パワプロ小説


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パワプロ小説

1: 名無しさん@パワプラー:06/04/03 14:15 ID:9./go036
エロではない

2: 名無しさん@パワプラー:06/04/06 13:55 ID:xL1xUQqk
あかつき高 対 パワフル高
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
(実況)同点で迎えたパワフル高の攻撃9回裏2アウト満塁
投手猪狩守、打者は4番小波パワプロ
注目の対決です。
さあ猪狩第一球投げた!
  ガッッ
頭に押し出しデッドボール!!!!!!!!!!wwwwww
小波パワプロ、死にましたwwwwwwwwwww

パワフル高1−0で勝利!

 ハイ注目の対決あっさり終了


3: 名無しさん@パワプラー:06/04/08 09:35 ID:x7/jocXE
あっさり終わっちゃったわね

4: 名無しさん@パワプラー:06/04/10 12:36 ID:BZi6giOI
うん。

5: 職人:06/04/15 21:46 ID:nL5itYRA
タイトル:あかつき高校の授業に『カレン』という科目がある。

先生「じゃあ一時間目、カレン始めるぞー」
小波「げっ!!まだカレンの教科書返してもらってないぞ!!」
先生「何だ、教科書用意してないのか!!しょうがないから隣に見せてもらえ」
小波「はい、すいません・・・」
先生「今日は48ページの『カレンの行動第2章』をやるぞ、猪狩、立って読んでごらん」
猪狩「はい。カレンは攻撃力が高く、どう猛で1日に平均2トンの食料を消費します」
先生「はい、今の部分は期末テストに出すぞ。『トン』の所は『キロ』と間違いやすいから気をつけるんだぞ。簡単な覚え方を教えよう「豚だからトン」これを頭に入れておくこと。それじゃあ続きを読んで」
猪狩「好きなものは野球選手で、噛み付いてくる習性がある」
先生「そこもテストに出すぞ。その下の部分に特に小波、猪狩進と書き込んでおけ」
生徒「はーい」
先生「さて、カレンが来た時の最も効果的な防御方法を覚えているか?わかる人?」
澄香「はい」
先生「はい、四条」
澄香「横に逃げることです」
先生「そうだったな。わからなかった人は25ページの『カレンの対処法』を読み直すこと。ちなみに死んだふりは逆効果だが、なぜだかわかるか?矢部?」
矢部「え〜っと・・食べられてしまい本当に死ぬからでやんす」
先生「そうだな。カレンは『動かない物はエサとみなす』んだったな。それじゃあ今日の授業はこれで終わり。次の授業では『球界におけるカレンの被害』ついてやるから予習しておくこと。それから前にやった小テストを返すぞ」

矢部「小波君は何点だったでやんすか?オイラは68点でやんす」
小波「えへへ〜ほら、100点だったよ〜」
矢部「またでやんすか!?小波君は本当にカレンが得意でやんすね〜」






6: 名無しさん@パワプラー:06/05/01 01:16 ID:rgLJYUd2
   

7:    :06/05/29 17:38 ID:mci4WdbM


8: 名無しさん@パワプラー:06/05/29 17:39 ID:mci4WdbM
               

9: 名無しさん@パワプラー:06/05/29 17:41 ID:mci4WdbM
                                            

10: たも:06/08/09 22:06 ID:9OdmfGZs
小波「ねぇ矢部君なんで俺達っていつも一緒なの?」
矢部「ふふふ・・・今きずいたでやんすか?」
小波「えっ・・・」
矢部「おいら実は・・・」

11: TM−絵掘り―書ん:06/08/15 10:37 ID:Lplo2PAE
パワプロ「・・・・・・・はぁ」
矢部「どうしたでやんすか?」
パワプロ「実は車にね・・・・」
車「てめ〜、190Km投げれるからっていい気になるな!!」
パワプロ「って言われた。」
???「ちょっとまった〜!!」
パワプロ・矢部「!!!」
王監督「何のん気に練習サボってんのよ。」
パワプロ・矢部「はい?」
つづく

12: 職人:06/12/19 23:28 ID:MlBFq9PE
「いたずら前編」の巻

TV「阪神タイガース勝利しました!!」
小波「俺もいつかプロでプレイしたいなぁ・・・」
あおい「そのためにも練習しなきゃダメだよ。さっ、休憩ももう終わり、練習再開!」
TV「ここで臨時ニュースを申し上げます。パワフル野球アカデミーの小波太郎選手が詐欺を行っていたことが発覚しました。」
全員「ドテー!!」
TV「小波選手は定価780円のガンダーロボプラモを金色に着色し、同級生の矢部明雄選手に見せ、欲しがった矢部明雄選手に1000円で売った疑いが持たれています」
友沢「小波お前!!」
車「何してんだ!!お前!!」
小波「待ってくれよ!!」
渋井「こんな事が東日本野球アカデミー会長に知れ渡ったら、このパワフル野球アカデミーも廃校に追い込まるぞ!!」
小波「待ってくださいよ!!確かに俺は矢部君を騙して220円儲けましたけど、何でその程度のニュースで報道されなきゃいけないんですか!?」
あおい「・・・そう言えばそうね」
猪狩「確かに何かおかしいなぁ・・・」
TV「新しいニュースが入りました。先ほどの小波太郎選手の件で」
全員「えっ!?」
TV「ただいま、パワフル野球アカデミーの生徒が総員で小波選手の罪を追及している模様です。渋井灰斗さんからはパワフル野球アカデミーの廃校を心配する声があがっています。また、なぜこの程度のニュースを報道するのかを疑問視する声もあるようです」
出木「これって・・・さっきの会話の内容そのままじゃないですか!!」
あおい「僕達の話がそのままニュースで流れるなんて!!」
渋井「俺たちの生き恥が・・・リアルタイムで垂れ流しされていたのか!?」
猪狩「まずい!!このままじゃ、僕達の秘密が全て暴露される!!」
小波「秘密?秘密があるのは猪狩さんだけなんじゃないんですか?」
全員「うん、うん」
猪狩「『うん、うん』って・・・そんなあっさりと・・・」
TV「続いて、パワフル野球アカデミーのニュースです。自分達の話題が常にニュースになることを知り、パワフル野球アカデミーの生徒及び先生はパニックに包まれているようです。特に猪狩カイザースの猪狩守さんは、過去にレイプ・・・」
猪狩「わー!わー!わー!、わー!わー!わー!」
TV「大きい声では言えませんが、高校時代、同野球部マネージャーの四条澄香さんを部室で犯し・・・」
猪狩「うるせぃ!!消えやがれ!!(ブチッ)」






13: 職人:06/12/19 23:28 ID:MlBFq9PE
「いたずら後編」の巻き

猪狩「ふー、危なかった・・・・」
小波「そうか、TVの電源切れば良かったんだ」
友沢「バカだなぁ、この部屋のTVが消えても問題を解決したことにはならないだろ」
渋井「そうだ、これは猪狩だけの問題じゃねぇ。このままじゃ俺たちは犯罪者だ。
良くて世間の笑い者だ」
出木「こんなのいくらなんでもプライベートの侵害ですよ」
車「ちっくしょお!!テレビ局に殴りこんでやる!!」
あおい「車君!!おちついて!!」
友沢「それにしても、スポーツニュースで野球の事を取り上げるのならともかく、
何でこんなプライベートな所まで突っ込まれることになったんだろ・・・」
早賀「ちょっと待ってください。そんな事よりももっと基本的な事をみんな忘れてますよ」
あおい「基本的なこと?それは何なの?早賀くん?」
早賀「なんで僕たちの様子が、手に取るようにわかるですか?ここに第3者はいないのに」
猪狩「確かに・・・」
渋井「つまり俺達を盗撮か盗聴している奴がいるってことか」
出木「探しましょう!!」
渋井「みんなして探すんだ!!盗聴機とかかもしれねぇ、小さな機器も見逃すな!!」
全員「おー!!」
友沢「ロッカーでもないか」
あおい「トイレもないなぁ」
車「ここにもいねぇぞー」
猪狩「もうほとんど探したけど、特に何もなかっですよ」
渋井「絶対何かあるはずだ。グラウンドとかも探したのか?」
小波「探しましたよ。天井裏とかも調べましたし」
出木「どこか、落ち度があるんじゃないですか?」
渋井「そんなはずはねぇ、もう探す場所なんて・・・」
TV「へっくしょん!!」
全員「・・・・」
あおい「・・・誰か今くしゃみした?」
友沢「何かテレビから聞こえてきたような・・」
渋井「テレビ、今くしゃみしたのお前か?」
TV「してない、あっ!!」
全員「!!」
小波「そうか!!遂にわかったぞ!!」
TV[タタタタッ」
車「あっ!!TVが逃げた!!」
猪狩「逃がすもんかっ!!ソニックライジング!!!(ビュュュュュン)(ドカッ!!)」
TV「ぐえっ!!(バタッ)」
出木「気絶したようですね」
あおい「まさかTV自体が偽物だったなんて・・・ここからウソのニュースを自分で出してたのね」
渋井「なかなかやるな」
小波「きっと矢部君の仕業だよ。考えてみれば今まで矢部君はいないし」
友沢「そうだ。小波に騙された仕返しをしようと思ってこんな事をしたんだ。
それにこんな間抜けなミスをするのもあいつしかいない」
猪狩「小波、引っ張り出すから手伝ってくれ」
小波「はい」(ずるずる)
猪狩「あっ!!」
全員「みずきちゃん!!」

一方その頃矢部君は・・・・・・・
矢部「みずきちゃーん、ここから出して欲しいでやんすー(ドンドン)」

14: USA:07/02/22 12:26 ID:CS7QzpT.
Hi! Nice site!

15: Canada:07/02/22 12:26 ID:8dAGVzmM
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16: sss:07/03/31 19:39 ID:HGlb9j2g
「恋のおまじない!!!」
「恋のおまじない!!」
「恋のおまじないっ!」
さっそくですがおまじないです
恋を語らず何を語る?という世の中ですが、
このコピペを必ず5つのレスに書き込んでください。
あなたの好きな人に10日以内に告白されます。
嘘だと思うなら無視してください。
ちなみにあなたの運勢が良かったら5日以内に告白&告白したらOKされます
効き目ぁるらしいですよ
なかったらごめんなさい
でも試してみてくださいね♪


17: 名無しさん@パワプラー:07/04/06 08:47 ID:nXcnMp8E
>>12>>13最高に面白かった
また作ってください


18: sss:07/04/10 13:14 ID:mQajE51o
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19: sss:07/04/10 13:14 ID:mQajE51o
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20: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:29 ID:V2EvfZyg
お邪魔します。

21: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:35 ID:V2EvfZyg
「まぁ、理由は何にせよ、あおいちゃんももう少し気を長く持ったほうがいいんじゃない? 爆発寸前だったでしょ? 今」
「まーね。だから八つ当たりしたい気で一杯だよ。ようし西条君、今日はボクのギザギザハートの詰まった全力投球が待っているから、覚悟してしっかり捕球するように!」
 勘弁してくれ。
 胸中で反論しながらも、口には出さない樹。どうせこの気温と湿気だ。全力投球なんてした日には、甲子園のマウンドでもない限り十数球でバテるだろう。まぁ思わず図らずの怒りに任せたワイルドピッチが何度も来れば、受けるこちらも堪ったものではないが。
「ほどほどにね」
 言いながら静かになったグラウンドに向かうと、はるかが逆方向へと歩こうとしていることに気付く。
「って、はるかちゃん? 練習始めるよ?」
 トイレだろうか。訝った樹には思慮が足りなかった。
「え? あの、道具を運ぶんじゃなかったんですか?」
 …………。
 ポンと、何故か視線を下へ逸らしたあおいちゃんから、肩を叩かれる。
 七瀬はるかは天然だった。


22: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:37 ID:V2EvfZyg
幾らほどの距離を走っただろうか。普段はテニスを軽く嗜む程度の足なので、全力で走った時間とそれによる距離を比例させて予測を立てることができない。しかしそれは感覚的な話であって、視覚からの情報を落ち着いて分析すれば、この距離程度を計算するのは簡単だった。
グラウンドから、一番近い校舎の影。距離にしてみれば百メートルもないだろう。
肩で息をしながら、乱れる呼吸を整えて、校舎の壁に寄りかかりながら胸に手をやる。
鼓動が早い。脈打つ音が耳にさえ響く。いやそれ以上に、頭の中が妙に霞んでいる。いまいち正常な思考が保てない。理由は突然の短距離無酸素運動然りだが、もう一つあることは明白だった。それは恐らく、この状況下で自分だけが陥る状態。
絡んだ視線が忘れられない。思わず顔が火照ってしまう。
「まさか……あの方が野球愛好会に入っていらしたなんて……」 
ひっそりと、いつも影から見ていた彼の声が、初めて大仰に聞こえた。感動に手が少し震えてしまう。
入学式で一目見た瞬間に高鳴った胸の鼓動。以来、彼を見かける度にそれは続いた。幾度となく足を運んだ彼のクラス。そこで目にした彼の気さくな笑顔や、楽しげな立ち振る舞い。今まで自分の知らなかった感情が、彼を見るたびに沸き上がる。
これを恋と形容したのは、いつの日からだったか。
「これでは迂闊に手が出せませんわ……嫌われでもしたら、私……」
恐らく、耐えられない。生まれて初めて恋焦がれた人物に嫌悪の表情を向けられるなどと、何にも勝る苦痛だろう。想像したくもない。
「命拾いしましたわね……七瀬はるか。あと、それと……」
緑色の女。ああ、名前を聞くのを忘れていた。

何はともあれ倉橋彩乃、野球愛好会員西条樹に恋する十六歳。花も恥らう乙女は純情である。

かくして、午後のひと嵐は去ったのであった。


23: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:38 ID:V2EvfZyg
3.一日の風景


 学校と言う場所は勉学に励み、知識見聞を深める為の場所だと聞いて頷かない者は、その場によほどの恨みを持つ者か、よほどの常識知らずにして見解違いか、ただ学校と言う場所を知らない者かのいずれかであろう。しかし、そのいずれにも属さないにも関わらず、むしろそうだと理解した上で学生の本分とやらである勉学に勤しまないのは、つまるところただ怠惰なだけということであろう。
 時計の針が昼前を指す、授業中の教室内。欠伸とともに募る眠気を堪えながら、樹は怠惰な時間を潰していた。
 机の上には、教科書に敷くようにして広げられた“野球ノート”が。席は一番後ろ且つ矢部君の隣なので、教師やその他女生徒に悟られることはまずない。ここ数日、皆の進歩したところや新たな要改善点などを密かに書き込むのが、樹の授業中の暇潰しとなっていた。
 流石に数学や英語の時間などにするほど無謀ではないが、現国などの、特に襲い来る眠気の多い授業ではまさに常習だ。教師には悪いが、ここは居眠りしないだけましと、寛大な心で構えてほしい。
 ところで最近気づいたことだが、やはり聡明なお嬢様方も、昼寝と言うものは嗜むらしい。寝息などは聞こえないが、机に突っ伏している方々は、周囲に何人も見受けられる。ひょっとするとクラスの半分近くがボイコット状態なのかも知れなかった。


24: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:39 ID:V2EvfZyg
 そしてそれを気にも留めない、初老の紳士たる男性教師。それが彼の許容の範囲内なのか、はたまた単純な興味の有無なのかは理解しかねたが、とりあえず樹にとっての不利益はないようである。
 まぁ、どうでもいい。
 隣で間抜けな居眠り面をして惰眠を貪っている矢部君を一瞥してから、樹は野球ノートにおける矢部君に関するページを開き、一度だけペンを走らせた。
 書き込まれたのは、「正」という字の三画目。
 通算三つ目の「正」の字が、あと少しで完成しそうである。そして唐突に思い立った遊び心でそのページの隅に矢部君の似顔絵を書いてみるが、あまり似なかったのですぐに消すことにした。
 きんこんかんこん。
 間延びした妙な脱力感に満ちた音が、授業終了の時報を告げるべく学校中に響き渡る。例外なくそれが響いたこの教室でも、教師を含む一同がさっさと片づけを始めた。勿論、樹もである。
 これで、午前の授業は終了だ。
 気が緩んだらしい、堪えきれなかった大きな欠伸とともに、樹は席を立った。

25: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:41 ID:V2EvfZyg



「コラそこぉ! だらだらしない!」
 怒りの剣幕で怒るあおいに驚いてか、のんびりベンチで雑談にふけっていた数名の男子会員は脱兎のごとく駆け出すと、そのまま外野ランニングへと走っていった。
「ったくもー、やる気あるのかしら」
「やる気を出せっていうのが、無理な話かも知れないね」
 素振りのバットを片手に毒づくあおいに、樹は諭すように言った。
「六月下旬、夏目前。世間の高校野球部は甲子園へのキップを賭けて県予選の真っ最中。なのに、野球部ですらない愛好会は、それに参加することもできない。結果の見込めない練習だからね。ああなるのも当然の話だと思うよ」
 言いながら予想した通りに、あおいは少し不機嫌そうな顔になる。
「それはそうだけどさ……来年までに出来上がっていれば地区大会でも結構イケると思うのに……もったいないよ」
 その言葉には苛立ちや怒りよりも、やるせなさや残念さが滲んでいるように思えた。いや、それは恐らく事実だろう。
 小学生の頃からリトル・リーグで投手として活躍し、頭角を現し、周囲の男子よりも頭一つ秀でた実力を持っていた野球好きの少女、早川あおい。中学校に上がっても変わらず投手を務め、キャプテンならずともチームを率いる存在であったことは確かだと言う。(これは勿論、はるかちゃんから聞いた話だ)
 しかし惜しむらくは、少女の文字を代表に、彼女が女性であったことだろう。
 男女平等が叫ばれて久しい今日ではあるが、やはりそれは無謀というものである。社会的立場云々は別としても、どう足掻いても女性は運動という分野において、同じ分の訓練をした男性に少なからず劣ってしまう。そもそも男性と女性では、身体的に殆ど別の生物だと言えるぐらいの違いがあるのだ。そしてその肉体における確定的な差異は、成熟期を迎える高校生という時期においてより決定的なものとなる。それをどう覆せというのだろう。

26: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:43 ID:V2EvfZyg
 早川あおいも例外なく、その壁に見事に衝突した人間であった。
 小学、中学校時代に女性選手として数々の実績を残した彼女を、高校野球における強豪校は認めなかった。ただひたすらに「女性選手であるから」というそれだけの理由で。
 その完膚なきまでに冷徹な事実を、また思い出してでもいるのだろう。外野を走る他会員達を見つめる目には、羨みさえも混じっているように見えた。多分、それもまた事実。
 傍観者の立場とは言え、やりきれない気持ちになる。
 見ちゃいられない。それが正直な気持ちだ。
 と。
「待つでやんすー! オイラのレアフィギュア返すでやんすー!!」
 その時ちょうど聞こえたのは、そんな矢部君の叫び声だった。振り返ってみると、無残にも犬に咥えられたフィギュアを追ってグラウンド中を疾走する矢部君の姿があった。
 犬のほうはガンダーと言い、先日グラウンド近くに住み着いたらしい野良犬で、矢部君が命名者だ。餌などやっている内に皆懐かれたらしく、今では愛好会のマスコットにもなっている、学園内でも知名ある犬だ。
 今までもちょっとした道具紛失事件に関わってはいたが、まさか矢部君秘蔵のお宝にまで目をつけるとは考えてもいなかった。それは矢部君自身も同じだろう。憔悴しきった表情からは、まさに飼い犬に手を噛まれたという心情が受け取れる。
「よっぽどガンダーにしてやられたと思ってるんだろうなぁ」
「いや、レアフィギュアって言ってたし……単にアレが大事なモノなんじゃないの?」
 あ、そういうことか。
 犬の身体は走ることに適しているため、体力など関係無しに人間よりも速い速度が出せる。これは生物としての構造上仕方のないことであって、人間が人間である限りどうしても超えられない壁であるのだ。現に人間の陸上選手よりも、そこらの野良犬の方がよっぽど速い。


27: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:44 ID:V2EvfZyg
 彼、矢部昭雄もまた例外なく、その壁に見事に衝突した人間であった。
 俊足巧打の外野手として名を――まぁこの上なく一部で――馳せた彼を、茶色い毛並みの瞬発型動物は軽々と突き放した。彼の命より大切――かどうかは定かではないが――な一物を奪い去って。
 その完膚なきまでな事実を、彼は認めようとしなかった。これでもかというくらいに犬の後方に喰らい付き、自らの体力の範疇をとっくに超えているだろう速度で走り続ける。彼は諦めない。何故ならその目にはまだ闘志が宿っているからだ。彼はまだ走る。目標を達成しない限り、彼が倒れることはないだろう。その物理的に不可能な事柄さえも信用させてしまうほどに、彼の意気は凄まじかった。現にその放たれる気に触れてか、外野を走っていた他会員達も思わずその足を止めて、固唾を呑んで一事の行方を見守っている。彼と、その前方を走る犬。その勝負はもはや体力という枠ではない。尽きず折れぬ精神の領域の戦いと表現すべきが、この聖戦に対する礼儀と言えるだろう。
 と、言葉を選ぶだけでここまでシリアス且つ重要なものに思えてくるのは、現代文学の妙である。
 結局のところ、ぜぇはぁと息も荒く今にも死にそうな形相の矢部君がかのマイ○ル・●ャク◆ンもびっくりなほどの顔面蒼白さで迫るのでそれを見たガンダーが仰天し更に逃げ続けるという無駄に完成されたループが出来上がっているだけであって、他会員達にしても固唾を呑んでというよりはただ呆れて見ているというのが適切だろう。
 内野で決しなかった勝負が外野外周にまで持ち込まれたのを確認した後で、樹は横を見やった。
 あおいは少し口元をほころばせてはいるものの、元気な表情というには程遠い。
 い、いい加減に、止まるでやんすー!! と、これは矢部君の声。
「投げ込み、しようか」
 なるべく明るい声で言葉をかける。
 振り返るあおいちゃんは、笑顔。
「うん!」
 作り笑顔だった。





28: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:47 ID:V2EvfZyg

 二条神谷は、焦っていた。
 逃げるべきか諦めるべきか。答えは考えずとも知れていた。せめてもの呼吸を挟む間も与えずに襲い来る、葛藤にも似た焦燥感を押し殺しながら走る。
 全身の緊張と思考の停滞を僅かに許しつつも、できるだけ俊敏さを継続させながら、背後という不可視の空間からの逃避を試みる。自分でも分かる程に普段の仏頂面は崩れていないのだから、傍から見れば冷静に何事かを見据えて走っているように映っただろう。
 だが外観など問題にならないほどに焦っているというのは、当人である自分が一番良く理解している。
 脳裏に描くものは、恐怖。それは背後の気配へと言うより、立ち止まった結果とその先に待っているであろう、自分を迎える悲惨な結末へ向けられたものだった。
 一秒が惜しい。一歩が惜しい。一呼吸が惜しい。少しでも気を抜けば、恐らくここまでの無酸素運動に限界を見出した脳が、身体の活動を停止してしまうだろう。
「(振り切らねば……喰われるか)」
 舌打ちして、ぼやく。後方から迫る追跡者達の速度は、未だ衰えることがない。むしろ速くなっているのではないかとまで錯覚する。


29: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:47 ID:V2EvfZyg
生粋且つ厳格たる二条家の人間として、猛き父の手ほどきの下、幼い頃から心身の鍛錬を積んだ自分の身体能力にここまでついてくるとは、なかなかに侮れない者達だ。貞淑貴嬢の寄せ集めのような生徒達と聞き及んでいたが、どうやら見解を間違えていたようである。
考えている場合か。
全ての弱音を一瞬で無理矢理にかき消して、神谷は最高速度を維持することに尽力した。そしてそのまま校舎近くの物陰に隠れると、引き離した者達の気配を探る。
破裂をも目前にした大きな心音。そして無理に抑えても漏れてしまう、酸素を求めて喘ぐ呼吸音。その喉に苛立ちを覚えながらも、緊張だけは決して解かない。全身はもういかなる運動さえも拒否するように脱力していたが、倒れこんでしまわぬように気力を保つ。
「あれ? こっちに来てなかったっけ?」
「ええーウソー! 二条君どこ行ったのー?」
「ああー、一緒に写真撮りたーい!!」
満身創痍のこちらを他所に聞こえてきた声は明るく、大きく、全く疲れを感じさせないものだった。
「(化け物か……)」
彼女達の動向を聴覚だけで探りながら、神谷は息をできるだけ殺して身体を潜めていた。未だに心臓はその拍動を落ち着けてはくれないが、一時の苦しみと数時に渡る苦痛とを選ぶのならば、答えは明白である。
その後数分間、彼女達がその場を立ち去るまで、神谷はただひたすらに隠れていた。
また今日も、愛好会の活動には遅れそうである。





30: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:49 ID:V2EvfZyg
自分で言うのもなんだが、中学時代にはなかなか名の知れたキャッチャーだったと思う。そりゃかの猪狩兄弟の名声とは比較にもならないけれど、一部では「あ、あのキャッチャーだ」程度に知れていた。つまりはまぁ、記憶にも残らないような捕手ではなかったということで、野球に対する打ち込みぶりは結構なものだったということだ。
朝練、部活、自主トレと。使える時間は大抵野球に費やしてきたし、食事云々にも結構気を遣っていた。継続は力なりという言葉は本当だと思う。とりあえず続けては来たから、凡才なりに上達はできたのだ。
「で?」
「俺は野球が好きだ」
「で?」
「野球馬鹿と言ってもいい」
「で?」
「野球しか能が無い」
「だから?」
「だから、つまりその」
「赤点取っても仕方がないと?」
「いやまぁ、そういう言い方も」
「で?」
「すいませんでした」
放課後の教室にて、樹は目の前に立つあおいに対して、深々と頭を地に付けた。すぐ隣の机の上には、二十一点と銘打たれた答案用紙が広げられている。筆跡や記名された名前など、どの要素から見てもそれが樹の物であることは疑いようがなかった。
一応と言い訳程度に言っておくと、樹は暗記と読み解きが得意な完全文系人間であって、数字の羅列を見ると頭痛と吐き気を催す種の人間でもあるのだ。
「だからって赤点取られてもねぇ……。追試いつ?」
「来週の今日」
ここ恋恋高校では定期テストにおける三十未満が赤点とされ、該当者には挽回の為の追試と、暫くの間は週一回の補習が課せられるのだ。全体統一した練習を重視するあおいが懸念しているのは、その欠員による穴だった。


31: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:50 ID:V2EvfZyg
「本当によく二十一点なんて取れるよね。ボクでさえ五十点だったっていうのに」
「もうーしわけない」
 小学生の頃から培った柔軟性を活かして、土下座の形のまま上半身を床へへばりつかせる。全身で詫びを表現するという意図もあるが、八割がギャグである。
「まぁ済んだことは仕方がないってしてもさ、一応キャプテンみたいな立場なんだから、その辺は自覚持ってよね」
 スルーされて、手厳しい一言。観客の失笑を誘った芸人は、きっとこんな気持ちなのだろう。
「しかしどう足掻こうと学習には個人差があるものだ。焦る必要はないだろう。他に遅れようとも、いずれそこを通過すればいい」
 落ち着いた物腰で丁寧に言ってくるのは、噂の美男子、二条神谷だ。今日は上級生達による襲撃を早めに回避できた為、あおいちゃんと合流してこの教室に立ち寄ったらしい。そこで、出来損ないの答案用紙を目の前にしてノートを広げる樹と会ったというわけだ。ちなみに矢部君は三十八点だったので、憂うことなしにグラウンドへ駆けて行っている。
「ああ、二条は優しいなぁ……」
「二条君は何点だったの?」
「いや、自分は、その……悪くはない、点だ」
「えー?! 九十二点だったんだすごーい!」
 前言撤回。
 なんだか目の前の答案が、よけい惨めに思えてきた。
「……そう落胆するな。……しかし、捕手であるお前を欠くとなると、我々投手陣が受ける練習への影響は如実だからな。次回は、是非ともの躍進を目指して欲しい」
 そう、二条は投手である。それも左投げの。つまりあおいちゃんとで両腕のエースというわけで、それだけでも投手陣はかなり高いレベルにあると言って良いだろう。試合すら出来ない状態というのが少し寂しいが。
「うーん、二条君の喋りって漢字多いよね。疲れない?」
「癖だからな。別段苦には思っていない」
 机の乱れが気になったのか、側の机と椅子の位置を片手で直しながら、二条は返答する。
「じゃ、私たちはもう行くから。早めに立ち直ってきなよー」
「そういうことだ。また後で会おう」
 手を振りながら、二人は教室を出て行く。登場人物の二人を欠いた舞台は、一気に物寂しくなった。残っている役者が役者ならば、その雰囲気の落ち込み具合も凄まじい。
「輝かないよなぁ、俺って」
 溜め息の混じった愚痴を一度。妙に重い身体を動かして、惨めな答案を片手にノートに向き直る。追試は来週だ。今からでも遅すぎるぐらいだが、せめてもの悪あがきはしておけねばなるまい。模範解答を読みながら、とりあえずの理解に努める。


32: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:53 ID:V2EvfZyg
「……」
 数式を眺め、様々な関連性を見落とさないように思考を巡らせる。
「……」
 どうにも理解できそうにないので、教科書を開く。
「……」
 少し、進んだ。
「……」
 五分。
 十分。
 十五分。
「……よし!」
 結論が出た。どうやら自分は思いのほか頭が悪かったらしい。
 結局一問しか解けないまま、机に突っ伏す。
 完全に脳の処理能力の限界を超えてしまったようだ。頭が痛い。ノートに頭を乗せたまま外を見やると、この辺りを巣にしているらしいスズメが何羽か飛んでいった。
 同時に、カキンという小気味良い音が聞こえる。ボールをバットで弾いた時の、清々しい単音だ。捕手である自分の居ない今日だ、フリーバッティングでもしているのだろう。そう言えば最近は守備練習しかしていなかったから、素振りの感覚を定着させるにはいい機会だ。
 嗚呼……。
「打ちたい……」
 無論、パチンコのことではない。
 しかしこれ以上野球に関することを考えていると流石に我慢が利かなくなるので、ここは欲望を遮断し、耳に栓をしたつもりでノートに向かうことにする。
 が、今度は五分も持たなかった。
「うわぁ、もしかして俺って頭悪い?」
 今更のように確認すべき事項でもないのだが、呟いてみる。教科書を見て進行しても問題は解けない。この状態で教科書を疑うか自身の能力を疑うかと言えば、間違いなく後者だろう。正直なところで、二十一点も取れたのが不思議なくらいだ。他の科目は七十、八十点代をマークしているというのに、何故なのだろう。
「誰か教えてくれる人でもいればなぁ……」
 そう考えていた時だった。教室後ろのドアが開かれる音がする。引き戸特有の、ガラガラという音だ。殆んど反射的に振り返ると、そこには、女の子がいた。
 まぁ全校における男子総数が八人などと言うと、廊下でさえ女子とすれ違う確率の方が圧倒的に高いわけだが、問題はそういったことではない。
 ドアを開けてこちらを見て、驚愕したような表情を浮かべる女の子。彼女には確かに見覚えがあった。
 一度見たら忘れないような、大きな印象を与える金髪に、それと同色の瞳。どことなく自己主張の激しいような雰囲気を持った、世間知らずな幼さを含んだ顔。
 そしてその背後に湧き上がった赤々しい薔薇の花々を見て、樹はやっと思い出していた。
 


33: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:58 ID:V2EvfZyg
(な、なんでですの?!)
 倉橋彩乃は、衝撃のあまり硬直していた。
 自分はただ、未来の生徒会長として相応しい模範的行動を示そうと、一年生全ての教室の戸締りの確認に歩き回っていただけなのだ。入学早々続けていた習慣なのであって、他意はない。そう、特に何か見返りを期待していたり、周囲の羨望を集めようとか偽善的な思考を持って望んでいたわけではないのだ。
 もし見返りがあるにしても、それは先生からの簡単な褒め言葉だったり、他生徒からの適当な賛美の噂程度のものだろう。
 故にこの状況に対しては、偶然としか説明がつかない。これは数百分の一の確率を偶然に拾い上げた結果なのであって、自分が何かをして得たものというわけではないだろう。きっとそうなのである。
 混乱する自分の目の前に在る光景は、一言で表すととても簡素に済む。
 ドアを開けた瞬間教室に男子が居た。以上。
 しかしその男子が誰であるのかとかそれは自分がどう想っている人物なのかとか彼の周囲の椅子机だけが妙に整頓されているとかそういったことを説明しようとすると、それは原稿用紙が最低数十枚は必要になりそうである。
(ど、どうして西条様がっ?!)
 とりあえず、自分の想い人がそこに居た。
 彼は特に表情を崩してはいない。こういった状況に慣れているというだけなのか、もしくは単に自分という存在に全く関与するつもりがないのか、それらは把握しかねたが、対する自分の顔がみるみる朱に染まっていっているというのは考えずとも理解できた。多分、彼の表情が少しばかり疑問を持ったものに変わったのは、そんなこちらの顔を見たからだろう。
 次の瞬間に自分がとった行動は、あまりにも稚拙でありふれた単純な行為だった。人間が、いや動物全てが未知既知を問わずして仰天したときに図らずしも本能的に取ってしまう行動。
 即ち逃避である。
 踏み込もうとしていた足がその踏み込みをバネにし、ドアを通過する際に縁に添えた手が羽ばたくように反動する。あまりにもはしたない行為ではあったが、こればかりは自律することができない。
 と、それは唐突な一言で制止された。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!!」
 急速に思考が巡る。ここ一帯に居るのは恐らく自分と彼だけなのであって、不測の第三者に気を配らなければ、これはそのどちらかが発声したものだということは確定的と言えるだろう。そして自分が到底声など出せない心理下と状況下で、声が聞こえた。となれば、必然的に声を上げたのは自分以外の誰か、即ち後方に居る彼ということになる。
 などと、妙に冷静に分析し終えたところで、状況には何の変化も無い。
 彩乃は踏み止まり、確かめるように素早く振り向いた。


34: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 21:59 ID:V2EvfZyg
「あー倉橋、さん……だよね?」
「え、あ、はい。そうですわ」
 名前を呼ばれたことにかなり動揺してしまったが、何とか表面には出さずにいれた。返答すると、彼は続けてくる。
「えっと、君、確か前に入学試験成績次席って言ってたよね?」
 何故そのことを知っているのかと疑問に思いもしたが、そんなこと些細な問題でしかなかった。少なくとも、現在自分が彼と会話しようとしているという事実の方が、よっぽど重要である。彩乃は、躊躇わず返した。
「え、ええ、確かに、そうですわ」
「よかった、勉強できるんだ。じゃあ、その、お願いがあるんだけど……」
 物腰低い声で言ってくる。なんだろう、それは自分にできることなのか、できないとしても努力はしたい。というか彼の頼みならばどうにかしたい。ああ、私の手に負える範疇の事を言って下さい。と逆に願う。
「これ……」
 彼が背中から取り出したものは……。
 息を呑む。
「これの、解き方を教えて下さいお願いします倉橋さん」
 大袈裟な一礼とともに差し出されたのは、一冊のノート。
 そこに解かれている数式には、幾らか見覚えがある。そういえば、今回の定期考査試験範囲だった問題ではないだろうか。
「え? これの……」
「いやぁ恥ずかしい話で、実は赤点取っちゃってさぁ、来週追試なもんで、せめて悪あがきでもしておこうかと思って」
 そういえば、赤点者には追試があるという話を聞いた気がする。自分にはあまり関係のない話だと聞き流していたのかも知れない。
「というわけで、お願いします! あ、いや、何か用事とかあるんならいいんだけど」
 用事ならばある。この後家に帰ってピアノの稽古が待っているし、その後は夕食を母と共に準備する約束をしていた。優しくて大好きな母との約束を意図的に破ったことは過去の一度としてない、というか、破ろうと思ったことさえなかったのだが。
 今はそんなこと、どうでもよかった。
「い、いえ! よ、喜んでご教授致しますわ」
「ありがとう! 地獄で仏だよ……。じゃ、早速ここでつまづいてるんだけど……」
「あ。ここはaの要素を与えられていますから、判別式Dを0以上とおいて」
 もし神がこの世に存在するとしたならば、これほど感謝をした日はなかったと思う。
 恋する乙女倉橋彩乃。時に赤くなり、時に恥らいながら、樹の対追試勉強に付き添うのであった。






35: 名無しさん@パワプラー:07/08/21 22:01 ID:V2EvfZyg
とりあえずここまで。また暇ができたら投下します。
こちらノミの心臓なので叩きは勘弁してくだしあ

36: 名無しさん@パワプラー:07/08/23 11:14 ID:m4dH4ho6
以前『続けて下さい』と書き込んだ者です。
9の恋々は自分も好きなストーリーなので、続きを楽しみにしています。
彩乃嬢の出番が多いのもまた嬉しいです。頑張って下さい。

37: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 01:09 ID:.RsicclQ
4.強き乙女にトゲはあり


 野球というものに飽きが来ない理由は、他のスポーツにも共通して、日々自身が成長しているということを実感できるということと、状態状況が様々な場面で全く違ってくるということが挙げられるだろう。球を打ったり投げたりしたときの爽快感も、また一役買っている。
 スパン! と良い音を立ててミットに入り込む直球。その感触を左手に確かめながら、樹は軽く唸った。あおいちゃんのストレートを、荒々しいが力強い球と表現するならば、この二条の球は、速度から角度からを計算し尽くされた非常にスマートな球といったところだろう。強過ぎず弱過ぎず、最も抑えた力で出せる最速の球を常に放っている。思わず、その肩が精密機械ではないのかと疑ってしまうほどの正確さだ。
 はっきり言って、二条の投手としての型はほぼ完璧に近い。後は身体の、時間に依存した成長でしか伸びることはないだろうとさえ思える。技術面に関しては、もはやこちらが口出しすべきところはなかった。
 球速や変化球のレベルはそこそこだが、これ以上を望むというのは贅沢が過ぎだろう。
「流石だな、綺麗なフォームしてるよ」
 樹は、そう言いながら返球した。
「ありがとう。謙遜こそ美学と重んじたいところだが、賛辞を述べられると気分が良いな」
「女房役に遠慮することはないよ。いい投球だ。安心して付き合える」
 こんな二条でもしっかり成長している。最初に球を受けたときと比べても、徐々に球の質が変化しつつあるのは確かだ。自分の成長もさることながら、他人の成長というものも見ていて楽しい。
 そう思いながら、今一番、色々な面で成長して欲しい人間の方へと目を向ける。
「で、あおいちゃんは?」
「いや、まだ日課が終わらないらしい」
 二条の呟きを体現して、あおいちゃんはグラウンドの中心に、一人の女の子と睨み合って立っていた。頭に巻かれたハチマキが印象的な、あおいちゃん以上に活発そうな女の子である。
 二人は真正面から向き合って、お互いに睨み付けるような目つきで対峙していた。

38: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 01:11 ID:.RsicclQ
「部活でもない愛好会が、グラウンドを使わないで!」
「部活じゃなけりゃ使っちゃいけないなんて決まりはないでしょ!」
「じゃあせめて部活の邪魔にならないように隅で社会のゴミみたいに小さくなってなさい!」
「ゴミはそっちでしょ! こんな大声撒き散らして公害もいいとこだよ産業廃棄物も真っ青だね」
「何よ、所詮愛好会なんて○○で××××で◆◆のくせに!」
「ソフトボールだって似たようなもんじゃないの! ×××で○○○で××××××で!」
「――――!!」
「――――――!!」
 およそ女の子の口から漏れるとは思えないような暴言珍言が飛び出しあう。決して聞き慣れるものではないが、こうも毎日のように聞かされていれば、脳が自然と聴覚を遮断するようになるのも道理というものである。今では皆諦めたのか、止めようとする者さえいない。
 あおいの口喧嘩相手の名前は高松ゆかり。恋恋高校女子ソフトボール部の一年生(樹らと同級生だ)で、入部早々投手を務める、信頼と人望の厚い気丈な子である。
 突然現れた野球愛好会なるものにグラウンドの半分近くを占領されて少々気立っているようで、暫く前からこうして毎日のようにあおいと口喧嘩に華を咲かせているのだが、その終着駅は未だ見えることがない。
 途中からは互いの悪口雑言の言い合いになるのも、また見慣れた光景である。
「やっぱり止めたほうがいいのかな」
 誰にともなく呟くが、遠くに見えるソフトボール部の皆さんは、既に諦めモードとなっている。そんななか反応してくれたのは二条だった。
「いや、それに関しての必要性は感じないな。ある程度の感情の鬱積が解消できれば、事は言わずと決するだろう。……雌雄は決しないだろうがな」
 表情を滅多に崩さない二条にしては珍しい、苦笑を伴った笑み。
 それを他所に相も変わらず響くのは、女二人で充分に姦しい怒鳴り声。
 恋恋は、今日も平和です。



