【3スレ目】ファイアーエムブレム〜双竜の剣〜


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【3スレ目】ファイアーエムブレム〜双竜の剣〜

1: 見習い筆騎士('-'*) ldOOTsV6:06/01/06 15:33 ID:E1USl4sQ
前のスレッドが容量オーバーで書き込めなくなったので
新しいスレッドを建てさせていただきました。
1部~2部イリア編序章は、以下のURLよりご覧いただけます。

1スレ目:http://bbs.2ch2.net/test/read.cgi/emblem/1100605267/7-106
2スレ目:http://bbs.2ch2.net/test/read.cgi/emblem/1123296562/l50

あらすじ
ロイ達が倒れ、世界が別世界から乗り込んできたハーフ(人と竜の混血種)に支配され早17.8年、ハーフ以外の種族は絶望の中にあった。
そんな中、ロイの子供セレナとシーナが立ち上がる。
彼女らは生まれ育った西方の仲間や傭兵ナーティ、伯母の子に当るアリスやセレスらと共に、神将器を集めながら進軍することになった。
そして、西方、エトルリアを開放し、一行はイリアで作戦を展開する・・・。


2: 手強い名無しさん:06/01/06 15:40 ID:E1USl4sQ
「うわぁぁ! おい! シーナ! スピード落とせ! 落とされる! 寒い! うわぁぁ!」
後ろではクラウドが悲鳴を上げる。凄まじいスピードで寒空を一気に駆け抜ける。迫り来る木々や山々をひらひらと避けていく。シーナは気付かれないように、あえて山を低空で飛んでいたのだ。
「ごちゃごちゃうるさいの! 誰のせいでこうなったか考えて反省しなさい!」
「何だが分からねぇが、お願いだ、やめてくれ! 死ぬ!」
クラウドは吹き飛ばされないようにシーナに抱きつく事で精一杯だった。シーナがスピードを出している理由は、単に早く王都から離れるためだけではなかった。兄に抱かれたいという気持ちも、少しはあったとかないとか。

二人は天馬に乗り、約束した地、カルラエの村を目指していた。1日がかりで到着し、セレナ達を探す。
「うぅ・・・もう俺凍え死にそう・・・。」
「も、文句言わないの・・・がたがた。」
二人は震える足取りで村の中を探すが、人っ子一人見当たらない。多分、村人は皆姉達の元に居るのだろう。彼らが居るであろう場所を探す。
暫く探していると、簡素なつくりの家々の中でひときわ目立つ礼拝堂が見えた。その入り口には、見慣れた人影があった。雪が降っているにもかかわらず、外で動く事もなくこちらを睨む目線・・・ナーティだ。
「ご苦労だったな。雪の降る中、天馬を駆って寒かったろう。皆中にいるから温まるといい。」
「ただいま! でも、ナーティさんは? 寒いでしょ?」
ナーティとてそこまで厚着をしているわけではない。頭や肩には雪が積もっていた。
「私は傭兵だ。お前達を守ることが私の使命。さ、中で攻め入る相談をしている。今の王都の状況を持って行ってやれ。」
二人は言われるままに礼拝堂の中に入っていく。クラウドはナーティの背中を見てみると、また何も無かったかのように腕組みをして遠くを見ているように見えた。
「・・・あいつ、寒さを感じてないんじゃないのか? あんなに体に雪が積もるほど動かないとか。」
「バカね、兄ちゃん。我慢強いだけでしょ。私達とは精神力が違うのよ。」
シーナはそう言いつつも、寒さに我慢できない自分に、もっと強くならないとと言い聞かせた。
「お、おかえりシーナ! それと兄貴!」
「“それと”って俺はおまけかよ!」
「兄貴なんか被害妄想入って無い? シーナに何かされたの?」
久しぶりの(といっても一週間もしていないが)兄妹の再開に会話が進んでしまう。長老はシーナを見て言った。
「おぉ・・・炎の天使・・・その翼の片翼・・・双翼とも揃ったか・・・。」
帰ってきた二人は王都で見たり、聞いた情報を皆にもたらした。王都の生活水準はかなり高い事。警備が厳しく、なかなか侵入経路を見出せない事。そして、あの竜騎士、レオンの事。
「あのレオンって竜騎士。ハーフじゃないんだって。」
シーナの言葉に一同は耳を疑った。ハーフの世界で、人間が公然と位に付き、そして更に驚くべき事は、その人間が、他の人間を劣悪種呼ばわりして迫害している事だった。
「なにそれ! とんでもないやつじゃん!」
「セレナ、落ち着けよ。レオンは自分がハーフでマチルダの子だと思い込んでるだけらしい。で、本人も今の施政方針はおかしいと嘆いていたぜ。」
興奮するセレナをクラウドが抑えた。クラウドは、何となくレオンと気が合うような気がして、レオンの気持ちが分かるような気がしていた。
「本人も言ってたって・・・。君はレオンと会ったのか?!」
セレスがびっくりして訊いた。敵の軍部の中枢にいる人間とコンタクトをとるとは・・・。
「よく捕まらなかったですね。シーナちゃんが一緒でよかった。」
「なんだよ! それじゃ何か俺がお荷物みたいじゃねーか!」
「・・・違うとでも? 」
「・・・てめぇ・・・。」
「大方、君がヘマをして、運よく相手から情報を聞き出せたんじゃないんですか? で、シーナちゃんが何とか誤魔化した、と」
「・・・。」
何でこいつはそこまで分かるんだ、といわんばかりにクラウドは黙り込んでしまった。その様子を鼻であしらうセレス。
「でも、兄ちゃんは凄いよ。敵相手でも普通に話しちゃうんだから。」


3: 第二十一章:引き裂かれた絆:06/01/06 15:41 ID:E1USl4sQ
そんな兄をシーナが庇った。庇うというより、本当にシーナにとっては羨ましい能力だった。人は相手に警戒されていると思うと、自然に自分も警戒してしまうものである。わかっていても・・・やはり警戒してしまうものだ。
「へ、セレナには負けるぜ。敵だろうがなんだろうが直ぐに打ち解けちゃうからな。」
「でも・・・人間を嫌っているはずのハーフの将軍が、何故人間の子を育てるなんて事を・・・。」
そんな三人を見て微笑みながらも、アリスは不思議がって言った。ここまで人間を迫害して、辺境に追いやっているのに、その蔑む種族の子供を育てるなんて。
「・・・おそらく、彼の持っている槍、マルテの力が欲しかったのだろう。そして、ここからは憶測だが・・・」
ここまでアレンが言ったところで、女性の悲鳴に似た叫び声が聞こえた。
「レオン・・・! マルテ! まさか、その竜騎士って言うのは!」
ルシャナだった。アレンはその反応にさして驚きもせず、冷静にルシャナに返した。
「はい。俺の推測に過ぎませんが、おそらく、レオンと言う竜騎士は、ルシャナさん、貴女の息子さんです。マルテの力を得る為に、息子さんを貴女から引き離した。なんて酷い・・・。」
ルシャナは暫く下を向いて泣いていたが、泣くのをやめると、きっと前を見据えるような目つきでセレナ達を見た。
「な、何? ルシャナさん。」
「私も潜入に同行させて。昔と城のつくりが変わっていなければ、隠し通路を知ってる。案内人も兼ねて同行させてちょうだい! 私だって元騎士だから、足手まといにはならない。頼むよ!」
その気持ちはセレナ達の心に痛いほど突き刺さってきた。死んだと思っていた息子が生きていた。例え敵だとしても・・・会いたい!
「わかった。あたし達も攻め入る前に一度潜入して様子を探ってみたいし。城の中の事を知っている人が一緒なのは心強いよ。」
「ありがとう!」
ルシャナはセレナ達とがっちり握手した。この子達が・・・あいつの子か・・・。ふふっ、そっくりだ。
シャニー、あんたとの約束必ず守って見せるよ。あんたの子供達と一緒にね。
そして最後に、ルシャナはアリスの前に膝を突いて挨拶をした。
「アリス様。私は将来きっと、あなたにお仕えしたいと思っています。何卒・・・。」
アリスはルシャナを覚えていた。幼いころ、よく一緒に遊んでくれた騎士。優しくて、母や叔母が忙しいときは、いつもアリスはルシャナに泣きついていた。
「ルシャナさん・・・貴女に起きた悲劇・・・その心中をお察しします。私も全力で世界を変える為にがんばっています。どうか私達に力を貸してください。」
「はい! この命尽きるまで!」
そのルシャナの声に、周りの村人が一緒になって気合を入れたのは言うまでもなかった。

その夜、双子は出撃の準備を整えると、二人で稽古をしていた。シーナも大分強くなったが、やはり姉には敵わないらしく、天馬から叩き落されていた。
「ぎゃっ?!」
「へへっ。どうだ、あたしのツバメ返しは。シーナ。また今晩のおかず無くなっちゃうよ?」
「うー。それ卑怯・・・。」
姉から回復魔法をしてもらいながら、服に付いた雪を払う。どうしても、姉の双剣の隙を突くことが出来ない。そこにルシャナが来た。
「ん? シーナちゃん。あんた天馬騎士なんだ。」
ルシャナがシーナの天馬‐セフィ‐の鬣を撫でながら言った。天馬は主人以外には基本的に気を許さないものだが、ルシャナの前では大人しかった。
「うん。そうだよ。まだ姉ちゃんにすら勝てないほど弱いんだけどね。」
「なによそれ! 姉ちゃんに“すら”って! あたしは最強の剣士を目指してる身なんだぞ!」
「姉ちゃんだってナーティさんには勝てないくせに。」
「う、うるさい! あんなヤツ、ちょっとあたしより剣の腕が立つだけよ。魔法も絡めて攻めれば・・・。」
姉のその言い草に、シーナは横目で姉を見た。
「・・・ちょっと?」
「・・・かなり、かな・・・。もう! うるさいな!」
そんな双子の会話を聞きながら、ルシャナは笑いながら言った。
「ははは。あんたたち見てると、まるで昔私とシャニーみたいで面白いよ。」
「そっか・・・おばちゃんとうちの母さんは親友だったんだっけ。」


4: 手強い名無しさん:06/01/07 14:01 ID:E1USl4sQ
そういうセレナの頬を突然、ルシャナが両手で横に引っ張った。
「うひゃ、にゃ、なにゃにひゅるのひゃ・・・。あわわ。」
「今なんて言った!? おばさん!?」
「ル、ルヒャニャおにぇひゃんでひゅ・・・。」
セレナが泣きながらそう答えると、力強く引っ張っていた手を、ようやくセレナの頬から手を離した。
「それでよし!」
セレナは頬を押さえながらうずくまっている。
「ルシャナお姉さん。私の母さんの事、結構知ってるの?」
うずくまる姉を気にしながらも、シーナはルシャナに尋ねた。ルシャナは軽く笑いながら答える。
「あぁ。嫌になるほどね。私はあいつと、物心付いたころからずぅーっと一緒だった。いいところも、悪いところもお互いお見通し。嘘がつけない間柄だったさ。」
「じゃあ、いろいろ教えてよ。」
「いいよ。でも・・・それはあんた達自身で探すべきだと思うよ。私達の生まれた村には入れれば、いろいろ分かるさ。」
「でも、村は追放令が出されてて・・・。」
セレナもシーナも、下を向いてしまう。理不尽な理由で迫害されてしまう事の辛さを、身をもって味わったのだから。
「・・・やっぱりね。ほら、前向きな。村の人も、今王都を占領してる奴らを倒せば、きっと分かってくれるさ。」
「うん。そうだね。」
二人とも前を向いた。ルシャナその顔に、親友の面影を見ていた。
「よし、そのためにも稽古だ稽古! シーナちゃん。あんたは私と同じ天馬騎士だし、みっちり鍛えてあげるよ! セレナも私の槍術を見切れるかな?」
「はい、お願いします!」
「もちろん! 頼むぜ、おばちゃん。」
ルシャナはシーナを連れて走っていった。セレナはルシャナから今度は頭にこぶを貰って、泣きながら二人の後ろをついていった。
その様子を、セレスやアレンが見ていた。
「あの二人、元気ですね。この寒い中よくあんなに走り回れますよ。潜入を控えているのに。」
セレスが呆れたように言った。まるで子供である。子供は風の子ということだろうか。
「元気でなりよりです。ルシャナ殿も、子供を奪われて寂しかったのでしょう。」
ナーティも見張りをしながら、三人の様子を見ていた。その様子は親子ではないかと錯覚させられるほどだった。二人はそれほど、会ったばかりだと言うのにルシャナに懐いていた。
ナーティは昨日まで沈んでいたルシャナの、別人とも思える笑顔を見ながらポツリと独り言をもらした。
「・・・親はいなくとも子は育つ、か・・・。親もまた然り・・・。なんとしてもレオンを救い出さねばな・・・。」

翌日から一行は王都を目指して進軍を始めた。セレナやシーナ、そしてルシャナは天馬で一気に目的地である王都の近くの宿小屋を目指す。ナーティはルシャナに乗せてもらって行ったようだ。
クラウドとアレンも、うしろにアリスやセレスを乗せて一気に針葉樹林走りぬける。
「うわっ、お前、もう少し揺れないように馬を駆れよ! ヘタクソめ!」
「うるせぇ! 乗せてもらえるだけでもありがたく思え! ここから歩いていくか?」
「そういう問題じゃないだろ。アレンさんを見ろよ! 後ろのアリスさんも揺れていないじゃないか!」
クラウドとセレスは相変わらず言い合いをしている。アレンはやれやれと言った面持ちで、頭を押さえながら馬を駆る。

珍しく出ていた日も、紅くなりながら沈み始めたころ、一行は目的地に到着し、直ぐに作戦に移った。
「いいかい? 外堀のここらへん。ここは木が生い茂ってて監視の目も行き届いていないはず。」
ルシャナが古い地図を持ち出し、皆に侵入経路を説明しだした。クラウドとシーナは、それを聞いて驚いた。
「アレだけだ探して見つからなかったのに・・・。意外な死角があったんだね。」
「そうさ。簡単に見つかったら“秘密”に成り得ないだろ? で、この茂みの中に、城に通じる秘密の地下通路がある。」
皆見つかりにくいように、黒い服に着替えた。そして、ルシャナを先頭に、見つからないように針葉樹の林の中からその秘密通路を目指す。


5: 手強い名無しさん:06/01/07 14:05 ID:E1USl4sQ
ルシャナは問題の茂みに到着すると、セレスに声をかけた。
「あんた魔法得意だろ? 気付かれない程度に手加減して、ここいらの雪を火炎系魔法で溶かしてくれないかな。」
「気付かれないように手加減して、しかもこの厚い雪の層を溶かすとは・・・結構無茶な要求を。」
「なんだよ、出来ないのかよ。」
クラウドが何時ものようにセレスをからかう。セレスもクラウドに言われるとムキになるのか、クラウドのほうを見ながら魔道書を取る。
「ふ、天才に出来ないことは無いさ。いくぞ! ファイアー!」
地面を一面に覆っていった雪が、セレスのファイアーによって見る見るうちに解け、解けた雪の下からは地面が現れた。そして、地面の一角に、周りとは明らかに色の違う部分が現れた。
「あったあった。ここだよ。ここが通路の入り口。ここは城の下水道に繋がってる。下水道を抜ければ城の倉庫さ。」
「・・・また下水道か・・・。」
アレンがポツリとこぼす。昔エトルリアに潜入した時も、確か下水道を経て潜入したはず・・・。
一行がルシャナを先頭に通路に入っていく。誰も使っていないせいか、中は暗く、そしてかび臭い。木の根も至ることころから張り出して、狭い通路が一層狭くなっていた。
通路を経て、下水道を抜ける。そして、行き止まりになっている壁の一角を、音が立たないように静かにずらす。すると、その抜けた先は薄暗い物置・・・倉庫だ。
「ふぅ、よかった。城の配置が変わってなくて。よし、行こう!」
ルシャナはセレナやシーナが行こうという前に既に先陣を切っていた。死んだと思っていた息子が、この城で騎士として生きていたのである。逸る心を抑え切れなかった。
城の中をいろいろ徘徊して調べてみる。城の造り自体は前と変わっていないようだ。だが、マチルダがどこにいるのか・・・。それを探していると、セレナが急に声を上げた。
「ねぇ、何あれ!」
「しっ、セレナ。僕たちは潜入している皆のですよ、そんな大声を・・・なんだアレは!」
セレスすらも声を上げてしまう。一行がその方向を見ると、頑丈な鉄格子に囲まれた部屋の中で竜が暴れていた。その横には・・・マチルダ将軍だ!
他の兵に連れてこられた人間に、何かを持ってマチルダ将軍が近づくと、その人間が目を開けていられないほどの閃光に包まれながら竜に変身した。その向こうでは、先ほど暴れていた竜が凄まじい音を立てながら倒れ、その竜は人の姿に戻ってしまった。その人間を兵士達が運び出していく。
「これは・・・竜化実験だ。・・・人を戦闘竜化するおろかな実験さ。」
一行がその声の方向を見ると、そこには槍を手にした騎士が立っていた。・・・レオンだ。
「ふ、お目当ての人物が相手からお出迎えのようだ。」
ナーティが剣を抜いて皆の前に立つと、レオンに小声で言った。
「我々も騒ぎを起こしたくないのだ。無論、あなたと戦いたくも無い。少し話を聞いてはくれまいか?」
その言葉に、レオンを一時びっくりしたが、直ぐに笑って返した。
「ははは・・・。お前達、何かあるとは思っていたが・・・。やはり、お前達が反乱軍だったのだな。」
「だとすれば?」
「この場で始末してくれる。お前達さえいなくなれば、このようなおろかな実験に拍車がかかることも無い!」
「待って! あんたは・・・あんたはレオンなんだね! 私の話を聞いて!」
「問答無用!」
ルシャナの叫びも虚しく、レオンが槍を構える。ナーティも仕方なく剣を構え、セレナ達に言う。
「やむを得ん。実力行使だ。セレナ、シーナ武器を取れ。ただし・・・分かっているな?」
「もちろん!シーナ、行くぞ!」
前衛5人がかりで一気にレオンに攻めかかる。しかし、相手もマルテに認められるほどの腕を持つ騎士。そう簡単には倒させてはくれない。相手の剣を槍で弾きつつ、渾身の力で相手を貫こうとする。その姿は、マルテの加護によって光り輝いているようにも見えた。
「俺も黒騎士と呼ばれる男。ただでは返さぬ!」
氷雪の槍がセレナを襲う。セレナはレオンの槍をサイドステップで避けると、そのまま背中に切りかかろうとした。相手もそれを防ごうと槍を振り回す。
しかし、この人数差の上の狭い通路では、長い槍は圧倒的に不利だった。セレスの魔法で怯んだところを、すぐさまセレナに近寄られた。そして、セレナは左に手にした剣で槍を弾くと、右に手にした剣で一気にレオンを突いた。


6: 手強い名無しさん:06/01/08 09:12 ID:gAExt6/c
「ぐぉっ・・・。」
レオンは膝を突き、その場にうずくまった。槍を取り上げると、アリスが近寄ってきて、レオンにライブをかけてやる。
「・・・?! 敵に情けをかけられるなど・・・いっそのこと殺せ!」
「言ったでしょう? 私達は、貴方と戦うために来たのではないと。貴方に話があってきたのです。」
アリスがライブをかけてやりながらレオンに優しく語りかけた。その優しさに包まれた言葉に、レオンも大人しくなってしまう。
「話・・・?」
「率直に話すわ。貴方が母親だと思っているマチルダ将軍は、本当の母親ではないわ。彼女は貴方の・・・マルテの力が欲しいだけなの。」
「何?! 母上が? お前達、適当な事を言って俺をたぶらかそうとしても無駄だぞ!」
アリスは再び興奮するレオンを抑えながら話を進める。
「いいえ、適当な事じゃないわ。本当の事よ。証拠は貴方の持っていた槍。」
「この槍が・・・どうかしたか?」
「その槍は、かつてのイリア王宮騎士団騎馬隊総司令、ラルクが持っていたもの。神将器は使い手を選ぶの。ラルクは処刑されそして、その槍はラルクの息子と共にベルンに没収された・・・。」
「!? ちょっと待て、それでは・・・!」
「そうよ。連れ去られた息子・・・その息子さんのお母さんが、ここにいるわ。」
アリスはライブをかけ終わると、ルシャナのほうを見た。その視線を追い、レオンもその方向を見てみると、自分と似た赤髪の中年女性が立っていた。
「レオン・・・貴方が・・・レオンなんでしょ?」
ルシャナがレオンの横に座り込み、レオンの顔を泣きながらさする。ラルク似だ・・・。
「そうだ。どうして俺の名を・・・。」
泣き崩れたルシャナの変わりに、アリスがレオンに教えてやった。
「その人がレオン・・・貴方の真のお母さん。ラルク総司令の妻、ルシャナさんよ。」
「よく生きて・・・。」
レオンは頭が混乱してしまった。自分が母親だと思っていた人物が実は自分の親の仇。そして・・・自分も迫害対象であった人間族だった・・・。それが事実なのか、こいつらが騙そうとしているのか。そう簡単に判断できなくなった。しかし、目の前で泣き崩れる女性の様子を見るに、芝居とは到底思えなかった。
「くっ・・・。俺は・・・俺はどうしたらいいんだ!」
混乱するレオンをよそに、ナーティが再び剣を抜きながら皆に言った。
「それは後から考えればよかろう。それより・・・後ろだ。」
「おやおや、傭兵団が今度は実験現場を観光ですか?」
その声に、一同はびっくりしてその声のしたほうを見た。そこに居たのは、大勢の部下に囲まれたマチルダ将軍だった。
「レオン、貴方も敵を前に何をしているのです。さっさと始末してしまいなさい。」
「母上、一つお伺いしたい事がございます。」
レオンは槍を取り直すと、マチルダとセレナ達の中間あたりに立って言った。
「そんなことは後にしなさい。さ、早くその者たちを始末するのです。」
「俺は・・・俺は母上の本当の子供ではないと言うのは本当ですか!」
「・・・誰がそんなことを。」
「この者達が。そして、俺の父親を殺したのは母上だとも申しております。その証拠が、このマルテだと。」
レオンには何となく心当たりがあった。皆が感じる「エーギルの流れ」と言うものが自分には分からなかった。これは自分に魔力がないからだと思って済ましていた。他にも、やたら部下が自分に対し反抗的な態度をとったり、自分ばかり年をとっているような気がしたり・・・それも、自分が人間で、この赤髪の女性が真の親だと言うことが本当なら、全て説明が付いた。
マチルダは暫く沈黙していたが、もはや隠し切れないと悟ったのか、不適に笑いながらレオンに向けて言い放った。
「ふふっ、とうとう知ってしまいましたか。」
「何?!」
「もう少し役に立つかと思いましたが、やはり劣悪種。マルテが何故そんな貴方を選んだのか今でも納得いかないのですよ。」

7: 手強い名無しさん:06/01/08 09:13 ID:gAExt6/c
「・・・貴様!」
「やれやれ、マルテが私を使い手に選んでさえいれば、こんな回りくどい事をしなくて済んだのに。」
マルテを握るレオンの手に力が篭る。しかし、多勢に無勢。この状況で戦うには明らかに分が悪い。
「お前がマチルダ将軍だな! あんたのせいであたしの母さんは!」
セレナもレオンの横まで歩きながらマチルダ将軍をにらみつけた。こいつのせいで、こいつのせいで、母さんは人生の歯車を狂わされた。母さんだけじゃない。ルシャナさんも、レオンも、イリアの皆はこいつのせいで。
「あなたが蒼髪の堕天使の子ですね。勘違いしないで欲しいですよ。彼女は、彼女の意思で自らの姉を殺したんです。村人の目の前でね!」
「嘘だ! 母さんがそんなことするわけ!」
「嘘ではありませんよ。それに・・・貴方の母親が殺したのは姉だけではない。自らの夫までも、その手を赤く染めて殺したのです。」
マチルダのその言葉に、セレナやシーナ、そしてアレンもが驚き、頭の中が一時真っ白になった。
「でたらめを言うな! シャニー殿がロイ様を手がけるなど。あんなに愛し合っていた間柄なのに、そんなことはありえない!」
アレンが少々我を失いながら反論した。アレンはその目で見ていたからである。ロイとシャニーの仲睦ましい間柄を。
「でたらめではないと言っているでしょう。セレナ、貴女の母親は、自らが生き延びたいが為に、最愛の夫を殺したのですよ。なんて自己中心的な女なんでしょう。目的の為なら例え愛するものでも斬り捨てる。結局、その後我らベルン軍に葬り去られたようですが。」
マチルダが淡々と述べる。周りのベルン軍の兵士達も嘲笑している。どうやら嘘ではないようだ・・・しかし、セレナもシーナも、そしてアレンも、どうしても信じられなかった。いや、信じたくなかった。
「そんな・・・そんなバカな!」
シーナが頭を押さえながら首を横に振る。その反応を楽しむかのように、マチルダは続ける。
「ロイもロイですよ。優良種でありながら、あんな劣悪種の女に誑かされて。シャニーがロイを誑かさなければ、ロイももっと幸せな生涯を送れたでしょうに。バカな男。ロイは我ら優良種の面汚しですよ。本当に恥さらし。」
「貴様ぁ!」
アレンが珍しく声を張り上げた。その目は主を侮辱された怒りに満ちている。一堂は、今まで見たことの無いアレンのその目つきに、恐怖すら覚えた。
「貴方はロイに仕えていたものですね。覚えていますよ。残念でしたね。しかし、シャニーと言う虫の存在を許した貴方が悪いのです。部下にも恵まれず、そして最後は自分が心を許した最愛の恋人に殺されるなんて、ロイは本当におろかな・・・英雄なんてバカらしくてお世辞でも言えないわ。」
「このやろう! 貴様がマチルダだな! 俺は絶対お前を生かしておかねぇ!」
「そうよ! よくも私の母様を!」
クラウドもアリスも怒りが頂点に達していた。アリスが怒鳴るほどだ。その怒りは計り知れない。
「母様・・・? ほぅ、生きていたのですか、イリア王女。だから先にも言ったでしょう。殺したのは私ではないのです。貴女の叔母が、その手、その意思で殺したのですよ。そっちのは・・・ほう、クリスの子ですね。エーギルの波長で直ぐ分かりますよ。私の翼を切り落とした、あの醜い劣悪種・・・。親の因果が子に報い・・・たっぷり礼をさせてもらいますよ。あははっ」
マチルダは天を向いて甲高く笑った。その声は、何か相手を苛立たせる、そんな声だった。その笑い声に、今まで沈黙していたナーティが怒鳴った。
「貴様・・・・今まで黙って聞いていれば・・・。 死者を愚弄するにも程度がある! お前は本当に騎士か!」
「ふふふ・・・愚弄も何も、本当の事を言って何が悪いのですか? 所詮は二人とも我らにあだなすゴミ。ロイも劣悪種に手を貸している時点で同族ではないわ。優良種以外は存在する価値もないムシケラなのよ!」
「・・・だから貴様は、人間を集めては竜化実験に使い、殺していたのだな・・・。」
レオンが重い口を開いた。セレナ達の言う事は本当だった。レオンはそれを確信した。セレナ達の言ったこと、そして、今マチルダの口から放たれた言葉、全てを合わせると、今まで疑問に思っていたことが全て、まるでパズルが完成したかのようにぴったり解決するのだ。
「おほほほ・・・正解。劣悪種といえどもその有効活用しないと勿体無いですからね。しかし・・・貴方も事実を知ってしまった以上例外ではないわ。皆の者! こやつらをすべて討ち果たせ!」
周りにいた兵士達が一斉に襲い掛かってきた。この状況で戦ってもまったく勝ち目は無い。

8: 手強い名無しさん:06/01/09 21:22 ID:9sML7BIs
「くそっ。すまない、セレナ殿。」
「謝ってる暇があるなら逃げようよ!」
一同はとにかく逃げる。しかし、このままでは逃げ切れそうにも無い。
「セレナ殿。俺が囮になる。貴女達は元来たルートを使って逃げるんだ!」
セレナが反応する事も出来ないうちに、レオンが一同とは違う通路へ走っていってしまった。
「あ! レオン!」
レオンを追いかけようとするセレナを、ナーティが捕まえた。
「今はあいつを信じるしかない。我々はただ逃げるしかないのだ。時と状況をわきまえろ!」
「でも! あいつだけ犠牲になんて出来ないよ!」
「時と状況をわきまえろと言っているのだ! 前にも言ったはずだ。お前の判断は、お前だけのものではないと。少しは学習しろ!」
セレナは少しぎょっとした。ナーティがいつも以上に怖く感じたからである。仕方なく、ナーティの言われるままに逃げることにした。
「みんな、少し時間を稼いでください!」
セレスがなにやら詠唱を始めた。セレスのことだ。何か考えがあるに違いないと悟ったアレンたちが時間稼ぎをし始める。そして、暫く詠唱した後。
「アレンさん!後ろに引いてください。 出でよ! ファイアーウォール!」
狭い城の通路に突如炎の火柱が上がり、ベルン兵の行く手をさえぎった。
「でかしたぜ、セレス!」
クラウドがセレスの肩をたたきながら走り出す。一行もそれを追い、そのままその姿は消えた。
「・・・ちっ、薄汚い劣悪種共め・・・。」
マチルダが舌打ちをしながらその姿を為すすべなく見る。
「マチルダ様! 奴らを追いかけますか!?」
「待ちなさい。どうせ、神将器のエーギルの波動をたどれば、すぐに居所など知れます。まずはしっかり出撃準備をしましょう。どの道王都決戦は、同族に被害が出るためにしたくありません。こちらから討って出るのには都合がよいのですよ。」
兵達がマチルダの指示の元、一斉に散っていく。残されたマチルダは暫く呆然と立ち尽くし
そして、ふと窓の外を見ると、漆黒の竜が南の空に向かって飛んでいく姿が見えた。レオンだ。そんな一騎だけで飛んでいる飛竜など、自分の持つ、風の秘奥義を使えば、あっという間に微塵に出来るはずだった。だが、マチルダには何故かレオンに風の魔法を撃つことができなかった。ただ、飛び去っていく飛竜を見つめる事しかできなかった。
「レオン・・・。私は、もう少し私に奉仕してくれるものと思っていましたよ。あの時、何故いっそのこと殺して、神将器の継承権を我が物にしなかったのか・・・アレが最大の失敗だったわね・・・。」
見えなくなるまでずっとレオンの姿を見ていた後、マントを翻すと自分の部屋へと戻っていった。その目から涙を流しながら。

一行はそのまま森を伝って王都から脱出し、宿小屋まで戻ってきた。
「はぁはぁ・・・ここまで逃げてくれば平気だよね・・・。」
セレナが息を切らしながら翼を休める。とりあえず直面していた危機は脱した。しかし、問題はこれからどうするかだった。相手は警戒を強めているだろう。同じ手は二度も通用しない。
しばらく皆がどうするか考えていると、上空に黒い点が見えてきた。それはどんどん大きくなっていき、輪郭が分かるほどになるまで時間はかからなかった。
「・・・レオン!」
ルシャナは飛竜が飛んでくるほうへ駆け寄り手を振った。それに気付いたのか、レオンがルシャナの元に降りてきた。
「この軍のリーダーは何方か?」
「一応私だけど、実質的にはこっちです。」
シーナがセレナを指差しながらレオンに説明してやった。レオンはセレナの目の前に立つと、頭を下げていった。
「もう知っているかもしれないが、俺の名はレオン。今まで騙されていたとは言え、お前達に攻撃してすまなかった。」
「いいよ、そんなの。それより、貴方の力を貸してくれる? あたし達は一人でも多く戦力が欲しいの。」
「もちろんだ。今まで仇に手を貸していたとは、俺は無知だった俺自身に腹が立つ。この借りは必ず返させてもらう。」
レオンの言葉に一同が安どの表情を浮かべたことは言うまでもない。


9: 手強い名無しさん:06/01/09 21:22 ID:9sML7BIs
「それにしてもお前、神将器が使えるのか。すげぇよなぁ、俺なんか未だに鉄の槍だぜ?」
仲間になった途端、早速クラウドがレオンに話しかける。
「お前は・・・あの時の。ふっ、俺の技、とくと見せてやるぜ。」
「レオン、よく生きて・・・。あぁ、顔をよく見せて。」
ルシャナがまたレオンの顔をさする。今度は同じ軍。何の躊躇することも無い。ルシャナは感極まって泣き崩れながらも、しっかりレオンを抱いた。
「母上・・・。今まで知らなかったとは言え、母上を悲しませたことをお許しください。」
「知らなかったのだから仕方ないわ。私は元気でいてくれただけで、それだけで十分嬉しい。でも、貴方も人間を迫害していたの?」
「はい・・・情けない事ながら。幼いころから人間は劣悪であると言う教育を受けていました。俺もおかしいと思っていましたが、マチルダの言う事を盲目的に信じてしまっていました・・・。」
「何故?」
「俺は、マチルダを母親だと思い込んでいました。マチルダは俺に対しては優しかった。あんな優しかったマチルダが、何故人間を迫害するのか・・・俺にはわからなくなりました。」
セレナも分からなかった。迫害している人間を育てると言うのは、マルテの力が欲しかったと言う理由で片付けることが出来る。しかし、迫害対象をレオンが言うように優しく、自分の子のように心から接する事ができるだろうか?
ナーティにはそれが何故だか分かっていた。だが、セレナ達が同情に駆られてマチルダを倒すことが出来なくなる事を危惧して、この場では理由を言わなかった。
「さぁて、これからどうしようか。一度作戦を練りなおす必要があるのだが・・・。」
アレンが自分の愛馬をなだめながら独り言のようにポツリと漏らす。もう同じ手は相手も食わないだろし、警戒レベルも上がっているだろう。
「あの村からは追放令が出されているし、僕たちが帰る事の出来る場所はカルラエしかないですね。」
セレスがやっと整ってきた息で話す。カルラエなら自分達を受け入れてくれるだろう。
「追放令? 人間相手にも嫌われているのか? お前達何かしたのか?」
レオンが意外そうに話した。自分達を救ってくれるかもしれない存在を追放するとは信じられなかった。
「うん。あたしの母さんがマチルダのせいで追放令を出されてて、その一族は同罪だって・・・。」
「セレナ、マチルダのせいだけではなかろう。母親を庇いたい気持ちも分かるが、現実を見つめなければならないぞ。」
「だけどさぁ!  あたしは未だに納得できないよ!」
セレナがまた、どうしようもない持って行き場の無い怒りをナーティにぶつけた。ナーティは手で長い銀髪を梳かしながら、やれやれと言った表情を浮かべる。
「・・・お前達は、マチルダの・・・ベルンのせいで追放されていると言うわけだな?」
レオンがセレナに確かめるように訊いた。その目は何か覚悟を決めたように少々据わっている。
「え? ああ、そういう事にだよ!」
「よしわかった。俺の最初の仕事だ。その村に行こう。」
そういうとレオンは愛竜(?)に跨った。一行もレオンに釣られて用意を始めた。
「セレナ、気をつけてね。私達は憎しみで戦ってはいけないのよ。」
アリスがセレナに軽くお説教をする。真っ直ぐなのはいいことだが、だからと言って自分達の目的を忘れた言動が許されるわけではない。
「わかってる。ごめん。あたし、つい熱くなっちゃって。・・・気をつけるよ。」
「ふっ。」
セレナの言葉を聞いて、ナーティがまた鼻で笑う。
「なんだよ。何であんたが笑うんだよ。」
「別に。」
「何だよ、ムカツクヤツ・・・。」
そういいながらまたセレナが離陸を始める。翼を広げ、翼に魔力を集中させる。
「セレナ。」
またナーティがセレナを呼び止める。気を集中していたセレナは、その声に少々驚いた。
「? 今度は何さ。」
「・・・お前は言動だけでなく、太刀筋も荒い。もっと隙の無い行動を心がけろ。いつまでもそんな調子では・・・死ぬぞ。もっと物事に対して気を引き締めてかかれ。」
「・・・わかったよ。」
説教されて、セレナはシーナやセレスの乗る天馬が飛んでいる所まで撤退すると、何時ものように愚痴りだした。


10: 手強い名無しさん:06/01/10 00:16 ID:gAExt6/c
3スレ目ですし、ここで今まで2部で登場した人たちをまとめておきます。

名前(種族/性別/クラス)

◆セレナ(竜族/女性/二刀流剣士)
二部の主人公的扱い。 西方でのんびり暮らしていたが、自分達が英雄ロイとシャニーの子であることを知り
両親が果たせなかった夢を、自らの理想を実現する為に立ち上がる事を決意。シャニーと瓜二つで、性格的にも元気一杯で絶対に諦めない。
が、度が過ぎるのが玉に瑕。 本人はナーティに憧れているが、その笑顔がどれだけ周りを明るく照らしているかという事には気付いていない。
蒼髪のショートヘア。

◆シーナ(半竜族/女性/天馬騎士)
セレナの妹で二人は双子の関係にある。姉と同じく、世界をあるべき姿に戻すべく立ち上がる。
姉を反面教師に育ったためか、姉とは反対に慎重派で、どちらかというと人見知りをするタイプ。だが、やはり両親にそっくりで、心の中は人一倍熱かったりする。
実はひそかに兄貴分であるクラウドを慕っている。セレナ曰く、彼女の料理はどんな武器より殺傷能力があるらしい・・・。
橙髪のポニーテイル。

◆クラウド(半竜族/男性/騎士)
アレンとクリスの子。父親に憧れて自らも騎士になる道を選ぶ。
セレナと同じく熱血漢で、思ったことは言わずにはいられない性格。それが時を選ばないから困りもの。
だが、意外と本人は深く考えており、意図しているのか、何も考えていないのか分からないことも。
赤茶色であまり整えていない髪

◆アレン(人間族/男性/聖騎士)
君主ロイの遺言を忠実に守り、子供達を守り育てた紅蓮の騎士。
最初は君主の言葉を守るべきという気持ちと、君主の仇を討つという二つの相反する感情に葛藤していたが
息子に激励され、以降は元の彼を取り戻した。年相応に落ち着いたが、やはりロイのことになると熱い心が表に出る。

◆アリス(人間族/女性/プリースト)
イリアの聖王ゼロットと、その妻ユーノの子。前の戦争で両親が戦死したため、アレンが他の子供達と一緒に西方へ連れて行った。
優しく、包容力があるが、しっかりと強い芯も併せ持っている。セレナ達の姉的存在。 目に見えないものと交信する不思議な力を持っている。
イリアのことを常に気にしているが、戦争で力の無い民が犠牲にならないかも常に心配している。
紫のロングウェーブ。

◆ナーティ(人間族/女性/魔法剣士)
セレナ一行に雇われた女傭兵。厳格で常に冷静。優しいアレンに対して、厳しい発言が多い。
特にセレナに対しては厳しい態度をとることが多く、よく剣の稽古にも付き合っている。しかし、それはきっとセレナを誰よりも理解している故の行動だろう。
謎な部分も多い為、クラウドに怪しまれている。 どうやら、かつてベルンと何か深い関わりがあったようなのだが・・・。
銀の長髪。隼のような厳しく冷たい視線が、近付き難い印象を与えてしまっている。

◆セレス(人間族/男性/賢者)
エトルリアの名門貴族、リグレ侯爵家当主のクレインとティトの間の子。
アクレイアでパーシバルと共に、エトルリアを取り戻す為のゲリラ的活動を行っていた。セレナ達がエトルリアを開放して以降、彼女らと行動を共にする。
痛い事をさらっと言ってしまったり、やや自信過剰なところもあり、あまり愛情表現は得意ではないが根は優しい。クラウドとはケンカ友達。
金髪で整えられた髪型。

◆レオン(人間族/男性/竜騎士)
風将マチルダによって育てられた人間族。本当はかつてのイリア王国騎馬隊総司令ラルクと、王宮騎士団団長ルシャナの間の子なのだが
マチルダがそのマルテの力を欲せんとするばかりに、親から子供を奪った。しかし遂に真実を知り、セレナ達の仲間に加わる。
騎士道精神に溢れ、落ち着いている。だが、間違っていると思うことに対しては、相手が誰であろうと間違っていると言える人間。
髪の色は緑。黒色の竜も特徴的。

11: 手強い名無しさん:06/01/10 00:22 ID:gAExt6/c
ベルンの人たち

◆ガルバス・サンダース(半竜族/男性/狂戦士)
ベルン五大牙の一人で、西方三島を支配していた。別名「闘将」。
元盗賊団の頭目という事で、品のかけらもない、粗悪で自己中心的な性格。
神将器の一つ天雷の斧―アルマーズ―を所持して、その力に過剰な自身を持っていたが、神将器に認められなかったようだ。

◆リゲル(半竜族/男性/ロードナイト)
ベルン五大牙の一人で、エトルリア駐留軍の総督。極度のナルシストで、美しいもの意外は存在する価値すらないと思っている。
毎日賭博や女遊びなどの快楽にふけり、同族の陳情にすら耳を貸さない。おかげでアクレイアの治安は荒れるばかり。
施政者としては全く失格な存在。こんな性格になってしまったことには、大きな理由があった・・・。

◆マチルダ(半竜族/女性/魔法騎士)
ベルン五大牙の中でも唯一の女性騎士。別名「風将」。
その性格はブリザードのように冷徹で、とにかく頭の回転が速い。相手を精神的に追い詰める作戦が得意。
アゼリクスと共に改造竜石を研究しており、そのために多くの人間が殺されている。風の超魔法、セイクリッド・ブレスが彼女の必殺技。

◆アゼリクス(半竜族/男性/大賢者)
ベルン五大牙の一人。本人曰く、ベルン五大牙随一の「智将」。五大牙の中でもかなりの最高齢。
常に漆黒のローブを頭から羽織、一見ボケているのようにも見える。だが、知謀の図り方は凄まじく、ロイ達を壊滅に追いやった張本人でもある。
しかし、彼は固定した本拠地を持たない。むしろ知られていない。他の五大牙とも別行動をとることも多くあまり存在感がない。だがしかし・・・。

◆グレゴリオ(半竜族/男性/将軍)
ベルン五大牙の筆頭。メリアレーゼがエレブ大陸に侵略を開始する前から彼女に忠誠を誓っている老将。
メリアレーゼが唯一真意を話す相手で、メリアレーゼが何をしようとしているかを知っている数少ない人物。
彼自身は他の五大牙と違い、種族により優劣などの差別をしてはいけないと考えている。それはお互いの溝を深めるだけだと。
それでも尚、あくまで忠誠を誓うメリアレーゼに従っている。

◆メリアレーゼ・フェンリル(半竜族/女性/召喚士)
ギネヴィアの体を乗っ取り、エレブ大陸を侵略してきた別世界のハーフの長。
彼女もかつては心優しい賢者で、半竜族を迫害する人間族からも、ハーフでなければ、とすら言われるほどの人望の厚い人物だった。
しかし、今やただの侵略者に成り果てている。彼女が目指すものは、「種族にかかわらず、差別されずに生きる事のできる世界」の実現。
だが、それはセレナの考える世界とは全く違うものだった。その実現の為に彼女が実行しようとしている恐るべき計画とは・・・。


12: 手強い名無しさん:06/01/10 00:22 ID:gAExt6/c
その他

◆エキドナ
西方三島の人間の自治区のリーダー。セレナ達戦争遺児の育ての親でもある。かなりの肝っ玉母ちゃんである。
今やエレブ大陸に残された最後の理想郷とすら言われる西方をまとめているエキドナは、西方の皆の希望の星だ。
自治区にはギースやゴンザレス、バアトルなどの漢達も多くいる。

◆パーシバル
王国を失った後も、エトルリアを取り戻そうとゲリラ組織を展開する元エトルリア王国大軍将。
エトルリアのかつての繁栄を夢見て、ハーフたちと激しい抗戦を繰り返す毎日。
そのゲリラ組織には、セレスのほかにパントやララムもいる。

◆ルシャナ
セレナ達の母親、シャニーとは無二の友だった。元イリア王国王宮騎士団団長。
今では騎士としての身分を永久に剥奪され、帯剣も禁止されている。
セレナ達に会うまでは、騎士としての情熱を忘れてしまっていたが、息子がベルン兵として生きていると知り、再びそれを取り戻す。

