【ラスト】ファイアーエムブレム〜双竜の剣〜


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【ラスト】ファイアーエムブレム〜双竜の剣〜

1: 見習い筆騎士('-'*)Fireemblemthany:06/04/09 11:18 ID:pZWC9svY
今日で執筆し始めて丁度一周年を迎えます。
長いようで短い期間でしたが、このスレッドでようやく最後を迎えられそうです。

1スレ目:http://bbs.2ch2.net/test/read.cgi/emblem/1100605267/7-106
2スレ目:http://bbs.2ch2.net/test/read.cgi/emblem/1123296562/l50
3スレ目:http://bbs.2ch2.net/test/read.cgi/emblem/1136529217/l50

2: 手強い名無しさん:06/04/09 12:08 ID:E1USl4sQ
#入れるの忘れたorz・・・まぁいいや。

キャラ説明:http://bbs.2ch2.net/test/read.cgi/emblem/1136529217/10-12

それ以降に登場したキャラクター

名前(種族/性別/クラス)


◆カイザック(竜族/男/マスターナイト)
エレブ大陸と竜の門で繋がる、「アルヴァネスカ大陸」にある、竜族の国ハスタール王国の正当な後継者。
愛称はカイ。 彼もまた、ナーガから特殊な力を授かっている。 それは予知夢。
だが、現在しか見えない周りの者からは、未来を見る彼は理解されず、彼は自棄に陥っていた。
こうして、世界宗教の最高師範でもある彼が、世界から目を背けた事により、大陸を越えた争いが勃発していた。

ベルンの人たち

◆ニルス(竜族/男/フォーレスト)
ベルンに対抗する組織で、竜騎士ミレディも与する『アルカディア』のリーダー。
エリウッド達と行動を共にしたとき、彼は子供だった。
だが、彼はたった4、50年の間に立派な青年となり、各地でベルンに対するゲリラ攻撃を行っている。
アリスやセレナの命を狙って、彼らに何度となく接触を試みるが、ことごとく失敗している。
それにもかかわらず、ベルンでメリアレーゼ達と会議に参加するなど、謎の多い人物。
唯一つ分かる事は、彼は暗黒神復活に反対していること。

その他

◆ガンマー(人間族/男/司祭)
世界宗教であるナーガ教の敬虔な信者で、異端狩りを主な仕事とする司祭。
彼に異端を宣告される事は、事実上世界から抹殺される事を意味する。
人間の中でも高い魔力を持つ彼は、ハーフの漂わす独特なエーギルのにおいをかぎつけ、容赦ないハーフ狩りをする。
ハーフにとっては恐怖を超えて、まさに死へと誘う悪魔である。

◆教皇(人間族/男/司祭)
ナーガ教のナンバー2。 カイザックの事を疎ましく思っており、彼を何とか最高師範の座から引き摺り下ろそうと画策している。
極端にハーフを嫌い、『優良種の保存』法など、ハーフ差別を合法とする教会法をいくつも施行している人物。
誰もが平等に暮らせる世界を目指すセレナ達にとって、アルヴァネスカ最大の敵である。
だが、やり方は少々強引ではあるが、そんな彼も強い信念を持っていた。

◆クレリア(竜族/女/アサシン)
教皇に雇われている飛竜族の暗殺者で、前々からカイザックを亡き者にしようと暗殺を図る。
だが、何か胸に痞えるものがあるのか、何か躊躇っている節も見受けられる。
アレンも彼女に何か思うものがあるようだ。





3: 第二部三十九章:狭間の者:06/04/11 20:00 ID:9sML7BIs
私だけは返されたが、教皇に顔を合わすことすら叶わなかった。
悔しい・・・。 何故、半分は同じ血を引いているのに、ここまで酷いことを彼らは出来るのだろうか。
それに何も対処できない、愚かな自分が腹立たしい。
彼らは、神を自分の利を正当化するための道具としてしか考えていない。
そんな間違った考えを持った者が、世界の覇権を握り、人々に間違った教えを説いている。
こんな世界はおかしい、絶対に。 人間の中にも、良い人はいる。 それは分かっている。
あのガンマー司祭などは、人間でも利に囚われないよい聖職者だ。
しかし、周りは彼の弱いところをたくみに突き上げ、彼の意志を捻じ曲げようとしている。
世論を持って、彼を押しつぶそうとしている。 こんな酷い事がまかり通る世界は何としても変えなければならない。
しかし、そのために人間と戦争を起こせば、それこそ扇動されているだけの罪の無い人間が泣くことになり
更に自分達との溝が深まってしまう。 どうしたらよいものか・・・。
・・・。
一行は息を呑んだ。 自分達と同じことを考え、同じことを理想として掲げている。
そういえば彼女は封印の神殿でも言っていた。 自分の望みは、世界に平和をもたらすことだと。
しかし、その理想と、実際やっている事は正反対に思えた。
高らかな理想を掲げる彼女が、今や世界を戦争に巻き込んで居るのだ。 何があったと言うのだろうか。
これ以上他種族との溝を深めてはいけないと、戦争という手段を否定していた彼女が。
その答えは、日記の最後のページに記してあった。
                   ・
                   ・
                   ・
・・・もう、許せない。 私は人間を許すことが出来なくなった。
人間は汚い。 人間の中にもいい者が居る? 甘い事を・・・私は甘かった。
こんな風に甘いから、多くの者を犠牲にしてきたにもかかわらず、私は何も変えられなかったのだ。
もう、これ以上の世界の理を歪める事は出来ない。
世界に平和をもたらす為にも、私は立ち上がる決心をした。 ここには未知の地エレブと繋がる道がある。
同士の中にも既にエレブに逃げ落ちた者が居る。
私は、残った同士を引き連れて、エレブで力を蓄えようと思う。
世界を平和にする為の準備を整える。 向こうの大陸の者へ多少犠牲は出てしまうが、この際やむを得ない。
どの道、こちらの世界でこれ以上人間が力を持てば、いずれエレブを欲しがって竜の門をくぐるだろう。
そうなっては、あちらの世界も終わりだ。 私は、どの種族も差別されない、平等な世界を作る。
これ以上、人間の好きにはさせない。 あちらでも人間が覇権を握っているとニルスは言っていた。
あちらの人間の力も抑えておかなければならない。 大陸が違うとは言え人間
一度握った覇権をみすみす手放すとは思えない。 武力を持ってしてでも押さえ込まなければ。
改革に犠牲はつき物だ。 この先人間によって、今以上に理を歪められ、それによって無駄な死を生むよりはマシな選択だ。
アルヴィネーゼ・・・私は貴女の求めた世界、必ずや創って見せるわ。 だから安らかに眠って。
・・・。

皆、声を失った。 エレブに侵略してきた経緯が、そこには記されていたのだった。
元は優しかった賢者が暴君に変わった瞬間を、その日記は確と記していたのである。
そして、彼女がハーフの天下を求めてエレブに侵略してきたわけではない事を確認した。
彼女は、世界に“平和”をもたらす為に、エレブを支配したのだ。
つまり、エレブ支配は、メリアレーゼにとっては、計画のほんの序の口に過ぎないと言う事であった。
「あの人も、かなり苦しんだんだね・・・。」
セレナは、あの冷たい眼差しの奥で、彼女がどれだけ耐えて、苦しんで、そして考えたのかを考えると息が詰まった。
しかし、だからと言って、自分の理想を追求する為に、平和に暮らしている人たちを巻き込んで良い訳ではない。
・・・ところが実際、自分もあちこちで彼女と対立し、犠牲者を出している。
平和に暮らしている人を泣かせている。 ・・・セレナは自己嫌悪に陥った。


4: 手強い名無しさん:06/04/11 20:01 ID:9sML7BIs
ここで諦めたら、犠牲になった人たちに顔向けできないけど、これ以上やってたら、更に犠牲者が出る。
ここで辞めておけば、死なずに済んだ人まで死ぬ事になるかもしれない・・・。
えぇい! 何を考えているんだ。 業を背負った以上、もはや逃げられない。 逃げちゃダメなんだ。
「平和を得る為に、平和を壊さなくてはならないなんて・・・なんて非情なんだ。」
一同は下を向くセレナに言葉が詰まった。 メリアレーゼも自分達も、あまり変わらないのかもしれない。
自分達だって、他大陸の政権を転覆させようと考えている以上、侵略も変わらなかった。
それでも、現状のまま放って置き、理を歪め続ける事を見てみぬ振りなんて出来ない。
改革に犠牲はつき物・・・・。 ダメだ。 犠牲になっていいものなんて無い。 でも・・・。
皆の心は、葛藤にうす巻き、今にも泣きそうになるぐらいだった。 それは、セレナが笑わないくらいに。

「なら、最初から元の平和を壊さなければいいんじゃない?」
その声が聞こえた途端、何か鈍い音がしてアレンが倒れた。
「ぐ・・・。」
「親父?!」
焦ってセレナが父のほうを向くと、背中に矢が刺さっていた。
アリスが急いでライブをかける。 幸い鎧に刺さり、致命傷には至らなかったが、かなりの怪我だ。
周りを見渡す一行。 その目に映ったのは、前、教皇を庇ったあのアサシン、クレリアだった。
アレンもクレリアのほうを見る。 そのとき、何か妙な感覚が襲った。
誰かに似ている・・・。 あれは・・・。
「お前は! よくも親父を!」
「これも仕事なんだよね。 あんた達を殺さないと、私が殺されちゃうし。」
カイが彼女を待っていたと言わんばかりに前に出た。
「お前、竜族のクセに、なんであの糞ジジイに従ってるんだ。」
「当然、金をくれるからさ。 お偉いナーガ様の言いつけなんか守ってても、金は手に入らないからね。
私には、守るべきものがある。 その為なら、人間相手だって普通に雇われるさ。
ま、世界を導くとか言うくせに、城から抜け出して、同族すら安心させられないバカ王子には、分かんない世界だろうけどね。」
クレリアは弓をしまうと両手に短剣を握った。 こいつらを仕留めれば、暫くは食べていける。
正義? 平和? 明日を生きれるかどうかも分からない私には、そんな事に構ってる暇は無い。
どれだけ正義を語ろうと、平和が大事だと訴えようと、そんなんじゃ暮らしていけない。
人殺しやら盗みをしなきゃ生きていけない下層の者にとっては、こいつらのやっていることなど所詮遊びだ。
クレリアは一気に相手との距離をつめる。 セレナの喉元を狙い、短剣でえぐる様に突き刺す。
早い! セレナは間一髪で直撃を避けたが、首筋に赤い線ができた。
しかし、それだけでは終らない。 去り際に、今度は矢を放って距離を開ける。 彼女はかなり手馴れていた。
今までもきっと、多くの暗殺を成功させて、生計を立ててきた身なのだろう。
相手は豹の如く喉元に飛び掛ってくる。 だが、避けてばかりは居られない。
セレナも双剣で反撃してみるが、分身でもしているかのように、自分の剣は相手をかすめるぐらいしか出来ない。
当てる事だけは一流のセレナがこれでは、全く役に立たない。
シーナも相手が弓を使っている上に屋内なので、天馬を駆ることが出来ず、仕方なく剣を使う。
だが、あまり使い慣れない剣では、相手の攻撃を弾くことぐらいしかできない。
今までに対峙したことの無いスピード勝負に、セレナ達は大苦戦を強いられていた。
シーナの、レオンの、クラウドの騎士剣が音を立てて空気を切る。 しかし、肝心の相手にはかすりもしない。
「ち、こいつら、戦いなれてるな。」
クレリアもなかなか相手の急所をつけないことにイラついていた。
暗殺は瞬殺でなければならない。 あまり時間をかけると、こちらが不利だ。
飛竜族である彼女は背中の翼を広げ、空中殺法に切り替えた。 飛行能力なら、神竜相手ですら勝る。
その機動力を使って一気に襲い掛かる。 その姿は、まさに旋風だった。
セレスは暫く魔法障壁を張って様子を見る。 怪我を治したアレンも戦線に復帰し、若い面子に指示を出す。


5: 手強い名無しさん:06/04/11 20:02 ID:9sML7BIs
「目で追うだけじゃなくて、耳も澄ませ! 相手は短剣だ。 あまりバラけるな!」
的確な指示が、少しずつ、こちら有利へと戦況を変えていく。
そして、クレリアがセレナに攻撃を繰り出し、去り際に矢を放とうとしたその瞬間だった。
「喰らえ! 風の大牙、ギガスカリバー!」
セレスが風の超魔法をクレリアに向けて放った。 マーキュレイで手に入れた風の必殺魔法。
エレブでは伝説の失われた魔法とされていたそれを、彼は見事に使いこなして見せた。
どこかにきっと無理が生じている。 無理が生じれば必ず隙が発生するはず。 彼の自論だった。
今回もずっと相手の動きを見て、弱点を探していたのである。 仲間がいるからこそできる芸当だった。
「ぎゃあ!」
風の大牙に翼を食いちぎられ、クレリアは地面に叩きつけられた。
その威力の前に、彼女はもう立てなかった。 カイが彼女の持つ剣を蹴飛ばす。
そのとき、何かが一緒に転がった。 拾い上げてそれを見てみると、それはペンダントだった。
「うぅ・・・。 はっ、それだけは返せ! 返してくれ・・・。」
動かぬ腕を何とか伸ばし、カイの足を掴むクレリア。 ペンダントの中身を見ると、そこには二人の子供の姿。
カイはしゃがみこむと、クレリアの手に、ペンダントを返してやった。
「これか、お前の“守るべきもの”っていうのは?」
「・・・そうさ。 私の弟妹さ。 いつも腹が空いたってうるさいんだよ。 ・・・ははは・・・。」
クレリアは力なく笑う。 もう笑うしかない。 相手に戦闘不能にされ、もう殺される。
うまいものを買ってきてやると弟妹達に言って出てきたが、もう帰れそうも無い。 笑うしかなかった。
「こんな小さなガキが、姉が人殺しで金を稼いでるなんて知ったら、悲しむぞ。」
カイの言葉に、彼女は腹が立った。 分かっているそんな事は。
しかし、もう殴り飛ばす力も残っていない。 あの魔術師、人間のクセにいい魔力を持っている。
「・・・あんたに言われたく無いよ。 両親は他界し、この頃の寒波でロクに作物もとれず・・・。
でも、ハスタールではこんな田舎娘じゃ仕事が無いし、マーキュレイは竜と言うだけで相手にされない。
自分達の食べるものなんて、何にも無いんだよ!
世界を導くとかカッコイイ事言っておいて、何もしてくれないあんたが、何説教してんのよ! ・・・っつ。」
「・・・アリス様、こいつを治療してやってくれ。」
「えぇ?! また襲ってくるかもしれねぇじゃないか。」
クラウドが出て当然の反論をするが、カイはアリスを呼びつけて回復をさせた。
「・・・よく見てみろ、こいつの持ってた武器は、鉄の剣に、鉄の弓。 前はキルソードだったのに。
こいつはもう自分の武器をそろえる金すらねぇんだよ。 そんな奴が、予備の武器など持ってるわけ無い。」
回復を終えたアリスは、カイの横でそのままクレリアを見ていた。
「・・・なんで私を助けたのさ。」
「ん? カワイ子ちゃんだったから。」
「こ、この・・・!」
カイの尻軽発言に、クレリアはかっとなった。 自分達から何もかも奪うろくでなしに情けをかけられるなんて。
しかし、そんなクレリアの目をカイは彼女の肩に両手をかけ、顔を近づけてじっと見つめた。
「弟妹に堂々と説明できる仕事をしろ。 オレ様も、過去を悔いて、今は世界を正そうと旅をしてる。
お前のみたいな奴に悲しい思いをさせない為にも。」
「そう思うなら、私達の生活を何とかしてくれよ! もう人を殺すか心中するかって瀬戸際なんだ!」
カイは目付きを一層厳しくして、相手の目の奥を睨んだ。
「いいか、誰かが何とかしてくれるなんて思うな。 待ってるだけじゃ何もならないだろ。」
「待ってるだけじゃない! だからこうして・・・。」
「こうして人殺しをして得た金を、弟妹が喜ぶと思うのか? それはお前が一番知っているはずだ。 これがいい事か、悪いことか。」
あんな尻軽で自分勝手だと思い込んでいた王子の言葉を、クレリアは否定できなかった。
見つめられると、何か嘘をつけない。 口から勝手に本音が出てきてしまう。
「何のことだい! 私はアサシンだよ。 人殺しや盗みが仕事なのさ!」
「いーや、違うね。 お前、前戦ったときもそうだけど、頭が本気で戦ってねぇよ。 どこかで躊躇ってる。 違うか?」


6: 手強い名無しさん:06/04/11 20:04 ID:9sML7BIs
「・・・私だって、弟妹に自慢できる仕事がしたいさ。 でも、こんな村娘で、何も芸が無いのなら、これしか方法は無いんだ。」
カイはここまで聞きだすと、本題に入った。 オレ様達だって・・・正義のためと言って人を殺してる。
人殺しには変わらない。 しかし・・・これ以外に方法が無い。 こいつも同じだ。 責める事は出来ない。 だが・・・。
「お前のその能力は、必要とされているから神が授けたんだ。」
「な、なんだよ、いきなり。 私は人殺しの力なんて要らない! 神が授けてくれたなら、私は神を呪うよ。」
「そんな滅多なことを言うなよ。 オレ様だって、時々自分の能力を呪う時がある。
だが、これは必要だから授かったんだ。 お前も、能力があるなら、それを皆の為に使わなくちゃダメだ。
・・・オレ様達と、一緒に来ないか?」
「な、何を言ってるんだい! 私はあんた達の敵なんだよ?!」
「力を教皇一人の為に使うのと、お前と同じような者を出さないようにする為、世界を変える為に使うのと、どっちを弟妹は喜ぶと思う?」
「それは・・・。」
戸惑うクレリア。 カイは蹴飛ばした剣と弓を拾うと、
この前彼女が落としていったキルソードを添えて、彼女に手渡すと、距離を開けた。
「あんた・・・。」
「その剣で、オレ様達を殺すか? 殺すなら、そのまま襲ってくればいい。」
クレリアは剣を装備したが、突撃できなかった。
このままこいつらを殺して帰れば、教皇からたんまり報酬をもらえる。
でも、あいつが人間の世界で妙な教えを説いて回っている事は知っていた。
それに、こんな陰気な仕事、本当はしたくない。 もっと弟妹に胸を張れる仕事をしたい。
もっと言えば、これしか自分に能力が無いのなら、同じ能力を使うにしても、
同じような苦しみを背負っている人たちを助けられる道を進みたい。 二つのそう反する気持ちが葛藤していた。
「私はどうすりゃいいんだよ・・・。」

その時だった。 突然後ろから声がすると共に、扉が開いた。
「随分臭い芝居を見せられたものだ。 いい加減飽きたぞ。」
新たなる敵? 一行も、クレリアもその声のほうを向いた。 その先は扉だった。
扉を空けた先に居た存在に、セレナは思わず声をあげてしまった。
「っ! あんたは!」
「ふっ、随分と遠征しているな。 マーキュレイで下手な騒ぎを起こして処刑されては居ないかとヒヤヒヤしたぞ。」
そこに居たのは、何とナーティだった。
自分達の居場所を知られている。 彼女の目は真っ直ぐ自分とシーナを見つめている。
今度こそ、自分達の命を狙いに来たに違いない。
「何であたし達の居場所が分かったんだ!」
「いや。 たまたまこちらの世界に来て見たら、お前達が臭い芝居を打っていただけだ。」
ナーティが笑いながら自分達をきっと睨み据える。
「こちらの世界に来たって、どういう事だよ!」
ナーティはセレナの疑問に無言で答えた。 ただ、視線を右にずらすだけで。
一行はナーティの視線を追う。 そこには、竜の門と同じ大きな門が口を空けていた。
「な・・・これは。」
「これが、もう一つの鍵だ。 ここを潜ればエレブと行き来することが出来る。」
セレナは門へ吸い寄せられそうになる頭を、自分で殴った。
これはこれで確かに重要な事だが、もっと重要な存在が、目の前で壁にもたれて、こちらを横目で見ているのだから。
「・・・こんな話しはどうでもいい! 何しに来た!」
「威勢の良いヤツだ。 まぁ、かつての愛弟子として、一つ良い情報をくれてやろう。
もうすぐ、メリアレーゼ様が世界を救ってくださる。 お前達の行動も無駄になるわけだ。」
「何だと? どういうことだ?!」
「さぁな。 どの道、お前達は邪魔な存在だ。 ・・・よし、私を倒すことができたら教えてやろう!」


7: 手強い名無しさん:06/04/11 20:08 ID:9sML7BIs
ナーティは壁から背を起こすと、腰に差していた騎士剣を抜いた。
相変わらず威圧感のある井出立ちだ。 こんな華奢な体の何処から、相手を威圧する力が沸いてくるのか。
「いくぞ、セレナ。 死にたくなければ本気でかかって来い!」
ナーティが言い終わるや否や、すぐにセレナに襲い掛かった。 セレナは相手の剣を剣で弾く。
他の面子も突然始まった戦闘に、少々あわてたが、すぐに臨戦態勢に入った。
「この野郎! 裏切り者がのこのこ何度も目の前に現われやがって!」
クラウドが鋼の槍でナーティを突きまわす。 確実に捕らえているはずなのに、ナーティは表情一つ変えない。
そのとき、後ろからシーナの声がした。
「兄ちゃん! 後ろ!」
「!?」
突然目の前に居たナーティが消えた。 シーナの声に後ろを振り返ると、そこにはナーティの鬼神のような目があった。
背面から思い切り魔力の篭った剣で打たれ、クラウドは吹っ飛ばされる。
クラウドが攻撃していたのは、彼女の残像だったのである。
「ぐっ・・・。」
しかし、彼も一発ではやられない。 何とか起き上がる。 そこにリブローが飛んできた。
「ほぅ・・・。 流石クリスの子供だけはあるな。 体力はあるようだ。」
「お前・・・。 俺のお袋を知っているのか!」
「知りたければ、私を倒してみせよ。」
ナーティがまた視界から消える。 クラウドは必死にあたりを探すが、やはり彼女を視界の中に捕らえることが出来ない。
今度はシーナが声をあげる隙すらなかった。 背後からまた、ナーティの鋭い剣が襲った。
「受けてみよ!」
クラウドは、今までに感じたことの無い衝撃を受けた。 何か鎧を貫いてくるこの衝撃。
自分の防御を崩し、直接斬られたかのような衝撃が彼を襲った。
「ぐぁ!」
今度は後衛の陣まで、クラウドは吹っ飛ばされてしまった。
必死にセレスとアリスが回復に回る。 相当の大怪我だ。 鎧の下に怪我がある。 どういうことだ。
後衛の陣まで近づけさせまいと、レオンやアレン、そしてシーナがナーティの前に立ちふさがる。
「ナーティさん! どうして戦わなくちゃいけないの? あんなに優しくしてくれたのに!」
シーナはナーティの剣の直撃を免れると、すかさず剣で突く。
しかし、相手もそう簡単には当ってくれない。 剣で弾かれてしまう。
「それは、お前が一番分かっているはずだ。」
容赦の無いナーティの攻撃。 シーナに止めを刺そうとするが、アレンとレオンがそうはさせないと槍を振りかざす。
二人はシーナと違い、ナーティを攻撃する事に迷いはなかった。 彼女はベルンの者。 敵だ。
やらなければ、こちらがやられる。 それに、裏切りは騎士としてあるまじき行為。 相手が騎士でなくとも赦す事は出来ない。
さすがに相性が悪いのか、ナーティも無傷では済まない。 少しずつ傷ついていく。
しかしそれでも、アレンたちの受けるダメージに比べれば無傷に近かった。
熟練した技術を持つアレンの槍も、マルテに選ばれるほどの実力を持つレオンの槍も、
彼女はかいくぐり、鎧を貫通してダメージを与えてくる。
しかし、こちらも倒れるわけには行かない。 クラウドも復帰して、4人がかりで封じにかかる。
セレナとカイは、4人が足止めをしている間に、ライトニングスピアを撃とうとしていた。
しかし、カイがどうも気を集中しない。
「あの剣は・・・もしや・・・。」
「ちょっと、何ぼさーっとしてんのよ!」
「ああ、すまん。 よし、行くぞ、ライトニングスピア!」
二人が放った聖槍が、真っ直ぐナーティに向かって飛んでいく。 4人がかりで足止めされていた彼女は、それを避けられなかった。
彼女に槍が当たり、周りを目を覆わんばかりの閃光が包む。 その衝撃に、足止めをしていた4人のほうが吹き飛ばされた。


8: 手強い名無しさん:06/04/11 20:11 ID:9sML7BIs
「いてて・・・。 もう少しやり方ってーのがあるだろ・・・。 ん?!」
煙が少しずつ晴れて行く。 吹き飛ばされたクラウドは頭をさすりながら前を見てみる。
すると・・・煙の中に人の影が見える。 そんな馬鹿な・・・。
セレナもカイも愕然となった。 ナーティは生きていた。 彼女は剣を体の前にかざし、光に包まれていた。
・・・ライトニングスピアが・・・? やはり、あいつは・・・あの剣は・・・。
カイの様子にセレナは今の魔法ですら、全く効いていないことを悟った。
「無駄だ。 私にナーガから賜った力など通用せぬ。」
ナーティは剣を払うと、またシーナ達に襲い掛かってきた。 先程の魔法がなかったかのように。
セレナが剣を抜いて前に出る。
「皆、こいつは私とシーナに任せて。」
セレナの放った言葉に、一同は一瞬動きが止まる。 ナーティは目を閉じて鼻で笑った。
「ば、バカ言うんじゃねぇよ! 束になってかかったってロクに攻撃が通らないのに、そんな無茶すぎるだろ。」
「承諾できないな。」
「セレナ、自惚れるな! 相手は強敵だ。」
皆からは当然の答えが返ってくる。 しかし、セレナには分かってた。
それを証明するかのように、ナーティはセレナに剣先を向けてきた。
「面白い。 私もお前と剣を交えたい。 かかって来い!」
セレナがナーティに突撃する。 アレンたちも加勢しようとするが、二人は窓から外へ飛び立っていてしまった。
それをシーナとレオンが慌てて追いかける。 カイも飛び立とうとしたが、後ろから声がした。
「わ、私はどうすれば・・・。」
「そんなのは自分で考えろ。 お前が何を望んでいるか、自分の胸に聞けば、自ずと答えは出るはずだ。」
カイはクレリアにそういい残し、窓から飛び出していった。
私が望んでいること・・・それは・・・。

窓は館の中庭に通じてた。 その上空で二人は剣をぶつけ合う。
この前のようには行かない。 封印の神殿で対峙した時とはお互いの動きが違った。
空中を二つの風刃が火花を散らす。 お互いに本気だ。
感情を失ったイリアのブリザードのような風と、絶対に諦めないと粉骨砕身する、ナバタの熱風がぶつかり合う。
その様子に、駆けつけたほかの皆も息に詰まる。 近寄りがたい雰囲気だ。 それでもセレナを助けないと。
「相変わらず太刀筋が荒いな。」
「うるさい! そっちこそ相変わらずバカにしやがって!」
レオンやカイが近づいて攻撃する。 カイは槍に持ち変えて、レオンと共にナーティに突撃する。
そのカイの槍を弾くと、ナーティはセレナの相手をしながら彼に向かって叫んだ。
「ナーガの王子よ、世界の為を思うなら、国へ帰れ。」
「うるせぇ! オレ様は決めたんだ。 もう逃げないとな!」
「・・・愚かな。」
互いに一歩も引かない風刃。 互いはまるで、周りの者を避けるかのように、彼らから離れ、ぶつかり合っている。
その壮絶さに、他の面子も次第に近づけなくなっていく。
そこに、クレリアが現われた。 彼女は空中で弓に矢を番えると、銀髪の風刃に狙いを定める。
私が求めるもの。 それは!
彼女の放った矢が、ナーティに向かって放たれた。
しかし、彼女はいとも簡単にその矢を魔力を宿らせた剣で弾き落とした。
そのとき、カイはしっかりとその剣を見てみた。 やはり、あの剣は・・・伝説の・・・。
襲い掛かるセレナから距離を置くと、ナーティは視線を遠くに持っていった。
「・・・ふむ、セレナ、お前も大分腕を上げたようだな。」
「バカにするのもいい加減にしろ!」
セレナの言葉を聞いているのかいないのか、ナーティは突然剣を鞘に収めると館の中に戻っていく。
それを追って皆が館に入る。 後ろをついていくクレリアの肩に、カイが手を置いた。
「分かってくれたようだな。 感謝する。」


9: 手強い名無しさん:06/04/11 20:11 ID:9sML7BIs
クレリアは照れくさそうに頭をかいた。
「べ、別に。 あんた達を助けたくてやったわけじゃないよ。 私は、私の求めたものが、あんた達と同じだなって思っただけさ。」
「へっ・・・。」
カイは鼻で笑いながら、セレナ達のあとを追う。 クレリアもその後ろをついていこうと思ったが、
ふとナーティが見ていたほうを眺めてみた。 そして彼女は焦った。
その視線の先に居たのは、大勢の教皇配下騎士達だったのだ。 こいつらを追って来たに違いない。
館の中に入ったナーティは、そのまま何もせずに、エレブへ続く門を潜っていってしまった。 意味深な言葉を残して。
「ま、待てよ!」
「メリアレーゼ様のやり方に不満があるなら・・・マーキュレイの王に会ってみることだ。」
あいつは一体何をしにきたのだ。 毎回思う疑問だが、今回は一層強く感じた。
あいつはあたしを狙いに来た・・・のだろうか。 その割にはあっさり撤退して行ったし・・・。
そこに誰かが走りこんできた。 それは、最初にこの国で出会ったあのハーフの男性、シュッツだった。
「おい! みんな、大変だ!」
「どうしたんですか? シュッツさん。」
「あぁ、シーナ。 大変だ。 教皇騎士団がお前達を差し出せと言って攻めてきた。
何とか今は防いでいるが、いつまでも持つものでも無い。 早く逃げろ。」
「逃げるなんて出来るわけ無いよ、一緒に戦おう?」
逃げることを拒むシーナ。 同族が危険な目にあっているのに自分だけ逃げるなんて。
しかし、シュッツも諦めない。
「ダメだ。 ここで騒ぎを大きくすれば、教皇の私兵だけじゃ話がすまなくなる。
お前達はここに居なかった。 そういうことにするんだ。 さ、逃げろ。」
戦うわけに行かなかったのである。 異端排除の名の下に、教皇が動かせるのは、自分の私兵だけだ。
だが、ここで騒ぎを大きくすれば、マーキュレイにあだなす者と看做され、マーキュレイの国軍が動くことになる。
そうなれば到底勝ち目は無いし、ブレーグランド自体の存亡も危うくなる。
「ごめんよ・・・。 私のせいだ。 あんた達をつけて、教皇に居場所を随時連絡していたのは、この私。私のせいだ。」
クレリアが力なく肩を落とす。 自分の責任だった。 自分が目の前にちらつかされた金に食いついてさえ居なければ、教皇がこいつらの居場所を知ることも無かった。
しかし、皆も彼女を責められない。 彼女は助けてくれたとは言え、敵だったのだから。
「しかないわ。 これからどうするか考えましょう。」
アリスが重い雰囲気を払う。 今は考えている暇は無い。 今も教皇騎士団は自分達の元へ進んできている。
「・・・よし、皆、この門を潜ろう!」
セレナの発言に、皆は驚いた。 何処に着くかもわからない。
「えぇ、でも、ナーティさんも潜って行ったんだよ? 出口であの人が待ち構えていたら・・・!」
「でも、ここから逃げる道はここかないし、これ以上ここに居れば、ハーフの人たちに迷惑をかけちゃうよ。」
選択の余地は無い。 迷っている暇も無い。
先がどう転がるか分からないが、少なくともこの場に自分達が居る事はことを進展させる事は無い。
「・・・あんた達、行きなよ。 教皇には、アンタ達はここには居なかったと伝えておく。」
クレリアが走り出した。 アレンがクレリアのほうへ手を伸ばすが、掴み損ねた。
アレンは、何か、彼女を手放したくないような錯覚に陥っていた。
「お、おい! そんな事したら君が!」
「いいんだ、私のせいなんだし。 後からきっと追いつく。 だから先に行きな!」
「待て! クリス!」
「・・・?! 親父?」
アレンには、クレリアの性格が自分の最愛の妻、クリスと重なって仕方なかったのである。
容姿だけでなく、性格が似ていた。 勝気で、向こう見ずで、それでいて優しくて・・・。
クレリアの去っていった方向を見て動かない父親を押しながら、クラウドは門を潜っていった。
「シュッツさん、ごめんね。」
シーナも姉につれられ、門を潜った。 シュッツも、そんな彼女に手を振って見送った。



10: 第四十一章:もう一人の理想論者:06/04/11 20:12 ID:9sML7BIs
一行は、竜の門を通った時と同じような、この世とは思えないような幻想的な世界を歩んでいく。 さぁて・・・そろそろ来るぞ・・・。
そのうち、やはり強烈な光と衝撃が何処からともなく襲ってきて、セレナは意識が遠のいていった。

気が付くと、そこはどこか暗い神殿の中だった。 ナーティの話によれば、ここはエレブのどこかである事は確かだ。
もっとも、ナーティの言っていたことが本当ならの話だが。
あたりをキョロキョロ見回すが、どこか分からない。
ただ分かる事は、この薄くらい不気味な神殿には、何か妙に重苦しいエーギルが流れていることだけだ。
しかし、アレンには見覚えがあった。 ここは・・・どこだったか。
この異様な・・・自分達を喰らおうとする、怨念にも似たまがまがしい力を感じる・・・。 ! まさかここは!
アレンは周りを見渡す。 すると・・・あった! 台座に鎮座する大剣が。
ということは・・・アレンは壁を見回す。 やはりある、20数年前、メリアレーゼが召喚した竜と戦ったときに出来た傷が。
ここは・・・竜殿だった。 自分達は本当に、もう一つの鍵を使って、エレブに帰ってきたのである。
一行は外に出ようと歩みだす。 まがまがしい力に閉口する皆に、セレスが語りかけた。
「やはり、ニルスはメリアレーゼと昔から交友があったようですね。」
「だね。 あの日記にもニルスの名前が出ていたし。」
セレナもこんな雰囲気は嫌だったから、セレスの言葉に相槌を打つ。
「にしても引っかかるな・・・アルヴィネーゼと言うのは誰なんだろうな。」
レオンは思い出していた。 あの日記の最終行にあった、あの名前。
アルヴィネーゼ・・・私は貴女の求めた世界、必ずや創って見せるわ。 だから安らかに眠って、というあの言葉、気になる。
「それは私の妹ですよ。」
一行は下の階から聞こえてくる声にびくっとなった。
自分達以外に人が居る。 しかし、この声、どこかで聞いた覚えがある。 しかも、私の妹・・・?
焦って皆は階段を下りる。 そこに居たのは、やはりメリアレーゼだった。
「お前は・・・何故ここに居る!」
セレナは剣を抜いて一歩前に出る。 封印の神殿で、神将器を横取りした張本人だ。
そして、ハーフの長。 こんなところに一人でなにをしにきたのだろうか。
「それはこちらの台詞ですよ。 ナーティが重要な客が来るからと待っていたのに・・・貴女達とは。」
メリアレーゼは一行から視線を逸らすと、向こうを向いた。
「まぁ、でも、貴女達も方向性が違うとは言え、私と同じように世界の平和を目指している。
貴女達にも見せてあげましょう。 私の目指す世界を達成するに、なくてはならない存在をね!」
皆はメリアレーゼの目線を追う。 そして、視線の先を見て腰が抜けそうになった。
そこには、膨大なエーギルに包まれ眠りに就く、漆黒の巨大な飛竜が居たのである。
「・・・!」
一行は声を失う。 このまがまがしい力は、この竜によるものなのか。
そこから発せられているような気もした。 このおぞましいほどの、執念に満ちたエーギルが。
「驚いたようですね。 これこそ、人々が暗黒神と称して恐れる、暗黒竜族。 人竜戦役で覇権を争った竜族の長。
この地にナーガによって封印されていたようですが、彼は仲間の怨念を吸収し、昔以上の力を持っているようです。
もっとも、今はナーガによって封印され、すやすやと眠っているようですが。」
セレナは、これこそが、メリアレーゼが召喚しようとしている暗黒神だと言う事を知ると
すぐさま走っていく。 メリアレーゼはそれを止める事も無く、目を細めて笑みをこぼす。
セレナはそのまま握っていた銀の剣で、眠っている暗黒竜に切りつけた。 その瞬間だった。
「うぎゃあ!」
セレナは猛烈な勢いで吹き飛ばされた。 体が動かない・・・。
「ふはは、無駄ですよ。 彼は今、封印を破らんとばかりのエーギルを纏っている。
神竜である貴女がそれに触れれば、そうやって吹き飛ばされるのがオチです。 体が痺れるでしょう?」
何とか立ち上がるセレナ。 そして、皆も彼女の周りに集まり、アリスはセレナに杖をかざす。
光の神竜、そして闇の暗黒竜。 昔から竜族の中でも対立してきた、相反する力を持つ竜。 互いの力は自らを滅ぼす力だった。


11: 第四十章:もう一人の理想論者:06/04/11 20:13 ID:9sML7BIs
「そして、私にも半分。 そう、半分だけその血が流れている。
混血は受け入れられない。 そんな理の曲がった世界のせいで、私の妹は死んだのですよ。
彼女は死ぬ前に言いました。 “皆が同じように、手を取り合って生きる世界になってほしい、と。
私は、もう妹のような犠牲者は出したくありません。 彼女だってそれを望んでいるはずです。
それを邪魔するのであれば、例え同じ平和を目指す貴女達にも、消えてもらいます。」
メリアレーゼは封印の神殿で見せた、あの漆黒の翼を広げた。 その途端、周りを闇のオーラが包む。
今までの敵とは比べ物になら無いほどのエーギルだ。 ナーティも凄かったが、それとは何かが違う。
相手は明らかな敵意をこちらに持っており、交戦を挑んできている。
セレナ達はすぐさま襲い掛かる。 エーギルの流れで分かる。 相手に先制を許したら危険だと。
セレナとカイが先陣を切ってメリアレーゼに切りかかる。 しかし、彼女に近づいた途端、妙な感覚に囚われる。
彼女が・・・霞んで見える? 足元が・・・重い・・・。
これが・・・暗黒竜族の力なのか。 竜王ナーガの死因ともなった暗黒竜族の力なのか?
相手はそこまで素早いわけでは無いのに、相手に攻撃が当らない。 相手が霞んで見え、分身しているように見えてしまう。
そして、足が思うように動かない。 逆に相手から暗黒魔法を受けてしまう。
無常な時すらも飲み込んで止めてしまうような終わりの無い闇が、自分達を喰らおうと忍び寄ってくる。
「くっ・・・。」
魔法にあまり抵抗力の無いレオン。 彼にとって、闇魔法は致命傷になりうるものだった。
ふと、重い足元を見た彼は目を疑った。 彼には見えてしまった。
自分を、苦しみと憎しみの異界へと引き込もうとする手を。 それが、がっしり自分の足を掴んでいた。
これは・・・この暗黒神の部下なのか・・・死んでいったメリアレーゼの部下の怨念なのか・・・。
「ふふふ・・・どうです? 真の恐怖の味は。 貴女達には、同志がどれだけ世界を憎んで死んでいったかを見てもらいましょうか。」
彼女は手を広げると、何かを詠唱しだした。 その周りにエーギルが集まりどよめきの声をあげる。
これは、何か大きな魔法を使おうとしている前兆だった。
そのエーギルはたちまち邪念に満ちた凄まじい流れを作っていく。
しかし、それを止めようにも体が重い。まるでその流れに吸い寄せられるようだ。
「受けなさい。 我が究極の暗黒召喚術、ダーク・マトリクス!」
彼女から発せられたのは、小さな闇の珠だった。
しかし、重い。 そして、その珠は、全てを飲み込まんとばかりに次第に膨れ上がっていく。
あっという間に、その珠は珠と言うには相応しく無い大きさまで成長し、セレナ達を飲み込んだ。
中はまさに、地獄だった。 冷遇され、差別されて惨めな最期を遂げたハーフの怨念が渦巻いていた。
邪気と怨念を押し固めたようなそれが、巨大なエーギルの塊となって皆を襲った。
重い、とてつもなく重い。その怨念に押しつぶされる。 皆から声になら無い声が漏れる。
その様子を見て、メリアレーゼは目細めた。 どうだ、苦しいだろう。 辛いだろう。
だが、我が同志は、それ以上の苦しみを背負って死んでいったのだ。 私は彼らの死を背負っている。
お前達に負けるわけには行かないのだ・・・!
魔法が炸裂し終わった竜殿には、メリアレーゼと倒れる一行。 そして、膝を突くセレナとカイが居た。
「くそ・・・なんて魔力だ。 オレ様が魔法でここまで弱らされるとは・・・。」
「おほほ・・・貴方もナーティの警告どおり国に帰っていれば、死なずに済んだものを。
国の後継者が倒れたとなれば、民は悲しむでしょうね。 最期まで民を安心させられず・・・王子失格者でしたね・・・。」
カイは剣に捕まり、かろうじて倒れない状態だった。 ここで死ぬのか?
いや・・・オレ様・・・こんところでは死ねないぜ・・・。
「くっ・・・仲間を・・愚弄するな!」
「威勢のいい事。 流石ナーガの化身。 どうです?
ここで貴女ほどの力を持った者を殺すのは勿体無い。 我々とともに、世界に平和をもたらしませんか?」
「はぁはぁ・・・。断る・・・。」
セレナの目がメリアレーゼを睨む。 この瞳・・・あいつと同じだ。
あの時、同じようにこちらについてはどうかと誘った自分を、同じように拒否した。
そのときのあいつの目と、この小娘の目はそっくりだ。 血は争われないと言う事か・・・。
しかし、この小娘、親以上に諦めが悪い。 このまま生かしておいてもメリットは無いか。


12: 手強い名無しさん:06/04/11 20:15 ID:9sML7BIs
「なら、この場で消えていただきましょうか。」
彼女は再び詠唱を開始する。 いくら神竜といえど、自分の魔法を二回受けて生きていられるはずは無い。
二十数年前のあのときを思い出す。 あの時はクリスのせいで殺し損ねたが・・・今回は邪魔するものは居ない
さらばだ。 ナーガの一族さえ消せば、もはや私の計画を狂わすものは居なくなる。
そのときだった。 突然、金属音を騒がしく立てながら、誰かが部屋に走りこんできた。
「メリアレーゼ様! ロキ復活の為に必要なものが判明しましたぞ!」
「!・・・。 お前がそんな風に走るとは珍しいですね。 そろそろ年を考えた行動をしなさい。」
それはグレゴリオだった。 彼を見たメリアレーゼは詠唱をやめ、彼の耳打ちを聞く。
そして、それを聞き終わると、彼女はワープの準備を始めた。
「よし、ではグレゴリオ、こやつらの始末はお前に任せる。 私は城に戻る。」
「は、仰せのままに。」
メリアレーゼがワープしていったことを確認すると、彼は配下に命じ、セレナ達を外へと連れ出す。
そして、そのままどこかへ運んでいく。
「あたし達を・・・何処へ連れて行くの?」
「ワシはメリアレーゼ様からお前達の処分を任された。 お前達は今から捕虜だ。 捕虜が口を利くな。 黙って歩け。」
セレナは未だ体を走る激痛に悶々としながら、グレゴリオ達に連れられていった。


13: 第四十一章:大切な人:06/04/11 20:15 ID:9sML7BIs
連れて来られた先は、ベルン城の牢だった。
「あのジジイ。 俺達をこんなところに閉じ込めてどうするつもりだ。」
回復したクラウドは、牢の鉄格子を蹴飛ばす。
他の皆も悶絶しただけで、命に別状はなかったようだ。 奇跡的としか言いようがなかった。
「殺されなかっただけマシですね・・・。 あのまま暗黒魔法をもう一度喰らっていたら、全滅でしたよ。」
セレスがレオンやアレンを治療しながら胸を撫で下ろした。
これがきっと、グレゴリオの精一杯の情けだったのだろう。 今回も彼に救われた。
セレナは不思議だった。 グレゴリオも、ナーティも、敵なのに自分達を殺そうとしない。 何故なんだろうか。
グレゴリオも、主の命ならお前達と戦うといっていたのに、いざ処分を任せられると殺さずに捕虜止まり。
なんとか、彼らとうまく出来ないか。 そう思った。 セレスには甘いと言われるが・・・。
「クラウド、落ち着きなさいよ。」
「落ち着いてられるかよ! いつ殺されるか分からないのに、何とか脱出できないもんか・・・。」
アリスが鉄格子の前を行ったり来たりするクラウドを嗜める。
それでも、どうすることも出来ない。 武器は取り上げられ、魔力も尽きていた。
だが、救いの手は、思わぬところから来る事になる。
しばらくすると、突然牢の前に人影が現われた。
「ありゃ、あんた達、本当に捕まっちまったんだねぇ。」
「あ、お前は・・・!」
「クリ・・・クレリア! 来てくれたのか!」
その人影はクレリアだった。 アレンの歓喜の声に、彼女はあわてた。 照れているようだ。
「や、約束しただろ? それを守っただけさ。 ・・・仲間なら・・・当然サ。」
セレナは嬉しかった。 自分達お考えを理解して、仲間についてくれる人が出てきてくれたのだから。
だが、彼女以上にカイはうれしかった。 ダメ王子の自分を彼女は信じてくれたのだから。
そして、アレンも喜んだ。 忘れかけていた大事な片翼を思い出させる人が、仲間に加わってくれたのだから。
皆が皆、色々な形で彼女の仲間入りを歓迎した。
「や、やめなよ。 よし、今開けるからね。」
クレリアは得意のカギ開けを披露してみせる。 生活の為、悪いとは分かっていても覚えた鍵開け技術。
人に誇れない芸だったそれが、今仲間を助ける為に役立っている。 人の為に使うなら何の躊躇いも無い。
彼女もまた嬉しかった。
「でも、よく分かったね。 ここに私達が閉じ時こめられているのが。」
「あぁ、さっきメリアレーゼの館であんた達と戦ってた奴が、門を潜った先で教えてくれたんだよ。 精々足掻いて見せろってね。」
シーナの疑問に、クレリアは笑顔で答えた。 鍵も開け、一行は牢から出る。
しかし、またナーティだ。 主命に背くような事をして、一体何を考えているのか。 サッパリ分からない。
まるで自分達が苦労する事を楽しんでいるのかのようだ。 そう考えると、弄ばれているようで胸糞が悪い。
しかし、助けてもらっている事に変わりは無かった。 絶対あの余裕面の度肝を抜いて見せるぞ。
「にしても、よく潜入できましたね。」
セレスがこんなところでも服のほこりを払いながら、手鏡で髪を整える。 こういうところは、やはり貴族か。
こんな薄汚い牢屋に入れられたことなど、彼は無かっただろう。 むしろ経験者のほうが稀なのだが。
ましてエトルリア貴族の中でも名門中の名門であるリグレ侯爵家の嫡男が、投獄されるなど。
「バカにしないでよ。 私ゃ泣く子も黙る恐怖のアサシンだよ? 兵士は気付かれる前にこうさ。」
クレリアは鞘から短剣を抜いて見せた。 それにはべっとり血がついている。
「うわ・・・クレリア・・・むごい。」
「なーに言ってるのさ。 やる前にやらなきゃ詰みなんだよ。 仕方ないだろ?」
「うんうん、全くその通りだ!」
「親父?」


14: 手強い名無しさん:06/04/11 20:16 ID:9sML7BIs
クラウドは妙にクレリアの肩を持つ親父に不信感を抱いた。 さっきもお袋の名前を突然呼んだり・・・
親父も老けたなぁ・・・早く隠居できるようにしてやらないと。 心なしか腰が曲がっているようにも・・・。
アレンのほうを見て、クレリアは一度視線を逸らしたが、もう一度向きなおして、恥ずかしそうにした。
「あんたさ・・・その、敵のときは悪かったよ。 二度も不意打ちして。 一番腕が立ちそうだったから、先に潰しておこうと。」
「いや、敵だったのだから仕方が無い。 俺は気にしていない。」
謝った。 だからもう恨みっこなし! でも・・・この人、妙に私をじろじろと見てるなぁ。
私の顔に何かついているのかなぁ。 まぁいいや。
「さて、さっさとこんなところはずらかるよ。 付いて来な。」
彼女はもと来た道を歩いていく。 剣の血を裏付けるように、通路には兵士が転がっている。
危険を承知で、単身乗り込んできて自分達を助けてくれた。 少々手段を選ばないところがあるが、頼もしい仲間が増えた。
地下室から出て、出口へ向かう。 しかし、巡回兵は全て倒してきたはずなのに、向こうで仁王立ちになっているベルン兵を見つけた。
まずい。 ここから彼の居るところまでは一本道。 逃げ道が無い。 何故ばれた・・・。
しかし、セレナには分かった。 あの雄大な人影は・・・グレゴリオだ。 自分達を待っていたかのように立っている。
セレナはそのまま彼に近づいていく。 グレゴリオを知らないクレリアは焦ってそれを追う。
そして、セレナが彼に話しかけようとしたときだった。 後ろからクレリアが短剣を抜き、グレゴリオの喉下をねらた。
彼女には敵と映ったのである。 当然と言えば当然である。 むしろ他の面子が彼に気を許しすぎていると言った方が正しい。
しかし、彼はクレリアの腕を掴むと、片手で地面に向かって投げた。 完全に見切られている。
そして、彼女の細い腕をひねり、短剣を落とさせる。
「ぐぁ・・・。 あいてててて!」
「やれやれ、血の気の多い女子だわい。」
「大丈夫か、クレリア。」
カイが飛んできて、グレゴリオの腕を離そうとする。
危害を加えるつもりのなかった彼はクレリアから手を離すと、両手を払う。
クレリアはカイに抱き起こされながら、信じられないといった表情をした。
自分の暗殺術を、無駄な動き無しに見切って投げ飛ばすなんて・・・こいつ一体何者?
「グレゴリオ将軍・・・何故、あたし達を助けてくれたの?」
「・・・ついで来るが良い。」
彼はそのまま廊下を歩き出した。 他の面子はそれを追いかける。
クレリアは状況を飲み込めないまま、仕方なく後ろをついていく。 何、こいつは敵じゃないの?
着いた先はグレゴリオの部屋だった。 彼は椅子に座ると、皆にも座るように勧めた。
「助けてくれてありがとうございます。」
「セレナよ。 ワシは主命に従っただけ。 お前達の処分を任されたから、こうしているだけじゃ。 礼はいらんよ。」
グレゴリオはメガネをかけ書類に目を通しながら、セレナの言葉を否定した。
暫くそんな沈黙が続いたが、クレリアが辛抱ならずに声をあげた。
「なぁ、アンタ敵なんだろ? なんで牢屋から出してこんなところに呼び出したりしたのさ?」
グレゴリオはその言葉を待っていたかのように、メガネをはずし、書類から目を離した。
「前にも言ったじゃろう。 ワシは、お前さん達の考え方に賛成しているからじゃよ。
いや・・・本当のメリアレーゼ様の考え方、といったほうが正しいかもしれないの。」
「本当の・・・? あいつも誰かに体を乗っ取られているとか?」
セレナはギネヴィアにメリアレーゼが乗り移ったとアレンから聞かされていた。
だが、ここに来てメリアレーゼは本物では無いといわれてしまう。 グレゴリオはため息をつく。
「お前さん達も、メリアレーゼ様の館で日記を読んだそうじゃな。
なら分かっただろう。 彼女も、元は心優しい賢者であったという事を。 今のメリアレーゼ様は
まるで暗黒神に取り付かれたかのようじゃ。 もはやワシの知るメリアレーゼ様では無い・・・。
こんなことをしても、アルヴィネーゼ様の遺志を継いだことにはならんだろうて・・・。」
額に手をやり、窓から空を仰ぐグレゴリオ。 その顔は本当に悩乱していることが分かる。


15: 手強い名無しさん:06/04/11 20:20 ID:9sML7BIs
しかし、それだけではなかった。 彼は騎士であり、主の意思を尊重しなければならいと思いつつも
その考えが正しいとは思えず、何とか阻止したいという気持ちが葛藤していた。
自分も主も、半分だけ暗黒竜族の血を引いている。 半分だけでも恐ろしい力があるその血。
自分でも恐ろしくなる時がある。 それが、純血でしかもその中でも最高の能力を持つ者の封印を解いてしまえば
どうなるか分かるものではなかった。
「ねぇ! 暗黒神をどうにかするにはどうすればいいの?」
「・・・竜の力を封じるほどの力を持ったドラゴンスレイヤーが無ければダメじゃな。」
竜を封印することに使う剣・・・セレナにはもうあの剣しか考えられなかった。 思わず立ち上がって提案する。
「封印の剣だね! じゃあ、ファイアーエムブレムをちょうだい! それさえあれば、あたし達が・・・!」
封印の剣、大陸最強のドラゴンスレイヤーだった。 それさえあれば、きっとなんとかなる。
しかし、グレゴリオは首を横に振った。
「それは叶わんよ。 ファイアーエムブレムは、すでに暗黒神復活の儀式に使ってしまったのじゃ。
封印の剣も、暗黒神も、ナーガによって封印されている。 ナーガの封印を解く力を持つあれは、
暗黒神復活に必要不可欠なものだったのじゃ。 もうこの世にあれは無い。」
せっかく希望が見えてきたのに、それも儚く砕け散った。
セレナは全身の力が抜けるような感覚に陥り、椅子に座り込んでしまった。
「それにな・・・。」
更に、一行を突き放すようなグレゴリオの言葉に、皆は凍りついた。
「封印の剣は、恐らくハーフしか扱えぬ。」
「ど、どういうことさ!?」
セレナがまた立ち上がって、今度はグレゴリオの座る机に詰め寄った。
そんな彼女に、グレゴリオは悲しい現実を突きつけざるを得なかった。 隠しても仕方が無い。
「あれとファイアーエムブレムは、神竜王ナーガが同族の暴挙を止めるために、精霊の力を借りて作ったもの。
その剣を暴挙の元凶である人間族ではなく、当時中立派だったハーフに渡した。
つまり・・・ナーガに認められ、その力をこめた剣を扱えるのはハーフだけというわけじゃ。」


16: 手強い名無しさん:06/04/11 20:22 ID:9sML7BIs
「アルヴェネーゼって、メリアレーゼの妹?」
「そうじゃ。 彼女もまた心優しい賢者だった。 だが、彼女は『優良種の保存』法を盾にとって、人間に殺されてしまったのじゃ。
人間に事あるごとに楯突くメリアレーゼ様を大人しくする為にな。
さすがに彼女自身を殺すと、半竜族の反発が大きいと思ったのだろう。
じゃが、その日以来メリアレーゼ様は変わってしまわれた。 世界を平和にすると・・・。」
グレゴリオは頭を抱えて机にひじを突いた。
長年仕えているから、主の気持ちはよく分かる。 だが、道を誤る主を諭せない。 自分の無能さを彼は悔やんでいた。
「それで、彼女は暗黒神ロキの元に、どの種族も支配されれば平和になると・・・。」
セレスは怖かった。 そんな道を考えてしまうほどに追い詰められてしまった。
そして、それを実行しようとしてしまった・・・それを止められる者も居ない。 孤独は怖い。
「左様。 種族間の争いは、大陸の覇権を争うから生じる。 どの種族も及びも着かない絶対的な力に支配されれば
それもなくなると、彼女は考えているのだ。 暗黒竜族は竜族ではあるが、他の竜族に封印され
竜族を恨んでおる。 竜族であって竜族で無いのだ。」
人であって、人で無いと差別されるハーフが、竜であって竜でない暗黒竜族に救いの道を見出す・・・何か皮肉だった。
しかし誰からも、それは危険なものであると分かった。 平和・・・彼女は何を持って平和といっているのだろう。
確かに差別も、戦争もなくなるかもしれない。
でも、セレナは自分の考える平和と正反対だと思った。 人らしく、笑って生きることの出来る世界で無い事は確かである。
「そんな・・・そんな世界は間違ってるよ。 平和なんて言わない・・・。」
「ワシも何度もそう申し上げているのじゃが、これ以外に道は無いと聞く耳を持ってくださらない。
もはや、暗黒神をどうにかするしか道は無いのだ・・・。」
彼の苦悶の表情に、皆はもう時間が無いことを悟る。
「グレゴリオ殿、私がどれだけ感情を抑えているか分かっているのか?」
「分かっておるよ。 しかしその抑えている感情をワシにぶつけるのは筋違いではないか?
ワシの言っていることが間違っているのなら、この質問にも答えられるはずだな。
お主は、いつも一人で夜な夜な城を抜け出して何処へ行っているのじゃ?」
「・・・散歩だ。」
ナーティは前髪で目線を悟られないように隠しながら、彼からそれを逸らした。
「ほう? ならば、お主が今腰に差している剣は何処で手に入れたのじゃ? そんなドラゴンスレイヤーを一体何処で?」
「・・・。」
「お主もそろそろ自分に嘘を付くのはやめることじゃ。 もっとやるべきことがあるだろう。 自分の気持ちに素直ならば。」
ナーティは前髪の下からグレゴリオを睨みすえた。 この人には嘘がつけない。
分かっている。 しかし、自分は嘘などついていない・・・嘘など・・・私はいつも自分しか信じていない。
この人は、自分が自分すらも信じていないと言う。
「何が言いたいのだ・・・?」
「セレナ達を思うなら、ナーガの封印を・・・」
グレゴリオがそこまで言いかけて、ナーティは予測していたかのように彼の言葉を割って拒否した。
「断る。 彼らにナーガの力が渡れば、また種族間の愚かな覇権争いが始まる。 それは避けなければならん。
・・・グレゴリオ殿、私はセレナ達と剣を交えて少々疲れた。 一人にさせてはもらえないか?」
これ以上言う事は無い。 そんな気持ちが彼女から滲み出ていた。
グレゴリオは仕方なく、自分の部屋に戻った。 ・・・ナーティよ、そろそろ嘘をつくのは止めるのだ。
お主は嘘を付くことが下手だ。 覇権争いを避けなければならない・・・? そんなのは建前だろう。
本当は、メリアレーゼ様が怖いのだろう。 彼女らにどんな危害を加えるか分からない彼女が。

「さて、精霊の力を借りるって言っても、どうすればいいんだろう。」
セレナ達は、ベルン城の警備範囲から抜け出そうと森を抜ける。
精霊か・・・昔国立学問所でちょっとだけ聞いたことがあるな・・・。 カイが少し頭をひねる。
「各地を巡って封印されている精霊を呼び起こすしかないな。 ま、呼び起こしたところで力を貸してくれるかは別問題だが。」


17: 手強い名無しさん:06/04/11 20:25 ID:9sML7BIs
セレナもそう言われて頭を少しひねってみる。 しかし、手がかりが無い以上、何処をどう探せというのか。
シーナも考えてみるが、精霊精霊・・・やっぱり分からない。
でも、彼女の脳裏にある言葉が浮かんだ。 ナーティのあの言葉・・・。
「ねぇ、マーキュレイの王に一度会って見ようよ。」
妹の唐突な発言に、クラウドは腰が抜けそうになった。 正気で言っているのか、シーナは。
「何言ってんだ! あんな所に行ったら、また処刑されちまうぞ。」
「でも、ナーティさん言ってたじゃない。 メリアレーゼのやり方に不服があるなら、マーキュレイの王様に会って見ろって。」
「お前なぁ・・・敵が言ったあんな言葉を真に受けるなよ。 絶対罠に決まってるだろ。」
クラウドが久々にまともなことを言った。 自分達は異端宣告を受けている。
彼らだって教会のメンツがある以上、血眼になって探しているはずだ。 今乗り込んでも、飛んで火にいる夏の虫である。
「・・・兄貴、手がかりが無いなら、それにかけてみるしかないよ。
それにどの道教皇をぶっ倒すなら、あそこに行く必要がある。 いつまでも逃げてられないよ。 皆、どう思う?」
セレナは皆に案の是非を問うた。 もう時間は無い。 回りくどい事をやっている余裕はなかった。
「まぁちょっと強引だけど・・・いつまでも教皇を野放しにはして置けないしね。 私もあいつはぶっ飛ばしてやりたいし。」
「おい! クレリアさん、あんたなぁ・・・。」
クラウドが必死に止めようとする。 だが・・・。
「俺はクレリアに同意する。」
「お、親父?!」
「なんかアンタとは気が会うね。」
あぁ、ダメだ。 親父、なんでこの人の肩をやたら持つんだよ。 惚れたのかよ。 いい年こいて・・・。
クラウドは残りの面子に期待する。 だが・・・。
「・・・本当は止めたいところですが、もう一刻の猶予も無いとなれば・・・仕方ありませんか。」
「一刻も早く教皇を止めましょう。
間違った教えを神の声として伝え、人を扇動するなんて、聖職者にあるまじき行為。 私は彼を許しておけないわ。」
「セレス! ・・・姉貴まで!」
クラウドは天を仰いだ。 またあそこへ行かなければならないのか。
確かに、あの教皇は生かしておけないが、あの裏切り者の言ったことを信じて行くとなれば話は別だ。
「よし、そうと決まったら、またファリナさんのところまで行こう!」
長い道のりにはなるが、それしか手段は無い。 仕方なく皆は歩き出した。
「セレナ・・・お前人がよすぎるぜ。 お人よしを通り過ぎてバカだぜ。」
クラウドが独り言をもらした。 カイがそれに同意してやる。
「オレ様も信じられねぇよ。 セレナよりもシーナちゃんを。
殺されるかもしれないと分かっているのに、それでも行こうと言い出したのだから。 全く意志が強いぜ。
オレ様、今改めて彼女を惚れ直したぜ。」
「カ、カイ、冗談ごとじゃねーんだぞ。」
冗談じゃねーよ。 そう言いたげな顔で、カイは先に行った面子を追う。
取り残されたクラウドのうしろから、レオンが彼の肩を叩いた。
「確かに・・・バカだよな。 でも、そんな自分に素直な、真っ直ぐな心に惹かれちまう俺達は、もっとバカってことさ。
行くぞ、クラウド。 遅れるな。」
親友に連れられ、彼もまた再び歩みだした。

一行は再びファリナの居る港町を目指して歩き始めていた。
その途中、ずっとクレリアはアレンの目線が気になっていた。 妙に自分を見ている気がする。
最初は気があるんだと思っていたが、そのうち気になって仕方なくなっていた。
「ねぇ、アレンさんさぁ。」
「ん? 何だ?」
「気のせいなら謝るけど・・・なんかあんた、ずっと私のこと見てない? 視線が気になって仕方ないんだけど。」
「そ、そうか、すまない・・・。 きっと気付かぬうちにそっちを見てしまっているのだな・・・。」


18: 手強い名無しさん:06/04/11 20:25 ID:9sML7BIs
クレリアは、アレンの何か寂しそうな顔が堪らなく我慢できなかった。
それがどうしてか今までは分からなかったが、何か分かった気がする。
自分も、気付かぬうちにアレンのほうに視線が行ってしまっていた事に気づいたからだった。
「何か私の顔に付いてる?」
「いや・・・君は、死別した最愛の妻とそっくりだからだ。
容姿だけじゃない。 勝気で、向こう見ずで、血の気が多いけど、仲間思いで優しい。 そんなところが似てる。」
「・・・。」
「気に障ったならすまない。 騎士ともあろう者がいつまでも過去のことを引き摺ってしまって
それを悟られるなんてお恥ずかしい限りだ。 忘れてくれ・・・。」
アレンは気持ちを断ち切るかのように、視線をクレリアから逸らした。
しかし、彼女は逃がさなかった。 彼は自分の気持ちを素直に打ち明けてくれた。 自分も黙っているわけには行かない。
「あんたの奥さん・・・クリスって言うんだろ?」
アレンは逸らした視線を再び戻した。 その目は驚きに満ちている。
「何故・・・それを?」
「あんた、私を呼び止める時に叫んでいたじゃない。 クリス!って。」
「あぁ・・・あのときの君が、妻との別れの時と重なったんだ。
彼女も、これしか方法は無いと、危険を承知で任務に向かった。 結果、見事に任務を遂行して死んだよ・・・。
戦争が終ったら、幸せにすると約束したのにな・・・。 今でも自分が情け無いよ。 ・・・。」
アレンが男泣きしている。 クレリアは何か胸が締め付けられる思いに駆られた。
自分でも、こんな自分でも他人の心を癒すことが出来るなら・・・。 彼女はそっとアレンの耳元へ近寄った。
「なーに泣いてんだい! みっともない!」
「!?」
その声を、アレンにはクリスと錯覚してしまった。 目を点にして固まった。
「まだ終っちゃいないだろ? しっかりしな! そんなシケた面したアンタなんか嫌いだね!」
アレンははっと我に返った。 そして耳元を見る。 そこにはクリスがいた。
自分の情け無い様子を見かねたのだろうか。 最愛の妻に叱られて、彼は目が覚めた。
・・・もう一度良く見ると、やはり、クリスに見えたその人はクレリアだった。
「クレリア・・・すまない。 俺としたことが。 すまん、忘れてくれ。 君は君だ。 変な風に縛ったら悪い。」
「いや、いいんだよ。 実はさ・・・あんたを狙った理由は、一番腕が立ちそうだからってだけじゃなかったんだ。」
「他に何か?」
クレリアも、もう黙っておく事は出来なかった。 自分にとって、アレンは・・・。


19: 手強い名無しさん:06/04/11 20:26 ID:9sML7BIs
「あんたは・・・うちの死んだ父さんにそっくりだったのさ。
うちの父さんも、あんたにそっくりでさ。 真っ直ぐで生真面目で、熱い人だった。
それだけじゃない。 なんか・・・あんたと私、境遇が似ているからさ。」
アレンはそのまま聞き入っていた。
相手と自分が似ている。 運命の悪戯とは怖いものだ・・・。 
「母さんが早くに死んで、男手一つで私たちを育ててきてくれた。
私が成人したら、もう隠居させて私が一家を切り盛りしようと思ってた。 その矢先だった。
王国の騎士だった父さんが戦死してしまったんだよ。 私の成人になる誕生日だったね、あれは・・・。」
アレンは息を呑んだ。 妻を亡くした夫と、父をなくした娘・・・自分達は境遇がそっくりだった。
でも、それなのに何故、自分を。
「しかし、分からないな。 何故、それで俺を狙った?」
「初めて会った時から、あんたは親父と重なったよ。 あまり身だしなみに気を使わない人だったから
見た目も似てたし。
それで、父さんはいつもこう言ってたんだ。 何かするなら、人の為になるようなことをしろってね。」
「良い父上ではないか。」
「あぁ、父さんは私の誇りだった。 だけど、私がしている事は、人を悲しませること。
父さんに合わす顔がなかった。 だから・・・あんたの顔を見るのが辛かったんだよ・・・。」
お互いにお互いの顔を見るのが辛かった。 それは自分がどう願っても戻ってこない、大切な人をお互いが思い出させるからだった。
しかし、それが分かった今、もう戸惑う事はなかった。
「そうか、でも、君は今世界を変える手助けをしてくれているじゃないか。
君の父上の言いつけを、君はしっかり守っているじゃないか。 父上もきっと喜んでおられるはずだ。」
「そうだといいね・・・。 あんたの奥さんもきっと、喜んでるよ。 あんな寂しそうな顔はして欲しく無いだろうから。」
お互いはお互いを慰めあう。 大切な人を失った悲しみを共有できる貴重な友だ。
そして、クレリアは一つの提案をした。
「あのさ・・・。 私のこと、クリスって呼んでいいからさ・・・その・・・あんたのこと父さんって呼んでいいかな?」
アレンは彼女の予想だにしない提案に、一瞬耳を疑った。
だが、照れ屋の彼女がこんなことを言ってくれたのだ。 拒む要素は無かった。
「分かった。 クリス、これからもよろしく。」
「こちらこそ。 しっかりしてよ、父さん。」
互いはがっちり握手を交わした。
そんなセンチメンタルな場面に、カイが首を突っ込んでくる。
「クレリアよぉ、 じゃあオレ様の事はカイ君って呼んで・・・ぶはっ。」
「あんたは“バ”カイでいいんじゃないの? このどアホ!」
クレリアから裏拳による血の制裁を受けたカイは、その場でダウンしてしまった。
「うぅ・・・オレ様、本気なのに・・・。」



20: 第四十三章:反撃開始:06/04/15 19:35 ID:E1USl4sQ
それから数日がたった。 一行はまたリキアの旧街道を経てオスティアへ向かう途中にあった。
「ねぇ、そのファリナとか言う人はどこに居るのさ!」
クレリアがバテたというような声でセレナに訊く。 セレナは地図を広げて指を指す。
「ここの村にいるんだよ。」
「はぁ!? こんなところまで歩けっていうわけ? ・・・信じられない。」
クレリアが悲鳴を上げた。 これだけ歩いてまだ目的地まで半分も歩いていない。
こいつらはかつてこの西の島から世界をぐるっと回ったというが・・・凄い脚力だ・・・。
「疲れたんなら飛べばいいじゃないか。」
クラウドが馬の上から背を曲げるクレリアの様子を窺う。
この台詞・・・どっかで言った事があるような気がするな。
「バカ言うんじゃないよ。 飛ぶと疲れるんだよ、魔力食うし・・・。ん?」
クラウドは帰ってきた反論もどこかで聞いたことがあるような気がした。
しかし、クレリアは何かを思いついたのか、ぽんと拳で手のひらを打った。
「あ・・・そうじゃない。 私は飛竜なんじゃない。 皆、一気に竜の門まで行きたい?」
いきなりの質問に、皆は目を見合わせた。
しかし、答えは決まっていた。 少しでも時間が欲しいのだから。
「うん! どうやって行くの!?」
「いや、そんな大層な事じゃないんだけどサ・・・。 私は飛竜だから、背に乗せて飛んでいけるかなって思ったのさ。」
セレナが目を爛々とさせて自分に期待している。
そんな期待しないどくれよ・・・。 クレリアは竜石を取り出すと気を集中した。
彼女は閃光に包まれる。 そこに現われたのは、巨大な飛竜だった。 仲間の真の姿を目の当たりにして、驚く一行。
「す、すごい・・・。」
「ふふふ・・・どうだい? 度肝抜かれたろ?」
目をまん丸にして驚くセレス。 その驚く顔が、クレリアにはたまらなかった。
セレスは一緒になって驚くセレナのほうを見る。 この子も、竜石を持ってたらこういう風になっていたのか・・・。
目の前の強力な力に驚きながらも、心の中は複雑だった。
クレリアの背に乗った一行は、快適な空の旅ができ・・・なかった。
「うおぉい! もっとゆっくり飛べよ! 落ちたらどーすんだ!」
「あわわ・・・エミリーヌ様・・・どうか僕に加護を・・・。」
「うるっさいね! 男がギャーピー騒ぐんじゃないよ! このまま海に落としてやろうか!?」
「ひぇぇぇぇっ!」
皆口々に悲鳴を上げる。 飛竜の背の上は体を支えられる場所が無い。 皆はなんとか体にある突起を掴んでいた。
しかし、移動効率は格段に、いや比較することも馬鹿らしいほど、大幅に向上した。
一行は、一日のうちに竜の門まで到着してしまったのである。 流石飛竜族とでも言うべきか・・・。
乗っていた本人達は暫く生きた心地がしなかったようだ。 皆惚けたように、ふらふらしてた。
「まったく、男のクセにだらしない奴ばっかだよ! ふぅ。」
クレリア本人も疲れたようだ。 やはり、竜の状態で長時間いるだけに留まらず
ずっと飛行を続けていたからだろうか。 体に力が入らなかった。 それでも彼女は嬉しかった。
自分の力を皆の為に使うことができたから。 軽く体を伸ばすと、竜の門がある神殿へと入っていった。
皆は一回目にここに来たときを思い出していた。 何か出そうな雰囲気に、全てを飲み込んでしまいそうな竜の門
そして、アゼリクスの襲来・・・。 いつ彼が責めてくるか分からない。 皆は慎重に歩む。
しかし、幸い今回は襲撃されなかった。 皆は竜の門へ着くと、アルヴァネスカに戻る為、それを潜っていった。
もうそれを潜ることに恐怖心はなくなっていた。 今ある感情は、早くアルヴァネスカへ戻り
ナーティがキーパーソンとするマーキュレイ王に会うこと。 それをどうやってこなすかへの不安だった。

目が覚めた先・・・そこはやはり、あの神殿の中だった。
ハスタール王国の礼拝堂。 そこに彼らは到着したのだ。 しかし、一回目とは明らかに様子が違った。
自分達は最初から囲まれていたのである。 しかもこの兵は・・・ハスタール兵? 何故だ? カイは戸惑った。
しかし、彼は次に聞こえた声にはっと我に返った。


