い名無しさん:06/04/02 09:51 ID:gAExt6/c
「ふぉふぉふぉ・・・まずまずの成果じゃのう。 流石ワシじゃ。ワシの脳細胞はカンペキじゃ。」
アゼリクスが自分の作品達の動きを見て、満足げな笑みを漏らす。
無表情な人形達と、アゼリクスの笑み。 不気味さが一層増す光景だ。
必死で攻撃しているが、なかなか相手は倒れてくれない。 並外れた体力。
皆が一箇所に固まり始めた。 固まると言うより、囲まれてきているのだ。
圧倒的な体力の前に、セレナ達は押され始めていた。 武器もいつまで持つかわからない。
しかし、一箇所に集中する事で、最も恐れる事は他にあった。 むしろこれこそ、一番恐れるべきことだった。
「実験は終了じゃ。さて、いつまでも手下に相手をさせるのも失礼じゃろうか。」
アゼリクスは両手を胸の前で構えると、なにやら詠唱を始めた。
両手の間には、見る見るうちに大きな火の塊が形成されていった。
それは周りのエーギルを吸収し、どんどん大きくなっていく。
これは・・・あの魔法だ。 十数年前、エトルリア軍を壊滅寸前まで追い詰めた、あの魔法・・・。
「いくぞえ、ワシ自らが冥土の土産をプレゼントしてやろう。 喰らえ!」
彼は、自らの超範囲魔法メティオストリームを、一箇所に集まるセレナ達に向かって放った。
自らの作品をも巻き添えにして。
アゼリクスは魔法を撃ち終わると、手を額に当てあてて、そちらを覗き込む様に煙の上がるほうを見た。
まぁ召喚術師にも当ってしまうが、あのエーギル量なら一撃では倒れまい。
煙が収まるにつれ、彼の顔からは笑顔が消えた。 想定の範囲外のことが起きたのである。
「みんな、大丈夫?」
セレスとアリス、そしてセレナが、マジックシールドを張ったのである。
守られたほかの面子も、その障壁のお陰で無事のようだ。
超魔法で炭を通り越して灰になったのは、自分の部下だけだった。
「うぅむ、やはりナーガには魔法は通用せんか。 いやぁ、その力も実に欲しいものよ。 どうじゃ?ワシと一緒に・・・。」
「黙れ! 自分で自分の部下を殺すとはバカなヤツ! 丁度いい、ここでケリをつけてやる!」
セレナがアゼリクスににじり寄る。 しかし、彼は余裕の表情を崩さない。
「ふぉふぉふぉ、威勢の良い譲ちゃんじゃ。 無駄じゃよ、お前さんにこのワシは倒せまいよ。」
アゼリクスに近づくや否や、何処からともなく先程の部下達が現れた。
どうやら、アゼリクスが部下を転移の術で召喚しているようだった。
「くそっ・・・。」
相手はいくらでも命を犠牲に出来る。 こちらは消耗するだけ。 明らかに不利な戦いだ。
「さぁ、どうする。 ワシも戦いたくないのじゃ。 ワシに従うことを誓えば、助けてやるぞえ。」
「断る!」
「やれやれ、なら力ずくでいくぞい!」
アゼリクスが攻撃の合図をしようとしたその時だった。 後ろから手槍が飛んできて、彼のローブをかすめた。
「セレナ! ここは我々が引き受ける! お前達は早くアルヴァネスカへ行くのだ!」
「あ、あんたは!」
そこにいたのはミレディ達だった。 ミレディは部下に指図して、アゼリクスの配下を攻撃しだす。
「アルヴァネスカ?」
「そうだ! その竜の門を抜け、早く行くのだ! アルヴァネスカ大陸へ!」
「で、でもあんたたちが・・・。」
自分達を心配するセレナに、ミレディは憤りを覚えた。
「そんな事はどうでも良い! 早く行け、この機を逃すな!」
ミレディは顔をアゼリクスのほうへ向けると、今度は彼に向かって言い放った。
「アゼリクス! 貴殿はこの私がお相手する!」
「ふん! お前のような劣悪種など、相手にしてもあくびが出るわい! クリスなら面白かったのじゃがのぉ。」
聞き覚えのある名前に、竜の門をくぐろうとしていたクラウドが振り返った。
「クリス・・・? 俺の・・・母さんの名前?!」
「クラウド! 何をしているんですか!」
セレスに背中を押され、クラウドは疑問を払拭できないまま、エレブ大陸を後にした。
セレナ一行は、竜の門の中に消えた。 それを見て、アゼリクスが舌打ちをする。
「ち・・・。 まぁよい。まずはお前達から始末してくれるわい。 ワシは世界の覇者になる者。お前達には邪魔はさせん。」


110: 第三十四章:光の王子:06/04/03 19:21 ID:E1USl4sQ
セレナは必死に前に行こうとする。 しかし、一行に前に進める気がしない。
・・・何と門の中には床がなかったのである。
体がどんどん落ち続ける。奈落のそこまで落ちていってしまいそうな勢いだ。
あわわ・・・あたしはどーなっちゃうの? もしかしてこのまま床に叩きつけられて・・・。
そのうち強烈な光と衝撃が何処からともなく襲ってきて、セレナは意識が遠のいていった。

・・・目が覚めると、そこはどこか建物の中だった。
「あたし達は・・・生きてるんだ。」
「うん、もう死ぬかと思ったよ。」
双子はお互いの顔を見て、無事を確認しあう。
他の面子の姿は確認できないが、無事のようだ。 しっかりエーギルを感じる。
セレナがほっと胸を撫で下ろすと、突然したから苦しそうな声がした。
「・・・きれいなお譲ちゃんよぉ・・・そろそろ俺の上からどいてくれないか?」
二人は驚いて下を見る。 下には知らない男が倒れていた。
倒れていたと言うより、自分達が上に圧し掛かっていたというほうが正しかった。
「うわ、ごめんなさい!」
すぐにその場を退く二人。 声の主は、ようやく背の重荷から開放されて、立ち上がって服についた埃を払った。
「あぁ、重かった。」
「な、なんですってぇ! 女の子に重いってどういうことよ!」
激怒するセレナを屈強な男達が取り囲んだ。 そして、数名の司祭が先程の男の元へ飛んでくる。
「カイザック王子! お怪我はございませんか?!」
「あぁ、なんともねぇよ。」
王子? よく見ると、さっき踏んづけていた男は結構身分の高そうな格好をしていた。
こんな王子はエレブでは見た事は無い。 もしかすると本当に自分達はもう一つの大陸へ来たのかもしれなかった。
しかし、そんなことを考えている暇はないようだ。
取り囲んでいた兵士達が自分達の腕を掴んで身動きが取れないように拘束したのである。
「おのれ無礼者共め! ハスタール王国の正当なる後継者、カイザック様になんたることを!」
後ろから、司祭の中でも一番煌びやかな服装をした中年の男性が怒鳴り声を上げた。
どうやら自分達は大変失礼な事を、別大陸に来て早々犯してしまったようである。 いきなりのピンチだ。
しかしこんなところでいきなり捕まっては、せっかく来た意味がない。
「ねぇ、ここって、エレブ大陸と対を成すその・・・何とか大陸?」
「えぇい、黙れ、黙れ! この場で処刑してくれるわ!」
セレナの質問を無視して、兵士達はセレナの背中を前へ折り、腕を後ろへ引っ張る。
そして、他の兵士が剣を抜き、首にそれを当てた。 これにはさすがのセレナも血の気が引いてしまう。
だが、処刑は行われなかった。 エレブという言葉に一人だけ敏感に反応したものがいたのである。 カイザックだ。
「待てよ、教皇。 お前・・・エレブ大陸から来たのか?」
「そ、そうだよ!」
カイザックはやはり、と言う顔をした後、少し苦い顔をしながら教皇に命令した。
「おい、そいつらを解放してやれ。」
「し、しかし・・・。」
「てめぇはオレ様の言う事が聞けねぇのか? 開放しろっつったら開放しろ。」
「は、はは。 ・・・仰せのままに。」
教皇は兵士に命じて、セレナ達を解放した。
「あ、ありがとう。」
セレナがお礼を言うと、カイザックは教皇に対していた時の怖い顔から一変、ニヤニヤしながら答えた。
「まぁいいってことよ。 カワイ子ちゃんをそう簡単に殺したら勿体ねぇからな。
だが、お前らにはちょっと用事がある。 至高の刻になったら城へ来い。」
そこまで聞くと、カイザック指示の兵士達によってセレナ達は建物の外へつまみ出されてしまった。
外の光景は全く見たことが無い。 見渡すと、向こうに城が見え、その周りには家々が・・・。
ここはどこかの城下町のようだった。 そして、ここは町外れの、町を一望できる丘に建てられた神殿のようだった。
セレナ達はここにたどり着いたのだった。


111: 第三十四章:光の王子:06/04/03 19:21 ID:E1USl4sQ
「いたたた・・・もう少し優しく外へ出してよね!」
「・・・殺されなかっただけでもマシですよ。 ここはあの王子に感謝しておきましょう。」
セレスが胸を撫で下ろした。 本当にあそこで殺されてしまうかと思ってビクビクしていたのである。
「でも、本当に私達、違う大陸に来ちゃったのかなぁ・・・。」
シーナが今でも信じられないと言った感じであたりをきょろきょろ見回す。 まるでおのぼりさんである。
その疑問は、聞いたことの無い声でによって解決することになる。
「そう。 察しの通り、ここはアルヴァネスカ大陸のハスタール王国。 我らが竜の国だ。」
一行が焦って声のした方向を向く。 そこには、氷銀色の髪をした男が立っていた。
その瞳は真っ直ぐこちらを見据えている。 一般市民というような物腰ではなかった。
「お前がセレナだな?」
「人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るべきではないですか?」
セレスが呆れたようなジェスチャーをしながら言い返す。
相手はこちらを知っている。こちらの大陸へ来てまだ10分程度しか経っていないのに。 あからさまに怪しい。
しかし、男はそれを無視してセレナに近づく。
「・・・やはり面影はあるな。 お前があいつの・・・そして、姉上の・・・。」
意味不明な言葉を発するその男を、それ以上セレナに近づけないよう、アレンとクラウドが間に入る。
それに気付いたその男は、一旦後ろに引く。 そして強い口調で言い放った。
「貴様達のお陰で、世界は滅びつつある。 これ以上の無駄な行動は慎む事だな!」
「何だと!? あたし達は誰もが平和に生きる事ができる世界を作ろうとしてるんだ!」
セレナも感情を感情で返す。 自分達の理想を無駄であると言う。 そんな彼についカッとなってしまった。
その男も拳を前に出し、睨みつけながら言い返す。
「黙れ! 何が平和だ、何が生きる事ができるだ!
貴様らのやっている事は、貴様らの考えと全く正反対の事の成就に手を貸しているに過ぎん!
現に神将器を全て奪われただろう。 貴様らのせいで、我々の計画がどれほどに狂わされたことか。
もう一度警告する。 無駄な行動は慎め。」
そこへ、後ろからどこかで聞いたことのある声がした。
「リーダー。 只今帰還いたしました。」
「ご苦労だった。」
男はその声の主にねぎらいの声をかけている。
それは、先程竜の門で自分達を助けてくれたあの竜騎士、ミレディだった。
「あ、あんたは! 無事だったのか。」
「私もかつては一国の守備隊長に就いていた身。 簡単には死なぬ。」
セレナは今のうちに、彼らが何をしようとしている組織なのか聞いておこうと思った。
今まで散々、行く先々に現れて、奇妙な行動をとっていたこの集団。
ベルンを倒す為に組織されているといわれても、それが具体的になにをしようとしているのかは知らなかった。
一応同じことを成し遂げようとしているのだ。 聞いておいても損はない。
「あんたが、この竜騎士の組している組織の・・・リーダー?」
「そうだ。 そして、『アルカディア』はベルン・・・いや、ハーフの暴挙を止める為に組織された集団だ。」
自分より少し年上であるように見え、若い容姿のその男はかなり落ち着いている。
性格だけではない。 その醸し出す雰囲気も、どこか落ち着きよりも冷たさを感じる。
「私達と同じ目的なのか・・・。」
シーナに自分達を彼女らと同一視されたその男は、烈火のごとく怒った。
「同じだと? ベルンによる邪神復活の手助けをする様な真似をする、貴様ら英雄気取りと一緒にするな。」
「邪神復活? どういうことだよ。」
クラウドが物怖じせず言い返す。 自分達には全く身に覚えのないことだった。
自分達がベルンの手助けをしている・・・? 思い出した。
「神将器のことか?」
「ああ。 お前達が封印の剣開放の為にせっせと集めた神将器が、今やベルンの手にある。 もう邪神復活は時間の問題だ。」


112: 手強い名無しさん:06/04/03 19:22 ID:E1USl4sQ
「どういうこと? 教えて、あたし達も知りたいんだ。」
男はセレナの顔に何かを見出したのか、重い口を開いた。
動き出した歯車。 開かれた運命の扉。 それを開いてしまったセレナ達へ、重い運命を告げる。
「ベルンは、かつてナーガによって封印された邪神を復活させようとしている。」
「何故?」
「誰もが差別されない、平等な世界を作る為だ。」
メリアレーゼも確かそのようなことを言っていた。
そして、ナーガに封じられし邪神・・・どこかの書物で見たことがセレスにはあった。
暗黒神ロキ・・・全てを闇に覆い、絶望と憎悪に心を染めたもののみを臣民として認め、その他は排除する。
恐るべき暗黒神。 そう、書物には記されていた。 しかし、その書物と言うのは神話集であったのを覚えていた。
「神話に出てくる神を復活させる? 馬鹿馬鹿しい事を言わないでください。
そんな空想上の神を復活させる事なんかできるわけ無いじゃないですか。 あくまでも空想であって、実在するわけではないのに。」
「そう思うのなら、大人しく国へ帰ることだな。 これ以上話しても無駄だ。」
「なぁ、邪神を復活させると、どうして差別の無い、平等な世界になるんだ?」
男はセレナの質問を背中で聞き、背を向けたままで突き放す。
「お前の頭は飾りか? こんな自分で考えようともしないヤツが姉上の・・・。到底信じられん。」
自分達を蔑むような発言を繰り返すこの男に、セレナも苛立ちを隠せない。
だが、事実でもある。反論のしようも無い。
「・・・絶対唯一神の下に支配され、神の下では皆臣民という立場で平等になる・・・ということか。」
レオンがここに来て初めて口を開いた。 彼には疑問だった。
何故ナーティが、自分の仲間を見殺しにするようなことに加担してまで、神将器回収をしていたのか。
結局、メリアレーゼにとっては、五大牙も駒に過ぎなかったのである。 仲間と言う意識ではなかった。
どの道、暗黒神の下に支配されるのだから、神将器のほうが五大牙や領土より大切だったのだろう。
「そういうことだ。 そして、邪神復活には、神将器の力と、それを呼び出すカギ、ファイアーエムブレムが必要だった。」
「ファイアーエムブレムは、封印の剣を封印しているカギじゃなかったの?」
セレナにとってはどれもいきなりな話で全てを飲み込む事は出来ずにいた。
一気に色々な情報が目の前に提示され、混乱しかける。 行動は得意でも考える事は苦手だ。
そんなセレナとは対照的に、シーナは大切なところを逃していなかった。
「ふむ・・・。 そうだ。ファイアーエムブレムは、封印の剣の封印を解くカギでもある。
だが、あの剣も元々はナーガの力を用いて作った剣。 ナーガによる封印を解くと言う事で見れば
封印の剣も、ロキも変わらぬ。」
男の説明に、ミレディが付け加える。
「ファイアーエムブレムは元々ベルン王家に代々伝わる至宝で、ギネヴィア様が持っておられた。」
その目はかつてのギネヴィアを思い出すかのような眼差しだった。
それを察したのか、男が見てミレディに換わって続けた。
「我々がお前達の邪魔をしていたのは、そこの召喚術師消してしまえば、お前達が神将器を手に入れることが出来なくなるからだ。」
しかし、ミレディもすぐに我に返った。いつまでも後ろを見ていられない。
自分を守って死んでいった、恋人や弟、そして主の為にも、これからを見据えていかなければ。
「だが、神将器はお前達がせっせと集めて、のこのことベルンへ持っていった。
奴らにとってはカモがネギを背負ってやってきた、と言った所だったのだろう。 ベルンに入っても攻撃されなかったのはその為だ。」
「・・・。」
セレナは何もいえなくなってしまう。 自分達が良かれと思ってしたことが、実は相手の術中にはまっていたとは。
自分達は最初から謀られていたのだ。 自分達の実力で、平和を勝ち得たわけではなったのだ。
「邪神復活のための準備は整ってしまった。
しかし、まだ手立てはある。 邪神復活を阻止する為に必要なもの。 それが分かったのだからな。」
男はそういいながら、ミレディに合図する。


113: 手強い名無しさん:06/04/03 19:22 ID:E1USl4sQ
その合図を見た彼女は指笛で更に何かに合図する。 その合図で出てきたのは
大勢のアルカディア配下の兵士達だった。 完全に包囲されている。 その包囲網の外から男が叫ぶ。
「我々に必要なのはセレナ、貴様だ。 貴様が大人しく我々に従えば、邪神復活は阻止できる。」
「あたし・・・? 何故あたし?」
「貴様が知る必要は無い。 セレナを捕らえろ!」
クラウドやレオンが武器を取って、セレナと男の間に立つ。
「ふざけろ! セレナは渡さねぇからな!」
互いのにらみ合いが続く。しかし、その異様な均衡はまたあの王子によって破られた。
「あぁん? お前ら、まだこんなところをうろついていやがったのか。 これだからおのぼりさんは困るぜ。」
おのぼりさんと言う言葉に、クラウドが即反応した。
「誰がおのぼりさんだ!」
「おめぇだよ。 お・ま・え!」
「こ、このやろう・・・。」
カイザックににじり寄るクラウドは、例によってまた教皇達によって取り押さえられる。
「おのれ! 一度ならずに二度までも無礼な真似を! 今度こそ許さん!」
「教皇・・・。 放っておけっつーの。」
王子を見るや否や、氷銀色の髪の男はマントを翻し、背中を向けた。
「ち、今回は一旦退く。 しかしセレナ。 今度会う時は必ずや貴様を貰い受ける。
覚えておけ。 貴様達のやっている事は無駄どころか、マイナスにしか作用しない。
我々の計画を邪魔するな。 ・・・ミレディ、後は任せたぞ。」
「は、ニルス様仰せのままに。」
男はミレディの返事を聞き届けると、その場から風のように消えてしまった。
王子もまた、セレナに向かってウィンクをしながら、大勢の兵士や司祭に囲まれながら城下町へと帰っていった。
「なんだよあいつ! 偉そうなやつだ!」
「兄ちゃん・・・ホントに偉いんだよ、あの人。」
「カイザック王子かぁ・・・結構カッコ良かったね!」
「・・・ふぅ。」
兄や姉の反応に、シーナはため息をついた。 しかし、あの男の言葉が妙に気にかかった。
「あの人の言ってた事、当ってて胸が痛かったよ。」
「でもさ、あたし達だって頑張ってるのに。 無駄って事は無いよ!」
「そうだそうだ! ホントにエラソぶったヤツだ。」
未だに興奮し、話がかみ合わないクラウドを無視して、レオンがセレナの肩にポンと手を置く。
「確かに俺達も自分たちを信じて努力している。
しかし、何か見落としているのかもしれないし、まだ大事な事を知らないのかもしれない。」
アレンも騒ぐクラウドを拳骨で沈めながら、その会話に口を入れた。
「その通りだ。 我々は他の者の意見に耳を塞いではならない。
現に我々は失敗を犯している。 それはあの者の言うとおりだ。 あいつを探し出し、詳細を聞き出さねば。」
父親に殴られて、ようやく落ち着いたクラウドが頭をさする。
「いてて・・・。 でもよ、右も左も分からないのに、どうやって探すんだよ。」
「まずは城下町に行って見ない? カイザック王子も、後で城に来いと言っていたし。
至高の刻までまだ時間があるわ。暫く城下町を見て回りましょう? セレナ、遠足ではないからね?」
アリスがセレナの頭を撫でながら、城下町のほうを指差す。
それにセレナも顔中の笑顔で返す。その顔に迷いは無い。
自信を持って行動する事と、他人の言葉に耳を塞ぐ事は違う。 セレナにはそれが分かりつつあった。
「うん! 行こうぜ! あー、どんなところかなぁ。 早く見てぇ!」
「セレナ・・・もう少し女の子らしい言葉遣いをそろそろしてくれ・・・。」
姉を引っ張って走っていくセレナ。
それを追い、アレンがぼやきながら、神殿の建っている丘を降りていく。
こうして一行は、もう一つの大陸、アルヴァネスカでの活動を開始する事になった。


114: 手強い名無しさん:06/04/03 19:23 ID:E1USl4sQ
竜の国というだけあって、建物のスケールは大きい・・・というわけではなかった。
どの家々もエレブのそれと殆ど変わらない。
そして、街の中は多くの噴水をはじめとし、豊富な水をえている。
美しく、白を基調とした景観と合わさって、街は神秘的でかつ清楚であった。
だが、神殿らしきものは多く、その彫刻、装飾は非常に美しい。
その芸術や建築技術のレベルの高さは、もしかするとエレブよりはるかに上かもしれない。
店を覗いてみる。 セレスが珍しく、目を爛々とさせて店の品を物色する。
エルウインドにブリザー、ボルガノン・・・竜の国だけあって、魔法に関するものが豊富にある。
「見てください。 こんな魔道書、エレブでは見た事がないですよ。これも、あれも・・・うわぁ・・・興味深い!」
魔道書も、大陸間のレベルの違いが明らかだった。 こちらのほうが技術は進んでいる事は言うまでもない。
「うぅむ、エレブでは闇に属しているリザイアが、こちらでは光に・・・?
相反する属性に分類されているとは実に興味深い! これは学会で魔法類型の纏め直しを提唱しなければ・・・。」
クラウドとレオンは、いつも大人しいセレスの言動に、あっけにとられていた。
「あいつ・・・あー言うの見るといっつもあーなるよな・・・。」
「あぁ。 セレスはパント様の孫にして弟子だからな。 魔道関係になると目が無いのはなんとなくわかるんだが・・・。」
レオンはこの後に来る出来事を予想するかのように身構える。
「レオン! この前教えた、エレブの魔法体系について説明してみてください。」
「ほら来た。 クラウド、後は頼んだ!」
セレナ達のいるほうへ逃げ出すレオン。
「あ! ずるいぞお前!」
残されたクラウドも答えられるわけも無く、説教を喰らうハメに。 魔法のことになると人が変わる。
「全く、この前アレだけ細かく教えたのに。 あなたの頭の中は空っぽなんですか?」
「うっせぇ! 俺には魔法は使えないんだ。 なのになんで魔法の勉強なんかしなきゃなんねーんだよ。」
「魔法を知れば、その対応が楽になります。 知識は身を助けるんですよ!」

セレナ達は武器を見ていた。 こちらの大陸のほうがいい武器を置いている。
武器の質もさることながら、魔力をこめて作った強力な武器を置いている。 この大陸の技術力はどれほど高いのだろうか。
しかし、武器のレベルが高いと言う事は、決していいことではなかった。
結局武器は、人を殺める為の道具だ。 それのレベルが高いと言う事は、争いが多いということだった。
こうした精錬技術などの世界の産業を促進を促すのは、皮肉にも戦争による技術革新が大きな割合を占めていた。
その争いが何を意味しているか、彼女らにはすぐ分かった。
店の外は城下町の中央広場で、多くの人が行き交い、ゆったりとした時間を送っている。
セレナには分かった。 このエーギルの流れは・・・みな自分と同じ・・・竜族だ。人間やハーフの波動は感じない。
本当にここは竜の国なんだ。 膨大な時間の中をゆっくり歩む彼ら。
その言動には、誰からも落ち着いた印象を感じる。
この人たちは、もう何百年と生きているのだ。 時への価値観の違いは、その行動や話し方からも分かる。
人間が膨大と感じる、自らの一生分の時間。 それすらも竜族にとっては僅かな時間でしかない。
セレナも竜石を持っていれば、彼らと同じ時の歩みをしていた。
彼らがどんな風に考えて毎日生活しているのか、セレナには想像もできなかった。
毎日が希望に溢れていれば、それを長く享受できる事は幸せな事だ。
しかし、もし毎日に絶望していたら・・・考えただけでもゾッとした。
途方も無く長い時間、絶望に苛まれる・・・そんなのは嫌だ・・・。
ふと、広場の中心を見ると、どこかで見たような顔をした像が建っていた。
セレナがその像に近づいてまじまじと見てみる。 ・・・誰だったかなぁ、コイツ。
「おや、嬢ちゃん、カイザック王子の像に挨拶かい? 偉いねぇ。」
後ろを振り返ると老婆が立っていた。 あぁ、そうそうカイザックとか言うあの王子様だ。
「うぅん、別にそう言う訳じゃないよ。 この人誰なのかなぁって思って。」


115: 手強い名無しさん:06/04/03 19:23 ID:E1USl4sQ
「おや、竜族なのにカイザック王子を知らないなんて、変わった子ね。 カイザック王子は私らの期待の星なのに。」
その老婆はカイザック王子の像の前で拝みながらそう漏らす。
期待の星・・・? あまり王子とは見えないようなヤツだったけど・・・。
「ねぇねぇ、カイザック王子ってどんな人なの?」
「あのお方はナーガ王家の血を直系で受け継ぐ、ハスタール王国の正当なる後継者なのじゃ。」
「へぇ。・・・てナーガって!」
「そうじゃ。 我らが聖王ナーガの子孫じゃ。 今は頼りないが、きっと将来賢王になってくれると信じておる。」
「なーんだ、やっぱ頼りないのか。」
セレナがついを滑らしてしまった。 見た目どおりだなと思ったのだ。しかし
「こりゃ! カイザック様を侮辱するのは例え同族でも許さんぞえ!」
セレナは老婆に杖で頭を叩かれてしまう。 ・・・自分で言ったんじゃんか・・・。
しかし、平和に見えるこの国で、何故そこまで縋らなければならないのだろうか。 セレナには分からなかった。
「ねぇ、何故そんなに期待しているの?」
「ハーフがこの頃もう一つの大陸に侵略をかけてね。 いつ私らの国も攻め込まれるか分からないから。
でも、カイザック様は神のお告げを聞くことができる不思議な力を持っているの。
だから、それできっと私らを守ってくれる、そう信じているのよ。」
「へぇ、同じナーガの力でも、あたしにはそんな力ないよ。」
「何だって? ナーガの力?」
「あ! いや、なんでもないです。」
セレナは焦って否定する。 ついつい口が滑る。 よく無い癖だ。
「そうかい。 でもね、カイザック様の神のお告げが当ったためしが無いんだよ。 それが困り者でね。
この頃じゃ誰も信じなくなってるけど、私は信じてるよ。 この頃物騒だからね。」
「ふーん・・・。」
「元はと言えば人間族のせいさ。 あいつらが好き勝手やるから、こうなったんだよ。こっちは堪んないよ。」
「・・・本当に、人間だけのせいなのかな。」
「何か言ったかい?」
「いいえ、なんでも、ありがとうお婆ちゃん。」
セレナは急いで走り去った。 この大陸は、エレブよりもっと種族間の溝が大きそうだった。
竜族は人間が嫌いで、人間はハーフが嫌いで、ハーフはどっちも嫌い・・・。
考えているだけで悲しくなってきた。 どうして皆仲良く出来ないのか。
しかし、セレナ達はまだ知らなかった。 人間達のあまりにも酷い仕打ちを。