◆ミレディ(人間族/女性/竜騎士)
かつては、ベルン王国王国騎士団守備隊長。だが、忠誠を誓っていたギネヴィアが実はメリアレーゼに乗っ取られていることを知り、弟共に脱走。
その際メリアレーゼの放った闇の召喚魔法で殺されそうになるも、弟に庇われてからくも逃げ延びる。
その後は「アルカディア」と呼ばれる謎の集団に与し、セレナ達、殊の外アリスを狙う。何を目的に組織され、何故アリスたちを狙うかは謎。

13: 第二十二章:止まらぬ時間、変わらぬ想い:06/01/10 23:47 ID:9sML7BIs
「ちぇっ、あいつ。あたしよりちょっと強いからってさぁ。」
セレナのその言葉に二人して、声も口調も揃えて言い返した。
「・・・ちょっと?」
二人の言い草に、セレナは何時もの様に頭へ血を上らせて反論した。
「あぁ! “かなり”でしたよ! もうっ、毎回毎回同じリアクションしちゃってさぁ!」
二人はそのセレナの反応を狙っていたかのように笑い出した。
「ははは。貴女は弄ると面白いですね。でも、ナーティさんの言っている事は正しいと思いますよ。一応、貴女はこの軍のリーダーなんですから。」
「うーん。そうだね。気をつけるよ。あぁ、あいつももっと優しい言い方すれば、こっちだってさぁ・・・。」

一行は丸々1日を移動に使い、ようやくあの村に戻ってきた。
「うー・・・。もうこんな寒空の高速移動はカンベンしたいもんだよ・・・がたがた。」
セレナが身を震わせて言った。翼は凍りつきそうだ。皆が休憩する間もなく、レオンは如何にもベルン兵と言うような格好を装った。頑丈な鎧に、竜の頭をかたちどった兜・・・。
「お前達は、ここにいてくれ。いいか? 俺が合図するまで絶対に姿を見せるんじゃないぞ。」
そう言い残すと、レオンは村のほうに歩いていった。何を企んでいるのか見てみたい気持ちを押さえ、一行は村から少し離れたところでレオンの帰りを待った。
レオンはそのまま村の中に入っていった。村人達は周期外のいきなりの来訪に驚いた。何時もはちゃんと何日に一度、と言う周期で兵が回ってくる。だからそれ以外の日は皆、ベルンに指定された作物以外の作物の世話をしたり、いろいろ私用をこなしているのだ。
レオンは慌てふためく村人に近寄り、わざと怒っているような口調で訊いた。
「おい、劣悪種。この村の長はどこにいる?」
「は、はい、レオン様。村長は自宅におられます。」
レオンはそれを聞くと無言で村長の家へと向かう。焼け焦げた家々と墓の通りを過ぎ、一番奥にある村長の家に入る。
「!? こ、これはレオン様。つい5日前にご来訪成されたばかりだと言うのに、今日はどういったご用件でございましょうか。」
村長がやはりあわててレオンを迎える。
「村長。今日は監視に来たのではない。一つベルンの命令を持ってきただけだ。」
「左様でございますか。して、そのご命令とは?」
「この村には禁忌の存在がいるようだな。」
「あぁ、シャニーのことですね。ベルンにあだなす堕天使。今でも憎い存在です。」
村長がレオンの、ベルンの機嫌をとるためにやや誇張して話しているのは明白だった。ベルンの機嫌を取るためにも、シャニーを禁忌の存在にしておく事は都合がよかったのである。そのため、ベルンからはこの村はベルン信仰がほかより厚い村とされ、他の村よりある程度優遇されていた。
「では命令を下す。今このときより、禁忌を解除しろ。」
レオンの予想だにしない言葉に、村長は驚いた。自分達にあだなす存在を禁忌から開放しろと言うのだ。
「なんですと。それは一体・・・。」
「聞こえなかったのか? 今このときより、シャニー禁忌令を撤廃しろと言ったのだぞ。」
「は、は、はい。かしこまりました。」
「当然、禁忌解除に関連して、その一族がこの村への来訪する事も許可する事。いいな!」
レオンは村長に槍をちらつかせながら、そういって立ち去った。いくら憎く、禁忌の存在と認定していても、ベルンの命令には逆らえなかった。
一行が寒さに耐えながら森で隠れていると、レオンが帰ってきた。
「お帰り。で、どうだった?」
「お前の母親を禁忌から解放してきた。これで・・・お前達もあの村に入ることが出来る。」
アレンやセレスはやはりと言ったような表情を浮かべたが、双子の反応は違った。
「えー。あんなに嫌われてたのに。どうやってさ?」
セレナが心底驚いたような口調で聞いた。あんなに嫌っていて、自分達もひどい口調でののしられて追い出されたのに。
「忘れたか? 俺はベルン北方軍の守備隊長だったのだぞ? 逃走したことを奴らは知らないだろう。奴らもベルンの命令なら聞かざるを得まい。」
「じゃあ、レオンさんはまたベルン兵として・・・。」
「ああ。俺もいくらか酷い事をしてきた。お前達はまだ何も変なイメージは付いていないだろう。恐怖の存在と言うレッテルを貼られるのは俺だけで十分だ。」


14: 手強い名無しさん:06/01/10 23:48 ID:9sML7BIs
シーナは、レオンがベルン兵であると言う事に誇りを持っていたに違いないと思った。だから、それが偽りで、迫害される側だったと知った事は、まるで自分を否定されたも同じだったはず。それにもかかわらず、また、真に人々に忌み嫌われているベルン兵となって自分達を助けてくれたのである。人々から忌み嫌われ、自分自身を否定され、帰る場所が無くなった。その悲しみを、シーナは推測する事もできなかった。
「よかったじゃねーか。これで村に入ってお袋さんの供養が出来るじゃんか。」
クラウドが何か考え込むシーナの肩をポンッと叩きながら言った。そのクラウドの言葉に、シーナもはっと我に返る。
「そ、そうだね。よし、姉ちゃん、行こう。」
歩き出した双子に、何時ものようにナーティがしっかり忠告をする。これは・・・迎えられて村に入れるわけではないこと言う事を。
「間違えるなよ。あの村が、お前の母親へのわだかまりを払拭したわけではない。力によって、仕方なくその意思を捻じ曲げられているだけに過ぎない。」
「そう。我々の使命は、外部的な力ではなく、内発的に我々を迎え入れてくれるようにする事。そのためにも、我々は何としてもマチルダを倒さなければならない。」
アレンも付け加える。双子は無言でうなずくと、村の入り口に向かって走っていた。とうとう、自分達の母親と近い場所に立つ事が出来る。そう思うと、無意識に走り出してしまったのだった。
「・・・私は、ここで待たせてもらう。」
追いかけようとするアレン達に、ナーティが言う。
「どうしたのですか?」
セレスが理由を聞こうとするが、ナーティは沈黙したまま、レオンと共に村の外に出て行ってしまった。
「きっと見張りをしてくれるんですよ。もし本当のベルン兵が来ちゃったら危ないし。」
アリスのその言葉にセレスも何となく納得した。その間にも双子はどんどん走っていってしまう。アレン達は急いで双子を追いかける。
村に入った一行は、回りの視線を気にしながらも、村の中を探索する。前の戦争で焼け焦げた家々の前にはどれも墓があった。しっかりとした石造りの墓だ。恐らく前の戦争、いやマチルダがこの村に来て焼き払いを行ったときの犠牲者だろう。セレナ達は、その光景の醜悪さに息を呑んだ。
暫く奥へ行くと礼拝堂が見えてきた。その通りの焼け焦げた家の一つに、何の手入れもされず、墓も無い家があることにセレナ達は気付いた。
「あれ、ここの家だけ墓が無いね。」
セレナが真っ先に気付き、声を上げる。墓が無いだけではなく、ゴミも投げ捨てられている様子だった。
「きっと空き家だったんだ!」
クラウドが閃いたようにポンッと手を打ちながら言った。しかし、アリスにはこの背景に見覚えがあった。これは・・・。
「ここは・・・イリアの空中華、天馬騎士三姉妹の家があった場所じゃ。」
一行が声の主を探して振り向くと、そこには初老の男性が立っていた。
「え?」
「ここは、ユーノ、ティト、シャニーの家だった場所。末妹が長い間ずっと禁忌として疎まれていた為に、墓も作られず、災いが起きると全て禁忌の仕業と罵ってきた・・・。」
「じゃあ! ここが・・・ここがあたし達の母さんの家!?」
シーナが思わず声を上げた。母の生まれ故郷にやっとのことで入る事に成功し、何か母に所以のあるものが見つかるかと思った矢先だった。そこには思い出の欠片も無く、ただ焼き焦げた瓦礫が残るのみだった。形あるものは皆、燃え尽きてしまったのであった。
「・・・そんな。」
セレナも珍しく泣き出してしまう。母の生きた証以前に、墓もなく、供養すらされていない。そんな仕打ちはあんまりだと思った。何か悔しさが溢れる。
「私達は・・・何か間違いをしていたようだ。何故、あの娘を禁忌にして、村を追放したのか・・・。あの時の私達こそ、何か悪魔に魅入られていたのかもしれん・・・。」
その男性は思い出すような口調でそういった。憎しみと悲しみ。それによって引き起こされるやり場の無い怒り。どうしようも出来ない感情を、人は何かにぶつけなければ収まらない。傷つき、疲れたとき人は思いやりを忘れ、その牙は弱者に向けられる。村人がシャニーを追放した時も、きっとそのような感情に襲われていたのだろう。
「ほらほら、泣くんじゃないよ。あんた達の母さんを慕ってる人間はたくさんいるサ。泣いてる暇があったら、そいつらの叫びに答えてやるべきじゃないのかい?」
ルシャナが双子をまるで自分の子の様に頭を撫でながら諭す。


15: 手強い名無しさん:06/01/11 15:41 ID:E1USl4sQ
形あるものは、時の流れの中で形を変え、いつか朽ちてしまう。しかし、時の流れの中でも、変化しないものがある。それは個人個人の心の中にある「想い」である。「想い」は、人から人へ、世代を、時代を超えて受け継がれる。
「想い」という形無き儚きものが、時の流れを超えて存在し続ける。目に見えず、触れる事の出来ない、在るか無いのかすらわからない。
だが、それこそが、形あるものが変化しようとも変わらず残っていく。セレナはこの想いに答えなければならないと強く誓った。そして、それと同時に、時を超えて受け継がれる「想い」と同じように受け継がれる、偏見や間違った価値観を何とか正さねばならないと思った。
それが、想像しなくても、いや想像を絶するほど困難を極める事は間違いなかった。時が全てを解決してくれる・・・そんな簡単な問題ではなかった。人が、あらゆる意味で「想い」をその個人個人の心の中に持つ限り。
「私は、シャニーを幼いころから知っている。だから、シャニーが村を犠牲にするようなことを考える子ではない事は分かっていた。じゃが・・・大勢に飲まれ、言い出せなかった。この村も私のような臆病者ばかりだ。強い者になびき、保身を図る・・。」
この男性のせいではない。問題なのは、少数を異端視する、間違った多数優位の社会であった。
「貴方は・・・もしかしてシュバルツおじさん?」
ルシャナが幼いころの記憶をたどりながら、思い出すようにその男性に尋ねた。自分達をまるで自分の子のように可愛がってくれた人だ。
「・・・おぉ! ルシャナか! よく生きて・・・。すまなかったよ。お前達が苦労している時に、何もしてやれず、それどころか・・・。」
「いいんだよ。おじさんこそよく生きていたね。」
「あぁ・・・。私はお前達に期待している。何とかベルンを倒し、この国を、昔のように希望に溢れる国に変えてくれ・・・。もし、ベルンを倒すことが出来たら、シャニーから預かっているもの・・・つまり遺品をお前達に授けよう・・・。」
「わかった。あたし達がんばるよ。よし、今日は遅いし、明日からカルラエの人と協力して一気に攻めあがるぞ!」
セレナは早く母親の遺品を見たいと言う気持ちをぐっと抑えながら言った。まず自分達がすべきことは、ベルンを倒し、この地に再び光を取り戻すことだ。
その男性はセレナ達を温かく迎え、家に泊めてくれた。しかし、他の村人が、セレナ達を心から迎えているわけではないことは、その視線からも痛いほど伝わってきた。セレナはこの人たちが持つ、母親への誤解を解くためにも、何とかイリアを救わなければと、意思を固めた。

しかし、この選択が、再びこの村を悲劇に陥れることになるとは誰が予想しただろう。深夜、セレナは金属のぶつかる音で目を覚ました。こんな深夜に金属音・・・? こんな田舎だ。狼の遠吠えは聞こえても、他は雪がしんしんと降る音さえ聞こえるほど静かだ。それなのに・・・何故?
そう思っていると、アレンが家に飛び込んできた。
「皆起きてくれ! 大変だ、ベルンが夜襲を仕掛けてきた!」
「えぇ!? ナーティさんやレオンさんは?」
シーナがびっくりして聞き返す。二人共村の外で番をしていたはずである。この音は・・・きっと二人が戦っているに違いない。
セレナが双剣を腰に刺すと真っ先に家を走って出て行く。これ以上、ここの人々との溝を深められない。そのためにも、ここで戦うことは出来なかった。ベルンが攻めてくる理由は、自分達がいるからに違いなかった。
外では案の定、ナーティとレオンがベルン先方部隊と交戦していた。
「くそっ、どうしてこうも簡単に俺達の居場所が知れたんだ!?」
レオンが飛竜にまたがりながらぼやいた。自分達はできるだけ敵に足が付かないように行動してきたはず。それなの何故・・・。
「わからん! しかし、もしかするとここの住人が通報したのかもしれん。遊撃隊にしては兵が多すぎる。だが、この村には・・・指一本触れさせぬ!」
ナーティが目の前の敵を切り捨てながらレオンに向かって答える。大分ベルン兵を片付けたところで、セレナ達も合流する。
「あぁ・・・。またしてもベルンが我々を・・・。レオン様? どうして貴方までベルンを相手に!?・・・そうか、やはり貴方もこやつらと内通していたのですな? 己、堕天使シャニーの末裔よ!またしても我々を地獄に陥れるつもりか!」 
村長が飛び出してきて、目の前の惨状を見ながらセレナに向かって怒鳴った。


16: 手強い名無しさん:06/01/11 15:43 ID:E1USl4sQ
「ち、違うよ。あたし達はこの村をベルンから・・・」
「えぇい、黙れ黙れ! お前の母親も同じ事を言っておったわ。じゃが、結果どうじゃ! 何も変わってはおらぬでは無いか。それどころか、何の罪も無いワシらが被害を被るのじゃ! お前も母親に似て、人を扇動するのが趣味なのか!」
村長のあまりの罵倒の仕方に、双子も反論できなくなってしまう。そんな二人を、ナーティが諭す。
「下を向いていても仕方あるまい。我々がしなければならないことは?」
「・・・ベルンを倒して、イリアに光を取り戻すこと。」
シーナが我に返って質問に答えた。
「なら、こんなところでグズグズしていられないだろう。これ以上敵に戦力を集中されたらまずい。どうするのだ?」
この質問に今度はセレナが答える。もう、迷っている暇はなかった。時は一刻を争う。もたもたしていてはまた、この村を戦渦に巻き込んでしまう。
「決まってる。数人をここに残して、残りで敵の主力を、ここに到着する前に倒す。それしかない。」
「じゃあ、早くメンバーを決めるんだ。」
アレンに言われて二人は考えた。一応二人がこの軍のリーダーなのだから、その決定は二人にゆだねられる。
「セレナ! 俺を連れて行ってくれ! 親父の仇だし、俺を騙してきたマチルダを俺は許せない!」
レオンが真っ先に名乗り出る。その目は威圧感を感じるほどにセレナを睨みつけていた。
「なぁ、俺も連れて行ってくれよ! 俺もお袋や爺さん婆さんの仇を討ちたいんだ!」
今まで黙っていたクラウドも、待っていましたと言わんばかりに名乗り出る。アレンはその息子の言葉に少々驚いた。今までそんなこと、親である自分にすら言ったことはなかったのである。
セレナは黙って二人に向かって頷いた。今の時点で、前線部隊は自分、シーナ、レオン、それにクラウドだ。人数的に考えて後一人ぐらいしか組み込めそうに無い。
そう考えていた時、ナーティとルシャナが同時に名乗り出た。
「私を・・・私を連れて行ってはもらえないか?」
「セレナちゃん、私を連れて行ってよ。」
ルシャナが名乗り出た理由は、きっと旦那さんの仇討ちだろうとセレナは思った。ナーティが懇願する理由は分からなかったし、村付近に強い前衛を一人残しておかないと危ないと思った。そういったことから、セレナはルシャナを誘ったが、ルシャナはそれをナーティに譲った。
「・・・ルシャナ殿、申し訳ない。」
「いいって。ここでバカな村長に、そのバカさ加減を思い知らせてやるさ。」
「バ、バカじゃと?!」
「あぁ、バカだよ! 強い者になびき、そいつが危なくなるとなんの悪びれも無く切り捨てる。そしてそいつを非難する。人間のやることじゃないよ!」
「お前は・・・ルシャナか! お前はまともだと思っていたが、結局親のいない奴はろくな事を言わんな! ワシらは平民だ。力のあるものに頼るほか無いだろう!」
「平民でもやれることはいくらでもあるさ。泣いてたら慰めてやる。それも大切なことじゃないのかい?! それをあんた達は逆に、感情の赴くままに!」
「うるさい! あいつはわしらを扇動して苦しめた。現にあいつのせいでこの村で多くの人間が死んだんだ!」
「その時あんた達は何かしたのかい!? 頼るだけ頼ってさ。で、責任は全て押し付ける。慰めてやることもしない。あいつがどれだけ苦しんで泣いていたかも知らずにね!」
シャニーは皆に出来るだけ笑顔を見せるようにしていた。しかし、親友のルシャナの前では疲れた顔をしたり、泣いたりすることもあった。そんな心を許した親友しか知らない部分。知らないことは罪ではない。しかし、思いやりを忘れ高慢になること。それは罪である。
「何をしようにも、我々には力が無い。ワシにも村民を守る義務があったのだ。」
「平民だからって何なの? 確かに力が無いのは認めるわ。でも、それを盾にとって、頼るだけ頼って責任は全て押し付けるなんておかしいわ! やれる事はいくらでもあるはず。 村民を守りたいなら、皆を集めてベルンに対抗すればいいじゃない。やる気が無いだけさ! 保身を考えたばっかりにね! あんたは言うだけで何もしないクズさ!」
「黙れ! ベルンに敗走した落ち武者が偉そうな口を聞くな!」
村長も逆上し、二人ともますます熱くなる。イリアは騎士と民が手を取り合い、未来を開拓していく、団結力が自慢の国だった。それなのに、騎士と民がいがみ合っては、良い未来は訪れるはずもない。たまりかねたアリスが間に割って入った。


17: 第二十三章:氷の女王:06/01/12 20:54 ID:9sML7BIs
「二人ともやめて! 村長さん、私きっとベルンを倒して、イリアを昔のように皆が手を取り合って笑える国に蘇らせて見せます!
だから、お願いだから手を貸してください! 力が無くてもできることはあります! 疲れた兵士を笑顔で迎えてあげる。これで十分なんです!
騎士と民が手を取り合って生きるイリアで、双方がいがみ合うなんて・・・。
ルシャナさんも。村長さんは村長さんなりに必死に頑張ってきたのよ。その苦労を分かってあげなきゃ、こちらのことだって分かってもらえない!」
二人はアリスの言葉に我に返った。村長も少しは考え直したようで、何も言わずに下を向いてしまった。
「さ、グズグズしてないで行っておいでよ。じゃあ、ナーティさんとやら、私の分までしっかり頑張ってきてよ? イリアを変える為にね!」
ナーティはルシャナの言葉に少し焦ったが、無言で頷くと、シーナと共に天馬にまたがった。
そして、一行は出発していった。敵はベルン北方軍本隊。苦戦は避けられない。
「ワシらにも・・・できること・・・。」
村長はポツリと一言漏らすと、何か思い立ったように村のほうに駆けて行った。

「さぁ、第二段が来るよ。イリアの歩兵部隊は先方部隊なんだ。」
ルシャナが、村を守る為に残ったメンバーに向かって気合を入れなおす。かつてイリア軍事の中心部分にいた彼女には、敵とは言え戦法がある程度分かっていた。森林が多く、足元が雪で覆われたイリアでは、歩兵は不利なのである。
「そっちの金髪の兄ちゃん。あんた立ち位置には十分気をつけるんだよ。平野戦と一緒の考えで居ると命が無いよ! あと、むやみやたらに火炎系魔法は撃たないこと。」
ルシャナが歩兵であるセレスに向かって特に多い指示をする。こういう風に指示をしていると、かつて天馬騎士団で指揮を振るった記憶が蘇ってくる・・・。ロイ達がイリアに到着するまではと粘ったあの時も、そして、主不在のエデッサ城が陥落したあの日も・・・。忘れかけていた祖国への熱情が、今まさに再び燃え上がっていた。
「わかりました。じゃあ、氷系と風系中心で行きます。エイルカリバーも使えますし。」
ルシャナの予想通り、歩兵舞台の第二陣がやってきた。歩兵の波状攻撃で消耗させてから、本隊である飛行隊が、視界の狭い闇夜の中、突然牙を剥くのである。これがイリア独特の戦法であり、同じ飛行隊を主軸とするベルン軍とは明らかに違う特徴であった。
「いくよ、アレンさん、頼むよ。」
前衛二人が歩兵隊に突っ込んでいく。地上兵はやはり、雪に阻まれて思うように動くことが出来ない。そんなこともあって、余計にルシャナの機動性が輝いて見える。
空中からの、まるで鷲が地上を這い蹲る獲物を鷲づかみにして狩るように、槍による一撃離脱の急降下攻撃を、足元がおぼつかない歩兵が避ける術はなかった。まるで鷲に狙われたネズミの様に。ある者には、空中を高速で飛ぶルシャナが流星に見えたと言う。
アレンも足場が悪い中、ルシャナに負けず劣らずの善戦を展開し、敵を寄せ付けない。リーチの長い槍で、動きの鈍い歩兵達を次々と倒していく。まさに一騎当千。アレンにとって、槍はもはや体に一部のようなものだった。鍛錬された槍術の前に、歩兵は近づくことすら容易ではない。やっと寄ってきた剣士も、アレンは槍を振り回し、弾き飛ばす。彼もまた、かつてベルン動乱で、神将ロイと共に戦った八英雄の一人なのだ。
歩兵部隊を半壊させるや否や、今度は騎馬兵部隊がやってきた。イリアの軍事行動に耐えうるように調教された軍馬。彼らは雪深きイリアの大地も物ともせずに駆けてくる。地の利は敵にある。
今度は流石に二人では厳しい。ルシャナはともかくとしても、アレンにとって不利であることは明白であった。槍に時折剣を交えて応戦し、何とか囲まれないように立ち回っているが、相手にも決定的な一撃を与えることが出来ない。傷つく事を恐れず突撃するアレンを、アリスは必死になって回復する。自分だってもっと強くなれば、光魔法を扱うことが出来るかもしれないのに・・・。しかし、戦場において、補給と同じくらい重要な位置を占めているものは、この回復なのである。後衛を信じているからこそ、前衛は突撃することが出来る。後衛の責任はそれゆえ重大だ。
アレンとルシャナが苦戦する中、セレスは慎重に戦況を見計らっていた。そして、この時を逃すかと言わんばかりに魔道書を広げ、一気に呪文を読み上げる。
「いくぞ、風と氷の複合魔法! ブリザード!」
セレスの放ったブリザードが、地面の氷雪を巻き上げながらどんどん肥大化し、瞬く間に敵を飲み込んでいく。極寒の風刃が周りの寒さにも助けられ、氷の螺旋を形作り、一気に敵を締め上げた。


18: 手強い名無しさん:06/01/14 21:58 ID:9sML7BIs
セレスの魔力と地形の魔法属性の相性の良さが、あっという間に戦況を逆転させた。隊列を乱された敵の騎馬隊は、ルシャナとアレンのよって一人ずつ片付けられていく。
たった一発の魔法で戦況ががらりと変わる。セレスはパントから魔法呪文だけではなく、そういった魔法戦術もしっかり叩き込まれていた。
戦況をとっさに見抜く先見性、賢者と言われる程の魔道師には欠かせないものだ。
ようやく敵の増援部隊もタマ切れらしく、4人はほっと胸を撫で下ろした。敵がいないことを確認すると、村長をはじめとして、村の若者達が出てきた。
「あれ、村長、どうしたのさ。」
「・・・戦いが終ったなら、一度村に戻って休息をとるがいい。食事や治療を積極的に手伝うように村に伝達してきた。」
ルシャナは村長の言葉を聞き、喜んだ。きっと村長は改心してくれたのだ。しかし、村長は続けた。
「間違えるなよ。まだワシらは、お前達や・・・シャニーを信じたわけじゃない。村を守ってもらった恩を返すだけだ。」
「わかってるよ。で、そんな武装して何処へ行くつもりなんだい?」
「ワシらも、やれることはやろうと思う。カルラエなどのほかの村々と協力し、今から王都へ一揆を仕掛ける。これだけ兵が出払っているなら・・・勝機はある。」
その言葉に、ルシャナは焦った。力の無い平民が・・・。しかし、先ほど自分のいった言葉を思い出した。平民でも、やれることはある。
その言葉への答えが、きっとこの村長の行動なのだ。
「わかったよ。でも、あんた達だけじゃ危険だ。私達も一緒に行く。みんな、行くよね?」
アレンは無言でうなずき、セレスも出発を前に服を調えた。
「勿論です。私もこの手で・・・王都を・・・お父様やお母様の国を取り戻したい!」
何時もは物静かなアリスが声を張り上げて言った。村人もアリスには期待していたらしく、歓喜をあげた。
「よしっ、じゃあ、村長。そういう事。行こう!」
今まで止まっていた思考が、再び動き出した瞬間だった。イリアの氷の中に閉じ込められていた想いが熱情によって溶け出したのだ。人々はイリアの春を求めて立ち上がる。ただ、じっとして冬が過ぎるのを待つのではなく、自らが動いて春を呼び込もう。待つだけでは、何も変わらない。一人ひとりの想いが、イリアを覆う邪悪な雪嵐を吹き飛ばす。
「ルシャナ・・・すまんな。」
「ん?」
村長の突然の謝罪に、ルシャナは驚いた。まさかこの石頭が謝るとは。
「ワシも何か間違いをしていた。ワシにもわかっていた。お前や、シャニーが一生懸命頑張っていた事は。しかし、頭では分かっていても、そう割り切れなかった。お前達の責任にすれば、ワシらは楽だったからだ・・・。今でもまだ割り切れたわけじゃない。じゃが・・・。」
「・・・私達も力不足だったのサ。これからはいがみ合ってちゃいけない。共に手を取り合って、協力しなきゃいけないんだ。この戦いが・・・その第一歩さ。よろしく頼むよ。」
「ああ。こちらこそよろしく頼む。この戦いが終った時、この何ともいえないわだかまりが解消できることを望むよ・・・。」
民のとっても、ルシャナをはじめとする騎士達にとっても、この戦いは大切な一戦だ。戦いに勝つことが出来る出来ないではない。これは・・・今までの自分達との戦いでもある。お互いを認め合い、助け合うことが出来るように・・・かつてのゼロット統治下ような国を目指す為に・・・。皆の目は既に戦いのその先に向けられていた。

一方セレナ達は、針葉樹林帯を上空から抜けた。王都方向から来るであろう、敵の主力部隊を迎え撃つために、セレナ、シーナ、そしてレオンは空中で陣を張る。クラウドとナーティも準備に余念が無い。
この一戦で決めなければ・・・。敵将はマチルダ。自分達の親も苦しめ、そして葬った相手だ。一筋縄ではいかない。
「なぁ、ナーティさんよ。」
「・・・。」
クラウドが話しかけても、ナーティは反応しない。クラウドがナーティのほうを見ると、いつも以上に厳しい顔つきをしている。何か決意を固めたような、そんな鋭い目線・・・。思わずクラウドは目を背けた。そんなに手強い相手なのか。マチルダとか言う奴は・・・。
時は来た。灰色の地平線に白い集団が現れ、こちらに向かってくる。
「来たか・・・。イリアの精鋭・・・ヴァイスリッター。いや・・・マチルダ!」


19: 手強い名無しさん:06/01/14 21:59 ID:9sML7BIs
ナーティがようやく声を発した。上空の3人は武器を構える。イリアの精鋭、ヴァイスリッター。そのスピードを生かした一撃離脱の空中殺法は、まるでかまいたちのように敵を切り刻み相手に付入る隙を与えない。圧倒的な力で押す竜騎士とはまた違う怖さを持っている。
ヴァイスリッターはセレナ達の少し離れたところで空中停止した。そして、先頭の天馬騎士が少し前に出た。
「おほほほ、逃げ切れるとでも思いましたか? 残念でしたね。レオンの持つマルテの波動をたどれば、あなた達がどこに行こうと、その居場所は特定できるのですよ。」
セレナも前に出て剣に力をこめながら言い返す。
「うるさい! 今まであたし達の故郷を蹂躙した罪、その身であがなってもらうぞ!」
「あははは・・・お前のような小娘に何が出来るものか。翼を失ったとは言え、お前達のようなヒヨッコには負けはせぬ。」
マチルダがまたあの甲高い声で笑い出した。人を不愉快にさせるような、不敵な笑い声・・・。それをレオンが止めた。
「マチルダ・・・。俺はあんたを信じてきた。しかし、俺の親父を殺したのがあんただったとは・・・!」
マチルダはレオンのほうを見ると、さぞがっかりしたような口調でレオンを突き放した。
「レオン・・・あなたももう少し私のために頑張ってくれると期待していたのに。あなたの父を殺めたのは、敗戦側の首謀者ゆえ仕方のないこと。私はあなたを本当の子供のように思っていましたよ。」
「・・・。」
「しかし・・・もうお別れです。真実を知ってしまったからには・・・消えてもらいます! 総員!敵を殲滅せよ! 情けはいらぬ。皆殺しにせよ!」
マチルダの号令がかかるや否や、一斉に天馬騎士たちが襲い掛かってくる。しかも、ただ闇雲に突撃しいるわけではなさそうだ。セレナ達を取り囲むように空中を旋回し、二騎で交差しながら突っ込んできているようだ。その統率の取れた隙の無い攻撃に、セレナ達は避けることが精一杯だ。
「ちっくしょ! これじゃ攻撃できない・・・。」
セレナは相手の鋭い槍を避けながらも苛立ちを隠せない。しかし・・・それでは敵の思う壺だと言う事が、レオンには分かっていた。つい最近まで、自分も彼らと混じって遂行していた作戦なのだから。
二本の対角線上に攻撃し、片方の攻撃によってできた隙を、もう片方の攻撃によって埋める・・・。天馬騎士でなければ為しえない、スピード攻撃だ。
「セレナ! 落ち着くんだ。 相手はイラついた相手の隙を狙ってくる。それじゃ思う壺だ!」
セレナも何とか平常心を取り戻し、なんとか相手の隙を見つけようとしている。しかし、そんなこう着状態で役に立つものが魔法である。セレスが戦況を一変させたように。しかし、魔法を使うことが出来るのは、何もこちら側だけではない。こんな状況を、マチルダが黙って見ているはずは無かった。
「親の因果が子に報い・・・。ふふふ、貴様達の母親に引きちぎられた我が翼の恨み、たっぷり返して差し上げますよ!」
マチルダが詠唱を始める。エーギルがマチルダの周りに冷気を帯びた空気が風となって集まってきた。
「喰らえ! 我が最終奥義。風の超魔法、セイクリッド・ブレス!」
マチルダの放った憎悪に満ちた冷徹なる暴風が、地上で天馬騎士からの波状攻撃に耐えていたクラウドを喰らおうとするが如く一直線に向かっていく。
そして、凄まじい爆音と共に、クラウドのいた場所から猛烈な砂煙と湯気が上がる。捉えた。マチルダはしっかりとした感覚を覚えた。あのような下級兵士が、自分の超魔法を喰らって生きているはずが無い。
「兄ちゃん!」
「!? 兄貴?」
空中の双子も、目の前で繰り出された恐ろしい風の破壊魔法の威力に愕然とした。兄は無事だろうか。
暫くして砂煙がやんだ。不敵な笑みをこぼしていたマチルダの口元が、キッと閉じる。
クラウドを、ナーティが結界を張ってかばっていた。マチルダはすぐさま今度はセレナ達に向かって魔法を撃つべく、詠唱を始める。しかし、下の方からの魔法攻撃によってそれを阻まれた。
「くっ、あの傭兵・・・小賢しい!」
マチルダは一度地表付近まで下降すると、ナーティに向かって白銀の槍を繰り出す。ナーティはそれを剣で弾いた。
「・・・お前の相手はこの私だ! マチルダ、私を覚えているか!」
「ん・・・?! 貴様は・・・! 生きていたのですか・・・。ふふふ・・・丁度いい。たっぷり礼をさせてもらいますよ!」
マチルダとナーティは互いの部隊から離れ、一騎討ちをはじめた。天空の槍と地上の剣・・・。どう見てもマチルダ優位だった。


20: 手強い名無しさん:06/01/15 19:08 ID:E1USl4sQ
マチルダの攻撃が、ナーティの頬をかすめ、赤い筋を作る。
いくらナーティが凄腕の剣士とは言えど、相手はベルンの中でも特に力のある将。更に武器の相性に加え相手は空中からの一撃離脱を得意としている。そう簡単に対空攻撃を繰り出せそうに無い。
付入る隙を与えんとばかりに、マチルダの槍が空中から襲う。ナーティは避けながら何とか勝機を見出そうとするが、マチルダの部下の数名も加勢しそれすらも難しくなってくる。
「! くっ・・・。」
マチルダの槍が脇をかすめ、服に赤い染みが浮かんでくる。
「あはは・・・。所詮劣悪種ですねぇ。そのまま楽にしてあげますよ。あの世に行っても、どうかお元気で。」
マチルダたちが空中からカンペキとも言えるフォーメーションを組んで、再びナーティに向かって牙を剥く。こんなのを数発も浴びたら、軽装備の自分ではもたない。・・・なんとかしなければ。
「黙れ! 例え地獄に落ちようとも・・・その時は貴様も道連れだ!」
ナーティが剣を構える。避けてばかりいては状況は好転しない。もう・・・これしか方法はない!
天馬騎士が陣形を崩さないまま、ナーティに向かって突撃してくる。ナーティは気を集中し、この一瞬にかけた。
ザンッ
その音と共に、赤い血飛沫が上がった。そして、天馬騎士の一人が天馬から放り出されて地面に転がる。ナーティのツバメ返しが急所に入ったのだった。当のナーティも、右腕が真っ赤に染まるほど出血していた。相手の槍を受けることを承知で、懐へ強引にもぐりこんだのだった。
「はぁ・・・はぁ・・・次は貴様だ・・・。マチルダッ・・・!」
美しい銀髪にも血飛沫を飛ばしながら、ナーティは鋭い視線を、空中へ舞い戻ったマチルダに向ける。しかし、もはや右手には力が入らない。右腕から剣を伝って滴り落ちた鮮血が、白銀の大地を赤く変える。
「なんと野蛮な・・・。しかし・・・もう貴女は剣を振れないでしょう? どうやって私を倒すと言うのですか? 魔法でも使いますか? 悪あがきしなければ楽に逝けるものを。」
マチルダは止めを刺す為にナーティの胸元に狙いを定める。予想以上にマチルダの攻撃力は高い。今までの将とは比べ物にならない。次あの槍を喰らったら・・・お終いだ。
「さぁ、あなたもここで終わりです! 皆の元へやっと行けるのですよ! 感謝なさい!」
迫り来る槍を、ナーティは剣を左手に持ち替え、その剣でなぎ払った。
「使命を果たすまでは死ぬわけにはいかん! 死ぬのは貴様だ! 今までの愚行をその身であがなえ!」
・・・すまない。私はまた、誓いを破った・・・。二度と、この左手は使わないと言う誓いを・・・。私は何処まで皆を裏切れば済むのだろうか・・・。しかし、今は・・・許せ・・・。

一方残りの4人も、天馬騎士たちの波状攻撃に、何とか反撃しようと悪戦苦闘していた。
「くっそ・・・このままじゃキリがない!」
セレナが攻撃を捨て、仲間の回復に専念していた。あまり得意ではないが、仲間の状態からするとやむを得ない選択だった。回復役を狙うことは、戦闘においての定石である。当然敵はセレナを積極的に狙う。それを残りの3人で守りながら、何とか相手の陣形を崩そうと画策している。
「シーナ! あんた同じ天馬騎士なら、何か良い方法知らないの?!」
「わかってるよ! 何か・・・何かないのかしら・・・あの陣形を崩す・・・何か・・・。」
シーナは、いつも自分が稽古で姉にやられるときはどういうときか思い出してみた。いつも・・・攻撃した後に・・・旋回して再攻撃しようとする時に・・・後ろに回られてボコられるんだよね・・・。
次に、相手のフォーメーションをじっくりと見てみる。対角線上に攻撃し、互いの旋回時に出来る隙を、もう片方の攻撃で埋める・・・。私達が攻撃を避けて、背を見せる相手へ向かう頃には、もう既に次の攻撃が来ているってことか・・・。
「ねぇ! レオンさん。相手の攻撃のタイミングを少しでもずらせないかな?」
「俺もそれを考えていた・・・。」
二人ともどこかでタイミングをずらせないか考えてみるが・・・なかなか見当たらない。そんなことをしているうちにもセレナは魔力をどんどん消耗する。悠長に考えていられない。
「おーい、お前ら二人で何を話しているんだ!?」
下のほうからクラウドの声が聞こえる。レオンはクラウドのほうを向いた。その時だった。レオンの頭に閃光が走った。これだっ。
「シーナ、クラウドのほうを見てみろ。あいつを攻撃した後、天馬騎士は旋回と言う行動の前に、上昇と言う余計な動作を取らざるを得ない。」


21: 手強い名無しさん:06/01/15 19:09 ID:E1USl4sQ
「そっか、そこを狙えれば・・・。」
「そうだ。俺とあいつが囮になる。俺達が相手のタイミングを崩す間に、お前が敵を討て。」
「わかった。やってみるよ。姉ちゃんも二人への回復よろしくね。」
シーナはクラウドに内容を伝えた。
「よっしゃ、やってやろうじゃねぇか!」
敵の天馬騎士の気を引くために、クラウドが馬を走らせる。天馬騎士たちはよほど鍛錬されているらしく、クラウドの動きに合わせて空中で陣形を崩さずそれを追う。そして、他の3人への気が逸れた所で、クラウドは馬を止め、槍を振り回し始めた。
「オレを倒せるものなら倒してみやがれ!」
天馬騎士たちが次々と空中から下降し、クラウドへ攻撃を浴びせる。避けることはあまり得意でないため、槍で弾ききれなかった分は被弾してしまうが、、そこはセレナの回復に頼った。
そして、また天馬騎士が攻撃を加え、地表から空中へ舞い戻ろうとする。そこを、レオンが逃さなかった。飛竜ごと体当たりをし、天馬騎士を強引に弾き飛ばした。
「ぐはっ」
「今だ! シーナ!」
攻撃の隙を補うはずだった者が吹き飛ばされ、背中を無防備に晒した天馬騎士の後ろに、シーナがしっかりとついた。飛行系のユニットがその背後を取られることは死を意味した。シーナはそのまま一気に近寄り、背中に渾身の力で槍を突き刺した。
タイミングを崩され、隙を顕にした天馬騎士たちは、必死の陣形を整えようとする。しかし、一度崩してしまえばこちらのものだった。空中の3人は隊列も心もバラバラになった相手をどんどん撃ち落していく。戦況は一変し、天馬騎士たちは為すすべなく全滅する。
「よし、残りは将軍だけだな!」
セレナ達がマチルダ達の方を見ると、向こうも地面が真っ赤に染まっている事が、遠くで見ていても分かった。
「急ごう! ナーティが危ない。」
セレナがそう号令をかけたとき、既にクラウドの姿が見当たらなくなっていた。

その頃マチルダとナーティは、互いに一歩も引かない死闘を繰り広げていた。
「はぁ・・・はぁ・・・でやぁっ」
「?! はぁはぁ・・・貴女もなかなかやりますねぇ・・・。しかし、そろそろ終わりにしませんか!」
互いの攻撃を避け、反撃する、ということを繰り返していた。両者とも体力は限界に来ている。次に攻撃を受けたものが負けると言っても過言ではない。
ナーティがマチルダに向かって剣を振り下ろす。マチルダはそれを槍で受け止めた。その瞬間だった。
バキィン!
金属の弾け飛ぶ音と共に、ナーティの剣が砕け飛んだ。度重なる打ち合いに、細剣が耐えられなくなってしまったようだ。
「!? なっ・・・。」
その隙をマチルダは逃さなかった。剣を受け止めた槍でそのままナーティめがけて振り下ろした。この近距離では・・・避けきれない!
・・・ナーティは覚悟を決めたが、槍はナーティに刺さらなかった。ナーティの目の前で、二本の槍が交差していた。
「?! 貴様は・・・クリスの小倅! 親子共々鬱陶しいハイエナが!」
クラウドだった。いち早くナーティの状況を発見したクラウドが、ナーティのほうへ向かっていたのであった。
「へ、あんたも大した事ねぇな! ほら、俺剣使わねぇから、これ使えよ。」
クラウドはマチルダの槍を払いのけると、自分が腰に刺していた鉄の剣をナーティに手渡した。
「すまない、命拾いをした。」
そこにセレナ達も到着する。もはや敵はマチルダのみ。倒すべき敵が、今目の前にいる。
「マチルダ! 今度こそ覚悟しろ!」
セレナがナーティを治療しながらマチルダに向かって怒鳴る。
「くっ、貴様らがどれだけ束になろうと、私に敵ではないのですよ! 喰らいなさい!」
マチルダが空中から魔法を放とうとする。しかし、そこへレオンが全力で突撃し、マルテを振るった。
「ぎゃっ!?」
直撃はしなかったが、流石に神将器だ。その威力は半端になく高い。マチルダが天馬から落ちそうになる。