21: 手強い名無しさん:06/04/15 19:35 ID:E1USl4sQ
「ハスタール王、ご覧ください。 私の申し上げたとおり、王子はこうして世界の破滅に力を貸しておられるのです!」
その声は・・・教皇だった。 その横には自分の父親・・・ハスタール現国王が、凄まじい形相で自分を睨みつけていた。
その後ろでは、母が心配そうに様子を窺っている。 どうやら教皇が王に吹き込んで、隠し切れなくなってしまったようである。
「こ、このバカ息子め! 民に妙なことを吹き込むだけに留まらず、大陸中で愚行を繰り返しおって!
お前がここまで恥曝しな奴だったとは・・・。 私は情けなくて涙も出んぞ!」
「あなた、この子はこの子なりに・・・」
王はもう聞く耳を持たない。 自分の妻を配下に命じて後ろへ下げさせる。
「お前がそうやってカイザックを甘やかすから、こんな恥曝しに育ってしまったのではないか!」
仲間を愚弄され、セレナは反論した。
「カイは恥曝しなんかじゃない! 世界の為に頑張ってるんだ!」
「えーい、黙れ! 世界の破滅を目論むような者の言い分など聞く必要も無いわ!」
しかし、そのセレナの言葉をかき消すように、教皇が大声で怒鳴った。
彼は、前々からハスタールに通い、王と親しくしていたのである。
王も、最高師範である息子が当てにならないと思っていたから、教皇に教会のことを任せていた。
全ては教皇の思惑通りに進んでいた。 そして、教皇の計画が、最も大事な局面を今迎えていたのだ。
「王のご愛息と知っての無礼をお許しください。 世界の破滅を目論むような者と結託するような者を、
世界を導くナーガ教の最高師範にしておく事は危険です。 即刻罷免すべきです。
後の事は、この私めが責任を持って、聖職者として然るべき道を模索する所存です。」
彼は、カイをナーガ教の権力の座から引き摺り下ろし、自分がその座に納まろうとしていたのである。
カイの思っていた通りだった。 
「うむ・・・。」
王もそれを否定しない。 教皇は内心で笑った。 これで、世界は私のものだ。
しかし、カイはそうはさせまいと、自分の父親に食い下がる。
「お待ちください、父上。」
「黙れ! お前に父などと呼ばれたくは無いわ! 掟を破って世界に恥を撒き散らしたこの愚か者め!」
怒り狂う父。 だが、彼は物怖じせずに彼に話しかけた。
「私を破門する事はお好きになされば良い。 しかし、一つだけお答えください。
世俗世界に関わってはいけないという掟は、人を愛してはならないということですか? 世界を見捨てろということですか?」
「何?」
「私はこの者達と世界を歩いて見てきました。 短い時間ではありましたが、エレブ大陸も。
世界には、もがき苦しんでいる者が多くいました。 それはしかも自身ではどうにもならないことで。
神は、全ての苦しんでいる者に、平等に救いの手を差し伸べてくださるはず。
しかし、事もあろうに、ここにおわす教皇は、半竜というだけで神は救済しないと世界に説いている。
これはおかしいことではありませんか? しかも、父上はその事を知っておりながら
竜族の掟を盾に取り、彼に独走を許しておられる。 私もまた、自分の予知を誰にも信じてもらえないと
理解してもらう為の努力を怠り、逃げてきました。」
息子の突然の説法に、父王は怒った。 恥を晒してそのうえ自分に説教までする。
「黙れ! おのれ貴様ら、朕の息子に何を吹き込んだ!」
その怒りの矛先はセレナ達に向かった。 しかし、それをカイが受け止める。
「この者達は、以前私が父上にお話したナーガの天使達です。 私の予知は当っていたのです。
今回だけではない。 私は事あるごとに、未然に事件を防いでまいりました。
唯一防ぐことが出来ないこと・・・それが、教皇の独走なのです。」
「何を戯けた事を抜かすか・・・!」
父の怒りは止む事は無い。 それに便乗し、教皇もこれ逃がしにと王に語りかける。
「王、いけません、この者達からは汚れを感じます。 こやつらは王子を誑かす悪魔です!」
教皇の顔の皮の分厚さに、セレナは激怒した。
「もう皆を惑わすのは止めろ! カイは、逃げてきた自分を悔いて、世界を変えようと努力している。
もうこれ以上、世界の理を曲げるような真似をするな!」
その怒りに、更に付け加える声があった。 カイの母親である。


22: 手強い名無しさん:06/04/15 19:36 ID:E1USl4sQ
「あなた、この人達の言っている事は本当です。 カイは、自分の罪から逃げずに、使命を果たそうとしている。
あなたも自分の落ち度を認めるべきよ。 掟を破ることを恐れ、世界を見捨ててきた罪を。」
「朕に・・・罪?」
戸惑う王に何とか踏みとどまってもらおうと、教皇は必死になる。
「王には何も罪などありませぬ。 悪いのは、王子と、彼を誑かした悪魔達なのです!」
「父上! どうか考えてみてください。
我らが聖王ナーガが神と崇められ、竜が神の使いを名乗るのなら、人を、世界を愛さなくてはなりません。
救いの手を差し伸べなければなりません。 世俗世界に関わるなというのは、世界を見捨てろという意味では、決して無いはずです!」
父は、息子の目から視線を逸らすことができなかった。
彼とて、逃げていたわけではない。 世俗世界に関わってはいけないという掟を守っていただけだった。
竜が世界に進出すれば、また人と争いを起こすことになる。 それは何としても避けなければならなかった。
人と竜は共存していかなければならない。 いがみ合ってはいけない。
しかし、人は竜を恐れ、なかなか友好的になろうとはしてくれない。
そうなっては、もう人間の世界と関わりを絶つしか方法はなかった。
それでも、息子の言うことにも一理あった。 ほら吹き者と期待していなかった、バカ息子の言葉を否定できない。
自分が守ってきたものは、掟の意図する意味を正確に捉えていないものだったのかもしれない。
世俗世界に関わってはいけない・・・それは、
神から賜った力を行使し、覇権争いをしていけないという事・・・それで事足りる。
何も、世界から目を背け、何が起きていても知らない振りをすることではなかった。
朕は、神の遺志を歪めて解釈してしまっていたのか・・・。
掟に照らし合わせれば、確かに朕のやっていたことに落ち度は無い。
しかし、大陸に住むものとしては・・・完全に思慮が欠けていた。 息子はそれを知り改めた。 朕も、もう逃げるわけには行かない。
「教皇、半竜は神に救われないと説いているのは本当か?」
「はい。 奴らは危険な種族です。 神の掟を破ったが故に生まれてきた禁断の種族なのです。
神の戒めを破った者に、神の救済などあろうはずもございません。 奴らは差別されて当然の種族なのです。」
その、一見筋の通っているような理屈に、王も何度騙されてきたことか。
しかしセレナ達は、世界を見てきたセレナ達は騙される事は無かった。 カイが怒鳴る。
「ふざけろ! 神は人を愛せとも仰られていた。 その言いつけを蔑ろにする様な教えを説くお前が異端だ!
女神のような人が言っていたぜ? 神御自らが、人を愛する事を否定するのであれば、そんなのは神ではない。 魔王だ、とな。」
「だ、黙れ!」
カイのほうを見て反論する教皇。 その教皇の顔が歪んだ。 カイの傍らに、クレリアを見つけたからである。
彼女は悪びれも無く、こちらに手を振っている。 あの薄汚い女狐め・・・裏切ったな!
暫く目を瞑って考えていた王は、静かに目を空けると、息子に向かっていった。
「そうだな。 神の戒めを守るのならば、何処の誰でも、対等に愛さなければならない。
差別を推進するようなものが教皇とは・・・。 カイ、この男の処分はお前に任せる。」
それを聞いたカイは、自分を包囲するハスタール兵に向かって叫んだ。
「たった今宣言する。 この時を持って、ここにいる教皇を異端と宣言する。
この男は、自らの欲を満たさんと欲し、神の遺志を捻じ曲げ民を扇動した。 その罪は決して購えるものでは無い。
皆の者! 教皇と、その私兵教皇騎士団を捕らえよ!」
ハスタール兵は息を吹き返したかのように、教皇達に襲い掛かる。
しかし、教皇も簡単には捕まらない。 神殿を抜け出し、そのままワープして消えてしまった。
クレリアには、兵を指揮するカイの姿が眩しく映った。 何時ものヘラヘラした彼ではなかった。
本当に・・・聖王のような。 ナーガ神でも降臨したかのような凛々しさを顔に湛えていた。
ブレーグで酷いことを言ったな・・・後であいつに謝らないと。
それにしても・・・結構カッコいいところあるじゃん。


23: 手強い名無しさん:06/04/15 19:38 ID:E1USl4sQ
「父上・・・今まで父上に事を隠していたこと、お詫びいたします。」
「いや、事の次第は後でじっくり聞こう。 朕もお前に言われて目が覚めた。
まさか息子に、当たり前のことを気付かされるとはな。 もっと世界に向けて目や耳を向けるようにしよう。
だから、お前も精一杯、最高師範として、世界の為に神の教えを説いて回るのだ。 良いな。」
「はい、それこそ私の望む道です。」
知らない間に、息子はこんなに立派になっていた。
こんな息子を知らないで、ほら吹きのダメ息子と呼んでいた自分が恥ずかしい。
カイザック・・・お前は朕の自慢の息子だ。
「お前はセレナと申したか? カイザックのお供をしてくれているそうだな。
苦しゅうない。 これからも愚息を色々手助けしてやってたもれ。」
「お供ってわけじゃないけど・・・うん、カイは・・・カイザック王子は素晴らしい人です。
この人・・・じゃなくてこの方と、是非世界に光をもたらしたいと思っておりますです。」
「はっはっは、誠に苦しゅうない! さ、城へ参ろうか。 朕にも世界のことを色々教えてたもれ。」
王が妻や兵を率いて城へ戻っていく。 セレナ達も世界のことを話すために招待された。
兵士の後ろをついていく。 カイは仲間と握手し最後にセレナと握手した。
「ありがとよ。 お前ら最高のお供だぜ。 お前とお袋がそこで言ってくれたから、親父が目を覚ましてくれたんだ。」
「ううん。 カイがすごかったんだよ。 あたし達は思ったことを言っただけ。
あのときのカイ・・・すっごくかっこよかったよ? ああいうカイならあたしも惚れちゃいそう。」
セレナの笑顔を見て、カイも何か癒されるような気持ちになる。
「へ、その言葉、シーナちゃんに言ってもらいたいぜ。」
「何よ、ムカツク。 ついでに、あたしはあんたのお供なんかじゃないもんね! べーっだ!」
顔をしかめつつ、頬を膨らし舌を出すセレナを見て、カイはふっと笑った。
そして、父のところへ走っていく。 少し遠くまで言った時、彼は再びこちらを向いた。
「これからも頼むぜ! かわいい相棒!」
セレナは走り去る彼の背に、親指を立ててニカっと笑った。

その夜、一行はハスタール城に招待され、国王と謁見していた。
「なんと・・・。 朕の知らない間に・・・世界に背を向けていた間に、そんな事が起こっていたとは。」
国王は、息子達から知らされた世界の状況に、言葉が詰まる思いだった。
教皇が伝えてきたものとは大きく異なっていたからだ。 やはり、あの男の言っている事は間違っていた。
彼は、ハーフが世界中で人間を脅かしていると言っていた。 その証拠に、エレブに侵略していると。
確かに、エレブに侵略をしている事は、この者達の言う事と共通する。
だが、話を聞いていると、その侵略のきっかけは、教皇が立法した『優良種の保存』法によるものだ。
その施行を許してしまった自分にも当然に否がある。
掟を守り、大陸を自分で見ようとせず教皇の言う事を鵜呑みにしていた自分達竜族にも・・・。
世界中の誰にも責任があった。 特別誰が悪いといえる話ではない。
間違った事を神の声として世界に説いた教皇。 それを信じて疑わなかった人間達。
差別されたらといって、他大陸の侵略したハーフ。 そして・・・それらに背を向けて、見ようとしなかった竜族。
宗教という、虚構性と依存性の高い物の負の部分が如術に示された結果となった。
この負の連鎖を止めるには、それを生み出す根源をなくすしかない。
つまりは、教皇を教会から追放する。 しかし、教皇はマーキュレイの人間。 その対処は、マーキュレイ王のみが指示出来る。
いくら教会のトップとは言え、他国の人事に首を突っ込めば、両国の関係は悪化する。
世界の平和を目指すセレナ達にとって、それは何としても避けなければならないことだった。
人間と竜族の間に、これ以上の溝が出来れば、狭間のものであるハーフの立場が更に危うくなる。
「仕方が無い・・・。 マーキュレイ王に頭を下げるか・・・。」
王はしぶしぶながら、それしか道が無いと悟り、何かを書き始めた。
しかし、セレナはやはり妙な違和感を覚えた。 最初にハスタール城を経つ時にも感じたあの胸の痞え。
国王は手紙をしたためると、カイに渡した。
「これをマーキュレイ王に見せなさい。 お前達が世界で見てきたことや、教皇の企みを記してある。」
「ありがとうございます、父上。 しかし、教皇は狡猾な男です。 どんな手を使ってくるか分かりません。」


24: 手強い名無しさん:06/04/15 19:39 ID:E1USl4sQ
「うむ。 そう思って押韻してある。 彼もハスタール王である朕の印を見れば信用するだろう。 うまくやれよ。」
その手紙には、今までの教皇とのやり取り、そして実際彼がしてきたこと
更には、彼が教会を乗っ取り、国家の簒奪を狙っている節があることも全て書き記されていた。
ただ、事実を記しただけで、教皇の進退については記さなかった。 これがギリギリの判断だった。
この手紙でも、万が一マーキュレイ王が、竜王より教皇を信じてしまえば関係悪化は避けられない。
「分かりました。 父上の勇気あるご決断、感謝いたします。」
「うむ。 セレナとやら、これからも愚息を助けてやってたもれ。
きっとナーガの末裔として、世界を導くに相応しい王となろうが、今はまだまだ未熟。 そなた達の力を貸してやってたもれ。」
竜王にお願いされたセレナは、うなずきながらも何時もの明るい顔ではなった。
「カイはあたし達の仲間だし、もちろんこれからも一緒に頑張ろうと思っています。
でも・・・。 一つだけ。 一つだけ引っかかるところがあるんです。」
「ん? どういうことじゃ?」
「あたし達が目指しているのは・・・どの種族も差別されない、平等で平和な世界を作ること。
なのに・・・竜族こそ世界を導くとか・・・。 何か、どこか出た種族を見下しているような・・・。」
「ね、姉ちゃん! 何言ってるのよ! 失礼でしょ!」
シーナがあわてて姉を後ろへ引っ張り、竜王に頭を下げる。
せっかく相手は友好的な態度をとっているのに、それを丸潰れにするようなことを言うなんて・・・何考えているよ・・・。
「待て、苦しゅうない。 朕はそちと話をしたい。」
竜王は玉座を立つと、セレナを指差した。 そして、彼は着いて来いといわんばかりに、テラスへと歩いていった。
セレナはそれを追いかける。 シーナは心配だった。 竜王は寛大なお方のようだ。
でも・・・姉ちゃんは思った事は相手が誰だろうと、失礼だろうと言っちゃうタイプだから・・・心配だ。
せっかく事がうまく運びそうなのだから・・・頼むよ?

竜王はテラスから城下町の明かりを見下ろしていた。 彼は背中をむいたまま、セレナに話しかけた。
「そちの言っておる事は・・・困難を極める事だ。 それが分かっておるのか?」
「分かってる。 でも、難しいからと諦めたら、もっと世界の理は歪んでいく。 過ちは正さなければならないんだ。」
セレナは物怖じせずに、自分の考えを述べる。
今まで自分達はその為に頑張ってきた。 行動を言葉で表現する事は苦手だけど
自分達が歩んできた道のりを考えると、自然に言葉は出てきた。 それは素直な気持ち。 思考ではなく、気持ちだった。
「しかし、長い時間に少しずつ、少しずつ歪んできた。 それを正すには、更に膨大な時間を要する。
例えそちが頑張っても、そちが死ねば、そこでそれは終わってしまうものではないか?」
「・・・。 それは・・・でも! あたし達が頑張った事・・・考えは仲間に共有されてる。
あたし達の通った道には、あたし達の考えがしっかりと知られている。
皆で世界中の人に説いて回れば、きっと後の時代の人にも考えは伝わっていくよ。
ナーガだってそうじゃない。 彼の考えは世界中に浸透し、神と崇められるまでになっているじゃない。」
セレナは途中で途切れながらも、自分の考えをつむぎだしていく。
しかし、その考えが矛盾に満ちている事は、自分でも分かっていた。 その一部を、竜王は指摘する。
「そう。 竜族は長命だ。 思想とは形が無い。 それを他人に伝えれば少しずつそれは形を変えて言ってしまう。
考えを長い間共有する事ができる。 形を変えずに。 なら、世界を正しく導けるのは、我々竜族ではないか?」
「そうかもしれない。 けど、その考えは、次第に慢心に変わっていく。 自分達こそが、って。
思想を長く伝える事と、世界を導く事は違うよ。 今の人間と竜族の溝はそこにあるんだと思う。
どちらの種族も、自分達こそが導くべき存在と考えて、互いに協力する事を忘れている。」
「人間と協力か。 しかし、あんな高慢な種族と協力が出来るとは到底思えんよ。 奴らは我々竜族のことを全く理解しようとしない。」
人間族は竜族を化け物と恐れる。 しかし、竜族も人間族を高慢と言って言い分を聞こうとしない。
互いに互いの先入観で物を見ていた。 こいつらはこういうやつらだ、と言う色眼鏡をかけて。


25: 手強い名無しさん:06/04/15 19:39 ID:E1USl4sQ
セレナにもそれが分かっていた。 それでも、一度かけた色眼鏡を外す事は不可能に近い。
そう考えていると、後ろから突然声がした。 シーナである。 自分が悩んでいる事を、何よりも知っている妹だった。
「自分を理解して欲しかったら、まず自分が相手を理解する事から始めなさいって、私は習ったよ。
色眼鏡を外すのは難しいけど、相手を真っ直ぐに見る事が大事なんじゃないかな。
竜族も、人間族も、そしてハーフも、この大陸に住む大切な構成員だもの。
手を取り合わ無くちゃダメだよ。 私はそう思う。 その為に、私達は世界を回っているんだもの。」
シーナが自分の考えていた事と同じ事を言った。 思っていても、なかなか言葉に出来ない自分と対照的に、的確に表現する。
更に、実際迫害されて、人間に嫌な思いをさせられたシーナが言うと、自分が言う以上に説得力があった。
セレナは常に、自分の理想が矛盾に満ちている事に苦しんでいた。
だが、互いを互いが憎みあい、我こそがと考え、他を顧みない世界が正しいとは到底思えなかった。
その考えを広める為に、今の世界を顧みていないのかもしれない・・・やはり矛盾している。
でも! ・・・めぐり巡る時のように、その理想と矛盾のいたちごっこは終わりを知らない。
竜王は、セレナの悩みに、一つの答えを示した。
「ナーガ様も仰っておられたな。 人を愛せよ、と。 確かにいがみ合うより、手を取り合った方が良いに決まっておる。
だが、実際それが出来ないから、今の世がある。 実現できない以上、理想は幻想でしかないのだ。」
「・・・。」
「だがな、今をしっかりと見定め、間違っている事はきっぱりと間違っていると、
世界に向けて主張しその過ちを正そうとする、そちらの姿は立派じゃ。 朕らの心の中に、ナーガ様が神と崇められるなら
聖典に神の戦士と載るならば、竜族こそが世界を導くべき存在だという考えがあったのは確か。
だが、だからこそ、他種族と手を取り合わなければならないのかもしれん。
ナーガ様が神と崇められるのではなく、ナーガ様の心、思想が神と崇められるのだろう。」
セレナは竜王の言葉を黙って聞き、それを心に刻んでいた。
神と崇められるのは、人ではなく、思想。 かつて・・・ナーティも言ってた。
憎むべきは人ではなく、心であると。 それと同じだ。 崇めるべきは、人ではなく、心。
「朕も、カイザックも、それがようやく分かった気がする。 これからは人間やハーフと手を取り合っていこうと思う。
時間はかかるかもしれないが、そこは、長く意識を共有できる竜族だ。 きっとうまく行く。
だから・・・そちらも諦めるでないぞ。 朕に説教したうえに諦めれば、そちは扇動罪で牢獄行きだ。 よいな!」
セレナは、自分の矛盾を一つ解決できたような気がした。 彼女の顔に笑顔が盛る。
「はい! フェレ候女の名にかけて、決して諦めないと誓います!」
「あー、ちょっとそれあたしの台詞!」
シーナに先を越され、セレナが顔を膨らす。 竜王は笑いながらも決心を固めた。
何とか人間達との溝を埋めて行こうと。 その為にも・・・カイ、この者達と世界に説いて回るのだ。
世界は、例え国が、種族が違っても、手を取り合って一つにならなければならないと。

セレナ達が竜王と話しているその頃、部屋に戻ったカイをクレリアが追っていた。
「なぁ・・・そのカイザック様。」
「ん? おぉ、こんな夜遅くに美しい女性が独りで男の部屋に入ってくるなんて・・・ぶはっ。」
カイはまたクレリアから鉄拳を貰う。 本当の事を言っただけなのに。
こいつ、テレやがって・・・。 でも・・・こういうところがまた堪らなく可愛いんだよなぁ。
「ふざけんじゃないよ! 全く。 ・・・やっぱり帰る。」
帰ろうとするクレリアにすがり付いて、何とか部屋に引き込むカイ。
「何だよ、用事があったんだろ?」
「・・・すまなかったよ。 ブレーグランドで酷いこと言って。 私、あんたを誤解してたみたいだ。」
クレリアが恥ずかしそうに謝る。 カイは面食らったようだったが、すぐに笑顔で返した。
「いや、あそこでお前に言われた事、胸が痛かったぜ。 確かに、今までのオレ様は、逃げてばかりだった。
だが、お前に言われて、改めて目が覚めた。 俺が逃げたせいで、苦しんでいる者が大勢いるってな。」
カイの顔が、またの時のような凛々しさを取り戻す。


26: 手強い名無しさん:06/04/15 19:40 ID:E1USl4sQ
こいつ・・・わざとヘラヘラしてるんじゃないか? 王子という肩書きを全面に出すと
皆が畏まるから・・・。 じゃなかったら、ここまでギャップがあるとは思えない。 クレリアはそう思った。
これがカイの真の姿・・・。 クレリアがボーっと考えていると、カイと目が合ってしまった。
なんか、胸がギュッと締まるような感覚に襲われた。
「今日のあんた・・・結構カッコ良かった。 バカ王子なんて言って悪かったよ。」
「もう、オレ様は逃げない。 住みよい世界を作るために、オレ様は逃げない。 お前の為にもな・・・。」
「へ?」
クレリアは耳に入ってきた言葉を疑った。 自分のため・・・?
その言葉を聞いたら、胸が締まるだけでは済まずに、何か体の血が全部頭に集まるような気がした。
「あぁ! お前と同じような美人を悲しませないようにする為ってことだぜ。 オレ様は美人の味方だからな。」
「・・・このっ、バカ王子!」
クレリアから、今度は鉄拳の嵐を受け、カイはそのままベッドで寝てしまった。
何考えてるんだ私は。 あんな尻軽男のナンパ術にはまりそうになるとは。

翌日、一行はハスタール城を後にした。 出発する際、王妃がカイを名残惜しそうに見送りに出てきた。
「カイ、自分が正しいと思うことを、しっかりやってくるのですよ。
世界に、本当の光とは何かをきっと説いてくるのです。 それが、やがて王位継承する貴方の勤めです。」
「はい、分かっています。」
抱き合う親子。 いつまでもこうしていてもらいたいものだが、自分達には時間が無い。
「ほら、さっさと行くよ。」
飛竜になったクレリアの背に一行は乗ると、早速マーキュレイに向かって旅立った・・・はずなのだが。
クレリアは北進せず、南進したのである。
「ちょっと、何処へ行くのよ!」
「お願い、ちょっとだけ、ちょっとだけだからさ。 私は、過去の自分と決別したいんだ。」
皆は彼女が何を考えているか分からなかったが、まだ過去の自分を引き摺っているなら
それを早くそれを振りほどいて欲しい。 彼女の意思を尊重した。
着いた先は小さな村だった。 クレリアは人の姿に戻ると、近くの今にも崩れそうな家に近寄っていく。
そして、その軒に突き刺してある槍に祈っていると、家から小さい子供が飛び出してきた。 小さい女の子の方が飛びつく。
「おかえり! ねーちゃん! 肉食べたい! 肉!」
「はいはい、分かってるよ。 ほら、これで肉を買ってきな。 まったく、食う事しか言わないんだから。」
カイにはそれが、彼女の弟妹であることが分かった。 あのペンダントの写真と同じ顔だったからだ。
二人はクレリアに懐いていた。 まるで母子のようにも見える。
彼女は二人の服を調えながら何か説教をしている。
貧乏でも笑顔だった。 綺麗だった。 こんな笑顔を、世界中に広めたい。 カイはそう思った。
服を調え終えた彼女をすり抜けて肉を買いに行こうとする弟妹。 そんな彼らの首を、再び彼女がわしづかみにした。
「なぁ、あんた達さ、この剣、どうやって使って欲しい?」
二人は顔を見合わせたが、長男と思しき男の子が答えた。
「父さん、同じするなら人の為になるようなことをしろって言ってたろ? 僕もそう思うよ。
本当は剣なんか使ってほしく無いけど・・・使うなら、皆が喜ぶように使ってほしい。
・・・そんな人殺しの道具で喜ぶ事なんて、無いとは思うけどさ。」
彼の言葉を聞いて、クレリアは確信した。 やはり、自分は間違っていたと。
そして、間違っていると分かっていながら、それを拒否できなかった自分に腹が立った。
「そっか。 もういいよ・・・あんた達、行っておいで。」
彼女は二人を離すとふうっと大きな息をついた。 そんな彼女に、セレスが声をかけた。
「可愛い家族ですね。 僕は一人っ子でしたから何かくすぐったい感じがします。」
「あぁ、金が無いのに良く食ってね。 よし、行こう!」
クレリアは再び飛竜になると、翼を下ろし、皆が乗れるように背を向けた。 しかし、アレンが乗らない。
「ん? どうしたの父さん。」
「いや、この槍はクリスの、その・・・本当の父さんの槍か?」
墓にかけられていた槍を見て、アレンが聞く。


27: 手強い名無しさん:06/04/15 19:41 ID:E1USl4sQ
「あぁ、そうだよ。 うちの父さん、槍の名手でね。 王国でも守備隊長をしていたんだ。
国王からも甚く気に入られていてね。 その槍は、国王から賜った品だよ。ハスタールに伝わる宝槍だって話だよ。」
「そうか・・・。」
アレンが墓に向かって拝む。 そのときだった。 彼女には、槍を持って自分に稽古をつける父親の姿が脳裏に浮かんだ。
稽古でもその槍を使い、使わなければ武器が泣くと手入れを怠らなかった父・・・。
「父さん、その槍、持って行きなよ。」
彼女の突然の声に、アレンはびっくりして立ち上がり、そして飛竜になった彼女の方を見る。
「し、しかし、これは君の・・・。」
「いいんだよ! 使ってやったほうが喜ぶって。 その槍も、父さんも・・・。」
クレリアにそう言われ、アレンは無言で槍を掴むと、そのまま彼女の背に乗った。
クリス・・・クレリアのお父上、俺は貴方に、彼女に恥の無いよう、この槍を使いこなして見せます。
ですからどうか、この槍を使うことをお許しください。
「よし、じゃあ行くよ! 目指すはマーキュレイ城!」
クレリアが大翼をはためかせ、宙に躍り出ると、そのまま音速とも取れるスピードで北の空へと消えていった。

しかし、事はそううまくは進まなかった。 教皇もやはり、ただ手を拱いているだけではなかったのだ。
彼は国王に事を報告していた。 しかし、彼は言葉巧みに国王を言いくるめていた。
彼は、神を欺いた異端者カイザックが竜王を誑かして、マーキュレイに攻め入ろうとしていると。
王はそれを信じた。 なにせ、教皇はマーキュレイの外務大臣でもあるのだから。
そして、竜族は人間を滅ぼす種族という言い伝えも教皇を助けた。
城下町に続く城門は硬く閉じ、国は臨戦態勢に入ろうとしていた。
「そんな・・・。」
あの巨大な橋の上を通過して、マーキュレイの領土まで到着したセレナ達一行は愕然とした。
一度目は美しい夕焼けで迎えてくれたマーキュレイの城下町が、自分達に口を閉じている。
門の周りには大勢の兵士。 ・・・あれは教皇騎士団だ。
教皇は、王に吹き込んで、自分達が本当のことを話す事が出来ないようにするつもりだ。
そして話が出来ないうちに、異端者として捕らえて口を封じてしまおうという魂胆なのだろう。
そんな事はさせない。 しかし・・・どうすればよいのだろうか・・・。
「あたしたちが飛んで行って、直接城に忍び込めば・・・。」
「ダメだよ! 国中は臨戦状態で兵士が巡回しているに決まってる。 そんな中飛んで行ったら弓兵の餌食だよ!」
翼を広げて飛んでいこうとする姉をシーナが体重をかけて止めた。
ここは慎重に行かなくてはならない。 ここで失敗すれば、この大陸を戦火に包んでしまう事になりかねない。
一行は何時もの如く下水道を探すが、しっかり鉄格子がはめられ、侵入できそうに無い。
教皇を追い詰めてやっとここまで来たのに、後もう一歩遅かった。
一行はそれでも諦めない。 潜入口が他に無いか必死に探す。 無い・・・見つからない。
竜族と人間族を繋ぐ、新たな理を引く使者が、高い壁を前に歩みを止めていた。
そのときだった。 突然、物陰から声がする。 もしや敵。 セレナが剣を抜き、その声のほうへ突きつけた。
突きつけられたほうは両手を頭上に上げながら、物陰から出てきた。
「ん、お前は、ガンマー大司教じゃないか。 どうしてお前がここに?」
「カイザック最高師範・・・申し訳ありません。 私は間違っておりました。」
それは、城下町でシーナたちに異端宣告をし、処刑しようとしたあの異端審問官だった。
シーナはクラウドの後ろに隠れた。 彼女は怖かった。 自分を殺そうとする悪の司祭・・・。
しかし、今回の彼はそういった意図でここに現われたようではないようである。
「カイザック様・・・どうぞこちらへ。」
彼は一行を街から離れたところまで誘った。
「お二人とも、あの時は申し訳なかった。 私は国外追放で済ませるべきと稟議にかけたのですが
教皇がそれを許さなかったのです。 半竜は消さねばならないと・・・。」
「何でだよ! 何故半竜をそこまで!」
「おい、クラウド落ち着けよ。 あの糞爺の考えなんかわかるわけないだろ。」


28: 手強い名無しさん:06/04/15 19:43 ID:E1USl4sQ
興奮するクラウドをカイが抑える。 抑えられてクラウドも肩の力を抜いた。
教皇の考えが、ガンマーに分かるわけが無い。 彼は申し訳なさそうに話す。
「私には・・・わかりません。 『優良種の保存』法を立案したのも教皇でした。
あの時も私は反対したのですが、やはり止められなかった。 私にとって、彼の命令は絶対なのです・・・。
もし、私が彼に逆らえば、背神罪で処刑されてしまうのです・・・。」
彼は泣きそうだった。 自分の信仰を捻じ曲げてでも、教皇の命令を聞かなければ殺される。
聖職者であるにもかかわらず、自分の信仰を否定される。 彼は自分を恥じていた。
しかし、保身を考えるあまり、次第に何も感じなくなっていった。
教皇に気に入られようと、必死に異端狩りをした。
それでも、ハーフ極刑は、顔に出さなくとも反対していた。 そして、シーナ達の処刑・・・。
その後、カイが異端視されながらも、世界を回って教えを説いていると聞いた。
諦めていた最高師範が、逃げずに頑張っている。 それなのに、自分は教皇に尻尾を振って・・・。
そして、今回教皇が最高師範を亡き者にしようとしている。 もう居ても立ってもいられなかった。
もう逃げたくない。 もう、自分の信仰を曲げたくない。
「しかし、もう私は逃げません。 最高師範に恥の無いように生きて行きたいのです。」
例えこれで背神罪に問われても、自分は神の言いつけをしっかり守ったのだから、神からお咎めは受けないだろう。
教皇の言う背神罪なんて、自分に逆らった者を処罰する為の自分勝手なものだ。
私は神に仕えるものであって、教皇に仕えている訳ではない。 私は神の言いつけを守る。
人を愛する事。 全てのものに救いの手を差し伸べる事。 悪を許すまじ・・・。
ガンマーの決意を聞き、カイは軽く笑って、彼の肩を叩いた。
「おう、頑張ってくれ。 オレ様は信じてたぜ。 あのときのお前の顔は本意で無いのが分かっていた。
お前の穏やかな顔は人々を癒すが、隠し事が出来ないんだよ。」
カイに励まされ、彼に一礼すると、今度は後ろで隠れているシーナ達のほうへ行き、ガンマーは頭を下げた。
「この前は誠に申し訳ないことをしました。 私は・・・悪魔に心を奪われていたのかもしれません。
これからは・・・カイザック最高師範のご指示の元、皆が平和に暮らせる、差別の無い世界を目指して参ります。」
シーナは無言でうなずいた。 自分を殺そうとしていた事は変わりないが、彼も自分達を殺さないと殺されてしまうのだ。
許す事は出来ないが、彼の懺悔は、教皇の説法と違い心の篭ったものと分かった。
しかし、クラウドは違った。
「謝られて許せるわけ無いだろ?」
「兄ちゃん!」
シーナが兄を止めようとするが、クラウドは珍しく妹を跳ね除けた。 ガンマーは頭を下げたまま黙って話を聞く。
「謝るくらいなら、行動で示せよ。 言うならしっかりやれよ。 どんな良い説法をしたって、実行しなくちゃただの絵に描いた餅だ。」
「はい・・・今のお言葉、心に刻み、日々精進してまいります・・・。」
カイはいつまでも頭を下げているガンマーの上半身を起こすと、彼の肩に手をやりながら訊ねた。
「ところで、お前がここに連れてきたのは、それだけじゃないだろ?」
「あ、はい! この先の渓谷に、城内の王の部屋に繋がる隠し通路があるのです。
本当は城が攻められたときに、脱出する為に作られたものですが、そこを抜ければ王に謁見できます。」
それは一行には願っても無い事だった。 早速その渓谷へ案内してもらい、通路まで辿り着く。
下手をすれば売国奴と蔑まれるかもしれないのに、ガンマーはカイを信じていた。
その心中を察すると、カイはなんとしても成功させなければと熱意がわく。 自分を信じてくれる者が居るのだから。
「ガンマー、恩に着る。 ここからは危険が伴う。 お前はここに残れ。」
カイは、マーキュレイ王にガンマーのことを知られたくなかった。
例え教皇のことが事実だとしても、国の秘密を他国に暴露したガンマーをよく見るわけは無い。 しかし、彼は拒否した。
「いえ、出過ぎた事を申すようですが、私も最高師範に着いて行きとうございます。
私は、今までの自分を清算したい。 そのために、私も参りたいと思います。 どうか、お許しください。」
彼は再びカイに頭を下げた。 カイは無言で笑うと、ガンマーの腰を叩きながら歩き出した


29: 手強い名無しさん:06/04/15 19:43 ID:E1USl4sQ
「おい、行くぞ。 お前らも付いて来い!」
一行は通路を歩みだした。 ここを抜ければ、王室に辿り着く事ができる。
いつの間にか、皆の足取りは早歩きからダッシュに変わっていた。 教皇にこれ以上の好き勝手はさせない。
その途中、レオンがクラウドの肩を叩いた。
「お前もたまには、良い事を言うじゃねぇか。」
「あ?」
「確かに、僕も胸が痛かったです。 自分達のやっていることと、否が応でも重なって・・・。」
「あ? 何のことだ?」
レオンもセレスも、顔を見合わせた。 こいつ、もう自分で言った事を忘れていやがる。
やっぱり・・・僕達の思い違いかもしれませんね。 あぁ・・・こいつ特に考えて言った訳じゃないんだ。
「どんな良い説法をしたって、実行しなくちゃただの絵に描いた餅だって奴でしょ・・・? あたしも苦しかった。」
セレナはそう言うと、また黙って走り出す。 自分達は、色々理想を掲げているが、何一つ実行できていない。
行動を起こしても成果を出せていない。 周りからは国賊扱い。 悲しかった。
「おい、何しょぼくれてんだよ! 今から実行しに行くんでしょーが!」
「そうだよ。 何シケた面してんだい、あんたらしくない!」
カイやクレリアに励まされ、セレナはまた元気を取り戻す。おちこんでいる場合ではない。
今こそ気合を入れなければならいのだ。 仲間も自分を見ている。 絵に描いた餅など要らないと。
一行は通路の奥を塞いでいたフタを勢いよくどかした。
「だ、だれだお前達は!」
そこに居たのは、親衛隊と、それに守られて鎮座するマーキュレイ王だった。
何とそこには教皇もいる。 彼はセレナ達を見るなり怒鳴った。
「な! おのれこの背神者共め! 何故このような場所に・・・。」
親衛隊も武器を取って王を囲むようにして立つ。 これは・・・教皇騎士団では無いか。
王もさぞ驚いたようで、セレナ達を椅子から立って見渡す。 そこにはカイザックもいる。
・・・これは教皇の言っていた通り、竜族たちが魔王の使いに唆されて攻めて来たのか・・・? しかし、王には信じられなかった。
ハーフが反乱を起こすならともかく、今まで互いに平穏を保ってきた竜族がそんな突然攻めてくるとは。
それに、教皇の言う事にはどこか痞える事がある。
「あたし達は何もしない! 国王に、竜王からの書状を渡しに来ただけ!」
セレナが剣を地面において、両手を広げて身の潔白を主張する。
「何、竜王が・・・?」
興味を示す王。 だが、示されてはまずい教皇は、そのまま大声でセレナ達を貶める。
「えぇい! 黙れ! そうやって竜王も騙したのだろう! この悪魔め!
陛下、いけません。 こやつらからは汚れを感じます。 者共! こやつらを討ち果たせ!」
教皇に命じられ、親衛隊の魔道師が魔法を詠唱し、素早くファイアーを撃ち出した。
セレスはその素早さに少々むっとする。 自分と同じくらいの腕を持つ魔道師が居るなんて・・・。
分かってはいても何か悔しい。
しかし、その魔法は何者かによって防がれた。 魔法障壁を張った者を見て、王が声をあげ、教皇は目が飛び出しそうになった。
「お、お前はガンマーではないか。 お前ほどの司祭がなぜ・・・?」
「陛下・・・私は間違っておりました。 私は、私の過ちを正す為、世界に正しい教えを広める為、御前に参ったのです。」
ガンマーは王に向かって一礼する。 驚きで声がでなかった教皇がやっと我に返り、部下に怒鳴りつけた。
「おのれガンマー! 貴様も聖職者の身でありながら、悪魔に魂を売りおって!」
いつも大人しいガンマー。 がなり付ければ大抵は黙ってしまう。
今までも数回失態あったが、本当のことを言おうとするガンマーに怒鳴りつけ何度ももみ消してきた。
「黙りなさい! 悪魔に魂を売ったのは・・・貴方の方です!」
ガンマーは教皇に指を差し向けた。 部下の想定外の行動の連続に、彼は対処に困った。
王は、自分が信頼を置いている司祭の、知っている彼とは違う様子に違和感を覚えた。


30: 手強い名無しさん:06/04/15 19:43 ID:E1USl4sQ
「ガンマー。 その竜王の書状とやらをこちらに。」
王はガンマーから書状を渡されると、無言で一気に読む。
その内容を、最初は疑心暗鬼に見ていたが、最後の竜王の一言に、彼は真実を確信した。
「教皇、これはどういうことだ? お前の言っていた事と全く違うではないか。 竜王が嘘を言っているとでも言うつもりか?」
「こ、これは・・・。」
言葉に詰まる教皇に、カイは言い放った。
「王様、こいつは神を自分の種族の利益の為にしか考えていないんですよ。 神は平等に愛せと言っているのにな。
そんな背神者を国の中枢に置いておいて良いのか? それだけじゃない。
その挙句、真実を語ろうとする者を亡き者にしようと、忠誠を尽くすべき王にまで嘘を吹き込む。
そんな国賊を、野放しにして置いて良いのか?」
国王は目を瞑って彼の言葉を聴く。 それにガンマーも付け加える。
ここまで彼が自分を主張する事は初めてだった。
「陛下。 私は今までの私を悔いています。 教皇の言われるままに歪んだ権力を振るい
愛するべき人々に、慈悲の無い刃を向けました。 私はその清算をしに、ここまで参りました。
私の言っている事が嘘だと思われるのなら、どうぞお好きなようになさってください。
私は、死の間際まで、神に嘘はつけません。 私は私の信仰を守り、神の言いつけを守りたく存じます!」
王は目を閉じたまま、訊ねた。
「・・・教皇、何か言う事はあるか?」
「この異端者共め・・・ガンマー司祭まで誑かしおって・・・。」
往生際の悪い教皇に、とうとうセレナが口を空けた。
今まではこの大陸の者に任せようと、カイやガンマーの後ろで見守っていたが、もう我慢できない。
「いい加減にしろ! もうこれ以上、世界の理を歪めるな! どうしてそこまで世界を歪めたいんだ!
あんたのせいで泣いてる人や、殺されてしまった人が居るのに!」
「そうさ! もう我慢できないね! 教皇、なんならあんたから貰った金の領収書、ここで見せてもいいんだよ? ほらほら。」
セレナに続いてクレリアも堪忍袋の緒が切れた。 ポシェットから領収書を出してひらひらと見せびらかす。
そして、閉口する教皇に、国王は目をかっと開けると彼をにらみつけた。
「教皇・・・私も悔いておるよ。 お前の暴走に気付けなかった。 お前が裏工作をして気付かれないようにしていたのを。
しかしそれ以上に、お前には失望した。 神の言葉を語るお前が、まさか神の戒めを破り、利に走っていたとは。」
教皇はもはやこれまでと思ったのか、下を向き、拳を振るわせた。
「・・・どいつもこいつも・・・お前達! この上は国王も異端者もろとも討ち果たせ!
このままでは世界は滅びてしまう! ワシは世界を平和にする為に、国王に異端を宣言する! かかれ!」
彼の言葉に一瞬皆は戸惑った。 忠誠を誓うべき人間が、その誓う相手に異端を宣告し
配下に攻撃させようとしている。 さらに周りの兵士のほとんどが教皇の命令に従っている。
彼は強化の権力を握り、国の人事すらも握っていた。 国王に襲い掛かる兵士達。
セレナ達は王の周りを囲み、防戦する。 相手も国王の近辺を任されるほどの腕が立つ騎士達。
しかし、セレナ達も負けてはいない。 王を守りながらどんどん道を切り開いていく。
自分達はベルンという大国を相手にしてきた。 相手が親衛隊だろうと、負けはしない。
セレスは先程ファイアーを使った魔道師に向かってギガスカリバーを放った。
強力な風の魔法に、相手は吹き飛ばされる。 見たか、僕の魔法のキレを!
アレンも体を張って王を守る。 クレリアから授かった槍を振りかざして。
その卓越した技術に、親衛隊もうかつに近寄れない。 こんな部屋で槍を振り回すなど・・・普通自殺行為だ。
だが、彼の技術にかかれば、それは神業と化した。
これだけの大勢でかかっても王をしとめられない。 危機感を感じた教皇はその場から逃げ出そうと走りだす。
しかし、その喉元に蒼白い刀身がすっと入れられた。
「おい、教皇。 何処へ行くんだ?」
教皇が剣の根元を見る。 そこにいたのはカイだった。


31: 第四十三章:誰が為に:06/04/15 19:48 ID:E1USl4sQ
一行はその後、王から感謝と激励を受けた。
セレナ達は今までの経緯を全て話したのである。 教会法でハーフ差別が合法とされて以来、
ハーフは平和に生きる場所をアルヴァネスカから失い、エレブに流れ込んできていた事。
そして、ハーフの女帝メリアレーゼが、ある事件を境に考え方を豹変させてしまった。
その原因が『優良種の保存』法であること。
それが原因で、エレブにハーフが侵略してきて、そこを占領してしまっている事。 全てを話した。
王はその全てにうなずく。 竜王の書状の中にあった事柄と全く同じだったからだ。
そして、彼はカイに『優良種の保存』法を撤廃する事を提案した。
「分かっております。 私が教会に戻ったら、まずそれを行います。
それまでは、ガンマー。 お前が最高師範代理として、人々に正しい教えを説いていてくれ。」
「は、はい!」
クレリアには、カイがまた、ハスタールの時のように輝いて見えていた。
いつものあの尻軽男の面影が全く無い。 ・・・いつの間にか、彼の顔をじっと見つめていた。
カイはそれに気付いたのか、ウィンクして視線を離す。 ・・・顔が熱くなった。
相手に理解してもらったところで、セレナが本題に入った。
「王様、あたし達はこの大陸に眠る精霊を探しているのだけど、心当たりは無い?」
「精霊とな・・・。 セチとニニスの事かね?」
やはり王は知っていた。 ナーティの言っていた事は本当だった。
しかし、何故あいつは敵の自分達にそんなヒントをくれたのだろうか・・・。 今はそれ所じゃない。
「セチと・・・ニニス?」
「左様。 風の精霊セチに、水と氷の精霊ニニスが、この大陸では崇められておる。」
「ど、何処にいるのか教えて!」
今まで膝を付いていたが、セレナは相手が王ということも忘れ、立ち上がって王に詰め寄る。
シーナとアレンがあわてて引き戻す。 王は、この尋常で無い焦り方を無礼とは捉えなかった。
「マーキュレイの西方、イースレイにセチ。 北方にニニスがそれぞれ神殿に祭られておる。
セチはともかくとしても、ニニスの神殿は人里も無い極寒地帯にある。 それでも行くのか?」
「行く。 もう時間が無いんだ!」
王はセレナの瞳を睨むように見つめた後、玉座から立ち上がると、セレナのところまで歩いてきて、直に場所を記した地図を手渡した。
そして、神殿の周りの様子なども丁寧に教えてくれた。
「ありがとうございます!」
「礼には及ばん。 しかし、私からも質問させていただこうか。 何故、そこまで慌てている?
何故、そこまで熱意を持って行動できる。 他大陸のことに。」
「お互いの大陸は繋がっている。 どっちか片方がダメになれば、繋がっているもう片方も、いずれ没落する。
どっちかだけを変えればいいって問題じゃないと思うんだ。」
人は、自分達さえ良ければそれでいいという考えをしがちな生き物である。
しかし、それは世界が一つである以上、周りまわって自分に帰ってくるのである。
「そうだな。 では、何故精霊を探す。 私には世界を変える事と、精霊に接点を見出せないのだが。」
「エレブで・・・ハーフの一人が暗黒邪神ロキを復活させようとしているから。 それがもう時間の問題なんだ。
それを阻止するには、ドラゴンスレイヤーが必要で、それの封印を解くのに、精霊の力が必要なんだ。」
「な、なんだと!? ロ、ロキ?! そ、そうか、分かった。 私達も出来るだけのことをしよう。
それにしても・・・またハーフか。 一体何を考えておるのだ・・・!」
王は出来る限りの協力を約束してくれた。 マーキュレイを味方につければこの大陸では自由に行動できる。
異端も解除されるという事だ。 しかし、セレナは喜ぶどころか激怒した。
「王様・・・貴方、何も分かっていないね!」
「何・・・?」
「そうやって、ハーフと一括りにして物を見るから、偏った思想が民に植え付けられるんじゃないの?
ハーフの中にも悪いヤツはいる。 竜にだって・・・人間にだって! 教皇だってそうだったでしょ?
悪いのは、種族じゃない! そういう悪い心を持った人! そして、憎むべきは人じゃない、悪い心なんだ!」
セレナはそう言い放つと走り去ってしまった。 他の面子も焦ってそれを追いかける。


32: 第四十三章:誰が為に:06/04/15 19:49 ID:E1USl4sQ
残ったのはカイとガンマーだけだった。 あんな小娘に説教されて、王は呆然と立ち尽くした。
「陛下・・・。 あいつはああいうヤツなんです。 悪気は無いのでどうかお気になさらないでください。」
「いや・・・あの娘の言うとおりかもしれん。
民を導いていくべきこの私が、偏見で見ていては、民が正しい道を歩めるはずも無いな・・・気をつけなくてはならん。」
王の言葉に、カイも続けた。 今なら、王も分かってくださるはずだ。
「陛下。 陛下のそのお気持ちを民に知らしめる為にも、ハーフ差別を禁止する法を立法しては如何でしょうか。」
「・・・そうだな。 しかし、教会法が国法に優先するのでは、いくら国法で定めても・・・。」
「陛下が国法として定めた後、教会法でも不当な差別を禁止する法を立案します。
今大切なのは、王自らが、民に手本を見せることなのです。 教会より先に王が立案したとなれば
民もきっと王をお慕いし、そんな王を見習おうとするものも少しずつでてくるでしょう。」
「そうか。 ならば早速やるか。 私の出来る限りの協力は・・・それしかあるまい。」
カイはうなずき、最高師範代理となったガンマー彼に続く。
世界を変える為には、一人ひとりが考え方を変えていかなければならない。
「ハーフ蔑視の現状は、そう簡単には変えられるものではありません。
長い時間かけて歪められてきた理を正すには、更に膨大な時間を要します。
人々に正しい教えを説き、その思想が受け継がれていかなければなりません。 陛下、そしてガンマー、私に手を貸してください。」
ガンマーは頭を下げ、王もうなずいた。
「それにしてもカイザック王子。 そなたも変わったな。 今のそなたが最高師範なら、同じ過ちは繰り返されないだろう。」
王に褒められ、カイは照れくさかったが、これは自分の力だけではない。
「いえ、王。 ハーフとの関係だけではありません。
我々竜と、あなた達、人。 私達は手を取り合って、世界を発展させて行きたい。
これまでの互いの溝を何とか埋めて、共に互いの発展を願って歩んでいきませんか?」
「そうだな・・・。 人と竜の溝は深い。
しかし、共に英知をを持った種族。 手を取り合えば、世界は発展するだろう。 竜王によろしくと伝えてくれ。」
王とカイはがっちり握手を交わした。
仲間がいたからここまでやってこれた。 その感謝の気持ちを忘れてはいけない。
感謝する心を忘れれば高慢になり、また人を信じられなくなってしまう。 認められなくなってしまう。
そうなれば再び、このようなことが起きてしまう。 彼は肝に銘じていた。
「二度と、同じ過ちは繰り返しません。 そのためにも、世界の皆に力を貸してほしいのです。
今は世界の危機です。 そして、危機を脱しても、皆が変わらなければその場凌ぎとなってしまいます。
過ちは過ちと認め、それを皆で正していくこと。 これが平和を実現する為に必要な事なのです。」

他の面子は走っていったセレナを追いかける
「おい、セレナ。 お前何処行く気だよ!」
「牢屋!」
「は?!」
クラウドはワケが分からないまま妹についていく。
あいつ・・・王に無礼な事したからって自分で牢に入りに行くつもりなのか?
しかし、シーナには分かっていた。 むしろ、自分も行こうと思っていたから、姉に並んで走っていく。
地下の牢獄には、背神罪と背任罪、そして扇動の罪で教皇が捕らえられていた。
教会を、世界を牛耳ってきた人間が、今世界の敵として囚われている。 何か哀れだった。
地下に着くと、早速セレナは教皇のいる牢獄の前に立った。
「教皇、一つ聞きたいことがある。」
「ふん、悪魔の種族に味方するような英雄気取りが何のようじゃ。」
教皇をセレナは殴り飛ばしてやりたかった。 妹や兄を殺そうとした教皇を。 しかしそれをぐっと抑える。
憎しみをぶつけたら、彼から帰ってくるのは真実ではなく感情になってしまう。 それでは意味が無い。
「あんたは以前、昔はハーフを嫌っていた訳じゃないと言っていた。
それなのに、なんであんな酷いハーフ迫害を推し進めようとしていたの?」


33: 手強い名無しさん:06/04/15 19:49 ID:E1USl4sQ
「・・・お前は竜族だから分からないかもしれないな。
ワシには怖いのだよ。 人の血が流れ、人の容をしているのに、人ではないあいつらが。
昔はワシも差別はいけないと考え、配下にハーフを徴用したりしていた。
しかしな・・・。 周りの視線は冷たかった。 国民以外を国の重要ポストで用いる事に反発が強かった。」
結局、彼も異端とされ、周りから除外される事を恐れたのである。
どんなに正しい事を考え、主張しても、彼には周りの視線に耐える強さがなかったのである。
いや、むしろ殆どの人間がそうなのかもしれない。 彼もまた孤独に苛まれた一人だったのだ。
「貴方はでも、ハーフ差別はいけない事だと思ってたんでしょ? なのにどうして・・・。」
セレナが声をあげる前に、シーナが鉄格子を両手に掴み、顔をそれに押し付けるように教皇に問うた。
「それに、ワシ自身も恐怖を感じていた。 自分はこうしてどんどん老いて醜くなって行くのに、彼らの容姿は殆ど変わらない。
そして、彼らに伝わる言い伝え。 恐ろしい魔術を用いて、他大陸の文明を滅ぼした・・・と。
このままでは・・・このまま人間の世界にハーフを野放しにしておけば、いずれハーフに世界を乗っ取られてしまう。
そう・・・考えたのだ。」
「ハーフの寿命が長いのは、仕方ないことじゃない。 どうしようも出来ないことだよ。
それに、ハルトムートは、両方の世界に平和をもたらす為に戦争を終結させたんだ。
それは悪い事だとは思えないよ。 あんたの言ってる事の何処に、ハーフに落ち度のある部分があるのさ!」
セレナが怒鳴る。 その人の力ではどうしようも出来ないことで非難する。
そして迫害する。 それは到底、神に仕える者・・・いやそれ以前に、人として有るまじき行為だ。
「黙れ! ワシは世界の為を思ってこうしたのだ。 いいか小娘、自分だけが正義だと思うな!
ワシだって、ワシの正義の元に行動してきたのだ。 どうしようもない事だと?
バカめ! どうしようもない事だから、周りから化け物呼ばわりされるのだろう!」
自分だけが正義だと思うな・・・。 セレナはこの言葉に、胸を貫かれたような気になった。
自分も、メリアレーゼも、そして教皇も・・・皆が皆、自分の正義を信じて行動している。
自分を信じることを止める事は・・・自分自身を否定する事。
だけど、自分の正義を信じて行動する事が、本当に正しいかどうかは・・・分からない。
人の正義を否定する判断材料は、自分の正義である。 その正義が間違っているとしたら・・・。
その葛藤の暗雲を吹き飛ばしたのは、他でも無い教皇だった。
「ワシはワシの信仰を貫いただけだ。 背神罪に問われる謂れなど毛頭ないわ!
ハーフは、神の戒めを破った邪心を持つ竜と人間の子。 その邪心は子にも受け継がれておる。
そんな邪心を持った者、掟を破ったものを野放しにしておくわけにはいかんのだ!」
彼の言っている事は狂気に近かった。 しかし、その中にも一つだけ真理があった。
自分の信仰を貫くのみ・・・。 そうか、そうなんだ。 もし間違っていれば、きっと他の人が指摘してくれる。
問題なのは、そこで高慢になり、自分の過ちを認めることが出来ず、周りを顧みなくなる事。
それを確信したセレナ。 そこにカイが歩いてきた。
「神は、人を愛せと仰った。 人とは人間のことじゃない。 この世界に住む全てのことだ。
愛する末に真の愛を育んだなら、それは邪心ではない。 その愛を否定するお前のほうが邪心に蝕まれているんじゃないのか?
何が正しい事か。 お前も分かっているのだろう。 何故、そこまで理を曲げようとする?」
「最高師範・・・。 なら逆に問う。 貴方も分かっているはずだろう。
正しい事を主張する事が、いつも正しい事とは限らないということを。
ワシは今でも自分の考えが間違っているとは思っておらん。 国・・・世界の為に必要な事だったのだ。
例え、理を曲げる“間違った事”だとしてもな。 ふ・・・はははは・・・。」
セレナ達は地下から出た。 彼は彼の信仰、正義を貫き通した。
国のため・・・世界の為・・・。 しかし、それは結局人間だけの正義に他ならなかった。
自分の種族の平和の為に、他種族をないがしろにしてはいけなかった。 彼もそれが分からなかったわけではないだろう。
正しい事を主張する事が、正しい事である世界に変える・・・セレナ達は自分達の理想と重ね合わせ、再確認した。
「よし、精霊の手がかりも掴んだし、まずはイースレイに行こうか。」


34: 手強い名無しさん:06/04/15 19:50 ID:E1USl4sQ
城を出たセレナ達。 街は臨戦態勢が解除され、いつもどおりの活気が戻っていた。
もう、異端者として視線を気にする事も無い。 皆は、自由に、気兼ねなく外を歩く事ができるに酷く感動した。
エレブで西方を経って以来、久しぶりだった。 しかし、これが当たり前なのだ。
誰もが自由に笑って暮らす事のできる世界・・・自分達の目指した世界の一端が見えたような気がした。
「姉ちゃん、まず王様に謝らないと。 姉ちゃんってホント礼儀知らずだから。」
「う・・・。 そうだった。」
セレナも後から後悔していた。 言いたい事を言ってしまって、いつも後から後悔する。
自分の言った事を間違っているとは思わないが、言い方に少し問題があったかもしれない。
しかし、そんな二人の肩を、カイが後ろから抱きこんだ。
「陛下は別に怒ってなかったし、いいんじゃねーか?
お前みたいに、しっかりとした意見を言える家臣が欲しいって仰っておられたしな。
ま、お前の場合はもう少し品位と礼儀をわきまえろって話なんだけどよ。 男もどき!」
カイの腕を振り払って、逃げる彼を追いかけるセレナ。
皆もそれを追う。 自分達の旅の目的の一つは達成できそうだった。
どの種族も、差別される事なく、平和に、笑って暮らせる事のできる世界の実現・・・その足がかりを作ることに成功したのだ。
しかし、それもこれからの精霊開放が出来なければ無駄になってしまう。

「カイ・・・あんた、変わったね。」
皆と少しはなれたところで、クレリアがカイに話しかけた。
自分の知っていたカイザック王子は、何もしない単なる飾りのようなもので、全くあてにならなかった。
全てから逃げていた、そんな弱腰王子は、もうどこにもいない。
性格は相変わらずだが、今自分の前に居るのは、世界を変えようと必死に動く光の王子だった。
その凛々しさに、彼女は惚れてしまっていた。
「クレリアか。 言っただろ? オレ様は、もう逃げないと。 オレ様は自分の使命を果たす。」
「そうか・・・そうだね。 私も光栄だよ。 あんたと世界を変える旅が出来てさ。 これこそ本望だよ。」
「オレ様も嬉しいぜ? こんな心も顔も綺麗な奴と一緒に旅が出来てよ。」
「!!」
カイは、誰も見てないことをいい事に、クレリアの額に軽く口付けした。
「怒るなよ? 今までのお礼だ! これから頼むぜ?」
カイは逃げるように走り去っていった。 クレリアのほうは、もう顔をトマトのようにして
しばらくずっと、その場から動けなかった。 目を閉じて・・・先の場面を思い出しながら・・・。
例えナンパの一環でも・・・それでもいい。
「おーい、クリス、行くぞ!」
向こうからアレンの声がする。 そうか、イースレイまでの足は私なんだっけ。
クレリアは皆のところに戻ると、再び飛竜になり、皆を乗せて西方の空へと消えていった。


35: 第四十三章:炎の紋章ー前編:06/04/15 19:50 ID:E1USl4sQ
その頃、ベルン城では再び会議が行われていた。
会議では暗黒神復活までが秒読み段階である事などが告げられた。
ニルスはその報告を、気をもむ思いで聞いていた。 時間が無い。 このままでは・・・。
「あとは、封印の解除方法さえ判明すれば、暗黒神を呼び起こす事ができる。
私達の計画も、いよいよ大詰めというわけです。 やっと平和な世界を実現する事ができる。」
メリアレーゼが今までのことを思い出し、感慨無量と言った感じだ。
その様子をニルスが睨み付ける。 彼女がそれに気付き、不気味な笑みを彼にして見せた。
「さて、エレン。 今日は貴女からも報告する事があるのよね?」
メリアレーゼに名指しを受けたエレンが、大きな魔法珠を机の上に置くと、それに魔力をこめだした。
次第にそれが光だし・・・何かが映り始めた。 これは、その場の様子を魔法珠の中に封じておくもの。
彼女はそれを開放して見せた。 そこに映っていた映像に、ニルスは言葉を失った。
マーキュレイとブレーグランドの途中の街道・・・セレナ達とニルスが戦う様子が映し出された。
これだけならまだ何も驚く事は無い。
しかし、彼がミレディに助けられ、大勢のアルカディア兵と一緒に居るところまでしっかりと映し出されてしまった。
映像の中で自分に頭を下げるミレディ。 その顔を、メリアレーゼは覚えていた。
「ほう、あの竜騎士、生きていたのですか。 しかも私の邪魔をするアルカディア兵として。
それより驚いた事は、ニルス、貴方がそのアルカディアと一緒にいるということですが。」
ニルスは返す言葉も無かった。 まさかこんな手を使ってくるとは思っても見なかった。
「貴方にはエレンを監視に付けていたのですよ。 やたら暗黒神復活に反対していましたし
アルカディアにやたら我々内部の情報が漏れているようでしたしね。
内通者がいるとは思っていましたが、まさかこともあろうに貴方だったとは。」
自分の正体を知られてしまった以上、ここにいることは出来ない。
しかし、彼は机を叩き、立ち上がってメリアレーゼに向かって怒鳴りつけた。
「暗黒神復活が、世界の平和をもたらすなどと言う狂言を聞かされたからだ。
おまけにお前は私やグレゴリオの忠告に、一切聞く耳を持たなかったからな!」
怒鳴られた彼女も黙ってはいない。 自分の理想を、仲間だと思っていたものが狂気というのだから。
「竜石を捨ててまで、体の成長を早めたと聞いて、何かあるとは思っていましたが
まさか私への対抗組織を組織する為だったとは。 獅子身中の虫とは、まさにこのことですね。」
「黙れ! 最初に裏切ったのは貴様だろう! 何が平和な世界を作るだ!
暗黒神が何故封印されたかを知っているだろう! アルヴィネーゼは貴様に世界を滅ぼしてくれと遺言したのか!」
「・・・妹を侮辱するものは、例え仲間でも容赦しません。 死になさい!」
メリアレーゼが暗黒魔法を放つ。 その攻撃はニルスに真っ直ぐ向かう。 仲間への容赦は無かった。
彼女にとっては、最初から心を許した相手ではなかったのかもしれない。
彼も軽い身のこなしで魔法を避けると、窓を突き破って外に飛び出していった。
ここは城の最上階。 いくら竜と言えど、この高さから飛び降りれば命は助からない。 ・・・早まったか。
しかし、やはりそうではなかった。 ニルスを拾い上げた飛竜が、全速力で城から離れていく。
その竜上には、ニルスと・・・竜騎士ミレディがいた。
あの時殺し損ねた竜騎士と、仲間だと思っていた者が、自分の計画を狂わしていく。 腹立たしい。
「裏切り者がいましたが、これからは大丈夫でしょう。
エレン、ご苦労様。 ところで、封印の解除の仕方は判明したのですか?」
エレンは一礼すると、魔法珠をしまう。
「はい。 ナーガは封印されておりますので、残りの封印を解除する必要があります。」
彼女は魔法珠をしまい終わると、資料を残った皆に配った。
それに目を通すと、メリアレーゼはふっと笑みをこぼした。 また、奴らにがんばってもらうとしますか。
「エレン、もう良いですよ。ご苦労様。 ナーティ、ニルスを追え。」
「・・・御意。」
メリアレーゼは立ち上がり部屋を去っていく。 その顔は嬉しそうだった。
仲間に裏切られた事など、暗黒神の復活法が分かった喜びのほうが、彼女には大きかった。
彼女に命を受け、腕組みしながらずっと下を向いて資料に目を通していたナーティも立ち上がる。
その肩に手をかけながら、グレゴリオも部屋を去っていく。


36: 手強い名無しさん:06/04/15 19:55 ID:E1USl4sQ
すいません。
章数を計算違いしていたようです。
「反撃開始」が四十二章
「誰が為に」が四十三章
「炎の紋章−前編」が四十四章です。 ボケててすいません。


37: 第四十四章:炎の紋章-前編:06/04/15 19:57 ID:E1USl4sQ
「一つ問おう。 暗黒邪神によってでなくても、世界は闇に包まれる。
現に今、差別が横行し、人が人を蔑むと言う歪んだ世界が出来上がっている。 これは人が作ったものだ。
暗黒神を封じたところで、今度は人が世界を歪めていく。 人が人を支配する限り、この連鎖は終らないぞ。
そんな人の世で、お前達は一体何をしようというのだ。」
セチの質問を、今までの自分達の行動も照らし合わせてみる。
すると、自ずと答えは出てきた。 人が人を支配する限り、人の心に卑しい心がある限り、
世界を歪めるのは、他ならない人である。 しかし、歪めた世界を正す事ができるのも、人だけだ。
「あたし達は、歪んだ世界を正す為に、世界を変える。
世界を変えるというより・・・人の意識を変える。 例えそれがどんな難しいことだとしても。」
セレナに続き、シーナも自分の考えを述べる。
間違った事がまかり通る世界は、何としても正さなければならない。
「間違った事は、間違った事だと認めて、それを正す。
自分と違うものを認め、それを許す。 どちらも当たり前のことだけど、人はそれがなかなかできない。
それこそが正しい事・・・人としてやらなければならない事だと皆に気づいてもらえるように、私達は頑張ります。」
セチはそれを聞くと、後ろへ離れた。
「よろしい。 責めるべきは悪しき人ではなく、悪しき心。
正すべきは規則ではなく、人の心。 お前達にその資質があるか、試させてもらう。」
それはすなわち戦えという事。 力の無い者が、力を持てば、どんなに清い心を持っていたとしても
力に溺れてしまう。 自分の力を任せるに足る相手か、セチを試すつもりなのだ。
「皆、行くぞ!」
セレナが掛け声をかけ、セチに突撃していく。
風の動きはまるで風に乗るような軽さだった。 自分の剣がかすりもしない。
彼の影が分身して見える。 皆彼の分身を攻撃してしまう。
そんな皆をあざ笑うかのように、セチが魔法を唱え始めた。
「我が風を受けてみよ! フォルセティ!」
自分達を包むような強烈な風に、皆は吹き飛ばされた。 凄まじい威力だ。
耐えようとすれば、風は刃と化し体を切り刻む。 吹き飛ばされ、空中で弄ばれる。
そして、地面に下降気流と共に叩き付けられた。 巨大な風の戦士に投げ飛ばされたような錯覚に陥る。
風の如く現われて、風のようにどこかへ消えていく。 その攻撃に、一行は徐々に追い詰められていく。
「ちくしょう・・・体が持たないぞ・・・。」
クラウドが悲鳴を上げる。 確かに、風を司る精霊。 彼の前では、風の動きも強さも思うがままだ。
クラウドの言う事も間違っていなかった。 皆かなり消耗し始めていた。
特に魔法に抵抗力の無い者達にとっては、この攻撃はあまりにも驚異的だった。
「ははは、人の目に見える頃には、もはや手遅れなのだよ。
それは世界のことについても同じこと。 今しか見えない人には、私の力は過ぎたものなのだ。
いくぞ! フォルセティ!」
これ以上攻撃を喰らっていたら危ない。
クレリアが必殺の剣で接近戦を挑む。 彼女の短剣は正確無比だ。
矢を放ちながら間を整えると、一気に喉元に襲い掛かった。
しかし、彼女がえぐった喉は、すぅっと風に溶けて消えてしまう。 どうしても相手を見破ることが出来ない。
「くそ! 私の攻撃が・・・かすりもしないなんて。」
もう一度襲い掛かるが、やはり結果は変わらなかった。 当る気がしない。
何か無いか・・・セレナは今までのことを思い出してみる。 剣ではなく・・・心を鍛えろ・・・。
心・・・。 目に見えないもの・・・。 そうだ!
彼女は思いだした。 スーの言葉だ。 声で無い“声”を。 風の“声”を聞けって言われた・・・。
セレナは目を閉じて神経を集中させる。 シーナは姉の突然の行動を理解できなかった。
「な、なにやってんのよ!」
「シーナ、黙って!」
セレナはそのまま“声”聞いてみた。 聞こえる・・・風の声・・・風の流れが!
しかし、その声に彼女は息を呑んだ。


38: 第四十四章:炎の紋章-前編:06/04/15 19:57 ID:E1USl4sQ
その風が、世界の声を運んできていたのである。 泣き叫ぶ子供の声、罵倒される声・・・。
どこかでまた誰かが迫害され、悲しみの、苦しみの声をあげている・・・。
真実を話したのに、握りつぶされて泣いている人がいる・・・。
全てを正す事は・・・不可能なのか。 ・・・不可能なのかもしれない。
でも、自分達が出来る事を、力の限りやること。 それしかなかった。 
諦めてはいけない。 一人でも多くの人が笑って生きる事ができる世界を作るまで。
もう一度声を聞いてみる。 やはり風の流れを感じる。
「シーナ! 来るよ。 右!」
シーナがそちらを見ると、そちらから凄まじい風が押し寄せてきた。 彼女はあわててそれを避ける。
彼女も姉と同じように、耳を済ませて、心を落ち着かせて“声”を聞いてみる。
シーナには見えた。 迫ってくる風の塊が。 形の無いはずの風が、人の形をして襲ってくる。
それを見逃さない。 シーナはその方向に槍を突き出してみた。 すると、何も無いそこに何か感触があった。
これは、敵を槍で突いたときのあの感触同じだ・・・。
よく見ると・・・その槍の先にはセチがいた。 槍はセチを貫通していた。
しかし血は出ていないし、相手も苦悶の表情を浮かべていない。 やはり、人で無いようだ。
「分かった。 武器を収めよ。 ・・・まさか私に触れることが出来る者が出てくるとはな。」
彼に攻撃をあてるには、高い技量が必要なのではない。
必要なのは、正しい心だった。 目に見えることだけで無い、真実を見抜く目。
人は目の前のことしか見えなくなることが多い。
それはえてして判断を狂わせ、誤った道へと進む事が多い。
風の力は強大だ。 そんな前のことしか見えず、他を顧みないような者に力を与えるわけには行かなかった。
「人は心の狭い生き物だ。 全てを自分の物差しで判断し、規格外のものを恐れて排除しようとする。
それは、ひとえに自分の心の声しか聞かないからに他ならない。
他の声に心を傾け、もし自分の心が誤った道を進もうとした時に、それを戒め正す厳しい心。 それが必要だ。
そしてまた、他が間違っていれば、それを戒め、許す穏やかさが必要なのだ。
お前達はそれを知っている。 よかろう。 お前達に、私の力を託す。 風の力は無尽だ。
その使い方次第で、人を導く暖かな風とも、人を苛む極寒の死の風ともなりうる。
そのことを肝に銘じ、我が力を、世界の為に活かすのだ。」
青年は光に解け、アリスの手にその光が集中する。
そして、握っていた彼女の手の中に、碧玉が握られた。
セチの力が宿る、風の精霊石だ。 自分達は精霊にも認められた。
しかし、この事に奢ってはならない。 いくら精霊に認められても、自分達は間違っているかもしれない。
臆に入る事と慎重になること、高慢になる事と自信を持つ事は違う。
常に自分達の目的と、実際やっていることを照らし合わせて、慎重に行動しなければならない。
それでも尚、自信を持って行動する事も必要だ。 自分達は皆の業を背負っている。
自信が無ければ、この業を背負い続ける事は出来ない。
「セチの封印を開放したのか。」
喜びを分かち合っていると、後ろから突然声がした。
一行が再び顔から笑顔を消し、武器を取って後ろを向く。
「な、ナーティ! 何故ここに。」
「敵の様子を探りに来た・・・とでも言えばいいか? 精霊にも認められたようだな。」
「話をはぐらかすな!」
セレナがナーティににじり寄る。 何度も何度も自分達の前に現われて
何をしに来たのか分からないようなことをして去っていく。 偵察に来ているのだろうが、それにしては堂々としている。
「ふ、相変わらず威勢がいいな。 一つ忠告しておいてやろう。
グレゴリオがどう言ったかは知らないが、ファイアーエムブレムを作る為に精霊の封印を解くなど止める事だな。
例え精霊を開放できたとしても、ナーガに認められなければ封印の剣をお前が扱う事は出来ない。」
いきなり来て、いきなり自分達のやっていることを、希望を否定する。


39: 第四十四章:炎の紋章-前編:06/04/15 19:58 ID:E1USl4sQ
そんな彼女に、セレナは怒りを隠しきれなかった。 むしろ隠さず怒りを顕にした。
「バカにするな! ナーガにだって認められて見せる! お前にも吠え面をかかせてやるからな!」
「ふ、その前にナーガの封印を解く事が、お前に出来るかな?」
彼女は長い前髪の間から目を光らせるようにセレナを見据える。
セレナも無言でそれを睨み返す。 他の面子が言葉を挟みづらい雰囲気が周りに漂った。
「ふん。 精々頑張る事だな。 どんなにお前が気合を入れようと、不可能なものは不可能だ。
いいか、自分を中心に事が回っていると思うな。 自分の力ではどうすることも出来ないこともある。
お前も、そのうちそれを学ぶ時がくるだろう。 それを知った時のお前の顔が楽しみだ。
絶対諦めないと豪語してきたお前の顔がな。」
ナーティは何もせずに、背をセレナに向けて立ち去っていった。
セレナは、その後姿を黙って睨みつけていた。 ・・・完全に馬鹿にしている。 許せない。
あいつは、いちいち自分の癇に障ることを言ってくる。 それに釣られて熱くなってしまう自分も情けないが。
「よし、皆、次行くよ! 次!」
セレナは次の精霊の開放を急いだ。 ニニスを開放すれば、いよいよナーガだ。
そうしたら、いつも自分を否定するあいつも自分達を認めざるを得ないだろう。
一行はクレリアの背に乗り、今度はノースレイを目指し、北上して行った。