39: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 01:12 ID:.RsicclQ
そう思っていたのだが、本当の波乱は、あおいちゃんが引き上げてきてからだった。
「よし、今からあっちと勝負するから!」
向けられた指が示す先にいるのは、言わずもがな、女子ソフトボール部の皆さんである。例の高松さんがこちらに対して――あおいちゃんと同じように――指を向けている辺り、向こうでも同じような宣言がされたらしい。
勿論、互いの部員や会員の反応にも、大して差はない。皆が皆唖然として、言葉を失っている。二条も堅い表情を保ってはいるが、その面皮の下では驚きに混乱していることだろう。
暫く続く沈黙。それを破ったのは、非常に嫌味なことにあおいちゃん本人であった。
「さぁ皆準備して! 今からあのソフトボール部を打ち負かすんだよ!」
「ちょ、ちょっと待った!」
かろうじて正気に戻ることができた樹は、意識の浮上した勢いそのままに大声を上げた。続いて今皆が最も考えうる、というか、こんな呆然状態になるべくした原因でもある疑問を投げかけようと、
背筋を伸ばして手を挙げる。
「幾つか質問!」
「認める!」
「あっちはソフトボール部だよね?」
「そうだよ」
「俺たちは野球愛好会だよね?」
「そうだよ」
「相撲とカポエラが同じ土俵で戦えると思う?」
「そりゃ無理でしょ」
「でも今からあっちと勝負するんだよね?」
「そうだよ」
「それって野球? ソフトボール?」
「両者混合」
「で、どうやって?」
「やりながら考える」
樹は頭を抱えて座り込んだ。

40: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 01:13 ID:.RsicclQ
「つまりは部活対抗異種格闘技戦をやろうと」
「さっすが西条君、物分りが早くてボク助かるなぁ」
 暫く黙る。誰も口を挟もうとしないので、沈黙を保つことだけは容易だった。
「何の為に?」
「いやほらだって、グラウンド、一つしかないから」
 なるほど。ただでさえそこまで広くなく、一つしかないグラウンドを二つの部活で分けようというのだから、どちらに優先権があるのかどうか白黒つけようじゃないか。という話なのだろう。体育会系の人間が考え付きそうな、至極短絡的な発想である。女子だからと言って、それはそうそう変わるものではないようだ。
 溜め息を吐きつつ二条に顔を向けると、あちらは肩をすくめて見せる。既に決議されたことを無理矢理に転覆させるわけにもいくまいだのなんだのと、難しい言い回しすらその表情から伝わった。
 かくして――
「男子がいるからって、こっちも引けは取らないわよ」
「望むところだね。ボクたちも、全力でいくつもりだから」
「あの、高松さん? 本気なの?」
「先輩は口出し無用です。これは、アタシたちの戦いですから」
「いやあの、一応付き合わされる身だから、その……」
「さぁさっさとキャッチボール始めて! 今日こそあの低知能な愛好会を完全無欠に完膚なきまでに再起不能になるまで叩き潰すのよ! 隙あらば凶器の使用も許可するわ!」
「既にスポーツじゃない気がしてきたんだけど、あおいちゃん?」
「あー、よく考えたらこっちって人数一人足りないんだよね……よし、西条君!」
「……なに?」
「二条君にキャッチャーやってもらうから、キミはライトとセンター掛け持ちね」
「え、それなら二条に外野を任せた方が」
「人気者、美男子二条君がキャッチャー」
「……?」
「相手打者も緊張するってもんでしょ」
「……ずるいなぁ」
 ……かくして、恋恋高校ソフトボール部対野球愛好会の、グラウンド使用権を懸けた壮絶な戦いの幕が上がったのだった。



                       改行し忘れても挫けない。

41: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:07 ID:Q1EDbOxo
 ルールを簡潔に言ってしまうと――
 
 ボールは守備側に合わせて使用すること
 バットは打撃側の自由に使ってよい
 塁間は目算で、野球のものより少し距離が短い程度
 ピッチャーマウンドの位置は守備側に合わせる
 リード、盗塁はなし
 投手の変化球使用は可
 デッドボールや四球、ファールなど、共通ルールはそのまま
 イニングスは7回まで
 審判はソフトボール部に一任
 ――といったところである。

 そして現在、0対0で迎えた三回の裏、ソフトボール部の攻撃であるが、どうにも打ち慣れない野球の球に皆苦戦し、三振を大量に奪われる形となっていた。しかしそれは、決して彼女らが慣れていないという所為だけではない。そのことは、右中間にポツンと立たされた樹がよく分かっていた。
 流石、あおいちゃんだ。頭のキレる投球をしてる。
 後ろからだと、あおいの投球フォームは勿論、二条の構えるミットの動きやサインの様子なども確認できる。この二条がまた大したリードで、きちんと捕手の基本に則ってしっかりと配球を考えており、それは樹に正捕手としての自信をちょっと失わせる程だ。

42: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:08 ID:Q1EDbOxo
だが、基本というものが如何に高等な技術の集合体であるとは言えど、所詮は一通りのものでしかない。基本だけでは、いずれ捉えられる。しかしその基本を予測不能な大技に変貌させているのが、あおいの持つ大胆な発想と、勝負好きな性格故の強引な攻めなのだ。
例えばワンストライク・ツーボール。打ち気に逸る打者は、次に来るだろうストライク取りの甘い球を狙おうと、真ん中付近からアウトコース寄りのストレートに賭けてくる。落ち着いている打者は、よほど甘い球が来たとき以外は打ちまいと、見送る覚悟で臨んでくる。
二条はここで無難にイン・ローにストレートを要求。あおいはここでそれを拒否、真ん中高めに、ボール覚悟の全力投球を叩き込むのだ。
前者は真ん中コースに来たということで、つい空振り、もしくは球の底をかすってしまい内野フライ。後者は反応できずにツーストライク目を奪われるか、もしくは同じく内野フライ。実際の高校野球で通用するかと聞かれれば疑問は残るが、それでも普段の駆け引きになれていない、更には野球ボールのサイズに慣れていないソフトボール部の皆さんには、充分通用するものだった。
先の話で前者に該当するソフトボール部一番打者の方が、景気の良い内野フライを青空に打ち上げて、それを見送るように溜め息をつく。ボールが完全に捕球されたところで、それに悔やみの声が混じった。彼女はヘルメットを外し、肩を落としてベンチへと引き返していく。
「ごめんね高松さん、やっぱり私には荷が重かったわ」
「いえ、まだ三回です。まだ二順目ですから、次、頑張って下さい!!」
そう慰めはするものの、もどかしいことには変わらず。高松ゆかりは唇を噛み締めながら、マウンド上の女投手を睨んだ。前回では二人もランナーを出していながら、得点に結びつくヒットがなかった。やはり野球ボールが相手では決定打に欠ける。
「飛んでけーっ!!」
掛け声と共に放られる速球。もはや女の子が投げているとは欠片も思わせられない威力に満ちたそれは、打者の反応を待たずしてミットに飛び込んだ。

43: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:09 ID:Q1EDbOxo
「へっへーん、ツーストライクだね」
 高飛車な声と挑発染みた言葉が耳に障り、このまま走っていって殴ってやりたくもなる。
「早川あおい……!!」
 歯軋りをし、握り拳に血管が浮かぶゆかりを見て恐怖したのはソフトボール部の皆さんだけでなく、樹も同じだった。外野という離れた位置にいるため詳しい様子は窺えなかったが、それでもゆかり一人が憤怒に駆られているということは雰囲気で分かった。
(頼むから乱闘だけは勘弁ね……)




44: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:11 ID:Q1EDbOxo

「……っ!」
 シャープなスイングが、ボールをとらえる。
 投球フォームの違い、タイミングの違い、さらにはボールサイズの違い、様々な悪条件が重なる中、一番最初に綺麗なヒットを打ったのは二条だった。納得と言えば納得である。
 流石の高松ゆかりには、あおいの“二条くんにメロメロ”作戦は通用していないようだったが、その他のソフトボール部の女性らには効果覿面だったようである。かの美男子が打って走り出したともなると平常心はどこへやら、レフト前へのシングルヒットのはずが、エラーに次ぐエラーによりいつの間にか二条はサードまでやってきていた。ユニフォーム姿の二条に横に立たれている所為か、サードの方は緊張も度が過ぎているようにカチコチになっている。
「ふふーん、よしよし効いてる効いてる」
「……あのー、あおいちゃん?」
 樹は、隣で魔女のような薄ら笑いを浮かべるあおいに、恐る恐る問い掛けた。
「確かに反則でも何でもないけどさ、もうちょっとこう、スポーツマンシップっていうものを踏まえてさ、お互いにベストな状態でやんなきゃ意味が無い! ってぐらいのスポ根精神があってもいいんじゃないかと……」
「西条君」
「?」
「根性だけで甲子園いけるほど世の中甘くないんだよ」
「そりゃそうだけど……ってちょっと論点ずれてるって! 今はまだ公式戦でもないっていうかむしろ今世紀のどうでもいい試合ベスト3ぐらいに入る勢いの野球とは全く関係のない戦いだよ! だい○ひ○るもびっくりだよ! どーすんのコレ!」
「あり? 珍しく西条君が面白いこと言ってる」
「そういうことはどうでもいいの!」
 と、そんな夫婦漫才を繰り広げていると、ベンチに座っている他のメンバーがぞろぞろと立ち上がり始める。何だ何だと冷静になり、周囲を見やると、どうやら二条の次に打席に立った愛好会会員が三振、スリーアウトチェンジのようだった。





45: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:20 ID:Q1EDbOxo
 高校野球の、マウンドからホームベースまでの距離は約十八メートル。大してソフトボールは十五メートル程度。ボールの大きさや投球フォームの違いもさることながら、実はこの距離というものの違いが非常に厄介なのである。
 バッティングはタイミングが要だ。幾ら毎日何千本と素振りをしたところで、投手の投げる球にタイミングが合わなければ所詮は高々とフライになるのが関の山である。変化球による緩急というものは、実のところ、軌道の変化よりもこのタイミングをずらす為という意味合いが強い。
 と、通常ならばそうやって考えた上でタイミングだなんだという駆け引きが生まれるのだが。
「うわっ?!」
 普段練習に使っている球よりも二倍近く大きいソフトボールに対して豪快に三振をかまし、引き上げてくる愛好会会員。面目ないといった表情でごめんと言ってくるが、責めるわけにはいかない。
 いつもあおいや二条にマウンドから球を放られ、バッティング練習をしている会員達は、通常より三メートルも近くから投げられるボールに対してすっかりタイミングを狂わせてしまっていた。かくいう樹や二条、矢部といった野球経験者たちも、やはりこの独特の投法によるボールには一苦労しており、ヒットも今のところ二条の打った左安打と、矢部の打った内野安打のみという状況なのだ。エラーで他にも何人か出塁したが、得点には至っていない。
 経験すら裏目に出る、反射神経だけがモノを言う試合。もはや駆け引きではなく運の世界だった。
 迎える五回の裏、一死走者無し、四番右中間の西条に打席が回ってきた。
「……次は俺か……はぁ」
「西条君ドカンと一発でやんす!」
「打てなかったらおしおきだよ!」
「小細工を狙う場面ではない、塁に出ることを最優先だ」
 各々が声をかけてくれるが、ここまで二打席立ったがいずれも凡打に終わっている。正直言って、タイミングも球威も全く新鮮なこの大きなボールを打ち崩すことなど、樹には不可能に思えた。

46: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:21 ID:Q1EDbOxo
(セーフティバントは……無理だよな、ピッチャーが近過ぎる)
 何とか秘策を思いつけないものかと考えつつ、バッターボックスに入る。見えるのは、女の子とは思えない威圧感を纏った投手、同学年である高松ゆかり。
「それっ!」
 放られる一球目。野球ではありえない回転のボールは、独特のアンダースローから浮くように飛び上がる。ライズボールという、独特な投法ゆえのナチュラルな変化球だ。
 肘一杯をかすめるようにして、判定はストライク。息を吐き改めて前を見やると、投手はサディスティックな笑みを浮かべていた。格下をあざ笑うかのような、不真面目な笑いである。
(笑われても仕方ないか……目で追うのがやっとだ)
 二球目はアウトコース高めにボール。慣れない「上」への変化だが、三打席目に入ってようやく樹にも軌道が読めるようになってきた。ようやく駆け引きに応じられる程度にはなったのである。
(とは言っても、打てるかどうかは)
 三球目は高め一杯にストライク。浮いてボールゾーンに逃げる球かと思い見送ったのだが、裏をかかれたようだった。
(分からないよね……やっぱり、球がうまく見えないや)
 もはや勝負はもらったと、嘲笑の顔色を濃くする投手。
(球が見えにくい……そういうときは、確か、顎が上がってるんだっけ……)
 そこまできて、樹は一つのことを思い出した。
――試合中ってのはみんな緊張してな、顎が上がってしまうんだよ――
 そうだ。もしかしたらタイミング云々ではなく、慣れない相手を前にしてフォームが崩れていたのではないか。思い立ったと同時に樹はタイムを取り、バッターボックスから足を退いた。
――顎が上がると、肩も上がる。そうすると、勝手にアッパースイングになる。それじゃバットはボールに当たらない。当たっても打ち上げるだけだ――
 ボックス横でバットを構える。

47: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:22 ID:Q1EDbOxo
――バッティングってのは常に前傾姿勢でやるんだ。なるべく極端な形を意識してな。ボールを見下ろすようにして――
 小学生の頃、まだ少年野球団に入る前に、野球好きだった父からそう教えられた。
 興味が出て、何とかそれを自分のものにするために、参考になるようなプロ野球選手を探した。だがどの選手もそれほど極端な前傾姿勢などは取っておらず、小学生が見て参考にできるような選手はなかなかいなかった。半ば諦めかけて独学に努めようと思っていたとき、ふと目にしたのは、過去の名選手を扱った番組。その画面に映ったある一人の選手に、一瞬で目を奪われた。
 顎を肩に載せ、両手を高く掲げ、投手を睨みつけるように腰を据えるフォーム。それはまさしく、自分が求めていたものだった。それからはひたすら、新たに自分自身のフォームが確立されるまでは、ずっとその選手のフォームを真似していた。ボールを見下ろすスタイルは投げられるボールを見やすくし、同時にスムーズなダウンスイングを可能にし、樹は少年野球のチームで四番を任されるほどのバッティングをしていたのである。
 そうか。中学校に上がってからは自分なりのフォームで構えていたから、ずっと忘れていた。どんなに緊張していたとしても、否応にも前傾姿勢になってしまうあの構え。日本プロ野球界が誇るスラッガーの一人、生涯通算五六七本塁打を放った、あの門田博光の構えを。
 樹は深呼吸してから、顎を左肩に載せ、両腕を高く掲げた。マウンド上の高松ゆかりを見据え、ガニ股になって腰を落とす。一日に四〇〇本の素振りをしていた、懐かしい感覚が蘇ってくる。
 スイングした瞬間、バットが空気を切り裂いた。
 その振りの恐ろしさを一番強く感じ取ったのは、他ならぬ高松ゆかりだろう。投手ならば誰しも、威圧感と存在感溢れる打者を目の前にした時に、「どこに何を投げても打たれるのではないか」という恐怖を感じることがあるものだ。
「…………」
 ゆかりは、今まさにその恐怖に直面していた。タイムを解いて打席に入りなおす打者の目は、確かな自信に満ちている。そしてそれを具現化するが如く、ずっしりとした構えには迫力すら感じられた。明らかに、何かが違う。

48: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:25 ID:Q1EDbOxo
(緊張が解けたの……? 上ずっていた顎が、もう引かれてる。今までみたいに高めで攻めることは難しいわね……いや、それだけじゃない)
 手の内に少し汗が滲む。しかしゆかりは、今焦っているのは自分であるということには気付けなかった。目の前に立つ大きな存在に終始注目し、それに対峙することで精一杯だったのだ。
(ストライクなら、どこに投げても打たれる気がする……)
 背筋に言い知れぬ冷たさを感じたゆかりは、外野へと振り向いて叫ぶ。
「外野、バック! 下がって!」
 突然の号令にいささか戸惑うも、ゆかりの言葉を受けた外野陣は一斉に数メートル後ろへと下がった。そして三塁手である先輩が、少し近寄って不安そうに問い掛けてくる。彼女もまた、あの打者とゆかりの行動に違和感を覚えたようだった。もっとも、その違和感の正体が何なのか、彼女には理解できていないようだったが。
「高松さん、大丈夫?」
 ここでチームメイトに不安の種を撒くほど、ゆかりも馬鹿ではない。出来る限りの笑顔で応対する。
「何がですか? 大丈夫ですよ。ちょっと、そろそろ相手も球に慣れてきたんじゃないかと思っただけです」
 先輩がポジションにつきなおすのを確認してから、ゆかりは打者に向き直った。こちらに少しのやりとりがあったというのに、打者は一度もフォームを崩さず、じっと待っていたようだった。高い集中力である。
 ここはドロップボールでいくか? いや、ドロップはフォークボールと同じ変化。野球をやっている人間なら慣れているかも知れない。カーブもまた然りだ。ならばいつも通りにライズを放るべきか。いや、ライズこそ狙われて打たれるかも知れない。なら……
(難しいことはいい)
 頭を埋め尽くしかけた幾つもの思考に一言でケリをつけると、ゆかりはゆっくりと投球モーションに入った。
(投げて、後悔しない球ならなんでもいいわ!)
 もはや打者すら目に入れず、ただキャッチャーの構えるミット目掛けて全力で球を投げる。
 その渾身のストレートは、恐らくこの日で一番の球だった。
 指を離れた瞬間、その球に自分ごと乗っかって飛んでいくような感覚すら覚えた。見事キャッチャーミットに納まれば、パシィッと爽快な音をグラウンド中に響かせたことだろう。

49: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:25 ID:Q1EDbOxo
だが、その音がゆかりの耳に届くことはなかった。
代わりに響いたのは、爽快な金属音。そしてあのムカつく早川あおいを交えた、野球愛好会一同の歓声。それに少し遅れて、自分自身の溜め息が聞こえる。
後ろを振り返ると、後退守備を取っていた左翼手の遥か向こう側、グラウンドの周囲を囲む柵の一つを飛び越えて、白球はようやく自らの飛翔に満足したかのように落ちていった。
八月初旬の、空。本格的な夏の到来を告げるようにもくもくと空に浮かぶ入道雲の下、蝉の声がミンミンとうるさい。冷静さを取り戻した感覚が、自分の顎を伝う汗に気付く。それを拭ってから、ゆかりは帽子を取って、真上にある空を見上げた。ちょうどその時、今の打者がホームインしたようだった。吹き抜ける風が頬に触れ、熱のこもった汗を冷やしていく。
「……気持ち良い……」
そしてそのまま大の字になって倒れると、ゆかりの意識はひんやりとした深い谷の底へと落ちていった。





50: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:28 ID:Q1EDbOxo


 薄ら目を開けると、白い天上が目に映った。
「…………あっ! 気付いた?」
「んん……ん? って!? 早川っ……うぁ、頭が……」
 驚きながら上体を起こしてみるも、妙な頭痛で動くこともままならない。
「熱中症一歩手前だったってさ。暫く安静にしとかなきゃダメだよ」
 カーテンが揺れ、心地良い風が顔を撫でて行く。周囲を見やると、どうやら保健室のベッドに寝かされているらしかった。独特な消毒液のニオイが鼻をつく。ユニフォームの上着は脱がされており、着ているものはアンダーウェアとズボンだけだった。
「運んで……くれたの?」
「ボクじゃないけどね、ソフトボール部の皆さんが。皆心配してたから、後で顔出しといてよ。まだ、グラウンドにいるみたいだから」
「ああ、うん、分かった……」
 暫くの間、沈黙がその場を支配する。保健の先生も出払っているようで、第三者の救いの手は期待できそうになかった。何時間ほど気絶していたのか分からないが、真夏の陽は、まだ元気に照っている。聞こえる掛け声は、近くにコートのあるテニス部のものらしかった。
「……今日は、ごめんなさい」
「………………え?」
 思いもよらなかった言葉が聞こえたことに、一瞬何が起こったのかすら分からなくなってしまう。間の抜けた声で疑問符を表すと、神妙そうな顔で早川あおいは頭を下げてきた。

51: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:29 ID:Q1EDbOxo
「ボクが、勝手なこと言い出してみんなを巻き込んで、そのうえ高松さんがこんなことになっちゃって……。あはは、みんな呆れててさ……流石に、やりすぎちゃったよね、反省してます」
「え? ああいや、別にそんなことは……」
 頭を深く下げられ、気が動転してしまう。こんな状況は生まれて初めてだった。
「えっと、あの、いやだな……その、頭上げてよ……えっと、け、喧嘩したのはこっちも同じなんだからさ! 別に、あの、アンタが気に病む必要はないって!」
 こんなことを言うのも初めてだ。昔から気は強い方で、男子生徒ともしょっちゅう言い争っては喧嘩してきたが、それは一過性のもので、気が付けば元のように話すようになっていることが殆どだった。だから、謝られて、それを制止する体験なんて、本当に生まれて初めてなのだ。
「なんていうかほら、アタシも、結構、言い過ぎたところあったし、どっちが巻き込まれたか、なんてことはないんだしさ……そんな、謝らないでよ」
 肩に手を添えて頭を上げるように促す。早川は、唇を噛み締めていた。
「やっぱり、ボクがいけないのかな……」
「……え?」
「野球なんかやらないで、ソフトボール部に入ってれば……良かったのかな……」
 夕方の涼しい風が、カーテンを揺らしている。すうっと通り抜けていく風に煽られたかのように、早川の目からは涙がひとしずく、こぼれ落ちた。
「女の子は大人しく、ソフトボール部に入ってれば、よかったんだよね……そうだよね」
「早川……さん?」
 そういえば、忘れていた。彼女は、早川あおいは、女の子だったのだ。
 小中学校と、いつでも頼れる姉貴分の地位を保ち続けていたゆかりは、女の子同士の喧嘩の仲裁ならいつもこなしていたが、女の子を相手取って争ったことはなかった。いつも男子が相手。筋力も体格も上の人間と喧嘩していた。だから、分かっていても気付けなかった。こんなにも自分と張り合える彼女を、女の子として見つめられなかった。
 続けざまにこぼれる早川の涙に、時間を奪われる。

52: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:30 ID:Q1EDbOxo
「あはは、格好悪いよね……駄目もとで、もがいて、他人に……迷惑までかけて」
「……」
 早川あおいが、甲子園を目指して、共に入学した男子らと野球をやれる場を確保しようとしていたのは、ゆかりも知っていた。女性選手は高野連に登録できず、早川が他の高校から総弾きにされたこともまた、知っていた。
「駄目なのかな」
「…………」
「女の子が野球やっちゃ、駄目なのかな……」
「……アタシさ」
 ゆかりが口を開くと、はっとしたように早川が視線を向けてくる。迷惑がられたと思ったのだろう、慌てて涙を拭き、体裁を取り繕うのが可愛らしく、猫のようだった。その直後、ゆかりは言う。
「アタシも野球、やってたんだ……小学校の頃、軟式」
 瞬間、硬直する早川。子供をなだめるように優しく笑いながらその顔を見ると、え……? と声にもならない疑問を表情で表していた。

53: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:35 ID:Q1EDbOxo
「近所の少年野球団に入っててさ、学校終わるなり河川敷まで直行してた。そうそう、学校にユニフォーム持ってってたの。おやつのバナナを一本、ランドセルに入れて、放課後食べながら着替えてた」
 あっちこっちに視線を動かしながら懐かしい思い出を語るゆかりとは対照的に、早川はただじっとその横顔に見入っていた。
「学年の中でも足は速い方でさ、一番ピッチャー高松ゆかり、背番号1、打率も結構良かった。スタミナもあったわよ。マラソン大会ではいつも五番以内だったしね。体育でも男子よりも活躍するもんだから、ゴリ松とか呼ばれてたわ」
 楽しそうに、これでもかというぐらい己の武勇伝を語るゆかりだったが、そこで彼女の笑顔に、一つの陰りが宿る。
「でもさ、所詮は女の子だったんだよね」
 あおいは感じた。自分と全く同じ境遇に置かれた人間の、悲しい想いを。
「中学でも野球部に入って、一年経ったぐらいでかな、辞めたんだ。……分かるでしょ?」
 溜め息とも微笑みともつかない複雑な表情と共に向けられた、様々な感情の入り組んだ言葉を受けて、あおいはこくりと頷いた。外ではまだ、依然として練習を続けているらしいテニス部の、元気の良い掛け声が響いている。
「もうさ、中二に上がってから男子の成長の早いこと早いこと。身長はまだ勝ってたけど、体力ではもう無理だったな。周りはどんどん足が速くなってさ、アタシも粘ってたけど、時間の問題だって思ったわ」
 淡々の紡がれる言葉。その裏に込められた感情の全てを、あおいは自分に重ねて、受け止めていた。
「高校受験も近くなると、本当に、部活も何もしてない奴でも筋肉がついて、背も高くなって、羨ましかった。ああ、女のアタシじゃもう無理なんだって分かった。……だから、高校ではソフトボール部に入ろうと思って、女子ソフトの設備が充実してる恋々に入学した」
 そこで言葉を区切り、突然、ゆかりは耐え切れなくなったようにぷっと吹き出す。
「アハハハ、そしてソフトのユニフォーム着て、初めて入るグラウンドに一礼しようとしたら、野球しようとしてるお下げ髪の女の子がいたんだから、もうびっくりしたどころじゃなかったわ」
「あ、えっと……え、えへへ」
 数拍の間を置いてそれが自分の事だと気付いたあおいは、気恥ずかしく思って笑った。

54: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:36 ID:Q1EDbOxo
「本当のこと言うとさ」
「……?」
「羨ましいんだ、早川さん、あなたが」
「え……?」
 不意にチャイムが鳴る。放送の内容は、下校時刻十分前を知らせるものだった。改めて時計をみやると、既に六時半を過ぎようとしている。流石の真夏の太陽も、だいぶその勢いは落ちていた。
「中学でも野球、ずっとやってたんでしょ。その勇気とやる気。そして今、女の子であることを気にもせず支えてくれる仲間がいること。……本当に、いい環境じゃない。羨ましいよ。だから、そのまま野球、頑張って」
 言葉の最後に向けられた笑みは、今までのような微笑でなく、活発なゆかりらしい元気な笑顔だった。向けられた者を勇気付け励ます、心根の強い人間だけができる力強い笑み。
「グラウンドのことだけどさ」
 ゆかりが言う。
「曜日で分けて、メインで全般的に使う日と、端に寄って守備練習や体力づくりをする日で、交替で使わない? その方が、効率もいいと思うし」
「えっ……? いいの?」
 遠慮がちに言うあおい。こんな目に合わせておいて、おまけに励ましてもらった。もうその時点で、あおいは胸中でグラウンドの話など譲ろうかと考えていたというのに。
「当たり前じゃない。っていうか、そもそもこっちが権利なんて主張したのが間違いだったのよ。使うなら平等が一番だわ」
「!!」
「いや、それならあの、ボクたちが権利なんて言い出したのも」
「もう、謝り合いはなし!」
「あ、うん……」
 小さくなるあおいを見て、ゆかりはおかしくなって笑った。
「ハハ、ちょっと、いつもの気概はどうしたの。もう済んだことはいいんだから、元気出してよ!」
「あはは、うん、いろいろ……いろいろ、ありがとう」
 返事をするあおいの目からは涙はすっかり消え、笑い方もいつもの調子に戻っている。

55: 名無しさん@パワプラー:07/09/02 11:38 ID:Q1EDbOxo
 良かったと、ゆかりは胸中で安堵した。昔から泣いている同級生がいれば慰めていたが、いつも、それっぽい言葉で安心させてやるのが精一杯だった。涙一つ拭ってあげるのにここまで自分の過去を話し、相手の気持ちを考えたのは初めてだった。早川あおい、彼女と出会ってからというもの、初めてのことだらけだ。本当に不思議な女の子だなと、ゆかりは苦笑した。
「さて、そろそろ大丈夫そうだから、アタシは行こうかな……って、あれ?!」
 ぐっと身体に力を込めて立ち上がるも、やはり熱中症とやらは伊達ではなかったらしく、少しふらつく。床に向かって前のめりに倒れこみそうになったとき、あおいが、肩で受け止めてくれた。
「あっごめん! 重いでしょ、よっと」
 立ちくらみに打ち勝ち、床に足を降ろす。保健室独特の白い床の冷たい質感が、裸足に心地良かった。
「だ、大丈夫? 高松さん」
 心配そうに覗き込んでくるあおいに、再びの元気な笑顔を見せる。
「平気平気! あと、アタシのことは、ゆかり、でいいわよ」
「え、いやそんな」
「アタシも、あおいって呼ぶから。おあいこ」
 しばらく黙りあってから、どちらともなく、笑い出していた。数時間前は目くじらを立てて怒鳴りあい、無茶な試合にまで発展したというのに、今はどうだ。ぶつかり合って、お互いの弱さと強さを見せ合った二人は、いつの間にか無垢に笑い合える友人同士となっている。傍から見ては不思議な光景だろうが、何より当事者二人が一番不思議に思っているのだ。
「アハハ、なんか、自分で言うのもなんだけど、ちょっと感動しちゃったな」
「ハハハ、そうだね。ボクも、ちょっと感動しちゃった」
「ウウッ、オイラも感動したでやんす」
 その瞬間、凍りついたように時が止まった。

56: あい:07/09/03 17:12 ID:WYCmD4vU
「恋のおまじない!!!」
「恋のおまじない!!」
「恋のおまじないっ!」
さっそくですがおまじないです
恋を語らず何を語る?という世の中ですが、
このコピペを必ず5つのレスに書き込んでください。
あなたの好きな人に10日以内に告白されます。
嘘だと思うなら無視してください。
ちなみにあなたの運勢が良かったら5日以内に告白&告白したらOKされます
効き目ぁるらしいですよ
なかったらごめんなさい
でも試してみてくださいね♪


57: 名無しさん@パワプラー:07/09/09 14:08 ID:MlHPptEg
//mixi.jp/show_friend.pl?id=2477681

58: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:26 ID:0ae9l0js
つまらなかったらスルーしてください。
途中どんどん展開がおかしくなっていくかもしれませんが。
            夜空を見上げたら
 今や早川あおいの引退したキャットハンズの顔となっている青髪のその少女は、夜空に浮かぶ三日月を見上げながら憂鬱そうに何かを思い出す。
〜橘みずき 高校1年 四月下旬〜
みずき「う〜ん、うまくいかないな〜」
 川原で投げ込みをしながらみずきは不満そうに呟く。
自分の最大の武器である『スクリュー・ボール』
左手の変則サイドスローから放り込まれる天下一品のキレを持つ、いわゆる決め球である。
 しかし、大学の練習場を借りた今日、バッターボックスに立つ大学生にことごとく打ち返された。
みずき「このままじゃあ・・・って、何考えてるのよ。野球部にいるわけじゃないんだし、それにどうせ高校生になんか打ち返せっこないんだし」
 独り言で自分を励ましながら投げ込みを続ける。しかし、やはり何か足りない気がするのか時折首をひねりながら投げ続ける。そんな時だった。
???「変化量が足りねえんじゃねえの?」
ある一人の通りすがりの男がぼそっと呟いていた。
みずき「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。どういうことよ。」
みずきはとっさにその男を呼びとめた。外はもう真っ暗で人通りの少ない川原に声が響き、その男は足を止めて振り向いた。
よくみると高校生ぐらいの身長だった。その男はしかしまた振り向き歩き出そうとし、
???「気にすんな、独り言だよ」
 、と言い放つ。 普段のみずきなら、「あっそ。」と言ってそのまま終わりだったのだろう。しかし、現にヒントも掴めずがむしゃらに投げていたみずきの気にとまったのだろう。
みずき「だ、だから〜。どういうことって聞いてるのよ。」
 その大声に対して男は振り向きこっちに寄ってくる。自分より5cmは高いだろうその男は少し怒鳴る口調で言い放った。
???「初対面の通りすがりに対してずいぶんと失礼な奴だな。」
 ・・・そう言われてみずきは黙ってしまった。学校でも高飛車な振る舞いをしていたみずきにとってはこれほど人にものをはっきり言われるのは初めてだった。
 その様子を見た男は少し罪悪感を感じながら、しかし面倒くさそうにしゃべり始めた。
???「ん〜、キレは確かに絶品だよ。でもさ、そんだけ変化が小さければちょっとバットを軌道修正すれば楽に芯に当たるんだよ。実際ちょっとパワーのあるバッターなら楽にヒットにでいると思うぜ。」
 やはり自分の言うこといは逆らえないと覚えたみずきは再び高飛車にふるまいだした。
みずき「な、なによ。たかだか2〜3球見たあんたなんかに何がわかるのよ。」
 そういうとその男は振り返ってバッターボックスに立ち持っていたバッグから金属バットを取り出し構える。


59: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:27 ID:0ae9l0js
つまらなかったらスルーしてください。
途中どんどん展開がおかしくなっていくかもしれませんが。
            夜空を見上げたら
 今や早川あおいの引退したキャットハンズの顔となっている青髪のその少女は、夜空に浮かぶ三日月を見上げながら憂鬱そうに何かを思い出す。
〜橘みずき 高校1年 四月下旬〜
みずき「う〜ん、うまくいかないな〜」
 川原で投げ込みをしながらみずきは不満そうに呟く。
自分の最大の武器である『スクリュー・ボール』
左手の変則サイドスローから放り込まれる天下一品のキレを持つ、いわゆる決め球である。
 しかし、大学の練習場を借りた今日、バッターボックスに立つ大学生にことごとく打ち返された。
みずき「このままじゃあ・・・って、何考えてるのよ。野球部にいるわけじゃないんだし、それにどうせ高校生になんか打ち返せっこないんだし」
 独り言で自分を励ましながら投げ込みを続ける。しかし、やはり何か足りない気がするのか時折首をひねりながら投げ続ける。そんな時だった。
???「変化量が足りねえんじゃねえの?」
ある一人の通りすがりの男がぼそっと呟いていた。
みずき「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。どういうことよ。」
みずきはとっさにその男を呼びとめた。外はもう真っ暗で人通りの少ない川原に声が響き、その男は足を止めて振り向いた。
よくみると高校生ぐらいの身長だった。その男はしかしまた振り向き歩き出そうとし、
???「気にすんな、独り言だよ」
 、と言い放つ。 普段のみずきなら、「あっそ。」と言ってそのまま終わりだったのだろう。しかし、現にヒントも掴めずがむしゃらに投げていたみずきの気にとまったのだろう。
みずき「だ、だから〜。どういうことって聞いてるのよ。」
 その大声に対して男は振り向きこっちに寄ってくる。自分より5cmは高いだろうその男は少し怒鳴る口調で言い放った。
???「初対面の通りすがりに対してずいぶんと失礼な奴だな。」
 ・・・そう言われてみずきは黙ってしまった。学校でも高飛車な振る舞いをしていたみずきにとってはこれほど人にものをはっきり言われるのは初めてだった。
 その様子を見た男は少し罪悪感を感じながら、しかし面倒くさそうにしゃべり始めた。
???「ん〜、キレは確かに絶品だよ。でもさ、そんだけ変化が小さければちょっとバットを軌道修正すれば楽に芯に当たるんだよ。実際ちょっとパワーのあるバッターなら楽にヒットにでいると思うぜ。」
 やはり自分の言うこといは逆らえないと覚えたみずきは再び高飛車にふるまいだした。
みずき「な、なによ。たかだか2〜3球見たあんたなんかに何がわかるのよ。」
 そういうとその男は振り返ってバッターボックスに立ち持っていたバッグから金属バットを取り出し構える。


60: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:33 ID:0ae9l0js
↑二回書いてしまいました。すみません。続きです。
???「わかったよ。そこまで言うなら証拠を見せてやるよ。ストレートとスクリューが持ち球だろ。見た感じほかの球種はなさそうだしな。両方織り交ぜて投げてみろよ。」
 そう言ってバットで靴を2回たたき、砂をたたき落とし、バットを片手で1回、両手で一回振りホームベースで留めバットを担ぎ、バットの先端を投手に向けるという独特のフォームで構えた。
みずき「わかったわよ。 どうせ打てるわけないし、ね。」
そういって1球目を投げた。ど真ん中にストレートを放った。
完全に打ち返されるはずのコースだが、みずきは挑発の意味も込めて投げた。
しかし男のバットはぴくりとも動かなかった。
ボールは後ろのネットにあたり、みずきのほうへ転がっていく。
それをグラブで取って得意げに言い放つ。
みずき「へっへーん。やっぱり打てないじゃ・・」
???「次、2球目」
みずき「ふ、ふん。どうせうてないで・・っしょ。」
また同じコースに放っていった。どうせ強がりだろうと思ったのだろう。
しかし男のバットは完ぺきに打球をとらえる。そしてみずきの右横をライナー性のボールが通過していった。
みずき「ま、まぐれよまぐれ。それに今のはちょっと油断・・・」
???「じゃ、次の球放ってみろよ。」
そういうとどこから出してきたかボールを投げてよこす。
みずき「今度はこうはいかないわ・・よ。」
そう言ってど真ん中に先ほどよりやや遅い球が飛んでいく。
しかし今度は男の手前で急に変化する。 スクリューだ。
完ぺきに決まったと思った次の瞬間、
『カキィィン』という金属バットの音が川原に響く。
完全にホームラン性の当たりだった。
???「お、珍しく飛んだな〜。 お前、球も軽いんじゃねえの?」
そう言われてみずきはカチンときた。
みずき「うっさいわよ。このキザ男」
そういってポケットに入れておいたボールを男の顔面向けて思いっきり放る。
男の顔面に直撃すると思われたが、
???「やつあたりすんな。」
そういって男は後ろに飛ぶ。よけただけだと思ったが、しかしバットを出してきた。
『キィン』
そして打ち返されたボールはしたたかにみずきの顔面をとらえ、みずきはその場に倒れた。


61: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:34 ID:0ae9l0js
みずき「はっ、」
目を覚ますと見慣れない天井があった。
???「お、大丈夫か〜?」
その声を聞き、みずきは思い出した。
川原で会ったムカつく男のことを。そして自分が打たれたことを。
???「いや〜、すまんな。ちょっとキレちまって。うっかり当てちまったよ。」
するとあの打球はわざと狙ったのだろうか。
???「ご、ごめん。何でも言うこときくから許してくれ。」
するとみずきの口から言葉が出てきた。
みずき「あんたがここまで運んできてくれたの?」
???「ん、ああ、一応悪いことしたわけだし・・お前の家もわかんなかったからしかたないし近くのおれの家にな。」
みずき「ちょ、ちょっと〜。お前っていうのやめなさいよ。私にはみずきっていうかわいい名前がちゃんとあるんだから。」
・・・自分でも何を言っているのかわからなかったのだろう。ぽかんとした表情を浮かべる。 それは目の前の男も同じらしくしばらく沈黙していた。
そしてようやく男が口を開く。
???「ふぅ、悪かったな。みずき。」
いきなりの呼び捨て。普段ならば「呼び捨てにするな。」と怒るであろうが、しかしそうはしなかった。 そしてみずきも口を開く。
みずき「と、とりあいず運んでくれて、その・・・ありがと。」
???「あ、ああ。」
みずき「あ。」
突然みずきが起き上がろうとする。そう、もう夜中なのだ。夜中に高校生の男と女が二人きり。そういったことに無縁だったみずきもさすがに危ないと思ったのだろう。
 しかし男はみずきが行動に移そうとする前に言葉を発する。
???「起きないほうがいいぞ。結構強く打っているし起きると痛いだろ。」
そこまでは普通だったしかし、
???「それにお前を別に襲うわけでもないし
悪いけどもう終電もないから、もしなんなら泊って行ってもいいぞ。」
自分の考えを見抜かれたみずきとしてはこれほど驚いたことはなかっただろう。
しかしまあ、普通かと思い直す。
みずき「う、うん。あ、でもおじいちゃんに帰れないって連絡しないと、って川原にバッグおいてきちゃった。どうしよ。あの中なのに・・携帯。」
???「そうだ。これお前のバッグだろ。」
みずき「あ、うん。」
そしてバッグから携帯を取り出し電話をかける。