22: 手強い名無しさん:06/01/16 19:06 ID:E1USl4sQ
そこへ、一気に残りの4人が攻撃を仕掛ける。いくら強い将と言えど、一度に何人もの攻撃を受けることは出来ず、少しずつ傷ついていく。そして、弱って動きが鈍くなったところを、シーナとレオンが敵の使った攻撃と同じように、交差しながらマチルダを両方から貫いた。
「ぬおっ?!」
マチルダは天馬から転げ落ち、そのまま地面に叩きつけられた。これで終わりか・・・。
「ぬぅぅぅっ、このままでは死ねませんよ! 我らの研究成果をとくと見るが良い! あはははは!」
マチルダは自分が研究していた竜石を取り出した。いけない!また竜に変身しようとしている。セレナが竜石を弾き飛ばそうとした時にはもう遅かった。セレナは発せられた衝撃波に吹き飛ばされた。
「ふはは、見よ、これが神竜だ! 貴方達など私の前では無力なのですよ!」
現れたのは金色の竜だった。セレナは同族のエーギルを感じた。ベルンが研究していたのは竜化実験だけではなかった。それから更に一歩進み、如何に強い能力を持つ種族の竜を利用するかと言うところまで研究は進んでいたのだった。
マチルダのブレスに皆が吹き飛ばされる。この前の竜化した敵・・・リゲルとは比べ物にならないほど強力なブレスだ。白銀の大地はあっという間に赤く燃え上がった。
クラウドが鋼の槍で攻撃する。しかし、それは乾いた音と共に弾かれてしまう。まったく通用していないようである。
「セレナ、神将器だ! デュランダルを使え!」
ナーティにそう言われ、セレナは双剣をしまうと、重いデュランダルを両手に握り、空に舞った。重い・・・しかし、これでなければきっとダメージは与えられない。セレナは重さに振られながらも、デュランダルを振り回す。竜はその圧倒的な強さの反面、その巨体故に小回りが利かず、緩慢である。何とかそこへ漬け込もうと、セレナが懐に回りこむ。しかし、その途端、強烈なパンチを食らってしまう。体格にまったく合わぬ大剣を持っていては、避ける事も容易ではなかった。
「んぎゃ!」
セレナは吹っ飛ばされてしまう。何とか起き上がるも、頭がふらふらする。鼻血も出てしまっているようだ。
「くぅ! よくもあたしの美顔を傷つけたな!」
セレナがまた向かっていく。レオンもマチルダの周りを飛び回り、幻惑する。
「小賢しいハエめ!」
マチルダはブレスや手でレオンを払いのけようとする。しかし、レオンは逃げなかった。そして、一気にマチルダの顔付近まで飛竜を近づけると、そのままマチルダの眼を、マルテで突いた。
「あああああぁぁっ 眼が!眼が!」
マチルダが激痛に悶絶しながら顔を抑える。そこへ戻ってきたセレナがすかさず、マチルダの腹部をデュランダルで斬った。
悲痛な悲鳴を上げ、マチルダが倒れこむ。しかし、まだ体力は残っているようだ。
「皆、いくぞ!」
レオンが掛け声を上げ、皆が一斉に倒れたマチルダに向かって、自分の武器をもてる力全てを使って突き刺した。
「ぎゃあああああっ。」
最後の一段と高い悲鳴をあげ、マチルダは元の姿に戻った。
「ぎぎぎ・・・おのれ・・・。この私が・・・倒されるなど・・・。」
「あんたは罪も無い人々を無意味な死に追いやった。その罪、死んであがなえ!」
セレナの言葉に、マチルダが激怒し、震える体を起こして立ち上がった。
「・・・ふざけるな! 元はといえば・・・人間! 人間が我々を迫害したからだろう! 自分達のしたことも忘れ・・・他種族の責任にするとは・・・これだから人間は劣悪と言うのだ!」
「でも、だからって自分達が受けた苦しみを、他の種族にも与えることが許されるわけじゃない。」
シーナが言った。やられたからやり返す。そんな考えでは、本当にお互いがわかりあうことは出来ない。しかし・・・ハーフの言い分も最もだった・・・。
「・・・黙れ! 劣悪種の味方をする者の言い分など聞く耳持たぬわ! ふふふ・・・メリアレーゼ様があの作戦を実行に移されれば・・・貴様たちなど!」
セレナはもはや言うことはないと察し、トドメを刺すべくマチルダに剣を突き刺した。その後にクラウドも槍を刺す。・・・これが俺の仇討ちだ!
しかし、レオンはどうしてもそれが出来なかった。親父の仇・・・。分かっていても、何故か槍で貫くことが出来なかった・・・。そんなレオンを押しのけて、ナーティが最後にマチルダを何時もの鋭い目つきとは違う、怒りに任せた目つきで睨みながら、渾身の力で剣を突き刺した。


23: 手強い名無しさん:06/01/16 19:06 ID:E1USl4sQ
「ぐはっ・・・。 おのれ・・・薄汚い劣悪種共がぁ!」
それを聞き、ナーティは更に剣で切り刻んだ。相手が何も言えなくなるまで。その様子に、セレナもシーナも・・・周りにいた全員が背筋の凍る思いに駆られた。
ナーティが返り血で更に赤く染まる。
「貴様が皆に与えた苦しみ、悲しみ、そして痛み! 存分に味わえ! この程度では・・・貴様の血でこのイリアを染めつくしても、到底相殺しきれないがな!」
マチルダが倒れると、ナーティは剣を鞘にしまい、背を向けた。
「・・・セレナ。」
「え・・・、あぁ、なんだよ。」
「感謝している。ありがとう。」
「え?」
「ふっ、気にするな。さて、敵将は倒れた。早く王都に向かおうではないか。」
そう言うとナーティはシーナにまた天馬に乗せてもらい、王都のほうへ飛んでいった。セレナたちもそれを追う。
「・・・なんなんだ? ナーティの奴・・・。」
「今日こそアレじゃないか? 月に一度のアレの日。それならさっきの発狂振りもつじつまが合う・・・うぎゃっ。」
セレナはくだらないことを言う兄を拳骨で殴って鎮めると、空へ飛び上がった。

マチルダが倒された知らせはすぐさま王都まで及んだ。王都を死守せんとする近衛騎士団と、国を取り戻そうとするイリア民の激戦も、その知らせと共に騎士団が降伏し、幕を閉じた。将が無くては、戦いは出来ない。将が倒れる、それはすなわち負けを意味する。
イリア民は皆手を取り合って歓喜した。先ほどまでいがみ合っていたルシャナと村長も、例外ではない。お互い狂ったように喜び、跳ね回った。長いイリアの冬が、ようやく終わりを告げたのである。
王都は人で埋め尽くされ、人々の熱気で町中が湯気に包まれた。
「やったよ、やったんだ。とうとうベルンを追い出した! 私達は勝ったんだよ!」
「おぉ、そうじゃとも! ワシらが力をあわせれば、どんなことでもできるんじゃ!」
イリアの冬にはめったに見られない朝日が顔を出す。その朝日は人々を祝福するかのように明るく輝き、一人ひとりの顔を鮮明に映し出した。
人々はこれを待っていたのだった。イリアを覆う分厚い闇の氷を貫いて、自分達を明るく照らしてくれる太陽・・・救世主が現れることを。しかし、それではダメだった。待つだけでは、照らしてもらうだけではダメだったのだ。自らが輝いて、自分で氷を溶かす努力をしなければいけなかった。頼ることは簡単である。そして、責任を押し付けることは自分を楽にする。しかし、それは一過性であり、必ず自分にその報いは返ってくる。人々はこの戦いで悟った。これではいけないと。これからは、誰かに引っ張ってもらうことに頼るのではない。互いに手を取り合い、自分達の足で、自らの意思で歩かねばならないと。
これで終わりなのではない。むしろこれからが、真のスタートラインなのだ。この荒廃したイリアを、皆で協力しながら復興する。そして、かつてのような貧しくても笑って暮らせるような王国を取り戻す。
亡きゼロットが目指したものを、自分達が完成させなければ。幸いその娘は生きている。その娘を中心として、皆で助け合っていこう。考え方の違いこそあれ、人々の思いの根幹にはこういった思いがあった。
深い雪の中でひっそりと、しかし根強く行き続けるイリアの民だ。きっとその志は潰えることは無いだろう。

「うぅ・・・メリアレーゼ・・・様・・・。」
その頃、マチルダは虫の息ながらまだ生きていた。あれだけナーティに切り刻まれながら、尚生き延びようとしていた。しぶとい女である。そこへ、何者かがワープしてきた。
「ふぉふぉふぉ・・・マチルダ、お前さんも老けたのぉ。」
「あ・・・アゼリクス殿・・・お願いです・・・あなたの魔法で私を・・・。」
そこにワープしてきたのはアゼリクスだった。どうやら戦闘の一部始終をずっと見ていたようである。
「お前さんが死ねば、ワシは五大牙のナンバー2になれるわけじゃ。ぐははは・・・。」
「そんな・・・今までずっと・・・助け合ってきたではないですか・・・ごほごほ・・。」
「助け合ってきた? 冗談を言うもんじゃないわい。ワシはお前さんが研究を手伝ってくれると言うから一緒に居ただけじゃ。
・・・十分研究データも取れたし、もうお前さんにも用はないわい。」


24: 第二十四章:母の日記:06/01/17 22:31 ID:9sML7BIs
「・・・え・・・うぎゃ!」
アゼリクスは命乞いをするマチルダに向かって、回復魔法ではなく、得意である火の超魔法を見舞った。
魔法によって生じた凄まじい煙が収まった場所は、土すら灰になってマチルダの姿は何処にも見当たらなかった。
「ふぉふぉふぉ、苦しんで死ぬのもかわいそうじゃて。じゃ、お前さんが採ってくれた研究データはワシがいただいていくとするかのぉ。
むほほほ・・・わしの研究さえ完了すれば、グレゴリオもメリアレーゼも・・・暗黒地竜も恐るるに足りぬ・・・。ワシの天下が訪れるのじゃ。ぐはははは・・・!」
アゼリクスの不気味な笑い声が、厳寒のイリアのこだまする。 その声は、はるか彼方まで響いたと言う。このとき、彼が何を考えているか誰も予想することは出来なかった。

セレナ達は王都で仲間と合流すると、皆に歓迎されながら母の生まれ故郷に戻った。
「さぁさぁ、何を躊躇う事があるものか。ワシらは仲間じゃ。さ、寒いじゃろう、村に入るといい。」
村長はまるで別人のように健やかな笑顔でセレナ達を村に迎え入れてくれた。村に残っていた者たちも、知らせを聞いて歓迎した。
「わしらは間違っていた事をようやく気付いたよ。
これからはワシらも自ら動く。もう任せ切りの押し付けきりはしない。・・・あの娘の様な人を二度と出さない為にも・・・。」
村長が墓の無い家のほうを見ながら言う。
「そうですな。」
本を持った一人の男性が皆の会話の輪に入ってきた。シュバルツである。マチルダを倒してくれたら、シャニーの遺品を託すとセレナ達と約束した、あの男性である。
「おぉ、シュバルツ、お前も生きておったか。」
「はい、私はこの娘達と約束を交わしました。約束を果たすまでは死ねません。」
シュバルツはセレナに歩み寄ると、笑顔で持っていた本を渡す。
「マチルダを倒してくれてありがとう。これで私達は希望を持って生きていくことが出来る。
約束だ。これが、お前達の母親の遺品・・・シャニーの日記。受け取りなさい。」
セレナは返す言葉も忘れて、シュバルツから本を受け取る。その本は表面には大きな染みができ、中の紙も黄ばんでいた。・・・22年前からの日記だ。母が生きた・・・証。
双子は早速日記を封じている紐を解き、中を読んでみた。・・・涙が溢れる。そこには、騎士叙任を受けてから、イリアからマチルダを追い出し、ベルンへ進撃するまでが書き残されていた。
1006.業火.21:
とうとうあたしも騎士叙任を受けた! これで晴れて天馬騎士。世界中に名を馳せてやるぞ!でも、ロイは騎士をやめろと言う・・・どうしようかなぁ。
1006.天馬.7:
今日ここにイリア連合王国建国! あたしは義兄ちゃんから王宮騎士団を束ねるように命ぜられた。まだ叙任受けて4ヶ月だけど、絶対やってみせる。
あ、そうだ。義兄ちゃんじゃないな、陛下って呼ばなきゃ。・・・なーんか面倒。



1010.至高.29:
何故、このような事が起きてしまったのだろう・・・。つい最近まであんなの平和だったのに・・・。ベルンがまた戦争を起こした。
私の力不足で皆を失った。陛下に部下の皆・・・。私は騎士団長失格だ。一人前になったと思っていたけど・・・結局私は守られているだけだった。
私はどうやって皆に顔を合わせればよいのだろう・・・悔しい! この命を懸けてでも、絶対にベルンを許さない。
1010.氷雪.10:
私は死んでしまった。そう人としては。私は竜王ナーガの力で、竜族として再びこの地に根を下ろした。
ロイを助ける為に。
ロイも最初は背中の翼に驚いていたみたいだけど、「シャニーはシャニーだ」って言ってくれた。ありがとう・・・私、ロイのために精一杯がんばるよ。
クリスって言う同じ神竜族の人とも会った。結構乱暴な性格みたいだけど、姉貴みたいでいい人。どうも仲間になってくれたみたい。
理由は教えてもらったけど、難しそうだから聞き飛ばしちゃった。


25: 手強い名無しさん:06/01/17 22:31 ID:9sML7BIs
1011.黙示.16:
エトルリアで作戦を開始した。自分が魔法を扱えるようになっていて驚いた。神竜族なら使えて当然とか言われても、やはり新鮮な感じだった。
これならもっとロイを助けられる。よーし、バリバリ働くぞ!それにしてもクリスは荒い・・・。
1011.黙示.30:
今日、戦いは私たちエトルリア軍の勝利に終った。敵将アゼリクスの火の超魔法は恐ろしい破壊力だった。私の浅はかな行動のせいでたくさんの犠牲を出してしまった。
私は・・・何の為に生きているのだろう。私はロイを・・・世界を救うために蘇ったのではなかったの? それが・・・私のしている事は目的とは全く逆のこと・・・。
これなら私は居ない方が良いんじゃないのかな・・・。イリアも心配だ。早く帰ってベルンの侵攻を止めないと・・・。
でも、私を皆は受け入れてくれるだろうか・・・。肝心な時に何も出来ないこんなダメ団長を。
1011.天秤.3:
今日、とうとうロイに私の最初を奪われちゃった! まさかいきなり襲ってくるとは思わなかった。
「そろそろ赤ちゃんが欲しいなぁ」ってさ。
私はもうパニックに陥っちゃって、あの時のことは良く覚えてない。気付いた時には・・・うぅ、これ以上書くのは止そう。
そうそう、今日アレンがクリスに告白してた。皆がいる前で「俺は君を愛してる」とか。よく恥ずかしくもなく言えるよ。
1011.天雷.11
いよいよ明日からイリアへ進軍を開始する事になった。イリアの皆・・・無事かな。お姉ちゃんやルシャナ、それに騎士団の皆にどうやって顔合わせすればいいのだろう。
・・・ダメダメ。物事はポジティブに考えなきゃ! まずはイリアからベルンを追い出さないと! 皆冬の寒さに凍えてるはず。一刻も早く帰還しなきゃ。
そう考えると夜も寝られない。またロイに心配かけちゃうな。
ディークさんも私のことを心配してくれてる。もう私も大人なのだから、いつまでも心配をかけられない。大切な人たちなのだから・・・。
1011.天雷.28
今日もブリザード・・・。進軍できない。皆が苦しんでいるこの瞬間も、私はブリザードのせいとは言え、暖炉の前で温かい思いをしている。
こんな自分に嫌悪感を覚える。自分だけこんな思いをしていられない・・・。私には翼がある。山を越えていけば、きっとすぐに王都まで到着できるはず。
危険は承知だけど、これ以上待つなんて私には出来ない。私が少し無茶をしたって、後から皆が来て助けてくれる。だから、ちょっと無理してでも早く皆を救いたい。ごめんね、皆。また心配かけるけど、もう我慢できないんだ・・・。

セレナ達はこの後の日付の日記に目が釘付けになった。そこには、禁忌になった経緯などが、事細かく書かれていたのだ。

1011.業火.5
・・・もう私はダメだ。こんな罪を犯しては、人として生きてはいけない・・・。私のしたことを、エミリーヌ様もお許しにはならないだろう・・・。もう死にたい・・・。
一人で王都に突入し、囚われの姉さんと再会した。そこには親友の・・・いや、私が親友だと思い込んでいたルシャナがいた。ルシャナは本当は私のことを酷く憎んでいたんだ・・・。そうだよね、肝心な時に何も出来ない無能な団長なんか、憎まれて当然だ。
その後王都を離れ、姉さんが実家に隠した姪のアリスを救出しに行った。姉さんを見捨てて・・・。私はあの時、姉さんの命とイリアの国歩を天秤にかけてしまった。姉さんの強い意志があったからとは言え・・・。もう誰も失いたくない思ったのに・・・。
それだけじゃない・・・。私は生まれ故郷で・・・もうこれ以上は書きたくない・・・。でも、自分の罪を明確にしておきたいと思う。もう、どんな理由があっても、私はこの罪から逃れることは出来ないのだから。


26: 手強い名無しさん:06/01/20 11:34 ID:E1USl4sQ
私は生まれ故郷でたくさんの犠牲を出した。マチルダが私を追って、実家のある村まで進軍してきたのだった。
彼女は家々に火を放ち、逃げ惑う人々を容赦なく斬り殺した。私をおびき出す為に。
その上、私はマチルダに無理矢理竜化させられた姉さんも、それとは知らずに斬り殺してしまった。
自分を幼い時から守り育ててくれた、誰よりも私を慈しんでくれた母のような存在だったユーノ姉さん。
その姉を、自分の手で斬り殺してしまった。出来る事なら、私の命を姉に捧げたかった。
・・・何が、何が! ・・・誰も犠牲にしたくない・・・だ。私は恩をあだで返すことしか能が無い、悪魔だ。
村の人達は蒼髪の堕天使と罵って、私に追放令を下した。私は祖国から、家族も、帰る場所も、何もかも、全てを失った。
やはり私には・・・イリアを担うことなど・・・世界を救うことなど・・・無理なのかもしれない。
私が生きていても百害あって一利なしなのではないか・・・。何故、こんな悪魔を、ナーガは認め、その力を貸してくれたのだろう。
もう・・・死にたい。

いつの間にかセレナは泣きながら、その部分を声に出して読んでいた。それを聞いた村人達は、深い悲しみに包まれる。
悲しい思いを、辛い思いをしていたのは自分達だけではなかったのだ。最も辛い思いをしていたのは、誰かを犠牲にして生きながらえた者。
そして、良かれと思った事が原因で、結果多くの命を奪ってしまった者・・・。シャニーもまた、最も苦しみ、もがいた一人だった。
苦しみもがく者を、人々は自らの苦しみを紛らわす為に、更に突き放した。
たとえ本人がどんなに明るく、気さくな人柄を持っていても、その心の傷が癒える事は無い。

1011.業火.10
私は本隊に戻った。私はディークさんに叱られた。分かってる。過ぎたことを悔やんでも仕方ない事は。
でも・・・もう今度ばかりは流石に立ち直れそうにない。そう思った。
でも、そこには何とルシャナがいた。ルシャナはマチルダの術に操られていたのだった。ルシャナは前のように私を明るく迎えてくれた。
私は救われた気がした。そのあと、ルシャナやクリスと共にマチルダをイリアから追い出すことに成功する。
皆・・・私のことを待ってくれていたと言ってくれた。皆、笑顔で私を受け入れてくれた。笑顔がこんなに・・・人の心癒すものだったなんて・・・。
でも、私の罪は消える事はないし、どんな親友でも、心の隅には人を憎む心がある。それを私は忘れない。
だから、今まで以上に私は私なりに人々を笑顔で癒してあげたいし、心の奥底にある闇に、自らの心を囚われないように気をつけたい。
昔、ユーノ姉さんが言っていた言葉、あの時は分からなかったけど、
今は分かるよ・・・。「人は、一人では生きていけない。」

1011.業火.18
何と私のお腹に赤ちゃんがいることが分かった。
お腹に赤ちゃんを抱えながら戦場に出ていたなんて・・・私ってどうしてこうドジなんだろう。赤ちゃんに何も障ってなければいいけど・・・。



1012.黙示.12
今日、待望の赤ちゃんを産んだ。元気な双子の女の子だ。うちの家系は女腹だって聞いてたけど、どうやら私もそうみたい。
私も三姉妹だったし、頑張ってもう一人女の子作っちゃおうかな♪ ロイ、戦争を早く終らせてがんばろーね!
名前は、上の子にはセレナ、下の子にはシーナという名前を付けた。双子で上とか下とか変な気もするけど・・・。
なんにしろ、私みたいに元気で、強くて、頭が切れて、それでいて美貌溢れる素晴らしい女性に育って欲しいもんだ。


27: 手強い名無しさん:06/01/20 11:35 ID:E1USl4sQ
1012.天馬.6
いよいよ明日、私達はベルンを討伐する為にイリアを発つ事となった。この戦争を終らせなければ・・・。
子供達に良い世界を残してあげる為にも、私達は負けられない。世界中の皆、私達に力を貸して!
セレナ、シーナ・・・こんな幼い・・・私の背でただ寝ているこんな幼い子まで、戦場に連れて行かなければならない。
ごめんね。こんな母さんを許して。でも、これしかもう、方法は無い・・・。
私の手はもう血みどろだ。人々は私を八英雄の一人と称えてくれたけど、私は英雄なんかじゃない。ただの人殺し・・・。
あなたたちには、その手を血で汚して欲しくない。だから・・・許して。
母さん、がんばってこの戦争を終らすから。そしたら、お城で家族一緒に過ごそう。皆で、幸せに・・・。

日記はここで終っており、残りのページは儚くも黄ばんだ無地を晒すのみだった。
「うぅ・・・母さん・・・。」
セレナは読み終わると、顔を覆って泣き出してしまった。シーナも堪えていたが、もう我慢できなかった。
クラウドに抱きつき、顔を押し付けて泣いた。やはり、自分達は、リキアフェレ候ロイと、イリア皇族シャニーの子供だった。
そして、両親がどれだけ苦労しながら世界を戦い抜いていったかを知った。
その苦労も報われないまま、彼らは夢を叶える事もなく幸せを目前にして戦場に散って行ったのである。
「やはり・・・あの娘もかなり苦しんでおったんじゃな・・・ワシらは・・・何て酷い事をしたんじゃ。・・・。許しておくれ・・・。」
村長も、心のそこから自らのした行いに後悔し、エミリーヌに、そして天国に居るであろうシャニーに向かって懺悔した。
「・・・村長、俺からお願いがある。 今まで虐げて来た側の者が言えることではないが・・・。」
レオンが村長に土下座しながら頼みこんだ。
「こいつらの親達を・・・しっかり供養してやってくれ。きっと未だに祖国に帰る場所が無くて、悲しい思いをしているだろう・・・。」
村長はレオンの手を取りながら言った。
「どうか頭を上げておくれ。お前さんもマチルダに騙されて悲しい思いをしたろうに。
お前さんにそんな風に言われなくても、しっかり供養するつもりじゃよ。
ワシらを最期まで見捨てずに、命を張って戦ってくれた英雄なのじゃからな・・・。」
「ありがとう・・・。」
それを聞いていたナーティは、独り、長い髪を棚引かせながら群集を離れ、空を仰いだ。その頬から、涙のしずくを落としながら。
「ふん・・・。全くバカな話だ・・・。」

ここに、イリア全土を巻き込んだ大戦は幕を閉じた。
イリアを結ぶ絆。それは、人々の心の中にある、互いを思いやる気持ちの強さを表すバロメータだった。
その絆が、ベルンという暗黒の積雲を吹き飛ばし、自らで春を呼んだのである。春が来れば、また再び冬は訪れる。
しかし、もう人々は冬に怯え、それが過ぎるのをただひたすら待つということはしないだろう。
考えに賛同し、共感するだけでは、何も変わりはしない。大切なことは自ら動くこと、それを、要り網の民は知ったのだから。
きっと、イリアはかつてのような団結力を取り戻し、ゼロットが築いた「大切な何か」を取り戻すことだろう。
そのとき、ゼロットやユーノ、シャニー、そして、戦場で散っていったものが、
その命をかけてまで守ろうとした、慈しむべきイリアという国をようやく実現することになる。
生き残った者達が、散っていったものの意志を継ぎ、その遺志を叶える事こそが、どんな手段にも勝る供養だ。人々の目には、将来のあるべきイリアの国像が様々に浮かんでいた。
                                  第二部〜イリア編〜 完


28: 見習い筆騎士('-'*) 56J2s4XA:06/01/20 11:37 ID:E1USl4sQ
イリア編終了です。お楽しみいただけましたでしょうか?
次はちょっと本編から離れて、短編小説を投下してみようと思います。


29: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:03 ID:E1USl4sQ
女性は見栄っ張りで早合点・・・。そんな事を聞いたこともあるのではないだろうか?
これはその典型例とも言えるお話・・・。

「ふんふん♪」
シャニーが鼻唄を歌いながら、大量の書類を抱えてエデッサ城の廊下を歩いている。
その様子を、ティトが見ていた。これから仕事のはずなのに、妙にご機嫌が良い。何かあったのだろうか。
「あら、シャニー。 あなたやたら機嫌がいいわね。どうしたの?」
「あ、お姉ちゃ〜ん。 今からリキアで行われる会合に出席するの!」
ティトはそこまで聞いてピーンと来た。リキアにはロイ様がいらっしゃる。
久々に恋人と会えるということではしゃいでいるのだろう。
仕事が忙しくて文通ばかりでなかなか会えないと、よく妹がぼやいていたのは知っている。
「そう。でも、あくまで仕事でリキアへ行くって事を忘れてはダメよ。貴女はイリア王国の代表として行くのだから。」
「はーい、わかってるって!」
シャニーは鼻唄だけでは足りずに、廊下をスキップして去っていく。
本当に元気な子・・・。さて、私も早く荷物の整理をしないと。アクレイア行きの馬車に乗り遅れてしまうわ。

「お義兄ちゃーん! 早く行こうよ!」
出発の準備を終えたシャニーは、ゼロットを急かす。
ゼロットと共に、ベルン動乱後の自国の復興の進捗状況を報告する会合に出席するのだ。
「シャニー、そんなに慌てなくてもいいではないか。まだまだ時間は十分のだから。」
ゼロットは娘のアリスを撫でていた。やはり遠出するから名残惜しいのだろう。
しかし、シャニーにとっては会合開催時間ギリギリに行ったのでは意味がない。尤もらしい理由をつけて急かす。
「えー。でも、リキアの復興状況も見て、イリアにもそれを生かせればイリアはもっといい方向へ進むよ!
そのためにも少し早く到着して町並みを見たいな。」


30: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:03 ID:E1USl4sQ
「そ、そうか。そうだな・・・。よし、ユーノ。また城を留守にしてしまうが・・・。」
「ええ、行ってらっしゃい。あなた。留守の間は私が国を守りますから。」
出発するゼロットを、シャニーが後ろから押すように追う。そんなシャニーにユーノが一言声をかけた。
「シャニー。」
「何〜? ユーノお姉ちゃん。」
「しっかりあの人を助けてあげてね。恋人に会うのはその後よ?」
シャニーはうまく誤魔化せたと思っていたから、ユーノに自分の真意を見破られ、焦った。
「あれ・・・。ばれてた?」
「ふふっ、あなたの考えていることは全てお見通しよ。」
「えへへ・・・。ユーノお姉ちゃんはやっぱ誤魔化せないや。じゃあ、行ってきまっす!」
シャニーは自分の愛馬の後ろにゼロットを乗せ、数人の部下と共にリキアに向かって出発した。

一方、ここはリキアのオスティア。会合が開催されるこの地に、ロイも到着していた。
「ロイ、待ってたわ!」
リリーナが到着したロイを温かく迎える。
世界の英雄と言われても、自分から見れば少し頼りげのない幼馴染には変わらなかった。少しよれたロイの襟を正す。
「わぁ、リリーナ。もうそういうことはやめてよ。・・・恥ずかしいよ。」
「何言ってるの! まったく、ロイは私が居ないとダメなのね。」
リリーナがロイにわざと怒ったような顔をしてそういった。
今でもロイを諦めたわけじゃない。自分が最初に好きになった男の子だもの。
「さ、行きましょ。ちょっと買い物に付き合って。」
「えぇ!? また荷物持ち・・・?」
「人聞きの悪い事を言わないで! 買い物よ、買・い・物! ロイも買う物があったのでしょう!?」
リリーナはそういうと、躊躇うロイの手を強く握って、オスティアの町に繰り出していった。
久しぶりのロイとのデートだ。このチャンスを逃すものか。
「ねぇ、シャニーとはうまく行ってるの?」


31: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:04 ID:E1USl4sQ
リリーナはいきなり聞いてみる。
自分としてはロイに自分のほうを向いてほしいが、二人が幸せになってほしいと思う気持ちも強い。・・・複雑。
「えーと・・・。うん、文通は欠かさずしてる。
それに、今日きっとゼロット王と一緒にここに来るはずなんだ。手紙にそう書いてあった。」
「へぇ・・・。ねぇ、いつ結婚するの?」
「け、結婚って・・・。彼女はまだ15だよ? ・・・早すぎるよ。」
「それもそうね。」
「それに、彼女はイリアで頑張っている。まだ結婚したいとは言い出さないと思うし。」
「遠距離恋愛って大変ね。私なら近いからすぐ会えるのに・・・。」
「え?」
「い、いいえ、何でも無いわ。あ・・・あそこで安売りしてる! 見ていきましょ!」
「はぁ・・・。」
リリーナは繋いでいた手を更に強く握り締めて、ロイを市場の雑踏の中に連れ込んで行った。

朝方に出発したシャニー達は、天馬をフルスピードで飛ばし、昼下がりにオスティアに到着した。
到着するや否や、シャニーはゼロットを置いて、ロイが居るはずのオスティア城に走りこんでいった。
「お、おい。シャニー! 町の様子を観察するのではなかったのか!」
「ちょっと急用が出来ちゃった。ごめんなさぁい!」
シャニーは疾風の如きスピードで走り去り、ゼロットはそれ以上シャニーに声をかけることが出来なくなった。
一人残されたゼロットは何か騙された気分に陥る。
「・・・まぁいいか。ユーノに土産でも買って行ってやろう・・・。」
オスティアはリキア最大の都市で、リキア同盟軍の本拠地がある。
商業も栄えており、船を用いての貿易も盛んに行われている。
今やエトルリアに次ぐ大規模な国へと成長している真っ最中であった。



32: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:04 ID:E1USl4sQ
「えー! リリーナ様と町に遊びに行った!? どういうこと!?」
「お、落ち着いてください、シャニー殿。 俺が詳しく知るわけが・・・ぐ、ぐるしい・・・。」
オスティア城でシャニーの対応をしたオージェが悲鳴を上げる。
シャニーが目の色を変えて自分の胸倉を掴んで怒鳴ってきたからである。自分は事実をいっただけなのに。
「お、落ち着けるわけ無いじゃない! ・・・あたしが居ない間にもしかして・・・!」
シャニーはオージェから手を離すと、元来た階段を猛スピードで駆け下りていった。
突然の恐怖から開放されて、オージェはふぅっと胸を撫で下ろす。・・・殺されるかと思った。
シャニーはそのまま街まで走っていった。広いオスティアの繁華街だ。
そう簡単に見つけることは出来ない。1時間・・・2時間・・・簡単に時は過ぎていった。
しかし、とうとうそのときは訪れてしまった。
シャニーが走ることに疲れ、肩で息をしながら商店の壁にもたれかかったとき、ふと赤髪の男性が目に入った。
・・・ロイだ! 間違いない。あのあまり整えていないような赤髪にあの服装、間違いなくロイだ。
やっと会えた。そう思って、棒になった足を引き摺りながらロイのほうへ向かう。
しかし、ある程度近づき、声をかけようとしたとき。自分ではない誰かがロイの名前を呼んだ。
「ロイ! これも持って!」
その声にロイがそちらを向いて、うわっと言うような顔をする。その目線の先に居たのは・・・
リリーナだ!シャニーは絶句した。事もあろうに他の女の子とデートするなんて!
「ねぇ、もう帰ろうよ。」
「ダメ! 荷物持ちが居てくれる時じゃなきゃ、買い物なんて出来ないもの。」
「・・・だから嫌だったんだ。はぁ・・・。」
「なぁに言ってるの! 私はきっちりロイに頼まれた事をしてあげたんだから、ロイも私の言う事聞くのが筋でしょ? さ、行くわよ。」
リリーナがロイの手を握る。・・・もうシャニーには見ていられなくなった。怒ってオスティア城に戻る。
まだリリーナ様との関係は続いてたんだ。
そういえばロイはあたしのことを一番好きだって言ってくれたこと無かったもんな! でも・・・ロイがあたしを裏切るわけ・・・。



33: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:04 ID:E1USl4sQ
その夜に開催された会合でも、シャニーはロイの隣にリリーナが座っていることが気に入らなかった。
恋人の自分がこんな隅っこで、なんであの二人だけ・・・。シャニーはそう思っていた。
客観的に見れば、ロイもリリーナも、リキア同盟軍の幹部同士だから、隣に座っていてもおかしくない。
それにシャニーはあくまでゼロットのお付で出席しているだけだったから、隅っこでも仕方なかった。
しかし、シャニーは昼間のことで気が動転し、完全に自分を見失っていた。
「シャニー、どうした。何時ものような穏やかな顔をしていればよい。緊張しているのか?」
ゼロットの声も、会合の内容も、シャニーの耳には届いては居なかった。
会合が終った後、シャニーはすぐさまロイを探したかった。
しかし、それは叶わなかった。自分は駆け出しの王宮騎士団の団長だから、
各国のお偉いさんに挨拶して回って、自分の顔を覚えてもらわなければならなかったからである。
むしろシャニーがこの会合に出席した理由はこれが大半を占めていた。
ママゴト騎士団と嘲笑される自国の騎士団。なんとしてもその誤解を払拭しなければならなかったからだ。
そのために、シャニーは自ら動く事決めたのだった。
「初めてお目にかかります、私は・・・」
堅苦しい挨拶をしている最中だった。突然、向こうから悲鳴が上がった。
そちらを見たシャニーは、頭に血が上るのが分かった。全身の血が頭に上っていく・・・。自分を抑えることに精一杯だった。
なんと、向こうでロイがリリーナを抱き上げていたのだ。(いわゆるお姫様抱っこ) 
その姿は、まるで恋人同士のようだった。
シャニーは何とかVIPとの挨拶を終えると、走って会場を後にした。
「あ、シャニー、何処へ行くんだ!」
ゼロットが追いかけたが、彼女はそのままオスティアの闇に消えた。
ロイは抱き上げていたリリーナを降ろすと、リリーナの足元を見ながら言った。
「ふぅ、リリーナ。危ないよ。気をつけて!」
「ごめんなさい。」
そういうとリリーナは足をさすりながら、ロイと一緒に彼の片翼を捜す。しかし、何処にも見当たらない。


34: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:05 ID:E1USl4sQ
「あ、ゼロット殿。お久しぶりです。」
「おぉ、ロイ殿。シャニーを知らないか?」
ゼロットはロイを見るなりそう訊ねた。ロイも同じ質問をゼロットにぶつけようと思っていたから焦った。そして聞き返した。
「僕も探しているんです。一体何処に・・・。」
「まったく・・・。シャニーの放浪癖にも困ったものだ。」
ロイは、周りに群がる各国のVIPを跳ね除け、城の外に走り去っていった。リリーナもそれを追う。
「なんだ・・・? この頃の若者は元気だな・・・。」

その頃、シャニーは町の酒場に居た。せっかく恋人に会えると思ったのに。なのに!なのに!ロイはリリーナ様といちゃついてた!
自分がイリアにいる間に、実はあっちが発展してたなんて・・・。シャニーは凄く裏切られた気分になった。
でも、やっぱり・・・近くにいて、疲れたときに一緒に居れないんじゃ・・・心が離れていくのは当然かな・・・。
でも! 酷いよ。あたしの事放り出して、リリーナ様と仲良くするなんてさぁ!
シャニーは成人してまだ間もない体に、大量の酒を浴びせた。・・・自棄酒である。
デートだってあまりしたことないのに。あたしとじゃなくてリリーナ様と買い物しに行くなんて!
あたしはどうでもいいの? あたしだって寂しいのを我慢してたのに。
くそぉ! くそぉ! シャニーは酒だけでなく、とにかく食べた。
ロイのバカ!バカ!バカ!大っ嫌いだ!もう絶交だもん!謝ったって許してやんないもん!
骨付き肉をロイだと思って骨までかじりついた。その様子は何か近づきづらいオーラを放っていた。
それは、周りに座っていた荒くれ共が、気味悪がって席を移動したことからも覗えた。
暫くすると、何か頭がボーっとしてきた。あぁ・・・何だろ、この感覚・・・。体が浮いているみたい・・・。あれ・・・どんどん皆の声が遠くなって・・・。まぁ・・・いいや。このままどうなっちゃってもいいや。
どーせあたしは恋に敗れた哀れな女さ・・・。



35: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:05 ID:E1USl4sQ
ロイ達が街にシャニーを探しに行ってから30分程度たった。ロイは焦っていた。
城を出てくる際に、守衛から、シャニーが泣いていたと言う事を聞いていたからだ。
今日は前々から計画していた事がてこずり、シャニーと一緒に居る時間がもてなかった。
何とか今からでも探し出して、アレをプレゼントしないと。
ロイがそう思いながら彼女を探していると、酒場に人だかりが出来ていた。よく見ると医者がその場に居合わせている。
ロイは人だかりの中心を覗いた途端、思わず声を上げてしまった。
「シャニー!?」
そこには泥酔したシャニーが意識をもうろうとさせて横たわっていた。
顔は真っ赤なのに、唇は青かった。どう見ても急性のアルコール中毒に陥ったようである。
シャニーの視界はぼやけていた。あれぇ・・・何でこんなに人がいるの?
何で空が前にあるの?それに・・・あたしの名前を呼んでいる人が居るような・・・。
そんなことを考えていると、突然頭に冷水を吹っかけられた。その冷たさに我に返るシャニー。
「うわっ・・・。誰よ! 水なんて引っ掛けるのは!」
シャニーが我に返ったのを見るや否や、ロイはシャニーを抱き上げた。
「まったく! 何をしているんだ! 君は成人してまだ日が浅いのに、そんなになるまで酒を飲むなんて!」
珍しくロイがシャニーに怒鳴りつけた。無理もない。
自分の大切な片翼が、こんなところで自分の命を危険に晒すようなことをしていたのだから。
「あれ・・・ロイ。・・・むっ。」
シャニーはロイに抱かれている事に気づき、抱き返そうとした。
だが、すぐ横にリリーナがいることに気づき、それをやめて言い放った。
「あーあ、デートのお邪魔をしちゃったみたいだね! あたしは一人で帰れるから、どうぞごゆっくり!」
シャニーの言葉に困惑する二人。何をこんなに怒っているのか二人には全く分からなかった。
「どうしたの? シャニー。」
リリーナもまだシャニーが酔っているのだと思ったのか、風を顔に送ってやる。


36: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:06 ID:E1USl4sQ
「どうしたもこうしたも! あたしがイリアに居るうちに、すっかり仲良くなっちゃってさ!
・・・酷いよ、あたしを放り出して、他の女の子とデートだなんてさ。二股なんて!」
さっきまで怒っていたと思ったら、今度は泣き出してしまった。
・・・やはりまだ酔っているのかもしれない。しかし、当の二人は顔を見合わせた。
「へ? デート? 二股?? シャニー何を言ってるんだい?」
ロイには全く見に覚えがない。まして自分が二股をかけているという疑惑を自分の恋人にかけられているなんて心外だった。
「しらばくれないでよ! それに、まだ証拠はあるんだぞ!・・・さっき、会合の会場で抱き合ってでしょ。」
「は?」
困り果てるロイ。なんとかシャニーをなだめようとする。・・・野次馬も増えてきた。
しかし、リリーナにはピンと来た。そして、思わず笑ってしまった。
「リリーナ?」
困惑するロイの耳に口を当てるリリーナ。そして、その耳打ちが終わった途端、ロイも笑い出してしまう。
「あはは・・・。」
「何よ! あたしを陥れてそんなに楽しい?!」
「シャニー、勘違いだよ、それは。」
「勘違いぃ?! この期に及んで何を。」
ロイは激怒するシャニーを抱きながら、耳元でそっと語り始めた。
「さっきリリーナを抱き上げていたのは、階段でリリーナが足を滑らせたから、それを受け止めただけださ。」
「・・・え?」
シャニーが肩透かしを食らったような声を上げた。その反応を笑うことを、リリーナも耐えられない。
「ふふふ・・・。ええ。ロイのおかげで足を挫かなくて済んだの。まさかヒールが折れるとは思わなかったわ。」
「じゃ、じゃあ、昼間二人でデートしてたのは!?」


37: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:06 ID:E1USl4sQ
「あれは・・・リリーナの荷物持ちを手伝ってたんだよ。僕が街に行った理由はコレさ。」
そう言うと、ロイはポケットから何か小さい箱を取り出した。
綺麗な宝飾のされている箱だ。それだけでもかなりの価値がありそうだ。
「はい、シャニー。お誕生日、そして成人、おめでとう!」
ロイとリリーナはそういいながら、シャニーにその箱を渡した。
「え・・・。まさか、コレを買うために?」
「うん。僕じゃ何をプレゼントしたら女の子が喜ぶか分からなかったからね。
一緒にリリーナについていってもらったんだ。お陰でどれだけ荷物を持たされたか・・・。」
泣きながら気苦労を語るロイを尻目に、リリーナが続ける。
「もう! ロイったら、人聞きの悪い事を言わないで!
さぁ、シャニー開けてみて。貴女が気に入ってくれるか分からないけど・・・。」
シャニーはその箱を開けてみた。中に入っていたのは・・・
綺麗な赤い宝石で作られたイヤリングだった。かなり洒落た品だ。きっとこれを選ぶのに何時間もかけてくれたのだろう。
「これを・・・あたしに? あたしために?」
「そうさ、気に入ってくれると嬉しいよ。」
「あたし・・・。」
泣きそうになるシャニーの耳元で、ロイが再び語りかける。
「前にも言ったろ? 必ず君を幸せにして見せると。
僕は君を裏切ったりはしない。二股なんてするものか。だから・・・僕を信じてくれ。」
「!?」
ロイは言い終わると、シャニーの唇を奪った。
こんな野次馬の一杯いる前で初めてを奪われ、シャニーは気が動転し、泣き崩れてしまう。
それを見た周りの野次馬からは歓声が沸いた。ロイは、やっぱり自分が思っていた通りの優しい人だった。
そんなロイを信じられなかった自分が愚かしく感じた。そんなシャニーに、リリーナも話しかける。
「ふふ、油断していると、私がロイをとっちゃうわよ? ロイのことをその程度としか考えていないのなら・・・!」


38: 短編小説『PriceLess』:06/01/22 14:07 ID:E1USl4sQ
その言葉に、シャニーは血相を変えて反論した。・・・こういうところはまだまだ子供だ。
「だ、ダメ! ダメに決まってるじゃん!
へ、へん。今回は、ロイがどの程度あたしのことを想ってくれているか試しただけだもん!
あ、あたしがロイのことを疑うわけ・・・。」
「ふふっ。」
リリーナにとっては、シャニーは友達でもあり、妹のような存在だった。からかい甲斐がある。
シャニーもからかわれている事が分かっているのか、顔を膨らせている。
しかし、ロイのほうを見ると言った。
「さて、酔いも冷めたし、買い物に行こうよ。」
「え? こんな時間からかい?」
「うん、いいの。すぐ終るから。」
そういい終わるとシャニーは、抱きついていたロイから距離を開け、両手を一杯に広げて言い放った。
「さ、ロイ、あたしを買ってよ! いくらで買う!?」
ロイはそんな片翼に面食らった様子だったが、暫くして笑みを浮かべながらシャニーに近づいた。
「もちろん! 僕が持てる全てで買うよ! 君は僕のものだ!」
そう叫びながら、ロイはその“こわれやすい”品をその腰とひざに手を回し、大切に抱き上げた。
シャニーもまたロイに抱きついた。落とされてこわれないように。
周りの野次馬にも祝福され、二人にとって忘れられない夜となった。

次の朝、オスティア城からは悲痛な声が聞こえていた。
「うー・・・おえ・・・。ぐるじい・・・。」
そんなシャニーの様子を、ゼロットが呆れながら嗜める。
「まったく、どれだけ飲んできたんだ。オスティアの樽酒は強烈と有名なのだぞ。
これから付き合いで酒が出てくることも多いのだから、自己規制をしっかりしなければならんぞ。」
シャニーは二日酔いに苦しんでいた。苦しい・・・ロイ・・・助けて・・・。死んじゃうよぉ・・・。
蒼ざめた顔で泣くシャニーの耳には、紅の宝石が朝日を浴びて輝いていた。

〜完〜

あとがき
以上でこの短編小説は終わりです。一応本編とのつながりがないわけではなく、1部の1章‐2章の間の出来事という設定です。
本編がシリアスで緊張の連続 (といってもノーテンキなヤツもいますが) なので、こちらは少々甘いムードを漂わせて見ました。如何だったでせう?
昔から女性は見栄っ張りで早合点と言う事をよく聞きます。
特に炎とか風属性の人って言うのは、独自の世界観と言うか、自らが信じたものをひたすらに貫くって感じが見て取れます。
だからそれがポジティブの方向に向かっていれば良いのですが、今回みたいにネガティブ、マイナス方面に思い込んでしまうと・・・。 もうどうにも止まらなくなってしまう・・・。
そして、更に泥沼へ沈み込む・・・。悪循環・・・。
特にシャニーは自分に素直な子ですからね。表向きは明るくて悩みなんてなさそうですが
その本質がどうかまでは分かりません。
そういう人に限って、案外傷つきやすいデリケートな部分も併せ持っているものです。

マリナス:貴殿も女性を“取り扱う”時には“ワレモノ注意”ですぞ! 女心は桃のようなもの。何で傷つくか分かりませんぞ!