40: 第四十五章:炎の紋章―後編:06/04/15 19:58 ID:E1USl4sQ
「それにしても・・・あいつは何を考えているんだ。」
セレナは北上中、ずっとナーティの行動を考えていたが、サッパリ分からなかった。
マーキュレイ王に会ってみろと言った彼女。 言われたとおりに王に会ってみると、精霊のことを彼は教えてくれた。
しかし、いざ精霊の開放をすると、今度は開放はやめるべきだと言う。 支離滅裂な話だ。
彼女に頼っているわけではないが、結果的に彼女の言った事が真実になっていく。 どういうことなんだ。
「彼女は敵。 彼女が何処でどんな罠を張っているか分かりません。 相手の言葉をあまり信じないほうがいいと思いますよ。
こうやってこちらに心の隙を作っておいて、いつか大きな罠にはめるつもりなのかもしれません。」
「そうだな。 あいつは信用ならねぇ。」
セレスにクラウドも賛同する。 いつもは犬猿の仲である二人だが、ナーティに対しての見解は一致していた。
油断ならない敵。 自分達を裏切ったメリアレーゼの部下。
いくら彼女が言っていることが正しい事でも、用心しなければいつ足元をすくわれるか分からない。
「うん、分かってる。 でも、それなら最初から封印の神殿で殺しておけばいいんだし・・・。」
悩むセレナの耳に、飛竜のクレリアから声が聞こえてきた。
「あー、うだうだ言うんじゃないよ! 相手は敵なんだろ? だったら深く考える事ないじゃないか。
まさかあんた、何か妙な事考えているんじゃないだろうね?」
「そ、そんな事無いよ!」
「そうかい、ならよかったよ。 あいつは裏切り者だったんだろ?
私はねぇ! 裏切りものっていうのがだーい嫌・・・あ・・・なんでも無いよ。」
クレリアはここまで言って自己嫌悪に陥った。
自分は裏切りとか、そういった真っ直ぐしていないことが大嫌いだった。
しかし・・・今考えれば自分は教皇を裏切ってこいつらと一緒に世界を周っている。
・・・自分の嫌いなことを、自分がしている。 でも・・・自分の気持ちを歪めてあの仕事をしていた。
どっちが嫌かと言えば・・・教皇について暗殺をすることだった。
自分がやりたい事・・・それは弟妹に言われて確信に変わった。 そう、皆が笑って暮らせる世界。
自分のように悲しい思いをする人がひとりでも減らせれば、自分は裏切りの汚名を着せられても悔いは無い。
「何が嫌いなの?」
考えていると上から声が聞こえてきた。 その声はアリスのものだ。
この人には嘘つけないな。 彼女は自分の気持ちを素直に言い切った。
「私の嫌いなのはね、自分の信念を諦めて逃げることサ!」
彼女の背の上で、アリスも信念を固める。
暗黒神を封じた後は、自分はイリアの女王として、民をまとめていかねばならない。
まとめていくべき世界は、人間とハーフが混在する世界。 それでなくとも、両者には深い溝があるのだ。
いがみ合う人達をまとめて、それらの人々と協力して国づくりをしていかなければならない。
困難を極める。 でも自分は絶対にやり遂げてみせる。 親達の目指した国、自分の目指す国を作る。諦めない。
「そうね。 私も頑張らなくちゃ。 イリアを作っていかなくちゃいけないし。 そのためにも、まず暗黒神を封じなきゃ。」
「王女、その時は、どうか俺も騎士として手伝います。 どうか、イリアを世界中に目指される国づくりをしましょう。」
レオンがアリスに向かって頭を下げる。 母を思いやることも大事だが
母もきっと言うだろう。 イリアを立派な国にしようと。 誰よりも国を愛し、命をかけて守った誇れる両親なのだから。
「くぅー、レオンの奴! カッコつけやがって!」
レオンの様子を見てクラウドが地団駄を踏む。 自分は一流の騎士を目指していた。
昔は親父に憧れたけど今はちょっと違う。 クールで、それでいて立ち向かう敵に敢然と立ち向かい・・・。
レオンはそれに近いんだよなぁ。 それに比べて俺はなぁ。 槍の腕は・・・こちらが全然上だけど
すぐ熱くなっちまうんだよなぁ。 その・・・筋道を立てて先を読んで考えるってことも苦手だし。
あー、余計に腹が立つ。 レオンめ、いつか参ったと言わせてやる。


41: 第四十五章:炎の紋章―後編:06/04/15 19:58 ID:E1USl4sQ
「何を言ってるんだ。 お前も暗黒神封印が終ったら、フェレに帰ってセレナ達の手伝いをするんだぞ。
人々は希望を失っている。 おまえのその情熱で、セレナ達を助けてやってくれ。」
頭の中で更に地団駄を踏んでいたら、親父に叱られた。
俺でも役に立てるなら、迷う事は無い。 フェレって所に帰って、セレナ達と頑張るぜ。
「分かってるぜ。 でもよ、俺考える事が苦手だし。 クールになれないし。」
そんな息子に、アレンは思わず手を伸ばした。
クラウドもまた拳骨がくると思って臨戦態勢をとる。 しかし、その頭に降り降りた手は、頭を殴るのではなく、優しくなでた。
「お前には、お前のいいところがある。 クールな事がいい事とは限らないし、戦場での活躍だけが、騎士としての勤めではない。
お前の情熱は、人を勇気付ける力を持っている。 どんな事も、勇気が無ければやりとおせない。
確かにお前は頭が悪いし、槍の扱いは力任せだが、お前にしか出来ない事は必ずある。
自分の短所ばかりにしょ気るのではなく、長所を見つけて、それを生かせるように勤めるのだ。 いいな。」
親父に撫でられ、彼は照れたが、すぐに笑って見せた。
「へ、そうだな。 悩むなんて俺らしくなかったぜ。」
そんな彼を見て、セレスがポツリとこぼす。
彼もまた、クラウドは頭が悪くて困ると思っていたが、クラウドの情熱に、気持ちが動いた事は良くあることだった。
自分には無いところだから、余計に憧れた。 自分に無いものを、自然と求めてしまった。
「どう見ても馬鹿にされてるような気が・・・。」
「うるせっ この石頭! ・・・ぶえっくしゅん! 何か・・寒くないか?」
周りをよく見ると、そこは山岳地帯に入っていた。
その山は白く雪を頂、周りも快晴の空から真っ暗な曇り空に変わり、次第に雪がちらつき始めた。
「そろそろノースレイの豪雪地帯に入るんじゃないかな。
あー、私ぁ寒いのは嫌いなんだよねぇ。 体が動かなくなるしさぁ。」
「おいおい、途中で体が固まって、墜落して皆遭難とか、勘弁だぜマジで。」
カイがあわてる。 雪も少しずつ強くなってきて、視界が悪くなってくる。
クラウドも思い出していた。 イリアでシーナが吹雪の中を天馬で暴走した事を。
あのときの寒さはもう経験したくない。 だが、ニニスの神殿は、人里も造れないほどの極寒の中にあると言う。
・・・氷の彫刻になるのはごめんだぜ。
「あー体が動くかなくなってきた。 あー、墜落しそう、 ほらほら。」
クレリアがわざと体を振ってみせる。 
彼女にとっては軽く振っているつもりだが、上に乗っている連中にとっては堪った物ではない。
「おい! 寒い! おいスピード出しすぎ! 寒い! 落ちる! うわぁぁぁ!」
クラウドは悪夢が蘇り、悲鳴を上げた。
その悲鳴が吹雪の轟音と混じり、何ともいえない奇妙な響きを放った。

吹雪でロクに前が見えない。 地図によるとここの辺りに神殿があると言う。
しかし、周りを見渡しても山しかない。 早く捜して神殿の中に入らないと、雪でどんどん体温を奪われる。
ここの雪は、まるで生きているかのように自由に動きを変え、自分達に襲い掛かってくる。
襲い掛かったそれは、仲間に呼び込もうとするかのごとく、体にすぐ張り付いてくる。
張り付いた雪は体温で解け、すぐさま氷に変わる。 その氷が更に仲間を呼び、どんどん体は雪で覆われていく。
雪にとり憑かれるような感覚に陥る。 ここにいたら、人ではなくなってしまいそうな。 そんな気持ち。
人を寄せ付けない冷たさがある。 寒さだけではない。 何か威圧されるような、この場から逃げたくなるような雰囲気。
まさに人智を超えた神々しい空気だ。 精霊が眠っているというのもうなずける。
「うぅ・・・クレリアがスピード上げて飛ぶから・・・体がすっかり冷えちまったぜ・・・。」
クラウドが歯軋りをしながら体を震わせる。 こんな所にいたら本当に氷のオブジェになっちまう。
他の皆も口には出さないにしても同じ気持ちだった。 寒い。 寒いと言うより体が斬られるような感覚。


42: 第四十五章:炎の紋章―後編:06/04/15 19:59 ID:E1USl4sQ
「寒いなら・・・僕のファイアーで暖めましょうか・・・?」
「うわ、ば、バカ止めろ。 コールドミートにするつもりかよ。」
セレスも思わずファイアーの書を取り出すが、カイがそれを取り上げて止める。
ファイアーなんか使ったら、解凍を通り越して火傷してしまう。 寒いのも、熱いのも勘弁だぜ。
「それにしても・・・何処に神殿があるんだろう。」
セレナは疲れてしまって山の縁にもたれかかる。 しかし、こんな吹き曝しの場所でじっとしていたら凍え死んでしまう。
姉の様子を見て、シーナも元気がなくなってきた。 スタミナが無くていつも後半バテる姉。
しかし、今回はワケが違う。 自分も寒さで体が動かなくなっていく。
竜は人間より寒さに敏感だという。 こういった極寒冷地で暮らす事ができるのは氷竜だけだそうだ。
自分よりきっと姉やカイ様のほうが苦しい思いをしているに違いない。 シーナは空を仰いだ。
その時だった。 目の前に女性の彫刻が見えたような気がしたのだ。
彼女はよく目を凝らしてみる。 氷の中に・・・透けて女性の彫刻が確かにある!
一旦山から離れて視界を広くしてみる。 すると今度は雪で視界が開けない・・・。
彼女は寒いのを我慢して天馬で空から眺めてみる。 ・・・驚いた。
そこには雪と氷に覆われた神殿が聳え立っていた。
皆が山だと思ったそれは、実は長年氷雪に晒されて氷山と一体化してしまった神殿だったのだ。
「ミニスカの下丸見えって言うのはまさにこのことだね。」
「・・・?!」
「それを言うなら灯台下暗しでしょう!
全く、貴女の言ってる事は全くサッパリ理解できませんよ。 さて・・・入り口を探しましょうか。」
セレスがツンとしながら周りの氷を丹念に探してみる。
セレナの“格言”を理解できなかったクラウドだが、セレスに言われてようやく理解する。
ミニスカの下丸見えかぁ・・・。 ・ ・ ・ おぉ・・・。 いかんいかん、何考えてるんだ。
なんだ、あいつも言い方がおかしいだけでちゃんと言ってる事正しいんじゃんか。
皆が探してみると、入り口は確かに存在した。 しかし、その入り口すらも、厚い氷に覆われている。
「よし、皆さん離れてください。 この氷の厚さと気温からすると・・・局部型の方がいいかな。」
セレスは皆が入り口付近から離れるのを確認すると、鞄から魔道書を選び出した。
そして、魔法陣を雪の上に描くと、真っ直ぐ氷の方を見据えた。
「行くぞ、エルファイアー。」
彼の放った火炎が氷を見る見るうちに解かして行き、入口を塞いでいた氷に穴が開いた。
しかし、それは四つん這いになってようやく入れる程度の大きさだ。
「ちいせぇなぁ。 何でボルガノン使ってデカイ穴を開けなかったんだよ。」
クラウドが開いた穴の端を蹴って少しでも広げようとするが、分厚い氷はそう簡単に砕けない。
「そんな事をすれば、氷が砕けて余計に入り口塞いでしまいます。 ボルガノンは火炎だけでなく爆発も伴う魔法ですからね。」
「下手なことをすれば雪崩が起きて、皆氷のベッドで寝ることになる。 流石セレスだ。」
レオンもセレスの行動を讃えた。 クラウドは考えてみる。
雪の下でぺしゃんこになって・・・氷のベッドでお寝んね・・・うわ、死ぬじゃねーか。
「そ、そんな事分かってたぜ。 セレスならボルガノンでもうまくやってのけると思ったのさ。」
「フッ。 どうだか・・・。」
レオンがクラウドを鼻であしらいながら神殿に入っていく。
クラウドは地団駄を踏むとレオンの方に思いっきり舌を出した。 くぅー。 相変わらずクールに決めやがって!
神殿の中は風が吹いていないためもあってか、外より全然暖かく感じる。
入り口が氷によって閉じられていた為か、中は全く人の手が加わっている様子が無かった。
まるで、氷を使って、人の侵入を拒んでいたかのようだ。
道のあちこちにツララが生じ、足元は全て氷で覆われている。 何度尻餅をついたことか。
全く明かりの無い神殿の中を、セレスのファイアーを松明代わりに先に進んでいく。
そして、とうとう最深部まで辿り着くと、そこは氷で覆い尽くされていた。
部屋はかなり広いはずなのだが、それが氷で狭くなっているのである。
セレスが早速エルファイアーで少しずつ解かして行く。
ここは神殿の中だから雪崩が起きると言う事は無いが、氷の厚さが厚さなだけに、少しずつやらなければ


43: 第四十五章:炎の紋章―後編:06/04/15 19:59 ID:E1USl4sQ
落盤なんて事になったら、それこそペシャンコである。
一通り解かし終わると、アリスがセチのときと同じように呪文を唱え、ニニスを呼び出す。
その途端であった。 解かしたはずの氷で、再び部屋が覆われる。 一行も体を走る寒気に背筋が凍った。
「私はニニス。 私を呼び起こすもの。 名を名乗れ。」
突然声がしたかと思うと、祭壇の上に、何とも美しい女性が現われた。
氷銀色の長い髪からは水が滴り落ち、それが氷の粒となって地面に落ちる。 すると落ちた場所は一面銀板に変わる。
妖艶さに中にも、冷厳さと冷徹さを持った、実に不思議な感じのする女性だった。
「私の名前はアリス。 世界を救う為に、貴女の力を必要としている者。
既にセチを開放し、後は貴女に認めていただければ、きっと世界を救えると思うのです。」
「お前達がセチを? セチも本当にお人好しな。 人に風の力を与えたのか。
・・・全く、何度首を突っ込めば気がすむのやら。」
彼女からは呆れたような、冷たい怒りを感じた。 熱い怒りより、こちらのほうが恐ろしく感じる。
「いいか、人よ。 私は水に映るほどの清い心と、硬い氷のような意志、そして慎重さを司る精霊。
お前達にそれがあるとは到底思えぬ。 人にそんな心があるとはな。 人は弱い。
すぐに心を欲でかき回し、清浄な心を泥水に濁す。 温かく甘い言葉に、すぐ自らの意志が解けてなくなってしまう。
そんな弱い存在に、力を与えるわけには行かない。」
ニニスはあまり人を良く思っていないようだった。 彼女は悲観的だ。
しかし、力を与えてもらわなければ、ファイアーエムブレムを作る事は出来ない。 セレナが前に出る。
「確かに、人は弱い存在なのかもしれない。 でも、あたし達は今まで自分達の理想を諦めずに頑張ってきた。
あたしは、諦めなければ、いつかきっと理想を達成できると信じている。」
「だが、これから先も諦めないと言う保証は無いな。 人の心は水のように流動的だ。 いつ何処へ流れるか分からぬ。」
セレナは何とか分かってもらおうとするが、なかなか彼女は納得しない。
悲観的というより、屁理屈と言うべきか。 だが、否定も出来ない。
人は弱い・・・弱いから、自分と違うものを認められない。 だから迫害が起こる・・・。
しかし、自分達はそれを正すきっかけを作り、そのきっかけをきっかけで終らせないように世界を周っている。
「あたし達は諦めないよ。 あたし達は自分達のせいで犠牲になった人達の業を背負っている。
せっかく、理想を達成する足がかりを作ったのだから、ここで諦めるなんて、死んでも出来ない。」
炎の天使と讃えられた彼女が、自分の気持ちを熱く主張する。
しかし、もっと熱い人物がいた。 彼はもう黙っていられなかった。
「間違っている事を正そうとする事が、そんなに否定しなくてはならないことなのか?!
俺は、誰もが差別されずに、人が人らしく生きられる世界が欲しいんだ。
陽の影でこそこそ暮らす世界が正しいとは思えない! 心の弱いヤツだって確かにいる。
でも、俺達はそんな弱い奴じゃない。 俺は、自分らしく生きられる世界が欲しいんだ!」
「兄ちゃん・・・。 私も同じです。 どうか力を貸してください!
自分の存在を、堂々とできる世界が欲しい。 皆が笑って暮らせる世界が欲しいのです!」
クラウドやシーナ・・・差別された者達が語る理想の世界。
優遇されたいわけじゃない。 自分が自分として認められ、生きているだけで皆が尊ばれる世界。
それが、何よりも欲しかった。 彼らの熱い思いが、ニニスの心を解かして行く。
更に、意外な助っ人が現われた。 アリスの持っていた風の精霊石が光りだし、セチが現われたのだ。
「ニニス。 久しいな。」
「セチか。 お前も相変わらずだな。 人を信じるとは。 何度も同じ過ちを繰り返す人を、何故信じられる。」
精霊同士の会話に、皆は息を飲んだ。
こんな神聖な存在を目の当たりにするどころか、彼らが会話をしているところを見られるなんて。
「私も、皆がいがみ合うことなく、笑顔に輝く世界がを望んでいるからだ。
何度も同じ過ちを繰り返してしまう。 これは人の悪癖だ。
しかし、その都度過ちを正そうとする者が必ずでてくる。 ニニスよ、諦めたら、可能性は0だ。
我々は世界に関与する事は、これ以上できない。 人に任せるほかあるまい。


44: 第四十五章:炎の紋章―後編:06/04/15 20:01 ID:9sML7BIs
私は例え、一分でも可能性があるのなら、それに賭けて見たい。 私に夢がある限り。」
ニニスは暫く目を閉じて考えていた。 その間にも、彼女の髪からは雫が落る。 その音が静かにこだました。
まるで、時を、運命を刻むかのように、静かに。 ニニスと交わって、セチの風が冷たい。
そして、しばらくすると、彼女は目を開けて、アリスを見た。
「召喚士よ。 私も今一度、人を信じてみよう。 私とて、夢が無いわけでは無い。
だが、人の弱さ、汚さに、それは無理だと諦めかけていた。
お前達は、私の心を閉ざした氷を打ち解かしてまで、私の心の中に辿り着いた。
今回はセチの顔を立てておこう。 だが、お前達が諦めれば、セチも私も、人を見捨てるぞ。」 
彼女は、髪から零れ落ちようとしていた水滴に吸い込まれるように姿を消した。
そして、その水滴は雫となって床に落ち、そこに広がった。 そこに出来た氷が・・・コバルトブルーの玉石になる。
そして、それが風の精霊石に吸い込まれていった。 それを見届けると、セチも石に消えた。
「私に恥をかかせないでくれよ・・・。」

終った。 しかし、ファイアーエムブレムとは到底思えない。
確かに精霊の力が宿る精霊石だが、ファイアーエムブレムとは色も違うしあの紋章も無い。
アレンは首をかしげた。 もしや・・・まだこれで終わりではないのか。
「ほう、こんな極寒地まで来るとは。 流石だな。」
精霊を開放し終えてまた、どこかで聞いた覚えのある声が背後から飛び込んできた。
しかしナーティではない。 皆は後ろを見て、思わず武器を取った。
「安心しろ。 今回はセレナを狙いに来たわけではない。」
そこに腕を組んで立っていたのはニルスだった。 今回はミレディはいない。
「何をしに来たんだ!」
アレンやクラウドがニルスににじり寄る。 しかし、彼は武器を抜かなかった。
第一、こんな狭い神殿の通路で戦闘できるわけが無いのだが、彼にもはや敵意はなかった。
「どうだ、我々と協力しないか?」
彼の予想だにしない言葉に、一同は度肝を抜かれた。
「今まで俺達の命を散々狙ってきたお前達と・・・協力? そんな言葉を信じられるものか。」
レオンが手のひらを広げてあしらった。 確かに、今まで散々自分達の妨害をし
アリスやセレナの命を狙ってきたアルカディア。 それが今更協力を申し出るなど、どう考えても怪しい。
「今までと現在は状況がまるで違う。 もはや一刻の猶予も無い。 
お前達と協力など、私とて本意ではない。 何も馴れ合う為に協力を申し出ているわけでは無いのだ。
だが、暗黒神を封じると言う目的は同じだ。
我々が情報を提供する。 お前達はそれを使って残りの精霊を開放すれば良い。」
ニルスの放った言葉に、クラウドが反応した。
毎度ながらの憎まれ口が健在なところからも、嘘を言っているようには決して思えない。
「えぇ! 残りの精霊を開放って。 まだ精霊はいるのかよ。」
「当然だ。 風のセチ、氷のニニス、炎のファーラ、雷のトォル。 この四精霊が自然界を司っているのだ。」
なんと、まだ半分しか目的を達成していなかったのだ。
どうりで、精霊石がファイアーエムブレムらしくないわけである。 ・・・ニニスを騙しちゃったかも。
しかし、どうしよう。 暗黒神を封じると言う目的は同じだった。
それはかつてからの彼の言葉からも察しが着いていた。
ベルンの、ハーフの暴挙を止める為に『アルカディア』と言う組織を作っているのだから。
「情報を提供してもらえる事はありがたいよ。 でも、こちらの質問に二、三答えてよ。」
「なんだ。」
「あんたは『アルカディア』のリーダーなのに、ナーティ達と仲間のようだし、あんたは一体何者なんだ?」
セレナが今までずっと疑問に思っていた事を、彼にぶつけてみる。
ニルスは腕を組んだまま、その質問に答える。 やはり、敵意は無いようだ。
前なら知る必要は無いの一点張りだったのだから。


45: 第四十五章:炎の紋章―後編:06/04/15 20:01 ID:9sML7BIs
「私は、ベルンへの・・・いやメリアレーゼへの対抗組織『アルカディア』のリーダーだ。
そして、それと同時に、ベルン三翼の一人だ。 いや、だったと言うべきだな。
彼らに私の正体が発覚し、今では売国奴として賞金首にかけられている。
奴とは昔から同じような平和な世界を語り合っていた友だった。
奴は稀に見る賢者だったが、アルヴェネーゼを殺されて以来、人が変わってしまった。 あいつの考えには賛同できん。」
「ど、どういうこと?」
セレナはイマイチ事情を飲み込めなかった。 しかし、レオンとカイは理解したようである。
「ふ。 メリアレーゼにとっては、飼い犬に手をかまれたと言った心境だろうな。」
「セレナ、裏切り者ってことよ。 竜の門を開いて掟は破るわ、仲間は裏切るわ。 お前は偉大な異端者だぜ、まったくよ。」
セレナはようやく状況を把握する。 アルカディアがベルン内の情報に詳しい理由もそれだったのだ。
しかし、ベルンの最高幹部が内通者で、しかも自分への対抗組織を組織しているとは。
メリアレーゼもまさか考えていないだろう。
彼女にとって、ニルスは同じような世界を夢見る無二の友だった。
その友に裏切られた彼女の心中を察すると、セレナは哀れになった。
「もう一つ、あんたはあたしを見て面影があるとか、姉上がどうの言ってたけど、どういうこと?」
ニルスはその質問を答えるのを躊躇うような様子を見せた。
だが、ここで躊躇すれば、相手は不信感を募らせるに違いない。 仕方なく話た。
「面影があるとは、お前は祖先にそっくりだと言う事だ。 性格もな。 そして、お前の祖母は私の姉上だ。
私の姉は、お前の祖父に恋をし、竜石を捨てて、そのままエレブに残ったのだ。 私は一人、アルヴァネスカに帰った。」
セレナは信じられなかった。 こいつの姉が自分の祖母・・・つまり、こいつは自分の大叔父に当る存在だったのだ。
親族である自分の命を、彼は狙ったのだ。 暗黒神復活の為に。 少しゾッとした。
だが、同時に、彼の意志の硬さも感じた。 自分に冷たかったのは、親族だからなのだろう。
「ちょっと待ってよ。 竜石を捨ててって・・・。」
「そうだ。 私も姉上も氷竜だ。 姉上は人と同じ歩みをする為に、竜石を捨てたのだ。
当時私は子供だったから、そこまでする気持ちが分からなかった。
竜石を捨てるなど、ありえないことだった。 力を失う上に、寿命を縮める事になるのだからな。」
「竜は成長が遅いんでしょ? 私の大叔父様なら、まだ容姿は子供のはずじゃない。」
シーナも大叔父だと分かって質問をぶつける。
自分達の親や祖父達を知っている存在。 色々聞きたい事はあったが、まずは矛盾点を突く。
まだ、彼が本当のことを言っていると言う保障はないのだから。
「私達姉弟は、そのとき汚い人間によって利用されかけた。 幼い私は大好きな姉を助ける事ができなかった。
それを、お前の祖父、エリウッド様が救って下さったのだ。 彼は頭の切れる好青年だった。
私はエリウッド様の優しさに感動し、その無二の友ヘクトル様の力強さに憧れた。
それに比べると、能天気なお前達に腹が立ったのだ。」
セレナは耳が痛かった。 彼とて人を嫌っているわけではなった。
それどころか、自分の祖父を尊敬してくれている。 それなのに、自分が情け無いと言われた。
「そして今回、姉が旅立ったエレブを、ハーフが侵略すると言う計画をメリアレーゼから聞き
最初からその計画を潰すつもりで、メリアレーゼの親友という仮面を使ってベルン内部に潜入した。
僅かな希望を持って姉上を探したが、姉上どころか、もうエリウッド様も亡くなっておられた。
失意の中、メリアレーゼが暗黒神を復活させようとしているという事を聞いた。
そのとき、エリウッド様の言葉を思い出したのだ。 人と竜が共存できるような理想郷を作ろうという言葉を。
このままでは世界は暗黒神に支配され、エリウッド様や姉上が目指した世界への夢が絶たれてしまう。
私はそこで本格的に決意を固めた。 彼らの求めた光を、私が継ごうと。」
彼の熱心に語るのを見て、セレナも確信した。
これは罠ではない。 彼は本心を自分達に語っているのだと。 ニルスは更に続ける。


46: 第四十五章:炎の紋章―後編:06/04/15 20:01 ID:9sML7BIs
「アルカディアを拡張しようと仲間を募ったが、子供の容姿では人間は真面目に取り合ってくれなかった。
そこで、私も姉と同じように竜石を捨てた。 竜石を捨てれば、人とエーギルの流れる速さが同じになる。
成長を早められる。 必死に剣や斧を扱えるように努力したものだ。 この作戦は一石二鳥だった。
大人になることで戦闘能力も向上し、私はベルン三翼として
更に多くの情報をベルン内部から持ち出すことが出来るようになった。」
皆はその決意に驚いた。 姉やエリウッド、そしてヘクトルの遺志を継ぐ為に、彼は竜石を捨てたのだ。
自分の寿命を削ってまで、彼は自分の決意を貫こうとしたのだ。
セレナのように、元から人と同じ時の流れにいた竜とは、彼は違う。
彼は他人に厳しい人だが、それ以上に自分に厳しかった。
竜石を捨てた彼は、愛用の笛をも捨てた。 それを剣や斧に持ち変えて、必死にそれを学んだのだ。
剣を学び、人の動かし方を学び、人を募り・・・彼は今まで生きてきた数百年より、この数十年のほうが余程大変に感じた。
全ては愛する姉と、敬愛する人達が目指した世界のため・・・。
彼もまた、彼の正義を必死に貫いてきたのだった。
「で、どうするのだ。 お前達にとっても悪い話ではないはずだが。」
「もちろん、協力をお願いするよ。 同じ夢を持っているんだもの。」
ニルスの質問に、セレナは二つ返事で返した。
その安直さに、レオンが警告を発する。 今度裏切りを受ければ、今度こそ時間がなくなる。
「セレナ、いいのか? お前は人を信じすぎるきらいがある。 少し考えた方がいいのではないか?」
「ニルスは、自分のことを隠さず全て話してくれた。 それに、同じ志を持つもの同士なんだもの。
いがみ合うより、協力した方がいいじゃない。 考えている時間は無いよ。 
ニルスも言ってるじゃない。 もう一刻の猶予も無いって。」
「・・・お前がそういうなら、俺はそれに従おう。」
「賢明な判断だな。 では、エレブでもひときわ熱い場所はどこだ?」
ニルスの場違いな質問に、皆は拍子抜けした。
真面目な顔で、熱い場所は何処だと聞く。 ワケが分からない。 笑ってしまいそうだ。
しかし、彼が無意味な質問をするわけが無い。 アリスはそう思った。
「ニルスさん? 何故、そのような事を?」
「熱いと言う事は、そこに炎の精霊ファーラの力が強く及んでいると言う事だ。
現に、ここはニニスの力が強く及び、こんな極寒地帯となっている。
精霊の力は強い。 だから、ファーラのいないこちらの大陸でも、イースレイは
セチの風とファーラの炎が合わさって、かなり温暖な気候だ。
ファーラの力が直接及んでいれば、あそこは草木も無い場所となっていたはず。
それが温暖気候で済んでいると言う事は、エレブの同じあたりに、ファーラがいるということだ。」
難しい話は頭痛がする・・・セレナとクラウドは下を向いて考え込む。
頭がこんがらがってしまいそうだ。 しかし、他の面子、ことのほかセレスにはすぐぴんと来た。
「草木の生えない熱い場所なら、ナバタ砂漠ですね。 あそこには神殿もありますし。」
「よし、お前達はそこに向かえ。 必ずそこにファーラがいる。
残りの精霊、雷のトォルは我々が総力を挙げて探し出す。 時間が無い。 私はこれにて失礼する。」
ニルスは早足で去っていく。 彼の心中を察すると、皆は声をかけられなかった。
仲間を裏切り、敵に頭を下げ・・・。 おまけに、自分がいつまで生きられるかも分からない・・・。
セレナは下を向いていたが、やっと彼が去っていく事に気づき、大声で叫ぶ。
「ちょっと! もう一個質問が! 何であんた達は、あたしを狙っていたの?
何であたしが、ロキを封じるために必要だったの?! ねぇってば!」
その質問に答える声は無かった。 先ほどまで聞こえていた、彼の靴底が床を叩く音も聞こえなくなっていた。
しかし、目的が明確になった。 時間が無い。 一行は凍える体に鞭打って、ニニスの神殿を後にした。


47: 第四十六章:久しき故郷:06/04/15 20:02 ID:9sML7BIs
セレナ達はニルスの言葉を信じ、ハスタール王国から竜の門を経て、エレブ大陸へと戻った。
そのまま何処へも寄らず、クレリアに行き先を指示しながら、砂漠にあるナバタの里を目指す。
「クソ寒い次はクソ熱いかよ。 体がどうかなっちまいそうだぜ。」
クラウドが早速弱音を吐く。 確かに、先ほどまで魂までも凍りつきそうな極寒に晒されていたのに
今度は血まで乾くかと言うほどの灼熱の地に向かおうとしているのだ。
「それにしても、精霊は大陸を超えて影響しあっているのですね。
イリアが豪雪地帯であることも、それなら説明がつきます。 ニニスの影響だったのですね。 興味深い!」
セレスがまた目付きを豹変させて分厚い本を鞄から漁る。
クラウドがその殺気に近い雰囲気にいち早く勘付き、クレリアの背をバンバン叩く。
「お、おい! もっと早く飛べねぇのか!? 全速力だ! セレスが暴れだす前に!」
「うるさいねぇ! 暴れてるのはあんただろ? セレスが暴れるわけ無いだろ。」
その後、クラウドたちのうめき声が聞こえてきたのは言うまでも無い。
茹だる様に熱い熱風に加え、よく分からない気候についての勉強・・・頭が沸騰しそうだった。

ナバタの里の着いたセレナ達は、数人を除いてすぐさま巫女であるソフィーヤに会いにいた。
「うぅ・・・セレスの奴・・・。 ああなると手が付けられねぇよな。」
セレナやクラウドが茹った脳みそでふらふら歩く。
何でこんな世界の危機というときに、勉強なんかしなくてはいけないんだ。
里への突然の来訪者にも、ソフィーヤは取り乱さなかった。
彼女には不安でならなかったのである。
このエレブのどこかで、自分でも見通せないような、邪悪な念が渦巻いている。
しかも頼りのナーガ様は、封印されていてその波動は極めて弱い。 もし、今邪悪な者が世界に這い出してきても
守れるものがいない。 この気配は、ハーフ侵攻などとは比べ物にならないほど、強力な邪気を放っている。
そして、やっとエレブを覆うその邪念を払う光が自分のところに戻ってきたのである。
セレナ達は今までのことを全て話す。 彼女はあまり驚かなかった。 エレブを覆う闇が見えていたからだろうか。
「そうですか・・・。 ところで・・・、あの・・・傭兵さんは・・・? 銀髪の・・・。」
「あいつは・・・あたし達を裏切った。 ベルンの最高幹部の一人だったんだって。」
セレナが複雑な思いでナーティのことをソフィーヤに伝える。
ソフィーヤは下を向いて少し悲しそうな顔をしてから、またセレナ達のほうを向いた。
「ところで・・・今回は・・・何を・・・?」
「新たなファイアーエムブレムを作る為に、精霊を開放して周ってるんです。 ソフィーヤさんは、精霊について何か詳しく知りませんか?」
シーナはそのソフィーヤの顔に気付かず、素直に彼女の質問に答える。
ソフィーヤはナバタの里の巫女。 そういった神秘的なことに関してはよく知っていた。
そして、精霊同士の関係をも・・・。
「はい・・・。 知っています。」
「あー、もう。 もっとデカイ声で話せないのかい!?」
イラつくクレリアを何とかアレンが抑える。 本当にそっくりだ。
確か、クリスもソフィーヤにもっと大きい声で話してくれと言っていた。
「里の祭壇には・・・炎の精霊ファーラが・・・祭られています。
にも拘らず・・・ここが水を多く湛えるのは・・・ファーラと・・・氷の精霊ニニスが大変仲が悪く・・・
彼らが・・・喧嘩をしたときの・・・名残だと言う事です・・・。」
炎と氷・・・相反する力。 仲が悪い事も何となく理解できる。
それにしても、ニニスの力は相当強いものであるようだ。 今尚炎の精霊の下で水を湧かせているのだから。
「そうなんだ・・・。 よぉし、ファーラを開放して一気にファイアーエムブレムを完成させるぞ!」
先程まで暑さでばてていたセレナも、涼しい里の中で元気を取り戻したようだ。
話を聞き終わるとすぐさま剣を腰に差しなおして神殿に走っていく。
「あ・・・セレナさん・・・・。」
ソフィーヤは走り去ろうとするセレナを呼び止めた。
そして、他の面子が向こうへ言った事を確認すると、彼女はセレナの耳元で、もっと小さい声でささやいた。


48: 第四十六章:久しき故郷:06/04/15 20:02 ID:9sML7BIs
「あの・・・あまり・・・傭兵さんを・・・責めないで・・・あげて・・ください。」
「へ? 何て言ったの?」
「いえ。 ・・・やっぱり・・なんでもないです・・・。」
「変なの。 じゃあ行って来るね!」
「・・・。」
聞こえなくてよかったかもしれない。 言っておきたかったけど、彼女に知らせるには悲しすぎる。
ソフィーヤは元気一杯に走り去っていくセレナを無言で見送った。

かつて歩んできた道に、再び戻ってきた。 ナバタ神殿。 砂漠の只中にありながら、豊富な水を湛える神殿。
自分達が初めて、神将器を得る為に祈った場所。 大賢者アトスと会話をした場所。
一行は沈む床に気をつけながら、一番奥の祭壇を目指す。
そこには、前と変わらぬ容で祭壇があった。 ただ違う事と言えば、フォルブレイズが無いこと・・・。
早速アリスが祭壇に向かって何時ものように祈り始める。
「うわ、な、何だ?!」
その途端、祭壇に描かれている魔法陣が見る見るうちに真っ赤になっていく。
石造りの魔法陣が、まるで溶岩のように熱く煮えたぎり始めたのである。
その溶岩から、何かが弾ける様に飛び出してきた。 それは溶岩を回りに吹き飛ばしながら、次第に人の容へと変わっていく。
そして、その祈りに呼応してでてきたのは、いかにも気性の荒そうな性格の女性だった。
ニニスとは正反対に荒々しい。 炎のようにゆらゆらと揺れる短髪は、熱気で逆立ち火の粉が飛び散る。
「誰だい? オレを呼ぶのはさ。」
その女性は、空中で寝転がると、肘を突いて手のひらに頭を乗せる。
その目は血に飢えているかのようにギラギラしていた。 舌なめずりをしながらこちらを見つめている。
「オ、オレ? ・・・女じゃないのかよ。」
カイが少々残念そうな素振りを見せる。 そんなカイの足をクレリアが思い切り踏んづける。
全くこのバカ王子は。 女の見ると目の色が変わる癖は、相変わらず健在だった。
ニニスの神殿からここに来る途中も、ずっとニニスは美しいとか、セクシーとかうるさかったのだ。
ところが、ファーラはカイの思っているような女性ではなかった。
「あぁん? なぁんだい、お前は? 女の自称がオレじゃ、何か不都合でもあるのかい?!」
「い、いえ! 何も不自由ございません! ・・・はぁ。」
かなり好戦的な性格のようだ。 精霊石からセチがでてきて、ファーラの前に現われる。
「相変わらずだな、君は。 美しさも。」
「よ、止しとくれよ。」
「ははは、これもシャレだ。 それより、話があってここに来た。」
セチが向こうで話をしている。 自分達も何かしようと思ったのだが、セチに彼女へ近づくとヤケドをすると言われて、暫く待つことに。
「確かに・・・あの気性じゃ近づくだけで炭にされちまう・・・。」
カイもお手上げだった。 自分のナンパ術が通用しない。
他の面子はもう呆れる事もしなかった。 いつもの事だから。 セレナだけが、未だにナンパされなくてしょ気ている。
クレリアは、ナンパばかりするカイの事を怒っているようだった。
「・・・なんだい。 お前、また人の世界に首を突っ込んでいるのかい。」
「すまない。 しかし、このままでは再び暗黒神が目覚めてしまう。 そうなっては世界の終わりだ。」
「やれやれ・・・仕方ないねぇ。」
ファーラがセレナ達のところへ寄ってくる。 寄ってくることが嫌でも分かった。
どんどん体が熱くなっていく事が分かる。 そばに寄られると、頬が焼けそうに熱くなってくる。
「お前達か、セチの言ってた奴らは。」
「そうです。私達は決して諦めたりはしません。 どうか・・・。」
アリスがファーラの方にひたすら祈りを捧げる。
だが、ファーラは笑いながらその祈りを止めるように皆に言った。
「オレはさ、世界の為〜とか、正義の為〜とか、そんなのどうでもいいんだよ。」
「は、はぁ・・・。」
「オレの力が欲しけりゃ、オレと戦って力を示してみな! オレを倒せたら、手助けしてやるよ!」
彼女は言うや否や、体を起こすと地面に降り立った。 セレナはとりあえず剣を抜く。


49: 第四十六章:久しき故郷:06/04/15 20:02 ID:9sML7BIs
しかし、戦えと言っても、相手は武器を何も持っていないし・・・こんな気性の荒い人が魔道師とも思えないし・・・。
相手は素手に素足・・・。 準備がまだ整っていないのかと思った。 だが、その隙をファーラは逃さない。
ファーラは間合いが開いているにもかかわらず、前方に素早くキックをした。
高速の蹴りは空気を裂き、その空気が彼女の体から発せられる熱によって、
炎を纏った灼熱の衝撃弾となってセレナ達のほうへ飛んできた。 皆は意表を突かれたが間一髪避けた。
自分達に噛み付かんとばかりの勢いで飛んできたそれは、そのまま向こうの壁に当たり、こちらまで轟音と熱風を飛ばしてきた。
よく見ると・・・炎が当ったところの壁が・・・焼けるでは済まずに溶けていた。
「うひゃひゃ! 精々楽しませてくれよ?」
ファーラは手や首をぽきぽき鳴らしながら、こちらを見ている。
おっかない・・・。 素手であんな攻撃を仕掛けてくるなんて・・・流石精霊・・・なのか。
「おいおいおいおい! あんなの当ったらひとたまりも無いぞ!」
カイもあせって剣を抜く。 ファーラが暴れだす前に、彼女のペースになる前に、なんとかしないと。
彼女は地面を滑るように移動してくる。 彼女の足元には、赤く溶けた床が線を描いている。
全身が燃え盛る彼女に触れたら、それこそ大ヤケドではすまない。
ファーラはセレナではなく、カイの方へまっすぐ寄っていった。
そして、素早く正拳を繰り出す。 一回一回のパンチが炎をまとい、向こうにはその熱気弾が飛んでいく。
「ほらほら、ナンパしたいんだろ? してみなよ、こら!」
カイは相手の攻撃をかわすことで精一杯だ。
ぜってーこいつ女じゃねぇ・・・こんな危ない精霊・・・封印したままのほうがいいんじゃねーのか?
カイのところへ皆が押し寄せる。 一気にファーラを押さえ込もうと言うのである。
「てめぇら、邪魔だ、どいてろ!」
しかし、ファーラもそうはさせない。 思い切り地面に拳を打ちつける。
すると、大きな爆発と共に、地面が盛り上がり始めた。
「ホンモノのボルガノンって奴を見せてやるよ!」
彼女がもう一度拳を打ちつけると、今度はその盛り上がりから、一気に溶岩が噴出した。
それに伴う爆発で、あっというも間に吹き飛ばされる。
「うぎゃ!?」
皆アリスのリザーブで何とか立ち上がる。 凄まじい破壊力だ。
相手は荒々しい炎の精霊。 攻撃力がハンパになく高い。 あんなに何度も喰らっていたら身が持たない。
本当に武器を使っていないのかと思うほど・・・強い。 彼女は戦闘意欲の塊だ。
それでも、こちらとて負けるわけには行かない。 勇気を振り絞って相手に近づき、武器で攻撃する。
攻めは強いが、やはりロクな防具もつけていないために守りは紙だった。
一気に攻め立てて、反撃する隙を与えない。
「ちっ・・・。」
攻めているうちはやりたい放題だったが、一旦攻められると彼女も弱かった。
一方的に攻められる。 セレナもこのままならいけると確信していた。 しかし・・・何か違和感が・・・。
「トドメ!」
セレナが剣で相手を突こうと、剣に力をこめてファーラに向かって刺したこんだ、そのときだった。
何か妙な感触がして、肩透かしを食らった。
「!? うわ!」
よく見ると、剣の刀身が真っ赤になって曲がってしまっていた。
ファーラを包む炎や熱い彼女の体が、剣を溶かしていたのだった。 他の者の武器も曲がってしまっている。
「うひゃひゃ、今までよくもやってくれたね? 倍返しだよ!」
彼女は拳を地面にたたきつけて、また爆発を起こす。
皆が吹っ飛ばされると、すかさず彼女は何かを詠唱し始めた。
彼女の渦巻く炎。 巻き上がる溶岩。 とてつもなく大きいエーギルが、彼女を包んでいく。
「ザコはオレの焔で燃え尽きろ! フォルブレイズ!」
彼女の放った炎が、螺旋を描いて自分達のほうへ向かってくる。


50: 第四十六章:久しき故郷:06/04/15 20:03 ID:9sML7BIs
しかし、自分達はもう動けなかった。 ボルガノンだけでも凄まじい威力なのだ。 あんなのを喰らえば・・・。
セレスが覚悟を決め、魔法障壁を張ろうとしたその時だった。
彼の横を、何か背筋の凍るようなものが駆け抜けていった。 それは真っ直ぐフォルブレイズに向かっていく。
フォルブレイズとぶつかったそれは、炎を飲みこまんとするほどの勢いで、湯気を上げそれを貫いた。
そして、フォルブレイズを突き抜けて、後ろにいたファーラに突き刺さる。
「うぐっ・・・。」
「ふぅ、間一髪って所か。」
セレスが後ろを見ると、そこには弓を手にしたクレリアが立っていた。
彼女の放った矢が、ファーラを捉えたのだった。
「オレの炎を止めた・・・? まさか!」
ファーラが刺さった矢を抜いて前を見たときには遅かった。
クレリアはもう次の矢を番えていたのである。 その矢は見るからに強そうな冷気を放っている。
その後ろには・・・やはりあいつだ! ニニスがいた。
「行くよ! フィンブルショット!」
精霊の力を宿した矢が、再びファーラめがけて放たれた。
正確無比な技を持つアサシンの業の前に、身のこなしの軽さも歯が立たない。
そして、自分の炎を消し去る、あの氷が直撃した。
「ぐあ?!」
ファーラは矢の直撃を受けて倒れた。 勝負ありである。
セレナ達は改めて、弓矢の威力を思い知らされた。 それと共に、精霊の力を見事に使いこなしたクレリアに歓喜の声をかけた。
「すげー。 何だよ、今の矢!」
「に、ニニスのお陰だよ。 私は、ただ矢を放っただけで・・・。」
「さすがクレリア! 助かったよ!」
クラウドやセレナに感謝されて、クレリアは何時ものように顔を赤くして照れた。
しかし、あの感覚は初めてだった。 矢に魔力をこめて放つなんて、考えもしてこなかったなぁ。
案外使えるかも・・・。
「ぐぐぐ・・・ニニス、貴様ぁ! どうして邪魔をしたぁ!?」
ファーラが起き上がり、ニニスに食って掛かる。
「邪魔などしていません。 私は、私が認めた者達に力を貸しただけです。 非難される謂れはありませんね。」
「てめぇ、すかした話し方しやがって! オレの遊びに首を突っ込むな!」
「遊びですって?! 世界が滅亡しようかと言う時に貴女と言う人は!」
「うっせぇ! オレは楽しめればそれでいいんだよ!」
一行は精霊同士のケンカを、ただ呆然と眺めていた。
熱すぎる女と、冷徹な女・・・。 炎と・・・氷・・・。 何処までも正反対な二人。
仲が悪いと言うのも頷ける気がする。 女同士のケンカに、セチも手のつけようが無い。
いつまでも見ていても仕方ないので、セレナが間に割って入った。
「ねぇ二人とも・・・。」
「お前は黙ってろ!」
「はい! 失礼しましたぁ!」
二人から怒鳴られ、セレナは早々に尻尾を巻いて逃げ出してしまった。
本当にこの二人仲が悪い。 お互い違う大陸のしかも北と南に眠っていたのも、そのせいで無いかと思うほどだ。
「とにかく! 今は我々四精霊が協力しなければ・・・。」
「黙れ! 誰が貴様なんかと協力できるものか! それに、こいつらはお前の力を借りてオレに勝ったんじゃねーか。
こいつら自身の力じゃねぇ! オレは認めねぇからな!」
「そんなぁ、お願いしますよ、ファーラ様ぁ!」
カイがファーラに泣きついてお願いする。 しかし、そんなカイを彼女はまとっていた炎で黒焦げにした。
「ひ、酷い・・・。」


51: 第四十六章:久しき故郷:06/04/15 20:03 ID:9sML7BIs
黒焦げになったカイはその場で倒れてしまった。
「うるさい! オレはお前みたいなナンパ男を見ると虫唾が走るんだよ! とにかく、オレは認めねぇ。」
「ファーラ、貴女と言う人は!」
「黙れ、ニニス! オレはな! お前と協力するなんて真っ平ごめんなんだよ!」
セレナ達は仕方なく里に戻る。 何と我侭な精霊なんだ・・・。
しかし、ファーラの力が無ければファイアーエムブレムは完成しない。 大人しくトォルを探すしかない。
しかし、皆は疑問を感じていた。 何故、あそこまで協力を拒否したのだろうか。
「ごめんなさいね。 私のせいで、彼女を感情的にさせてしまって。」
ニニスも反省しているようだった。 どうも、彼女を見ると攻撃的になってしまう。
直さなくてはいけないと思いつつも、やはり生理的に受け付けないらしかった。
「ねぇ、なんでファーラはニニスをあんなに嫌ってるの?」
「それは、互いが互いの存在を脅かす存在だから。 どうしても毛嫌いしてしまうのでしょうね。
しかし、今はそんな事を言っている暇では無いですもの。 何としても協力してもらわなければ。」
それは、ニニスが言わなくても、皆がわかっていることだった。
ファーラの力なくして、暗黒神封印は為しえない。 そのためにも、早くトォルを開放せねば。

里に戻ると、そこには思わぬ来訪者がいた。 ニルスの右腕、ミレディである。
「お前は!」
「お前達を待っていた。 リーダーから伝言を預かってきている。
“トォルは西方三島に封印されている” そして、この地図をお前達に渡してくれとのことだ。」
「何で伝言? ニルスは協力してくれないの?」
「・・・リーダーは氷竜だから、熱いのが苦手なのだ。」
その地図には、トォルの封印場所と思しきところに赤色のバツ印がうってあった。
なるほど、確かに西方三島だ・・・って、えぇ!? セレナは思わず声をあげた。
「ちょっと、シーナ、ここって孤児院のあるところじゃないの?」
「ほ、ホントだ。 私達のすんでいたところにそんな神聖な場所があったなんて・・・。」
そのバツ印がついていたのは、西方三島でも選りにも選って、エキドナの自治区内だった。
セレナ達は何か一杯食わされたような気分に陥った。 誰も騙してはいないのだが。
しかし、場所が分かったのだから、迷っている道理は無い。
早速、皆は西方はエキドナの自治区に向けて離陸していった。

船を使えば数日かかるナバタと西方三島を隔てる海も、空を使えばあっという間だった。
セレナは、いや、あの自治区で生活してきた者達は、皆久しぶりの故郷に思いを馳せていた。
アネゴ肌のエキドナに、雷親父のバアトル、“船長”ギースに、厳ついが根は優しいゴンザレス・・・皆の顔が頭に浮かんだ。
皆元気にしているかなぁ。 帰ったら母さんの飯を食べたいし・・・。
ダメだダメだ。 遊びに帰るんじゃないんだ。 あくまで精霊の眠る場所が故郷であるだけだ。
だけど、ほんの少しなら・・・。 故郷への思いが、更なる葛藤を生んでいた。
一面の大海原に別れを告げた。 眼下に荒々しい岩の大地が見え始めてきたのである。
もう少し北上すれば、そこは懐かしい我が家だ。 胸がどきどきする。

「エキドナさん、この荷物は何処に運んでおけばいいんスか?」
「あぁ、そうだね。 暫く使わないだろうし、いつもの物置に放り込んでおいて。」
一方、自治区では、エキドナたちが自治区の開拓に精を注いでいた。
エレブでは各地でハーフが投降し、多くの難民が出ていた。
パーシバルなど、各地のリーダーがハーフを受け入れるように指揮とっているが、そう短期間にうまく行くものではない。
ハーフの多くは、サカやここ西方三島に流れ込んできていた。
かつて迫害していた相手の元に行く事は、人間からすればよくもまぁしゃあしゃあと、と言った感じであるし
ハーフにとって見ても、誰が人間と、と言う感じだろう。
そのお互いの溝を、何とか埋めようと、エキドナやパーシバルは尽力していた。
その努力は、目に見えないほどの大きさではあるが、日々少しずつ成果を挙げてきていた。
先程に持つ運びを指示されていた者もハーフである。
ここの自治区の者は皆、ハーフを受け入れることに反対しなかった。


52: 第四十六章:久しき故郷:06/04/15 20:04 ID:9sML7BIs
“誰もが差別されずに受け入れられる村を作ること”を目標にしていたからである。
世界規模で必要としている事の先駆けとなっているのだ。
「えきどな、えきどな・・・。」
いつものようにゴンザレスがエキドナの周りをうろついている。
まさに大きな子供と言った感じの彼は、エキドナに色々と自分の見たものを教えに来る。
「なんだいゴンザレス。 今度は何を見つけたんだい。」
「そら・・・そらとんでた。」
「何がだい? また竜騎士かい?」
「ちがう。 ・・・う? そう、竜・・・騎士じゃない。」
「?・・・!?」
彼はまだ上を見上げている。 エキドナもゴンザレスの回答が要領の得ないので仕方なく上を見てみる。
上を見た彼女は腰が抜けそうになった。 上空には大きな飛竜がいて、ここに降りてこようとしていたのだ。
周りにいたものは皆距離を開け、斧や鎚、農具などを手にとって武装したり、道具入れの中に隠れたりした。
そこにバアトルが斧を持ってやってきた。
「おのれ! 我らの夢を食い散らかさんとする邪竜め! この漢バアトルが一刀両断にしてくれる! ゴンザレス、来い!」
「お、おれ・・・こわい・・・。 ぐはあ!」
ゴンザレスは悲鳴を上げながら、逃げようとする。 しかしそれをバアトルが許さない。
拳で頬を殴り飛ばすと、胸倉を掴んで怒鳴る。
「この、ばかものがぁ! いいかゴンザレスよ。 こういう怪物にあったときこそ・・・」
「ただいま! バアトルのじいさん!」
「何がじいさんだ! ワシはまだバリバリの・・・おお! おぬし、セレナではないか!」
自分の世界に入り込もうとしていたバアトルも、可愛い孫(?)がいきなり目の前に現われて我に返る。
よく見ると、先程の巨大な飛竜もいなくなっていた。
「ただいま、お母さん!」
「お帰りシーナ。 無事で何よりだ。 で、どうだったんだい?」
シーナが母に飛びつき、今までのことを全て話した。 エキドナは最後まで口を挟まずに、黙って娘の話を聞いてた。
娘達がいい仲間を見つけていることが嬉しかった。 どんなに辛い時でも、仲間がいれば頑張れる。
仲間がいれば、ムリなんて言葉は無い。 現に、ここだって多くの仲間と一から作ってきた。
そしてこれからも。 最初は無理だと言うヤツもいたけど、今では理想郷だなんていうヤツもいる。
この子達も頑張っているんだから、私達ももっとがんばらないとねぇ。 エキドナは話を聞きながら決意を固める。
そして、まだ旅が終っていないことを知ると、甘える娘を嗜めた。
「そうか、じゃあまだこんなところで遊んでる暇は無いね。 さっさとそのトォルとか言うのを開放しないと。」
「それがさ、どうやらこの自治区内なんだよね・・・。 ねぇ、何か祠みたいな、洞窟みたいなものは無い?」
娘の言葉に、エキドナは少し考えてみる。 祠祠・・・。 自治区内にある洞窟・・・。 あ・・・。
「あるにはあるよ。 でもねぇ・・・。」
渋い顔をする母親に、双子は顔をかしげた。

「えぇー!? 何よこれ!」
案内された先は洞窟だった。 だが・・・荷物が積み上げられ、到底中に入れそうに無い。
「すまないねぇ。 いい物置場所だったから使っちゃってたのさ。 まさか精霊を祭る祠だったとはねぇ。」
「お母さん・・・バチが当るよ?」
「知らなかったものは仕方ないだろ? さ、さっさと荷物を運び出すよ。」
「・・・はぁい。」
飛んだ災難だ。 精霊の眠りを覚ます為に故郷に帰ってきたはずなのに・・・。
なのに、何故故郷の物置の整理をしなくちゃいけないんだろう・・・。
愚痴ってもいられない。 暗黒神が目覚めようとしている。 なのに自分達は物置の整理・・・。 何か複雑だ。


53: 第四十六章:久しき故郷:06/04/15 20:04 ID:9sML7BIs
暫く洞窟を掘り進めて行くと、何か小さな箱があった。
さっさと片付けてしまえばよかったのだが、シーナは何か空けてみたい衝動に駆られた。
中に入っていたのは、二つに割れた・・・割ってあるペンダントだった。
しかも、二等分ではない。 四等分に割ってあり、そこにあるのは下の部分二つだけだった。
「これは・・・?」
「あぁ、それはアレンがここに来たとき持ってたものだよ。 こんなところに眠っていたんだね。
あんたたち姉妹で一つずつ。 そして・・・恐らくはあんた達の本当の両親が一つずつ持ってたんだろうねぇ。」
セレナも手にとって見てみる。 自分達の家族の写真が入っていた。
片方に自分、片方にシーナ。 きっとここに無い二つに、両親がそれぞれ映っているのだろう。
バラバラになったペンダント・・・バラバラになった家族・・・そして、ペンダントと同じように、
自分達双子だけは一緒に今も生きている。 セレナは手元にあるペンダントをバラバラにしておきたくなかった。
「本当も偽者も無いだろ? 母さんはあたし達の母さんには代わり無いよ。」
「そうかい。 あんたがそう思ってくれているなら何も言わないよ。 そいつはあんたたちが持っているといいよ。」
「うん。 そうする。」
残り二つのペンダント・・・決して揃うはずも無いが、このペンダントを一つの姿にしてみたかった。
二人はまた、荷物整理に戻る。 セレナもシーナも、お互いは今まで隣にいて当然の存在だった。
だが、そうではない。 いつ離れ離れになってしまうか分からない。
そう思うと、この荷物整理の時間すら、貴重に思えて仕方なかった。

荷物を全て整理し終えると、そこには小さな祭壇が姿を現した。
何十年も手入れと言う手入れをせず、押入れとして使われていただけあって
祠は埃にまみれ、カビも生えてみすぼらしい姿を晒している。
とりあえず綺麗に掃除して、誇りとカビだけでも綺麗に洗い流した。
よく見ると硬い岩盤に文字が彫ってあり、やはりここが雷の精霊トォルの眠る祠である事は疑いようもなくなった。
「じゃあ、みんな準備はいいわね?」
アリスが皆に心の準備の可否を問うた後、いつものように精霊の眠りを覚ます呪文を唱えた。
これが、最後の精霊になってくれ・・・。 皆は心の中でそう願った。
アリスが呪文を唱え終わると、洞窟の中がまた静かになった。 しかし、精霊は現れない。
一行は疑問に思って祠に近づいてみる。 その時だった。
天が眩しく光ったと思うと、一筋の雷電がまさに電光石火の勢いで祠のある洞窟に直撃した。
雷電は洞窟の天井を打ち砕き、洞窟は空へ向かってぽっかり口を空け、洞窟ではなくなってしまっていた。
「く、皆大丈夫か?」
レオンが頭をさすりながら周りを見渡す。
天井を砕くほどの力を持った雷なのだ。 中のものが無事でいられるわけは無い。
天を裂くほどの力に、皆は吹き飛ばされ、洞窟の壁にたたきつけられていた。
「あぁ・・・なんとか。 いてて・・・。」
クラウドが頭に出来たコブをさすりながら祠の方を見る。 そこには、何かいる・・・。
土煙が晴れてくると、そこには、水浸しに土ぼこりをかぶって、
顔中に生えた白髭がぐしゃぐしゃになった老人がいた。 かなりの巨体である。
セレナやシーナの太ももより、腕が太い。 こんな体格で殴られたらひとたまりも無いだろう。
「お前らか! 我輩を埃まみれにした挙句、水を引っ掛けたバカモノは!」
その老人はどうやらお怒りのようだ。 額に血管が浮き出るほどだ。
持っていた斧でこちらを指しながら怒鳴る。
アレンはこの爺さんを、どこかで見た事があるような気がした。
顔中ひげで、カミナリオヤジで、斧使い・・・そうだ、ヘクトル様だ。
彼もかつては天雷の斧を振りかざした、斧の猛将。 やはり、この方は・・・。
「ごめんなさい! あの、貴方が雷の精霊トォル様ですか?」
「いかにも。 雷神トォルとは我輩のことだ。
その雷神の祠を物置に使うとは、いやはや何と言うことじゃ。 おまけに水を引っ掛けられて眠りから覚まされるとは。」


54: 第四十六章:久しき故郷:06/04/15 20:05 ID:9sML7BIs
トォルはひげを絞って水気を落とし、体中の土ぼこりを払いながらシーナの質問に答える。
確かに・・・バチ当りである。 ご立腹もいたし方が無い。
しかし、彼はしっかり謝ると、すんなり許してくれた。
威圧感のある風貌とは裏腹に、物腰は意外とソフトだった。
「それより、我輩に何の用があるのじゃ?」
「世界が暗黒神に飲まれようとしている。 だから、あたし達はそれを止める為に、貴方の力を貸してほしい。」
セレナが、他の精霊にしてきたのと同じように、今までの自分のしてきたこととを説明する、
「何の為に、暗黒神を止めようとしているのじゃ?」
「暗黒神が復活すれば、世界の理は今以上に歪み、正す事ができなくなってしまいます。
私達は歪んだ断りを正す。 誰もが差別されない、生きているだけで尊ばれる世界を作る為に、暗黒神を封じなければならないのです。」
シーナもトォルを必死に説得する。 差別されてから初めて味わったあの惨めな思い。
差別を知らない人たちには決して理解されない。 理解しようともしない。
自分とは違うものを認められない、人の心の弱さが招いた歪んだ世界。
人は現状が誤っているとすら考えない。 それは、自分自身が誤っていると言うも同然だから。
だが、過ちは正さなければならない。 真実を見つめ、過ちを認め、正す心を自分達は長い旅を通して養ってきた。
それを、新たな世界作りに生かすためにも暗黒神を、生きているのではなく、生かされる世界を是とする世界を正さなければならない。
彼らは必死に彼に訴えかけた。 トォルも黙って皆の言葉を聞く。
「・・・ふむ。 セチ、ニニス、お前達はどう考えているのじゃ?」
トォルはセチやニニスの気配を感じ取っていた。 二人は精霊石から出てくる。
「私は、この者達の熱い志を信じました。 慎重になりすぎて時期を逸してはいけませんし。」
ニニスは未だに覚えていた。 自分の心を覆う冷たい氷を解かす、あの熱い気持ち。
人は弱い生き物だ。 だが、弱いからこそ、様ざなことを考え、悩み、そして仲間と共に最善を見出していくのだ。
暗黒神はそうではない。 彼は常に孤独だ。 彼の元では、思考は停止する。 そんな世界は許しておけない。
「私も同感です。 世界に吹く風は、暖かく穏やかでなければなりません。
しかし、現在風は荒れ狂い、そして、暗黒神が降臨すれば、穏やかで暖かい風も、皆を導く光も失われます。
世界を導く光を扱えるかは分かりませんが、ナーガが封印されている以上、
今は我々の力で暗黒神をどうにかするしかないのです。 トォル殿、我々に力を貸してほしい。」
セチの言葉に、トォルも静かにうなずいた。
セチやニニスが認めるならば、ワシ自身が確かめなくても、この者達の力は確かなものなのじゃろう。
意志もしっかりしている。 今回は時間も無い。 一肌脱ぐとするか。
「分かった。 我輩の力を、お前達にお貸ししよう。
だが、我輩の力は強大で余りある。 お前達が力に溺れるような事があれば、お前達が暗黒神と化すことを忘れるな。」
「はい、分かっています。 私達は、力を自分のためではなく、世界の為に使うと誓います。
それこそが、私達の望む道。 望む世界を作る為にがんばります。」
「よろしい。 ・・・ところで、ファーラはどこじゃ? 奴がいなければ精霊石は完成しないのじゃが。」
トォルはアリスの誓いを聞くと、ファーラの気配を探し出した。
しかし、ファーラの気配はかなり遠い。 眠りからは覚めているはずなのに、何故だ・・・。
「ファーラは、私と協力する事を嫌って・・・。 彼らに倒されたのに、それを認めず力を与えようとしないのです。」
「なんじゃとぉ!? あの不良娘め! わかった、ワシが行って懲らしめてやるわい。 お前達は待っておれ!」
トォルはニニスの悲しそうな顔を見て、また頭に血を上らせたようだ。
彼は天に舞い上がると、そのまま南の方へ雷鳴のごときスピードで消えていった。
雷神トォルも開放した。 これで彼がファーラを連れてくれば・・・精霊開放の旅も終る。
ファイアーエムブレムを完成させ、一刻も早く封印の剣を手に入れなければ。
「トォルの開放に成功したようだな。 礼を言う。」


55: 第四十六章:久しき故郷:06/04/15 20:05 ID:9sML7BIs
祠の後ろから声がした。 そこにはニルスとミレディがいた。
「ニルス!」
「遅れてすまなかった。 これ以降の行動を指揮し、部下を各地に送り出すことに手間取った。」
暫くすると、向こうの空が暗くなり、雷鳴が聞こえてきた。 トォルがどうやら帰ってきたようである。
その傍らには、腕でがっちり首を押さえつけられ、身動きの取れなくなっているファーラがいた。
「いてて、痛ぇって、離せよ、このクソジジイ!」
「黙らんか! 皆が結集しようとしているそのときに、自分ひとり勝手な事を抜かしおって!」
「ちぇ、年のクセに血気盛んなジジイだぜ・・・。」
ファーラも渋々協力する事に。 どうやら、トォルには頭が上がらないらしい。
彼の前では、自分の拳も蹴りも、全く通用しないからである。
彼女はセレナ達のほうを睨みつけると、捨て台詞をはいた。
「いいか、オレはお前達にやられたんじゃねーからな!
このトォルのクソジジイがうるさいから、仕方なく協力してやるんだ、感謝しろよな。」
精霊石に、トォルとファーラが光に解けながら吸い込まれていく。
そして、ファーラが精霊石に吸い込まれた瞬間、精霊石は真っ赤に染まり、黄金色の紋章が浮き上がった。
ファイアーエムブレムの完成である。 アレンは確信した。 これは、ロイ様が持っておられたものと同じだと。
「・・・これで、封印の剣を手に入れることが出来るんだな。」
セレナが胸を撫で下ろす。 しかし、ここで終わりなのではない。
ようやく、暗黒神を封じるための足がかりを得たに過ぎないのだ。 早速封印の神殿へ向かおうとした、そのときだった。
何が起こったかわからなかった。 何か異様に強大なエーギルが噴出したような感覚。
だが、次の瞬間、それは巨大な地響きとなって、皆の前に姿を現した。
まるで世界の終わりかと思うほどに大きな地震。 皆は立っていられなかった。
地震が収まると、皆は起き上がり、あたりをきょろきょろ見渡す。 そして、東の空を見上げたシーナが、驚きのあまり、口を手で覆った。
「な、何あれ!?」
シーナが震えながら指差す方向を、一行もあわててみてみる。
皆の視線が東の空に集まったとき、皆は凍りつくような感覚に陥り、腰が抜けそうになった。
東の空は真っ暗になり、地上から暗黒のエーギルが空に向かって渦を巻きながら立ち上っている。
そして、その渦巻きの上には、翼を広げた真っ黒な竜が羽ばたいていたのである。
「な!? 暗黒神! くそ、間に合わなかったか・・・!」
拳を地面にたたきつけて悔しがるニルス。
何としても、暗黒神が封印を破り、地表に現われる前に、彼はケリをつけてしまいたかった。
だが、ベルンではメリアレーゼがとうとう暗黒神を復活させてしまった。
メリアレーゼに暗黒神が光臨する前に、彼女を倒さなければならない。
「間に合わなかったわけではない。 当然のタイミングだ。」
後ろからの声に、動揺していた皆は思わず武器を取ってしまった。
皆の視線の先にいたのは、腕組みをした銀髪の女性・・・ナーティだった。 ニルスが一歩前に出る。
「貴様、何しに来た!」
「お前達が精霊を眠りから開放したから、暗黒神は復活した。
暗黒神復活に必要な最後の鍵。 それは精霊による結界の解除だったのだ。 分かるか?
ナーガと、四精霊が力を合わせ、暗黒神を封印していた。」
ナーティのもたらした真実に、ニルスは仰天した。
まさか、そんなことが・・・。 しかし、彼女が嘘を言うわけは無い。 それは分かる。
「つまり、四精霊は眠っていたのではなく、結界を張ることに力を注いでいたということだったのか?
そして、我々はファイアーエムブレムを作る為に精霊を活性化させ、精霊の結界を壊してしまった・・・。そういうことか?!」
「そうだ。 ナーガが封印されても尚、四精霊だけでなんとか結界を張り続けていたお陰で、暗黒神は今まで眠っていたのだ。
それを、お前達が開放した。 当然の結果だろう。」
ナーティは淡々と事実を皆に伝えてきた。 何と言う皮肉なのだろう。
暗黒神を封印する為の精霊石を作ると副産物的に、暗黒神を封印から解いてしまう事になるとは。


56: 第四十六章:久しき故郷:06/04/15 20:05 ID:9sML7BIs
しかし、ナーガの力が欠けている以上、四精霊による結界の崩壊も時間の問題であった事も事実だ。
神将器とファイアーエムブレムも、きっと暗黒神へのエーギルの補充と、結界崩壊の為に使われたに違いない。
「メリアレーゼに、暗黒神は乗り移ってしまっているのか?」
「いや、まだだ。 暗黒神は完全には目覚めていない。 だが、時間の問題である事は確かだ。」
ニルスとナーティの会話から察しても、いよいよ時間が無い事は嫌でも分かる。
そして、タイムオーバーになれば、手に負えなくなる可能性があることも示唆していた。
「ところで、貴様は何をしに来た。 ベルンへ攻めに行く我々を邪魔しに来たのか?」
「・・・私は、世界が平和になるのなら、それ以外に何も望まない。 私に、世界を救う資格などない。
メリアレーゼを止めたければ・・・お前達が何とかしろ・・・。」
投げやりなナーティの言葉にニルスが激怒する。
仲間であったから尚更、彼女の性格は分かっていた。 世界の平和を誰よりも望んでいた彼女の性格を。
「ふざけるな! お前の行動一つで、世界が救われる。 まだ分からないのか!」
「私が行動を起こせば・・・皆が苦しむだけだ。 もうあんな思いは・・・うんざりなのだ。」
こんな切羽詰った状態にもかかわらず、未だに踏ん切りのつかない、不明瞭な回答しかしないナーティ。
話の内容はよく分からなかったが、セレナはナーティが悩んでいる事だけは分かった。
「なぁ、ナーティ。 あんたも分かってるんだろ? メリアレーゼのやり方が、平和をもたらすわけではないと言う事を。」
「寝言は寝てから言え・・・。 私はメリアレーゼ様を信じている・・・。」
「嘘だ。 だったら、ここに来てこんな話をするわけ無いよ。 それだけじゃない。
あんたは再三あたし達の前に現われて、あたし達を正しい道へと誘うかのように、助言をしてくれた。
敵なのだからすぐに殺しても良かったはずなのに。 あれは、あたし達に協力してくれていたんでしょ?
何か理由があって、あたし達とは行動を共にしてなかっただけなんでしょ?」
セレナの目が、真っ直ぐにナーティの目を見つめる。
二人の蒼い瞳が、一直線に互いを見つめ合っている。 その真っ直ぐな目を見ると、自分を責めたくなってくる。
「そんなことはない・・・!」
「あたしはあんたの弟子だ。 師匠が悩んでくる事ぐらい分かる! 自分の気持ちに嘘をついているのが見え見えだよ!
あんたは昔言ってた。 自分は諦めた人間だと。 過ちは正せるよ。 今からだって遅くない!
諦めるなんて、逃げてるだけだよ。 立ち向かおうよ!」
「く・・・っ、黙れ! お前に何が分かる!」
剣を抜いたナーティの目が据わっている。 その目は明らかに追い詰められている。
このままでは不要な戦いをしなくてならない。 ニルスは最後の策に出た。
「!?」
「ナーティ、ナーガを開放しろ! 言う事に従わなければ、こいつの命は無い!」
ニルスが大剣をセレナの喉元に押し当てて、ナーティを脅迫する。
皆は気が動転していた事もあり、事態をうまく飲み込めなかった。
しかし、一番この状況を理解できなかったのは、人質にされたセレナ本人だった。
何故、自分を人質にすると、ナーティが言いなりになるのか・・・それが分からなかった。
「・・・勝手にしろ!」
ナーティはそのままワープして消えてしまった。 機を逃し、剣をセレナの喉元から離すニルス。
「あいつめ・・・この期に及んでまだ恐れているのか・・・!」
大剣を地面に思いきり叩きつけて憤りを露にする。
「ニルスさん、酷いよ! 姉ちゃんを殺そうとするなんて!」
「すまない。 あの時はこうするしかなかった。」
シーナに責められて、仕方なくニルスも謝る。 しかし、そんな事をしている暇はない。
レオンが飛竜にまたがりながら、未だに呆然とする皆に叫んだ。
「何をボーっとしている! 暗黒神復活まで時間が無いのだ。
早くベルンへ行き、封印の剣を手に入れなければ! セレナ、急げ!」
「お、おぅ・・・。 そうだ、そうだね、行こう!」
セレナは未だに胸につかえる疑問を拭いきれないまま、一路ベルンへ向けて旅立った。 母達に別れの言葉もかけずに・・・。
しかし、エキドナは旅立っていく娘達に手を振っていた。
「信じてるよ、私の大事な“娘”達。 悪さをする奴はバーンとぶっ飛ばしておいで・・・!」


57: 第四十七章:暗黒邪神ロキ:06/04/29 13:12 ID:E1USl4sQ
ベルンへ急ぐ一行。 目的地に近づけば近づくほど、邪悪なオーラが濃くなっていく。
最後には串刺しにされんばかりの流れになって、吹き飛ばされそうになるほどだった。
「あれが暗黒竜・・・なんて大きさなんだ。」
声を失うほどに、敵の存在は大きかった。 その大きさは近づくにつれ脅威へと変わっていく。
「大きさなどまやかしだ。 暗黒神はもはやエーギルだけの存在。
召喚士が召喚し、、このエーギルを体に取り込むことによって、暗黒竜はその召喚士を暗黒神とする。
つまり・・・メリアレーゼを倒せば、まだ暗黒神は目覚めないと言うわけだ。 急ぐぞ。」
ニルスの目が、真っ直ぐにベルンに向かっている。
かつての同志を、この手で倒さなければならない・・・。 本当はしたくないが、しなければ世界は終わりだ。
ベルンにはまだ、メリアレーゼのほかに、その右腕エレンと、大将軍グレゴリオ、そして大賢者アゼリクスが残っている。
更には、その思惑が全く分からないナーティ。 ベルンの中枢幹部が、自分達を待ち受ける。
皆はベルンとの最後の戦いを決意していた。