62: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:35 ID:0ae9l0js
だんだん私的な面に・・・
みずき「うん。OKよ。」
そういって携帯をバッグの中に入れる。
みずき「あ、そういえばあんたの名前聞いてなかったわね。」
みずきは突如尋ねてきた。
???「ああ、そういえばいっていなかったな。」
一呼吸おいて名乗りだす。
隆哉「俺、隆哉っていうんだ。」
みずき「ふーん。ま、いっか。そういえばご飯まだなのよね〜♪」
そういってこちらをちらちら見てくる。
隆哉「はぁ、作れってか?」
みずき「さっき何でも言うこときくって言ったでしょ。そしたら許したげる♪」
隆哉「う〜む、そう言われると困るんだよな。」
そういって台所へ向かう。
隆哉「なんか食べたいものある?」
みずき「う〜ん、そうねー、・・なんでもいいから食べられるものにして。」
隆哉「なんだよそれ。ひょとして料理できないとか思ってる?
あまり見くびるなよ。一人暮らししているんだから。」
そういっていろいろ作り出す。
20分後
隆哉「ほい、できた♪」
ご飯に味噌汁にサバの味噌煮に野菜サラダ。
いたって平凡な家庭料理だった。
みずき「ふぅん、やっぱこんなもんか。ま、いいや。 いっただっきま〜す♪」
味は・・・結構おいしかった。ただ、サバの味噌煮を除いて・・
隆哉「? あ、ごめん。サバ味噌嫌いだった?」
そう。サバ味噌はみずきの唯一苦手なものだった。しかし今日会ったばかりの他人に馬鹿にされるのは悔しかった。
みずき「そんなことないわよ。ちゃんと食べるわよ。」
少しためらいながらも口に運ぶ・・・・・・
みずき「・・あれ?お、おいしい。」
そう。そうしても食べられなかったサバ味噌が食べられたのだ。
隆哉「ほっ。よかった〜。これおれの得意料理だから。」
みずきは全部残らず食べた。
みずき「ごちそうさま〜♪」


63: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:36 ID:0ae9l0js
満足げにしているみずきに対して隆哉が口を開く。
隆哉「あ、そうだ。さっきお前が寝ていたベッド使っていいぜ。おれ床で寝るから。」
みずき「うん。ありがと。 あ、あとシャワー浴びさせて。」
隆哉は少し顔を赤らめて返事をする。
隆哉「あ、うん。いいよ。 あ、バスタオルそこだから。
それと、着替えどうする?」
みずき「一応服の代え持っているから大丈夫よ。 あ、制服と野球の練習着だけ洗濯してもらっていい?」
隆哉「あ、ああ。」
そして洗濯を始めようと服を取り出す。 その制服を見て隆哉は少し驚く。
隆哉「え、おまえ聖タチバナ通ってんの?」
みずき「うん。そうよ。」
聖タチバナと言えばこのあたりでは名が知れ渡っている、いわゆる有名進学校だ。
隆哉「相当あったまいいじゃん。」
みずき「まあね〜♪」
隆哉「あれ、でもあそこの野球部って・・・」
そういって何やらノートを取り出しぶつぶつ呟いてから
隆哉「やっぱり・・・人数足りなくて試合ができない廃部寸前の野球部じゃん。」
そのあと隆哉は小声で『もったいない』とつぶやいたがみずきの耳に届くことはなかった。
隆哉「ん、練習していたってことはお前野球部だよな。」
みずき「さっきからお前お前って・・・だから私はみずきって名前があるんだってば。」
隆哉「ああ、名前呼びだと落ち着かなくってさ。 それより話をそらすな。」
みずき「な、なによ話って。」
隆哉「おまえ、本当は野球部じゃねえんだろ?」
みずき「う、・・・うん。 なんでわかったのよ。」
隆哉「・・・・・」
みずき「な、なんで黙るのよ。教えなさいよ。」
隆哉はしばらく口を開こうとしなかったがしばらくして重い口をついに開く。
隆哉「・・・読心術」
みずき「へ、今何て?」
隆哉「信じられないかもしれないけど、人の心が何となくわかるんだ。
こう、近くにいるとそいつの感情が伝わってくる。 怒りや焦り、悲しみなんかがさ。」
つづけて話す。
隆哉「たとえば、さっきおまえに野球部だよなって聞いただろう。
その時突然お前のほうから動揺と焦りを感じたんだ。
そこまで感じれば後は大体答えは出てきてくれる。それでわかったんだ。」
みずき「へぇ〜。」
普通なら疑うだろうが核心をとらえたため疑いようがなかった。
みずき「あ、ちょっと上がるからさ。その・・・」
隆哉「あ、ごめん。」
そう言って扉のそばから離れる。
みずき「ふぅ、さっぱりした。」


64: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:39 ID:0ae9l0js
隆哉「あ、そろそろ電気消すぞ。電気代節約しないと厳しいから。」
みずき「うん。おやすみ・・」
そして部屋の電気が消える。暗闇の中、隆哉の声が響いた。
隆哉「それで、さっきの話の続きだけど・・・」
そして隆哉は語りだした。
隆哉「ま、大体想像はつくけどな。 『橘 みずき』」
みずき「ど、どうして私の苗字を?」
隆哉「いったろ心が読めるって・・続けるぞ。
苗字が橘ってことはどうやら偶然じゃないみたいだしな。
学校名との一致・・・」
みずき「たしかに、聖タチバナ学園は私のおじいちゃんが学長やっている学校よ。」
隆哉「ま、そりゃあそこに入るのが普通だよな。でも、おまえは本当は・・」
みずき「そう。おじいちゃんに強制的に入らされたの。
それで無理やり塾にも行かされて、まだ1年生なのに生徒会長までやらされて・・・」
隆哉「そんで、リトルからやっていて高校でやりたくてたまらなかった野球はできなかったってわけか。」
みずき「そう。でも、同じ生徒会の大京のお父さんの知り合いの紹介で大学の練習施設を使わせてもらって何とか練習だけはできた。」
なぜここまで赤の他人にしゃべってしまうのかわからなかった。
しかし、なぜだろう。いつの間にかこの男を信頼していたのである。
一方隆哉はしばらく考えて口を開いた。
隆哉「大方野球部に入るチャンスをうかがっているんだろ。
じゃあ、ちょっと協力してやるよ。」
みずき「え、本当?」
隆哉「ただし、おまえの協力は絶対に必要だし少し不本意な思いもするかもしれないが、
我慢しろよ。」
みずき「う〜ん」
選択肢はほかになかったしこれを逃したら本当にこんなチャンスは訪れないかもしれなかった。迷う理由はなかったが、もし嘘だったらという考えがよぎる。
いくら信頼しているとはいえ所詮赤の他人。少し返事に困った。
隆哉「あ〜、おれもう眠いし寝るよ。
俺朝遅いし俺起きたらもうお前いないだろ。だから、今日会った川原で明日待っている。もし協力してほしければ夜7時から9時の間に来てくれ。それじゃおやすみ。」


65: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:40 ID:0ae9l0js
みずき「え、ちょ、ちょっと待ちなさいよ。」
隆哉「zzz」
もう寝ていた。たたき起こすわけにもいかないのでそのままみずきも寝ることにした。
そうして、ちょっと不思議な1日が終わりを告げた。
翌日、午前6時にみずきが起きた。隆哉はまだ寝ていた。しかし電車もあったので隆哉はそのままにしておいて学校に行くことにした。
いつ起きたのか。制服と練習着は乾いた状態でバッグのそばに置いてあった。
そして着替えて学校に向かう。
???「あ、みずきちゃん。おはよう。」
みずき「お、小波じゃん。おっはよ〜♪」
駅から自転車をこぐみずきの前に現われたのは小波だった。
数少ない(と言っても本当に3人しかいないが)野球部の1年である。
野球特待生という話だが・・・
???「ぎゃあああああああああああ・・・でやんす。」
『ドンガラガッシャーン』
小波「や、矢部君大丈夫?」
後ろから自転車で電信柱にド派手に突っ込んだのは同じく野球特待生の矢部である。
小波とは幼馴染らしいがどうにもこの男を見ている限り野球特待生といっても大したことがない気がする。
矢部「あ、おはようでやんす。
ブレーキがきかなくて大変な目にあったでやんす。
それにしてもこんなところで2人で登校とは・・・なかなか隅に置けないで・・」
『ドガッ、バキッ、メキッ』
みずき「行くわよ。小波」
小波「あ、うん(矢部君大丈夫かな?)」
小波はみずきに蹴る、殴るの暴行を受け道端で伸びている親友の心配をしながら学校へと歩いて行く。
しばらく歩いて行くと(実際みずきは自転車だが自転車をひいて歩いている)
比較的新しいきれいな校舎が目に入る。ここが聖タチバナ学園だ。
小波「ふぅ、やっと着いたよ。結構遠いんだよなーここ。」
???「あら、小波さん。おはようございますですわ。」
目の前に現れたのはクラス委員長でお嬢様の 三条院 麗奈である。
基本的にはまじめで誠実でおとなしい女の子だ。 この女の前以外では。
麗奈「む、橘 みずき。今日こそ決着ですわ。勝負ですわよ。」
みずき「お、麗奈。相変わらずしつこいな〜。勝ったことないんだからいい加減あきらめたら?」
麗奈「余計なお世話ですわ。さあ、勝負ですわ。」
みずき「う〜ん・・・面倒くさいからパ〜ス♪小波、あとよろしく。」
そういうとみずきは自転車をこいでいなくなってしまった。
麗奈「むき〜。逃げるとは卑怯ですわ。待ちなさ〜い。」
そういうと麗奈ちゃんもいなくなった。
小波「やれやれ、懲りないな〜二人とも。」
『キーン、コーン、カーン、コーン』
小波「おっと、やばい遅刻しちゃう。」


66: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:40 ID:0ae9l0js
〜放課後〜
小波「さ〜て、今日も終わったし部活に行くかな。」
矢部「あ、待つでやんす。おいらもいくでやんす。」
そして、グラウンドへ。さすがにお嬢様学校だけあって設備はそろっている。
しかし、肝心な部員は・・・
???「よーし。点呼始めるぞー。」
この人は野球部顧問で数学担当の大仙 清先生だ。
大仙「それじゃあ左から番号」
小波「1」
矢部「2」
???「3!」
大仙「それじゃあ練習を始めるぞ。」
矢部「相変わらずさみしい点呼でやんす。」
???「仕方がないではないですか。少数派野球部なのですから。」
このすさまじく独特な、とてつもなくドでかい頭の人は2年生キャプテンの太鼓 望先輩だ。野球部はこの3人だけしかいない。
小波「しかし先生、3人だけというのは無理がありますよ。」
大仙「何を言う。人数が少ないからこそいいんじゃないか。たくさん練習できるだろ。」
小波「そ、そうですけど・・」
矢部「しかし、これじゃあ試合もできないでやんす。」
小波「やっぱり野球は9人いないとだめですよ。部員集めましょうよ。」
大仙「これでいいんだ。この少数部隊がいいんじゃないか。」
矢部「でもこのままじゃ廃部になっちゃうでやんすよ。」
大仙「え?」
小波「もしそうなったら監督不行き届きで先生にも責任が・・」
大仙「な?」
太鼓「それでも少数部隊を貫き通しますよ。そうでしょう、先生。」
大仙「いやー、やっぱり野球は9人いないとな〜。」
太鼓「え?」
矢部「やったでやんす。」
小波「でも、どうやって集めましょう。」
太鼓「生徒会に頼み込んではどうでしょうか。」
小波「あ、そういえばみずきちゃんが、
『困ったことがあったら何でも生徒会に行ってね〜♪』
って言っていたような。」
矢部「そうでやんす。さっそく頼み込むでやんす。」
小波「よ〜し。」
太鼓「ま、待ってください。生徒会に頼み込むにはご要望会議でないと・・・」
小波「ご要望会議?」
太鼓「そうです。生徒会が定期的に開くわけですがそこでなければ要望は聞いてもらえません。」
小波「そっか〜。」
『ピーンポーンパーンポーン♪』
みずき「只今からご要望会議を行います。要望のある学生は・・・」
矢部「なんと、ジャストタイミングでやんす。」
小波「よ〜し、さっそく頼み込むぞ。」


67: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:41 ID:0ae9l0js
〜生徒会室〜
小波「ふー、ここが生徒会室か。」
生徒会役員A「あ、ただいまサッカー部が交渉中ですので少しお待ちください。」
小波「あ、はーい。(歯医者かよ)」
生徒会役員A「よろしければご要望会議について説明いたしましょうか?」
小波「うーん、要するに会長に要望を言って頼み込めばいいんでしょ?」
生徒会役員A「はい。しかし、会長はあまのじゃくですから・・・」
小波「必死に頼み込まないとだめってことか。」
『ガチャッ』
みずき「残念でした〜。また来てね〜♪」
サッカー部員A「ちくしょー。もう頼まねーからな。」
生徒会役員A「あ、却下されたようですね。」
小波「わあ、」
生徒会役員A「それではがんばってください。」
小波「よーし、気合い入れていくか。」

みずき「いらっしゃーい。」
小波「おねがいします。」
みずき「で、要望はなに?」
小波「とりあいず部員がほしくて。」
???「人事のことなら僕だな。ふーん、部員ね〜・・・
僕は反対だな。部員と言ったって調達するのは難しいんだよ」
こいつは生徒会の人事担当の宇津だ。金髪でいつもバラを持っているキザな奴だ。
宇津「みずきさんはどう思いますか?」
みずき「あー、許可でいいんじゃない。」
一同「ちょ、みずきさん?」
会計担当で関西弁の原と、外部関係および副会長の大京も同時に声を発した。
みずき「面倒くさいし行くとこあるからさっさと終わらせたいのよね。」
小波「やったー。(ちょっと不本意だけど・・)」
みずき「じゃあ、後日連絡するからよろしく。
あ、もうこんな時間、早くいかないと・・・」
宇津「あの、みずきさん。後ろの人の要望は・・」
みずき「ああ、全部許可しておいて〜。」
小波「(おいおい、そんなことでいいのか)」
みずき「じゃあ、わたし帰るから。」
そういって帰ってしまった。


68: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:42 ID:0ae9l0js
数十分後
みずき「ふう、時間ちょうどかな。」
そういって川原のグラウンドを見渡してみる。すると、昨日みずきが投げていた場所で隆哉は投げ込みをしていた。
隆哉「あらよっと。」
『ビュッ ギュウウウウン ガシィィ』
それはみずきが肉眼でとらえられないほどのスピードだった。150km/hは出ていたであろう。それに驚いているみずきに隆哉は声をかけた。
隆哉「お、来たか。ってことは・・」
しかしみずきは
みずき「一つ聞かせて・・・」
という。
隆哉「なんだ。」
みずき「どうして赤の他人の私に協力なんてするの?」
その言葉を聞き、隆哉は頭をかきながら答える
隆哉「うーん、本当に悪いことしたからさ。罪滅ぼしとでもいておこうかな。」
その言葉に嘘があったのはそのときのみずきにはわからなかった。
みずき「わかった。じゃあ協力して♪」
隆哉「わかったよ。じゃあ、おまえのアドレス教えてくんねえか?」
みずき「え、なんで?」
隆哉「ここにきて毎日ってわけにもいかないだろ。」
みずき「それもそうね。」
そういってアドレス交換を済ませる。
隆哉「じゃあ、もうそろそろ終電の時間だろ。」
みずき「うん。じゃあまったね〜。」
このときのみずきにはわからなかった。再会が予想外に早かったことを。


69: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:43 ID:0ae9l0js
〜5日後〜
担任「えー、突然だが編入生を紹介する。」
生徒「おーーーー!!」
クラス全体が騒ぎ出す。(注)この教室には小波・矢部・みずきの3人がいる。
矢部「きっとかわいい女の子でやんすよ。むはーーー」
小波「そ、それはどうだか・・・ みずきちゃん何か知っているんじゃないの?」
みずき「ん、何も聞いていないわよ。」
担任「えー、では静かに。 じゃあ、入ってきて。」
???「はい。」
次の瞬間男子生徒は一気にガッカリそうな顔をする。
男だったからだ。女子生徒は騒いでいた。みずきを除いて・・・
みずき「え、な、」
まるで煮え湯を飲まされたかのような表情をしていた。
隆哉「編入生の横山 隆哉です。南ナニワ川高校から来ました。よろしくお願いします。」
小波「ん、みずきちゃんどうかしたの?」
その声はみずきに聞こえていなかった。


70: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:47 ID:0ae9l0js
その日の放課後
『コン、コン』
小波「はーい。」
部室の戸を叩いたのは宇津だった。
宇津「部員を連れてきたぞ。」
小波&矢部「おー・・・」
???「ちょ、何でハンドボール部のはずのおれが」
???「お、おいおい、いくら足が速いからって俺は陸上部だぞ。」
隆哉「・・・・・・・・・・・・」
矢部「な、なんかすごいメンツでやんす。」
宇津「仕方がないだろ。こうでもしないと難しいんだから。じゃあ、僕は失敬するよ。」
小波「はぁ〜、とりあいず自己紹介してよ。」
金村「俺、、金村。ハンドボール部・・・だった。」
松田「俺は松田。陸上部だったけど無理やり。」
隆哉「なんか苗字嫌いだから隆哉でよろしく。(まさか編入して早々これとは・・・・」
小波「じゃあ、ちょっと外で軽く練習しようか。」
案の定素人だった。キャッチングセンスもバッティングセンスもほとんどなかった。
ただひとりを除いては。
小波「じゃあ、次隆哉。」
隆哉「うっし、こい。」
『カーン』
小波「あ、ごめん。」
いきなりミスして隆哉のはるか右にボールを打ってしまった。しかし・・・
『ダッダッダ ズザザー パシィ シュッ』
たとえプロが守備をやっても捕れないであろうボールをキャッチして見せたのだ・・・
矢部「す、すごいでやんす。まあ、でもおいらにはかなわないでやんす。」
隆哉「お、それじゃあ試してみる?」
矢部「望むところでやんす。」
小波「おーい、ふたりとも〜?」
隆哉「じゃあ、おれが投げるからお前が打って。3打席でヒット1本打てたらお前の勝ちな。」
矢部「楽勝でやんす。」
隆哉「じゃあ、だれかキャッチャーやって。」
小波「じゃあおれがやるよ。」
隆哉「じゃあいくぜー。」
1球目はワインドアップモーションからのオーバースローだ。
ボールはど真ん中、130km/hくらいだろうか。
矢部「もらったでやんす。」
しかしボールはまるで矢部のバットを滑るように逃げて行った。
矢部のバットが空を切る。 スライダーだ。 
隆哉「ワンストライク。じゃあ次いくぞ。」
二球目はアウトハイに大きく外れる130km/hくらいのボールだ。
矢部は当然のように見逃した。しかし、
『ククン、 スバーン』
ボールはアウトローぎりぎりいっぱいに入った。 今度はシンカーだ。
矢部「つ、次こそ打ってやるでやんす。」
隆哉「次だ。」
すると先ほどとは打って変わって今度はセットポジションからの投球だ。
隆哉「う、お、おおおおぉぉぉ」
サイドスローから放たれたそのボールは小波が瞬きをする間もなくミットに収まった。
スピードガンを見る
小波「ひゃ、159km/h?」
ほとんど160km/hだ。
隆哉「(こ、こいつ?三塁手のはずだぞ。)」
隆哉は159km/hの剛速球をとった小波を見つめている。小波の目にはで入らなかったが・・・・
矢部は口をパクパクさせている。このあともう2打席勝負したがすべて三振だった。
小波「隆哉くん、だったっけ?ポジションは?」
隆哉「経験浅いけど、遊撃手と捕手、あとは抑え専門の投手かな。」
ムカつくくらいの万能性だった。
小波「ほかのみんなは・・・まあ、素人みたいだしこれからポジション決めればいいか。今日はキャプテンいないから解散でいいや。」


71: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:48 ID:0ae9l0js
数分後・・・
隆哉「あーあ、疲れた。まあ、野球部に潜り込むまでは予定外だったけど結構順調だったかな〜。」
???「ちょっと、待ちなさいよ。」
後ろから声をかけてきたのはみずきだった。
隆哉「ん、みずきか。何か用?」
みずき「何か用?っじゃないわよ。 どういうことよ、突然編入学なんて」
隆哉「それはいずれわかるさ。それよりみずき、野球部の小波っているだろ。
そいつをちょっと・・・」
みずき「な、ふざけないでよ。そんなことできるわけ・・・」
隆哉「じゃあ矢部にするか?別にそれでもいいんだけどな。」
みずき「う、わかったわよ。」
隆哉「うーん、といっても・・・ちょっと下準備がいるな。
悪いけどさ。2年になるまで待ってくれないか?」
みずき「それは別にいいけど・・・」
隆哉「さて、次はお前だな。」
みずき「へ?」
隆哉「ちょっとさ、あの川原のグラウンドでやることあるからさ。おまえの変化球の改良。あれじゃ使い物になんねえよ。」
みずき「つ、使い物にならない?」
隆哉「俺だってあまりパワーはないほうなんだぜ。つまり、そのおれにホームラン性の当たりを打たれるってことはよっぽどってことだ。どんなにキレが良くても
球が軽いうえにあの変化量じゃどうしようもないだろ。」
この言葉に多少みずきはカチンときたが、しかし実際否定できなく、黙るしかなかった。
隆哉「・・・・・一つ勘違いするなよ。」
みずき「へ?」
隆哉「俺はおまえが野球部に入るのに協力するわけじゃねえぞ。
野球部に入らせて甲子園で優勝させてやるのが目的だからな。」
みずき「うん。」
隆哉「じゃあ、いくか。」


72: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:48 ID:0ae9l0js
川原 グラウンド
隆哉「さてと、とにかくキレはいいんだ。
あとは変化量を増やすか、速さを増して直球と見させるかのどっちかだけど、
お前の球速自体大したことはないからな。変化量で幻惑させるのが妥当だろ。
とはいっても・・・ただのスクリューじゃあな〜。
これしか球種がないんだし・・・ うーん、・・いや、こうでもない。」
しばらくぶつぶつ言っていたが、
隆哉「いっそ、オリジナル変化球作るってのはどうだ。」
みずき「オリジナル変化球?」
隆哉「そう。昔のヨネボール・ヨシボール・カミソリシュート、みたいな感じで。」
みずき「でも、そんなの簡単にできるわけが。」
隆哉「ほんの少し握りを変えたり、ちょっとリリースポイントを変えるだけで結構うまくいくもんなんだよな。例えば、俺が開発したシンカーのオリジナル見せてやるよ。
『クラウド・ムーン』って言うんだけどな。まあ、ただのかっこ付けだよ。」
そう言ってモーションに入る。オーバースローから投じられたそのボールはスローカーブ気味に落ちて行った。しかしみずきの手前で突然シンカー方向に、急激に変化したのだ。
この衝撃な球を放った隆哉はしかし、肩を押さえてしゃがみこんでいる。
みずき「ちょっと、どうしたのよ。」
隆哉「チッ、肩に負担をかけすぎたか。」
みずき「どういうこと?」
隆哉「ちょっと変化球の投げすぎで肩を壊してるんだ。
せいぜい1日にできる全力投球は20球程度になっているんだ。
さっき部活で投げたのが10球だったけど変化球中心で投げていたからちょっときつかったな。まあ、俺自身は投げれないけどお前にアドバイスはできるから。おれの言う通りやってみろよ。まず・・・・」

そういってリリースポイント・フォーム・握り・手首のスナップなど的確にアドバイスしていく。
隆哉「んで、自分の理想とするフォームはできたか?」
みずき「うん、ばっちり。じゃあ行くわよ。新変化球、『クレッセントムーン』」
隆哉めがけて今開発したばかりの変化球を三日月の見守る中投げる。
体を大きくひねった前よりも独特なフォームから投げた。
クロスファイヤーから投げたそれは実際の変化の2倍にも見えるとてつもない変化だった。
隆哉「!!! くっ」
『ばしぃ』
隆哉も何とかとるのが精いっぱいだった。
隆哉「ず、ずいぶんとまたすごいものを投げてきたな。」
みずき「ふっふーん♪これでもまだ思い通りにいっていないのよ。」
隆哉「むぐぅぅ」
隆哉は唸っていたが、なぜか重い口調で話し始めた。
隆哉「あいにくだがこれを捕れるキャッチャーは高校生レベルだといないと思うぞ。
確かに俺は捕っているが結構きついしそもそもキャッチャーよりショート守ったほうが
断然守備範囲が広い。(自分で言うのもなんだが)
だから野球部でキャッチャーやる時は正捕手が怪我したときくらいのつもりでいたからな。 つまり、おまえはこれからこれを捕れるキャッチャーを来年、遅くとも3年になるまでに見つけないと、厳しい。」
みずき「うーん、助っ人なしで甲子園に行けるようにするために部員集めはするつもりだったけど、トップレベルの捕手が最低一人いるってことね。」
隆哉「そういうこと、っとそろそろ時間だぞ。」
みずき「うん。じゃあまた明日ね〜。」
そういってご機嫌そうに去って行った。


73: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:50 ID:0ae9l0js
1年夏 甲子園県予選
大仙「よーし、何とかメンバーもそろったし出られるぞ。
(何とか小波がみずきに頼み込んでメンバーをそろえた)では、メンバーを発表する。」
1番 センター 矢部       矢部「やんす」
2番 ライト  金村       金村「はい。」
3番 ショート 横山       隆哉「・・・あ、俺か。ふぁーい。」
4番 サード 小波        小波「(お、俺が4番)はい。」
5番 セカンド 松田       松田「うっす。」
6番 ファースト 太田      太田「やるでごわす」(相撲部兼部)
7番 レフト 小松        小松「はーい」(帰宅部だが中学時代2年間経験あり)
8番 キャッチャー 相川     相川「おっす!」(ラグビー部兼部)
9番 ピッチャー 太鼓     太鼓「任せてください。」
小波「に、してもすごい顔ぶれだな。」
隆哉「まあ、全国探しても多分俺らくらいだな。」
大仙「じゃあ、みんながんばるぞ。」
一同「オー!」
・・・・・・・・・・・隆哉「くじ運悪!!」
相手は去年甲子園出場校。常連にもなっている恐怖高校
太鼓「も、申し訳ない。」
隆哉「ま、どっかでどうせあたるんだしいいんじゃね。」
小波「と、とにかくみんな頑張ろう。」
一同「・・・(シーン)」
先攻を取ってプレーボール・・・・・・・・・・・・・・
7回コールド 恐怖高校 12-4 ・・・
小波「完敗だったな。」
矢部「ショックでやんす。」
隆哉「・・(まさか、7回まで粘れるとはな。結構いい戦力あるな。)」
上位打線の打撃で1回、3回、5回と点を入れ3点、そして6回に6番太田のソロで4点を奪ったが、恐怖高校の打線に全く歯が立たず大量失点。
控え投手の不足が目立ち太鼓は4回1/3を12失点と大炎上。
のこりの1回2/3をなんとか隆哉が抑えるも時すでに遅し・・・
隆哉「まあ、次頑張ろうぜ。」
生徒会室
みずき「なによ。全然だめじゃない。」
大京「みずきさん、大学のほうへ行きますよ。」
みずき「うん。」


74: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:50 ID:0ae9l0js
この生徒会3人衆だが、意外と野球がうまいわけで・・・・
『カーン』、『カーン』、『カキィーン』
原「ふぃー。だいぶええ球飛んだなー。」大学生の球をことごとくヒットにする原に、
『グワガキィィーーーーン』
140km/h後半の速球を軽々スタンドに運ぶ大京、
『ビシュッ ズバーン』
MAX150km/hの伸びのある球を投げる宇津、そして、
『ビュッ ククン スパーン』
みずき「へっへーん♪」
クレッセントムーンをほぼ完成形に近付けたみずき。
大学コーチ「よーし、今日はここまで。」
4人「ありがとうございましたー。」
大学コーチ「それにしてもおしいね。高校生ならトップレベルなのに。」
みずき「はは、」
大学コーチ「おっと、余計な御世話だったかな。」
みずき「いえ、お世話になりました。」
・・・・帰り道
原「お、」
大京「バッティングセンターですね。このような所にあったとは、」
原「ちょっと打っていかへんか?」
宇津「おいおい、終電は大丈夫なのか?」
原「平気や平気。大京、おまえは?」
大京「私は失礼いたします。」
宇津「僕も失礼するよ。僕はバッティングは無縁なんでね。」
原「なんやー、つれへんな。みずきさんはどないします?」
みずき「うーん、わたしはちょっと寄って行こうかな。」
大京「で、ではわたしも」
宇津「みずきさんがいるのならよろこんで。」
原「ほな、いこか。」
『がらーーん・・・』
原「なんや、めっちゃすいてるな。」
大京「まあ、こんな時間ですから。」
みずき「んじゃ、わたしは120km/hくらいにしておこうかな〜。」
大京「私も普通のマシーンで」
宇津「僕は見学させてもらうよ。」
原「じゃあワイは一番速いとこで・・・・」
『カーーン、カーン、キィィン、カキィィン』
原「ええ音させとるやつおるな。」
???「うーん、おっちゃん、ちょっと頼みたいことあるんだけど・・・」
店員「またかい?まあ、べつに人が少ないからいいけどさ。」
???「どうも〜。」
そういうと店員は後ろのネットを下げる。何をするのかと思いきや、
キャッチャーミットをもって入っているではないか。
『バシィ、バシィ、ズドーン』
原「ここが一番速いはずやけど・・・」
『155km/h スライダー・フォーク・シンカー・シュートミックス』
原「・・・・・・・・・・・・・・・・」
原「ど、どこに来るかも、何が来るかもわからへんのに・・」
『ズドーン、バシィ』
みずき「原、終わったの?」
原「まだですけど、それより」
そういって指差すが、すでに終わっていた。
???「どうもありがとうございました。」
店員「ああ、それにしても相変わらずすごいな。」
???「お世辞でもうれしいですね。」
店員「いやいや、ん・・あ、すみません。」
???「あ、待っていました?すみませ・・・・ん?」
みずき「って、なんであんたがここにいるのよ。」
隆哉「べつにいいだろ。練習兼ねてやってるんだよ。家が近いんだし・・」
大京「どうかしましたか?」
宇津「何かあったのかい?」
原「い、いや、わいにもさっぱり何が何やら・・・」
宇津「ん、君は確か無理やり野球部に入れた編入生の」
隆哉「あ、生徒会の・・・」
みずき「話をそらすな。」
大京「それよりみずきさん、そろそろ電車が・・・」
みずき「え、ああ。まずいわね。 とにかく、明日ちゃんと話はきかせてもらうわよ。」
そういって生徒会の4人衆は去っていく。
店員「知りあいかい?」
隆哉「ええ、同じ学校の人です。」
店員「じゃあ、あの子は彼女かい?ずいぶんかわいい子だけど・・・」
隆哉「!!!ま、まさか、そ、そ、そんなはずが・・・」
店員「おや、図星かい?」
隆哉「ふぅ、ただの片思いですよ。 俺の・・・」
店員「まあ、がんばりなさい。」
隆哉「・・・・それじゃあ、」
まあ、この気持ちはみずきは知るよしもないわけだが・・・


75: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:50 ID:0ae9l0js
1年秋の県大会
隆哉「お、今回結構いいとこまでいけそうだな。」
組み合わせを見る限りかなり安パイだった。
そして
小波「やったー。地区大会の切符を手に入れたぞ。」
太鼓「こ、ここまでできるとは、感激です。」
秋の地区大会
隆哉「初戦は、・・・灰凶高校?たしかあの東西に分かれている乱れ切った学校か。」
矢部「それなら余裕でやんす。これなら春の甲子園も夢じゃないでやんす。」
隆哉「いや、確かあそこには・・・」
大仙「初戦の相手のビデオが手に入ったぞ。」
太鼓「さっそく見てみましょう。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小波「な、何だこいつら・・・」
矢部「全然余裕じゃないでやんす。」
隆哉「灰凶高校・・・センターの御宝、キャッチャーの怒拳、そしてピッチャーの
哀樹兄弟のうち末っ子と長男を主軸とした、重量級打線と本格派投手を併せ持ったチーム、
実際甲子園出場はいつも学校が問題を起こして取り消しになるが・・・
レベルは甲子園大会でもベスト16はいくくらいだ。」
太鼓「みなさん、とにかくここまで来たのですから精一杯頑張りましょう。」
小波「そ、そうだ。とにかく頑張ろう。」
一同「オーーー!!」
メンバーは夏の甲子園大会と同じ、
・・・・・・・ゲームセット、4−2 灰凶高校の勝利。
矢部「おしかったでやんす。」
小波「くそー、あと2点だったのに・・・」
隆哉「(確かに負けたが、相手の得点は全部ソロ・・・
こっちの得点は打線のつながりで取ったからゲーム内容では完全に俺らのほうが上だ。
あともうひとつ、決定的な力が・・・ みずき・・あと少しだ・・」


76: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:51 ID:0ae9l0js
そのころ、
みずき「ふう、だいぶ人数もそろったし、来年の野球部は安泰ね〜。
あ、ここは・・ そう、確かここで隆哉にあったんだよね。
お、野球やってるじゃん。中学生かなー。2死満塁のピンチじゃん。」
『ビシュッ』
???「あ、しまった。暴投だ。」
みずき「あちゃー、最悪。ワイルドピッチで1点ね。」
『キュピーン、 バシィ。』
みずき「え、あの暴投に反応?しかも捕球した。・・・見つけた。」
・・・・・
???「助かったよ聖。おかげで最後の試合を勝利で飾れたよ。」
聖「む、私は当然のことをしたまでだ。」
???「そうか。しかし残念だな。高校でも一緒にやりたかったけど」
聖「仕方がない。このあたりは女子の野球部入部は基本的に認められていない高校ばかりだしな。」
???「そうか。残念だな。」
・・・・・
聖「む?」
みずき「話は聞いたわよ。あなた、野球部のある高校に行かないの?」
聖「聞いていたならわかるはずだ。野球は今日で最後だ。」
みずき「ねえ、聖タチバナで一緒に野球部に入らない?あなたの力が必要なのよ。」
聖「私の、力が?」


77: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:51 ID:0ae9l0js
2年 春
小波「早いなー。おれたちももう2年か。」
矢部「そうでやんすねー。下級生に上級生との上下関係というものをはっきり叩き込むでやんす。」
隆哉「生徒会長が下級生だった去年はどうなる?」
矢部「あいかわらずいやな性格でやんす。モテないでやんすよ。」
隆哉「大きなお世話だよ。」
大仙「静かにー。では新入部員を紹介するぞ。」
???「斉藤です。ポジションはピッチャーです。」
???「武藤です。ポジションは・・・」
小波「けっこうはいったな。」
矢部「これで助っ人部員がいなくても何とか試合ができそうでやんすね。」
小波「でも、いやでもあの子に目が行っちゃうよな。」
矢部「行っちゃうでやんす。」
???「・・・」
大仙「最後はすごいぞ。何と女野球選手の六道 聖君だ。
バッティングセンス・キャッチングセンスともに抜群だという。
一言挨拶してくれ。」
聖「・・・」
矢部「無口な女の子でやんす。」
小波「にしても女の子で野球って珍しいな。」
太鼓「なんでも、生徒会の特別推薦枠だそうですよ。」
小波「また生徒会か・・・」
矢部「でもおいらのほうが絶対強いでやんす。」
聖「そこのおまえ、そこまで言うなら勝負してみるか?」
矢部「望むところでやんす。」
・・・・・・・・・・
矢部「勝負はバッティングマシーンでやんす。ヒットを多く打ったほうの勝ちでやんす。」
聖「なんでもいいぞ。」
矢部「おいらからいくでやんす。」
『カーン、カーン』
小波「連続ヒット?」
矢部「ふふ、お次はカーブ打ちでやんす。」
『カーン』
小波「今度はセンター前?珍しく絶好調だね。矢部君。」
矢部「ざっとこんなものでやんす。次は聖の番でやんす。」
『カーン、キィン、キィン』
矢部「振り遅れているでやんすか?そんなことではカーブは打てないでやんす。」
『キィン』
矢部「当たっているでやんす。でも同じ方向にしか飛んでいないでやんす。」
隆哉「・・・これは・・六道の勝ちだな。」
矢部「なんででやんすか?」
隆哉「打球が全部ファーストベースに当たっている。」
矢部「なんと、でやんす。」
聖「そんなに珍しいことか?」
小波「狙っていたの?」
隆哉「ずいぶんと集中力のある奴だな。」
矢部「おいらの面目が立たないでやんす。」
小波「ずいぶんとすごい女の子だな。ん、どうかしたの?」
聖「!!!(こいつは、いや、他人の空似か。)いや、なんでもない。」
隆哉「(こいつがみずきの見つけたキャッチャーと見て間違いなさそうだな。
だが、確かに集中力があるがあの集中力ではまだ足りない。きついかな?)」


78: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:53 ID:0ae9l0js
練習終了後
聖「ふう、あ、みずき。」
みずき「聖?ごめんね。まだ結構時間がかかって・・」
聖「いや、いい。それより早くみずきと一緒に野球をやりたいぞ。」
みずき「うん。もうちょっとまってね。」
4月下旬
隆哉「ふぅ、練習終り。」
聖「おい、まだ30球だぞ。」
隆哉「んー、でも疲れるんだよね〜。あとは俺バッティングやってるから。」
小波「おい、そんな適当なことでいいのかよ。大会までもう日にちがないんだぞ。
太鼓さんだってこれが最後なんだぞ。」
太鼓「こ、小波君。私は別に・・・」
小波「それでも、しっかり練習しろよ。気分悪いよ。」
矢部「そうでやんす。自分が一番だって言っているみたいで気分悪いでやんす。」
隆哉「・・・・・俺、今日帰る。」
そういうと隆哉は走って部室に戻っていく。
小波「あ、おい、ちょっと待て。」
矢部「もう放っておくでやんす。あんなやつ。」
小波「そういうわけにもいかないよ。大事な仲間なんだから。」
そういって隆哉を追いかけていく。
小波は部室のドアを開けた。隆哉は・・いた。部室の隅にいた。
小波「なあ、隆哉君、さっきは言いすぎたかもしれない。でもやっぱり・・・」
そういいかけたところで小波の口は止まった。隆哉の様子がおかしい。
肩を抱えたまま震えている。
小波「た、たか・・」
隆哉「ぐ、うああぁぁ、か、肩が・・あがら、あがらねえ、
ちくしょう。どうなっていやが・・」
そういいながら無理やり肩を上げようとするが上がらない。
小波「た、大変だ。おい、無理に動かすな。誰か・・はやく先生を・・・」
そういって先生が駆けつけ、直ちに隆哉は病院へ車で送られていった。