39: 手強い名無しさん:06/01/24 15:15 ID:E1USl4sQ
本編に戻ります。
機会があればまた短編も投下しようと思います。

40: 第二十五章:明かされる真意:06/01/24 15:23 ID:E1USl4sQ
「さて・・・これからどうするか・・・。」
盛大な祝勝会の翌日、アレン達はイビキをかいて眠るセレナやクラウドの横で今後の進路を模索していた。
「民のこともありますし、やはりアリスさんはイリアに残るのですか?」
セレスがアリスに聞いてみる。アリスは前々からイリアのことを気にかけてきた。
ベルンを追い払った今、イリアは新たなリーダーを必要としていた。
「・・・いえ。」
「しかし、それでは民が納得しないのではないですか? 皆アリス様の帰国に歓喜していましたよ。」
「確かに、イリアも心配よ。でも、叔母様の日記を読んで改めて思ったの。 自分の国のことだけを考えていていいのかと。」
「ぐぉ〜ぐぁ〜」
クラウドのイビキが会話を遮断する。
「それはそうですけど・・・もう! うるさいですね! しかし、イリアも今大切な時では?」
「ええ。でも、イリアだけ復旧しても、回りも一緒に復興しなくては意味がないと思うの。
だから、私は最後までこの旅に同行します。」
アリスのその意志を聞き、セレスもまた、最後まで旅に同行する事を改めて覚悟した。
パーシバルは世界を見て来いと言ったがそれだけじゃない。
きっとエトルリアだけでなく、エレブ全体を復興する手伝いをして来いと言う事だったのだろう。
「よし、ならすぐに出国の準備をしようか。神将器はまだ二つ手に入れなければならないし。」
アレンが出発の音頭をとる。イリアは冬を抜けたが、他の地域ではきっとベルンの魔の手に苦しめられているに違いない。
「う〜ん、むにゃむにゃ、もう肉は食べられないって・・・」
セレナが寝ぼけながらクラウドの腕に噛み付く。どうやら骨付き肉でもかじる夢でも見ているようだ。
「ぐぉー。」
緊張感も無く幸せそうに眠る二人に、起きていた面子は調子を狂わされてしまう。
「・・・。私、やっぱ姉ちゃん達と姉妹じゃないほうが良いや。」
シーナもため息をついた。アリスも可愛い妹達を見ながら笑いながらアレンにお願いをする。
「アレンさん・・・出国の前に、もう一度だけエデッサ城に行かせてもらえませんか?」
「私は騎士です。アリス様がそう望まれるのなら、それに従うまでです。」
「ありがとう・・・。ところで、ナーティさんは?」
「あぁ、さっき外に出て行きましたよ。ユーノ伯母様達の墓標を拝みに行くって言ってました。」
セレスが即答した。連日昼夜問わずの見張りに、長引く戦闘。彼女も疲れているはずだった。
しかし、相変わらず隼のような鋭い眼差しを保っていた。
「じゃあ、私が呼んで来るね。」
シーナはそういい残すと、イリアの寒空へかけていった。

一方、ナーティは仮建された墓標に向かって目を瞑って立っていた。
「・・・これで、イリアは救われたのか・・・。本当にこれで・・・いいのか。
一体何が正しくて、何をすべきだったのか、私には・・・。」
独り言をこぼしていると、向こうから人の気配がした。ナーティは剣に手を添えながら後ろ向いた。
そして、その気配が背後に立った瞬間、剣を引き抜き、相手の喉元に向かって剣先を向けた。
「うわぁっ!」
「・・・シーナか。すまないな。ちょっと気が高ぶっていた。」
「びっくりしたぁ。」
ナーティは剣をしまうと、シーナの喉元を手で触って怪我がないか確かめた。
「頼むから背後に立たないでくれ。背後に立たれるとどうも反射的に手が動いてしまう。」
「ごめんなさい。気をつける。でも、何か嫌な思い出でもあるの? 背後に立たれて何かされたとか。」
「・・・いや、別に。私は傭兵だからな。何処で恨みを買っているか分からん。刺客が放たれていてもおかしくないのだ。」
「そうなんだ・・・。あ! そうそう、そろそろ出発の準備をするから戻ってきて。」
シーナはそういうと再び皆のいる温かい家まで走って戻ろうとした。そんな彼女を、ナーティが話し止めた。
「シーナ。」
「へ? 何?」
「お前は・・・お前はこれでよかったと思うか?」


41: 手強い名無しさん:06/01/24 15:23 ID:E1USl4sQ
「何が?」
「皆はお前達が、イリアをベルンの魔の手から救ったと言っている。しかし、本当にこれでよいのか?」
「え・・・? だって、ベルンの差別はあまりに酷いものだったし・・・。倒されても仕方ないことをしてきたんじゃ?」
シーナは、ナーティのいきなりの質問に戸惑いながらもそう答えた。
「本当か? ハーフを追い出し、人間がイリアを支配する事が、本当にイリアにとって、いや、エレブ大陸にとって正しい事なのか?」
「それは・・・。でも、ベルンのやっていたことが正しいとは思えないもん。」
「では、我々がやっている事が正しいと言えるか? 
力によってハーフを追い出し、自らの生活を確保する。それではハーフと何ら変わらないのではないか?」
「で、でも!」
「力に訴え、憎しみを生み、それによって生じた捻じ曲げられた理解で溝を深めることを正義というなら、
正義とは実に都合のいい言葉に成り果てたものだな。」
「う・・・。確かにそうだね・・・。でも、それ以外に方法が・・・。」
シーナは回答困難な質問をぶつけられて困ってしまった。
しかし、世界を救おうとしている集団でも中核にいるシーナだ。これが分かってもらえなければ・・・。
「そうだ。だから戦争は悲しい。戦争は、お互いの溝を深めるだけだ。
我々の正義は、人間だけの正義であって、相手から見れば単なる異端者だ。
そして、ハーフの正義にも同じ事が言える。お前達が探すべきものは・・・何か分かるな?」
「うん・・・。両方から見て、正義と呼べるもの・・・。難しいなぁ・・・。」
「そうだ。お前達の求める理想は、幻想といっても過言ではない。それほど矛盾に満ち満ちたものなのだ。
その矛盾を一つ一つ越えて行かねばならない。・・・お前達にそれが出来るか?」
「やってみせる! そうじゃなきゃ、今までやってきたこと全てが無駄になるもん。
そうなれば、今まで私達が殺めてきた人たちに顔向けが出来ないよ!」
シーナはそう断言した。やってやる。いや、やらなければならいのだ。


42: 手強い名無しさん:06/02/03 10:41 ID:E1USl4sQ
「顔向けできない、か。ふ・・・。では、もし自分達が良かれと思っていたことが間違っていたならばどうする? 
気付いてからでは遅いこともあるぞ?」
「それは・・・やれることを精一杯やる。それしかないよ。諦めたら終わりだもん。」
シーナは自分が思うことを素直に語った。ナーティはシーナの言葉を丁寧に聞き取り、そして返した。
「諦めたら終わり・・・か。その根性が最後まで続くといいな。よし、では宿に戻ろうか。」
「うん。」
ナーティは寒そうにしているシーナを、体で包んでやりながら宿まで戻っていった。
・・・正義、か。久しぶりにこんな言葉を口にしたな。
正義など・・・偽善者が自分を正当化するための道具に過ぎない・・・。シーナ、それを履き違えるなよ。

その頃、宿の中ではレオンがルシャナの肩揉みをしていた。
「ふぅ・・・気持ちいいねぇ。久々に剣を持ったら肩が凝っちゃったよ。」
「なんだよ。年寄りみたいな言葉を・・・。」
レオンがルシャナの言葉にからかい混じりに答えた。
「バカにすんじゃないよ。私はこう見えてもまだ30代なんだからね。
それにしても・・・不思議な気分。息子に肩をもんでもらっているなんて、何か夢を見ているみたいだよ。」
「俺もさ。俺も生まれて初めてだ。親の肩をもむなんて。」
生まれてはじめての親子水入らずの生活だった。凄く幸せに感じる。
今までの無色だった本に、突然鮮やかな色が載ったような、そんな感じだった。
「レオン、マチルダに変な事はされなかったかい?」
「いや、あいつは・・・俺には凄く優しかった。だから俺は、お袋にこうやって会うまで、何の疑いもしなかった。」
「そうか・・・。」
「でも、これからはずっと母さんの元を離れない。今まで寂しい思いをさせた分、しっかり親孝行する。」
レオンの温かい言葉に、ルシャナは涙がこぼれそうになった。
しかし、それをぐっと堪えると、レオンに向かって優しく説いた。
「いや、あんたは、セレナ達と一緒に行っておやり。」
「え?! しかし、それでは母さんが。」
「いいんだよ。あたしのことなんか、世界を正してからでも遅くないだろ?
でもセレナ達はあんたを、今必要としている。順序を間違えちゃダメさ。」
「・・・分かった。お袋、ありがとう。きっと早く戦争を終らせて、俺はイリアに帰ってくる。それまでは死ぬなよ。」
「誰が死ぬもんか。あたしゃまだ若いって言ってるだろ?」
二人はこの二人きりで居ることのできる時間を大切にするかの様に、ずっと話を切らさなかった。


43: 手強い名無しさん:06/02/03 10:44 ID:E1USl4sQ
その後、一行は再び王都エデッサに戻った。そして、群がる群衆にアリスは説いて回った。
ハーフを差別してはならいと。それをしてしまえば、自分達もハーフと同じだと。
一行はその足でエデッサ城に向かった。そこに居たのは・・・
「あっ、あいつらは! ふごふご!」
セレナが声を上げようとしたところを、ナーティが手でセレナの口を塞いだ。
ミレディ率いるあの謎の集団が、エデッサ城のかつてのマチルダの部屋などを漁っていたのである。
セレナ達はあわてて物陰に身を隠し、その連中が何をしているのか見ることにした。
「あったか? 例の研究資料は?」
「いえ、部屋中くまなく探しましたが、それらしき資料は全く見当たりません。」
部下の返答に、ミレディは即座に次の質問をする。
「実験施設なども既に捜索済みか?」
「は。事前の作戦通り、城の隅々を探しましたが、それらの資料は全く見当たらないのです。」
ミレディは腕を組んで考え込んでしまった。
・・・おかしい。マチルダはここで確実に竜石実験を行っていたはず。
現にその実験の為に多くの人間がここに連行され、死んで行った事は、潜入していた同志が確認している。
・・・それなのに資料が一枚も残っていないなど・・・ありえない。何が起こったのだ・・・?
しかし、考え込んでいる暇は無かった。自分達に課せられた任務はまだまだたくさんある。
まずはアジトに帰り、リーダーに事を知らせなければ・・・。
そんなことを考えながらふと廊下の方を覗いたとき、なにか橙色の尻尾のようなものが見えた。
ミレディは不審に思い、そちらに向かう。
「あ、やば。シーナ、あんたの尻尾が見えちゃってたみたい。」
セレナが向かってくるミレディを見て焦る。シーナも自分のポニーテールが柱からはみ出していたことに気付いた。
「尻尾じゃないって言ってるでしょ! あぁ、でもどうしよ・・・。」
「・・・やむを得んな。行くぞ。」
ナーティが先陣を切り、ミレディの前に姿を現した。その後に続くように、一行が連中と相対した。
「なっ! 貴様らは!」
ミレディが焦って騎士剣を鞘から抜く。部下もすぐに駆けつけてきた。
「それはこっちの台詞だ! 人の城に無断で忍び込むなんて、礼儀知らずも良いとこじゃん!」
セレナが言い返す。ここはもはやアリス姉貴の城だ。それに忍び込むなんて、泥棒と同じだ。
「ふっ、今まで散々ベルン配下の城に忍び込んできた、盗賊のようなお前に言われたくないな。」
「う・・・うるさい!」
「・・・確かに言い返す言葉も無いですね。」
セレスもセレナを擁護しようと思ったが、擁護の言葉が見当たらず、目を閉じながら頭に手を添えた。
「それより、貴女方はここに何の用があったんですか?」
アリスが単刀直入に聞いた。この連中のことだ。何か大切なことがあったに違いない。
それに、さっきの「研究資料」とかいう言葉も気にかかる。
「・・・そうか。お前達か、この城から研究資料を持ち出したのは。」
「は?」
「お前達が、マチルダの行っていた竜石実験に関する資料を持ち出したのだろう?
お前達が持っていたところで意味のないものだ。我々に渡してもらおうか。」
ミレディから放たれた言葉には、一行には身に覚えが無かった。
「何だよ、その竜石実験って。」
クラウドが不思議そうに聞いた。その疑問に、レオンが答えた。
「竜石実験とは・・・本来竜族が用いる竜石に、エーギルを加えたり、特殊な作用を加える実験だ。
それにより、竜族以外でも竜石を用いる事ができるようになるらしい・・・。」
ミレディがレオンに気付いた。
「お前は・・・。 ふ、とうとう気付いたのか。自分がハーフではないと。」
「あんたは誰だ? それに、何故そのことを知っている?」
「我々はベルンを倒すべく組織されている。ベルン内部の情報は筒抜けなのだ。
それより、やはりここで竜石実験は行われていたのだな?」
「ああ。俺は反対していたが。資料もかなりあったはずだ。それが無いのなら・・・誰かが先に持ち去ったとしか考えられない。


44: 手強い名無しさん:06/02/11 21:55 ID:9sML7BIs
少なくとも俺達は持ち出した覚えはないが。」
ミレディは再び腕組みをして考え込んでしまった。
どうやら、今回はアリスの命を狙っているという雰囲気ではないようだ。
「なぁ、その資料を、なんであんた達が欲しているのさ。」
セレナが考え込むミレディに聞いた。まさかこの集団もその竜石の力を得ようとでも考えているのか。
「お前達が知る必要は無い・・・と言いたい所だが、お前達も知るべきかも知れぬな。」
「なんだよ。教えてくれたっていいだろ!?」
セレナとクラウドは興味津々と言った感じの表情でミレディのほうを見ている。
その計画が、どんな恐ろしいものかも知らないで。
「・・・世界を救おうとしている一行には思えないな。まぁよい。
マチルダは、大賢者アゼリクスと組んで、自分達が世界を支配しようと暗に企てていたようだ。」
「それで?」
「そのために、彼らはその事を女王であるメリアレーゼに伝えていないようだ。
表向きは従属しながらも、裏ではメリアレーゼを倒すべく研究を進めていた、というわけだ。」
「内部分裂を起こしているわけだ。」
シーナがそう言った。・・・裏切りである。
「そう。メリアレーゼが最終的に望んでいるのは、
どの種族も平等に暮らせる世界の実現。しかし、その手法が問題だ。」
「どういう手法なの?」
セレナが先を聞きたくて、相手が敵であることも忘れてどんどん質問した。
「そんなことはどうでもいいことだ。少なくともお前達が理想とするものとはかけ離れたものだ。
もっとも、お前達もその理想とかけ離れたことをしているのだがな。」
「なんだと?!」
ミレディは顔を真っ赤にして反論するセレナの様子を嘲笑しながら続ける。
「ふん。それに対し、マチルダたちが目指していたものは、ハーフによる完全支配。
ハーフというよりむしろ自分達が世界の統治者となるべく、計画を遂行していたのだ。
改造竜石によって、自分達の言いなりになる悪魔の軍団を作り、世界を武で統一する。
そして、最終的には優良種であるハーフ以外はその生存すら許さない・・・そんな世界だ。」
「な、なんだって?!」
セレナは仰天した。そんな恐ろしい計画が水面下で展開されていたとは。そして、その研究資料はもはやここには無い。
「それを食い止める為に、その改造竜石の研究データをこの世から消してしまいたかったのだが・・・。
お前達が知らないとなれば、もうアゼリクスが持って行ったと考えるしかない。」
「・・・。」
いつも冷静なナーティも、今回ばかりは驚いたのか、考え込んでしまっていた。その顔には、心底驚いたという表情が隠しきれず現れていた。
「急いでリーダーに報告せねば・・・。」
ミレディが、部下を引き連れてセレナ達の居るところに向かってくる。
来るか。セレナ達は武器を構えた。しかし、そのままミレディ達はセレナ達の横を通り過ぎ、背中を見せて止まった。
「今回はお前達に華を持たせておいてやる。
しかし・・・お前達のやっていることは、世界を破滅に導くだけだ。もう一度考えてみるといい。」
そういい残すと、窓に飛竜を呼び寄せ、そのまま飛び去って南西の空に消えてしまった。
「どういうことなんだ・・・。」
困惑するセレナ。ここで、やっとナーティが口を開いた。
「一つだけ分かったことがあるではないか。このままでは、世界は終わりということだ。
我々はまだ多くを知らない。だが、目の前の壁を一つずつ乗り越えていくしかない。」
アレンもその言葉に同調する。もはや立ち止まっていられる時間はない。
「よし、じゃあベルン抜ける前に、サカに立ち寄って何とか神将器を譲っていただこう。クトラ族の長が保管しているはず。まずはサカに急ごう。」
一行は次なる目的地、サカはクトラ族領地に向かい、歩み始めた。


45: 第二十六章:親として:06/02/11 21:59 ID:9sML7BIs
一行は西方、エトルリア、そしてイリアも開放することに成功した。
残るはリキアと、諸悪の根源であるベルンだけである。ベルンさえ倒せば・・・。
「やはり僕は雪国より温暖なエトルリアのほうが好きです。早くこの山を抜けてしまいたいですよ。」
セレスが震えながら愚痴る。イリアは確かに静かでよい環境だが、いかせん寒さが厳しすぎる。
今から向かうサカは、一年中温暖な気候で、地平線まで続く草原の国だ。
「あー。サカかぁ。どんなところだろうなぁ。早く行きたいなぁ!」
セレナが期待を胸に膨らませながらスキップをする。元気丸出しである。
「姉ちゃんって、ホント遠足気分だよねぇ。」
「全くです。この寒いのに良くそんな元気に走り回れますよ。」
セレスの蔑み混じりの言葉に、セレナはすぐさま反応した。まるで磁石のようだ。
「何よ! セレスが男のクセにひ弱なだけでしょ!」
「ふ、ひ弱とは失礼な。デリケートといってくさい。貴女が野蛮なだけです。」
またセレスに痛い一言を貰って、セレナは顔を膨らした。
何で皆あたしのことを女の子としてみてくれないかなぁ。こんな可愛いのに。
そんな騒がしい3人とは対照的に、今日はクラウドが大人しかった。
「なぁ、レオン。」
クラウドが飛竜にまたがるレオンに、顔を上に向けて声をかけた。
セレスに話しかけるとやぶへびになることが多い為か、クラウドはレオンとよく話をしていた。
「ん? 何か用か?」
「用があるから話しかけたんだろ? でさ、お前、なんでマチルダに止めを刺さなかったんだよ?」
レオンはその質問に対し、暫く空を眺めて答えなかった。そして気持ちの整理をしてから話しかけた。
「俺には・・・奴は殺せなかった。あいつは俺を育ててくれた。
武術をうまく覚えたときには、笑顔で褒めて撫でてくれたし、間違った事をしたときはしっかり叱ってくれた。
あんな酷い仕打ちをしていた奴だが・・・俺にとってはもう一人の母親だったんだ。」
「俺には分かんねぇなぁ。その槍の力が欲しかっただけだったんだろ?」
「そうかもしれん・・・。だが、そうは割り切れなかった。」
その二人のやり取りに、まだ怪我の完全に癒えぬ体のナーティが加わってきた。
「マチルダは、かつて自分の幼子を人間に殺されているのだ。きっとお前が、その幼子と重なったのではないか?」
「え! マチルダも・・・リゲルと同じ・・・?」
セレナは驚いた。マチルダもまた、人間に傷つけられた一人だったのである。
「そうだ。奴は昔から、智将として名を馳せている存在だった。
その攻略に手を焼いていた人間族が、精神的に攻撃する手段として、マチルダの子に手を出したのだ。」
「・・・。それじゃ・・・やっぱり人間が悪いのか・・・。人間って・・・汚い。」
セレナがポツリと漏らす。自分は今まで人間と一緒に暮らしてきて、自分も人間だという錯覚に陥っていた。しかし、自分は竜族。
ナーティの話を客観的に見ていると・・・どうも人間が悪く、ハーフは被害者であるとも思えてくるのである。
ナーティはセレナの反応を瞬時に読み取った。
「セレナ、勘違いするな。確かに、人間はハーフに対して酷い仕打ちをしてきた。
だが、だからと言って同じ事をやり返すことに正当性など無い。
忘れたか。我々の、お前の目指す世界は、どの種族も、種族や概観で差別されること無く、皆が笑える世界を取り戻す事だ。」
やはりナーティは、こういうときに的確なアドバイスをくれた。シーナもうなずく。
「そうだね。でも・・・私は、同族がこんな酷い事をしていて、後から仲良くしようなんて都合のいいことが出来るのか不安だよ。」
「それは、お前達の努力次第だ。前にも言ったろう。結果を残したものだけが英雄と呼ばれると。
お前達が世界中に訴えなければならないのだ。そのためにも、今目の前にある、やるべき事をやらねばならぬ。
間違えたら、やり直せばよいのだろう?」
「セレナ、間違える事は誰にだってある。転んだら起きあがれば良い。でも、失敗はしちゃいけない。失敗って言うのは、転んでも起き上がらないことだ。」
アレンもセレナ達に助言する。自分を本当の父のように慕ってくれる二人。
騎士と主というケジメは大切だと思ってはいても、やはり嬉しい。そんな二人を、精一杯フォローしたかった。


46: 第二十六章:親として:06/02/15 11:12 ID:E1USl4sQ
「おう、分かってるよ、親父。ナーティもありがとな。」
セレナは何時もの笑顔でアレンやナーティに礼を言う。ナーティはそれを見ると久々に笑みをこぼした。
「それにしても、やっと親族の仇を取れたぜ。姉貴もマチルダは憎かったろう?」
クラウドがアリスに話しかける。アリスはその問いに、首を振りかけてやめた。
「・・・憎んでいた心が無いわけじゃない。私の両親を殺した憎い敵。でも・・・あの人の負った苦しみを考えると・・・可哀想で。」
「姉貴は優しいな。俺にはそんな考え方は出来ないぜ。それはそれ、これはこれだ。」
「うん。それにね・・・やはり憎しみで戦っても、何も変わらないと思うの。あの人一人を殺せば済む問題じゃない。
そんな簡単な問題じゃない・・・。これからはハーフの人々も一緒にイリアを構成していくのだから。
そのイリアの中核を為していかなければならない私が、ハーフを憎んでいては、きっとそれは如術に国の行く末へ現れてしまう。
そんな事になったら、死んでいった人たちに申し訳ない、そう思うの。」
「へ、姉貴は強いな。俺にはそんな考えは無理だ。やっぱ憎いものは憎いよ。」
「ううん、私も口ではこういってるけど、きっと貴方と同じ場面に出くわしたら、止めを刺してると思う・・・。口だけだね。私は。」
「そんなことねぇよ。それすらできねぇ俺は・・・。」
そんな二人の会話に、セレナとナーティが加わってくる。
「ねぇねぇ、何の話をしてるんだ? ねぇってば!」
セレナの悪気のない笑顔に二人も叱るに叱れなかった。
「げ、こんなセンチメンタルな場面に壊れた蓄音機。」
クラウドに馬鹿にされ、セレナは頬を膨らす。可愛いもんだ。
「アリス殿、お前の母を殺したのは、お前の叔母だ。マチルダを倒しても、真に母の仇を討ったことにはならないのではないか?」
ナーティがアリスに尋ねた。そうである。
ユーノを死に至らしめた張本人は、マチルダではなく、その実妹シャニーなのである。セレナも気付いた。
「あ、そうだね。姉貴・・・母さんやあたし達のこと、憎んでる?」
セレナが聞いてみた。あの村のように、いつまでも恨みを忘れない人々も居るのだから。
まして自分の姉貴(本当は従姉妹だが)に憎まれていたら・・・。
「いいえ。私は、貴女も、叔母様も大好きよ。憎んだことなんて一度も無い。
それに、叔母様が母様を殺さなければならなくなった原因を作ったのはマチルダ将軍です。
あの人が、私の母様を竜の変えてしまわなければ、叔母様もそんなことをしなくて済んだ。
叔母様だって母様を殺そうなんて思っていないことは、あの日記を見なくても分かっていたわ。
だって・・・母様と叔母様は・・・本当に仲が良かったんだもの・・・。」
セレナはそれを聞くとほっと胸を撫で下ろした。ナーティも髪を手で梳かしながらアリスに言葉を返した。
「そうか。辛いことを思い出させてしまいすまなかった。」
ナーティはアリスがうなずくのを見届けると、アレンのところに戻った。


47: 手強い名無しさん:06/02/15 11:13 ID:E1USl4sQ
「皆、心がしっかりしているな。さすが英雄達の子供だ。」
ナーティが珍しく皆を褒めた。アレンも嬉しそうに話す。
「そうですね。私も西方を出るときは不安もありましたが、やはり世界の英雄と呼ばれた方々の子供というべきか・・・。
それに、貴女も的確なアドバイスをしてくださっていますし。」
アレンもナーティのことを信用していた。自分以上に、あの二人のことを理解している。
ナーティの助言が無ければ、今頃この二人はどうなっていたかも考えられないと感じていた。
「ナーティ殿 私は貴女が居てくれて本当に良かったと思っています。傭兵代は戦争が終ったら必ずお支払いしますので。」
「金の話は後で良い。私はこの旅に同行できて満足している。」
「そうですか、そう言って貰えると助かります。これからもよろしくお願いします。」
「おう、頼りにしてるぜ!」
いつの間にか、またセレナが話に割り込んできた。明るいのはいいことだが、なんにでも首を突っ込むクセは困りものでもあった。
「私も信用に足りる方だと信じています。」
アレンはセレナの言葉にうなずいたが、ナーティの口元からは笑みが消えた。
「信用している、信じている・・・か。」
ナーティの独り言のような言葉に、セレナが首をかしげた。
「あれ? 気に障った?」
「いや、なんでもない。」
そういうとナーティは隊列から少し離れ、また一人で歩き出した。
それをセレナは変な奴と思っただけだったが、アレンは何か引っかかるものを感じた。
ナーティはまた一人で空を見ながら歩く。その瞳に映るものは何なのだろうか。
・・・信じる、信用する・・・。私はこの言葉が大嫌いだ。
信じる・・・そんなものは勝手な思い込みに過ぎない。おまけにそれを言葉に表せば、一方的な想いの押し付けに成り果てる。
そして、その想いと違うことをされれば、裏切った、見捨てたと罵り、悪者扱いする・・・。
勝手に信じ、勝手に思い込み、勝手に悪者と決め付ける・・・人間なんてそんなものだ。汚い。なんて汚い生き物だ。
想いなどと言う形の無いものなど、考えるに値しない。
信じるなんてものは、高慢な人間族が、自分に都合の良い様に思い込んでいるだけの・・・妄想だ。
くだらない。実にくだらない。そんなのはもうまっぴらだ。私は信じない。何もかも。
物事は、自分の目で確かめ、自らの力で変えていかねばならぬ。想いで世の中が変われば、そんな簡単なことはないのだ・・・。
セレナ、シーナ。お前達がそれに気付く時、果たしてやり直すことが出来るか? その頃には、もう私も居ないというのに。


48: 第二十七章:Eternal Breeze Of Sacae:06/02/18 17:10 ID:E1USl4sQ
イリアとサカの間を貫く山々を抜けると、向こう側の世界は今まで居た雪国とは全く違う景色が広がっていた。
カラカラに乾いた風が、山肌を一気に吹き降ろす。これはこれで寒い。
「うぅ、サカは温暖気候と聞いていたのに・・・。僕は寒いのが苦手なんですよ。」
セレスが震える。アクレイアは一年中温暖な気候で、寒暖の差が少ない。故に寒さにあまり耐性がないのだろう。
母親が雪国出身で、降りしきる雪の中を天馬で飛んでいたなど、信じられなかった。
「大丈夫です、セレス殿。山を降りれば、そこは草原。そして暫く行けばクトラ族領に入るはずです。」
アレンはかつて2.3度、ロイと共にクトラ族長、スーを尋ねたことがあった。
だからある程度はサカの地理も知っていたし、スーの人柄も分かっていた。独特の雰囲気の中に強い芯を持つ草原の英雄・・・。

サカはベルンの変以降も、ベルンの侵攻を許すことなく独自の文化を守り続けていた。
大陸内で唯一、人間が自治している領域であった。
ベルンも再三出兵して、その制圧に乗り出していたが、未だにその計画も成功していなかった。
サカの人々は昔から、部族意識が強く、部外者には排他的な傾向があると見られがちだった。
確かに彼らは、自分達の文化を最も尊重し他文明を取り入れることには保守的だった。
彼らはエミリーヌ教を信仰しておらず、独自の神を祭っている。
その教えは、身内も敵も皆仲間。父なる天と、母なる大地から産み落とされた兄弟なのだ、と言うものであった。
だから、争いは好まないし、結果的に部族意識が強まるのは当然だった。
だが、他部族は敵ではなかった。あくまで仲間、兄弟である。
それ故、他地域からの侵略時には、部族の壁を越え、皆が一枚岩となって戦うのである。
いわゆる、サカの掟と言われるものだ。それ故に、ベルンもここの地域を制圧することが出来ずにいた。
しかし、排他的かといえばそうでもない。いや、昔は排他的だった。だが今は、来るものを拒まず、温かく迎えてくれるのだ。
特にスーがクトラ族長になってからは、他地域との交流を積極的に行い、妙な偏見を払拭しようと考えていた。
何も、父なる天と母なる大地から産み落とされたのはサカ人だけではない。
この世界に住む皆が兄弟であると。そうサカの人々は考えるようになっていた。

セレナ達は下山すると、そのまま草原に足を踏み入れた。何処までも続く緑の海。
心地よい風に、吸い込まれそうなほどの青い空。ここは非常に穏やかな時が流れていた。
「あー、こんなところで昼寝したら気持ちいいんだろうなぁ!」
セレナがあくびをしながら言った。イリアに居る時は外で昼寝など、寒くて頼まれてもやりたくないことだった。
だがここなら、立っていても眠れそうである。セレナは食べることや寝ることが大好きだった。
「サカに来て第一声がこれですか。貴女らしいですね。
でも、きっとこんな穏やかな気候なら、さぞ勉強もはかどるでしょうね。宿に着いたら早速勉強と行きましょうか。」
セレスも背伸びしながらセレナの台詞に笑った。本当に温暖で、ゆったりとしていた。しかし、昼寝などしている暇は無い。
あの謎の連中の妨害が入る前に、何としても疾風の弓―ミュルグレ―を手に入れなければならない。
「えー! 勉強なんかしたくないよ! 勉強なんて大っ嫌い!」
セレナの悲痛な叫びが草原にこだました。

暫く歩くと、馬が群れていた。そして、その周りには人もちらほらと見える。どうやらクトラ族領内に入ったようだ。
昔は大小さまざまな部族が乱立していたサカであったが、
ベルン動乱で最大規模の部族ジュテ族が崩壊し、ある程度小部族は淘汰吸収された。
今やクトラ族が最大部族へと復興を遂げていたのである。
アレンがクトラ族の人に話しかける。
「こんにちは。あなた方の族長にお会いしたいのですが、案内していただけませんか?」
「族長に・・・? して、どういう用件か?」
「・・・この場で言わなければなりませんか?」
「言えない用件なら、族長に会わす訳には行かない。この頃は物騒だからな。許せ旅人。」
アレンはこの場で神将器を譲ってくれとは言えなかった。更に、世界を救う旅をしているとも言い出せなかった。
自分達は傭兵団という形で行動しているからである。安易に正体を暴露できなかった。


49: 手強い名無しさん:06/02/18 17:18 ID:E1USl4sQ
「どうしたのだ?」
そこへ40代と思しき男性が馬に乗ってやってきた。
皆独特の模様の入った服を着ているが、その男性は他の者とは色の違う服だった。
どうやら年齢や部族内の役職によって服の色が決まっているらしい。
「あ、シン様。この者達が理由は言えないそうなのですが、族長に会わせて欲しいと申しています。」
その男性はシンだった。かつてベルン動乱の時、スーと共に参戦したクトラ族の若狼だ。
「貴方はシン殿か。私はアレンと言う者。覚えておられますか?」
シンはアレンの名を聞くとそれが誰だか思い出したようだ。
自分達の国を取り戻す手伝いをしてくれた、英雄ロイの直属の部下の名だ。その人が、族長に会いたいと申している。
何か重要な事があるのだろうと、シンは悟った。無言のまま馬を駆る。着いて来いといわんばかりに。
一行はシンのあとを追う。シンは大きなテントのような住居の前で馬を止めると、一行の追いつくのを待った。
「はぁ・・・はぁ・・・馬の後ろについて走るなんて・・・。」
セレスが息を切らす。“デリケートな”彼にはこんな経験は初めてだったのだろう。
「・・・俺に着いて来るといい。」
シンはそう言いながらテントの中に入っていく。
「あの人、無口だし、無愛想だね。なんかナーティの男版みたい。」
「・・・。」
セレナの言葉にナーティは返す言葉も無い。そのまま一行はテントの中に入っていく。
シンが更に部屋を仕切る布をくぐり、中へ入った。その中では深緑の髪の女性が祈りを捧げている。
「族長。族長にお会いしたいと申している者達を連れてまいりました。」
「私に・・・? 誰?」
「はい。ロイ様のかつての直属の部下だった、アレン殿です。」
「・・・分かったわ。お通しして。」
「は。」
シンはその言葉を聞くと、スーに一礼し、部屋を出て行こうとした。そのシンに、スーがもう一言付け加えた。
「シン。」
「なんでしょう、族長。」
「前から言おうと思っていたのだけど、その族長という呼び方はやめて。昔みたいに名前で呼んで。」
スーの言葉に、シンはいつもどおりの無愛想な顔で答えた。本人にとっては普通の顔なのだが。
「お気持ちは嬉しいですがケジメは必要です。他の者も族長と呼んでいる以上、私だけそのようには参りません。」
「でも、二人きりの時はいいじゃない。私達は番なのよ?」
「・・・わかりました、族長。」
「名前で呼んで。」
「はい、スー様。」
シンはそう言うとそそくさと立ち去って言った。
「シンも照れているのね。・・・それにしても、アレン殿が生きていたなんて・・・。もしかして・・・。」

一行がシンに連れられてスーのいる部屋に入った。中には見たこともない調度品や、色鮮やかな着物が飾ってある。
セレナ達にとっては、まさに異国に来た、と言う感じだった。
「アレン殿、お久しぶりですね。私のことを覚えていますか?」
スーがアレンを見て聞いてみる。もう20年以上無沙汰だったのだ。
「勿論です。お元気で何よりです。」
「ロイ様が倒れられたと聞き、私も絶望しました。しかし、私達は自分達のできることをしようと、ここまで頑張ってきました。
そして、毎日、天なる父と、母なる大地に祈りを捧げてきました。」
「スー様、貴女がクトラ族を、いや、サカをうまく纏めてベルンに対抗していることはよく知っています。
私達も見習わなければならないと思っています。」
スーはその言葉に対し、首を横に振った。
「いえ。私はかつて、自らの力不足で多くの者を無駄に死なせてしまった。
私はこれ以上、自分の力不足で仲間を失いたくない。それを実践しているだけです。」


50: 手強い名無しさん:06/02/21 17:15 ID:E1USl4sQ
「あたしと同じなんだね。」
セレナがポツリと言う。彼女は忘れていなかった。西方で、自らの過ちのせいでたくさんの無駄な犠牲を出した事を。
「貴女は?」
スーはセレナのほうを見て訊ねた。アレンがあわててスーに紹介する。
「あ、遅れましたがご紹介します。この方はセレナ様、こちらはシーナ様です。」
「セレナ・・・シーナ・・・どこかで聞いた覚えが・・・。」
「はい。このお二人は、ロイ様とシャニー様の間の姫様です。」
「貴女達が・・・ロイ様の子・・・炎の・・・天使?」
スーがセレナ達のほうを見ながら、最初は驚いたように、そしてその後は確認するかのように尋ねた。
「うん。」
「そうですか。という事は、各地を解放して回っているのは貴女達なのですね。」
スーは全てを悟ったかのように尋ねる。各地でのハーフからの開放の知らせは、勿論サカにも届いた。
そして、その知らせは、自分達の国を守ろうとするサカの戦士たちの士気を高めている事に疑いの余地は無かった。
「うん。でも、まだまだ弱いし、学ばなきゃいけないことも一杯あるんだ。
父さんや母さんみたいに、皆に慕われるようにならなきゃって思ってるんだけどさ。」
「それは仕方のないこと。誰でも、最初から強いわけじゃないわ。ところで、私を尋ねた理由を聞いていいかしら?」
スーには大体分かっていたが、あえて相手に言わせた。すぐにセレナが答える。
「あのね、あたし達は封印の剣を手に入れるために、神将器を集めているの。
ここには弓の神将器があるって聞いてさ。それを譲って欲しいの。」
「やはりそういうことなのね。でもミュルグレは、私達サカの戦士にとって大切なものなの。わかる?」
「うん・・・だけど、それが無ければ封印の剣を復活させることが出来ないんだ!」
スーはセレナの気迫に押されそうになったが、気を落ち着けていった。
「・・・すぐには答えを出せないわ。私だけの考えで結論を出していい問題でもないし。一晩待ってもらえる?」
一行は答えを待つべく、族長の家を出ると、宿に向かった。
宿といっても、遊牧生活を送るサカの部族に、旅人を泊めるような施設は無い。
一行は民家に泊めてもらうことになった。皆、一行に精一杯の振る舞いをしてくれる。
「申し訳ありません。我々のような傭兵団に、こんな施しをしていただけるとは。感謝し切れません。」
「気にすることはないよ。皆仲間、兄弟だ。大切にして当然だ。」
サカの人々は優しかった。他の部族や人種の人間も、受け入れてくれた。一行は久々に穏やかな一日を過ごすことができた。
「セレナ、剣の稽古に行くぞ。」
ナーティは何時ものようにセレナを稽古に連れて行った。
セレナも自分だけこんな穏やかな生活をしているわけには行かないと思っていたから、文句も言わずについていった。
「でりゃ! どうだ!」
「甘い!」
ナーティはセレナの剣をかわし、一気に背後に回りこむ。そしてそのまま斬り上げた。
「あいたぁ!」
「ふっ、まだまだだな。木刀だったからそれで済んだのだ。真剣なら・・・命はないぞ。」
「くっそ、まだまだ! 行くぞ!」
セレナが双剣のコンビネーションで攻めてくる。ナーティはそれをひらりひらりと避ける。
暫くそれが続いた後、セレナは飛び上がり、空中から魔法を撃った。
「無駄だ、私にそんなヘナチョコの魔法が通用すると・・・」
ナーティが結界を張って魔法を防いだ後だった。
お互いの放ったエーギルがぶつかった事によって生じた煙の中から、突然セレナが襲い掛かったのである。
セレナをまだまだ弱いと思っていたナーティは少し面食らったのか、少々本気を出してしまった。
相手の剣を自分の剣で受け止め、その剣でそのままセレナを突き飛ばした。
「いっててて・・・。 ちくしょう・・・この作戦もダメか。あんた・・・強いな。」
「お前のような子供に負けていては、傭兵などやっていられないからな。」


51: 手強い名無しさん:06/02/21 17:17 ID:E1USl4sQ
「こ、子供・・・。あぁ!ちくしょう、今に見てろ!」
「ふ、その調子だ。だが安心しろ。
お前は以前とは比べ物にならないほど強くなっている。もう私が戦場でお守りをしなくてもよさそうだ。」
「へ、そこまで言われると照れるよ。」
「・・・。まぁいい、稽古を続けるぞ。」
二人はその後も剣を振るい続けた。皆が笑って暮らせる世界を作る、そして・・・。
やるべきことは一杯ある。でも、まずはベルンを倒さないと、そのためにももっと強くなってやる。
二人は暫く剣の稽古をした後、草原で休憩を取った。
座り込んだナーティの横で、セレナは寝転がってみる。温かく、柔らかい。それに、いい匂いがした。
「なぁ、ナーティ。」
「何だ?」
「あたしさ、その・・・強くなったかな? 一人前の剣士になれたかな?」
セレナの突然の言葉に、ナーティはそのまま無言でセレナの言葉を聞いていた。
いつも自信たっぷりのセレナがこんなことを聞くのだ。悩んでいるのだろう。
「父さんや母さんみたいに強くなってるかな?
あたし・・・何か不安なんだ。皆があたし達のことを炎の天使と讃えてくれる。
でも、本当に讃えられるほど、皆を救えるほどの実力があるのかなってさ・・・。」
やはり、そう言う事か。ナーティは心の中でそう思った。
世界の運命を左右するには、体も心も若すぎる。自分がちっぽけな存在に思えるのもこのぐらいの年頃だ。
こんな不安に駆られるのも仕方のないことだった。しかし・・・立場が立場だけに、仕方ないでは済ますことは出来ない。
「確かに、剣の腕は上がったな。剣術だけを見れば、もう一人前かもしれない。だが」
「だが?」
「剣の腕だけが強さではないということを、お前は知ったのだろう。
だから、そんな風に不安になる。誰かにそんな悩みを打ち明けたくなる。そうだろう?」
「あぁ・・・。 あんたが・・・一番あたしのことを理解してくれてる気がしたんだ。
優しく包んでくれるアリスの姉貴とは違う。もう一人の姉貴だと思ってる。
厳しいけど、きっと助けてくれる。そんな・・・。」
「・・・。」
「んでさ、あたしは今でもあんたに叱られてる。時と場合を考えろとか。
あたしってさ、何かこう・・・感情でそのまま動いちゃうからさ。 考える前に動いちゃうって言うか。」
「別に悪い事ではない。頭で考える事は、それだけ時間のロスを生む。すぐに行動に移すことも重要だ。」
「でも! でも・・・あたしは考え無しの浅はかな行動のせいで、皆に迷惑をかけてる。
いつも、やっちゃった後で後悔してるんだ。」
「ふむ・・・。 たった一つの過ちが、歯車を狂わし、大きな災いへと発展する。慎重に行動することは必要だ。
だが、前にも言ったはずだ。自ら動いて失敗はしても、動き損ねて後悔する事だけはするなと。」
「うん、でも、あたしもあんたみたいになりたい。冷静でいて、それでいて行動も的確で。」
セレナは真にそう思っていた。憎まれ口を叩いても、心の中ではいつもそう思っていた。
自分もこんな風になりたい。そして、いつかこいつに参ったと言わせてやりたい・・・。
しかし、ナーティから返ってきた言葉は意外なものだった。
「お前はお前、私は私だ。お前には、お前の良い所がある。
お前は・・・過ちを犯しても、それを認め、正そうとする心を持っている。諦めない心を持っている。それは大切な事だ。」
「あたしはあたし・・・。」
「そうだ。どんな人間でも、完璧ではない。誰とて欠点を持っているもの。だから人間は独りでは生きていけぬのだ。
自分の短所を、仲間の長所でフォローしてもらい、自分もまた、仲間の短所を長所でフォローする。
・・・それで良いのではないか?」
ナーティに諭され、セレナはなんだか気が楽になった。
そして、ナーティの話に納得しつつも、一層ナーティのような人間になりたいと思った。