封印の神殿に到着すると、セレナは封印の剣を手に入れるべく、ファイアーエムブレムを手に封印の間まで走った。
それを皆は走って追いかける。 ニルスたちも歩いてあとを追う。
封印の間には、あの時と変わらずに一人立っている封印の剣があった。
一回目に来たときは、メリアレーゼに妨害されて抜けなかった聖剣。 しかし今回はファイアーエムブレムもある。
封印の剣を目覚めさせる鍵があるのだ。 セレナは急いで柄にファイアーエムブレムを埋め込むと、剣の柄を握る。
お願いだ・・・今度こそ、あたしの手中に・・・!
・・・聖剣はびくともしなかった。 どんなに力をこめて引き抜こうとしても、封印の剣は台座から動こうとしなかった。
「な、何故?! 何故封印の剣は抜けないの?!」
セレナは座り込んでしまった。 全てが揃ったはずなのに、何故・・・。
「ふふ・・・万事休すと言うわけですね。」
そこに現われたのは、メリアレーゼとエレンだった。
彼女らは、抜けなくて当然だと言うような面持ちで、こちらを見下ろしている。
「メリアレーゼ・・・!」
「ニルスですか・・・。 貴方は私の旧友と言う立場を利用して、よくもまあ、散々好き勝手にやってくれていましたね。
私もうかつでしたよ。 仲間を信じるとこうなってしまうのですね。
私の野望達成に、もう仲間など必要ないということがよく分かりましたよ。」
「黙れ! お前は変わってしまった。 私の知っているメリアレーゼは、貴様のような悪魔ではない!」
ニルスは銀製の大剣を鞘から引き抜き、いつでも切りかかれる体勢を作る。
セレナ達も武器を取った。 まだ相手は暗黒神が降臨していない。 今なら勝機はある。
「ふふ・・・我が野望の達成も、もうすぐです。 こんなところで邪魔をされては困ります。
どの道・・・貴方達は新しい世界には必要の無い者・・・。 この場で消えてもらいましょう!」
メリアレーゼはマントを脱ぎ捨てると、漆黒の翼で宙に舞い上がった。
エレンもそれに続いて魔道書を取り出す。 封印の間が、戦場と化した瞬間だった。
「ニルス殿、エレンのほうを頼みます!」
旧友を殺める事は出来ないだろうと思ったアレンは、ニルスに声をかけた。
ニルスもその思いが伝わったのだろうか。 本当はあの悪魔を自分で仕留めたいが、自分を最後まで抑えられるどうか分からない。
「承知した。 ミレディ、後に続け!」
ニルスが先陣を切り、エレンに向かって切りかかる。
それにレオンやクラウド、セレスも続いた。
「ミレディ殿、同じベルン竜騎士として、恥の無い戦いをしよう。」
「私もその気持ちは同じ。 行くぞ!」
空中からエレンを、ミレディとレオンの鋭い牙が襲う。 しかし、相手は槍を見切っているかのように避けてくる。


58: 手強い名無しさん:06/04/29 13:16 ID:E1USl4sQ
ミレディにとっては、かつての同志。 ギネヴィア様をお守りしていた、これからもしていこうと誓い合った仲間。
それが・・・いつの間にかハーフに体を乗っ取られ・・・彼女は心を失った。
もはや彼女の目には、昔のような優しさは無い。 自分の事も・・・忘れてしまっているのだろうか。
「神の慈悲をお受けなさい! ルーチェ!」
エレンはかつての仲間である自分に、容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
・・・自分も攻撃しているのだから当然か。 しかし、何度経験しても、かつての仲間と戦うのは気分が悪い。
それが、友情を育んだ同志なら尚更だった。 本当は戦いたくない。 だが、彼女もこんな事は望んではいないはずだ
「ミレディさん、貴女は忠誠心のない人ですね。
主命に背くばかりでなく、国家簒奪を狙う組織に与するとは。 騎士の誓いが聞いて呆れますよ。」
ルーチェを避けて反撃しに来るミレディをエレンが嘲り笑う。
騎士として、恋人や弟に恥じない生き方をしていきたいと願ったミレディ。
自分の信念を馬鹿にされて、黙ってはおられない。 エレンがこんなことをいうわけが無い。
「黙れ! 私はギネヴィア様に仕える騎士。 世界の破滅を目論む様な者に仕えた覚えは無い!
私の行いが正しいか、正しくないかは・・・私を信じてくれた者が後に裁いてくれる! 行くぞ、トリフォンヌ!」
彼女は一番の“友”に声をかけ、突撃する。 自分を信じ、今までずっと一緒に戦ってきてくれた飛竜。
彼もまた、自分を裁いてくれるだろう。 もし、自分の歩もうとしている道が誤った道ならば。
エレンも大事な親友だ。 それをこんな事にしてしまったメリアレーゼが憎い。
彼女はメリアレーゼに利用されている。 その呪縛を早く解いてあげなければ。
「マジックシールド!」
エレンの強烈な光の超魔法を、セレスが魔法障壁を竜騎士達に張って防ぐ。
竜騎士は直接戦闘の雄だ。 だが、弱点を突かれるとコロッとやられる脆さも兼ね備えている。
魔法も弱点の一つだ。 セレスは攻撃より、仲間のフォローに回っていた。
理魔法は、相手の使う光魔法に相性が良い。 だが、戦いは一人でするもではない。
自分が今、何をすることが、勝つ事につながることか。 彼は常に考えて行動していた。 攻撃だけが、勝つ為の手段ではない。
地上では、ニルスが大剣を振り回し、エレンを容赦なく攻撃する。
ニルスはミレディとは違った。 かつての仲間と言っても、ベルンの仲間は仲間ではなかった。
いずれ倒すときが来る。 そう彼は考えていた。 容赦は全く無い。
「ニルス・・・この裏切り者め! メリアレーゼ様の絶対の信頼を受けながら裏切るとは、この異端者め!」
「お前の仕えている女は、私の知っているメリアレーゼではない!
私は、彼女と誓ったのだ。 世界を、種族を超えて共存できる理想郷にしようと。 私はその誓いを貫いているだけだ!」
ニルスの大剣がエレンを捉えるが、魔法障壁によって防がれてしまう。
「うおぉぉっ」
地上から攻めているのはニルスだけではない。 クラウドが馬を全力疾走させ、渾身の力でエレンに槍を突き刺す。
その力任せの攻撃は、簡単に相手に防がれてしまっているが、その反動でエレンもよろけていた。
「何という力任せの攻撃だ・・・。 こっちにまで槍を向けるなよ?」
ニルスが魔法障壁で弾かれた槍の穂先を避けながら怒鳴る。
しかし、あれだけのスピードで駆け抜けて、相手にあてる事ができるのだから、腕は確かなのだろう。
クラウドとは対照的に、レオンは正確な技で相手の急所を狙っていく。
飛竜とのコンビネーションのよさは、ミレディにも負けてはいない。
しかし、相手の体に当てる前に障壁で槍を弾かれてしまうのでは、自分の技も意味が無い。
なんとか策が無いかと頭を働かせる。 こういうときこそ、冷静にならなければならない。
危機に陥った時、それを挽回できるか否かは、腕よりも冷静さを保てるかどうかだ・・・。
育ての母マチルダから教わった言葉を思い出す。 相手の攻撃を避けながら、弱点を探す。
「くそっ、あの竜石さえ砕いてしまえれば・・・!」
ニルスが下の方で苛立ちを顕にしていた。 自分の攻撃が全く通らない。
いくらセレスが回復などの杖を振ってくれるといっても、それには限度がある。 いつまでもこう着状態を続けては置けない。


59: 手強い名無しさん:06/04/29 13:16 ID:E1USl4sQ
レオンが冷静に様子を見る。 自分の将は、相手の将の攻略にかかりきりだ。 ここは自分で判断を下さなければ。
クラウドがまたエレンに突撃していく・・・やはり槍を障壁で弾かれて・・・
凄まじい力なのだろう。エレンがふらついている・・・。 !! そうか、これだ!
「ミレディ殿! クラウドと協力して、一気に相手に突撃を仕掛けましょう!」
「協力して突撃?」
「そうです。 三人一気に突撃をして、相手を吹き飛ばすんです。」
クラウドにもレオンは策を知らせる。 クラウドは思い出していた。
前にもあったな・・・自分が切り込み隊長・・・囮と言った方が良いか。
囮となって、相手のフォーメーションを崩そうとしたことが。 ・・・マチルダ戦だったか。
「よぉし、セレス、俺達にありったけマジックシールドを張ってくれよ!」
「重ねがけしても効果は無いですが・・・全力でやりますよ!」
セレスは地面に魔法陣を張り、魔道書を開いて詠唱を始めた。
それを確認すると、三人が地空両面から、エレンに向かって突撃をする。
「ははは、血迷いましたか? 我が光の波動ルーチェの前に、貴方達の力任せの攻撃など・・・!」
エレンも詠唱を始める。 撃ち漏らしの無いよう、じっくりひき付けてから、自分の超魔法でチリにしてくれる。
至近距離で放てば、魔法防御の低い騎士などあっという間だ・・・。
互いの距離がどんどん縮まる。 飛竜も馬も、主を信じて、自分を食らおうとする光に向かっていく。
「さらばです! 新しい世界には、必要ない者達よ!」
エレンがありったけの魔力で、ルーチェを放った、そのときだった。
「偉大なるエミリーヌ神よ。 今こそ御神の光で彼の者達を守り給え! マジカルシェル!」
セレスが詠唱を完了させ、突撃した三人に守りの大魔法をかけた。
失われた聖魔法であるそれは、長年セレスが研究していたもののひとつだった。
聖なる守り手に守られた三人が、ルーチェを突き抜けてエレンに向かって一直線に牙を剥いていく。
「バ、バカな。 あんな聖魔法をどうやって!? くっ!」
三人の突撃を、一気に魔法障壁で受け止める。 槍が障壁を貫通する事はなかった。
しかし、いくら魔力が高く、障壁を厚く張ることが出来ても、それを支えるのは生身の体である。
エレンは突撃の衝撃に耐えられず、吹っ飛ばされてしまった。
「この機会を逃すものか!」
そこをニルスは見逃さない。 大剣を局所に大きな衝撃を与えやすい大斧に持ち替えて
仰向けに倒れたエレンの胸に渾身の力でそれを振り下ろした。 ・・・何かが砕け、透き通った音がした。
それは、エレンの胸元に埋め込まれていた改造竜石が砕けた音だった。
ニルスはかつてから、エレンについてはミレディから人となりを聞かされていた。
だから、彼女が改造竜石によって、メリアレーゼの操り人形になっている事は容易に想像がついていたのである。
竜石を砕かれたエレンからは、殺気立った目付きが消え、元のおっとりとした表情に戻った。
「ミレディさん・・・! 私・・・私!」
彼女はミレディに泣きついた。 彼女は今までずっと、心の中で叫び続けていたのである。
止めてくれ、こんな事を主は望んでいない、と。
だが、気持ちと体の動きが連動してくれない。 改造竜石に乗っ取られた体は、どんどん世界の理を曲げようと行動していた。
彼女はずっと、それを見ているしかなかった。 いつか、自分を止めてくれる者が出て来てくれるのを信じて。
例え、その者が自分を殺めようとも・・・。 いや、殺めてほしかった。
いくら自分の意志ではないにしろ、こんな事は、主も神も許しては下さらないだろうから。
「エレン、落ち着いて。 ・・・よかったわ。 貴女が元に戻ってくれて。 落ち着くまで、私の傍に居た方がいいわ。」
ミレディも親友の様子を気遣う。 それを見届けた二ルスは、残りの三人に、大斧を振り上げながら叫んだ。
「まだ、終っては無い。 真の戦いはこれからだ。 メリアレーゼを止めるぞ!」


60: 手強い名無しさん:06/04/29 13:17 ID:E1USl4sQ
一方、メリアレーゼと対峙したセレナ達は、やはりあの暗黒召喚魔法に手を焼いていた。
どうしても、あの魔法を受けると、体が動かなくなってしまう。
いくら魔法防御に優れていても、ハーフ達の怒りや怨念の塊の前では、それも全く歯が立たない。
「行くぞ! ダークマトリクス!」
再び闇の最高位魔法が、セレナ達を襲う。 この、何ともいえない苦しみ・・・。
激痛は勿論のこと、心の奥から恐怖がこみ上げてくる。 耳を澄ますと、ハーフ達の声が聞こえてくるのだ。
苦しみや悲しみ、妬みや恨み・・・そういった負の声が、一斉に耳に飛び込んでくる。
「貴女達には分からないでしょうね! 私がどれだけ悩み、苦しんできたかを。
その魔法によって受ける苦しみなど、私の受けてきた苦痛に比べれば何とも無いレベルですよ!」
メリアレーゼは攻撃の手を緩めることなく、更に詠唱を始める。
セレナは魔法に対する防御態勢をとりつつ、何とか彼女を説得しようと試みる。
「分かるよ! あんたの日記、見させてもらった。 あんたがどんなに苦しみ、そして悩みぬいたか、よく分かった。」
「では、私の邪魔をしないで欲しいですね。 もう少しで、世界は平和になる。」
「でも、だからって暗黒神を召喚して、世界が平和になるわけじゃないよ!
平和って言うのは、人々が希望を、夢を持って生きられることだよ。 ただ生かされている世界なんて、平和とは言わないよ!」
平和とは何か・・・。 その問いに、正確な解答を与えられるものは少ない。 いや、いない。
むしろ、正確な解答そのものが存在するかどうかも定かではないのかもしれない。
だが、一つだけいえることがある。 事実が覆い隠され公にならないと、一見平穏に見える事がある。
しばしば、人々はその表面だけを見て、平和だと言って現状に疑問を抱かないことがある。 
この“見せ掛けの平和”こそが、メリアレーゼを追い詰めた最大の原因であった。
見せ掛けの平和、歪んだ常識という色眼鏡のせいで、目の前に横たわっている重大な問題に気がつかない。
そして人々は、“平和な”世界を脅かそうとする、目の前の問題を指摘して世界を変えようとする者を異端者と恐れたのである。
自分とは違うものを容易に受け入れられない人の性とも言うべき、心の弱さ。
メリアレーゼは、それに耐えられなくなってしまったのだった。
「メリアレーゼさん、私も差別の無い世界が欲しい。 生きているだけで互いが尊ばれる世界が欲しい。
皆が笑いながら、手を取り合う世界が欲しい。 どれも、メリアレーゼさんが目指した世界と同じだよ。
でも、今貴女がしようとしている事は、差別はなくなるかもしれないけど、他のどれも達成できないよ。
生かされているだけで、尊ばれるのは暗黒神だけ。 皆は闇に支配され、泣く事はあっても笑う事は無い。
手を取り合うとすれば、暗黒神に対抗する為・・・。 そんな悲しい世界は、私は嫌だよ!」
差別された思いを、誰よりも強く知っているシーナ。
彼女は仲間の誰よりも、差別されない世界を欲していた。 しかし、それだけが叶っても、悲しい連鎖を断ち切る事は出来ない。
それ以前に・・・暗黒神の元の平等が約束されるといっても、その暗黒神の下でまた差別が起きないという保障はない。
「貴女は同族でありながら、差別を受けながら何故そこまで耐えられる?」
メリアレーゼの問いにシーナは無言で答えた。 その視線は仲間に注がれている。
自分を理解してくれる仲間がいるから・・・悩みを打ち明けられる仲間がいるから、自分は耐えられてきた。
差別をはじめとするこれらの問題は、表面だけを工夫しても、内から直さなければ正す事の出来ない問題だ。
どこかを修繕すれば、無理が生じて必ず他の場所で癌が発生する。
まるで、水漏れを直そうと、ナットを締めたら、他の部分から水が漏れ出すように。
人々の心の弱さを・・・何とかしなければならない。
その為にも、他を愛し、認め合うと言う、生き物としての根本を見つめなおす必要があった。
それを説いて周り、カイは世界宗教の最高師範として、神の教えを説くのだ。 ナーガの「人を愛せ」という教えを。
「オレ様、これからはハーフも人間も竜も、皆種族の壁を越えて愛し合おうと世界に向かって説いていくつもりだ。


61: 手強い名無しさん:06/04/29 13:18 ID:E1USl4sQ
あんたもこんな事は止めて、オレ様に協力してくれよ。」
「カイザック王子・・・。 貴方が・・・貴方がしっかりしていれば、ハーフ差別はここまで酷くならなかった。
肝心な時に何もしない最高師範の言う事など、誰が信用できる。
苦しんでいる者を見捨ててみて見ぬ振りをしていた貴方が今更何を言っている。 もはや手遅れなのですよ!」
確かに・・・オレ様がしっかりしていれば・・・。 だが、二度と同じ過ちを繰り返さない為にも、暗黒神復活は止めなければならない。
閉口してしまうカイを助けるように、後衛であるアリスが前に出てきて、祈るようにメリアレーゼに語りかけた。
「手遅れではありません。 今からでも十分過ちは正せます。
諦めたら、そこで更生の可能性は絶たれてしまいます。 貴女は稀に見る賢者であったと聞きます。
今一度、人の為にその力を使うように考え直してはいただけませんか!」
アリスを守るように、アレンとクレリアが前に出る。
メリアレーゼとて、最初は自分達と同じ手法で平和を模索していたのだ。
話し合えば、きっと分かってもらえる。 戦わずして暗黒神の復活を阻止できるなら、それに勝る勝利は無い。
ロイ様も仰っておられた。 同じ勝ちの中にも勝敗があると。
誰かを犠牲にして為しうる勝利は、本当の勝利ではないと。 犠牲のない勝利が一番だと。
「でもさ、このまま暗黒神を降臨させちまったら、嫌でも殺し合いをさせられるんだろ?
憎しみあわせ、殺し合わせる。 それに生き残ったものだけが、ロキの正当な臣下になるって。
・・・自分の意志に反して、人を苦しませたり、悲しませたりすることが正しい世界なんて私は嫌だね。」
「メリアレーゼ殿、貴女とて分かっておられるはずだ。
暗黒神を蘇らせることが、貴女の理想とした世界を作ることには繋がらないと言う事を。
どうか早まらずに、もう一度理想を目指して戦ってください!」
皆の言葉を、メリアレーゼは暗黒魔法の詠唱を止めて聞いていた。
セレナ達の言い分は理解できる。 自分だって昔はそう考えていたのだから。
だが・・・。 もはやもうその道に戻る事は出来ない。 私は気付いてしまったのだ。
「メリアレーゼ、どうか分かって!」
「お願いします! 他のハーフも、きっとこんなやり方望んで無いよ。 少なくとも私や兄ちゃんは望んでない!」
「私は・・・この体に流れるハーフの血・・・いや、人間の血も、竜族の血も、何もかもを恨みましたよ。
いや・・・心の弱い人その者を恨みました。 私はもはや、同族のために行動しているわけではない。
どんなに現世を変えようと、人に卑しき心がある限り、再び悪夢は蘇ると言う事を。
そんな気休め程度の正義に振り回されるなら・・・いっそ滅んでしまった方がいいのだ!」
セレナやシーナの最後の願いも虚しく、メリアレーゼは再び詠唱を始め、暗黒魔法を放ってきた。
「お前達も、神の苦しみを味わう前に死ねる事を嬉しく思うのだ! はは・・・はははは!」
彼女の暗黒魔法が、セレナ達一行を飲み込む。 もう・・・戦うしかない。
彼女を説得する事は、やはり無理だった。 諦めるのはいやだが、時は一刻を争う。
悩んで事をし損ねて、それで後悔する事だけはしたくない!
「セレナ、ファイアーエムブレムを使え!」
向こうからニルスが走り寄ってきた。 レオンやクラウド、ミレディ・・・その傍には泣きじゃくるエレンもいる。
「ファイアーエムブレムを使う?」
「精霊たちの力を借りて、メリアレーゼの闇を払うんだ!」
セレナが言われたとおりに、ファイアーエムブレムをかざしてみる。
すると、目前に迫っていたメリアレーゼの暗黒魔法が、ファイアーエムブレムの放つ魔力にかき消された。
「凄い力を感じるよ・・・。 このエーギル・・・体に流れ込んでくる!」
セレナは体に凄まじい力が流れ込んでくるのを感じた。 自分が自分でなくなるような恐ろしいほどの力。
カイはそれを聞くと、すぐさまセレナのもう片方の手を握り締めた、何か詠唱を始めた。
この呪文は・・・ライトニングスピアだ! いいぜ・・・セレナ、これは凄まじい力だ。
力に溺れてしまうというのは・・・こんな力を目の前にして初めて分かるんだろうな・・・。


62: 手強い名無しさん:06/04/29 13:20 ID:E1USl4sQ
ファイアーエムブレムが光だし、それがどんどん槍の形を象って行く。
メリアレーゼもそれを防ごうと必死に魔法を放つが、自分の闇が、全てファイアーエムブレムに集まる光に飲み込まれていた。
そして、カイが詠唱をし終えた、そのときだった。 形成された聖槍のまわりに精霊たちが現われたのだ。
「我ら四精霊の力を今こそ解き放ち、闇に囚われし彼の者に裁きの光を与えん!」
精霊たちが自分の力を聖槍へ吹き込む。 槍を持ったセレナは、更に強く力を感じた。
「よぉし、カイ、いっくよぉ! ライトニングスピアァッ!」
セレナが精霊の宿った光の聖槍を、渾身の力でメリアレーゼに投げつけた。
メリアレーゼの暗黒魔法を次々に貫通し、そして彼女に迫る。
彼女も魔法障壁を張るが・・・槍はそれを貫く。 彼女は目を見開いて驚いた。
まさか、そんなバカな・・・私の魔法を打ち破るとは・・・。 そんな・・・バカな。
我々の悲しみや苦しみが・・・負けると言うのか。 こんな小娘達に・・・こんな劣悪種相手に!
聖槍はメリアレーゼの胸元に突き刺さり、そこに埋め込まれていた宝珠を打ち砕いた。
それは、かつてゼフィール前ベルン王が所持していた、エッケザックスの柄にはめられていた物だった。
聖槍はメリアレーゼを貫通し、向こうの山に当って凄まじい轟音を立てた。 ・・・山が崩れている。
彼女はそのまま力なく倒れこんだ。 皆は焦って寄って行く。
ニルスはそこで見てしまった。 かつての・・・自分が知っているメリアレーゼの顔を。
「ニルス・・・私はなんて愚かな事を。」
「メリアレーゼ・・・お前、正気に帰ったのか?」
「私は・・・愚かだった。 アゼリクスの口車に乗せられて・・・気付いた時には、私は封印されていた。
貴方達が・・・先程砕いたあの宝珠に・・・私の心は封じられてしまって・・・いたのです。 ごほごほ・・・。」
「もう喋るな。 そうか・・・アゼリクスが全ての手綱を握っていたのか・・・!」
「そうです・・・。 私に・・・エレブ侵略を持ちかけたのも・・・暗黒神復活を吹きかけたのも・・・彼です・・・。
どうか・・・彼を止めて・・・彼は・・・暗黒神を使って世界を・・・ごほごほ。
このままでは・・・世界は闇に閉ざされてしまう・・・。」
メリアレーゼは最後の力で、無二の友であるニルスに真実を打ち明けた。
彼女もまた、アゼリクスの魔術と技術によって、本来の自分を封印されてしまっていたのである。
「セレナさん・・・。 貴女にも・・・迷惑をかけました・・・。
多くの者を死なせ・・・謝って・・・許されることではないですが・・・どうか、ハーフの者達にも、光を・・・
皆が・・・生きているだけで尊ばれる世界を・・・」

・・・皆はメリアレーゼの墓を作ると、墓に向かって祈った。
セレナは、両親の仇を討つ事が出来た。 だが、何か虚しかった。 これで本当に・・・よかったの?
メリアレーゼは、本当に敵だったの? 倒すべき相手だったの・・・? 虚しかった。
一行が彼女の無念を晴らすべく、ベルン城に向かおうとした、そのときだった。
再び大きな地震が起き、ベルン上の上空が暗雲で埋め尽くされたかと思うと、そこへ大きな紫電が降り注いだ。
「な、何が起こったんだ・・・!?」
「しまった・・・! アゼリクス・・・!」
ニルスが唇を噛んだ。


63: 第四十八章:魔王アゼリクス:06/04/29 23:18 ID:9sML7BIs
その時、竜殿では皆が恐れていたことが起こっていたのだった。
「メリアレーゼの魔力が消えたか・・・ふぉふぉふぉ・・・。」
アゼリクスが不気味な笑い声を響かせながら、ヴァロール島のアジトからワープしていった。
ワープした先は竜殿だった。 彼は漆黒のローブを引きずりながら、竜殿の階段を昇っていく。
その昇った先は、暗黒神が眠っていた・・・最初にセレナ達がメリアレーゼと対峙したあの場所だった。
そこには、封印を突き破り、この世に出でて、力を蓄える暗黒神がいた。
アゼリクスは懐から不気味な漆黒の魔道書を取り出すと、足元に魔法陣を描き出した。
「我が名はアゼリクス・・・。 汝の新たな器となる者・・・。
今こそ汝の力を解き放ち、世界の趨勢を御名の下に治めたらん。 我が身を持って、汝の力を世界の理となさん!」
彼は漆黒の魔道書を何度も何度も読み上げる。 読めば読むほど、周りの魔法陣が光りだす。
その光に、ローブに隠れた彼の顔が次第に浮かび上がっていく。 不気味な笑みが照らし出される。

「メリアレーゼ様・・・。」
メリアレーゼにベルン城の守りを任されていたグレゴリオは、主の魔力が途絶えた事にいち早く気づいた。
グレゴリオは無念を覚えながらも、どこか安堵した気分にもなった。
暗黒神を目覚めさせてしまえば・・・この世は終わってしまうかもしれない。
自分は彼女を止める事が出来なかった。 一番彼女を理解していたはずの自分が・・・。
しかし・・・自分の知っているメリアレーゼや・・・その妹姫アルヴィネーゼ様も、
きっとこれでよかったと思っているだろう。 あのときのメリアレーゼ様は、何かにとり憑かれた様な狂気に満ちていた。
わしは、最後までメリアレーゼ様の命を貫こう。
新しい理の世界に、わしら侵略者が生き残っておっては、他のハーフも居辛いであろう・・・。
この責任は、最後まで果たさなければ。 セレナよ・・・いよいよお前達と戦うことになるな。
その時だった。 彼は何か吐き気を催すほどの強烈なエーギルを感じ取る。
「・・・?! このエーギルは何じゃ!?」
グレゴリオは、彼には珍しく、慌てふためいて周りを見渡した。
そして、上空を見上げたとき、彼は自分の目を疑った。 暗黒神にエーギルを送っている者がいる・・・?!
そこには、卵の殻を破らんとする雛のごとく、最後の結界を壊そうとする暗黒神の姿があった。
その下から、何者かにエーギルをもらって助けられながら。
「・・・! アゼリクスか! イカン! ここの守備は任せる。
もし、蒼髪の女剣士が来たら、こう伝えるのだ。 “敵は竜殿にあり”と! わしを竜殿へ飛ばしてくれ!」
「はっ、仰せのままに!」
グレゴリオは配下にベルン城の守備を任せると、僧侶にワープを命じ、ベルン城から竜殿へと旅立った。
重い鋼鉄の鎧を着込んだまま、彼は竜殿の階段を昇っていく。
「わ・・・名・・ア・・・クス・・・。 汝・・・た・・・とな・・・者・・・。
い・・・の力を・・・ち、・・界のす・・・を・・・下・・・らん。 わ・・身を・・・て、
な・・・のち・・・をせ・・さん!」
階段を昇るグレゴリオの耳に、アゼリクスの呪文が聞こえてくる。
上へ昇るにつれ、その声は次第に大きく、明瞭になっていく。 奴は暗黒神を眠りから解くつもりだ。
「我が名はアゼリクス・・・。 汝の新たな器となる者・・・。
今こそ汝の力を解き放ち、世界の趨勢を御名の下に治めたらん。 我が身を持って、汝の力を世界の理となさん!」
アゼリクスの呪文が鮮明に聞こえたその時だった。 上の階から、凄まじい風が吹き込んできた。
それが、心を突き刺すような闇に包まれた風あることがイヤというほど伝わってくる。
階段を上り詰めたグレゴリオが見たものは、筆舌に尽くしがたいものがあった。
閃光が迸る魔法陣の真ん中で手を広げながら詠唱するアゼリクスに、上空の暗黒神がゆっくりと降臨してくる。
そこから吹き出す風に、巨漢のグレゴリオすら吹き飛ばされそうになる。
暗黒神降臨を防ぐどころか・・・近づくことすらできない・・・。
アゼリクスの素顔を、心を覆っている漆黒のローブも、頭部がその強烈な風に吹き飛ばされていた。
彼の顔は、満面の・・・不気味なほど満面の笑みに満ちている。
「アゼリクス、止せ!」


64: 第四十八章:魔王アゼリクス:06/04/29 23:18 ID:9sML7BIs
グレゴリオの制止も空しく風にかき消された。
とうとう、暗黒神がアゼリクスの体に吸い込まれていく。
すでに封印され、エーギルだけの存在となっているロキ。
器となる存在を彼は探していたのだ。 そこに、アゼリクスが降臨のための呪文を唱えた。
彼の体に、暗黒神の力が、今取り込まれたのだった。
ロキがすっかりアゼリクスの体に収まると、周りは何時もの静かなに神殿に戻った。
彼のローブの端が、ゆっくりと地面に降り、彼は広げていた手を下ろすと、高らかに笑いだした。
「はははは! とうとう手に入れたぞ、暗黒神の力を! もうワシを止められる者はおらんわ! ふははは!」
「アゼリクス! 何と言うことを! 既にメリアレーゼ様は倒れた。
わしらは敗れたのだ。 それなのに、お前は暗黒神を呼び寄せて、何をするつもりなのだ!」
グレゴリオが彼に走り寄ろうとする。 だが、アゼリクスから放たれた暗黒魔法に軽く吹き飛ばされる。
この力・・・何という力だ。 ワシがこうもたやすく吹き飛ばされるとは・・・。
「ワシは、ワシの世界を支配する。 世界に光など必要ない。
全てがワシの下に支配され、お互いが憎しみあい、殺しあう。 愚かな劣悪種は滅びる運命にあるのじゃ!
ハーフ以外の種族は必要ない。 ワシに忠誠を誓うハーフのみが、世界に生きることが出来るのじゃ!」
「メリアレーゼ様は・・・そのような世界を望んで暗黒神を呼び出したのではないぞ・・・。」
アゼリクスは、かつての主の名前を聞くと、再び笑い出した。
「メリアレーゼ? ワシは本より奴に従うつもりなどなかったよ?
ふ、あやつもよー働いてくれたわい。 しっかり仕事を果たして死んでいってくれたのじゃからのぉ。
ワシが唯一出来なかった召喚をしてのぉ! 殺す手間が省けたというわけじゃ。 ふぉっほっほ!」
愕然とするグレオリオ。 怪しいとは感じてはいたが、まさか最初から暗黒神の力を欲していただけだったとは。
しかし、さらに放たれたアゼリクスの言葉に、グレゴリオは突き放された気分になった。
「賢者か・・・心優しい賢者とな・・? 笑わせる。 心優しいとは、それはすなわち心が弱いということじゃ。
せいぜいあやつの心の弱さを利用させてもらったわい。 面白いように動いてくれる。
妹を失っただけでああも変わるとは。 ははは・・・。」
「アルヴィネーゼ様は、メリアレーゼ様のたった一人の家族だったのだ。 当然だろう・・・。」
「知っておるよ? まさかあそこまでうまく行くとは思わなかったがのぉ。」
「?! どういうことだ!」
グレゴリオは魔法で吹き飛ばされ、しびれる体を起き上がらせて怒鳴るように訊ねる。
アゼリクスは、そのグレゴリオ・・・かつての仲間に向かって手のひらを広げる。 その手に紫紺の魔法弾を作りながら。
「冥土の土産に教えてやろう。 アルヴィネーゼを殺すように、劣悪種にそそのかしたのはこのワシじゃ! がははは!」
「貴様は・・・! メリアレーゼ様を利用するために、アルヴィネーゼ様を殺したというのか!
全ては貴様の・・・企てだったというのか!」
「そうじゃ。 本当に面白いように皆動いてくれたよ。 優しさとはすなわち弱さなり。
弱さを肯定する世など、本当に楽に操ることが出来るよ。 愚かなり、愚かなり劣悪種共!
人間だけではない。 優しさなどという下らん感情にとらわれる全てのものが愚かであり、劣悪種じゃ!
グレゴリオ! 貴様もワシが理を築く新しい世界では必要ない劣悪種じゃ! 消えうせろ!」
アゼリクスは手に溜め込んだ紫紺の暗黒魔法を、グレゴリオに向かって放った。
避けられない。 何と言う魔力だ・・・。 体が押しつぶされる。 この力は・・・本当に暗黒神が降臨してしまったのか・・・。
「がははは! ワシの名はアゼリクス!
世界の新たな支配者となる者なり! 愚かな劣悪種共よ、ワシが引く新たな理の前に消え失せるが良い! がはははは!」
魔王と化したアゼリクスは、高らかな笑いを竜殿へ残し、魔力をもって宙に飛び上がると、
夕焼けに染まる空の彼方へ、夜の闇に溶けるように消えていった。

静けさを取り戻した竜殿に、再び駆ける足音がこだましてきた。
ベルン城の守備をしていた兵士から、グレゴリオの遺言を聞きつけ、セレナ達が到着したのである。
そこにはもう、暗黒神はいなかった。 居たのは・・・横たわる一人の老兵・・・グレゴリオだった。


65: 第四十八章:魔王アゼリクス:06/04/29 23:19 ID:9sML7BIs
「グレゴリオ将軍! しっかりしてください!」
「おぉ・・・セレナか・・・。 アゼリクスに暗黒神が降臨した。
並大抵の力では太刀打ちすることは出来ぬ・・・。 すまぬ、ワシがおりながら・・・。」
グレゴリオを介抱しようとするセレナに、ニルスも手を貸す。
彼はもう虫の息だった。 アリスとセレスが協力して杖で回復させようとするも、彼のエーギルは回復してこない。
「・・・ニルスか。 すまぬ、ワシがついておりながら・・・。
頼む、メリアレーゼ様が望んだ世界を・・・何とか達成してくれ・・・。
メリアレーゼ様は・・・世界を平和にするために、暗黒神を・・・ しかし・・・アゼリクスは・・・違う・・・。
世界を・・・破滅させるために・・・奴は・・・暗黒神の化身だ・・・。
頼む・・・。 メリアレーゼ様に、平和な世界を・・・見せてあげてやってくれ・・・」
グレゴリオが遺言を残し、静かに息を引き取った。
ニルスは彼の手を強く握り締める。 セレナ達は泣き崩れた。 戦いたくなかった相手。
確かに戦うことはなかった。 しかし、新たな世界作りを手伝うことも、新しい世界を見ることも叶わず・・・。
もう、これ以上の犠牲は出したくないと、何度思ったことだろう。
しかし、自分達は犠牲を食い止められない。 そしてまた、罪もない人々が犠牲になる。
アゼリクスは世界を、人々を滅ぼそうとしている。 これ以上は好き勝手にさせて置けない。
でも・・・封印の剣は抜けなかった。 あの剣がなければ、暗黒神に立ち向かうことはできない。
「ねえニルス! 何で封印の剣はファイアーエムブレムがあったのに、抜けなかったのさ!」
セレナがニルスの前まで駆け寄り、大きな声で訊ねる。
「封印の剣の力の源・・・ナーガが封印されているからだ・・・。」
「どうやったら、その封印を解けるの?!」
ニルスは腕を組みながら、しばらく考え込んでいた。
知らないわけではない・・・。 だが・・・。 それを達成することは困難だった。
「ナーガの封印は、ナーガの力のみぞ開くことが出来る、と言った所だ。」
「なんでもする! ここまでだって色々やってきたんだ!
ナーガの封印だろうがなんだろうが、あたしはなんとかしなきゃいけないんだ!
それに・・・あたしの母さんもナーガの力を賜って、あたしもそれを受け継いだ。
ナーガの力でどうにかなるのなら、あたしを使ってよ! どうなってもいいから! ねぇニルス!」
セレナが泣きつくように、ニルスに懇願する。
その瞳を見ても、ニルスはどうすることもできなかった。 どんなに強いものでも、出来ることと出来ないことがある・・・。
「ナーガを封印した本人。 ナーガの力を持つ者・・・それはナーティだ。
あいつを殺して、ナーガを封印している彼女のエーギルを断ち切らねばならん。
だが・・・お前では、あいつを倒すことは出来ないだろう。」
「バ、バカにするな! あたしはあいつにだって負けない!」
セレナは実力をバカにされて怒る。 しかし、そうではないのだ・・・。
お前の、エリウッド様にも似たその優しさが・・・アキレス腱になるとはな・・・。
ニルスは慎重に言葉を選んで、そして瞑っていた目を開けると、セレナの目をきっと睨み付けた。
「お前は、母親に向かって刃を向けることが出来るのか?
母親を殺すことが出来るのか? お前には・・・そんなことはできないだろう。」
ニルスの言葉に、その場に居た全員が凍りついた。
セレナも、シーナも、アレンも・・・皆、頭の天辺から魂が抜けるかと思うほどに、腰が砕けた。
「ナーティが・・・あたしの・・・母さん?! そんな、そんなバカな!
あたし達を殺そうとして、散々邪魔をしてきたあいつがあたしの母さんな訳ないだろ!」
「そうよ! 私達の母さんは、皆が幸せに暮らせる世界を目指して戦っていたんだ!
あんな、暗黒神に世界を委ねようとするようなことをするわけないじゃない! 私は信じないよ!
母さんを侮辱するようなことは、いくらニルスさんでも許さない!」
「・・・。」
アレンだけは何も言えなかった。 ・・・セレナに厳しかったこと。
封印の神殿で、彼女が言ったあの言葉・・・セレナを任せたぞというあの言葉。
そして、敵でありながら殺さずに、躓く毎に目の前に現れ、正しい道へと誘って来た・・・。


66: 第四十八章:魔王アゼリクス:06/04/29 23:21 ID:9sML7BIs
性格がまったく違う気がするが、ニルスの言葉を否定できなかった。
「私がセレナ、お前を狙ったのは、お前がナーガの封印を解く鍵だからだと、前に言ったな?
それは、お前を人質に取れば、あいつもやむを得ず動いてくるからだろうと考えていたからだ。
いくらナーガの力を賜ったといっても、奴も人。 娘を盾に取られれば身動きが取れないだろうと考えたのだ。」
セレナは何も言えなくなった。 信じられない・・・信じたくない。
ニルスは思ったとおりになってしまい、仕方なく他の者へ語りかけた。
「相手が誰であろうと、奴をどうにかしなければ、封印の剣は手に入らない。
何としても奴を探し出し、殺さなければならない。 相手は神竜の中でも特に力を持っているナーガの化身。
気を引き締めてかかるぞ。」
アレンもしょ気るセレナに声をかけることが出来ず、動揺する皆に指示を出す。
あまりに過酷な運命だ。 自分が守るべき主だが、今はどうしてやることもできない。
「もう陽も落ちて移動するには危険だ。 今日は野宿して明日以降の行動を模索しよう。」
皆は野宿の準備に取り掛かる。 セレナだけは下を向いたまま動けなかった。
そんな姉に、シーナも寄り添う。 気持ちはよく分かる。 自分以上にナーティや母親を慕っていたのだから。
「姉ちゃん・・・。」
「ナーティ・・・何故なんだ。 何故・・・ナーガを封印しているんだ・・・。
ナーティ・・・あんたは本当に・・・あたし達の・・・母さん・・・シャニーなの・・・か?」
「姉ちゃん・・・。 ナーティさん・・・私たちのことを気遣ってくれていたし・・・そうなのかもしれないよ。
でも・・・聞いてた性格とも、容姿も違うし、きっと別人だよ。」
「あたしもそう思いたい・・・。 世界を滅ぼそうと居ていた奴が、あたしの母さんなわけがない。
でも・・・ニルスが、つい最近まであいつと行動をともにしていたニルスが言う事が、嘘とも思えない。」
「・・・。」
否定したくても否定できない。 しかし、認めたくない・・・。
自分達を苦しめ、命を奪おうとしていたあのナーティが、自分の親だなんて・・・。 受け入れられる訳がない。
師匠と慕い、裏切られ、敵と思い込もうと必死に自分の気持ちを整理してきた、その矢先・・・。
向こうで座り込んで落ち込む二人を見、ニルスは更に憤りを確かにした。
「あれだけ案じていた娘達から、ここまで拒まれるとは・・・無様だな、ナーティよ。 ・・・いやシャニーよ。
貴様は・・・どこまで逃げるつもりなのだ。 もう貴様を縛る存在はいないというのに・・・。
娘達も・・・貴様が逃げる姿を望んでいるわけはないだろうに。」


67: 第四十九章:The Dark Knight:06/04/29 23:24 ID:9sML7BIs
その夜、焚き火を囲む皆の雰囲気は最悪だった。 セレナもシーナも、未だに下を向いていたからだ。
いつもはお替りを要求するセレナも、今日は全くと言っていいほど食べていない。
ナーティの・・・母親のことを考えると、食事も喉を通らなかった。
皆もそんな二人に、どのような言葉をかけて良いか分からず、ひたすらフォークを口に運んでいた。
ショックが大きいのは分かる。 まさか敵の最高幹部が、自分の親だなんて。
しかしこれから先、魔王アゼリクスに挑まなければならない自分達が、こんな状態では良く無い。
なんとかセレスが話を作ろうとする。
「今日のシチューは結構美味しいですね。」
「あったり前だろ? 俺が作ったんだぜ? この旅に出るまで、料理なんかした事なかったけど、大分うまくなったぜ。
戦争が終ったらバアトルのオヤジさんみたいに酒場開いてもいいなぁ。」
クラウドが胸を張りながら、戦争の終った後のことを語る。
「騎士になる夢はどうしたんだ?」
アレンが悲しそうな目で息子を見つめる。 その目に、クラウドも焦った。
「そ、そんな目で見るなよぉ。 冗談で言っただけだろ?」
「尤も、こんな味付けが適当では、金を払って食べる気にはならないがな。」
ニルスが手厳しい発言でクラウドを挑発した。 それにカイもついつい同意してしまう。
こいつはからかうと面白い。
「まぁうまいけど・・・。 確かに金を払って食べる気にはならねぇなぁ。 王宮のメシの方がうまいし。」
「あ、あったり前だろ! お前、何と比べてんだ! ニルス! てめぇもバカにしやがって!」
「バカになどしていない。 シチューと言うのはソースが重要で、まず肉を一日かけて煮込んでだな・・・。」
意外な人物が料理について雄弁するのを見て、皆はポカーンと聞き入っていた。
いつも剣や斧を振り回す彼が、料理・・・。 思わず笑えて来た。
「何がおかしい?」
「いや、だってお前がエプロンして包丁を握る姿を想像すると・・・ぷぷっ」
皆も笑い出してしまった。 これには、下を向いていた二人も笑ってしまう。
「あはは・・・。」
レオンが二人の笑う姿を見てよろんだ。
どんな時でも笑っていた二人。 自分達の暗い雰囲気をいつも払拭してくれていた彼女達だから、しょ気ているとこちらも沈んでしまう。
「やはり・・・お前達には笑顔が一番だ。 お前達が暗いと、こちらまで沈んでくる。」
二人も分かってはいたが、受け入れられない現実を前に、どうしても気持ちが沈んでしまっていた。
そんな妹達を、アリスが慰めてやる。
「ごめんね、みんな。 あたし達がしっかりないといけない問題なのに。」
「事情が事情ですもの。 仕方ないわ。 でも・・・私はよかったと思っているわ。」
「アリス姉ちゃん、なんで?」
「だって、貴女達のお母様は亡くなっておられなかったのでしょう?
なら、まだチャンスはあるじゃない。 娘である貴女達の言う事なら、きっと叔母様も分かってくれるはずよ。
あの方だって、世界に平和をもたらす為に戦っていた、八英雄の一人なのだから。」
「そうだね・・・。 メシも食ったし、今日はもう寝るよ。」
セレナは妹を連れて、焚き火から離れて行った。
彼女らが皆と距離を開けたことを確認すると、ニルスが小さな声でぼやいた。
「そううまく行くかな・・・。」
何処までも悲観的なニルスに、クラウドやアレンが反論する。
「どうしてそんなにマイナスの方向にしか考えねぇんだよ!」
「何か・・・心当たりでも?」
「ヤツの心は死んでいるも同然。 お前達の知っているシャニーはもう死んでいる。
今のあいつは、シャニーではなくナーティだ。 感情を失い、考える事を止めたあいつの心に、言葉が届くとは思えん。」
彼女をよく知るニルスの言葉は、実に説得力があった。
となると・・・やはり殺すしかないのか・・・。 セレナ達には二重の苦しい現実だ。
「なんかあの子達かわいそうだねぇ。 なんとかならないのかい。」
クレリアも、どうすることも出来ないことに苛立ちを覚えていた。 親と子が、命を懸けて戦うなんて、あってはいけない事だ。


68: 第四十九章:The Dark Knight:06/04/29 23:27 ID:9sML7BIs
親の大切さを身にしみて知っているクレリアには、目を背けたくなるような現実だった。
「やるだけはやりましょう。 きっとあの子達もそう思っているはずです。 やる前から諦めるなんて言ったら、きっと怒ります。」
アリスにとっても叔母である。 親族を殺さねばならない。 複雑だった。
この満天の星空のように、心の悩みがすっかり晴れて、澄み渡ってくれたらどんなに楽だろう。
しかし、そうなることは、空の星を手で掴む事ができる事と同じくらい難しいことだった。
頑張れば、この手に届かないものなど無い・・・自由だって、必ず手に入れてみせる。
だが、その手にしたものと引き換えに、大切なものを失う。 
自分達の理想は、自分達の母親の命と引き換えに手に入る。 失うものがセレナ達には、あまりに大きかった。

その夜、一番最初に床に就いた二人だったが、一睡もできずにいた。
母親のことを考えると、とても眠れなかった。 今までも何回か、ナーティと命を懸けて戦った。
だが・・・それは敵だったから。 母親と知れた今・・・心の片隅にあった戦いたくないと言う気持ちが徐々に膨らんできていた。
何とか戦わずにすむ方法は無いのか。 母を犠牲にしなくても、世界を救う方法は無いのか。
誰かを犠牲にして得る幸せなど、自分達が望むそれではない・・・。 だが、悩んでいる時間が無い。
アゼリクスが魔王と化した今、各地へ再び魔の手が忍び寄るのも時間の問題だ。
自分が悩む事で、無駄な犠牲がまた出てしまう。 悩んで躊躇い、やり損ねて後悔はしたくない。
どうすればいいんだ・・・!
その時だった。 セレナの頭の中に、不思議な声が聞こえてきた。
「・・・セレナ。」
自分の名前を呼ぶ声だ。 しかし、周りには誰もいない・・・よく見ると、シーナもあたりをきょろきょろしている。
「シーナ、どうしたの?」
「あ、姉ちゃん、起きてたんだ。 今、私を呼ぶ声がして・・・。」
「あんたも?!」
二人は起き上がって周りを見渡す。 しかし、やはり誰の姿も見えない。
「・・・セレナ。 シーナ。」
また声がした。 封印の神殿の方からだ。
二人は意を決し、武器を持ってその方向へ歩いていった。
封印の神殿の方へ行くと、更にその奥から声が聞こえていることが分かった。
二人は肩を寄せ合い、周りを警戒しながら更に奥へと歩いていく。 今日は月がきれいだった。
そして、セレナは思い出の場所に辿り着いた。 そこは、ナーティから月光剣を習った場所・・・。
「セレナ、シーナ。」
今度ははっきりと耳に聞こえる声で、自分を呼ぶ声がした。 見ると、声のする方から誰か歩いてくる。
あの日と同じような、明るい月明かりに照らし出されて出てきたのは・・・。 母さんだった。
「ナーティ! あんたは・・・あんたはあたし達の・・・・!」
「・・・そのことで、話があってここに呼んだ。」
ナーティは懐から、何かを取り出して見せた。 それを見た二人は口から声が出なくなった。
「これで・・・信じてもらえるか?」
それは、二人が西方で見つけた、四つに割れたあのペンダントの上二つだった。
そこには、赤髪の男性と、蒼髪の女性が、目一杯の幸せを顔から溢れさせていた。
「そ、それは・・・!」
シーナが姉の首からペンダントを取り上げて、自分のそれと組み合わせ、下半分だけのペンダントにした。
そして、ナーティが差し出した上半分だけのペンダントと断片をあわせてみる。 ・・・ぴったり合致した。
集まることなど二度とないと思った家族の写真入のペンダントが、今目の前で完成したのだった。
「・・・! じゃあ・・・ナーティさんは・・・私達の・・・お母さん・・・シャニー・・・なの?」
シーナの声が震えている。 予め知らされていても、事実を目の前にすると、やはり信じられなかった。
「・・・。 もう一つ証拠がある・・・。」
ナーティが剣を抜く。 セレナ達は驚いて剣を構えた。
だが、目の前でナーティがして見せたことに、二人は思わず武器を落とした。


69: 第四十九章:The Dark Knight:06/04/29 23:30 ID:9sML7BIs
彼女は、剣を自分の長い銀髪に当てると、それを耳の高さで切り落としたのである。
目の前に・・・姉ちゃんがいる・・・?! シーナは驚いた。
腰まであった銀髪をすっかり切り落とすと、そこにはセレナの姿があったのである。
「セレナ・・・お前と、私の容姿が瓜二つである事・・・それが証拠だ。」
二人はもう、ぐぅの音も出なかった。 本当に・・・この人が自分達の母さんなんだ・・・。
まだ母親とは受け入れられないが、セレナはしっかり事実として受け止めた。
「・・・いつから、あたし達のことに気付いていたの?」
「西方三島で、アレン殿の姿を見たときからだ。 だから、お前達が出兵しようとしたのを止めた。
私と・・・同じ思いをさせたくなかったから。」
「どういうこと?」
「絶望を味わってほしくなかった。 お前達の手は、血に汚れて欲しくなかった。 幸せに・・・暮らして欲しかった。」
シーナは泣き始めてしまった。 だから、自分達を何度も西方に帰らせようと画策していたのだ。
しかし、ベルンに敵対していたはずなのに、何故寝返ったのか分からなかった。
「幸せ?! ふざけるな! 大勢の人々が苦しんでいるのに、何が幸せだ!」
相手が母親であっても、セレナはいつもの態勢を崩さなかった。
「せめて・・・お前達だけでも。 そう思った。」
「世界の平和を目指していた母さんが、そんな事言うわけが無い! やっぱり、あんたは母さんを騙る偽者だな!」
「私も・・・昔は皆が幸せになれる道があると考えていた。 誰も犠牲にならない方法があると信じていた。 しかし・・・。」
ナーティは過去の事を語りだした。 彼女しか知らない。 あの戦争の知られざるその後を・・・。
ロイがアゼリクスに氷竜に変えられてしまった後・・・。

                                           ・・・

「そんな・・・そんな・・・。 こんなことって・・・。 嘘だよね・・・嘘・・・ははは・・・。」
目の前の現実を信じられなくてただ呆然と立ち尽くすシャニー。
そのシャニーへも、ロイがブレスを喰らわせようと大きな口を開いていた。
「ロイ・・・。 本当にあたしのこと、忘れちゃったの? ロイに殺されるなら・・・もういいかな・・・。」
彼女は口を空けるロイの前で、両手を広げて笑って見せた。
恋人に殺されるなら・・・思い残す事は一杯あるけど・・・ロイも一緒なら・・・。
ロイもこの後力尽きて死んじゃうんだ。 天国なら、誰もあたし達の事を邪魔しない。 ようやく二人っきりになれるよ・・・。
ロイの氷のブレスが、自分を直撃する。 魂まで凍り付いてしまいそうな極寒のブレス。
並大抵の人間なら、そのまま骨まで凍りついて死んでしまうぐらいの威力だ。
だが・・・シャニーは死ねなかった。 ナーガの力を得、魔法やブレスに極端に強くなった自分の体は
皮肉にも彼女を死へと至らすには足らないものだった。
「ぐっ・・・。 ロイ、あたしはもう死にたいよ。 これじゃ・・・足りないよ。」
その時だった。 何か目の前の氷竜の様子がおかしい。
口を空けるのを躊躇っているかのように、何か低く唸って苦しんでいるようにも見える。
「・・・シャニー・・・。」
その声に、彼女ははっとした。 ロイの声だ!
「うぅ・・・僕を・・・殺してくれ・・・!」
ロイは自分を殺してくれと懇願する。 竜と化して人の意識を失っていたはずなのに
恋人を攻撃し、殺そうとする自分に、彼は我に返ったのである。
それでも、竜としての破壊の衝動が、今でも強く自分を押し出そうとしている。
「そ、そんなことできないよ! ロイを・・・殺すなんて・・・!」
「お願いだ・・・。 このままでは、多くの罪も無い人を犠牲にしてしまう・・・。
そんなことは・・・死んでも出来ない。 お願いだ・・・こんなことを頼めるのは・・・君しかいないんだ!」
シャニーは手がすくんで動けなかった。 自分で、自分の最愛の人を手にかけるなんて・・・。 あたしだって死んでも出来ない。
ロイがまた竜の意識に囚われて・・・フェレの方向へ向かおうとしている!
もうこれ以上、彼は自分を制止することが出来ないようだった。


70: 第四十九章:The Dark Knight:06/04/29 23:33 ID:9sML7BIs
フェレにあの極寒のブレスを吐かれれば、犠牲者の数は計り知れない。
「お願いだ・・・頼む・・・!」
シャニーは覚悟を決めた。 鞘からドラゴンキラーを抜き取ると、翼を広げ舞い上がった。
そして、氷竜の胸めがけて、一気に急降下しながら剣を突き刺した。
「ぎゃああああ!」
凄まじい悲鳴を上げながら、氷竜が倒れ、地響きが起こった。
シャニーが蒼褪めながら氷竜に近づくと、それはどんどん人の姿に戻っていき・・・最愛の人の姿になった。
ロイはもう殆ど息が無い。 その胸には、ドラゴンキラーが無残にも突き刺さっていた。
「ロイ! ロイ、しっかりしてぇ!!」
自分がやったとは分かっていても、泣き叫んで彼の体を揺するシャニー。
「シャニー・・・泣かないで・・・ありがとう・・・。」
ロイはそれだけ言うと動かなくなってしまった。
大好きな姉も、最愛の人も、自分に殺されて言った言葉・・・ありがとう。 何故なんだ。
何故こんな事になってしまったんだ。 シャニーはロイの手を握り締めて大声で泣いた。
「ロイぃ! いやだぁ、死んじゃ嫌だぁっ! あたし置いていかないでぇ!」
彼女はいつまで泣き叫んでいた。 どうしてこんなことになってしまったんだ。
自分が行動を起こすと、誰かが必ず不幸な目にあう。 自分は・・・生きているだけで罪な存在だ。
世界を救おうとしているのに、それを達成できず、それどころか世界を暗転させる手伝いをしている。
自分なんか・・・いない方がいい。 これ以上・・・自分のせいで犠牲は出したくない。
そうだ・・・ロイのところへ行こう。 今までの罪を死んで購おう。
自分がいなくなれば、自分のせいで犠牲になる者もいなくなるだろう。
セレナやシーナのことが心残りだけど・・・世界を破滅に導いた人間が親だなんて知れたら
あの子達もきっと差別を受ける。 そんな事にはなって欲しくない。
せめてあの子達には、幸せな人生を歩んで欲しい。 アレンさんなら、きっと二人を正しく導いてくれる。
シャニーは泣くのを止めると、何かに憑かれたような目で、ロイの胸に刺さっていた剣を引き抜いた。
ドラゴンキラーなら・・・あたしでも死ねる。 ロイ・・・今から行くからね。
でも・・・あたしは地獄にしか行けないかもしれないな・・・。 それでも、もう生きているのは疲れたよ。
シャニーはドラゴンキラーを自分の喉元に当てた。
さよなら、セレナ、シーナ。 さよなら皆。 さよならエレブ。 そして・・・ごめんなさい、ナーガ様・・・。
しかし、彼女はまたしても死ぬことが出来なかった。 その剣を、すっと取り上げられたのだ。
驚いてそちらの方を見ると、そこにいたのはアゼリクスだった。
「ふぉっふぉっふぉ、お前さんをここで死なせるわけには行かんのぉ。」
「返して! あたしはもう死ぬんだ!」
「ダメじゃ。 お前さんの力は世界の為に必要なもの。
もし、ワシの言う事を聞かないというのなら・・・お前さんの娘達にも、同じような永遠の悪夢を見せることにしようかのぉ。
これはメリアレーゼ様のご命令なのじゃ。 命は大事にしなくちゃいかんぞ? ぐひゃひゃひゃ・・・。」

                                           ・・・

「ロイが竜化させられる直前に、私はロイと一時の感情が元で離れて過ごすことにしていた。
しかし・・・これが・・・この判断が・・・まさかあのような惨事に発展するなどと
誰も予想だにしていなかった。あの時私が、私が・・・。」
自分を責め続けるナーティ。 後悔しても仕方が無い。 分かっていても、その念が拭いきれる事は無い。
つまらぬ感情を持ったせいで、自分は最愛の人を失った。 もう感情など捨ててしまったほうがいい・・・。
感情は判断を狂わせる。 彼女はそう考え、自分の顔から笑顔を消し去った。
ナーティという仮面をかぶって、今までの自分を否定し、消し去ろうとしたのだった。
「あんたはそれで、アゼリクスの命令に従ったのか? 世界を救おうとしてたあんたが!」
セレナはナーティに向かって怒鳴る。 何かやりきれない怒りを感じる。
ナーティのほうは、セレナから視線を逸らすと、蒼白く光る月を見つめた。


71: 第四十九章:The Dark Knight:06/04/29 23:35 ID:9sML7BIs
「私には・・・従う他選択肢がなかった。 私のことで、お前達にまで迷惑をかけるわけには行かなかった。
それに・・・もはや私はその場で諦めてしまっていた。
自分は理想という目に見えないものをあると信じ、人々を扇動していたに過ぎないと。
現に私は犠牲を出すばかりで、何一つ世界を変えられなかった。 ・・・それ以来、私は信じるという言葉が大嫌いになったよ。」
シーナは首を振ってそれを否定した。
「そんなことない! お母さんの考えに賛同してくれていた人が周りには一杯居たんでしょう?
扇動してたなんて・・・。 諦めたら終わりだよ!」
ナーティは、シーナにお母さんと呼ばれ、少し恥ずかしかった。 こんな自分を母親と認めてくれている。
しかし・・・そんな娘に対して自分が情けなかった。 全てから逃げている自分が。
「私は・・・怖くなったのだ。 人の命を背負って生きていくということが。
メリアレーゼも、世界を平和にすると言っていた。 世界が平和になり、お前達も幸せに暮らせるなら
もうそれでいいと思った。」
感情を捨てたつもりで居たが、自分から消し去れたのは喜びと笑顔だけだった。
悲しみ、憎しみ、後悔、そして恐れ・・・。 それらはどんなに捨て去ろうとしても捨て切れなかった。
特に娘の事を考えると、居てもたっても居られなくなった。 彼女らの事を考えなかった日は無い・・・。
そして、消し去ったはずの喜びが、シーナの一言で再び蘇りつつあった。
おかあさん・・・決して呼ばれる事は無いであろうと思っていたその言葉を聞いたときから・・・。
「それからあんたは、ベルンで何をしたんだよ。」
しかし、セレナはまだナーティを母親とは呼ばなかった。 呼べなかったのである。
頭では分かっている。 でも、そうは割り切れなかった。 ナーティは世界を滅ぼそうとした敵。
母さんは、世界を救おうと頑張った蒼髪の天使・・・。
ナーティは、再び過去の事を語り始める・・・。

                                           ・・・
「目覚めましたか?」
気付くとそこはどこかのベッドの上だった。
どうやら私は、あの後心労が重なっていた為か倒れてしまったようだ。
そこはベルン城で、私の前に居たのはベルンの大将、メリアレーゼだった。
「貴女は今日からベルン兵として、私の片腕となって働いてもらいます。
もし逆らえば、貴女の娘達の命は無い。 それを肝に銘じ、存分にその力を私の為に使ってください。
いいですか? 貴女は私の為に剣を振るい、私の為にその血を流すのです。 分かりましたか、ナーガの化身。」
「・・・分かった。」
あのときの私は・・・まるで操り人形のようだった。 平和の為、娘の為・・・。 操られる他無い。
彼女の指先の動き一つで、自分の意志が創られる。 逆らう事は許されない。
「では、まず手始めに、マチルダと共にイリアを奪還してきてください。」
「イリアを・・・?」
私は戸惑った。 姉や義兄が命をかけて守ったイリア。
自分も生涯大切にしようと思ったイリア。 それを奪って来いと言うのだ。
しかし、自分を失いかけている私を、メリアレーゼは言葉巧みにうまく操る。
彼女の言葉を、私は盲目的に受け入れるしかなかった。 
「私達は世界の平和を実現する為に戦っているのです。刃向かう者には容赦はいりません。」
「平和の為・・・?」
「そうです。 その私達には向かうという事は、世界の平和を乱そうとするも同然。 徹底的に潰しなさい。
良いですか? 今までの貴女はもう死んだのです。 貴女は生まれ変わらなくてはならない。
平和の為に、命を捧げる聖戦士として。 平安を乱す劣悪種シャニーは死んだのです。
あなたは新たに生まれた聖戦士。 ナーティ・・・そう、貴女の名前はナーティですよ。」
私はナーティ・・・。 なんでもいいや。 世界が平和になるなら、そして、娘達が幸せに生きることが出来るなら。
もう私はどうなっても・・・。 私は、完全に自分という存在を失ってしまった。


72: 第四十九章:The Dark Knight:06/04/29 23:36 ID:9sML7BIs
自分はただ生かされているだけ。 世界の平和の為の道具に過ぎない。 ただの操り人形。
でも・・・何か肩の荷が下りた気がした。 自分では何も考えなくても良くなった。
指示通りに動いて、言われたとおりに破壊して、命令通りにターゲットを殺す。
そして気付いた時には、エデッサ城へ向かって、渾身の魔力でライトニングスピアを放っていた。
城は崩れ、兵士達は吹き飛ばされていた。 自分が死ぬ気で守ろうとした物を、自らで破壊する。
もう、何とも思わなくなっていた。 これで世界は平和になる・・・。

                                           ・・・
「あのときの私は、本当に壊れていたのかもしれない。
何もかもを失って、死ぬことも出来ず。 ただ道具として使われる毎日、自分の意志なんて物はなかった。
それでも・・・世界の平和とお前達のことだけは、忘れた日は無い・・・。」
「・・・なんて事を・・・。 他には何を?」
セレナが想像していた以上に、悲惨な過去がナーティの口から次々と出てくる。
「あちこちの要人を暗殺して回ったり・・・娼婦もしたな・・・。 とにかく、全てが言われるがままだった。
そちらの方が楽だった。 感情も思考も捨て去った私には、従っているほうが遥かに楽だった。」
「な!? あんた、それでも良かったのか?! 世界を滅ぼすことに手を貸しているのに!」
セレナはどんどん腹が立ってきていた。 母にそんな酷い事をしていた連中にも
それに言われるがままにされていた母にも。 例え自分達の事を案じての行動とは言え、人格を否定され
世界を滅ぼすことに手を貸すなど、許せなかった。
「メリアレーゼは、世界の平和を実現する為に戦っていると言った。 私の理想では、世界は変わらなかった。
私は、自分と違う方法なら、平和を実現できるかもしれないと思ったのだ。
そのための犠牲は必要悪だと言い聞かせた。 変化に犠牲はつき物で、何かを手に入れるには、何かを失わなければならないと。
私の場合は・・・失う物が多かったが。 故郷、家族・・・自分・・・。
それでも、皆が平和に暮らせる世界が手に入るなら、もうそれで良いと思った。」
セレナはもう何も言えなくなった。 彼女の言う“諦めた人間”というのは、人間であることを諦めた、という意味だったのだ。
人間とは、自分で考え、その考えを元に目標を持ち、その目標に向かって自身で行動を決める。
彼女はそれを止めてしまった。 目標は持っていても、それを自分の意志ではなく、命令という形で行動に移していた。
考える事をやめてしまえば、それは自分自身を否定するも同じ・・・。 まさに彼女は自分自身の存在を否定していた。
「自分で考える事を止めたら、随分と気が楽になった。 それでも最初は心労が酷く、髪が真っ白になったよ。」
ナーティが先程切り落とした髪を拾い上げてじっと見ている。 “人間であった頃”は美しい蒼髪だった。
だが、ナーティとして生まれ変わって暫くして、髪の色は全て抜け、雪のような白になった。
それを隠すために、彼女は髪を銀で染めたのだった。 白に一番近い色だった。
セレナは信じられなかった。 日記を見るに、母は自分と同じで決して諦めない人なはずだ。
「もう一度聞くよ。 あんたはそれでよかったの・・・?」
「世界が平和になるのなら・・・お前達が幸せに生きていけるなら・・・もう私はどうなっても良い。」
確かに諦めてはいない。 世界の平和の実現と娘達の人生の福寿を。
しかし、何かが欠落してしまっていた。 欠落してはいけない、大切な何かが。
「お母さん・・・ナーガを何で封印したの?」
シーナが一番聞きたい事をとうとう質問した。 こんな風に思いつめている母だ。
何かきっと、大きな理由があるに違いない。 そして、どんな理由があろうと、開放してもらわなければならない。
「ナーガの力は・・・人には過ぎた力だ。 このような強大な力はいずれ世界を滅ぼす。
ナーガも、種族間の覇権を争うような戦いに、自らの力を使って欲しくは無いだろう。 私もそんな物は御免だ。
余計な争いを防ぐ為に、私は力を封印した。 力は人を狂わせ、理を曲げる。」


73: 第四十九章:The Dark Knight:06/04/29 23:40 ID:9sML7BIs
「でも! ナーガの力がなければ、暗黒神の世になって、世界の平和は守れないんだよ!」
セレナがナーティの胸倉を掴みながら怒鳴る。
何としても分かってもらわなければならない。 しかし、ナーティ自身が、それを一番よく知っていた。
世界の平和を誰よりも望んだ彼女だったから。
「分かっている。 メリアレーゼは、世界の平和の為に、暗黒神の力を用いようとしていた。
だが、アゼリクスは世界を滅ぼす為に使おうとしている。 私がナーガを封印した理由は先程話した。
なんとしても、ロキを封印しなければならない。 ロキに対抗できる力はナーガしかない。」
「分かっているなら! ナーガを開放して、私達と一緒にロキを倒そうよ!」
シーナも母親を殺したくない一心で、ナーティを説得する。
娘の福寿を願い、挙句その案じていた娘に殺されるなんて・・・悲しすぎる。
「お前達と再会して、私は昔の自分を徐々に思い出してきた。 考える事を止めてはいけなかった。
私は・・・従っているほうが考える事より楽だったから・・・逃げたのだ。
人の命を・・・業を背負って生きていくことが怖くなり・・・逃げ出したのだ。
自分は操り人形なのだと。 操られる他無いと。 しかし、それは逃げているだけだったのだ。
そして、逃げて放り出した事を、誤ったことだと認め、正そうとしなかった。
現状に疑問を抱く、思考を失っていたからだ。 お前達と出会って、それを思い出した。
お前達は諦めなかった。 自らで考え、過ちを認め、正しい方向へ修正しようと諦めなかった。
お前達なら・・・力に自身を溺れさせることも無いだろう・・・。」
セレナは気付いた。 いつも隼のような厳しい目付きをしてたナーティが
何か、とても優しそうな顔をしている。 その顔は、ペンダントで笑っている蒼髪の女性の顔と同じだった。
母さんは・・・自分を取り戻してくれたのだろうか。
「じゃあ! ナーガを開放して、あたし達と一緒に・・・」
しかし、セレナの期待はも虚しく、ナーティから返ってきた言葉は悲しいものだった。
「私は・・・全てのものから逃げ出し、私のせいで犠牲になった者達の命を見捨てた。
そしてそれを正すことを無理と諦めた。 こんな私に、世界を救う資格など無い。
お前達は、私を世界の敵として倒し、新しい世界に向かって歩んでいきなさい。 私はシャニーではない。
お前達を苦しめた敵、ナーティなのだ。 それを・・・忘れるな。」
「な! 母さ・・・あんたを殺すなんて出来るわけ無いじゃないか!」
「私は、今までの罪を償わなければならない。 もはや死を持って償うしかないのだ。
だが、お前達がナーガの力を扱うことが出来るかを試さなければならない。 だから・・・私を倒せ。 力を示すのだ。」
ナーティはペンダントを二人に渡すと、その場を去っていく。
追いかけようとしたが、彼女はまるで風に溶けるように消え、後には何処からか響いてくる声だけが残った。
「明朝、封印の間で待つ。 私を倒し、ナーガに新しい後継者として認めてもらうのだ・・・。」
ナーティは・・・母さんはあたし達に殺して欲しいと言いに来たようなものだ。
自分の罪を購うには、死ぬしかない・・・。 そんなこと・・・そんなことない!
母さん! あんたは逃げる事はいけないことだと思い出してくれたんじゃないか! なのに、どうして!
死んで逃げるつもりか。 自分の見捨てた命ともう一度見つめ合って、あたし達と平和な世界を創って行けばいいじゃないか!
死んで全てを償うなんて・・・そんなのは嘘だ。 死んだら何も出来ない。 死ぬことが、罪を清算することにはならないんだ!
死ねば・・・また逃げることになる。 罪を重ねることになる。 何故それが分からないんだ!
セレナは一つになったペンダントを強く握り締めながら、ナーティの消えた方をずっと睨んでいた。
「お母さん・・・どうして、どうして。 やっと再開できたのに、なんで殺しあわなくちゃいけないの・・・?」
シーナも姉にすがりつきながら、もう泣くことしかできなかった。
母を殺したくない。 でも、殺さなければ世界を平和にする事は出来ない。 母は死にたがっている。楽になりたいと思っている。
きっと母は、自分の犯した罪の重さや、いつ自分の力が世界を破滅させるかわからない事に、恐怖を覚えているんだ。
でも、恐怖に怯えて逃げちゃ・・・ダメだよ。 お母さんは最後まで、自分に課せられた運命を全うしなくちゃ・・・。
双子は、その夜一睡もすることなく、ずっと母の事を想っていた。


74: 第四十九章:The Dark Knight -Destiny-:06/04/29 23:46 ID:9sML7BIs
翌日二人は、目覚めた他の者に、昨日起きた事を全て話した。
皆は驚いたような、悲しそうな顔をした。 ニルスの言ったとおりになってしまった。
「やはり・・・戦わなくちゃいけないのね・・・。」
「どうしてこんな惨い事になっちまうんだろうねぇ。 ナーガ神なんて本当に居るんなら、ぶっ飛ばしてやりたいよ。」
アリスもクレリアも、やりきれない思いを隠すことが出来ない。
何故、ナーティがそこまで戦いたがるのか、双子以外には分からなかった。
彼女が忠誠を誓っていたメリアレーゼは既に戦死している。 なのに・・・。
セレナやシーナにも、納得は出来なかった。 母さんは・・・また逃げようとしている。
自分を縛る物はいなくなったのだから、世界の平和を実現する為に自分達と力を合わせてほしかった。
しかし、自分達の説得も彼女には通用しなかった。
彼女は死にたがっている。 全ての罪を死で購うといって、罪から逃げようとしている。
そんな事はさせない。 最後まで彼女に課せられた運命を全うしてもらいたかった。
人は死んでも何も変わらない。 生きていることで初めて、世界を変えることが出来る。
それを、絶対にあいつに勝って、分からせてやる・・・。
双子は決意を胸に、封印の神殿に向かった。 他の面子もそれを急いで追う。
「皆は、外で待っていて。 あたし達の母さんだ。 あたし達が決着をつける。」
「バカを言ってはいけない。 お前達を危険な目に合わせて黙ってみているわけには・・・。」
アレンがセレナの突然の提案に目が飛び出しそうになった。 当然彼は拒否する。
だがシーナは、皆の心配をよそに、大きな声で続けた。 母さんだって、私達と戦いたいはずだ・・・。
「お母さんは、死ぬ気なの。 でも、死なせちゃいけないんだ。 私達ががんばって説得してくる。
お母さんに・・・昔の気持ちを取り戻してもらうんだ。 だから、お願い。 ここで待ってて。
お母さんも、きっと娘の私達の言葉なら分かってくれるはず・・・。」
二人は封印の神殿に入って行った。
それをクラウドが追いかけようとするが、それをレオンが止めた。
「離せよ! あいつらだけに戦わせておけるか!」
「俺だってセレナ達を守ってやりたい。 だが二人を信じろ・・・。 相手も娘達と剣を交える事を望んでいるはずだ。」
レオンの腕を引き離そうとするが、更にニルスやカイも加わってきた
「ナーティは恐れているのだろう。 そして、それを止めてもらいたいのだろう。 娘達に。
娘に殺されるなら、悔いは無いと考えているに違いない。 だから、昨晩二人だけを呼んだのだろう。」
「ニルス、何他人事のように言ってやがる! セレナ達が死んじまうかも知れないんだぞ!」
クラウドは妹達が心配でならなかった。 しかし、それは皆も同じことだった。
だが、二人は母を殺しに行ったのではない。 母の過ちを、娘として正そうとしているのだ。
「運命は・・・無残な物だ。 しかし、その運命を変える力・・・それは想いだ。
形にならない儚い想いこそが、人の心を動かし、運命を変えていく。 二人を信じるしかない・・・。
オレ様達が行ったところで、邪魔になるだけだ・・・。」
カイの言葉に、クラウドは力なく肩を落とした。 こんなとき、どうすることも出来ないのか?
ミレディも珍しく口を開いた。
「クラウド殿。 主を想うのなら、主の気持ちを汲み取ってあげるべきです。
主が何を望み、何を考えているのか・・・それが分かれば、自ずと自らが何をすればよいか分かるはずです。」
毎日思い続けた娘達の言葉なら、彼女の心も動くかもしれない。
だが、相手はきっと死ぬ気で挑んでくる。 妹達だけでは心配で仕方なかった。
一行は秒が分、分が時間に思えるほどの気分で二人の帰りを待ち侘びた。