至高の刻が近づき、夕焼け色に暮れて来た。
一行は約束どおり王子と面会すべく、ハスタール城へと向かう。
やはり、街と同様綺麗な白を基調とした鉱石造りの美しい城だ。
それが夕日に映えて何とも荘厳な雰囲気を醸し出している。
「何? 王子と面会したいだと? こんな夕暮れ時に何を言っている。 ダメだ、帰れ。」
なんと心外な事に、門兵に追い返されてしまった。
王子自ら来いと言っていた旨を伝えるが、信用してもらえなかった。
「ちょっと・・・どうしろっていうのよ。」
城の外壁の周りをうろつく一行。 しかし、こういう時だけは、セレナも頭の回転がいい。
何かピンと来たのか。 彼女は城のお堀に目をやった。
「この堀の水路・・・城内に続いているね。」
姉の目を見てシーナは嫌な予感がした。 姉は素直で思った事はすぐ目に出てくる。
だから隠し事はヘタだった。 今回もまた何か妙な事を企んでいる。
「姉ちゃん・・・まさか。」
「この際手段は選んでられないよ。 ここを通って城内に侵入する。 皆は待ってて。 あたしとシーナで行って来る。」
「えぇ!? 私も??」
「当然でしょ。 妹なんだから。」
どうにも納得の出来ない理屈を振りかざされるも、今はケンカをしている時間も無い。
この場は大人しく姉に従っておくことにするシーナ。


116: 手強い名無しさん:06/04/03 19:23 ID:E1USl4sQ
「でも、王子のいる場所も分からないのに侵入するなんて無謀すぎます。 失敗すれば捕まってどうなるか。」
セレスが何時もの慎重論でセレナを引きとめようとする。
他にも何か作戦は無いか。 それを考えてからでも遅くは・・・日が暮れ始めている。
「どの道あたし達には、何処へ行けばいいかなんか分からないんだ。
王子にあって色々聞きださなきゃ、話は進展しないんだよ。 失敗した時は失敗した時考えればいい!」
「ちょっと、それはいくらなんでも・・・」
セレスが最後まで言い終わらないうちに、セレナは服を皮の鞄にしまって、きつく口を閉めた。
妹も男共に離れるように言ってから服を脱ぐと、堀の中に入っていった。
「二人とも・・・大丈夫かしら。」
「大丈夫、きっとあの二人ならうまく行きます。」
アリスの心配を即座にアレンが払拭する。あの二人ならきっとうまくやってくれる。
今までもそうやってベルンの拠点を潰してきた。
「それにしてもセレナのヤツ、ぺったんこだよなぁ・・・。」
心配するアリスたちをよそに、またクラウドが妙な事を言い出した。
周りが呆れたのはいうまでも無い。 アレンは怒りを通り越して情けなくなっていた。
「お前と言うヤツは・・・!」
「ど、何処見てるんですか! ぼ、僕は見てませんからね?」
「・・・下らん。」
「クラウド・・・最低よ。」
皆から白い目で見られて、クラウドもさすがに小さくなってしまった。
緊張した雰囲気を和らげようと彼なりに頑張ったのだが、やはり無理があったようだ。
「う、そんな目で見るなよぉ。 言ってみただけじゃないかよ。」
セレナ、シーナ、しっかりやれよ。 本当は俺も行ってやりたいが、鈍い俺じゃ足手まといだろう。
妹に盗賊みたいな真似をさせなきゃいけないなんて、俺は結局何もできねぇんだなぁ。
きっと無事に帰ってくるんだぞ。 事の成敗より、お前達自身のほうが心配だ・・・。
クラウドはもう向こうまで泳いで行ってしまって見えない妹達の身を案じた。

堀を水の流れに乗って進んでいくと、城門のところで堀と水路に分かれていた。
水路はそのまま城門の下を通って中に通じているようである。 セレナ達は水の中に潜り気付かれないようにする。
幸い夕焼け時で暗いせいか、気付かれなかった。 第一関門突破。
水路はそのまま城門から城の入り口まで続くメインロードの脇を流れ、そのまま中庭に続いていく。
セレナ達は中庭の誰も居ない茂み付近で水路から抜け出した。
二人は濡れた体をロクに拭きもしないで急いで服を着る。 幼い頃から見ている互いの体。
恥ずかしさなんて無かった。
「いいなぁ、シーナは。」
「何がよ。」
「いや、別に。 大は小を兼ねるって言うからさ。」
「??」
「さ、行こう。 こんなところでぐずぐずしてたら、いつ見張りの兵士が来るかわから無いよ。」
シーナは姉の言ったことわざの意味を理解できないまま、姉の後ろについていく。
盗賊さながらの潜入術だ。 いくら西方でのびのび育ったとは言え・・・姉ちゃん、一歩間違ってたら盗賊になってたね・・・。
日も暮れようとする時間ではあるが、今も兵士は多く巡回している。
中庭のよく剪定された庭園に隠れながら、少しずつどこかに城内へと潜入できる入り口が無いか探す。
兵士に見つかってしまえば即刻捕らえられてしまう。
しかし、セレナもシーナも隠れる事には慣れていた。
西方で幼い頃からかくれんぼなどで鍛えた・・・事もあるが、今までも何度も潜入をしていたからだ。
そのまま中庭を道順に進んでいくと、そこは行き止まりになっていた。
その行き止まりは、一面花畑になっていて、その中央には何かの銅像が立っている。
そして、その銅像の足元に・・・誰かいる!
セレナ達は焦って物陰に隠れた。 しかし、相手はこちらに気付いているのだろうか。
こちらに向かって何か手でジェスチャーをしている。 ・・・手招きしているのだ。
セレナ達は疑心を抱きながらも、自分達を手招きする者の方へ歩んで行った。


117: 手強い名無しさん:06/04/03 19:24 ID:E1USl4sQ
「よぉ! 遅かったな。 待ちくたびれたぜ。」
セレナ達を待ち受けていたのは、自分達を城に呼んだ本人、カイザックだった。
カイザックはセレナ達だと確認すると、ニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。
「どういうことよ! アンタが来いって行ったのに。 何で門番は入れてくれないのよ!」
「オレ様は入れてやれって言ったんだけどな。 皆オレ様の言う事なんか信じねぇからナァ・・・。 あはは。」
怒るセレナに、カイザックは笑いながら言い訳する。
カイザックの目は、嬉しそうな、それでいて悲しそうな不思議な感じだった。
「でも、よく私たちがここに来るって分かったね。」
シーナを見るや否や、カイザックは百万ゴールドの笑顔で笑いかけた。
「おぉ、美しい。 君、名前は?」
「え?ホント? 私はシーナ・・・って! 何言わせているのよ!」
「うーん、ナーガの旦那も罪なお方だぜ。 こんなカワイ子ちゃんが来るなんて言わなかったもんな。
そうと分かっていれば、城の外でお出迎えしたのに。」
シーナのほうを見ながらそう言うカイザックを、セレナが指で突っついた。
「ねぇ、アンタ。 こっちはどうでもいいわけ?」
「あ? ヤロウには用はねぇよ。」
「や、ヤロウですってぇ!? あたしは女だぞ! 正真正銘の女! エレブ一の美少女よ!」
激怒するセレナを見て、シーナは笑いを堪え切れなかった。 何処に行っても男と間違えられている。
女だといわれて、カイザックはもう一度セレナをまじまじと見る。
「おぉ、確かに。 顔立ちが整い過ぎていて分からなかったぜ。 うーん・・・美しい、どう今度、お茶でも。
(流石に胸元見ても気付かなかったとは言えねぇよな。 性格も女とは思えねぇし。)」
「・・・アンタが信用されない理由、何となく分かったよ。」
セレナは泣きたくなった。 こいつはとりあえず女の形をしていれば、誰にでもナンパをするようである。
そんな奴にすら、自分は女に見られなかった。 エレブ一の美少女が・・・。
「うひゃひゃ・・・まぁそう言うなって。 ここじゃいつ兵士が来るか分からねぇし、オレ様の部屋に行こうぜ。
お前達はそこの通気口を通って来いよ。 先に行って、オレ様の部屋のところに目印置いておいてやるから。」
カイザックはそのまま走り去って行った。
セレナが言われたほうを見ると、そこには人が一人這って通れる位の小さな穴があった。
「あいつ・・・あたし達はドロボーじゃないんだぞ・・・。 行くよ、シーナ。 ・・・シーナ?」
「あぁ・・・カイザック王子って結構カッコイイね・・・。」
「・・・。」
シーナはカイザックが走り去っていった方向を見て、自分の世界に入り込んでいる。
セレナはそんな妹の首根っこを掴んで引っ張っていく。 自分を男呼ばわりするヤツなんかの何処がカッコイイのよ!
まったく、世の中の男共の目は腐っているんだわ! ぷんぷん。
その怒りを妹の首にこめながら、セレナは通気口の中に妹を押し込んだ。
「まったく、あんなナンパヤロウ、用が済んだら斬り刻んでやる!」
二人は狭く、そしてホコリ臭い通気口をひたすら匍匐前進していく。
カイザックの用意してくれているはずの目印を目指して。
暫く進んでいくと、通気口を覆う網が外れ、ロウソクがおいてある場所があるのを見つけた。
きっとあれが、カイザックの部屋だ。 腕が疲れてきたが、それを見つけると俄然力が沸いてきた。
残りの道のりを一気に進み、通気口から飛び降りると、部屋の中に着地した。
二人は水路から上がった際、よく体を拭かなかったせいか、通気口に溜まっていたほこりを皆体に吸いつけてしまっていた。
「うわぁ・・・お前ら・・・雑巾みたいだな。」
「!? う、うわっ。 あ、アンタのせいじゃない!」
「まぁそう言うなって。 これしか方法はなかったんだからよ。
あーあ、シーナちゃん、せっかくの美しさが台無しだ。 さぁ、これで顔を拭きなよ。」
シーナにカイザックが絹のハンカチーフを渡す。


118: 手強い名無しさん:06/04/03 19:25 ID:E1USl4sQ
シーナは完全にカイザックのペース(ナンパ術)にはまっている様だった。
「・・・どこまでもアンタってムカつく。 あたしはどうでもいいのか・・・。」
「お前もシーナちゃんが使い終わったら貸してやるよ。」
「・・・。」
二人が体を拭き終わると、カイザックは本題を切り出した。
「それにしても・・・マジで来ちまったのか。」
「マジで来ちまったって・・・アンタが呼んだんでしょ?!」
カイザックは興奮するセレナを抑える。
「そうじゃねぇよ。 ナーガの旦那のお告げ通り、お前らがエレブから来ちまったって事よ。」
セレナは思い出した。
そういえば、街で老婆が言っていたっけ。 カイザック王子は予知夢を見ることが出来るって。
だけど、言う事が当ったためしが無いから皆信用していない、と。
「え! カイザック様って未来を見通せるの? 凄いじゃない!」
シーナがカイザックを持ち上げる。 しかし、持ち上げられたほうのカイザックは渋い顔をした。
「・・・そんな良いモノじゃねーよ・・・。 こんな能力、無いほうが良いぜ。」
「何か言った?」
「いや、なーんでもないさ。 それより、頼みがある。 オレ様もお前達と一緒に同行させてくれないか?」
カイザックの意外な言葉に、二人は耳を疑った。
一国の王子が、こんな会ってすぐの自分達に同行させろという。
「なんでさ。」
「オレ様がナーガの旦那から受けたお告げを、お前達にだけは特別に教えてやる。
・・・このまま何もせずに、世界を時の流れに任せていたら、世界は滅びる、ということだ。」
「・・・。」
セレナには思い当たる節があった。
エレブで起きたハーフの暴挙、そして、昼にアルカディアの頭目から聞いた暗黒邪神の話・・・。
やはり、このままにしておけば世界を滅びしてしまう。 二人はカイザックの予知夢を信じた。
そして、自分達の知っている事を彼に告げた。 彼も先程のヘラヘラした笑顔から一変
真剣な顔でその話を聞き入る。
「・・・そうか。 やはり今回の予知夢も当っていたのか・・・。 何とかしないとな。 ・・・メンドーだな。」
カイザックの真剣な表情と繰り出される台詞のギャップに、セレナは彼の性格が分からなくなった。
「今回もって? 街の人はアンタのお告げは当ったためしが無いって言ってたよ?」
「別にいいんじゃね? 民にとっては当っていないと思われたほうが。 余計な混乱は避けたいからな。」
セレナには分からなかった。 当っていないと“思われる”?
という事は、実際にはいつも当っているという事なのか。
「ねぇ、アンタのお告げの当る度合いはどの程度のなの?」
「ん? そりゃもちろん100%だぜ? なんたってオレ様だからな。」
「凄い! カイザック様って凄いね。 でも、何で皆には当っていないように見えるのかしら。 皆の目は節穴?」
シーナはカイザックのナンパ術に心を奪われたのか、何とかカイザックを持ち上げようと必死である。
しかし、カイザックはふっと薄く笑って答えた。
「シーナちゃん。 君だけさ、オレ様を認めてくれるのは。 皆が当っていないように見えるのは
民の眼前にその災厄が現れる前に、オレ様がそれを小さいうちに取り除いているからさ。」
カイザックは今までも度々予知夢を見ていた。
しかし、それを父である国王に行っても、当然信じてもらえるはずが無い。 他の者は今しか見えないのだから。
それゆえに、彼は自分自身で事件が起こることを未然に防いでいた。
だが、カイザックがそうやって未来を変えることによって、彼の予言は外れたことになる。
そうなれば、周りからは余計にカイザックの言う事が信じてもらえなくなっていく。 うそつき狼の如く。
そして、次第に彼は誰にも理解されなくなっていった。
未来を見抜くがゆえに、現在のみに生きる者には永遠に理解されない。 彼は孤独だった。
セレナは、自分と彼がある意味似ている気がした。
世界を何とかしたいと思っているのに、多くに理解されない。
・・・いや、自分はまだマシなのかもしれない。仲間がいるのだから。


119: 手強い名無しさん:06/04/03 19:25 ID:E1USl4sQ
「さぁて、オレ様の身の上話なんかもう止そーぜ? オレ様は一応ナーガ一族の末裔だ。
この世界を正しく導く義務がある。 とかいうと、なんだかエラソーなんだけどな。
とにかくだ! 神からお告げを受け、そのお告げ通り、ナーガの使いが現われた。
神の意思、そしてオレ様の意志。 面倒だが、オレ様は世界を救いたい、救わねばならない。 だから、お前らの仲間に加えてくれ。」
セレナも最初は、この男は軽くて信用ならないと思った。
しかし、話を聞いていると、どうもそうでも無いように思えた。 話し方は軽いけど・・・。
それに、同じような境遇にいるなら・・・助けてやりたい。
「わかった。 こっちだって戦力が増えるのはありがたいことだよ。 よろしく。」
セレナがカイザックに手を差し伸べた。 カイザックがそれを見て、笑顔で彼女に近づき・・・そして通過した。
彼は、後ろにいたシーナと握手を結んだ。
「いやぁ、シーナちゃんみたいな可愛い子と旅できるなんて、オレ様って幸せ者だなぁ。」
「あ、私も王子みたいなカッコいい人とご一緒できて嬉しいです!」
「・・・あんたら・・。」
セレナは何か行き場の無い怒りを感じた。無視されたからではない。
こいつは・・・あたしを女だと思ってない! どいつもこいつもあたしを男呼ばわりして!
「・・・ちょっと二人とも、さっさと城から出ようよ。」
セレナは二人を引き離すように、また通気口に方へ歩いていく。
「待ってよ姉ちゃん。 カイザック様、王子が城からいなくなったと知れたら、大騒ぎになっちゃうんじゃないの?」
シーナがセレナのマントを引っ張って止める。 いきなりマントを引っ張られたセレナは、首が絞まって転びそうになった。
何となく妹まで、自分の扱い方がずさんな気がした。
「まぁ・・・いいんじゃねぇか? 誰もオレ様のことなんざ期待しちゃいねーよ。 口先ではうまく言っててもな。
親父も俺はほら吹きで信用出来ねぇっつって、妹に男だったらといつも漏らしてるぐらいだからな。」
「酷い・・・。」
カイザックにとって、世間の期待は鬱陶しいものでしかなかった。
その期待は、口先だけのものであるからだ。 誰にも信じてもらえない。
何故理解されないかを分かっていても、やはりそれは心苦しいもの。
彼は長い間信じてもらえないが故に、相手を真に信じられなくなってしまっていた。
彼の話に二人が沈黙していると、部屋に誰かが入ってきた。
「話は聞かせてもらいましたよ。 カイ。」
「げ! おふく・・・母上。」
「誰も自分に期待していないなんて、そんな事を言ってはなりません。
理解されるチャンスがせっかく来たのでしょう。 ・・・がんばってきなさい。」
彼女は、カイザックの唯一の理解者であった。
彼女は息子の予知夢を信じ、事件を未然に防ぐ事に積極的に協力していた。
「母上、俺が旅に出ることを許してくれるのですか?」
「貴方が危険な目にあう事は、身を切られるより辛い事です。
しかし、貴方は聖王ナーガの末裔。 世界の行く末を見定め、正しい道へと導く義務があります。」
「はい。 それこそ私が望む道。 心得ています。」
セレナは、なんとなく竜族と人間族の間にある、溝の原因がわかった気がした。
人間を見下しているように聞こえたのだ。 竜族こそが、世界を導く種族であると、そんな感じが否めない。
他の種族は、導かれる存在である、と。
「貴方が不在の間は、私が何とかします。 安心しなさい。」
「ありがとうございます。 母上。・・・というわけだ、シーナちゃん。 よろしくな。 後、お前も。」
「・・・あたしはおまけか、おまけ・・・。」
あまりにもカイザックの妹と自分への対応が違う事に泣きそうになるセレナに、彼の母親が気付き、寄ってきた。
「貴女がカイの予知夢に出てきた、ナーガの天使ですね?」
「うん、多分。 うちの母さんが、ナーガ様から力を賜ったらしいから。」


120: 手強い名無しさん:06/04/03 19:25 ID:E1USl4sQ
「そうですか。 では、私は貴女に協力しましょう。 息子をよろしくお願いしますね。」
「何故? 何故こんな秘密裏にするの?」
セレナには不思議だった。 自分達が現われただけでも、王子の予知夢が当った事は証明できたはず。
それなのに、何故秘密裏にするのだろうか。
「・・・教皇がお前達を握りつぶそうとするに決まってる。 あの人間族の強欲ジジイがな。」
カイザックが蔑みの混じった声で答えた。
彼の母も、否定はしなかった。 言い方はやんわりとしていても。
「ハスタール王・・・うちの人が愚かなのよ。」
「なんで教皇が?」
「まぁ・・・オレ様が教会に関わっているからかな。」
「??」
「お前は知らなくてもいいことよ。」
この世界の宗教は、ナーガを崇めている。
それゆえに、ナーガの末裔であるハスタール王国の王子が代々、教会のトップに君臨しているのだ。
教皇はそれを支える役に過ぎず、ナンバー2に甘んじていた。
「ここに長居は無用です。 さぁ、行きなさい。 立派に戦ってきなさい! ・・・早く行って・・・。」
「母上・・・。 よし、シーナちゃんとお前、行くぞ。」
「あたしはセレナって名前が・・・!」
カイザックは騒ぐセレナの尻を蹴って通気口に押し込んだ。
そして、もう一度母のほうを見て一礼すると、自分も通気口をくぐって行った。
「・・・あぁ、カイ。 きっと生きて帰ってくるのですよ。」
母は泣きながらも、息子の活躍と、理解される事を願ってナーガに祈る。
我らが世の万象を統帥せしナーガ神よ。 我が愛息に彼の加護を与えた給へ・・・。
その様子を、窓の外にある木の上から見つめる鋭い視線があった。
その視線は、王子が部屋を出たことを確認すると、さっと姿を消す。
そして、月に照らされる夜空に翼をはためかせ、北の空へと消えていった。
何か大きな陰謀が、ここでもまた大きな渦を巻いてセレナ達を飲み込もうとしていた。


121: 第三十五章:ベルン三翼:06/04/03 19:26 ID:E1USl4sQ
「うひゃひゃ。 さぁて、シーナちゃん。 早速オレ様とシーナちゃんの最初の冒険の始まりってわけだ。」
通気口を出て、中庭に戻ったカイザック一行。 通気口から出ようとするシーナに、彼は手を差し伸べた。
「はい、何かわくわくします〜。」
「うーん、いい反応。 おい、お前もさっさと出ろよ。」
彼は手をシーナには優しく差し伸べたが、セレナは手をぐいぐい引っ張って通気口から引っ張り出した。
「うるさいわね! この尻軽男!」
カイザックはシーナの手をとり、セレナを無視して歩いていく。 何だあのナンパ野郎は・・・。
何であたしにはナンパしないのよ! 何この妹との待遇の違い! ムカツク・・・。
隙があったら斬り刻んでやる・・・。
カイザックはセレナの様子を見て笑いながら庭の隅へと移動する。 彼はセレナで遊んでいるようだった。
「よーし、オレ様が秘密の抜け道を教えてやろう。」
彼は隅まで移動すると、地面を覆っている鉄製の板をどかす。
セレナには大体見当がついた。 この光景は前にも経験した事がある。 間違いない。
「・・・あんた・・・王子ともあろう人間の隠し通路が、下水道なの?」
「しょーがねーだろ。 嫌ならお前は、また水路を泳いで帰れよ。 シーナちゃん、足元気をつけて。」
渋々彼の後を付いて行く。 もうちょっとあたしにも優しく接しなさいよ。
どうしてあたしは、何度も何度もこそ泥みたいな真似をしなくちゃならないんだ・・・。
出口まで到着すると、カイザックはまず自分が出て外の様子を確かめる。
誰もいないことを確認すると、彼は下にいたセレナに声をかけた。
「よし、出ていいぜ。」
「しっかし、よくこんな抜け道思い立ったね。」
「門限が厳しいからな。 城下町に夜遊びしに行く時によく使ってたんだ。」
「・・・あんたって王子って気がしないよ。」
「お前も女って気がしないけどな。」
「な!」
シーナは笑ってしまった。 この二人、ケンカばかりしているように見えるが、見ていると面白い。
セレナは本気で怒っているのだが、カイザックは彼女の反応を見て面白がっていた。
今まで、こんなに自分に絡んでくるような奴はいなかったから。 王子という身分上・・・。
外に出た三人は、残りの仲間のいるところまで戻った。
そして二人は、仲間にカイザックのことを説明した。
「・・・というわけで、仲間にしてやったカイザックよ。」
「してやったって、そりゃないでしょーよ? ・・・まぁいいや。
オレ様の名はカイザック。 カイって呼んでくれればいいぜ。 本当はオレ様のお供ってことにしたいが
今回はお忍び旅行だからなぁ。 様も付けなくていいぜ。」
「元から付けないわよ。」
即座に言い返すセレナに、クラウドが耳打ちする。
「おい、何だよコイツ。 すげーやなヤツじゃん。」
耳打ちしたはずなのに、カイには聞こえていたようだった。
「おい、そこのへっぽこ騎士。 仲良くしよーぜ? オレ様達オトモダチでしょ? うひゃひゃ・・・。」
「へ、へっぽこだと?!」
「おう、槍のヘタレ具合で分かるぜ。 お前の槍の扱い方がずさんってことがな。」
「んだとぉ!?」
怒り狂うクラウドをアレンが拳骨で鎮める。 そして膝を突いて彼は挨拶した。
「始めてお目にかかります。 私はエレブ大陸フェレ候セレナ様、シーナ様、両姫にお仕えする騎士、アレンと申します。
こちらは騎士見習いで、我が愚息クラウド。 以降お見知りおきを。」
アレンが他の騎士と同じように畏まって挨拶してくるが、カイはすぐに彼を立ち上がらせた。
「お、おう。 でもまぁ、今回はこーいうのやめようぜ? オレ様もお前達の仲間。 それでいいだろ?」
顔を真っ赤にするクラウドを見て、カイは嬉しそうだった。
セレナにクラウドか・・・面白そうな奴らだ。 こいつらはオレ様を仲間として受け入れてくれるかな。
とにかく、今ントコはオレ様のことを信じてくれているみたいだしな・・・。 親友になれる・・・かもな。


122: 手強い名無しさん:06/04/03 19:27 ID:E1USl4sQ
「あったり前だろ。 お前のお供だなんてまっぴらごめ・・・ふぎゃ!」
クラウドはまた父親に拳骨で撃墜された。
「まぁ、そちらから仲間にしてくれと懇願したらしいですし、僕達と同等の立場って言うのは当然ですね。
尤も、こんな軽い人が一国の王子というのは信じにくいのですが。」
セレスが珍しくクラウドに味方をした。 カイは彼を目を細めて睨んだ。
「痛い奴だな・・・てめぇは。 オレ様お前みたいなのが一番苦手だぜ。」
「お褒めの言葉、どうもありがとうございます、王子。」
「・・・。」
閉口するカイに、アリスが話しかけてみる。身なりや容姿は王子っぽく見える。
アリスはそういった上層階級の礼儀作法を、幼い頃学んでいたから、それを使って挨拶してみた。
「はじめまして。 カイさん。 私はエレブにあるイリア連合王国の王女、アリスと申します。」
「おぉ! こんな野蛮人だらけの集団に咲く、一輪の美しい華! アリス様ですね、覚えておきます!」
その反応を見て、シーナが顔を膨らせた。 ・・・さっきと言ってることが違う。
「・・・私も野蛮人の一括りなのね・・・。 さっきは美しいって言ってくれたのに。」
「いや! そんなこと無いって。今のは例えさ、例え。」
何とか弁解するカイにセレナがちょっとだけ期待して聞いてみた。
「じゃあ、あたしは?」
「へ? お前? ・・・うーん。」
「・・・。 うぅ・・・。」
セレナはアリスに泣きついた。アリスもどうやって慰めてやればいいか分からず、撫でてやる事しかできなかった。
セレナ・・・もう少しお淑やかにすれば、貴女も綺麗なんだからモテるはずなのに・・・。
「カイさんはお上手なのね。 ところで、貴方も不思議な力を持っているのね。 私も精霊術師って呼ばれているわ。」
「へぇ・・・召喚士か。 オレ様の能力なんて無いほうがいいぜ。 こんな力があるせいで、オレは・・・。」
「何か?」
「いや、なんでもないさ。 さぁて、可愛いシーナちゃんと、美しいアリス様と、その他大勢さん
早速冒険の旅に出発しよーぜ!」
早速歩き出すカイ。 それを一行は追いかける。 やはりセレナはご機嫌斜めのようだ。
自分だけ女の子として認めてくれていない。 ムカツク! あぁムカツク!
その様子を察したのか、一足先を行くカイに、レオンが寄って行った。
「さて、お前も俺達の仲間なら、荷物持ちを分担しろよな。」
レオンはカイに色々持たせた。 いきなり重い荷物を持たされてふらつくカイ。
「おいおいおい。 王子にこんなことさせて良いと思っているのかよ。」
「先程、自分でそういうのは止めようと言ったではないか。 それに、女の子にそんな重い荷物を持たせる気か?
その荷物は先程までセレナが運んでいたものだ。」
レオンが薄笑いを浮かべながら、カイのほうを見る。
カイも今回は弁解のしようがなくなったのか、大人しく荷物を肩に担いだ。
「・・・仕方ねぇなぁ。 しかし、こんな重いもんを運べるなんて、あいつやっぱり男なんじゃないのか?」
「なんですってぇ!?」
セレナの怒鳴り声と、カイの悲鳴が、夜の城下町に響いた。
レオンは、親友であるクラウドのところまで戻ると、笑い出した。
「ははは・・・。あの二人、よほど気が合うようだな。」
「どこがだよ! カイのやろう、セレナを泣かせたらただじゃ済まさないぞ。」
クラウドが本気になって怒っていた。 セレナといい、クラウドといい、
どうしてこうも簡単に頭に血が上るのか、レオンには理解できなかった。 どう見てもカイはからかっているだけなのに。
「おい、レオン。お前には負けないからな!」
「・・・何がだ? 槍術なら今でも負けている気はしないが。」
「そっちじゃねぇよ! って、槍も負けねぇからな!」
「・・・ふっ。」
レオンには、クラウドが何故本気になって怒るか察しが着いたようだ。
クラウド・・・お前には負けないぜ。 槍は勿論・・・そっちもな。