52: 手強い名無しさん:06/02/23 14:16 ID:E1USl4sQ
「そっか、あたしはあたしの長所で皆をフォローすればいいんだね。
・・・でも、やっぱり失敗は怖いよ。 自分の判断ミスで、多くの無駄な犠牲を生むと思うと・・・。」
「失敗は誰にでもあることだ。失敗を恐れては、為せるものも為せなくなる。」 
「でも、だからって・・・勝利の為に犠牲が出ていいとは思えないよ!」
「時には犠牲を覚悟で挑むことも必要になる。 犠牲を恐れていては・・・戦場では勝ち抜けない。
目先のことに囚われて、物事の本質を見逃してはいけない。」
ナーティは冷たくに言い放った。あえて苦言を呈したのだ。しかし、セレナは自分の考えを曲げなかった。
「・・・ダメだ。 頭では分かってるんだ。でも・・・。
だって! 誰かが犠牲になればそれで言いなんて、それじゃ結局、
ハーフが平和に暮らす為なら、人間なんか犠牲になってもいいって言うベルンの考え方と同じじゃない!」
「・・・。」
「あたしは、あたしは納得できない。 だから、誰もが犠牲にならない方法を探す。そうじゃなきゃ、戦っている意味がないよ。」
「・・・自分達の勝利の為なら、相手の犠牲は何ともないと? 犠牲が出るのは何もこちらだけではない。」
「それは・・・。」
セレナは黙り込んでしまった。自分の言っていることは、あまりにも矛盾に満ち満ちていた。
一軒実現できそうでも、実は絵に描いた餅だった。
「分かっただろう。自分の考えが、何処までも甘いという事が。だが・・・それがお前のいいところでもある。」
「うん・・・でも! でも、あたしは諦めない!」
「そうだ、それでいい。 理想というものが、どれだけ多くの矛盾という壁を乗り越えた先にあるものか分かれば。
そして、お前の最大の長所は、諦めないことだ。間違いに気付き、それを認めながらも、諦めずに理想に向かって努力する。これだ。」
「私の最大の・・・長所。」
「そうだ。私には、それが欠けていた。自分が目指した理想も、結局は自分には荷が勝ちすぎた。そう思って諦めた。
私は諦めた人間だ。 だから、お前は私などを目指してはいけないのだ。 お前はお前というものを貫け。」
ナーティの言葉に、セレナは力の篭った瞳で言い放った。
「・・・分かった。あたしも頑張る。だから、ナーティも力を貸して。・・・信じているよ、師匠。」
「師匠、か。 ふっ、しかしセレナ、最後の一つだけ言っておこう。過信と信頼は違うぞ?
お前がどう思っていようと、私は傭兵だ。そこまで気を許していいものか?」
「いいの! あたしはあんたを信じてる。 大切なあたしの師匠だもん。」
「信じているか。 ・・・。 お前は気を許しすぎだな。」
その後、お互い黙って空を眺めていた。セレナはふと、ナーティの横顔を見た。
美しい銀髪が、草原の優しい風になびく。そして、いつも髪に隠れがちな彼女の瞳が良く見えた。
隼のような鋭く、威厳がありながら、どこか悲しげなそんな瞳だった。
その瞳は、どこか遠く、空よりずっと向こうを見ているような感じだった。
あたしは諦めないよ。あんたが諦めてしまった分も、あたしが頑張ってみせる。
あんたは冷たい言い方をするけど、あたしのことを気遣ってくれている。分かっているよ。
きっとあんたの期待に応えてみせる。そのためにも、あたしに力を貸して・・・。
暫くそんな状況が続いたが、日が紅くなり始めた。そろそろ日の入りが近いようである。
日に照らされて草原が赤く燃え上がる。
「随分長居をしてしまったな。さて、そろそろ宿に戻るか。」
ナーティが寝転がっているセレナのほうを向きながらそう言った。しかし、返事は返ってこなかった。
そこには純粋無垢な少女の寝顔があった。それを見たナーティの顔から、こわばりが消える。
「ふ・・・。可愛い奴だ。 それにしても久しぶりだな。こんなに空を眺めたのは・・・。こんな感情がわいてきたのは・・・。
今までの私は、無味な時間に流されてきただけだったからな。あの忌々しい出来事さえなければ・・・。
・・・ふん、我ながら馬鹿らしいことを。過ぎたことを悔やんでも仕方ないというのに。」
ナーティは独り言を漏らすと、セレナを抱き上げて皆が待つ民家まで戻っていく。


53: 手強い名無しさん:06/02/23 14:16 ID:E1USl4sQ
セレナは無意識のうちに、自分を抱き上げているナーティに抱きついていた。
「むにゃむにゃ・・・母さん・・・。」
「・・・。」
きっと夢の中で、母親に甘えている夢を見ているのだろう。
ナーティは無言でセレナの頭を撫でてやった。その光景が、近くにいた者には姉妹とも、親子とも見えたという。

夜、セレナは目を覚ました。いつの間に眠ってしまったのだろう。
セレナは起きたらもう夜中だったので、何か損をした気分になった。中途半端な時間から寝てしまったため、
もう一度寝ようと思っても全然眠くならなかった。仕方なく、夜風にでも当るべく、外に出る。
周りに何も視界を遮るものがないため、空がとても広く感じる。その空には満天の星。きれいだ・・・。
そう思っていると、向こうからなにやら女性の声がする。
気になることがあると確かめずにはいられないセレナは、その声のほうに向かっていった。
そこの居たのはスーとナーティだった。こんな光景・・・前にもあったな。確かナバタの里で・・・ソフィーヤさんと・・・。
「・・・そう。 あなたも苦しい思いをしたのね。」
スーがナーティに同情しているようだった。しかし、ナーティは首を横に振る。
「それは貴女とて同じこと。 仲間の犠牲の上に生きる事に、貴女もかなりの葛藤があったと聞く。」
「そうね・・・。 でも、私はクトラ族の長。私が悩んでいては、部族全体に影響してしまう。
私を守って死んでいった者達の為にも、生きている私達が精一杯、できることをやるしかないわ。」
「そうだな・・・。私も昔はそう考えていた時期があった。 だが・・・。いや、やめよう。しかし、貴女は立派だな。」
「自分ではまだまだだと思っているわ。」
「いや。人というものは、知らないものや自らと違うものとは距離を置くクセがある。
サカにはそれが少ないように見えた。これはセレナ達も見習うべきかもしれん。」
「私達は皆兄弟、家族なのよ。父なる天と、母なる大地から産み落とされた・・・。
天地の大きさに比べれば、私達人なんて本当にちっぽけな存在。
種族とか、部族とか、そんな詰まらない事でいがみ合うのは・・・馬鹿げているわ。 ね? 貴女もそう思うでしょ? 小さな英雄さん。」
スーは笑みを浮かべながら、後ろのほうの物陰を見た。ナーティもそれに釣られてそちらを見る。
すると、積んであった荷物の端から、何者かのお尻が少し見えていた。
「げ・・・。頭隠して尻軽女だったか。」
そう言いながら出てきたのはセレナだった。その言い回しにスーは首をひねる。
「??」
「・・・スー殿、気にするな。どうせ頭隠して尻隠さずとでも言いたかったのだろう。」
「あぁ! なるほど。フフフ・・・面白い子ね。」
「セレナ、起きているなら少しこの方と話をしてみろ。スー殿、後は頼んだ。」
ナーティはスーにセレナを託すと、闇に消えてしまった。
託されたほうのスーは、待っていたというように、早速声をかけてきた。
「セレナさん、少し“声”を聞いてみない?」
「え? “声”? 聞こえてるよ?」
困惑するセレナに、スーは続ける。
「いいえ、私の声じゃないわ。天や地の“声”よ。
いや、それだけじゃないわ。この世界を形作っているもの全ての“声”よ。」
「はぁ・・・。」
セレナはスーがやっていることを真似てみる。しかし、やはり自分にはそういう感覚は分からない。どういう事なのだろうか・・・。
「うーん、やっぱあたしにはわかんないよ。」
「フフ・・・すぐには分からないかもしれないわね。
でも・・・自分の心の声だけを聞いていると、いつか自分というものを見失ってしまうかもしれないわ。・・・あの人のように。」
「あの人?」
「いいえ、なんでもない。これから先、貴女は色々な場所を巡る事になる。
けど、たまには思い出してみて。この悠久の草原と、私の言葉。」
「よく分からないけど、わかったよ。たまにはその天や地の“声”っていうのを聞いてみる。」


54: 手強い名無しさん:06/02/25 19:38 ID:E1USl4sQ
スーはセレナのほうを向いて、微笑みながらうなずいた。
「人は本当にちっぽけな存在。そんな小さな存在が、小さな心の中で自分だけの声を聞いても、いい結果は得れないわ。
あなたには仲間がいる。気を許せる仲間が。仲間を大事にしなさい。そして、目に見えない部分を見逃さないように、心で“声”を聞きなさい。」
「うん・・・。 ふぁぁ。」
セレナは今まで我慢していた大きなあくびをついしてしまった。
真面目に聞いていなかったわけではない。でも、なんかいつの間にか・・・。
「フフ。説教されると眠くなるものね。さ、今日はもう寝なさい。」
セレナはスーに言われるままにテントに入っていった。
・・・この満天の星を見なさい。無数の星を。皆で輝くから、夜空が明るく見える。
人も同じ。例え一人ひとりの光は弱く小さくても、皆で光を出せばその光は闇夜を昼の如く明るく照らすわ。
・・・自分ひとりが頑張って明るく輝いていてはいつか疲れてしまう。
・・・セレナさん、貴女はあの人の二の舞になってはいけない。そうなっては、あの人も悲しむ。
その為にも・・・様々な“声”を聞くのよ。 声にならぬ声、声ではない“声”を。

翌朝、セレナ達が顔を洗っていると、昨日の無愛想な男が寄ってきた。
シンである。いきなり背後に立たれたので、セレナはびっくりした。
「うわっ!? 何だ、シンさんかぁ、脅かさないでよ。」
「別に驚かすつもりはない。」
「・・・えーっと。何か用?」
「用があるからここにいる。」
「あはは・・・そうだよね。 ・・・ふぅ。」
セレナはなんとか話を合わせようとするが、どうも調子を狂わされてしまう。
何故か間が持たない。・・・苦手なタイプなのかも? そこへセレスがやってきた。
セレナにとっては、シンと同じく、自分の調子を狂わしてくるヤツだ。
「おや、シン様、おはようございます。何かあったのですか?」
「・・・族長が呼んでいる。すぐに来てくれ。」
「そうですか、わかりました。準備を整え次第すぐ参ります。」
二人の会話はあっという間だった。自分はあんなにてこずったシンを、セレスは軽々と料理してしまったのである。
「へー、すごいねセレス。」
「? 何がですか? セレナ。」
「だって、あんな無愛想な人と会話が出来るなんて。あたしだとどうも調子を狂わされちゃってさ。」
タオルで顔を拭きながら、セレスは従兄妹の言葉に笑った。
「ははは・・・。まぁ、だれしも得手不得手はありますよ。それに、あの人は知り合いには心を開くタイプのようです。」
「なぁんだ、セレスと同じタイプだったのか。類は友を呼ぶ・・・?」
「な、何言ってるんですか。僕は別に。」
妙に焦るセレスにセレナはそのまま続けた。
「だって、セレスってさ、クラウドの兄貴とは凄く仲良くて、いつもケンカしてるじゃん。
きっと兄貴には心を開いてるんだなぁって。あたしにも開いて欲しいなぁってさ。」
時々この人はとんでもない事を言う。そうセレスは思った。
このときセレスは、セレナに胸を矢で射抜かれたような感覚に陥っていた。
本人がそれを自覚して言っているのかは定かではないが。
「だ、誰があんなヤツに・・・。僕はただ、あいつの野暮さが我慢ならないだけですよ!」
「あーあ、照れちゃって! じゃ、あたし先にスーさんのところに行ってるから、兄貴達呼んで来てよ!」
「ちょっと!」
「いいのいいの! 大好きな親友のところに行ってあげなよ!善は急がば回れって言うでしょ!」
セレナはそう言いながら、セレスに自分の持っていたタオルを渡すと走って行ってしまった。
・・・調子を狂わされるのはこっちですよ。どうしてあぁも思い込みが激しいのやら・・・。
頭も悪いし、西方の学力レベルは一体何処まで低いのやら・・・。でも・・・意外と人をよく見てますね。あの子は。


55: 手強い名無しさん:06/02/25 19:38 ID:E1USl4sQ
再びスーの居るテントに集まった一同。それを出迎えるスー。
彼女は部屋の中にあった祭壇の一番奥の戸棚を開けると、中から何かを取り出して戻ってきた。
「セレナさん、昨日はよく眠れたかしら。」
スーがセレナ達の前に正座しながら訊ねる。サカは板間ではないので、床に直に座る。
「うーん、あの後スーさんに言われた事を考えてたら、あまり寝られなかったよ。」
姉の言い草に、シーナが横目で聞こえないようにぶつぶつ。
「うそばーっか。イビキかいて寝てたくせに・・・。 あいたたたっ」
聞こえないように言ったつもりだったのに、セレナには聞こえていたようだ。シーナの頭を拳骨で殴る。
殴られ慣れてはいるものの、やっぱり痛い。この暴力女!
「ふふ・・・元気そうね。ところで、私の言った事は大体分かった?」
スーは笑いながら二人の様子を見、あまり深く悩んでいないことを確認すると、更に問うた。
「うん。自分の心の声だけじゃなくて、もっと周りの“声”ってヤツを聞けばいいんだよね。」
「そう。じゃあ・・・この弓の“声”を聞いてみる? 私達サカの民の想いが詰まったこの弓の“声”を・・・。」
セレナはスーから弓を渡された。そして、目を瞑ってその弓を額に当ててみた。
・・・でも、やっぱり“声”は聞こえてこなかった。
自分は分かったつもりだっただけで、実際は分かっていなかったのだろうか。
結局、自分の心の声しか聞いていないのか。そう思った瞬間だった。
何か頭の中を、ふぅっと吹きぬけるような感覚に襲われた。
これは・・・そうだ、これは、サカの草原を吹き抜ける・・・あの温かで穏やかな風だ・・・。
もう少し神経を集中させてみる。・・・見える。
その風薫る大地を、力強く駆け抜ける一人の騎兵・・・その騎兵が持っているあの弓は・・・。あれは、今自分が額に当てている弓だ。
騎兵がその弓を構えた先は・・・。
ここで終ってしまった。セレナは目を開けてみる。その前にいたのはハノン・・・スーだった。
「どうやらハノンの“声”を聞けたようね。」
スーの顔は嬉しそうである。無理も無いかもしれない。
自分たちの想いを素直な心で見て、感じてくれる者が目の前に現われたのだから。
「ハノン?」
「えぇ・・・。八神将のひとり、私達の遠い祖先・・・神騎兵ハノンよ。」
「そうか・・・。あの騎兵はハノンって人だったんだ。」
姉が自分達には見えないものをスーと語っている。
シーナは、どうせ姉のことだ。また寝ているだけだと思っていたので、自分の耳を疑った。
「えぇ!? 姉ちゃん、八神将の人とお話したの? アリスお姉ちゃんだけじゃないの? そういうことが出来るのって。」
シーナの疑問をセレスが解消すべく、論理を回す。
何時もは黙っているセレスだが、こういう不可思議現象(?)を目の前にすると黙ってはいられない。
「アリスさんは、実際に召喚しているのでしょう。しかし、セレナが聞いた“声”というのは、形にならない想いだったのでは?」
スーがセレスの理屈にうなずく。 スー自身も知りたかったのかもしれない。
人の想いとは、理屈では説明できないもの。 時に理解不能であることすらある。
そんな儚い想い。それを見ることが出来るのは、真澄の心だけである。
「そう・・・そうかもしれないわ。形にならない、目に見えない“声”。それを聞けたなら・・・きっと託しても大丈夫ね。」
スーはそういうと、セレナの弓を持っている手の上に自分の手を重ね、セレナのほうへ押した。
「これが・・・我らサカの民に伝わる神の弓、ミュルグレよ。貴女達の考えている理想の達成は難しい。
私も悩んでいるもの。貴女は世界レベルでそれを行おうとしている。
でも、詰まったときは思い出して。天や地の“声”に耳を傾けてみて。」
スーに認められ、セレナは顔に笑顔が溢れた。本当に嬉しそうだ。
まるで向日葵のような笑顔。まだまだ脆さも滲ませているが、この娘は心が強い・・・。
「ありがとう! あたしたち、きっとみんなの期待に応えて見せるよ!」
「さぁ、行って来なさい! 貴女達に天なる父と、母なる大地の加護がありますように! 」
セレナ達はミュルグレを手に入れ、スーたちクトラ族の皆に見送られながら、一路ベルンへと向かった。
残る神将器は、後一つ。それ手さえ手に入れることが出来れば、封印の剣を手に入れることが出来る・・・。
一同には希望の光が見えてきた。しかし、どこで誰が牙を剥いているか知れない。
それは案外身近な人間かもしれない。セレナ達には過信が生まれていた・・・。


56: 第二十八章:動き出す陰謀:06/03/07 21:30 ID:9sML7BIs
一行は草原を抜けて、険しい山岳地帯に突入する。
終わりのないとすら思えるほどの草原の端に来たのである。やっとかと思う反面、何か残念な気もする。
一面の緑に少しずつ岩の黒色が混じり始めている。そろそろサカともお別れだ。
「ふぇぇ・・・。やっとベルン国境かぁ。 疲れたぁ。 ねぇ、ちょっと休もうよぅ。」
セレナが情けない声を上げ、膝に手をついて、犬のようにへーへーしている。 最初の元気が嘘のようだ。
「まったく、最初にはしゃぎすぎるからそうなる。」
ナーティが呆れ顔でセレナの尻を叩く。叩かれてしかなくセレナもまた歩き出す。そんなことが数度続いた。
しかし、次第に上半身が前に曲がり、無口になって疲れました候の格好になっていった。
「セレナ、情けねぇなぁ。お前ってホントスタミナないよな。」
クラウドが仕方なく自分が乗っている馬の後ろに乗せてやる。セレナはぐったりとしてそのまま兄にもたれかかった。
馬のまたがって暫くすると、彼女は程なく威勢を取り戻した。 回復だけは早い。
「兄貴はいいよね! だって馬に乗ってるんだもん。」
「お前だって足が疲れたら飛べばいいじゃんか。」
「あのねぇ! 飛ぶと凄く疲れるんだよ! 魔力だってかなり食うし。・・・あぁ、怒鳴ったら余計疲れたし、お腹減ったよぉ。」
「燃費の悪いヤツ。 さっき食ったばっかりじゃねぇかよ。」
そんなやりとりをアリスやセレスが笑って聞いていた。
セレナ自身は疲れているようだったが、セレナの言動を見ている周りは、何か元気が沸いてくる。
自然と笑い声が漏れる。 クラウドにはこれが分かっていた。 だから妹が無口になったときはいつもフォローしていた。
しかし、一人笑わない人物がいた。
「どうしたんです? シーナちゃん。」
セレスが従兄妹の仏頂面を見て不思議がる。こんな顔をするなんて、どこか具合でも悪いのか。
シーナの視線はセレナとクラウドに注がれている。
「べ、別に。何でも。自分の姉とは思えないほどひ弱だなって思うと情けないだけよ。」
シーナはぷいっと顔を二人から背けるとそう言い放った。
「なにおぅ! シーナ、あんたもじゃあ歩け!」
「いやだよ! べーっだ!」
シーナが顔をしかめながら舌を思い切り出して天馬を上空へと駆った。
セレナは単に虫の居所が悪いだけだと思ったが、アリスには何故シーナのご機嫌が斜めなのはわかっていた。
「ふふふ・・・。」
草原の緑より、岩や土の褐色が次第に地面を大きく占めるようになってきた。
サカにはなかった大きな針葉樹が少しずつセレナ達の前に姿を現し始める。そろそろベルンの山岳地帯だ。
馬の蹄が高い音を立て始めて暫くすると、またセレナが悲鳴を上げた。
「えぇ!? この山を越えるのぉ?!」
「ああ。我々はそろそろマークされているかもしれない。人気の多い街道は通れないからな。峠を越えるしかない。」
アレンが馬を降りる。峠と言っても、そこには道はない。岩が切り立ち、木が森々と生い茂る。そして、霧がたちこめ、少し先の視界も見えにくい。
「うぞぉ・・・。もう歩けないよ!」
セレナは馬から降ろされると、直ぐにへたれこんでしまった。
彼女があまりにウルサイので、仕方なくここで一旦休憩をとることになった。
森の傍は空気がおいしい。深呼吸すると、体がとろけそうな気分に陥る。
「すーはー。はぁ幸せぇ・・・。」
「お前はとことんめでたいヤツだな。」
先ほどまで駄々をこねていたセレナが一気に元気を回復するのを見て、ナーティが薄笑いを浮かべた。
「へへっ、そういわれると照れるよ!」
「・・・。」


57: 第二十八章:動き出す陰謀:06/03/07 21:30 ID:9sML7BIs
セレナはお構い無しに、大の字になって野原に寝転ぶ。 露で少し湿った地面からは、草のいい匂いがする。
目を閉じてその匂いを嗅いでいると、ホントに疲れが取れる。 あぁ〜癒されるぅ・・・。
そんな穏やかな幸せそうな顔を見せられては、流石のナーティも何も言えなかった。
戦争さえなければ・・・こいつもいつもこんな顔をしていられただろうに・・・。
「ねぇ、ナーティ。お腹すいたよ。何か作ってぇ。」
自然に疲れを癒されたセレナ。 余計に満たされていないほうの欲求が音を立ててその不満を主張する。
腹が鳴っては戦は出来ぬ! って言うしね。
「・・・お前と言うヤツは。私は傭兵だぞ。傭兵であって飯炊き女ではないのだぞ?」
それにしても、あまりに緊張感のない会話ばかりだ。傭兵である自分を信じすぎている。
「だって、あんたのメシおいしいんだもん。お願い!」
「・・・仕方ないヤツだ。」

一方、レオンとクラウドは一緒に練習をしていた。同じ槍騎士だ。年も近い二人は互いにライバル視しているのだろうか。
足場の悪いなか、ひたすら槍の打ち合いをしていた。飛び散る土に、ほとばしる汗。 実戦さながらの手合わせだ。
「はぁはぁ・・・お前、なかなか強いな。この俺と互角にやりあうとは。」
「互角? 何言ってやがる。今の勝負、俺の勝ちだろ?!」
クラウドが穂先をレオンに向けながら自分の勝ちを主張する。しかし、レオンも認めない。
「見習い騎士というから手加減してやったんだ。今度は俺のホンキと言うものをだな・・・。」
互いに引かない二人の元へ、老成した声が聞こえてきた。
「二人とも、鍛錬に余念がないようだな。」
若い双虎の元に、アレンがやってきたのだ。その手には槍が握られている。
自分もかつて若い頃、ライバルだったランスとこうやって手合わせをしていたものだ。
息子が同じような道を歩んでいるのを見ると、自分も動かずには居られない。
「親父! あぁ、もちろんさ。俺は最強の騎士になるんだからな。親父もいつか抜いてやるぜ。」
「最強はこの俺が居る限り無理だけどな。」
今度は穂先を勢いよく父親に向けるクラウド。そんな彼を、レオンは涼しげな顔であしらった。
「何を?! レオン、お前も絶対ぐぅの音も言えないほどにのめしてやるからな!」
この二人は本当に気が合うようだ。アレンは余計に自分の若い頃を思い出してしまった。
直情径行のきらいがあるところもそっくりだ。
「お前達は、まだまだ力任せの戦いが目立つ。」
「えぇ!? そうかなぁ・・・。」
クラウドは意外そうな顔をする。自分は親父のやっているのを真似て色々試行錯誤しているのに。
「あぁ、力任せでもやってこれているんだ。もっと色々なところを改善すれば、きっともっと強くなれる。いくぞ、槍を取れ。」

そんな3人を、セレナが寝転がりながら見ている。セレスもその傍で座って本を読んでいる。
シーナは自分の天馬と戯れ、アリスは空に向かって祈る。皆が皆、平和なひと時を過ごしていた。
「あーあ、こんな時間がいつまでも続けばなぁ・・・。」
セレナがふと、そんな言葉を漏らす。そこへ、ナーティが戻ってきた。その手にこしらえた料理を持って。
「こんな時間がいつまでも続く世界にするために、お前は戦っているのだろう?」
「うん、そうさ。おっ、パイだ! あたしこれが好きなんだよねぇ!」
ナーティの言葉を聞いているのだろうか、セレナは夢中でパイにかじりついた。
その顔の幸せそうな事と言ったら。そんな顔を見ると、いつも無愛想なナーティにもつい笑みがこぼれてしまう。
セレナは暫くパイに夢中なっていたが、ナーティが片付けに戻ろうとした途端、パイを口へ運ぶ手を止めた。
「ねぇ・・・。あたしさ、強くなったかな?」
自分の剣の、心の師匠だ。悩み事は何でも師匠に聞いていた。
唐突な質問に、ナーティは一瞬動きを止めた。 悩んでいるものを生かすも殺すも、解答次第だからだ。


58: 第二十八章:動き出す陰謀:06/03/07 21:33 ID:9sML7BIs
「前にもそんなことを聞いていたな。前の自信はどうした?」
「いや・・・だって、あたしってまだまだ知らない事ばっかりでさ・・・。」
「ふっ。」
「なんだよ、そのすかした笑い方はさぁ! なんかバカにされてる気がする。」
「そうだな、お前はまだいろいろ知らない。剣士としても、人としても。 しかし、お前はそれに気付いた。
きっとお前はもっと強くなるだろう。 自分の弱さに気付き、それを認めて正す事ができる人間は伸びる。」
「へへっ、そうかな。」
すぐ調子に乗るセレナに、ナーティは続ける。
「そうだ。ただ単に、物理的な力に任せた剣を敵に振り下ろす事は簡単だ。誰にでもできる。
並大抵の相手なら、それでも十分かもしれん。 だが、真の強敵に相対した時にはそれでは通用しない。」
「うん、そうなんだ・・・。あたしが悩んでいるのはそこ。」
いつの間にか、セレナもパイを口へ運ぶ事を止め、真剣な顔になっていた。やはりナーティは、自分を理解してくれている。
自分が聞きたい事へ、こちらから言い出さなくても的確にアドバイスをくれる。こいつもやっぱり歩んできた道なのだろうか。
「ハイレベルな戦闘では、一瞬の隙が命取りとなる。お前も・・・剣技ではなく、思慮を持ち合わせた剣・・・心を鍛えろ。」
「心・・・。」
「そうだ。心が弱くては、どんなに剣技に優れていても強いとは言わない。今のお前はまさにその状態だ。」
「そっかぁ・・・、分かったよ。あ! でも、あんたもとうとうあたしの剣の腕を認めざるを得なくなったか。へへっ。」
まったく・・・分かっているのかわかっていないのか・・・。自分の真似をし、格好を付けるセレナに、蔑み混じりに言ってやる。
「もっとも、西方で私に助けられなかったら、今頃お前はこの世にはいないわけだ。
それに、そこまでなるのに、私がどれだけ稽古に付き合ったか。 おまけに食事まで作らせて、少しは感謝してもらいたいものだな。」
セレナはパイを口に含んだまま怒鳴った。 食べながら喋るなと習わなかったのか・・・。
「なんだよ! その恩着せがましい言い方はさ! 相っ変わらずムカつくヤツだなぁ。」
「やれやれ、とことん嫌われているな。」
ナーティがセレナの態度に、少し悲しそうな顔をした。こんな反応が返ってきたのは初めてだったので、セレナも焦って取り繕う。
「き、嫌いなわけないだろ?! 嫌いだったら師匠だなんて呼ばないっつの。」
「・・・にしては冷たいな。」
「あー! わかったよ! ってか、あんたが冷たいって言うかよ・・・。ありがとう。あたしをここまでに育ててくれて。」
「フッ・・・。」
「だぁー! だからそのすかした笑い方止めろっているだろ!」
そんな二人の会話に、シーナやセレスが突然入り込んできた。
「お姉ちゃん達ってホント気が合ってるね。」
「まったくです。姉妹かと思うほどですよ。妹の世話をしていると言ったら誰も疑いませんよ。」
「・・・。」
セレスの言葉に、ナーティも反論できない。確かに年齢的に見ても姉妹だと思われても仕方なかった。
「それに・・・意外とエプロン姿も似合ってますし。」
セレスが意地悪く言った。セレスに言われ、セレナもやっと気付く。
「お、ナーティ。あんたもやっぱり女なんだな!」
「! うるさい! お前のようなガサツなヤツに言われたくないわ!」
「なんだとぉ!」
二人はどこまでも気が合うようだ。

その頃、再びグレゴリオがメリアレーゼに謁見すべく、ベルン城に戻ってきていた。
「とうとう、マチルダも倒されたようですな。」
グレゴリオが前置きなしに、メリアレーゼへ切り出す。敵は西方、エトルリア、イリアと進んできている。
どう考えても、次はベルンに潜入してくるはずだ。しかし、当のメリアレーゼは未だに余裕の表情である。


59: 手強い名無しさん:06/03/07 21:34 ID:9sML7BIs
「そうですか。二度もチャンスを与えたと言うのに。まぁ、下級の将がやられた程度、どうと言う事はありません。」
「しかし・・・念には念を入れ、警戒態勢をしくべきでは。」
「いいのです。あの小娘・・・今までよくがんばってくれましたよ。奴らには封印の神殿まで一気に観光しに来て貰うことにしましょう。」
メリアレーゼの作戦を知ってはいながらも、グレゴリオは不安でならなかった。この作戦は、危なすぎる・・・。
「しかし、一歩間違えば、奴らに封印の剣が渡ることになります。そうなれば我らの邪神復活の計画も・・・。」
「大丈夫です。・・・そのためにヤツがいるのでしょう。」
「差し出がましい事を申すようじゃが、ヤツも人間。いつ裏切るか分かりませぬ。そこまで過信なさらないほうが・・・。」
グレゴリオの執拗な警告にも、メリアレーゼは動じなかった。
「ふふふ・・・。大丈夫ですよ。ヤツの心は、既に死んでいるも同然。我らに従う事で、世界が救われると信じているのですから。
それに、いざとなれば私自らが討って出ます。 圧倒的な力の前に、奴らも絶望するでしょう。」
あまりに自信たっぷりなメリアレーゼに、グレゴリオはこれ以上何もいえなくなった。そんな彼に、メリアレーゼが逆に警告する。
「それにしても、お前も再三リキアを空けて大丈夫なのですか? いつエトルリアが攻めて来るか分からないのですよ?」
「そうじゃな・・・。前の戦争でリキアを裏切った人間に金を握らせて警備に当たらせておりますので、暫くは大丈夫でしょう。」
「人間は信用できぬのではなかったのか?」
メリアレーゼが目を細くしながらグレゴリオに問うた。
「左様でございます。じゃが・・・人間は汚い生き物。金と権力さえ与えておけば、案外うまく操れるものです。」
「ははは・・・そうだな。しかし、お前も足元をすくわれぬようにな!」
「ははっ。」
グレゴリオはリキアの警備を強化すべく、ベルン城を後にし、一路リキアを目指す。その途中で、またポツリともらす。
「やれやれ・・・あのお方も哀れなお方じゃ。これだけの同志に慕われながら、心を真に許せる相手がおらぬとは・・・。
誰にも心を許せず、孤独に苛まれれば・・・判断を狂わせてしまう。ワシが何とかお手伝い差し上げなければ。
それにしても・・・セレナとやら。お前さんもなかなかやるのぉ。しかし、これから先に訪れる絶望に耐えられるかの?
耐えられなければ・・・世界を救う事はできぬぞ?」

城を後にするグレゴリオを、部屋から見送るメリアレーゼ。その彼女に向かって、暗闇から声がした。
「貴様・・・。邪神復活を本気で唱えているのか。」
メリアレーゼはその声のしたほうに顔を向けた。そこには氷銀色の髪をした男が立っていた。
「おぉ、帰ってきていたのですか。どうでしたか? あちらの様子は。」
メリアレーゼはその男を見るなり、驚いたような口調でそう訊ねた。
「相変わらずだ。それよりも、邪神復活の計画は本気なのかと聞いている。それに答えろ。」
「えぇ。皆が平等に生きるには、これしか方法はないのです。」
メリアレーゼの言葉に、その男は激怒しながら答えた。どうやら二人は仲間であることには違いなく、主従関係でもなさそうだ。
「それは平等に生きるとは言わん! 貴様は自分が何をしようとしているのかわかっているのか!?」
その男の激怒の仕方に、メリアレーゼも呆れたような顔をした。
「少なくとも種族格差はなくなるでしょう。そうなれば差別も起きなくなる。圧倒的な力の前に、人々はひれ伏す。
おろかな種族間の争いも消えるでしょう。」
「どうかな・・・。 他に方法があるのではないか?」
「人なんてそんな生き物です。 人と言う生き物は、
どれほどまでに汚い生き物かを・・・あなたも重々承知でしょう。その身で味わったのなら。」


60: 手強い名無しさん:06/03/07 21:35 ID:9sML7BIs
「・・・。」
その男も反論しなくなる。だが、納得できたと言う表情でもない。それにメリアレーゼは追撃するかのように言い放った。
「そういう事です。 それに・・・準備は確実に完了しつつある。
人間も、竜も、ハーフも、皆が平等となるのです。 その実現がもうすぐなのです。」
それを聞いた男は、何も言わず、マントを翻して立ち去って行った。
彼の靴底が廊下を叩く音が、メリアレーゼの心に響く。
そして、男もまた、目を瞑りながらその音を心に刻み、ある決心をしていた。
彼の靴が廊下を叩かなくなり、またメリアレーゼは一人になってしまった。
「あいつも・・・何故人間に同情できる。自らも苦しめられたはずなのに。 ・・・しかし、私を止められるものはもういない。
セレナとやら・・・待っていますよ。あなたがネギを背負ってくるのを・・・。ははは!」
薄暗い城の中に、メリアレーゼの不気味な声がこだました。

第二十九章:黙示の闇

休憩を終えたセレナ一向は、最後の神将器を得るべく、一路封印の神殿を目指す。
かつて、自分たちの親が散って行った因縁の場所にセレナたちは向かおうとしていた。
皆は真剣な面持ちだった。殊の外アレンは何かを考え込んでいるようだ。
・・・封印の神殿・・・俺は戻ってきた。かつて我々が激戦を戦い抜いた、ベルンの最重要ポイント。しかし、今度こそは・・・もう主から離れるようなことはしない。
「親父? どーしたんだよ。深刻そうな顔をして。」
そんな父親の顔をクラウドが心配そうに覗き込む。親父がこんな仏頂面をしているのは久しぶりだ。何かあるに違いない。
「あぁ、お前か。いや、少々感傷に耽っていた。ここは、お前がまだ赤ん坊のとき、俺がロイ様達と一緒に歩んだ道なのだ。」
「へぇ・・・。じゃあオレ達は、お袋たちと同じ道をまた歩んでるってことか。」
「そういう事だ。よくここまで弱音を吐かずについてきたな。我が息子として頼もしいぞ?」
父親からの意外な言葉に、クラウドは最初こそ面食らったが、すぐにいつもの調子で切り替えした。
セレナとクラウドがこの傭兵団のムードメーカーだ。
こういう場を明るくする存在がいてこそ、皆が力を発揮できる。
辛い時期を耐えることができる。いつでも明るく振舞う心の豊かさも、強さのひとつだ。
「へっ、照れるじゃねぇか。オレは世界最強の騎士を目指してるんだ。このぐらい当たり前だぜ。」
その言葉に、レオンがいつものように茶化してきた。
「もっとも、この俺がいる限り世界最強は不可能だがな。お前の場合は最凶騎士ってところか。」
「な、何おぅ!? この前俺に負けたくせに!」
「あの時はちょっと腹が痛かったんだ。 それに・・・この前の戦いでようやく1勝だろ?
トータルで6勝1敗・・・現在のところオレの勝ちだ。」
「あぁん!? ちょっと待て! まだオレは5敗しかしてねーぞ? サバ読むな!」
「でも、どっちにしろあなたの勝率は2割にも満たっていませんよ。戦場でレオンを一人倒すのに、5人も要するなんて。」
クラウドが必死になって弁解するが、そこにセレスも加わってきた。オレが一番苦手としているヤツだ。こいつはいつも図星をついてくる。
「う、うっせ! セレス! てめぇ何度オレに助けてもらったと思っていやがる。近接されると何もできねぇじゃねーか!」
クラウドの反論を鼻であしらうかのように、セレスは涼しい顔をしている。
「後衛に敵の騎兵を近づけさせるなんて、前衛の状況判断不足もいいところです。自分の過失を棚に上げて何を言ってるんですか。」
「ぐぐぐ・・・ムカつくヤツだ。」
「はは。人は図星を突かれて反論出来なくなると腹が立つものですよ。」
「あー! どこまでも腹が立つヤツだ! 今度お前が槍で突かれそうになっても庇ってやらないからな!」
ついつい熱くなるクラウドを、アリスがなだめる。
「まぁまぁ。セレスもこう言ってるけど、貴方に感謝しているのよ。」
「ア、アリスさん! 僕は別にこんなヤツ・・・。」
恥ずかしがるセレスに微笑みかけながら、更にアリスはクラウドに説く。
「私もそう。貴方が前線で一生懸命戦ってくれるから、私たちは魔法に専念できる。
これからも頼りにしているわ。もっともっと強くなってね。」


61: 手強い名無しさん:06/03/07 21:36 ID:9sML7BIs
アリスのやさしさに包まれたような言葉に、クラウドも落ち着く。
クラウドはこんな姉貴が好きだった。つい熱くなって前しか見えなくなる自分を優しく導いてくれる。
だから、余計に守りたくなった。こんな優しい姉に、指一本触れさせまいと。そのために体を張って姉を守るがゆえに、自分が傷つく。
余計に姉は自分を気遣ってくれる。心配をかけてしまう戦い方なのは重々承知だ。だが、頭の悪いオレにはこれぐらいしか出来ない。
オレは、オレが信じた最良の道を貫く。たとえ周りから非難されようとも。
「へ、姉貴だけか、俺を理解してくれてるのは。もっとじゃんじゃん頼ってくれよ。特に親父ももう若くねぇんだしな。」
「何を言うか、俺とてまだまだお前たちには負けんぞ。
まったく、気持ちの切り替えが早いのはいいことだが、すぐ調子に乗るからお前はイカン。」
一方セレナ達双子は、ナーティと一緒にいた。
最初こそ、ナーティのその冷たいまなざしに距離を置いていた二人だが、今では尊敬する存在だった。
「封印の神殿かぁ・・・何かカッコよさそうだね! どんな神殿なのかなぁ。」
セレナがいつものように期待に胸を膨らませる。シーナは呆れたと言うような、両手を広げるジェスチャーをしながら姉を叱る
「まったく! 姉ちゃんってホントと緊張感ないよね。」
「うるさいなぁ。興味があるんだから仕方ないだろ?! いちいち説教するなよ、妹のクセに。」
「妹に説教される自分が姉として情けないとは思わないわけ? どーせ姉ちゃんはすぐバテるんだからスタミナ温存しときなよ。」
セレナはシーナに言い負かされて膨れてしまう。
妹やセレス、ナーティの言うことは正しいってわかってる。でも、もう少し優しい言い方ってもんが・・・。
「封印の神殿か・・・。」
いつもは説教に加勢するナーティが、思い出すような口調でポツリともらす。
「あんた、ここに来たことがあるのか? ここはシークレットポイントだって聞いたけど。」
「いや、私がここに来るのは初めてだ。」
セレナが不思議がる。いくら世界を渡り歩く傭兵といえど、一般人がこの封印の神殿を知っているとは思えない。
自分だってアレンの親父が教えてくれなかったら、その場所など知らなかった。
噂によるとベルンは昔、ここの情報を嗅ぎまわる者を、容赦なく闇へと葬ってきたらしい。
それほどに、封印の剣に近づけさせたくない理由があったのだろう。単に強い剣が敵に手にまわるという以外に。
しかし、今ではその面影は無い。敵の拠点が無いどころ、周りに村落まであるという。
ここがかつて、二度も大きな戦争の最重要ポイントだったとは、到底考えられなかった。
そんな強力な剣を、何の警戒もせずに放置しておくなんて。
まさか・・・相手は封印の剣など恐れるに足りぬほどの力を持っているのだろうか。
「・・・そうだよね。父さんや母さん達を倒した相手だもんね・・・そりゃ手強いに決まっているか。」
セレナがポツリと独り言を漏らす。その言葉にナーティが反応した。
「・・・お前の父親を殺したのは、お前の母親だと、マチルダは言っていたが?」
ナーティの放った言葉に、セレナは烈火の如く怒った。
その目を見て、シーナは恐怖を覚えた。いつも穏やかな姉が目を見開いて怒っている。
「ふざけるな! そんなわけないだろ!
母さんが・・・父さんを殺すなんて! あんなのでたらめに決まってる! 信じない、信じるもんか!」
その怒り様に、さすがのナーティも強く出られなくなった。
「落ち着け、セレナ。マチルダの言葉が嘘か、真か、それは我々には分からぬ事ではないか?
そう一方的に違うと言い切っていいのか?」
「そ、それは・・・。」
「真実とは、時に惨い現実を叩きつける。 信じる・・・それはお前の勝手な思い込みだ。」
「・・・。」
反論できなくなったセレナに、ナーティは釘を刺すように続ける。
「勝手な思い込みで物事を判断し、自分の都合の良い様に動いてはならん。」
「でも・・・それじゃ本当にお母さんがお父さんを殺したみたいな言い方じゃない。」


62: 手強い名無しさん:06/03/07 21:37 ID:9sML7BIs
シーナが下を向きながら反論してきた。 彼女は半泣きだった。
確かにナーティの言うとおりだ。自分たちに真偽のほどは確かめられない。でも・・・やっぱりそうは考えたくない。
「そうではない。いや、そうかもしれない。お前たちは・・・そういった感情で、己の歩む道を間違えるな。」
「でも、やっぱり納得できない!」
シーナが珍しく声を張り上げる。どうしても、そんな風には考えられなかった。あの母の日記を見てからだと、尚更だった。
「極論しようか。お前達の母親が父親を殺した。だから何だと言うのだ。お前達のやるべきことが変わるわけではあるまい。
お前達は、目の前にある、やるべきことをやればよい。余計なことで目的を見失うな。それだけだ。」
「余計なことって・・・ナーティさん、酷いよ!」
シーナがナーティに言い寄る。セレナはここまで妹が熱くなったところを見たことが無かった。
シーナの瞳には、涙が溢れている。しかし、今回はセレナがシーナをとめた。
「もういい。ナーティの言っていることは正しいよ。
あたし達がどう言おうと、事実は変わらないし、真偽が確かめられるわけじゃない。 あたし達は、今できることを一生懸命やろう?」
「うん・・・。」
シーナも姉に励まされ、目をこすって涙を拭く。
「フッ・・・セレナ、お前も少しは成長したようだな。」
ナーティが安心したかのように、空を仰いだ。

一行はとうとう封印の神殿に到着した。
長い間手入れがされていなかったためか、神殿には草やつるが何重にも巻きつき、自然と一体化していた。
セレナがその、何とも言えない存在感に息を呑んだ。
人は、人智を超えた存在に、畏怖と尊敬の念を示さずにはいられないのだろう。
「さぁ行こうか。まずは封印の剣の前に、最後の神将器をとりに行こう。」
アレンに導かれ、一行は封印の神殿の地下に潜入していく。
そこは、まるで異界にでも迷い込んだような、地上とは違う何かがあった。
空気がじめじめしている・・・? いや違う。
何か、自分たちに味方することも、敵意も感じられない。ただ存在することだけが分かる、圧倒的な力を皆は感じていた。
しばらく行くと、先頭を歩いていたアレンが立ち止まった。
それに気づかず、クラウドがそのまま通路を直進しようとした、その時だった。
「ふぎゃ!?」
クラウドが何も無い一直線の通路で、何かに顔からぶつかり、その反動で転んでしまう。
「いてて・・・なんなんだぁ?」
クラウドが何に顔をぶつけたのか探す。しかし、そこは何も無い通路だ。目の前には先の見えない闇だけが続いていた。
彼は不思議に思いながら再び直進した。その途端、また先ほどと同じように顔からぶつかり、転んでしまう。
「あはは、兄貴何パントマイムみたいなことをしてるのさ。面白ーい。ふぎゃ!」
セレナが顔を抑えて座り込む兄を笑いながら、同じ場所を通過しようとした。
しかし、やはり顔を何かにぶつけて、兄の横にうずくまってしまった。
「何かあるのかな・・・。」
シーナが姉のぶつかったところを見てみる。
よく見ると、そこにはぶつかったときに着いたのだろうか。姉の蒼髪が、何も無い空中に浮かんでいた。
驚いてシーナがそこを触ってみる。すると何も無いはずの空間に、硬い感触があるのだ。そして、触った途端、それは姿を現す。
「これは・・・魔法璧ではないですか?」
セレスが近づいて、あごを手にやりながら考え込む。先ほどから感じる力、それにこの魔法璧。
やはり封印の神殿には、封印の剣以外にも何か封印されている気がする。