75: 第四十九章:The Dark Knight -Destiny-:06/04/29 23:49 ID:9sML7BIs
二人は神殿の中をゆっくり歩んでいき、とうとう封印の間に到着した。
これで、ここにくるのは三度目になる。 一度目も、二度目も、封印の剣を手にする事は出来なかった。
しかし、今回こそは手に入れて帰る。 それだけではない。 母をなんとしても、ナーティとしてではなく
シャニーとして蘇らせる。 それが出来るのは、自分達しか居ない。
神殿は、相変わらず只広い真ん中に封印の剣が一人立っている。
そして、その奥の玉座に・・・煌びやかな剣を突き立て、柄の先に両手を重ね合わせるナーティの姿があった。
やや下を向いて、彼女は眠るように目を瞑り、玉座に座っている。 決意を固めた近寄り難い雰囲気が漂っていた。
ナーティは今までの自分を振り返っていた。 脳裏に色々な人物が浮かんでくる。
強くて、かっこよくて、とにかく憧れたディークに、剣を捧げてくれたルトガー。 よく稽古をした姉ティト、アレン。
姉貴分だったクリスに、自分もあんな高貴な雰囲気を放ってみたいと願ったクレイン。
親友のルシャナやラルク先輩。 将として騎士として、尊敬したパーシバル将軍にダグラス大軍将。
そして、同じ女性将軍として羨望の視線を注いだセシリア魔道軍将。
自分を慕ってくれていた、王宮騎士団の騎士達や、イリアの民・・・。
口数は少ないが、常に皆の身を案じてくれたソフィーヤ。 娘達を助けてくれたシンやスー。
自分を誰よりも慈しんでくれた、そして自分が自らの過ちによって殺めてしまった姉、ユーノ。
自分が守ると意気込んでいたのに、結局逆に守られる形となってしまった義兄、ゼロット。
自分を信じて力を与えてくれた、なのに自分は裏切ってしまった竜族伝説の聖王ナーガ。
誰よりも自分を愛し、また自分も愛した、そして最後は悲惨な分かれ方をした、最愛の人、ロイ。
全ての人が、自分を信じ、命をかけて自分を守ってくれた。
それなのに、自分はそれをことごとく裏切って、皆の命を背負う事から逃げ出した。
考える事を止め、感情を捨て、今までの自分を否定してここまで生きてきた。 いや、生かされてきた。
私を縛る物は、もう居ない。 私に命令を下す物は・・・生かしてくれる者は、もう居ない。
これから先は、私自身が考え、行動していかなければならない。
こんな当たり前のことが、今までの自分からは失われてしまっていたのだ。
そして・・・今自分の前に、あのときの私と同じ志を持った娘達がやってきた。 理想を達成する為に。
私の・・・ナーティの人としての最初で最後の仕事。 それは、彼女らの力量を見極め、ナーガの力を託す事。

ナーティは目を開けた。 運命の扉を開くが如く。 目の前は眩しかった。
「来たか・・・。 ならば・・・もはやお前達に語る事は無い。 死にたくなければ、全力でかかって来い!」
彼女は地面に突き立てていた剣を握りなおすと、例のタトゥーと漆黒の翼を露にして、空へと舞い上がった。
セレナやシーナも、彼女の持つ剣から強い力を感じつつ、空へ向かって羽ばたいた。
あの力は・・・きっと強力なドラゴンスレイヤーだ。 特に竜であるセレナは背筋に寒気が走る。
二人が手にするのは、竜殺しの武器。 ドラゴンキラーにドラゴンスピア。
殺してはいけない。 だが容易に勝利をくれる相手でも無い。
相手は本気だ。 宙に舞い上がるとすぐ、ナーティはまるで獲物を追う隼のように襲い掛かってくる。
その攻撃の鋭さは、周りの風をも断ち切るほどだ。 相手の首筋に食いつかんとばかりに、執拗に光速の剣を振るう。
「待てよ! 何で戦わなくてはならないんだ!」
「そうだよ! お母さんを縛る物はもう何も無いじゃない!
世界の平和を望むなら、アゼリクスを倒すことに手を貸してよ! 私達は、お母さんと戦いたくないよ!」
二人も負けてはいない。 彼女から、ナーティという心の仮面を剥ぎ取らなければならない。
剣と槍、二人の繰り出すその信念にも似た真っ直ぐな攻撃が、ナーティの突撃を食い止め、弾き飛ばす。
それでも、ナーティは攻撃の手を緩める事は無い。 二人の攻撃は、剣で受け止められ、全てを避けられている。
「私は、自分の今までの罪を清算する。 その裁きをお前達に任せた。
私を裁くことができるほどの腕前があればの話だがな! さぁ、お前達の力を私に見せてみよ!」
彼女の体からは、ナーガの聖光が溢れて、剣先からは月の様な弧が描かれてる 簡単に攻撃は通らない。


76: 第四十九章:The Dark Knight -Destiny-:06/04/29 23:53 ID:9sML7BIs
今もなお翼に突き刺さるアストレアが、容赦なく自分の体力を奪っている。
セレナはそれを引き抜くと、ナーティを横にさせた。 立っていては体力を無駄に消耗してしまう。
「あんたは逃げようとしているだけだ。 自分の罪から、自分の力から。 全てから。
生きて罪を償う事・・・死んで行った者の命を背負って、自分の、そして彼らの求めた光を
諦めずに追い求めることの方が、死ぬことより辛い事だったから。 あんたはそれから逃げ出そうとしたんだ。」
シーナも天馬から降りてきて、ナーティの横にかがみこむ。
母親の様子が心配だった。 目が虚ろになりかけている。 あのドラゴンスレイヤーはカイの言っていた通り
本当に力のある魔剣だったのだ。
「お母さん、これ以上逃げないで。 もう一度、思い出して。 自分の信じた理想を。
生きていて変えられる事はあっても、死んで変わることなんて無いよ。」
「しかし・・・私が生きていると、必ず誰かが不幸な目にあう・・・。
そんな、他人の幸福を吸い取る悪魔のような人間など・・・生きている価値など無い・・・。」
母から帰ってくる言葉は力の無いものだった。
彼女の心は揺らいでいる。 しかし、命の炎も揺らぎ、消えてしまうかもしれない不安もあった。
「そんな事は無い! 誰でも生きているだけで価値があるんだ!」
「そうだよ! 生きて、自分に課せられた運命をしっかり全うしなくちゃダメだよ!
それに、自分の価値は、自分で決めるんじゃないよ。 私にとっては、お母さんは十分価値があるよ。
だって・・・私のお母さんだもの・・・。 もう・・・逃げないで・・・死にたいなんて・・・言わないで・・。」
「シーナ・・・。 泣かないで・・・。 つっ・・・!」
ナーティが自分の顔を覗きこみながら泣き出すシーナの頭を撫でようと、手を伸ばした。
だが、その途端、翼の傷に障ったのか、激痛に襲われ、とうとう意識が飛びかけて倒れてしまった。
「母さん!」
セレナは妹と共に、急いでナーティを皆のところまで運んでいく。
意識が朦朧とする。 私は思い出していた。 娘達を出産し、始めてこの手で抱いた時の感触を。
あの時・・・あんなに小さくて弱々しかったかった二人が・・・今こんなに大きくなって、自分を担いでいる。
そして、自分のために涙を流している・・・。 私のために泣いてくれた人物など・・・本当に久しぶりだった。
自分のせいで泣かせてしまった者ならいくらでも居たが・・・。 私を気遣って泣いてくれたのは・・・この子達だけだ。
そうだ私は、私はこの子達のために、今まで命を繋いできたんだ。
まだ死ぬわけには行かない。 最期の仕事を・・・課せられた運命を全うするまでは・・・。
「セレナ・・・封印の間へ・・・連れて行ってくれないか?」
「何言ってるんだ! このままじゃ死んでしまう!」
「お願いだ・・・。」
セレナはあまりに母が懇願するので、仕方なく封印の間へ彼女を連れて行った。
ナーティは最後の力を振り絞って、封印の剣へと近づく。
台座に辿り着いた彼女は、何か呪文を唱えながら、封印の剣の柄を握る。
すると、台座の周りの床に施してある魔法陣とも取れる模様が、光を帯びて浮かび上がってきた。
それに連動するかのように、ナーティの体を光が包み、その光は封印の剣に吸い込まれるように流れを作っている。
目の前で起きている不思議な光景に、二人は言葉を失って、ただただ見ているしかなかった。
そこへ、誰かが走りこんできた。 ニルスである。
ナーティが墜落するのを見て、皆が気づいて向かってきていたのである。
「おい、奴を止めろ。 あんな弱った状態でエーギルを放出したら、死んでしまうぞ!」
ニルスの叫びは間に合わなかった。 エーギルを放出しきったナーティは
まるで操り人形の糸が切れたかのように、ぐったりとその場に倒れこんでしまった。
しかし、そうはさせない。 向こうからリブローが飛んできて、間一髪、彼女の命を繋ぎとめた。
操り人形の糸を、操る為ではなく、助ける為に引き、再び命を吹き込んだ者・・・それはアリスだった。
自分を本当の妹のように育ててくれた叔母。 アリスは、恩返しできないままだった事を悔やんでいた。
しかし今、叔母の命を救った。 両親と同じくらい大事な叔母を自分の手で救ったのだ。


77: 第四十九章:The Dark Knight -Destiny-:06/04/30 00:02 ID:gAExt6/c
「ナーティ! あんた、どうしてそこまで死のうとするんだ!」
「・・・私の使命を果たす為にやむを得なかったからだ。 お前達の願いは叶えた。 ナーガの封印は既に解かれ、ナーガは開放された。」
しかし、セレナは怒った。 違う。 間違えてる。
「あんたの使命は、ナーガを開放することだけじゃないよ。
まだまだやるべき事はたくさんある! 理想を達成せずに、諦めたまま死ぬつもりなの?!」
「そうよ。 お母さんの理想は、私達の理想でもあるの。 お願いお母さん、手を貸して。
死ぬなんてダメだよ。 死ぬ事は何もなら無いよ。 罪を償う事にもならない!」
娘達に言われて、ナーティは心が揺れているのが分かった。
こんな・・・こんな心が動いたのは、何年ぶりだろうか。 自分の中でとまっていたものが、動き出したような気がする。
「死ぬことが・・・罪を償う事にならない?」
「そうさ! さっきも言ったじゃない。 償う事が死ぬより辛い事だから、死んで逃げようとしているだけだって。
あんただって分かってるはずだよ。 本当に今までの過ちを認めて、償う気持ちがあるなら
その過ちを正すべきだと思うよ。 諦めちゃいけないってことが分かっているなら、分かるでしょ?!」
セレナもシーナも、必死になって母を説得する。
母を失いたくない。 自分達が憧れた師匠が、今自らの罪に苦しんでいる。 助けられた分、助けたい。 恩返ししたい。
死ぬ事は何にもならない。 生きてこそ、変えられる事がある。 生きて、自らの足で歩んで世の中に働きかける。
それこそが、今彼女のできる一番の償いだった。
「お母さん、死ぬなんてダメ! お母さんの力は、皆に必要なの。
同じ夢を持っているのだから、協力して! お母さんの力を、苦しんでいる人達の為に使って!」
シーナにアリスも続けた。 叔母にこれ以上苦しんで欲しくない。
「叔母様。 一人で悩まないで。 苦しまないで。 叔母様は昔言っていましたよね?
人は一人じゃ生きていけないから、手を取り合っていかなきゃダメだって。 私、今でも覚えています。
叔母様の罪や苦しみは・・・私達も出来る限り分かち合うように努力します。
叔母様だけが悪いわけじゃない。 こんな世界を作ってきた皆全てに責任があるのです。
私達はそれを正そうとしているのです。 かつての叔母様のように。」
「そうさ! あんたは・・・母さんは必要な人なんだ。 強いからだけじゃない。
シーナにとっても、アリスの姉貴にとっても、あたしにとっても・・・そして皆にとって大切な存在なんだ。
どうか、みなの為に生きて。 写真のように笑って、皆と手を繋いで生きていこう?」
娘達の心からの想いに、ナーティは心が動き熱くなってきた。
そして、あの時以来眠ってしまっていた自分という存在が、再び鼓動を取り戻したのだった。
その途端、自分を隠してきたナーティという仮面が、音を立てて割れた。
何か、自分の心を取り巻いていた暗黒の雲が、ぱっと晴れて散ったような、そんな感覚を覚えた。
シャニーは自分というものを、二十年近くの歳月を経て、ようやく取り戻したのだった。
彼女は顔を上げると、澄んだ目でセレナを見つめた。 こう見ると、やはり似ている・・・。
「・・・私は間違っていた。 夢を諦め、世界に目を瞑ることで罪から逃れようとしていた。
でも、もう私は逃げない。 死んでいった者達が求めた光を取り戻すその日まで、私は諦めない。
それが、自らの罪を償う事になるのなら。 私は命を賭けてでも、守るべきものを守り抜いてみせる。
そして、私のような者を二度と出さない為に、世界を平和に、そして幸せに暮らせる世界に変える。
セレナ、シーナ、アリス・・・そして皆・・・今まで申し訳なかった・・・。」
一行は何ともいえない安堵感に包まれた。
特にセレナやシーナ、アリスはもう嬉しくて涙が出てきた。
母さんが・・・叔母様が、自らを取り戻してくれたのだから。
自分の大好きな叔母が、憧れた母親が、大切な存在に戻ってくれたのだから。
「アレン殿・・・今まで申し訳なかった。 セレナ達をこんなに立派に育ててくれて、ありがとう。
ロイも・・・きっと喜んでいます。 本当にありがとう。」
「いえ、私は主の命に従ったまで。 騎士として、当然の事をしてきたまでです。
また、これからもそうであり続けます。 ロイ様は、シャニー様が元に戻って下さったことを、きっと喜んでおられるはずです。
貴女があのような形で自分のところに来る事は、ロイ様も望んでおられないでしょうから。」


78: 第四十九章:The Dark Knight -Destiny-:06/04/30 00:07 ID:gAExt6/c
アレンも、主であるロイの愛した人が、その愛した性格に戻ってくれて、嬉しかった。
これでロイ様も救われた。 きっと、天国で安堵の表情を浮かべていることだろう。
「さて・・・セレナ。 ナーガの封印は解かれた。 早く封印の剣を抜いてみて。」
セレナはシャニーに言われるがままに、封印の剣にファイアーエムブレムをはめ込み、柄に手を添えた。
お願い抜けてくれ・・・。 !! 剣を台座と擦れて音を立て、そして・・・やはり抜けなかった。
「抜けない・・・!」
その途端、台座から眩い閃光が放たれたかと思うと、目の前に金色の竜が姿を現した。
カイは腰が抜けそうになった。 それは、伝説の聖王・・・ナーガだった。
「シャニーよ。 ようやく我を取り戻したようだな。
見ておったぞ。 お前に封じられ、身動きが取れない体で・・・。 世界の理が歪んでいくのを。」
「・・・申し訳ありません。 貴方に認められながら、何一つ変えることも出来ず、それどころか世界の転覆に手を貸してしまった。
どんなに謝っても許されることではないですが、この罪、必ずや購います。」
シャニーはひたすらナーガに謝った。 ナーガは怒る事もなく続けた。
「人は同じ過ちを何度も繰り返す。 だが、過ちを認める心があるなら、それは正す事ができる。 お前もよく分かっただろう。」
シャニーはそのまま何も言わなかった。 自分が弁明しなくても、ナーガは全てを見通していた。
ナーガはセレナ達のほうを向くと、彼女らに語りかけた。
「さて、お前達が封印の剣の力を求める理由を聞かせてもらおうか?」
「あたし達は、世界に平和を、皆が笑って暮らせる世界を作るために、まず暗黒神を封じなければいけないと考えている。
そのために、貴方の、封印の剣の力を貸してほしい。」
「ハルトムートと同じか・・・。 あれから1000年以上経ったが、未だ実現できていない。
そんなことを、お前達が実現できるのか?」
ナーガの言葉にシーナが答える。 自分達は、1000年前の英雄と同じことを夢見ている。
人の考えを変えていくという事は難しいことだ。 しかし、諦めたらそこで終わりだ。
「できることは、なんでもやります。 諦めるわけには行かないのです。」
「ふむ。 しかし、理想が達成できないのは、人が自分と異なる者を認められないからだ。
人の性とも言える、その心の、人の弱さをどうやって克服していくのだ?」
ナーガは、自分達の意志を、自分達に再確認させるかのように質問を投げかけてくる。
「人はきっと変われる。 過ちを認めて、それを正そうとする心を養えば。
そのためにも、世界に自分達の考えを説いて回って、少しずつ理解されるように努めて行く。
誰もが、種族とか本人の力ではどうにもならないことで差別されたりしない世界。
生きているだけで尊ばれる世界。 それを創っていく。 そのために貴方の力を使い
決して自分のために力を使わないことを誓う。 だから・・・。」
セレナが自分の情熱をナーガにぶつけ終わったのを見届けると、シャニーが前に出てきた。
もう私は逃げない。 世界の為に、この命ある限り戦う。 私の力は、私のためにだけあるのではない。
「ナーガ様。 私はこの年になって改めて考えさせられました。
人は、独りでは生きていけない。 だから、手を取り合って生きていかなければならないのだと。
一人は皆の為に、皆は一人の為に。 互いが互いを認め合い、過ちを許す。 その心を忘れてはいけないと。
そして、考える事をやめてはいけない。 考える事をやめ、他人の考えに従っているだけでは駄目だった。
自分で考え、夢を持ち、その夢の為に、自らの意志で、自らの信じた道を歩む。 これを私は忘れていた。
私も今までの罪を償う為、差別の無い、生きているだけで尊ばれる世界を作ることに命をかける事を誓います。
自らの意志で、セレナ達の新たな世界作りを手伝う。
それが私の、ロイの目指した理想でもあったから。 もう、私は二度と諦めたりはしない。」
ナーガはシャニーの言葉を聞き終わると、封印の剣にエーギルを注ぎ始めた。
「人は脆い生き物だ。 しかし、お前達には仲間がいる。
どんな逆境も、仲間と共に歩めばきっと道は開かれる。 諦めない事だ。
決して我が力を自らの為に使うのではなく、世界の為に見事使いこなして見せよ。
力は意志を持たぬ。 善の息吹を吹き込むも、悪の欲に溺れるも、全てはお前達次第だ。」


79: 第四十九章:The Dark Knight -Destiny-:06/04/30 00:09 ID:gAExt6/c
ナーガはエーギルを注ぎ終えると、そのまま霞のように溶けてしまった。
セレナは、恐る恐る封印の剣をもう一度台座から引き抜いてみる。
すると、今度は抜けた。 強力な力を感じる。 この暖かさ・・・この気持ち・・・!
「やったね! 姉ちゃん! これで暗黒神と対抗できるよ!」
「うん! あたし達、きっとロキを封印して、新しい世界の理を創るんだ!」
剣を陽にかざして喜ぶセレナの肩に、シャニーが手を置いた。
娘の姿は、あのときのロイにそっくりだった。 ナーガの聖光に包まれた、あの凛々しい姿・・・。
「セレナ、よくやった。 でも、真の戦いはこれから。 気を引き締めてかかろうね。
貴女は二刀流だし、封印の剣だけでは片手が遊んでしまう。 これを、封印の剣の番として使うといい。
シーナ・・・貴女にはこれを渡しておく。」
シャニーはセレナの空いていた右手に、自分の持っていたアストレアを握らせた。
そして、シーナにも、見たことも無い槍を手渡す。 見事な槍だった。
「お母さん・・・これは?」
「ブリューナクという聖槍よ。」
ブリューナク・・・その名を聞いて再びカイが腰を抜かしそうになった。
オレ様、こんなに腰を抜かしていたら、そのうちぎっくり腰になっちまうぜ。
「おいおい、ブリューナクと言ったら、アストレアと対を為す、アルヴァネスカに伝わる神器じゃねーか。」
「そう。 世界中回って探した。 それなら、暗黒神にも対抗する事ができる。」
シャニーのほうを見て、ニルスが腕を組んだまま、なるほどと言わんばかりの顔をする。
「ほぉ、夜な夜なベルン城を抜け出しては、散歩と称して何処へ行っていたのかと思えば、そういうことだったのか。」
「母さん・・・まさか、あたし達のためにこれを探して・・・?」
「・・・。」
セレナは涙が止まらなかった。 やはり、母の言葉に嘘はなかった。
自分達の事を想わなかった日は無い・・・。 きっと母は、メリアレーゼに逆らう事が出来ない中で
何とか自分達を助けようと必死になっていたんだ。 母も母の信条を持って生きていたんだ。
全てから逃げ出そうとしていたなんて、言い過ぎた。
「母さん・・・ありがとう。」
「えぇ、私も貴女達に感謝している。 ありがとう。 これからよろしくね。」
親子が二人揃って互いの顔を見て笑った。
この瞬間を皆がどれだけ待ち侘びた事だろう。 そして、何十年願った事だろうか。
娘とこうやって、語り合う日が来る事を。 シャニーは十数年ぶりにささやかな幸せを手に入れたのだった。


80: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 00:12 ID:gAExt6/c
しかし、時間はなかった。 そのささやかな幸せに酔いしれている暇は、まったくない。
それを警告するように、封印の剣を手に入れたセレナ達の前に四精霊が現われた。
「大変だ。 世界へ向けて魔王の軍が侵略を開始している!」
話の口火を切ったのは、やはりセチだった。
「な! もうアゼリクスは動いてきたのか・・・。 奴はどこに?」
「魔王は今・・・エレブ大陸のヴァロール島に根城を持ち、そこを拠点としています。」
ニルスの質問をニニスが静かに答える。 そういえば、アゼリクスは最初にアルヴァネスカへ向かう途中
竜の門の前で待ち伏せしていた。 あれは、あそこが彼の根城だったからだったのだ。
「急いでアゼリクスを止めよう! 皆、ロキとの最後の戦いだ。
あたし達の目標はロキを倒すことじゃない。 その先にあるんだ。 急ごう!」
「そうね。 彼の行動に正義は無い。 でも、セレナ、忘れてはいけないよ?
正義が、自愛心からの単なるエゴになってはいけない。 気を引き締めてかかりましょう。」
セレナにシャニーがしっかり心構えを説く。 セレナはうなずき、クレリアに目で合図を送る。
一気にヴァロール島まで攻めに行くのだ。 シーナはずっとシャニーに抱きついていた。
シャニーもそれを受け入れていた。 お互い、今まで欲しくても手の届かないものを手に入れたかのように。
「ちょっと待ちな!」
準備を始めた一行を、威勢のいい声が引き止めた。 炎の精霊、ファーラである。
「お前達さぁ、オレもまともに倒せないのに、ロキに敵うとは思えないよ? いでっ。」
「まだお前は言うか! しかし、いくらお前達が歴戦の勇者揃いとは言っても、相手は暗黒神の力を得た魔王。
苦戦は免れないだろう。 そこでだ、我輩達の力をこめた武器を、お前達に与える。
心して受け取るが良い!」
トォルにまた拳骨を喰らうファーラ。 どこかで見た光景だ・・・。
いつも熱くて・・・拳骨で鎮められて・・・あぁ兄貴か。
四精霊達はトォルを先頭に、それぞれ、自分達の力をこめた武器を皆に手渡す。
トォルは自分の持っていた斧を、地面に叩きつけた。 それだけで、雷に似た地響きがする。
「このニョムニルをお前達にやろう。 どうだ、この斧を使いこなせる者は居るか?」
「私がその力、戴こう。」
今まで腕を組んで後ろから様子をも居ていたニルスが、トォルの前に出てきて、地面から斧を引き抜いた。
重いが、斧を扱えるのは私だけだろう。 ヘクトル様、私は今貴方のように強くなれたでしょうか。
姉上、エリウッド様、私はお二人の夢見た理想郷。 必ずや実現させて見せます。
アリスも雷光の杖ユピティルをトォルから授かる。 振ればその力は天空まで轟、皆の疲れを癒すという。
「お前とは協力したくないけど・・・今回は仕方ないから協力してやる。」
ファーラが犬猿の中であるニニスと共に、クレリアに氷の矢と、炎の弓、サルナーガを手渡した。
「おぉ、セクシーなニニス様や肉体派なファーラ様から力をいただけたら、オレ様死んでもいい!」
カイがまたファーラにすがりつく。 彼女は鬱陶しいという気持ちを顔にあらわにして、また彼を炭にした。
「慌てるなよ、お前にもほら。」
「ありがとう・・・ございます・・・けほっ・・・。」
カイは黒焦げになりながら、ファーラから炎の剣、レイヴァティンを受け取る。
それは、どんな暗黒の闇をも振り払う、聖なる炎をまとった神剣だった。
ファーラはミレディにゲイブルーガ、ニニスはレオンにグングニールを手渡す。
「私達は、このぐらいしか出来ませんが、貴女達の信念だけは、炎でも解けないほど極寒の氷の如く、
固く、そして鋭く貫いてください。」
「何言ってんだ。 こんな冷たい女みたいになっちゃだめだぜ? いつでも熱い心を忘れるなよ?」
互いに害を及ぼしあう、相容れない存在。 それでも、協力する事は出来るのだった。
最後にセチが皆の前に立ち、そして武器を手渡す。
「うわー、この槍かっこいいなぁー。 すげぇ!」
「それはゼピュロスだ。 聖槍の風をお前の熱い心で暖風にせよ。 人に安らぎを与える暖風に。」
クラウドがセチから授かった風の聖槍ゼピュロスを天にかざす。


81: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 00:17 ID:gAExt6/c
父親に憧れて騎士見習いになって、こんな立派な槍を使えるようになるなんて。
風の精霊の力の宿った槍だ。 親父の使っているハスタールの宝槍、ミストルティンよりカッコいいぞ!
「君は魔道書を扱えるな。 ならば・・・この魔法を使うといい。
これは、フォルセティという風の魔道書。 その風に人々を乗せ、世界のあるべき姿を見定めていくのだ。」
セレスはセチに言われるがままに前に出て、セチから風の魔道書を受け取った。
魔道書を受け取った途端、何か暖かく、どこか懐かしいような気持ちがこみ上げて来た。
これが・・・風の精霊の力・・・。 確かに・・・人には過ぎた力なのかもしれない。
魔法は、人を殺める為ではなく、人を生かすために使いなさいとパントお爺様から習ったが・・・こう言う事だったのか。
「そして・・・お前にはこの剣を渡しておく。 紆余曲折はあったが、今こそお前の力を必要とする時。
力を持つものは、それを正しく行使し、皆を導く義務がある。 それを・・・二度と忘れるな。」
最後に、セチはシャニーへ風の聖剣エクスカリバーを手渡した。
剣を手にしたシャニーの頭の中には、ロイと共に育んできた理想が、鮮明に思い出された。
自分が何の為に生き、何の為に命を懸け、そして誰の為に笑い、誰の為に血や涙を流したのか・・・はっきりと。
「分かっています。 私は世界の為に、この力を賜り、そして生きてきた。
皆が笑って暮らせる世界。 私のように、家族や恋人を失って泣く者が出ないような、そんな世界を目指します。
独りでは生きていけないことが分かった。 差別されて、世界から孤立するような社会は変えなければなりません。
私は人間であり、神竜でもある。 しかし、それ以前に、私はこの大陸に生きる“人”なのです。
私は、種族に関わらず、“人”が“人”らしく、世界の“人”が手を取り合って互いの幸せを分かち合える世界を
この子達と目指します。 もう逃げたりしません。 貴方から授かったのこの剣に誓って。 
今まで・・・この子たちを導いてくださって、ありがとうございました。」
シャニーは剣を顔の前で垂直にかざした後、剣を鞘にしまい、セチに一礼をした。
セチが最初にセレナ達を認めてくれていなければ、他の精霊も力を貸す事はなかったのだ。
「私は風、暖かい光を導く風。 そして光は、おまえ達一人一人に心の中にある。」
その光は三つから成る。 人の悲しみがわかる優しさと、人の悲しみを救える勇気を、お前達は知っていた。
そして今、人の悲しみに打ち勝つ力を知った。 お前達が今すべき事は、お前達が一番よく知っているはずだ。
もはや我々に出来る事は無い。 行け、世界に新たな理を引く為に!」
精霊達は、太陽の光に消えるように、目の前から姿を消した。
セレナは皆の方を向いて、そして封印の剣を振りかざして叫んだ。
「皆! 行こう! 魔王を倒して、暗黒神を封じるために。 世界に光を、そして、新たな理を引く為に!」
「おぉ!」
皆も精霊から授かった武器を高らかに頭上に掲げ、セレナの声に大きな声で返した。
それからクレリアの背に乗り、一路魔の島・・・ヴァロール島へと向かった。 魔王アゼリクスの本拠地。
そこへセレナは向かう。 人の悲しみを救うため、 戦いの終止符打つため、そして、新たな世界のスタートラインに立つために。
父の使った封印の剣と、母が世界中を回って探してくれたアストレア。 二つのドラゴンスレイヤーを手に。
そして、後ろを見れば仲間が、横を見れば妹や・・・母がいる。
「また一緒に、師匠とこうやって旅をすることになるとは思わなかったよ。 しかも、母さんだったなんて。 うれしいよ。」
「私も嬉しい。 死んだと思ってたお母さんが生きていてくれたんだもの。」
セレナやシーナの言葉に、シャニーは自分を囲むようにして立つ彼女らの頭に手を置いた。
「私も、こうして娘と同じ理想を求めて戦えることが、とても幸せに感じるよ。
本当にこの十数年間、私は死んでいたも同然だったから。 これからは、しっかり自分の意志で生きて行きたい。
本当に・・・本当にそう思うよ。」


82: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 00:24 ID:gAExt6/c
セレナには母の瞳が潤んでいるのが見えた。 その母に抱きついて離れない妹。
大切な肉親だ。 今まで生まれてからずっと同じ釜の飯を食ってきた妹は勿論のこと
まだ完全に心を許せるわけではないが、罪を悔いて償おうと、そして自分と同じ夢に向かって
再び自らの足で歩みだした母を、大事にして行きたい。 そう思った。

「今度こそ・・・終わりなのか。 親父、俺達で・・・通用するのか? 魔王とかいうのに。」
いつも威勢の良いクラウドには珍しく、父親に向かって弱音を吐いた。
クラウドも・・・何かを感じている。 ヴァロール島から放たれる闇のオーラか・・・?
「どうしたクラウド。 こういうときに動じない事が、騎士として重要な事だと、ずっと言ってきただろう。
今までどおり、しっかりと自分の役目を果たせば大丈夫だ。」
「そうだ。 俺達は、負ける訳には行かない。 この世界に暮らす、全ての命のためにも。
俺は、故郷にお袋を残してきた。 これ以上、彼女を・・・いや、同じように悲しんできた者全てを泣かせたくは無い。」
父親やレオンの言葉を、クラウドはしっかり心に刻んだ。
そうだ。 俺には親父や、親友が居る。 今までどおり、仲間と共に協力すれば、勝てないものなんて無い。
「そうだな。 俺らしくなかったぜ。 最強の騎士を目指すこのクラウド様に勝てる奴なんていないぜ。」
「ふ、結局お前は、俺との手合わせ、12勝40敗だったがな。」
「うるせぇ! 上空から手槍をポイポイ投げてくる奴にどうやって挑めっつーんだよ!」
言い合いをはじめる二人から離れると、アレンはクレリアの頭の方に寄って行った。
「クリス・・・いよいよだな。 この戦いに勝てば、とりあえず俺達の目的の一つは達成される。」
「父さんか。 うん、そうだね。 でも、それでやっと、真の戦いのスタートラインに立てるんだよね。」
二人とも、まるで本当の妻、父と話すかのように、しみじみと話す。
お互いに分かっていた。 この戦いはゴールではないのだと。 あくまでスタートラインに立つ為の通過点であると。
「父さんは、この戦いが終ったら、どうするのさ。 やっぱり、フェレに帰ってしまうのかい?」
「あぁ、俺はフェレに仕える騎士。 そして戦争が終れば、セレナやシーナは正式にフェレの候女となる。
そうなったら、騎士として、二人を支えていかなければならない。 クリス、君はどうするのだ?」
「私も・・・国に帰るよ。 弟や妹が腹をすかせて待っているから。
これからのハスタールは、きっといい国になる。 カイがこの旅と同じようにしっかりしてくれればね。
そして、私は信じている。 カイはきっとやってくれると。」
アレンが去った後、クレリアはまた思い出していた。 世界の要人たちへ熱心に語り
剣をふるって闇を照らす彼の姿を、凛々しい彼の顔を。 その頭の付近で再び声がした。
「おう、信じてくれ、オレ様はきっとやってみせる。 でも、その為には誰かの支えが必要だ。
独りでは生きていけないっていうだろ? ・・・クレリア・・・俺と一緒に頑張って行かないか?」
クレリアは驚いて失速しそうになった。 上で他の面子が悲鳴を上げたのは言うまでも無い。
一緒に頑張っていかないか・・・それが指す意味・・・。 クレリアは頭が真っ白になった。
「俺は本気だ。 初めて会った時から・・・お前に惚れていた。
そして今は・・・愛している。 この戦いが終ったら、国に帰って一緒に世界創りを手伝ってくれないか?」
クレリアがカイの凛々しさに惚れたように、カイもまた、彼女の真っ直ぐな心、優しい心に惹かれていた。
それは敵として襲ってきたときから。 仲間に引き入れたのは・・・世界の為でもあった。
しかし、惚れた者を殺したくないという気持ちもあった。
今までは、そんな事を言えば不協和音を生むかもしれないと思ってずっと黙っていた。
さりげなく愛情を示しては来たが、面と向かって直接言えなかった。
しかし、もう最後の戦いを前に言っておきたかった。 好きだと、愛していると。
クレリアは、カイの言葉を、想いへ、自分の心に嘘をつかずに返した。
「私も好きだった。 凛々しいあんたが。 これからも・・・よろしく。 絶対勝って・・・国へ帰ろう。」
「・・・あぁ、もちろんだ! 皆が待っている。 ここで死ぬわけには行かないぜ。
告ったのにぽっくり逝っちまったら、せっかくの勇気が台無しだからな!」


83: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 00:29 ID:gAExt6/c
ミレディは、いつものようにニルスの傍にいた。 そしてニルスも、いつものように
腕を組んで遠くを仏頂面で見つめている。
この戦いが終っても、ニルスのやる事は変わらない。 攻撃対象がベルンから
世界の理を歪めようとする者へと変わるだけ。 しかし、ミレディはそうは行かなかった。
「ミレディ・・・今までよくやって来てくれたな。 ありがとう。 礼を言う。」
「どうなさったのですか? リーダー。」
「いや、私はこれからも組織を展開していくが、君はそうはいかないだろう。」
ミレディは少し悲しそうな顔をした。 しかし、ニルスについていくわけにはいかないのだ。
「ええ。 戦争が終ったら、私はベルンに帰ります。 帰るのは辛いけれど、国は荒れ果ててしまった。
国を再興しなければならないのです。 それに民には何の罪も無いのです。」
ミレディから予想通りの言葉が返ってきた。 彼女の忠誠心は本当に讃えられるべきものだった。
その忠誠心に、自分も何度助けられた事か。 有能な部下を手放す事は苦しい事だが、仕方が無い。
「しかし、ベルンの王家は血筋が途絶えてしまったのではないのか? 誰が国を継ぐのだ。」
「わかりません。 しかし、エトルリアではパーシバル殿が新エトルリアの王位に就くとか。
彼は民の熱狂的な支持を得ていましたから。 ベルンも、民に慕われる者が王位を継ぐべきだと思います。
私は祖国を正しく導いてくれる人なら、喜んでこの命を捧げます。 ギネヴィア様も、きっとそれをお望みになられると思います。」
ミレディが熱く祖国の事を語る。 祖国を裏切った自分。 だが自分は間違った事をしたとは思っていない。
自分が忠誠を誓ったギネヴィアも、きっとこの事をお許しになってくださるはず。
自分は、家族の為、そして忠誠を誓った女王の為、辛いが国に戻り、復興を手伝う。 そう誓った。
「そうか。 今までありがとう。 国に帰ったら、頑張れよ。」
「どうしたのですか? リーダー。 次の仕事は今の仕事を完遂してから考えろといつも仰るリーダーが。」
「さぁ、どうしてだろうな。 何故か言っておきたくなった。 よし・・・今は魔王討伐に全力を注ごう。」

セレスは、フォルセティの魔道書をじっくり見つめていた。
「どうしたの? セレス。」
そんな従姉弟に、アリスが寄り添った。 セレスの横に居ると自然と心が落ち着いてくる。
「いえ・・・僕のような若輩者が、こんな力を持った魔道書を使っていいのかと思うと不安で・・・。
この魔道書を持つと、凄い力が自分の体に流れてきて溢れ返るぐらいなんです。
僕は・・・心の強い人間じゃないから、いつ力に溺れてしまうか不安なんです。」
アリスは従姉弟の心境の変化を敏感に感じ取っていた。
今まで高位の魔法を扱う事こそが生き甲斐、と言うような感じでコツコツと研究に勤しんでいた彼から
高位の魔法を扱う事が怖い、と言われたのだ。 自分が授かった杖からも凄まじい力を感じるが
やはり破壊の魔法と癒しの魔法では、それを所持する者のプレッシャーは大きな差があるのだろう。
「そんな事無いわ。 セレスは心の弱い人じゃない。」
「セチが言ってた三つの光・・・。 力は授かったけど、残りの二つが僕には無いような気がするんです。
人の悲しみが分かる優しさと・・・人の悲しみを救える勇気が。」
「二つとも貴方は持っているわ。 優しさを持っているから、エトルリアでも頑張っていたのでしょ?
そして、勇気は今も皆に示しているわ。 こうやって、皆と一緒に戦っているじゃない。 自信を持って。」
セレスは、魔法を極めるとは、とにかく経験と知識を摘んで、高位の魔法を習得し
如何にそれを正確に、スピーディに唱え、行使するかという事に尽きると考えていた。
確かに、それは重要な事だ。 だが、それだけではない。
自分を戒める強い心も、魔法を極めるという事には必要な事だった。 賢者とは、自分を戒める事のできる者なり。
「ところで、セレスは戦争が終ったらどうするの? 私はイリアに帰って国を再興するのだけど。」
「僕は・・・迷っています。 エトルリアは父上の祖国ですし、パーシバル将軍も待っています。
でも、イリアは母上の故郷なんですよね・・・。 アリスさんも居ますし。」
「じゃあ、エトルリアに行けば良いんじゃない? パーシバル将軍も喜ぶわ。
エトルリアとイリアは隣国なのだから、困ったらいつでも声をかけてね。 私達、いとこ同士なのだから。」
「そうですね・・・。 アリスさんも、困ったら言ってください。
肉体関連はだめですが、頭脳ならいくらでもお貸しします。 あ、ヴァロール島が見えてきましたよ!」


84: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 00:32 ID:gAExt6/c
その頃、世界中では、アゼリクス配下の軍隊が各地を侵略しようと迫っていた。
彼らは改造竜石を用いて強化された悪魔の軍団だった。 肉体的な強化の反面、彼らは心を失っていた。
自らの意志を持たず、主の命令をただ実行する、そんな悪魔の軍団が各地に迫っていた。
しかし、各地では対抗組織が出来ていた。 ニルスが事前に、配下に指示を出していたからである。
いつ攻められるか分からないから、しっかり軍備を整えておけと。
「行くぞ! もうこれ以上エトルリアの地を汚させるな! 私に続け!」
エトルリアでは、パーシバルが悪魔の軍団に挑んでいた。 周りには自分の配下・・・
新エトルリア王国の家臣となっていく者達が後ろから続いていた。 それだけではない
更にその後ろからは、人間の他にも、ハーフの者達が武器を取っていた。
自分達を受け入れてくれる国をようやく手に入れたのだ。 この王なら、自分達を受け入れる国を作ってくれる。
そして自分達も、人々と手を取り合うように、心を開いていかなければならない。
パーシバルは馬を走らせ、向かってくる敵を退けながら、セレスの事を想った。

その動きは、イリアでも見られた。 イリアでは、ルシャナが王宮騎士団の生き残りや
マチルダ軍にいたハーフの騎士達を集めて団結を図っていた。
「良いかい! アリス王女が帰ってくるまで、絶対にイリアに指一本触れさせないよ!
あんた達も、イリアを守れば英雄さ。 英雄を拒む奴なんていないさ。 その力を差別してきたヤツに見せ付けてやんなよ!」
天馬騎士や竜騎士、そして騎馬兵が中心となって、せめて来る悪魔の軍団に挑みかかる。
もう、あのときの思いはしたくない。 国は絶対守ってみせる。
ハーフ達ともうまくやって行かなきゃいけない。 生きる為に、国を守るという共通の目的を持ち
皆は種族を超えて団結しようとしていた。 天駆ける騎士が、世界の闇へ敢然と立ち向かう。 その胸に、愛しの息子を想いながら。

一方リキアでは、資金を蓄えたハドラー侯爵が、グレゴリオのいなくなったオスティアを奪還。
オスティア城に居城を移し、リキアの統帥権を握っていた。
彼は、オスティア城の玉座にふんぞり返り、権力を思うがままにしていた。
彼は、自分の顔に泥を塗ったハーフを敵視し、グレゴリオとは逆にハーフを蔑視するように働きかけていた。
「何? また敵軍だと? やっとハーフを追い出し、反対勢力を一掃したと思ったら、今度は魔王軍だと?!
あのアルカディアとかいうわけの分からん奴らの言ったとおりになったというのか!
しかたない、兵を集結させろ! この城に一歩も近づけさせてはならんぞ!」
「それが・・・。」
しかし、民はそんなハドラーの事を王などと思っては居なかった。
民は自発的に団結し、魔王軍との全面対決を挑んでいた。 そこに種族の縛りなどなかった。
グレゴリオがこの地に撒いた共存の種が、芽吹き始めていた事を今表していた。
皆はグレゴリオの死を知っていた。 種族に関係なく、共存する事が大事だといった彼の思想が
今民の心にしっかりと刻まれ、その心が浸透していたのである。
当然、自分種族のことしか、いや、自分の事しか考えていないハドラー王の下に集まる兵は、殆どいなかった。
彼らは人間もハーフも互いに手を取り合い、独自に軍を構成し、悪魔の軍へ敢然と戦っていた。
そこへ、たくさんの荒くれ共も乱入してくる。 ダーツ海賊団である。
「お宝は手に入らなかったが、故郷の危機なら足が出たって問題ねぇ!
おい! お前ら、男って言うのはなぁ、戦わなくちゃあいけねぇ時があるんだ。 それが今だ。
泣く子も黙るダーツ海賊団の恐ろしさ、とくと見せてやれ!」
「やれやれ、男のロマンって言うのはどうも分からないよ。 足が出たら誰が調整するんだか。
でもまぁ・・・世界の危機なら、戦わなきゃね。 これで英雄と呼ばれでもすればたんまり報酬もらえるし!
えーと、・・・保険とか武器代とか・・・100万ゴールドは下らないわね・・・。
ひ、ひゃくまんごぉーるどぉ!? ・・・よぉし、あんた達! 死ぬ気で戦いなさいよ!」
ファリナがダーツを押しのけるように先陣を切っていく。
海賊団には、当然のように人間もハーフも一緒に寝食を共にしていた。
夢が同じなら、他は何もいらねぇ! ダーツの言葉に、皆は惹かれていた。


85: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 00:40 ID:gAExt6/c
リキアは、最もセレナ達の夢見る世界に近かった。 それはグレゴリオのお陰である事は言うまでも無い。
リキアの民はグレゴリオを想い、英雄ロイの子供達の帰国を心待ちにしていた。

一方、アルヴァネスカでは、竜の門から流出してきた魔王軍と、ハスタール軍が衝突していた。
それを聞いたマーキュレイ王は、すぐさま出陣を決める。
「他国に軍を入れる事は好ましく無いが、これは世界の危機だ。
竜族だけに苦しい思いをさせるわけには行かない。 おい、ブレーグランドにも伝えろ、世界の存亡の危機だ。
これからの為にも、共にハスタールへ向かおうと!」
各地でアゼリクス配下の悪魔の軍隊に対抗すべく、皆が団結する。 それは種族を超えて、皆が平和に向かって歩み寄った瞬間だった。

セレナ達はヴァロール島の上空に到着し、アゼリクスの城へもうすぐのところまで迫っていた。
目の前に高く聳え立つ、不気味な城。 漆黒の巨大な地割れの上に浮くその城には、歩いては入れない。
その、全てを喰らおうとするような大きな穴からは、地獄へ誘うような冷たく鳥肌の立つような風が吹き上げ
城の周りには常に暗雲が立ち込めていた。
城からは天馬騎士や竜騎士、そしてシューターが容赦なくクレリアを襲う。
クレリアは上にいる面子を気遣いながら、それをどんどん避けて城へと向かう。
こんなところで死ねないよ。 私は、ようやく世界を変えられそうなのだから。
幸せをつかめそうなのだから。 こんなところで終りたくない。
「行くぞ! フォルセティ!」
セレスが迫ってくる竜騎士や天馬騎士に、風神の息吹を放つ。
その風は、敵を押し流し、吹き飛ばし、シューターの矢を弾き飛ばした。
僕は、魔法を殺戮に使うのではない。 人々をあるべき姿の世界へ導く為に、皆の叫びに答える為に使うんだ!
城の前まで来ると、一行はクレリアから降りる。
「私と精霊らの力で、城に橋をかける。 ロキを頼んだ!」
ナーガの声が何処からともなく聞こえてきた。 すると、不思議なエーギルの流れを感じた後
自分達と城を隔てる暗黒の上に、橋がかかったのである。 見た目は薄い水のような橋・・・。
セレナが恐る恐るそれに足をかけてみる・・・落ちない。 渡れる!
よく見ると、今まで歩んできた空の方から、たくさんの兵がこの城に集結してきている。
「セレナ、シーナ! 皆と共に、早く城の中へ!」
「母さんは?」
「私もすぐに行く。 だから、早く行きなさい!」
そばに寄ってきた兵士を剣でなぎ払う母。 セレナ達は、彼女に言われるがままに橋を渡り、城の門を潜った。
それを見届けると、シャニーはナーガに向かって心の中で叫んだ。
「お願い。 橋を落として。 このままでは、城に兵がなだれ込んで挟み撃ちにされてしまう。」
「しかし、それではお前が。」
「私は世界を救いたい。 娘達も助けてあげたい。 でも、このままじゃ両方とも達成できない。
魔王だけでも手強いのに、それに配下まで加わったら勝ち目は無い。 これは・・・娘達への、ロイへの・・・皆への償いです。
私は、世界を救うという使命を果たす。 だから、お願いします!」
「承知した・・・。」
ナーガは精霊たちに命じ、先程かけた橋を再び落としてしまった。
それを見たセレナは愕然とした。 目をまん丸に見開いて驚き、大声で母を呼ぶ。
「母さん?! 何してるのさ、早くこっちに来なよ!」
「セレナ、ここは私が引き受けた。 ・・・早くロキを封じに行ってきなさい。」
シーナも首を大きく横に振ってその言葉を拒否する。
ここに一人で残るという事は、それはすなわち死を意味する。 いくらナーガの力を持っていたとしても。
セレナは落ちた橋を大きな口を空ける暗黒を飛んで越えると、母のところに戻った。
そして、その腕をしっかりと掴んで一緒に飛んで行こうとしする。


86: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 00:42 ID:gAExt6/c
「ダメだよ! そんなところにいたら殺されてしまうよ!」
だが、シャニーはそれを振りほどいた。 その目は隼のように厳しいものだった。
「相手は飛行系メイン・・・。 ここで誰かが足止めをしなければ・・・挟み撃ちを喰らってロキを封じることが出来なくなる。」
「そんな事・・・分からないよ! お母さん! 早くこっちに来て!」
セレナやシーナを突き放すように、シャニーは背を向けたまま怒鳴った。
こんな光景・・・どこかであったっけ・・・。 人を教え諭す年に、私もなったんだな・・・。 師匠、見ているかな・・・。
「貴女達の判断は、貴女達だけのものじゃないという事が分からないの?
ここで貴女達がロキを封じなければ、世界中の人々が皆悲しい思いをすることになるんだよ?!
早く行きなさい! 私だっておめおめとやられたりはしない。
貴女達がロキ封印に全力を懸けられるよう、全力で相手を足止めする。
世界を救えるのは、真にナーガに認められた貴女達しかいない! 皆が求めた光を、実現する義務があるのよ!
だから早く行きなさい! 手遅れになる前に!」
「くっ・・・!」
シーナ達は、母から目を背けて走り出した。 私達は悪い人だ。
世界の今後と母さんの命を・・・天秤にかけてしまった。 でも、きっと母さんなら生きていてくれる。
それを信じた。
「・・・これ、お守りだと思って持ってて。 絶対生きていてよ! 死んじゃったら、もう大っ嫌いになるからね!」
セレナも仕方なく、首にしていたペンダントを母に預けると城に向かって羽ばたいていく。
シャニーは城の中に消えていく娘達の姿を、いつまでも見つめていた。
生きていてよ・・・か。 難しいことを言う。 それより二人とも・・・きっと生きて帰って来るんだぞ。
世界は貴女達を必要としている。 理の壊れた世界には、貴女達のような若い力が必要なの。
こんなところで失うわけには行かない光・・・私は命に換えてでも守ってみせる・・・。
迫り来る悪魔の軍団に、シャニーはエクスカリバーを引き抜いて叫んだ。
「ここから先は・・・誰一人たりとも通さない!」

セレナ達は螺旋階段をどんどん上っていく。 この最上階に、きっとアゼリクスがいる。
途中で攻めてくる兵士達は、皆で協力して切り抜ける。
立ち止まっている余裕は無い。 今このときも、世界には悪魔の軍団が侵略を進めている。
ナーガや精霊達から授かった武器を手に、怯むことなくどんどん階段を駆け上っていく。
アゼリクスは、どんどん悪魔の軍団を創り上げていた。 竜石実験に加え、かつて“災いを招くもの”
ネルガルが行っていた、命を創る魔術をここ魔の島で手に入れていた。
アゼリクスは兵を『モルフ』という形で創り出し、それに改造した竜石を施し
自分の意のままに動く、強力な力を持った悪魔を生み出しているのである。
彼はいくらでも命を犠牲に出来た。 彼にとって、すべてのものが、世界に存在するすべてのモノが
自分の野望を達成する為の道具だった。 それは、暗黒神が降臨して更にエスカレートした。
「さぁ、我が可愛い僕たちよ、愚かな劣悪種共を食い荒らしておいで!」
漆黒の翼の生えた悪魔が、また最上階から大陸へ向けて飛び立って行った。
それを窓から見送るアゼリクス。 その下を見たアゼリクスは、少々驚いた。
「うん・・・? あやつはナーティでは無いか。 ・・・何故あいつがここにいる?
何故、ワシの兵と戦っている? まさかあいつは、ワシの仕掛けた暗黒魔法を解いたというのか。
自分の中の悪魔・・・負の感情を増大させて、心を殺してしまう、あの禁断の暗黒魔法を。
まぁよい。 息を吹き返しそうならば、止めを刺しておいてやろうか。
ワシのコレクションと、奴は戦えるかな・・・? ふぉふぉふぉ。」
セレナ達は何処からともなく、湧き出るように出てきて襲いかかってくる敵兵に手を焼いていた。
このままでは囲まれてしまう。 立ち止まるわけには行かなかった。
「セレナ、私達がここで足止めをする。 お前達は上の階へいけ。」
ニルスが上に昇る階段の前で、ミレディと共に立ちはだかった。
「何言ってるのさ! こんな所に二人をおいて置けないよ!」
「私は、私の使命を果たすまで。 このままでは、いずれ挟み撃ちだ。
そうなっては、死を覚悟してまで外に残ったお前の母・・・私の姉上にとっても嫁の立場だったシャニーに合わす顔が無い。」


87: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 00:46 ID:gAExt6/c
ニルスが敵にミョムニルを振り回しながら、セレナ達に行けと目で合図する。
「母さんは死なせないよ! あんただって・・・!」
「そう思うなら・・・一刻も早くロキを倒してください! セレナ殿が少しでも早くロキを封じれば
そのぶん、シャニー殿や私達の負担が減ります。 急いで!」
セレナ達はニルスやミレディの言葉に、やむを得ず先を急ぐ。
一刻も早く、アゼリクスを倒して、この悪魔の軍団を止めなければならない。 迷っている少しの時間すら貴重だ。
「ミレディ・・・最後まで世話をかけるな。」
「いえ、私は今、貴方に仕えている騎士。 主命とあれば、どこまでも!」
「そうか・・・すまない。 よし、敵を通すな!」
ニルスが斧を地面に叩きつけ、衝撃波で敵を吹き飛ばす。
ミレディも親友のトリフォンヌと共に、体を張って階段を守る。 ゲイブルーガを振り回し。
これが・・・最後の戦いになることを・・・世界が・・・正しい方向へ向かう事を・・・。
そして、ベルンが・・・再び蘇る事を・・・私は信じて戦う。 ギネヴィア様、どうかご加護を・・・。

セレナ達はそのまま突き進む。 ロキに対抗できるのは、ナーガの力を受け継ぐ自分達だけ。
その自分達を守るために、命を危険に晒して足止めをしてくれている仲間の為にも
絶対に歩みを止められない、負けられない。 犠牲をこれ以上出したくないと、何度誓った事か。
しかし、自分達は結局、誰かの命を踏み台にして生きている。
犠牲の出ない勝利など・・・不可能なのだろうか。 いや、まだ諦めてはいけない。
皆を信じるんだ。 皆は自分達を信じた。 守られたあたし達は、彼らを信じ、彼らの気持ちを背負い、
彼らの求めた光を自分の手に掴み、その光に皆を導いていく義務があるのだ。
相手の術中にはまるわけには行かない。 相手は力を自らの欲のために使い、世界を暗転させようとしている。
そうはさせない。 力は、皆が幸せになるために使われるべきもの。
そうでなければ、人には悲しみしか残らない。 力は、人を悲しませる為に使うのではなく
人の悲しみに打ち勝つ為に使うものなのだ。
力を求める事。 それは人なら多かれ少なかれ、誰にでもある欲求である。
しかし、その者の心に人の悲しみが分かる優しさがなければ、力はただの暴力と成り果てる。
人に卑しい心がなくなることはない。 しかし、その心に勝る優しさがあれば、世界は好転していく。

その頃、ヴァロール城の外では、シャニーが死闘を繰り広げていた。
襲い掛かってくる漆黒の翼を持つモルフ達。 それに敢然と一人で立ち向かっていた。
娘達は、未知の力と対峙している。 私がここで踏ん張らなければ・・・!
しかし、目の前に現われたモルフに、シャニーは絶句した。 そこには・・・
かつて、自分と理想を共にし、そして封印の神殿で散っていった大切な仲間達が立っていたのだ。
ディークにルトガー・・・ティト姉さんにクレイン義兄さん・・・ダグラス将軍・・・そして・・・ロイ・・・!
「ふぉっふぉっふぉ、お前さんの下らん理想に付き合って死んでいった者達を蘇らせてやったぞ?
理想というのは、悪戯に仲間を扇動して殺す事かの? お前さんはやっぱり悪魔じゃのぉ!」
アゼリクスの声が聞こえてくる。 封印の神殿でロイ達の亡骸が発見されなかったのは
その後アゼリクスがひそかに持ち出していたからであった。 優秀な部下に仕立て上げる為に。
ディーク達は無言で斬りかかって来た。
こんな顔・・・ディークさんがするわけ無い。 シャニーは惑わされなかった。
皆・・・。 私のせいでこうなってしまった・・・。 この責任は、私がとります。
こんな姿でアゼリクスに利用されて・・・苦しいでしょう。 今楽にしてあげる・・・!
私は人殺し。 英雄でもなんでもない。 でも、子供達が幸せに生きられる世界を目指して戦っている。
娘達の為なら・・・私は喜んで汚名を着よう。 裏切り者でも、人殺しでも、悪魔でも・・・。
無表情で切りかかってくるロイに、反撃しながら、シャニーはポツリと漏らした。
「ロイ・・・私、これでいいよね? 例え世界が私の事を許さなくても
ロイや・・・皆が許してくれるなら、私はもうそれでいいよ。 私は私の理想が間違っているとは思えない。
私は私の理想を・・・追求し続ける!」


88: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 00:49 ID:gAExt6/c
最上階までもうすぐだ。 もうあと一息で、アゼリクスのいる場所に辿り着く事ができる。
しかし、それを目前にして、扉は硬く閉まっていた。 魔力で封じられたその扉は
体当たりでも、武器で打ちつけても、びくともしない。
「くそっ、開けよ!」
クラウドが槍を扉の境目にあててこじ開けようとするが、やはりびくともしない。
セレスもフォルセティを扉に向かって放つが、闇の魔力の前に、彼の風は無力にも消えてしまった。
「何か無いか・・・ん?」
カイが部屋を見渡すと、そこには大きなスイッチがあった。 巨大なスイッチだ。
もしやと思い、カイが乗ってみる。 スイッチを体重で押したが、やはり扉は開かない。
更に見渡すと・・・向こうにもう一つスイッチがある。
「クレリア、ちょっとそっちのスイッチに乗ってみてくれ。」
カイの指示に、クレリアも走ってスイッチの上に乗る。
すると、扉が開いたではないか。 これで、先に行く事ができる。 そう思い、スイッチから離れたその瞬間だった。
「うわっ!?」
凄まじい音を立てて、扉が閉まったのである。 目の前で、上から落ちてきた扉にクラウドは腰が抜けそうになった。
もう一歩早く先に進んでいたら・・・ぺしゃんこのところだった。
「アゼリクスめ・・・さすがに用心深いな。」
その扉は、二つのスイッチを押す事で、はじめて開ける事ができる。
そして、そのスイッチが押されている間だけ、開く仕組みのようだった。
カイは暫く考え込んだ後、セレナ達に向かって、再びスイッチに乗って言い放った。
「セレナ、俺達がスイッチに乗っているから、その間にアゼリクスのところへ行け。」
「カイ・・・あんた・・・。」
「行け! 迷う余地など無いだろう!」
セレナにも分かっていた。 誰かがここに残って扉を開けなければならないと。
頭では分かっている。 でも・・・仲間をおいていくなんて事は、何が何でも回避したいことだった。
「カイ・・・。 あんたが残るなら、私も残る。」
残った一つのスイッチに、クレリアが再び乗る。 開け放たれた運命の扉。
「クレリア・・・お前。」
「国に帰って一緒に頑張るんでしょ? ならこんなところであんたを失いたくない。 あんたは私が守ってあげるよ。」
カイは自分のパートナーの言葉に少し恥ずかしくなった。
「へ・・・。 という事だ。 セレナ、行って来い。 オレ様達もそう簡単には死なない。
大切なこいつを残して死ぬわけには行かないからな。」
「大切な・・・? ・・・分かったよ、カイ。 行ってくる。
その代わり、絶対に無茶しないでね? だ、だってさ、ロキを封じても、あんた達が生きててくれなきゃ
ここの扉しまっちゃって外に出られないんだからね!」
セレナは残った仲間と共に、最上階へと続く階段を駆け上っていった。
全員が扉をくぐって言ったことを確認すると、二人はスイッチから降り、扉を自ら閉めた。
入り口も、出口も閉まった。 もうこの部屋から出るすべは無い。 アゼリクスが生きている限り。
静まり返る広大で薄暗い部屋。 セレナたちが帰ってこなければ、自分達もここで朽ち果てる運命。
セレナ達の元気な顔が見えなくなると、少しずつ不安が襲ってきた。
「怖いか? クレリア。」
「バ、バカ言ってんじゃないよ。 ビビってんのはあんただろ?
私は・・・。 私は、あんたが傍にいてくれれば、怖いものなんて無いよ。 それより・・・あいつらの無事を祈ろう?」
「そうだな・・・。」
二人は寄り添うように、扉の前に立ち、皆の生還を祈った。


89: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 00:55 ID:gAExt6/c
「はぁ・・・はぁ・・・。」
手に握る神剣の先から血が滴り落ちた。 体が言う事を聞かなくなって来ている。
目も半開きにしか開かない・・・。 もう立っているだけで精一杯だ・・・。
自分のかつての仲間を、自分の手で安らかな眠りにつかせたシャニー。 残るはロイだけとなっていた。
しかし、体へのダメージはもはや限界を超えていた。 剣から滴り落ちた血は
相手のものではもはやなく、自分の腕の傷からとめどなく流れ出ているものだった。
銀髪も赤く染まり、足の動きもどんどん鈍くなって、ロイの剣を避けられなくなってきた。
なんとか剣で弾いているが、その腕も・・・次第に力が入らなくなっていく。
「!・・・うあぁ・・・。」
とうとう、ロイが渾身の力で振り斬った剣が、シャニーの腹部を捉えた。
今まで、ディークたちから少しずつ被弾していたが、ここまでまともに当ったのは初めてだった。
剣を地面につきたて、右手で腹を押さえながら膝を突いた。 下にはすぐ真赤な池が出来る。
・・・急所をやられたかもしれない。 意識がもうろうとする。
そのシャニーに、ロイは容赦なく、血のついた剣を振り下ろす。 私は・・・ロイをこんな状態のままにして死ねない・・・。
どの道死ぬなら、ロイと一緒でなければ・・・!
シャニーは被弾覚悟で、ロイの胸の急所を、エクスカリバーで貫いた。
自分も、何かわき腹が熱くなるような・・・妙な感覚が襲った。
ロイからの返り血を浴びながら、シャニーは何とか立ち上がる。
横たわるロイの顔に目をやると、先程の仏頂面は消えていた。 彼は笑顔だった・・・。
それは、十数年前、封印の神殿でロイを自分の手で殺めた時と同じ顔だった。
ありがとうと言って、笑顔で逝ったあの時と・・・同じ顔だった。
「ロイ・・・私は、何の為にロイを愛したんだろうね・・・。
こうやって・・・ロイを殺す為? 大好きなロイを・・・何度も殺す為に、私は貴方を好きになったの?
もしそうなら・・・悲しすぎるよ。 運命を・・・憎むよ・・・。」
人間なら・・・もうとっくに死んでいた。 しかし、自分はまだ生きていた。
恋人を二度殺して、今なお生き続けていた。 彼女は自分の生命力を呪った。
こんなことをする為に、私はナーガから力を賜ったのか・・・。 そんはずがない!
そして、竜族になった今、生きているとは言え・・・自分は命の炎が消えかかっている事が分かった。
もう、体に感覚が無い。 剣を握る手は鮮血に染まり、目にも血が入り、半開きしか出来ない目の
狭い視界を更に狭くした。
シャニーは腹部を貫通したロイの剣をなんとか引き抜く。 そして、ふと前を見上げた、そのときだった。
・・・シャニーは死を覚悟した。 あれだけ倒して尚、敵である悪魔の軍団は一向に減る気配が無い。
一体何処からこんなに兵が・・・。 しかし、この島のどこかから集まってきている事は確かだ。
自分ももういくらも持たない。 だが、娘がアゼリクスを倒すまではなんとしても、敵の城への侵入を食い止めなければならない。
シャニーは何かを決意したかのように、動かない体を必死に起き上がらせ、剣で地面を斬った。
そして、その斬り跡で、魔法陣をこしらえると、その真ん中に膝を突いた。
「はぁ・・・・はぁ・・・。 ごめんね、セレナ、シーナ。 母さん・・・貴女達との約束・・・守れそうに無いよ。
でも、母さんは嬉しいよ・・・。 例え私が死んでも、私の理想が・・・、思想が消えるわけじゃないから・・。
自分の理想を・・・受け継いでくれる人がいることが・・・、どんなに心強い事か・・・今ようやく分かったよ。
ロイも・・・きっとこんな気持ちだったんだろうな・・・。」
シャニーは震える体で、少しずつ呪文を詠唱していく。
あの時・・・ベルンでナーティとして生かされていた頃覚えた、禁断の破滅魔法の呪文を。
私は今まで、多くの命によって支えられて生きてきた。
皆、私を守って死んでいった。 その者達の死を無駄には出来ない。
そして、今、皆が命をかけてまで守った力を使うときが来た。 
暖かい光を呼び込もうと戦い、そして、その光に皆を導いていく存在・・・娘達が、巨悪と戦っている。
今度は、私が、彼女らを守る番だ。 人は独りでは生きていけない。
他の人の助けが合って、はじめて生きることができる。 皆が皆を助け合っていかなければならないのだ。


90: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:02 ID:gAExt6/c
私は・・・幸せだったんだ。 多くの仲間と共に夢を語り、娘達とその夢を実現しようと戦えた。
魔法陣が光りだす。 そして、シャニー自身も、自らのエーギルで光を放ち始める。
呪文を唱える間、シャニーは今までの事をずっと思い出し、そして未来を想っていた。
見習い騎士として世界を回り・・・ロイと恋仲になって、イリアの王宮騎士団団長になって・・・
そして、娘達と再会し、今こうして娘達と戦っている。 この先には、きっと明るい未来がある・・・。
皆・・・今までありがとう、そして・・・さようなら! 私達の求めた光、必ずや・・・!
「はぁ・・はぁ・・・。 我が身・・・を贄とし、汝の・・白き聖光で、理を曲げたる・・・汚れし魂を・・・滅し給え!
・・・みんな・・・後は・・・頼むよ・・・。 破滅魔法・・・ラグナロク!」
シャニーは詠唱を終えると、エーギルで光り輝く剣を地面に・・・魔法陣の中央に強く突き立てた。
彼女のエーギルが、剣から魔法陣へと伝わる。 そして、一点大きく光ったかと思うと
魔法陣を中心に大爆発が起こった。 眩いほどの閃光と、すべてを吹き飛ばすほど破壊力のある爆風が
ヴァロール島全体を、勢いを殺さないまますっぽり飲み込んだ。
彼女の命が島全体へと広がり、悪魔の軍団をヴァロール島の深き木々もろともかき消して行った。
彼女の風は、ヴァロール島に留まらず、リキアやイリアにまで・・・世界中に吹いた。
「この風は・・・なんだ?」
パーシバルは、このどこか暖かい風に、ふと馬を止めた。
そして、その風を体全体で受けると、何か力が沸いてくる気がする。 
「・・・。」
彼は部下を引き連れて、攻めて来る魔王軍へ再び突撃して行った。

短い夏が終りかけたイリアでも、その風は寒風とならずに、暖かいまま届いていた。
「・・・?! シャニー?」
真っ先に反応したのはルシャナだった。 
風が自分の耳を駆け抜けた途端、何か、シャニーが話しかけてきたような気がしたのだ。
そして・・・この匂い・・・これはシャニーの・・・あいつ、まさか・・・。
そしてナバタの里では、祈っていたソフィーヤが空を見上げた。
「・・・どうして・・・こうなってしまうのでしょう・・・。 運命は・・・常に・・・悲しい・・・。」
サカでも、スーが空を見上げていた。 風の“声”を聞きながら・・・。
「・・・シャニーさん・・・。 他の方法は・・・なかったの? セレナさん達には、貴女は必要な存在であったはずなのに・・・。」
・・・閃光と爆風が収まったヴァロール島は、すっかり焼け野原になっていた。
そこにはもはや、誰も生き物がいなかった。 魔王軍もみな、あの閃光に燃え尽きてしまっていた。
魔の島に残ったのは、不気味にそそり立つアゼリクスの城だけだった。

「うわ、今の音は何!?」
最上階へ向かうセレナ達は、城が揺れるほどの爆音に慌てふためいた。
窓の外を見てみるが、外を覆っていた暗黒の雲は、先程の爆風で一瞬吹き飛んだだけだった。
下の様子は、セレナ達が見る前に、再び暗雲によって遮られて見えなくなっていた。
これもアゼリクスの仕掛けた罠なのか・・・? しかし止まっている暇は無い。
皆は松明で照らされる、空気の悪い螺旋階段を登り詰め、とうとう最上階へと達した。
扉を潜ると、そこには壁がなかった。 なかったと言うより、何かに吹き飛ばされたような感じでなくなっていた。
しかし、下は見えない。 下は周りに広がる暗雲で視界を遮られていた。 何が起こったのか知りたい。
だが、その気持ちを払拭する存在が目の前に居た。 彼は、自分達に背を向け、空を見上げていた。
「何と言う奴じゃ。 他人の為に・・・何を考えているか分からん他人を信じて・・・
自らの命を散らすとは・・・これが優しさとか言うヤツか? 愚かなり、全く持って愚かなり劣悪種共よ。」
アゼリクスは独り言を言い終えると、マントを翻してセレナ達のほうを向いた。
「来たか愚かな劣悪種共よ。 実に諦めの悪いことだわい。」
「ふざけるな! 理想を諦めたら、何の為に戦ってきたのか分からないじゃない!
私達はあんたを倒して、皆が生きているだけで尊ばれる世界を創り直す。 暗黒神なんかに世界を委ねたりはしない!」
セレナが封印の剣の剣先をアゼリクスに向ける。
魔王は封印の剣がこの場にあることに、少し驚いたようだったが、セレナを嘲笑した、


91: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:15 ID:gAExt6/c
「ぐわははは! 貴様らの理想は、力を得て、人を殺しまくる事か! ならばワシと変わらんのぉ!
劣悪種ごときが自分のやっていることを棚に上げ、魔王であるこのワシに説教とは片腹痛いわい!」
「違う! 私達の理想は、皆が生きているだけで尊ばれる世界を創る事!
確かに、多くの人を殺めてきた。 だけど、私達はその人たちの事を絶対に忘れない。
その人たちが目指した光を、私達が実現する! 貴方のやっていることに正義など無い!」
シーナも、姉の横に並び、ブリューナクの矛先をアゼリクスに向かって叫ぶ。
自分達は、多くの命を、業を背負ってここまで生きてきた。 皆の期待を台無しにするような事は出来ない。
しかし、アゼリクスは笑いが止まらないといった様子だった。
「正義だと? お前達劣悪種が、正義を掲げて何をしたと思っているのだ?
正義だと? 理想だと? 下らん、実に下らん! 正義と言う仮面をつけ、お前達はハーフに何をした?
忘れたとは言わせん。 お前達はハーフを悪魔といって蔑み、資源も希望も何も無い辺境の地へ追いやり
それだけでは気が済まず、この世から抹殺しようとした。 違うか!」
顔では笑っているが、アゼリクスの怒りは留まる事を知らない。 人間達はハーフを差別し、大陸の東方へ無理矢理追いやった。
そして、『優良種の保存』を正義と掲げ、ハーフ狩りを行っていた。
その事実は曲げようも無いことだった。
「それは・・・確かに事実。 だから、私達はこれから、そういったことが無い世界を作ろうと・・・。」
「これから・・・? がははは、お前達に明日などあるものか。
いいか、ワシらが悪い、悪いと世界中に言いふらしておるようじゃが、考えてみろ。
自愛心に満ちたセイギやリソウを高らかに掲げ、先に戦争を仕掛けたのは人間だろう!
正義という麗句で塗り固めたエゴで、世界を破滅させようとしたのは貴様ら人間だろう!
お前達はそんな卑しい劣悪種を救おうと言うのか? のぅシーナ、同族のお前なら、分かるだろう!」
アゼリクスの言葉はどれも否定が出来ないものばかりだった。
しかし、シーナは首を振った。 だからと言って、ハーフがみなにやり返すなんてことに、正当性があるとは思えない。
正義と言う言葉は誰でも簡単に語れ、そしてその言葉は簡単に物事の善悪を覆い隠してしまう。
更には、『セイギのため』という言葉だけで、人は何か納得させられてしまうのである。
一歩間違えれば、正義と言う言葉は、偽善者が自分を正当化するための道具に成り果ててしまう。
シーナをセレナが庇うようにして前に出た。
「確かに、今までの人間のハーフへの対応は、許せないものがある。
そして、それを見てみぬ振りをしてきたあたし達竜族も、責任は大きい。
だからこそ、あたし達は、二度と同じ過ちを繰り返さない為に、世界を変えようとしているんだ。」
「二度と同じ過ちを繰り返さない・・・? 残念だが、それは無理じゃな。
人間は卑しい生き物。 何かあっても、時が経てばまた同じ過ちを繰り返す。 愚かだと思わんかね?
ワシは、そんな劣悪種に世界を任せてはおけん。 ワシが何を目指しているか、分かるかね?」
「暗黒神の力を使って、ハーフ以外の種族を滅ぼすつもり・・・ですか?」
セレスも胸が痛かった。 常に、セイギやセイトウセイを重んじてきた自分だが
それが果たして、誰から見ても本当に正義なのか・・・。 自分が正しいと思うことが、他の種族にとって本当に正しい事か。
そこまで深く考えた事はなかった。 セイギの為に戦うことこそが、人として大切な事だと思っていた。
だが、そのセイギが本当に正義なのか・・・それを鵜呑みにしない勇気が必要だった。
「少し違うな・・・。 人間など、ワシの力でいつでも葬り去れる・・・。
お前達人間がワシらにしたように、ハーフが人間を支配する・・・? いやいや、全然生ぬるい。
人間の抹殺など、一瞬の苦しみでしかない。 そんな一瞬で、我々の苦しみが分かるものか。
暗黒神の下で・・・生かさず殺さず、光も希望もない世界で・・・永遠の苦しみを与えてやるのよ!
想像しただけで涎が出るわい・・・ぐはは・・・がーっははっはっは。」
アゼリクスの狂気とも取れる笑い声が、壁を失った城の最上階にこだまする。
「あなたは間違えているわ。 力を求める事を間違っているとは言わない。
でも、求める理由が間違っている! 人を悲しませる為に、力を欲するなんて! 力で世界を歪めようなんて!
あなたには、人の悲しみが分からないの?! それを救おうとする勇気が無いの? 自分でなく、暗黒神に頼るなんて!」