123: 手強い名無しさん:06/04/03 19:27 ID:E1USl4sQ
向こうではとうとうカイをセレナが捕まえて、馬乗りになってポコポコ殴っていた。
「うわ! 痛ぇって! この暴力女モドキ男!」
「きーッ! 言ったわねぇ!」
「うぎゃー。」
戯れる二人を尻目にかけ、セレスは呆れたように独り言をもらした。
「やれやれ・・・本当にこんなことで世界を救えるんですかね・・・。」

一行はハスタール王国を出る。 しかし、行く宛が分からない。
「ねぇ、姉ちゃん。 何処に向かっているの?」
「さぁ。」
姉はきょろきょろと周りを見渡している。 王国の外は鬱蒼とした木々が覆っている。
王国外は未開の地、といったところだった。
「さぁって! お前、お前が先頭切って歩くから、オレ様、何処にいくか分かってるもんだと思ったぞ。」
「分かるわけ無いじゃん。 あたし達、この大陸の事は何にも知らないんだよ。」
「あぁ・・・そっか。 お前達、おのぼりさんだっけ。」
カイが眼下に見るような素振りをする。それに反応したのはセレナだけではなかった。
クラウドが真っ赤になって反論する。 どうやらまだエトルリアでの一件を根に持っているようだ。
兄妹が二人声を合わせて怒鳴る。
「誰がおのぼりさんだ!」
「・・・毎回同じ反応って言うのもどうかとも思うが・・・まぁいいさ。
ここが今オレ様達のいる場所。 丁度王国領の北東らへんだな。 この橋を越えて、大陸本土へ向かおうぜ。」
カイの開いたアルヴァネスカの地図を見て、一行は驚きを隠せなかった。
エレブ大陸と殆ど同じ地形をしていたのである。 その地図を、エレブのものと見間違えるほどだった。
そして、今自分たちのいるところは、エレブで言うヴァロール島北東部だった。
「・・・もう一つの大陸・・・そういうことだったのですね・・・。」
セレスは驚きを通り越して感動しているようだ。
クラウドとレオンがまた身構えた。 また例の発作のようだ。
「この二つの大陸は、きっと双生児的に誕生し、次元の歪によって分離したのでしょう。」
「次元の歪・・・? なんじゃそりゃ。」
こういう難しいがクラウドは苦手だった。 すぐ頭がこんがらがってくる。
暫く考えると今度は頭痛がしてくるのだ。 セレスと一緒に居ると常に頭痛に悩まされる。
「いわば、一つの大陸の光と闇・・・。 それがアルヴァネスカとエレブなんですよ。
エレブ大陸が闇の大陸という異名で呼ばれる理由も・・・それでは無いですか?」
「なるほど・・・。 しかし、何故次元の歪が生じたんだ。」
クラウドとは違い、レオンは興味を示した。
学者とは、自分の理屈を人に聞いて貰いたいものである。 まして興味を持った人間相手なら際限は無い。
「それが僕も疑問なんです。 しかし学会に提出する価値がありそうです!」
セレナもクラウド同様、状況を飲み込めずにいた。
理屈で考えるという事があまり得意ではなかった。 考える前に体が動いてしまう。
「あー、なんかごちゃごちゃするなぁ。 スポンジケーキを輪切りにして、片方がエレブで、もう片方がアルヴァネスカ?
で、その輪切りにしたのが次元の歪ってこと?」
「・・・まぁそういうことですね。 そして、次元の歪に唯一整合性のある場所が、あの竜の門なんですよ。」
「せいごうせい・・・? ・・・わかんない。」
「あなたの理屈で言えば、唯一ケーキの断面がぴったり合う、と言ったところでしょうか。
普通次元の歪なんかに飛び込んだら、もう未来永劫、絶対に元の世界には戻れませんから。」
それを聞いてセレナは息を呑んだ。 自分達は知らなかったとは言え
もうエレブに帰れないかもしれない賭けに出ていたのだ。 ・・・今でも帰れる保証は無いけど。
「しかし、そんな場所は危険だから、普通は封印してあるはずです。 それが何故・・・。」
ここで詮索しても仕方が無い。 しかし、分かっていても考えたくなる。
それが学者の性だった。 何時ものようにあごに手をやるセレス。
「今回のハーフの暴挙と何か関わりがあるのではないかしら。」


124: 手強い名無しさん:06/04/03 19:27 ID:E1USl4sQ
アリスが閃いたような顔をするが、それをすぐにカイが否定した。
「アリス様、そりゃないぜ。 だって竜の門の封印は、40年位前にそっち側から開かれたんだぞ?
まぁ、それを開通させちまったのはこっち側のヤツなんだけどな。」
セレナはカイの方を見た。40年という年月を簡単に話す・・・。
そうか、コイツは神竜族なんだ。 そして、竜石も持っているんだ。
あたしも竜石を持ってたら、こいつみたいに長い時間を生きなきゃならなかったんだな・・・。
皆が死んでも、あたしだけ生き続ける。 セレナは母親に感謝した。 竜石を取り上げてくれて・・・。
「ん? どーしたんだよ。 妙に女の子らしい目つきしてこっちを見つめてよ。 ネコ被ったってダメだぜ?」
ボーっと考え込んでいたセレナは、カイのニヤニヤした顔で我に帰った。
「何よ! 女の子が女の子らしい顔して何が悪いのよ!」
「あ、お前女だっけ。」
「・・・!」
またじゃれ合う二人。しかし、そんな穏やかな時間も束の間だった。
「危ない!」
矢が足元に刺さったと思うと、突然集団に囲まれる。これは・・・アルカディアだ!
「セレナ。 このときを待っていた。今度こそ貴様を貰い受ける。」
ニルスがミレディと共に木陰から出てきた。 囲まれている。
どうやらここで待ち伏せされていたようだ。 しかし何故自分達の行く場所が・・・。
カイの目にニルスが留まった。 どこかで見た事がある顔だなぁ・・・。 ん、こいつは・・・。
「お前、どっかで見た事があると思ったら、竜の門を開いちまった異端者じゃねーか。
これ以上異端行為をするなよ。 いくら寛容なオレ様でも、二度目は命を保障してやれねぇぞ・・・。」
「黙れ! 我々の邪魔をするなら王子とて容赦はしない。 この際国やら種族という、下らん区分けに構っている暇は無いのだ。」
周りを囲んでいる兵達が一斉に武器を取る。
いきなり訪れたピンチだ。 セレナ達もあわてて武器を取り、クラウドたちはセレナを囲むように陣を執った。
「セレナを捕らえろ。 後の者の生死は問わん。 かかれ!」
「おいおい、マジかよ・・・。」
襲ってくる兵士をひらりとかわすと、カイは先ほどまでのヘラヘラした顔を一変させた。
「セレナ、お前も神竜だったな。だったら俺の横に来い。こいつらを一気に蹴散らす。
他のヤツは俺達が集中できるように守ってくれ。」
「どうするのさ。」
「お前、神竜、いやナーガの天使なら光魔法を扱えるだろ。
オレ様の強力な一撃と、お前のそれなりの一発で相手を一気に潰す。 数から考えても、こちらから攻めて行ったら分が悪い。 いくぞ!」
「何よ、それなりって・・・ぶつぶつ。」
口では文句を言っているが、考えには同意していた。 ここは魔法で一気に蹴散らすしかない。
集団で襲ってくる相手を、クラウドやレオン、アレンが体を張って凌ぐ。
アリスとセレスは回復に回っていた。相手はセレナを狙っている。 自分達が守らなければ。
クラウドが相手の槍を弾いて逆に突き飛ばす。 突き飛ばされた敵が相手の仲間とぶつかって隊列を崩した。
レオンはライバルの槍術を見てふっと笑う。 イリアで出会った頃に比べるとかなり成長していた。
相変わらず力任せな感じは拭いきれていないが。
「ほぉ、やるもんだな、クラウド。」
「へ、オレにケンカを売ろうなんて1マイル早いぜ。」
「マイルは距離です。 時間ではありませんよ。
頭のほうは全然成長していませんね。 この戦いが終ったら早速勉強としましょうか。」
「うへぇ・・・。」
セレスもクラウドに声をかける。彼もクラウドを心配していた。 大切な同年代の知り合いだから。
戦いが終ったら・・・すなわち死ぬな、ということ。 それは彼なりの思いやりだった。
一方守られている二人は気を集中する事に全力を注いでいた。
「ほぉ、お前、結構魔力あるな。」
「お前って呼び方止めてって言ってるでしょ!」


125: 手強い名無しさん:06/04/03 19:28 ID:E1USl4sQ
カイはしばらく考え込んでいた。 やり方はわかっていても、魔力不足でまともに扱えないあの魔法。
コイツと二人がかりなら・・・何とかできるかもしれない。
「おい、セレナ。 オレ様にお前のエーギルをありったけよこせ。」
「えぇ? エーギル渡したら、あたし死んじゃうじゃない!」
「バカ! ありったけっつーのは、魔法として使える範囲に決まってるだろ。」
「バカで悪かったわね! でも何でさ?」
「いいから早くしろっつーの。」
セレナはカイの自分の扱い方に不満を抱きつつも、仕方なく言われた通りにする。
カイの手を両手で握り、自分のエーギルを彼に注ぐ。
彼はエーギルを注がれると、何か温かいものが手先から体に伝わってくるのを感じた。
これが・・・こいつのエーギル、こいつの・・・命そのものか・・・。
そして、それと同時に体に魔力がみなぎってくるのが分かった。
・・・この魔力・・・こいつ、オレ様より高い魔力を持っているのか・・・?
どうやらナーガの天使というのは嘘ではないみたいだな。 なのになんで剣なんか持ってやがるんだ?
単なるバカか・・・・それとも・・・。
「よし、それなりの魔力をいただいたぜ。 このぐらいあればあれが使えそうだ。」
「それなり・・・あたしの魔力が、命がそれなり・・・。 何か悔しいぞ・・・。」
嘆くセレナを無視して、カイは気を集中させ始めた。彼の取り巻くエーギルの波動で、周りのチリや砂が螺旋を形作る。
それに仲間も、敵も、そしてニルスも驚いた。そしてカイの手に握られる光の聖槍。
「行くぜ! 光の超魔法。ライトニングスピア!」
カイは手にした聖槍を、敵めがけて渾身の力で投げ下ろした。
その槍は空気を裂き、風を切るほどのスピードで敵の隊列まで飛んでいく。
そして、敵の陣形の中で地面に突き刺さると、強烈な閃光を放ちながら大爆発を起こした。
その閃光に、衝撃に、一同は吹き飛ばされそうになった。
・・・
目を開けると、槍の突き刺さった場所には大きな穴が開いている。敵は、全滅していた。
未だに先程の衝撃音が、山々に響いて止まらなかった。 ・・・凄まじい威力だ。
「うひゃー。 オレ様、ここまで威力があるとは思わなかったぜ。」
カイは地面にあいた大きな穴を、驚いたように腰を引きながら眺める。 他の一行も唖然としていた。
いくらセレナのエーギルも使ったとは言え、この軽い性格の王子が、こんな魔法を使えるなんて・・・。
しかし、一番驚いたのはセレナだった。 ライトニングスピア・・・この魔法は確か・・・。

「バカな・・・。 その超魔法を何故貴様が扱える。」
ニルスがマントを脱ぎ捨てた。彼にとっては予想外だった。
カイはこんな超魔法を扱えるほどの魔力を持っていないと、高をくくっていたからである。
まさかセレナの魔力を使ってくるとは。
「そりゃ扱えるだろうよ。 この魔法は、ナーガ一族に伝わる秘伝の魔法だからなぁ。
ま、オレ様、魔法はあんまし得意じゃないから、一人じゃ扱えないみたいだけど。」
「・・・さっきと言ってることが違うじゃん。 あんたからはそれなりの魔力しか感じないし。」
セレナがまた顔を膨らせる。 エーギルの波動から考えても、どう見ても自分のほうが魔力は高いはずだ。
こいつは自分を女扱いしないわ、実力を見くびるわ。 ・・・あとで酷い目にあわせてくれる・・・。
「うひゃひゃ。 まぁそう言うなって。 嘘も方便って言うだろ?」
「?? 嘘も宝剣・・・? 嘘も必要ってことか・・・。」
「そうそう!」
二人のかみ合ってなさそうで微妙にかみ合う会話に、シーナは唖然としていた。
しかし、彼女は背後に気配を感じ、チラッと見てみる。 そして彼女は焦って皆に叫んだ。
「みんな!後ろ!」
シーナの声に皆も後ろを向く。背後には確かニルスがいたはずだ。
ニルスは大斧を握って、部下のミレディと共にこちらに向かってにじり寄ってきていた。


126: 手強い名無しさん:06/04/03 19:30 ID:E1USl4sQ
「わざわざ次元の狭間を潜り抜けてきてご苦労だったな。
だが、貴様らの歩みもここまでだ。 私が自ら相手をしてくれる。 力の違いを思い知れ!」
ニルスが突撃してくる。それに従うようにミレディも竜を駆って空中から攻めに出た。
「まさかここまで手こずるとは・・・。 
無駄な足掻きをしなければ死なずに済むものを。 そうすれば泣く者も出ないだろうに。」
空中から襲ってくるミレディを、シーナが同じく空中で迎撃する。
相手の槍をかわして、逆にほそみの槍で攻撃する。
しかし、やはり相手は竜騎士。ほそみの槍ではなかなか致命打を与えられない。
「ほう、西方にいたときに比べれば大分強くなったな。 さすがあいつの娘といったところか。
しかし、そのような蚊のような攻撃では、私を倒す事は出来ぬ!」
ミレディが重い鋼の槍で反撃する。 シーナは身軽さを生かして相手の槍を避けているが、相手も熟練した腕を持つ騎士だ。
とうとう槍の重さを利用して、シーナの軽い槍を弾き飛ばす。 槍を弾かれたシーナは相手の攻撃を避けるしかすべが無い。
そこへ、手槍が飛んでくる。 ミレディは一旦距離を開けた。
「大丈夫か、シーナ。」
レオンだった。 レオンはシーナに予備の槍を渡すと、ミレディに向かって突撃した。
「同じ竜騎士として、いつかお手合わせ願いたいと思っていた。 どちらが上か勝負だ・・・!」
純白の天馬と、漆黒の竜が息のあった攻撃をミレディに加える。
ミレディも長年使い慣れた槍で相手の攻撃を見事に受け流す。 熾烈かつ華麗な空中戦を展開していた。

一方地上でも息をつく暇も無い激しい戦いを繰り広げていた。
ニルスが大斧を振り回す。 そこまで筋肉質というわけでも、ガタイがいいというわけでも無いのに。
アレンとクラウドが何時ものように槍の連携攻撃で撃破しようとするが、
繰り出す槍全てを大斧で受け止められていた。 両手持ちの大斧ゆえに、動きは鈍そうに見えるが
彼は攻撃を見切ったかのように、槍を弾いていた。
セレナも光速の双剣でニルスに襲い掛かる。 切り刻む。 しかしそれも殆どを受けられる。
それなりにダメージを与えられているはずなのに、相手はそれを物ともせずに大斧を振り回した。
それをセレナは避けきれず、かろうじて剣で受けたが吹っ飛ばされてしまう。
斧を剣で受ける事は無理がありすぎた。
「ぐ・・・。 こいつ、滅茶苦茶強いな・・・。」
「無駄だ! 貴様らではこの私を倒す事は出来ん。」
セレナは体勢を整えると、今度は空中からの攻撃に切り替えた。
攻撃は確実に相手を捉えている。 しかし、相手の攻撃をどうしても避けられない。
こいつを攻撃していると、何か足元が凍りつくような感覚に襲われて、動きが鈍くなるような気がした。
切り刻んでは大斧で吹き飛ばされる、それを何とか剣で受ける。 それが続いた。
実力は相手のほうが上手かもしれない。 しかし、数で攻めれば何とかなるはずだ。
アレンたちが攻撃するタイミングを見計らって、彼女も突撃した。
「喰らえ! 必殺の剣!」
セレナは今では得意としている月光剣をニルスにお見舞いする。
避けられないなら、猛攻撃が最大の防御という信条を貫くしかない。
いくら守備を固めても、この月光剣の前にはそれも意味をなさない。
「ぐは・・・。」
うめき声を上げる相手を問答無用で切り刻む。
自分の剣の前に、立っていられるヤツなんていない! 彼女はトドメに、仰け反る二ルスに向かって
剣にありったけの魔力をこめて斬り付けた。 セレナは貰った、と思った。
・・・直後、とてつもなく大きな金属音がした。
前を見てみると、ニルスは間一髪でセレナの剣を受け止めていた。
「ははは・・・愚か者め。 貴様のそんな弱った魔力では、この私は倒せまい!」
彼は受け止めた剣で逆にカウンターを仕掛けた。 大斧で思い切り切り上げられてしまう。
「うっ!?」
自分の肩に温かいものが伝って、真っ赤に染まるのが分かる。 そして、その後に激痛が襲ってきて、セレナは膝を突いた。
超魔法を放つ為に、先程大量のエーギルを放出した。
その影響で、セレナの魔力は底をついていたのである。


127: 手強い名無しさん:06/04/03 19:30 ID:E1USl4sQ
膝を突いたセレナの喉元に、ニルスは斧の刃を当てて、他の者へ叫んだ。
「我々はこいつを殺すつもりは無い。 武器を捨てて大人しくしろ。 お前達がこれ以上抵抗すれば、こいつの命は無い。」
皆は自分達の将が倒され、止むを終えず武器を捨てた。 ・・・セレナのためだ。
皆が大人しくなった事を確認すると、ニルスは大斧を背負う。
そして、セレナを縛ろうとした。 そのときだった。 ニルスは何かに勘付き、あわてて一歩引いた。
その二人の間に剣が割り込んできたのだ。 その剣の根元を見ると・・・。
「貴様、何故こんなところにいる?」
ニルスが剣を割り込ませてきた相手を見て睨みつける。
彼がセレナから離れるのを見ると、睨みつけられた相手は剣を鞘にしまった。
「それはこちらの台詞だ、ニルス。 何故お前がここにいる。 それも・・・アルカディアの連中と共に。」
セレナは激痛に悶えながらも、その聞き覚えのある声のほうを見上げた。
そこにいたのは・・・長い銀髪の・・・ナーティだ!
「黙れ、私には私の考えがあるだけだ。 ・・・邪魔するつもりか?」
ミレディをはじめとするニルスの配下は、ナーティを見るや否やすぐさま去って行った。
「お前が何を考えているか、それは私には分からん。 だが、メリアレーゼ様に刃向かうなら・・・容赦はしない。」
ナーティは腕を組みながら、自分を睨みつけるニルスを、長い髪越しに睨み返す。
睨み合いの続く二人の元へ、何者かがワープしてきた。
「おや、ナーティ様、何故このような場所へ?」
「エレンか。 ・・・。 ニルスがアルカディアの連中に襲われていたのでな。」
ワープしてきたのはエレンだった。 ギネヴィアと同じく、ハーフに体を乗っ取られていた、元ギネヴィアの側近である。
今ではメリアレーゼの忠実な僕だった。
「まぁ何という事・・・。 ご無事で何より。」
ニルスはナーティとエレンを睨みつけながら怒鳴った。
「貴様らはメリアレーゼの元にいなければならないのではないのか? 何故私のいるところに集まってくる!」
怒鳴られたエレンは驚いたように返した。
「私は、メリアレーゼ様が皆様をお呼びでいらっしゃったので、それをご報告に上がっただけです。」
「メリアレーゼが? ・・・くっ、セレナよ。 またしてもお前を貰い損ねたか。
だが、私はお前を必ずや貰い受ける。 そのときを首を洗って待っていることだな!」
捨て台詞を吐きながらワープしようとするニルスに、ナーティが睨みながら警告する。
彼女には、ニルスが何をしようとしているか、大方見当がついたようだった。
「ニルスよ。 今回はお前が何者なのか、私は知らなかった事にしておこう。
だが、二度は無い。 今度おかしな真似をすれば、仲間とて容赦はしない。 覚えておけ・・・!」
ニルスとエレンがワープで消えてことを確認すると、セレナを囲むように仲間が走り寄ってきた。
ナーティがセレナに近寄ってきたからである。
相手は敵。 そして、セレナは先程の戦いのせいで弱っている。 セレナの命を狙っているに違いない。
しかし、彼女は剣を抜こうとはしなかった。
うずくまるセレナの手をどかし、怪我の様子を見る。 そして・・・。
「え・・・?」
彼女はセレナに回復魔法をかけ始めた。 やはり魔力の高さの違いか、アレだけ深かった傷が見る見るうちに塞がっていく。
何か温かい感じがする。 セレナは敵だと思っていたナーティに助けられ、気が動転してしまう。
「お前というヤツは・・・。 せっかく助かった命を大切にすればよいものを。」
怪我を治し終えると、ナーティはセレナを睨んだ。
その目は怒っているような、悲しそうな、そんな複雑な顔だった。 敵とは・・・思えない。
「う、うるさい! あたし達は、あたし達の理想を貫く。 あんたにどうこう言われる筋合いは無い!」
「理想か・・・。 お前は自分の理想のために何をアルヴァネスカに求めて来たのだ。」
いきなり核心を突くような質問をされて、セレナは一瞬と惑った。
「何をしにって・・・。」
「助かった命を危険に晒し、何が起こるか分からない時空の歪を越えてまで何をしにきたのだ。
人間が平和に暮らす事ができる場所など、エレブにもういくらでもあるでは無いか。」


128: 手強い名無しさん:06/04/03 19:31 ID:E1USl4sQ
セレナはそう言われて反論が出来なくなってしまう。
彼女は心の中で問うて見た。 何故、この大陸に来たのか・・・。 何がしたいのか・・・。
セレナだけではない。 皆がその問題を考えていた。
せっかくアルヴァネスカに来たのに、その目的、目標があやふやになってはいけなかった。
サカを発ってからは、全てが順調のよう思えた。
グレゴリオやアゼリクスの襲来など、確かに危機は何度かあった。
しかし、無事に目的を達成できそうだし、世界に大きな変化は今のところ見受けられない。
長い間同じような状況におかれれば、それが日常化していく。 セレナ達にとっては、旅こそが日常になっていた。
しかし、日常化するゆえに、目的は漠然とし、目指すべき道が霞んで見えなくなっていく。 ただ、前に歩むだけになっていた。
・・・目的はなんだったのだろう。 アルヴァネスカに来る事? 違う。 これはあくまで過程に過ぎない。
そうだ・・・あたし達は、もっといろいろ知る為に、ハーフの暴挙の原因に触れるために、ここまでやってきたのだ。
「エレブだけ平和になっても仕方が無いからに決まってるでしょ!」
目的を思い出したセレナは、すかさずナーティに言い放った。
「そう、私達はもっと色々知らなければならない。
エレブだけ何とかしても、根本を解決できなければまた悲劇は繰り返される。 そんなのはダメなんだ。」
シーナも姉に続いて反論する。 皆が、旅の目的を再確認していた。
旅が目的ではない。誰もが差別されずに、笑って暮らせる世界を作ることが、自分達の目的だ。
「ふっ、簡単に言ってくれるな。 お前達にそれが出来るのか?」
「そのために神将器を集めていたんじゃない! それをあんたたちが邪魔して・・・! 返せよ!」
怒るセレナを、ナーティは一層厳しい目つきで睨みつけると
彼女を突き放すように即答した。 人のせいにする事は簡単だ。 それが、人間の悪いクセだ。
「メリアレーゼ様にとっては、お前達が邪魔なのだ。 理想を盾に取り、幻想を追いかけるお前達がな。」
「幻想幻想って! バカにするな!」
「事実を言ったまでだ。 現にお前達は何も変えられていない。」
「・・・そんな・・・ことは・・・。」
言い返そうにも言葉が出なかった。 エレブをハーフの支配から救ったといっても
まだ根本を解決できていない。 上辺だけを変えても、それではいつか中のものが噴出してくる。
「神将器もファイアーエムブレムも、メリアレーゼ様の目指す世界には必要不可欠なもの。
どうしても必要なら自分で何とかしろ。 お前は諦めない事が信条なのだろう?」
そう意地悪く言われて、セレナはついカッとなった。
「くそ・・・! 絶対やってやる。 人間も、ハーフも、そして竜族も。 エレブも、アルヴァネスカも!
皆が皆、自分として堂々と生きる事ができる世界を取り戻してやる!」
セレナが目的を明らかにしたことを確認したかのように、ナーティは薄く笑った。
そして、蔑み混じりの声で彼女もまたワープで消えてしまった。
「ふ、お前の理想とやら、楽しみにしているぞ。 幻想ではない、理想をな・・・。」

「なんだぁ、あのエラソぶったヤツは。」
カイがナーティの消えた空を見上げる。 偉そうにしていいのはオレ様だけだっつーの。
「あいつは、俺たちを裏切ったハーフ側の人間だぜ。」
クラウドが怒ったように答える。 裏切った人間がまた、のこのことなんの悪びれも無く自分達の前に現れたのである。
しかし、シーナには引っかかることがあった。 彼女は・・・自分達を狙っているわけではなかった。
「ナーティさんは一体何を考えているんだろう。 弱った姉ちゃんに止めを刺すどころか・・・また助けてくれた。」
「うん・・・。 何をしに来たんだろう・・・。」
セレナも疑問だった。 しかし、彼女が現われていなければ、自分はニルスに捕まっていた。
自分はやはり、ナーティに助けられたのだった。 自分を裏切った、敵であるナーティに、二度までも・・・。
しかし、もっと引っかかる事があった。 何か引っかかる。 それを言葉に表現したのはアレンだった。
「しかし、おかしい話だな。 ニルスはベルンに対抗する組織のリーダーだと自分で言っていた。
だが、ナーティは、仲間とて容赦は無いと言った。」