63: 手強い名無しさん:06/03/07 21:37 ID:9sML7BIs
「ここは、心の闇、まやかしを巧みに使った仕掛けが施されているのだ。
心に闇の多いものや、目でものを多く見るものには、そのまやかしが破れないのだ。」
アレンがやっと口を開く。アレンもかつてベルン動乱のとき、ここにロイ達と来た。
その際、アレンはあちこちの「まやかし」に顔をぶつけた覚えがあった。
「いてて・・・そんなのどうすればいいのさ。」
セレナが小さな鼻を真っ赤にしながら、鼻声で聞く。
「簡単なことだ。目で見るのではなく、心で見るんだ。」
「全然簡単じゃねーじゃねぇか!」
クラウドも立ち上がって父親に当たる。心で見るなんてどうやってやれというのだろうか。
「フッ・・・。 ! ぐっ。」
わめく二人を鼻であしらっていたナーティも、顔をぶつけてしまう。セレナには、顔を手で押さえるナーティが妙にかっこ悪く見えた。
「いや、正確には、視覚以外の方法で見ると言うべきなのか? とにかく、心を落ち着けてみるんだ。」
アレンに言われるがままに、皆は目を閉じて見る。
セレナは思い出してみた。スーに言われたあの言葉を。
行き詰ったら、声ではなく“声”を聞きなさい、と。セレナはあの時と同じように心を落ち着かせてみる。
すると・・・聞こえてくる。これは・・・風の“声”だ。
セレナが竜族で、耳が高いから、“声”を聞くことができるのだろうか? それとも・・・?
風が向こう側から吹いてくる。目をあけてその方向を見ると、そこには壁があった。
・・・これは、自分の心が作り出しているまやかしの壁だったのだ。
アリスもまやかしを見破ったらしく、どんどん先に進む。それと対照的に、アレン親子やナーティは、壁にぶつかり続けていた。
「なんだよ! 親父だって壁にぶつかりまくってるじゃないか!」
「うーん・・・。やっぱり俺にはわからん・・・いてっ!」
そんな親子にセレスやレオンはあきれてしまう。
しかし、レオンには、なぜいつも冷静なナーティがまやかしを見抜けないのか分からなかった。
「なぁ、あんたよくぶつかるな。これで10回目だぞ。」
「くっ・・・。 見えん・・・。 こんなに見えないものだったか・・・?」
ナーティの言い草に、レオンが首をかしげる。
「? あんた、ここに来るのは初めてじゃなかったのか?」
「いや・・・前ベルンで雇われていたときに、この類の魔法壁は経験済みだったのだが・・・。 つっ・・・!」
今度は音が聞こえるほどの勢いで、ナーティは壁にぶつかってしまった。
「へぇ・・・。意外だな。セレナやクラウドならともかく。」
「うるせぇ! ・・・ぎゃっ。」
また壁にぶつかったようである。中はまさに見える壁で阻まれた通路と、通路のように見える壁による迷路だった。
それはまさに、人の心の闇が、その心の持ち主である本人にも分からないぐらい、
複雑に入り組み、絡まって出来ているということを表しているかのようだった。

何度顔を自らの心の闇にぶつけただろう。やっとのことで一行は最奥の祭壇へとたどり着く。
心の闇の一番中心。そこに皆はたどり着いた。
「うへぇ・・・ゴールが無いのかと思ったぜ・・・。」
クラウドが情けない声を上げた。その顔は泥に汚れ、頭には何個かこぶが出来ている。・・・もうこんな迷路はこりごりだと思った。
「ふむ・・・あながち間違ってはいないかもしれませんね。
・・・ありきたりな表現ですけど、人の心の闇に、終焉なんてあるんでしょうか。」
セレスが珍しくクラウドに同調した。そもそも、心には広さという概念があるのだろうか。
心をよく宇宙にたとえることがあるが、そうすると心はこの瞬間にも膨張しているのだろうか・・・?
人の心というのは、本当に不思議なものである。
「私の心の闇は・・・どれほど深いのだろうな。
さて、早く神将器を手に入れて、こんな薄気味の悪いところはさっさとお暇(いとま)しよう。」
ナーティが意味深な言葉をポツリ漏らしながら、皆に祭壇への祈りを促した。
アリスが先頭に立ち、皆が祭壇に向かって祈る。
かつての八神将の一人で、「黙示の闇」アポカリプスの使い手だったブラミモンドが祭られる、その祭壇に。


64: 手強い名無しさん:06/03/07 21:38 ID:9sML7BIs
「私を呼ぶのは誰?」
その声に、皆は顔を見合わせた。その声は、アリスの声だったからだ。
「姉貴? 何か言った?」
「いいえ。何も。」
困惑する一同に、セレスが思い出したように言った。
「あ、そうでした。ブラミモンドは、人の心を映す鏡で、相手の声やしゃべり方をそっくりに返してくるそうです。」
「えぇ? どういう事?」
セレナがそう聞くと、ブラミモンドが今度はセレナの声や口調を真似して返してきた。
「あんた達か。あたしを呼んだのは。」
それを聞いたセレナは驚くとともに、何か馬鹿にされた気がする。
「うわっ、こいつ、今度はあたしの真似してきた。」
「なによ! その化け物を見たような言い回しはさ! 変な事いうと殴るよ!」
「・・・あたしって、こんなに短気だっけ・・・。」
もう何がなんだか分からなくなってきた。話がごちゃごちゃする前に、アリスは祈りを続けた。
「貴方を呼び出したのは私達です。 私たちは、貴方の力が必要なのです。」
「私の力が・・・? では、言葉は要りません。そのまま目を瞑っていなさい。」
一行がそのまま目を閉じていると、ブラミモンドが消えた。ブラミモンドは、己の心を持たない。人の心に入り込むことも、彼にとっては容易なことだった。

・・・セレナとシーナは目が覚めた。ここは・・・どこだろう。見覚えは・・・無い。
「ここは・・・どこ?」
「さぁ。」
シーナの問いに、セレナは即答する。暖かく、周りは穏やかな農園風景が広がる。
二人がきょろきょろしていると、二人を呼ぶ声がしてきた。
「セレナ・・・シーナ・・・。」
聞き覚えがあるようなやさしい声・・・。どこか懐かしい・・・。
声のほうを見ると、セレナは赤髪の男性と、自分にそっくりな顔の女性が立っていることに気づいた。
「姉ちゃん、あの人、お姉ちゃんにそっくりだね。」
シーナがそういうや否や、その女性が再び声をかけきた。
「あぁ・・・私のかわいい娘たち。会いたかったわ。」
その声に、双子は驚いた。顔がそっくりなのは、親子であったから・・・?
「母さん!? じゃあ、そっちにいるのは・・・!」
「セレナ、シーナ。よく今まで無事に生きてきたな。」
赤髪の男性が、セレナたちの頭をなでる。こっちは父さん・・・?
「うん! あたし達、今までずっとお父さんやお母さんの果たせなかった夢を・・・。」
そこまでセレナが言ったところで、蒼髪の女性が止めた。
「いいえ、別にあなたたちが危険な目にあってまでやらなくてもいいのよ。」
「え・・・?」
「そう。僕たちは気づいた。私たちのやっていたことは無駄なのだと。」
双子は驚いた。自分たちの両親から発せられた言葉に。自分たちのやっていることが無駄・・・?
「無駄・・・?」
シーナの声が少し震えている。セレナが妹のなれ肩を軽くたたきながら落ち着かせる。
「そうよ。無駄。私たちやあなた達のやっていることは、結局支配する種族を変えるだけ。
そんな意味の無いことをするのに、命を危険にさらす必要なんてないわ。さ、これからは私達と一緒に暮らしましょう。」
「僕達の住む城なら、お前達は安全に、そして幸せに暮らせる。さぁ、行こう。」
シーナは震えながら首を横に振る。これは・・・絶対両親じゃない。両親がこんなことを言うはずがない。でも・・・。
「僕達を疑っているのか? お前達は僕達と長い間離れて暮らしていたから仕方ないか。
「おいで、私達と一緒に暮らしましょう。差別の無い地で。」
その言葉に、セレナが少し動いてしまう。差別・・・されない? 嫌われない?
自分は今まで、背中や耳が他の人と違うことに、疎外感を感じていた。
それが・・・なくなる? 皆あたしのことを・・・受け入れてくれる?


65: 手強い名無しさん:06/03/07 21:38 ID:9sML7BIs
シーナがその姉の反応を見逃さなかった。シーナは知っていた。
姉が昔からそのことを気にしていたことを。そして、そんな姉を助けようと思っていた。
目の前にいるのは・・・きっと偽者だ! 両親がこんな事をいうはずがない! 命をかけてまで果たそうとした事を、無駄と言う訳!
でも・・・もしかしたら本物かもしれないし・・・。 えぇい!
シーナは勇気を振り絞って、思い切って言った。
「この偽者! あたしの大事な姉ちゃんを惑わすな!」
「な、何を言うの? 私が腹を痛めて産んだ大切な子に、偽者扱いされるなんて・・・。」
「心外だ。西方の野蛮人に育てられるとこうなってしまうのか・・・。さぁ、お前達は僕達と一緒にくるんだ。」
シーナの怒鳴り声に、セレナもはっと我に返る。そして、また思い出した。声ではなく、“声”を聞くんだって言葉・・・。
セレナは気を落ち着けて、目を閉じてみる。・・・そこに見えたのは、両親ではなかった。両親の姿をかたどった土人形だった。
やっぱり偽者だった! セレナは目をきっと開くと、一気に両親を双剣で斬った。
「よくもあたし達をだましたな!」
両親はばらばらに砕け散る。どこからとも鳴く声が聞こえた。
・・・自分達を甘やかすことも・・・時としては必要だ・・・。 自ら進んで、命を危険にさらすとは・・・相当な物好きだな・・・。
「物好きなんかじゃない・・・。あれは、逃げようとしていたんだ。
現状から逃げようとした自分の・・・弱さ。シーナ・・・助かったよ。」
セレナはポツリと独り言を漏らした。シーナも姉を気遣う。
「私だって、お母さんやお父さんに会えて、そのまま一緒にいたいと思っちゃった。
でも・・・両親があんなこと言う訳無いと思ったもん。」
「うん。あたし達は、逃げることなく現実と向き合わないとダメなんだ。」
何か・・・意識がボーっとしてきた。薄れ行く意識の中で、また声が聞こえてきた。
・・・自分達が間違っているとも思わず・・・周りが悪いだなんて・・・君達は高慢なんだな・・・。

セレナは目を覚ました。そこは先ほど同じ、暗い祭壇だった。
皆も、同じような幻想を見せられていたようである。辺りをきょろきょろ見回していた。
そんな一行に、ブラミモンドが語りかけた。
「どんな強い心を持った者でも、その心の中に闇はある。心の闇はなくなることは無い。
己の闇を知り、それを戒めることをお前達は知った。 我が闇に、心をとらわれることなく、うまく使いこなして見せよ。」
ブラミモンドは闇に溶け、最後まで目を瞑っていたアリスの手に、闇の神将器、アポカリプスが握られた。
仲間の心の闇を照らすもの・・・それはお前自身の心だ。 そして・・・お前の心の闇を照らすものは・・・。
独りは心を闇に覆う。そしてまた、心を閉ざし、高慢になれば、世界は闇に包まれる。忘れぬことだ。
アリスが目を開け、ふぅっと息を吐いた。・・・終わった。自分達は神将器を集め終わったのだ。後は封印の剣を手に入れるのみ。
「終わったか。よし、早く外へ出るぞ。」
ナーティがそそくさと通路を後に・・・向こうでまた見えぬ壁にぶつかっている。セレナはそんなナーティをくすっと笑う。
ナーティはどんな幻想を見せられていたのだろうとふと考えながら、セレナはナーティの後を追った。

地下から出ると、外は日が低くなっていたが、今まで暗闇にいたせいで外はとてもまぶしく感じた。
一行は、今日のこれ以上の進軍をやめた。明日朝一番に、封印の神殿に乗り込み、封印の剣を手に入れる事にした。
セレナは食事を終えると、明日以降の激戦を前につかの間の休息を取る仲間たちの居るところを回ることに決めた。
今まで共に戦ってくれた仲間に、章としてねぎらいの言葉をかけようと思ったのだ。
自分のそばでは、シーナが焚き火の火をじっと見つめてた。
「ねぇ、シーナ。」
「なぁに? 姉ちゃん。」
「あんたはさ・・・剣扱える?」


66: 手強い名無しさん:06/03/07 22:08 ID:9sML7BIs
姉の唐突な質問に、私は深く考えずに返した。
「うーん。剣はあまり上手く扱えないなぁ・・・。槍ばっかりだったからさ。」
「そっか・・・。」
姉らしからぬ暗い表情をしている。また何か悩んでいる。
「どうしたの?」
「いやさ・・・もし、もしあたしが瘋癲の剣に認められなかったら・・・あんたが使えないかなって。」
「どうしてそう思うの?」
「だって・・・。西方を出るときに誰かが言ってたじゃん・・・。瘋癲の剣は、使い手を選ぶって。」
「封印の剣でしょ? でも、大丈夫だよ。きっと姉ちゃんなら使えるって。デュランダルだって使ってたじゃない。」
シーナは必死で姉を励ます。 西方では剣なら何でも使いこなしてやると、自信満々だった姉が、いざ魔剣を前にたじろいている。
姉ならきっと使える。私は信じてる。姉ちゃん強いしさ。
「そうかなぁ・・。でも、もし使えなかったら・・・。」
「もう! いつもの自信はどうしたのよ! 姉ちゃんなら大丈夫だって。姉ちゃんがそんなだと気持ち悪いよ。」
シーナはつい口が滑った。セレナが顔を膨らませてシーナを睨む。
「どーゆー意味よ!」
「あはは・・・それでいいよ。姉ちゃんが悩んでると、不安で気分が悪いってことよ。姉ちゃんならイケル!」
セレナはシーナにそう言われて、少し気が楽になった。やっぱ頼りになる妹だ。
「ありがとうね、シーナ。」
「へ?」
シーナは姉の言葉にちょっとドキッとした。姉が改まってこんな事を言うのは・・・初めてじゃないかな。
「あんたが居なかったら・・・あたしさ、きっとここまで来れなかったと思う。
道を踏み外しそうになると、いつも警告してくれてさ。」
「・・・それはお互い様だよ。私だって、姉ちゃんが居なかったら・・・。私さ、姉ちゃん大好きだもん。」
「そ、そう? 何か照れるよ。」
「うん。 悩み事があっても、姉ちゃんの笑顔を見ると不思議にこちらも笑えた。心がすっきりするんだ。」
シーナは思うがままに、姉に感謝の意を表した。姉と姉妹じゃなくて良いと思うことも度々あるけど、やっぱ居ないと寂しいもの。
自分は悩み事があると、どんなに繕っても、沈んだ顔になってしまう。姉だって悩みはあるはずなのに、いつでも笑顔で居られるなんて
私は姉のそんなところが好きだったし、羨ましかった。バカにするとかそんな事ではなく、心の底から・・・。
「悩み事があったら何でも言いなよ! あたし達はまだ、二人で一人前なんだしさ!」
姉はそういい残すと、去っていった。
私はなんだか一人前になりたくないというような気分に陥った。いつまでも姉と一緒にいたい・・・。
でも、悩み事があったら何でも言えって・・・それは姉ちゃんにそのまま返すよ。悩み事溜め込んじゃダメだよ?
シーナは自分の天馬を撫でながら、また姉の笑顔を心に思い浮かべた。


67: 手強い名無しさん:06/03/07 22:08 ID:9sML7BIs
セレナはシーナの元を離れると、今度はクラウドの元に向かう。
「よっ、兄貴。」
セレナがいつものように気軽に声をかける。 自分にとっては兄貴というより男友達だが。
あれ、本来男友達なのに兄貴って呼んでるのか。・・・ごちゃごちゃして分かり辛いなぁ。
しかし、兄から帰ってきた言葉に、セレナは驚いた。
「・・・こ、これはセレナ様・・・。お気分いかがですか?」
「?! 兄貴? ヘンなものでも食べたの?」
「いやぁ・・・この戦いが終わったら、お前は・・・じゃなくて、
姫様はフェレにお戻りになられるんだから、そのときは俺も家臣になるますでしょうから
親父が敬語の練習をしておきましょうと、仰られたので・・・。」
「・・・兄貴、全然敬語になってないよ? ヘ・タ・ク・ソ!」
「な、なんだとぉ! 俺だって一生懸命やってんだよ!」
兄の反応の変化の仕方に、セレナは思わず笑ってしまった。兄に敬語は似合わない。
「あはは・・・。兄貴はそれでいいよ。あたしさ・・・兄貴にまでそんな振る舞いされたらやだよ。」
「セレナ・・・?」
「だってさ。兄貴とは幼いころからずっと気が合う親友だと思ってきた。
それが・・・突然敬語使われて、頭下げられたら・・・やだよ。」
「俺だって、お前は気の合うヤツだと思ってる。敬語だって使いたくない。 でも親父が怒るんだよな。」
クラウドがため息をつきながら心境を語る。
「なんか身分の違いってやだよね・・・。でも、兄貴は今までどおりで居て。お願い。」
セレナにとって、クラウドはいい友達だった。友達に敬語を使われるなんて、自分だけ仲間はずれになったような気分だ。
何より同じ世代の人間に敬語を使われたら、相手もきっと自分に深くまで心を許してはくれない。それは嫌だった。
「よし、わかったよ。親父の言う騎士の行いより、お前のほうが大事だしな!」
クラウドがセレナの肩を抱きながら笑う。
セレナも同じように白い歯を見せて笑った。シーナなら違う反応を見せたかもしれないが。
「それにしてもお前が封印の剣を使うのかぁ・・・。何かかっこいいなぁ、お前!」
「うん・・・でも、使えるか分からないよ?」
不安がるセレナをクラウドが更に抱き寄せ言った。
「だーいじょうぶだって! 不安がっても仕方ないだろ?
何かわかんねぇけど、お前なら大丈夫な気がするぜ。俺の勘は良くあたるんだぜ!」
セレナは、兄貴にそう励まされた。何の根拠もない兄貴の勘だけど、なんか兄貴にいわれるとそんな気もしてきた。
「そ、そうだね。最強の剣士を目指すあたしなんだから、使えて当然だよね。」
「そうそう! あたって砕けろだぜ!」
「砕けちゃったらやばいんじゃ・・・。」
セレナはクラウドから離れると、今度はセレスのところに行ってみる。そこには一緒にアレンやアリスも居た。
「あ、セレナじゃないか。」
アレンが真っ先に声をかける。セレスの詩を聞いていたアリスも、その声に、セレナのほうを向いた。
「あ、セレナ。明日は早いのだからあまりフラフラしない方がいいわよ?」
「わかってるって。」
「剣は磨いた? 靴紐は切れてない? 革鎧の・・・」
セレナはアリスの言葉にあきれる。いつまでたっても子供扱いだ。有難いとは分かっていても、やはり耳が痛くなってくる。
「あー、もう。姉貴は気を遣いすぎだよ。あたしだってもう16なんだよ? もう子供じゃないって。」
「でも・・・やっぱり心配だもの。可愛い妹だし。」
姉貴はやっぱりやさしい。でも、セレスはグサッと痛い一撃をあたしに食らわしてきた。
「言われるのが嫌なら、ちゃんとやればいいんですよ。言われるということはまだ足りない部分があるという事です。」
「うー、うるさいなぁ・・・。」
「うるさいって事はないでしょう。僕は貴女の為を思って言ってるんです。大体貴女は・・・。」


68: 手強い名無しさん:06/03/07 22:09 ID:9sML7BIs
セレナはまたセレスから説教を受けた。 自分にとっては口うるさいヤツが増えてうんざりだった。でも、こいつの目は真剣だ。
「ねぇ。」
セレナがセレスの話を割って聞く。
「何ですか、質問は話が終わった後にしてください。」
「そんなに真剣になって説教するなんて、あんたってあたしの事、心配してくれてるの?」
セレスは従兄妹から発せられた言葉に、顔を真っ赤にして否定する。
「ち、違いますよ! 誰が貴女みたいなガサツな人の心配をしなくてはいけないのですか。
僕は単に、あなたが妙な行動をとったら、僕が恥ずかしいし、敵にこちらの行動を嗅ぎ付けられたら厄介ですからね。」
セレスのその焦り様に、アリスはたまらず笑ってしまう。
「セレスもホント恥ずかしがり屋さんね。 セレナ、セレスはね、貴女が妹のようで放っておけないのよ。」
「ア、アリスさん! 僕は別にそんなことは。軍の将として自覚を持って欲しいだけです。」
セレスが必死に弁解するが、アリスはやめない。
「前も言ってたじゃない。セレナと一緒に居ると気が和らぐって。 一人っ子だったから寂しがり屋さんでもあるのね。」
「・・・。」
セレスは反論できなくなって下を向いてしまう。 その顔は真っ赤だ。彼が年上といえど、セレナにとっては従兄妹が可愛く見える。
「みんなお前のことが大好きなんだ。 だから、あまり無茶をしないでくれよ。もしものことがあったら、俺はロイ様に顔向けができない。」
「はーいはい。 分かってるよ親父。」
セレナはまた説教が始まりそうだったのでその場を逃げるように離れる。
自分をみんな大切にしてくれている。あたしにとっても皆は信頼の置ける大切な仲間だ。説教さえなければ・・・。
親父は今でも、きしどーせーしんとか言うのでうるさいし、姉貴はお世話焼きだし、セレスは勉強勉強ってしつこいし・・・。
でも、みんな大切な仲間。わかってるよ、あたしの事を思って言ってくれているって言うのは。

野宿をしている森林地帯から少し上がったところに、レオンが居た。
今日は月がキレイだ。 空には満天の星。 しかし、彼が見ていたのは星空では無い。 レオンはずっと向こうのを見ていた。
こういう場面で、セレナはじっとしていられない。彼女は後ろからそっと近づいて、驚かしてやろうと思った。
いつも凛々しい顔をしているレオンの顔がどうなるか、セレナは想像するだけでわくわくした。
「わっ!・・・・ありゃ・・?」
「・・・。」
セレナが後ろから急に大声を上げたのに、レオンは驚かなかった。
それどころか、セレナが声をあげる前からセレナのほうを向いてしまった。
「ちぇ・・・失敗か。」
「あれだけ足音を立てながら寄ってきたら、誰でもわかる。」
セレナは作戦が失敗した事を残念に思いながらも、また空を眺めるレオンに聞いた。
「ねぇ、何見てるの?」
「イリアだ。 俺はお袋を故郷においてきた。 さっさとこんな戦は終わらせて、故郷に帰らねば。」
セレナはその意味が良く分かってながらも、おどけて茶化してやる。
「へぇ・・・。レオンって男らしいと思ってたけど・・・まさか・・・マザコン?」
「ち、違うに決まっているだろ。 俺はただ・・・お袋に今まで寂しい思いをさせてしまった。だから、精一杯親孝行しようと・・・。」
「へへっ、わかってるって! 優しいんだね、レオンは。」
セレナがレオンの肩をポンッと叩きながら笑ってやる。レオンはいっぱい食わされたという顔で、セレナを見ながらフッと笑った。
「息子として当然の事だ。 お袋がどれだけ俺のことを想っていてくれたかを考えればな・・・。」


69: 手強い名無しさん:06/03/07 22:10 ID:9sML7BIs
「・・・あたしの両親も、あたし達双子の事、ずっと想ってくれていたのかな・・・。戦死するまで。」
レオンはセレナの声が今までの調子と違う事に気づき、自分より背の低いセレナを見下ろした。セレナは下を向いていた。
そして、彼には見えてしまった。下を向いていたセレナの顔から、雫が落ちるのを。
セレナが泣いていた。ついさっきまで笑っていたのに・・・。
「あ・・・悪かった。 お前には・・・親が居ないんだったな。」
「ううん・・・。謝らないで。別にレオンは悪くないよ。」
セレナは涙を悟られまいと、下を向きながら服で顔を覆ってそれを拭いた。
「きっと想っていたと思うぜ。 いや・・・今でもきっと空から見守っていてくれているだろう。」
「そうかな・・・。そうだよ・・・ね。」
「あぁ、自分の子供の事が心配にならない親なんていないと思う。それどころかな・・・。」
「うん?」
「親じゃなくても心配になるくらい、危なっかしいヤツだからな、お前はさ。お前の両親はヒヤヒヤしながら見ているだろうよ。」
「あー! さりげなくバカにしてるし!」
いつもどおりの膨れ面が、セレナの顔に戻った。泣いていたと思ったら今度は怒っている。本当に感情豊かなヤツだ。
「ほぅ、お前でも分かったか。」
「ぶーぶー。みんなさぁ、あたしのことバカにしすぎだってば。ほら、よく言うでしょ。のうある鷹は爪を隠すって。」
レオンはセレナの用いた諺が珍しく正しい事に酷く感動した。
「へぇ、お前でも諺を知ってるんだな。」
「あったり前でしょ。 悩み多き乙女は自分から悩んでいるとは言わないものよ。それを言い事にバカにするなんて・・・。」
「? ・・・やっぱりお前はお前だな。」
「は? そりゃそうでしょ。あたしがシーナになったらおかしいじゃん。」
レオンは目を瞑りながら、ふぅっとため息をついた。
「あぁ・・・そうだな。 お前と一緒に居ると疲れる・・・。」
「またなんかバカにされてる気がするけど・・・ま、いっか。ありがと、レオン。 悩みを聞いてくれて。」
「いいってことよ。・・・泣いてる女を見て何も感じないほど、俺も野暮じゃない。」
セレナは目を点にした。それと共に顔が熱くなっていくのが分かった。レオンに・・・泣き顔を見られた!
暫く沈黙が続いてから、セレナから口を開いた。
「でも・・・さっきの言葉、うれしかったよ。」
「何がだ?」
「親じゃなくても心配になるって・・・。レオンもあたしのこと心配してくれているんだね。」
「あぁ。お前、良いヤツだけど危なっかしいからな。親友が泣いてたら放ってはおけねぇよ。」
「な、泣いてなんかいないもん!」
「意地張りやがって・・・可愛いやつだ。」
セレナはレオンのその言葉を聞いた途端、体中の血が顔に集中するような感覚に陥った。
こんな感覚に陥ったのは初めてだ。熱い樽風呂から出たときも頭がボーっとするけど・・・今のとは違う。
「意地なんか張ってないもん! もう!」
セレナはそう言い放つと走ってレオンの元を去った。可愛いなんて言葉、クラウドの兄貴にはよく言われていたが、
あれは妹として可愛いといっているだけだった。しかし・・・家族以外の人に言われたなんて初めてだった。
レオンの言った可愛い意味は分かっていても、やっぱり意識してしまった。はぁ、悩み多き乙女は困るね。
悩ある乙女は愚痴を隠す!


70: 手強い名無しさん:06/03/07 22:11 ID:9sML7BIs
セレナはレオンの元を走り去ると、そのまま封印の神殿の入り口付近まで走って行ってみた。
夜の神殿は、自然と一体化していることも加わって、何か不気味な、神秘的な雰囲気を醸し出している。
自然の大きさに比べたら、本当に人なんて、ちっぽけなものなのかもしれない。
セレナが神殿を見渡していると、人影があることに気づいた。あのシルエットは・・・ナーティだ。
何をしているのだろうか。しゃがみこんで動かない。・・・まさか、トイレ?
何をしているのか確かめるために、セレナはその影に近づいてみる。ある程度近づくと、そのシルエットがはっきりしてくる・・・。
ナーティは・・・封印の神殿に向かって祈っていた。 あいつが祈るなんて・・・想像出来なかった。
レオンに向かって失敗したこともあり、セレナは今度こそと意気込み、そっとナーティに近づいた。しかし・・・。
「わっ!・・・うわぁ!!」
セレナがナーティの背後に立って驚かそうとしたその瞬間だった。
自分の首筋に、ナーティから目に見えない速度で短剣が飛んできた。
セレナは首筋に剣を当てられて脅かすつもりが度肝を抜かれてしまった。手で待って、待ってとジェスチャーをする。
「・・・お前か。」
さっきまで怖いほど鋭い目つきだったナーティが、剣をしまいながら元の目つきに戻す。
・・・と言ってもいつも鋭い目つきだけど。
「ひぇ・・・。 もう、危ないじゃない!」
首筋から剣を離され、セレナはふぅっと声を上げた。・・・ホントに死ぬかと思った。
「前にも言ったはずだ、私の背後には立つな、と。」
「あ、そうだっけ・・・? 忘れちゃった。」
「・・・お前の頭は鳥並みの忘却力を持っているな。」
「それほどでもぉ〜。」
「・・・。」
ナーティは、セレナから離れようとした。お前と一緒に居ると疲れる、という気持ちがその背中から滲み出ていた。
しかし、セレナは逃がしてくれない。距離を置いたナーティに走って寄って行く。
「ねぇねぇ! 何に祈ってたの?」
「別に。祈ってなど居ないが。」
「うそ。じゃあ、トイレ? 神殿で? 神聖な神殿でトイレ? うわぁー。」
セレナが早口でまくし立てる。落ち着いたナーティには珍しく、感情のこもった声で反論した。
「違う! お前の無事を祈っていたんだ!」
ナーティは言ってから自分の台詞に気づいたようだ。ばつが悪いと言わんばかりに視線を逸らす。
「へへっ、あんたもあたしのこと心配してくれてるんだね。」
「当たり前だ。雇い主が死んでしまったら、給金が出ないからな。お前が生きていれば後はどうでも良い。」
ナーティはいつもに様に、長い髪を風に流しながらさらっと話も流す。
「ちぇ、人間味のないヤツ。」
セレナは傍にあった石を蹴り飛ばしながら拗ねて見せた。ナーティは顔元で笑いながらも、すぐ元の顔つきに戻って言った。


71: 手強い名無しさん:06/03/07 22:11 ID:9sML7BIs
「お前の旅も、いよいよ大詰めだな。」
「あぁ、明日封印の剣を手に入れて、ベルンをぶっ倒す。そうすれば・・・。」
「世界は平和になる、と。」
「おぅ、ようやくこれで、両親の夢を達成できそうだよ。」
セレナが感慨深そうに言う。西方を旅立って早10ヶ月。
つい最近まで辺境の田舎娘としてのびのびと生きていたと言うのが嘘のようだ。
ある状況に長い間接していると、それは日常化する。日常化した状況は、安定しているものだと人に錯覚させる。
セレナは旅をすることが日常になっていた。だが、それは違った。ナーティがセレナにいつもより冷たい口調で警告した。
「本当か? ベルンを倒せば、本当にお前たちの両親の夢を達成した事になるのか?」
「ど、どういう意味だよ?」
「ベルンを倒して、その後どうするつもりなのだ? 大量に出る敗戦側のハーフをどうするつもりなのだ?」
「どうするって・・・。」
「今のままでは、世界を支配する種族がハーフから人間に換わるだけだ。
自分達を迫害していた者達が自分達より下層となれば、そこには必然的に差別や迫害が生まれる。
それでも平和と言えるか? 両親の夢を達成したと言えるか? もし言える思うならば、英雄の後を継ぐとはよく言えたものだ。」
セレナは、ナーティの厳しい口調に言葉が詰まった。 暫く考えた後、セレナは自分なりの考えを言った。
「あたしは、種族で括るのはいけないと思う。種族なんて関係ない。生まれてきただけで、誰でも皆幸せに生きる権利があるんだ。
だから、たとえベルンを倒しても、ハーフの人と仲良くやって行けたらいいなってと思っている。」
ナーティはそれを聞いて、あざ笑った。
そんなこと、できるはずもなかろうに。そんな気持ちが顔に表れている。
「お前の言っている事は理想を超えているな。
それができないから、人の心が弱いから、今このような状況が起きているのではないのか?」
しかし、セレナはいつもとは違い、真剣な眼差しで応えた。
「そうかもしれない。でも、間違ってるってわかってるんだから、それを正してやり直せばいい。種族による優劣何て無いんだ。
良いヤツは良いヤツだし、悪いヤツは種族関係なく悪いヤツだ。 問題視するべきは種族なんかじゃない。心の弱さが悪いんだ。」
ナーティはセレナの真剣な目を見つめ返しながら、更に彼女に問う。
「しかし、人の心の弱さ、考え方を変えるということはそう簡単にいくものではない。
お前も経験しただろう。イリアで母親の故郷を追い出されたろう。」
「わかってる。でも、あの人達も分かってくれた。だから、きっと変えられる。そう信じてる。」
「だが、彼らも本当に心の底から考えが変わったのではないのかもしれないぞ? 喉元過ぎれば・・・と言うだろう。」
ナーティはことごとくセレナの考えを批判的に捉え、反論してくる。
「のどもと・・・?」
「出来事が起こってすぐは皆気を引き締めるが、時が経てばそれを忘れて、出来事が起きる前の状態に戻ってしまうということだ。
彼らも今でこそ改心したように見える。だが時が経ち、平穏になれば、皆で協力する心を忘れ、高慢になるかもしれない。」
「それは・・・。」
「それが人の性だ。人は何度でも同じ過ちを繰り返す。
高慢になり、思いやりを忘れ、利己的な欲望を追求する事にしか目が行かなくなる。
そして自分と違うものを異端視し、迫害するようになる。これは宿命的だ。変える事など・・・不可能だ。」
ナーティはそう言い放った。確かに、ナーティの言う事は正しいように思えた。その“人間の性”が今も現在進行形で世界を蝕んでいる。
「・・・あたしはそうは思わない。間違っていると分かっているなら、きっとそれを解決できる方法があるはず。
あたしはそれを探す。 それが難しいと分かっていても、あたしは絶対にあきらめない。
それが・・・あたしの信じる理想の世界だし、両親が目指した夢だもの。
最初から無理だとあきらめて、何もしなかったら、状況は悪化するばかりだもの。そんなは・・・嫌だよ。」


72: 手強い名無しさん:06/03/07 22:11 ID:9sML7BIs
セレナの言葉をナーティはずっと目を瞑って聞いていた。・・・やはり、こいつは英雄ロイの子だ。
「そこまで意志を固めているのならば、頑張るが良い。」
人は、一度“常識”とも呼ばれる考えを持つと、その考えに縛られて自由な考えができなくなる。
それが本当に正しいのか考える事もなく。
大切な事は、現在の考えが本当に正しいのか自分の目で見ること。それを頭で考え何が本当に正しいと言うのかを吟味する事。
人間は一時の感情で動いてしまう。その感情は時として正常な判断を狂わす。 その時、何かが歪む。
一度の歪みは些細なものでも、それは時を経ることで後戻りできないほどの大きなねじれとなって人々の前に現れる。
それを元に戻す事は容易ではない。
しかし、それを無理だと言ってあきらめれば、ねじれはもっと酷くなって行く。
その時無理とあきらめず、何が正しいのか見極め、ねじれを正すために自分で考え、動く事こそ、
もっとも大事であり、尚且つ難しい事なのだ。
セレナ・・・お前はそれがわかっているようだな。これならば、もう大丈夫だろう。
ナーティは心の中でセレナの頭をなでてやった。そして、目を開けるとセレナに言った。
「話は変わるが、ちょっとお前の母親の日記とやらを見せてはくれぬか?」
セレナはナーティにしては風変わりなお願いに、一瞬目を丸くして驚いたが、すぐに承諾し日記を持ってきた。
ナーティは1ページ1ページを丹念にゆっくり読んでいるようだった。セレナもその様子をずっと見ていた。
何故か話しかける気もしなかった。ずっと、ナーティが日記を読み終わるまでずっと黙ってナーティを見ていた。
「・・・ふぅ。」
ナーティがようやく日記を読み終えると、疲れたのかため息をついた。 そして、セレナに日記を手渡しながら言った。
「よし・・・セレナ、剣の稽古をするぞ。剣を取れ。」
「へ? こんな時間から?」
「・・・嫌か? ならいい。」
「まさか! やろうぜ!」
セレナは剣を抜き、ナーティに向かって剣先を向けた。こいつはあたしのライバルだ。いつか絶対に倒してやる。
そう思って今まで剣を鍛えてきた。 最初に比べたらだいぶ強くなったと自分では思う。周りもそう言ってくれている。
でも、まだ足りないものが一杯あるんだ。
剣の技も、心の強さも・・・こいつは、あたしに足りないものを知ってるし、持ってる。
絶対にこいつの技や心を吸収して、世界一の剣士になってやる。
「よし・・・セレナ。お前に一つ技を伝授してやろう。」
今まであたしが教えてくれとねだっても、自分で探せと言って教えてくれなかったナーティだ。
それなのに、ナーティから教えてやると言うとは。
「おぉ! よーし、頼むよ!」
「フッ・・・その調子だ。 これは月光剣と言い、相手の防御を崩して、大きなダメージを与える奥義だ。
お前は二刀流だから、もし習得できればかなりの殺傷力になるはずだ。」
「おぉ! 出た! あたしの一番覚えたかったやつだ! 前自己流でやってみたんだけど、上手くいかなかったんだよなぁ。」
はしゃぐセレナを見ながら、ナーティは剣を握る手に力を込めた。
真剣にこちらを見つめるセレナに、できる限りの詳しい説明と実践で自分の技を伝授する。
セレナも技を何とか習得してやろうと必死になる。自分が憧れた技を、憧れの師匠が教えてくれる。絶対に・・・覚えてやる!
「よし、そうだ。もっと腰を入れて振り切るんだ。上半身だけでやったら力が入らないぞ!」
「こう?」
「力が弱い! もっと力を入れて振り下ろせ!」
ナーティはかなり長い間、深夜遅くまでセレナの稽古に付き合ってやった。 静かな森に、木刀のぶつかり合う音がこだます。


73: 手強い名無しさん:06/03/07 22:12 ID:9sML7BIs
長い時間をかけて編み出された技だ。そうちょっとやっただけで完全にマスターできるはずはない。
それでもナーティは時間を惜しむかのように、セレナがやめようと言うまで付き合ってやる。こいつならきっと出来るはずだ。
「はぁはぁ・・・どう?」
「ふむ・・・だいぶ形にはなってきたな。まだやるか?」
「もちろん! マスターできるまでやる!」
その後も二人は稽古を続ける。 いつもは穏やかなセレナも、そっけないナーティも同じように、
真剣な熱の入った顔で互いの剣をぶつからせる。
良いかセレナ・・・お前は剣を、人を殺める為の道具として使ってはならぬ。人を斬る剣は、何れ自らを滅ぼす。心も体もな。
お前は剣を・・・自らの心を正しい道を求めるために用いなければならない。決して、自分だけのために用いてはならない。
いいな・・・セレナ。お前は・・・道を誤るなよ。
二人を月の光が照らす。二人はその光に頼って剣を打ち続けた。
そして、セレナの剣の軌跡が、月の光によって綺麗な弧を描いたその時だった。
ナーティの持っていた剣が、セレナの双剣から繰り出された月光の如き波動によって弾き飛ばされた。
「おぉ!? 今良い感じだったことない?」
セレナは剣が上手くいったことに、歓喜の声を上げた。そのはしゃぎようはまさに少女だった。ナーティの口元に笑みがこぼれた。
しかしその声を聞いて、アレンが飛んできた。
「セレナ! まだ起きていたのか! 明日も早いのだからもう寝なさい!」
「はぁーい。」
セレナがアレンにお尻を叩かれながら、皆が寝ている場所に戻っていく。しかしそれでも立ち止まってナーティに向かって叫んだ。
「ありがとうございました! し・しょ・う!」
ナーティも笑みをこぼしながらセレナに向かって叫んだ。
「私の教えを、自らのこれからに生かし、育てよ。」
セレナは暗闇でもはっきり分かる、太陽のようなの笑顔でナーティのその言葉に返した。
アレンはセレナが戻ったことを確認すると、ナーティに言った。
「まったく・・・ナーティ殿も、セレナ様の事を心配してくださる事は真に有難いですが、
明日も早いのですから程ほどにしてください。」
「すまない。つい熱が入ってしまった。」
アレンがあくびをしながら戻ろうとした。それをナーティが呼び止めた。
「アレン殿。」
「? 何か。」
「・・・セレナを頼むぞ。」
「あ・・・あ、はい、もちろん。」
アレンは眠いのも手伝って、ナーティの言葉に生返事をした。
なにしろアレンにとってセレナを守る事は、君主であるロイから託された遺言なのだ。
だから、今更ナーティに言われなくても当然であったからだ。それゆえアレンは深く考える事もなく床に付いた。
・・・セレナ、お前はこれから絶望と言う、高さの計り知れない壁にぶつかるだろう。
そのときでも、絶望することなく、諦めず、投げやりになることなく自分と言うものを貫け。
お前なら・・・できる! いや・・・やってもらわねばならんのだ・・・。


74: 見習い筆騎士 56J2s4XA:06/03/14 09:52 ID:gAExt6/c
どもう、お久しぶりです。
近頃やっと、ストーリのエンディングまでの具体的な骨組みが完成しました。
現在、ちょっとした話の見直しをしております。
執筆を始めてはや11ヶ月。 構想を練り始めて実に1年半・・・。 早いものです。
まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。

75: 手強い名無しさん:06/03/27 17:11 ID:uXhCMmwM
もう誰も読んでないよ


76: 手強い名無しさん:06/03/29 00:17 ID:3.QiyYXs
そんなことはない

77: 手強い名無しさん:06/03/31 12:10 ID:E1USl4sQ
>>75
orz

>>76
まだ読んでくれている方が居られるかも知れないし
そうでなくても、最後まで書ききると宣言した&大陸に戦争を残したまま話を終らせるのも辛いので
sage進行で近日中にラストまでアップします。

78: 第三十章:The Judgment Of Justice:06/04/02 09:18 ID:gAExt6/c
夜が明けた。 山岳部特有の針葉樹が朝霧にぬれて、その葉先から雫が落ちる。実に清々しい朝。
封印の神殿の周りは特に幻想的だ。まるで吟遊詩人のリリックに出てくるような、まさに情緒溢れる光景だ。
「うーん。よく寝たぁ!」
シーナが近くの小川で顔を洗っていると、後ろから姉の元気な声が聞こえてきた。そちらを見ると、声どおりの元気な顔があった。
「あ、姉ちゃん。おはよう。」
「おっはよぉーう!」
いつも以上にハイテンションである。シーナはそんな元気な姉が嬉しかった。それと同時に羨ましかった。
魔剣を前にしてたじろいていた姉なのに、もう気持ちを切り替えている。
「いよいよだね、姉ちゃん。」
「おぅ! 任せとけ!」
シーナは姉に顔を拭くためのタオルを渡すと、皆が居るところに戻っていく。それをセレナが無言で見送った。

朝は天気が良かったのに、もう曇ってきた。山間部の天気は変わりやすい。
食事を終わった一行は、早速封印の神殿に足を運ぶ。16年前の激戦の後が、封印の神殿に残っていた。
マードック将軍が自らの命を懸けてまで行った攻撃によって空いた神殿天井の穴が、今も残っていたのだ。
「ここが・・・封印の神殿なのか・・・。」
セレナは、両親が歩みを止めてしまった場所を一歩一歩進む。
そして少しずつ、神殿最奥にある封印の剣を納める台座を目指す。
今回はファイアーエムブレムがない。 その代わりとして、神将器の力を借りるのだ。
神将器はすべてそろえれば、死者をも蘇らせる強大な力を持つ。 その力に頼るのだ。もちろん、正規の封印解除法ではない。
そのために、いつも以上に剣の使い手としての資質を問われる事となる。 名のある剣は使い手を選ぶと信じられている。
相手は世界最強とも名高い、神将器をまとめる封印の剣だ。 きっと要求される力は相当なものだろうと、セレナは思った。
父親が扱っていた剣を自分は使えるだろうか。いや、使いこなさなきゃならないんだ!