79: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:54 ID:0ae9l0js
大仙「じゃあ、やることあるから、あとは一人で大丈夫だな。」
隆哉「は、はい。ありがとうござ・・ぅ、」
大仙「後でちゃんと報告しろよ。」
隆哉「は、はい。・・」
そういうと大仙先生は帰って行った。
隆哉「無責任な・・・ふぅ」
アナウンス「横山 隆哉様、第2治療室へお入りください。」
隆哉「あ、俺か。」
『ガチャッ』
???「ハーイ、ダイジョーブ博士デース。」
隆哉「(う、うさんくさ〜。)」
ダイジョーブ「オウ、アナタ大怪我シテマース。
野球選手ノヨウデスガコノママデハ一生野球出来マセーン。」
隆哉「(予感はあったが、やはりか・・・)」
ダイジョーブ「シカ―シ、ワタシハ天才デース。
アナタノ怪我ナオシテミセマース。」
隆哉「ほ、本当ですか。(嘘っぽいけどな)」
ダイジョーブ「シカ―シ、成功率ハワズカ10%デース。
モシ失敗スレバアナタノソノ右腕ゴト一生使エナクナリマース。
ソレデモヨロシイデスカ?」
隆哉「(く、こんな忌まわしい右腕・・もうどうでもいい。)
お、おねがいします。」
ダイジョーブ「ソレデハハジメマース。」
隆哉「そ、それでどんな治療を・・」
ダイジョーブ「マズ、アナタノ右腕ヲモギトッテ
ソノ後肩ノ修正ヲシマース。」
隆哉「え、ま、まさか冗談・・」
ダイジョーブ「冗談デハアリマセーン。」
隆哉「う、うわあ、に、逃げ・・・・・」
ダイジョーブ「ニガシマセーン、ゲドー君」
ゲドー「ギョー(ガシ)」
隆哉「く、いつの間に・・」
ダイジョーブ「モウニガシマセンヨ。(キラーン)」
隆哉「う、うわあああああぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
・・・・
ダイジョーブ「オウ、気絶シテマース。」
・・・・・・
看護婦「・・・ま・・さん、横山さん?」
隆哉「はー、はー、ゆ、夢?」
看護婦「第2治療室へお入りください。」
・・・・・・・
先生「??全く異常が見られないが・・どこがわるいのだね?」
隆哉「???????そんなばかな・・さっきまで肩が・・」
そういって肩をもちあげる。しかし、軽々持ち上がった。
先生「まったく。いたずらはやめてくれたまえ。暇じゃないんだから・・」
隆哉「??????????????????????????!」


80: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:55 ID:0ae9l0js
狐につままれたような顔をして帰ってきた隆哉を部員が迎え入れる。
以前から肩を壊していたことを大仙先生から告げられ、
大けがに追いやってしまったことを後悔している。少し顔も暗かった。
小波「だ、大丈夫だった?」
聖「や、野球は続けられるのか?」
隆哉「・・・・・・・六道、ちょっとボールとってくれないか?」
そういうと聖は隆哉にボールを渡す。
隆哉はゆっくり投球モーションに入る。その腕から投げられたボールは・・・・
すさまじい、そう、肩が完全に壊れるよりずっと球威もスピードもある球が飛んでいく。
小波「ぜ、全然平気じゃ・・・」
隆哉「あーーーー、もう、
何がどうなってやがるんだーーーーーーーーーーーーー!!!」
・・・・・・
大京「みずきさん、よかったですね。」
みずき「ふん、べつにどうでもよかったけどね。」
原「(素直じゃありまへんな。)」
宇津「(一番心配していたのにね。)」


81: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:55 ID:0ae9l0js
5月上旬
そのとき、ついにみずきが動いた。
みずき「今日はおじいちゃんが偵察に来る日、よし。」
学長「運動部か、どれどれ・・」
サッカー部員「いくぜ、ドライブシュートだ。」
学長「うむ、がんばっておるな。
次は野球部か」
大仙「いくぞーノック」
『スカッ』
学長「まあ、がんばっておればいいか。」
みずき「おじいちゃん。」
学長「おお、みずきか、どうした。」
みずき「実は私、野球部に入ろうと思うの。」
学長「な、なんじゃと。わしは認めんぞ。いいか、おまえは・・・」
みずき「(ちぇっ、わかってはいたけど正面からは無理か。
じゃあ、隆哉の考えたあの方法で)」
学長「おまえは塾に通って勉強をし、立派なタチバナの跡継ぎになるために・・」
みずき「すてきなお婿さんを探せっていうんでしょ。」
学長「わかっておるではないか。だったら」
みずき「だーかーらー、そこなのよ。」
学長「?」
小波「あ、みずきちゃんに学長、こんちゃー。」
みずき「(ふふ、きたきた)紹介するねおじいちゃん。私のフィアンセの小波君。」
小波「はは、フィアンセの小波で・・ってえぇ(むぐ)」
みずき「(いいから話あわせて。)」
小波「(で、でも。)」
みずき「(断ると後ろから隆哉の剛速球が頭を直撃するわよ。)」
小波が後ろをチラ見すると、なるほど。ボールを持った隆哉がこっちをにらみつけている。
どうやらグルだったようだ。
小波「(う、うん。)」
学長「そんなやつがタチバナの器とは到底思えん。」
みずき「小波君は将来プロ野球選手になれる素晴らしい人よ。
きっと私を支えてくれるわ。」
小波「(は、話が大ごとになっていく〜。)」
学長「ほほう、そこまでいうならいいじゃろう。」
みずき「お、おじいちゃん?」
学長「ただし、その言葉が嘘だった時は、わかっておるじゃろうな。
わしの決めた男と結婚するのじゃぞ。」
みずき「!!!!!」
学長「ふぉ、ふぉ、ふぉ、楽しみじゃ。」
小波「ちょっと、みずきちゃん?謝るなら今のうちだよ。」
みずき「無理よ。こうなったらおじいちゃんには二言目は通じない。
こうなったら意地でも小波君をプロ入りさせるわよ。
よろしくね。ダーリン?」
大京&原&宇津「おー。」
小波「うわ、生徒会の・・・いつの間に?」
矢部「面白いことになってきたでやんす。」


82: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:56 ID:0ae9l0js
小波「なあ、みずきちゃん。」
みずき「ん、」
小波「ん、じゃないだろ。これからどうするんだよ。」
みずき「んー、とりあいず私と小波君が甲子園いって、2人そろってプロ入りして
なんかそれっぽくって感じかな?」
小波「甲子園っていったってそう簡単には・・」
みずき「あーもう。うるさいわね。大京・原・宇津、力を見せてあげなさい。」
大京&原&宇津「はい、みずきさん。」
そして・・・・
矢部「す、すごいでやんす。」
みずき「へっへーん。これでも大学で練習していたからね。」
小波「これなら甲子園も本当に夢じゃないかも。」
みずき「あ、それからちょっと演技の練習するわよ。」
小波「演技?」
みずき「一応おじいちゃんの前では恋人同士って設定なんだから。ちょっと練習。
愛してるわよ。ダーリーン?」
小波「えっ」
みずき「ほら、はやくやる。」
小波「あ、愛してるよ。みずきちゃ〜ん。」
みずき「はい。OK」
小波「OKなんだ。」
みずき「さーて、あとはマネージャーね。」
隆哉「まあ、この展開にすればそろそろ噂を嗅ぎつけてくるんじゃないかな。
・・あのお嬢様が・・・・・」
麗奈「おーーっほっほっほ。」
一同「(うわ、本当に来たよ!!!期待を裏切らない人・・・)」
麗奈「聞いたわよ。みずき。小波さんがあなたの恋人だそうじゃない。
こんなどうしようもない人を選ぶなんてしょせん・・・」
みずき「あーら、麗奈は知らないんだ。小波君はかっこよくてとってもいい人よ。」
宇津「うむ。」
原「せやな。」
大京「右に同意。」
麗奈「な、なんですって。」
隆哉「(あと一押しだな。)」
みずき「あ、でも麗奈が野球部にきたら小波君取られちゃうかも。」
麗奈「(チーャンス。ここで小波さんを取ればみずきに勝ったことに)
わかりましたわ。わたくし野球部のマネージャーになりますわ。」
みずき「うまくいった。しめしめ。」
隆哉「ナーイス。」
目を合わせている二人を見て小波は
小波「うわー。策士だよ。この人たち。」


83: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:58 ID:0ae9l0js
〜数日後〜
小波「そういえばみずきちゃん生徒会はどうしたの?」
みずき「やめたよ。生徒会にいたら野球なんてできないし。」
小波「やめたって、ご要望会議とかはどうするの?」
みずき「確かに・・・」
そして・・・
生徒A「さーて。今日もゲームを進めるかな。これって帰宅部の特権だよな〜。」
みずき「あー、そこのきみ。」
生徒A「あ、みずきさん。なんですか。」
みずき「君、帰宅部だったよね。よし。今日から生徒会は君に任せた。」
生徒A「そ、そんな。こまりますよ。おれのプライベートな時間が・・・」
みずき「ほほーう。この私に文句があるっていうの?」
生徒A「ひ、ひぃ〜。やらせていただきます。」
みずき「よろしい。」
生徒A「あ〜〜。おれのバラ色の放課後ライフが〜。」
アナウンス「ピーン、ポーン、パーン、ポーン♪」
生徒A「今日から生徒会を務めさせていただきます。座子田と申します。
只今からご要望会議を開始いたします。」
みずき「真面目そうな人でよかったよ。」
小波「う、うん。(いいのかな〜?)」


84: 名無しさん@パワプラー:07/09/16 22:59 ID:0ae9l0js
6月下旬
みずき「そろそろ大会か〜。あ、隆哉はあそこで練習しているかな?」
そういって川原に向かう。
みずき「うーん、どこだろ。
・・・・・・・・あ、いたいた♪」
『ビュッ、ククッ ビュッ、ククッ』
みずき「ピッチング練習かな。!!!」
みずきが驚いたのはネットの近くに転がっている球の数だった。
100球、いや200球は転がっている。
みずき「そ、そんな。練習で100球は投げていたのに。」
投手であるみずきにはすぐにわかった。ここまで投げれば、肩・肘を再び壊すであろうことを。すぐに駆け寄っていく。
みずき「ちょ、なにしてるのよ。せっかく治った肩がまた・・・」
隆哉「こんな肩、壊れたほうがいい。」
みずき「!!!!な、なにいってるのよ。すぐに止め・・・」
隆哉「うるせえ。」
みずき「!!!」
その言葉にむかっと来たみずきは持ち合わせていた精神注入棒で隆哉の後頭部を殴る。
隆哉はその場に倒れた。
みずきは倒れた隆哉を隆哉の家まで送って行った。
みずき「さ、さすがに重いわね。ううー。」
隆哉はその場で目を覚ました。
隆哉「・・う、うーん・・・み、みずき?」
みずき「あ、起きた?」
隆哉「ああ。い、とにかくおろしてくれ。」
隆哉「ふぅ〜。さっきはすまんな。」
みずき「なにか、あったの?」
隆哉「おまえにはまだ話していなかったっけ?
ちょっと家まで来いよ。話してやるよ。」
そう言って家まで歩いて行く。
隆哉「少し長くなるかもしれないな。
そう。あれは5年前だったな。」


85: 名無しさん@パワプラー:07/09/17 10:23 ID:mgeY4w5M
隆哉 小学6年
???「ナイピッチ!」
そういって当時小学6年の隆哉に向かってきたのはキャッチャーの草野だった。
隆哉「ああ、サンキュー。」
草野「にしても、本当にいい変化球だな。」
隆哉「はは、これだけが取り柄だけどな。」
そんな平凡な生活の中で、ある事件が起きた。
草野にバットが直撃したのだ。草野はすぐに起きたが、バッターに入っていた控えキャッチャーの伊東はあきらかに笑っていた。
隆哉「き、きっさま〜〜〜。わざとやりやがったな。」
伊東「は?何キレてんだよ。」
草野「隆哉、もういいよ。どうせ平気だったんだから。」
その日はたまたま監督は見ていなかった。
隆哉はマウンド上で、完全にキレていた。
隆哉「う、おおおおおおおぉぉぉぉ。」
そういって次の球を放っていく。ボールは、すさまじい速度だが、キャッチャーのはるか頭上だ。
伊東「へへ、ただの失投・・・」
すると、ボールは信じられない変化でシンカー方向へ、急激に曲がる。
伊東「う、うわあああぁぁぁ」
『ボカッ』
右打者の伊東の顔面を直撃した。伊東は顔面を抑えてその場に転がる。
球速は120km/hは出ていたであろう。リトルでこの速さはありえない。
もちろん直撃した伊東はただでは済まなかった。
頭蓋骨損傷、左眼球損傷による左目の失明、鼻の骨折
練習の中なので隆哉が責任を問われることはなかったが責任を持ってリトルを去った。
隆哉「・・・その後、どうなったかは知らない。」
みずき「そんなことがあったんだ。」
隆哉「中学に入ってからも何度かキレて投げたことがある。当てはしなかったけどな。
でも、その結果、何人ものやつがボールを怖がって野球をやめていった。
そして俺はそのボールを封印するために自ら肩を壊した。
まあ、確かに投げれなくはなったけどな。正直代償はでかかった。
だから俺は、捕手、遊撃手とコンバートしてできるようにした。
でも、この前のよくわかんねえ事件で肩が治った。
また、キレて投げて、人の選手生命を奪うのが怖い。」
そのとき、みずきは初めて恐怖におびえる隆哉の少しもろい面を見た。
みずき「でもさ、わたしが打たれなければいいんでしょ。
宇津だっているし、隆哉に簡単に出番は回さないわよ。そうすれば、肩を壊さないですむでしょ。・・・・だからさ、そんな、肩を自分で壊すなんて・・・やめてよ。」
隆哉「(みずき・・・)ああ、わかった。そのかわり、間違っても俺に出番回すなよ。」
みずき「誰に言ってると思ってるのよ。」
隆哉「約束だぞ。」


86: 名無しさん@パワプラー:07/09/17 10:25 ID:mgeY4w5M
夏の甲子園大会予選
大仙「じゃあメンバー発表するぞ。
1番 セカンド   原          原「よっしゃぁ。」
2番 キャッチャー 六道         六道「うむ。」
3番 ショート   横山         隆哉「まかせとけ。」
4番 ライト    大京         大京「はい。」
5番 サード    小波         小波「(お、俺がスタメン)はい。」
6番 センター   矢部         矢部「やんす。」
7番 ファースト  田辺(新入部員)   田辺「が、がんばります。」
8番 レフト    小松(結局正式入部) 小松「はい。」
9番 ピッチャー  橘          みずき「まっかせといてよ。」
これでいくぞ。」
矢部「妥当なメンツでやんす。」
小波「なあ、なんで隆哉君がピッチャーやらないんだ?肩治ったんだろ?」
隆哉「う、うーーーむ・・・」
みずき「なによ。わたしじゃ不満?」
小波「い、いや、そんなことは。」
みずき「だったらいいでしょ。」
球場
矢部「一回戦の相手は・・・極亜久高校・・げっ、でやんす。」
小波「あのワルばかりの高校かよ・・・」
隆哉「ま、別にいいだろ。ルール無視すりゃ失格なんだし。怖がることねえだろ。」
???「よう。久しぶりじゃねえの。 隆哉・・・」
隆哉「な?い、伊東?」
伊東「そんなに驚くことかよ。同じ地区だったんだから。
それより。5年前の借りは返させてもらうぜ。」
小波「だ、誰?知り合い?」
隆哉「な、なんでもない。」
伊東「じゃあな。」


87: 名無しさん@パワプラー:07/09/17 10:26 ID:mgeY4w5M
試合開始
審判「プレーボール。」
まずは1番の原がセンター前、六道がライト前とあっという間の
ノーアウト1,3塁の大チャンス。
バッターは3番の隆哉・・
小波「たのむぞー。」
矢部「絶対打つでやんす。」
ウグイス嬢「極亜久高校、選手の交代をお知らせします。」
小波「も、もう?」
ウグイス嬢「ピッチャー、小林君に代わりまして、ピッチャー、伊東君。背番号1」
隆哉「な、何のつもりだ?伊東」
審判「プレイ」
キャッチャー「おい、伊東から伝言あずかってるぜ。
『今のはハンデだ』ってな。」
隆哉「・・・・」
隆哉の耳には入っていなかった。ピッチャーのモーションに集中し、キャッチャーの心を読んでいる隆哉の耳には。
隆哉「初球は、投手の判断か、ここは一球見るか?あいつの投球は見たことないから
まずは球筋を見極める。」
初球、その球は、150km/hは出ていた。しかし、ボールは隆哉の顔面に向かっていく。
隆哉「はぁ、借りを返すってこのことか。失投みたいに見せてはいるけど、
よけられるだろ。」
そういってやすやすよける。
その後3球目のスライダーを打ち左中間を破る2点タイムリーツーベースに。
4番大京は空振りの三振。
5番小波の打順に。
『ズドーン』
審判「ストラーイク」
小波「は、はやいけど、隆哉の球に比べれば・・・」
2球目『ビュッ』
『カキィィィーーーン』
そう。隆哉が打撃投手をしているチームにとっては剛速球はあまり意味がない。
打球はバックスクリーンへ。
その後は凡退。
しかし、初回4点を奪った。
その後みずきが順調に抑えていったが、5回、事件は起きた。


88: 名無しさん@パワプラー:07/09/17 10:26 ID:mgeY4w5M
ウグイス嬢「2番、セカンド、井上君」
伊東「(ちくしょう。こうなったら・・・)」
3塁ランナーの伊東・・
3球目、ホームスチールを行った。
聖「な、でも、普通にタッチできる。」
ボールを持って追いかける。
しかし、伊東はそれを強引に交わす。
聖「く、」
みずき「聖、こっち。」
ホームにカバーに入っていたみずきに送球する。
そのとき、隆哉は感じ取っていた。伊東の、その憎悪の心を。
隆哉「(な、やばい)みずき、避けろ。点を入れてもいい。」
しかし、遅かった。伊東はみずきに体当たりを仕掛けた。
伊東「こいつつぶせばあとはどうにでもなるって知ってんだよ。
てめえは肩を壊して後の控えは大体打てるんだから。」
みずきは容赦なく吹っ飛ばされる。
聖「な、みずき。」
みずきは気を失ったまま動かない。どうやら頭を打ったようだ。
みずきはベンチに下がる。
大仙「横山、おまえがピッチャーやってろ。」
隆哉「・・・」
そして隆哉はブルペンに上がる。
隆哉「あの野郎・・・・・そっちがその気なら。
・・・全員ぶっ潰す。」
キレた。
聖「な、隆哉せんぱ・・」
隆哉「六道。お前の要求したコースに絶対入れる。球種は俺に任せろ。
間違ってもそらすなよ。」
聖「あ、ああ。」
それが、悪魔の目覚めだとは知らなかった。
2死満塁。ランナー3人はすべてフォアボール。しかし、全員が何かを恐れていた。
隆哉「うるああああああああああああああぁぁぁぁ。」
ボールは、顔面へ向かっていく。
相手「ひ、ひぃぃぃぃ。」
しかし直前で曲がっていく。
伊東「ば、ばかな。あいつは肩を壊して・・・」
全員デッドボール寸前の球を投げられ続けた。
そして・・・
隆哉の打席。
隆哉「ぶっ潰す・・・」
伊東「ふ、ふざけやがって。」
隆哉の打球は、明らかに伊東を狙っていく。そして、ぎりぎりでそれて、信じられないそれ方ですべてファールに・・・
そして、11球目。隆哉の打球は、伊東の顔面を直撃する。
結局試合は極亜久高校が棄権して聖タチバナの勝利。
しかし、決して後味の良い勝利ではなかった。


89: 名無しさん@パワプラー:07/09/17 10:26 ID:mgeY4w5M
その夜、みずきは再び隆哉の家を訪れた。
隆哉は、部屋の隅でうずくまっている。
みずき「た、たか・・」
隆哉「ちっくしょーーーーーー。」
その悲痛な叫びは聞くに堪えられなかった。
隆哉「また、やっちまった。くそ、抑えたつもりが・・・
ちっくしょーーー。」
みずき「た、たか・・隆哉・・・」
隆哉「み、みずき・・・か?」
みずき「うん。」
隆哉「すまねえが、これ持って帰ってくれ。」
渡されたものは、退学届。
みずき「そ、そんな。」
隆哉「もう、思い出したくねえんだ。」
みずき「で、でも、そんな」
隆哉「いいから、放っておいてくれ。こんな落ちこぼれ。」
みずき「う、わかったわよ。この泣き虫。わからずや。大っきらい。」
そういって去っていく。
みずき「う、(くすん)なん・・で、こん・・な、すなおじゃ・・ない・・の?
たか・・やに・わたしのせいって・・いおうと・・しただけなのに・・・
約束、破って・・ごめんって・・・」
そして、2人はもう2度と会うことはなくなった。
その別れの夜を、三日月は見つめていた。


90: 名無しさん@パワプラー:07/09/17 10:29 ID:mgeY4w5M
そして、プロに入って数年。三日月を見るたびに思い出す別れの夜。
忘れたくても忘れられない。もういちど、隆哉に会いたかった。
そして、なんとなくテレビをつける。少しでも忘れようと。
テレビでは・・キャットハンズのニュースをやっていた。
テレビ「えー、キャットハンズの入団テストで、163km/hの速球を投げる本格派投手が
いたことが・・・・・」
みずき「へぇー、じゃあ入団してくるんだよね。」
テレビ「名前は、横山 隆哉選手と言って、投手のほかに遊撃手、捕手としても・・・」
みずき「!!!!!!!!!」
それは、まぎれもなく高校時代一緒だった隆哉の名前・・・
チャイム「ピンポーン」
みずき「だれよ。こんなときに・・」
ドアを開けると、立っていたのは隆哉だった。
みずき「あ、」
隆哉「入って、いいか?」
みずき「う、うん。」
しばらく沈黙していたが、隆哉が口を開く。
隆哉「まず、ごめん。」
みずき「え?」
隆哉「高校のことだよ。あのとき、やめていって・・・」
みずき「でも、なんでいまさら・・・」
隆哉「おまえのプロ入りを聞いて、真っ先におめでとうって言ってやりたかった。
でも、俺なんかが言えるわけがない。それで、おれもプロを目指した。同じ舞台に立つために。
投球感覚を取り戻すのにだいぶ時間がかかって・・それに、性格も・・・」
みずき「え、うそ。な、なんでそこまで・・。」
隆哉「お、おまえのことが・・好きで忘れられなかったんだ。」
みずき「!!!」
みずきの顔が赤くなる。
隆哉「俺、素直じゃなかったんだよな。
お前を野球部に入れる手助け、甲子園に連れていく手助けなんて大ウソ。
お前をプロにしてやりたかったんだ。」
みずき「なんでそこまで?」
少し半泣きの状態だ。見られるのが恥ずかしいのか・・顔を隠す。
隆哉「は、はじめて、あった時から、好きだったんだよ。
そうでもなけりゃあ気絶したお前を家に入れたりそこまで親切にしないよ。」
みずき「え、そ、それ、本当に・・?」
隆哉「う、うそなんかじゃない。本当のことだ。
それで、ここにきたんだ。
別にお前が俺のこと嫌いでもいい。これだけ、伝えたかった気持ちだから。
もし、いいなら、つ、つつ、つ・・・付き合ってくれ。」
みずき「う、ううううう。じゃ、じゃあさ、これだけ、約束ね。」
隆哉「な・・に?」
みずき「付き合ってあげるから・・その、け、結婚・・して。」
隆哉「!!!!!!!?」
今度は隆哉の顔が赤くなる。
みずき「結局、結婚相手なんて見つかんないでもう、この年でしょ。
だから、・・・わたしも、隆哉のこと、好き・・だから。」
隆哉「う、うん。約束だ。今度こそ。」
そう言って口づけを交わす。その、三日月の浮かぶ様子をながめて・・・・・

蛇足 えー、途中でめんどくさくなって無理やり終わらせました。
続編(というか退学届のあたりを書き換え)作っていますが、
個人的に時間もないので・・・・まあ、希望があれば載せますが・・・いまいちだと思うんで・・
一応終わりといったところで・・・

91: 名無しさん@パワプラー:07/09/18 17:10 ID:V.Bw.gJE
>>90
読破した。b
楽しめたけど、>>55の直後に台本小説が来た所為かちょっと萎えた。
文章練習してからまたチャレンジしてくだしあ

92: 名無しさん@パワプラー:07/09/19 17:33 ID:ACuOqEUc
>>91
読破お疲れ様です。
文才磨いて出直してきます。

93: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 01:23 ID:9/jAsbW.
   | \
   |Д`) ダレモ イナイ…カキコムナラ イマノウチ?
   |⊂
   |

>>55の続きです。sage進行で。

94: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 01:24 ID:9/jAsbW.
 人間が予想外の出来事に遭遇してしまったときに感じる、所謂“時間が止まる”という感覚には、科学的な根拠がある。人間は常に予測に次ぐ予測の中で生きており、その予測とは過去の経験や蓄積された知識から総合して成り立つもの。一つの行動をしているときに、ある程度次の行動への移行を視野に入れて予測いるからこそ、スムーズに行動できるのだ。しかしここでイレギュラー、つまりまったく“予測外”の事象が起こった場合……例えば、どう考えてもそこに居るのはおかしいだろうという人間が唐突に発言をしてきた場合など……脳はまず、その修正に動く。そして再び経験や知識を様々な引き出しから取り出して、総括し、次の行動への移行方法を立て直す。この処理を行う間、ほんのコンマ一秒にも満たないが、思考に空白が発生する。しかし凄まじいスピードで働く脳にとっては、その瞬間でさえ数秒の時に感じられてしまう。この一連の流れによって、人は“時間の停止”を、体感時間の中で感じてしまうのだ。
 要するにあおいとゆかりにとって、この展開は到底予想などできないものであって、イレギュラーにしてももはや反則の域にまで達していたわけである。
 この停止状態から抜け出すのに、二人はたっぷり数秒を要していた。チッチッチとマイペースに鳴る時計の針が、一層の滑稽さを提供している。
「やべ……くん?」
「うう、ぐすっ……オイラ号泣でやんす」
 未だ驚愕に囚われつつも、あおいは恐る恐る訊いた。
「どこから……いたの……?」


95: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 01:25 ID:9/jAsbW.
「グラウンドについてのとこからでやんす。戻ってよく見てみるでやんすよ。セリフが一つ多いはずでやんすから」
「矢部君……それは踏み込んではいけない領域だよ」
「さ、西条君まで?!」
「いやごめん、聞くつもりはなかったんだけど……」
 未だ驚きの表情が晴れないあおいに、樹は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「もう練習は終わったよ。あおいちゃんがなかなか帰ってこないからさ、様子を見にきたんだ」
 そう言ってくる樹は既に制服に着替えており、水を被ったのか、髪が少し濡れている。気付いて自分の姿を見やると、あおいはまだユニフォームだった。
「え? うわっ! ぼ、ボクも着替えないと……!」
 急がないと更衣室が施錠されてしまう。そうなったら明日は季節はずれの冬服で登校するほかない。仮にも女の子としてみなりを気にするあおいにとって、それは避けたい事態であった。
 ゆかりとの和解も成ったことだし、何より先ほどの青春真っ盛り会話を聞かれていたとあっては居心地が悪い。あおいはゆかりに軽く会釈すると、逃げるようにその場を立ち去った。
「あ……アタシも着替えないと……」
 歩こうとして再びふらつくゆかり、もうそろそろ大丈夫かと思ったのだが、思いのほか立ちくらみのようなものが酷かった。すぐさま反応した樹がその肩を支え、ベッドへ座るように促す。
「程度は軽いとは言え脱水症状と熱中症を併発したんですよね? だったら、しっかり休んでおかなきゃ」
「え、いやでも、アタシはもうだいじょう……」
「馴染みの薄い症状だからね、よく熱中症は、身体を冷やしてある程度の水分さえ取れば大丈夫だと誤解されるんだ。でも、実際は代謝機能や平衡感覚、免疫能力とかが麻痺してて、二、三日は安静にしてなきゃいけない症状なんだよ。女の子なら尚更だ」
 反論しかけるゆかりを、樹が制す。そうとまで言われては言い返すこともできず、ゆかりは俯いて両手の指を絡めた。すっかり熱の引いた手だが、心なしか力が入らない。

96: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 01:26 ID:9/jAsbW.
「高松さん!」
 保健室に駆け込んで来るや否やゆかりの元へと駆け寄る、ソフトボール部の方々。着替えはもう済ませているようだったが、ハードな練習をしていた証拠に、髪が薄っすらと汗で輝いている。
「先生に今日は車で送ってくれるように頼んでおいたから、まだ寝てていいわ。大丈夫? どこか痛かったり、気分悪かったりしない?」
「高松さんごめんなさい私たちが不甲斐ない所為で」
「水分取った? ほら、スポーツドリンク持ってきたから」
「え? ああ、ちょっと先輩……?!」
 たちまちゆかりは先輩方の波に埋もれ、姿が見えなくなってしまう。人気者もここまで来るとつらいものだ。樹は同時に、二条に対する哀れみも覚えていた。
「じゃ、矢部君、そろそろ行こう。すいません、お邪魔しました」
「失礼しましたでやんす」
 これ以上の長居はお邪魔だと察し、樹は保健室から出ようとする。
「あ、ちょっと!」
 突然声をかけられたもので何かと思い振り返ると、ゆかりがこちらを引きとめようと手を伸ばしていた。かと言って何の用か分かるはずもなく疑問符を表情に出すと、ゆかりは少し躊躇いながらも訊いてきた。
「アンタ、名前は?」
 すぐさま名乗り出る、矢部。
「オイラは矢部明雄でやんす! よく覚えておくでやんすよ! それからサインは早めに……」
「いや、お前じゃなくて」
 一言で斬り捨てられ、矢部は小さくなってしまう。
 ゆかりの視線は、じっと樹を見つめていた。
「ソフトで柵越えなんて打たれたの、生まれて初めてだからさ。打者の名前くらい知りたいんだ」
 打たれたことを恥と思わず、むしろ自分より強いものと戦えたことを誇りとする、一人前の投手の持ちえる自信。ひたむきな努力でのみ培えるその気概が、ゆかりの口元に微笑として現れていた。

97: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 01:28 ID:9/jAsbW.
 樹はそれに、ちょっと気恥ずかしく思いながらも答える。
「西条樹。インパクトのない名前で申し訳ないんだけど」
「いいんじゃないの? シンプルで」
 あおいと怒鳴りあっている時の鬼の形相とは似ても似つかず、歳相応の女の子らしくクスクスと笑うゆかりに、樹はちょっと親しみを覚えた。怖いだけの女の子ではないと分かって安心したのだ。
「じゃ、俺たちはこれで」
 矢部君共々ペコリと頭を下げて、そそくさとその場を後にする。慣れたはずの消毒液の匂いがしばらく付きまとってきた。
 ――やってみると、あながちソフト対野球も悪くはなかったかな。
 喉元過ぎればなんとやら。試合前の脱力感も忘れ、とにかく和解が生まれてよかったよかったと、樹はすっかり日の沈んだ窓の外など眺めつつ思うのだった。





98: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 01:29 ID:9/jAsbW.


「ゆかり! あんた本当に大丈夫なの?! 倒れたって聞いたわよ何で家に連絡も入れないの!!」
「あーあー悪かったってば。仕方ないだろ意識なかったんだから」
「明日は学校はお休み! 縄つけてでも病院連れてくからね!」
「はいはい分かったよもー」
 家に帰り着くなり炸裂する母のガミガミ声。こちらへの親心だとは分かりつつも、煩わしく感じてしまうのが子心というものである。ゆかりも母のことは大好きであるが、お喋りで怒鳴りっぽい上に声が大きいというのは勘弁してほしいところであった。
 パタンと後ろ手に扉を閉めて、ゆかりは自室に入ると同時に、ベッドに転がり込んだ。先輩や母の前では割と気丈に振舞っていたのだが、実は今は、とんでもなく身体がだるいのだ。おまけに少し吐き気もある。先輩からもらったスポーツドリンクを一気に半分ほど飲んで、ゆかりは枕に顔を埋めた。
(うう、気持ち悪……熱中症ってこんなに酷いんだ)
 水分さえ取って寝てれば大丈夫なのだろうと言う、樹に指摘されたことをそのまま誤って覚えていた自分が少し恥ずかしい。これからはもう少し、スポーツ医学についても本を読んでみるかと、ちらりと横目で本棚を見やる。
 可愛らしいピンクのレースで飾られた小さな本棚の、普通なら漫画や女の子向け雑誌が詰まっているだろう場所には、数年かけて買い続けている野球雑誌とソフトのルールブックなどがずらりと並んでいる。そしてその本棚の上には、使い古した野球少女時代のグローブがホコリも被らずに鎮座していた。
 プロ野球の選手になろうと、心から思っていたあの日々。そして性別の圧倒的差を突きつけられ、夢を諦めたあの日。
 自分がかつて諦めた夢を、今も追い続けている女の子がいた。彼女なら、多分やれると思う。才能はあると認めるし、何より、支えてくれる強い仲間たちがいた。投げる球を真正面から受け止めてくれる捕手、打たれた球を本気で追いかけてくれる野手、そして
 取られた点を取り返してくれる頼もしい打者が。
 あの打たれた瞬間、その瞬間にホームランだと分かった。音の具合や、見えたスイングの美しさ、そして何より、彼の目が輝いていたからだ。
「……西条……か」
 呟いて、襲ってきた心地良いまどろみに身を任せる。
 顔がほてったのは、きっとまだ症状が後を引いているからだろうと、ゆかりは思うことにした。


                   筆が遅いのは仕様です。

99: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 02:06 ID:9/jAsbW.
5.少し大きな壁


 今日の投げ込みにおいて、あおいちゃんはあまり好調とは言えなかった。普段からやる気だの気合だのにこだわるところは伊達ではないらしく、事実気分の乗らない状況での彼女はいつもの半分ほどの力しか見せない。
 パスッと軽い音を立てて、数十球目の投球がミットに収まる。軽いだけならまだしもキレもないとなれば、投手としては最悪の投球だ。
「ダラダラしたって意味ないだろう? 二条と代わって、休んでなよ」
 返球し、外野陣に混じって黙々と外野ランニングを続ける投手一人を目で指しながら言うと、あおいちゃんはらしくもなく、素直に頷いた。
「あー、うん。ごめん。そうさせてもらうよ……なんか足手纏いみたいだね。アハハ……」
 いつもの作り笑顔の方がよっぽどましなほどの落胆した笑いである。見たくない顔だ。負けん気を強味にする人間の心理状態ではない。
 肩を落としながらトボトボと木陰に歩いていくあおいちゃんの背中を、心配しつつ見ていると、外野から二条が走り寄ってきた。
「随分気に負っている様子だった、そっとしておくのが良いだろう」
 言ってくるその目にも、やはり気遣いの色が強い。
「やっぱり一人だけ女の子ってなると、色々考え過ぎちゃうのかな」
「周囲に対する性別単位での劣等感、それを努力で埋め合わせようとする疲労、そしてそれが出来ないことに対する自責。彼女が己を責める要素など幾らでもある。我々に出来るのは見守ることと、折れそうになったときに柱となってやることぐらいだ」
 木陰に座り込むあおいちゃんの身体は、見ていて痛々しい程に疲労困憊しているのが分かる。
 そのあおいちゃんが先程投げていたボールを二条にトスしながら、距離を取っていく。
「努力ではどうにもならない、才能以前の問題、か」
「だが、彼女の努力は素晴らしい。それこそ他校に見劣らない程の練習量を、彼女はしっかりとこなしている。その光景は時に誰かの胸を打つ。努力の価値を、言葉にせず行動で他人に教えられる人間は偉大だ」
 その言葉に、樹は少しばかりの引っかかりを覚えた。特に何かを閃いたというわけではない。ただ、記憶のどこかで糸が突起に絡まったような、妙な感覚に陥っただけだ。
 そして、それを言葉にする。

100: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 02:07 ID:9/jAsbW.
「そういえば、二条。お前は何で恋恋に入学しようとか思ったんだ? お前ぐらいの実力なら、他の高校に行けば幾らでもレギュラーなんて狙えるだろ?」
 これは暫く前から持っていたささやかな疑問。投手としての実力や肝の据え方は高校一流級と言っても過言ではない二条が、何故、野球部すらないこの高校に入学してきたのか。厳格且つ古風な家柄で、両親から散々反対をされつつも、それを強引に押し切ってまで入学しようとしていたのか。
 その疑問を解く何かが、先程の言葉に隠されているような気がする。直感的にそう感じた。
「ああ……そうだな」
 二条は俯いたように一言そう言うと、
「それにはまた、いつか答えよう」
 曖昧に話をまとめる。これ以上踏み入って詮索するのは自分の領分でないので、樹はそっかとだけ返した。
 愛好会発足から既に四ヶ月が経過しようとしている、八月も終わりに近付いた頃。夏休みというイベントと集中訓練を挟んで、会員たちの実力は、確実に向上していた。やはり中途半端な癖がついていなかったというのが、この向上の主な理由だろう。基礎さえ教え込めば、あとは体力と、経験の勝負だ。早く人数を揃えて、練習試合もしてみたいなと思う今日この頃である。
 しかしこの流れの通り、夏季の練習中に、一つ問題が見つかっていた。
 夏の暑さの中の練習に、あおいの体力がついていけないことがしばしばあったのだ。高校一年生の女の子の身体がどれほどデリケートなものなのか、樹も知らないわけではないので、気にかかったら休むように忠告していたのだが、気を遣われると無理をしたがるのが早川あおいの厄介なタチなのである。その所為でこの夏休みは、あおいはどのように言えば休んでくれるかという言い回しを考えさせられる日々でもあった。
「なぁ二条」
「何だ」
 自然と口からこぼれる、ふとした問いかけ。
「女の子って、難しいね」
「……同意だ」
 心なしか目線を伏せて頷く二条。自分の言葉の意味と、二条の受け取ったらしい意味、その二つに微妙なすれ違いを感じつつ、樹はあおいの歩いていった木陰を見やった。
 しょっぱく湿った風に吹かれる、あおいの髪と同じ、薄緑色に映えた木の葉たち。そのざわざわと鳴る様子が、樹には、感傷的に思えてならなかった。




101: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 02:07 ID:9/jAsbW.
「あ、はるかちゃん、ちょっと」
 練習もひと段落した、少しの休憩時間。会員たちを木陰へ移動させた後で、樹は近くにいたはるかを捕まえた。
「は、はいなんでしょうか」
「えっと、ちょっとベンチまで来てくれる?」
 はるかを連れ立ってそそくさとベンチまで移動する。今日はグラウンドをメインで使っているので、ソフトボール部のベンチを借りているのだ。
 着くなり樹は自分のバッグをあさり、何やら小さな袋を数個取り出した。続けてベンチの隅に置いていた、レジャー用の飲料水サーバを引き出してくる。円柱型の小さなタンクに三つの脚で立つのが可愛らしい、全国の運動部御用達の代物だ。
「そういえば、まだ作り方を教えてなかったよね」
「は、はいなんでしょうか」
 果たして何が始まるのかと興味津々緊張至極といった様子のはるか。
 流石に見かねたように、樹は頬をかきながら声をかけた。
「いや、えっとね……そんなに緊張しなくていいから、簡単だからさ、ちょっと見ててよ」
「はい、見学させてもらいます!」
 どうにもかたさが抜けないはるか。性分というやつなのか、どうやら彼女にはかしこまって気楽さを求めても詮無いことのようである。
「じゃ、手製スポーツドリンクの作り方を教えておくから、これからは皆がランニングを始めたらはるかちゃんが作っておいてね」
「はい、分かりました!」
「えっと、まずは」
「ああ、ちょっと待って下さい!」
 慌てて体操服のポケットをごそごそとあさる。取り出されたのは、三色ボールペンとうさぎのメモ帳だった。はるからしく可愛らしい一品である。
「どうぞ!」
 気合充分。
「えっと、まずはこのスポーツドリンクの元、袋に入ってる粉末ね。これを、書いてある規定量の二倍の水で薄める。そしてそこに、このスプーンで二杯ぐらいの塩を入れて、よくかき混ぜて」
「ふんふん」
 逐一細かくメモを取るはるか。