129: 手強い名無しさん:06/04/03 19:31 ID:E1USl4sQ
「ベルンに対抗する組織のリーダーとベルンの幹部が仲間・・・? 確かにおかしい話だ・・・。」
レオンも考え込む。どう見ても敵対関係にある二人。 それなのに、何故ナーティは仲間と言ったのだ・・・。
一行は悩んだが、答えは出てこない。 皆で一行の知恵袋を見つめた。
「な、なんですか、みんなで僕を見つめて・・・。」
「ねぇ、セレス。 貴方なにか分からない? 貴方なら頭もいいし、分かるかと思ったのだけど。」
「そ、そんなお世辞を言っても・・・アリスさんにそう言われると・・・嬉しいですね。
僕の個人的見解ですが、ニルスは二つの顔を持っているのではないでしょうか。」
「二つの顔?」
「ふむ。 表向きはベルンに属し、裏ではアルカディアを統べている・・・。 という事か?」
イマイチ飲み込めていないセレナに、レオンが噛み砕いて教えてやる。セレスもそれにうなずいた。
「そういうことです。 それならばナーティや、エレンとか言うベルン側の人間が現われた途端、
アルカディアの連中が逃げ出したことも、ナーティが発した去り際の台詞も辻褄が合います。」
セレナは思い出した。 そういえば、ニルスがワープで逃げる際に、ナーティはニルスに向かって何か言っていたのを。
・・・お前が何者なのか、私は知らなかった事にしておこう・・・と。
「でもよぉ、ここで詮索しても仕方ないんじゃねーか?
今度あいつが現われた時、ぎゃふんといわせられるようにがんばろうぜ? 理想を幻想にしないようにな。」
分からない事だらけだった。 あのエレンとか言う司祭は、封印の神殿でメリアレーゼと共に現われていた。
さっきの三人は、ナーティとニルスはお互いを呼び捨てにしていたし、エレンはメリアレーゼ直々の命令を持ってきた・・・。
あの三人が・・・もしかすると・・・ベルン三翼?
セレナには他にも知りたいことがあった。 ナーティの事である。 あいつは・・・何を考えているんだ。
しかし、詮索している暇は無い。 自分達には目的が、夢がある。 立ち止まっている余裕は無い。
「そうだね。行こう! って・・・何処へ行こう。」
「何処へ行こうって! お前がずんずん歩いていくから、オレ様行き先が分かってるもんだと思ったぞ!」
「知ってるわけ無いじゃん! あたし達はこの大陸のこと何も知らないんだよ?」
シーナは、カイと姉のやり取りを、どこかで聞いた覚えがあるような気がして止まなかった。
事あるごとに、この二人はケンカをしているようにも見える。
「あー、オレ様が悪かったぜ。 お前達がおのぼりさんってことを忘れていたぜ。」
シーナは、カイのこの言葉の後に続く言葉が大体予想が付いていた。
「誰がおのぼりさんだ!」
やっぱり。 シーナはもう呆れてしまった。もうお決まりというか何と言うか・・・。
「うひゃひゃ・・・。 じゃあ、まずは人間族の国に行ってみるか。 またあの糞ジジイに会わなきゃならいのは面倒だが。
この大陸の現状を知るには、あそこに行くのが一番だぜ。 なぁ、クラウド。」
「あ?」
「へっ、なんでもねーよ。」
カイは笑いながら歩き出した。 ・・・なんだあのヤロウ。 ヘラヘラ笑いやがって・・・。
再び歩みだす一行を、道端の茂みから睨む視線があった。
その視線はまっすぐカイを見据え、機会を窺っているようにも見える。
シーナが周りの鬱蒼とした森を眺めている。 そのとき、その森の中の視線に気付いた。
相手は気付いていないようだったが、その視線の周りを見ると・・・何と、そこには!
「危ない! カイ様、避けて!」
シーナがありったけの声で叫ぶ。 カイはシーナの言葉を受けて魔法で障壁を形成する。
障壁を貼るや否や、乾いた音がして地面に何かが落ちた。
「ちっ!」
茂みから舌打ちが聞こえたかと思うと、がさがさと音を立てて、何者かが森の天辺から飛び出した。
そいつは背中の翼で風を切って、見る見るうちに北の空へと消えた。
「待て!」


130: 手強い名無しさん:06/04/03 19:32 ID:E1USl4sQ
セレナが追いかけようとするが、そのスピードたるや半端ではない。
自分でも追いつけそうに無いほどのスピードだった。 仕方なくカイのほうへ視線を戻す。
カイは地面に落ちた物体を拾い上げると、舌を巻いた。
「うひゃー。 こいつは竜殺しの矢じゃねーか・・・。 誰だよ、こんなことするヤツは。」
それは竜に特効効果のある矢だった。 こんなのが当っていたら、ヘタをすれば命が無かった。
自分の命を狙っている者がいる・・・。 昔から分かってはいたが、いざ狙われると恐ろしかった。
人生にそこまで希望があるわけではないが、やはり殺されると思うと怖い。
「・・・あたし達のせいかも。 あたし達をベルンが狙っているから。」
セレナが肩を落とす。 自分達のせいで、違う大陸の人にまで迷惑をかけている。
彼女はもうこれ以上、自分のせいで犠牲になる人は出て欲しくないと思っていた。
カイはセレナの表情から彼女の心中を察したのか、何時ものヘラヘラした顔を辞めて、真顔を彼女に近づけた。
「いいってことよ。 オレ様も、お前の仲間だ。 シーナちゃんが助けてくれたしな。」
カイに続いて、クラウドも妹の肩をポンポン叩いて励ます。
幼い頃からずっと一緒にいる。 こいつの考えている事はよく分かる。 その心中が悩みに渦巻いている事も。
「お前、なんでも自分のせいだと思いすぎだぞ? 俺たちは正しいことをしてるんだ。
それによ、こいつはきっと、殺しても死なないぜ? だからあんま気にすんな。 な?」
「おいおい・・・ どーゆー意味だ!」
「まんまの意味だぜ。」
「同意です。」
「セレス・・・てめぇまで。」
カイは二人を睨む。女性陣はいいヤツばかりだが、男共はオレ様のことをバカにしやがる。
これだから野郎は嫌いなんだ。オレ様が王になったら、女以外は部下にしないぞ・・・。
「刺客の標的が誰にしろ、我々は常に狙われてる。 気を抜かないことだ。」
アレンが若者達を嗜める。 彼自身にも言い聞かせるように。
自分がもっとしっかりしなければ。 いつ姫様達が狙われてもおかしくはない。 うかつだった。
ここは地理も習慣もよく分からない別大陸。 より気を引き締めてかからねば。
それにしても、今の刺客はどこに属する者なのだろうか。
背に翼という事は竜族だ。 竜族なのに、竜族の王位継承者の命を狙うなんて・・・。
不安は募るが、ここに留まっていても仕方が無い。
一行は憂慮しながらも、再び人間族の国へ向かって歩みだした。

「そういえば、貴方の使用武器は何なんですか? 僕は魔法ですが。」
セレスがアリスやシーナを侍らせるカイに話しかける。
カイは何も持っていないように見える。 詩人にも見えないし、魔力不足で超魔法も使えないという。何をするというのか。
「オレ様は何でも使えるぜ? お前ら人間は魔道書なんて厄介なものが必要かもしれないけどな。」
「何でもって・・・。 あんた専門武器は無いの? 器用貧乏ってヤツ?」
セレナがちょっとバカにしたように聞いてみた。
自分は剣が専門でそれに魔法がある。 彼は何でも使えるというが、逆に言えば得意なものが無いという事だ。
しかし、アレンは聞きなおすようにカイを見た。
「何でも? 貴殿は剣も槍も斧も弓も・・・魔法もすべて使えるのですか?」
「あぁ。そりゃ昔から武技についてはかなり気合入れて教え込まれたからな。
扱い方ならどれも心得ているぜ。 流石に、光と相反する闇は使えねぇけどな。」
アレンは感動をぬぐいきれなかった。 全ての攻撃方法を扱う・・・彼が噂のマスターナイト・・・。
騎士の中でも最高位の能力と統率力を誇るものの称号・・・。
噂には聞いていたが、まさか自分のこの目で見ることができるとは・・・。
「まぁでも、一番得意なのはこれかな!」
カイは剣を抜いて振ってみせる。 その動きは手馴れていて、風に舞うようだ。
セレナはそれ見て闘志が沸いてきた。 また自分にライバルとなるような存在が現われたのだ。
ナーティの剣は、風を切るような鋭い剣だった。 こいつは・・・風に踊るような、流れるような剣だ。
「すげー。 おいレオン、こいつの剣見えねぇぞ!」
クラウドがレオンの肩をバンバン叩く。レオンも最初は驚いたが、よーく見てみた。


131: 手強い名無しさん:06/04/03 19:32 ID:E1USl4sQ
剣が・・・見えない? いや・・・これは。
「・・・しっかり見ろ。 カイはホントに剣を握っていないだけじゃないか。」
彼は剣を振るポーズをしただけで、実際剣は握っていなかったのである。
しかも、よく見てみると・・・彼は剣どころか武器を何も持っていない。
武器になりそうなもので彼が持っているのは、小さい果物ナイフだけだった。
「貴方、それで戦うの? ちょっと危険じゃない?」
アリスが、彼の持っていた果物ナイフを指差した。
「アリスさん、冗談は止めて下さいよぉ〜。 これで敵を斬ったら、リンゴの皮を剥く道具がなくなっちまう。」
それを聞いて、一同はどう対応をとっていいか分からなくなってしまった。
その果物ナイフ以外に、武器と呼べるものを彼は何も持っていないのである。
「じ、じゃあ、あんた、武器は?」
彼はさも問題では無いといった口調で、セレナの鼻先を指でつついた。
「ねーよ。 考えても見ろよ。 俺は城から脱出した身。 武器を準備する余裕なんてなかったじゃんかよ。」
「だからって! あんたどうするのよ。 武器が無ければあんた何も出来ないじゃない。」
焦るセレナをカイは宥めるが、彼女の興奮は収まらない。 武器も無い人間を守りながら戦う余裕は無い。
戦力になるかと思って仲間に入れ込んだのに、武器を持っていないだなんて。
魔法が使えるといったって、さっきエーギルを送ったときの彼の魔力は、そこまで高くない。
魔法だけで戦っていけるほどじゃない。 なのに・・・ふざけてるのかコイツ・・・。
「まぁ大丈夫っしょ。 マーキュレイまで行けば、いい武器が置いてあるだろうし。
それまでは、へっぽこ騎士の使い古しの剣でも使っておくぜ。」
カイは馬上にいるクラウドが腰に差している剣を鞘ごと取り上げた。
安ぼったい剣だな・・・こりゃ鉄の剣か。 結構混ぜもんも入ってるみたいだし・・・どういう剣を使ってるんだか。
「お、おい! 勝手に取るなよ。」
「いいだろ? クラウド。 オレ様達、オトモダチだろ?」
「うわぁ、やめろ! 気持ち悪い!」
クラウドはカイに抱きつかれて悲鳴を上げた。
「まぁまぁ。 この剣もオレ様に使ってもらったほうが喜ぶってもんだぜ。
こんな手入れもしてくれないへっぽこ騎士に使われるよりはよ!」
手入れの行き届いていないその剣はなにかみすぼらしい。 カイは早速、剣を磨く。
そして今度は剣を握って素振りをしてみせる。剣は息を吹き返したかのように綺麗な弧を描く。
何処にでもある鉄の剣が、何か特別な宝剣のような輝きを放っているように見えた。
「ちくしょう・・・この貸しは高くつくからな。」
クラウドもそれを否定できず、捨て台詞を吐いた。 ・・・ちょっとは手入れしなきゃまずいかなぁ・・・。
「皆さん、曲芸をいつまでも眺めていないで、そろそろ人間の国へ参りましょう。」
セレスは見飽きたといわんばかりにさっさと歩き出してしまった。
他の一行もそれはそうだと思ったのか、無言でセレスのあとを追う。 地図さえ見れば行き先は分かる。
とりあえず本大陸に渡るまで程度は。
「相変わらず痛い奴だな。 オレ様の剣技を曲芸呼ばわりとは。 そりゃないぜ。」
カイもほかの面子に遅れて着いていく。

暫く一行は無言で進軍を図っていた。 常に何者に狙われている。
ハスタール王国と本大陸を結ぶ橋までもうすぐだ。 より気を引き締めなければ。橋の上では逃げ場は無い。
だが、カイは暇で仕方なかった。 暇をもてあました彼は、クラウドに構ってもらおうとするが邪険されてしまう。
オトモダチに邪険され、今度はセレナに抱きついて、構ってもらおうとする。 妹に抱きつくナンパ男に激怒するクラウド。
しかし、当のセレナは抱きつかれてもカイを殴らなかった。 彼女は考え事をしていてそれどころではなかったのだ。
「ねぇ、ライトニングスピアって光の超魔法なんだよね?」
「ん? あぁ、そうだぜ。 ライトニングスピアは、オーラ、ルーチェと並ぶ光の超魔法の一つだ。
んで、それこそが、オレ達ナーガ一族に代々伝えられている魔法なんだ。」


132: 手強い名無しさん:06/04/03 19:33 ID:E1USl4sQ
「へぇ。」
「三つの超魔法の中でも最上位の威力を持っている。・・・だがな
それ故に扱いがめちゃんこに難しくて、並大抵の魔力じゃ扱いきれないんだ。 オレ様ですら扱えないほどだからな。」
笑いながら、カイは何とかかこつけようとする。 しかし、それをセレスは許さなかった。
「貴方はもしかすると魔道の才能が無いのではないですか? 神竜という割には、そこまで強い魔力のにおいを漂わせていないし。」
「ぎょ・・・お前・・・ホント痛いヤツだな。 オレ様・・・久しぶりに殺意がわいてきたぜ。」
「あぁ、お許しください。 偉大なるナーガ様・・・の末裔様様。」
「・・・。」
セレスに完膚なきまでにやっつけられて、カイもとうとう閉口してしまう。
「あぁ・・・お前、そういえば竜だっけ。」
更にセレスに加勢するように話に乗ってくるレオンに、彼はもう泣きたくなった。
こいつら・・・。 ナーガの旦那ぁ、こいつら、本当に旦那の使いなのかよぉ・・・。
「カイ様って神竜だったんだっけ。 わぁ、すごい!」
「シーナちゃんまで! オレ様・・・しょんぼり。」
カイは腕で顔を覆ってなく振りをする。
竜族の国の王子なんだから竜に決まっているのに。 こいつらオレ様の事を何だと思っていたんだ。
「なぁなぁなぁ! 竜ならやっぱ、石っころ使って、あの馬鹿でかい怪物になれるのか? なぁなぁ!」
クラウドが興味津々と言った感じで、カイを見つめた。
「怪物ってなぁ・・・。 まぁ、なれるぜ? 何なら今から変身して
お前を頭からかじって、骨までしゃぶってやろうか? そうと決まったら、生じゃ不味いし、まずはブレスで狐色に・・・。」
カイはクラウドに竜石をちらつかせながら、舌なめずりして見せた。
アクアマリン色の透き通った石。 これが、カイの力を封じた命の石・・・。
シーナはその美しさに目が釘付けになった。 まるで宝石のような美しさだ。光物には目が無い。
「バカ、やめろ! オトモダチを食べるってどういうヤツだよ!」
「うひゃひゃ。 マジでビビッてやがる。 面白いヤツだな。 オレ様、お前みたいなやつは大好きだぜ。」
一行は緊張した雰囲気でのコントに思わず口元が緩んだ。
緊張感を保つ事も大事だが、やはり笑うことも大切だった。 笑顔は人を癒す。
だが、いつも笑って周りを照らしている側のセレナが、ただ一人黙って下を向いていた。
彼女はまだ何か考え込んでいたのだ。それは・・・ナーティのことだった。


133: 手強い名無しさん:06/04/03 19:35 ID:E1USl4sQ
何とか忘れようと、敵と思い込もうとしていたところに再び彼女が現れ助けられた。
彼女の真意が今でも全く分からなかった。 それだけではない。
ライトニングスピア・・・光の最高位超魔法。 これはナーティが封印の神殿で自分たちに使ってきた魔法だ。
あいつは完全にこの魔法を使いこなしていた。
あいつの本当の実力とは・・・一体どの程度なのか・・・見当がつかなくなった。

一行はハスタール王国領の最北端まで来た。
ハスタール王国は、ヴァロール島と同じく海に浮かぶ、島の上に建国されている国である。
エレブと違う所は、孤島であるか、そうであるかの違いであった。
ハスタールは本大陸と長い連絡橋で結ばれている。
その橋は、まるで天まで続く階かと思うほどに、長くそして美しいものだった。
「うわぁ・・・。」
セレナはその雄大さに思わず声をあげた。 こんな、まるで神が降臨して創造したかのような
そんな壮大な建造物が、今目の前にある。 こんな大規模な建造物はエレブには無い。
エレブで言う大規模な建造物なんて、城ぐらいだし、大橋と呼ばれるものも、せいぜい湖の上を渡る規模だった。
こんな、海を割るなんてことができるのか・・・。 セレスもこの建築技術の高さには舌を巻いた。
「なんて技術力なんでしょうか・・・。 エレブに帰る時は、是非この技術を持って帰りたいものです。」
それを見ていたカイは、胸を張る。 カイにとっては珍しかった。
人間が、こんなに技術を真っ直ぐな目で見るなんて。 エレブの人間は・・・粋なのか、それとも良いヤツなのか。
「はっはっは! どうだ、驚いたか田舎者共め!」
「な、何よ。 あんた、いきなり。」
「この橋はよぉ。 オレ様達竜族がぶっ建てたのよ。」
「へぇ・・・。 ってそうなの!? これも・・・竜族?」
この橋は、竜族が本大陸へ渡る為に造り上げた橋だった。
ハスタール王国内といい、この大橋といい、竜族の技術力は計り知れないものがあるようである。
どうやったら、海の中に橋を建てたりできるのか。 これは魔力によるものか・・・。
もしかすると、神話として伝わっていることも、竜族によるものかもしれなかった。 海を割ることすら出来てしまうのなら。
「うぉーすげー。 水平線まで続いてるぞ、この橋! 竜族ってすげーなぁ!」
クラウドが向こうを覗き見るように叫ぶ。 褒められてカイも鼻が高い。
「へ、竜族の頭脳を思い知ったか! うひゃひゃひゃ!」
その耳に付く、下品な笑い方にセレスやレオンが食いついた。
「何で貴方が威張るんですか。 貴方が建てたわけじゃないでしょう。」
「確かにな。 竜族全てが高い頭脳を持っているわけでは無いだろう。 なぁ、セレナ?」
「レオン! どういう意味よ!」
顔を膨らせながら上を向いて怒るセレナを、レオンは飛竜の上から笑っていた。 本当に予想通りのリアクションをとってくれる。
レオンに釣られて、シーナも笑う。
「姉ちゃん学問所のテストで、可をとったことすらないもんねー。 あいたぁ!」
「うるさい! あたしをバカにするとグーで殴るぞ!」
「もう殴ったじゃん! あぅ・・・。」
頭をさするシーナを気遣いながら、カイは鼻でセレナをあしらった。
「へ、そんな未開の野蛮人と一緒にするなよ。」
カイにその後、セレナから血の制裁が下った事は言うまでも無い。
何が未開の野蛮人だ・・・。 斬り刻まれなかっただけでもありがたく思え、この尻軽王子め!

束の間の感動を終えた一行は、本大陸へ向けて再び歩みだした。
その橋には人っ子一人歩いていなかった。 竜族も、人間も誰も歩いていない。
渡る前から、この橋は芸術的な美しさだと思ったがこれでは本当にそれが正しそうだった。
芸術品であって、橋としての使命を果たせてはいなかった。
「ねぇ、なんでこんなに誰もいないわけ?」
「そりゃそうさ。 誰が好き好んで他の種族の国へ行きたがるよ。」
セレナはこの大陸の、種族ごとの外殻が思った以上に厚いことを、カイの言葉から感じ取る。


134: 手強い名無しさん:06/04/03 19:35 ID:E1USl4sQ
あまり交流も無い、というのが現状なのだろう。
お互いをあまり良くは思っていない。 だから一層自分達の種族の殻にこもってしまう。
そうなれば相手のことが更に見えなくなる。 悪循環だ。
何故、お互いをよく思えない、理解できないのか。 それが自分達の知るべき事だと、彼女は思った。
「だったら、何でこんな橋をおっ建てたんだよ。 竜族は。」
クラウドから出て当然と思われるような質問が出た。
お互いに交流しないのであれば、橋をかけて行き来できるようにする必要性はないはずだ。
「ハスタールは、見ての通り孤島だ。 資源が圧倒的に本大陸に劣る。
神竜や飛竜なら、海上を飛んでいけばいいんだがな。 竜族はそれだけじゃない。火竜に氷竜に・・・。
翼を持たない種族もかなりある。 そいつらが本大陸に渡る為に必要だったのさ。」
カイが“おのぼりさん”たちにしっかりと説明してやる。
ならば、何故竜族は本大陸を手に入れようとしなかったのだろうか。 話は簡単である。
代々の竜族の王が、それを許さなかったから。 それは彼らが聖王と崇めるナーガの言葉故だった。
人間の世界に関与してはならない。 我々が関与すれば、必ず災いが生じる。
この言葉を信じ、彼らは人間の世界に根を下ろすことを良しとしなかった。 人間族の行いを見て見ぬ振りをしていた。
「おかしな話だな。 ならば、なぜ竜族すら誰も渡っていないのだ。」
レオンは周りを見渡すが、やはり人の姿は全く見当たらない。
橋の途中に設置してあるベンチが、悲しそうに空を向いている。
「人間はな、オレ様達竜族のことを化け物扱いして、あまり友好的じゃねーんだよ。」
セレナには分かっていた。 その意味が。
自分もエレブの行く先々で、耳や背中の翼に好奇の視線が注がれていた。
自分達とは違う生き物だと思われる事は仕方ないことだが、だからと言って弾き出されるのは堪らなかった。
幸い自分には、自分を理解してくれている仲間がいる。 変なヤツではあるが同族の知り合いも出来た。
もし、自分がエレブの本大陸で育っていたら、好奇の視線に耐えられずに、違う性格に育っていたかもしれない。
「どういうことだよ。」
「化け物に変身して、世界を滅ぼす種族ってな。 あいつらは、なんでも自分中心でしか考えられないのさ。
なんでも自分達が一番正しく、スタンダードなんだと思い込んでいやがる。 だからオレ様も、人間はあまり好きじゃねぇ。」
セレナはカイの言うことがよく分かっていた。 しかし、それこそが、今一番問題視するべきところだった。
世界を正そうとしている自分達が、同じようなことを考えていてはダメだ。
あたしは教わったんだ。 姉貴やあいつに。そして、自分は理解したんだ。
いいヤツは種族にかかわらずいるし、悪いヤツは人間だろうと竜だろうと、ハーフだろうと居るって言うのは。
「カイ。 種族で縛るのは良くないよ。 人間にだって良い人はいるし、竜族にだって悪い人はいる。
憎むべきは悪い心であって、人じゃない。」
アリスはその言葉に笑顔でうなずく。 自分が教えた事をしっかり覚えている。
カイは暫く目を点にしていたが、目を閉じて、鼻でふぅっと笑って見せた。
「へ・・・、そうかもな。 オレ様、一つ賢くなったかもしれないぜ。」
自分の言った事を同族が理解してくれて、セレナは嬉しかった。
しかし、そんなセレナを突き放すように、カイは言葉を続けた。
「・・・でもな。 それはあくまで建前だ。 現実、多くの人間が竜族に偏見を持っている以上、
人間と一括りにしても差し支えは無いんだよ。 現に、人間達はハーフを差別して隔離している。
人間全員が差別意識を持っていないにしろ、そんな酷い仕打ちに異論を唱えられないなら、例えそれに反対していても同罪だ。」
「カイ!」
「セレナ、そう熱くなるなよ。 オレ様だって分かってる。 お前の言っていることが正しくて
それを実現する為に、種族で縛られない世界を作る為に行動している事は。」
「分かっているなら・・・!」
興奮するセレナ。 しかし、カイは落ち着いていた。
他の面子は、カイの違う一面を目の当たりにして、軽いだけの存在ではないと感じていた。


135: 手強い名無しさん:06/04/03 19:36 ID:E1USl4sQ
「落ち着けって。 でもな、理解する事と、割り切る事の話は別だ。
お前もそういうことがあるだろ? 頭では分かっていても、認められないことが。」
「あるよ。 あんたが王子だと分かっていても、認めたくないし。」
「・・・まぁいいや。 あるんだろ? 差別ってのはそういうもんだ。
一度差別が始まれば、世論に乗っかってどんどんそれが常識化しちまうんだよ。
一度常識になっちまえば、それを疑ってかかること自体難しくなる。更にそれに異論を唱えれば
世間からはじき出される事は請け合いだ。」
人は自分と違うものを嫌う性質がある。
そして、ジョウシキにそぐわない行動をする者を、何とか排除しようとするのである。
チツジョを保つ為に。 だがそれは、自分と違うものを認められないゆえの短絡的な行動である事も多い。
「あんた・・・世間からはじき出されるのがいやなの?」
「・・・全く嫌というわけではないが・・・オレ様も正直、こんな世界はぶっ壊したいと思っている。
だから、お前達をお供にしてやったんでしょー?」
「いつお供になったのよ!」
「まぁそういうことにしておけって! オレ様の一番の右腕ってことにしてやるからよ!」
カイがセレナの肩を腕で包んでご機嫌をとろうとするが、セレナは膨れていた。
誰がこんな尻軽王子の右腕なもんですか。 でも・・・こいつも意外と考えてるんだな。
「しかし、何にしても人間の意識を変えないとな。
そのためにも、諸悪の根源であるあの糞ジジイを何とかしないと。 ・・・メンドーなことになりそうだ。」
カイはヘラヘラ笑っていたかと思うと、また真剣な表情で考え込み始めた。
多重人格なのか・・・? セレナにはどっちが彼の本当の姿なのか見当が付かない。
「糞ジジイって?」
「お前も見たろ、オレ様と一緒に居た、やたら偉そうに取り仕切る糞ジジイを。 あいつだよ。」
「あぁ、あたし達を捕らえようとしてたあの。」
「そう。 あいつはこの大陸の世界宗教の教皇なんだ。 あいつが好き勝手やって、他の人間もそれに言いなりだ。
あいつは神の御言葉を語って、人間を扇動しているといっても過言じゃない。
この橋の建設も、当初人間は反対していたんだが、やつの鶴の一声で一発決定さ。」
指導者によって、世界情勢は大きく変わる。 賢者が仕切れば、世界は住み良く平和に
愚者が仕切れば、世界は欲望と憎悪に満ちた暗黒の世となる。 アルヴァネスカはまさにそれを如術に現していた。
「でも、教皇はなぜ橋の建設を?」
「それは、教会のトップを狙う為。 ・・・まぁお前達のは関係ない話さ。
とにかく、人間の意識を変えるには、まずその意識を作り出す源を何とかしなきゃならんのよ。」
セレナとカイがお互いの理解を深めると、また歩む足を速め、一行に追いつく。
話し込むうちに、歩調が鈍り、他の面子と距離が開いてしまっていたのである。
その追いついたカイに、クラウドが早速質問をぶつけた。
どうやら声は聞こえていたらしい。
「おい、カイ。 人間は竜やハーフを毛嫌いしてるんだろ?
お前はともかく、セレナは竜だし、俺やシーナはハーフなんだぜ? 入国して大丈夫なのか?」
クラウドは不安だった。 ハーフが差別されている。 エレブで人間がされていたことを、今度は自分がされるかもしれない。
そんなところに自分達は向かっている。 大丈夫なのか。
「へぇ・・・。 お前、意外と頭回るじゃねーの。」
カイがクラウドに不気味な笑い顔を見せる。
クラウドはそれを見てより不安が募った。 カイは、一体何を考えているんだ・・・。 こいつ、意外と侮れないぞ。