一行が最奥にたどり着いた。そこにはあった。 台座に納められた竜封じの魔剣が。
広い神殿の広間の真ん中に、たった一本の剣が静かに立っている。 その剣の為だけに、この広間は造られていた。
「よし、セレナ。 神将器を封印の剣の周りに全て置くんだ。」
ナーティに言われるがままに、セレナは今まで集めた神将器を封印の剣の周りに置く。
斧、理、光・杖、剣、槍、弓、闇・・・それぞれの神将器を手に入れたときの喜びが、感慨深く思い出される。
全てを置き終ると、ナーティがまたセレナに声をかけた。
「置き終ったか。 よし、では台座から降りて、下から最後の封印の剣の守護精霊に祈るか。」
台座は祭壇もかねているのだろうか。 一行は台座から降りて、アリスが先陣を切り、膝をつき、目を瞑って祈りだす。
しかし・・・アリスには見えてこなかった。 封印の剣の守護精霊と言うものが。
何時は心で話しかければ答えてくる守護精霊が、全く反応してこない。 いや、反応はあるのだが・・・その反応が弱い。
あまりに弱すぎて、対話が出来ない。 それでも、アリスは心の対話を続けた。 この剣がなければ、ベルンに勝てないのだから。
暫くして、封印の剣のほうから声がしてきた。 ・・・封印の剣の守護精霊が光臨したのだろうか? いや・・・これは違う!
「ははは・・・。 セレナさん? ご苦労様でした。」
一行が目を開けた先には、見たこともない女性が立っていた。
「お前は誰だ!」
セレナがすぐに剣を抜きながらその女性に問うた。 他の面子も武器を取る。しかし、その途端、シーナが悲鳴をあげた。
「きゃぁ!?」


79: 手強い名無しさん:06/04/02 09:18 ID:gAExt6/c
「動くな・・・。 動けば、シーナの命はない。」
セレナは目を疑った。 シーナの喉元に剣を押し当てていたのは・・・。
「ふふっ、ナーティ、貴女も今までご苦労様。」
「はっ、勿体無いお言葉。」
セレナは状況を把握できずにいた。 何故、ナーティがシーナに剣を向けている? 何故、相手に敬語を使う?
むしろ・・・今ここで何が起きている?? 頭が真っ白になった。
皆はシーナを人質にとられ、身動きが出来ない。 その間に、台座の上に立つ女性の右腕であろう司祭が神将器を回収している。
神将器の回収が終ると、ナーティはシーナをセレナ達のほうに押し飛ばしながら、メリアレーゼの横まで行き、跪く。
「ナーティさん?! どういうこと?」
ナーティはシーナの言葉に返事を返すこともなく、黙って膝をつく。
司祭が部下と神将器を持ちながら転移の術で消えた。 それを確認すると、メリアレーゼは一行に向かって言い放った。
「セレナさん、私の名前はメリアレーゼ。 ベルンを、そして世界を総べし者。
貴女のおかげで我が野望が達成します。 流石英雄ロイの子とでも言っておきましょうか。 本当に感謝していますよ。」
「お前の野望?? どういうことだ!」
「ふふっ。 劣悪種である貴女達に語ることなど何もない。 しかし・・・冥土の土産に教えておいて差し上げましょう。
私の野望は、差別のない、平等な世界を作る事。」
その言葉に、セレナは一瞬驚いた。 自分と同じ・・・?
しかし、すぐに我に返った、兄貴が激怒しながら反論したからだ。 その声は何時もの様な兄貴の穏やかな声ではなかった。
「ふざけるな! 人間を迫害し、自分達の種族を優遇する施政をしておいて、何が差別のないだ! 何が平等だ!」
熱くなるクラウドを嘲笑しながら、メリアレーゼは続けた。
「ふふふ・・・。 やはり劣悪種に味方するような愚か者では理解できませんか。 まぁ良いでしょう。ナーティ、後は任せましたよ?」
「御意。」
メリアレーゼはそう言い残すと、漆黒の翼を広げ、そのまま羽ばたいて去っていった。
「待て! 神将器をどうするつもりだ!」
飛んで追いかけようとするセレナに、高威力の光魔法が飛んできた。
セレナはその魔力の前に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられてしまう。 神竜であるセレナが吹っ飛ばされるほどの魔力・・・。
「ナーティ殿! 何て事を!」
アレンがセレナを抱き抱え、アリスがそれを治療する。
「・・・お前達は、よくやってくれた。」
「あんた・・・どういうつもりなんだ! 敵に寝返るなんて! そうか、これも何かの作戦のうちなんだよな? そうだよな?!」
封印の剣の前に仁王立ちになっているナーティに、セレナが叫んだ。
今まで信じていた師匠が、自分達を裏切って、敵に神将器を渡してしまった。 セレナには信じられなかった。
「寝返る? フッ、バカが。 私は元々ベルン側の者だ。」
そう言うと、ナーティは背を向けながら上着を脱いだ。 そして、体を覆っているサラシを解いて行く。
サラシの下から現れたものに、一同は絶句した。
サラシを解いた途端、メリアレーゼと同じ漆黒の翼が現れたのだ。
今まで伸びることを阻んでいた物がなくなり、妖艶さを漂わせる程、背に広がったのである。
そして、背や腕を中心に、何か呪文のような真っ黒なタトゥーが体中に施されていた。
「私は、メリアレーゼ様の忠実なる僕。 神将器回収を命じられた、ベルン三翼の一人だ。」
「翼?! ナーティさん・・・人間じゃなかったの!?」
驚くシーナ。 こんな漆黒の翼なんて見た事がない。
「な・・・あんた、怪しいと思ってたけど・・・やっぱ俺達を騙してたんだな!」


80: 手強い名無しさん:06/04/02 09:22 ID:gAExt6/c
クラウドが槍を持って突撃しようとするのを、アレンが止めた。 一人で突っ込んで勝てる相手ではない。
クラウドの言葉を聞いて、ナーティは服を着ながら睨むように返した。
「騙す? 騙してなどいない。 セレナは、皆が差別されない世界を目指すといったのだ。 メリアレーゼ様もそれを望んでおられた。
お前達の望む世界を、メリアレーゼ様が叶えてくれるのだ。 むしろ感謝して欲しいところだな。」
「ふざけるな! これだけ人々を迫害して、罪もない人たちを殺して、何が平和だ!」
「罪もない人を殺す・・・? それはお前達も同じことだろう。 戦争を起こせば、苦しむのは力のない民だ。
戦争を仕掛けた人間が何を言っている?」
ナーティが腕組みをしながら嘲笑し、セレナは言葉を失ってしまう。
「それは・・・。」
「違う! 私達は皆が笑って暮らせるような世界を作りたいだけ! 自分の種族だけがいい思いをする世界なんて、私達は求めてない!」
黙ってしまった姉をシーナが助ける。 その言葉に、ナーティは嘲笑を止めた。
「同じことだ。 メリアレーゼ様は世界を救ってくださる。 それを邪魔するものは・・・私がこの場で始末するのみ!」
ナーティが剣を抜き、セレナ達ににじり寄る。 その目付きは、獲物を狙う隼のようだ。
その体から、今までの将とは比べ物にならないほどの、超強力なエーギルが発せられていることがわかる。
こんな強力なエーギルを、今までのナーティから感じたことはなかったから、一層焦った。
一行が武器を取り、構えようとしたそのときだった。 ナーティが視界から消えた。
いや、目にも留まらぬ電光石火の早業で一気に詰め寄ってきていた。 そして、魔力の篭った剣でクラウドを吹き飛ばした。
「!? うがっ。」
あんな細い腕で、鎧を身にまとった騎士をふっとばし、壁に叩き付けた。 今までと動きが全く違う。
その強さは半端ではない。 体力には自信のあったクラウドも、もう動けなかった。
アレンがナーティに槍を振り向ける。
しかし、ナーティにはかすりもしない。アレンほどの熟練の騎士ですら、攻撃をあてる事ができない。
「どうしてですか! ナーティ殿。 我々はあなたを信じていたのに!」
アレンがナーティの剣を槍で受けながら言った。 しかし・・・凄まじいパワーだ。相手の動きを目で追うことで精一杯だった。
「信じる? それはお前達が勝手に思い込んでいただけだろう。 そんな独りよがりの感情は、私にはない!」
ナーティの剣が、何度となくアレンを捕らえる。 そして、怯んだところをクラウドと同じようにふっとばす。
更にそこへ間髪いれずに魔法を放とうとしていた。
シーナがそれを止めようと攻撃にかかる。この距離なら、詠唱を阻める・・・。しかし
「貴方もこれで終わりだ! 受けよ神の裁き、ディヴァイン!」
ナーティは殆ど詠唱をすることもなく、壁に打ち付けられて身動きのとれずにいるアレンに向かって光魔法を放った。
「アレンさん!」
向こうで土煙が上がる。 それを見たアリスが、すぐに杖を持って走った。
シーナはそのままナーティに細身の槍を向けた。 しかし、見事に空振りしてしまう。
・・・いや、空振りしたのではない。 もう既に、そこにはナーティの姿はなかったのである。
ナーティのいる場所は・・・何とアリスの正面だった! いきなり目の前にナーティが現れて驚くアリス。
「!?」
ナーティはアリスが声をあげる間もなく、剣の柄でみぞおちを突き、アリスを気絶させた。
「アリスさん! くそ、ワープまでするのか・・・。」
神将器を失ったセレスは、しかたなくエイルカリバーで対抗する。 翼を持ち、空を舞うものに対し特に威力を発揮するはずだ。
今度はレオンに襲い掛かろうとするナーティの背に、素早く詠唱し、風の刃を放った。
捉えた。 刃は、確実にナーティの翼を捕らえている。 翼を傷つけられれば、流石に相手も飛べまい。セレスはそう思った。


81: 手強い名無しさん:06/04/02 09:22 ID:gAExt6/c
だが何と言うことだろうか。 相手はエイルカリバーを無視してレオンを切り刻んでいた。
レオンも必死で鉄の槍で防御する。
しかし神将器を失い、何時もと勝手の違う戦い方を強いられる彼には為すすべはなかった。
「くそ、なんて力だ。 俺達には過ぎた相手かもしれん・・・。」
だが、負けるわけには行かない。 ここで負けたら、母を故郷に残してまで世界を変えようとしたことが無駄になってしまう。
なんども相手の剣を受け、槍で反撃するが、力の差は歴然だ。 とうとう背後に付かれ、一気に切り崩されてしまった。
「ちっ・・・すまん、セレナ・・・おふくろ・・・。」
墜落する主人を、飛竜が何とか背で受け止め、地面に降ろす。 セレスは唖然とした。
「な・・・。 まさか、僕の魔法が効いていない!? そんなバカな!」
「愚か者が! 人間の魔力など、私から見ればチリのようなものだ。 真の魔力というものを見せてやろう!」
ナーティが頭上に腕を伸ばす。 その手の先に、凄まじい勢いでエーギルが集中するのが分かる。
「貫かれるがいい! ライトニングスピア!」
振り上げた手に握られた光の槍を、ナーティはセレスに向かって投げつける。
ナーティから放たれた無数の光槍がセレスを貫いた。 何てスピードだ! なんて・・・威力なんだ・・・。
賢者という、魔道師の中でも高レベルの力を持つセレス。 魔法に対する抵抗力も人間の中では高いはずだ。
そのセレスの高い魔法防御も、ナーティの光槍の前では紙同然だった。 槍はセレスを貫通し、向こうで分厚い神殿の壁をも砕いた。
「ぐっ・・・この僕が・・・まさか・・。」
セレスが信じられないといった言葉を漏らし、倒れた。 息はまだあるが、もう動けなかった。
どんどん仲間が倒れていく。 回復する間も与えられることなく・・・。 自分達には荷が重過ぎる相手だ。
「ナーティさん! やめて! 私は貴女とは戦いたくないよ! 仲間だったじゃない!」
信じたくなかった。 自分の敬愛する人が、自分を殺そうと飛んでくる・・・。
シーナが槍を構えず、手を広げて自分に迫ってくるナーティに向かって叫ぶ。
しかし、ナーティはその言葉に返すこともなく、無言で詰め寄ってくる。
その目は隼のように厳しく、そしてどこか悲しげだ。
そして、シーナに剣を振り下ろす。 彼女には自分の想いは通用しない。
何とか槍で受けるが、その衝撃でバランスを崩した。
そこをナーティが見逃すわけもなく、シーナの胸元に容赦なく一太刀を浴びせた。
「あぁっ?!」
剣は鎧に当ったが、それでも強力な魔力の篭った剣は相手の皮鎧に大きな痕を残し、シーナはその衝撃で気を失ってしまう。
ダメだよ。 仲間同士で殺しあうなんて・・・ダメだよ。
ナーティさん・・・ダメだよ。 私はナーティさんのこと、大好きだったのに。

残ったのはセレナだけだった。 皆を倒され、残ったのは自分ひとり。
自分だけ残った孤独感と、強大な敵を前にした恐怖が、セレナの頭の中を真っ白にする・・・。
「ちくしょう! 何でだ! 何でだよ! あんたもあたし達の理想に共感してくれたじゃないか!」
「理想・・・? フッ。 そんなものは・・・戯言だ。」
ナーティは髪を梳かしながらそう冷たく言い放つ。
「理想なんてものは、自分に都合の良いように考えられた夢物語だ。
もはや私にはそんな夢・・・戯言に付き合っていられるほど、心に余裕はないのだ。」
「戯言だと!? ふざけろ! 理想があるから戦える! 夢を諦めたら、何も残らないじゃないか!」
セレナの怒声に、ナーティは一旦目を瞑った。 そして、目を開けると、きっぱり言い切った。
「・・・。 その理想が、達成不可能なものなら、それは理想とは言わん。 ・・・幻想だ。」
「黙れ! やって見なくちゃ分からないだろ!?」
「もはや・・・お前に語ることはない。 ここで・・・死んでもらう。 死にたくなければ、全力でかかって来い!」
ナーティが自分に向かって飛び込んでくる。 その剣から魔力が溢れていることが、発せられているオーラから分かる。
ナーティが放つ光速の剣を利き腕と反対の剣で受ける。 そして、相手の剣を払って利き手に握る剣で斬りかか・・・れない!


82: 手強い名無しさん:06/04/02 09:23 ID:gAExt6/c
払う前に既にナーティは次の攻撃に入っている。 ・・・早い! これがこいつの真の実力なのか・・・?
暫く剣を打ち合う。 セレナは必死だ。 あんな・・・親父すら吹き飛ばすあんな剣を受けたら、自分ではひとたまりもない。
しかし、戦いは一方的だった。 セレナはもう防ぐことで精一杯だった。 衝撃で少しずつ後ろに押されていく。
「どうした? もう終わりか?!」
セレナはナーティの嘲り半分の言葉にすら、言葉を返すことが出来なかった。 そんな余裕もない。一瞬でも気を抜けば・・・。
「私が教えた事を忘れたか? アレだけ稽古に付き合ってやったのにな!」
とうとうナーティがセレナの剣を弾き飛ばした。 防御ばかりで握力が弱っていたのだ。
「うわっ!」
「剣を拾え! お前の腕前はその程度か?!」
セレナはこの言葉に戸惑った。 こいつはあたしを殺そうとしているはず。 それなのに・・・?
あたしは言われるがままに剣を拾った。 こいつは本気なんかじゃない・・・あたしで遊んでる!
剣を拾ったセレナは、今度は自分から攻めに出る。 攻撃が最大の防御が自分の信条だった。 防御なんてらしくない!
しかし、双剣から繰り出す剣技を全て、一本の騎士剣で受け止められていた。 その目は明らかに自分を蔑んでいる。
「フッ・・・これが英雄ロイの子とは・・・親が悲しむな。」
「黙れ!」
その後もセレナは攻め続けるが、一太刀も浴びせることが出来ない。 完全に自分の攻撃を読まれていた。
ナーティは攻めに出ることもなく、セレナの攻撃を剣で受け続けていた。 まるで、それを楽しむかのように。
剣と剣がぶつかり合う音だけが、静かな神殿の中にこだまする。
じきにナーティがセレナの剣を払って距離開けた。
「お前は何を考えている? 私はお前の敵なのだぞ?」
いきなりワケのわからないことを言われて、セレナは言い返した。
「んな事分かってる! いきなり何を言い出すんだ!」
「本当か? お前の剣には迷いを感じるぞ? いいか、私はお前の敵だ。 師匠でも、仲間でもない!
いい加減に甘い考えは捨てろ! お前など、いつでも殺せる。
だがな、自分が稽古をつけてやった奴がこんな軟弱者では、私が納得いかん! 全力でかかって来い!」
ナーティの言葉に、セレナはカッとなった。
「バ、バカにするな!」
セレナが我を忘れて剣を打ち込む。 相手に情けをかけられている。 こんな屈辱的な事はない。
そんなセレナの剣を、ナーティはまた不気味な笑みをこぼしながらひたすら受け続ける。
しかし、暫くして、ナーティがまたぼやく。
「・・・お前は何処までも甘いヤツだ。 言っても分からぬのであれば・・・。」
ナーティはセレナの剣を払うと、セレナの目の前から消えた。
「なっ?!」
見失ってしまった。 セレナは焦って周りを見渡す。 そして、背後に気配を感じた。
しかし・・・そのときには手遅れだった。
「遅い!」
そう言いながら、ナーティはセレナの背中に重い一撃を加えた。
ナーティの魔力が篭った魔法剣の前に、自分の魔法防御が通用しない・・・。
セレナは一撃で膝を突いてしまった。
「ぐぅっ・・・。」
「さらばだ・・・。」
ナーティが膝を突き、動けずにいるセレナに止めの一撃を刺そうとした、その時だった。
「ワレニ アダナスモノ、スベテ ソノ チカラヲ モッテ、メッセヨ。」
セレナが凄まじい魔力を伴って空に舞い上がった。 ナーティが飛び上がったセレナを見上げる。
「フッ・・・やっと本性を現したか。」
セレナの目は我を失っている。 竜としての力が暴走を起こしてしまったのだ。
力の暴走の前に、自身を兵器と化したセレナは、声にならない大声で吼えると、無心にナーティに襲い掛かる。


83: 手強い名無しさん:06/04/02 09:23 ID:gAExt6/c
ナーティも先ほどの余裕満々の顔から、また隼のような厳しい表情に戻った。
お互いが激しい剣の打ち合いを空中で展開する。 先ほどの戦いとは比べ物にならないほど壮絶だ。
セレスはずっとその様子を横たわりながらずっと見ていた。 彼は動けぬ体でその様子を見ているしかなかったのだ。
だが、その空中戦を見てゾッとした。 お互いが自らの放つエーギルのオーラに包まれ
それすら見えなくなるほどのスピードで空中を駆け回り、剣を打ち合っていたのである。
ナーガの化身であるセレナを、ナーティは完全に抑えこんでいる。
しかし、今までとは様子が違う。 セレナの剣撃を剣で受けるだけでなくすぐに反撃している。
どうやら本気のようだ。
次第にセレナが追い詰められてきて、セレスは焦った。ナーティは無傷でないにしても
セレナが相手に殆どダメージを与えられていない。 あの状態のセレナが追い詰められるなんて。
言葉通り無我夢中にセレナはどんどん攻める。 そして、遂にあの技を使った。
「喰らえ! 月光剣!」
昨日ナーティが教えた技だった。 それをものの見事にマスターし、強敵相手に・・・教えた本人のナーティに使って見せた。
ナーティはそれを剣で弾くと満足げな顔をし、一気にセレナを弾き飛ばした。
「そろそろ終わりにしようか。 ライトニングスピア!」
ナーティがセレナに向かってあの光魔法を撃ち込む。
セレスはただ驚愕するしかなかった。 先程自分に撃ったものよりはるかに強力なエーギルをその魔法から感じたからである。
あれは・・・手加減していたのか。 あれで・・・手加減していたのか・・・?
セレナはその魔法を避けきれず、吹っ飛ばされた。 あたり一面が目を開けていられないほどの閃光に包まれる。
凄まじい衝撃波があたりを襲い、セレスもその衝撃で壁に叩きつけられ、気を失ってしまった。
閃光が収まると、セレナは倒れていた。 ナーティがその前に剣を握りなおして立つ。
「・・・うぅ・・・信じて・・・・いたの・・・に・・・。」
「・・・。」
またここで・・・両親が歩みを止めたこの地、この場所で・・・自分達も歩みを止めてしまうのか・・・。
「理想だと・・・信じていただと・・・? そんなものは、独りよがりの戯言だ・・・。」
薄れ行く意識の中で、ナーティの言葉が聞こえてきた。 もう反論することも出来なかった・・・。
あたしは意識がなくなって・・・目の前が真っ暗になった。
ごめんね・・・父さん、母さん・・・もうあたし・・・ダメみたいだよ・・・。 本当に・・・ごめん・・・。
ポツリポツリと雨の雫が落ちてきた。 そしてそれはすぐに大雨になっていく。
ナーティはそこでずっと立ち尽くしていた。 雨とは違うものを、頬に伝わせながら。


84: 第三十一章:新たなる旅立ち:06/04/02 09:24 ID:gAExt6/c
あぁ・・・幸せ。 あたしは気付くと母さんに撫でられていた。 死んだはずの母さんに。
という事は、あたしは死んじゃったのか・・・。 ナーティに・・・殺されてしまったのか?
しかし、そう考えていた矢先だった。 あたしを撫でていた母さんが突然、あたしを突き放した。
「母さん?!」
「あなたは・・・まだやるべきことがある・・・行っておいで・・・。」
母さんの元に走って戻ろうとしても、母さんはそれ以上のスピードで遠ざかっていく。 待って・・・!
やっと追いついた! そう思って抱きつこうとしたその時だった。
母さんだと思ったそれは何とナーティだった!
彼女は凄まじい形相で、丸腰のあたしに斬りかかって来た。 避けられない!
「はっ!」
あたしは目が覚めた。 ・・・夢だ。 あたしは生きていた。
封印の神殿でナーティと戦って・・・負けて・・・ここはどこ?
「あぁ! セレナ、やっと目を覚ましたか。 よかった・・・。」
アレンが安堵の声をあげる。 アレンにとっては三度目だった。 自分の主が生死の狭間を彷徨ったのは。
彼はセレナが気付くまで生きた心地がせず、食事も喉が通らなかった。
「親父・・・ここは?」
セレナがアレンに聞いた。 この匂いは・・・どこかでかいだ覚えがある。 この暖かな匂い・・・。
「ここは・・・ジュテ族領地だ。 スー殿もおられたから間違いはない。」
「えぇ?! サカぁ?! 何でまたこんなところに・・いたた・・・。」
アレンがセレナの包帯を取り替える。 そして、セレナの問いに答えようとした時、シーナが入ってきた。
どうやら今のセレナの大声に気付いたようである。
「あー! 姉ちゃん、無事だったんだね! さすがぁ!」
「流石ってどういうことよ! あいたたた・・・親父! もっとやさしくやってってば!」
「だって・・・姉ちゃんボロボロだったらしいよ? よく生きてたなって、ここの人も言ってたもん。」
セレナは思い出した。 ナーティとの激戦を。 確か・・・最後に魔法を受けて吹っ飛ばされたんだっけ。
あの時もう体に感覚なかったし・・・腕が動かなかったってことは・・・折れてた?
セレナは腕を動かしてみる。 激痛はするがちゃんと動く。 やはり竜族だから体の再生能力も高いのか?
「我々がここにたどり着いた理由は、お前が完治したら教えてくれるとスー殿は仰っていた。
もう少しの辛抱だ。 まだ寝ていなさい。 ここなら、ベルンが攻めてきても、皆が守ってくださる。」
アレンがセレナの包帯を巻き終えると、部屋の外へ出ていく。
「うーん・・・。 世界を救わなくちゃいけないのに、逆に守ってもらうなんて・・・。 何か変な気分・・・。」
セレナが顔をしかめるが、シーナは姉を励ました。
「もう! こういう時だけ深く考えなくてもいいじゃん!」
「こういうときだけって何よ! ・・・あいたた・・。」
セレナは怒鳴るたびに体がきしんで仕方がなかった。
そこにレオンが血相を変えて走りこんできた。 彼はセレナの元気な顔を見て安堵したようである。
「無事だったか・・・。」
いつもクールな彼の顔元が緩んでいるのを見て、セレナも笑顔で答えてやった。
「うん、心配かけたね。」
「へ、別に心配何かしていない。 殺しても死にそうに無いお前の心配をしても、骨が折れるだけだ。」
レオンはそれだけ言うと、また外に出て行ってしまった。
セレナはまたバカにされて、レオンの出て行った方を顔を膨らしている。 何しに来たのよ、あいつは。
他の者達は、アレだけの激戦であったにも拘らず、幸い軽症だったらしい。
ナーティの魔法の直撃を受けたアレンやセレスも軽症で済んだというのだから不思議だ。
セレナは妹に看病されながら色々考えてみる。 今でも信じられなかった。あいつが・・・
あたしのことをあんなに理解してくれていたあいつが・・・あたし達を裏切って・・・違う、ベルンの人間・・・
いや、竜族の血を引いたヤツだったなんて・・・。
もう、何が正しくて、何を信じればいいのか分からなくなってきてしまった。


85: 手強い名無しさん:06/04/02 09:25 ID:gAExt6/c
セレナは体が動くようになるとすぐに、スーの元へ行ってみた。
外には他の仲間もいた。 元気そうである。
「あら、もう元気になったの? 無理をしてはいけないわ。」
スーが包帯だらけで歩き回るセレナを見つけて呼び止める。
「うん、へーきへーき。 もうピンピンだよ・・・あぅ。」
セレナが体を大きく動かして元気振りをアピールするが、やはり傷は完全にはいえていないらしい。
体に何か鋭く走る感覚に襲われ、体に力が入らなくなる。
「ほら、まだ寝てなきゃ。」
自分を介抱しようとするスーを押し切り、セレナは続けた。
「大丈夫だって! それより、なんであたし達がここにいるのか教えて。」
「言ったでしょう? 怪我が完治したら教えてあげるって。」
スーには分かっていた。 セレナが焦っている事が。
そして、真実を言えば、例え怪我をしている身であっても突っ込んでいくことが。
「もう直ったよ! それに、この瞬間にも苦しんでいる人がいるのに、いつまでも寝てられないよ!」
「貴女が皆を心配しているのと同じくらい、皆は貴女を心配しているのよ?」
「わかってる! でも、もう寝てられない!」
姉の声を聞きつけて、シーナも寄ってきた。 彼女もスーにお願いする。
「姉ちゃんなら大丈夫だから、お話しを聞かせてください。 私達は早く次の行動に移らないといけないんです。」
「あたしなら大丈夫ってどういうことよ・・・。」
セレナの元気に負けたのか、スーは皆を自分のテントに集めるように言って、戻っていった。
準備を整えて一行はスーのいるテントに向う。
「あたし達を助けてくれてありがとう。 その上かくまってくれたんだよね。」
セレナがまずお礼を言った。 しかし、スーは首を横に振った。
「いいえ、貴女達をここに運んできたのは私達ではないわ。」
セレナは驚いた。 あの絶体絶命の危機から救い出してくれたのがここの人たちでないならば一体誰が?
アルカディアの連中も、ベルンも・・・自分達の周りには敵だらけで、味方などいないはずだった。
「え? じゃあ、なんで私達はここにいるの?」
シーナもサカの人たちが助けてくれたと思っていたからびっくりする。
そうである。 サカ人以外に、サカに連れて来る人間などいないはずだった。
ましてナーティが止めを刺そうとしていたのだから。 それをかいくぐってここまで連れて来る人間・・・。
心底驚いたような表情を見せる一行に、スーは真実を話した。
「貴女達を助けてここに連れて来たのは・・・ナーティさんよ。」
スーの放った言葉に、一同は固まった。 暫くスーの言った言葉が理解できなかった。
理解できなかったというより、名前を呼び間違えたのではないかと言う気持ちが沸いてきた、と言うほうが正しかった。
「そ、そんなバカな。 彼女は僕達を殺そうとしていたのですよ。 見間違いでは?」
セレスが真っ先に声をあげた。 セレスにとっても理解が出来ない話だった。
ナーティは自分達を始末するようにメリアレーゼに言われていた。 その彼女が自分達をここに連れて来る・・・?
「いいえ、間違いなく、貴方達と行動を共にしていた傭兵だったわ。 それに・・・。」
「それに?」
セレナはその続きを聞きたくてたまらなかった。 セレナは今でも心の隅でナーティを信じていた。
これも、作戦の一つではないかと。 今でもあいつが裏切ったなんて信じられない。
「アレンさんやセレスさんが軽症で済んだのは、あの人がここに運んでくる途中で回復魔法をかけてくれていたからよ。」
「ちくしょう! あのやろう、バカにしやがって!」
クラウドが熱くなる。 怪しいとは思っていたが、結局騙されてしまった。
激怒するクラウドとは対照的に、セレナは何となく救われたような気分になった。 やっぱり、あいつは・・・。
しかし、次にスーから放たれた言葉に、セレナも落胆した。
「セレナさん、ナーティさんから伝言を貰っているわ。」
「え?」


86: 手強い名無しさん:06/04/02 09:25 ID:gAExt6/c
「“生半可な正義は悲劇を生むだけだ。 戦争はママゴトではない。
私に勝てぬ程度の腕前なら西方で大人しく暮らしていろ、その方が身の為だ”って言っていたわ。」
「・・・。 あいつは、あたしを追い返す為に、わざと殺さずにここまで運んできたのか・・・?」
「そういうことになるね。 結局、神将器も敵の手の中だし。」
シーナも残念そうだ。 二人はナーティに懐いていた、むしろ敬愛してた。それゆえに裏切られたショックは大きい。
「じゃあ・・・あいつは・・・メリアレーゼの前で跪いたあいつは・・・。」
セレナの震える声に、クラウドが腹を立てていることが誰からも分かるような口調で言った。
「あぁ、裏切ったんじゃねぇ。 最初から敵だったんだよ。 あのやろう、端から俺達を利用していただけだったんだ。」
レオンもクラウドのように熱くはならないにしても、ナーティを敵だと思っていた。 思わざるを得なかった。
「信じたくはないが、彼女自身がそう名乗ったからな。
・・・神将器回収をメリアレーゼに命ぜられた、ベルン三翼の一人だと・・・。」
「・・・。」
セレナは何も言えなくなってしまった。 ナーティに対する怒り、失望、そして・・・未だに残る期待。複雑だ。
ただ分かった事は、封印の剣を復活させる手段が絶たれたと言うことだった。
「それにしても、ベルン三翼って何だろう。 五大牙とは違うのかな?」
シーナが不思議そうに漏らした。
ナーティがベルンの者なら、何故同じベルンの人間である五大牙を倒すことを止めさせようとしなかったのだろうか。
「僕の推測ですが、ベルン三翼と言うのは、五大牙より更に上層の幹部。メリアレーゼの側近ではないでしょうか。」
セレスが頭を働かせる。 メリアレーゼ直々の命を受け、更にメリアレーゼの信用の置き方からしても正しそうだった。
「三翼だか何だか知らねぇけどよ、要はあいつらまとめて敵だってことだろ? あのやろう絶対ゆるさねぇ!」
クラウドは完全に頭に血が上っていた。 裏切りなんて、騎士としてはもっとも恥ずべき事だった。
もっとも、あいつは傭兵であって騎士ではなかったが。 それでも・・・裏切るなんてぜってー許せねぇ!
「兄貴・・・。」
セレナもその怒りように何もいえなかった。

一行はスーのテントから出てくる。 ベルンを倒す手立てを失い、途方にくれた。
「これからどうしようか・・・。」
セレナがシーナに向かって言ったが、シーナは向こうのほうを見て返事をしてくれない。
「シーナ?」
もう一度声をかけてみる。 しかし、やはり返事は返ってこず、シーナは走り出してしまった。
「どうしたのさ!?」
セレナは妹を追う。 シーナは向こうでサカ馬の世話をしている青年に声をかけていた。
「ねぇ、貴方・・・もしかして、ハーフ?」
その青年はなんの躊躇いも無く、笑顔で答えてきた。 その表情は生き生きとしている。
「お、よくわかったな。 お前も同族か?」
その答えに双子は驚いた。 人間を虐げているハーフが、人間と同じ場所で同じ仕事をし、同じ釜の飯を食っている・・・。
そんな場所がエレブ大陸内にあったなんて。 シーナはもっと情報を聞き出したかった。
「ねぇ、なんで? 何で人間と一緒に居るの?」
「何でって・・・。 ここの人たちは俺達ハーフを受け入れてくれた。 それだけさ。」
「でも、ハーフは人間を劣悪呼ばわりして毛嫌いしてるじゃない。」
シーナの言葉を聞いた途端、青年の顔からは笑顔が消えた。 そして、真剣な眼差しで答える。
「・・・あいつらは、俺達より後から来た連中さ。 同族として情けない限りだ。
それでも・・・あいつらが乗り込んできてからも、ここの人たちは変わらず俺達を同胞と認めてくれた。
この世界に生きるものは皆、天なる父と、母なる大地より産み落とされし兄弟だ、と。」
「そうなんだ・・・。」


87: 手強い名無しさん:06/04/02 09:26 ID:gAExt6/c
「あぁ。俺達は、安住できる地を求めていた。 差別されること無く、自由に生きることの出来る地を。
あいつらだって、きっとそれは同じだったはずだ。 それが道を踏み外してしまったのだろう。
種族の優劣なんてない。 みんな自由に生きたいだけなんだ。」
その言葉が、差別が如何に酷いものであったかを物語っている。
どの種族でも、自由に人として平等に生きたいと思う気持ちは同じである。
彼らもそれを望んでいた。 そして、死を覚悟しながら、世界を繋ぐ時空の歪みを通って、エレブ大陸にたどり着いた。
死ぬ事より、生きて地獄の責め苦を味わうほうが辛かったから。
しかし、だからと言って、他の大陸で安住している人々を押しのけてまで、自分の自由を主張してはならない。
自分の自由が人の自由を奪ってはいけないのだ。
「ねぇ、向こうの大陸のことを教えてよ。」
セレナは向こうの惨状を知らない。 この青年の話を聞いて、ハーフも辛い思いをしていたんだという気持ちに駆られた。
この大陸からハーフを追い出しただけでは、真に皆が自由に生きるという理想を達成したことにはならない。 そうセレナは思った。
シーナも、何故同族がこんなことをしてしまったのか、頭で整理できたようなきがした。
しかし、自分が思っている以上に、向こうの差別がきついものであることを、シーナは知ることになる。
「向こうも、人間族が世界を牛耳っている。 俺達ハーフは狭間の者として
人間、竜、どちらからも仲間として認められなかった。 そんな状況を、竜族は見て見ぬ振りをしていた。
世俗世間に関わってはいけないと言う掟があるからだ。 しかし、必ず掟を破るものはいる。
そうでなければ、俺達のようなハーフは生まれる事はないのだからな。」
「・・・。」
「ハーフの差別が激化したのは1000年前ぐらい前らしい。 なんでも、こちら側の大陸で大きな戦争があった。
それをハーフが鎮めたらしい。 神竜王ナーガから授かった魔剣を用いてね。」
「ええ?! ハルトムートがハーフ?!」
「あぁ、そいつらもこっちの世界で住む場所を探す為に戦争に加担したんだろう。
もちろん、そいつはハーフという概念が無いこちらの世界では人間の英雄として称えられた。」
歴史とは、伝わっていくもの全てが真実とは限らない。 むしろ嘘偽りのほうが後世に“正しく”伝わってしまうことも多い。
歴史が現在を生きるものに“作られた歴史”である限り。
八神将伝説がまさかそれであるとは誰が想像しただろうか。 その青年は続けた。
「こちらでも、ハーフは戦争を終結させた英雄として、下層の人間には歓迎され、その意識が変わりそうだった。 だが・・・。」
「だが?」
「政治の上層にいる人間達の反応は違った。 このままハーフが認められれば、自分達の権力や位が脅かされる。
それを不安に思ったんだろう。 ハーフの悪い噂を流したりして、徹底的にハーフ歓迎の世論を変えようとした。
恐ろしい魔剣を使って世界を滅ぼした悪魔の種族とか言ってね。」
「ひ、ひどい・・・。」
「こんなの序の口さ。  俺達がこっちに逃げてきた理由はこれじゃない。 奴らの迫害計画は留まることを知らなかった。
自分達を優良種と呼び、優良種保存の目的としたハーフ狩りが始まった。
それに伴い、ハーフを殺しても罪にはならないという法律まで出来てしまったのさ・・・。」
「なっ! なんて酷い。・・・人間って汚いね・・・。」
シーナは同族の悲惨な状況に深く同情した。 そして、人間に憎悪の念が沸いてきた。それを聞いて青年は続けた。
「あぁ。だから俺達は逃げてきた。 そして、自分達を認めてくれる安住の地を見つけた。
こっちの人間は優しい。 俺達も、こっちの人間は憎んでいない。」
セレナもなんとなく、この事件は人間が悪いのではないかと思えてしまった。 自分達の欲のために・・・。
二人とも下を向いて言葉を失ってしまう。


88: 手強い名無しさん:06/04/02 09:26 ID:gAExt6/c
しかし、そんな二人を後ろから優しく包む手があった。 アリスである。
彼女も後ろからずっと話を聞いていた。 そして、人間の汚さを嘆いた。 しかし、嘆いたところで始まらない。
神将器を失った今だからこそ、下を向くのでなく、前を向いていかなければならない。 将の不安はすぐに皆に伝播する。
「二人とも、しっかりなさい! 間違えちゃダメよ。 憎むべき存在に種族は関係ない。
そういった心を持つ悪い人よ。 こっちでも今度はハーフが同じことをしているでしょう?
それを間違えないで。 表面だけを見てはダメ。」
そう姉に言われて二人とも、特にシーナはハッとしてしまう。
今一瞬とは言え、人間は汚い、憎いと考えてしまった。 〜〜はと一括りにして考える事で、今のハーフの世がある。
自分も同じように考えそうになった。 ・・・気をつけなくては。
シーナは首を振り、頭を叩く。 しっかりしろ、私。
「そうだね。 やっぱり、今のベルンのやり方は間違ってるよ。 皆自由に生きたいのは同じなんだ。」
「そうそう。 あたし達は、それを実現する為にここまで頑張ってきた。
これからだって・・・。例え幻想と言われようと、あたし達は、あたし達が信じた理想に向かって頑張らなきゃ。」
立ち直った二人を、アリスは笑みを浮かべながら撫でてやった。

宿として貸して貰っているテントに戻ってすぐに、今後の進路について双子は皆を集めて協議した。
セレナとシーナが陣頭になって仕切る。 もはや西方にいた頃の、自覚がないやんちゃ娘ではなかった。
「あたし達はなんと言われようと、あたし達が求めた理想を目指す。 そのために、ベルンを倒す。」
「うん。 そして、今度は種族に関係なく、皆が平和に暮らせる世界作りをする。」
その考えに皆異論はなかった。 しかし、それには実際どうすればよいのか。 セレスが口を切った。
「僕達は神将器も失ったのですよ。 封印の剣がなければベルンを倒すなんてできないのではないですか?」
セレスの意見にアリスも合いの手を入れた。
「ナーティのような実力者を統べる程の相手だもの。 今の私達では、到底敵わないのではないのかしら?」
そんな二人の考えに、セレナはうなずきつつ答える。
「あぁ。  わかってる。 でも、その前にあたし達は物事を知らなすぎると思うんだ。
だって、あたし達は、もう一つの大陸の惨状を知らないじゃない。 もっと相手のことを知る必要があると思うんだ。」
その目はまさに真剣そのものだ。
自分が将なのだ。 自分の考えが甘かったせいで、こんなことになっている。 セレナなりに責任を感じていた。
「っつってもよぉ・・・。 そのもう一つの大陸なんて、どうやって行くんだよ。」
クラウドがため息をついた。 ある事は知っていても、行く方法が分からない。
「それは、ここに住むハーフの人たちに聞けばいいじゃん。」
「それがダメなんだよ。 セレナ。」
アレンが残念そうに口を挟む。
「どういうことよ、親父。」
「彼らは、ベルンにある竜殿からやってきたと言っている。 あそこは二つの大陸を繋ぐ鍵になっているんだ。
だが、あそこはベルンにとって、封印の神殿に次ぐシークレットポイントで警備も厳しい。 近づくことも容易ではないんだ。」
「うーん・・・。 どうしようかな。 でもあたし達は何としてももう一つの大陸に行かなきゃ行けないんだ。」
悩む将を見て、今まで黙って議論を聞いていたレオンが重い口を開いた。
彼はベルンの手先に成り下がっていたことに後悔していたが、ベルンの中にいたことで色々情報が入ってきた。
恥ずべきことと思いつつも、ベルン内部にいたことを良かったと思う時が、こういった時だった。
「ベルン内の情報だが・・・大陸をつなぐ鍵はどうやら二個あるらしい。」
「え?! ホント!」
「あぁ。 そして、そのもう一つの鍵・・・次元を超えた凄腕の女がリキアにいるらしい。」


89: 手強い名無しさん:06/04/02 09:27 ID:gAExt6/c
明るい光が見えてきた。 詮索したい事は一杯あった。 しかし、今はやるべき事が決まった。
出来る事からやっていかなければ。 光を、機を逃してはいけない。
「よし! じゃあ早速リキアへ行こう!」
セレナは早速立ち上がるとテントの外へ出て行った。 悩んでいる暇なんてないさ。
それに、ベルンに自分達の存在が知られてしまった以上、
あまりサカにいると、ここの人たちに迷惑を変えてしまうことにも繋がりかねない。
そんな将を見て、レオンはやれやれといったようにため息をついた。
「どうしたんだよ。」
クラウドが親友の様子を見逃さなかった。何かある。
「ヤツは海賊なんだ・・・。 この前もリキアの将に用事があってリキアへ行ったんだがな・・・。」
「もったいぶるなよ。」
「いや、忘れてくれ。 その時の事はその時考えよう。」
「なんだよ! 教えてくれたっていいじゃねーかよ!」
怒るクラウドをなだめながら、レオンは外に出る。今のセレナに、これ以上不安要素を植えつけるわけには・・・。
これ以上負担はかけられない。
問題はそれだけではない。 リキアを治める長は、ベルン五大牙の長、グレゴリオ大将軍である。
リキアの海賊を訪ねるとなれば、グレゴリオの駐留するオスティアも通らなければならない。
今の状態でそんな名将と戦っても、勝ち目はない。 しかし、オスティアの検問所を通らなければ港町には行けない。
これはある種の賭けだった。 自分の故郷を怯えながら通過しなければならない事が、クラウドは悔しかった。