102: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 02:09 ID:9/jAsbW.
「あとは、このクエン酸って書いてる粉末を、ドリンクの粉末の半分くらい入れて、またかき混ぜる」
「ふんふん」
「以上、何か質問はあるかね七瀬はるか君」
「えっと、はい先生!」
 元気良く手を上げる生徒一名。
「水は、ミネラル水とか、買ってきた方が良いのでしょうか」
「いや、そこらへんの水道水でいいよ。っていうか、水道水の方がいい」
「? どうしてでしょう?」
「鉄分が多い、そして何よりコストと手間がかからないからね」
「でしたら、ウチの両親とお手伝いさんたちに頼めば……」
「うーん、申し出はありがたいんだけど、いろいろ甘えちゃいそうだからそういうのはナシ」
 はるかの家がどのようなところなのか、噂に聞く限り、あおいちゃんに聞く限りではよく知っている。門から玄関まで○○メートルだとか敷地に学校のグラウンドがすっぽり入ってしまうだとか、少なくとも樹のような一般市民その他大勢には想像もし難い世界だということだけは重々承知だ。確かにそんな御家様の力を借りればミネラルウォーターどころか、高級なスポーツドリンクでプール一個簡単に埋まりそうではあるが、ここは一つの部活というものを目指す一愛好会として、やれることは自分たちだけでやるのが筋というものだろう。
「それにしても、西条さんって凄いですね」
「……?」
 唐突に切り込まれるそんな言葉に、樹はきょとんとした。
「野球について色んなことを知っていて、ちゃんと自分で応用できてて、尊敬します」
「んー……いや、殆どが雑誌とかテレビとかで仕入れた知識だから、信用できるかどうかも怪しいもんだよ」
 テレビで言っていたことは専門書で裏づけを取ったりしていたが、それでも間違った知識を運用している可能性は否めない。ドリンク作りを皆に向けてやっているのは、例え間違っていたとしても身体に悪そうではないからだ。
「でも、やっぱりそういうことをしっかり実践できる人って凄いと思います」
「うーん、そうかな? ありがと」
 二条曰く謙遜こそ美学と重んじたいところだが云々といったところ。褒められて悪い気はしない。
「よし、じゃあそろそろ練習再開。はるかちゃんは、今言ったことを順にやって、ドリンクを作っておいて。あ、タンクを満タンにする必要はないよ。もう時間も下がってきてるし、何より人数が人数だからね。失敗するつもりで、そうだな……タンクの半分ぐらいで作ってみて」
「はい、分かりました」
 樹はさっさと、木陰でダラけきっている会員達を再起動させるべく、グラウンドへと戻る。数少ない野球経験者らのうち、二条だけが身体にストップをかけまいと柔軟体操をしており、矢部君らはぐてっと寝っ転がっているのがなんとも哀しかった。


      え? なんで暑さ真っ盛りの夏休み前にドリンク作りを教授しなかったのか?
      それは今日も世界が平和だからです。

103: 名無しさん@パワプラー:07/10/16 02:11 ID:9/jAsbW.
 声をかけて、皆を練習へと戻させる。先ほどまで打撃練習をしていたから、次はノックだ。可哀想だけど、矢部君にはまた、つらいノックバッターを頼むことにする。
 矢部君に死刑宣告をしてから、ちょっと歩いて別の木陰へと移動する。あの、あおいちゃんが休んでいる木陰だ。
「あおいちゃん、大丈夫?」
 そよ風に木の葉が少しざわつく中、木の向こう側にあおいの三つ編みを見た樹は、うるさくない程度に声をかける。名前を呼んでからしばらくしても、一向に反応がない。
「あおい、ちゃん?」
 回り込んでそっと覗き込んでみると、木陰の気持ち良さに根負けしてしまったのか、帽子の下でくーくーと静かな寝息を立てるあおいの寝顔があった。
「……無理もないか」
 二条が言っていたような心労や体力的な限界が、ここにきて、リラックスした瞬間にどっと出てしまったのだろう。今日ぐらいは大目に見てあげても罰は当たらないはずだ。これだけ涼しい木陰ならば、寝ていても脱水症状などの危険はない。太陽が西日に傾いたら、起こしにきてやればいいだろう。今起こしたら、気持ち良く寝ていただのなんだので、やかましくて仕方がないはずだ。きっと。
「あおいちゃんなら大丈夫だよ。頑張ろう」
 聞こえているはずもないだろう言葉をかけて、樹は踵を返し、練習へと戻る。
 あおいの頬に見えた涙の跡は、見なかったことにした。


             今回はこれぐらいしか投下できません。
             何故かって? それは今日も世界g

104: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:02 ID:Rk
半年ぶりに続きを投下します。
ようやくと自由の身になったばかりなのでまだあんまり書き溜めてませんが、まだ憶えて下さっている方がいれば、ちょっとでも良いので楽しんで行って下さい。



 昼休みのいつもの屋上。まだ陽射しは強いが、それでも吹く涼しい風に、ゆっくりとながらも秋の訪れを感じずにはいられない。回し読みですっかりぼろぼろになった“野球ノート”を片手に開きつつ、遠くに見える山を眺めながら、樹はそんな感想を胸中で一人ごちた。周りで各々野球の話やゲームの話などに盛り上がっているのは、見慣れた愛好会員たちだ。
 その中に、あおいの姿はない。同じクラスのはるかの弁によれば、今日は体調不良で欠席らしかった。普段あおいがべたっと座っている地面が、主人の来訪を待ちぼうけて、秋の風に撫でられている。
 不謹慎なようだが、近々あおい抜きで召集をかけようかと思っていたところなので手間が省けて良かったと思う。こういう時に、定時にどこかに集まる習慣がついているのはありがたかった。
「みんな、ちょっといいかな」
 各々自由な昼休みを満喫している愛好会員らの視線を集めるようにして、樹は声を上げ、皆がこちらを振り向いたのを確認してから続ける。
「単刀直入に言うよ、あおいちゃんのことなんだけど」
 そこまで言っただけで、みんなの顔色が変わったのが分かった。はっと真剣な表情になる者、気まずそうに目線を落とす者、反応はそれぞれだが、およそ心の内は同じであろう。はるかの何時になく神妙な表情が、それを一番よく物語っていた。
「やっぱり、いくら野球経験者とは言っても、あおいちゃんは女の子だ。夏を越えてから疲れが出始めてる。練習メニューを皆とは別に組んだほうがいいと思うんだ」
 この提案にはやはり皆、一様に顔を曇らせた。うーんと唸る皆が考えていることは、大体想像がつく。
「勿論、そんなことしたらあおいちゃんが怒るのは目に見えてるから、名目上は投手陣の別メニューってことでね。二条にも影響は出るけど、我慢してくれ」
 傍に立つ二条は、無論だと言わんばかりに強く頷いた。すると他の会員達にも納得の声が上がり始める。これならこの昼休み中にも話はまとまるかな。と、樹がほっと息を吐きかけたその時だった。




105: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:03 ID:Rk
「あのぅ……やっぱり、私は反対します」
 二条とは反対の方向から、控えめな声が上がる。へ? と不意を突かれた顔で樹が振り返ると、七瀬はるかが下を向きながら手を上げていた。
 実は、はるかには誰よりも先にこの件を話し、女の子に肉体的な無理をさせることの危険性について訴え、あおいの練習メニュー変更について同意を得ていたのだ。いたはずだったのだ。だからこそ、はるかからの突然の異議に樹は驚いてしまった。
「あおいは、そんなに弱くない、です。確かに今はちょっと疲れが溜まってて、それで、あんまり元気もないかも知れないけど……それでも! あおいなら、大丈夫だと思います!」
「……えっと、はるかちゃん」
 子供向けの野球漫画なんかでも、よくある。ボロボロになりながらも雨の中練習を続けたりする主人公の絵。そして根性とやる気と気合だけで逆境を乗り切り、友情でもってあらゆる困難を乗り越えるチーム。そういうのはいい話だと思うし、読んで清々しい気分になれるものだから、樹もそういう話は好きだ。実際、家の本棚にはそういう漫画本が何冊もある。
 でもやっぱり、現実はそうはいかない。確かに根性とやる気と気合は重要だ。でもそれだけで過酷な訓練を続けていても、決して上達はしない。水分と休憩は適度に、根性だけでは甲子園には行けない。現代高校野球の鉄則である。身体の疲労期にはしっかりと休憩を取らなければ、体調を崩すどころか、深刻な故障も起こしかねないのだ。
 今のあおいがまさにその時期である。女の身体は男とは違う。無理をして負担をかけてしまっては取り返しのつかなくなる体内機関だってある。確かに高校三年間の貴重な青春時代であるとは言え、ただそれだけのために、残りの一生に関わる傷を負う可能性を僅かでも持たせたくは無い。それが樹の考えだった。
「はるかちゃんの気持ちも分かるよ。あおいちゃんは強い、それは皆分かってる。でも無理をさせちゃダメなんだ」
「それは、あおいが女の子だからですよね?」
 じっと目を見つめ返される。少し涙の浮かんだ、親友の訴えを代弁する真剣な瞳だった。樹はその目をしっかりと見つめ返し、強く断言した。
「そう。特別扱いすることになるのは分かってる。でもこれは」
「またあおいの居場所が無くなります!」
「故障するよりマシだっ!!」
 言ってから、はっとする。つい、強く言い返してしまった。


106: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:04 ID:Rk
樹がある種の不安を持って周囲を見ると、その不安を見事体現するかのごとく、はるかや愛好会員らは勿論のこと、屋上にいる普通の生徒――言うまでもなく女の子ばかりである――までもがシーンとなって樹を見ていた。
普段温厚な人間が怒声を発したときほど恐ろしい光景は無い。怒鳴りつけられたはるかはビクッと身を強張らせた後その場で俯いて、ごめんなさいと小さく呟いた。
流石にマズいと思った。このままでは親友のピンチに助太刀した少女を真正面から斬って捨てた悪役である。周りからの視線が非難に変わる前に何とかせねばと、樹は取り繕うように言葉をつなげた。
「い、いやー、だってほら、無理して故障なんかしたらそれこそ無理にでも長期間休まなきゃいけなくなるし、そうなる前に適度な休憩を取っといた方がいいかなー、なんて、いや俺ももう長いこと野球やってるからさそういう故障についても分かってるつもりだからというかなんというか」
「そう、ですよね……」
「だからその、分かってもらえたら……え?」
「西条さんは、野球を知ってますもんね……」
ポツリポツリと紡がれる言葉には、隠し様のない涙と嗚咽が滲んでいた。樹はいよいよ覚悟を決める。
「初心者の私が、口を挟むことじゃなかったですよね……。すいません、こんな不心得者で……」
「あ、あの、はるかちゃん……」
「本当に、本当にすいませんでしたっ!!」
はるかは下を向いたまま言い放ち、走り去る。屋上から階下へと続く階段のドアを開けたときに誰かにぶつかるが、謝りもせずそのまま階段を駆け下りていったようだった。ぶつかられた女の子は、何が起こったやらさっぱりといった表情で呆然と立ち尽くしている。
「あ、ちょ、待ってはるかちゃ」
言いかけたところで、袖を引っ張られる。振り返ると、矢部君が首を振りながら樹のつまんでいた。
「今行っても意味がないでやんすよ。お互いに、頭が冷えるのを待つでやんす」
諭されて、樹は大人しくそれに従う。
「珍しいでやんすね。樹君があそこまで目くじら立てるなんて」
「あー、うん、自分でも驚いた」
あははと笑いつつ皆の顔色を窺う。すると樹が予測していた非難の目はなく、意外にも一様にしてしんみりと消沈していた。屋上にいる別の女の子たちからは予測通りの痛い視線を感じるも、愛好会員たちは樹を非難するつもりはないようである。

107: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:05 ID:Rk
「あれ? 皆、どうしたの……?」
 樹が不思議そうに声を漏らすと、矢部君が皆の心境を代弁した。
「何というか、オイラたちも樹君と同意見なもんでやんすから、オイラたち全員ではるかちゃんを泣かせたみたいで申し訳ないでやんす」
 そういうことらしい。二条も肯定という意味の沈黙を守っている。
 確かにはるかとあおい両名にとっては厳しい事かも知れないが、樹はその二人がどれほど反対しようと、この決定だけは貫き通してやろうと決心していたのだ。ちょっと納得のいかない形となってしまったが、はるかには明日、改めて話をしよう。
「……じゃ、ちょっとこじれちゃったとこもあるけど、とりあえずこの話はここでお終い。投手陣のメニュー変更は来週からにするから、とにかく皆、このことは内密にね」
 全員の了承をとって、その場をしめる。昼休み終了まであと十分ほどと迫ってはいるが、皆はまだここでのんびりしていくつもりらしかった。樹は一人、教室に戻ることにする。
 戻りながら一人歩くと、一層周りの女の子らからの視線が痛い。そりゃ学年一の癒し系とも呼べる秀才のお嬢様を泣かせたのだから、相応の報いというものだろう。階段へと続くドアを開け、逃げるように身体を滑り込ませて溜め息をつく。
 入ってすぐ横を見ると、はるかが俯いて立っていた。
 何も言わない。
 何も言えない。
 ただじっと立つ樹に、はるかは何も言わない。
 ただじっと俯いて立っているはるかに、樹は何も声をかけられない。
 結局樹は根負けして、さっさと階段を下りることにした。多分はるかは俯いたままなのだろうが、それでも樹は背中に刺さるような視線を感じた。
 その日の放課後の愛好会活動に、はるかはこなかった。
 そして樹は明日会ってどうやって話しかけようかと、放課後、家に帰ってからも延々と悩み続けたのだった。





108: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:06 ID:Rk
 九月になり、ようやく夏の暑さや湿っぽさも威勢が衰え始めた頃。時折吹く涼しい風はその頻度を増し、日の沈む時間も一段と早くなる。
 あおいはランニングにダッシュにと精を出す会員たちを見つめながら、二条に向かってボールを投げた。投げ込みのようなキツいものではなく、身体をほぐす程度のキャッチボールである。
「ほいっ!」
 キャッチボールと言ってもそこまで優しいものではない。距離は三十メートルほどで、それなりの力を込めなければ届かない距離だ。
「そりゃっ!」
 とは言え、
「えいっ!」
 今まで本格的な投げ込みを中心にやってきた投手からしてみれば、
「よっ!」
 生易し過ぎた。
「ふぅ……」
 数球の後に、あおいはボールをグローブに納めてつかつかと二条に歩み寄った
「ねぇ二条君」
「なんだ?」
 腰に手を当て、あおいは遠くを走る西条ら愛好会員に目をやる。
「なんかさ、なまっちょろくない?」
「な、なにがだ?」
 いつもクールな二条らしからぬ帽子の位置など正しながらの返答に、何かを感じたあおいはじとーっと二条の目を覗きこんだ。
「な・ん・か・さ、最近ボクたちだけ練習が甘くないかな?」
 半目で睨まれた二条だったが、女人に目くらべで負けては二条家長男の恥だと自分に言い聞かせることでなんとか恐怖感を乗り越える。
「い、いや、そんなことはないと思うな。やはりピッチャーは肩をしっかりと作るべきだから、たまにはこういう遠投もやっておかなければ、いつも投げ込みばかりでは筋肉が硬くなってしまう」
「口調からびっくりするぐらい漢字が減ってるよ」
「か、勘違いだろう」
「ふーん」
 あおいが不思議に思ったことは、何も練習内容のことだけではない。ちらっとベンチの方を見やると、いつもはそこでグラウンドに水を撒いているはるかの姿が、今日は見えない。学校には確かに来ていたはずで、元気が無さそうだったのも確かである。別に休みなら休みでよかったのだが、あおいは何も聞いていない。あの几帳面なはるかが何の連絡も無しに休むなんてこと考えられなかった。
 止むを得ない事情かもしれないし、あまり首を突っ込むわけにもいかないが、今日は帰り道に家に寄ってみよう。
 とりあえず目の前の問題にそう結論付けてから、あおいは二条を促してキャッチボールに戻る。たまにはこれぐらいの軽い練習もいいかなと、無理にでも納得することにした。



109: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:08 ID:Rk
「ふんと、いや二条君こってるねぇ」
「ああ、凝り性なものでな」
 無論、二条が何かについてマニアックという意味ではない。他の愛好会員たちが熱心に素振りをしている間、投手陣であるあおいと二条はいつも休憩に使っている木陰でストレッチをしていた。今は二条が股を割って身体を捻り、伸ばし、それをあおいが上から押しつぶす形でサポートしているところである。
 あおいが苦戦しているように、二条の身体のコリ具合は半端ではなかった。それもそのはず、二条は今日のこのストレッチを出来る限り長引かせるという大役を背負っている為、昨夜一晩、竹刀を片手に一本ずつ地面と平行に持って明け方まで耐え続けるという苦行に耐えたばかりなのである。よって上半身はカチコチだ。しかもそれに飽き足らず、今日の授業中は全て両足を前へ持ち上げていた状態だったらしく、ふくらはぎも張っているというのである。もはや参ったという他ない。
「いやーそれでもこれはこり過ぎだよ……。整体院でも行った方がいいんじゃない?」
「あまり医療機関の世話にはなりたくない。自力で完治するものはさせる」
「うんまぁ個人の好き嫌いはあるだろうけどさ」
 よいしょと背中を一押し。ズキっと筋が伸びるのを我慢する二条。昨日の夕方、はるかの家に寄ったのだが、本人は眠っていたらしく会うことはできなかった。が、玄関での家政婦さんの話では別に体調が悪いようではなかったという。そんなはるかは、今日は学校にすら来なかった。流石に何かあったのではないかと、少し心配しているところである。
 未だ硬さのとれない二条の身体のことも心配しつつも、あおいは黙々とバットを振り続ける皆の方へと目をやった。西条が指示しているのだろう。遅すぎず早すぎず、いち、に、さんでスイングするテンポの良い素振りだ。
「ボクたち、素振りしなくていいのかな」
「ああ、まずは自分を頼む。迷惑をかけてすまない」
「え? いや、あはは、まぁいいんだけどさ」
 笑いながら二条のストレッチを続行するも、違和感の晴れないあおい。そんな心境をおちょくるように、スズメが数羽、チチチッと鳴き声をあげて近くの木から羽ばたいていった。




110: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:08 ID:Rk
「やっぱり何かおかしいよね絶対!」
 昼休み。バンッと机を叩いて憤るあおい。目の前にいるのは西条でも二条でも矢部でもその他愛好会員でもない、ただの女友達だった。勿論、はるかでもない。彼女は今日も休みである。
「どーしたの? あんまり怒るとシワになるよオデコのとこ」
「そんなの大した問題じゃないっての!」
 目を尖らせ、やろうと思えば顔で茶が沸かせるのではないかというぐらいに頬を上気させて憤慨する。
「はるかは来ないし愛好会の練習は妙な空気だし二条君の喋り方は狂うしどうなってんのさ!」
「えっえっ?! なになに?! 二条君がどうかしたの?!」
「論点はそこじゃないっ!」
 二条君というワードにやたらと反応してきた近所の女子に消しゴムを投げつけ黙らせる。そのままイライラオーラを放っていると、目の前の友達があははと苦笑いしながら言ってきた。
「荒れてるねぇ姐さん。……愛好会でなんかあったの?」
「なんかあったも何もさぁ……聞いてよ」
 あおいは、突然はるかが来なくなったことと、最近の練習が奇妙であることとを愚痴と不満を大量に織り交ぜつつ話した。二条の話は面倒なのでしなかった。
「あー、なるほどね……」
 納得したように頷く友達に、あおいは素早く食いついた。
「え、どゆこと?」
 思わず机から身を乗り出す。乗り出しすぎて、相手から両手で押し戻された。
「いや、愛好会の練習の方は分からないけどさ。その、七瀬さんの方はなんとなく」
「はるかがどうしたの?」
 先を急ぐあおいを宥めるようにして、友達はなるべく小声で、囁くように喋り始める。
「なんかさ、西条君と、何かあったらしいよ」
「え……?」
「うん、ほら、アンタこの前休んだじゃない? あの日、屋上で西条君が怒鳴ってさ、七瀬さん泣いてどっかいっちゃったんだ」
 初耳だった。
「え、それ、本当?」
「マジ。一応、あたしも現場に居たしね。噂好きな女子の間じゃいろいろ妄想憶測が飛び交ってるよーそりゃもうエラいぐらいに。休みがちになったのもそれからだしさ、愛好会の練習に顔も出さなくなったっていうなら、やっぱ原因はそれだろうね」
 あおいは愕然とした。もともと噂話は好きではない方だが、それにしてもこれは失態である。仮にも中学からの親友の身に起きた事件すら全く把握できていなかったとは、不注意だったと言う他ない。
 すぐさま時計を見やると、昼休みはあと二十分ほどある。今日は弁当も教室で食べて屋上には行かない予定だったが、変更だ。
 友達に礼を言うとあおいは椅子を蹴飛ばして教室を出、一目散に屋上へと駆け出した。途中すれ違いざまに何人もと肩をぶつけそうになったが、うまくかわした。幾つかの階段と踊り場を経て、屋上へと通じるドアを開く。

111: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:09 ID:Rk
 いつもの時間、いつもの場所に、いつもの人物が居た。
「西条君!!」
 名前を叫び、振り向いた人物に駆け寄る。周囲の視線などは全く気にしていない。
「あおいちゃん?」
 相手は、突然現れたこちらに少し戸惑っているようだった。黙したままつかつかと歩み寄る。
「どうしたの突ぜ……」
 相手の言葉がそこで途切れたのは、あおいがキッと鋭い視線をぶつけたからだ。
「……はるかに、何て言ったの?」
「え?」
「はるかに何言ったのさっ?!」
 自分でも驚くぐらいの声量だった。誰も彼をも含めて、屋上中の空気が停止し、皆が息を止めてあおいに目線を集中させる。
 樹は何も言わなかった。
「ボク、今日はるかの家にいくから」
「……」
「それだけ」
 あおいはそれだけ言い放つと踵を返し、来た時とは違う少し穏やかな足取りでその場を去っていった。残された愛好会員らはただ呆然とし、樹は一人屋上の床をじっと見つめている。彼らが何を考え、何を戸惑っているのか、屋上にいる他の人間には何一つ分からない。
 一旦静まったその場が再び活気を取り戻すまでには、かなりの時間が必要だった。





112: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:10 ID:Rk
 鉛筆を置き、背伸びをする。九月の落日は早い。まだ五時も過ぎたばかりだというのに、カーテンの向こう側は薄暗くなり始めている。もうちょっとすれば、秋の羽虫たちのコーラスが心地良く響いてくる頃だろう。今日の自習はこれくらいにしておこうと思い、傍らに置いてある紅茶を一飲みしてから、部屋の明かりを消す。そして仰向けにベッドに倒れこむと、まどろみに似た虚脱感というか、精神的な疲れが一気に全身を襲ってきた。
 両親や先生は自分の事を、器用でよくできた子だという。
 でもそれは間違いだ。もし器用ならば、あおいの置かれている状況に関して、もっと良い解決案を定時提示来たできたはずである。しかしそれもできないどころか、自分よりも野球の専門家である樹に対して反論もしてしまった。その上、会わす顔の無さにこうして家に閉じ篭ってしまっている。自分ほど不器用な人種もそうはいないと、はるかは重々感じていた。
 はるかがあおいのことを心配しているのと同じくらい、樹だってあおいの身体を気遣っている。それは分かっているつもりだった。
 多分、何食わぬ顔をして登校しても、樹や他の愛好会の面々は何もなかったかのように接してくれるだろうし、生活に全く不都合はないだろう。皆は大人だ。こんな何の権力も無いマネージャー風情の言ったことなんてさらりと流してくれているだろう。でも、自分がダメなのだ。
 ボーっと天井を見つめる。答えの見つかりっこない問いかけが、延々と頭の中を巡り続ける。こういうのを、哲学していると言うのだろうか。それともただ時間を浪費していると言うのだろうか。それもまた、意味の無い問いかけであった。
 思考が、徐々に眠気に侵され始める。疲れた時は、眠ればいい。
 目を閉じて、睡魔に身を委ねる。意識が遠のいていき、視界が瞼の裏側に吸い込まれていきそうになる。
 ドアがノックされた。
「はるか?」
 同時に聞こえた声は、母のものであった。はるかはドア越しに、か細い声で返事をする。
「ん、なんですか……」
「居間まで下りてきて、あおいちゃんが来てるわよ」
 胸がずきりと痛む。薄れかけていた意識が、一瞬で正常に戻り、それすら通り越して高ぶった。
 何故あおいが来たのか。はるかの悪い予想は、結構当たる。
 あおいに会って、問われたことに何と答える? 数年来の付き合いであるあおいには、適当な誤魔化しは通用しない。樹らのことをどう伝える? 悪いのは自分だ。あおいの感情の矛先は自分に向けさせなければ。
 時間をかけても怪しまれるだけだと思い、はるかは立ち上がった。ドアを開け、母に礼を言って一階の玄関へと向かう。
 はるかは昔から、隠し事が苦手な性格だった。そしてあおいははるかの下手な嘘を見抜くのが上手い。
 隠しても無駄なことだと思う。きっとあおいは、何かを察するに違いない。そしてあおいから問い詰められれば、自分はきっと何もかもを話してしまう。
 そこまで分かっていながらも、はるかは身を隠し、あおいを無視することを拒んだ。
 はるかは、出来る限りの力をこめてゆっくりと玄関の扉を開けた。
 日の沈みかけた夕暮れ時、そこには、悲しげな景色を背負ってあおいが立っていた。




113: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:11 ID:Rk
 家の電話が鳴ったのは、午後十時を回ってしばらくしてから。風呂と夕食を済ませ、タオルを首にかけただけの姿で課題を進めていたときのことだった。
 電話口の向こう側で、はるかちゃんが泣きじゃくっていた。そして何度も何度も、ごめんなさいと謝り続けていた。
 ただごとではないと踏んだ樹が冷静に訳を訊くと、どうやらあおいちゃんに例の事を話してしまったらしく、結果、あおいちゃんが行方知れずだというのだ。娘が帰らないことを心配したあおいちゃんの両親が、はるかちゃんの家に連絡を入れたことで発覚したらしい。はるかちゃんの家を訪れた午後五時以降、自宅には戻っていないという。
 すぐさま樹が可能な限りの人数であおいちゃんの捜索に乗り出そうと、矢部君ら愛好会員に連絡入れたところ、在り難いことに全員が承諾してくれた。はるかちゃんも同行を願い出てくれたので、そちらは二条に迎えに行かせた。
 そして今、樹は自転車にまたがり、一人夜の町中を奔走している。この辺りには繁華街がないので物騒ではないが、それでもガラの悪い連中がいることは確かである。あおいが妙なことに巻き込まれていないことを願いながら、樹は懸命にペダルを漕いだ。
 夜中の十時ともなれば、光源はコンビニや外灯の光しかない。恋恋の目立つピンク色の制服とは言え、この暗さでは見失ってしまう可能性は充分にあった。
(……俺の所為だ……!)
 視覚に全身系を集中して走行しつつも、樹の胸中は自責の念で満ちていた。
(あおいちゃんには頑張って練習についてきてもらうべきだったのか……いや、故障は命取りだ。仕方がなかった。……でももうちょっと上手く隠せていれば……)
 もし。たら。れば。
(うるさいっ!)
 延々と回り続ける自身の無駄な思考を、ただ一言で掻き消した。今はただあおいの捜索に全力を挙げること、それが最優先である。後悔などしていても仕方がない。
 住宅街を突き抜け、川べりの広々とした場所に出る。ここから暫くまっすぐ行けば恋恋高校がある。この辺りをあおいちゃんは通学路として使っているらしく、何か手がかりがあればと思って来たのだ。しかしここまで来ると本格的に明かりという明かりがなくなり、頼りない自転車のライトだけが頼りとなる。道の途中、犬の散歩をしている人とすれ違ったが、何をそんなに必死になって自転車を走らせているのかと、不思議そうな顔をしていた。

114: 名無しさん@パワプラー:08/03/31 02:14 ID:Rk
 樹だって、自分でも不思議なのだ。確かに自分の責任が重大であるとはいえ、ここまであおいちゃんの為に必死になっているのか。会って間もない女の子の為にここまで自分が悩み、そして行動しているのか。
 樹は今まで、他人にここまで気を遣って野球をするということはなかった。いつも監督やコーチ、そして先輩などが先を行き、練習メニューや指導を与えてくれていた。初めからモノを与えられて、それを消化する立場だったのだ。だからよくよく考えてみれば、こうして仲間とともに一から全てを始めるということは、初めてだった。
 あおいちゃんは、その最初の仲間なのである。だから絶対に見捨てはしない。自分の持ちうる知識の限りを使って彼女を故障から守り野球を続けさせてみせる。
 そう思っていたのだ。
 舗装された土手の上を走り続けていくと、樹は視界の隅に違和感を覚えた。土手を下った少し遠いところに、この暗い中で川べりに動くものがある。犬か何かかと思いかけたが、それにしては動きが遅い。
 幾つかの憶測と疑問が沸いたが、それらは全て、ここが草野球用の河川敷グラウンドであるということを思い出した瞬間に氷解した。
 同時に樹は駐輪する時間も惜しんで自転車を放り出し、土手を全力で駆け下りた。
「あおいちゃんっ!!」
 大声を張り上げる。あたりに反響するものは何もないが、樹の声は夜の静寂を引き裂くには充分なほどに甲高く響いた。
 その声の矛先である女の子は、まるで聞こえていないようにグラウンドを黙々と走り続けている。樹は土手を駆け下りた速度を殺さずに、そのまま一息であおいの元へと駆け寄った。
 遅々として走るあおいを追い越し、正面から向き合い、その両肩をつかんで顔を覗き込む。
「あおいちゃん! どうしたんだよ家にも帰らずに!」
「あ……西条君……やぁ、こんばんは」
 力無く笑ってみせるあおいだったが、その視線は決して樹のものとは交わることなく、あやふやに下へと向けられていた。
「こんばんはじゃないよ!!」
 樹は、語気とともに両肩を掴む握力をも強めて訴えた。
「家に連絡もしないで、女の子なのに一人でこんなところで! 何かあったらどうするんだよ! もうちょっと自分を大事に」
「西条君も、やっぱりそういうんだ……」
「えっ」
「女の子だから、女の子だからって……ボクが女の子だからって!!」
 あおいちゃんは、泣きじゃくっていた。

115: 名無しさん@パワプラー:08/04/02 00:48 ID:yQ
 あおいの目から止め処なく零れ落ちる涙、真っ赤になった顔。気丈なあおいが今まで押し留めてきた感情が、プライドの堰を切って一気に溢れ出していた。それらは全て、樹が初めて見るあおいの素顔だった。
「どいてよ……!」
 泣いているという自覚がないのか、涙を拭おうともせず嗚咽混じりの声で言うと、あおいは樹を押し退けて再び走ろうとする。樹はそれを許さなかった。肩を掴む両手を、絶対に離さなかった。
「離して! ボクだって分かってるよ! やっぱり女の子で、皆とは体力が違うことぐらい! だから皆より走って、皆より鍛えなきゃダメなんだよ! 部活で走れない分、自分で、走らなきゃ……っ!」
 あおいの運動靴はすっかり泥まみれになり、制服は触らなくても分かるほど汗で濡れていた。恐らく下校から今まで、ずっと一人で走り続けていたのだろう。暗くなって寂しくなっても、身体が疲れ果てても、強い性根と自身を急き立てる怒りの念だけでずっと走り続けていたのだろう。ただ皆と同等でありたいという想いが、あおいにそれだけの力を与えていたのだろう。
 それはまさしく、あおいの野球人生そのものを象徴していた。
「……ごめんね、西条君……」
 樹に肩を掴まれて立ったまま、ぽつりと言う。先ほどまでの怒りは、いくらか落ち着いたようだった。
「屋上の上で怒鳴っちゃって……はるかから聞いたよ、全部、ボクの身体を思ってやってくれたことだったんだって」
 胸元の服をキツく握られるが、樹は何も言わなかった。あおいの俯いた顔からこぼれる雫が、上からでも見えた。
「ごめんね、こんな、こんな……馬鹿な女の子で、ごめんね……!」
 樹は確かに、女の子が野球を続けていく為に必要なことを、自分なりに考えて行ってきた。
「でも、でも、ボクは皆と野球がしたかったんだよ……! ボクは無理をしてもいいから、皆と同じ練習をして……してっ……、一緒になって、野球……!」
 だけどそれは、本当にあおいの為だったのか。ただ体力が男に劣るから、身体に支障を来たした場合に取り返しがつかないからと、女の子であることだけを前提に、自分の考えを押し付けてきたのではないのか。
 樹は、この子の泣き顔すら知らなかった。この子がどんな子であるかも知らなかった。
 それを知っているはるかの言葉も一蹴してしまった。
 俺は何も分かっちゃいない。
 何が愛好会のキャプテンだ。
「…………」
 ぼろぼろと涙を流すあおいを、黙って胸の中に見つめていた樹は、意を決した。
 一気にあおいを、自分から引き剥がす。

116: 名無しさん@パワプラー:08/04/02 00:49 ID:yQ
「……っ?!」
 驚くあおいを真正面から見た後で、樹は一人猛然とダッシュした。競争者もいないグラウンドを、一人で、全力で走って周り、再びあおいの前に戻ってくる。
 あおいは、事態を飲み込めずにきょとんとしている。
「……あおいちゃん……!」
 ぜぇはぁと息を継ぎつつ、樹は顔を伏せたまま、あおいの両肩をまた掴む。
「一緒に走ろう!」
「え?」
「もうちょい、俺が疲れてないと、やっぱ不公平かな……!」
 そういって再びダッシュ。戻ってきた頃に、あおいはいくらか笑顔を取り戻していた。
「西条君ってさ」
「……はぁ、ひぃ……なに?」
「馬鹿だよね、ほんと」
「そうだね、行くよ?」
「うん」
 そして走り出す。先ほどの樹のダッシュの半分以下のスピードで、ゆっくりと。走りながら、二人はいろんな話をした。
 自分の小さい頃の話だとか、小学校の給食の何が嫌いだったとか、最近のプロ野球についてだとか。他人が聞けばどうでもいいと切って捨てられそうな話を、飽きずにした。樹はちょっと、早川あおいという子を理解できた。かも知れない。
 自分が行った事は、女の子に対する練習のさせ方としては間違ったものではなかったと思う。でも、早川あおいに対するものとしては、間違っていた。
 樹は苦笑する。するとあおいに気付かれた。
「はぁ、はぁ、なにがおかしいのさ?」
「いや、女の子って難しいなと思ってさ」
「はぁはっ……そうだよ」
「……これからは、練習差別はなし」
「当たり前でしょ」
「その代わり厳しく行くからね」
「がってんだよ」

117: 名無しさん@パワプラー:08/04/02 00:50 ID:yQ
 しばらく走って、樹は思いつく。
「ところでこれ、ゴールはいつ?」
「ゴール決めたら、面白くないでしょ」
 小悪魔のような、悪戯っ気の訊いた笑みで返される。
「倒れるまでだよ」
「……がってんだ」
 その後しばらく走って、どちらともなく土の上に倒れこみ、秋の満天の星空の下で、大の字になり手を繋いで寝そべった。
「あおいちゃん、制服汚れるよ?」
「いーのいーの。今日ぐらい、どうにでもなれっての」
 あははと豪快に笑い飛ばしてから、あおいはふぅと息をつく。今までのように重くないその息は、すっと軽く宙に溶けていった。
「あおいちゃん」
「なに?」
「ごめんね」
「西条君が謝る必要ないって、ボクが力不足なのは事実だし……でも」
 夜空を見上げていたあおいの顔が、樹の方へと向けられる。流石に涙はすっかり乾いたようだった。
「今度からは、ちゃんとボクに言ってよね。またコソコソと怪しいことしたら、今度は復讐に行くから」
「肝に銘じておくよ」
 細目で睨みつけられ、洒落にならない悪寒を感じながら樹は苦笑いで返した。
「いやー、疲れたね」
「あおいちゃん、放課後からずっと走ってたの?」
「そうだよ」
「そりゃすごい」
「少しは見直した?」
「いや、かなり見直したよ」
「そりゃどーも」
 時間を確認できるものはなかったが、恐らく十二時前といったところだろう。およそ勘でしかないが。
 そういえば会員たちに連絡をするのを忘れていたし、あおいの家に連絡もしていない。しかもこんな深夜と言えば、高校生は立派に補導されてしまう時間帯である。何気にマズい状況であった。

118: 名無しさん@パワプラー:08/04/02 00:51 ID:yQ
 ま、いっか。条例だの校則だのという堅苦しいものを、樹はその一言で片付けた。
「高校球児にあるまじき飛行行為だよね」
「そうだね、でも、まぁいいんじゃない?」
 あおいも同意見のようだった。
「ねぇ西条君」
「ん?」
「最近さ、はるか、変わったと思わない?」
「はるかちゃんが?」
「そ」
 唐突な質問に困る樹。変わったと思わないか、と訊かれても、そもそも中学時代のはるかを知らないのであるから、何がどう変わったのか分かるはずもない。せいぜい野球の知識を覚えてくれたことや、スポーツドリンクの作り方をマスターしてくれたことぐらいしか頭には浮かばなかった。
「うーん、前より積極的に練習のサポートをしてくれるようになった、ぐらいかな……」
「うん、キミにいいところを見せようとしてね」
「マネージャーなのに?」
「……分かんないなら結構」
「意味深だなぁ」
「いや、かなーりダイレクトなつもりだったんだけど……」
 あおいはむくりと起き上がって、背中とお尻についた土を払う。だが汗の染み込んだ服についた土が、そう簡単に落ちるはずもなく、ピンクの制服は背中だけすっかり真っ黒だった。靴も汚れてはいるが、こちらは運動用のランニングシューズ。後でローファーに履き替えるのだろう。
「じゃ、まだボクにも望みアリだね」
「? 何が?」
「こっちの話だよ」
 樹も追うように立ち上がる。思ったよりも足は疲労していたようで、伸びる筋肉の感触がほのかに痛く気持ちよかった。
「西条君、聞こえる?」
「へ?」
「虫の声」

119: 名無しさん@パワプラー:08/04/02 00:51 ID:yQ
 言われて耳を澄ますと、コオロギだかキリギリスだかは分からないが、心地の良い音色が、そこいらじゅうの草むらから聞こえてきた。必死になっていて気付かなかったが、ちょっと意識を向けてみれば確かに、何故これに気付かなかったのだという程の羽虫たちのオーケストラが、河原を舞台に演奏されていた。
「……気付かなかった」
「うん、ボクも」
 虫たちの多重奏は、美しい音色となって、川とともにメロディを流していく。命を枯らす直前の求愛の音色。物悲しくはあるが、樹にはとても華やかな演奏会に思えた。
「西条君、耳を澄ませないとさ、聞こえないよ」
 言葉が区切られ
「綺麗な歌も、人の気持ちも」
 樹は小さく頷いた。




120: 名無しさん@パワプラー:08/04/02 00:53 ID:yQ

 その後、樹は風邪をひかないようにとあおいに上着をかけてやり、家まで送った。その時すでに十二時を回っており、あおいの両親は酷く怒っていたが、樹が一緒に謝って、事無きを得た。矢部君らは十二時を過ぎた時点で一旦集合してくれており、矢部君の携帯に連絡を入れて解散を告げた。あおいちゃんの無事を聞いて、またはるかちゃんは泣き出したらしい。
 自宅に帰って樹は、何にせよあおいちゃんが無事で良かったと溜め息をつき、勉強机の椅子に座り込んだ。夜中だというのにハードな運動をしたものだから、身体中が痛む。今頃あおいも、両親に説教されながらも身体が痛いと悲鳴をあげていることだろう。
 あおいちゃんは、この何倍も走り、そして疲れているはずだ。樹はちょっと、あおいちゃんを過小評価し過ぎていたなと自嘲した。
 机に向き直り、“野球ノート”のあおいちゃんに関するページを開く。そしてシャーペンを握り、練習メニューに付け足した。
 ランニング中心
 倒れるまで
 一度ニヤっと顔をほころばせてから、着替えを持ってシャワーを浴びに風呂場へと行く。身体は火照っている。冷水を浴びる気満々である。
 結局、あおいちゃんが男女の壁に悩まされているのもあったけど、今回越えなければいけなかったのは、自分の、考え方の壁とあおいちゃんとの壁だったのかなと、樹は少々大きめの今回の事態を振り返った。もし普通の練習に戻してあおいちゃんが故障しても、決して良くはないが、それでも彼女は後悔しないはずだ。手加減されて思い通りの結果がでないよりは、よっぽど満足するだろう。
 それでいいのだ。高校野球は、そうでなければならない。皆が後悔しないような野球をさせてやるのが、キャプテンの務めなのだ。
 そう自分で結論づいただけでも、今日はヨシ!
 樹は満足気に一人頷いて、風呂場へと入っていった。

 数秒後、冷水のあまりの冷たさに樹の悲鳴が家中に響き渡ったことは言うまでもない。



           次からは新学年編です。が、まだ一文字も書いていないのでまたちょっと先になると思います。
           のんびりと、待てる人だけ待ってて下さい。

121: 名無しさん@パワプラー:08/04/02 01:04 ID:yQ
あ、それから
>>58>>90の小説、読ませて頂きました。
読んで、言葉をよく知ってる人だなという印象を受けました。
台本小説のスタイルから抜け出せば、良い文章を書ける方だと思います。
そして主人公となるキャラの人数をもっと絞った方が良いのではないでしょうか。ときどき、誰の視点からモノを見ているのか分からなくなるシーンがありましたので。
登場人物は適数だと思います。視点を持っているキャラを減らしたほうがいいのでは、という意見でした。

今このコメントを見て頂けるかは分かりませんが、見て下さっているのなら、一緒に文才磨いてパワプロ小説を盛り立てられるように書きまくりましょう!