92: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:16 ID:gAExt6/c
シーナが再び姉の前に出て怒鳴る。 同族とは言え、許せない。 こんなことを考える人がいるなんて。
しかし、彼も元々はそうでなかったのかもしれない。 時が、人間が、彼らに地獄の歴史を歩ませた結果
このような歪んだ理想を是とする人へと、彼を変えてしまった。
「世界を歪めようとしているのは貴様らだろう! 優しさだと? 勇気だと?
そんな下らん感情に囚われているのは貴様ら劣悪種だけだ! 優しさだと? そんなのは弱さだ。
勇気だと? そんなものは自己満足だ。 良いか、よく聞け劣悪種共。
優しさなどと言う弱さを是とする限り、お前達がワシに勝つことなどできん。
優しさとはすなわち弱さだ! いくらでも付入る隙を、優しさは与えてくれる。 便利な感情よ!」
「なんて惨い・・・!」
アリスは握る杖に力が篭るのを感じた。 彼を止めなくてはいけない。
この者は真の悪魔だ。 この者は人の優しさに付け込み、世界の理をを本当の意味で破壊しようとしている。
「そんな他人事でいいのかね? 今お前達は、その素晴らしい世界の最前線におるのじゃぞ・・・?
ワシに逆らう愚か者共がどうなるか、まずはお前達が見せしめとなるが良い!
貴様らのような愚か者に、ヘイワに生きる場所も、逃げる場所も無いということを、このワシ自らが教えてやろう!」
アゼリクスが雄たけびを上げる。 その彼から放たれる闇のオーラに、皆は吹き飛ばされそうになった。
彼は“準備体操”を終えると、魔力で中に浮かび上がった。
彼は暗黒神の魔力によって体が若返っていた。 今までの腰の曲がった老人はそこにはいない。
紫紺色の目をした鋭い視線に、筋骨隆々としてすくっと背筋のたった若者だ。
彼は高らかに、そして不気味に笑い声を上げる。
セレナやシーナ、そしてレオンが空中へ舞い上がる。 セレナが先陣を切り、利き手に持った封印の剣をアゼリクスに振る。
しかし、彼は魔力の篭ったマントで彼女の剣を振り払う。
彼の魔力の前に自分の剣がマントすら斬る事が出来ない。 逆に闇黒の光弾を喰らって地面にたたきつけられる。
「ぐっ!?」
後ろを見ると、壁のなくなった城の床ギリギリまで自分は吹き飛ばされていた。
もう少し強く吹き飛ばされていたら、地上にまっさかさまのところだった。 ・・・いきなり命拾いをした。
「ふはっはっは・・・慄け劣悪種共!」
彼は地面を拳で打ちつける。 その魔力が地面を伝って、床が波打ってきた。
その波うちに触れた途端、体が痺れるような感覚に陥る。 ・・・凄まじい魔力だ。
レオンが空中からグングニールで挑むも、やはり強力な魔力の壁に、槍が弾かれてしまう。
どうしたものか・・・。 暗黒神を封じるドラゴンスレイヤーである封印の剣すらも弾かれた。
「行くぞ、フォルセティ!」
セレスの放った風の超魔法。 しかし、それすらも、アゼリクスの前では微風のようなものだった。
彼は魔法障壁を張ることもなく、そのまま手を構える。
「そのような自然魔法など、この私には通用せん! はあぁぁ!」
アゼリクスの体から強烈な勢いで放たれる闇のオーラに、フォルセティの風は飲まれてしまう。
それどころか、暖かな光を運ぶはずのフォルセティが風向きを変え
すべてを飲み込む暗黒をその風に乗せて、セレスたちに襲い掛かってきたのだった。
「ぐは・・・まさかこんなことが・・・。」 
空中から降りてきて衝撃段をうとうとするアゼリクスに、クラウドやアレンが一斉に攻撃を加える。
「く、その槍は、まさかミストルティンか! 猪口才な!」
アレンの槍を弾けずに目を潰されそうになった。 この槍は・・・ハスタールの宝槍、ミストルティン。
ナーガの力で作り出された聖槍だったのだ。
そこをすかさずクラウドもゼピュロスで貫く。 完全に捉えているはずなのだが・・・。 あまり相手に通っていない気がする。
「さぁ、そろそろメインショーと行こうか!」
アゼリクスはいきなり両手に剣を召喚する。 巨大な刃を持つ、漆黒の剣・・・。 セレナとおなじ二刀流・・・。
長身から繰り出される二連撃。 その破壊力は測る術もない。


93: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:19 ID:gAExt6/c
セレナの双剣をすべて見切ったかのように、同じく双剣で受け止めてくる。
そして、その闇の波動をまとった剣が、とり囲もうと近寄ってくる他の面子を一気に弾き飛ばす。
槍で剣を受けたアレンでさえ、馬から吹き飛ばされそうなくらいの衝撃を受けた。
こんなはずはない・・・。 何か体が重い。 いつも通りに剣を振ることが出来ない。
何かに体を拘束されているかのように、体に力が入らない。 相手に攻撃が通らない・・・。
「うらぁ!」
「ぐは?!」
クラウドが馬から吹き飛ばされた。 どういうパワーだ・・・あの爺さんだったアゼリクスだとは思えない。
しかしそんな事を考えている暇はなかった。 馬から吹き飛ばされ、倒れている自分の首めがけて
アゼリクスが双剣をクロスさせて斬りかかってきたのである。
慌てて槍で剣を弾く。 そして相手を蹴り飛ばすと、馬に乗らずにそのまま槍を振り回す。
危ないところだった。 槍で弾いていなければ、今頃急所を斬られて死んでいたところだ。
空中からのレオンのグングニールと、地上からのクラウドのゼピュロスが交差しながらアゼリクスを狙う。
だが、そのコンビネーションプレイすら、彼は双剣をものの見事に使いこなし、それらの槍を弾き、被弾を防ぐ。
「はっはっは、私は今でこそ老いぼれて大賢者とか言われていたが
昔は剣の使い手だったのだ。 貴様らのようなヒヨッコどもでは、私を倒すことなど出来ぬわ!」
暗黒神の力で若い体を取り戻したアゼリクスは、縦横無尽に地空を駆け回る。
その熾烈な攻撃を皆は必死に避ける。 アリスは杖をかざして、天に祈る。 どうかこの戦いに勝利を。
エリミーヌ様、どうか我らにご加護を・・・。
シーナがレオンに続き、母から授かったブリューナクを天馬のスピードに乗せてアゼリクスに突き放った。
だが、その槍がアゼリクスを捕らえる事は無い。 逆に対空攻撃、ツバメ返しを喰らってしまった。
「うあっ」
「くたばれ小娘! お前も私のいうことを聞いておれば、ハーフだったのだからこれから先も安泰であったものを!」
シーナは天馬から叩き落され、勢い余って城の壁が壊れて吹き飛んだ部分から、外へ放り出されてしまった。
こんなところから落ちたら死んでしまう。 もうダメだ、兄ちゃん・・・。 助けて・・・。 そう思った時だった。
誰かの手が、自分の腕を掴んだ。 眼下は下の見えない宙。 自分の命の綱となってくれたのは・・・。
「大丈夫か、シーナ!」
それはクラウドだった。 彼は槍を捨て、シーナを助けようと腕に飛びついたのである。
自分も勢い余って、下に落ちるかもしれなかったのに。
「兄ちゃん・・・ありがとう。」
「あったり前だろ? お前は大切な妹なんだから。」
「うん・・・ううん、違う! 兄ちゃんは・・・私にとって大事な人!
兄ちゃんにも・・・。 クラウドにも! 大切な妹じゃなくて、大切な人って言って欲しい!」
「シーナ・・・?」
クラウドはとりあえずシーナを引き上げた。 クラウドの横では、天馬が心配そうにシーナを見つめていた。
シーナは槍を拾うと、天馬のところに急いで戻る。 そして天馬の横にいたクラウドにもう一度言った。
「クラウド・・・私、今までずっと恥ずかしくて言えなかったけど・・・貴方のこと、好きよ。
兄としてじゃない・・・一人の人として・・・愛してしまったの。 だから・・・生きて帰ろう?
私だけ天国に行ったり、私だけ生き残ったりしたら嫌だからね!」
死ぬ思いをしたシーナ。 自分の思いを相手に告げずに死ぬところだった。 そんなのは嫌だ!
今まで可愛い妹だと思っていたシーナが、一人の女として自分に接してきた。
最初は困惑したが、彼は自分の気持ちに素直な男だった。 自分を心細そうに見上げるシーナの肩をポンと一つ叩く。
「おう! 生きて帰ろうな、必ず二人で!」
二人が部屋の隅で生死の狭間に立っていた時、残りの三人はアゼリクスの猛攻に必死に耐えていた。


94: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:22 ID:gAExt6/c
アゼリクスはセレナを集中的に狙ってくる。 それは、如何に自分のほうが優れていると分かっていても
自分の能力を滅ぼす為にある剣を二本も持っているからだった。
こいつさえ潰せば・・・あとはどうにでもなる。 しかし、他の二人がそうはさせまいと邪魔し
後ろにいるセレスやアリスが、必死に杖を使って傷を癒しにかかる。
「アレンさん行くわよ、リブロー!」
アリスの癒しの杖は、本当に前衛の皆にはありがたいものだった。
直接戦闘は出来ないものの、彼女の癒しの杖で、どれだけ多くの難局を打破してきただろう。
しかし、彼女の動きが、アゼリクスの視界の隅に入ってしまった。
アゼリクスは大きく跳躍すると、一気に後衛の陣まで辿り着く。 そこは、アリスの目の前だ。
「死ね、劣悪種め!」
「な・・・!」
アゼリクスが渾身の力で双剣を振り下ろす。 ろくな防具をしていないアリスがそれに耐えられるはずが無い。
何とか剣を避けた・・・が、もう片方の剣が避ける暇なくアリスを襲っていた。
「セレス?!」
「アリスさんは僕が守ります。 僕の大事な従姉弟なのですから!」
セレスがアリスの前に立ち、マジックシールドで剣を弾く。
「僕はいつも、アリスさんのようになりたいと思っていました。
セレナのような馬鹿笑いは出来なくても、アリスさんのように、いつも微笑んで
皆の失敗を、笑って許せる人になりたいと思っていました。 憧れの人を失うわけには行きません!」
「セレス・・・。」
そしてすかさずフォルセティを放った。 闇の魔王相手に理の魔法はあまり効いていない。
相手はフォルセティを双剣で斬った。 風を切るとはまさにこのことだ。
だが、そのお陰で自分達との距離が開く。 再び前衛たちが襲い掛かった。
セレスは包容力のあるアリスの事を敬愛していた。 そして、いつか自分もこうなれるようになりたいと思っていた。
だが、その意に反して、いつも自分は冷たい対応ばかりとってしまう。 だから、余計にアリスが輝いて見えた。
セレスたちを守るように、セレナ達が急行してくる。
「セレナよ、貴様の腕では、この私は倒せんぞ!」
再びセレナに襲い掛かるアゼリクス。 セレナも封印の剣でなんとか攻撃しようとするが、見事に抑えられている。
アストレアで相手の剣を受け、封印の剣で攻撃し、再びアストレアで受ける・・・。
四本の剣が、二人の間で弾く交差し、火花を散らすほどに砕き合おうとしている。
「がははは! 理想だと? 正義だと? 戯言だ!」
アゼリクスの闇の双剣が、セレナの握力をどんどん奪っていく。
彼女も技術で何とか相手の攻撃を弾いているが、そのうち腕力に負けて、封印の剣を弾かれてしまった。
「しまった!」
残ったアストレアで相手の剣を受けるが、利き腕の遊んだ二刀流では、限界があった。
空中で一方的に攻められる。 純白の翼に、少しずつ血飛沫が飛んで赤く染まっていく。
もらった・・・! アゼリクスはセレナの首めがけて、一気に剣を切り上げた。
セレナももう避けきれないと悟ったのか、防御体勢をとって目を瞑ってしまった。
・・・目の前で高い金属音と、鈍い金属音、二種類の金属音が続けざまに聞こえた。
セレナが目を開けてみると、そこには目の前にレオンがいた。
グングニールで相手の剣を一本受け・・・もう一本の剣を、鎧で受け止めていた。
その鎧は、竜騎士用の重厚な金属製の物であったが、それを貫通し、そこから鮮血が流れ出していた。
「・・・大丈夫か、セレナ。」
「レオン?! あんた・・・? だ、大丈夫なの?」
二人はアゼリクスから離れようとするが、彼もそうはさせないと剣を振る。
今ならこいつを仕留めることができる。
アゼリクスも、自分を滅ぼすナーガの化身の前に、一瞬の焦りが表れていた。
背を向けて剣を取りに行くセレナの翼を狙って、アゼリクスが双剣を突き刺そうとした、そのときだった。


95: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:26 ID:gAExt6/c
「うぅ!?」
アゼリクスの左目を何か鋭い物が捕らえた。 目を押さえて苦悶するアゼリクス。
彼の目を捉えたのは、ミストルティンだった。 アレンは敵の一瞬の焦りを見逃さなかった。
そして、将来仕えるべき姫に手出しをさせまいと必死に攻撃を繰り出す。
「おのれ・・・小賢しい劣悪種め・・・!」
片目を潰されたアゼリクスは、アレンの追撃をかわして双剣で再び彼に襲い掛かる。
勢いの留まるところを知らないアゼリクスを、アレンとクラウド二人かかりで押さえにかかる。
やっと、セレナは向こうに弾き飛ばされた封印の剣を拾う。
「大丈夫?」
「あぁ、なんとかな。」
「さっきはありがとう。 あなたが助けてくれなかったら、あたしは・・・死んでた。」
セレナは本当にレオンに感謝した。 金属製の鎧すら貫く闇の剣、アンスウェラ。
そんな破壊力の剣を受けていたら、間違いなく首が飛んでいた。 今でも生きた心地がしない。
「・・・相変わらず無茶な戦い方をするな。 太刀筋が荒いと言うか。」
レオンの言い草に、セレナは戸惑った。 こんな怪我をしているのに、自分の心配何かしている。
自分のバンダナでレオンの傷の止血をする。 なかなか止まらない。 あまり得意ではないが回復魔法も併用する。
「無茶な戦い方をしているのはあんたでしょう?! ほら、こんなに出血して。
いつも冷静なあんたがこんな無茶をするなんて! ・・・でも、本当に助かったよ。」
「俺はいつも冷静だ。 今だって別に無茶をした覚えは無い。
前にも言っただろう? 目の前で女が困っているのに、それを見捨てるような野暮な男では、俺は無いと。」
「もう、レオンってホント、キザね!」
「お前が他の奴だったら、ここまでしたかな・・・。」
「え・・・?」
「ふっ、ボサボサして無いで早くアゼリクスを止めるぞ!」
レオンは再び飛竜に乗って、アゼリクスのところへ向かっていく。
何処までもキザな奴。 セレナも少し戸惑いながら、封印の剣をを握りなおし、アゼリクスのところへ向かった。
しかし、やはり剣は殆ど受けられ、辛うじて被弾させても何か体を重いものが襲い、いつも通りに剣に力を入れられなくなる。
「どうしたら・・・どうしたら良いの・・・。 姉ちゃんの封印の剣ですら・・・効かないなんて・・・。」
シーナは天馬からブリューナクでアゼリクスに襲い掛かるが、やはり槍を弾かれてしまった。
その隙を狙って姉が光速の双剣を叩き込む。 しかしそれでも、相手へ効果的な攻撃が出来ているとは言い難い。
シーナは空に向かって祈った。 どうか、世界中の皆・・・私達に力を。
力を求め、道を誤った者から世界を取り戻し、光と笑顔に満ちた素晴らしい世界を創る為に・・・!
・・・ナ、−ナ・・・。 シーナの祈りに答える声があった。 シーナは心を研ぎ澄ます
「シーナ・・・。 シーナ・・・。」
「その声は・・・お母さん!?」
「ブリューナクを・・・空に掲げて・・・世界中に祈って・・・。
皆の求めた光を・・・その矛先に集めて・・・アゼリクスの闇の衣を剥ぐのよ・・・!」
「分かった! ねぇ、お母さんの方は大丈夫なの?!」
母の声はそこで途切れてしまった。 母の身を案じながらも、彼女は天馬を天高く駆り、槍を高く掲げた。
そして、もう一度世界中に向かって祈りを捧げる。
世界中の皆・・・どうか私達に力を、光を。 皆が求める光を、今ここに・・・!
眼前の巨悪、その闇の衣を剥ぐ為に、皆の力を、光をこの矛先に・・・お願い・・・!
その祈りは各地で魔王軍と戦う人々の心に届いた。 皆も戦いながら祈る。 世界の為に。
「私が望むもの・・・それは、かつてミルディン王子が目指したもの。
それはすなわち、いがみ合う人々をまとめ、エトルリアに再び光をもたらすこと! 行くぞ!
エトルリアは蘇る、為すのだ、我々の手で!」
エトルリアでも・・・パーシバルを筆頭に、皆が心の中で祈っていた。
この戦いが、早く終る事を。 そして、その後のエトルリアに、かつてのような栄光が戻ることを。


96: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:32 ID:gAExt6/c
「王女様やレオンが帰ってくるその日まで、私達は絶対にこの国を守る!
私は約束したんだ! あいつと。 そしてあいつは命を懸けてその約束を果たそうと懸命に戦った。
私だって、イリアの為に・・・みんなの為に戦う! ユーノ様、あなた・・・見ていてください!
シャニー、あんたの死は無駄にしないよ。 私も、私の理想を追求し続ける! ・・・お疲れ様、蒼髪の天使・・・。」
イリアでも・・・暫定の王宮騎士団団長のルシャナが、皆を引っ張っていく。
諦めかけた夢、破りかけた親友との約束。 息子や王女、そしてその仲間たちは、それを思い出させてくれた。
かつて親友と語った夢を、王妃へ固く誓った忠誠を、今こそ守る時だ。 私も、もう諦めない。
前を向いて生きていくと誓ったのだ。 友や、主や、息子に恥じる事の無いように。

「あんた達! 怯むんじゃないよ! この戦いの後には、私達にはたっぷりの報酬があるんだからね!
これをロマンと言わずになんていうのさ! 泣く子も黙るファリナ海賊団の意地を見せてやりな!
・・・姉貴、もう姉貴のような人が出ないよ、きっと。 王女が帰国すれば、きっと住みよい国にイリアを導いてくれる。
私は・・・もう若くないけど、金銭面からとか、色々な方面からイリアを助けていくよ。
それが・・・姉貴へのせめてもの償いさ。 もう私も、逃げたくないしね。 王女様・・・頑張っておくれよ。」
リキアでも、オスティア城のハドラー王をみなは置き去りにして、人もハーフも海賊も、皆が団結しそしてシーナの声に祈る。
メリアレーゼによる圧制の下でも、何とか共存の道を模索したグレゴリオの思想を受け継いだ者達。
彼らの求める光は、まさにグレゴリオの撒いた種から出でたものだった。
「おぉ、マーキュレイ王! 来てくれたのか!」
「無論だ、竜王。 我らは共に歩み寄り、手を取り合っていこうと決めたではないか。
貴殿らだけに負担をかけるわけには行かぬ。 間もなくブレーグランドの者達も到着するであろう。
ガンマー最高師範代理の呼びかけに、多くの者が義勇兵として名乗り出てくれたと聞く。 彼の手腕に感謝しなければ。」
そして、アルヴァネスカでも、種族を超えて魔王軍との全面対決が繰り広げられている。
互いに歩み寄っていこうと約束した人間族と竜族だけでなく、ハーフも自ら武器をとって世界の為に立ち上がっていた。
その影には、カイに最高師範代理を任されたガンマーの尽力があった。
彼はブレーグランドに足蹴なく通い、必死に共存の道を説いていたのである。
更に、本国マーキュレイでは、カイの言葉として、同じく種族を超えた団結を毎日のように説き、祈っていた。
そして今、祈りを捧げるガンマーの下に声が聞こえてきた。
「この声は・・・シーナさん・・・。 そうですか、最高師範様達の旅も、いよいよ大詰めなのですね。
私達僧侶は・・・祈る事しか出来ませんが、それでお力になれるのであれば、喜んでお祈りいたしましょう。」
ガンマーはすぐさま城下町へ出向き、世界の平和を祈るよう、人々に説いて回った。
その彼の顔は、以前の教皇の権力に歪められた顔ではなかった。
自分の信条を貫くことが出来る、自由への喜びに満ち溢れていた。

皆の祈りが、求める光が、シーナがかざしたブリューナクの矛先にどんどん集まってきた。
最初は小さな光だった。 だが、それは次第に大きくなり、巨悪を飲み込む聖光となっていった。
「ん? ・・・!」
アゼリクスがその聖光の眩さに気付いたときには遅かった。
その聖光は更に大きくなり、まるで太陽かと見間違えるほどの大きさと輝きを放っている。
セレナには、妹が何か尊い・・・天馬に乗って光臨した光の女神に見えた。
「私達の・・・世界の皆の想い・・・! 受けなさい! いけぇ! ブリューナクっ。」
シーナは渾身の力でブリューナクをアゼリクスに投げつける。
彼はその巨大な聖光を避けきれないと判断したのか、漆黒の双剣で防御体勢をとった。
だが、聖光に包まれたブリューナクは、シーナが投げ放った途端、無数の光の矢となってアゼリクスを襲った。
「うぉ・・・・っ ぐは?!」
天からの裁きの如く、雨のように降り注ぐ光の矢の前に、彼の闇の衣が吹き飛ばされる。
体を包んでいた暗黒の力が剥ぎ取られ、聖光が体をまるで鉄条網の如く縛り上げる。
すると、どうしたことか、ブリューナクに呼応するように、封印の剣とアストレアが光りだした。


97: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:36 ID:gAExt6/c
「こ、これは・・・?」
上から妹の声がする。
「姉ちゃん、今よ! 今ならきっと!」
セレナはシーナの意を汲み取り、空中に舞い上がると二本のドラゴンスレイヤーでアゼリクスを斬りつける。
光の螺旋に締め付けられたアゼリクスは闇の衣を剥ぎ取られ、容赦なくセレナの双剣で体力を奪われていく。
彼女は更に空中に飛び上がると、急降下しながら、利き腕に持った封印の剣を突き出して突撃した。
アゼリクスはなんとか拘束している聖網を振りほどこうとするが、その希望に満ちた光はびくともしない。
しかも、彼の動きを止めようと、他の面子が一気に襲い掛かる。 レオンに槍で腹部を貫かれ、アゼリクスは仰け反る。
仰け反って、顔を上に向けた、その時だった。
アゼリクスに向かって急降下してきていたセレナが、降下の勢いに任せて、彼の額に封印の剣を深々と突き刺したのだった。
突き刺された途端、アゼリクスは悲鳴を上げることも無く動かなくなった。
自分を、暗黒神を封じる力を持った剣に、エーギルを吸い取られた。
「ふふ・・・見えるぞ・・・ハーフが・・・笑いながら・・・生きておる・・・。 今頃になって・・・見えるのか・・。
私の理想が・・・私の夢が・・・。」
アゼリクスは一言を遺して逝った。 終ったのである。
セレナは着地し、アゼリクスが戦死したのを見届けると、今までの緊張が解けて、ふらついて立っていられなくなった。
それをレオンが支える。 シーナも持っていた槍をぽとりと落とすと、その場に力なく座り込んでしまった。
目の前で立ったまま動かなったアゼリクス。 封印の剣が突き刺さった額の部分から徐々に彼は石に変化していく。
「グググ・・・マタシテモナーガ、オマエナノカ・・・。
ダガ・・人間ヨ、覚エテオケ・・・。 オ前達ニ ソノ卑シイ心アル限リ・・・
イツノ日カ・・イツノ日カ・・ワシハ再ビヨミガエル・・・。 光ヲ求メル限リ、ワシハヨミガエル。
心セヨ・・・・・・闇ハ 光アル限り永遠ニ消エハシナイノダト・・・・・。 グググ・・・。」
アゼリクスが完全に石化してしまうと、何処からともなくそんな声が聞こえてきた。
それは、アゼリクスに乗り移った暗黒神ロキの言葉だった。 本当に・・・終った。
セレナ達は、アゼリクスを倒し・・・ロキを封印する事に成功したのである。
「終った・・・。 やった・・・。 やったよ、皆! 終ったんだ!」
「お姉ちゃん・・・!」
抱き合う姉妹、 そこに居合わせた誰もが、この戦いの終わりを心の底から喜んだ。
周りに立ち込めていた暗雲は、ロキの封印と共に消え去り、周りには綺麗な夏の青空が広がっていた。
歓喜の涙を流す双子に、クラウドとレオンが走り寄る。
「シーナ! さっきの槍、すごかったな! 俺、お前が女神様に見えたよ! やっぱすげぇよ、お前!」
「兄ちゃ・・・クラウド・・・。 うん・・・うぅん。 私、貴方が居てくれたから、今まで頑張って来れたんだよ。」
「おう! 俺もお前が居たから、この戦いを戦い抜けたんだ。 これからもよろしくな!」
「うん、これからも・・・!」
クラウドが力なく座り込んだシーナの手をとって立たせる。
同じハーフとして、好奇の目も、蔑視の目も、いつも二人で耐えてきた。
そして、これからも、二人で生きて行こうと誓った。 自分達が創る、新しい世界の陽の下で。
「セレナ・・・おめでとう。」
「あ、レオン。 うん! 頑張ったもん! 特別な男の為にも!」
セレナはアストレアを鞘にしまい、レオンと向き合った。
先程の傷は、アリスに治療してもらったらしく、もう止血されていた。
「特別な男・・・? 誰のことだ?」
レオンが顔をしかめてセレナに問う。 彼女は周章狼狽した。
「誰って・・・。 あんたがあたしの事を特別な奴って・・・。」


98: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:40 ID:gAExt6/c
「あぁ! あれは、お前が俺にとって大切な将って意味だ。」
「・・・。 うそ・・・。」
セレナは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
早合点のクセで、まさかこんなところで墓穴を掘ることになるとは。 温泉があったら入りたいとは、まさにこの事だ!
「よし! ・・・姫様方、皆を迎えに参りましょう! そして世界中に勝利を宣言するのです!」
アレンは今までの父と子と言う間柄に終止符を打った。
いつまでもそういう関係でありたいと願っていた双子だが、もうそうも言っていられなかった。
自分達は、戦争が終ったのだから故郷を再建する義務がある。 いつまでも甘えてはいられない。
クラウドやシーナが走って城を降りていく。 それを追って、アリスやセレス、アレンも下りて行った。
そして、石化したアゼリクスをずっと見ていたセレナも、階段を下りようと歩き出した。 その時だった。
不意に後ろから肩を抱かれ、そのまま腰とひざの下に手を回され、抱き上げられてしまった。
「?!」
気付いた時には・・・レオンに唇を奪われていた。
彼は皆のいるところでは恥ずかしがっていたのである。 セレナにとっては、初めての感覚だった。
「・・・よし、行こうか。 お前のお袋さんに挨拶しなくちゃな。」
「うん! 封印の剣どうしよう。」
「封印の神殿に戻したいところだが・・・アゼリクスに突き刺さってるし・・・。 あいつごと持って帰るしかないな・・・。」
「う・・・。」
先に行った皆を呼び戻して運ぶ事にする。 気味が悪いが仕方が無い。
封印の神殿は、ナーガ神も眠る場所。 そこなら、暗黒神の封印の封印の力も強まるはずだ。
「おいおいおい、勝利の後の初仕事がこれかよ。 オレ様悲しい。」
「情け無い声出すんじゃないよ! 文句言うならあんたはこの島に置いて行ってやろうか?」
「・・・クレリアのオニ・・・。」
カイはクレリアに尻を引っぱたかれながら嫌々、石化したアゼリクスを運んでいく。
それでも、彼は幸せだった。 二人とも生きてハスタールに帰ることが出来る。 帰ったら・・・。
更に下ると、ニルスとミレディが傷つきながらも無事でいた。
どうやらアゼリクスが倒れた瞬間、モルフたちもその命を保っていた暗黒神の力が途絶え、倒れたようだった。
「危ないところでした。 もう少し敵兵が多かったら、どうなっていたことか・・・。」
「そんなことはない。 あの程度の兵数、たいした事は・・・ぐっ。」
強がるニルスをミレディが抱き抱える。 自分を何度も庇ってくれていたニルスに、ミレディは感謝してもし切れなかった。
あそこまで窮地に陥っても、自分のスタイルを崩さない彼は見習うべき存在だ。 これからの為にも。
「リーダー・・・。 ありがとうございます。」
「君には帰るべき国があるだろう。 守るべきものがある者・・・それが私の理想と共鳴する者なら、
その者を守るの事が、私にとって当然の責務だ。 アルカディアリーダーとしてな・・・。」
「リーダー・・・。」
「もう君は自由の身だ。 アルカディアに囚われている必要は無い。」
ニルスは斧を背負うと、セレナ達の後を追って立ち去っていく。
その敬愛するリーダーの背をミレディは涙を流しながら追った。
使命感に燃え、自らの信条を決して曲げないニルスに、かつての恋人の姿を見出したのだろうか。

螺旋階段を降り、城の外へ向かうべく、一階の広間を走る。
自分達の勝利を、世界の誰によりも一番に伝えたい相手・・・母さんの下へ、全力で走る。
薄暗い城の外は陽の明るい光に満ちている。 その光に向かって、全力で走る。
顔中の笑顔で外に出たセレナは、顔が引きつった。


99: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:45 ID:gAExt6/c
「え・・・。 何・・・これ・・・。」
目の前に広がってたのは、城に突入する前に見た鬱蒼と茂る草原ではなかった。
島に吹く潮風は暖かい光ではなく、死のにおいを運んでくる。
そこは、草木が何も生えていない、地表をむき出しにした、からからに渇いた焦げ茶色の大地が一面に広がり、
至る所に死体が転がる凄惨な場所だった。 皆は、まるで地獄にでも突き落とされたかのような気持ちになった。
「母さんは?! ねぇ、母さんは何処?!」
セレナもシーナも、血相を変えてシャニーを探す。 足元に転がる、焼け焦げた死体を掻き分けるように二人は母を捜す。
地平線まで続く焼け野原に、自分達以外に立っている者はいなかった。
しかし・・・何かある。 地面から斜めにそそり立つ・・・何か細いもの・・・。
そして、二人は見つけてしまった。 遠くから見えた細いものは、エクスカリバーだった。
エクスカリバーは焼け焦げ、刃にヒビが入っている。 そこに母の姿はなかった。
その下に、くっきり浮かび上がっている魔法陣を見つけたニルスは、崩れ落ちた二人に語りかけた。
「お前達の母親は・・・最期まで彼女の信条を貫いた。 お前達の為に、必死に頑張ったんだ。」
しかし、セレナは自分を慰めてくれているニルスを睨み付けた。
「まだ・・・まだ母さんが死んだなんて決め付けないで! 何を・・・何を諦めているのよ!」
セレナはエクスカリバーを抜くと、封印の剣を挿していた鞘にしまう。
今まで自分達は諦めてこなかった。 諦めなかったから、ここまでやってこれた。 ここで諦めたくない!
「皆・・・お願い! お母さんを探して! ・・・お願い・・・。」
シーナも泣きながら、不毛の大地へと走り出していく。
他の面子も四方に散り、シャニーを探しに出る。 その場に残ったのは、レオンとニルスだった。
レオンは魔法陣をじっくりと見渡す。 この魔法陣・・・この周りの様子・・・。 そしてあの揺れ・・・。
ベルンに居たころ・・・竜化実験でアゼリクスが試行していたものと・・・同じだ。
「この魔法陣は・・・。」
「そう・・・禁断の破滅魔法、ラグナロクだ。
体内の全エーギルを一点に集中させて、それを一気に魔法陣へ放出する事で、大爆発を起こす魔法。
まさかここまで破壊力のあるものとは思わなかったが・・・。 だが、この魔法を使ったと言う事は・・・もはやあいつは・・・。」
ニルスは深いため息をつきながら、天を仰いだ。
レオンもそれに何も答えられなかった。 エーギルを全て放出するということは・・・それは・・・。
何ともやりきれない思いに駆られ、レオンは下を向く。 その足元に、何か輝くものを見つけた。
「これは・・・?」

双子は必死で探す。 焼け焦げた死体を一人ひとり確認して回る。
夏の暑い日が落ちてきて、空には真っ赤な夕日と白い月が見え始めている。 そして・・・その時はやってきてしまった。
「・・・っ!」
二人は声にならない声をあげた。 そこには、自らのエーギルで吹き飛ばされたシャニーが横たわっていた。
全く動かない・・・。 あの美しい銀髪も、焼け焦げて色が沈んでいた。
「ねぇ! 母さんっ、しっかりして!」
セレナがシャニーを揺さぶる。 しかし、反応が無い。 もしかして・・・本当に?
「・・・その・・声は・・・セ・・・レナ?」
彼女はようやく反応した。 本当に弱々しい声。 彼女は爆発に使ったエーギルで燃えなかった僅かなエーギルで、この世に留まっていた。
「そうだよ! 私も居るよ、お母さん。 シーナだよ!」
シーナもそこに座り込んで母に話しかける。 話しかけるのを止めたら、そのまま逝ってしまいそうだ。
シャニーの目は光を失っていた。 それでも、彼女は弱々しく手を動かし、娘達の頭に手をやる。
「こ・・ここに・・いると・・いうことは・・・。」
「うん! アゼリクスは倒した。 ロキも封印したよ! 戦いは終ったんだよ!」
「そ・・・う・・。 おつかれ・・・さま。」


100: 第二部終章:Pray Eternity:06/04/30 01:53 ID:gAExt6/c
アリスが二人を見つけ、全力でかけてくると、叔母にライブをかける。
だが、彼女の癒しの魔力は、どれだけ叔母に送っても、すぐに流れ出してしまった。
癒し手のアリスには分かった。 もう・・・自分では助けられない。 叔母のエーギルは、底をついていると。
「ねぇ・・・。」
「何? 何、母さん!」
セレナは母の手をしっかりと握り、光を失った母の瞳を見つめる。
彼女にも分かっていた。 母のエーギルの波動が、もう殆ど伝わってこない。 でも、嫌だ、母さんが死ぬなんて。
「今・・まで おかあ・・さん・・らしいこと・・・できなかった・・けど、ごめん・・・ね。」
「何言ってるのよお母さん。 やっとこれから一緒に暮らせるんじゃない!」
シーナも母をじっと見つめる。 涙が止まらない。 
「へへ・・・そうだ・・ね。 ねぇ・・・セレナ・・・シーナ・・・お願い・・聞いて・・くれる?」
「な、何、何でも聞くよ! だから、だから・・・!」
「キス・・・して・・・・・。」
二人は無言で、母の頬の両側にキスをした。 ずっと、ずっとそうしていた。
せっかく、再び出会えた母。 死んだと思っていた母と、一緒になって光を目指して戦った。
そして、長い長い闇を抜けて、ようやく光の中で自分達の理想を実現していく所までこぎつけた。
こんなところで・・・母さんだけ闇に取り残していきたくない!
だが・・・その想いは神には届かなかった。
シーナの頭に乗っていたシャニーの手が、シーナの髪をすべり落ち、力なく地面についた。
「母さん!? 母さん! ・・・うわぁぁぁあ!」
「嫌だよ! 嫌だぁ! 私達を置いていかないでぇ!」
二人は大声を上げて泣いた。 やっとこれから皆で世界の光を実現して行こうと歩みだしたのに。
母だけ・・・新しい世界を見ることもなく闇に取り残されて・・・。
こんなの・・・嫌だ、悲しすぎるよ。 これが運命なら・・・あたしは運命を憎むよ・・・。
自分達の勝利の光の後ろには、その光で覆いきれないほどの計り知れない犠牲があった。
その光は、セレナ達にあまりにも大きい代償を要求するものだった。
狂ったように泣き叫ぶセレナの後ろから、レオンが彼女の肩を抱いた。
そして、彼女の目の前に、先程拾ったものを見せ、手渡した。
「お前のお袋・・・いや義母さん・・・今頃きっと、義父さんに再会しているぜ。
ほら、嬉しそうな顔をしているだろ? ・・・きれいな顔をしているな。 何か眠っているだけみたいだ。」
彼が手渡したものは、あのペンダントだった。 ネックレスが切れ、真っ黒に煤けていたが、それでも中では、父と母が笑っていた。
幼い自分達と、顔中の笑顔で笑う両親・・・。 光の世界で・・・・・こうしていたかった・・・。
セレナはもう、レオンに抱きついて泣く事しかできなかった。
しかし、その時だった。 母から何か、白い竜のような、霧のようなものが立ち上ったかと思うと、再び母に入っていった。
すると、眩い光が母の横たわっていた場所を包み、中が見えなくなってしまう。
眩しい中、なんかとか手で光を遮りながら、目を開けて光の中を見る。 ・・・誰か立っている。
光はやがて消え、中に居た女性にセレナ達だけでなく、他の面子もその目を疑った。
目の前に居たのは、腰まで伸ばされた美しい蒼髪を風に流す、不思議な雰囲気の女性が立っていた。
「・・・母さん?!」
「私はアストレア。 そして、かつて貴女達の母親であったシャニーでもある・・・。
貴女達の想い、そしてナーガ様の意志。 それらが私を蘇らせ、そして転生させた・・・。
私は暗黒神ロキを封じるために、新たに生まれた光の精霊。
貴女達が、世界に智を持って生きる者達が手を取り合って生きていく限り、ロキを封印し見守りましょう。」
セレナは驚きながらも、アストレアの言葉に、力強く答えた。
「分かっている。 私達は、共存の思想を世界中に浸透させる。
人の悲しみを知り、それを救う勇気。 それを皆に説いて回る。 世界中で笑顔が溢れるように。」
「では、貴女は新たな世界に、どのような理を求めますか?」
「あたし達が求める、世界の理、それは・・・!」
夏空の彼方の、暮れ行く夕日の中に、一番星が明るく輝いている。
一個では暗かった空が次第に、その周りに大小多くの星が輝き、夜空を彩って行った。


101: 第∞章:光へ:06/04/30 01:58 ID:gAExt6/c
セレナ達と別れを告げ、竜の門を経てアルヴァネスカに帰ったカイ。
彼は共に帰国したクレリアと結婚の儀式をを挙げていた。
それを民が熱狂して祝福する。 世界を救った、ナーガの末裔、光の王子と称して。
「ふふ・・・あんたが光の王子かぁ。 何か勿体無い称号だね。」
純白のドレスに身を包んだクレリアが、カイの鼻を突きながら笑う。
カイは、自分が愛した女性に、その一番見たい顔を見せられて、照れくさいような嬉しいような。
「そりゃ酷いぜ。 でも・・・これからが大事だ。 その民の期待に、応えて世界に残る人の悲しみと戦わなければならない。
でも・・・きっとお前となら、オレ様・・・私はきっと戦いぬける。」
「もう、肩の力抜きなって! 私と二人っきりなら“オレ様”でいいじゃない。」
「それもそうだな! お前みたいな美人を嫁にもらえて、オレ様は最高の幸せ者だぜ!」

大陸に戻ったセレナ達。 だが、大陸は荒れ、国という国は王族が途絶え、後継者不在で民は不安な毎日を送っていた。
その中でも、イリアではアリス王女が帰国し、王位に就いた。
その即位式の日、彼女の傍らには、正式に王宮騎士団団長に任命されたルシャナがいた。
「アリス様・・・我々は王女様のご帰国を心待ちにしておりました。 おかえりなさいませ。」
「ルシャナさん。 これから、貴女に頼る部分が大きいですが、よろしくお願いします。」
「はい、それこそ私の望む道です。 それをあいつや息子も喜んでくれるはずです。」
ルシャナの輝く瞳に、アリスも自然と笑顔がこぼれた。
彼女の目は情熱に燃えている。 祖国を再建する夢と、地って行った親友達の求めた光を達成する義務感に。
「レオンさんは・・・ベルンに行ってしまわれましたね・・・。 ルシャナさんは叔母様のことをいつから?」
「アリス様が初めてイリアに帰国なさった時です。 マチルダを共に倒したあの時からです。」
ルシャナには、ナーティがシャニーだと言う事が分かっていた。
どんなに仮面をつけていても、長年付き合ってきた親友を誤魔化す事は出来なかった。
「そうなのですか・・・。 あ、そろそろ即位式ね。 行きましょう!」
「はい、アリス様!」

ここはエトルリア。 パーシバルが魔王軍と戦った仲間達から戴冠の義を受けていた。
彼はエトルリアを取り戻す為に、ずっと戦ってきた、そして取り戻した英雄として
皆からの絶対的な信頼を受けていたのである。 彼が新エトルリア王国の初代国王に就く事に、誰も異論を唱えなかった。
「パーシバル様、即位おめでとうございます。 そして、これからもよろしくお願いします。」
セレスが戴冠の儀を終えたパーシバルを王宮で迎える。
「セレス、よく生きて帰ってきた。 世界で色々見てきたようだな。 顔が生き生きしている。
昔のつっけんどんな顔はなくなったな。 本当に良い顔をしている。」
母に似て美しく、そして父に似て優しい。 セレスは自分の殻を一枚も二枚も破っていた。
それをパーシバルは会うなりすぐに気付いていた。 大事な部下、弟分でもある。
「や、やめてください! 僕は・・・憧れの人に少しでも近づきたいだけです。」
「憧れの人なんて、もったいぶらないでパーシバル様って言えばいいじゃん、セレスちゃん。」
「もう! セレスちゃんは止めてくださいと何度言ったら分かるんですか! ララムさん!」
「だってぇー、可愛いんだもん。」
大分変わったとは言っても、やはりララムには弱いらしくおもちゃにされている。
憧れの人・・・それが自分で無い事をセレスの顔から読み取ったパーシバル。私のようなものを憧れてはいけない・・・。
いや、こうやって自分を責めるのは止そう。 私が悩んでは、新王国の舵取りが悩んでは民を不安に包んでしまう。
「セレス。 新王国初代魔道軍将として、軍をまとめてくれ。」
「え、僕にはそんな大きな責任は・・・。」
「お前ならできる。 そしてやらなければならない。 ロキを倒した英雄の一人として。」
「・・・はい! 分かりました。 何処まで出来るかわかりませんが、きっとその責務果たして見せます!」


102: 第∞章:光へ:06/04/30 02:00 ID:gAExt6/c
リキアには、シーナ、クラウド、そして聖騎士アレンが帰国する。
リキアの民は、英雄ロイの子であり、暗黒神ロキから世界を救った英雄として、
更には、ハーフの英雄グレゴリオが認めたシーナをリキアのリーダーにすることを望んでいた。
まずオスティアに着いた一行の前に連れられて来たのは、拘束されたハドラー王だった。
彼は民から王と認められず、逆に国賊として囚われてしまっていたのだった。
「シーナ様、どうかこの国賊に裁きを!」
オスティアの民が口々にハドラーを罵る。 シーナは彼に近づく。
「貴方が私の父を裏切ったハドラー候・・・。 憎い事には事実です・・・。
でも、憎しみで貴方を裁いても、何もなら無い。 貴方一人を裁いて解決するような、簡単な問題じゃない。
だから・・・ここは新しい世界を作るために協力してください。
死んでいった者達が求めた光を、生き残ったものは実現する義務があるのです。」
シーナはそれだけ言うと、アレンたちを連れて故郷であるフェレに向けて足を向けた。
アレンは主を陥れたハドラーを自らの手で裁きたいとすら思っていたが、シーナの意向を尊重した。
それに対し、意外な“裁き”を受けたハドラーは力なく崩れ落ちた。 なんて・・・強い娘なんだ・・・。

オスティアの城下町を抜け、街道を歩むシーナ。 初めて帰る故郷に、動揺を隠せない。
「変な感じ・・・。 私達、西方で育って、リキアにはちょっと居ただけなのに、皆は私達を熱狂して迎えてくれる。」
「それだけ、皆はリーダーを失って不安が募っていたのでしょう。 シーナ様、一刻も早くフェレ城に凱旋いたしましょう。」
アレンがシーナの手を取って先を急ぐ。 父の態度が急に変わってしまったことが、シーナは残念だった。
「フェレ・・・お父さんの故郷。」
「そうです。 私には懐かしい祖国でもあります。 昔は良く若い騎士達と腕を磨きあったものです。」
「ねぇ、お父さん。 やっぱり・・・もう、どうしても私を娘として呼んではくれないの?」
やはり我慢ならなかった。 今まで自分を本当のわが子のように育ててきてくれたアレン。
その父に、いきなり他人行儀に接っされ、主従関係だなんて言われても・・・。
「シーナ様、お気持ちは分かりますが、ケジメは大切です。 特にこれからシーナ様は
広大なリキアの地をまとめて行かなければなりません。 私も辛いのです・・・どうかお分かりください・・・。」
「お父さん・・・。 分かった。 ごめんなさい。 私、アレンに甘えてばかりで。 私も辛いけど頑張るよ。」
泣きそうになるシーナ。 それを後ろからしっかり抱き込む存在があった。
「泣くなよシーナ! 俺も親父も、お前の前から居なくなるわけじゃないんだからさ!」
クラウドだった。 クラウドは華奢なシーナの体をしっかり包み込んで離さない。
仕えるべき主に、あろう事か抱きつく息子に、アレンが激怒したのは言うまでも無い。
「こら! クラウド! お前という奴は!」
「アレン、ダメ! クラウドを私から引き離さないで! 私、これだけは譲らない!
大好きな人に敬語なんか使われたら、私生きていけないよ! 私、お父さんやお母さんみたいに離れ離れになりたくないの!」
「!!」
アレンは今始めて、シーナとクラウドが恋仲である事を知ったのである。
彼の心中がどのようなものであるか、察する事ができない。
その彼の前を、手をしっかりと繋いで、離れ離れになるまいとしっかり寄り添う二人がフェレに歩いていく。
その二人を、アレンは唖然として見送った・・・。


103: 第∞章:光へ:06/04/30 02:06 ID:gAExt6/c
封印されたロキごと、封印の剣をベルンに持ち帰ったセレナ。
あの戦いから一ヶ月程度たったある日、彼女は封印の神殿にいた。
そこには封印の剣の他、ロキを封印する光の精霊アストレアも一緒に祭ってある。 その祭壇は、父や母の墓でもあった。
「母さん、信じられる? あたし、新ベルンの国王になるんだよ。
おかしいよね。 父さんはリキア人で、母さんはイリア人なのに、ベルンで過ごす事になるなんて。
正直・・・大変だよ。 投降した旧ベルン兵達への理解を求めて毎日説得に回ったり
新たな騎士団を構成しないといけないし・・・これはミレディさんがやってくれているから大丈夫だけどね。
そして、最後までハーフの勢力圏にあったから、人間とハーフの溝が今でも他地域に比べると深い。
だから、いがみ合う人たちを何とか一つにまとめる為に、連日会合・・・。
でも、皆が笑顔で頑張ってくれるから、あたしも弱音を吐かないでがんばっていられる。
やっぱり、人は独りでは生きていけないんだね。 仲間がいることがどんなにありがたいことかよく分かったよ。
それに・・・今のあたしには母さんや、仲間以上の存在がいるから・・・。 あ、そいつが呼んでる・・・。
母さんの剣は、ここに置いておくね。 それじゃあね、また来るから!」
花を手向け、祭壇で祈るように母へ語りかける彼女をレオンが迎えに来た。
封印の剣に持たれ掛けるように母の剣、エクスカリバーを置く。
そしてレオンの声に、セレナが祭壇に手を振り、振り向いて今度はレオンに手を振りながら走って向かおうとする。
「・・・セレナ・・・。」
その声に、セレナは立ち止まる。 祭壇の方から声がした。
もしかして今の声は・・・母さん? 振り向くも、そちらの方には誰もいない。 ・・・当然か。
再度、彼の声がする。 セレナは全力疾走で愛する彼の元へ走っていった。
その顔は顔中の笑顔で、まさに向日葵とでもいうべきだった。
胸元には、彼女の笑顔に映えて揺れる家族のペンダントがあった。
母さんも、父さんもあたしと共に生きている。 あたしを見守ってくれている。
真の戦いはこれからだ! 見ていてね、父さん、母さん。

若者達は、勝利の代償の悲しみを乗り越えて、今世界に新たな理を引こうとしていた。
セレナの去った封印の神殿には、さんさんと陽を浴び、輝く剣が残された。
朝日に輝く封印の剣は、ロイの希望。 日中陽に映えるエクスカリバーはシャニーの笑顔であると人々は信じている。
そして二人は、今日も封印の神殿から世界を見渡す。 まるで娘達を見守るかのように。





人の悲しみがわかる優しさと

人の悲しみを救える勇気と

人の悲しみに打ち勝つ力を

そして、諦めない心を
夢を信じて諦めない心と
自分を、仲間を信じる心を

                               ファイアーエムブレム〜双竜の剣〜
                                                                          完


104: 見習い筆騎士('-'*):06/04/30 02:19 ID:gAExt6/c
あとがき

とうとう終りました。 終ってしまいました。 何か寂しい気もします。
小説を書くのは初めてで、色々至らない点が多く読者の方に失望させてしまった部分も多くあると思います。
まずそこはお詫びします。 そして、最後まで書ききれたのは、読んでくださった方々の激励やご指摘があったからこそです。
この場を借りて厚くお礼申し上げます。

それにしても、まさかここまでの長編になるとは、自分でも思っても見ませんでした。
書いている自分自身も、この小説を書いているうちに色々考えさせられたものです。
正義って何? 正しい事をすることが本当に人に喜ばれる事なの?
何かを得る為には、何かを失わなければならないの? 愛って何? 優しさって何? 勇気って何?
色々ありました。 そして、今日この場を持って、それも一つの区切りを迎えました。
この後、エレブは一つの国にまとまっていく事になるのだが・・・それは別の物語である・・・。

皆様、このような未熟者を温かく見守っていただき、本当にありがとうございました。
機会があれば、またこのようなものを創って行きたいと考えております。
それでは・・・真の戦いはこれからだ!

105: 手強い名無しさん:06/04/30 10:48 ID:w56yhjl.
本当にお疲れ様。
読んでいるこちらも、まさかこんな長編になるとは思ってもいませんでした。
終章は・・・正直泣きました。
こんな良い話を創れるなら、ホンモノだと思います。
これからも期待しています。

106: 手強い名無しさん:06/05/01 08:45 ID:yksEviS6
超乙です。
こんな長編小説をお書きになったのが初心者だなんて信じられません。
よく最後まで諦めずに書ききったなと感心してます。

さて、終わっていきなりなんですが
前トリップメッセンジャーにてお願いした
天馬騎士団編を是非執筆していただけたらと思っています。
難しそうなら諦めますがどうかご一考お願いします。

107: 手強い名無しさん:06/05/01 19:44 ID:DWWs9zSY
もう少し台詞を読みやすく出来るといいな
誰が言っているのか分かりやすくなれば。

108: 手強い名無しさん:06/05/01 19:50 ID:DWWs9zSY
書き忘れ、天馬騎士団編書くんなら応援するぞ。

109: 手強い名無しさん:06/05/01 23:48 ID:9Yl9qIA6
ぶっちゃけストーリーは既存のBマイナス級RPGのありがちパターンを記号化して
よせ集めたような感じで失礼ながら途中から飛ばし読みだったけど(読まなくても展開わかるし終盤は延々とループ)、
ここまで長く書いてきちんと完結させたのは2ch界隈や個人サイトのFE二次創作でも珍しいし、たいしたものだとは思う。
もう少し表現に違和感の無い台詞や(メリアリーゼのカモがネギ?とか主人公の笑える国とか他多数)、魅せる表現(決して小難しくすることではないよ)
を描ければ良かったと思う。お約束な展開、記号はどんな名作にも当てはまるし、全然構わない。だが全ては書き手の実力次第。
あと、一応は客観中立であるはずの三人称の文章(?)で「負けるなZ戦士!がんばれあたし!(主人公)そうまさしくその通り!(地の文、筆者)いけいけ!よくやった!まだか悟空!?」風味な作者か
作中のキャラの心情だか一人称的な描写がかなり混沌としていて個人的には違和感。まあそういう作風にしたかったのならそれはそれで良いし、好む読者もいたのかもしれないけど。

とりあえず乙



110: 手強い名無しさん:06/05/02 12:06 ID:E1USl4sQ
>>109
ご指摘ありがとうございます。 今後の為にも、本当にありがたいです。
処女作なので最後までノリで突っ走りましたが、今思うと色々改善したい部分もありますし、気付かないところで
もっと改善するべき場所が見つかるのは、本当に嬉しいことです。

>ぶっちゃけストーリーは既存のBマイナス級RPGのありがちパターンを記号化〜〜

やはりそう見えてしまいましたか。 研究するのはいいですが、影響されすぎかもしれませんね。
結果、オリジナリティの低いものになってしまったかもしれません。

>ここまで長く書いてきちんと完結させたのは〜〜

この小説でのある種キーワードが「諦めない心」だったので、
主人公だけに頑張らせて、作者である自身が諦めていてはダメだと思い、なんとか最後まで書けました。
繰り返しになりますが、最後まで書ききれたのは励ましやご指摘があったからです。 ありがたいことです。

>もう少し表現に違和感の無い台詞〜〜

気をつけてみます。 文語と口語の使い分けを、台詞の中でも使いこなせるようにしていきたいと思います。

>魅せる表現

うーん・・・。 難しいですね。

>あと、一応は客観中立であるはずの三人称の文章

あれは、半分は狙ってやっていたのですが違和感をお感じになられたのですね。
くどかったかな・・・? 色々調整してみます。
会話とナレーションには敢然たる線引きをした方が分かりやすいのかもしれないですね。

>>107
私もそうしたいと願っているのですが、なかなかうまく行きません。
台詞の前にいちいち名前を書くと言うのも、何かくどいような気がして。
また、誰が言っているのか分かりにくくなった原因はもう一つあります。
それは 「登場キャラを多くしすぎた」 と言うものが一員になっているかと思います。
ちょい出のキャラも含めると登場人物は、一部はそれほどでもないですが、二部はかなりの数に及んでいると思われます。
二部も中盤以降は気をつけて描写したつもりだったのですが、それでもちょっと分かりにくかったような気もしますし(´・ω・`)
要勉強ですね・・・。

>>105
ありがとうございます。
感動していただけて光栄です。
しかし、まだまだホンモノと呼ばれるには相応しくない出来。
もっと精進していい話を書けるよう、頭をひねる事の出来る文書きになりたいです。

>>106,>>108
えぇッ?!(・◇・;;) 天馬騎士団編ですか・・・?
『FE封印の小説を書こうぜ!』から派生したスレッドと言うのも鑑みて
天馬騎士団というのは、イリア天馬騎士団を指していると推測します。
しかしイリアで、しかも天馬騎士団というと、シャニー、ティト、そして良く使えてユーノ、ゼロットぐらいしか居ませし・・・。
でも、せっかくのリク、出来るなら執筆したいです。
ただ、当方も今年からは社会人なので、これまでのような更新は出来ないことだけはご承知ください。



111: 手強い名無しさん:06/05/03 21:56 ID:7bJrZqYk
是非お願いします。
筆騎士さんはオリキャラを扱うのがうまいですし
そこはお任せします

112: 手強い名無しさん:06/05/30 20:44 ID:SfBZ2LiI
声優つけるとしたら誰がいいだろ
個人的にはメリアレーゼとかは冬馬由美とかが良い感じな気がする。

113: 手強い名無しさん:06/07/14 22:00 ID:Ff2Y2RYQ
>>112

今まで読んでみてのイメージですが、

セレナ=野中藍(『約束の地リヴィエラ』のセレネ)
ナーティ=藤井佳代子(FF10のベルゲミーネ)

ぐらいしか出てきませんでした。

何はともあれ、超大作おつかれさまでした!

114: 手強い名無しさん:06/07/15 07:16 ID:D.cbrXUE
アゼリクスは青野武氏とかいいんじゃない?
それにしても忙しいようですね
でも待ってます

115: 手強い名無しさん:06/08/20 06:41 ID:LAUrVDVQ
お久しぶりです。
まだ「天馬騎士団編」をお望みの方はいらっしゃるのでしょうか?
途中まで執筆してあるのですが、なかなか時間の取れない状況でして
もし誰もお望みでなければこのままお蔵入りさせようかと思っています。

116: 手強い名無しさん:06/08/25 23:33 ID:eArUUPSk
折角書いたのだったら
載せたらどうです?
中途半端な形で載せたくないというのだったら
仕方ないとは思いますが
載ってたら読むっていう人は結構いるとおもいますよ

117: 手強い名無しさん:06/09/03 08:35 ID:g5BVJY4k
うpうp

118: 手強い名無しさん:06/09/09 14:46 ID:qfkZYXks
おぉ、レスが・・・。
とりあえず区切りのつくところまで書いたらうpしてみます

119: 手強い名無しさん:06/09/13 18:42 ID:/Q6d7JjI
>>1さんのファンなので、ゼヒ読みたいです!

120: 手強い名無しさん:06/10/28 16:59 ID:U5Srv1ho
ニルスがやたらかっこいいな
最後シャニーが死んじゃったのが個人的には残念。

121: 手強い名無しさん:06/10/28 16:59 ID:U5Srv1ho
ニルスがやたらかっこいいな
最後シャニーが死んじゃったのが個人的には残念。

122: 手強い名無しさん:06/10/28 17:02 ID:U5Srv1ho
連レスサマソ

123: 手強い名無しさん:06/12/30 20:22 ID:DqMMzlcw
もう期待しちゃいけないの?

124: 手強い名無しさん:07/01/15 21:36 ID:ISd7MmVY
>>123
数部構成のうちようやく1部が終わりそうな予感なので、もう少しお待ちくださいませm(_ _)m

125: 手強い名無しさん:07/01/16 13:07 ID:Ez7NxO4A
krkr!?(∀)゜゜


126: 手強い名無しさん:07/02/28 17:04 ID:F8.1dIHA
最後のナーティとの決戦の75と76の間が抜けているように感じました。
これでよいのでしたらごめんなさい。

127: 書いた人:07/03/02 12:55 ID:.DddX0og
今確認してみたら・・・(´・ω・)
これじゃきゅうりの入ってないカッパ巻きですね。
帰宅したらアップします。


128: 抜けてた分1(>>75-76の間):07/03/03 00:07 ID:VcRdngdk
二人はお互い協力しながら、何とか相手の攻撃を凌いでいる。 さすがに相手はナーガの後継者だ。
一筋縄ではいかないし、気を抜けば一撃で葬られてしまいそうな攻撃力。
もう声を発する余裕すらない。 彼女から繰り出される剣技、そして魔法・・・それは全く容赦する様子が無い。
その攻撃の鋭さは、彼女の心を鏡のように映しだす。 その冷たく、そして激しい心中を。
二人は何とか勝機を見出そうと、必死に相手の攻撃に避ける。
お互いに特効剣を持っている。 攻撃を受けていたらひとたまりも無い。
にもかかわらず、短期決戦とは行かない。
ナーガの血を継ぐ三人が、今互いの命を奪おうと武器を振るう。 悲惨な光景だった。
天空の戦いは、神殿の外で二人を待っていたほかの面子の目にも届いた。
皆はその壮絶さに息を呑み、固唾を呑んで見守るしかなかった。
「見ているだけの私達も辛いけれど、一番辛いのは、戦っている本人達よ。 今は全てがうまく行くように祈りましょう。」
アリスは目を閉じて祈りだした。 エミリーヌに、母に、そしてメリアレーゼに・・・世界の平和を目指す皆に向かって
彼女は祈り続けた。 どうか・・・皆力を貸してください・・・!


129: 抜けてた分2:07/03/03 00:07 ID:VcRdngdk
互いに致命打を与えられないまま、空中戦は時間だけが過ぎていく。
ナーティがどんどん二人を押してくる。 本気を出して戦うのは何年ぶりだろうか。
自分の実力を行かんなく発揮できる相手・・・それがこともあろうに娘たちだったとは。
二人もそれを押し返すように、どんどん攻めに出る。 いつしか、セレナも自分の力を暴走させる事がなくなっていた。
自分には仲間がいる。 仲間を信じて、諦めずに世界を変える。 こんなところで負けられない。
シーナもその気持ちは同じだ。 母親を攻撃する事は悲しい。 でも、分かってほしい。 思い出して欲しい。
諦めたら、そこで終わりだと言う事を。 過ちを正すのに、手遅れという事は無いということを。
時が全てを解決してくれる。 それが一番楽だった。 しかし、そうは行かない。
自分達が生きて、世界に関与する事で、運命は変わっていく。 変えなければならない。
互いの信念がぶつかり合い、そして砕き合う。 そこに残るものは儚い希望か永遠の絶望か。
いつ果てるともしれない長い戦い。 行き着く所は勝利か、 それとも死か・・・。


130: 抜けてた分ラスト(以降>>76へ):07/03/03 00:08 ID:VcRdngdk
その瞬間は突然やってきた。 三人が空中で激突したその途端、何か妙な金属音がした。
「ぐっ・・・。」
セレナ達は、何が起こったのかわからなかった。
ただ一つ分かったのは、ナーティの動きが突然止まり、墜落していった事だけだった。
「勝利の女神・・・我に微笑まざるなり・・・。 しかし・・・これでいい・・・。
これで、あの子達が、ナーガを開放できるはず・・・。 やっと、死に場所を得たか・・・。」
ナーティの剣、アストレアが、長時間の打ち合いにとうとう折れてしまったのだった。
その折れた剣先が弾き飛ばされ、羽ばたいていた翼に突き刺さったのである。
しかし、そう滅多に折れることなど無い魔剣アストレア。 それがまさか折れるとは。
(ふっ・・・。 しかし、これこそ・・・裁きなのかもしれないな。
正義を司る女神の名を与えられた魔剣。 それが、装備していた私自身を裁いたと言うのか。
剣自らが、正義は・・・彼女らにあり・・・と・・・。)
翼と言う、一番弱い部分に、破片とは言え特効剣が突き刺さり、それを貫いた。
その激痛に彼女は体が痺れ、そのまま墜落していった。
この激痛は・・・マチルダにドラゴンキラーを喰らった時とは何か違う。
意識が飛びそうなほどの激痛。 だがこの苦痛から逃れたいとは・・・彼女はもう思わない。
どうせならこのまま・・・。 そうとすら感じていた。
だが、彼女の願いは、またしても神に届く事はなかった。 地面には叩き付けられなかった。
セレナが、間一髪で彼女の下にもぐりこみ、支えたのだった。
「うわっ!?」
落下の衝撃にセレナ自身も耐えられなくなって失速したが、その姉をシーナがしっかり天馬で回り込んで救出した。
「何故・・・助けた? 何故殺さない、何故死なせてくれない!」
ナーティが折れた剣を杖代わりに何とか立ち上がって、力を振り絞って怒鳴る。


131: 手強い名無しさん:07/03/08 23:35 ID:htPz0vwo
UPありがとうございました。
これで話がつながって気になっていたことがなくなりました。
それにしても、よくこんなに長い小説を書けましたね。
自分だったら挫折してそうです。
これからもすばらしい小説を書き続けてください。最後まで読ませてもらいます。


132: フォーゼル:07/03/09 12:35 ID:9/XRFJC.
ついにWIZでも2PCする時代ですか
EHのイベントとMAPで範囲狩りしてる奴とか森のCombatに捨てWIZ放置してマナドレでMP回復してるな
必死しすぎだろw
http://www.maplestorfy.com


133: 部隊コード:8820(イリア天馬騎士団編):07/03/18 11:17 ID:SURnr/AA
年度末ではありますが、大分仕事も落ち着いてきました。
そろそろ以前宣言したものへ挑戦していこうかと思っています。
(と、いいつつ前作の第一部を書き直したいと思っている今日この頃・・・。)

今回は前のような冒険ものではありません。
出てくる人も前作に比べるとかなり少人数となっています(今のところは)。
メインは今度こそイリア。 マイナー路線を貫きます。
途中で挫折しないよう、序も序をアップします。


134: 部隊コード:8820 Chapter1:07/03/18 11:30 ID:SURnr/AA
Chapter1−1:Prelude

「―どうしてもダメなの? これだけお願いしても?」
椅子に座る年上の女性へ、ひたすら頭を下げる。 何度空色の髪が揺れたことだろうか。
それでも、目の前の女性は笑って返してはくれなかった。 皆が望んでいるのに。
今まで黙って話を聞いていた相手が、承諾を得られなくて困惑する少女へ重い口を開いた。
「それは、あなたの仕事よ。 ティト。」

 ここはエレブ大陸の北部にある国、イリアだ。 豪雪地帯で知られるこの国は
名物である雪の為に、まともな農耕が行えず、人々は常に飢えに苦しんでいた。
その上短い夏が終れば、今度はブリザードが死を運んでくる。
まともな収入源の無いこの国で、唯一まとまった金を手に入れることの出来る仕事、それは――傭兵だ。
傭兵として大陸中で起こる争いに参加しに行くのだ。
傭兵で手に入れた金で各地を騎士団がまとめ、民を養い、そして針葉樹林帯を切り開いていく。
 しかし当然、安全な仕事ではない。 一歩間違えれば、命を落とすかもしれない危険な仕事。
それでも、イリアの騎士達にはそれを拒む術はなかった。
死の恐怖に怯えれば、自分達の帰りを心待ちにする祖国の民が寒さに震え、飢えに苦しまねばならない。
赤子が生まれても乳がろくに出ず、死んでしまうことも珍しくない。 民を・・・見殺しにすることになる。
しかし、その赤子が育ったら、また祖国を守る騎士として、命を危険に晒さなければならない。
それだけではない。 戦争をしに他国に行くのだから、他地域の人々にも余り良い目で見られる事は無い。
何の為に生まれるのか? 何の為に生きるのか、そして、誰の、何の為に戦うのか・・・。
それはすべて、国のため、民の為。 自分の為に戦うわけではない。 それは騎士の誓いにも明記されたことだった。
 生き延びる事さえできれば、戦死さえしなければ、少なくとも明日はある。
希望? そんな金にもならないモノに構っていられる余裕など、ありはしなかった。
生き残ることが精一杯の人間に、夢も希望も単なる作り話だった。


135: 手強い名無しさん:07/03/18 20:18 ID:/mfsRBtM
とうとう始動ですか。
ぜひ頑張ってください。
せっかくの新作ですし、新スレで公開されたほうがいいのでは?

136: 手強い名無しさん:07/03/18 20:24 ID:/mfsRBtM
>>97
下級職のパラメータが一律20って時点で微妙。
ルトガーの技とか、シャニーの速さとかすぐ頭打ちになってもったいない。



137: 手強い名無しさん:07/03/18 20:26 ID:/mfsRBtM
スレ間違えたorz
そのままペーストしてきまつ

138: GramBorder:07/03/20 09:13 ID:fZYUju2w
Hi all!