90: 第三十二章:リキアのの英雄:06/04/02 09:27 ID:gAExt6/c
翌日の早朝、早速リキアの港町へ向かって一行は出発した。
自分達を匿ってくれたスーをはじめとするクトラ族の皆に感謝の意を表しながら。
「さて、じゃあお前達は奴隷ということで行くからな。」
アレンがボロ着をセレナ達・・・いわゆる“劣悪種”に渡し、自分もそれを着る。
クトラ族から借用したおんぼろ輸送用馬車に乗り込み、シーナとクラウドがその馬を操る。
奴隷商として、オスティアを通過するつもりだ。
検問を通過するのに、ハーフが人間や竜族と傭兵団として一緒に行動する。
これでは流石に相手に不信感を与えてしまうからだ。
一行はサカの草原から、トスカナ、ラウスを抜け、オスティアへ向かう。
セレナは揺れる馬車の中で、ずっと考えていた。未だに・・・。
「ナーティ・・・。」
「どうしたのだ?」
レオンがそのわだかまりにまみれた言葉へ敏感に反応した。
「あいつ・・・本当に敵だったのかなぁ・・・。」
「ふむ。」
「だってさ、本当に敵ならあたし達を生かしておく必要なんてないはずじゃない。」
「ふむ。」
「ふむって・・・。何か他にないの?」
セレナはレオンのなま返事とも取れる相槌につい苛立った。
「そうとしか言えん。 俺達には、ヤツの考えは分からない。ただ、自分で名乗ったのだ。
メリアレーゼの忠実なる僕、ベルン三翼の一人、と。 ベルン側の人間であることに違いはない。つまり・・・敵だ。」
「・・・。」
レオンは常に冷静だった。むしろ、物事を深く信じられなくなっていた。
そんなレオンとは対照的に、クラウドが馬上から怒鳴った。
「セレナ! まだそんな事言ってやがるのか! あいつは俺達を裏切ったんだ! それでだけで十分敵だ!」
そんな弟をアリスがなだめる。 感情を怒りに任せるだけでは、大切な何かを見落としてしまう。
「クラウド、落ち着いて。 あの人は不思議な人ね。私達には優しかったし、セレナにも色々教えてくれていたし。」
クラウドはその言葉では落ち着けず、すかさず反論した。 彼は自分にも苛立っていた。
彼女の不審な行動に気付きながら、結局何も出来なかった。 それ故自分への怒りが強いほど、がナーティへの怒りも強まった。
アレンが、眉毛を吊り上げて怒るクラウドを叱る。
「クラウド、冷静になれ! 騎士ともあろう者が感情を顕にするとは何事だ!」
「すまねぇ・・・。 俺、つい。」
「彼女が何を考えていようと、彼女はベルン側の人間だ。 これだけは間違いない。
俺が思うに・・・彼女も最初は監視役として行動していたのが、情が移ったのではないだろうか。」
親父の意見を聞いても、セレナは納得できなかった。
それはシーナも同じだった。あんなに優しかったナーティさんが・・・何故。
「でも、それならナーティさんは何故、西方で私達が兵を挙げることを止めたんだろう。
神将器回収として利用するなら、進んで出兵に賛成するはずでしょ? それをナーティさんは止めた。それが引っかかるんだ。」
踏ん切りのつかない双子にセレスが一言ズバッと決めた。将の不安はすぐさま軍に伝わる。
「そんな事を詮索する必要はありません。 彼女が敵であろうとそうでなかろうと、僕達のするべき事は変わりません。
それを見失っては、相手の思う壺です。 しっかりしてください。 将がそんなことでは、僕達も困ります。」
従兄妹に叱られて、セレナも仕方なく考えることをやめた。
「そうだね・・・。 少なくとも味方ではないのだから、考えても仕方ないよね。
ごめん、あたしの方が情に流されていたみたい。」
セレナは彼女のことを忘れようと決心した。むしろ敵だと思い込むようにした。
迷いがあっては戦えない。 相手はベルン側の人間。 いつまた襲ってくるか分からない。
ナーティに言われた言葉を思い出した。・・・剣の強さより、心の強さを磨け、という言葉を。



91: 第三十二章:リキアの英雄:06/04/02 09:28 ID:gAExt6/c
そのころトリアでは、ロイを、リキアを裏切ったトリア候ハドラーが怒鳴っていた。
「何?! 何だこの金の少なさは! これでは奴らに顔向けできんではないか!」
彼は、検問所や領民から搾り取る税金をハーフに納めることで、自らの位を保障してもらっているのである。
「しかしハドラー様、これ以上何処からも搾り取る事は出来ません。」
「うぬぬ・・・。元はと言えばアゼリクス・・・あの老いぼれが悪いのだ。」
ハドラーがぼやく。 実は、最初にリキアで反乱を起こすきっかけを作ったのはアゼリクスだった。
彼は当時の施政に不満を抱いていたリキア諸侯に、反乱を説いて回っていたのだ。
「ふぉふぉふぉ・・・呼びましたかのぉ、リキアの英雄殿。」
そこへ、何処からともなくアゼリクスが現れた。 彼は神出鬼没だった。
漆黒のローブと共に闇から現れ、闇へと消える。 彼の行動、考え、全てが闇に包まれていた。 それは仲間とて例外ではない。
「な! 貴様はアゼリクス! どういう事だ!
ハーフに味方すれば我々にリキアの権限を与えようと言っていたではないか! それがどうだ!
これではわしらはまるで領民ではないか!」
ハドラーの怒声を、アゼリクスは笑みを浮かべながら聞いていた。
「ほっほ、与えたじゃろ? リキアに住む権限を。 劣悪種共から金を搾り取る権限を。」
「な! バカにするのもいい加減にしろ! 我々のいう権限というのは力だ! 権力だ!」
その言葉に、アゼリクスは今までの笑みを消して、ハドラーを睨みすえた。
「冗談を言ってはいかんよ? お前達劣悪種が権力を掴む事などもってのほかじゃて。
お前達はまだハーフと同水準で生活できるだけでもありがたいとは思わんのかね?
自分が虐げている、同族の惨めな生活ぶりを見ても、まだそんな贅沢が言えるかな? ふぉふぉふぉ。」
「き、貴様・・・。」
「ご不満のようじゃな。ではまた反乱を起こすか? 八方ハーフの世で。
お前達など、その気になればいつでも葬り去ることが出来る。 生かされているだけだということにいい加減気付きなされ。」
「・・・。」
ハドラーが閉口した事を見届けると、アゼリクスは何時もの笑顔に戻る。そして、何時もの様に闇に消えた。
「じゃあ楽しみにしていますよ、貴方からの“献金”をね。 ほっほっほ・・・。」
ハドラーはこぶしで壁を打つ。 このワシが・・・リキアの覇権を握るはずだったこのワシが・・・。
こんな屈辱的な事は無い。 しかし、気付いた時にはもう遅かった。
「くそっ・・・こんなはずでは。しかし、金がなければワシらもどうなるかわからん・・・。」
ハドラーは部下を呼び、出撃の準備をする。もうどこかの税金を上げたりするしか方法はない。
彼は、自らの保身に目がくらんでいた。
「よし、検問所の通行料を上げろ。 ついでに少しでも怪しければ適当に理由をつけて罰金を科せ。
今回はワシもいく。 こうなれば商人から金を脅し取る覚悟だ。」
トリアはリキア一の大都市オスティアへ続く新街道と旧街道の合流地点である。
そのため、膨大な通行税が入ってくるのである。 そこの税率を上げれば、収入アップは間違いない。
ハドラーは検問所で商人を待ち構える。 事あるごとに難癖をつけ、通行料の何倍もの金を罰金として払わせた。
商人も、相手がハーフ公認の税金徴収の請負人ということで反論することもできず、引き返すか罰金を払うかしかない。
計画はハドラーの思惑は思い通りに進み、金のない商人達は検問所の前で立ち往生を食っていた。
そこへ、セレナ達一行が到着する。 アレンが到着してすぐに、検問所の何時もと違う雰囲気に気付いた。
クラウドに、何があったのかを聞かせる。 自分は奴隷役だからだ。
「どうしたんだよ?」
「あぁ、あんた達も気をつけなよ。 この先の検問所で酷い金の搾り方する税金徴収人がいるんだ。
あんな金どうやって払えって言うんだ・・・。」
「へぇ、とんでもねぇやろうだな。 ここの領主は何も言わねぇのかよ。」
「それが、率先して金を巻き上げているのがトリア領領主のハドラーなんだよ。」
商人の口から出たその名前に、アレンが思わず声をあげそうになった。


92: 手強い名無しさん:06/04/02 09:30 ID:gAExt6/c
ハドラー候・・・。 主を裏切り、敵に母国を売って保身を図った愚か者・・・。 ここでもまた民を苦しめている。
ロイ様がおられたら、どんな風にお怒りになられただろうか。 しかし、アレンはぐっと堪えた。
ここで正体を現すわけにはいかないし、ましてセレナやクラウドには口が裂けても言えなかった。
もし言えば、彼らは絶対に乗り込んでいこうとするからだ。
ここは・・・我慢だ。 いずれ時が来れば、その時に・・・!
「クラウド、馬を進めろ。 金なら大丈夫だ。」
クラウドは父親に言われるがままに馬を進め、とうとう検問所までたどり着いた。
「よーし、止まれ。 お前達は何を目的にオスティアへ向かうのだ?」
クラウドがその達者な口で何とか誤魔化す。
「へぇ、仕入れた劣悪種共を奴隷としてオスティアに売りにいくんだ。 オスティアは物価も高いから高く売れるんだ。」
「ふむ。 わかった。 この頃物騒で警備費が多くかかる。 よって通行料も値上げしている故、そこは覚悟していただきたい。」
ここまではよかった。しかし、この後の難癖が酷かった。
「何だこのボロ馬車は! こんなボロ馬車でオスティアの景観を汚すつもりか! 
このままでは通行を許可できないな。追徴課税させていただく。町の景観の維持費だ。」
その後も着ている服が汚いとか、劣悪種をオスティアに入れるからなどと難癖をつけ
通行料は通常の通行料の5倍以上にもなった。
エトルリアやイリアの人たちが、自分達の生活も苦しい中寄付してくれたお金。
それをこんなところで浪費はしたくなかった。 だが、ここで拒否すればオスティアへの道は閉ざされることになる。
クラウドは腹の中に怒りをぐっと押し込め、金を払うことにする。
ハドラーは検査と称してセレナ達を物見した。 そして、アリスに目をつけた。結構な上玉ではないか・・・。
「おい、こんな豚をオスティアへ入れるな! こいつはわしが預かる。 税金代わりだと思え。」
「ぶ、豚だと!? うちの姉貴をこのや・・・」
セレナがとうとう我慢できずに怒鳴ってしまった。 アレンがあわてて手口を塞ぎ、上からボロ着を被せた。
まずい、顔を見られた。ハドラーが部下から耳打ちを受けている。
「・・・まぁよい。 ワシが言い過ぎた。 よし、通って構わんぞ。 道中の安全を祈っている!」
ハドラーは検問所の門を開け、セレナ達をオスティアへ続く街道へと誘った。
クラウドは何か嫌な予感がしたが、言われるままにオスティアへ向けて馬を駆った。
その馬車の中で、セレナはアレンに叱られていた。
「まったく! もしあそこでばれていたらどうするつもりだ! もう少し考えてから行動しなさい!」
「ごめん・・・なさい。 だって姉貴のことを豚だなんて。 姉貴は美人なのにさ。」
「だってじゃない! まったく!」
アレンはハドラーのやり方が我慢ならなかった。 それを我慢していたこともあり、ついついセレナに強く当ってしまった。
「アレンさん、もういいじゃないですか。 この子だってもう分かってますよ。」
アリスがセレナを撫でながら庇ってやる。アレンも自分の叱り方にハッとなった。
「そうですね・・・。 申し訳ありません。」
「まぁなんにしろ、無事検問所も通過できたし、後はラクショーじゃねーか?」
クラウドが楽観的なことを言って場を和ませようとする。 ぴりぴりした雰囲気は好きじゃなった。
「そうだといいんですけどね・・・。」
セレスがため息をつく。

「ふふふ・・・あいつはベルンに賞金をかけられているヤツだな。
あいつが通過したことを報告すれば、グレゴリオからたんまり褒美をもらえる。
ふふふ・・・タナボタ餅とはまさにこの事よ・・・。」
ハドラーは気付いていた。
そして、ハドラーは褒美を貰うべく、オスティアへ早馬を走らせ、グレゴリオに報告しようとしていた。
「しかしハドラー様。 何故あそこで生け捕りにしなかったのですか?」
「バカモノ。 生け捕りにしたらハーフ共を倒してもらえなくなるではないか。
せっかく現政権転覆の機会なのに、それを潰してどうする。 金だけもらえればそれで良いのだ。」


93: 手強い名無しさん:06/04/02 09:31 ID:gAExt6/c
ハドラーは現在のハーフが牛耳る世界が気に入らなかった。 ハーフに手を貸したのも、自分が権力の座に着くためで
決して彼らの考えに同調したからではなかった。 だから、ハドラーはセレナ達にひそかに期待していた。
その父親であるロイを裏切り、今尚保身のためにハーフに味方し、人間を苦しめているにもかかわらず。

早馬はあっという間にオスティアへと到着し、セレナ達一行の情報はすぐさまグレゴリオの耳へと入った。
「グレゴリオ大将軍、報告いたします。 例の連中がトリアの検問所を抜け、ここオスティアへ向かっております。」
その報告に、グレゴリオは驚かなかった。 ようやく来たか、という面持ちである。
「そうか。では手はず通り兵を配置してくれ。」
「はっ、仰せのままに。」
走り去っていく兵の背から目を離すと、グレゴリオはまた机の上の石を手に取った。
「セレナよ・・・。 よくあそこで諦めなかったな。 その根性は褒めてやろう。
しかし、それが何処まで続くかな? メリアレーゼ様のようになってしまわぬか心配じゃのぉ。」
グレゴリオはセレナ達の考えに同調していた。
しかし、エトルリアのように街中で戦を起こされては、オスティアに住む者たちに多大な被害が出てしまう。
そうなっては更にハーフと人間の溝が深まってしまう。
それを心配したグレゴリオは、前もってある作戦を用意していたである。
彼は石から手を離すと、早馬が持ってきたハドラーからの手紙の封を切った。
「・・・? なんじゃと。 まさかこれは・・・。 あやつ、また何か企んでおるのか。」

セレナ達一行はとうとうオスティアへと潜入した。 そこで見た光景に一同は驚いた。
アクレイアほどではないにしろ、ここもまた人で溢れかえっていた。 しかし、ここでは人間も普通に生活していたのである。
買い物も、外を出歩く事も、日常的な事柄に何の支障もないようだった。
近くの人間に話を聞いてみる。
「ここはまだまともなほうだぜ。 税金さえ払えば、生活が保障される。
それでも俺達に与えられていない権利は、選挙と軍隊への入隊だけだ。 暴行事件が時たまあるが、治安部隊がすぐ鎮めてくれる。」
「グレゴリオ将軍はいいお方だよ。 オスティアを隅々まで守っていてくださる。」
他の地域では存在することすら許されなかった人間が、ここでは条件付ではあるが普通に暮らしている。
それどころか、ハーフの将を慕う人間までいる。
セレナは戸惑った。ベルンは敵。 しかし、そのベルン側のものを慕う人間がいる。
ベルンを倒して本当にその人たちが喜ぶのか。 クラウドがハーフの者に聞いてみる。
「グレゴリオ大将軍は名将だよ。 自分も辛い思いをしていたはずなのに、人間にも寛大な処置をなさる。」
「へぇ、いいヤツなんだな。」
「当然だ。 彼はハーフの英雄だ。 将軍も本当は特別税金とか条件とか、そういったものは撤廃したいらしいんだ。
だが、主命がある以上、そこまであからさまな待遇はできないそうだ。」
話を聞いているだけだと、主が悪くて、グレゴリオは悪く無いように聞こえる。
だが、相手はベルンの将である事は確かである。
「何でそんな主とは縁を切らねぇんかな。」
「さぁな。俺も最初は人間が憎いと思っていたんだ。
でもな、大将軍の言葉を聞き、彼の統治下であるここで暮らしていたら、なんか
それは違うような気がしてきたんだよ。 他の地域のやり方がちょっと情けなく見えてよ。」
「やられたからやり返すって考えか?」
「あぁ、確かに今でもあっちの人間は憎い。 でも、こっちの人間は何もしていない。
いいヤツだって一杯いるし、こっちを支配するハーフの上層にも悪いヤツはいる。 そう考えるとな。」
クラウドは確信した。 ここは、現在の時点ではもっとも自分達の理想に近い国であると。
セレナもまた、グレゴリオとか言う敵の将とは、何とか戦わずに済まないかと考えていた。


94: 手強い名無しさん:06/04/02 09:32 ID:gAExt6/c
彼らはとりあえず、オスティアを奪還するより、今は港町へ行き、海賊から情報を仕入れるほうが先決と判断した。
確かにハーフ統治下と言えど、他地域と違い非情なまでの迫害は、統治者によって許されていないからだ。
一行はそのままオスティアを横断し、海辺へ出るためにオスティアの検問所を目指した。
そこに待ち伏せていたのは多数の兵士やトリアにいたはずのハドラーと、ひときわ雄大な体格で目立つ老兵だった。
「ねぇ、何でハドラーがここにいるの?」
シーナが焦った。 やはり、姉の顔を見られていたらしい。
「やはりそうか・・・。 ということは、あいつが頭を下げているあの老将が・・・グレゴリオか。」
アレンが老将の方を、ローブで目線を隠しながら見た。
「どうするんだよ。 もう検問所の手前まで来ちまってるぜ? 正体ばれてるんじゃ飛んで火に入るなんとかじゃねーか。」
クラウドが一旦馬の足取りを遅める。 しかし、どう考えても逃げ場はなかった。兵士が道端を囲んでいるのである。
「・・・仕方ないな。 いざとなれば交戦もやむをえない覚悟で臨むしか。」
レオンが短剣を懐にしのばせる。
何もなく通過できれば良いが、この兵数といい、ハドラーの不敵な笑みといい、それは叶いそうになかった。
「よし、止まれ!」
ハドラーが待ってましたと言わんばかりに、馬車を止める。
そして、早速馬車の後ろに座っていたセレナを立たせる。 頭を隠しているローブを引っぺがす。
さも驚いたような口調でグレゴリオに報告する。 やはり・・・こいつは正体を知っていた。
「グレゴリオ様! こやつはベルンに反旗を翻した一味の頭目では?」
周りの兵士や、検問を受けていたほかの商人達も騒然となった。
ハドラーの報告を受け、グレゴリオがゆっくりとした足取りで彼のいる所によってくる。
レオンは手に持つ短剣に力をこめた。
「ハドラー、よくやった。 お前は他の検問者の協力に当ってくれぬか。」
「はっ、仰せのままに!」
ハドラーは多額の報酬への確信を得たのか、いつに無い快活な声でグレゴリオの指示に従った。
グレゴリオが更にセレナに近づき、顔をまじまじと見つめる。
そして、彼女の顔と耳を見て確信したようだった。 竜族の耳は人間と少々形が違うのである。
「ふむ・・・確かに面影はあるのぉ。」
「え・・・?」
グレゴリオは戸惑うセレナに、武器を所持していないか調べる振りをしながら、耳打ちした。
「・・・この検問所から南下すれば海賊の巣食う港町に着く。 心して行くが良い。」
「!?」
セレナには分からなかった。何故、敵である自分達を見逃すのか。
セレナもグレゴリオにしか聞こえないようなささやきで返す。
「ねぇ、なんで? 何であたし達を見逃してくれるの?」
「・・・ワシはな、お前さん達の考え方を気に入っておるからだよ。」
「じゃあ、なんで私達と敵対するの? 一緒に・・・。」
「勘違いしてはいかんよ? ワシはメリアレーゼ様に仕える騎士。 君主を捨てるなど、騎士の恥じゃて。」
「そんな・・・。」
「ワシはメリアレーゼ様の騎士。 主命あらば、お前達と戦わねばならぬ。 今は、その時ではない。 さ、行くがよい。」
グレゴリオはセレナにローブを被せなおすと、馬車から降りる。
そして、検問員以外の周りの者にも聞こえるような大声で言った。
「こやつらは人違いじゃ。 奴隷商よ、迷惑をかけた。 道中の安全を祈っておるぞ!」
「お、おう。」
グレゴリオが、顔を横に振って行け、とジェスチャーした。
クラウドはそれに面食らったような口調で相槌を打ちながら馬を動かす。


95: 手強い名無しさん:06/04/02 09:33 ID:gAExt6/c
一行が去ると、検問所は何時もの静けさを取り戻す。 その様子を見届けると、グレゴリオは城に戻ろうとした。
その時だった。後ろから走り寄ってくる男がいる。 ハドラーである。
「グ、グレゴリオ将軍! 何故奴らを見逃した!?」
「ハドラー候、彼らは人違いのようじゃ。 どうやらお前さんの早とちりのようじゃな。」
「ぐぐぐ・・・そんなはずは。」
ハドラーが焦る理由は分かっていた。 金がもらえないからである。
「ハドラーよ、何故そこまでに金に執着するのだ? この頃は検問所の通行料も値上げしたと聞く。」
その質問に、ハドラーが逆上した。
「聞くまでもなかろう! 誰がワシに、金を請求しておると思っておるのだ!
劣悪種にハーフと同等に生きる権限を与えてやる代わりに税金を払えと言ってな!」
グレゴリオはハドラーの怒声にも動じることなく、彼は問い返した。
「誰じゃ? そんなことを言うヤツは。 少なくともワシはお前にそんな命を下した覚えはないぞ?」
ハドラーは肩透かしを食らったような気分に陥った。
「では、あの爺が言っていた事は・・・?」
「アゼリクスか?」
「そうだ。あいつがお前から税金徴収を委託されているからと、毎週徴収しにくるんだぞ。
お前達に協力した他の貴族にもそう言っているらしい。これはどういうことだ?!」
ハドラーはグレゴリオに強く当る。
ハドラーにとっては、アゼリクスもグレゴリオもハーフには変わらないのだ。
「よかろう。 彼にはきつく言っておく。 これからは税金なぞ払わなくても良い。
その代わり、二度とワシの前に姿を現すな! 自分の保身のために民を苦しめる領主など見たくもないわ!」
グレゴリオはそう言い放つと、馬車に乗って城へと帰っていった。
「アゼリクスめ・・・そんな多額の金を使って何をするつもりなのだ・・・。」
グレゴリオはこのとき、何か言葉では言い表せない不安感に駆られていた。
一方ハドラーは、何か開放された気分になった。
「よし、これで反乱の資金を蓄えられるな。
あのセレナとか言う小娘達が騒ぎを起こすのに乗じてオスティアへ攻め込めば、攻略はたやすい。
ワシがリキアの全権を握る日もそう遠くはあるまいのぉ・・・。がはははは!」

第三十三章:海かける凄腕の女
グレゴリオの思わぬ行動で、市街戦を避けることが出来たセレナ達。 そのまま海岸線へと馬を走らせる。
目指すは海賊の巣窟。 相手は海賊だ。 何をされるか分からない。 気をつけなければ。
「うーん・・・。」
セレスが唸り声を上げる。 手を顎に当てて、口をへの字に曲げて考え込む。
「どーしたのさ。お腹でも減ったの?」
セレナが剣を磨きながら従兄妹の唸り声に反応した。 まぁいつものことなんだけど。
「貴女でもあるまいし。 グレゴリオ将軍は、どうして僕達が海賊に会いに行くことを知っていたのでしょう。」
セレナは言われて初めて気付いた。 グレゴリオは港町へ行くことを知っていたのだ。
何故助けてくれたのか、と言う疑問で覆い隠されてしまっていた。
「そ、そういわれれば・・・。」
しかし、詮索しても分からなかった。 情報が漏れている・・・?
「まるで密偵でも放ってるみたいだな。 まさかこの中にいるんじゃねー?」
クラウドが笑顔で冗談を飛ばすが、シーナがそれに真顔で怒った。
「兄ちゃん! めったな事言わないでよ! 皆信頼できる仲間だよ!」
「す、すまねぇ。 冗談に決まってるだろ?」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるもん!」
クラウドは妹の怒り様に面食らってしまう。
冗談で言ったことを真に受けて本気で怒ってくるとは。
「こらこら、ケンかは止めなさい。 どのみち、我々の行動は相手に筒抜けということだ。
ヘタにコソコソしなくてよいじゃないか。」
アレンが二人をなだめる。


96: 第三十三章:海かける凄腕の女:06/04/02 09:35 ID:gAExt6/c
「そ、そういう問題なのかよ・・・?!」
「・・・冗談に決まってるだろ。」
この親子、本当にそっくりである。さっきまで怒っていたシーナも笑ってしまった。
その間、レオンはずっと黙っていた。 不安で仕方なかったのである。
「ねぇ、レオン。」
アリスが下を向いて視線が動かないレオンに話しかける。何度か声をかけて、ようやく反応が返ってきた。
「ん? なんだ?」
「これから会う凄腕の女海賊さんって、どんな人なの?」
レオンはあまり話したくないといった様子だったが、アリスに見つめられて、仕方なく白状する。
「以前、グレゴリオ将軍へベルン内の機密事項を持って行った帰りだった。
海賊共が暴れているという通報を受けて、グレゴリオ将軍から鎮圧してくれと依頼されたのだ。」
「へぇ、そのあとどうなったの?」
アリスが興味深々という表情でレオンを見つめる。この純真さは子供のようだ。
「海賊を鎮めに行った俺達が見たのは、海賊が周辺に住む人間を襲っている様子だった。」
「まぁ、なんてこと・・・。」
「その中に、その女海賊もいた。 俺達は最初、そいつも暴れている一員だと思っていたから攻撃した。
しかし、相手はもう婆さんに近い年のクセにやたら強くてな・・・。 こっちの部下が数人やられた。」
「えぇ・・・?!」
「ところがよく見てみると、ヤツは俺達も相手にしながら、荒くれを退治していたんだ。 たった一人でな。」
「うわぁ、凄腕じゃない。」
アリスの驚きようにレオンは話を続けたくなったが、それをやめた。 思い出したくもない。
「ああ。 同じ海賊でも、罪も無い人々を攻撃するヤツは許せないんだと。 その後礼と謝罪をしたらな・・・。」
「したら?」
「いや、もうこれ以上は言いたくない。 この後行けば分かる・・・。」
アリスは残念と言った感じの顔をしたが、すぐに違う話題を切り出した。
「でも、やっぱりグレゴリオ将軍もレオンも優しいね。」
「?」
「だって、グレゴリオ将軍はハーフだし、レオンもそのときはハーフだと信じ込まされていたのに
迫害している人間が苦しめられていると聞いて、助けに行けと命じる将と、それに従う騎士・・・。優しいわ。」
アリスが感動するのを見て、レオンは恥ずかしそうに軽く笑った。
「当然のことさ。 それに、あの人の言う事は何故か断れない。
グレゴリオ将軍はハーフの英雄だ。 あの人ほどの人物があの施策に加勢しているなんて信じられない。」
その時、セレナはポツリともらした。
「あの人と・・・戦わなきゃいけないのかな。 あたしはあの人と戦いたくないよ。 話せば分かり合える気がするもん。」
「セレナ・・・。 お前は・・・やはり甘いヤツだな。 だが、そこに惹かれる俺はもっと甘いのかもな。」
レオンがふっと軽く笑う。 甘さはともすれば命取りにすらなる。
だが・・・甘さ・・・優しさも大切かもしれない。 
そんな話をしていると、そのうち馬の振った尻尾が、潮風を運んでくるようになった。
向こうを見ると、上り坂の向こうに、碧雲と蒼海が顔を見せていた。いよいよ、海賊の町へと足を踏み入れる事となる。

そこは小さな港町だった。 木造の掘っ立て小屋の横に、漁用の網がかけてある。
漣の音とカモメの声、海風が香る。 そこは田舎町だった。
海の男達が、波に揺られながら潮風に乗ってゆったりとした時間を過ごす。
ここもまた、グレゴリオ統治下であるが故に、種族を問わない共存が目指されていた。
しかし、ここは第二のバトンと言われ、海賊も多く巣食っていた。
バトンは貿易船が多く行き交う、港街の中でも最大級の街であった。
ベルンには海賊が邪魔だった。 大陸の玄関が海賊で汚されては、貿易に支障が出るというのだ。
そのため、ベルンは海賊一掃に躍起になり、そこへ多く兵を配置し、過去何度も対決した。


97: 手強い名無しさん:06/04/02 09:36 ID:gAExt6/c
これにより、海賊には非常に居辛い環境となってしまったのだ。
多くの海賊はベルンによって潰されたが、大規模の海賊集団は、ここに移動したのであった。
海賊団の中でも最大規模であるダーツ海賊団は、義賊として有名だった。
ファーガスから海賊団の頭目を継いだダーツは、金目的の汚い仕事はしなかった。
むしろ彼には金など眼中になかった。 ひたすら浪漫を追い、あちこちの海へ出向く。
他の海賊との戦いで手に入れた報酬も、困っている人を見るとすぐにそれを撒いてしまう。
いつまでたっても海賊船はボロいままだった。 しかし、彼はこれが気に入っていた。
これだけ金に執着がなくても、それなりに彼の元にはお宝があった。 物質的な宝だけではない
目に見えない宝を彼は持っていた。 伝説の義賊、ダーツと言う人々の思いを。
しかし、そのおかげでダーツ海賊団の台所は常に火達磨だった。 それにもかかわらず、なんとか生き延びてきた。
それが彼の言う浪漫には価値を感じない“凄腕”のおかげである事は、団員しか知らない。
「ちょっと! アンタ何考えてるのよ! 自分のお昼ご飯代まで撒いてくるなんてバカじゃないの?!」
「あぁ? 別にいいだろ。 金なんて溜めておいてもしかたねぇっつうの。」
いつも通りの頭目と影の頭目の言い合いを、団員達は笑って見ていた。
団員達はダーツの人柄と、彼の言う浪漫に見せられて、貧乏でも彼に付いて来ていた。
最初は金のために海賊に身を落としたが、ダーツに説得され、浪漫を追う人間に変わった者もいるとか。
しかし、この海賊団を支配していたのは、“影の頭目”であった。
海賊団の金を握っていることもあり、団員達はダーツよりこの影の頭目・・・ファリナに顔が上がらなかった。
彼女のおかげで、この海賊団はなんとかやりくりしていた。
「バカね。 金がなきゃ何も出来ないしょ! とにかく! もうお小遣いはあげないからね!」
「おいおい・・・。俺はガキじゃねーんだぞ。 小遣いって何だよ・・・。」
「まったく。 ここまで執着がないとバカとしか言いようがないわね。
私がいなかったら、アンタ達絶対に飢え死にしてるわよ。 夢を追って飢え死になんて、浪漫もいいとこだわ。」
「うっせ! ほっとけ! お前のような金の亡者には俺達の浪漫はわかんねぇよ。」
「分かるわけないじゃない! アンタの頭の中、一度覗いてみたいものね! ネジが2.3本、潮風で錆びてるんじゃないの?」
「んだとぉ?!」
二人はいつもこうだった。 しかし、それでずっとやってきた。
お互い両極端な考えだ。 お互いの欠けているところを補い合って今まで生きてきた。
ただ一つ、共通の目的・・・海賊王ハンガックのお宝を見つけるという為だけ・・・では今はない。
最初はそうだったが、長い年月一緒に居ることで、彼らは夫婦も同然の関係になっていた。
団員達も毎日のこの二人の威勢のよさに幾度となく夢と元気を分けてもらっていた。

セレナ達はダーツ海賊団の船が停泊する海岸まで到着した。
「これが噂のダーツ海賊団ですかぁ・・・。 予想外にぼろい船ですねぇ。」
セレスが目を丸くして船を覗き込む。年季が入っていることが遠目でも分かるほどだった。
伝説の義賊、ダーツの海賊船。 きっと絢爛豪華な船だと思っていたが、やはり海賊船は海賊船だ、とセレスは思った。
「ダーツ海賊団か・・・。 あいつがいるんだろうなぁ・・・。」
レオンが意味深な言葉を残して一足早く海賊船へと近づいていく。
セレナ達もレオンのあとを追って海賊船へ近づいていく。
いくら義賊と呼ばれようと、相手は海賊。 何がおきるか分からない。 一向は気を引き締めた。
しかし、その緊張は一気に崩される。 船の真下まで来た途端、あの二人のケンカ声が聞こえたのである。
「自分も貧乏なくせに貧乏な人たちに金を撒くなんて、義賊を越えて単なるバカだわ!」
「なにおぅ?! もう一回言ってみやがれ!」
「あぁ! 何回でも言ってあげるわよ! このバ カ!」
「んだと、この守銭奴っ!」
呆然とするセレナ一行。 海賊団らしい威圧感がない。 団員達も賭けポーカーをしたり、酒を呷ったり、居眠りしたり・・・。
何故か穏やかな時間が流れていた。
その中でひときわ騒がしい二人のもとへ、レオンが歩み寄って行った。


98: 手強い名無しさん:06/04/02 09:37 ID:gAExt6/c
「ファリナ殿、この前の賊討伐の際はお世話になった。」
「うるさいわね、小遣い減ら・・・ってうわっ!? アンタ・・・誰?」
ファリナがレオンを払いのけようと後ろを見た。 団員だと思ったらしく、レオンを見て驚いた様子だ。
「覚えておられないか? つい最近ここの賊討伐に遠征してきていたベルン竜騎士、レオンだ。」
「あぁ、あの時の貧乏騎士さんじゃない。何、お礼でも持ってきたの?」
「あの時、貴女にはしっかり要求どおりの報酬を渡したはず。 礼も尽くしたはずですが。」
ファリナがチッと言うような顔する。 しかし、ダーツが眉毛をゆがめながらファリナに顔を押し付けた。
「あぁん? おめぇ、自分ひとりでちゃっかり金稼いでるんじゃねぇかよ。」
「あ、当たり前じゃない。 私は凄腕ファリナ様なのよ? アンタみたいな夢だけ人間とは違うの。」
「・・・いちいち癇に障るヤツだ。 しかし、おめぇその金どうしたんだよ。」
「な、何だっていいでしょ? アンタが散財するから、その足しにしたのよ!」
レオンが笑いながら、焦るファリナに続ける。
他の連中は見ているしか出来ない。 皆の頭には、本当にここが海賊船なのかという疑問が渦巻いていた。
「ところで、あの時の病人はどうなったのですか?」
ファリナが言うな、と言うような顔をしたが遅かった。 当然ダーツはそれを聞き逃さない。
「病人?」
「えぇ。 ファリナ殿は、我々に賊討伐の報酬として法外な額を要求してきたんです。
それでも国の信用にかかわることだったので、なんとか報酬を払ったのです。」
それを聞いてダーツは額に手を当てて嘆いた。
「ファリナ、おめぇと言うヤツは・・・よそ様のトコ出てって恥晒すんじゃねぇよ。」
ファリナは反論しようにも、何か隠しているのか、黙っている。
その彼女に変わって、レオンが彼女の肩を持ってやるが、それはあまり彼女にとっていいことではなかった。
「まぁまぁ。 でも、その後もう一度その場所に行くと、ある噂が流れていましたよ。」
「・・・形振り構わず、金、金うるさい自称凄腕がここでも騒ぎ散らしたってか?」
ダーツが茶化し、それにファリナが反応して怒る。
セレナ達には仲が良いのか悪いのか、サッパリ分からない二人だった。
「いえ、天馬に乗った女義賊が、薬も買えずに死にそうな病人達に金を撒いて行ったとね。」
「・・・。」
「おめぇ・・・。 まさか。」
「えぇ、きっとファリナ殿はそのために法外な額を要求したんですよ。 要求された側としては堪りませんが。」
「へぇ・・・。 おめぇもいいヤツなんだな。 少しは見直したぜ。」
ダーツが自分の相棒の意外な一面に、酷く感動する。
その様子にファリナが下を向くこともなく、頬を紅潮させて反論する。
「ば、バカじゃないの? いつも相棒が街の皆に迷惑かけてるから、
その慰謝料としてちょっと払っただけよ。 アレだけの小額で事が収まるなら楽なもんじゃない?」
「誰がいつ迷惑かけたよ! ところで、今度はいくらの女になったんだよ?」
ダーツもケンカ腰かと思いきや、すぐにもとの口調に戻る。まるでコントだ。
「ふ、聞いて驚きなさい。5万ゴールドの女よ。」
「ご、5万ゴールド?! ・・・どういう恥さらしだ・・・。
で、慰謝料を払った後の金はどうしたんだよ。おめぇの支出帳を見たが、んな大金は何処にも記載されてなかったぞ?」
「恥さらしって失礼ね。 ・・・て! アンタ、人の極秘資料を見たわね!」
「大げさなヤツだな・・・。団長が今の資金状況を見て何が悪い。 で、残りの金はどうしたんだよ?」
ダーツについ詰められて、ファリナも回答に困ってしまう。
「悪いに決まってるじゃない! アンタに見せたら、どんだけ貯蓄があってもすっからかんになっちゃうじゃない。」
「金はどうしたんだ?」
「べ、別にいいでしょ? 書き忘れただけよ。」
ダーツには分かっていた。 こいつは嘘をつくときはすぐに分かる。 何とか隠そうとする。


99: 手強い名無しさん:06/04/02 09:39 ID:gAExt6/c
「・・・報酬、全部病人達に撒いてきたな?」
「・・・。」
「よくやったじゃねぇか。 守銭奴のクセによく決心したぜ。」
ダーツはポンと相棒の肩を叩くと、下を向いて反論できない相棒に笑って見せた。
ファリナにとっては、この事が表沙汰になるの事をプライドが許さなかったが、レオンにもその様子が幸せそうに見える。
「はは、噂には聞いていましたが、本当に仲のよいご夫婦ですね。」
「誰が夫婦だ!」
二人は同じような口調で怒鳴った。
怒鳴り終わった途端、お互いにハッとして顔を見合わせる。
バツが悪いと思ったのか、ダーツはそそくさとその場を去っていった。
「やれやれ・・・あんた達のせいで恥かいたじゃないか、どうしてくれるのよ。」
「恥なんかじゃないです。 素晴らしいことですよ。」
「・・・で、アンタ今度は何の用なの?」
ファリナが腕組みをしながらこっちを見る。 妙に威圧感がある。 海賊だから?
小麦色に焼けた肌に海賊衣装・・・とてもイリア人とは思えなかった。
「えぇ。 実はサカで、次元を超えた凄腕の女がリキアにいると聞きまして。
リキアにいる凄腕の女と言ったら、もう貴女しかいないと思いまして、伺いました。」
「へぇ、嬉しい事言ってくれるじゃない。」
「どーせ自称・・・・もごもご。」
クラウドの口をセレスがあわてて塞ぐ。 しかし、ファリナには聞こえてしまったようだ。
「なんだってぇ?! オバサンだからってなめてんじゃないの?
アンタみたいなヒヨッコ騎士ぐらいなら、私にとっちゃ朝飯前なんだからね?」
「オバサンというよりもうおばあ・・・ふごふご!?」
セレスに加えてシーナも止めにかかった。 幸い、今度は聞こえなかったようである。
レオンがファリナの機嫌が変わらないうちに、事を知らせようとする。
「で、俺達には貴女に伺いたいことがあります。 貴女は本当に次元を渡ったのですか?」
「あぁ、渡ったよ。 竜の門のことだろうね。」
「竜の門!? それは一体何処に?」
「ここから南。 海を越えた先にある。 別名、魔の島さ。
まさか・・・アンタ達そこへいく気なのかい? やめときな。 あそこに言って帰ってきたのはこの凄腕のファリナ様だけよ。」
そこへダーツが戻ってきて、ファリナの頭を小突いた。
「何ホラ吹き込んでやがる。 お前だけしか帰ってきてなかったら、俺も今ここにいねーだろ。
エリウッド様達が行ったから、お前も行っただけの話じゃねーか。 何が凄腕のファリナ様だけよ〜だ。」
「うるさいわね! ロ、ロマンってヤツよ!」
「はぁ?」
またコントが始まりそうだ。
だが、セレナは耳を疑った。 エリウッドと言ったら・・・自分の祖父の名だ!
しかし、セレナが反応する前に、アレンが先に反応していた。
「貴方達はエリウッド様と共に魔の島へ渡られたのか?」
言い合っていた二人が、アレンの言葉でそれを止め、アレンのほうを向いた。
「えぇ。 雇われていたからね。 私はその頃も凄腕だったのよ? 2万ゴールドの女とよく言われたものよ。」
「自分で言いふらしてただけじゃねーか・・・。」
「いちいちうるさいわね! これが私のロマンなの!」
「・・・お話中恐れ入りますが、我が主を助けてくださり、ありがとうございました。」
また言い合いを始める二人に、アレンは仕方なく話しに割って入った。
このままでは相手のペースに巻き込まれてしまって話が進展しない。
「へ? あんたもしかしてフェレの騎士なのか?」
「いかにも。 そして、この二人はエリウッド様のお孫様に当られる、現フェレ候女にあらせられます。」
ファリナが双子のほうを見る。 同族の勘というべきか、ファリナにはすぐ二人にイリア人の血が流れていることが分かった。


100: 手強い名無しさん:06/04/02 09:40 ID:gAExt6/c
ロイ達が活躍していた頃も、海賊として宝探しに没頭していた為に詳細は知らなかったが
ファリナはロイの子が炎の天使と呼ばれて皆に賞賛されていたことを知っていた。
「へぇ。 あんたたちが英雄の子ねぇ・・・。 母親似なのかな?」
そんなファリナとは対照的に、ダーツは海賊らしく振舞ってみる。
「あぁん? そんなお貴族様が、この泣く子も黙るダーツ海賊団に何のようだ?
ここは嬢ちゃん達の様な人間が生きていける場所じゃないんだぜ?」
「・・・確かに生きていけそうにないね。 毎日あんなマシンガントークの中では。」
シーナが笑いながら答えた。それを聞いてダーツは情けなくなってしまった。
海賊団相手に怖がりもしねぇ。 泣く子も黙るダーツ海賊団がこれでは名折れだ。
・・・いやむしろ、バカにしてるだろこの小娘。 あぁ、ファーガスの親方・・・すまねぇ。
「用件は一つだよ。 その魔の島まで乗せてってよ。 流石に泳いで渡るわけにも行かないし。」
なんだ、こっちの蒼髪の坊主・・・女か? どうでもいい!
コイツ・・・海賊船を連絡船代わりに使おうってーのか! ・・・なんか前もそんな事あったが・・・。
やっぱこいつら俺達を海賊だと思ってねーだろ・・・。 あぁ、泣く子も黙るダーツ海賊団がぁ!
「あぁん!? おめぇ、俺達を何だと思ってる。 海賊だぞ! 泣く子も黙るダーツ海賊団!
お貴族様のお遊びに付き合ってやる程優しかねーんだ。 分かったら命のあるうちにとっとと消えな!」
これだけ強く言えば、並みの人間ならビビッて逃げ出すに違いねぇ。
しかし、セレナ達は逃げなかった。
「お願い! これはお遊びなんかじゃないんだ!」
「お遊びだと! ふざけろ! こんな死ぬ思いをしてまで遊ぶやつなんかいるわけねーだろ!!」
口々に皆は反論した。 流石のダーツも、こんなキモの座ったやつは見たことがないと感心してしまう。
セレナ達は事の次第を海賊相手に全て話した。
「・・・へぇ。 なかなか面白そうな話じゃねーか。 俺の宝探しと同じくらいデカイ夢を持ったヤツがいるとはな・・・。
お前からは浪漫を感じるぜ! よし、その話、乗ってやろうじゃねーか!」
「・・・絶対アンタの夢より大きいって・・・。」
「んだとファリナ! おめぇはいちいち!」
怒るダーツを無視し、ファリナはセレナに話しかけた。
「それにしてもいいのかい? こんな海賊相手にそんな事話しちゃって。
もしかしたらアンタ達のことをベルンに売るかもしれないよ? 金になるからねぇ・・・。」
ファリナが意地悪そうな目でセレナを見る。
確かに、ベルンにあだなす一党であるセレナ達。
それをベルンに差し出せば、それこそ法外な額の報酬を手に入れることが出来る。
セレナ達の行動は、普通に考えれば無謀を通り越していた。
「ううん。 私達は信じてる。 ダーツ団長は義賊として有名だし
おばさんも病人のために、危険を顧みずに戦って報酬で薬を買ってあげたり・・・。
それに、うちのおじいちゃんも助けてくれたんだし。 絶対悪い人じゃないよ。 だから、お願い!」
シーナにおだてられ、ダーツは感動してしまった。
それにしても・・・また使っちゃったな。 信じてるって言葉・・・。 ナーティさんの嫌いなこの言葉を。
「くぅー、いい事言ってくれるじゃねーか、お嬢ちゃん。
そこまで言われて断っちゃ、海賊ダーツの名が廃るってもんだ。 乗せてってやるぜ!」
気前のいいダーツは了承してくれた。しかし・・・
「乗せてやってもいいよ? でも、10万ゴールド用意しなさいよ?」
ファリナの言葉に一同は身が固まった。
「えぇぇ!? じゅ、じゅうまんごぉーるどぉ?!」
セレナが目を飛び出させた。 何と言う法外な額を要求するのやら。
レオンは悪夢が蘇る思いだった。 あの時も色々言いがかりをつけて報酬を膨らませていったのだ、彼女は。
「あったりまえさ。 そこへ行くまでの食糧費やらなんやらで結構かかるし
あそこは魔の島って言われてて危険な場所なんだ。 そこへの護衛費に一日当りの団員達への配当・・・。
10万ゴールドは用意してもらわないとね。 こっちだって慈善奉仕してるわけにはいかないんだから。」
「おい! ファリナ、おめぇは! 金とるバカがどこにいる!」
「アンタがそうやって金に執着がないから、こうやって私がガメツクやらなきゃいけないんでしょ!」



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