122: 名無しさん@パワプラー:08/05/19 00:01 ID:UU
期待あげ

123: sage:08/05/30 19:39 ID:FQ
>>120 待ってました! 続きも待ってますので頑張ってください!

124: 名無しさん@パワプラー:08/06/06 00:55 ID:zs
イイヨー
もっとやってくれ

125: 名無しさん@パワプラー:08/06/11 23:24 ID:.s
ところで高松ゆかりの胸は大きいのか、小さいのか、丁度良くD寄りのCぐらいなのか。
皆のイメージを聞かせて欲しい。

ちなみに俺はD〜Eだと信じて疑わない。
おっきいオッパイは人類に幸せをもたらすと信じている。

127: 名無しさん@パワプラー:08/07/12 11:05 ID:Zw
更新されてるかと思ったら違ったww

128: 職人:08/07/12 19:16 ID:Lg
『ピンチは誰だ!?』の巻き

小波「進君、これから公園に行くんだけど一緒に行くかい?」
進「はい、いいですよ」

小波「いや〜今日はいい天気だねぇ」
進「そうですねぇ。」
小波「ん?何だあれは?」

ブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒ

進「豚の群れですね」
小波「どうしてこんな所に豚の群れが?何か嫌な予感がするなぁ」
猪狩「僕もそう思うね」
小波「わっ!猪狩!お前いつの間に・・・」
猪狩「今日は何か恐ろしい事が起こるような気がしてね。進と小波の後をつけて来たんだ」
小波「恐ろしい事ってまさかカレンさん・・・・?」
猪狩(コクッ)
小波「進君、公園から離れよう。ここは危ない」
進「えっ!?そんな、オーバーですよ」
猪狩「いいから、早く逃げるんだ!」
(タタタタタッ)
小波「あれ?カレンさんだ。」
猪狩「進、僕の後ろに隠れるんだ」
カレン「あら、小波様」
小波「カ・・・カレンさん、無事だったんだね」
カレン「え?どういう事ですか?」
小波「いや、さっき公園で豚の群れがいたからさ・・・」
カレン「で、どうして豚の群れと私が関係あるのですか?」
小波「え?あの・・・だって公園に豚の群れがいるなんて不自然だから・・」
カレン「だからどうして私と関係あるのか。それが知りたいのですわ」
小波「そのさ〜豚がさぁ・・・・」(まずい、カレンさん=豚ってなってる)
カレン「こ〜な〜み〜さ〜まぁ〜」
猪狩「その・・・あの・・・小波はカレンさんが心配だから来たんだよ。こいつカレンさんに気があるみたいで・・・」
カレン「まぁ。そうだったのですね。小波様」
小波(馬鹿!何言ってんだこいつ!)
猪狩「うわぁ〜小波が怒ったあぁ〜」
小波「猪狩、何言ってんだ?」
猪狩(早く走って僕を追いかけろよ)
小波(あっ)「からかうな猪狩、待てー」

カレン「まぁ小波様。ふ〜ん、公園に豚の群れ・・・」

小波「ふぅ〜っ、昨日は危機一髪だったなぁ。猪狩よくあんなアドリブ効いたこと出来たなぁ」
猪狩「命がけだったからな。まぁカレンさんが本当にお前に惚れてきたらドンマイだな」
小波「冗談じゃないぜ。でも進君が無事で何よりだよ」
猪狩「あぁ、そうだな。ん?何だあの白い山は」
小波「何!?豚の骨!?」




129: 名無しさん@パワプラー:08/09/05 23:27 ID:dE
パワプロ12 友沢とみずき





「なによ!私のやり方に文句あるわけ?」
「・・・別に?ただ、オレの練習の邪魔はするなと言っただけだ」
「・・・」

グラウンド内の真ん中で口論しているのは二人の男と女。
男の名前は友沢亮(ともざわ りょう)。帝王実業出身の天才バッターと言っていいだろう。
女の名前は橘みずき(たちばな みずき)。金持ちなお嬢様ピッチャー。変化球はかなりお手の者。
いつもだいたいこの時間帯になればこんな風景が見られる。
そこへ行って止めに入ってくるのは漣郎(さざなみ ろう)。

この二人を止められるのは、こいつぐらいだろう。

漣「また、もめてる・・。どうもあの2人似たもの同士でひねくれてるからなあ・・・」
みずき「自己中心でデリカシーのないとこも最低!」
友沢「フン、どっちがだよ」
漣「もう止めろよ二人とも」
2人「ふんっ!」
そう言った後友沢は部室に向かっていった。

早くこんな役を卒業したい・・・。
郎はそんな事を思っていたその時・・・

「こんにちは。ここは、ぱわふるあかでみーですか?」
漣「ん?ああ、そうだよ。ぼくら何しに来たんだ?」
「やった、ここだ。」
「っとね、おにいちゃんに、おべんとうをとどけにきたの。」
漣「お兄ちゃん・・・?」
郎は一瞬考え込んだが、すぐ言った。
漣「アカデミーお兄ちゃんなんていたんだ・・・」
みずき「あ!かわいい。いいな〜こんな可愛い妹がいて」
友沢「おい、そこにグラブなかったか?・・・って」
「あ、おにいちゃん」
2人「え!?」
友沢「お前たちここに来るときは連絡しろって言っただろ」
「おにいちゃんごめんね」
「でんわ、かからなくて・・・」
みずき「お兄ちゃんて、あんた!?」
友沢「で、何しに来たんだ?」

みずき「え、軽く質問をスルーですか・・・」

「おにいちゃんに、おねがいがあったんだよ。」
友沢「お願い?なんだ?」
そうゆうと、弟が持っていた紙を友沢に渡した。
みずき「授業参観のお知らせ・・・?」
横から覗くようにみずきは読んだ。

「ことしこそはおにいちゃんにきてほしいなあ」
みずき「どうゆう事なの?」
みずきがたずねた。
友沢「お前達には関係ない」
それを聞いたみずきはムッとした。
漣「友沢、俺何も言ってないんだが・・・」

友沢「そうか・・もう授業参観か・・・」
漣「だから、スルーはやめて・・・何かが傷つくので・・・」
「あのね、おかあさんびょうきでずっとにゅういんしてるから、じゅぎょうさんかんにだれもこないの」
「それで、ことしこそはおにいちゃんにきてもらうってふたりできめたんだよ」
みずき「へー、そうなんだ。大変だね。全く兄貴は超ムカツクのに、キミたちは素直でかわいいなあ〜。」
友沢「朋恵、翔太。わかった、兄ちゃんが必ずいくよ。」
そうゆうと、友沢は笑顔を見せた。
朋恵「わーい!おにいちゃんがくる〜!」
友沢「それじゃ帰るぞ。朋恵、翔太」
朋恵「じゃあね、みずきおねえちゃん」
みずき「はい、は〜い。まったね〜って、みずきお姉ちゃん?私自己紹介したっけ?」
友沢「じゃあ、先に上がるぞ」
(スタスタ・・・)
みずき「何か私、影が薄くなった感じみたいね・・・」







漣「・・・・・・・・・」←もっと影が薄くなってる人・・・。


130: 名無しさん@パワプラー:08/10/25 23:52 ID:5c
忘れられた頃にやってくる
>>120の続きになります。憶えてる人はどうぞ。


6.春到来


 四月。
 桜が咲き始め、野鳥のさえずりが聞こえ始め、春が到来した。
 皆独り身の愛好会員全員で無駄にはしゃいだクリスマスも、靴箱にチョコとラブレターが溢れて床にまで散乱し二条が青ざめていたバレンタインも終わり、短い春休みを挟んで、再び愛好会は学校に集結していた。
 そして今日はまさに、気持ちを新たに未来へ向かう日。新学年の新学期である。しかし学年が上がるということは、樹にとってさほど嬉しいことではない。
 高二に上がるということは勉強の(特に数学の)難度も上がるということであるし、何より受験という魔空間にまた一歩近付いたということだ。そんな語るだけ暗くなるような進級話はどうでもいい。樹が顔をほころばせて何よりも嬉しく思っているのはそう、後輩が、新入生が、男子生徒が新しく二○人も入学してきたということである。
 男子が二〇人も入ってくれば、当然誰かしら野球の経験者もいるだろう。いやいなかったとしてもこの愛好会に入ろうと思ってくれる人はいるはずである。そう考えるだけで、樹は朝からニヤニヤが止まらなかった。
 そして期待は見事に実り、一人でも入ってくれれば正式な部として発足可能なところ、なんと九人もの男子生徒が入会してくれたのである。
「まずは入会ありがとう! 俺は一応、キャプテンの西条樹。これからよろしく」
 そんなわけで、今こうしてグラウンドで新入会員の九人に向かって慣れない挨拶などしているところなのだ。

131: 名無しさん@パワプラー:08/10/25 23:53 ID:5c
 嬉しいことは、ベンチ前で整列している九人のうち、二人は野球経験者だということである。他の七人がぎこちなく姿勢を整えているのに対して、経験者二人は慣れた様子で手を後ろで組み足を少し広げ、野球少年らしい目上の人への話を聞き方をしていた。
 経験者というのはまず、このピッチャーである手塚隆文。
「こんちゃっす! よくお調子者と言われますが、野球に対する熱意は熱すぎるぐらいに持ってますんで、俺っちの力の限り頑張らせて頂きます!」
 球速は一二五キロと高校一年生投手の平均レベルだが、本人が売りにしているのはその制球力らしく、試しに樹が構えて投球させてみたところ、確かにストレートにしろ変化球にしろコントロールは二条以上のモノが望めそうであった。お調子者と自分で言うだけあっておちゃらけた感じのする立ち振る舞いであるが、樹はむしろこういう性格が好きだ。
 もう一人の経験者はこちら円谷一義。走力自慢の二塁手で、その俊足は先ほど目の前で、五○メートルを六.一秒で走ってもらって確認済みである。
「ども! この手塚とは中学の頃からの友達で、チームメイトです。走ることしか能がありませんが、高校ではバッティングも伸ばしていきたいので、ビシビシ鍛えて下さい! よろしくお願いします」
 円谷はお調子者ではなく、普通の野球好きの好青年といったところ。先程の手塚とは打って変わって生真面目そうな雰囲気である。
 しかし二人には共通していることがあった。それは入部、というか、入学動機である。
 何と二人とも、中学の頃からこの辺りを通学路にしているらしく、夏に河原や道をランニングして素振りに励んでいたあおいの姿を見て、その努力と姿勢に心打たれたというのである。丁度、二人して野球というものに対する倦怠感を覚えていた時期らしく、あおいは二人にとって野球を続けていこうと考えさせるきっかけになったらしい。

132: 名無しさん@パワプラー:08/10/25 23:54 ID:5c
 そんなわけで
「あなたがあの時の人ですか! お会いできて嬉しいです! 一生ついていきます!」
「あなたがいなかったら野球の楽しさを忘れるところだったッス! 俺らも一緒に甲子園を目指します! これからよろしくお願いしまっす!」
 なんて入学早々、教室に乗り込んでくるなりあおいの前で礼などするものだから、一時辺りは騒然としたものである(ちなみにどんな権力が動いたのかは知らないが、あおいと樹と矢部と二条その他愛好会員全員は、皆同じクラスになっていた)。
 そんなこんなで九人のメンバーが新たに加わり、恋恋高校野球愛好会は、ついに正式な部として、恋恋高校野球部として立ち上がったのである。
 樹が校長に活動予定書を提出し、判を貰って、顧問の先生をつけてもらった。
 その顧問の先生とは、恋恋高校養護教諭である加藤先生である。女性なのだが昔から野球は大好きらしく、好きなプロ野球チームは西武ライオンズだという。その理由は、優勝するとパル○がセールをやるからと思いっきり下心丸出しだったりするのだが。
「顧問は私、養護教諭の加藤理香よ。ま、怪我したらいつでも診てあげるから、心配せずに練習に打ち込んでね」
 直後に響くオオオオーッという歓声は多数の男子部員らのものである。加藤先生と言えば美人でスタイルもよく大人の色気に溢れる女性で、全校男子生徒の憧れの的なのだから当然だ。
 流石に養護教諭なだけはあって、スポーツ科学には造詣が深く、頼りになる人物が顧問になってくれたと樹は安心した。美人なのもまた嬉しい。
 とにかくこれで高野連にも登録できるようになり、甲子園へのキップをかけた地方予選に参加することもできる。それだけで、これまで一年間黙々と練習してきた甲斐があったというものである。あおいちゃんも、自分を慕って入学してくれた後輩がいると知ってから、俄然やる気を出しているようだった。
 そして始まる練習。樹はグラウンドを見渡した。
 全員が守備位置についたとき、ポツンと一つだけ空白があった外野。今は空白もなく、外野は外野、内野は内野でちゃんと守備練習が行えている。まだ高校の野球部としては人数も設備も全く足りていないが、それでも去年、一から始めたモノがこれだけの形になったのだ。自分が創設に携わったのかと思うと、それもまた感慨深かった。

133: 名無しさん@パワプラー:08/10/25 23:55 ID:5c
 パシィッっとミットに飛び込んでくる速球は、あおいちゃんのように荒々しい球でも、二条のように計算し尽された正確な球でもなく、まだ硬式ボールに慣れていない感のある、一球一球丁寧に投げようとするが故の自信のなさの乗った球だ。キャッチャーが先輩でキャプテンだということで、暴投するわけにはいくまいと緊張もしているのだろう。
 十数球を投げさせたところで、樹はボールを投げ返しつつ手塚に言う。
「あんまり綺麗な球ばっかり投げないでくれよ。俺の捕球練習も兼ねてるんだから」
「え? ああ、いやっはは……んじゃ、ちょっと力を入れてみます」
 そして振りかぶる手塚。樹は、ちょっと後悔した。どうやら先程の言葉を「遠慮するな」ではなく「手を抜くな」と叱られたものと勘違いしたらしい。今の手塚のフォームは、明らかに強張っている。これではまともな球が来ないだろう。
 思うが早いか投げるが早いか、ボールが手塚の指を離れた瞬間、手塚の口から漏れる「やべっ」という小さい声。ボールの角度は、明らかにワンバウンドコースだった。
 予想通りに手前でバウンドしたその球を、樹は身体全体で覆いこむようにしてしっかりと捕球した。目の前でのバウンドに対しても目を背けずに真正面から立ち向かえるのは、小学校の頃から受けていた近距離ノックの賜物である。
「んー、ナイスキャッチ!」
 隣で見ていたらしいあおいちゃんが、冷やかし半分で言ってくる。それと同時に手塚がすいませんと叫んで帽子を脱ぎ、走ってきた。
「すいません! 俺っち、緊張しちゃって……」
「ああいや、これぐらい余裕だよ。むしろ、緊張させちゃうようなこと言った俺の方が悪かったしね。でさ、気付いたんだけど手塚はもうちょっと……」
 そそくさと投球についての指導を始める樹を見つつ、あおいは傍にいた矢部に言う。
「西条君ってさ、先生向きだよね」
「同じくでやんす」
「ところで矢部君」
「?」
「キミは新人外野指導なのになんで投手の場所にいるかな」
「そ、それは……! う、麗しの美少女あおいちゃんの傍にいて、ちょっと癒されようと思っていただけでや」
「蹴るよー? 割と本気で」
「さてノック職人のオイラの腕前を見せ付けてくるでやんす!」
 眼鏡をキランと光らせて外野へと駆けていく矢部。その背中に向けてハァと軽く溜め息などついて、あおいは守備位置についている野手一同に目を向けた。

134: 名無しさん@パワプラー:08/10/25 23:56 ID:5c
 新たな右投げの投手、手塚を迎えた恋恋高校投手陣は、更なるレベルアップを果たしている。元々、左腕の二条に右腕のあおいと両腕のエースが揃っていた為、普通の高校と同じくらいの実力はあったのだが、ここで先発型投手の手塚が参入し、その層は更に厚くなった。二条やあおいの指示がある分、手塚の成長も早いだろう。
 あおいも、投手陣に関しては全く心配をしていない。
 問題はこの野手陣である。
 今年入学してきた野球経験者は円谷ただ一人。そして指導者としての立場に立てる二年生は、樹と矢部のみ(二条は投手陣として扱う)。他の二年メンバーも確かに一年間野球を続けてきたとは言え、まだ他人に教えることのできるレベルではない。指導者が少ない反面で、指導しなければならない人数が多いのがネックであった。
 しかも内野手の動きを熟知している樹には、捕手として投手陣の球を受けてもらわなければならないため、どうしても内野手の指導がおろそかになってしまう。一応、まだおぼつかない手つきでも二年のメンバーに指導を頼んではいるが、やはり厳しいようだった。彼らにはまだ確固とした自信がない。間違った知識を教えるのではないかという恐怖心が、二年メンバーから積極性を奪っていた。
 捕手を二条にやらせて、樹を指導に回せばいいじゃないかという意見もあるだろう。勿論それもやってみた。しかしそれだと、普段しゃがむことに慣れていない二条の足腰の消耗が激しく、また交代してあおいや手塚が座れば二条の速球をろくに捕れないという事態に陥ってしまう。その為、メニューとしては、投手陣がランニングや遠投をやっている間に樹が指導に回るというものが最適だ。
 今は円谷に内野、二条にバッティングの指導コーチをやってもらっているが、なかなか手が回らない様子。
「ちょっといい? あおいちゃん」
 背後から声がかかる。振り返るまでもなく、樹のものだと知れた。
「バッター役になってもらっていい? そこに立ってて」
「うん、いいよ」
 野手陣から目を離し、指示された通りに樹の前に立つ。なんだかんだで不安はあるが、これよりも酷い状況下で、去年はなんとかやっていけたのだ。多分今年もどうにかなるだろう。持ち前のポジティブシンキングでそう結論付けたあおいは、黙って投げられたカーブをしっかりと目で追い、軌道の先にあるミット、その主である樹を見つめる。
「ん? 何? 捕り方でもまずかった?」
「いーや、別に」
 悪戯っぽく笑って見せる。ようやく、野球部って感じだ。とにかく楽しければなんでもいい。
 これから始まる野球部の、部活としての新しい日々。不安はあっても、楽しさの圧倒的に勝る。
 期待に胸躍らせつつ、樹やあおいは以前と変わらぬ国語の授業中、新しい“野球ノート”の作成に励むのだった。

135: 名無しさん@パワプラー:08/10/25 23:56 ID:5c



「やれやれ、ですわ……」
 二年に上がったということで、学校内での肩書きも少しは上がり、乙女倉橋彩乃はついに生徒会役員を務めることとなっていた。会長から指名されたような正式なものではなく、完全な立候補制の、いわゆる庶務。つまりは雑用係である。普段は誰もやりたがらない役職なので、こうしてすんなりと立候補者が現れたことはありがたいと先生らから感謝された。
 なんのことはない。こんなこと、未来の生徒会長となるためならばお安い御用である。こうして先生は勿論、他生徒からの支持を常に向上させておくことが重要なのだ。
 とはいえ趣味にテニスを嗜む程度の身体に、ダンボールや書類をあちらこちらへ持っていくこの労働は辛いものがある。
 一時間ほど働き通しており、そろそろ一息入れたくなってきたところだ。
 ふぅという小さい溜め息と共に手近な椅子に座り込むと、彩乃はハンカチで額と首筋の汗を拭った。こういうとき、長い髪というのは邪魔で仕方がない。
 憧れの人の、好みの髪型さえ分かればすぐにそう整えるのに。思いながら再び溜め息をついて、彩乃は窓の外を見やった。
 樹とは、あれからろくに話もしていない。話す機会があっても、そこを自ら退いてしまう自分がいた。あちらにしてみれば、あれはただ数学の問題を教えてもらったというただそれだけのことなのだろうが、こちらにとっては一大事だった。あの日は結局ピアノの稽古に遅刻し、母との約束も破る形になってしまったのだが、それでもとても幸福感に満ちていた。翌日も、その翌日でさえ、脳裏には彼の顔が焼きついていた。
 だから怖くなったのだ。もし彼に想いを悟られ、拒絶され、距離をおかれてしまうことが。もしそんなことになるぐらいだったら、いっそこのまま友人としての位置を保っていたい。そう願うことが、自分に、彼を避けさせた。

136: 名無しさん@パワプラー:08/10/25 23:57 ID:5c
 本末転倒だと言われればそれまでだが、彩乃にはこれぐらいしかできなかった。もちろん、それではダメだという気持ちもある。しかし生まれて初めての一目惚れ。そして生まれて初めての恋。今まで一度も異性に慕情など抱いたことのなかった自分の気持ちに、一番戸惑っているのは他ならぬ彩乃自身なのだ。友達に相談しようにも、どう言っていいものかわからない。彩乃は、一人で苦悩する他なかった。
 五月とは言え、日は少しばかり高くなった。以前ならばもう夕闇が空を覆っていただろう時間であるが、まだ充分に、西の空は明るい。窓から差し込む夕焼けは、どこか物悲しい模様を床一面に描き出していた。オレンジ色の空間の中で、彩乃はしばし感傷的な気分に浸る。
 幼い頃は、影というもので遊ぶのが好きだった。遊ぶというより、刻一刻と変化し続けていく影というものを不思議に思い、それを眺めているのが好きだった。どうしてこうも自在に変化していくのだろう、どうして一時とそこに留めておくことができないのだろうと、飽きもせず影を見つめていたものだ。くだらない常識や知識が無かった分、見たもの全てにありのまま感動できていた。ひたすら素直だったのである。
 今の自分はどうだろう。好きな人が出来ても、様々な考えが先行して、素直さを押し殺している。バレンタインですら何のアクションも起こせず、あまつさえ会話すらしていない。こんなことで、いいのだろうか。
「倉橋さんいる?」
 生徒会の人間が、部屋の中に入ってくる。生徒会副会長を務める人物で、束ねられた長い髪に清潔感の際立つ、バレー部の主将も兼ねる背の高い女性だ。
「って、あら……? 寝てる?」
 女性が入ってすぐ窓際の椅子に目をやると、机に突っ伏した形で、探していた倉橋彩乃が寝ているのが見えた。すやすやと可愛らしい寝息を立てて寝ており、呼吸に上下する背中が子猫のように丸かった。
「疲れちゃったかなー、ちょっと仕事押し付けすぎたのかもね……えーっと」
 女性はロッカーを開け、中に入っている自分の膝掛けを取り出すと、それを彩乃の肩にそっとかけてやった。刺繍されている猫のマークが、彼女にはぴったりなように思えた。
「下校時間には起こしに来るからね」
 そう呟くと、女性は静かにドアを開けてその場を後にした。




137: 名無しさん@パワプラー:08/10/25 23:58 ID:5c



「いぇぇぇやぁぁっ!」
 覇気のこもった声と共に打ち出される回し蹴り。空気を切り裂くように横一閃されたそれは、煉瓦の一つや二つは軽く粉砕してくれそうな威力に満ちていた。まともに喰らったならば、余程の喧嘩自慢でもない限り悶絶してしまうだろう。
 しかしそれを放たれた相手は、一歩身を引いて軽がるとそれをかわし、更には一瞬の隙をついて距離を詰め、回し蹴りの軸足を蹴り崩し、易々と勝利を我が物としてみせた。
 しかしそれで事が済んだわけではない。
「次、お願いします」
 畳の上に膝をつくも、すぐに立ち上がり、次の手合いを申し込む。
 年端の行った厳めしい身体つきの男と、どこか中性的な優男の雰囲気のある青年が、互いを威嚇するように睨み合う。両者の肉体の重量差は、着ている道着によって尚際立っている。
 男の繰り出した牽制の蹴りをかわして、青年が距離を詰める、先程とは逆の光景だ。青年はもらったと言わんばかりに軸足を狙い、足払いを仕掛ける。
 しかし男は軸足を使い、跳んだ。対象を見失った青年の足が虚しく空振りし、その胸に、無理やりな飛び蹴りが叩き込まれる。男は、自身の空振りさせた足をそのまま飛び蹴りへと派生させたのだ。
 身体の中心にダメージを負い、そのうえ呼吸のリズムまで乱され、青年はもはや抗う術も無くうつ伏せに倒れこんだ。
 五月も終わりに差し掛かったある日曜日の朝のこと、全てはここ、武道家二条宗次の仕切る武道場での出来事だった。
「周囲に女学生の多い環境下で、少し鈍ったのではないか。神谷」
「い、いえ……、自分の、修練が、及ばなかった所為です」
 畳の上で荒く呼吸をする神谷を見下ろすようにして、その父、宗次は厳しい表情で言う。
「情けない。お前は、私たちの反対を押し切って恋恋高校に入学したのだ。しかしそれは、自身を武道家として磨き続けるという条件の下。それをないがしろにして、野球にうつつを抜かすとは笑止」
「はい、申し訳、ありません……」
「いつまでも膝をつくな。立て」
「はい!」
 未だ収まらない動悸を抑え付け、神谷はすっと立ち上がった。

138: 名無しさん@パワプラー:08/10/25 23:58 ID:5c
 他の門下生はいつも午後から来る予定なので、今は道場にはこの二人しかいない。日曜日の朝はこうして宗次に稽古をつけてもらうのが、神谷の日課であった。そしてここのところ武道に割く時間が激減した為、毎度のように父の厳しい檄がとんでいるのである。
「時間はまだある、こい」
「はい、お願いします!」
 再び挑む神谷だが、奮戦虚しく、やはり父の前では簡単にいなされてしまう。そもそもその身体つきを見ればどちらが勝るかは明らかだが、何よりも宗次の持つ迫力は神谷のものとはまるで違った。過去幾つもの大会や他流試合を制し、今なお己の研磨に余念のない宗次の手並みは、神谷をまるで掌の上で躍らせているかの如く鮮やかだった。
 神谷がまた畳に叩き伏せられる。
「リーチの優れた相手との戦いで、蹴りを多用する阿呆がどこにいる。重心を上げろ。懐に入ることだけを考えろ」
「はい!」
 すぐさま立ち上がり、言われた通りに拳を中心として立ち回る神谷だったが、やはり結果は同じだった。
「拳が素直過ぎる。軌道が読める。懐に入る前に蹴りを喰らうな。さっさと立て」
「……はい!」
 再度立ち向かう神谷。
「う〜わ、いくらなんでもキビシすぎるでしょあのオッサン」
「仮にも二条の親父さんなんだから、オッサンはやめたほうがいいと思うよあおいちゃん」
「あっちゃー、今のキック……はるかだったら死んでるねきっと」
「変なこと言わないでよあおい……」
「うーん、オイラ見えにくいでやんす」
 そんな神谷の稽古の様子を、扉の隙間から見る野次馬が四人。言うまでも無く、樹を初めとする恋恋高校野球部の面子だ。
 たまのオフを使って二条の家にお邪魔することになったのだが、午前中は無理だと言われながらも内緒でやってきてみればこの光景である。大和撫子と言わんばかりの日本の“奥様”に出迎えられ、気分を良くしていた樹たちだったが、その奥様に息子の稽古を見たらどうかと提案された矢先にに、まさかこんな二条の日常を見せ付けられるとは思わなかった。サプライズだかなんだかで午前中にやってきたことを、樹たちはちょっと後悔した。

139: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:00 ID:xw
 常日頃から、自分の父上は厳しいだの云々と言っていた二条から聞かされていた樹たちだったが、その意味がようやく分かった。樹は、自分の持つ「父親」というイメージとは懸け離れた二条の父に、恐怖心しか持てない。
「どうした、もう終わりか軟弱者」
「い、いえ、まだ……お願いします」
 多分こんな父親だったら、俺は二日と持たないな……。
 そう思っていると、肩をちょちょいとつつかれる。振り向くと、あおいちゃんが手招きしていた。どうやらここを撤退して、家の奥へ行くことになったらしい。あおいの少し向こう側に、二条の母親とはるかが話をしているのが見える。
 素直に従ってそそくさとその場を離れる樹だったが、道場から響き渡る怒声と畳の音に、妙に後ろ髪をひかれる思いだった。




140: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:00 ID:xw


「なんで二条ってさ、野球なんか始めたんだろ」
 通された奥の広い部屋で、最初に声を発したのは樹だった。深い畳の匂いとお香の香りの染み付いた、高そうな皿やらの調度品の並ぶ部屋である。おそらく貴賓来賓をもてなす為の部屋なのだろう。そこらの高校生風情には、随分と過ぎた場所だ。
「ん? そりゃまぁ、好きだから、じゃないの?」
 座布団を枕代わりに寝そべって、足をパタパタさせながら言うあおい。
「そりゃそうだけど、あそこまで叱られて武道の稽古までさせられてるのに、なんで野球優先の生活なのかなって思ってさ……だって、大人しく毎日武道の稽古していれば、あそこまで乱暴にされずにすむのに」
 うーんと黙り込む一同。
「あ、分かったでやんす! きっと二条君は好きな女の子がいて、その子を追いかけて恋恋に入学したでやんす! そんで男子がいる部活が愛好会しかなかったでやんすから仕方なく中学からの野球を続けたに違いないでやんす!」
「論外」
「ぎゃふんでやんす」
 あおいに一言で斬り捨てられ、いつも通りねじ伏せられる矢部。
「あの堅物二条君が女の子目当てに入学なんてするはずないでしょうがもっとマシな意見」
 そうは言われても、他に考え付く事もなし。野球が好きならばもっと強豪校に入学するだろうし、女の子目当てなんて二条の性格からは考えられない。樹もはるかも、頭がオーバーヒートしていた。
「うーん、二条さんってあまり自分の事を話さないから、全然分かりません」
 はるかがぼやくその一言こそが、まさしく皆の胸中を如実に顕していた。
 常に冷静沈着、泰然として寡黙。大人のような目線を持ち、女性に免疫のない二枚目男子。それが皆の持つ二条神谷という人間に対するイメージだった。もう一年の付き合いになろうかというのに、彼は一度として「自分語り」をしたことがなく、何故恋恋に入学してきたのか、何故野球を続けているのか、その理由は未だに謎なのである。投手としての力量は樹をも唸らせるほど、しかも打撃と守備のセンスは一級品、こんな選手を強豪校が放っておくわけがない。当然推薦や監督直々のオファーだってあっただろう。それらを蹴ってまで、ましてや親の猛反対を押し切ってまで恋恋に来る理由とは、一体なんなのだろうか。
「待たせたようだな、すまない」
 各々であれやこれやと思考を巡らせている最中、襖が開いて二条が入ってくる。
 作務衣姿だった。

141: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:01 ID:xw
「冷茶を持ってきた。粗茶だが……なんだ?」
 皆の視線が、紺色の上着を羽織った二条に注目する。なんというか、高校生の、それも二枚目男子の着る物にしてはいささか似合わないもののように思えるが、これさえも二条が着れば立派に色気の香る着物になるのだなと感心したのだ。
「いやー、やっぱり顔が良いってのは得なんだね」
 しみじみと見入るあおい。二条は少し恥ずかしそうに咳払いした。二条神谷の照れた表情、写真に撮れば学校の女子に高く売れるだろう。とかそんな邪な考えが浮かんだのは樹だけの秘密である。
「二条家男子はこれが家での正装なんだ。普通の衣服など着ていると、父上の小言が飛んでくる」
 え、じゃあオイラたちってかなりマズいんじゃないでやんすか、と矢部が意見するも、流石に来客に物を言うほど乱暴ではないとのことだった。危ないところである。
「本日は皆、よく来訪してくれた。粗末な物しかないが、歓迎する」
 きちっと正座した二条が恭しく三つ指をついて礼をする。その態度に少々戸惑った一同であったが、恐らくこれも二条家の作法なのだろうと納得することにした。
「さて、それでは何をしようか。見ての通り、我が家には特に娯楽と呼べる品がない。……普段、人の家に集まった時は何をしているんだ?」
 二条の言葉。それを聞いて皆で黙り込む。そう言えばそうだ。とりあえず二条の家に行こうと思い立って来ただけで、何をしようかとまでは考えていなかった。というか、行けば何かあるだろうと思って来たのだ。樹の感覚では、友達の家に行けばテレビゲームやトランプ、もしくは外でキャッチボールなどがオーソドックスだが、そういうものが似つかわしくない環境であることは明らかである。
 そうだなぁ、せっかくだし
「せっかくだし、二条の家でしかやれないことをやろうよ」
 つい口を突いて出てきた言葉だが、特に内容は考えていない。それがまずかった。
「例えば?」
「例えば、拳法の体験入門、とか」
 被せられたあおいの言葉に、またつい口を突いて出てきた言葉が、これだった。
「おお、それは妙案だ」
 二条が反応してから、自らの失敗に気付く。これはもしかしなくても墓穴を掘ったかも知れない。

142: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:02 ID:xw
「そうだな、日頃野球の練習だけでは培われない胆力、精神力を、武術を通じて学ぼうというわけだ。流石は西条。恋恋野球部を担う番頭なだけはある。その心意気に感服した」
 実直な二条らしく、素直に感動しているらしかった。ここで「あ、ごめんやっぱいまのなし」と言えるほどに、樹の神経は図太くない。
「善は急げという。父上に了承を頂戴してこよう。皆はここで待っていてくれ」
 拳を握り締め、颯爽と部屋を出て行く二条。が、その際に決して襖を後ろ手では閉めない辺り、流石は二条家の教育といえた。
 二条の足音が完全に遠ざかった後で
「なに言っちゃってんのさー!!」
「あいたっ?!」
 あおいの一級の飛び蹴りが樹を襲う。突然の攻撃に為す術もなく、樹は思いっきり吹っ飛んだ。調度品に傷をつけまいと上手く畳みの上で止まったのがせめてもの理性である。
「西条君キミはさっきの二条君の練習風景を忘れたわけ?! 死人がでるよマシで! キミや矢部君はいいとしてボクとはるかはどうすんのさ?! か弱い女の子二人にあんな特訓させるつもり?!」
「え? かよわグフっでやんす!!」
 矢部が横槍を挟もうとするが、挟みきる前に神速の蹴りが飛んだ。
「い、いやぁ思わず口から出ちゃったというか……」
「思わずじゃないでしょこっちは命がかかってるんだからあんなパンチやキックまともに受けてみなよ五体四肢どこが吹っ飛ぶのか分かったもんじゃないよ!」
「ぐ、ぐるじ……」
 あおいに胸倉を掴まれ、ぶんぶんと頭を揺らされながら糾弾される樹。その様子をにこにこと見守るはるかに、矢部は不思議そうに訊いた。
「あ、あれ? はるかちゃんは怖くないんでやんすか?」
 その矢部の遠慮した問いにも、やはりはるかはにこにこと答える。
「はい。今まで武道なんかに触れる機会はありませんでしたから、楽しみです」
 果たしてこの七瀬はるかという少女、肝が据わっているのか据わっていないのか。矢部が胸中で思いっきり首を捻ったころ、部屋の外から落ち着いた足音が聞こえだす。襖が開き、姿を見せたのは勿論二条だ。
「父上には快諾を頂いた。まずは昼食を振舞おう。その後男女で分かれて各々、父上と母上に学んでくれ」
 今にも樹を絞殺しそうなあおいを見事にスルーして、二条は皆に告げる。
 個人らの思いはそれぞれあるだろうが、そんなもの意にも介さず地獄への門は開かれたようだった。

 ちなみに昼食は炊き込みご飯のおにぎりだった。




143: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:02 ID:xw


 さてさて、普段は野球しかしていない者たちが武術の達人の技を受ければどうなるか。無論軽傷では済まない。膝を折って転がるのが関の山だろう。
 しかし勿論、技の危険性を熟知した達人がそんな危険なことはするはずもなく、樹と矢部は二条の父に習って空手の型を練習していた。
「もっと腰は落としてもらって結構。そうそう。重心は下半身に、腰で拳を突き出すのが基本だ」
 二条の父、宗次は、息子である神谷に対するそれとは全く違った態度で樹らに接している。まぁこれも当然のことである。客人にまで手荒な真似をするようでは、道場の長など務まるはずもなかろう。
「なかなか、筋がよいな。ふむ、やはり平静から運動を嗜んでいる者は飲み込みが早い」
「オイラ、格好いいキックがやってみたいでやんす!」
「焦らず。蹴りはしっかりとした型で打たねばバランスを崩す故、素人には扱いづらい代物。もう少し基礎を積んでからだ」
 優しく指導する宗次に気を許し、これでもかと付け上がる矢部を横目に見つつ、樹は苦笑しながら正拳突きを繰り返した。腰の動作に全ての基本を置くというところには、野球と武術には通じるものがある。小学生の頃からバットを振り続けている樹にとは、この腰を使って拳を打ち出すというフォームは習うに易過ぎた。
 あおいちゃんたちは別館にて、二条の母である舞衣子により、薙刀の訓練を受けている。高校生には剣道がイメージであるが、この暑さでは荷が重いだろうということで軽装のものに決まったのだ。この時点から既に精神鍛錬にはなっていないような気もするが、いつの世も女性には甘いのが常である。
「うう、あおいちゃんたちの道着姿が拝めない上に、必殺技の練習もさせてもらえないなんてつまらないでやんす」
「武道に関わっている時ぐらい、煩悩を捨てようよ矢部君……」
 樹は苦笑いしつつ、視線を別の方向へとやった。武道場の奥の方、既に道場に来訪している宗次の弟子らと組み合う、二条の方である。
 野球のような遠くまで届かせる声出しとは違い、目の前の相手を威嚇し己の呼吸を整える為に発せられる短い声。奇声と言ってもいいかも知れない。それら幾つもの声が混じり合う中に、二条は立っている。
 乱取り、というものだろう多分。とりあえず目の前にいる相手を捕まえては互いに一礼し組み手を交わし、勝ち負けを気にする前に次の相手にまた礼をするという光景がそこら中で行われている。先程、父宗次にいなされていた姿が嘘のように、二条は次々と襲い掛かってくる父の弟子らをなぎ倒していた。相手の殆どが、成人した大人であるにも関わらずだ。
「まだ神谷君にゃ勝てないか……」
「よし、今日も胸を借りるよ」
 ちらほらと、そんな話が聞こえる。やはり二条は相当な人物なのだなと、樹は改めて実感した。きっとゆくゆくは宗次ほどの実力を身に付け、この道場を継ぐことになるのだろう。だからこそ、余計に二条が野球に傾倒する理由が分からない。
「隙アリでやんす!」
「あいてっ」
 突如として放たれた矢部の蹴りを喰らって、樹はお尻を押さえ込んだ。その様子を見てフッフッフ、と怪しげに笑う矢部。
「月光戦隊オーロランの秘密格闘術を習得したオイラはもう無敵でやんす! さぁて西条君、今日が年貢の納め時でやんすよ」
「な、何がなんだか分からないんだけど……」
「問答無用でやんすっ!」
「設定ぐらい問答させてよ!?」
「うむ、武道は楽しく学べ」
 微笑ましく見守る宗次だが、樹は何やら必殺技とやらを繰り出しながら迫る矢部から逃げることで必死だった。