I want to all of you know, World is mine, and yoursite good

Bye

139: 手強い名無しさん:07/03/20 22:48 ID:D2FO3ogY
>>135
あんましスレを乱立させると、他の利用者に迷惑になると思うので
このスレで細々とやっていこうと思ってます。

140: 手強い名無しさん:07/05/01 21:58 ID:VA4twKe2
 ベルン動乱で生き残ったティトは各地を飛び回って、生き残った天馬騎士たちを探し出していた。
イリア騎士の誓いがあったにせよ、騎士団の長を倒し、それを壊滅させたのは、誰でもない自分である。
彼女は重い責任を感じていた。 皆は仕方が無いと言ってくれる。 でも・・・それでは自分の心が許さない。
「おねえちゃん・・・。 おねえちゃんは、わるくないよ。 おねえちゃんはエライよ。 あたしには、出来ないよ。」
必死に、気丈に振舞った。 だが妹だけには、自分の気持ちを敏感に感じ取られていたようだった。
自分自身にすら嘘をつけても、彼女には嘘がつけなかった。
彼女なりに自分を励ましてくれていたようだったが、逆にそれが自分に重く圧し掛かるように感じずにはいられない。
シャニーも成長してきている。 姉であり、先輩である自分が落ち込んでいるわけには行かない。
団長を倒し、騎士団を壊滅させた。 民に不安な思いをさせた者として、一刻も早く騎士団を再建せねば。
その気持ちが、自分へ更に嘘をつかせ、自分を心配する者にも苦言を呈するという事に拍車をかける。
「シャニー、何を言っているの? 出来ないでは済まないのよ?
あなたも叙任騎士になれば、当然のようにそれをこなさなければならないの。」
自分のその言葉を聞いたときの妹の顔は、あまり思い出したくない。
いつも笑顔で、気苦労の多い自分を何とか励まそうとしてくれる彼女が、そのときばかりは顔が泣いていた。
―出来ないよ・・・。 そんな気持ちが顔に滲み出ていた。 親しい者へ感情を隠すのは下手な子だった。
(シャニー、本当は、本当はあなたが正しいのよ。 同胞を何の悪びれもなく殺す事ができる人間なんて、いるはずないし
本当は! 本当は・・・・許されるはずも無いこと。 でも、イリアではそれが『正しいこと』でなければ、生きていけないの。)
ティトはそう言い聞かせるようにシャニーをにらみつけた。 それは自分への戒めでもあった。
騎士になるって何なのだろうか。 人として壊れてしまう為に、騎士になったのだろうか・・・。
 天馬の突然の一声に、ティトははっと我に返る。 どうやら天馬が目的地に到着したようだった。
「この子・・・。 よく行き先が分かったわね。」
ティトは自分の天馬を撫でると、彼から降り、目の前にある城の入り口へと歩いていった。
そこは、生き残った天馬騎士の中でも、最も自分に身近な存在のいる城だった。


141: Chapter1−1:Prelude :07/05/02 21:07 ID:kwIqPs8k
「あら、ティトじゃない。 元気だった? 仕事は順調?」
一時期姉妹で住んでいたエデッサ城。
一応自分の帰る場所であるし、ベルン動乱以降他国からは王族とみなされているゼロットの同族として
自らも神天馬騎士の爵位を持つ王族関係者なのだが、エデッサ城は何回来ても緊張した。
そこへ落ち着いた感じのある姉ユーノが、階段を小走りで下りてきた。
ユーノは、彼女の顔を見るなり、本当に嬉しそうな顔をした。 そして・・・。
「ね、姉さん! それは・・・やめてってば。 子供じゃないんだから。」
恒例というか何と言うか。 ユーノはティトを抱き締め、頭を撫でる。
嬉しく無いといえば嘘になる。 でも、その嬉しさを、羞恥心が掻き消そうとする。 周りには侍女や衛兵がいるのだから。
弱いところを他人に見せるわけには行かない彼女にとって、姉の行為は拒否せざるを得なかった。
姉は寂しそうな顔をするが仕方が無い。 早くに両親を戦死で亡くしたユーノ、ティト、シャニーの三姉妹。
シャニーなんかは物心がついて間もなかった。 そんな妹二人を、ユーノは母親代わりになって育ててくれた。
見習い修行は本来14歳からの1年間だが、ユーノは12歳から修行に出ていた。 家族を養う為に。
必死だった。 イリアに帰ってきた彼女は、国でも五本の指に入る騎士へ成長し、とにかく働いた。
恋をする暇も、オシャレに気を使う時間も無いほどに。 唯一の癒しは、ティトの思いやりと、シャニーの笑顔。
そして、そんな二人を撫でる事だった。 苦労に苦労を重ねて育てた「娘」だ。
大切な妹に、拒否されては悲しがるのは当然だった。
でも、甘えてはいられない。
(ごめんなさい、ユーノ姉さん。)
ティトは心の中で葛藤と罪悪感が渦巻いている。
だが、ティトの気持ちは“母”にはお見通しであった。
「ティト・・・。 大変でしょう? いつでもどこでも、強がっていなくていいのよ? 私の前ではあなたはいつまでも大切な妹なんだから。」
姉の言葉に涙が止まらなくなる。 自分にとっても、姉は大切な姉であり、母でもある。
ティトは、人の前ではいつも責任感ゆえ強がっていた。 だから周りの人からはとてもたくましい人だと思われがちだ。
しかし、本当の彼女は人一倍依存心が強く、寂しがり屋だった。
ユーノもシャニーも、ティトの本当の顔を知っていたから、姉は彼女を心配し、妹も精一杯甘えていた。
いつまでも一緒に・・・。 何度もそう願った。 だが、それは叶わぬ願い。
ユーノは結婚し、シャニーもまた、一人の天馬騎士としてこれから辛く厳しい道を歩んでいくことになる。
もう、誰にも甘えてはおれない。 一番の甘えん坊は、シャニーではなく、自分だったのかもしれない。
そう思って、彼女は戦後、今までより一層肩肘張って生きていた。 自分に戒めるように。
その自分の気持ちを見透かしたような姉の言葉。
「姉さん・・・。」
「離れ離れでも、私達はずっと家族よ? あなたは独りじゃないわ。」
ユーノはティトを抱きながら、彼女の顔がまわりに見えないように自分の部屋へと連れて行った。



142: Chapter1−1:Prelude:07/05/03 22:54 ID:bQiJMvl2
 ユーノは妹を部屋の椅子に座らせて、一度部屋を後にした。
一人になって静かになった部屋で、ティトは自己嫌悪に陥る。 あれだけもう甘えないと誓ったのに。
また姉に甘えてしまった。 なんて意志が弱いのだろうか。
こんなことでは天馬騎士団を再建なんて出来やしない。
彼女は自分の頭を両手に拳を作ってポカポカと殴った。
 暫くすると、ユーノは温かい紅茶を持って部屋に戻ってきた。 侍女に持ってこさせればよいのに。
その姿に、ティトは昔生家で、姉妹三人で暮らしていた頃を思い出す。
「外は寒かったでしょう? さ、ジンジャーティーよ。」
姉のぬくもりにも似た温かい紅茶が、芯まで冷えた体を癒してくれる。
ユーノは、本当に温かい人だ。 自分もこんな人になりたい。
大きな愛で、皆を包んであげたい。 ティトはそう思って止まない。
暫く他愛も無い話を楽しむ。 この頃は忙しくて、ユーノのいるエデッサ城どころか、シャニーのいる生家にすら帰っていない。
仕事の話ぐらいしかしなかったこの3ヵ月。 話したい事は山とあった。
ユーノはその話を、興味津々と言った感じで、笑顔で聞き入ってくれる。
いつも物静かな彼女からは想像できないほど、ティトは話し込んでしまう。 楽しい・・・。
そんな彼女を現実に引き戻したのは、甲高い泣き声だった。
「まぁ、アリスが泣いているわ。 ティト、ちょっと待っていてね。」
ユーノは小走りに部屋を出て行く。 姉はもう結婚して子供もいる。
そんな姉に自分は何て事をお願いしに来たのだろう。
・・・そこまで考えてティトは、はっと時計に目をやる。 城に来てからもう2時間が経とうとしていた。
随分無駄話を聞かせてしまった。 姉が帰ってきたら、本題に入ろうと、彼女は気合を入れる。
 向こうの部屋から聞こえていた泣き声が止む。 それから間もなく姉は帰ってきた。
「おまたせ。 で、結局そのお友達はどうなったの?」
「姉さん・・・。 ごめんなさい、その話はあとにしましょう。 姉さんにお願いがあって、私はここに来たの。」
話の続きを楽しみにする姉に、ティトは本題を振った。
唐突に本題を持ちかけられたユーノだが、彼女はさして驚きもせず、ティトの話をそのまま聞く。
「今、天馬騎士団は団長を失って統率が取れない状況にあるわ。
なんとか生き残った騎士達を集めて再建はできそうだけど、リーダーが不在なの。 だから・・・。」
「ダメよ、ティト。 それはダメ。」
ユーノはティトの言葉を拒否した。 ティトも断られる事は分かっていたし、最後の最後まで避けようと思っていた選択肢だ。
姉にはもう子供がいる。 大切な子供を城に残すわけにはいかないし、
イリアの騎士を統べるべく、戦場に旅立つ夫ゼロットの手助けをしなければいけないユーノの立場は大変だ。
せっかく幸せを手に入れた姉に、これ以上の負担をかけたくはなかった。
だが、天馬騎士達はユーノの事を伝説の天馬騎士と尊敬し、彼女がリーダーなら誰も不満はなかった。
だから、ティトは残された最後の手段として、何とかユーノに新生天馬騎士団の初代団長の任へ就いて欲しかったのだった。
「姉さんは戦場に出ないで、色々私達の指導してくれるだけでもいいから、だから!」
断られても、断られても、ティトは必死に姉に懇願した。
ユーノに向かって、何度も何度も頭を下げた。 何度空色の髪が揺れたことだろうか。
それでも、姉の首が縦に振られる事はなく、笑顔を返してくれることもなかった。


143: Chapter1−1:Prelude:07/05/06 11:49 ID:BSUA2MmM
「どうしてもダメなの? これだけお願いしても?
姉さんが育児やゼロット義兄さんの手伝いで忙しい事は分かるわ。 でも、天馬騎士団復興には姉さんの力が必要なのよ。」
「違うの。 そうではないのよ、ティト。」
今まで黙っていたユーノが、ここに来て再び口を開く。
ユーノとて、自分達が築き上げてきた天馬騎士団がこのまま朽ち果ててしまう事を黙って見ていられるはずはなかった。
「イリアとして諸騎士団が団結しないといけない中で、私達は望まないにしても派閥を作ってしまった。
そして国の存亡をかけた大切な時に、反ベルン派と親ベルン派に分かれて、意味の無い戦いを引き起こしてしまった。
それは、そういった仕組みを長い時間の中で造り上げてしまった私達の責任。 人々を置き去りにして、自分達の為に戦ってしまったの。」
「そんな・・・。」
「だから、天馬騎士団、いえ、イリアもまた他の国同様生まれ変わらなければならないのよ。
その大切な仕事を担っていくのは、あなた達若い騎士。」
ユーノは机の引き出しから何かを取り出すと、団長就任を引き受けてもらえなくて困惑する妹に歩み寄った。
そして、妹の手を取り、自分が持っていたものを彼女に強く握らせる。
「過去の天馬騎士団はもう無い。
生き残った者をまとめ、新たな歴史を作っていくリーダー。 それは、あなたの仕事よ、ティト。」
ティトは握らされた手を開いてみて驚いた。
手の中にあったのは、天馬騎士団団長の証である騎士団の紋章が入ったブローチだった。
「ね、姉さん!? 私には、そんな大任はとても・・・。」
狼狽するティト。 ユーノは動転する妹の肩をしっかりと持ち、いつもの優しい声では無い、しっかりとした声で彼女を諭した。
妹としてではなく、これからのイリアを創っていく若いリーダーとして。
「ティト、あなたも分かっているはず。 新しい世界には、新しいリーダーが必要なの。
これはあなたの仕事よ。 私も、精一杯あなた達の手助けをするわ。 だから、お願い。 あなたならできる!」
姉のいつもと違う瞳に、ティトは決意を固めた。 甘えてはいられない。
過去を壊したのが自分なら、未来を創っていくのもまた、自分でなければならない。
彼女は自分にそう言い聞かせた。 困ったら、疲れたら・・・私には家族がいる。 甘えるのではなく、助けてもらえばいい。
「分かったわ、姉さん。 でも、もし困ったら、その時は助けてね。 私一人では・・・きっと荷が勝ちすぎると思うから。」
ユーノはそれに笑顔で返し、またティトの妹を撫でた。
「ええ、勿論よ。 困ったらいつでもいらっしゃい。 あなたは独りじゃないわ。」
いつの間にか、ティトは姉に胸に顔を埋めていた。 頭を撫でられても、羞恥心は沸いてこなかった。
純粋に嬉しかった。 独りじゃない。
「ゼロット義兄さんから授かった神天馬騎士の称号に誓って、精一杯がんばるわ。」


144: Chapter1−1:Prelude:07/05/06 22:32 ID:BSUA2MmM
ティトは姉からブローチと想いを受け取ると、そのままエデッサ城を後にする。
城の外まで見送ってくれた姉の姿がどんどん小さくなって、そして見えなくなってしまった。
鈍色の空に舞い、生家のある村を飛び越え・・・天馬騎士団の本拠地であるカルラエ城に戻ってきた。
そこで出迎えてくれたのは、意外な人物だった。
「ホッホ、お帰りなすったか、毎日大変じゃね。」
「あ、あなたはニイメさん! どうしてこんな所に?!」
天馬から飛び降りたティトは、『山の隠者』と名高い闇魔法の大家ニイメに深々と頭を下げた。
ニイメはそんな彼女を見ているのか見ていないのか、カルラエ城を見上げていた。
「世界が変わりつつある・・・。 その現場を見に来ただけさ。」
世界の理を追及するニイメにとっては、欲で動く人間の行動など、どれも取るに足らないものであった。
歴史は繰り返される・・・ただそれだけのこと。 それでも、祖国が生まれ変わろうとしているところは見ておきたかった。
「はい、必ずイリアを正しい方向へ。 天馬騎士団の総力を持って、きっと!」
ニイメはティトの力強い言葉に彼女の方を見上げた。
細い体にも、その瞳には強い意志が燃えている。 年寄りが出てくる幕ではないと改めて悟る。
「ホッホ、強い娘だねえ。 まるでわたしの若い頃を見ておるようじゃ。」
「光栄です。 私もニイメさんのように、後世に誇れる人になりたいと思います。」
ニイメは後ろを向くと、ティトが言い終わるか終わらないかのうちにそのまま歩き出した。
そして、ある程度距離開けた後に、ようやく止まってティトの賛辞へ返した。
「わたしはわたし。 あんたはあんただ。 あんたはあんたの思うようにやるといいさ。
だけど、わたしは別に後世に誇れるとか、そんなのはどうでもいいけどね。
わたしは誰かの為に研究しているというわけじゃないからね。 わたしは単に、自分の知識欲を満たしたいだけなのさ。
だけど、あんたはわたしのように、自分の為に動いちゃダメだ。 誰の為に戦うのか、よぉーく考えるんだね。」
背の曲がった白髪の老婆が角を曲がり、姿が見えなくなるまで、ティトはずっと彼女を見ていた。
ニイメは、彼女なりにティトを励ましてくれたのだ。
そして、彼女達にイリアの未来を託して行ったのだ。
 ティトはその後、城にいた天馬騎士達にユーノの言葉を告げ、そして自分が暫くは団長として
天馬騎士団の再建に尽力を注ぐ旨を明らかにした。
皆は、ティトが寝る間も惜しんで自分達を探して訪ねてきてくれたことを知っていたし、
彼女の生真面目な人柄を嫌う人物はあまりいなかった。 誰も異を唱える者はいない。
「隊長・・・あ、団長。 私達も協力しますから、きっと天馬騎士団を再建しましょう。」
かつてティトと共にあった部下が、真っ先に彼女へ声をかける。
ティトは無言でうなずくと、そのまま部屋に入っていく。 団長としてやる事は山のようにあるのだ。


145: Chapter1−1:Prelude:07/05/07 22:33 ID:.MLLsipU
「やれやれ、あんなヒヨッコが暫定とは言え団長ですか。 先が思いやられますね。」
ティトが部屋に入って行ったことを確認するや否や、すぐさま聞こえる声があった。
それは、生き残った天馬騎士の中でも一番のベテラン、シグーネが団長のときの副団長として影から支えた
旧天馬騎士団第二部隊長、イドゥヴァだった。
(経験から考えても、私が団長に推されても良いはずなのに・・・。)
彼女は不満を隠しきれない。
それを昔からの部下が慰めるが、慰めにはなっていなかった。
「きっとイドゥヴァさんなら、新団長も悪い待遇はしませんよ。」
「いえ、あの人はきっと、新体制を作るために旧幹部は組織の上位には組み込まない。
ヒヨッコだけで何ができると言うのでしょうね。 せっかく団長の座まであと一息だったと言うのに・・・。」
何の為に、何年もシグーネに頭を下げて、彼女の言いなりになっていたのか。
イドゥヴァには分からなくなってしまった。 どうしても愚痴が先行する。
それを、騎士とは到底思えないような格好の女性が、窓の縁に座って聞いていた。
「ホント、あと一息だったのにね。 さっき、自分がやると何で言えなかったんだか。」
ポツリと漏らす蒼緑の髪のその女性は、すっと立つと、風を斬るようなスピードで皆の前から突如姿を消した。
他の騎士にとっては、今の女性が誰なのか、よく知っているものはいなかった。
「姉貴は、可哀相だね。 まともな部下に恵まれなくて。
ま、一人はまともなのがいたようだけど、そいつに殺されてちゃ世話ないわね。」

 ティトは部屋に篭ると、それっきり出てこなくなってしまった。
彼女は部屋で新生天馬騎士団の人事について悩んでいた。 精鋭部隊の隊員名簿・・・。
各部隊の部隊長の選任。 人事についての99%は決まっていた。 残りの1%が、ティトを部屋に幽閉していた。
誰にするべきか、本当に悩む。 人を配置することが如何に難しいことか・・・。
ここの部隊長ばかりは、経験でも、実力でもない。 大切なのは人柄。
不向きな人間を選任すれば、天馬騎士団の存亡に関わる。
「おやおや、頑張ってるね、団長さん。」
ティトははっとして後ろを見る。 そこには、先程の蒼緑の髪を揺らす女性が居た。
「レイサさん!? 今は中に入ってこないでください!」
必死に忠告したが、彼女は自分の話を聴いているのかいないのか・・・。
彼女が気付いた時には、レイサは机の上に広げてあったメモ書きした紙を手にとって眺めていた。
「人事かぁ、姉貴もこれにいっつも時間かけてたよ。 人には、仕事はさっさとしろって煩かったのにさぁ。」
レイサには、机で奮闘する若い団長の姿が、在りし日の姉に重なって見えてしまった。
居なくなってみると・・・何かこう、重いものを感じる。 ケンカする時には、さっさとクタバレと何度罵った相手だったろう。
―人間って、本当に気付くのが遅いよね。 気付いた時に後悔しても、どうしようもないのにさ。


146: 手強い名無しさん:07/05/31 13:04 ID:q.rD7FpM
更新マダー?

147: Chapter1−1:Prelude :07/06/10 10:46 ID:rIhdIr8Q
「レイサさん・・・。 その、シグーネさんの事は、本当に申し訳ありませんでした。 謝って許してもらえることではないですが・・・。」
ティトは自分が殺めてしまった、前団長にして彼女の姉であったシグーネを思い出すレイサに、頭を下げる。
レイサは彼女の肩を持って、上体を起こしてやる。 そして笑顔で返してやった。
「まーだそんな事言ってるの? あんたも姉貴も騎士だったんだ。 騎士って人殺しが仕事じゃん?」
「それは・・・。」
「騎士は民を守るために戦う? それは建前じゃん? 結局、人殺しってことじゃない?
あんたは自分の仕事を全うしただけじゃないか。 何で私に謝るのさ。 あんたは騎士として誓いを守った。 ただ、それだけのことさ。」
ティトには、レイサのことが良く分からなくなった。
騎士だから敵を殺すのは当たり前だ。 特に自分達は傭兵騎士。 やらなければ、やられる。
それでも、やはり家族が殺されたら、自分がどういう行動をとってしまうか分からない。
姉を殺した人間が、今目の前にいる。
自分なら、もし姉を殺されたら、仕方ないと・・・口では言うだろう。
レイサも、そんなところだろうか。 きっと内心、自分を憎んでいる。 邪推とも言えることだが、ティトにはそう思わざるを得なかった。
「あんたも私も。 いや、イリアに生きる軍人は皆、民を養うために戦ってる。
私は別に、あんた達騎士のやる人殺しが悪い事だとは思わないよ。
自分達が生きていくには、誰かを殺さなきゃいけない。 それが、イリアって国・・・いや、世界中そうかもね。」
彼女は本当にサッパリとした物言いをする。 時には他人がぎょっとすることでも平気で言ってしまう。
しかし、そのサッパリとした言葉の中に、どれだけの意味がこめられているのかを考えると、時々怖くなった。
「弱肉強食ってところかな? それに、あんた達は力の無い人たちを殺しているわけじゃない。
相手もそれなりに力を持って、それを仕事としている者達なんだ。 ・・・自分を責めすぎて、いい事なんか一つもありゃしないよ。
私に謝るぐらいなら、せめて姉貴があの世で心配しなくてもいいような、立派な団長になってやんなよ。」
ティトには、ぼろきれをまとったような格好をしているレイサが、シグーネに見えた。
かつて、彼女はシグーネによく可愛がってもらっていた。
見た感じは近寄り難い雰囲気の、いかにも厳つい女将軍という感じのシグーネ。
だが実際近くで見てみると、とても面倒見の良い人だった。
特に新人隊員に対しては、精鋭部隊のことで忙しい合間をぬっては、よく世話をしていた。
その頃によく言われた言葉がティトの脳裏にはっきりと今でも刻まれている・・・。

― 「も、申し訳ありません・・・。」
― 「謝るぐらいなら結果を出しな。 あたしはね、あんたが憎くて怒っているわけじゃないんだ。
― あんたなら、もっと良い結果をきっと出せると思って叱っているんだよ。 いいかい? 謙遜も自慢もいらないよ。
― 結果を出せば、周りの者が自分を見て評価してくれる。」


148: Chapter1−1:Prelude:07/06/10 10:50 ID:rIhdIr8Q
「分かりました。 レイサさん。 私、きっとシグーネさんのような立派な団長になって、レイサさんのような強い人になります。」
ティトはレイサの目を見つめ返す。 見つめられた彼女は照れたような格好をしたが、すぐにそれを否定した。
「姉貴のようになっちゃいけないよ。 そして、私のようにもね。
私は、平気で力の無い人間を殺して、欲しい物があればかっぱらってしまうただの盗賊さ。」
ティトは飛びそうになるぐらいの勢いで首を横に振る。
レイサは、シグーネからの命令で、密偵やら要人の暗殺やらをするアサシンだ。
妹に暗殺を依頼する姉の気持ち・・・。 ティトには分からなかった。
「あんたは希望や夢を失っちゃいけないし、私みたいに闇の中でしか生きられなくなっちゃダメさ。 自分の意志で歩かなきゃね。」
彼女はアサシン。 相手を一撃で死へ至らしめる「瞬殺」という闇の剣の使い手。
だから彼女は、命の儚さを誰よりも強く知っていた。 陽の下で暮らせる喜びを知っていた。
さっきまで笑っていた人間を、単なる肉の塊に変えることが、どうしてこうも簡単なのだろう。
いくら仕事といっても、無抵抗の人間の喉元を狙うのは・・・昔は何も感じなかった。 仕事だから。
レイサもその姉も・・・失ってはいけないものを失ってしまっていた。 そして彼女は、今もこうして生きている。
レイサの場合は、失ってしまったもののお陰で、取り戻したものもあったようだが・・・。
「邪魔したね。 さぁて、仕事でもしてこようかな。」
「レイサさん! 仕事って何ですか?」
「しがない盗賊の仕事といったら、一つしか無いだろ?」
レイサは言い終わるか終わらないかのうちに、疾風の如く目の前から消えてしまった。
一人残されたティトは、先程のメモに書いていた新人部隊の部隊長候補の名前に、すべて横線を引っ張った。
「単なる傭兵で・・・新人を終らせてはいけないかもしれない・・・。」


149: Chapter1−1:Prelude:07/07/01 03:18 ID:9e1qySUA
 盗賊風の女が団長の部屋から出てきたことに、違和感を覚えた者は少なくなかった。
同じ天馬騎士団所属の者とは言っても、アサシンのことをよく知る者は少ない。
ましてそれが、前団長の妹だなどと知る者は殆どいなかった。 数名を除いては。
「あれは・・・レイサではないですか。 前団長の妹が盗賊なのだから、シグーネも何を考えていたのだか。」
イドゥヴァだった。 彼女は、向こうで短剣を使ってジャグリングをするレイサに何か腹が立った。
姉を殺されても、飄々とした顔つきで遊んでいる。
それどころか、姉を殺した相手の下へ媚を売りに行くとは・・・流石の自分でも出来ないだろうと彼女は思った。
「レイサ、少しは鍛錬でもしたらどうなのですか?」
「私は盗賊なの。 戦う事は向いていないのさ。 私の専門はかっぱらいと逃げること。 そんな事の練習していいの?」
レイサは手に財布を取ってイドゥヴァに見せ付けた。 それを見た彼女が焦ったのは言うまでも無い。
その財布は彼女のものだったからだ。 笑顔で財布を見せ付けるレイサから、ぱっとそれを取り上げる。
(いつの間に私の懐から盗み出したのか・・・。)
馬鹿にされたようで余計に腹が立つ。
「あなたという人は・・・。 妹が低俗な盗賊だなんて、シグーネもさぞ惨めでしょうね。
もっとも、自分が死んでも涙一つ流さない薄情な妹が相手なら、もうとっくに見捨ててしまっているかもしれませんが。」
「姉貴は騎士だった。 いつか死ぬのは分かっていた。
ま、私には槍とか扱う素質がなかったから、これぐらいでしか役に立てなかったけど、それなりに尽くしたつもりだよ。
少なくとも、自分が死んでも後継者争いにしか目が無い部下よりはね。 よっと・・・!」
レイサは再びジャグリングをし始めた。
(こんな小娘に・・・!)
こんな盗賊という低俗なものに馬鹿にされてついカッとなったイドゥヴァは思わず槍を取り、レイサに向かってそれを突き向ける。
「なっ・・・。」
気付いた時には、もう自分の首筋にレイサが短剣を当てていた。
そこは寸分の狂いもなく、首の急所だった。
(あの短時間に、身を翻し、首筋に噛み付いたというのか?!)
「ふふ・・・。 人間ってさ、本当の事を言われると熱くなっちゃうものだよね。」
「ぐ・・・っ。」
「確かに私は闇でこそこそ生きてるゴミかもしれない。 私だって、弱い人間は殺したくない。
でもね・・・、姉貴を侮辱する奴が相手なら・・・強かろうが弱かろうが・・・無性に殺したくなるよ?
ふふふ・・・。 このまま、ぐちゃぐちゃにしちゃっていい?」
舌なめずりをしながら、短剣を徐々に首筋に食い込ませる。
とうとう、イドゥヴァが前言を撤回しその場は収まった。
収まると、彼女は何事もなかったかのように再びジャグリングを始める。
この飄々とした顔・・・。 何を考えているのかサッパリ分からない。
そこへ、聞きなれた若い声が聞こえてきた。 ティトだ。
「レイサさん、少し話があります。 ちょっと向こうまでよろしいですか?」
「はーいはい。 私はいつでも暇だし、 なんなら朝まで付き合ってもいいよ?」
(どうしてあんな盗賊を、団長は・・・。 やはり、先程団長に媚を売っていたのは確かのようだ。)
しかし、あんな若い者が団長では、次期団長を狙う頃に自分が現役でいるかどうか分からない。 イドゥヴァはそれを見越していた。
(ふっ、それも分からずに媚を売るなんて、所詮盗賊の頭ではその程度か。
あまり、団長に媚を売る必要性は感じられないし、適当に従っておこう。)
イドゥヴァはレイサを貶めることで、自分の怒りを納めた。


150: Chapter1−1:Prelude:07/07/09 23:30 ID:diVAuSm2
「えぇ?! ちょっと、待ってよ。 私がどうして部隊長なんか務めなきゃいけないのさ!」
レイサは驚いた。 ティトはあろうことか、彼女に新人部隊の部隊長の任に就いて欲しいとお願いしてきたのである。
新人は弱いし、何も知らないし。 おまけに今年は、戦後の人手不足を補う為に、見習い修行を免除するとのこと。
そんな者達を、自分のような盗賊が従えていけるわけがなかった。
「待ってよ! 私は天馬の乗り方も、槍の扱い方も知らない、ただの盗賊なんだよ?
教えられるのは瞬殺の技術ぐらいだし。 部隊長を任せられる人なんて、他にもいくらでもいるじゃない。 何で選りにも選って私なのよ。」
「これからの新人に必要なのは、天馬の乗り方や、槍の扱い方を教えられる人ではないのです。
もちろん、それも大切な事ですが。 イリアが生まれ変わるには、もっと他の事を、新人に学んで欲しいのです。」
ティトの真剣な目に、レイサも狼狽することをやめた。
自分より若い団長が、強い意志を持って自分に接している。 彼女も大変なのだ、自分も役に立てる事は頑張ろう。
それが、姉貴への償いになるなら。 出来の悪い妹を持って不幸せだったろう。
レイサはそう自分を落ち着かせる。
「・・・で、私に何ができるって言うのさ。」
「あなたは、よく人の事を見ています。」
「そりゃ、そうさ。 密偵なんて仕事は、人の表情一つとっても貴重な情報源だからね。」
盗賊なんだから当たり前じゃん、とは言えなかった。
ちょっとした隙を突いてモノをいただくカッパライだった自分にとって、人の視線一つも見逃すわけにはいかない大切な情報。
それが密偵、そして瞬殺剣を扱うことにも大切な事だったのは偶然だった。
「あなたは優しい人です。 そして、誰よりも強い人だと思います。
命の大切さ、脆さを、誰よりも知っている人だと思います。
だから、隊員たちに、あなたの知っている事をすべて教えてあげてください。
新人を、単なる傭兵の駒として終わらせてはいけない。 イリアを担っていける人物へ育てていって欲しいのです。」
(私が優しい?)
そう思ったが、レイサはそれを喉元でぐっと押し込んだ。
姉も言っていた。 自分では自分は分からない。 周りの評価したものが自分であるのだと。
自分が教えられること・・・。 心構えや・・・瞬殺剣ぐらいしかない。


151: Chapter1−1:Prelude:07/07/09 23:32 ID:diVAuSm2
「教えられることなんて・・・殆ど無いよ。 傭兵に命の大切さなんて教えても、意味無いんじゃないかな。
それに、散々人を殺してきた私が教えたところで説得力無いよ。 瞬殺剣でも教える?」
「傭兵だからこそ、命の大切さを知っておいて欲しいのです。 槍の扱い方などは、時をみて私達が教えますので。
命の大切さが分かれば、自分達が何の為に戦うのか、きっとわかります。
・・・分かってもらわなければ、イリアが生まれ変わる事は出来ないでしょう。
レイサさんは、いつまでもイリアが傭兵を生業として、血で血を洗っても良いと思いますか?」
「思わないね。 姉貴みたいな人間は出ないようになって欲しい。」
ティトはレイサの即答に黙ってうなずいた。
彼女もまた、かつて戦場で同胞を何人も殺した。 そのつど、自分がイリアを支えていくからとその者たちを弔った。
そしてベルン動乱。 大切な妹シャニーすら、自分は手がけそうになった。 二度とそんな思いはしたくないし、
これからの新人にも出来る限りさせたくない。 しかし、イリアが傭兵を生業とする限り、それは叶わない。
何の為に戦っているのか、新人のうちに明確にして欲しい。 そして、イリアを変えて行って欲しい。
一人では、そんな大業は為し得ない。 でも、一人ひとりの意識が変われば、それは無理ではないはず。
意識を作るには、新人の時期が一番肝心だ。 そこで槍の扱い方だの、天馬の乗り方だのだけを教えても意味は無い。 ティトはそう考えた。
「新人は、イリアを支えていく大事な人材。 傭兵だけで終らせてはいけないんです。
お願いです、力を貸してください。 レイサさんは、誰よりも命の大切さを知っています。 それを教えてあげてください。
そして、その大切な命をぶつけ合う傭兵という仕事を、彼女らに教えて欲しいのです。」
レイサは今までずっと独りで仕事をしてきた。 誰かを従えるなどという事は初めてだった。
自分も将としては新人だった。 それがいきなり、どの部隊長よりも責の重い新人部隊を任せられるとは。
本当なら逃げたいところだ。 だが・・・この新団長からは逃げられそうに無い。 逃げることが自分の専門なのに。
「分かったよ。 できる限りはやってみる。」
承諾を得られて、ティトの顔にも束の間の笑顔が宿る。
またユーノの時のように断られたらどうしようかと思っていたのだ。 とても嬉しい。
「ありがとうございます! じゃあ、もうすぐ正式に人事を発表するので、そのまま控えていてください。」
ティトは再び団長室へと戻っていった。 独りになったレイサは
腰の両側に挿している短剣ではなく、腰の後ろに挿していた短めの騎士剣を鞘から引き抜いてみる。
それは立派な銀製の剣だった。 イリア騎士を束ねるゼロットから、姉貴が賜ったもの。
「姉貴・・・。 姉貴は本当に良い部下を持ったね。 あいつなら、手伝ってやろうと思うよ。
姉貴みたいに命令口調じゃないしね。 でも、何かと気負っちゃう性格みたいだね。 助けてやらないと。」
春を迎えたイリアの空には、雲の隙間から眩しい太陽の光がこぼれていた。
今ここに、新生天馬騎士団が産声を上げた。 そして、イリアは大きな変化の時代へと突き進んでいく。


152: Chapter1−2:誓い:07/08/27 20:51 ID:i7Dph5Uk
 イリア傭兵騎士団。 民を養う為に他国に傭兵として参加し、その報酬を祖国へ惜しみなく送る。
常に死と隣り合わせ。 だが、逃げればイリアの民は残らず死に絶える。 国を背負って騎士達は戦場に立つ。
 そんな過酷な世界へ、まだ成人して1ヶ月も経たない少女が足を踏み入れようとしていた。
一年間の見習い修行を終えた彼女は、今度の叙任式で正式なイリア天馬騎士団の一員になる予定だ。
姉の戦う姿に憧れ、自らも同じ天馬騎士の道を志した。 彼女の名前はシャニー。
短く整えられた蒼髪を揺らしながら、彼女はある場所へ向かっていた。 そこは景色を一望できる小高い丘。
「おかあさん、おとうさん。 あたし、来週から一人前の天馬騎士として認められるんだよ。 一年間、あっという間だったなぁ。」
シャニーは、一面に様々な色の花を広げる丘に作られた両親の墓に花を手向けると、祈るように話しかける。
そして、見習い修行の事を一つ一つ思い出していた。 見習い騎士とは言え、彼女はベルン動乱を鎮めた、
更には第二次人竜戦役を未然に防いだ、英雄ロイと共に戦った八英雄の一人だった。
多くのものに助けられながら、彼女は見る見る頭角を現し、大きな功績を挙げていたのだった。
「早く叙任を受けて、人々を助けてあげたいよ。」
シャニーは両親に騎士の誓いを宣誓する。 それは、騎士団で決められたものでは無い、自分だけの誓い。
ベルンに攻め込まれ、騎士団と言う騎士団は壊滅してしまった。 人々は不安な生活を送っている。
天馬騎士団も、前団長シグーネ率いる精鋭部隊は、自分達エトルリア軍が壊滅させた。
自分の同胞をこの手でしとめることなど、出来はしなかった。 しなくてはいけないとシグーネの目が怒鳴っても。
幼い騎士には、団長のその命令はあまりにも過酷だった。
叙任を受けて、イリア騎士として自覚していた姉ティトと違い、彼女にはシグーネを攻撃することなど、できなかった。
 そして戦後、ティトがなんとかバラバラになっていた天馬騎士たちを集めて天馬騎士団を再建。
天馬騎士団は、世界でも数少ない女性のみで構成される騎士団で、その大半が天馬騎士で編成されている。
自分も早く叙任騎士として世界を巡り、人々を助けたい。 そう彼女は思っていた。
圧倒的に人手不足となった天馬騎士団、そして自分のベルン動乱での功績。
憧れの第一部隊 ―団長配下の精鋭部隊― に入れる事だって夢では無い。
自分が配属されるのはどの部隊だろう。
「よぉし、やる気になってきたぞ! さっそく帰って剣の稽古だ!」
彼女は両親の墓を後にすると、ダッシュで家のある村まで帰っていった。
何も知らない。 傭兵と言うものの大変さ、虚しさ、そして儚さを。 見習いでは分からなかった悲しさを。
それを知らない穢れなき『色』を持った少女が、イリアの寒空の下で懸命に咲く花達の中を、颯爽と駆けて行った。

 その途中でも、彼女は今までの事を思い出していた。 特にシグーネと師匠のこと。
名前で呼ばれた事はなかったが、一人カルラエ城の隅で棒切れを振り回す自分を、度々指導してくれていた。
一人では寂しくなって、姉のいるカルラエ城まで幾度となく足を運んだ。
だが、その都度関係者以外は立ち入り禁止と言われてしまい、姉に甘える事が叶わなかった。
姉の帰りを待ちながら、他の騎士が鍛錬する様子を見て、見よう見真似で棒切れを槍や剣に見立てて振り、練習したものだ。
いつか、自分があそこにいる騎士達と同じ立場になったときの為に。
憧れの天馬騎士に、一日も早くなりたくて。
「あんた・・・ユーノの末妹じゃないか。 何やってんだい? そんなとこで。」


153: Chapter1−2:誓い:07/08/27 20:52 ID:i7Dph5Uk
シグーネだった。 いきなり怖そうな天馬騎士に話しかけられて、シャニーは体を縮こまらせた。
だが、ユーノがやってくれるように頭を撫でてくれた為に、いつものような人懐っこい笑顔をシグーネに見せる。
「あたしね、おねえちゃんを待ってるの。」
「あぁそれは分かるよ。 でも、棒切れを振り回したりして何やっているんだい?」
「あたしね! おねえちゃんみたいな天馬騎士になるんだ。 だから、その練習。」
シグーネはそのまま黙ってみていた。 他の騎士がやっているのを見てやっているだけの割には筋が良い。
やはりユーノの妹。 もしかすると良い騎士になれるかも知れない。
しばらくして、シグーネは城へ歩いていき、そしてすぐ戻ってきた。
「あんた、マメだらけじゃないか。 ほら、籠手つけて槍は振るもんだよ。」
彼女は素手で棒切れを振るい、マメやササクレで赤く染まったシャニーの手に気付いていた。
それから彼女は、ユーノが迎えに来るまで一緒に練習してくれた。
「細っこい体だねぇ。 そんなんじゃ槍に潰れちまうね。」
「あうぅぅ・・・・・。」
シグーネにホンモノの鋼製の槍を持たされたシャニーはふらついていた。
すぐに取り上げられ、今度は剣を握らされる。 槍に比べれば軽いものの、やはり重い。
「ふんっ・・・ふんっ!」
「こら、そんな肩に力入れて振ってたら懐に入られるよ。 ・・・こいつは結構イジメ甲斐のあるタイプかもねえ。」
それから毎日、彼女に特訓してもらう事が日課となっていた。
ユーノにはあまり彼女に手をかけさせてはいけないと言われたが、シャニーはシグーネのことが好きだった。
城ではシグーネに、家では姉二人に槍術を習い、彼女はみるみる成長していった。
そしてその後、彼女も見習い天馬騎士として世界へ羽ばたき、ロイ率いるエトルリア軍で修行を積んだ。
他の天馬騎士では経験できないような、転戦に転戦を重ねた激戦。 彼女は実戦の中で才能を開花させる。
自分を受け入れてくれた傭兵団の仲間が良い人間ばかりであった事もそれを助けた。
シャニーはその傭兵団のリーダーに憧れた。 強くてかっこよかった。 彼の名はディーク。
手負いの虎と噂され、名前を聞くだけで兵が逃げ出すほどの実力を持った傭兵。
シャニーはディークを師と仰ぎ、剣を習った。 実践タイプだったディークには、活発なシャニーの扱い方も良く分かっていた。
「おい、剣はそんな風に扱うんじゃねーよ。 槍じゃねーんだから。」
「え?」
「もっと広く使うんだ。 攻撃の時は切っ先で、受けるときは根元で受けろ。 最初は怖いかもしれないがな。」
言われてもイマイチ納得できなさそうなシャニーに、ディークは剣を抜いた。
そして、彼女に向かって一気に切りかかった。 避けられないように、意表を突いて。
「うわっ?! な、何するのよ! 殺す気ぃ!?」
「そうだ。 分かってんじゃねーか。 もう少し根元で受けるようにしろ。 お前は力が無いから、先で受けるとそのまま剣を弾き飛ばされるぞ。」
ディークも、自分の事をかなり気遣ってくれていた。 本当に色々教わった。
戦いの心構え、傭兵としての心構え、剣の扱い方。 それだけじゃない。 自分の視野がかなり広がった気がする。
自分が激戦を生き残り、こうして修行を終えられたのも、ディークに助けてもらったからだ。
「お前は救いようもねぇバカだが、光るものをもっている。 他のヤツがもっていないぐらい眩く光るものがな。
皆が願っても手に入らないものを、お前は持っているんだ。 お前はそれをしっかり磨いて、皆の為に使え。
俺には剣しかねぇが、お前はそうじゃない。 これからお前が入っていく世界は、お前にとっちゃ過酷過ぎるかもしれねぇ。
だがな、それはお前が選んだ道だ。 そのなかでも、自分を、光るものを失うんじゃねーぞ。」
それが、師匠と別れるときに貰った最後の言葉だった。
シグーネからはイリア騎士の宿命を、ディークからは傭兵としての心構えやいろいろなものを学んだ。
そして二人から、優しさや人を育てることの大切さを学んだ。 そして、今自分は叙任騎士になろうとしている。
様々な事を吸収し、自分は強くなった。 騎士としてだけではなく、人としても。 もう一人前だ。
これからはもう誰かに甘えてちゃいけない。 自分を守ってくれる人はいない。
自分は、逆に民を守る側に立ったんだ。 恩返ししていかなくちゃ。
シャニーは自分に色々言い聞かせながら、村に帰って行った。
「いちにんまえ」と言う言葉に半場酔いしれながら。


154: 手強い名無しさん:07/08/28 00:00 ID:U5Srv1ho
アップしたならageればいいのに
もったいない

155: Chapter1−2:誓い:07/08/28 20:19 ID:brTI0f32
「おかえり、シャニー。」
彼女を出迎えてくれたのは、幼馴染のウッディだった。
「たっだいま! ウッディじゃ剣の稽古の相手にはできないぁ。 ねぇ、セラは何処?」
「さぁ。 それにしても・・・本当に騎士になっちゃうんだね。」
彼は残念そうにシャニーを見る。 やや凛々しくなったようにも見えるが
彼にとっては、シャニーは今でも幼馴染だった。 近くにいるのに、何か遠い人になってしまったようにも感じる。
「うん、昔からの憧れだもん! ウッディのほうはどうなのさ。」
「僕も、来週天馬騎士団に入隊するんだよ。」
幼馴染の意外な言葉に、シャニーはややオーバーリアクションとも取れるような声をあげた。
「えぇ!? ウッディ・・・オカマにでもなるの?」
無理も無い。 天馬騎士団は、女性のみで構成される世界でも珍しい騎士団だ。
稀に男の古代魔法使いや弓兵が入隊する事はあるが、彼にそれらの才能があるとは思えない。
ということは・・・天馬騎士になるのだろうか。
「シャニー。 戦いは騎士だけでやるものじゃないって習わなかったっけ?」
「え? えーと・・・。 じゃあ、あんた魔法使いにでもなったの?」
「君達騎士が深く傷ついたら、誰が治してくれるの?」
考え込むシャニーに、ウッディは呆れたように問いかける。
あまたの戦線を潜り抜けてきたと豪語していた彼女なのに、答えが出てこない。 やっぱホラだったのかと彼はシャニーを見つめた。
第一、彼にはシャニーがベルン動乱を鎮めた英雄の一人だなどと、到底信じられなかった。 こんなお調子者が。
「軍医でしょ? 僕は天馬騎士団の軍医見習いになったんだよ。」
シャニーは手を打って分かった事を彼に伝える。
そういえば、自分が騎士見習いの修行に出るときも、彼は両手に一杯の本を持って見送ってくれた覚えがある。
その時も彼は騎士見習いにはならず、軍医になるべく勉強をしている身だった。
軍医になる条件で、彼は奨学金まで貰っているから、勉強をやめるわけにはいかない。
シャニーにとっては、無理矢理勉強させられているかわいそうな奴だった。
「だから、これからずっと君と一緒さ。 ばっちし怪我してくれていいよ。 僕が直してあげるからさ。」
「バカ言わないでよ! そう簡単にケガなんて出来るわけないじゃん。 この白い柔肌が・・・!」
「はいはい・・・。」
シャニーの言葉を彼は軽くあしらうと、横で鉄製の剣を振るうシャニーを眺めていた。
剣を持っているときは・・・別人のようにウッディにはシャニーが映る
つい最近まで、棒切れでチャンバラゴッコしていたが、彼女が今もっているのは真剣だ。
(やはり、本当に騎士になってしまったんだ。)
ウッディは現実の前に天を仰いだ。


156: Chapter1−2:誓い:07/08/28 20:26 ID:brTI0f32
彼の前では天真爛漫な女の子だ。 だが、彼女はイリアの天馬騎士、女傭兵として世界を飛び回ることになる。
何か可哀相にも思える。 もし他の国に生まれていれば、今頃は普通に田畑を耕し、実りある生活を送っていただろう。
それが、毎日命を危険に晒す傭兵として、これからは生きていかねばならない。
不憫だと思った。 不公平だと思った。 どうして、イリアに生まれた彼女は
他の国に生まれた女の子と同じように、穏やかな生活を送れないのか。
(エリミーヌ様は、どうしてイリアにだけこのような過酷な試練をお与えになるのだろうか。)
しかし・・・嘆いてばかりはいられない。 自分には武の才が無い。
でも、彼女を助けたい。 その一心で、自分は軍医を目指した。
そして、今見習いではあるけれども、ようやく彼女を助けることが出来るようになった。
――これからはずっと一緒さ。 でも、できれば僕のところには来て欲しくない。 苦痛に顔を歪ませる君の顔は見たくない・・・。
「あ!」
目の前で金属が弾け飛ぶ音がして、ウッディはびっくりして現実に引き戻された。
見ると自分が座っている目の前に、先程シャニーが振っていた剣が刺さっている。
「だ、だいじょうぶだった!? ケガ無い??」
どうやらシャニーの手から剣がすっぽ抜けて飛んできたらしい。 ・・・血の気が引いた。
「・・・生きた心地がしない。 ん?」
シャニーの手に目をやってみる。 彼女の左手はマメだらけだった。 余程鍛錬しているのだろう。
普段は明るくて、陽気な彼女だが、一度集中すると人が変わった様に打ち込む頑張り屋でもあった。
単に周りが見えなくなるだけとも言うのだが・・・ウッディはそんな彼女を応援したかった。
そして、失いたくなかった。 大切な友達、幼馴染・・・。
「手を診せてみなよ。 沁みるけど我慢して。」
「あぅ!」
ウッディは持ち合わせていた手製の傷薬で彼女の手を治療する。
彼女が悲鳴を上げるのを楽しむかのように、彼は薬のついたガーゼを破れたマメに押し付けてやる。
「シャニー。 沁みるって事は、生きてる証拠だ。 命を粗末にするようなことだけはしないでくれ。 約束だぞ?」
「わ、わかってるよ。 あたしはあんたと違って、もう一人前なんだからね。」
いきなり彼にお説教をされたシャニーは、ウッディの優しさを知りながら、ぷいっと顔を背けた。 元気な証拠だ。
彼は無言で笑みを浮かべる。 こういう顔が見られるなら、彼はシャニーに嫌われても良かった。


157: Chapter1−2:誓い:07/08/31 00:58 ID:04b5b11U
「あ、こんなところにいた!」
二人の元に、元気な声が聞こえてきた。 彼らのもう一人の幼馴染、セラである。
彼女は手を振りながら、笑顔で寄って来るも、ちょっと距離を開けたところで立ち止まった。
「あ、セラじゃん。 どーしたのさ、そんなとこで。 こっち来なよ。」
シャニーが手招きするも、彼女は近寄ってこなかった。
セラは、いかにも悪意ある笑顔を作ってシャニーに話しかける。
「あんた達の邪魔しちゃ悪いし、いいよ、いいよ。 どうぞそのままごゆっくり〜。」
意識とは無関係に、シャニーの口からは反論が飛び出す。
「ち、違うもん! 別にあたしはウッディとは何の関係も・・・!」
セラは、来たと言わんばかりに焦るシャニーへ言い返す。
「私、別にあんたとウッディに何か関係あるとは一言も言って無いけど?」
シャニーは悪癖の早合点でまた赤っ恥をかいてしまった。
やっと治療を終えたウッディに八つ当たりして憂さを晴らす。
「もう! あんたがさっさと治療しないから誤解されたじゃない!」
「いてて! セラは、僕が君を治療する邪魔をしちゃいけないって気遣ってくれたんじゃないか。 だから丁寧に・・・。」
「あたしはそこまでヤワじゃないもん!」
「・・・さっきは柔肌云々言ってたくせに。」
「それは・・・。 あー! もう、あんた達って性格悪すぎだよ!」
シャニーは堪らず、下を向いて膨れ面を作った。
二人とももう十年以上の付き合いのある仲間だ。
シャニーをからかうと面白い事も、二人はよく知っていた。
いつもどおり彼女で遊ぶことが出来、二人は腹を抱えて笑ってしまう。
彼らには、シャニーが王族関係者で先のベルン動乱での功績から聖天馬騎士の称号を授かっている身とは到底思えなかった。
当のシャニーも、毎度のことなのにハメられてから気付いて地団駄踏むのだから、オモチャにされても仕方が無い。
「あはは! あー、おもしろ。」
「ふふふっ、腹がよじれるよ。」
笑いまくる二人を、シャニーは顔を真っ赤な顔を膨らせて睨んでいた。
でも、シャニーもどこか嬉しかった。 戦争が終って、故郷に帰るとき、仲間の安否が本当に気になった。
戦争中は、自分のことで精一杯だったが、戦争が終ると途端に、故郷の人々が心配になってきた。
亡くなってしまった人も当然いたが、自分の大切な親友達は生き残ってくれていた。
また幼い頃と同じように皆で笑っていられると思うと、これからの不安も多少なりと払拭できた。
知らないうちに、シャニーも笑っていた。 何でだろう。 自然に笑顔がもれる。
「それにしても、またあんたの笑顔を拝めるとはね。」
「何よ、神様でも見るみたいに。」


158: Chapter1−2:誓い:07/08/31 01:01 ID:04b5b11U
セラの言い草に、シャニーもおかしくてついつい声をあげて笑ってしまう。
「いやぁ、あんたのその抜け面に、昔は結構元気を貰っていたからね。 戦死してたら・・・どうしようかと思ったよ。」
抜け面と言われてまた怒ろうかと思ったが、セラのいつもと違う様子にそれをやめた。
彼女も彼女なりに、自分を心配してくれていたのだ。 自分だって、彼女のことを心配していたし。
ウッディに至っては何も出来ないヤツだから、故郷に帰るまでの間、ちゃんと何か食べているかすら心配だった。
「僕は・・・何もしてあげられなかったけど、毎日欠かさず二人の無事をエリミーヌ様にお祈りしていたよ。」
「あたしだって、みんなの事、心配だった。 みんな無事でよかったよ。」
シャニーの口から、自然とそんな言葉が漏れた。 無事でよかった。
今まで言われる側だったけれど、もうこれからは自分も一人前。 相手を気遣う必要も出てくる。
でも今の言葉は、必要に駆られて出てきたのではなかった。
こういった言葉は・・・意識して言う言葉ではないのかもしれない。 シャニーはそう思った。
みんな大切な仲間。 こいつらだけじゃない。 イリアに住む人みんなが無事であれば、どんなに嬉しいだろうか。
でも、イリアは傭兵の国。 みんなが無事という事はまずありえない。
ティトの部下の人たちや、シグーネが戦死してしまったことが、何よりの証拠だ。
だから彼女には、こうやってみんなで笑っていられる時間が、今までより凄く貴重に思えた。
他の二人にしてもそうだった。 極寒の傭兵国家イリアにおいては、ストイックな考えがどうしても先行する。
そんな中で、いつでも笑顔を振りまいていたシャニーは、大人にも仲間にも春の日差しのようだった。
だから失いたくなかった。 皆が皆、お互いを必要としていたのだ。
「ねぇ、セラ。 セラは何処に見習い修行に出ていたの?」
「私? 私はエトルリアの貴族の屋敷に行ってた。
アクレイアでちょっとした戦いがあったけど、騎士団はその争いには参加しなかったの。 だから運が良かったかも。」
アクレイアでの戦い・・・。 それはどう考えても、クーデター派とベルン南方軍の連合軍相手に
自分がロイ率いるリキア同盟軍に所属して戦った、王都奪還戦である。
一歩間違えば・・・親友と剣を交えていたかもしれない。 考えたくも無い。
もしそうなった時、自分は親友と戦えるのだろうか。 自分は姉のように強く無いから、逃げ出してしまうかもしれない。
しかしそれは、イリア騎士の誓いの中でもタブーとされることの一つ。
例え同胞同士が主を違え、戦場で戦うことになっても、最期まで主の命に背いてはならない・・・。


159: Chapter1−2:誓い:07/08/31 01:05 ID:04b5b11U
「ねぇ、セラ。 もし・・・、あたしと戦場で剣を交えることになったら、どうする?」
唐突な質問にも、セラはさらっと答えた。 自分も、聞きたいことだったから。
「・・・そのときは、あんたを殺すかもしれない。 イリア騎士の誓い・・・。 私たちは逆らうわけには行かない。」
「そう・・・だよね。」
沈み込むシャニー。 分かってはいても、やはり避けたい。
怖いのではない。 それでも、すくんで動けなくなってしまう。 姉を相手にしたときも、シグーネを相手にしたときもそうだった。
すくんだ自分を、二人ともイリア騎士として戦わせた。 その後は、同胞の天馬騎士を相手にしても、何とか戦うことが出来るようにはなった。
だが、それは同胞でも知らない人だったから。 家族も同然の人たちを殺せるだろうか・・・。
――出来ないでは済まされない。 イリア騎士なら当然に出来なくてはならない―― 姉の言葉が蘇った。
「あたしは・・・出来ないかもしれない。 あんたを戦場で見かけたら、逃げ出すかもしれない。
たとえ・・・ルールに反しても、あたしには・・・。 だって、あんたはあたしの・・・大切な・・・!」
泣きそうになるシャニーをセラが支える。
分かっている、そんな事は。 自分だってしたく無いし、ましてシャニーのような甘い性格なら、その選択は過酷過ぎる。
(あぁ、あんたはイリアに生まれてきちゃいけないヤツだったのかも知れないね。 もっと心を殺せる人間じゃないと・・・。)
セラは自分も泣きそうになるのをぐっと堪えた。
「ね、もし戦場であっても、できるだけ戦わずに済む方法を探そう?
あんたの姉さんとゼロット様も、そうやって戦闘を回避して番になったんじゃない。 あたし達にだって出来るよ。」
「うん・・・。 そうだね。 そろそろ暗くなってきたし・・・帰ろうか。」
シャニーとセラは肩を寄せ合いながら自宅へと帰って行く。
彼女らの背にのしかかる重荷は、あまりにも大きすぎて、重すぎて。
姉に憧れて天馬騎士を志した。 その道は、相手は勿論、自分の心すら殺さなければやっていけない厳しい世界。
ましてあんな性格だ。 自分の確固とした考えを持っている者ほど、自らの考えと相反するものを掟だからと割り切る事は難しい。
その考えが、現実と違えば違うほど、苦しむ。
「間違っているよな・・・。 誰もが間違っていると思っていても、肯定しなくちゃ生きていけないんだ・・・。
何とか・・・何とかなら無いのか。 僕は、またしても彼女らの力になってあげる事は出来ないのだろうか。
こんなに、こんなに大切な親友が、あんなに悩んでいるのに。 変えられないのか・・・この曲がった理を・・・!」
雪が降り始めていた。 その中を歩く二人の姿を、ウッディはずっと見つめている。
拳には力が入り、いつの間にか壁を殴りつけていた。
戦争が終って、どの国も新たな理を引いた。 イリアだけ、イリアだけ従来どおりでいいのか。
今までも一番曲がったものを理としてきたこの国が!
しかし、エリミーヌは見捨てたわけではなかった。
どこかの高僧が戦時中に残した言葉にこんなものがある。
― 神が人を救わないのは、神が人を信じているからだ ―
今、イリアの騎士団には、国を変える力を持った若者達が集結しようとしていた。
考え方や手法は違えど、目指すものは唯一つ。 それは・・・。


160: Chapter1−3:叙任:07/09/30 18:31 ID:3xzU7.ic
 翌日、三人は軍服に着替えて外で待ち合わせをすることにしていた。
シャニーは、新しくデザインされた軍服を着、剣を腰に差すと、
帰省してすぐに姉から貰った、叙任騎士の証でもある天馬騎士団の紋章が入ったマントを羽織る。
何か気が引き締まるものを感じる。 鏡に映る自分が、ちゃんとした騎士に見える。
もう、後戻りは出来ない。 もう、村一番のやんちゃ娘には戻れない。
これからはイリアを支える天馬騎士団の一員として、敵と、そして自分と戦っていかなくてはいけない。
 ふうっと深呼吸し、ふともう一度鏡を見ると、そこに母がいたような気がした。
責任感が強くて、いつもイリア騎士の誓いを幼い自分に言い聞かせてくれたらしい。
物心がつくかつかないかの自分を残して逝ってしまった両親だが、顔はうっすらと覚えている。
ユーノにもよく言われていた。 自分の目元が母親にそっくりであると。
明るかったけど、しっかりとした自分の考えを持って生きていたそうだ。
そんな母や姉と同じ道を、自分は歩んできて、これからも歩んでいくのだ。 もう、甘えてはいられない。 そう言い聞かせた。

――イリア騎士として何があっても、命を危険に晒しても、仕事を投げ出していけない。
そして、自分の考え、自分なりの誓いをしっかりと持ちなさい。 自分の拠り所となるものを、明確にするのよ。――

あのころは、うんうんと聞いているだけだったが、今になってようやく、母の言葉が分かる。
「あたしの誓い・・・それは、イリアのみんなが、戦わなくても幸せに暮らせるようにしたい・・・いや、してみせる!
でも、そのためにあたしが戦わなくちゃいけないんだよね・・・。 なーんかムジュンしてる気もするけど。
うーん、でも、おねえちゃんみたいに、自分が頑張ってみんなを助けるって言うのも悪くないかなー。」
彼女にとって、ユーノこそが憧れの対象であり、目指すものだった。
姉のやっている事は、どれも必ず正しい事で見習うべき事。 そう信じて疑わなかった。
だが・・・それをユーノはどう思うだろうか。

「お待たせ!」
シャニーが待ち合わせ場所に行くと、もう二人は自分の事を先に来て待っていた。
二人とも、昨日あったときのような平民服ではなく、自分と同じ軍服。 別人にでも会っている様な気がする。
「へぇ・・・。 馬子にも衣装って言うけど、本当だね。」
「なんだとぉ!」
ウッディは、シャニーは村の学問所でずっと寝ていたし、どうせ諺を使っても分からないだろうと思った。
だが、彼女には珍しく反論してきた。 彼は 「それほどでも!」 と返して欲しかったのだが。 面食らった。
「うわ、シャニーも諺知ってたんだ。 すごいじゃん。」
セラも便乗してからかいに入る。 朝っぱらから緊張感の無い連中である。
「知ってるよ! だって、見習い中にも傭兵団に人に言われたし!」
「・・・。」
(何処に行っても同じ事言われているのかよ・・・。)
そうとは言えず、セラもウッディも黙ってしまった。
シャニーも、ディークに言われた時は褒められたのだと思った事は黙っておいた。
 三人は皆が集まったので、叙任式に参加するべく、カルラエ城へと向かう。
今までは関係者以外立ち入り禁止だった城へ、関係者として堂々と入場することが出来るようになるのだ。
一度だけ、見習いの手続きをする為に入場した事はあったが、こうやって軍服を着て
武器を腰に差して入っていくのは初めてだ。 妙に緊張してきた。
手洗いに行っておけばよかったと周りをきょろきょろと振り向く。


161: Chapter1−3:叙任:07/09/30 18:35 ID:3xzU7.ic
「はーいはい、新人さんだね。 あんた達はこっちに来て、前から座っといて。」
到着すると、何か騎士というより盗賊のような格好をした人が
まるで客寄せでもするかのように声をあげて、自分達や、他に到着した新人達を席へとつかせている。
ウッディは自分達とは違う列に案内されていった。 自分達の周りに居るのはきっと天馬騎士ばかりなのだ。
それにしても・・・女ばかりの中に男が居ると、やはり目立つ。 皆もついついそっちを見てしまっていた。
シャニー達はその正体が分かっているせいで、彼には興味はわかず、先程の女性に視線を向けていた。
「なんだろ、あの人。」
どうみても盗賊風の格好に、天馬騎士団のマントを羽織っているだけのあの女性。
セラはついつい隣のシャニーに話しかける。 自分達は席の一番先頭列だというのに。
「さぁ、人手不足で盗賊にも手伝ってもらってるのかな。」
「そんなわけ無いでしょ。」
「だよね、あはは。」
「・・・お前達、静かにしてもらえないか?」
突然の声に、シャニー達は目線をその声の主の元へ向けた。
声の主は、セラの横にいた同じ新人の女性だった。
短く切り揃えられた、イリアには珍しい炎のような赤髪の間から、鋭い視線が真っ直ぐこちらを突き刺してきていた。
「ごめんなさい。」
シャニー達は謝るが、その声にその女性は返さなかった。 ―分かればいい― そんな様子が滲み出ている。
二人にとってはバツが悪いが、この場から立ち去るわけにも行かず、妙な緊張感が二人を包んだ。

 叙任式が始まると、まず団長が出てきた。 シャニーは出てきた女性を見て思わず声をあげそうになった。
そこには、自分の知るよりも格段に凛々しく見える、姉ティトの姿があったからである。
噂では、ユーノが団長の座に就くのではないのかと言われていたから、シャニー以外にも驚いた新人はいたようだ。
ティトは他の叙任騎士や部隊長と少々色の違う軍服を身にまとい、マントには、団長の証である
あの大きなブローチを止め具として用いていた。 自分の姉では無いような感じすら、彼女は漂わせていた。

「今日から、私たちと同じ夢を志す者として、貴女方を天馬騎士団に迎えることが出来て光栄に存じます。
一年の見習い修行に間に、きっと色々なご経験をなさったと思われます。
しかし、それらはこれから貴女方が踏み込もうとしている世界の、ほんの序に過ぎません。
これから色々辛いことがあるでしょう。 しかし、イリアを支える騎士として、誇りと勇気を持って、世界に向けて羽ばたいていってください。
そして、命を大事にしてください。 傭兵に出るという事は、必ずしも死ぬことを意味するのではありません。
生きて、イリアの発展に力を尽くしてください。 イリアは生まれ変わらなければならないのです。
私たちは、夢を共にするイリア騎士。 先輩も後輩もありません。 分からないことや意見があれば、どんどん発表してください。
イリアもまた、他の国同様、生まれ変わらなければならないのです。 そのためには、貴女方の若い力が必要なのです。」
 団長の祝辞が終ると、皆からはいっせいに拍手が送られた。
シャニーもまた、姉に睨まれながらも手を振りつつ、彼女へ拍手をした。
そのシャニーがふと横を向くと、先程の赤髪の天馬騎士は拍手をするどころか、舌打ちをしていた。
「・・・。 イリアも生まれ変わらなければならない・・・。 当たり前だ。 こんな腐った国・・・必ず・・・!」
シャニーはぎょっとした。 赤髪の女性の目線は真っ直ぐ団長や部隊長などの幹部に向けられ
凄まじい形相で睨みつけていたのだ。


162: Chapter1−3:叙任:07/09/30 18:47 ID:3xzU7.ic
(・・・こいつ、近寄らない方がいいタイプかもしれない。)
そう考えながら相手の目を見ていたら、相手に気付かれたようだ。 鋭い視線が今度は自分に注がれる。
「!」
シャニーは焦って視線を逸らした。 そして、もう一度そちらを見ると、彼女は自分のほうを見て笑みを浮かべていた。
(・・・やっぱり、何考えてるか分からない。 当たり障りの無い程度に接しておこう・・・。)
シャニーの勘が警告を発していた。
 先輩達のありがたい言葉やら何やらが続いて、シャニーはついつい居眠りをしそうになる。
こういう風にじっとしているのは苦手だ。 何度セラに足を踏まれて起こされただろう。
そのたびに壇上からティトが睨んでいるのが分かった。
そして、式も後半に差し掛かり、新人達がイリア騎士の誓いを皆で宣誓するところまで来た。
ティトが壇上へ上がり、新人の代表者― 新人でも一番見習い時に功績を挙げた者 ―もその団へ上がるはずだ。
シャニーは自分の名前が呼ばれるのをワクワクしながら聞いていた。
何と言っても自分はベルン動乱でずっとロイの傍で戦い、それを鎮めた英雄の一人と皆に賛辞されていたのだから。
姉の前で騎士宣誓をするのは少し恥ずかしいけど、姉に自分が一人前になったことを見せ付けることが出来るのだ。
昨日しっかり誓いを言う練習もしたし、準備は万端だ。
「新人代表・・・アルマさん。」
シャニーも、セラも顔が引きつった。 引きつったと言うより、頭が真っ白になった。
自分より功績を挙げたヤツがいる・・・? 自分より、上がいる?
あれだけ、あれだけ死ぬ気で戦ったのに、姉はまだ自分を認めてくれていないことになる。
 名前を呼ばれて立ち上がったのは、自分の横にいた、あの赤髪の子だった。
彼女は名前を呼ばれるときっと団長を見据え、そのまま静かに、しかし力強く壇上へと登っていく。
「あいつ・・・ベルンに修行に行って、動乱でエトルリア軍と直接戦って唯一生き残って帰ってきたヤツらしいよ・・・。」
後ろから声が聞こえる。 自分達と戦って、生き残って帰ってくる・・・。
見習いの身で、正規軍を相手に遜色ない戦い方をする。
(でも、でも自分だって、相手はベルン正規軍だった。 なのに、なんでおねえちゃんは・・・。)
シャニーの頭の中は、それがぐるぐる回っていた。
皆が壇上の代表― アルマ ―の後に続き、イリア騎士宣誓を行う。
傭兵として、決して雇い主を裏切らず、最期まで使命を全うする事。 例え戦場で同胞を見つけても、敵であるなら容赦しない事。
イリアの民を大事にする事・・・などがあった。 シャニーは二つ目の誓いは黙っておいた。 守ることも出来ない誓いなど・・・出来ない。
セラは、そんな親友の様子を見て、その気持ちが痛いほど伝わってくるのを感じた。
(昔から思ってたけど、コイツは自分の考えを曲げないなぁ・・・。 芯が強いというか、ガンコというか・・・。
前には団長とか居て、宣誓してなければばれそうだ。 それでも、コイツは言わなかった。 ・・・私より強いかも。)
セラはそう思いつつも、敢えて宣誓を行った。
(だからこそ・・・戦いを避ける方法を探さなくちゃいけないんだ。
シャニー、考えよう、その方法を。 仲間同士で殺しあわなくちゃいけないようなことがなくなるような方法を。)
 そして、騎士宣誓も最後の段階を迎えていた。 「イリア騎士として、自分のためではなく、国のために戦うこと。」


163: Chapter1−3:叙任:07/09/30 18:53 ID:3xzU7.ic
そのとき、誰もが予想だにしないことが起きた。
この場所に聞こえるはずのない高い音が突然響く。
壇上に居たアルマが、宣誓の書いてある紙の一部を破り捨てたのである。
「!?」
一同は騒然となる。 もちろん、ティトも目の前で起きた突然のハプニングに、動揺を隠せない。
「お騒がせして申し訳ありません。 しかし、守る気も無い誓いを宣誓するほど、私も卑屈ではありませんので。」
余計に講堂は騒然となった。 新人がイリア騎士の誓いを拒否するとは、前代未聞だ。
慌ててイドゥヴァがアルマのところへ駆け寄る。
「君、なんてことを言うの? 新人ならほら、早く宣誓しなさい!」
彼女はイドゥヴァを睨みつける。 自分よりはるかに若いアルマの目に、イドゥヴァ威圧感を感じて一歩引いた。
アルマは彼女の方から視線を外すと、ティトに一礼する。
「代わりに、私個人の騎士宣誓をします。
この腐った国を、他国に負けない強国にすることに、私の持てる力すべてを、命ある限り注ぎます。 以上です。」
彼女は再度、団長に一礼すると、静まり返る講堂の中を静かに歩いて、自分の席まで戻った。
ティトは、彼女が席につき終わるまでずっと彼女を見ていた。
「団長、お騒がせして申し訳ありません。」
「謝らないでください、イドゥヴァさん。 求めているものは・・・きっと同じです。」
それだけ言うと、ティトもまた席につく。 また、何事もなかったかのように式が続けられた。
シャニーはアルマのことが凄いと思った。 堂々と人前で、あれだけ型破りな行動に出ることが出来るなんて。
(あたしは・・・宣誓代表にならなくて良かったのかもしれない。)
もし、自分なら・・・あそこでアルマのように、誓いたくない誓いを誓わないと言ってしまえただろうか。
誓えば、その誓いに一生縛られることになる。 シャニーはこの時、初めて同世代で尊敬できる相手を見つけた。
しかし、周りはそうは見ていなかった。 規律に従えない愚か者。 そう感じ取った。
特に先輩騎士達は、生意気なあの赤髪に、敵意すら感じ取っていた。 自分達の世界を壊そうとしている人間が入ってきた・・・と。

 式が終わり、いよいよ団長から配属先が発表される。
普段なら掲示で済まされるのだが、今年は戦後の次の年度という事もあって、新人数は例年に比べて極端に少ない。
ならば、団長直々に指名していきたい。 皆戦争を生き残った実力者ぞろいなのだから、とティトは幹部達を説得していた。
新人達の顔を、一人ひとり覚えておきたい・・・。 シグーネのように。
皆がどんどん、配属先を言い渡されていく。 それなりに見習い時代功績のあった者は、即戦力として部隊に配属されていった。
そして、とうとう自分の番。 さぁ、何処の部隊に所属して、何処の方面で活躍することになるのだろうか。
シャニーが胸を躍らせていると、アルマがティトから配属先を書いた紙を持って帰ってきた。
彼女の手は震えていた。 紙が握り潰れるほどに。
そんな彼女に疑問を抱きながら、シャニーは自分の番が来たので、団長である姉の下に行く。
シャニーは姉に向かってニコニコしていたが、相手はいつものようには接してこない。 ・・・当然だ。
「頑張ってね、シャニーさん。」
シャニーさん・・・姉にさん付けで呼ばれてしまった。 ここでは、自分と姉は部下と上司の関係。
―― 特別扱いはしない ――姉の顔がそう自分に語りかけている。
分かってはいるが、妙に違和感を感じる。 姉が、何か遠い人になってしまったようにも感じた。
しかし、自分も一人前の叙勲騎士。 ここは姉を安心させる為にも、凛とした態度で臨まなければならない。
「はい、ありがとうございます。 団長。」
シャニーは笑顔でティトから紙を受け取り、ティトもそれに笑顔で返した。
必死に隠そうとしているが、シャニーへと他の人へとは、笑いかけ方が違った。
妹が、騎士としてしっかり成長している。 それがティトには嬉しかった。


164: Chapter1−3:叙任:07/09/30 18:55 ID:3xzU7.ic
シャニーは席へ戻ると、早速紙の中身を空けてみる。
(第一部隊かな? さすがにいきなりそれは無いよね〜。 ワクワク・・・。 ・・・ん?!)