136: 第三十六章:大陸を制するもの:06/04/08 20:35 ID:9sML7BIs
長い長い橋を数日かけて渡り終えた一行は、ようやく本大陸にたどり着いた。
そしてそれは、同時に人間のテリトリーに足を踏み入れたことも意味した。
この大陸でも、その多くを勢力圏に治める人間族。 彼らの国はマーキュレイと呼ばれている。
マーキュレイは統一国家であり、本大陸のほぼ全てを帝国領としていた。
マーキュレイは3つの地区に区分けされている。 西のイースレイ、北のノースレイ、そして帝都のある中央マーキュレイである。
地図で見ると、今自分達のいる中央マーキュレイは丁度オスティアにあたる場所であった。
どちらの大陸でも人が多く集まる部分が共通している。 やはり、人の集まりやすい条件が整っているのだろうか。
「ここが人間の国なのかぁ・・・。」
セレナはあたりをきょろきょろする。  こちらの大陸でも、やはり人は溢れていた。
数もさる事ながら、生命力、活気に満ちている。 オスティアと、エレブ大陸と殆ど変わらなかった。
こちらのほうが、技術が進んでいること以外は、自分達の大陸と見た感じでは変わったところは見受けられない。
綺麗に石畳に舗装整備された街路、整然とした街並み。
そこに溢れる人、笑顔・・・。 穏やかな日常が流れているように見えてきた。
「そこまで酷いようには見えないけど・・・。」
シーナも街の様子を丁寧に見てみるが、差別が行われていたり、酷い仕打ちを受けている様子は見受けられない。
皆笑顔で楽しそうである。 繁栄帝国の帝都に相応しい盛況さが、ここにはあった。
影の部分をすっぽり覆い隠して尚余りある、 見た目だけの平和がそこにはあった。
ちょっと見ただけでは見破るどころか、影を覆う手助けをしてしまうかもしれないほどの偽りの平和が。
「あー、そろそろ夕焼けが綺麗な時間だぜ。」
カイがノーテンキに背伸びをしながら西の空を仰ぐ。
そこには白色から紅に変わる、美しい陽があった。 セレスも一瞬見とれたが、すぐ我に返った。
「何を暢気なことを言っているんですか。 僕達は遊びに来たわけでは・・・。」
「わぁ、ホントだ。 キレイ〜。」
カイにつられて沈み行く太陽に見とれるセレナ。 将がこうでは、セレスもこれ以上強くいえない。
何時もは注意する側のシーナまでもが見とれていたので、彼はあっけらかんとしてしまった。
「なぁセレス君よぉ。 今日のところはもう日が暮れるし、宿で数日分の旅の疲れを癒そうぜ?」
「おー、俺も賛成!」
歓喜の声をあげるクラウド。 マーキュレイに着くまでの何日間、ずっと橋の上での野宿に加えて夜の見張りが続いた。
今日は暫くぶりのベッドが待っている。  そう思うと声をあげずにはいられなかった。
「そうね・・・。 セレス、今回のところはカイの言うことを聞いておきましょう?」
「おー、アリス様は話が分かるなぁ。 おい、セレナ行くぞ。」
いつまでも日を眺めているセレナの首根っこを捕まえて、カイが先頭を歩いていく。
彼はマーキュレイに度々訪れることがあったから、帝都のこともそれなりに知っていた。 
偽りの平和に覆い隠されている影の部分も・・・。 彼は宿に向かってずんずん歩いていく。
「それにしても、結局橋を渡る途中で誰とも会わなかったな。」
宿に着くと、自分の愛竜を厩に止めながらレオンが同じように愛馬を繋ぐクラウドに話しかける。
「あぁ、何か気味が悪かったぜ。」
「そりゃそうよ。 あの橋を渡る人間なんか・・・あの糞ジジイぐらいだ。」
突然後ろから声がしたので二人は後ろを向いた。 そこに立っていたのはカイだった。
「なんでだよ。」
「人間はオレ様達を恐れているからな。 聖典に、竜族は身の丈云十メートルという神の戦士に変身して
あだなす人間を、食い散らかすという文がある。 神の戦士というところは華麗にスルーしてやがるが
竜は人間を食い散らかす怪物だと思い込んでいる。 糞ジジイは経典から竜族を消すことで必死だからな。」
「なんで竜族を経典から消すのに、竜族の国へ行くんだよ。」
「まぁまぁ、そのうちわかるってことよ。 それより、早く宿に入ろうぜ、クラウドくん?」
「え? あぁ。」
カイが珍しく野郎のクラウドを連れて宿に向かっていく。
レオンはこのとき、何か嫌な予感がした。 カイは何かを企んでいる。 彼は急いでカイを追った。
皆を照らす陽が人に阻まれて影ができる。 それが夕日ゆえに長くなって、次第に街を闇に包んでいった。



137: 手強い名無しさん:06/04/08 20:35 ID:9sML7BIs
セレナは部屋を取ると、晴れやかな顔でそのまま部屋へ向かう。
それを追って、残りの面子も二階へと登っていく。
しかし、クラウドとシーナが二階へ上ろうとしたその時、カイが二人の首根っこを捕まえた。
「何だよ、痛ぇじゃねーか!」
「カイ様・・・何?」
カイは二人から手を離すと、壁にかかっている板を見てみろと言わんばかりに指差す。
クラウドは顔を近づけてみる。 何か書いてある。顔をしかめて覗き込んでみると・・・。
「純血種以外、当宿のご利用はお断りいたしますぅ??」
「そ。 だからお前たちは今日も野宿ってわけだ。 分かったらさっさと厩にでも行きな。」
カイは冷たく二人を突き放す。  純血種以外・・・すなわち半人半竜の血を引くクラウド達は施設を使うことすら叶わなかった。
納得できないクラウドは、二階へ上ろうとするカイを追いかけ、問い詰める。
「おい、待てよ。 何で俺達だけ野宿しなきゃならねーんだよ。」
「何でって、お前たちが混血種だからだろうが。
混血種と居るところを見つかったらオレ様まで厩行きだからな。 早く外へ行けよ。」
「てめぇ・・・!」
「オレ様に当たることじゃねーだろ? アルヴァネスカ・・・いや、マーキュレイはそう言う所だ。」
納得できないクラウドだが、カイにこれ以上当たってもどうしようもない。
兄とカイの様子を宿の入り口から不安そうに見ていたシーナも、堪らずに寄って来た。
ケンカをしている所を見ているのは我慢が出来ない。
「カイ様・・・。」
「おう、シーナちゃん。 オレ様もこんなことをしたくないんだがな。  ここはこういう国だ。
セレナ達にはよく言っておく。 オレ様を・・・信じてくれ。」
カイはシーナを見つめた。  その顔はいつもの顔ではなかった。  ハスタール城のとき見たような、真剣な、別人のような顔で。
「・・・分かりました。 兄ちゃん、行こう。」
シーナはカイを睨みつけるクラウドを引っ張って外に出た。 その二人の様子を、ずっとカイは眺めていた。
そして、扉が閉まる所を見届けると、彼は口を真一文字に結んで階段を上がっていった。
靴底が床を叩く音が、運命の扉を叩くノックの如く、セレナたちの部屋へと近づいていった。

「ひゃっほーぅ、久しぶりのベッドだぁ!」
皮鎧や剣を身に着けたまま、セレナがベッドの上で飛び跳ねる。
母の手のひらにも似た感覚。 肌に伝わる柔らかな感触にセレナは顔を押し付け頬ずりした。
ベッドの上で大の字になる従兄妹を、セレスがマントをたたみながら見ていた。
「ベッドには鎧をはずしてから寝てください! まったく、何度言ったら分かってくれるのやら。」
片づけが終わると今度は鞄から本を取り出して、セレナを叩き起こす。
「さぁ! せっかく机があるのですから、この前の続きから始めますよ! テキストの137ページを開いて!」
「えー!? 嫌だよ! なんで勉強なんかしなきゃいけないのよ!」
セレナは毛布に包まると、ベッドにしがみ付いてしまった。
せっかく冷たくて硬い地面でなくて、暖かくてやわらかいベッドがあると言うのに。
その横にある硬い机で、堅いヤツにあーだこーだと薀蓄を聞かされるなんて真っ平ごめんだ。
「何をしているんですか。 世界を救うとなれば、知識が必要です。 武器の種類、相性、魔法の相関!
戦う上で知っておかねばならない事を勉強しなくては、何が起こるかわからない今後を生き抜くことは出来ません!
さぁ! 早く! ベッドから! 起き上がりなさい! この!」
「いぃーやぁだ!」
セレスが何とか毛布をはがそうとするが、セレナもそうはさえまいと必死にしがみつく。
その様子を、アリスは笑ってみていた。 本当に仲がいい。
「姉貴! 笑ってないで、セレスに何とか言ってよ!」
「うふふ・・・。 セレスの授業は為になるし、一緒に受けましょう?」
アリスも毛布をはがすことに協力しだした。
こうなっては流石のセレナも敵うはずもない。 ベッドから引っ張り出されたセレナは机に縛り付けられた。
「うへぇ・・・悪夢だぁ!」
彼女のうめき声ともとれる悲鳴は、部屋の外で見張りをしているアレンにも聞こえるほどだった。


138: 手強い名無しさん:06/04/08 20:36 ID:9sML7BIs
セレナは暫くセレスのウンチクを、右の耳から入れて左の耳から出していた。
「・・・というわけで、炎は風の魔法に強いわけです。 ・・聞いているんですか!」
「聞いてるよ、ぶつぶつ。」
「全く、もう少し真剣に勉強してください。 シーナちゃんなら一生懸命にノートを取るのに。」
セレスが妹の名前を出して初めて、部屋に妹がいないことに気付いた。
最初はどうせ後から来るだろうと思っていたのだが、未だに部屋にいない。 妹だけでなく、アニキもいない。
あたりを見渡すセレナの首を、セレスが再び机の前に戻そうとする。 その時だった。 部屋にカイが入ってきた。
「おいおい、お前ら外まで声が丸聞こえだぞ。」
カイがセレナやセレスのほうを見て呆れ顔で笑った。
彼にも話の内容を聞いていたから、使っているテキストを覗き込んだ。
「なんだこりゃ。 こんなのガキが習うレベルじゃねーか。 セレナ・・・やっぱお前、田舎の無学者か。」
「う、うるさい! それよりさ、シーナ達知らない?」
カイは、自分から切り出そうとしていた話をセレナに先制され、言葉に詰まった。
しかし、セレナ達にマーキュレイの現状を知ってもらう為にも、ここでうまくやらなければシーナちゃんに悪い。
「シーナちゃんとクラウドは、今日も野宿だ。 二人とも厩にいるはずだ。」
予想だにしない彼らの居場所に、その場にいた皆は耳を疑った。
「厩?! 何でまたそんなところに。 それに、どうして二人だけ野宿なのさ。」
「そうですよ。 変な悪戯をしていないで、早く二人を部屋に招待してあげてください。」
二人には自分が悪戯をしているように思われているようだ。 だが、当然悪戯などではない。
事実を皆に分かってもらわなければ。 この大陸にまかり通っているジョウシキを。
「悪戯じゃねぇさ。 あいつらは、半竜人。 マーキュレイは、半竜人を受け付けない国。
そして、その国がこのアルヴァネスカを牛耳る最大勢力。 ・・・何を意味しているか分かるか?」
セレナは一つ一つ考えてみる。 シーナや兄貴はハーフ。
ハーフを受け入れない国にハーフがいたら追い出される。 ・・・居場所は無い。
「酷いよ。 こんなの酷い!」
頭で考え終わるや否や、セレナは怒鳴った。
自分の仲間が仲間はずれにされて、今日も寒い外で野宿だなんて。 彼女は机から立ち上がった。
「セレナ? 何処へ行くの。」
外へ出て行こうとするセレナを、アリスが彼女の腕を掴んで止める。
「姉貴、離してよ! 兄貴たちを迎えに行ってくる。 こんなの納得行かない。」
「待って、セレナ。 貴女の気持ちはよく分かるわ。 でも、今ここでそんな事をしても、騒ぎが起こるだけよ。」
姉に説得されて、力なく顔を下へ向けるセレナ。 ここで騒ぎを起こしたら、今後の旅に差支えが出る。
ここはぐっと気持ちを抑えなければ。 しかし、人間はエーギルの波長を読み取れないはずなのに何故半竜だと分かるのか。
後で少し厩に行って、二人と話をしようと思った。
レオンは嫌な予想が的中して、渋い顔をしていた。 ・・・いや、まだ大きな騒ぎが起こる前に
この大陸のことを少しでも分かった事は大きい。 カイに感謝しなければ。
「しかし、何故この大陸の人間達はハーフを毛嫌いするのだろうか。」
「さぁなぁ、分からねぇさ、人間の考える事は。
・・・でもな、差別とか、迫害ってーのは、根拠なんていらねーんだよ。 噂が噂を呼んで
それがいつの間にか事実として語られる。 そして、後世の人間はそれに疑いの目を向けることも無い。
都合がいいんだよ。 人間っつーのはよ。」
論理的な理由があるのなら・・・差別なんてどうにだってなるさ。
その部分を修正すればいいんだからな。 そうじゃないから・・・こんなことになってるんだ。
人間は・・・すぐ自分本位で考える。 ・・・おっと、オレ様も人間と一括りで考えちまったぜ。
カイの言葉に、セレナも反論できなかった。 人間と一括りにしていてはいけない。 けど・・・。
自分と種族が違う。 それだけなのだろうか。 それなら奴らも竜族と仲は悪いのだから、自分達だって差別対象になったはず。
しかし、実際に迫害されているのはその両者の混血である半竜人だけだ。
変な偏見を持って竜族を嫌ってはいるが、半竜達へのやり方とは明らかに違う。


139: 手強い名無しさん:06/04/08 20:36 ID:9sML7BIs
セレナには、何が人間族の理を曲げて、ジョウシキとして君臨しているか分からなかった。
それを知る為にも、今は騒ぎを起こすことが出来ない。 ここは・・・我慢だ。
「分かったよ。姉貴、カイ。 でも、やっぱり納得できたわけじゃない。 ちょっと、兄貴達と話をしてくる。」
セレナはアリスの手を振り払うと、部屋の扉を開け放った。
そして、勢いよく明けられた扉から、セレナが弾けるように飛び出して行った。
「あ、ちょっとセレナ!」
「納得できない、ねぇ・・・。 頭じゃ分かっていても、そうとは納得できない・・・。 やれやれだぜ。」
カイは外へ飛び出すセレナを止めなかった。
開け放たれた扉が少しずつ閉まる。 その裏から、外で見張りをしていたアレンが鼻を抑えてふらふらしながら出てきた。
「いたたた・・・。 何が起こったんだ・・・。」

一方厩では、追い出された二人が仕方なく、わらを下に敷いて寝転がっていた。
「何で俺達だけこんなところにいなきゃいけないんだよ。」
上半身を起こしながらクラウドは不満を漏らした。 無理も無い。
しかし、シーナは信じていた。 カイのあの目を。
「兄ちゃん、落ち着いてよ。 こっちの世界は、ハーフは差別されているって聞いていたし、当然かもしれないよ。」
「でもなぁ。 それを変える為に来たのに、それに甘んじるっていうのも納得できないな。」
「仕方ないよ。 今はカイ様を信じて、大人しくしていよ?」
「信じるっつったって、あいつの何を信じるんだよ。」
「カイ様はきっと、姉ちゃん達に差別の現状を知ってもらおうとしていたんじゃないかな。」
クラウドははっとした。 確かに、ここに来るまで、差別が行われていること自体分からなかった。
そして、あいつの言動が何時もに比べて更におかしかったような気もする。
「でも、あいつがそこまで考えて行動するようなヤツには見えないけどなぁ。」
「カイ様は頭いいの! それが分からないなんて、兄ちゃんの目は節穴なの?!」
「・・・お前、やけにあいつの肩を持つな・・・。」
クラウドも妹に宥められて、仕方なくまた寝転がる。
納得は行かないけど、今ここで騒ぎを起こしたら、何をしにこの大陸に来たのか分からなくなる。
不安だが、ここは妹の言うとおりにするしかなかった。
温かいベッドも、うまいメシも、今日はお預けだ。 妹を守る為にも、今日はここで寝ずの番になる。
積もる不満や不安に目を瞑るように、クラウドはそのまま寝転がり続けた。
壁の隙間から漏れる夕日が目にしみる。 ちょっと想像してみた。
日差しが眩しい外へ出れば、迫害されて酷い目にあわされる。
陽を避け、人目を避け・・・ひっそりと息を殺して暗闇に生きる・・・。 考えただけでも嫌だった。
しかしそれが、きっとこの大陸ではまかり通っている。 今の自分のように、ハーフは小屋に閉じこもっているのだろう。
エレブでは・・・する側だった自分達の種族。 自分達だけが日を浴びて生きることが出来た。
今度はされる側に回った。 こんなのはおかしい。 自分が味わってみて初めて覚えるこの感覚。
クラウドは、世界を変えたいと思っていた。 しかしながら、エレブにいたときにはこんな感覚は無かった。
頭の中で、どこかエレブの惨事が他人事であったのだ。 そう思うと、クラウドは自分にも腹が立った。
自分がされて見ないと分からない。 じゃあ、エレブで何のために戦っていたのだろうか。
俺は・・・単になる偽善者なのか。 自分は、ナーティの言っていたように、独りよがりの偽善者なのか。
目の前の現実から目を逸らそうと目を瞑ってみたが、今度は自分にハラが立って寝ていられなくなった。
目を開けてみると、そこには天馬の世話をするシーナがいた。
「なぁ、シーナ。 お前さ、エレブにいたときと、こっちでこうしてからと、どっちが世界をおかしく感じる?」
寝ていると思った兄から唐突な質問をされ、シーナは戸惑った。
同じことをシーナも感じていた。 される側になって初めて覚える感覚を。
「え・・・。 変わらない・・・と言ったら嘘になるかな。 こっちに来てからのほうが強く感じる。」
「やっぱりそうか。 俺ら・・・単なる偽善者だったのかもしれないな。 実際やられて初めて、強く感じるんじゃ・・・。」
「・・・。」


140: 手強い名無しさん:06/04/08 20:36 ID:9sML7BIs
シーナも閉口してしまった。 ナーティやニルスに自分達がやっている事は無駄だといわれていた。 その理由が分かった気がした。
自分達も所詮生き物。 自分に都合が悪くなってからでないと、事の重大さに気付かない。
結局自分の都合の良いようにならないからおかしいと感じる。
・・・世界の為だなんて大義を掲げているけれど、結局は自分の為。
これでは自分の種族の為にエレブを乗っ取った他のハーフと変わらない。 やっぱり自分もハーフの一括りなのか。
こんなんだから、ハーフは差別されるのかな。 でも! それなら他の種族だって自分勝手じゃない。
なのになんで私達だけ。 ・・・暴挙を起こしたハーフたちもきっとこんな気持ちだったんだろうな。
「・・・そうだね。 私達は単なる偽善者かもしれないね。 結局自分の都合の良い世界に変えたいだけなのかも。」
「あぁ。 悔しいが、昔ナーティの言ってたとおりになってるな。
正義なんて言葉は、偽善者が自分を正当化するための道具だってよ。 俺達は、偽善者か・・・畜生!!」
拳を地面に叩きつけて、クラウドが怒りを顕にする。
その怒りは理の捻じ曲がった世界に向かってのそれだけではない。
それは自分達こそが正しいと意気込み、世界の為と正義を掲げていた、偽善者である自分に向けて怒りだった。
「兄ちゃん・・・。」
シーナも兄にどういった言葉をかけてよいか分からず、黙ってしまった。
否定したい。 自分達は偽善者なんかではなく、本当に世界の為と思って行動しているんだ。
それを肯定したかった。 しかし、それができなかった。
どこかで言われたことがある。 ・・・そうだ、封印の神殿で、ブラミモンドに言われたあの言葉。
自分達が間違っているとも思わず、周りが悪いだなんて、何と高慢なんだ、という言葉。
そうかもしれない。 本当は自分達が間違っているのかもしれない。
「違う。 偽善者なんかじゃない。 惑わされないで。」
厩を包む沈黙を破るかのように、澄んだ声がその中に響いてきた。
それは二人にとって聞き覚えのある声だった。 どこか身近な声のような気もするし、シーナにとっては、懐かしい声にも聞こえた。
この声は・・・封印の神殿で見せられた、母さんの幻影の声と同じだ。
また、私達は騙されている? 自分達が正しいと肯定したいがばかりに、その意識が幻聴を作り出している?
シーナは意を決して、扉を開けようとした。 しかし、開ける前に、扉が勝手に開いた。
開いた扉の外にいたのはセレナだった。
彼女は外で二人の会話を聞いていたのだ。 中の雰囲気が重くて、中々入るタイミングをつかめなかったのだった。
仲間が悩んでいる。 自分は今まで仲間に色々助けられた。 自分も何とかして仲間の悩みを解消してあげたい。
でも、仲間の悩んでいる事は、自分も悩んでいることだった。
「セレナ。 お前、俺達と一緒に居るとあまり良く無いぞ。」
「そんなのどうでもいいって。 兄貴達は仲間じゃんか。 いや、家族だよ。」
セレナは暗い顔をする二人に何時もの笑顔を向ける。
二人は何か救われた気になった。 いつも、こいつの笑顔に励まされる。
陽も殆ど落ちて、小屋の中は暗い。気持ちまで暗くなってきそうだった。
だが、それをセレナの笑顔が食い止めた。 笑顔は沈んだ心への万能薬なのかもしれない。
「姉ちゃん・・・。 でも、私達のやってることが、本当に正しいのか、分からなくなってきたよ。」
シーナには不安だった。 偽善者の道具と化した正義が、世界を更に歪めてしまうのではないかと。
世界を良い方向へ変えたいと思っている自分が、世界を悪い方向へ歪めているとしたら、腰が砕けてしまう。
「本当に正しいかは、あたしにも分からないよ。 でも、あたし達は、あたし達の考えが正しいと思って行動してる。
自分の気持ちを信じることも大事なんじゃないかな。」
「でも! でも・・・信じた考えが間違っているとしたら、怖いよ。」
セレナは妹が焦っている事に気づいた。 セレナも思い出していた。 自分の師匠の言葉を。
理想・・・信じる・・・。そんなものは、独りよがりの戯言だ、というあの言葉を。


141: 手強い名無しさん:06/04/08 20:37 ID:9sML7BIs
しかし、今のセレナはその言葉に屈しなかった。
信じることを止めてしまえば、それは自分自身を否定するも同じだ。 自分の考えは、自分そのもの。
あいつは、自分を捨ててしまった者なのだ。
自分で考えず、従っているだけなら、それほど楽な事は無い。
全ては上が考えてくれる。悩むことも無い。悩みは、自分の考えと現実が互いに違う事によって発生する。
現実しか判断材料が無いのなら、悩みも発生しない。
しかし、セレナはそんな風にはなりたくなかった。 自分がナーティに誇れる部分だもの。
「あたしは、自分の信じた道を貫く。 シーナは、今の世界をどう思う?」
「私は、私だって今の世界はおかしいと思う。」
「でしょ? 今の世界を変える為に、あたし達は頑張っているんだ。
それに、間違っているかもしれないと思って諦めたら何も変わらないじゃない?」
姉が笑顔で自分達を諭してくれる。 笑顔の中にも、真剣さが篭っている事をひしひしと伝えながら。
「でも、変えた世界が今よりもっと酷くなったら・・・。」
シーナは自分を追い込んでしまっていた。 皆から無駄だと言われる。
妹が何を考えているか、セレナには分かっていた。 十数年一緒に育ってきた家族だもの。
セレナは師匠に言われた言葉を色々心に刻んでいた。
裏切ったナーティではあるが、あいつの言うことには学ぶべき部分が一杯ある。
「シーナ。 あたしは、自分で動いて失敗する事はしても、悩んで動かずに後悔はしたくないよ。」
「動かずに後悔・・・。」
「そうさ。 失敗したり、間違えたら、やり直せばいいじゃない。 今だってそうでしょ?」
今自分達がこの大陸にいるのは、何も知らずに神将器を集めて、失敗してしまったからだ。
もっと知るべき事があると、こっちの大陸へやってきた。 そして早速その一端を知ることが出来ている。
自分達が差別を受けて更に、差別はいけないことだと思うようになった。 これは成果といえる。
失敗しても、何度でも諦めずにやり直せばいい。 最初から何でも完璧にこなせる人間などいない。
物事をうまくこなす人間と、うまく出来ない人間の差はここにある。
誰でも、何度も失敗し壁にぶつかる。 そのとき、自分には無理だと諦めれば、そこで終わりだ。
ここで踏みとどまり、諦めずに試行錯誤を繰り返す人間だけが、壁の向こうを見ることが出来る。
そして、時は常に動いている。 自ら動けば、世界までも変えることを出来る。 悩めば、時は動くが世界は変わらない。
もしかしたら、悩んでいる間に自分にはどうしようも出来ないぐらいに世界が蝕まれてしまうかもしれない。
悩む時間を行動にあて、試行錯誤にまわせば、いつかきっとうまく行く。 セレナはそう考えていた。
シーナは姉に諭されて、何となく気が楽になった。 そして、今まで黙ってセレナの言葉を聞いていたクラウドも、重い口を開いた。
「そうだな・・・。 俺達は出来ることを精一杯やるしかないな。 悩んでいる暇は無い。
この瞬間も、エレブでもアルヴァネスカでも、時が歪んだ世界を動かしているんだからな。」
クラウドはすくっと立ち上がると、シーナに笑顔を向けた。 セレナが自分にしてくれたように。
「俺らしくなかったな! なぁ、シーナ! 悩む暇があったら動こうぜ!」
兄の顔を見て、シーナにもうなずく。 その顔には、笑顔が戻っていた。
「じゃあ、あたし一回部屋に戻るね。」
「おう、明日からもバリバリ頑張ろうぜ!」
クラウドは厩から出て行くセレナを見送ると、また座り込んだ。
「はぁ、あいつと話してると自然と元気になってくるぜ。」
「そうだね・・・。 私も少しは見習わないと。」
シーナはそう意気込むが、クラウドは笑って止めた。
「止せ止せ。 あいつに習ったら、お前まで女じゃなくなっちまうよ!」
「あはは・・・そうだね。 やめておくよ。 ・・・私は兄ちゃんに女としてみてもらいたいもん。」
「ん? 何か言ったか?」
「な、なんでも!」
シーナはあわてて否定したが、少し残念でもあった。 聞こえないように言ったものの、聞こえて欲しかった。
大きな声で言うのは恥ずかしいけど、兄に自分の気持ちをいい加減分かって欲しい。


142: 手強い名無しさん:06/04/08 20:37 ID:9sML7BIs
そういえば・・・この厩は、馬以外には自分と兄しかいない。
・・・二人っきりだ。 そう思うと急に胸が熱くなってきた。
目線が落ち着かない。 何とか興奮を鎮めようと、下を向いた。 ・・・ふぅ。
落ち着いたところに、兄の声が飛んできてビクッとなった。 もしや聞こえていた?
「シーナ、お前もハラ減ったのか? 急に元気がなくなったけど。」
「・・・違うよ。」
「そうか。 あぁ、ハラ減ったぁ。 セレナのヤツ、飯もついでに持ってきてくれればよかったのに。 気が利かないぜ!」
・・・兄ちゃんのバカ! カイ様の爪の垢でも煎じて飲めって言うのよ!