144: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:04 ID:xw
 そんなとき、道場の扉が音を立てず少しだけ開き、ひょこっとあおいが顔を覗かせる。
「やっほー、見に来たよ」
 良い汗をかいて一息、好奇心から男性陣の鍛えられっぷりを見物しにきたのだが、樹と矢部が妙なファイトを展開している以外に目新しいものはなかった。
「あり、予想外。虫の息かと思ってからかいにきたのに」
 こりゃ残念と呟くあおい。
「おや、恋恋の女学生の方かな」
 横から声をかけられたところで見やると、神谷の父、宗次が立っていた。先程神谷との組み手を見ていたときもさることながら、間近で見るとその体躯は山を思わせるように威圧感に満ちている。
「あ、あはは、そうです。どうも、いつも二条君には迷惑かけてばっかりで」
「いやいや、迷惑をかけているのは神谷の方であろう。あやつはまだ未熟ゆえ、心を乱すことがしばしばだ。至らぬところがあれば、是非とも指導してやってくれ」
「ははは、わ、わかりました」
 男子と話すのは昔から慣れている性分だが、目上の、しかもここまでの雰囲気を纏った男性と話すのには流石に気後れする。
 どんっ
 鈍い音が響いた。聴いた瞬間、あまりの不気味さに思わず屈んでしまうような類の音。人間の身体を本気で殴ったり蹴ったりした場合、このような音が鳴るに違いない。
「ああ!! こ、神谷君大丈夫かい?! ごめんよ!!」
 直後に発せられた大声は、道場の門下生らしい男性のものだった。顔を抑えて倒れこむ神谷のもとに、その男性を筆頭にして次々と皆が駆け寄る。
「うげっ、顔?! ちょ、二条君」
「そこに居てくれ」
 慌てて駆け寄ろうとするあおいを制して、宗次が歩き出す。丸太のような腕に前方を遮られて、無理に行くことはできなかった。
 神谷を取り囲む門下生の皆さんの騒ぎと対照的に、そのもとへと歩み寄る宗次の様子は落ち着き払っていた。
 すると突然、人だかりが割れる。その輪の中で立ち上がって姿勢を正し、宗次の方を真摯な目で見つめているのは、頬に赤い擦り傷をこさえた神谷であった。
 ただならぬ緊張感が漂い、静まり返った館内。そこにただ一つ響く、宗次の重量感ある足音。その存在感に、騒ぎの外であった樹と矢部も動きを止めて息を呑んだ。
 神谷の前で、それは立ち止まった。
「油断か、過信か」
「己が未熟ゆえです」
「行け」
「はい!」
 ただそれだけのやりとりの後で、二条は傷の手当をすることなく、道場から走って出て行った。
 あおいちゃんに矢部君を押し付けて、樹がそのあとに続いたのはほんの数秒あとのことだった。




145: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:20 ID:xw


二条家の男は、強くなければならない。嫡男であるならば尚更だ。
物心が付いたころには、もう道着を着て道場に正座をしていた。武道家として名高い父から昼夜問わず手ほどきを受け、いくつもの大会を制した。強さゆえに、小学生の頃から中学生たちに混ざって練習をし、試合をした。それでも勝った。嬉しかった。その所為なのかも知れない、皆、次元が違うものとして近寄ってこなくなった。友達ができなかった。
自分の中に残る一番古い記憶は、広い父の背中だ。転んで泣いたところを諫められ、おぶさった時のあの安心感を、今でも忘れることができない。いつか自分もこんな父のような男になりたいと、切に願い、それが自分を磨く原動力となった。友人がいないことなど、そのうち気にならなくなった。
しかしどこの世にもお節介な人間とはいるもので、こんな自分の根暗な性格が我慢ならなかったらしい者が一人、物怖じすることなく歩み寄ってきた。小学校5年の時のことであった。
「おい二条、野球部入れよ」
部活などしていては武道に励めないと、何度となく断ったものの、その高飛車で高慢な少年は決して引くことなく、自分を野球部に誘い続けた。そのあまりのしつこさについに根負けして、仮入部という形でジャージ姿で練習に参加させてもらったのが小学校6年の春。そしてその一ヵ月後には両親に頼み込み、ユニホームを作ってもらうことになった。九人がそれぞれの役割を担って、控えの選手ですら一丸となり敵と戦う。野球の駆け引き、チームプレイの面白さに、すっかり魅了されてしまったのだ。
友人も増え、心なしか表情も少し明るくなったことに、母は安堵していた。内心、いじめでもされているのではないかと心配だったらしい。しかし父は逆だった。野球などにうつつを抜かしておっては武道がおそろかになると、良い顔をしなかった。だから武道に手を抜くわけにはいかない。勉学もまた然りだ。野球を続けるためには、父の期待にも応えなければならない。二条の家を継ぐ者として相応しい実力を維持し続けなければならない。
中学生となり、相変わらず野球を楽しみ続け、三年を迎えたとき、高校受験を考え始めた。自分を野球の世界に引きずり込んだ張本人は、その野球の実力を認められ推薦が決まった。かくいう自分にも推薦の話は入ってきていた。しかし決断できずにいた。高校ともなれば、その先の進路というものも徐々に見え始める時期である。果たしてこのまま野球を続けてよいものなのかどうか、もういい加減に、武道と勉学に専念してはどうなのか。迷えば迷うほどに、出口のない迷路の奥へと入り込んだ。
そんな中学三年の夏、この土手で、彼女と出会った。
二条はひりひりする頬を風に晒しながら、道場からのランニングを切りやめ、土手の道の上で立ち止まった。
すぐ左下を見下ろせば河川敷の野球場があり、前には車一台が通れる程度の幅の道が長く延びている。

146: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:21 ID:xw
 そう、今から二年ほど前、ある夕方のことだ。
 部屋で一人悩むことをやめ、気分転換に散歩をしていたところ、この土手で、座り込んで休憩をしてい女の子を見つけた。制服姿の女の子だったならば素通りしただろう。しかし興味を引いたことは、その女の子が野球のユニホームを着ていたことだった。
 平素よりあまり女性とは接点がないため、女の子との話し方は分からない。だが不思議と、その女の子に対しては、驚くほど素直に言葉が出ていた。
「野球を、嗜んでおられるのですか」
「え? ああ、やっぱり不思議かな?」
 唐突に後ろから声をかけたというのに、女の子は驚きもせずに応答した。
「女性が野球とは、珍しい」
「んー、皆そう思うだろうけどさ」
 その後に、彼女が見せた笑顔は、恐らく一生忘れられない。
「楽しいからね」
 その瞬間、自分が今まで悩んできたことを一言で崩壊させられた。
 地域硬式リーグに所属する唯一の女の子が、恋恋高校を志望しているらしい。その噂を聞いたとき、恋恋高校を受験することを決めた。
「彼女がいなければ、自分は楽しさを忘却するところだった」
「いきなり言われてもなぁ……」
 どうやらこちらの気配に気付いて、二条は話しかけてきたらしい。が、そのあまりに掴みどころのない話題に、樹は困惑した。

147: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:21 ID:xw
「何故にここまで」
「部員の世話を焼くのはキャプテンの務めだからね。それに、二条と話すいい機会だと思ったし」
 二条は何も言い返さずに視線を遠くに戻すと、ぽつりぽつりと話始めた。
「自分は野球を続けていくことに、疑問を覚えたことがある。救ってくれたのが、彼女だ」
「……あおいちゃん?」
「そうだ」
 気だるい午後の時間もそろそろ終わり、あと二時間もすれば陽がかげるだろう。暖かい陽気に包まれながら、二条と樹はその場にぺたりと座り込んだ。
「大した言葉ではなかったのだろう、だがそれは自分にとって衝撃的だった」
 樹は無粋に口は挟まず、二条の口から語られる彼の過去を聞いた。それはひたすら野球にだけ打ち込んできた樹には到底理解できそうもない、二条の家に生まれた者だけが持ちうる皮肉な悩みであった。
「入学した後、彼女は自分のことなど憶えてはいなかった。行きずりの人間の事など、忘れて当然だがな。……それでも自分は忘れられなかった。今も網膜には、彼女の笑顔が焼き付いている」
 両親の猛反対を押し切っての入学であったことは聞いていたが、この分だと、相当な苦労を強いられたに違いない。詳しい事情は語らないが、二条の瞳からは、その辛かった過去が読み取れた。
「彼女の役に立ちたい。あの迷いの中から自分を救ってくれた彼女に何か、恩返しがしたい。いつしか、そう思うようになった」
 二条はじっと、川の流れを見つめている。春の陽に照らされた水面がきらきらと光り、その傍らに息づく草花が心地良く揺れていた。
「それが、自分が恋恋に入学し、今尚野球を続ける所以だ」
 そう言って二条が何かを思い描くように目を閉じた後、樹は小さくくすりと笑った。
「ん? どうした?」
「いや、二条がようやく自分のことを話してくれたなぁって思ったからさ、それと」
 一呼吸置いて、樹も川の流れへと目をやった。
「やっぱりあおいちゃんは凄いなーって、思った」
 二条とほぼ同じ理由で恋恋に入学し、野球部に入った者がいる。円谷と手塚だ。あの二人も、野球に迷っていたとき、ひたすら練習に打ち込むあおいに姿に心打たれたと言っていた。早川あおいという人間の姿に人生を変えられた人間が、三人もいる。とても素敵で、凄いことだと思った。
「だから自分も、彼女に負けぬよう日々精進する。……つもりだったのだが、あれしきのことで集中力を欠くとは、自分もまだまだだな」
 そう言って頬をさする二条。あれしきのこと、とは、恐らく先程のあの顔面直撃を喰らったことを言っているのだろう。確かに、あれだけの実力を持った二条が、普段から相手にしている門下生の皆さんを相手に遅れをとるとは考えにくい。何か一瞬の集中力の途切れが、運悪く訪れたのだろう。
「そういえば、そうだよね。傍から見てても二条の強さはわかったのに、なんで顔に当たるんだろう?」
「いや、それがだな」
 二条は恥ずかしがるでもなく、慌てるでもなく、いたって平静な声の調子で、衝撃的なことを言ってのけた。

148: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:29 ID:xw
「彼女がこちらを見ていると分かったとき、妙に気になってな。常に横目で彼女の存在を確認していたら、失態を犯すことになってしまった。……情けない」
 恐らく、二条は今まで恋愛というものを経験したことがないのだろう(樹も言える立場ではないが)。百人が聞いて百人ともが認めるような恋のサインを、唯の一寸の惜しげもなく口にしているということを、本人は自覚していないようだった。
 しかし、うん、二条もちゃんとした男子高校生だったんだなと、樹はむしろ安心した。
「西条」
「ん、なに?」
 すっと二条が立ち上がるところを、見上げる形で樹は返した。
「このことは他言無用だ。信頼できるお前だからこそ話した」
「隠すようなことじゃないよ」
「二条家の嫡男は、他人に相談をするほど、弱くあってはならん」
「強くなろうとしてる人間はさ……」
 樹も立ち上がり、視線を二条に合わせる。
「強いか弱いかで他人と自分を見るようになっちゃうよ。それじゃ楽しくない」
 しっかりと目を見て、言った。
「弱さを見せ合って、得られるものもあるんじゃない? 強さじゃなくて、もっと別のね」
「友情か」
「真顔で言われると結構恥ずかしいんだけどなぁ……」
 頭を掻き、苦笑い。内心、樹は嬉しかった。今までは捕手として球を受けてはアドバイスをし、部活の延長の話しかろくにしなかった二条との距離が、ようやく縮まった気がしたのだ。
「二条」
「なんだ」
「お互い頑張ろう。行こうね、甲子園」
「承知」
 やりとりの後で、走り出す。どこまで行くのかはしらないが、二条のランニングに、樹は付き合うことにした。
 投手と捕手、決して近付いてはならない十八メートルの距離。
 今日、樹はそれを、ようやく友達として踏み越えた。
 そんな気がした。



 自分で作ったキャラのストーリーを消化するのは難しいですね。
 二条神谷についてはかなり不完全燃焼を起こしているので、どこかで補完したいと思います。

 そしてここで謝罪があります。
 以前書いた章で登場したソフトボール部のキャプテン高松ゆかりなのですが、あれは高木幸子のことです。
 どこでどうなったのか、自分の中で彼女は高松ゆかりという名前として定着していました。どうしてでしょうね。
 そんなわけで、これ以降彼女が登場した場合、イメージがしやすいように高木幸子と訂正して書きます。ご容赦を。
 本当になんででしょうね。

 ちなみに高木幸子は、自分の中では胸が大きいもんだと勝手に設定しています。レスにそんな話題があったので。
 大きいおっぱいは世界平和に必要不可欠ですよ。

 それではまた続きをご覧下さい。↓

149: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:31 ID:xw


7.短夏


一番セカンド円谷 二番センター矢部 三番レフト黒田 四番キャッチャー西条 五番ファースト二条 
六番サード藤木 七番ショート岩谷 八番ライト宮岡 九番ピッチャー早川
確認の為のオーダーが淡々と告げられた後で、加藤監督がパンっと両手を鳴らした。
「いよいよ本番よ、行ってらっしゃい!」
ハイッ! と威勢の良い声を皆が上げ、キャプテンである西条を取り巻き円陣を組む。
「全イニング、全力っ! いくぞおおおおおおお!」
おおおおおおお!!
勝つぞぉっ!
おっしゃあっ!
球場にサイレンが鳴り響き、主審がプレイボールを告げた。




150: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:32 ID:xw

 時は六月初旬。
 全高校球児の目指す聖地、夏の甲子園。その地方予選。全国各地で戦いの火蓋は切って落とされ、四〇〇〇校を超える高校が、聖地への切符をかけて熾烈な生き残り合戦を繰り広げる。全国の野球ファンが最も盛り上がる二ヶ月間の始まりであった。
 そしてその灼熱の旋風は、今年から恋恋にも舞い込むことになる。
 私立恋恋高校。昨年度から男子生徒の受け入れを開始した元女子校で、裕福層の女生徒が多く、規律正しく大人しい校風である。スポーツに関しては女子ソフト、女子テニスの強豪校であり、過去幾つもの大会で好成績を残している。しかし高野連には今年になってようやく登録がされたばかりであり、野球部と言っても、数少ない男子生徒が集まってようやく形になった、とても部活とは言えない愛好会程度の存在である。
 という世間の風評を鵜呑みにした相手校は、ことごとくその考えを後悔することとなった。
  第一試合 私立ブロードバンドハイスクール戦 6−0 完封勝利
  第二試合 極悪高校戦 4−1 勝利
 そして第三試合
「頑張ってあおいー!」
 七瀬はるかの声援を背中に受け、あおいは渾身のストレートを放った。
 相手のバットがボールを弾き、痛烈なライナーとなって一塁線を襲う。
 それを二条が颯爽と捌いた。
 ゲームセットの声が響き、あおいが高々と拳を突き上げた。
  そよ風高校戦 5−4 勝利



151: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:34 ID:xw


 あれよあれよという間に勝ち上がり、気付けばベスト8進出となっていた。
 自分達のあまりの躍進っぷりにチーム一同驚愕していたが、何といっても一番驚いたのは樹である。確かに野球部を旗揚げしたときは甲子園に行きたい、地区大会で少しでも勝ち抜きたいと願い、常々そう思って練習に取り組んできた。しかしまさかここまで早く成果が出るとは思いもしなかった。
 だがそれは、樹がただ自分のチームを過小評価していただけに過ぎない。もともと実力はあったチームなのだ。二条と早川という両腕のエースの存在、そして中継ぎの手塚、俊足打者円谷の加入、アベレージヒッターの矢部。そして四番の西条。控えめに言っても、チームの要は他のチームよりも勝っていた。
 そして来週はいよいよ、地区の強豪パワフル高校との試合である。自室のベッドの上で、樹は何度もそれを反芻した。夢にまで見た甲子園が目の前まで迫っているのである。これが興奮せずにいられるだろうか。
 野球の試合の八割は投手の調子で決まり、打撃と守備で二割が決まる。今までの試合は投手に依存した戦いだったが、相手がパワフル高校ともなればそうはいくまい。ひょっとすると二条と同レベルの投手だって出てくるかも知れない。他の野手の力も、平均値で見れば確実にあちらの方が上だ。
 しかし樹はまったく不安には思わなかった。野球の試合に潜む魔物は、そう簡単に勝ち負けを決めない。投手の調子も野手の実力も、時には圧倒的な点差でさえひっくり返してしまうものがある。それが勢いとムードだ。
 恋恋野球部の士気は絶頂である。誰もが、できると信じて疑っていない。もちろん樹もだ。
 明日からは、この勢いを止めないように、放課後の練習に特に気合を入れなければ。それにはまず健康第一。
 深呼吸をして、目を閉じる。刹那にあおいの顔が浮かんだ。
「皆で、行こうね……」
 甲子園に。



152: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 00:44 ID:xw


「どうしてですかっ!!」
 バンッ! と机を叩く、もとい殴る音が部屋に響く。かつてこの部屋の中で、ここまでの大声を上げた人間がいただろうか。
 恋恋高校校長室。壁に歴代校長の写真が飾られ、幾つもの表彰状やトロフィーなどが鎮座する由緒ある部屋で、校長と理事長を相手に、加藤理香は憤慨していた。教師としてではなく、野球部の監督として。
「出場停止?! どうして?! どうしてあの子らが?! 設備も少ない中で練習して、ベスト8まで勝ち残ったあの子らが?! どうしてですか?!」
 恋恋高校の甲子園予選への、これ以降の出場を停止とする。それが、高野連の規定外である女性選手の早川あおいをメンバーとして使用した、恋恋高校野球部に対する、連盟側の処分だった。
「落ち着いて下さい、加藤先生。我々も抗議はしましたが、アチラの決定ではどうしようもないのです」
 申し訳無さそうに言う校長だが、それで理香の怒りが晴れるわけもなかった。今一度机を叩き、続ける。
「確かに、事前に規定を調べなかったこちらにも非はあります! でもおかしいですよ! どうして女の子だということだけで、差別されなくてはならないのですか! 間違っています!」
 その理香の憤りを諫めるように、理事長が横から口を挟んだ。
「お気持ちは分かります。誰だって、生徒の可能性と人権を侵害されて、いい気分なはずがない。……しかし社会で生きていくにはルールがあります。これが高野連のルールだというのなら、我々は従う他、ないのですよ……」
 だったらそのルールの根本から抗議すればいいじゃないですか! その言葉を、理香は飲み込んだ。これは不毛な言い争いである。目の前に不満をぶちまけたところで、現実は何も変わりはしない。理香は一度大きく息を吸い込むと、一歩下がって気持ちを落ち着けた。理香の言葉を浴びた校長と理事長が、唇を噛むようにして俯いている。教育者として、自分と考えは同じようだ。違うのは立場である。
「その……不幸中の幸いというか、規定外選手である早川あおいを使用しないのであれば、次回からの予選出場は認めるとも通達がきております。ですから、今回のトーナメントは、諦めて下さい」
 規定外選手。そうか、あの子はそういう扱いなのか。
「分かり、ました。……ですが……」
 いつも窓から見ていた、あの誰よりもひたむきに、一生懸命に努力する少女は、存在すら認めてもらえないのか。
「私には、あの子たちに伝える勇気がありません……」
 そう言い残して、理香は校長室を出た。電灯の明かりもろくについていない、薄暗い廊下にドアを閉める音が反響する。
 理香は鉛のように鈍く重い気持ちを胸に抱えながら、薄暗い廊下を歩いた。気の利かないことに、いつも校長室や職員室付近で騒いでは起こられている女生徒らが、今日は一人もいなかった。理香の足音だけが、カツンカツンと無機質に鳴る。
 歩き、歩き、歩くと、遠くから声が聞こえてくる。彼らが入学した去年の春から、恋恋のグラウンドに響き始めた新たな声。去年は保健室の椅子の上で、そして今年からは、ベンチに腰掛けて聞くことが多くなったこの声。
 誰かが声を出すと、その息が尽きる頃に誰かが続き、その声が消えかけるとまた誰かが続く。決して声を絶やすまいとするチームワークが、この声の奥底には流れている。それが最近になってようやく分かった。
 歩くほどに、その声は近付いてくる。この廊下がずっと続けばいい。永遠にあそこには到着しなければいい。そう思った。
 ふと気付いた理香は、慌ててトイレへと駆け込んだ。ポケットからハンカチを取り出して、目元を拭う。一番辛いのは彼ら生徒たちなのだ。せめて教師は毅然とあらねばならない。泣いては駄目だ。泣いては……。
 その後、とにかくその涙が枯れるまで、理香はトイレに篭もっていた。
 ようやくグラウンドに到着したのは、三十分以上経ってからだった。
 こちらの姿を確認すると、皆が眩し過ぎるほどの、素敵な笑顔で、挨拶と共に駆け寄ってくる。
 そこから先は、もう思い出したくもない。

 恋恋高校野球部の、あまりに短過ぎる夏が、終わりを告げたのだった。




 短夏は以上です。次回はまたかなり先になるとは思いますが、のんびりとお待ち下さい。
 そういえば今年の春と夏の甲子園にも、女性選手の姿がありましたね。
 ですが甲子園球場では練習にも参加させてはもらえない規定らしく、ユニフォーム姿でマネジメントに従事する姿は悲しいものがありました。
 普段も、規定上は練習試合ですら出場は禁止されているようです。現実にも高野連の制度が改正されることを祈るばかり。

153: 名無しさん@パワプラー:08/10/26 08:36 ID:vk
今回もとても良い話でした
続きを待ってます
頑張ってください

154: 名無しさん@パワプラー:08/11/15 02:36 ID:6w
気付かなかったwwwあげてよ分かんないからww

155: 名無しさん@パワプラー:08/12/06 00:15 ID:hc
そろそろくる?

156: 名無しさん@パワプラー:08/12/12 14:54 ID:H6
うぐあああああああああああああああ

157: 名無しさん@パワプラー:08/12/12 14:56 ID:H6
舐めて友沢 激しくイきたい



158: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:00 ID:5c
8.早川あおい


 七月になり、世間はいよいよ本格的な夏を迎えようとしている。来るべき夏休みを心待ちにしているのは、小学生も高校生も変わらない。今年に流行るのはどんな水着なのだろう。朝のテレビに出てきていたファッションデザイナーの方の話を信じるならば、今年はおしとやかなパレオが“来る”らしい。理由は簡単で、夏に放送されるドラマのヒロインが、作中で着るからとのことだ。
 恋恋高校に甲子園予選への出場停止処分が言い渡されてから、二週間が経つ。予選での奮闘、そしてベスト8が白紙になってしまったのは残念だったが、それ以外は皆、いつも通りの生活をしていた。特に塞ぎこんで落ち込むということもなく、いつも通りに昼休みは屋上に集まってだらだらして、放課後はしっかりと部活に精を出す。まるであの出来事は全て夢だったのだと言わんばかりに、皆、普通に過ごしていた。
 それは、早川あおいも例外ではない。
 自分さえグラウンドの土を踏まなければ、次回からは予選への出場が認められるという。その言葉を聞いたとき、心に浮かんだ感情は、怒りでも悲しみでもなく、ただ安堵だった。自分さえ我慢すれば、皆はいままで通り高校野球として部活をやっていけるのである。不思議と悔しさも沸いてこなかった。恐らくこれまでの苦悩の中で、涙はすっかり枯れてしまったのだろう。あまりに落ち着いている自分の態度に、あおいも驚いた。
 というより、今までは自分の中での葛藤と戦ってきて、自分の不甲斐なさに憤っていたものの、連盟から直接拒絶されたということで諦めがついたのかも知れない。どう足掻いて性別の壁にしがみついたって、ルールから拒絶されている以上は仕方がない。
 授業中の窓際の席で、窓の外を流れていく雲を見つめながら、あおいは頬杖をついていた。英語の授業は好きなのだが、なんとなく、今は聞く気にならない。
 悔しさも悲しさも沸かず、あおいの中に残った感情は、空虚。頑張る目標が目の前からすっかり消え失せてしまった所為で、何をするにも身が入らなくなってしまった。考えるのは、ひたすら野球のことばかり。今もスポーツバッグの中には、使い込んだグローブが詰め込んである。放課後に練習があるのだから、当たり前だ。

159: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:00 ID:5c
(試合に出れもしないくせにね……)
 気の利いた飛行機の一機も飛ばない空。おまけに入道雲の季節にはまだ早く、今にも消えそうな薄れた雲がいくつか浮かんでいるだけの、味気ない空であった。
 この空の下、どこかで、今もだ誰かが野球をやっているのだろうか。ぼーっと見ていると、今にもカキーンという小気味良い音が聞こえてきそうであった。
 教師が黒板に書いた文字を片っ端から消し始める。これ以上書くスペースがなくなった為だ。まだノートには何も写していないが、まぁいいだろう、後であの子に見せてもらえばいい。
 あおいは溜め息をひとつ吐くと、視線を窓の外からノートに移した。しかし書き始めたのは英文ではなく、ただ一言の日本語である。
 野球
 それは、あおいの胸中全てを象徴していた。

160: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:01 ID:5c



「でも、私びっくりしちゃった」
「んー、何が?」
「あおいが、意外と落ち込んでないなって」
「いやまぁ、流石にここまでやられれば諦めもつくって」
 七瀬邸のはるか自室で、ベッドの上に仰向けに寝っ転がり、漫画など読みつつ家主よりもリラックスした格好であおいはクッキーを頬張っていた。一方のはるかはと言えば、机に向かって日記帳など開いている。小学生の頃から今だに続いている彼女の日課だ。
 本日は日曜日で、部活は休み。いつもなら朝からグラウンドに集まり練習しているところだが、皆は気にしていなくともやはり重いことがあったからという理由で、樹が設けたものだった。
「はるかって少女漫画好きだよねー。もっとこう読んでてわくわくするようなものないの?」
「あ、それなら、ベッドの下の引き出しにクッキングパパが入ってるよ」
「……わくわくするかなぁーそれ……」
 はるかの部屋は広く、また窓も大きいので風通しも良い。一人娘にこんな大部屋を与えて良いのかと、一般的な価値観を持った人間なら文句をつけてきそうなぐらいであるが、この屋敷の総面積と総部屋数を知れば何も言えなくなるだろう。今はすっかりと慣れてしまった(少々行き過ぎているが)あおいと言えど、中学の時、初めてここを訪れたときはあまりの次元の違いに肩身が狭かったものである。
「あおいは、これからどうするの? やっぱり、皆と一緒に練習するんでしょ?」
 日記帳にペンを走らせながら、はるかが訊いてくる。クッキーを咀嚼し、少し窓の外を見ながら考えた後で、あおいは返した。
「ううん、しない」
 その一言が意外だったらしく、はるかは手を止めてこちらを振り返ってきた。無言で「え?」という疑問を投げかけてくる。
「試合もないのに練習するのもなんかねー、未練がましいというか何というか。だったらいっそ、他の皆の役に立つように、マネージャーでもやってみようかと思ったわけ」
「え、あおいが?」
「うん、今までずっとはるか一人に押し付けてきたしね。……実はもう、西条君と加藤先生には伝えてあるんだ」
「えぇ?! 何で私には相談してくれなかったの?!」
 はるかはますます身を乗り出した。勿論この反応は、あおいの想定の範囲内である。
「はるかは絶対に『まだまだ頑張るべきだ』って背中押してくれるでしょ? そうなると、ボクはもっとずっと悩むことになってたと思うんだ……。だから、これはボクが一人で考えて出した結論」
 そう言われると、はるかは何も言えなくなる。確かにはるかは自分でも、その自覚はあった。あおいがマネージャーをやるなんて言い出したら真っ先に止めるだろう。でもまさかそれが余計にあおいを苦しめることになるだなんて思いもよらない。もしや今まで自分が言ってきたあおいへの励ましの言葉は、全て彼女を追い詰めるものだったのだろうか。
 そうやってマイナス思考に陥り始めるはるかのことも、やはりあおいはお見通しだった。
「もちろん、はるかの応援はとっても嬉かったよ。ただ、ボク自身が信念っていうか、絶対続けてやるんだって考えがなかったから、結果として迷い続けちゃっただけ。だからほら、もう、そんな暗い顔しないの!」
 言いながらのそっと起き上がり、やれやれといった顔ではるかを抱きしめる。というより、抱きついた。互いの肩に顔を埋めて体温と感触を伝え合うコミュニケーション、女の子同士の特権だ。

161: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:02 ID:5c
「どうあっても、ボクがここまで頑張ってこれたのは、はるかのお蔭なんだからさ。感謝してるよ。ありがと、はるか」
「……うん」
 弱々しく呟くはるかが、なんだか可愛かった。しっかりと抱きしめていた身体を離し、あおいはベッドに腰掛けた後寝転ぶ。天上を見上げながら言う。
「ボクは野球をやることに、なんていうか、使命感みたいなものも感じてたんだ。支えてくれる人の為にやらなくちゃいけないって。今度は、支える側に回ってみようと思っただけだよ。ボクが野球を好きなことは変わらないから」
「うん……そうだね」
 声は小さいものの、それは心からの肯定だ。あおいには分かる。そして、得てしてこういった真面目な雰囲気なときほど七瀬あおいをからかいたくなるのが、悲しきかな早川あおいの性格であった。
「はるかもさ、マネージャーやってると楽しいでしょ?」
「うん、楽しいよ。私は身体が弱いけど、こうやって皆の役に立ってることが、凄く嬉しい」
「西条君もいるしね」
「え」
 そのたった一言で顔をかーっと真っ赤に上気させて言葉に詰まる七瀬はるか。放っておくと頭から湯気が出てきそうな程に染まる頬が、見ていて面白い。そしてその後の慌てっぷりもまた、なかなかなのだ。
「いや……! その、あのね! それは理由の、ほんの一部で、あのえっと、あの、だからえっと、うん、み、皆の役に立ってるって実感が第一で、だからその、西条さんはその、ほんの一部で」
「あ、やっぱりそうなんだ」
 実は薄々は感付いていたが、はるかが樹を慕っていると裏付けを取ったのはこれが初めてである。丁度良い機会だからとちょっとカマをかけてみたのだが、案の定、純粋なはるかはあっさりと転んでくれた。
 本人もそれに気が付いたらしい。しまった、という顔をした後で、今度は怒ってくる。
「も、もう! あおいー!」
「あはは! いいじゃんいいじゃん。別に誰にも言わないって!」
「だからって、恥ずかしいものは恥ずかしいの!」
「ごめん、ごめんってば! あはは! ごめんごめん!」
 じゃれるように取っ組み合い、ベッドの上を転がりまわる。それは友達というより、さながら仲の良い姉妹のようだった。
 ところで、あおいがマネージャーになろうと決心した理由は、選手としての道を諦めたということの他に、実はもう一つある。だがそれをはるかに言うという気にはなれなかった。親友であるにも関わらずというよりは、親友だからこそである。
 なにせそれは、はるかがマネージャーを楽しんで続けている、ほんの一部の理由と、全く同じなのだ。
 恥ずかしくて、言えるはずがなかった。




162: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:02 ID:5c


 やってみると意外と大変。それがマネージャーの仕事である。何せ練習そのものに関する以外のことは、殆どしなくてはならないのだ。ベンチ周りの掃除からスポーツドリンクの用意、ボールの数を数えて確認したりバットを磨いたり白線を引いたり、そして野球ノートの書き込みを行ったり。実際目の当たりにして右往左往したあおいは、今までこんな激務をずっとはるかが一人でこなしていたのかと感心するばかりだった。
「言っちゃ悪いことだけど、あおいがマネージャーをやってくれるようになって、随分助かってるよ。本当にありがとう、あおい」
 練習開始までの準備とお世話を終えた二人がベンチで一休みしているところ、はるかの方が嬉しそうに話しかけてきた。慣れない活動に妙な疲れを覚えたあおいは、肩で息をしながら返答する。
「い、いやいいっていいって……それにしてもはるか、アンタ凄いね、キツくないの?」
「うん、もう慣れちゃったから」
 はるかは身体が弱いはずである。なのにどうして自分よりバテていないのだろう。ああそうか、あれは嘘なのか。と、そんなことを乱暴に思ってしまうあおい。
 マネージャーになって気付いたことは、この仕事が思いのほかきついということの他にも、まだ幾つかある。
 例えば樹がキャプテンながらに、いつの間にかボール拾いや草むしりをしていたり。例えば樹が昼休みにこっそりボール磨きやベンチ周りの掃除をしていたり。例えば樹が練習後、一人でグラウンドに戻ってきて整地をやり直していたり。そんなことが、裏方に回って、視野が広くなったおかげで分かってきた。全てが樹絡みなのは仕方がない。一度惚れてしまえば後はこんなもんである。
 あまりよろしくない話ではあるが、恋恋に入学して良かったと思うことは、大好きな野球をやれたということよりも、樹に会えたということのほうが大きい。多分彼がいなければ野球部はここまで成長しなかっただろうし、何より自分はもっと早くに挫けていた。
 よく、女の子ながらに野球を続けたことを凄いだの、強い子なんだねだのと褒められることがあるが、それは間違いだ。別にあおいが強かったわけではない。むしろ弱かった。何度も弱音を吐いて挫折しかけた。でもその度に持ちこたえてこれたのは、他でもない、支えてくれる人が傍にいたからだ。いつもあおいの投げる球を全身全霊で受け止めてくれて、それが真剣に投げた球ならばどんな悪球にも文句を言わずに喰らい付いてくれる。それが愚痴や弱音であっても同じ。そんな頼もしい人がいたからだ。
 パシッと爽快な音が響く。マウンド上から二条が投げたボールが、樹の構えるミットを射抜いた音だ。一球一球丁寧に捕球するその後姿を、あおいはボーッと眺めていた。
 分かっている。あの真摯な姿勢が、自分だけでなく、野球に打ち込む全ての人間に向けられたものだということぐらい。だからこそその姿勢には価値があるのだということぐらい。分かっている。つもりだ。それでもどこか、あおいは二条を羨ましく思っていた。
 樹と、ただ廊下ですれ違うだけの関係だったなら、すぐにでも告白できただろう。でもそれだとそもそも恋は生まれなかったわけで。そして恋が生まれた今、告白なんかしたら結果を問わず絶対にチームの雰囲気に影響が出る。自分一人の身勝手な行動の所為で、チームに迷惑をかけるわけにはいかない。
 野球における男女の性差という檻からは解放されても、早川あおいには、まだ葛藤が付きまとうのであった。



163: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:05 ID:5c
クリスマス編が間に合わなかったので、季節はずれの合宿編を投稿します。
なんとなく暖かい9月や10月頃の空気を想像しながら読んで下さい。
あとここから先は恋愛絡みの話が多くなるので、あまり好みでない方はご注意を。


9.恐怖合宿

 一ヶ月以上が、何事もなかったかのように過ぎた。

 さて、健康な高校生諸君の夏と言えば、果たしてどのようなイベントがあるだろうか。
 夏祭り、花火大会結構。友人宅でのお泊り会もある。バイトや旅行に費やすのも悪くない。部屋にこもってゴロゴロ寝てさえいなければ大概有意義というものだ。
 そして、先輩後輩が、普段の堅苦しい関係を脱ぎ捨て、いっそう簡単に親睦を深めるにはどうするのが最適だろうか。携帯でメールアドレスを交換し、日がな一日メールのやりとりをするのも良いだろう。電話で喋るのも良い。だがそれは所詮、間に電波を介在させた関係である。それだけで親密になることはまずあり得ない。メールで百通やりとりをするぐらいなら、一度昼食を一緒に食べたり、街へ出かけて遊んだほうがお互いを深く知れ、仲は深まる。
 しかし何より、楽しく合宿なんかすれば申し分ない。
「とゆーわけで恋恋高校野球部、第一回夏のお泊り大会ー!!」
 あおいの音頭に続いたワーという歓声は、半分棒読みだった。二条が無表情なまま鳴らした一つのクラッカーが、パンという音を虚しくたてて散る。
 世間様は夏休み。あらゆる部活の大会などが激化し、家庭のパパたちは家族サービスに追われててんてこ舞いな季節である。蝉の声もうるさければ、どこでもお構い無しに現れる蚊の軍勢に辟易する季節。
 そんなレジャーシーズンのある日、午後八時を回ろうかという頃、恋恋高校のグラウンドには野球部の面々が円になっており、その中心には焚き火が赤々と燃え盛っている。近くにテントが張られているゆえキャンプファイヤーと称したいが、そう呼ぶにはいささか小さ過ぎた。諸事情あって夏の大会もお流れになってしまった恋恋高校野球部は、たまの気分転換にこうしてキャンプなどやろうという話になったのである。発案者は言うまでもなく、マネージャーに転向した今でもそのお祭り好きは変わらない早川あおいである。
 このように私服で皆が集うことは滅多にないことだろう。そんな普段とは違う環境が、また皆の新鮮味と親近感を高めるのに役立つのかも知れない。
 私服姿の珍しいあおいが、デニムと半袖のシャツの格好で叫ぶ。
「みんなー! 盛り上がってるかー?!」
 オーという歓声。これも半分は棒読み。
「みんなー! ドキドキしてるかー?!」
 オーという歓声。以下略。
 ちなみに歓声の内わけは、半分が初めての展開に興奮気味の一年生と無邪気な七瀬はるか、そしてもう半分は、またあおいちゃんの暴挙につき合わされるのか、そしてどうせ合宿なら海にでも行けよと既に疲れている二年生の諸君である。
「まぁ、犯罪してるわけでもないし、確かに親睦を深めるにはいいかも知れないけど。……うーん、大丈夫かなこれ」
「自分は問題無い。彼女が実行を唱えれば、協力は惜しまん」
 同意を求めて二条にボヤいた樹だったが、見事に対立されてしまった。惚れた弱みというやつか。二条の心の広さには、毎度毎度感心するばかりである。

164: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:06 ID:5c
 しかしかく言う樹や他の部員らも、乗り気でないわけではない。むしろ一年生とより打ち解ける為にも合宿という案には賛成だったし、場所が学校のグラウンドということも、安全面から見て良いと思った。あおいちゃんもたまには良いことを考え付くものだと思ったものである。それが二日ほど前のことであった。
 今ここに来て樹らが気付いたことは、グラウンドの近くには、至極当然で当たり前の話だが、普段使っている校舎があるということである。それも夜の。薄気味悪い影を忍ばせた、時折吹く風で庭木を不気味に鳴らす校舎全体が、さぁ肝試しに使ってくれたまえと言わんばかりにずっしりと鎮座しているのだ。どうしてこんな簡単な事に気付かなかったのだろうかと、樹は本気で後悔した。
 面白いモノ好きなあおいちゃんが、ここで何もしでかさないわけがない。
「皆でお泊り会なんて小学校以来です。なんだかわくわくしますねー」
 二年生の殆どがこれからの展開にどう対処しようかと悩んでいる中で、一人はるかだけは幸せそうだった。(ちなみにはるかだけ何故かいつもの制服姿だったりする)
 しかしそんな絶望的状況下で、ちょっと救いになっていることがある。それは
「高木さーん、テントの張り方はこれでいいかしら」
「ばっちりです先輩! あ、でもちょっと隙間があるかな……。明け方はかなり冷えますから、隙間は内側から荷物で塞いどいて下さい」
 てきぱきと指示を出して、ソフトボール部のテントを組み立てているのは、語らずとも高木幸子その人であった。高校に入るまではガールスカウトに所属していたらしく、あっという間に三つのテントを完成させた手際は見事というほかにない。
 なんと野球部と同じくして、女子ソフトボール部も遅い新歓キャンプをやるらしいのだ。当初は練習以外に何も夏の予定は立てていなかったらしいのだが、昨日あおいが幸子にキャンプをすることを話したところ、本日突発的にやることに決まったという。それでも部員の半数ほどが集まったというのだから、もはやその瞬発力には敬服するほか無い。ともあれ、恐らくあおいちゃんよりも自制心に長けているだろうリーダー的な存在である幸子やその他女子ソフトボール部の面々がいることは、多少なりとも安心できた。
 しかしその女子の殆どが二条目当てで集まっていることもまた事実。
 そんなわけで女子ソフトボール部の皆さんの好奇の目線から逃げるように、いつもの泰然として動じずといった様はどこへやら、二条は常に矢部や樹の後ろに居るのだ。こちらの二条も普段は見られない私服姿。何の変哲も無いシャツにベストとジーンズだが、色男が着れば何でも似合うものである。
「二条君も大変でやんすね」
「そうだね、できれば代わってやりたいよ」
「心遣いに感謝。が、出来れば、もう少しばかり感情を込めて言ってくれ……」
 ほっとけば涙のひとしずくでも流しそうな二条をそっと棒読みでいたわってソフト部の方を見やると、こちらも女性用ジャケットに黒めのジーンズパンツがよく似合う、ソフト部リーダー高木幸子がこちらへと走ってきていた。
「おっす、んじゃ、今日は一緒にキャンプさせてもらうから、よろしく頼むね。西条」
「あ、こちらこそよろしく。高木さん」
 恭しく一礼する樹に、幸子は思わず笑ってしまう。実は今樹は、あの時はお互いに清々しかったとは言え、因縁の試合で自分が決勝打を打ってしまったことにちょっと気後れを感じていたりする。
「高木でいいって、同学年なんだから」
「いやー、どうも女の子と話す時はこんな調子でさ、勘弁してよ」
「だらしないなー、彼女とかいたことないの?」
「あいにく、縁がなくて」
 ハハハと笑って答えた瞬間だった。
 キュピン――!
「え、あれ?」
「ん? なに、アタシの顔、なんかついてる?」
「いや、今なんか目が光ったような……」
「目ぇ? ちょっと、光るってアタシお化けじゃないんだからさ」
「ああうん、そうだよねごめん。疲れてるのかな」
「しっかりしてよ、野球部キャップ。んじゃ、アタシは向こう戻るから」
「ああうん、わざわざどうも」
 また軽く一礼して、幸子を見送る。
 その足取りが妙に軽いことに、気付いた人間はいなかった。