――― 貴下へ、第十八部隊所属を命ずる

シャニーは目を疑った。 姉は、渡す紙を間違えたのではないのかとすら思った。
第十八部隊・・・それは、今年から創部された部隊で、
人手不足で見習いを免除された実践未経験者や、修行をしたというだけであまり実績の無いものが所属する
いわゆる『新人部隊』だったのである。 信じられなかった。
ベルン動乱であれだけの功績を残した自分が、世界を救った英雄の一人である自分が
まさか、他の槍をまともに扱ったことも無いような人たちと同レベルだと、姉に思われていただなんて・・・。
もしや、さっき宣誓しなかった事を姉に見抜かれてしまったのだろうか・・・。
ティトは固い人だから、そういうところにルーズな人にはかなり厳しい。
それでも・・・あんまりな仕打ちだと思った。

 式が終ってすぐに、シャニーは姉のところへ突撃して行った。
「ねぇ! おねえちゃん!」
振り向いてくれない。 忙しそうでもないのに、彼女は自分のほうを向いてはくれなかった。
「おねえちゃんってば!」
しつこく騒ぐが、ティトは見向きもせず、式の片づけをしていた。
我慢ならなくなったシャニーは、彼女の腰を引っ張り、無理矢理こちらを向かせた。
「どうしたの? シャニーさん。」
「なんで、なんであたしが新人部隊なのよ! おねえちゃん、あたしの実力を見くびりすぎてない?!」
シャニーから予想通りの質問が飛んできた。 その目は自分への怒りに満ちている。
「じゃあ、逆に問うけど、貴女は自分を買いかぶりすぎてない?」
「え・・・?」
自分を突き放すような姉の言葉。
「確かに、貴女はベルン動乱で大きな功績を挙げた。
エトルリアでもロイ様を助けた仲間として、史実に名を刻んだようね。
でも、今の貴女はそれだけ。 剣や槍を扱うことに長けているだけ。 本当にそれだけだわ。」
姉に予想だにしない強硬な態度を取られ、シャニーは縮こまってしまった。
精鋭部隊でやっていけるほどの剣と槍の腕は、姉も認めているのだ。
実力を認めていて何故・・・。 シャニーの頭にはそれしかなかった。
「今でも、貴女は私の事をなんて呼んだの?」
「え? あ・・・おねえちゃんって呼んだ。」
シャニーは言われて初めて気付く。 ここは騎士団。 そして、姉と自分は完全な上下関係にある。
相手は団長。 仕事中は姉ではないのだ。
「でしょ? 基本すら分かっていない貴女を、今実戦に出したらどうなる?」
「・・・。」
「貴女が今他国に行って売ることが出来るのは、イリアの恥だけよ。」
「な・・・っ!」
シャニーはついつい反論しようとした。 だが、よく考えてみた。
今の自分の言動を考えて見ると・・・姉の言う事は否定できない。 悔しかった。


165: 手強い名無しさん:07/12/30 17:58 ID:cw
何このハイクォリティーな小説

166: Chapter1−3:叙任:08/01/22 22:54 ID:3A
「分かったら、基礎を学んでいらっしゃい。 よろしい? シャニーさん。」
「はい・・・。 了解しました・・・。」
シャニーは胸に痞える悔しさをぐっと押し込めて、その場を後にした。
その様子を姉として見送るティト。 そこに突然現われる、一筋の黒い風。
「団長、いいのかい? 実の妹にそんな酷い事言って。」
「レイサさん。 良いんです。 あの子はあのぐらい言わないと、分からない子ですから。」
レイサは笑ってしまった。 彼女はは自分にそっくりだとも思う。
自分も、姉に完膚なきまでに言い負かされて、ようやく動いていた。 悔しさに身を震わせた覚えがある。
「あんた、誓いを言わなかったこと、怒っているのかい? あの赤髪の子も新人部隊に配属したんだろ?」
ティトにはすべて見えていた。 シャニーが誓いの一部を宣誓しなかったことも、アルマが配属先を見て体を震わせていたことも。
新人達の顔を少しでも多く覚えたくていろいろ見ていたのだ。
「いいえ、シャニーが宣誓をしないことぐらいは分かっていました。
あの子は、ああ見えて結構自分の考えを持っていて、なかなか曲げようとしないので。
でも、あの子達を新人部隊に配属したのは、もっと違う理由です。」
「へぇ、何さ?」
「私は以前言いましたよね? イリアは変わらなければならないと。 
なら、新人でも一番報酬を稼げそうな二人を、わざわざ新人部隊に配属した理由。 レイサさんなら、きっと分かってくれていると思いますが。」
ティトの言葉に、自分の任務の重さを再確認したレイサは、硬い空気を嫌って笑ってみせる。
この団長がこう言って、自分にこの任務を任せてくれたのだ。 きっといい結果を出してみせようと誓う。
「へ。 分かってるよ。 じっくり育ててやるさ。 だから、あんたももう少し肩の荷を降ろしなよ?」
レイサは短剣を回転させて遊びながら、ふらふらと廊下を出て行った。
その背に、期待の視線を浴びながら。 その視線の送る主は、顔を移し中庭を歩いていく妹を窓から見送った。
(シャニー・・・やはり貴女は成長しているわ。 昔の貴女なら、きっと悔しさに身を任せて反論してきたでしょうね。
シグーネさんの言っていた、イジメ甲斐のあるタイプって言う意味、ようやく分かったわ。 頑張るのよ。)
ティトは、シャニーの吸収力の高さを知っていた。 傭兵としてだけで、新人を終らせてはいけない。
その気持ちが、シャニーを新人部隊配属へと動かしていた。
もっと色々知って、様々なことを考えて欲しい。

 思わぬ洗礼を受けたシャニー。 中庭を歩き、新人部隊の集合場所に向かうその瞳には闘志が漲っていた。
絶対に、姉がケチの付けようも無いくらいに成長して、彼女の一番隊に入ってやると。
(何さ何さ。 礼儀ぐらい、ちょっとやれば身につくはずだもん。)
彼女はそう考えていた。 だが、彼女に足りないものはいくらでもあった。
それを持ち前の吸収力を生かして身につけて欲しいと姉が願っていることに気付かずに。
 集合場所には、思ったとおり、まだ槍を持つことすら不慣れなものが一杯集まって不安げな顔をしていた。
自分も一、二年前はこうだったと思うと、シャニーは何か照れくさい。
その集団から少し外れたところに、目立つ赤・・・。 アルマが居た。
シャニーは当たり障りの無いように接しておこうと思っていた。
にもかかわらず、やはり憧れるほどの心の強さを持ったアルマに、自然と話しかけていた。
「ねぇ、あなたってアルマさんって言うの?」
「・・・そうだが? 何か用か?」
やはりぶっきらぼうな返事しか返ってこない。
しかし、シャニーには相手の気持ちが分かっていた。 アルマも不満を隠せないで居るのだろう。
「あたし達が新人部隊とか、信じられないよね!」
「ああ。 ・・・お前はどうか知らないが、私がこんな素人と一緒の部隊だなんて。 あの団長は舐めすぎだ。」
予想は的中した。 やはり配属先のことで不満だったようである。
アルマの見習いの時の事を聞いた後、自分も同じことを話した。
最初こそあまり興味は無いと言った感じだったが、人懐っこい性格のシャニーに対し、少しは心を許してくれたようだ。
剣や槍も然ることながら、この誰とでもすぐ仲良くなれる性格は、本人には自覚は無いかもしれないが
シャニーにとって、かなり大きな武器となっていた。
「そうだったのか。 お前となら稽古のレベルも合わせられそうだな。」
「そうだね。 今度一緒に練習しようよ。 もちろん、こっちがレベルを合わせる側だけどね!」


167: Chapter1−3:叙任:08/01/22 22:59 ID:3A
暫くすると、向こうから人が歩いてきた。
それは、叙任式で自分達を先導してくれた人だった。
「お、集まってるね〜。」
その女性はニヤニヤしながら、まだ初々しい顔をしている隊員たちを眺める。
「(どいつもこいつも・・・可愛い顔しちゃって。 こんなのが戦場で互いを殺しあうのか・・・。) 私はレイサって言うんだ。
今日からあんた達と行動を共にすることになったからよろしく。」
いきなりさらっと挨拶をするレイサ。 皆は意表を突かれた感じで、焦って会釈する。
「どうしたのさ、あんた達。 挨拶終ったし、とりあえず解散していいよ?」
皆は顔を見合わせる。 ここに集まるようにといわれたのは、ここに自分達の上司となる第十八部隊部隊長が来るからだった。
しかし、その部隊長はまだ現われていない。 目の前に居るのは盗賊風の人だけ。
皆はそのまま隊列を崩さないようにして待機していた。
「ねぇ・・・? どーしたの、あんた達。」
「あたし達は部隊長がお見えになるのを待ってるんですけど。」
緊張する他の新人達。 シャニーはもうこういう雰囲気は慣れていたし、周りが不安がっているのが分かっていたから、レイサに対して発言した。
「え?! いや、私がこの部隊の部隊長だから。」
皆は思わず声をあげてしまう。 どんな風貌の天馬騎士が目の前に現われるかと思ってみれば。
これを聞いたアルマは舌打ちを残して去っていった。
どこまで舐めれば気がすむのか、あの団長。 そんな思いが背から伝わってくるのをシャニーは感じていた。
彼女も、ティトが基礎から学んで来いと言うから、どんな厳格で立派な天馬騎士が部隊長なのかと思ってみれば
目の前に現われたのは、どう見ても騎士ではない、陽気な女性。
彼女もまた、へそを曲げてしまった。 やはり、姉は自分の実力を見くびっている。
「まぁ仲良くやろうよ? ということで、解散、解散。」
「あ、あの、稽古は?」
新人の一人がレイサに声をかけるが、もう彼女は木の上だった。
「稽古?」
「ほら、私たち、まだ何も知らなくて。 槍の扱い方とか、天馬の乗り方とか。」
「あ、私ね、カッパライと逃げることが専門なの。
槍の扱い方なんかこれっぽっちも知らないし、天馬なんか触った事すらないよ。 だから私に聞いても無駄。」
戸惑う新人達。 無理も無い。 部隊長から色々教えてもらえると期待していたのに
部隊長も教えられる側だったのでは、自分達はどうしていいのだろうか。
それを尋ねると、彼女は木の上から顔で向こうのほうを向くように指示した。
そこには、精鋭部隊の訓練する様子があった。 自由自在に天馬を操り、槍が自分の体の一部かと思うようにきれいな動きをする。
「あれ見ればいいんじゃない? 精鋭部隊ならきっと参考になるよ。
いいかい? 誰かにやってもらおうとか、そんな甘えた考えは捨てなよ。 強くなりたきゃ自分でなんとかしな。」
それだけ言うと、彼女は頭に被っていたバンダナを目の上にかぶせて、木の上で寝転がってしまった。
全然頼りにならない・・・。 しかたなく、新人達は精鋭部隊の練習風景を眺めていた。
シャニーも仕方なく、アルマと一緒に練習しようと歩き出した、そのときだった。
「ちょっと、そこの蒼くて短い髪の子!」
木の上から突然呼び止められる。 何かと思って後ろを振り向こうとしたそのときだった。
「!!」


168: Chapter1−3:叙任:08/01/22 23:06 ID:3A
シャニーは強烈な殺意を感じた。
意識より先に騎士としての血が剣を引き抜き、牙をむいた短剣を喰い止める。
鋭い金属音に、他の新人たちが焦ってそちらを見る。 そこにあった光景は、にわかには信じがたかった。
部隊長が、新人の一人の背に、二つの短剣を食い込ませようとしていたのだ。
その新人はなんとか剣で受け止めていた。 何が起こったというのか。
「へぇ・・・私の瞬殺剣を回避するとは。 やっぱあんた、実力はホンモノのようだね。」
「いきなり何をするんですか?!」
「あんた、シャニーってんだろ? 新人部隊なんかに入れられて不満のようだけど、仲良くやろうね?
あんただって、仲間と殺し合いなんかしたくないんだろ? 誓いを宣誓しないほどに。」
「何故、それを・・・。」
シャニーは驚いた。 
(この人、何処で自分の事を見ていたのだろう。 確か壇上には彼女の姿はなかった。 なのに、何故・・・。)
おまけに、自分の実力を知って攻撃を仕掛けてきていたようだ。 自分が不満に思っていることまで。
「なら、この部隊でしか得られないものを得るんだね。
仲間同士が殺しあうイリアなんて・・・変えたいんだろ? 私だって変えたいし、仲良くやろう、ね?」
レイサは短剣をしまうと、彼女の肩をポンと叩いて、再び木の上に飛び上がっていった。
何か、心を見透かされているような、そんな気分に陥るシャニー。
盗賊が新人部隊の隊長だなどと聞いたときは、腹が立って仕方なかった彼女だが、侮れない。
きっと、自分を助けてくれる存在に違いない。 シャニーはそう直感する。
怒りや落胆はいつの間にかその感情の後ろに退いてしまっていた。
(それにしても・・・なんか悲しそうだったなぁ。)
「大丈夫だった?!」
「うん、全然へーきだよ。」
他の新人がシャニーの周りに集まってくる。 そして、自在に剣を操る彼女を讃える。
「ねぇ、結構武器の扱いには慣れてるの?」
「まぁね〜。」
皆が口々にシャニーに向かって話しかける。
彼女も話す事は大好きな人間だったので、そのまま会話を楽しむ。
いつの間にか、重い雰囲気が柔らかくなっていくのを誰もが感じていた。
レイサは木の上から感じていた。 彼女が団長の言うとおり、人の気持ちを明るくすることが出来る人間であることが。
そして、仲間と打ち解け、慕われる人間であることが。
他には無い、大切なものを持っている。 だが今は原石。 磨かなければただの石。
レイサにとって、そういったことを見抜くのは朝飯前だった。
その手解きぐらいしか出来ないが、これでいいのだ。 ティトもこのやり方で不服は無いだろう。
しかし、知ってもらわなければならない事は山とある。 彼女は知らなさ過ぎる。
成人としての、騎士としての心構えも、傭兵の厳しさも、姉の想いも。
(それが分からなきゃ、あんたはただの傭兵で終わるよ。 そうさせないために、私がいるんだけどね。)
レイサは、シャニーの周りで天馬と格闘する新人達を眺めていた。


169: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/01/26 10:11 ID:7g
 翌日からも、レイサからは本当に基本的な事柄しか教えられなかった。
天馬騎士として重要視されるであろう、槍術や騎乗術などは一切教えられなかった。
シャニーやアルマにとっては、あくびが出るほどに暇な時間。
学問で言えば、10桁の計算ができる者に、ひたすら一桁の計算を教えているようなものだ。
いつからかアルマは、レイサの指示を無視して、ひとり黙々と練習するようになっていた。
シャニーもそうしたかったのだが、横で他の隊員が必死な目で練習しているのを見ると、どうしてもそれを実行に移せなかった。
とてつもなく時間が長く感じる。
 ようやく部隊長からの練習から解放された。 後は精鋭部隊の鍛錬風景でも見て独学しろとのこと。
・・・無責任だ。 誰もがそう思った。
シャニーは配布された修練用の剣を取り出すと、一人で黙々と振った。
誰かとペアで稽古したほうが確実に良いのだが、さすがに槍を持つことすら素人の隊員たちと稽古をしても
その隊員に迷惑をかけるだけだろうと思っていた。 姉は・・・こんな部隊で何を学べというのだろうか。
「へぇ、昨日の受け方でそうかなとは思ってたけど、あんた剣使いなんだ。 騎士のクセに珍しいね。」
後ろからの不意の声に、シャニーは声のした方を振り向く。
そこにはレイサがニヤニヤしながらこちらを見ていた。 気配を感じさせることもなく、自分の背後に回りこんできた。
昨日のあの剣術といい、やはりかなりの実力者のようだ。
「どのようなご用件でしょうか、部隊長。」
「んー。 剣なら私でも少しは扱えるから、あんたの太刀筋を見てただけ。
あんた、それ我流? 結構いい太刀筋してるからさ。 ついつい見とれちゃってたのさ。」
シャニーは褒められてついつい口元が緩んだ。
そして、自分の剣はちゃんと師匠がいて、その人から学んだものだということを説明した。
(師匠、今何処で何をしているのだろう。 やっぱり戦場で剣を振るっているのかな。)
同じ傭兵なのに、自分はこんな戦場にも出してもらえない部隊で一人練習している。 何か師匠に申し訳が立たなかった。
「へぇ、ディークか。 聞いたこと無い名前だね。
あんたの剣は、人を護れるいい剣だ。 あんたの師匠も、きっと護りたいものがあったんだろうね。 強いだけじゃないよ、その剣は。」
「?」
レイサから放たれた言葉に、シャニーは戸惑った。
人を護れる剣? 護りたいもの? 確かに、ディークは強かったし、何度も助けてもらった。
でも、強い剣に人を護れるも護れないもあるのだろうか。 強ければ人を守れるではないか?
「でも、あんたが使っても、その剣術はモノにならないんじゃないの?」
その疑問を軽く吹き飛ばして余りある言葉。 いきなり自分の実力を馬鹿にされた。
いくら相手が部隊長とは言っても、今まで不満が溜まっていたせいか、怒りが爆発する。
何も教えてはくれ無いくせに、批判だけは一人前にする部隊長など。
「いくら部隊長でも、そこまで言われる筋合いはありません!」
「・・・あんた、人を殺せる剣技、知りたい?」
彼女の怒りを軽く別の方向へ流し、レイサは彼女に話を振った。
シャニーもどんな反応が返ってくるかと思っていたら、剣を教えてくれるという。
何も教えてくれない部隊長が、剣を教えてやるといったのだ。 興味本位で彼女についていった。
                                                              ・・・


170: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/01/26 10:29 ID:7g
「いいかい? 今教えたのが、私たちアサシンの使う闇の剣技、瞬殺術さ。」
シャニーはレイサから教えられた剣技に、寒気を感じていた。
この剣は、自分の知っている剣とは全く違う。 何が違うのかはよく分からないが。
戸惑うシャニーに、レイサはすぐに気付く。
「どうした? 強い剣を教えてやったんだよ? ちったあお礼ぐらい言ったらどうなのよ?」
「うん・・・。 でも、あたしの剣とは大分違うものだし・・・。」
「違わないよ、全然。 ま、同じ剣でも、あんたじゃなくて師匠が使ってれば、違うのだろうけどね。」
意味がサッパリつかめない。 シャニーには、レイサが何を考えているかよく分からなかった。
大抵の人は、大体考えている事が表情から予測できるし、話を聞いていれば何を求めているかも分かる。
だが、この人は飄々としていて、本当につかみどころが無い。 ・・・手強い。 シャニーはそう感じていた。
「あんたの剣は、傭兵として人を殺せる剣だ。 強いよ。 でも、ただそれだけじゃん。」
「・・・部隊長、何を言いたいんですか?」
「剣を振るのに、もう少し思慮を伴えって言ってるの。」
(自分が思慮の欠けた剣を振っている? そんなはずはない。)
速攻心の中でレイサの言葉を否定するシャニー。
自分はディークからその事を徹底的に叩き込まれた。 相手の隙を、急所を、周りの状況を良く考えて戦えと。
シャニーの表情に曇りが生じ、自分の言ったことが理解されていないことを察するレイサ。
「分からない? あんたは、何の為に剣を振っているの?」
「何の為って・・・。」
「それを考えて無いんなら、思慮が伴っているとは言わないよ。
思慮の伴わない剣なんて、私らの使う暗殺術と変わんないね。 人を殺せる。 ただ、それだけさ。 師匠が悲しむよ?」
そこまで言われて、シャニーはやっと分かった。
今の自分と変わらないもの。 だけど、使っている剣技がそれは違うと教えてくれるもの。
それは剣の使い道だった。 何の為に剣を振るい、何の為に血を流すのか。
「そりゃ、国の為です。」
「国のため? そのために、あんたは何をするのさ。 傭兵として人殺しをする? それだけ?」
シャニーは質問せずによく考えてみる。 この人に最後まで言わせたら何か悔しい。
馬鹿にされている。 なんとかぎゃふんと言わせてやら無いと。
自分が教わったのは、人を護ることができる剣。 でも、自分達の仕事は、傭兵に出て報酬を貰う事。
剣術も、その手段に過ぎない。 ・・・はずだった。 だが、よく考えてみる。
その報酬で何をするのか・・・。 勿論民を養う事。 目的は、民を助けることだ。 
(・・・!?)
彼女は何か閃いた。
「部隊長、分かったよ。 あたしは、手段と目的をとり間違えていたみたい。」
レイサはふぅっと笑って、シャニーの頭を撫でてやった。
「そうだよ。 私たちアサシンは、命令を受けて、ターゲットを殺す。 それだけだ。
でも、あんた達は違う。 傭兵に出て、報酬を貰って・・・更にその先がある。 あんた達の使命は、戦うことじゃない。」
シャニーは深くうなずいた。 自分達が傭兵に出るのは、それしか民を養う術が無いからだ。
戦う事は、その手段でしかない。 戦うこと自体が目的なのではない。
戦って、報酬を得て、民を養い、助ける。 その為に、自分は剣を振るわねばならないのだ。
民の為に、剣を振る。 戦いの為に剣を振るのではない。 シャニーはそれをはっきりと頭に焼き付けた。
ディークの『護りたかった』ものは結局彼女にはよく分からないままだが、
自分の『護らなければならないもの』は・・・イリアの民であると。
民を護る為に、剣を振るわなければならない。


171: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/11 22:43 ID:RM
「うん、ありがとう。 あたし、よく分かった。」
「ほー、そりゃ良かった。 剣を振らなければならなくなったとき、それは民を守るための剣なのか、よく考えなよ。」
剣を振って民を守る。 それだけに留まらない。 自分達は民の騎士なのだ。
常に民の事を考えて行動しなくてならない。
意外とあっさり分かったといってくれた部下に、少々本当に理解したのかと不安を抱いていると
その彼女から不意を疲れるような言葉をかけられた。
「でもさ、あたしは部隊長にも、誰かを守るためにその剣術を使って欲しいな。」
「なぁに一人前なこと言ってんのさ。 私はカッパライと逃げること専門の嫌われ者さ。」
「でも・・・なんかあの剣技使ってるとき、部隊長悲しそうだよ? ホントは使いたくないんじゃないの?」
レイサにとって、表情を隠さないシャニーほど考えてることを読みやすい相手もいない。
だがまさかその子に自分の心を読まれるなんて。
(この子は・・・気のせいか。 でも・・・。)
レイサは何か胸を刺された様な感触に陥った。
「それにさ、あたしは部隊長のこと、嫌いじゃないよ。 だって、色々教えてくれるもん。」
シャニーが人懐っこい笑顔を見せた。 さっきまで自分にお節介される筋合いは無いとか言っていたのに。
でも、レイサには何かグサッとくるものがあった。 自分の心へ何のためらいもなく入り込んでくる。
そして、自分の失ったものを再び呼び覚まそうと、心をノックしてくるのだ。 ・・・確信犯・・・だろうか。
自分は盗賊であり、アサシンである。 物を盗って人を悲しませ、人を闇のうちに葬って家族を泣かせる。
そんな自分を、嫌いじゃないといってくれる人物が、亡くなった姉以外に居る。 何か涙が溢れてきた。
「・・・ありがとう・・・。」
「うわ、ちょっと、泣かないでよ!」
自分を愛し、育ててくれた姉は既にこの世に居ない。
自分を愛してくれる者は居なくなった。 そう感じていた矢先だったのだ。
自分を愛してくれる人が居る事が、どんなに幸せな事なのか、失ってみて初めて気付いた。
「あんた、虹みたいな子だね。」
「? それほどでも〜。」
また唐突に訳の分からない事を言われて、とりあえずお決まりの台詞だけは言っておくシャニー。
(いいんだよ、分からなくても。)
レイサにとって、シャニーは虹だった。
雨上がりの混沌とした白の如く、失って、空っぽになって、色を失ってしまった者へ、新たな色を再びつけることが出来る者。
それがシャニーだった。 だからこそ、余計に思慮を伴わない剣を振るって欲しくなかった。
人を染めるという事は、もし染める色を間違えれば大変なことになるということでもある。
染める者が間違っていては・・・染められた側が正しい道を歩める事は無い。
傭兵というだけなら、それでもいい。 だが、自分は託されたのだ。 新人を傭兵としてだけで終わらすな、と。
だから、シャニーが正しく染められるように、自分は助けてやらなければならない。
それが、私なりのイリア民を『護る』ということだ。 レイサは決意する。
「よーし、じゃあみんなのところに戻ろうか。」
「うん、了解、部隊長。」
「部隊長とかさ、ガラじゃないから、名前で呼んでいいよ。」
「え、でも他の部隊ではみんなそう呼んでるし。」
シャニーには、この会話がどこかで聞き覚えのあるような気がして仕方がなかった。
「いいのいいの。 レイサさんでいいよ。 それよりさ、あんたみんなに天馬の乗り方教えてきて。」
「はーい。」
今まで見せてくれなかった天真爛漫な顔で、シャニーは駆けていった。
やっぱり若いって良い。 レイサはそう感じていた。 自分も昔はああいう風であったものだ。
シャニーが向こうで他の隊員のところに到着すると、空気が変わるのがこちらから見ても分かった。
「きっと良い色に染めてあげてよ。 私には何も教えてあげられないけどさ。 さて・・・、次はあの子だな。」


172: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/11 22:44 ID:RM
 レイサは向きを変え、部隊とは反対の方向へ歩き出した。
その行き先には、部隊とは離れ、独り黙々と手槍の練習をするアルマの姿があった。
「みんなと別行動するっていうのは、感心しないね。」
レイサが声をあげる前に、アルマは彼女の存在に気付いていたようだった。
だが、それでもそちらを振り向くこともなく、ひたすら手槍の練習をしている。
本当に無口な人間だった。 話しかけても返事どころか応答もしない。
「私は部隊長として聞いているんだよ? 部下なら答えなよ。」
そこまで言われてようやく手槍を握る手が緩んだかと思うと、アルマは鋭い横目で後ろを睨んだ。
「あんな子供遊びに付き合っていても、時間の無駄だからです。」
それだけ言うと、彼女は休めていた手を再び動かし、手槍を放る。
その槍は放物線を描いて、向こうの的の枠内でも中心付近へ見事に突き刺さっていた。
レベルが違うんだよ。 そう、彼女の背は主張していた。
「でもね、そんな事してると仲間から浮くよ?」
レイサの言葉に、アルマは再び手を止めて、今度は体も彼女の方を向けた。
「浮いたら、何か問題でも?」
レイサもさすがに言葉に詰まる。
(この子は一体どういう子なんだ。)
あっけにとられているレイサに追い討ちをかけるようにアルマは話しかけてきた。
「同胞とは言え、私たちは傭兵。 仲間同士で殺し合いをしなくてはいけない時だってある。
そのときに、下手な仲間意識なんて邪魔にしかなりませんよ。
私には、そんな下らない感情に付き合っていられるほど暇じゃないし、興味もありません。」
「新人のクセによく言うじゃないの。」
「これは、大変なご無礼をお許しください。」
感心するような、呆れるようなレイサにアルマは一礼する。 一筋縄では行きそうに無い。
こいつの心は読めない。 シャニーとは全くの正反対だ。 自分というものを絶対に見せてはこない。
心の表面が漆黒に塗られているかのようだ。
「じゃああんたは・・・共同生活を強いられる天馬騎士団に、何故入ったの?」
「もちろん、天馬騎士団のトップに立つ為です。 イリアを変える為にね。」
何と言う新人だ。 冗談で入隊当初に団長になりたいと宣言する者は居ても
団長になるために天馬騎士団に入隊したなどといった新人は初めてだった。
精鋭部隊の人間をも凌駕するほどの実力に、この性格。
間違いなく、権力の階段を彼女は上っていくだろう。
力のあるものが、人の上に立つ。 騎士団では当たり前のことだ。
シャニーも、同じ民を救うという目的を持っている。 だが、考え方が明らかに違う。
レイサには、ティトが何故、この全く正反対の性格の人間を新人部隊に仲良く入隊させたのか、分かった気がした。
(団長・・・あんたも良くやるね。 下手をすれば、どちらかが潰れてしまうかもしれないのに。
それを潰れさせないようにしろってことか、私の仕事というのは。)
レイサは予想以上の難題に息が詰まる。
「そうか、なら何も言わないよ。 でもね。」
レイサは背を向けて部隊の方へ帰る。 その途中で、背を向けたままアルマに話しかけた。
「親友は作っておいたほうがいいよ。 慢心と孤独は・・・隙を生むよ。
私はアサシンだ。 正直、あんたともう一人の経験者の子。 どっちが暗殺しやすいかって聞かれたら
間違いなくあんたを選ぶよ。」
「・・・。」
アルマは無言で再び手槍の練習をし始めた。
レイサは感じていた。 アルマは、シャニーと何処までも正反対だと。
シャニーを虹と例えるなら、アルマは何者にも染まらない、確固とした黒だと、彼女は思った。
そして、型破りだとは思いながらも、イリアを変えていくにはなくてはならない人物だとも感じていた。
染める者と、染まらない者。 光と闇。 どちらもなくてはならない、同じ志を持つこの二人をなんとか調和させる方法は無いか。
レイサは部隊で他の隊員に囲まれるシャニーを見ながら悩んでいた。
 しかし、そんな心配をする必要はなかった。 自分に無いものへ人は羨望の眼差しを送り、全部欲しいとささやくのだ。
そう、磁石の両極が引き合うように。


173: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/11 22:45 ID:RM
 その日も、基礎的な練習が繰り返されていた。
他の部隊から借り物の「講師」を招いて、天馬の乗り方と槍の扱い方を学ぶ。
しかし、やはり歴戦を生き抜いてきた二人にとってはぬるいことこの上ない稽古。 いや、稽古とも言えない。
アルマはもう当然のように皆のところを後にする。
「まぁ、あなた。 アブミをしないと危険よ? アブミの必要性は・・・。」
シャニーもまた、講師の話をうんざりして聞いていた。
この講師、きっと姉の回し者に違いない。 彼女と同じことを言う。
半分以上を聞き流す。 自分がしたい練習は、もっと実戦的な物だった。
「こら。 十を志す者が一をおろそかにするとは何事ぢゃ!」
ふいにシャニーは後ろから頭を何かでどつかれた。
焦って後ろを見てみると、そこには腰の曲がった婆が、杖を自分の頭に載せているのが分かった。
「げっ?! ニ、ニイメの婆さん!」
レイサが落ちそうになった体をなんとか翻し、慌てて木の上から降りてくる。 いつものように昼寝していたのだ。
降りてきて早々、シャニーと同じように杖で頭を殴られて説教される。
何か周りの隊員には、そんな二人が姉妹に見えて仕方がなかった。
「全くお前というヤツは! 昼間から寝腐りおって! わしが若い頃はね!」
「あー、分かったよ婆さん。 で、どうして邪魔しに来たのさ。」
「研究の合間の散歩じゃよ。 今年の若いのにイキの良いヤツはいるのかと思ってな。」
レイサは何とかニイメを追い返そうと必死である。
だが、ニイメはそんな彼女を無視するかのように、他の隊員の顔をまじまじと見つめて回る。
「・・・ねぇ、レイサさんとニイメのおばあちゃんって、どんな関係なの?」
シャニーが耳打ちする。 レイサはため息をつきながらそれに答えてやる。
「私がまだ、ただのカッパライだった頃ね・・・。」
「今も単なるカッパライだろうが。 おまけに部下を放り出して昼寝とは。 何処まで堕落してるんじゃ! わしの若い頃はね!」
聞こえないように言ったはずなのに、ニイメにはすっかりお見通しのようだった。
レイサはもう返す言葉も無いといったような感じでヘラヘラと笑ってみせる。
「・・・でさ、婆さんは古代魔法の大家だろ? なら、きっと色々古代魔法の書を持っていると思ってさ。 貰いに言ったのよ。
あれかなり高価だからさ。 考えただけでもヨダレが・・・おっと。」
レイサはニイメに睨みつけられた事に勘付き、この先を言うのを止めた。
「で、書庫漁ってたら婆さんに見つかって。 婆さん、気配消して忍び寄るの滅茶苦茶うまいんだもの。
婆さんこそアサシンでもやればいいんじゃないのっておもったさ。
そんで、後ろから突然闇の球に包まれたかと思うと、急に体が動かなくなっちまってさ。」
「バカモノ。 お前が盗賊のクセに鈍いだけじゃ。 イクリプスにも気付かん盗賊など聞いたことが無いわい。」


174: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/11 22:47 ID:RM
その後、気を失ったレイサを、ニイメは柱に縛りつけ素性をすべて吐かせた。
どうやら彼女は、傭兵で早くに親をなくした遺児のようだった。
―生きるために、奪うしかないじゃないか。 他に構っている余裕なんてあるものか―
ニイメには、今でもあのときのレイサの顔と言葉が頭に残っていた。 生きるために狂う人々。
ニイメは多くを見てきた。 そして、当時も少女盗賊がカルラエ付近を荒らしまわっていると噂になっていたから
彼女も警戒していたのである。 生きるために、人の物を奪い、容赦なく殺す。
あの頃のレイサにとっては当然のような生活だったようだ。
レイサはもう苦笑いして婆さんの無駄話を聞いているしかなかった。
自分でも、あの頃の自分は壊れていたとすら思えるほどに、人を殺して奪って、貪った。 生きるために。
「あの時、婆さんに会っていなかったら、今の私は無いかもね。」
「わしはあんたみたいに死ぬ気で生きてる人間は嫌いじゃないよ。 ただ、手段が気に食わなかっただけだね。」
捕まえたレイサに飯を食わせてやって、身の上話を聞いていると、話を聞きつけた騎士団の騎士がニイメの庵に駆け込んできた。
その時だった。 レイサがシグーネに始めてあったのは。
「ニイメのばばあよぅ、こそ泥が忍び込んだんだって?」
「おやおや、団長自らお出ましとは、よっぽど暇なんだね。」
ニイメはシグーネにレイサの事を話しているようだった。
シグーネの目線が時折こちらを鋭く見つめる。 食われるかと思うほどの鋭い目付きだった。
レイサにとって、睨まれこんなに戦慄を覚えるのは初めてだった。
暫くすると、彼女は縛り付けられている自分のほうへ向かってきた。
「あんたの親も・・・イリア騎士だったのかい。」
「知らないね。 親が何していようが関係ない。」
「あんたはどうなったら、盗賊から足を洗う?」
つっけんどんな反応ばかりをするレイサに、シグーネは唐突に質問を投げかけた。
いきなりそんな事を聞かれてレイサも面を食らってしまった。
相手は騎士だ。 今まで散々殺して生きてきた自分を、きっと処罰するに違いない。 そう思った。
「もちろん! 盗みなんかしなくても生きていけるように、イリアがなったらさ!」
そう怒鳴った自分の頬を、シグーネは力強くひっぱたいた。
「いいかい、あんた。 誰かが何とかしてくれるなんて思うんじゃないよ。 変えたきゃ自分で変えな。」
「それが出来たら苦労しない!」
「しようとして無いだけだね。」
シグーネはレイサの言葉を簡単に否定する。
「あんたは多くの罪も無いものを殺した。 でも、それはあたし達騎士も同じなんだよ。
よそに戦争に行って、全然知らない人を殺しまくる。 そうしなければ、金が手に入らないから。
陰気な商売だよ。 でもさ、あんたは自分のために人を殺してる。 あたし達は民を養う為に殺してる。
フン、カッコイイだろ? どーせ人殺しするんなら、自分のためじゃなくて人の為に力を使わない?」


175: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/12 22:27 ID:pA
「最初は笑ったよ。 人殺しが自分のやってることを棚に上げて何人殺しに説教するんだってね。
姉貴は頭おかしいかと思った。 でも、私は思ったんだ。 コイツについていけば、最低限の生活は保障されるんじゃないかってね。」
レイサは苦笑いしながら隊員たちに話す。
シャニーもずっと話を聞き入っていた。 民を養うということが、何を意味指すか。
自分はやっと、剣の使う目的を、自分だけの騎士の誓いを明確にしたところだった。
しかし、その目的を達成する為に、陰で何が起こっているのか、そして何を見つめなければならないのかをまだ知らなかった。
レイサはシグーネの妹分として、天馬騎士団に籍を置くことになった。
持ち前の身軽さを生かして情報を探ったり、時には独学した暗殺術を用いて暗殺依頼なども受けた。
情報を騎士団に運ぶ者として、様々な情報が流れ込んできた。
貧しい者、自分と同じように盗みを働く者・・・。
騎士団に入って、彼女は自分の為に生きていた自分を恥じた。
そして、きっといつか自分みたいな人間が出ないよう出来たらと願った。
 しかし、時は無情だった。 戦いの中に置かれることによって、戦いこそが日常になってしまった。
―戦死さえしなければ、少なくとも明日はあるしねぇ―
シグーネも、そう言っていた。 夢や希望・・・そんなものを考えている余裕はなかった。
民を養う為に戦いに赴き、心も体もずたぼろになって帰ってくる。 繰り返すうち、それが普通になった。
それを変えてやろうとは思わなくなっていった。 それこそが普通なのだから。
夢や希望に現を抜かせば、故郷で待つ民が苦しむ。
それでもなんとか、レイサは彼女なりに自分の力を人の為に使おうと努力していた。
強欲な商人を狙って盗みを働いては、貧しい生活を送る人間にばら撒いた。
盗みには変わらない。 人殺しには変わらない。
でも、これは民を養う為にやってるんだ。 正しいんだ。 そう言い聞かせて。
「生きるためなら何でもやる。 それがイリアさ。
だから、姉貴がベルン側についたのも、私は止めなかったよ。 民の為には仕方なかったからね。」
ベルン動乱時にイリアを占領したベルン三竜将の筆頭マードックは、イリア民に危害を加える事はなかった。
彼が徹底的に潰したのは、力を持った騎士団のみ。 力を持たない民には、彼は刃を向けなかった。
だから、ヘタに反乱を起こすより従っていた方が安全だった。 歪な平和がそこにはあった。
シャニーは、ここまで聞いて初めて分かった。
シグーネが独立国の尊厳より、民の安全を考えてやむを得ずベルンについていたということが。
見習いの時は、天馬騎士団団長のクセに、敵国に頭を下げて保身を図った許せない相手だと思った。
憧れの人のひとりだけだっただけに、裏切られたような気分になった事は今でも忘れられない。
だが・・・違ったのだ。 彼女はイリア騎士として最期まで誓いを守っていたのだった。

(・・・あたしは、何も知らないんだ・・・。 民を守るということも、その為にどうすればいいのかも。)


176: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/12 22:28 ID:pA
「おい、そこの坊主。」
しわがれたような声に、シャニーは我に返る。
よく見ると、またニイメが自分の頭を杖でこつこつ叩いていた。
「坊主って! あたしは女の子なの!」
「あんたみたいなガキに、男も女もあるかい。」
「・・・。 (この人、きついことでも平気でさらっと言ってくる。 レイサさんと似てるかも。)」
自分はもう成人した一人前の女性だと思っていた。
だが・・・目の前の女性は自分の5,6倍は生きている。 その人から見れば、きっと自分は子供なのだ。
体も・・・心も。 そして・・・イリアの守り手としても。
「分かったかい? 十を志すものほど、一を大切にしなきゃいけないんだよ。
一を粗末にして忘れてしまったら、あんたは九で終わるよ。 九も十も、そんなに変わらない。
でもね、決定的に違うものがあるんだよ。 わかるかい?」
シャニーには当然分からなかった。
十は一の積み重ね。 それは分かっている。 それでも、やはり目先の目標に囚われて先走りする傾向が、若いうちは見られる。
しかしそれではダメだった。 少なくともイリアでは。
どんな強い騎士でも、一を忘れ十をとりにいく・・・即ち、何故それをしなければならないかを考えずに
民の為戦い、功績を挙げる。 それでは、九までしかいけないのだった。
本人は十と考えていても、それは九でしかなかった。 一を明確にしていれば、簡単に気付くはずなのに。
黙り込むシャニーに、いや、新人全員にニイメは答えを言う。
「十に辿り着いた人間は、九で止まっている人間とは全く違うことをするだろうね。
いや、もしかしたら十一を探して悩むかもしれない。 知るという事は、新たな問題を提供してくれるんだよ。
だから私も研究が楽しくて仕方が無い。 問題を知れば、答えを出そうと必死になる。 答えが出れば、また違う問題が浮かんでくる。
現状で満足するってことがないのさ。」
「ま、そのお陰で婆さんはボケないのかもね。」
レイサの茶々にもさらっと流す。 彼女はニイメにとって可愛い女の孫同然だった
「ほう、お前にしてはいい事言うね。 満足したらそこで終わりさ。
考えることを止めるって事だからね。 ま、簡単な話だったじゃろ? お前さん達もよぉーく考えることじゃな。」
ニイメは杖を突いてまた散歩に出かけていった。
新人達は分かったよう分からないような・・・。 全然簡単な話じゃないと皆は感じていた。
シャニーにも、はっきりとした事は頭に浮かび上がってこなかった。 難しい話は頭痛がする。
しかし、一つだけ分かったことだけはあった。
今までの自分の十は、まさに民を養う為に、戦場で活躍することだった。
だがきっと、これは八か九なのだ。 自分はまだ一を明確にしていない。 そもそも一ってなんだろうか・・・。
それすらもよく分からない。 ならこれは一ではなく二なのか・・・?
彼女は、いかに自分が何も知らないかを思い知っていた。
ベルン動乱を生き抜き、功績を残した。 それですべてを知ったつもりになっていた。
だが、実際には何も知らない。
―今他国にいって売れるものは恥だけ―
何となく分かる気がした。 姉は自分の事をよく見てくれていたのだ。
しかし、十が分からない以上、今は十だと思うことを精一杯努力しようとも思った。
考える事を止めてはいけない。 だが、考えるばかりに黙してしまうことも、決して良い事とは思えない。
他の者も、それが分かっているようだった。


177: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/15 22:22 ID:MM
その一週間後。
「ねぇ、レイサさん。」
シャニーは昼休みにレイサを捕まえた。
彼女は木の上で短剣を使って果物の皮をむいていた。 手馴れたものである。
「なに?」
「あたし達のやってることって、正しいのかなぁ・・・。」
レイサは妹分が何かまた悩んでいることを感じ取った。
ニイメが説教をしに来てからずっと、彼女の振る剣に曇りが生じていたことが、レイサは分かっていた。
彼女はナイフをしまうと、木から飛び降りてきた。
「正しいことって?」
「ニイメさんに言われたこと・・・あれからずっと考えてたんだ。 でも、考えれば考えるほど、なにか怖くなって。」
シャニーの瞳に、いつもの輝きが無い。
よく食べて、よく笑って、よく寝るを信条とする彼女が、こんな風になるのは珍しいことだった。
「だってさ、あたし達は、イリアの人たちを養う為に戦う。
でも、他の国の人から見たら、あたし達って、よそから来た殺人鬼じゃないのかな・・・。」
「何が言いたいの?」
考える事は大事だった。 だが、考えることは、自分を追い詰める事ではない。
現実と夢は違う。 だからその両者の溝に悩む事は仕方が無い。
悩みがなければ、それ以上の発展も見込めない。
「あたし達が民の為にって言っているのは、しなくちゃいけないけど、正しいというわけではないんじゃないかな・・・。」
傭兵として他国に戦争をしに行く。 そのことが他国の人間にとってどう映るか。
それは言うに及ばない。 シャニーは何となく気付いていた。
民を養う為に。 それは動機ではあるが、自らを正当化する事は出来ないのではないか。
「シャニー。 イリアは他国に行って戦争をしなければ、皆飢えて凍え死んでしまうんだよ? 分かってる?」
「分かってるよ・・・。 でも、結局あたし達は誰かを犠牲にして生きながらえているってだけだよ。 それじゃ、盗賊と変わらないよ。」
シグーネも言っていた言葉を、こんなヒヨッコが言う。
しかし、レイサも今回は首を縦に振らない。 本当は振りたい。 だが、その前に考えさせることがある。
「それがどうした? 多かれ少なかれ、どこでもそうでしょ。 手段が違うだけさ。」
「?!」


178: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/15 22:23 ID:MM
「いいかい、シャニー。 他所から持ってきた正義やら正当性などに、力は無いんだよ。
私たちには、私たちの正義がある。 それを守ればいいだけさ。
その国の事を何も知らない人間が、どの面引っさげて他国を非難できるのさ?」
「・・・。」
シャニーには納得できなかった。 確かに他国とイリアでは考え方も違うし、そうなればルールも違ってくる。
他国の正義が、イリアの正義とは決していかないのだ。
だが、シャニーはベルン動乱で様々な国を回って色々勉強してきた。
イリアだけが、何かおかしいようにも感じてしまっていたのだ。
国の存亡をかけて、他国に良い様に使われる、そんなイリアが。
「・・・ま、でも考えることも大事かもしれないね。
イリアは他国に行って戦争をしなければ、皆飢えて凍え死んでしまう。
でも、他国から見れば、戦争を、死を運んでくる傭兵団でもある。 ・・・誰が悪い? 何が正義?」
レイサの質問にシャニーは答えられなかった。
どんなに考えても、答えが出てこなかった。 ・・・何か悔しい。
そんな妹分の肩を、ポンと叩きながら、レイサはその場を立ち去っていく。
「あんたはイリア騎士さ。 でも、それ以前にイリア民だ。 戦うことだけがすべてじゃないよ。 それだけじゃ・・・無責任かもね。」
“一”の重みが、そして見えにくさが、レイサの言葉から嫌というほど伝わってきた。
レイサもまた、彼女がその重みを知り、自力で見えるようになって欲しいと願い、あえて答えを言わなかった。
(言われたことを鵜呑みにして従っているだけじゃ・・・今のイリアの二の舞さ。
こいつがここで考えるのをやめるなら、その程度の人間だってことだし。
それにしても、あんたはいい姉貴を持ったもんだよ。 こんなに、考える時間をくれたんだからね。)
レイサは中庭を歩きながら、団長室の窓を見つめていた。
彼女はティトが哀れに思えていた。
あんなにイリアの事を想って、何とか良い方に向かおうとしているのに。
それなのに、今国は手段を選んでいられないほど貧しく、騎士団も再建された方が少ないという有様。
イリアの民の貧しさを救える数少ない騎士団の長として、彼女には大きな期待を寄せられている。
しかしそれは、重い責任を背負わされているということ。
変えたいと思っていることでしか、民を救えない。 きっと彼女は悩んでいるだろう。
そしてあんな性格だ。 誰にも悩みを告げずにいるのだろう。 この頃部屋に篭りっきりなことが多い。
仕事などで外出する事はあっても、姉貴が団長をしていた頃に見せていた慎ましい笑顔が、今の彼女には無い。
いつも仏頂面な彼女だから、その笑顔は力だった。
それは、妹シャニーの笑顔とはまた違う力を持っている。
何とか彼女の力になってやりたいと、レイサは考えていた。 溜め込んでいたら、いつか・・・。


179: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/17 20:00 ID:/M
 その日は、シャニー達は初めての夜勤だった。
いつ賊が暴れだすか分からない今の荒廃したイリアでは、騎士団は二十四時間体制を強いられていた。
「ふあぁぁぁ・・・。」
不謹慎にも声をあげて大きなあくびをするシャニー。
こんなときにもし敵が襲ってきたら危険だとは分かっていても、ベルン動乱で夜通しの番を経験していても、眠いものは、やはり眠い。
なんとかして目を覚ますべく剣を振る。
「216・・217・・・・218・・・・・・219・・・・・・・22・・・」
近くにいたレイサは嫌な予感がしてそちらを見る。 すると・・・やはり寝ていた。 立ったままで。
「ぐー。 あいたぁ!」
レイサはすかさず拳骨で起こす。 他の隊員たちも笑いを隠せなかった。
「まったく、どうしてイリアには剣を振りながら寝られる奴が多いんだろうね。 しっかりあんたの姉さんに言っといてやるからね。」
「うわぁ! おねえちゃんには言わないでよぉ。 後でくどくど言われちゃう。」
「ダメだよ! あんたには夜の良さが全く分かって無い!」
シャニーも他の面子も、レイサの様子がいつもと違うことに首をかしげた。
任務中に寝るとはどういうことだ、と叱るなら分かるが、夜のよさが分かっていない??
「あんたさ〜、考えてもみなよ。 深夜はみんなが寝てる。
真っ暗な闇でお宝が一人輝いてるんだよ? あー、こういう月がきれいな日は盗賊魂が騒ぐ!」
目を爛々とさせて宝を想像するレイサ。 なんだ、そんな事かと周りは散っていく。
未だに盗賊稼業から足を洗っていないのだろうか。 そんな事がティトに知れたら、それこそ大目玉だった。
賊討伐をする騎士団の部隊長が盗賊だなんて・・・。
しかし、冗談ごとではなかった。 毎夜毎夜、寒さに、賊に震えながら人々は暮らしている。
他の国では賊の討伐部隊などが定期的に出ている。
だがイリアの騎士団は、とにかく復興資金を稼ぐ為にひたすら傭兵に出向いていた。
民を養う為、といって外へ出て行って、結果民を守ることが出来ずに、彼らは震えている。 矛盾していると思った。
戦うだけでは無責任・・・そういう意味もあるのかもしれない。
シャニーは自分でも、この頃良く考えるようになったものだと感心していた。

ようやく夜勤が終わり、シャニーはふらふらと部屋に戻る。
暖かい暖炉の前で冷え切った体を癒す。 そして、さっき振っていた剣を磨こうと・・・剣が無い!
どうやら持ち場においてきてしまったようだ。
渋々彼女は寒い外に戻る。 すると、皆がいなくなった場所に一人の人影があるのを見つけた。
「あれ、アルマじゃん。 どーしたのさ。」
アルマだった。 シャニーは、剣を見つけると彼女と一緒に寮まで帰ることにした。
アルマも、断る道理がなかったためについていく。
「ねぇ、イリアの傭兵ってさ、他の国から見たらどう思われているのかな。」
シャニーはアルマに悩んでいることを打ち明けてみる。
しっかりとした独自の考えを持っているアルマなら、きっとこの質問に答えてくれると思ったのだ。


180: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/17 20:03 ID:/M
「簡単な話じゃないか。 良く思われて無いよ。 死肉を喰らうハイエナってね。」
「・・・。 やっぱりそうか・・・。 あたしさ、おねえちゃんに憧れて天馬騎士になったんだ。
そんでさ、イリアを守るんだーって、漠然としたこと考えてたけど・・・こんな他国に憎まれる仕事だったなんて。」
「・・・それがどうした?」
アルマの一言に、下を向いて歩いていたシャニーは目を大きく見開いて彼女を見つめた。
「だって、憎まれるって事は・・・正しいことをしているわけじゃないってことじゃない。
自分の国を守るために、他の国を犠牲にするなんておかしいよ。 犠牲は無いのが良いに決まってる。」
「だから、それがどうしたと聞いているんだが。」
シャニーは何もいえなくなってしまった。
―正しいことをしているわけじゃない ・・・それがどうした?―
アルマの目が真っ直ぐ自分を睨んでいた。
「正しいこと? いつも正しく居る必要なんて無いじゃないか。
私達は、しなくてはいけないことをしているだけ。 それが正しかろうと悪かろうと関係ないじゃない。 必要なのだから。」
「それは・・・そうだけどさ。」
「お前はベルン動乱で、正義正義の流れ中で修行していたから仕方ないかもしれない。
だけどね・・・私は正義なんて無いと思ってる。 第一、正義って何なのさ。」
シャニーはその質問にも答えられなかった。
アルマも答えられまいという顔をし、口元で笑った。 そして、唐突に質問を変えてきた。
「・・・お前は、エトルリアが何故こんな弱い国を征服しないのだと思う? あれだけイリアを見下した貴族が多いのに。」
「え? そりゃ・・・戦争をすれば世界の強弱バランスが崩れるから・・・?」
「違うね。 こんな国を占領したところで、何も旨みが無いからさ。
それどころか、戦争になったとき、自国の叙任騎士より安く戦力を調達できるんだから、奴らは重宝してる。
必要があれば、自国の軍には被害が出ないよう、イリア騎士を最前線に立たせて囮にするってことだってあるらしいし。」


181: Chapter1−4:虹色と暗黒:08/03/17 20:04 ID:/M
シャニーには身に覚えのある話だった。 事実、姉もエトルリアに雇われて
そういった形で使われて、自分達と西方三島で対峙するに至ったのだから。
あの時は幸い、こちらの将も、現地での姉の将も優れた人間だったのでそれは回避できたが。
「恵まれた国の言うことなんか、放っておけばいい。 皆自己中心なんだ。 ありもしない正義に・・・騙されるな。 そして、振り回されるな。」
アルマの言葉に、シャニーは何か体を槍で串刺しにされたような感覚に陥った。
彼女の言葉は、何となく分かる。 皆自分こそ正義。 そんなものに信憑性など無いのかもしれない。
それでも、イリアを評価するのは他国だ。 自国やその民が、他国から悪いように見られたり、言われたりはしたくない。
「でも・・・やっぱりあたしは、憎まれるより、凄い国だなって言われたいよ。」
何も言えないで居るシャニーにアルマは更に語りだす。 いつも無愛想な彼女が、まさかこんなに話すなんて。
「私は、こんな腐った国は変えたいと思ってる。 こんな、他国の脛をかじらなくては生きていけないような国。」
「あたしも、それは思ってるよ。」
アルマは、シャニーが自分に同意してくれたことを意外に思ったようだった。
今まで、自分の考えに賛同してくれたものなど、殆ど居なかった。 彼女は独りだったのだ。
「イリアを他国に負けない強国に育てて、今まで見下していたやつらに吠え面をかかせてやるんだ。
そのための傭兵稼業なら、私は他人に何と言われようが知ったことじゃない。」
シャニーは、やはり彼女の考えている事はスケールが大きいと思った。 だが、それは自分も望むことだった。
思っていても、他の人なら無理を諦めることを平気で言うし、誰も考えもしないようなことも、人目を気にせず涼しい顔でやってみせる。
ちょっと危険で同意できないところもあるが、シャニーはアルマの夢に賛同していた。
「あたしは、皆が戦わなくても良いようになって欲しい。」
しかし、シャニーのその言葉に、アルマは返してこなかった。
それどころか、鋭い目付きで睨まれてしまった。
シャニーには、その目が何を意味しているかすぐ分かった。
―なって欲しいではない、そうするんだ。 自らの手で―
「・・・夢見てるだけじゃダメだよね! 同じ事を夢見てるんだし、これから頑張っていこう?」
語らずとも、自分の意志を伝える。 シャニーはそれにある種の敬意を持っていたし
確固とした意志を持っているアルマに興味を持っていた。
シャニーアルマと話すことで、十を志す為の“一”を少しずつではあるが見つけられそうだと感じていた。
アルマも同じ夢を持ち、実力も確かで人懐っこいシャニーには、少しずつ心を開くようになっていた。


だが、この正反対の二人が交じり合うこと。
これが、後のイリアに大きな影響を与えていくことを、気づいていたものは居るのだろうか。


182: Chapter1−5:求めし者:08/03/18 22:04 ID:YQ
 やっと他の新人隊員たちも天馬の扱いに慣れてきたようで、練習の最中に落馬する事も稀になってきた。
それでも相変わらず、基本的な練習が続く毎日。 初陣を踏む事は、まだずっと先になりそうだ。
いい加減シャニーも、退屈な毎日に限界を感じていた。
そろそろ実践的な稽古をしないと、体が鈍ってしまいそうだ。
「ねぇ、レイサさん! そろそろ訓練のレベルを上げようよ。」
今までも何度もそう提案してきた。 だが、帰ってくる台詞は決まっていた。
「そんなにやりたかったら、アルマみたいに一人でやってきな。」
そんな事、出来るわけがなかった。
他の隊員が一生懸命やっている場所と離れて、自分ひとりだけ違う練習をするなんて。
そんな自分だけ浮くようなことが出来るはずが無いし、皆だって決して良くは思わない。
「シャニー、無理に私たちに合わせなくてもいいじゃない。 だって、貴女はもう実戦を経験しているんでしょ?」
気の利く仲間は、自分にそう進言してくれる。
仲間達からしても、無理に自分達に合わせさせるのも悪いし
何より一人だけ突出した者が居るとやり辛いのだ。 
皆シャニーにとっては大切な親友だし、皆もシャニーの事をいい親友だと思っている。
関係は悪くない。 しかし、実力差は、実戦経験者と未経験者では火を見るより明らかだった。
必然的に、未経験者は経験者に群がり、その技を盗もうとする。
相手の稽古の邪魔をしてはいけないと思いつつも、群がってしまう。
シャニーも、頼られているのだからと精一杯教えてしまう。 結果練習できずに一日が終ってしまう。
なぜ、部隊長が教えないのかという不満を出来るだけ見せないように振舞っていた。
互いに妙な気遣いを働かせていたのだ。
しかし、それは隊員たちの成長へ目に見えて現われていた。
精鋭部隊の人間達を眺めているより、目の前で稽古し、教えてくれるほうがやはり分かり易いのだ。
そうなれば、更にシャニーの周りには人が集まった。
「ねぇ、こんなときはどう動いてる?」
「オッケー、任せて任せて!」
シャニーも、人に者を教える楽しさや、人に頼られることの嬉しさを知っていた。
いつの間にか、シャニーは新人部隊のリーダ格になっていた。
互いを知るにつれて、前の妙な気遣いはなくなっていく。
リーダー格というより、集団のガキ大将? のような感じではあるが。
レイサはそれを木の上から笑みをこぼしてみていた。
本当に、思ったとおりに動いてくれる。 水さえやれば簡単に芽を出してくれるのだから、こんな簡単な事はなかった。
だが、こういう草は、ほうっておけば野生化して思わぬ群生へと発展することもある。
そうならないようにきっちり世話しなくてはいけなかった。

 夜番との交代時刻までの任務が終ると、シャニーはいつものように城から少し離れた小高い丘に向かった。
いつもここで、自分だけの練習をしていたのである。
いくら見習い時代に歴戦を戦ったとは言え、今は新人隊員として基礎的な訓練に明け暮れる日々。
実戦から離れることで、少しずつ腕が鈍ってくることが嫌なほど分かる。
それを食い止める為に、彼女は彼女なりに練習していた。
「あれ? あれは・・・?」
だが、今日はいつもと違った。 いつも誰もいないのに、誰かいるのである。


183: Chapter1−5:求めし者:08/03/18 22:10 ID:YQ
走って寄っていくと、そこには槍を持ったアルマが居た。
いつも部隊とは別行動ばかりして、皆に心開こうとしないアルマだったが
夢を共にするということもあってか、シャニーには僅かながらだが接していた。
それでも、このように自分を待っているという事は初めてだったので、シャニーは最初目を疑った。
「なんであんたがここに?」
「一緒に稽古をしようと思ってさ。 邪魔になるか?」
「まさか! あんたぐらいの腕の持ち主なら、存分に稽古できるよ!」
思っても居ない相手から、願っても無いような提案をされて、シャニーははしゃいでしまった。
アルマもそんな無邪気なシャニーを見て口元が緩む。
二人は、暮れ行く春の夕日を浴びて思う存分、互いの技を相手に見せ付ける。
最初は稽古のつもりだった二人なのだが、次第に熱が入っていき、とうとう終いには本気でやりだしてしまった。
暮れ行き闇に包まれていく中、正確無比で電光石火な剣と、闇夜を切り裂かんとばかりの強力な槍。
それら二つが空中を華麗に舞っていた。
卓越された武は、踊りにも似たような綺麗な打ちあいを見せる。 まるで演武を見ているかのようだ。
暫く稽古をした後、二人は互いに手を休める。
「やっぱり、あんた強いね。」
「ふ、そういうお前もたいした実力だな。」
互いに互いの実力を認め合う。 いや、稽古の途中から分かっていたかもしれない。
そうでもなければ、全力で相手の稽古に挑んだりできないから。
暫く二人は丘に寝そべって、空を眺めていた。 イリアに到来した短い春。
それが紅に燃え、闇と溶け合うその様子は、美しいの一言では片付けられない。
「お前さ、姉に憧れ天馬騎士になったって言ってたよね?」
突然口火を切るアルマ。 半分寝かかっていたシャニーは、はっと我に返る。
こういう気持ちのいい風が吹く丘で寝そべると、勝手に目が閉じてしまうのだった。
「え・・・あぁ、そうだよ。」
「じゃあ、もう目的は達成されたのか?」
「うーん・・・。 いや、今のあたしには、天馬騎士としてしたいことがあるよ。」
アルマはシャニーの言葉を聞いて、もっと知りたくなったようである。
体を上半身だけ起こすと、未だに寝そべるシャニーのほうへ顔を向けた。
「そのために、稽古もしっかりしている、と?」
「うん。 あたしは、困っているイリアの人を救ってあげたいから。 賊がいつ襲来しても大丈夫なようにしておかないとね。」
シャニーが騎士として今誓いにしていることは、困っている人を見かけたら、きっと助けてあげること。
もし、荒くれ者に襲われていたら、助けてあげたいし、いざ傭兵に出て行ったら、
少しでも名声を得て、報酬を多く貰わなければならない。
イリア傭兵は、ある程度ランク付けがあり、そのランクに応じて報酬の額が決まってきてしまうのだった。
稽古を必死にするのも、全ては民を救うため。 それは自分の両親が、命を賭してでも生涯誓い続けた誓でもあった。
「そうか・・・。 ふ、お前は純情でいいね。」
アルマは軽く笑った。 彼女は羨ましいのだが、シャニーはバカにされたと思ったようで膨れた。
こういうときだけは、余計に相手の内心を探ろうとする心が働いてしまう。
本当に馬鹿にされているときには、全然それが働かないのに。 本当におめでたいヤツである。
「だから、ド素人の新人部隊の連中にも、嫌な顔せずに武技を教えてるわけか。
同じイリア民として、助けてあげたいから。 それで自分の練習時間が削れて、こうして時間外に。 お人よしなヤツ。」


184: Chapter1−5:求めし者:08/03/29 19:01 ID:HU
「そんな大層なことして無いよ。 でも、あたしも見習いの頃、色々な人に教えてもらって、ここまで生きてこれたから。
自分も何か出来るなら、してあげたいとは思うよ。 あんたは違うの?」
シャニーの言葉に、アルマは即首を縦に振った。
全然違う。 生い立ちも、稽古に精を出す理由も、そして誓いも。
「私が稽古する理由は単純だよ。 力さ。 力が欲しいのよ。」
「ちから?」
「私はね、人を従えて歩きたいの。 力っていうのは、武技だけじゃない。 最終的に欲しいのは、人を動かす力、即ち権力よ。」
シャニーは、いきなり出た権力という言葉に、何か重いものを感じ取った。
面食らった様子の彼女の反応を楽しむかのように、アルマは更に続けた。
「権力を得るには、それ相応の力が必要だ。 だから、まず実力で他が認めざるを得ない状況を作らなくちゃいけない。
私が新人部隊を抜け出しているのは、あんなお遊びの稽古では、いつまでたっても上達しないから。」
かなり現実的な話を、いきなり持ちかけてくる。 力が欲しい、そう誰もが思うその願望。
しかし、シャニーには分からなかった。 人を従えて歩くというよりは、皆と仲良くやりたいし
力を求めるあまり、皆から浮いて仲間はずれになるなんていうのも嫌だった。
それならまだ、人の上に立てなくてもいいから、姉達のように皆から慕われる人間になりたかった。
「あたしには難しいかも・・・。 だって、権力なんか要らないし。」
シャニーは手で頭をかきむしる。 髪がボサボサになるが、妙にそうしたくなった。
難しい話をされると、ついついこういった不必要なことをあえてして、気を紛らわそうとするクセがあった。
「・・・私は最初に、イリアを強国に変えるといったよね?」
「うん。」
「そのとき、皆はどう反応した?」
「驚いたような・・・馬鹿にしたようなそんな顔してたね。」
アルマが、叙任式の日に壇上で団長であるティトに騎士宣誓を新人の代表として宣誓したあの時。
彼女は本来のイリア騎士の誓いを、信条と異なる為一部言わなかった。
その代わりに、彼女は宣誓した。 自分だけの誓いを。 それが、腐ったこのイリアを強国へ変える、というものだった。
そのときの一同の顔は十人十色だった。 新人達はとにかくあっけにとられていたし
先輩隊員や騎士団の幹部達は、驚いたような顔をしたあと、多くは蔑んだような苦笑いをしていた。
若気の至りか、と。 皆は本気にしていなかったのである。
「そう、力がなければそんなものさ。 でも、もし同じ言葉を、団長が言ったらどうなると思う?
皆ぺこぺこ頭下げて同意するよ。 考えの違う人間を動かすことが出来るのは、権力しかないのよ。」
例えその同意が心からのものでなくとも、相手が目上の人間ともなれば否定するものはまず居ない。
組織の幹部なんて、皆地位や名声、そして権力の欲しい人間ばかりだ。
ましてイリアでは、自分の価値は、名声や実力からなるランク付けで決まる。
名声を得るには、それなりの力を持った人間の集まる上位の部隊に配属されなければならない。
そうなれば、自然と団長に顔を覚えてもらわなければならなかった。
上司に気に入られようと必死になるに違いない。
アルマは、イリアを変えたかった。 団長として権力を、指揮を振るえば騎士団単位でイリアを動かせる。
そして、今や天馬騎士団はイリアでも三本の指に入る大きな騎士団だ。
それが動けば、当然他の騎士団も何かしら反応をとらざるを得ない状況を作ることが出来る。
「力の無い奴がいくら吼えても、戯言程度の認識。 力を持てば、権力を持てば、人は動かせる。
でもね、権力を得るには、実力だけじゃダメなんだ。 何が必要か、分かるか?」


185: Chapter1−5:求めし者:08/03/29 19:04 ID:HU
シャニーは今まで考えもしなかったことの連続に、頭がこんがらがっていた。
ただ漠然と、困った人を助けたい。 もっと剣や槍の扱い方をうまくなりたいと思っていた。
名声とか、権力とか、そんな事は頭にはなかった。
もっとも、入団したての新人が、そんな事まで頭の回ることのほうが珍しいのだが。
シャニーは答えが分からず、一生懸命首を横に振った。
しかし、一つだけは違うと思うこともあった。
「人を動かせるのって権力だけなのかな・・・。
だって、あたしは別に権力なんかもって無いけど、部隊のみんな、あたしの言うこと色々聞いてくれるよ?」
確かに、今の新人部隊の半分はシャニーが練習を仕切っているようなものだった。
そして、その中で色々指示を仲間にするが、皆嫌といった事は無い。
そんな嫌がるような要求をした覚えも無いが、権力も無い自分が人を動かしているのは事実だった。
権力を持ち、本来指示をするべきレイサは、それを木の上から黙って見ているだけなのである。
「それは、お前に皆が敵対していないからだろ?
権力があれば、敵対している人間だろうと何だろうと従えることが出来る。 そして、権力を得る為に必要なものは、実力と・・・そして、金だ。」
シャニーはごくりと固唾を飲み込んだ。 金・・・これまたとんでもないものが出てきたと彼女は思った。
イリアの者は、いや、どの国でも金ほど人々から重要視されるものは無い。
特にイリアは貧しい国柄から、やむを得ず金を得る為に傭兵をしているのだ。 命を危険に晒して。
どんなに敵対する者でも、金を積めば、大抵は首を縦に振る。 振らざるを得なくなる。
イリアで金を貰うという事は、それは即ち金を渡す側の命を貰うということでもあるのだから。
もし、金で動かない堅物が居たとしても、周りの動く者達を味方につけて、潰してしまえばよかった。
大抵の人間なら、金と名誉さえ与えておけば自分の言いなりになる。 アルマは既に知っていた。
それはイリア内だけでなく、見習い修行をした地、ベルンでも同じことがなされていたからである。
金で買えないものは無い。 人の心など、金で買えるし、力でどうにでも動かせる。
汚い表現かもしれないが、否定は出来まい。
もし、自分を汚い女というならば、そんな汚い手に引っかかる者が悪いのだ。 アルマはそう考えていた。
しかし、シャニーにはどうも納得のできない話だった。
金で人の心を買って味方につけ、権力を使って敵対する人を無理矢理動かす。
どう考えてもやり方が強引過ぎると思った。 もっと、皆が納得する方法があるのではないか。
シャニーはそう考えていた。 なぜなら、シャニーはそういった考えを持ち、実践する者を、
見習い時代にずっと見てきたし、その者に傭兵とは言え仕えていたのだから。
その人は、今や世界の英雄として名を馳せている。 同じくらいの年なのに、見習わなくてはと思った一人だった。
「あたしは、やっぱりそういうのは嫌だよ。 きっとどこかで無理が生じるし。」
アルマはシャニーが納得しないことを別段苦にもしてないようだった。
人に愛されたい、人を愛したいこんな性格だ。 自分の考えが分かってもらえるはずは無い。
それは分かっていた。 だが言っておきたかったのはそれではない。
それぐらいの覚悟がなければ、国を変えていくという事は出来ないということだった。
せっかく同じ夢を持つ者同士だ。 細部まで共感してもらえればそれ以上は無い。
だが、ここまで自分と正反対な人間に、そこまで求める事は不可能だった。
「なら、お前はお前なりのやり方で頑張ればいい。 私は私の考えを貫くし、理想を追求し続けるだけさ。」
アルマはそういって立ち上がると、天馬に乗ってそれで宙に舞い上がった。
「でも、夢が同じなんだから、出来る限り協力しよう?」
下から聞こえるシャニーの声に、彼女は口元で笑みを作って答え、その場を後にした。
いい稽古仲間が出来た、その嬉しさを胸に秘めて。
「無理が生じる、か。 すでに1000年前から世界は歪んだ方向へ流れているというのにな。 過ちは正すべきだ。 あるべき姿へ。」


186: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 13:03 ID:PM
「えぇー!? もうあんた達初陣経験したの?!」
カルラエ城にある食堂の昼間。 その人が賑わうなか響き渡る若い声に、周りはギョッとした。
ティトはその声が誰だかすぐ分かり、穴があったら入りたい気分だった。
「団長の妹さんはホント元気ですね。」
イドゥヴァの言葉から蔑みを感じ、それに拍車をかける。 顔が真っ赤になるのが分かった。
自分のことでないにしても、妹がこういうことで有名人である事は自分にとって恥ずかしかった。
(もう少しお淑やかにしてよね・・・!)

シャニーのほうは、イリアの家庭料理である肉入りの唐辛子スープに舌を焼きつつ、幼馴染の連中と話していた。
そこで、第二部隊に配属されたセラが、先日配属後の初陣を踏んだことを聞かされたのである。
「シャニー・・・声デカイよ。」
ウッディがシャニーの口から飛んできたパンのかけらを拭き取りながら、彼女の口に手をやる。
彼女も言ってから気づいたらしい。 あ、という表情をして、回りをきょろきょろする。
当然周りの視線はこちら(というより自分)に注がれており、肩をすぼませた。
「・・・で、ホントなの?」
シャニーは確認するように、シチューをほおばるセラのほうを見つめなおす。
「うん、賊討伐任務だったよ。 それがさ、うちの部隊長がいい人でさ〜。」
シャニーは愕然とした。 同期の親友は、もう戦場へ出て戦っている。
それなのに、自分はいまだ初陣どころか、実戦的な話すら程遠いところに居る。
どんどん仲間から置いていかれている。 そんな気持ちが、彼女の心の中を駆け巡っていた。
「セラのところの部隊長って誰だっけ?」
「イドゥヴァって言う超ベテランの人。 “最初で心細いかもしれないけど
貴女達は私の後ろで援護をしてくれればいいって。 危ないから隊列を乱さずに私について来い”ってさ。
結構統率取れててカッコよかったなー。 あれ、シャニー?」
セラがウッディと話し込んでいる隙に、シャニーはいつの間にか居なくなってしまっていた。
昼休みの終るギリギリまで食堂で話し込むのが彼女らの日課であるのに。
「どうしたんだろ、アイツ。 食べすぎで腹でも痛くなったのかな。」
セラは茶化したが、ウッディには何となく分かっていた。
「シャニー・・・。」

食事を終えたイドゥヴァ達古参騎士は、昼休みが終ると食堂を出て、中庭を歩いていく。
「イドゥヴァさん、今年の新人はどんな感じですか? 結構な数が入隊されたようで。」
イドゥヴァの周りを他の古参騎士達が取り巻いている。 団長ではないにしろ
彼女は力を持った天馬騎士だった。 騎士としての腕だけではない、周りに影響を及ぼすことの出来る力を持っていた。
その影響力は、団長であるティトすらも無視できないほどのものだ。
「あまり質は良くないですね。 この前の初陣でも死者を出さないのに骨が折れましたよ。
あのレベルでは、いつ使い物になるまで成長するかわからない。 新人もいいお荷物ですね。」
戦力になる新人なら歓迎できるが、今年はそこまで戦力になる新人が居ない。
戦力になりそうな二人も、何を考えているのかよく分からないヒヨッコ団長が
あろうことかあのレイサに任せた新人部隊へ送り込んでしまった。
新人が弱いのは周知のことであるが、だからと言って戦死者を出せば、自分の手腕を問われることになる。
勢力拡大を目論む彼女にとっては、今自分の将としての評判を下げる事は、何が何でも避けたいことだった。
その為もあってか、彼女はティトに再三、シャニーやアルマを自分の部隊へ昇格させるように言い寄った。
だが、団長の首が縦に振られる事はなく、彼女はやきもきしていた。
とにかく、戦力になる新人が欲しかった。 特にあのアルマとか言うのは、新人のクセに権力が欲しいとか
なかなか侮れないとイドゥヴァは考えていた。
が、不安以上に、彼女にとっては利用し甲斐のある人間だった。
彼女は絶対権力の階段を登る。 どんな手段に打って出ても。
そいつを配下につけておけば、自分もまた、更なる高みを目指すことができる。
そう考え、イドゥヴァは度々アルマの元を訪れては、彼女の気を惹こうと色々画策していた。
今回も他の古参騎士と別れ、アルマの元を訪れようとしていた。
そのとき、彼女の目に、必死になってレイサに何かを訴える蒼髪の新人が飛び込んできた。
(あれは・・・団長の妹・・・シャニーではないですか。)


187: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 13:23 ID:PM
「ねぇ! レイサさん、どうして分かってくれないのさ!
皆もう基礎は大分覚えてきてるじゃない。 もう少し実戦的な訓練をしないと、いつまで経っても強くなれないじゃん!」
いつも穏やかなシャニーが部隊長に詰め寄って、訓練レベルの向上を訴える姿に
周りの新人達もあっけにとられて休憩どころではない。
その様子を、アルマは稽古に行かず黙って見ていた。
「何度も同じこと言わせないで。 私にその事をあーだこーだ言っても分かんないんだよ。
団長に聞いてみたけど、そんな高度な話は新人には無理だって言ってたよ?」
(おねえちゃんめ・・・)
シャニーは姉の事を少々腹立たしく思いながら、レイサに反論する。
「おねえちゃんはあたし達を見くびりすぎなの!
それに第一、個人練習ばっかりじゃ、互いの信頼関係とか築けないし・・・!」
そこまでシャニーは言った口を、レイサは手で覆って無理矢理黙らせた。
そして、シャニーへ顔を近づけると、目線を合わせるように静かに彼女へ語りかけた。
「シャニー、下手な仲間意識は捨てた方がいいよ? いくら同胞とか、仲間でも、戦場で敵になる事はあるんだからね。」
それを聞いたシャニーは力任せにレイサの手を口から跳ね除け怒鳴った。
いつもの優しい性格からは想像もつかない形相に、周りはたじろいてしまう。
「見損なったよ! レイサさんだって、仲間同士で争うことがないようなイリアを創りたいって言ってたじゃない!
なのに、なんでなのさ! そんな理由で、こんな訓練ばかりさせてたの?! あんまりだよ!」
怒鳴られて、言い寄られても、レイサは表情を変える事はなかった。
レイサには、シャニーの性格が大体分かっていた。 だから、先程の台詞をシャニーに振れば
どんな反応が返ってくるかぐらいは想像がついていた。 ここまで怒るとは予想外だったが。
「あんた、何焦ってるんだい?」
「え?」
怒りに任せて感情を思い切りレイサにぶつけたのに、相手から冷静に自分を分析されてしまう。
シャニーは焦っていた。 自分だけ取り残されてしまう事に、焦り以上に恐怖を感じていた。
「正直ね、私がこの部隊であんた達に学んで欲しい事は、武術じゃないんだよ。 団長もそう言っていた。
武術以外で、騎士として、傭兵として、そしてイリア人として大切なことを学んで欲しいんだよ。」
「じゃあ! 早くそれを教えてよ!」
シャニーは今まで我慢していたせいもあってか、怒りが収まりきらない。
親友の初陣や、レイサの言い草も重なってとうとう爆発してしまったようだった。
「教えてあげるなんて誰が言った? 誰かがやってくれるなんて、そんな事考えるのはよしな。
自分で学ぶんだよ。 そんなものは。
前にも言ったよね? 新人部隊は考える期間だって。 自分で考えて、答えを出しなさいよ。
あんた、十を目指すための“一”は何か分かったのかい?」
「それは・・・。」
言葉に詰まるシャニーへ、レイサは頭に手をやって諭してやる。
「武術なんかは、正式な部隊へ配属されてから学んでも遅くない。
でもね、こういった考えるって事は、実戦に出だしたらなかなか出来ないことなんだよ。 時間は貴重だよ?」
レイサの言っている事は分かっている。 でも、どうしても納得できなかった。
頭では分かっていても、どうしても早く上の部隊に配属されたいという気持ちが先行してしまうのだった。
レイサの言うとおり、まだ、十の為の“一”も完全には理解できていなかった。
“一”の含んでいるものがあまりにも多すぎて、考えれば考えるほど悩んでしまった。
なぜ、同胞同士が殺しあわなくてはならないのか。 なぜ、自分達は民の為に闘わなければならないのか。
なぜ、正しくないと思っていることを、正義と言い聞かせてまでやらなければならないのか・・・・。
「なぜ」が多すぎて、考えているとどんどん深みにはまって、出られなくなってしまった。
シャニーもシャニーなりに苦しんでいた。 納得の行く答えの見出せない「なぜ」と戦っていた。


188: Chapter1−5:求めし者:08/05/03 13:28 ID:PM
でも時々、考える事は何か意味があるのかという気持ちにとり憑かれる事もあった。
こうやって考えている間にも、民は震え、飢えている。 ならば、早く傭兵に言って金を稼いだ方がどれだけ国に貢献できる事か。
だが、その気持ちは他ならぬ「なぜ」から出た、答えにならぬ答えによって打ち消されていた。
自分が変えたいと思っている手段で国に貢献しても、結局は自分や民に嘘をついていることになる。
それでは、自分は騎士の誓いを破ることになる。
イリアの民を助けたい。 傭兵によって金を稼ぐ事は、本当の意味でイリアの民を助けることにはならない。
これだけは、色々考える中で自分の確固とした意識に変わっていた。
それでも、自分の置かれた立場や、仲間の初陣などによる焦りから生じる葛藤に、彼女は苦しんでいた。
「でも・・・! やっぱり分かんないよ! 頭では分かってる・・・。 でも!」
「そんなにやりたけりゃ、好きにしな! その代わり、何があってもあんた自身で責任は取るんだよ。 私は知らないからね。
あんたは私や団長が、あんたに何を期待しているか、何を想っているか、全く分かっていない。
もう少し人の心が分かるヤツだと思っていたけど、見損なったね!」
頭を抱えて悩むシャニーへ、レイサは一言言い放つと向こうへ行ってしまった。
部隊長の居なくなった新人部隊は、どうすればいいのか分からなくて動揺する新人達が、シャニーの周りに集まっていた。
レイサを怒らせてしまった。 その罪悪感がシャニーを押しつぶしそうになるが
それを周りの仲間達が励ましてくれる。 それに加えてアルマも寄ってきた。
「お前があそこまで言うとは思わなかった。 でも、これでれんしゅう稽古ができるじゃないか。」
しかし、シャニーは下を向いていた。
分かっている。 レイサや姉が、自分に何を期待しているかぐらいは。
実戦に出る前にもっと色々学んで、人間として大きくなって欲しい・・・そうに決まっている。
そうでもなければ、人手不足なのにわざわざ新人部隊へ配属して、稼げる金を溝へ捨てるような真似はしないだろう。
それは分かっている。 だが、彼女の心はまだ未熟だった。
人の期待に応えるより、自分の焦りや葛藤が表に出てしまっていたのだった。
そして、レイサに突き放されて、うすうす気付いていたそれが嫌と言うほど自分を苦しめる。
いつも、やってから後悔する。 どうしていつも自分はこうなのだろう。 未熟な自分に嫌気が差した。
そんなシャニーを、横目に、アルマは他の新人達に向かって話しかけた。
「邪魔者は居なくなったんだ。 さ、早く稽古を始めようじゃないか。 強くなる為にね。
強くなって、早く上の部隊に行きたいヤツは・・・私と一緒に練習しようじゃないか。
もっとも、私の稽古についてくることが出来るならばの話だけど。」
皆は、どういう自信過剰なヤツだと思った。
だが、皆も早く上達したかったし、何よりアルマの実力については
一人で練習する様子を見ても明らかだった。
皆は新たな“部隊長”の指示に疑念を抱きながらも、力を求めついていった。
「シャニー、行こうよ。 シャニーは悪くないよ。」
シャニーも他の隊員に連れられ、アルマのあとを追った。
追えば追うほど遠のいていく答えを追い、自らの心の中で死に絶えた何かに気付かぬまま。

そのあと、レイサが部隊を見に来る事はなかった。
稽古中、誰もいない木の上を眺め、シャニーはポツリと独り言を漏らした。
「あたしは・・・なんてバカなんだろ。 なんて小さい人間なんだろ・・・。
皆あたしの事を気にかけて、期待してくれているのに・・・。 レイサさん、おねえちゃん、ごめんね。
あたしきっと、一を探し出して、十に辿り着いてみせるよ。 もっと・・・思慮を伴わせないとダメだよね。」
彼女は悔いていた。 親友が初陣を踏んだから、という短絡的な理由で早く初陣を踏みたいと考えた自分を。
そして、レイサの言葉を思い出していた。
―剣を振らなければならなくなったときは、それが民の為のなのか良く考えろ―
民の為に剣を振るう・・・シャニーにとっては、傭兵すらも民の為に振る剣ではないようにも思えていた。
だが、これを否定すれば今のイリアはたちまち凍り付いてしまう。
再び、彼女は考えることの深みにはまっていた。
それでも、彼女は稽古を怠る事もしなかった。 いつか、民の為に剣を振るうときが来た時のために。
ただこの手から滑り落ちていく、そんな気持ちを振り払いながら。


189: 手強い名無しさん:09/01/09 23:34 ID:sg
もう終わり

190: 手強い名無しさん:09/01/09 23:35 ID:sg
もう終わり

191: 手強い名無しさん:09/01/09 23:36 ID:sg
もう終わり 続きあるならどこにあるか教えて

192: 手強い名無しさん:09/01/22 22:15 ID:bA
この前、気づいたんですけど最終決戦前の
アゼリクスとセレナ達の会話がロックマンゼロ4の
ドクター・バイルのセリフと似ていました。
(ドクター・バイルが人間を憎んで、その心情を吐露する所が)

193: 手強い名無しさん:09/01/22 22:36 ID:UQ
こういう大作は色々研究しないとできないから自然と似たフレーズというのが出てくるもんだよ

194: 書いてた人:09/02/22 09:50 ID:hs
>>189-191
書くのを辞めて1年経ちそうですが、ようやく書く気力が戻ってきました。
なにせ半分ぐらいまで書いて、いよいよ物語が転換の時期を迎えるって時にPCが逝っちまいましたから。
年度末なので時間はあまりありませんが、またのんびり書いていこうと思います。

>>192-193
それは大いにあるかもしれません。
研究段階でその関係もかなり調べましたからね。
冒険ものだったのでお約束はかなり調べたもんです。

195: 手強い名無しさん:09/04/02 16:51 ID:HY
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196: アイマス信者:09/04/13 18:20 ID:JA
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198: きょぬーマニア:09/04/17 13:34 ID:HY
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