次の日、一行は厩の外で合流した。
「おはよ、シーナ。 昨日は良く眠れた?」
「うん。 しっかり寝たよ。 兄ちゃんがずっと見張りをしてくれたし。」
セレナは妹の元気な顔を見て安心した。 妹達は自分の気持ちを分かってくれていたのだから。
自分をいつも助けてくれる妹達を厩に残して、自分だけ暖かい部屋で美味しい夕飯を楽しめるわけがなかった。
いつもおかずを取り合う妹も、自分と一緒になってイビキをかく兄も、部屋には居なかったのだから。
「姉ちゃんはぐっすり眠れた?」
「あ、うん。 もちろんだよ。」
シーナは姉からいつもの快活な言葉が返ってこなかったことに疑問を感じた。
しかし、シーナも姉にこれ以上心配をかけたくなかったから、何も聞かなかった。
「シーナちゃん、昨日はごめんよ? 昨日はああするしかなかったんだ。 寒くなかったかい?」
カイがシーナを後ろから抱き包む。 シーナは改めて思った。 カイが最初からハーフ蔑視の現状を知らせる為にこうしたのだと。
「分かっているよ。 カイ様。」
心配するカイに、シーナは笑ってみせた。 昨日姉や兄が、心配する自分にいつもしてくれるように。
それを見たカイは、ふっと軽く笑い、一呼吸おいて他の面子に話しかけた。
「さぁて、腹ごしらえに市場にでも行こうぜ!」
言われるがままに、セレナ達はカイに付いて行った。
付いて行ったというより、この国、いやこの大陸のことを知っているのはカイだけなのだ。

夕焼け空で見た城下町。 朝日に映えるそれは、それよりいっそう人が溢れているように見えた。
アレンはこの光景を、かつてのエトルリアやオスティアに準えていた。
すると、その空に、ロイやかつての友などの笑顔が浮かんできた。
ここの栄華のように、再びフェレに、エレブに光を取り戻したい。
自分が失ったものを取り戻したい。 もう二度と戻らない仲間達のためにも。
ロイ様・・・ランス達・・・シャニー・・・ディークやルトガー・・・そして・・・最愛の妻クリス・・・。
「親父。 なにやってんだよー。 早く行こうよ!」
セレナに引っ張られて我に返ったアレンは、馬の手綱を引きなおした。
「ん、そうだな。 行こう!」
「あ、あぁ・・・。」
セレナはやけに意気込むアレンに首をかしげながら、後ろを付いて行った。
市場は人だけでなく物も溢れ、まさに大陸の覇者の国であることを体現していた。
しかし、こんな光に溢れた国にも、それを飲み込むほどの闇が大きな口を空けているのだ・・・。
セレナは露店で買ったりんごをかじりながら、周りを見渡す。
その横顔が、アレンにはシャニーに映った。 彼はまた空ろな目になっていた。
天真爛漫さもそっくりだった。 シャニー・・・。 最初は元気で顔中から幸せが溢れていた。 輝いていた。
そして、その笑顔に、自分もまた元気を分けてもらっていた。
それが・・・おかしくなってきたのは竜に転生してからだったか。
どんどん笑顔の中に哀しさが混じり始めて行った。 自分のせいで大勢犠牲を出した。 故郷の皆に嫌われている、と。
あんなに人を信頼して疑わなかったシャニーが、どんどん人を信用できなくなって、輝きが鈍くなっていった。
まるで、恒星が輝いて周りを照らし、そして次第に輝きを失っていくように。
彼女の師匠であったディークもそれを心配していた。 しかし、自分達はそれを食い止められなかった。


143: 手強い名無しさん:06/04/08 20:38 ID:9sML7BIs
セレナには、姫にはそんな哀れな思いはさせたくない。 輝きを失わせたくない。
恒星の場合は輝きを失ったら爆発を・・・。 イカンイカン! 何を考えているのだ。
爆発なんてしてしまえば、それこそ取り返しが付かない。 人としてセレナが壊れてしまう。
フェレを取り戻す事も大事だが、きっとロイ様も、それ以上に姫の事を自分に命じるだろう。
「やっぱり・・・平和に見えるね。」
セレナの声に、彼は再びはっと我に返った。 そこには燦々と輝くセレナの顔があった。
「あ、あぁ。」
「どうしたのさ、しっかりしなよ。」
セレナは3個目のりんごに手を出そうとしていた。
「こら、食べすぎですよ。 きっとアレンさんは、クラウドが昨日シーナに何かしなかったか不安なんですよ。」
セレスは、あえてクラウドが食いついてきそうな言葉を選んだ。 だが、答えが返ってこない。
「あれ、クラウドはどこだ。」
レオンが探す。 しかし、いつの間にか、クラウドは居なかった。 クラウドだけではない、シーナも居なかった。
こんな人の溢れる場所ではぐれてしまったら、見つけるのも一苦労である。
「二人ともどこへ行ったのかしら。」
この大陸を知らない人間達にとっては、単にはぐれてしまってしょうがない二人だ、と言う風にしか捉えられなかった。
しかし、カイだけは、この大陸の常を知っている彼だけは、目の色を変えていた。
「やばいぞ・・・。 おい! 手遅れにならないうちに二人を探せ!」
言い終わるや否や、カイは人ごみを押し分けて走り去っていった。
レオンも彼の様子に何かを感じ取り、セレナの食べようとしていたりんごを取り上げた。
「二人が危ない。 ・・・急ぐぞ!」
「あぁ! あたしのりんごー!」
他の面子も人ごみへと消えていった。

その頃クラウドとシーナは街で皆とはぐれてうろうろしていた。
「あっれぇ、皆何処行きやがったんだ。」
「もぅ! しっかりしてよ!」
しっかりも何も、全くこの国の地理を知らないのだからどうしようもない。
二人もまた、自らに降りかかろうとしている災難に気付いてはいなかった。 早く皆と合流しないと。
そんな二人に、ある集団が近づいていた。 そのボスと思しき人物が部下を引き連れて人ごみを裂いて歩く。
「お変わりはございませんか?」
「はい、ガンマー様。 今日も一日商売に精進する所存です。」
「うむ、よろしい。 貴方にナーガ神のご加護があらんことを。」
集団のボス・・・ガンマーは商人に声をかけながら、城下町を巡回する。 彼はナーガ教の異端審問官。
彼に異端と宣告されれば、それは事実上、世の中から抹殺されることを意味した。
しかし、人間が異端と宣言される事は、王家に刃向かわなければまず無いことだった。
彼が恐れられる理由は他にあったのだ。
彼は配下の神官たちを引き連れ道の真ん中を歩く。 それを見つけた街の人々は、街の隅に避けて跪いた。
その目は、穏やかそうに見えるが、何か無理に目を三角にしているようにも見える
ガンマー達が角を曲がったところで、その一行は、自分達を阻むように道の真ん中を歩く者と遭遇した。
その者達を退かそうと、焦って配下の神官が寄ってきた。
「おい、そこの騎士、道を空けろ。」
そこの騎士とはクラウドのことだった。 事情を知らない彼は、当然反論する。
「何だよ、その偉そうな態度はよぉ。」
口論を始める二人にもとへ、ガンマーが来た。
「お前は、ナーガ教の異端審問官ガンマーに逆らうつもりか。」
「なんだよ、そのイタンシンモンカンって。」


144: 手強い名無しさん:06/04/08 20:38 ID:9sML7BIs
この国にあって異端審問官を知らない者はいない。 逆らえば即刻捕らえられてしまう恐怖の神官なのだ。
それを知らないというだけで、相手は怪しんだ。 しかし、ガンマーは感じてしまったのだ。
ハーフ特有の、人間と竜族の魔力が混じった・・・この微妙なエーギルの匂いを。
彼は敬虔なナーガ教信者にして、高位の司祭である。 人間といってもかなりの高魔力を漂わす人物だ。
魔力を漂わす者には、他の者が発するエーギルの匂いが分かるのだ。
そして・・・彼はその魔力を用い、ハーフ狩りを行う神官。 彼が恐れられる真の理由はこれだった。
人々の目には、容赦ないハーフ狩りを行う、神の怒りを具体化したような存在に移っていた。
彼は即刻、配下に二人を囲むように命じると、周りに聞こえるような大声で二人に向かって死の宣言をした。
「お前達はハーフだな! 神聖なマーキュレイに、ハーフでありながら法を破って侵入した。
これは神に逆らうも同罪。 今この場で、お前達に異端を宣告する!」
どよめく野次馬達。 二人は何がおきたか分からなかった。
しかし、よく分からないまま、二人は配下の神官に捕らえられてしまった。
「おい、離せよ!」
「黙れ、異端者に発言する資格は無い!」

二人はそのまま城へ連れられていった。 そんなどよめき止まぬ広場に、遅れてセレナ達が飛び込んできた。
「ハーフがマーキュレイに乗り込むだなんて、何考えてるんだか。」
「また魔術でも使って王家の簒奪でも狙ったんじゃないか? 他大陸でそうやったように。」
街で噂話をする野次馬達の声を聞き、カイは唇を噛んだ。
「くそ・・・遅かったか。」
全速力で走っていったカイに、ようやくセレナ達は追いついた。
「はぁはぁ、カイ! どういう事よ!」
「奴らは異端審問官の巡回に引っかかったんだよ。 マーキュレイにハーフがいること自体問題なんだ。
きっと二人は、異端審問官の怒りを買って、異端宣告を喰らったに違いない。」
再び走り出すカイを追いかけながら、セレスが彼に尋ねる。
「異端宣告を受けると、どうなってしまうのですか?」
「人間でも、異端宣告なんかされたら、抹殺されたも同然だ。
ましてハーフなら、もう極刑も免れないだろう。 ナーガ神に逆らうも同然だからな。」
セレナは腑に落ちなかった。 何故、世界宗教による裁きの中にも、種族による格差があるのか。
神は自らの元にいるものへ、平等に救済の手を差し伸べてくれるのではないのか。 それが、神というものではないのか。
何故人間の国にいるだけで、神に背くことになるのか。 全く理解できない。
しかし、それを聞いている余裕は無い。 仲間が捕まって、殺されてしまうかもしれない。
一行は疾風の如く走り、マーキュレイ城を目指し、人を押し分けていった。


145: 第三十七章:異端者カイザック:06/04/08 20:39 ID:9sML7BIs
一方、ここはエレブのベルン城。
メリアレーゼと、、エレン、ニルス、そしてナーティ。
更に今や唯一の生き残りである、ベルン五大牙の筆頭グレゴリオが参加して、今後について議論を飛ばしていた。
静かな城内に、拳を机に打ち付ける音が響いた。
「何度も言わせるな! 邪神を復活させたところで、平和が訪れるわけが無い!」
「ニルス様、落ち着いてください。 先程も申しましたとおり、ロキの下に皆平等となるのです。」
エレンは一人興奮するニルスを何とか押さえ込もうとするが、彼は止まらなかった。
「黙れ! 何が平等だ。 そんなのは平等とは言わん。 そんな・・・そんな見せ掛けの平和は必要ない!」
ニルスには、既にこの施政の行き着く先が目に見えていた。
暗黒神の下の平等。 それは平等でも、平和ではない。 暗黒神に怯えながら、何の希望も無く生かされるだけ。
それが彼には許せなかった。 何といわれようと、認めるわけにはいかなかった。
「見せ掛けの平和・・・? フッ、今の世も十分見せかけの平和だと思うがな。」
ナーティは腕組みをしながら、顔の前に垂れた髪の間からニルスを睨む。
「だから、このままではいけないと私は前にも言ったはずだ。」
「しかし何も変わってはいない。 結局、何者も差別されない世界など、幻想に過ぎないということだ。」
ナーティは悲観的だった。 そんな彼女にニルスは苛立ちを隠しきれない。
「だからと言って、暗黒邪神に世を任せるなど、狂っているとしか思えん! メリアレーゼ、もう一度言う。 考え直せ!」
ニルスに詰め寄られ、メリアレーゼも視線を逸らす。
ニルスとて、最初から彼女に敵対していたわけではない。
神の舞を踊る一族として、大人になれば竜族の中でも政治にかかわる立場になるはずだったニルスは、よくメリアレーゼとも会っていた。
その頃のメリアレーゼは、自分と同じように、誰もが差別されない、済みよい世界こそが至高の世界であると説くハーフの女帝だった。
それが、あの事件の後、突然考え方が変わってしまった。 もはや誰にも受け入れられる平和など存在しないと。
そうであるならば、どの種族も覇権を握れないように、絶対的な力の下に支配されるしか無いと。
ニルスはその考えには反対だった。 何度も考え直すように説いてきた。
だが、そんな努力もむなしく、彼女の考えは変わらなかった。 そして今も・・・。
「狂ってなどいません。 理想を追いかける事は、素晴らしいことです。
しかし、それが実現不可能なのに、執拗に求める事は、それこそ狂っているとしか思えません。
世界を平和にする為には、種族にかかわらず、同じ王に支配されるしかないのです。」
「だがな!」
「あなたも知っているでしょう。 竜族は、何があっても見て見ぬふり。
それでいて、世界を導くべきは、竜族だと思い込んでいる節がある。 そして人間は、自分以外を認められない狭い心と
自分の野心の為なら形振り構わない、欲に満ちた汚い心の持ち主。
あなただって、人間に利用されて、姉を失ったのではないのですか?」
「ネルガルは・・・確かに・・・。 だが! 姉上は、姉上の意思で人間と生きることを望んだのだ。
それは人間の欲とは関係ない。 それに、姉が慕った人間は、良い人間だった。
種族で縛り、この種族はこうだと決め付けてはいけない!」
「詭弁だな。 その種族の大半がそんなのだから、そう言われるのだ。 火の無いところに煙は立たん。」
「ナーティ! 貴様も何故、そこまでメリアレーゼに従う? 自分の同族を迫害していた彼女を。」
「私は、メリアレーゼ様が世界を救ってくださると信じているからだ。」
ニルスは顔をしかめながら、ナーティを睨みつける。
「本当にそうかな? 貴様は恐れているだけではないのか? 奴らのことで。」
「・・・。」
重い雰囲気の漂う部屋。 会議といっても、通し会議だった。 メリアレーゼの意志が変わる事は無い。
そんな重い均衡を破ったのは、グレゴリオだった。
「メリアレーゼ様、ワシは民が苦しまないのであれば、どんな施政でもかまいませぬ。
じゃが、ロキを召喚してしまえば、必ずや民は不安と恐怖に駆られることでしょう。」
メリアレーゼは、自分の腹心に反対され、少々残念そうにしたが、すぐ言い返した。


146: 手強い名無しさん:06/04/08 20:39 ID:9sML7BIs
「グレゴリオ・・・。 しかし、今でも民は苦しんでいます。 今がおかしいなら、変えなければなりません。
もし、それがだめなら、他の策を考えるまでです。」
「暗黒神を召喚してからでは遅い!」
「まぁまぁ、ニルス様、多数決を取ってみても、メリアレーゼ様の案は正しいと言うことです。」
賛成がメリアレーゼ含め3人、反対がニルスとグレゴリオの2人。 これは・・・多数の暴力だ。
ニルスは椅子から立ち上がると、何時ものようにマントを翻し去っていった。 靴底で床を叩き、高い音を立てながら。
「ニルス様をご説得し、我らベルン三翼でメリアレーゼ様をお助けしましょう。」
エレンがその場を取り繕うが、重い空気は払拭できなかった。 それを嫌うかのように
ナーティもまた、何かを思い出したの様に、突然会議室に後にした。
「・・・エレン。」
メリアレーゼはエレンを呼びつけると、意外なことを命じた。
「ナーティを付けなさい。 奴は何を考えているか今でも分からないところがあります。
怪しい素振りをしたら、すぐに知らせなさい。」
「は、仰せのままに!」
主の命を受け、エレンもワープで消えた。 部屋に一人残ったグレゴリオのところまで、メリアレーゼは歩み寄った。
「お前は慎重だな。」
「は、じっくり考えてからでも遅くは無い事柄ですので。」
「この瞬間でも、同族が苦しんでいてもか?」
グレゴリオはしばらく黙っていたが、自分の考えをしっかりと出した。
彼は例え、主の意に背いても、主の為ならば、自分の身はいとはない。
「もし、焦って十分な思慮を伴わない行動を起こせば、それは今より酷い結果を生むかもしれませぬ。
じっくり腰をすえて考えて、リスクを計算してから行動を起こしたほうが、民の為にもなるとワシは信じております。」
これは、実質上メリアレーゼの行動を批判するものだった。
しかし、これも主の為。 メリアレーゼほどの賢者が、焦ってしまうなど、あってはならない・・・。
「・・・お前の言う事は尤もだ。 でも、もう我々ハーフには後が無いのだ。
人間がいつ、今より非道事をし始めるか分から無いのだからな。 奴らほど信用できない種族も無い。 考えている余裕は・・・ない。」
「・・・。」
グレゴリオにも分かっていた。 彼女がそんな決断を下すまで、どんなに考え抜いたか。
だがしかし、彼女はたった一人で考えていた。 これだけ大勢の仲間を従えながら、誰に相談することも無く。
今でも、直属の部下であるナーティに監視をつけた。 信用できていないのだ。
メリアレーゼは哀れな人だった。 誰も信じられなかった。 ナーティも・・・あやつも同じようなもんじゃ。
ヤツの心は死んでおる。 今のあいつは、メリアレーゼ様の操り人形。
ヤツの心を蘇らせることが出来るのは・・・あいつらだけだ。
黙り込むグレゴリオに、メリアレーゼは違う話題を振った。
「ところで、アゼリクスはどうしているのですか? 会議にも出席しないとは。」
「わかりませぬ。 奴は何を考えているのかよくわかりません。 ナーティより、ヤツを監視するべきかと思われます。」
メリアレーゼは黙ってうなずくと、部屋を出て行った。
独りになったグレゴリオは、頭を抱えて机にひじを突いた。
「メリアレーゼ様・・・このままでは・・・。」

風を切ってセレナ達は走る。 目指すはマーキュレイ城。
城下町の中央に聳え立つそれは、街のどこからも見ることが出来るほど高く、そして美しい。
それは朝日を浴びて一層際立っていた。
仲間を助ける為に。 しかし、いくら仲間だからと言っても、異端宣告された者を引き渡してくれるとは到底思えない。
その予想は無残にも的中してしまった。 しかも、最悪の状態で。
城の前に辿り着いた一行は、目の前の光景に息を呑んだ。 そして、それを信じられなかった。


147: 手強い名無しさん:06/04/08 20:40 ID:9sML7BIs
そこには、処刑台にかけられた二人が、野次馬に晒されていたのである。
「皆の者! よく聞け! この者達は、劣悪な半竜人でありながら、この神聖たるマーキュレイを汚した。」
「それに留まらず、ガンマー大司教の御前を乱した。 この罪は、たとえ大司教のご慈悲を持ってしても、相殺できるものでなく。」
「それどころか、 ナーガ神の教えを記した、
ナーガ聖典に照らし合わせても、自らの命を差し出す以外にこの罪を購う事は不可能である。」
「よって、これよりこの罪深きものに、ナーガ神の代弁者、ここにおわすガンマー大司教に神に代わって裁きを下して頂く!」
配下の神官たちが、順に二人の罪状を高らかに宣言する。 その中央には、ガンマーが厳かな風貌で椅子に鎮座していた。
「兄ちゃん・・・私達どうなっちゃうのかな・・・。 怖いよ・・・。」
「・・・。」
「兄ちゃん! ・・・。」
シーナは死を目の前にした恐怖に泣いてしまった。 クラウドも慰める言葉が無い。
上を見上げれば、そこには巨大な刃。 もうすぐ、あれが自分の首に落ちてくる。
クラウドは周りを見渡した。 野次馬どもは自分達に向かって口々に騒いでいる。 それが罵倒である事が嫌でも分かる。
そしてガンマーのほうを見れば・・・そこには彼と共に・・・教皇がいたのだ!
教皇は目を細めて民に手を振っていた。 まるで英雄を気取るかのように。
シーナとて、どうなってしまうか分からなかったわけではない。
しかし、兄にそれを聞いて否定して欲しかった。
その兄も、何時もの威勢が無い。 いつもなら泣くなよと励ましてくれる兄が・・・。
しばらく二人を見せ物にすると、ガンマーは皆を鎮め、静かに椅子を立った。
「では、これより裁きを下す。」
彼は一歩ずつ処刑台に近づき、そして、刃を落とす綱を握った。 彼の手は震えていた。
「願わくば、この異端者たちにもナーガ神のご慈悲を・・・。 さらばだ・・・!」
シーナは血の気が一気に引いていくのを感じた。 そして、もう目を空けていられず、強く目を瞑った。
兄ちゃん・・・姉ちゃん・・・皆助けて!
クラウドは覚悟を決めた。 これがマーキュレイ・・・。 ハーフが反乱を起こした理由・・・分かったぜ・・・。
もう、遅いけどな・・・。 死にたかねぇ! でも・・・もう。
「ちょっと待った!」
静まり返った城前広場に、透き通った声がこだました。 その声にガンマーは胸を撫で下ろしながら、綱から手を離す。
誰もがその声のしたほうを見つめた。 そこにいたのは・・・シーナにはその人が天使に見えた。
シーナには天使に見えたその人が、教皇には悪魔に見えた。 天使と悪魔は紙一重・・・。
「(ちっ、なんとバッドタイミングだ) こ、これはこれはカイザック最高師範。 どのようなご用件でしょう。」
セレナ達はカイに任せ、人ごみの後ろから様子を見ていた。 この場面で公の場に出て行けるのはカイだけだった。
セレナもアレンも、皆二人を心配していた。 皆が皆、飛び出して行きたいぐらいに。
でも、ここで我慢しなければ、二人は確実に殺されてしまう。 皆はつばが音を立てるほどに、息を呑んで見守る。
「そいつらは、オレ様の大切な僕だ。 返してくれ。」
「これはカイザック様のお言葉とは思えません。 この者共は半竜人にしてここで罪を犯しました。」
カイはわざと教皇をにらみつけ、怒鳴りつけた。 わざと野次馬にも聞こえるように。
「ぐだぐだ御託を並べるんじゃねぇ! てめぇは、ナーガ教の最高師範のこのオレ様、カイザック様に逆らおうってーのか?」
「滅相もございません! ですがしか・・」
「だったら、あいつらを開放して、オレ様に返せ。 あれはオレ様の物だ!」
カイに押されて、仕方なく教皇もクラウドたちを処刑台から引き摺り下ろす。
教会のナンバー1と、ナンバー2が怒鳴りあっている。 野次馬はシーナたちより、そっちを見ものとばかりにどよめく。


148: 手強い名無しさん:06/04/08 20:40 ID:9sML7BIs
「・・・仰せのままに。」
シーナとクラウドは、教皇指示の司祭によって、カイの元へ戻された。
シーナはカイに抱きつくように後ろへ隠れた。 もう死ぬかと思った。 今でも生きた心地がしない。
「ところで、この異端宣告したの誰だ?」
カイのその問いに、ガンマーが答えようとした。
「はい、教皇に指・・・」
それを、教皇が遮ってカイに申告した。
「は、ここにいるガンマー司祭が、独断で行いました!」
ガンマーは目を見開いて驚いた。 自分は城に帰った後、教皇と二人の対処に関して協議を行っていた。
そして、国外追放で済まそうとする彼の意見を教皇が砕いて、極刑処分を下したのだ。
しかし、自分より位の上の者の言う事が絶対であった。 逆らう事は、どんな場面でも許されない。
「ガンマー・・・お前が? ・・・もうすこし、半竜人にも慈悲の手を差し伸べてやれ。」
カイには、ガンマーがそんなことをする司祭には思えなかった。 人間の中でもまぁまぁフェアな考えを持った司祭だったからだ。
しかし、今は証拠が無い。 ヘタに騒ぎを起こせば怪しまれる。 これ以上カイも追及しなかった。
未だに納得できないといった表情をするガンマーの肩をポンと叩き、笑顔でその場を立ち去った。
それを、教皇は睨みつけながら見送り、姿が見えなくなると、城の中に姿を消した。
「おのれ! あの目障りな王子さえいなくなれば・・・。 おい、クレリア! いるか!」
教皇の呼び声と共に、後ろから突然女性が現われた。
その碧色の瞳は、どこかで見覚えが・・・ハスタール城で、そしてハスタール領内でカイを狙った、あの狂気の瞳だった。
「おお、アサシンクレリア! 奴らの暗殺は未だ成功しておらぬのか!」
「申し訳ございません。 ですか・・・。」
「なんじゃ?」
顔を近づける教皇に、クレリアは申し訳なさそうに視線を逸らした。
「お言葉ですが、私には、カイザック王子暗殺が、世界を正しい道に導く方法とは思えません。」
教皇は更に顔を近づけ、更に眉間にしわを寄せて耳打ちするかのように、彼女にささやいた。
「お前には金をたんまり渡してあるだろう。 人殺しを仕事にするお前に、正しい道も何もあるまい。」
「そうですが・・・。」
教皇は動揺する彼女を恫喝するかのように、突然大声で話し出した。
「ならば! 渡した金の分働いてもらわなければ困るな!」
何も言えなくなったクレリアに、今度は先程の恫喝が嘘のようなささやきで彼女の弱みをつついた。
大声による威嚇と、ささやきによる慈悲を巧みに彼は使い分けていた。
こういうところは、流石に聖職者というべきか。
「お前は幼い弟妹を抱えて金に困っているそうではないか。 だから、このワシが仕事を与えたのだ。
せっかく救いの手を差し伸べているのだ。 何もそれを拒む必要もあるまい。」
「・・・。」
「さ、行け。 今度こそあのナンパ男を仕留めて来い! わしも温厚な性格だが、そう何度も失敗を許すほど甘くは無いぞ?」
クレリアは、城を追い出されたも同様に城を後にした。
一旦城の近くの木陰に身を移すと、弓の手入れを始めた。 暗殺なんて陰気な仕事、本当はしたくない。
でも、自分に秀でた芸はこれしかない。 故郷では弟妹が腹をすかせて待っている。
「私には・・・これしか道が無いんだよね。」
軽く手入れを終えると、彼女は背の翼を広げ、空へと消えた。
「やっと行ったか。 金は十二分に与えたのに何が不満なのだか。
さて、お前達も行くぞ。 今度こそ、あの半竜共をこの世から消し去ってくれる。」
「お待ちください。 カイ様も寛大な処置をせよと仰っておりました。 これ以上の処罰は必要ないのでは。」
教皇にガンマーが食い下がるが、彼は止まらなかった。
「黙れ! あんな軽い男が最高位など、認めん! お前はワシより下位。 おとなしくわしの命令に従っておればよい!
お前も敬虔なナーガ教信者なら、命令に背くことがナーガ神に背くも同然である事ぐらい、心得ておろう!」
「・・・。」
「分かったらぐずぐずするな! すぐに先程の半竜共の波動を追うのだ!」


149: 手強い名無しさん:06/04/08 20:41 ID:9sML7BIs
城下町の外れまで来たカイは、ようやく解放された二人、クラウドとシーナの自由を奪っている縄を解いた。
そこで他の面子と待ち合わせをしていたのである。
「あーん、 カイ様! 怖かったよ!」
自由になるや否や、シーナはカイに抱きついた。 あそこにカイが来るのが後数分でも遅ければ、自分達は死んでいたのだ。
姉や父、友の顔を見ると、もう泣かずにはおられなかった。
アレンが血相を変えて二人に走り寄る。 守るべき姫と、自分の息子。 どちらも失う事は死ぬことより辛い人間だ。
顔を手で包み、両者の無事を確認する。 泣きそうになるのをぐっと堪えながら。
「危なかったな、シーナちゃん。 オレ様もうかつだったぜ。」
「カイ・・・。 助かった、礼を言うぜ。 親父、心配をかけた。」
「この・・・親不孝者が・・・。」
クラウドも今回ばかりはカイに礼を言わざるを得なかった。
恥ずかしいし、何か悔しい気もするが、命の恩人だ。 顔を背けながらだが、しっかり礼を言う。
「なぁに、いいってことよ。 オレ様達、オトモダチだろ?」
「・・・そうだな!」
「シーナ! 兄貴! おかえり!」
セレナも二人を歓迎する。 大切な大切な仲間が帰ってきた。
自分を支えてきてくれた二人が帰ってきてくれた。 セレナは嬉しくて仕方なかった。
しかし、それ以外の何かが、言葉に表せない、胸を焼き焦がすほどの何かが込みあがるのも感じていた。
「しかし、驚きましたよ。 まさかカイが、世界宗教のトップだったなんて。」
セレスもカイを認める。 本当に今回は、カイのお手柄だった。
「あれ、オレ様、前にも言った覚えが・・・まぁいいか。 ま、そういうことよ。
これからは、カイ師範と呼びたまえ! うひゃひゃひゃ!」
調子に乗るカイを無視して、セレナは前から疑問に思っていたことを彼にぶつけてみた。
「ねぇ、なんで種族間で宗教上の裁きまで変わってくるの?」
その疑問に、今まで笑っていたカイも静かになった。
そして、静かに理由を答え始めた。 この大陸の闇の部分の確信をつくかもしれない、その答えを。
「この大陸は、ナーガを神として崇めている。
そして、ナーガの言葉は聖典として、宗教上のルールを決める規律となっている。
その一説に、竜族は世俗世界にかかわってはいけない、というものがある。」
「あぁ、それは我らエレブにも伝わっています。」
アレンは思い出した。 かつてロイとナバタの里に行った時聞いた、竜の長老も、そのようなことを言っていた。
「そうか。 最初はそれもあまり重要視されなかったんだが・・・教皇があいつに代わってから
この一説はハーフ蔑視の大きな根拠として持ち上げられた。
半竜人は、掟を破った竜と人の子。 人であって人ではない。 悪しき心を受け継いだ悪魔の種族と解釈したんだ。」
カイの告白に、一同は発する言葉も無かった。 セレナには、先程から胸で痞えている感情が、何か分かってきた。
皆が真剣に話を聴くのを見て、カイは更に告白を続けた。
「教皇は、神の代弁者。 世界中が信じる宗教の教皇の言葉は、当然神の言葉として皆に受け取られる。
それまでも半竜人への差別は酷かったが、宗教に・・・神による根拠が示されて以来、それは一気に加速、激化した。
神の言いつけを破ったものに、救済は必要ない。 それが、同じ罪を犯しても半竜人だけ罪の重い理由だ。」
ここまで聞いて、セレナは完全に理解した。 自分の気持ちを。
この気持ちは、紛れもなく怒りだ。 教皇への真っ直ぐな怒りだ。
そして、それを信じて疑わない世界への怒り。 更に、それを変えられず、仲間を助けられなかった自分への怒り。
絶対に許せない。 こんな事がまかり通る世界は、絶対に変えてやる。
「決めた。 あたしは、教皇を倒す。 諸悪の根源を断つ。 それが、あたし達の求めた世界を作る第一歩だ!」


150: 手強い名無しさん:06/04/08 20:41 ID:9sML7BIs
セレナの考えに皆異論はなかったが、しかしそれが難題である事もまた、皆異論はなかった。
教皇・・・人間を敵に回すとなれば、当然世界を敵にまわすことになる。
「しかし、どうするつもりなんですか?」
「教皇を倒す。 そのために、あちこち回って皆に考えを説いて回るさ。
教皇一人を抑えても、世界に根付いた意識を変えなければ、何もなら無いもの。
異端扱いされようが、あたしが生きている限り、絶対に諦めない。 理想は絶対にかなえて見せる。」
カイは、セレナの言い放った言葉に体が固まった。
真っ直ぐで、余計なものを纏っていないセレナの言葉が、自分の心を串刺しにしてくる。
今自分に一番足りないものを、彼女が使って自分の心の窓を蹴破らんとばかりに叩いてくる。
裏切られても、絶望しても尚立ち上がる・・・オレ様も、もう逃げていられない。
「それにしても、カイが教会のトップでありながら、何故教皇が好き勝手やっているの?」
アリスが先程からずっと疑問に持っていたことをとうとう口にした。
カイはそれを聞いて苦い顔をする。 しかし、もう逃げているわけには行かない。 こいつらなら、きっと分かってくれる。
「オレ様がロクに教会に顔を出さなかったからだ。
皆に信じてもらえなくて、ぐれてたんだよ。 だが結局・・・それは逃げてただけなんだよ。
オレ様が逃げたせいで、世界で苦しむものが出てくる。 それが・・・今回よぉーく分かった。
もうオレ様は逃げない。 本気で、世界を変えたい。」
カイの真剣な眼差しに、セレナは彼の気持ちは本当なんだと信じた。
「じゃあ!」
「あぁ、これからもよろしくな。 おかしいと思う事は、主張しなくちゃな。」
その途端だった。 突然の足音と共に、周りを兵士達が取り囲んだ。
何処からともなく現れたその兵士達に、一行は面食らってしまった。 その軍を指揮しているのは・・・教皇だ!
「カイザック師範、聞かせていただきましたぞ! いくらナーガ教の最高師範といえ
マーキュレイ帝国の簒奪を企む人物を放っておけませぬ! 今ここで、このワシ自らが、貴方に異端宣告を下します!
皆の者! 最高師範といえど容赦するな! 国家に刃向かうものを討ち果たせ!」
兵士達が教皇の命令で一行に襲い掛かる。 クラウドとシーナが、先程のお返しといわんばかりに率先して反撃する。
「さっきはよくもあんな目にあわせてくれたな! これでも喰らいなさい!」
シーナの怒りの槍が、敵の急所を突く。 槍をぶんぶん振り回し、相手を近づけさせない。
「何時ものセレナちゃんとは思えませんね・・・。 なんかおっかない・・・。」
「なんか言った!?」
「いえ、何も。 エルファイア!」
セレスは恐ろしくなってシーナのほうから眼を背けた。 自分の知っているシーナとは違う。
「おいおい・・・随分タイミング良いじゃねーかよ。 教皇様よぉ。」
カイも朝武器屋で買った銀の剣で舞うように相手を攻撃する。 流れるような剣技に相手はどんどん倒れていく。
「なーんだ。 あんた、魔法なんかより全然そっちのほうがいいじゃない。」
セレナも剣のライバルが繰り出すその技を目で追っていた。
綺麗な弧が何回も宙を舞う。 彼は切っ先で綺麗に相手を攻撃していたのだ。
自分以外にこんな器用なヤツが身近にいたなんて。 あたしも負けてられない。
双剣から得意の剣技を繰り出し、せめて来る兵士達を鎮める。 教皇も焦り始めた。
余剰も考えて用意した兵が、ことごとく倒されていく。 こやつら、戦いなれておる・・・。
退却を考え始めたそのとき、突然目の前に騎士が現われ、自分に槍を突きつけた。 アレンだった。
「我々は、無駄な騒ぎは起こしたくない。 ここは、お互いのために兵を引いていただけませんか?」
「ぐぐ・・・。」
リーダが万事休すの危機に陥り、兵士達も身動きが取れなくなった。
セレナとシーナが走り寄ってきて、教皇の前に立った。
「ハーフを差別しないように、世界に宣言して!」
「何じゃ、お前はいきなり。 そんなこと誰がするものか。」
セレナの要求を一言で拒否する教皇。 しかし、彼女は引かなかった。
「ハーフだろうが、人間だろうが、竜だろうが、皆価値は同じだよ。 神の前でだって平等だよ。
神って言うのは、皆平等に救済の手を差し伸べるものじゃないの?
皆生きてるってだけで価値がある。 平和に、幸せに生きる権利があるんだ。 あんたのやってる事はおかしいよ!」


151: 手強い名無しさん:06/04/08 20:42 ID:9sML7BIs
「黙れ! 貴様ら異端者に何が分かるものか。」
シーナは怒りを抑えて話そうとした。 しかし、やはり口調に現われてしまう。
自分を迫害していた相手を恨むなと言うのも酷である。
「分からないから聞いているんでしょ? 何故ハーフを差別するの?」
「・・・決まっておろう。 貴様ら半竜人は、掟を破った悪しき竜の末裔。 悪魔の種族だからじゃ。」
教皇はシーナをにらみつけた。 シーナは、彼が自分をハーフと知っていて、怯えにも近い感情を、その目から感じ取る。
何故ここまで・・・。 神の掟を破ったから、という理由だけでは無い気がする。
「人間の世界に関わってはいけないという戒めは、苦しんでいる者を見過ごし、人を愛するなと言うことなのですか?」
後ろからの声に、教皇は目を見開いて驚いた。
その声の主はアリスだった。 彼女も精霊術師と呼ばれてはいるが、元は神の教えを説くプリースト。
先程から教皇の言っている事が疑問でならなかった。 そして、聖典の解釈も。
「なんじゃと・・・?」
「神は、全ての命あるものへ平等に救いの手を、愛を差し伸べてくださる。 我々を導いてくださる存在。
神御自らが、率先して差別を行うように仰せられるはずがありません。
先程言ったように、神御自らが、人を愛する事を否定するのであれば、そんなのは神ではありません! 魔王です!
そして、その魔王の代弁者である貴方こそ悪魔です!」
「・・・。」
教皇も、アリスの気迫に言葉が詰まった。
自分が忘れかけていた、いや思い起こしたくないことを、彼女の言葉によって思い出してしまった。
双子も目を点にした。 姉が、いつも優しくてお淑やかな姉が、こんなに声を荒げるなんて。
「ワシだって・・・最初から半竜人を憎んでいたわけではない・・・。だが・・・。」
「じゃあなんで!」
「・・・だがな! 半竜がのさばる事で、我ら人間の世界が脅かされる危険がある以上、その存在を許しておくわけにはいかんのだ!」
突然教皇が急に後ろへステップした。 アレンは逃さんとばかりに槍を突き出そうとしたが
その途端、アレンは右のわき腹に激痛を覚えた。
「ぐっ・・・!?」
セレナとシーナが、父親が手で庇ったわき腹を見る。 そこにはなんと矢が刺さっていた。
アレンを気遣う双子の前に、誰かが現われた。 はっとして前を見る。
そこには、弓を持った碧色の髪の女性が、自分達と教皇の間に立ち、こちらを睨んで立っていた。
彼女は足元に何かをたたきつける。 すると、その途端、そこから目も開けていられないほどの眩しい光が発せられた。
光が収まると、そこから教皇の姿が消えてきた。 残っていたのは先程の女性だけ。
「何者だ!」
アレンに回復魔法をかけるアリスを庇うように、皆がその女性ににじり寄る。
「死に行くお前達に、名乗る名前は無い! 悪いがお前達には死んでもらう!」
彼女は背に弓を背負うと、腰の両側に下げていた鞘から短剣を抜いた。
あれは・・・短剣・・・いや、キルソードだ!
「皆・・・気をつけろ! 見るところ敵は・・・一撃で敵を仕留める技を持つアサシンだ。
相手に背をとられない様に、細心の注意を払うんだ!」
怪我を治療してもらったアレンは、即座に新たな敵の情報を皆に知らせる。
相手は一撃必殺を狙って、風神のごときスピードで襲ってくる。
アサシンだけが持つ瞬殺の技術。 その前では、どんな強靭な体力も、鉄壁の守備力も意味を成さない。
相手の急所を的確に狙い、息の根を止める。 そのプロの業を回避する事は難しい。
ただ相手に隙を見せないこと以外に方法は無い。
皆警戒して一箇所に固まる。 これでは相手も流石に背面を取れないだろう。
アレンの熟練した経験がはじき出した最良の策だ。 しかし、それ以上に彼は何か妙な感じを受けた。
このアサシン・・・殺意を感じられない・・・とまでは行かないが・・・どこか本気で無いように思える。
長年騎士をしていると、相手が本気か否かは表情ですぐ分かる。 この娘、何か迷いながら剣を振っている。


152: 手強い名無しさん:06/04/08 20:42 ID:9sML7BIs
それは、相手の剣を槍で受けると更によく分かった。 絶対に手を抜いている。 ・・・先程の矢も、もしや。
それにこの娘・・・誰かに似ているような気が・・・。
アレンは逆に相手の隙を見て、槍の柄で短剣を弾き飛ばした。 剣を弾かれ焦る相手。
そこをすかさず、クラウドが父を真似て、弾こうとしたが、ダメだった。
やはり熟練した技と、見よう見まねのそれではワケが違った。 彼は手痛い反撃を受けてしまう。
「ぐあ!」
「クラウド、しっかりしなさい!」
レオンは相手が弓を使ってこないことをいい事に、竜に乗ったままタックルをかましてみた。
飛ばされたもう片方の剣を探すことに必死になっていたクレリアは、彼への反応が遅れ、竜に轢かれてしまう。
「あいたぁ!」
竜に吹き飛ばされ、頭を抑えながら上半身を起こすクレリア。 しかし、右手が動かない。
「?!」
よく見ると、カイに剣を踏まれていた。 短剣の刃の上に体重を乗せられては、テコの関係上引き抜く事は難しかった。
「よぉ、お前、見たところ飛竜族だな? どうして、あんな人間の糞ジジイの言う事聞いてるんだよ?」
カイが同族ということもあって、友好的な口調で聞いてみる。
だが、相手は友好的とは行かないようだ。 剣から手を離すと、カイと距離を空けた。
「うるさい! お前さえいなければ、平和なんだ!
ナーガ神だの、その使いだの、私は信じないね! 世界の理を曲げても平然としてる神なんてね!」
彼女は先程と同じように、地面に何かを叩き付けてた。 視界が遮られ、再び視界が開ける頃には、もう彼女はいなかった。
カイは彼女が置いていった剣を拾うと、ため息をついた。
「やれやれ・・・オレ様の逃げてきた事に対する代償は、やはり大きいな。」


153: 第三十八章:半竜族の国:06/04/08 22:02 ID:9sML7BIs
「さぁて、これからどうするかな。 オレ様達も今じゃ異端者だぜ。 もう安住の地は無い。」
カイは背伸びをし、他人事のように暢気に話す。 自分まで暗くなっては他にも響く。
いまだにシーナやクラウドは何時もの明るさを取り戻していない。
そんな兄妹の様子をセレナは心配して気にかけていた。
「大丈夫? 二人とも。」
「姉ちゃん・・・私、人間のこと、嫌いになっちゃいそうだよ。」
「シーナ?!」
「だって・・・街の人皆で、お前は悪魔だって罵られたし、もう少しで殺されそうになった。 ハーフというだけで。
人間には悪い人もいる、というわけじゃなくて、人間でも、良い人はいると言った方がいい気がしてきたよ。」
「シーナ・・・。」
泣きそうになるシーナに加えるように、クラウドも口を入れた。
「俺も・・・自分に流れる人間の血が嫌になってきた。
いや、それだけじゃない。 竜に流れる血もだ。 逃げているだけの、神と言いながら何もしない竜も嫌いだ。」
皆の心がばらばらになりかけていた。 カイも、セレナも・・・竜が嫌い・・・つまり自分が嫌いと言われ、閉口してしまう。
しかし、ここまで来て、こんなことで終りたくない。 重い雰囲気に光をもたらしたのは、アリスだった。
「皆、どうしたの?! そんな暗い顔をして。」
「どうしたのって・・・。 アリス姉ちゃん。」
「こうなる事は分かっていたことでしょう? アルヴァネスカは、ハーフが差別される世界。
それは、ハーフがエレブに逃げてくるほどに。 その様子を見るために、この大陸に来たのではないの?」
アリスにいきなり分かりきった事を言われ、クラウドも戸惑った。
「そんなこと分かってるぜ、姉貴。」
「本当に? 何故、ハーフが逃げてきたのか、よく考えてみて。 これはエレブにも言える事よ。」
「そりゃ、人間がハーフを差別するからだろ? 姉貴も見ただろ? 俺達もう少しで殺されるところだったんだぞ!」
興奮気味に話すクラウド。 無理も無い。
自分は何も悪いことをしていないのに異端と勝手に決め付けられ、ハーフと言うだけで処刑されそうになったのだから。
「落ち着いて、クラウド。 何故、人間が差別するの?」
「何故って・・・。 そんなの!」
頭に血が上ってまともな会話が出来なくなっているクラウド。
それに変わって、シーナが答える。また、道を踏み外しそうになった。
「世界宗教が・・・教会法が、ハーフ差別を合法としているからだね。」
「そうね・・・。 そして、その教会法は誰によって作られているの?」
「あの教皇・・・。」
「そう。 この世界の意識を変える為には、まず教会法を変えなくてはならない。 その為には、まず教皇を何とかしないとね。」
「そうだけど・・・寄って集ってハーフを苛める人間って汚いよ。 例え扇動されているとしても。」
その言葉に、セレナが反応した。 前も妹は、同じ事を言っていた。
そのときはうまく説得できたと思っていたが、今回のことでまた傷が開いてしまったようだった。
「シーナ! それは人間だけじゃないよ。 ハーフだって竜族だって同じじゃない。
ハーフはメリアレーゼの命令で人間を迫害していた。 竜族だって、神の考えと疑うこともなく
見て見ぬ振りをしていた。 何も行動を起こさないなら、竜族だって同罪だよ。」
「姉ちゃん・・・。」
「だから、人間と言う一括りで責めないで。 前も言ったじゃない。 責めるべきは、悪い人じゃなくて悪い心なんだって。」
シーナは思い出した。 かつて、アリスやセレナにそう言われた事があった。
エレブのハーフは人間を差別していた。 でも、サカにいたハーフは、エレブの人間を憎んでいないと言っていた。
それはつまり、悪い心を持った人間は憎んでも、そうでない人間は憎んではいないと言うこと。


154: 手強い名無しさん:06/04/08 22:03 ID:9sML7BIs
現に、自分だって父やアリス、セレスやレオンの事は憎んでいなかった。 同じ人間でも。
カイやセレナにも、怒りはなかった。 それは、自分を理解してくれるから。
自分達は何も悪いことをしていない。 なのに、自分達を理解してくれない人々が、自分達を差別する。
皆に理解してもらいたい! シーナは、種族括りで考えてしまう自分の視野の狭さを恥じた。
しかしそれは、誰でも同じことだった。 そうでもなければ、差別など起こり得るはずは無いのだから。
「竜族の悪い心を持っていたカイは改心した。 あたしだって、自分の力不足で、多くの死を無駄にしてしまった。
過ちは、正さなきゃいけないんだ。 今の教会法は間違ってる。 神の御名を名乗って差別を正当化するなんて。
それを正す為にも、教皇を倒す。 だからシーナ、兄貴。 あたし達を信じて。 諦めちゃだめだよ!」
過ちは、正さなくてはいけない。 諦めてはいけない。 シーナもクラウドも、それは分かっていた。
しかし、いつの間にかそれを、人間への怒りに転嫁してしまっていた。 自分達を差別する人間が悪いのだと。
しかし、この問題は人間だけの問題ではなかった。 その蛮行を許した竜族、間違った世論を跳ね返そうとしなかった半竜族。
どの種族にも、何かしらの落ち度があったのだ。 どの種族が悪い、とは言えなかった。
唯一つ言える事は、種族に関わらず、悪い心を持った者が居り、それこそが罰せられるべきであると言うこと。
アリスやセレナは、それを分かって欲しかったし、自分にも言い聞かせたのだった。
「そうだな、俺、ちょっと前しか見えてなかったような気もする。」
兄の言葉に、セレナも口元が緩む。 しかし、クラウドは続けた。
「でも、この大陸の人間が憎い事は変わらない。」
「兄貴!」
「あぁ、分かってるさ。 人間に憎しみを抱かせるようなことを、神を名乗って世の理とする教皇が許せねぇ。」
クラウドはきっぱり言い切った。 悪いのは一部の世界を動かしている奴らだ。
教皇は悪さをするし、カイはそれを見て見ぬ振りをしていた。
一つ一つの歪みは小さくても、積み重なれば大きな歪になると言うことが、痛いほどに分かった。
「正義という言葉は、偽善者が自分を正当化する道具・・・か。 確かにそうかもしれないな・・・。」
レオンも考えが変わり始めていた。 自分は騎士としての行いを、しっかりと果たしていると思っていた。
しかし、同族の蛮行をとめることが自分には出来ない。 このままでは自分も偽善者だ。 それでは悔しい。
自分には仲間がいる。 なんとしても、世界を変えて、誤解を解きたいと思った。
「よぉし、そうと決まれば、早速教皇のところへ殴り込みだ!」
「ちょっと! 待ってください!」
セレナとクラウドが先陣を切る。 だが、後ろからの引き止める声に、二人はつんのめりそうになった。
「いきなり大声出して、危ないじゃない!」
「カイがいくら教会のトップと言っても、僕達は異端宣告されているんですよ?
異端者が街中を歩き回っていることが知れれば、今度こそ捕らえられて処刑モノですよ。」
セレナもクラウドも、あ、と言う感じで口を空けた。
今マーキュレイの城下町に戻れば、当然兵士が色めきだって襲ってくるだろう。 教皇もこのまま手を引くとは到底考えられない。
「んー・・・。 ところで、マーキュレイにハーフがいるだけで罪なら、ハーフはどこにいるの?」
セレナはひとまずマーキュレイに戻ることを諦め、ハーフ蔑視の現状をもっと見たいと思った。
差別される側にハーフは、一体どういった生活を送っているのだろう。
エレブでハーフがしていたより、アルヴァネスカで人間がしている迫害はかなり酷いものがある。
「半竜族は、半ば強制的にマーキュレイの東に集められ、そこに国を作っているぜ。」
マーキュレイの東・・・セレナはぴんと来た。 エレブで大陸の東と言えば、ベルンだ。
そして、人間に迫害され、そこに追い詰められた。 それ以上逃げ場が無い・・・だからエレブに逃げてきたわけか。
・・・でも、どうやって。
「よし、まずはそこに行こう!」
セレナがカイに拳を頭上に掲げて合図をする。 カイも笑って答える。


155: 手強い名無しさん:06/04/08 22:03 ID:9sML7BIs
これが、生まれ変わったオレ様の最初に仕事だ。 こいつらなら信じれる。 人間もいるが、もう少し、人間を信じてみようか。
「よぉし、じゃあ目指すはブレーグランドだ! 東へ向けて進軍だ!」
一行はマーキュレイを後にし、一路ハーフの国、ブレーグランドへ向けて歩みだした。
この大陸でも、また世界を敵に回してしまった。
エレブではハーフから異端視され、こちらでは人間から異端視され・・・。
自分達を理解してくれるものが少ない事は悲しい。 だが、自分達には仲間がいる。 理想を共有する、信じられる仲間が。
周りにどんなに異端視されようとも、自分が間違っていないのなら、絶対に諦めない。
セレナは意志を確かめるかのように、一歩一歩力強く歩んで行った。
例え一歩一歩は小さくとも、歩み続ければ必ず目的地に辿り着く。
世界の変化も、例え一回一回は目に見えなくても、努力し続ければ必ず成果は見えてくる。 だから諦めない。
ブレーグランドへ行く途中、何度も何度も教皇配下と思われる騎士団や刺客の襲撃を受けた。
夜も交代で寝ずの番が張られた。 日が出るとすぐに進軍し、間違いなく日中に交戦し、夜も休む暇なく番をする。
皆体力を消耗していった。 予想以上に、教皇は執拗に自分達を狙ってくる。
他の異端者とは明らかに扱いが違う。 カイはそう思った。・・・まぁ当たり前か。 くそ、あの糞ジジイめ・・・。
「ふぅ・・・毎日、毎日こう刺客を送り込まれたんじゃ、流石に疲れちゃうよ。」
シーナが天馬の上で、天馬にもたれかかって目を瞑る。
「確かに・・・僕もこう連戦続きでは、魔力が回復し切りませんよ・・・。」
セレスやアリスにとっては深刻だった。 魔法使いが魔力切れを起こしたら、それこそ何も出来ない。
どんな高位の魔道師でも、魔力が切れたら何も出来ない。
「教皇のやろう・・・そんなに俺達が憎らしいのかっつーの。 なぁ、レオン!」
「あぁ、全くだ。 あまり連戦が続くと、武器が持たないかもしれない。 相手もこちらが消耗することを狙っているに違いない。」
レオンが自分の槍を竜上で磨く。 丁寧に扱っているが、穂先のヘタレ具合を見るに、そろそろこの鋼の槍も限界だ。
他の面子の武器もそろそろガタが来ていた。
マーキュレイで少しは補給したが、このまま続けばいくら武器があっても足りない。
レオンが自分の顔を槍の穂先に自分の顔を映してると、下でカイがいい剣を持っていることに気付いた。
「おい、カイ。 お前、いい剣持ってるじゃないか。」
「ん? あぁ、こいつはあのアサシンが落としていった奴だよ。 キルソードってところだな。」
「いい剣じゃないか。 そういや、あのアサシン、あれから姿を見せてないな。」
レオンはカイに言われてやっと思い出した。
マーキュレイを出る前に、教皇を庇ったあのアサシンだ。 いい腕は持っていそうだったが、どうも気迫にかけていた。
「キルソード!? しかも2本? そりゃあたしの為にあるようなものじゃん! ちょうだい!」
「あ、あぁ、ほらよ。」
カイは気の篭らない声で返事をし、セレナに剣を渡した。
セレナは剣をかざすと、陽の光に刃を照らしてみる。 やはりいい剣だ。 こういう良い剣は良い剣士が使わないとね。
セレナはご機嫌顔を見てレオンは口許が緩んだが、下を再度みてそれも消えた。 壊れた蓄音機が静かなのだから。
レオンがその理由を聞く前に、彼の最も親しいオトモダチがその異変に声をかける。
「おい、カイ、どうしたんだよ。」
「あ? いや別に。」
「どーせまたカワイ娘ちゃんでも想像してたんだろ。」
レオンも違いないと笑ってしまった。 しかし、アリスは違った。
先程から、剣を眺めて何か考えているのをずっと見ていたのだ。
「カイさん、あのアサシンに何か思い当たることでもあるの?」
「あぁ、アリス様。 いや、なーんも。 だがな・・・。」
「うん?」


156: 手強い名無しさん:06/04/08 22:04 ID:9sML7BIs
「あいつの言葉が今でもグサッと来てな。 お前さえいなければ、世界は平和なんだってな。
確かに、オレ様が今まで逃げてたせいで、治安が乱れていたって言うのは認めてる。
でも、言われてみると堪えるもんだぜ。 しかも同族にな。」
アリスはカイの悩みを最後までじっくり聞くと、しっかり説く。 自分も神の教えを広めるプリースト。
人を諭して気を楽にしてあげることも、大切な仕事のうちだ。
「でも、貴方は気付いたのでしょう? 逃げてはいけないと。 そして、そのために行動している。
もう今までの貴方では無いわ。 これからの行動で、皆に認めてもらえば良いじゃない。」
「・・・さすがアリス様だぜ。 だけどな、オレ様さえいなければ、アリス様達もここまで教皇に狙われたりはしないんだよ。」
シーナや、剣をしまったセレナも寄ってきた。
「どういうことなの? カイ様。」
「教皇は、オレ様を狙っているのさ。 理由は一つ。 俺を殺して、教会のトップに君臨する為。
あいつは今、俺に次いで教会のナンバー2だ。 俺を異端者にしても、下位の自分では説得力が無い。
最高師範の位に就くには、俺を殺すしかないってワケだ。」
カイがまるで他人事のようにさらっと話す。
セレナは腹が立った。 教皇は、何処まで汚い男なんだと。 しかし、怒鳴らずそのまま話を聞いていた。
「あいつは教会を乗っ取って、その絶大な権力を持って世界の王になろうと企んでいるんだ。
あいつの好きにはさせん。 あいつが王になれば、それこそ半竜族は絶滅させられちまう。
それは何としても避けなければ。 アルヴァネスカを奴の好きにさせてたまるか。」
セレナはカイの拳に力が篭っている事が分かった。 彼女には分かった。 彼もまたハラが立っている事が。
それは教皇に対してだけではない。 今まで逃げてきた自分に対してのものだった。
逃げてきた自分への決別の為にも、教皇を倒し、現行教会法をぶっ潰す。
そして、誰もが平等に救済を受けられるアルヴァネスカを作る。 それがオレ様の課せられた使命だ。
そう思っていると、彼の前に突然目の前に手が出てきた。
「?」
「あたし達も手伝うよ。 アルヴァネスカを良い世界にすること。 一緒に頑張ろう?」
カイはその手を笑顔で握り締めた。 オレ様はもう一人じゃない。 オレ様を理解してくれる仲間がいる。
「あぁ、頼むぜ! オレ様達、仲間、親友だもんな!」
「おう!」
セレナも笑顔で返す。 カイがはじめて、自分達を親友と呼んだ。
今までオトモダチとは言っていたが、親友ではなかった。 どこかで信じていなかった。
でも、もうオトモダチではなかった。 お互いを理解しあった親友だった。

「では、アルヴァネスカを良い世界にする為に、お前は私と共に来てもらおうか?」
それは突然だった。 急に空が暗くなったかと思うと、突然目の前に人が飛び降りてきたのである。
周りにも同じようにたくさんの兵士達が飛び降りてくる・・・。 セレナは目の前に下りてきた二人に、思わず声をあげた。
「お、お前達・・・アルカディア!」
目の前に飛び降りてきたのは、ニルスとミレディだった。 周りの兵士はその配下だろう。
「誰がお前達なんかに! セレナは渡さないぞ!」
クラウドがレオンらと共にセレナの前に出て武器を取る。
ニルスも背にかけていた銀製の大剣を引き出すと、それを両手で構える。
「ははは・・・。 お前達も異端者というわけだ。 世界を平和にすると抜かす連中が異端者とはな。
教会のトップまでもが教会から異端宣告されて追われる身とは、何と気の利いたお芝居なんだ。」
ニルスは笑いながらこちらを見つめる。
カイも言い返す言葉も無かった。 部下から異端宣告されるとは・・・。
「へーへー。 確かにその通りですよっと。 くそ。」
「お前達も、私も、暗黒邪神の復活を阻止したいという意志は同じだ。
だから早くセレナをこちらに渡せ。 こちらとて不要な争いは避けたい。 時間が無いからな。」
ニルスの甘言を、クラウドたちは聞く耳を持たなかった。
この前だって、アリスやセレナの命を狙ってきた。 他の者の生死は問わないとすらこいつは言っていた。


157: 手強い名無しさん:06/04/08 22:04 ID:9sML7BIs
用がなくなったら殺すに決まっている。 そんな奴の言う事を信用できるはずが無い。
「黙れ! 誰が渡すか!」
「ならば力ずくで奪うのみ! 行くぞ!」
ニルスの掛け声と共に、周りを囲んでいた兵士達が一斉に襲い掛かってきた。
彼は真っ直ぐセレナに向かってくる。 相手の大剣をこちらの剣で受けていたら持たない。
相手の剣を避け、すぐに反撃する。 相手も相当な剣の使い手だ。 かなりの鍛錬をしてきたのだろう。
この前は大斧、そして今回は大剣。 しかもあれはどう見ても銀製だ。 あのような扱いづらい武器を軽々と扱っている。
セレナにカイも加勢し、二人でニルスを押さえにかかる。 この前は武器を持っていなかったから何も出来なかったが
今回は違う。 自分の風のように流暢に踊る剣と、彼女の月の弧を思わせるような太刀筋の双剣が
分厚い氷をも砕くような剛剣で押すニルスに挑む。 彼は二人の剣を見事に大剣で受けていた。
「無駄な抵抗は止せ! お前達が私に勝つ事などできはなしない!」

ミレディは配下を指揮し、他の面子を襲う。 地上では、アレンやクラウドが敵を蹴散らしている。
兵数が多く、さすがに無傷ではいられない。 だがクラウドは父親の技をしっかりと盗んでいた。
相手の剣を槍の柄で受け流すと、すかさず槍で突き飛ばす。
アレンはセレスやアリスを守りながら、クラウドを指揮し自らも敵を退ける。
若い獅子と、老成した猛虎が、兵士達の首筋を噛み切っていく。 アリスとセレスも守られているだけではない。
アリスは傷つく二人を癒し、セレスも従姉弟を助けながら、魔法で相手の陣形を崩す。
彼のフィンブルが敵を凍らせ、大きな氷の壁となり相手の進路を阻んだ。
日々勉学に励み、魔法研究を怠らない彼の努力の結晶が、今大きな氷の塊となって現われていた。

一方空中では、ミレディとシーナとレオンが互角の戦いを繰り広げていた。
ミレディの槍を、シーナは蝶が舞うかのごとくひらりとかわし、彼女を幻惑する。
私の槍が当らない・・・。 く、流石天馬乗りの子は天馬乗りというわけか・・・。
しかし、天馬騎士ならば当ればこちらのものだ。 彼女は重い鋼の槍をその重さに任せて振り回す。
シーナは、相手から攻撃を受けないが、これでは相手に攻撃する事も出来ない。
軽い細身の槍は機動力を低下させないが、その分リーチは短く、軽いので打ち負けてしまう。
こう着状態の二人。 その背後から、レオンが同じく鋼の槍で一気に相手の背を狙う。
飛行系が自分の背後を取られる事は、何にも変えがたいほど不利な状況に追い込まれることだった。
背後からの執拗な攻撃に、少しずつミレディは傷ついていく。
「小賢しい!」
ミレディがレオンを払いのけようと、後ろに向かって手槍を投げようとしたそのときだった。
前から音速をも超えるかと言うスピードで誰かが通過し、風を切っていった。
その直後、彼女は腹部に激痛を覚え、飛竜から墜落した。
その途中・・・よく見るとわき腹に細身の槍が刺さっていた。
シーナが持ち前のスピードと小回りを利かして、一気に懐に突撃してきたのであった。
飛竜に庇われて地面にたたきつけられはしなかったが、もう戦えそうに無い。 二人の息はバッチリだった。
どんなに一人の能力が高くても、息のあった攻撃の前には為す術がなかった。
「く・・・ギネヴィア様・・・。」

一方ニルスのほうは、周りをあらかた片付けたアレンたちも加勢して、数人がかりとなっていた。
彼は攻撃も防御も全て剣で行っている。
皆は焦っていた。 自分達の攻撃を殆ど見切られている。 だが、その均衡は突然破られる。
セレナが隙を突いて得意の月光剣を繰り出した。 ニルスは見切ったといわんばかりに剣でそれを受ける。
そのときだった。 ニルスの大剣が音を立ててはじけ飛んだ。
何百回という打ち合いに、剣がとうとう疲労して折れてしまったのである。
銀は硬く、殺傷力が高いが、鉄と違い柔軟性に欠ける。 受けには向いていなかった。
武器を失っても、ニルスはあわてる事も無く剣を捨てた。
「少しはやるようだな! だが、真の戦いはこれからだ!」
彼は手をこちらに広げると、その先のエーギルを集めた。
「本物の氷魔法を見せてやろう。 ラストブレス!」


158: 手強い名無しさん:06/04/08 22:04 ID:9sML7BIs
彼から放たれた極寒の風。 それは体に貼り付き、全てを凍りつかせる破滅魔法の一つだった。
アレン達は言うに及ばず、神竜の二人も例外ではない。 足元から次第に凍り付いていく。 体温を奪って余りある死の風。
「く、なんて魔法だ・・・。」
「ははは・・・私にこの魔法を使わすとはな!」
どんどん体が動かなくなっていく。 意識まで飛びそうだ。
吹雪の向こうで不敵な笑顔を漏らすニルスの顔が、次第にぼやけてくる。
このままではやられてしまう・・・。 セレスはぼやける頭で何とか、考えた。
この氷を何とかしなければ・・・。 彼は、凍りつく口元で何とか魔法を読み上げた。
「メ・・・メティオ!」
「?!」
皆は一瞬読み上げた魔法の名に、耳を疑った。
メティオは遠くの敵を攻撃する為の火炎魔法で、広範囲に爆発が及ぶ破壊魔法だった。
それを・・・何と彼は自分に放ったのだ。 セレスを中心に爆発が起こり、ニルスも吹雪も皆吹き飛ばされた。
燃え上がる爆風で体を覆っていた氷が解けるというより吹っ飛ばされた。
当然衝撃と火炎で皆負傷してしまったが、悪魔の氷から逃れられた。
「く、味な真似を!」
ニルスがもう一度魔法を撃とうと詠唱を始める。
「アリスさん! 僕と二人で魔法障壁を!」
セレスの合図にアリスもマジックシールドを張る。
そこへ、ニルスの放った死の風が再び襲ってきた。 マジックシールドに跳ね返される吹雪。
アリスにマジックシールドを任せると、セレスは障壁の中から、吹雪へ向かって再び魔法を放った。
「魔法なら僕も負けませんよ! ボルガノン!」
火炎の魔法と氷の魔法がぶつかり合い、真っ白な湯気が上がる。
その湯気が視界を遮り、何が起きたのか分からなくなってしまった。 ニルスが湯気の中で相手の様子を見ようとしたその時だった。
突然、左右からセレナとカイが現われて、すれ違いざまに自分を剣で突き刺して行った。
「がっ!?」
二人が空中から交差するように相手を襲ったのだった。
流石の彼も防御手段の無いところに被弾し、膝をついた。
「バ、バカな・・・。 この私が、負けるなど・・・。」
セレナが膝を突くニルスににじり寄り、止めを刺そうとした。
しかし、再び空が暗くなったかと思うと、視界からニルスが消えた。
「今回は私の負けだ。 だが、私は諦めない。 首を洗って待っていろ!」
彼はミレディの飛竜に助けられ、事なきを得ていた。
捨て台詞をはきながら、南の空へ消えていく。 何故自分が必要とされるのか。 セレナは聞きたかったのに。
「へ、それはこちらの台詞だぜ。 なぁ、セレス! お前の魔法はやっぱすげーな!」
クラウドが親友の肩をバンバン叩きながら笑う。
叩かれたほうのセレスは前へよろける。 服を調えると、ツンと向こうを向いた。
「毎日の勉強の成果です。 まったく、僕がいないと何も出来ないんですから!」
「ちぇ、つまんねぇ奴。」
セレナやシーナもセレスに感謝する。 今回は彼がいなかったらどうなっていたことか。
魔法も、その後の戦術も。 やはり皆の知恵袋だった。
「ありがとう、セレス。」
「べ、別に感謝などされる事じゃないですよ。 シーナちゃん達は、な・・・仲間なんですし。」
「さんきゅーセレス!」
「わぁ、抱きつかないでください! 服が汚れる!」
焦ってセレナを引き離そうとするが、セレナは抱きついたままだった。 彼の顔は紅潮している。
カイはこんなやり取りがほほえましくて仕方がなかった。
今まで、自分はこんなに温かい仲間がいなかった。 彼は今がとても幸せだった。
今までの無味乾燥とした人生には、もう二度と戻りたくないと感じていた。
母上・・・私は旅に出て本当によかった。 もし城にいたら、私は本当に生きている意味が無いところでした。


159: 手強い名無しさん:06/04/08 22:04 ID:9sML7BIs
そうやって空を眺めると、向こう何か見えてきた。
「お? おい、見えてきたぞ。 ブレーグランドだ。」
カイの指差すほうに、街並みが見えてきた。 そこが一行の目指した半竜族の国、ブレーグランドだった。
一行は募る不安をお互いに拭い合いながら、半竜族の国、エレブを乗っ取ったハーフの親玉、メリアレーゼの故郷へと入っていった。

第三十九章:狭間の者
街の様子を見た一行は目を疑った。 国というより・・・スラムと言ったほうが正しいかもしれない。
マーキュレイを見た後だと尚更そう思えた。 皆掘っ立て小屋に住み、ぼろきれ同然のシャツ一枚で生活している。
文明と言うには悲しすぎる様子だった。 更に、彼らは自分達を見た途端、逃げ出していってしまった。
「おい! 何で逃げ出すんだよ!」
クラウドは逃げていった同族を見て走って追いかける。
何故、同族からも逃げられなければならないんだ。 セレナは兄を追いかけようとしたが、それをカイが止めた。
「ちょっと、離してよ。」
「オレ様達が行くと、余計にあいつらは逃げるぜ。 半竜族は、人間も竜も嫌いだからな。」
彼らは迫害する人間も、それを見て見ぬ振りする竜族も嫌いだった。
どちらの血も自分に流れているのに、どちらからも受け入れられない。 彼らは自分に流れる血そのものを嫌っていた。
「私も行ってくる!」
シーナは疾風のごときスピードで駆けていった。 兄だけでは心配だ。
他の面子は、それを追いかけることも出来ず、ただ、二人の帰りを待つしか出来なかった。
自分達はハーフを助けたいと思っているのに、相手から一方的に拒絶される悲しみ。 イリアのときと同じだ。
でも、相手も最初はそうだったのだろう。 受け入れてもらいたいのに、一方的に拒絶される。
長年の積み重ねが、彼らをこういう風に変えてしまったのだった。

「おい! 待てよ! どうして逃げるんだよ!」
逃げるハーフをクラウドが袋小路に追い詰めた。 相手は栄養状態も悪いらしく、体力が無い。
「うるさい! どうせ、また半竜狩りをしに来たんだろう!」
「半竜狩り?」
「人間が、『優良種の保存』を名目に、半竜を殺しに来たんだろう?!」
その男は興奮していた。 だが、クラウドには身に覚えが無い。 それどころか、自分は同族だ。
「おい、よく見てみろよ。 俺もハーフだぞ。」
興奮していたその男は、クラウドにそういわれ、彼のエーギルの波動を辿ってみる。
おお・・・これは間違いなく同士のもの。 しかし、騙されんぞ。
「だが、お前は人間と共にいただろう。 俺達をおびき寄せる為のおとりだろ。」
マーキュレイの手先のような事を扱いにされ、クラウドはカチンと来た。
「ふざけろ! あんなゲス共と一緒にするな! さっきのは俺の仲間だ!」
真剣に怒るクラウドに、その男も少しテンションが下がった。
しかし、そんな事は信用できない。 半竜を人間が受け入れるわけが・・・ない!
「騙されないぞ! ハーフのお前が人間の仲間? そんなことありえないだろう! ほらを吹くな!」
そのとき、後ろから声がした。 怒鳴りあう二人の男にとっては、何か癒されるような気分になる。 そんな優しい声。
「本当だよ。 私達、あの人たちとずっと旅をしているんだもん。」
シーナだった。 その男はシーナを見るとエーギルを確認する。 やはり同士のものだ。
「そんなバカな・・・。 半竜が、迫害されている半竜が、人間の仲間など・・・あろうはずも・・・。」
「信じて。 だって、貴方を殺すのなら、もうとっくに兄が貴方を殺しているはずでしょう?」
男は黙ってしまった。 こんなことが・・・あるわけがない。 半竜と人間が一緒に旅をするなど。
だが、目の前にはそのありえないはずの存在が二人もいる。 ・・・一体どういうことなんだ。
「俺は、同族のこの悲惨な状況を救いたいんだ。 だから協力してくれ。 頼む!」
クラウドに真顔で見つめられた男はこれ以上強く出れない。
その目が真剣そのもので、嘘を言っている様には決して見えなかったからだ。
その傍らには、心配そうに、そして同族に拒否されて悲しい顔をするシーナの顔・・・。


160: 第三十九章:狭間の者:06/04/08 22:05 ID:9sML7BIs
「・・・わかった。 同族のよしみだ。 お前達を信じよう。」
「ありがとう! 皆に会って。 皆良い人ばかりだから。」
男はまだ疑心暗鬼だが、シーナ達に連れられて、セレナ達の元へ行った。
セレナ達は、今までの経緯を軽く話した。 自分達がエレブと言う、アルヴァネスカと対を為す大陸から来たこと。
自分達はどの種族も差別されずに、平和に生きる事が出来る世界を作ろうと旅をしていること。
そのために、ハーフ差別を推進する教会に君臨する教皇を倒そうとしていること。
男は信じられないと言った様子で聞いていたが、クラウドのような真剣な眼差しで話をするセレナ達の言う事が、嘘とは思えなかった。
「そうか。 世の中には変わった者もいるのだな。 よし、俺はお前達を信じる。 俺の名前はシュッツ。 皆に会ってくれ。」
男はそういうと、一行を連れて広場まで行く。 もし、こいつらの言っている事が嘘だったら・・・。
仲間を危険に晒す事になるかもしれない。 しかし、こいつらの眼が嘘を言っている様には思えない。
彼の心の中では、今でも激しい葛藤が渦巻いていた。 自分達を理解してくれているかもしれない者を拒絶するわけには行かない。
セレナ達を見たほかの半竜たちも、最初は男と同じように逃げようとしたが、シュッツが走りより、白髪の男に話しかけている。
それは次第に口論へ発展した。 時折こちらを指差して怒鳴っている。 暫くして口論は止み、シュッツが戻ってきた。
「来いよ。 長老を説得してきた。 まだ完全には信じて無いが、きっと分かってくれるはずだ。」
皆は長老の元まで歩み寄った。
「お前達か。 世界を救うとか言っている変わりもんは。」
「そうです。」
「経緯はシュッツから聞いた。 では問おう、世界を変えるとは、具体的になにをなさるのか?」
「この世の理を曲げているナーガ教を変える。 その為に、その権力を掌握している教皇を倒す。」
セレナの理想を、長老は笑った。 セレナもあまり良い気分がしない。 何処に行っても笑われる。
「そう簡単に言ってくれるが、果たしてできるかな? 教皇を敵に回すと言うのは、すなわち世界を敵に回すということ。
最高師範がもっとしっかりしてくれていれば、あのような男が権力を握ることもなかったのに。
世の中は腐っとる。 権力に溺れるものもいれば、権力を扱いきれずに放棄するものもいる。」
反論しようとするセレナをカイが抑えた。 昔の彼なら、きっとセレナと同じように反論していただろう。
誰もオレ様のことを信じなったじゃないか、と。
「あんたの言うとおりだ。 面目ない。 だが、今までの分も俺はしっかりやって見せる。」
「・・・? もしや、お前さんが・・・カイザック・・・最高師範?」
「あぁ、そうさ。 神を語りながら、民の前から逃げていた、愚かなナーガ教最高師範さ。 いくらでも罵ってくれ。」
長老はカイの言葉に驚いた。 長い間生きてきたが、その姿を見ることも叶わなかった。 その存在が今目の前に居る。
「そちらは? 人間のようだが。」
アレン達は自分達がエレブから来たこと。 あちらのハーフの暴挙などを説明する。
こちらに敵意の無いことを何とか分かってもらえたようだ。 しかし、それでも長老の顔は曇っている。
「私達の目的は、先程セレナ様が仰ったとおりです。 そのために、今もこうしてここまで来たのです。」
アレンもまた、セレナの掲げる理想を頭の中で整理する。 世界を超えた莫大な規模の理想だ。
一個一個目的を明確にしなければ、道を誤ったときに修正できなくなる。
「ふむ。 そちらの大陸には、我が同族が迷惑をかけ、申し訳ないと思っている。 しかしな・・・。」
「しかし?」
「エレブのせいで、私らが迫害され始めたことも、ご理解いただきたい。
あの時、ハルトムート共が余計なことをしなければ、ワシらもこんな惨めな人生を歩まずに済んだかもしれない。」
セレナは、そんな長老に憤りを覚えた。 だが、仕方ないのかもしれない。 英雄と呼ばれても、それが元で迫害が始まった。
彼さえエレブを救わなければ、今でも陽の下で堂々と暮らせていたかもしれない。


161: 手強い名無しさん:06/04/08 22:06 ID:9sML7BIs
「余計な事じゃないよ! 長老さん、間違えちゃダメだよ。
ハルトムートのした事は正しいよ。 間違っているのは、正しい事をしたのにそれを批判したヤツらだよ!」
「だが、正しい事が必ずしも歓迎されるとは限らん。 実際、そのせいで現状がある。 違うか?」
「違う! 正しい事をしたのに、それが正しく評価されない世界の仕組みがおかしいんだ。
一部の者の利の為に、大勢の者が泣き、正しい事をしようとするものが潰される。 これの何処が正しいんだ!
あたしは、こんな世界は絶対に間違っていると思う。 幸せを皆で共有できて、正しいことが正しい事と認識される世界。
自分が自分として堂々と生きれる世界。 あたしはこれを目指してるんだ。」
セレナの理想を、長老はまた大きな声をあげて笑った。
「お前さんの理想は、もはやそれを超えて狂気だな。 お前さんの言っていることは正しいよ?
しかし、現実を見なさい。 たった一人で正しいと主張しても、白い目で見られるのがオチだ。
現に私達とて、手を拱いて、迫害を甘んじて受けていたわけではない。 自分達の正当性を主張してきた。
だが、そのたびに、人間は私達への仕打ちを激化してきたんだよ。 奴らとは、共存できるとは思えないね。」
まだ理解してもらえない。 これだけ熱心に話しても、まだ納得してもらえない。 何故。
セレナの横で、自分の言葉を噛み砕いて話してくれる人物が居た。 シーナである。
「長老様。 確かに、人間は私達を迫害している。 けど、それは神の言葉と信じているから。
きっかけを作ったのは、ある一人の男よ。 たった一人の声で、世論が変わってしまったなんて。
世論もそうだし、自分もやらなければ取り残される。 きっとそんな感じで広がっていったのよ。
人間って、孤立するのを極端に嫌うから。」
レオンもシーナに加わる。 彼の彼女の言葉に耳が痛かった。
ベルン兵だから。 上の命令だから。 そんな簡単な理由で、同族を傷つけていた。
孤立を嫌い、自分のために、他の何もしていない他の者を傷つける。 人間は・・・自分勝手だ。
「ふむ、そうだな。 権力とは恐ろしいものだ。 どんなものでも溺れさせてしまう。
そして、愚者が権力を振るえば、理は曲がり、世界は混沌とした地獄に成り果てる。 今の両大陸のように。」
シーナはレオンから視線を戻すと、更に続けた。
「だから、世界を変えるには、まず間違った事を正義とする教皇を何とかする。
世界を敵に回したって、間違っている事は、間違っているって主張しないと、何処までも歪んでいくよ。
諦めたら、そこで終わりだよ。 ハルトムートのせいにするのは・・・逃げてるだけ。」
「私らが逃げていると言うのか・・・?」
「うん。 批判する対象をすり変えて、自分達は悪くないって言ってる。
根本を変えようとしないで、変えてはならない部分を変えようとしている。
悪い事を正しい事に摩り替える為に、正しい事を悪い事と決め付けようとしている。 ・・・それじゃ人間と変わらないよ。」
長老も、同族の心の篭った主張に目を閉じて考えてみる。
逃げている・・・か。 ハルトムートは、エレブとアルヴァスネカ、そして、人も、竜も、ハーフも
皆が平和に生きる事のできる世界を目指し、戦った。
全てを活かそうとする者と、いがみ合い、自分達の利ばかりを追求する者・・・。
確かに逃げていたのかもしれん。 彼を批判すれば、自分達を肯定する事にもなったのだから。
「・・・たまには、狂気に触れてみるのも良いかもしれん。 よかろう、私達は、あなた方に協力しよう。
この街の一番奥に、我らが賢王・・・と言っても、今ではただの圧制者だが、メリアレーゼの館がある。
そこに行ってみるがよい。 私達も、悪しき心と戦う。」
「ありがとう! 皆、行こう!」
やっと分かってもらえた。 自分達の想いを。 セレナは嬉しかった。 久しぶりの理解者だった。
そして同時に一層決心を固めた。 自分達を信じてくれる人たちのためにも、諦められない。
去り行くカイに、長老が声をかけた。
「最高師範。 変わってしまった理を変える事は難しい。
だが、過去を悔い改めたのなら、今からでも遅くは無い。 私達も、逃げずに戦う。 貴方も、どうか世界に光をもたらして下され。」
「分かっている。 世界を正しい方向へと導くこと。
それが聖王ナーガの末裔たる私の使命であり、望む道。 貴方達も諦めず、私を助けてくれ。」


162: 手強い名無しさん:06/04/08 22:06 ID:9sML7BIs
セレナはカイが何時もと違った凛々しい顔つきに驚いた。何か彼の周りに、彼とは違うものを感じたような・・・。
なんだかんだ言って、やっぱりカイもしっかりした所あるじゃない。 あっけにとられるセレナの肩に手をやり、カイが歩き出した。
「ほら、行くぞ。 出発の音頭を取った奴が何ボーっとしてやがる。」
「あ、うん・・・。」
外に出たカイはふぅっと深呼吸すると、セレナのほうを向いてニヤニヤと何時もの顔をする。
「どーよ? オレ様の迫真の演技は! あの演技の前では、さすがの長老でも舌を巻くってもんだぜ。」
「・・・あはは・・・。 やっぱり、アンタってヤツは・・・。」
苦笑いするセレナの肩を腕で押しながら、カイはメリアレーゼの館に急いだ。
待ってろよ。 オレ様、もう使命から逃げたりしないぜ。 ナーガの旦那から授かったこの能力も
全ては、使命を果たすためにある。 力を持たないものの為に、力を持ったオレ様達が頑張らねばな。

第四十章:もう一つの扉
一行は、街の奥にある、ひときわ大きい館の前まで辿り着いた。
長い間手入れをされず、薄汚れたそれではあるが、周りのみすぼらしい家々に比べれば十分立派だった。
館に入ってみる。 中には誰もいない。
調度品と思しき重厚な甲冑が埃まみれになりながら、かぶとの隙間に蜘蛛の巣を張り、主の帰りをずっと待っていた。 
かつてもここは、ブレーグランドの女帝メリアレーゼが施政の指揮を振るった場所。
多くのものが仕え、仕事に追われていたであろうその場所が、今は瓦礫や紙くずの転がる、廃墟同然になっていた。
時は無情なものである。
一行は色々な部屋を探索するものの、あまり資料となりそうなものはなかった。
それでも、彼らはメリアレーゼの部屋を探し出した。 玉座が、今も鎮座していたからである。
「ここで・・・あいつは何を考えていたんだろうな・・・。」
暴挙を起こす前は、メリアレーゼも大陸屈指の賢者であった。
そんな賢者が陣頭に立つブレーグランドは、人間から迫害されながらも、なんとか国として成り立っていたと言う。
毎日毎日、人間の迫害に耐えながら、彼女は同族の未来を想い、様々な施政を敷いていたのだろう。
耐え忍んできたのだろう。 セレナは玉座から見える国の様子を眺めながら、彼女の心中を察していた。
「姉ちゃん! そんな埃まみれの椅子に座ったらダメだよ!」
「ん? あ、やば。」
妹の声で我に返ったセレナは急いでお尻を払う。 椅子を見てみると、埃は全く無い。
どうやらお尻に全部吸いつけてしまった様だ。 妹に払ってもらう。
「ふぅ、よかった。 あまり汚れてなかったよ。」
「そっか、よかった。 汚すと姉貴がうるさいんだよね。」
そんな会話をしていると、向こうから何か親父の叫ぶ声がする。
双子が声のほうに言ってみると、親父が何かを見つけたようだった。
「これは・・・多分メリアレーゼの日記だ。」
よく見てみると、それはメリアレーゼが毎日の国の様子を書きとめた日記だった。
その中身は、予想通り、苦悩と期待に満ちた賢者メリアレーゼの気持ちそのものだった。
                  ・
                  ・
                  ・
・・・今日、『優良種の保存』法がマーキュレイ議会にて可決されてしまった。
我々ハーフを毛嫌いするあの男が教会を牛耳っている以上、当然の結果かもしれない。
こんな法が可決され、カイザック最高師範も当てにならない今、
共存の道は絶たれてしまったのかもしれない。 だが、諦めるわけにはいかない。
私が諦めれば、私を慕ってくれているブレーグランドの民に申し訳が立たない。
もう一度、マーキュレイに行き、教皇と話し合うしか無い。 これ以上、世界の理を歪めてはならない。
どの種族も、神に祝福され、神の下では平等なはず。 神の遺志を歪めて解釈してはならないのに。
一種族の利益の為だけに、神を名乗ってはならないのに。 どうして彼はそれがわからないのだろうか。
                  ・
                  ・
                  ・
・・・マーキュレイに乗り込むも、『優良種の保存』法に基づいて、私の同士が殺されてしまった。



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