165: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:07 ID:5c


 夕飯は勿論、キャンプの定番であるカレー。樹とあおいが持参してきた大鍋で作ったもので、カレーというものはこうして一度にたくさん作った方が美味しいものである。そんななか、ご飯を炊くには設備が物足りないという意見の元、ご飯だけは近場に自宅がある者数名に持ってこさせた。本格的なんだかどうだか分からない、いい具合に中途半端なキャンプである。しかし楽しければそれで全て良しというのが、皆さん共通の声だ。
「いやーオレっち正直、夏の合宿が学校なんて正直どうかと思ってましたけど、やってみると楽しいですねー!」
「企画してくれた先輩方に感謝ッス!」
 一年生の面々は皆喜んでくれているようで、その点に関しては樹も満足だった。あとは、暴君早川あおいが、何もやりださないことを祈るだけである。
 が、そんな願いはかくも儚く、およそ三秒ほどでへし折られてしまった。
「はーい皆! ちょっとちゅーもーく!!」
 カレーを食べる手をとめ、スプーンを高く掲げてあおいが立ち上がった。何だ何だと一斉に視線を向ける女子ソフト部の皆さん及び野球部の一年生ら。残る野球部二年生諸君は「ついに来たか」と身構えている。矢部が一人「あ、あれは幻の第三四話の変身ポーズでやんす!」とかなんとか呟いていたがさっぱり分からないことなので無視した。
「それでは、今からキャンプ恒例の肝試し大会をやっちゃうよー! はるか、持ってきて!」
 あおいが呼びかけるや否や、テントの中からはるかが何やらごそごそと、両手に乗るくらいのダンボール箱を、二つ持って出てきた。上の部分には人が手を通せるほどの丸い穴があいている。一目でくじ引き箱だと分かった。
「じゃ、今からこれでペア分けするからね」
 突然の“ペア”という言葉に、ざわつき始める一同。そこを制したのは、あおいではなく幸子だった。
「あー、まぁ普通に肝試しとかしても面白くないでしょ? ここは、野球部とソフト部のお互いの親睦を深めるって事で、男女のペアになってもらうことにしたんだ」
 かと言って夜の校舎で男女のペアは如何だろう、という意見を、皆の視線から受け取る幸子。
「心配は要らないと思うけど、男子の野郎共はウチの女子に手は出さないように。悲鳴が聞こえたらダッシュで行って半殺しにするんでよろしくね」
 にこやかな笑顔とともに言ってくる幸子に、男子部員らは少なからず恐怖した。下心の有無を問わず、なんとなく、幸子の言葉には背筋がぞっとしたのだ。
 ひとまず皆が落ち着いて、反対意見も収まってきたところであおいが説明し始める。
「えっと、ルールは簡単。そこの非常口から入って、反対の校舎にある二年D組の教室に入り、ボクの席を座席表で確認した後、席から教科書もしくはノートを各組一冊ずつ持ち帰ること。なければロッカーを探してね。質問はあるかな?」
 すかさず手を挙げて質問する樹。
「はい、あのさ、ざっと見回しただけでも十七組ぐらいできそうなんだけど、そんなに教科書とかあるの?」
「多分大丈夫だよ。結構置いてるから」
「あのさ、それって単に置き勉を回収させたいだけなん……」
「はい他に質問はー?」
 見事にスルーされてしまう樹。割と今回の肝試しの核心をついた質問だったようだ。
 すっと挙がった手は、二条のもの。
「非常口は……開錠されているのか?」
 まさしくそれはここにいる皆の胸中を代弁していると言っていいだろう。大型連休中の、それもまだ女子高の名残の強い学校ともなれば、鍵のチェックは相当厳しい。当然、事務員の方や保安の方々が見回って、施錠の有無は再三確認されているはずである。無理にこじあけようものなら、警備会社からガードマンが飛んでくるだろう。
 そんな皆の心配をよそに、あおいがポケットから取り出したもの、それは――
 チャラッ
 明らかに意味ありげな鍵だった。樹が頭を抱えてあおいに語りかける。
「あおいちゃん」
「ん? なに」
「自首しよう」
「いや別に盗んだわけじゃないよ」
 盗んだわけでもなければ、どうして事務室に厳重に保管されていなければならない校舎の鍵が、こんな一生徒の手元にあるのだろうか。
「いやこの前の登校日にね、来てた先生に非常口から石鹸とかの運び込み手伝わされてさ、先生は用事があったみたいで、じゃあ運び込み終わったら鍵は事務室に返しといてって言われてたんだけどね」
「忘れてたんだ」
「うん、鍵掛けるだけ掛けといてそのままポケットに入れてたらさ。そんで一昨日、洗濯機の中で発見したんだよ」

166: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:08 ID:5c
 えっへん! と言わんばかりに胸を張って威張ってみせるあおいに、樹はもはや何も言わなかった。多分、言っても自分の常識は通用しないと、そう悟った。
 かすかな希望を持って女子ソフト部のほうを見やると、部員の方々はもしや二条と一緒になれるかもと、幸子に至っては普通に楽しそうにしている。最初は幸子に自制心とあおいちゃんの諫め役を期待していた樹だったが、どうやらこれは完全に読みを誤った。どうやら、あおいが二人に増えただけのようである。
 もういいや、諦めよう。今を楽しもう。うんそうだ。それが最善に違いない。と、樹はもう考えることを放棄した。
 しかし、この夏の湿っぽい空気の中、時折吹く風が木々をゆらし、不気味な影を作る。そんな中で見上げる校舎……。幽霊なんてありえない、という常識を身につけているとはいえ、この雰囲気には恐怖せざるをえなかった。煌々と燃える大きな焚き火の明かりだけが、グラウンドの暗闇の中であやしく揺らめいている。
「というわけで、早速ペア分けするよ。箱ここに置くから、男子はそっち、女子はそっちね」
 流れ流れに列になり、一人ひとり、運命のクジを引いていく両部員たち。
(感覚を研ぎ澄ませオレっち! 早川先輩を引き当てるんだ!)
(早川先輩にいいところ見せるッス!)
(可愛い子ならオールOKでやんす)
(可能な限り、自分に興味を示さぬ方を……)
(……もうどうにでもなれ)
 男子一同がそれぞれの思惑を胸にクジを引いている最中、女子の方では、表向きは平和なものの、胸中では男子以上の願いと祈りが渦巻いていた。
(二条君カッコイイー!)
(二条君が来ますように、二条君が来ますように!)
(ああ、神様どうか二条君とペアになれますように!)
(もし二条君と一緒になれたら暗がりにもたれこんで●●●とか×××を……!)
 これはもう仕方のないことだろう。ペアともなれば抱きつき放題手を繋ぎ放題で、女子の皆さんからすれば二条が隣に来ればそれだけで大満足というものである。殆どの女子の頭の中は、目の前にいる二条神谷のことで一杯になっていた。
 しかし物事には例外というものが必ず存在するもので、数名だけは、二条のペアを願ってはいなかった。
(このために肝試しを提案したようなもんだし……大丈夫だよボク、落ち着いて狙え……!)
(正直言って、アタシは男に告白する勇気なんてない。だからこそ、ここで決めなきゃ、後がない……!)
(わ、私みたいな引っ込み思案が、手を繋いだりするなら、こういった機会しかないです……神様……!)
 三人連続して並んでいるものの、誰もお互いの考えのシンクロには気付いていない。
(ボクに……)
(アタシに……)
(私に……)
 燃え上がる闘志が、三人の目に宿る。
(西条君を!)
(西条を!)
(西条さんを!)
 そして気になる結果は……。

「なんでアタシがお前とペアなんだよ」
「か、神様の悪戯でやんすよ! 頼むからそんな怖い目で睨まないでほしいでやんす!」
 高木幸子&矢部明雄ペア

「よろしくお願いしますマネージャー先輩! なーに、オレっちがいたら百人力ですんで安心して下さい!」
「う、うん、よろしくね、えんたに君」
「せ、先輩、あの、オレっちは手塚でして、あいつはツブラヤっていうんですよ」
 七瀬はるか&手塚隆文ペア

「……自分では不服だったか?」
「いーや別に。いーよいーよどーせこんなもんでしょ」
「……陳謝する」
 早川あおい&二条神谷ペア

「あ、どうも円谷っていいます、よろしく」
「あ、はい、こちらこそよろしく」
 円谷一義&名も無き女子ソフト部員さん

 そして肝心の樹はというと、

167: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:09 ID:5c
「……」
 ハズレ、とただ一言だけ書かれた紙をもって立っていた。
「あのー、あおいちゃん、これってどういうこと?」
「……あっちゃー、なるほど、よりによって西条君が引いちゃったんだ」
 男子部員と女子部員の数が釣り合わない為に作った苦肉の策だったのだが、思わぬところで策士が策にハマってしまったというわけだ。あおいは精一杯の後悔をするとともに、仕方なくハズレの意図を伝えた。
「えっと、ハズレを引いちゃった人は、頑張って一人で入ってもらうことになるんだよね……男子と女子の比率が合わなくてさ、ごめんね」
「え、そうなの? いやまぁ、それならそれでいいんだけど……」
「あ、ちょ、ちょっと待った!」
 怖いけど仕方がないと、樹が納得しかけたその時、唐突に幸子が静止をかけてきた。
「あ、あのさー、モノは提案なんだけど、アタシ実はかなり怖がりでさ、男がコイツだけじゃ頼りないから、出来ればこっちに付いてきて欲しいなぁとか思ったりするんだけど」
「聞き捨てならないでやんす! オイラのどこが頼りないと」
「いややっぱアンタも怖いでしょ、ね?」
 最後の「ね」の部分で、幸子の目つきがギラリと変わる。うるせぇからちょっと黙ってろ邪魔だカスという言葉がひしひしと、その鋭い眼光から伝わった。
「ここここ怖いでやんすオバケは怖いでやんすオイラじゃきっと頼りないでやんすできれば樹君についてきて欲しいでやんす」
 矢部は本気で怯えている為(ただしオバケに対してではない)、ヘタな演技をしてもらうよりもよかった。
「あ、そうなの? じゃあありがたく入れてもらおうかな……」
「ちちょ、ちょっとダメだよ!」
 ひとまず事態が収拾しかけていたところだというのに、今度はあおいが待ったをかけてきた。
「一応、ほらルールだからさ! 可哀想だけど、西条君には一人で行ってもらって……あ、でもどうしても幸子が矢部君じゃ不安だっていうなら、ほら、二条君貸し出すよ! 文武両道の鉄人なら安心だよね。代わりに、ボクが西条君と組むからさ」
「い、いや、それならあおいが二条と二人の方が、こう、安全性にバラつきが出ないんじゃないかな。うん、そのほうが絶対にいいよ」
「え、遠慮しなくっていいって、ボクはこう見えても怖いの平気な方だから、西条君ぐらいがいれば丁度いいんだ」
「ア、アタシもまぁ、二条が必要なくらい怖がりってわけじゃ」
 本人達はお互いの腹の内を知る由も無く、乙女の言い合いというか、小競り合いは暫く白熱する。他のペアの方々は、それぞれのコミュニケーションを図ることで精一杯で、この小さな熱戦にはあまり注意を傾けてはいないようだった。
 約一名を除いて。
「あ、あのー、私も怖がり、だからその」
「安心して下さいよマネージャー先輩! 先輩は、オレっちが命に代えてもガードしますから!」
「あうう……」
 参戦できない気弱さを憎く思いながら、はるかは二人の戦いを遠巻きに見ていた。
 結局十分ほどで結論は着き、やはり樹は一人で行くということで落ち着いたようだった。




168: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:10 ID:5c
 五分おき程度に校舎の中へと入ってゆく、表情のぎこちないペアたちを見送りながら、樹は必死に頭の中でシュミレーションをしていた。今はもう二十一世紀である。オバケや超常現象が出たり起きたりということは全く持って考えられないが、それでも怖いものは怖いのだ。いくら普段から親しんでいる学校といえど、真夜中に、それも一人で入るともなれば怖さは激増である。いかに怖くなく、多少遠回りでもできれば明るいルートを通る為、樹は思考を巡らせていた。
 順番的に自分の二つ前である、高木幸子と矢部明雄ペアが校舎へと入ってゆく。ということはあと十分程度で自分の番が回ってくるということである。時間が近付くにつれ、緊張が高まってくるのが自分でも分かった。
(どうしよう……今更怖いとかなんとか言えるわけないしなぁ……)
 ちらりと周りを見渡すと、周囲のペアたちもやはり同じか、会話はすれど顔はどこか引きつり心なしか怯えているようだった。一人ヘラヘラしている手塚は別格だろう。オバケ屋敷とかに嬉々として入っていくタイプだ、きっと。そんな手塚が横にいるからか、はるかも意外に落ち着いているようだった。
(……やっぱ怖いって)
 吐いた溜め息すらも、あっという間に夜の闇に呑まれていった。



169: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:10 ID:5c

 さて樹がそう気を落としている時に、矢部は校舎の中で焦っていた。
 なんと気を紛らわすために“鋼のカブトロス”を熱唱していた最中、相棒であるはずの高木幸子の姿が見えなくなってしまったのだ。確かにあまり性格の怖い人は勘弁でやんすとか思ってはいたものの、実際にいなくなられるととても困る。
「た、高木さーん……どこ行っちゃったでやんすかー?」
 小さく声を上げて探すものの、ただ暗い廊下に声が虚しく反響するだけで、返事はない。
「これってもしかして神隠しってヤツでやんすか……も、もう夜でやんすよ! 夕方じゃないでやんす! どっかの蝉が鳴く頃じゃないでやんすよ!?」
 消えてしまった相方、その謎は尽きない。もしこの世に本当に神隠しなるものが存在するのなら。矢部の頭の中で、どんどん不安と恐怖が膨れ上がっていく。
 人間とは、とかく「もしも」を考えたがる生き物である。まさかありえるはずがない、でも、もしも、もしかして……一旦考え始めると止まらなくなる負の思考が、徐々に冷静さを食い荒らしていった。
「あ、あわわ……どうすればいいでやんすか、どうすれば……」
 疑心暗鬼という言葉がある。今まさしくその言葉の通り、矢部には、向こうへと続く廊下の暗闇が、永遠に抜け出せぬ迷宮への入り口のように思えた。
 そんなとき、背後に気配を感じる。
「っ!!」
 振り返る間もなく、突然視界が真っ暗になった。
 そして直後に轟音が響いたかと思うと、矢部は意識を保つことが困難になり、そのまま意識を混濁させて気絶してしまった。
 倒れこんだ矢部を見下ろして、暗い影は一度ニヤりと笑う。そして矢部の身体を引きずり、近場の男子トイレに放り込むと、影はその場から走り去った。
 全ては一分にも満たない出来事。
 影が立ち去った後には、頭に金バケツを被せられ、ホウキで思いっきりぶん殴られた、矢部の哀れな死体が転がっていた。
「う、うーん、で、やん、す……」



170: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:11 ID:5c

 矢部がそんな目に遭っている頃、樹は回ってきた順番に逆らうことも出来ず、胸に大量の不安を抱えて校舎の中へと入っていた。壁についている電気のスイッチをオンにしたい気持ちでいっぱいだったが、それはルール違反らしく、そんなことをした日にはあおいからお咎めを受けることになるので、ギリギリ残った理性でその衝動は抑え込んだ。
 しかし一歩また一歩と歩く度に足音が反響する暗闇というものは、かくも恐ろしいものなのか。ギリギリで残った理性を保つことすら難しい。
「か、駆け足で過ぎていくー季節と風のなかでー……♪」
 歌など歌って樹を紛らわせようとするも、一人だとどうも気は晴れないものである。
(はぁ……まぁ、皆が楽しければそれでいいんだけど、かと言って俺がこんな目に遭うのもなぁー)
 目標である二年D組までは、まだあと五分ぐらいかかる。普段のようにすいすい行ければ問題はないが、何分足元も暗く、なにより足が少し震えており駆け足もままならない。何分かかるかは予測しかねた。
 特にこれだ。階段。
 上に上がったところに何があるのか見えないという不安と、その先に見える踊り場の窓から覗く真っ暗な外が、よりいっそう恐怖感をかきたてる。これぞ肝試しの醍醐味であるが、野球で勝負に持ち込む度胸はあっても、こういった肝っ玉は小さいのが樹であった。
 つい抜き足差し足忍び足で上がってしまうのは、何故だろう。
(早く駆け抜けちゃえば……怖さもきっと減る……うん、そうだな)
 そう思うや否や、樹は一気に足に力を込め、階段のステップを駆け上がった。踏み出すことを躊躇われただけで、案外、一度走り出すと足は軽く動いた。タンタンタンと勢いよく上る。
(よし、大丈夫!)
 と、思いかけたその時だった。
 目の前に突然、一つの影が現れる。
「え?」
「え?」
 夜の階段に響く、間の抜けた二つの声。それが響き終わる前に、声はそのまま絶叫に変わる。
 衝突したのである。とても物理的な意味で。
 階段の上から駆け下りて来た物体と、階段を駆け上ってきた物体。衝突すればどうなるか。位置エネルギーだの質量及び重力だのと、物理の専門家であれば様々な単位と用語を駆使してどうなるかを説明をくれるだろが、要は一言でまとめるととても簡潔にすむ。
 つまりは転げ落ちるのだ。
「きゃああああああ?!」
「わぁぁあああああ?!」
 現れた人影と真正面から衝突した樹は、くんずほぐれつ階下まで転がった。途中で見えた両親の笑顔や幼い頃の遠足の風景などは、多分走馬灯というヤツだろう。
 ドタっという音と共に着地。思いっきり背中から落ちた所為か、全身がくまなく痛い。だがその分衝撃が分散して、局所的な痛手を負わなかったようである。
 そこまで分析し終えたところで、樹は疑問を覚える。やけに身体が重いのだ。ぎゅっと瞑っていた目を開けると、暗くぼやけた視界の中に、髪の毛のようなものが映る。
 というか髪の毛だった。
「あいててて……」
 小さい声したと同時に、その髪の毛がもそりと起き上がる。
 目が合った。高木幸子と。



171: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:12 ID:5c

 目が合った。西条樹と。
「……あれ? 西条……?」
「た、高木、さん?」
 お互いに声に出したところで、気付く。顔が近い。恐らく距離十センチといったところ。身体に至っては、倒れこんでいるのだから勿論全身で密着している。外気の温度が低い所為と、お互いに軽装ということもあって体温が生暖かく混ざり合う。おまけに転がる者はワラをも掴むのが反射というもので、ほとんど抱き合っている状態だ。控えめに言っても破廉恥である。
 そんな状況に彼氏なんて作ったこともない幸子と、彼女なんていたこともない樹が耐えられるはずもなかった。
「きゃああああああ?!」
「わぁぁあああああ?!」
 再び絶叫して飛び退き、距離を取る。暗いので確認はできないが、恐らくお互いに顔は真っ赤を通り越して赤いだろう。
「あああああのごめんその俺が前方不注意だったばっかりにえっとあの本当にごめん!!」
「いいいいやあのアタシこそよく考えもしないで階段下りてたからごめん!!」
 そりゃ確かに、校舎に入るなり矢部を暗殺して「はぐれてしまった」という言い訳を用意して二階で西条を待っていたのは幸子の方で、待てど暮らせどやってこない西条を驚かしてやろうと出向いたのも幸子の方である。本来ならば向こうだけが驚くのが筋だろう。だが幾らなんでもこんな展開はあまりに予想外だった。
(やっちゃったよ西条の上に倒れこんじゃったよ思いっきり胸押し当ててたし迷惑なヤツだなんて思われたらどうしようああーくそアタシってば間が悪すぎるよ!)
 謝りついでに一気に後悔が襲い掛かってくる。嫌われたかもしれないという不安が怒涛の波となって頭の中を埋め尽くした。しかしこのまま黙っていても印象は悪くなるばかりだろう。そう判断した幸子は、決死の思いで言葉を繋いだ。
「あ、あのさぁ矢部、そう、矢部知らない? さっきまで一緒だったんだけどはぐれちゃってさ。うん、それで探しに来たんだけど――ッ!」
「あ、大丈夫?!」
 言い終える前に、幸子は右の足首に痛みを感じて膝をついた。すかさず手を貸してくれた西条には悪いものの、すっかり座り込んでしまう。時間が経つほどに痛みが増してくる。どうやら先程階段から転げ落ちた際に挫いたらしい。自分で触診してみたが、まだ腫れてはいなかった。
「ああ、うん。平気平気。ちょっとヒネっちゃったみたいでさ、大丈夫だよ。ハハ、まだ歩けるし」
 片足で立ち上がった後、幸子は両足で立って強がってみせた。実は割と痛い。体重をちょっとかけると関節が潰れてしまいそうになる。しかし、今でも負けん気だけは男勝りを自負できるぐらいだ。表向きを平気そうに取り繕うのは、幸子の特技である。
 しかしそんな表面は軽く見破られていたのか、もしくはただの過ぎたお節介なのか、西条がこれを放置してくれることはなかった。
「座って」
「え? ああ、だから大丈夫だって」
「いいから座って!」
 強い語気で西条が言う。こうも言われてしまっては流石に立ち続けているわけにいかず、幸子は大人しく従うことにした。


172: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:13 ID:5c
「ちょっとごめん、触るけど許してね」
 西条が右足に触れる。ちょっとドキっとしたが、捻挫が痛いためあまり嬉しくはなかった。
「ここ押さえると痛い?」
「いや……そこは別に」
「ここは?」
「そこも別に……」
「曲げると?」
「あいててててて!」
 一通りのチェックを終えたのか、西条が手を離す。ちょっと残念だった。
「剥離骨折まではいってないみたいだ。関節包にちょっと無理がかかっただけかな。軽い捻挫でよかった」
 ふぅと息を吐いてひとまず安心した様子の西条。しかしそこでこちらが立ち上がろうとすると、これはしっかりと制してきた。
「ああ、立つのはちょっと待って。捻挫は捻挫なんだから、安静にしてないと」
 そう言うと西条はこちらへ背を向けて座り込む。
「はい、いいよ」
「はい……って、え?」
「背負うから、おぶさって」
 西条のいきなりの行動に、思わず幸子は目が点になってしまった。
 おぶさるということは、つまりおんぶされるということで、おんぶというのは一方の人間がもう一方の人間を背中に背負うということで、つまりこの状況では幸子が樹の背中に乗っかるということである。そんな当たり前のことを一つ一つ確認しなければならないほどに、幸子は頭の中が真っ白になっていた。
「怪我人は遠慮しないで、早く」
 その一言でハっと我に返って、それでも多少焦ってはいたが、幸子は樹の肩に手を乗せた。
「……お、重いから、気をつけて、な」
「伊達に鍛えてないから大丈夫だよ」
 徐々に体重を預けようと思っていたものの、ズキリという痛みが足首を襲い、幸子は一気に倒れこんでしまった。どさりと全体重を背中に受けても、樹の姿勢は揺らがない。
「……大丈夫、だった?」
「捕手はしゃがむのが仕事だからね。よっと」
 すっと立ち上がる樹。そして幸子の体重などまるで意にも介さない様子で、改めて階段を上り始めた。流石に軽快に駆け上がるわけにはいかない。のっしのっしと足場を確かめるようにして、暗がりの中を上っていく。
 幸子はなんだか申し訳ない気持ちになった。
「なぁ、西条」
「ん?」
「……悪い」
「気にしないでって。でも、なんで階段下りてきたの?」
 まさか、西条を待ち伏せする為に矢部を気絶させてやってきたなんて言えるはずもない。しかしここでまた嘘をつくことは、更に幸子に罪悪感を募らせた。
「いやその、矢部とはぐれちゃってさ……探してたんだ、あいつを」
「え、そうなの? まいったなぁ、矢部君も怖がりなのに……」
 溜め息をつく西条に、幸子はまた話しかけた。

173: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:14 ID:5c
「……お前ってさ、モテるんじゃないの?」
 その質問に、西条は苦笑する。
「どうしたの突然に」
「いやだって、真面目……だしさ、その、怪我人にも優しいし……」
「それって、実はあんまりモテる要素じゃないんだよね」
 西条はハハハと笑う。
「俺は真面目っていうか、なんだかな、野球に対して素直でいたいだけだよ。だから女の子と付き合ってる余裕もなかったんだけどね」
 階段の踊り場を過ぎて、もう一つ階段が見える。一旦深呼吸してから、西条はまた上り始めた。背にした窓から覗ける外は、不気味にひっそりと夜の闇をたたえている。でも、最高の安心感を手にしている幸子には関係がない。
「怪我をしている人は、そう、ほっとけないよ……本当に、駄目になっちゃうかも知れないから」
 薄ら笑いを崩さなかった西条だったが、その言葉の中に隠れている憂いを、幸子は聞き逃さなかった。しかし今ここで訊いてよいものなのかどうか、その判断ができなかった。
 幸子がそうしてやたら色んなことを考えては悩み赤面していようとも、そんなことは知らず樹は黙々と階段を上り廊下を歩いた。他人に触れていること、そして誰かを助ける為に動いているということ、この二つが、樹に安心感と気丈さを与えているのだ。
 ちょっと違和感を覚えたことは、背負っている高木が変な格好でいることだ。楽にしておけばいいものを、わざわざ背筋を伸ばして体重を身体のほんの一部に預けている。
「あのー高木さん、無理にキツい体勢とらなくてもいいよ……?」
「あ、ああいや、アタシはその、別に、何でもないから、うん、気にしないで」
 幸子の胸は、結構大きい。具体的な数値化は憚られるが、少なくとも、体育や部活の着替えのたびにからかわれるぐらいはある。こんなもの運動には邪魔なだけだし、肩も凝るばかりで不要なのだが、勝手に成長するものは仕方がないのだ。
 自分自身コンプレックスを持っているこれを、樹に押し当てるような真似が出来るはずもない。先程、不意に倒れこんだ時でさえ焦ったというのに。
「あ、あのさ、本当に重くない? 無理だったら降ろしていいから」
「怪我人は余計なこと考えない」
 一言で説き伏せられる。
 階段を上り終えた樹は一旦ヨイショと幸子を背負い直すと、再び歩みを進め始める。コツコツと廊下を歩く音が一人分響く。さっきまでは怖かった暗闇が、今では少し、開けて見えた。樹の背に乗った幸子は、気恥ずかしくもあり、情けなくもあり、しかしなにより嬉しかった。
 一目惚れなんてものを信じるつもりは毛頭なかったが、あの日、渾身のストレートを打たれた瞬間に見えた彼の輝かしい表情が、忘れられない。自分に恋なんてものには無縁だと思っていたが、気が付けば授業中、見上げた虚空に彼の顔を描いている自分がいた。彼氏を作ったことを自慢している友人を小馬鹿にしていたが、いつの間にか朝起きたとき、そろそろ彼も起きただろうかと考える自分がいた。
 ソフトボール部と野球部の、同じグラウンドで行われる別々の練習。そっと背中を見つめていたことを、彼は知らない。他の野球部員が練習している隙にひっそりと草むしりをしたり、キャプテン自らボール拾いに駆け出す姿を、自分はちゃんと見ていた。
 憧れていた背中が、こんなにも近くにある。
 幸子はなんだか照れくさくなって、誰にも見られていないのにそっぽを向いてしまった。樹の背中を見るのが恥ずかしくなったのである。
「あの、高木さん」
「んえ、ええ?! な、なに?!」
 誰にも見られていないのに慌ててしまう。

174: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:15 ID:5c
「ちょっとごめん、とても言いづらいんだけど」
「うん」
「休憩させて……」
「あ、わ、悪い!!」
 幸子の承諾を得たところで目の前の教室に入り、樹は片膝をついて丁寧に幸子を椅子に下ろすと、自分も近場の椅子に腰掛けた。本当は天上の電灯も点けたかったが、ルールはルールであるし、何より駆けつけられて変な疑いをかけられるのは御免だった。
「はぁ、俺もまだ鍛え方が足りないかな」
「ごめん、アタシ、重くて……」
「いや階段をのぼったのがキツかっただけだよ。人の体重ってこんなもんでしょ。男子より楽だったしね」
 練習には、二人一組を作って外野のライトからレフトまで、交互にお互いを背負いながら往復するというメニューがある。いつも高校生男子同士で背負い背負われしている樹からすれば、いくら普通に比べて筋肉がついているとは言え、幸子の体重は背負うに容易かった。
 光がろくにない教室。その机の上に置いた両腕を組み、顎を乗せる。昼寝にでもしゃれ込もうかという格好だ。一人で居たならば物陰の全てに怯えるところだが、今は隣に誰かが居る。しかし安心感はあるものの、どこか物寂しい。人の感情はその場の雰囲気に左右されるもので、樹は根拠もなく、なんとなく心細かった。
 その所為だと、思う。
「中学の時さ」
 気付けば、昔語りを始めていた。
「友達が故障したんだ。ピッチャーで、肘を壊した」
「え……?」
 幸子が口から漏らしたのは、何についての疑問符なのだろうか。樹が突然話し始めたことそのものについてか、またはその内容についてなのか。
「中学の、一年の時、才能のある奴でさ、新人戦は絶対に登板できるくらいのピッチャーだった。春の試合は絶対に他のチームを圧倒してやるんだって、俺と二人で意気込んで、冬の間、投げ込みをした。ずっとした。練習はマラソンばっかりだったから、練習が終わってから、ずっと」
 とても弱く、儚げな目。それが、今の樹に対する幸子の印象だった。いつもの気丈さが欠片も感じられないその目は、後悔とか悲しみを超えた、もっと空虚なものを映しているように思えた。
「『なんか今ピリっとした』って、笑ってたんだ。あの時は。……俺も、おいおい大丈夫かよなんて言って、真面目に考えなかった。それからも直球、カーブを投げた。その次の日、そいつは学校を休んだ。風邪でもひいたのかなと思ったんだ。でも違った。朝、肘に激痛があって整体院に行ったんだって、聞いた」
 まるで嘲笑するかのような語り口調。樹の目が見ているのは、過去だ。この虚ろな目を、幸子は知っている。
「目標持って努力した先が故障なんてふざけてる! って当時は思ったけどさ、違うんだ。努力の仕方がマズかっただけなんだ。監督たちがマラソンばっかりさせていたのは、俺たちをただシゴいてたわけじゃない。故障しやすい冬の時期は投げ込みや素振りを控えて、ランニングで身体作りをさせてたんだ。俺はそれに気付けなかった。一人のピッチャーの可能性を、完全に潰してしまったんだ」
 幸子は黙って聞いていた。生半可な気持ちで相槌を打つことは、とても失礼なことのように感じたからだ。他人が聞いてうんうんと頷けるような、軽い話ではない。それは、この目を見れば分かる。今の樹は、あの時の自分や、早川あおいと同じ目をしていた。
「結局そいつは陸上部に行っちゃってさ、俺が謝ったら、誰の責任でもないって言ってきたんだ。いっそ責めてくれたら楽だったのにね。そういう奴だったんだ。俺は自分で俺を責めたよ、どうしてもっと気をつけなかったんだって」
 時間の流れが遅い。暗い教室では、壁にかけられた時計の針も見えなかった。しかし今は時間などどうでもいいというのが、樹と、幸子の本音だ。
「だからさ、俺が他人の怪我に敏感なのは、優しいから、とか、親切だから、とかじゃなくて、自分が不安なだけだよ。もう自分の目の前で可能性を潰す人は、出したくない」
 以前、樹から熱中症について諭されたことがある幸子は、そのことや、この捻挫の処置についての合点がいった。怪我や身近な病気に関する知識が深かったのは、彼の過去に暗いものがあったからだろう。色々な怪我に接するたびに、調べ増えていった知識に違いない。
「だから、高木さんの捻挫だって放ってはおけなかった。お節介だったかも知れないけど、ごめん」
「……お節介じゃ、ないって。ありがとう。アタシ、ガサツだからさ、放っておかれたら、あのままどんどん歩いちゃってたよ、うん」
 咄嗟に頭を下げてお礼を言う。すると、樹は小さく苦笑いを返してきた。
「はは、そう言ってもらえるとありがたい。……いやさ、変な話してごめん、俺もたまには、誰かに寄りかかりたくなるんだ」
 ハァと溜め息をついて樹は俯いた。高校に入って、いや、このことを他人に話したのはこれが初めてかも知れない。他人に話すような話題ではないと胸中に封印し続けてきたものなのだが、どういうわけか話したくなったのだ。疲れているのか寂しかったのか、いずれにせよ場の雰囲気というものに流されて口を開くと碌な事は言わないものだなと実感した。

175: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:15 ID:5c
 シーンとした静寂。
 うわやっちゃった、と思った。
 自分で作っておいてなんだが、樹はこういう雰囲気は好きではない。さっきまでの落ち着いた心境が嘘のように、今度は冷や汗などかきはじめる。しまったなちょっと喋り過ぎたなそりゃ事実は事実だけどやっぱ他人に言うことじゃなかったよねああ思慮の至らない俺ってば馬鹿だなホントっていうかこの話を他の人にされたらどうしようこりゃ恥ずかしいな、と一度思い始めると、不安が止まらなくなる。とりあえず取り繕おうとして樹は口を開いた。
「あ、あのさ、この話だけど、話半分に受け取ってもらえるととてもありがた」
「ア、アタシは!」
 直後に被せられる幸子の言葉。それだけならまだしも、突然立ち上がったりしたものだから余計に驚く。足首の痛みなど気にも留めずに、幸子は両足を踏ん張って立っていた。
「た……高木さん……?」
「アタシ、には、いつでも寄りかかってきていい。さ、支えてやるよ! いつでも! 不器用だけど、相談事とか、アタシはその、慣れてるからさ! うん!」
 緊張の極致で語るその頬が、リンゴのように真っ赤に上気していることに、樹は気付かなかった。暗い部屋ではいた仕方がない。
「た、高木さん、ちょっと足首はだいじょ」
「だからその、アタシと……」
 何が言いたいのか、それは嫌というほど自分で分かっている。だからこそ、一番の言葉を選ぶのに戸惑った。
「私はっ……!」
 すぅと息を吸い込み。
「私と……っ! 私と付き」
「ワッ!!」
「うわっ!」
「キャーっ!!」
 女、高木幸子の一世一代の告白劇は、突如上げられた早川あおいの奇声によって、儚くも未完のまま終わったのだった。



176: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:16 ID:5c

「いやね、誰かが教室にいるなーと思ったら、なんていうかさ、やっぱ驚かしたくなるじゃない」
「一握りの人だけだと思うよそれ」
 二条と一緒に左右から幸子に肩を貸して歩きつつ、樹は溜め息と共に言った。
「すまないな、制止しようと思ったのだが、時既に遅かった」
 ちっとも申し訳なさそうになく、苦笑しつつ二条が返答してくる。ちなみにもう“お題”である早川あおいの机の中身はゲット済みであり、今は帰路についているところだった。そして樹が確認したところ、机とロッカーを見る限り、夏休みの課題を解くのにどうしても必要な参考書の類が残っていたので、やはり置き勉を回収させるためというのが、この肝試しの裏の主旨らしかった。言うとまた制裁が下りそうなので、口には出さなかったが。
「二条に責任は無いよ」
「あ、なんだよそれ、二人してボクを悪者みたいに」
「悪者だよ、おかげで寿命が縮まったしね」
「あーあー、情けない。こんな肝っ玉の小さい男子が四番打者だなんて」
「どんな打者でもビーンボールには驚くよそりゃ」
「同じく」
「あ、二条君まで。ボクとペアのくせに」
 そんな他愛ない話をする皆の中、幸子は黙って樹と二条の肩にもたれていた。しかしこうしてみるとやはり男性陣の力は凄まじい。二人も揃えば、幸子の体重などたちまち浮かしてしまうようで、もはや自分で足をつくのはちょっとバランスをとるためにだけという程度である。
 それはさておき、幸子は正直、どんな話題を話していいか分からなかった。そりゃ乙女心というものを考えれば、さっきまで告白しようと考えていた男子が今まさに自分の右側に密着しているのだから、言葉が口から出なくなるのは至極当然というところだろう。
 一人だと怖く、二人だと少し安心というこの暗い廊下も、四人で歩けばもはや怖いものなしで和気藹々としたものだった。しかしそれでも二人でいた方が良かったと幸子が思うのは、これもまた当然のこと。
「でもさ、なんで幸子と西条君があんなトコに居たの? 確か幸子は矢部君とペアだったはずだよね」
 どこか不機嫌そうなあおい。怪我をしていることは先刻告げたのだが、どうしてこうなったのかは伝えていなかった。が、本当の事を伝えるわけにもいかない。
 ところが、幸子が訳を話そうとすると、それよりも早く樹が話し始めた。
「矢部君とはぐれちゃったみたいでさ、探してる最中に俺と会って、そのとき階段から転げ落ちたんだ。捻挫してたから、俺があの教室まで運んだんだよ」
「ふーん」
 要求通りに訳を話したはずなのだが、お気に召さなかった様子。相変わらず不機嫌そうに口を尖らせているあおいを見た樹と幸子は顔を見合わせて、アイコンタクトで以って思案した。結果、幸子が素直に謝ることに決した。
「ごめんね、アタシがヘマした所為で迷惑かけちゃって。悪いのはアタシだから、西条は責めないでやって」
「う……いやまぁ、そういう意味じゃないんだけどさ……」
「如何なる時でも他人をいたわる事を忘れない、西条の姿勢は評価出来るものだと思うが」
「だからー、そういう意味じゃないんだって……」
 モジモジと言葉を濁すしぐさには、いつものハキハキしたあおいらしさがなかった。その理由は、恐らく本人しか知らない。
 どきどきわくわくが詰まった夏の合宿、肝試し。深まった仲もあり、あと一歩で実ったかもしれない恋もあり。短いようで長かった変なイベントはようやく収束を向かう。幸子はなんだか申し訳なくなって、感謝を述べた。
「西条」
「ん? なに?」
「ありがとな、いろいろ」
「こちらこそ。イレギュラーのおかげで楽しかったしね」
「あはは」
 その様子を見て、面白くないという顔の者が一人。
「……ボクも捻挫してみようかな……」
 ぽつりと呟いたその一言を、聞き取れた者はいなかった。



177: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:19 ID:5c

「ところで高木さん」
「?」
「何か忘れてない?」
「え、何かあったっけ?」
「いや、思い出せないなら、その程度のことだろうからいいんだけど」

 その十数分後、肝試し最後の組が校舎に入った際、とてつもなく恐ろしい体験をしたという。
 その者達が言うにはなんでも、トイレ付近から謎のうめき声が聞こえたとのこと。その声は「〜〜はどこだ、〜〜はどこにいった」という意味の言葉を、しきりに叫び続けているのだとか。
 この話は噂好きの女生徒らの間で長きに渡り語り継がれ、後に成立する恋恋七不思議の一つ「どこださん」として恐怖の対象になるのだが、それはまた別の話。

「ここどこでやんすかー、高木さんはどこいったんでやんすかー、誰か助けてほしいでやんすー」
 気絶から目覚め、夜中のトイレで泣き続ける矢部の声は、ただ虚しく響いていくだけだった。




 用事が立て込み、書き始めたクリスマス編はとても中途半端な形を留めております。
 まだ少し予定は残っておりますが、急いで書き上げます。しかし年内には書きあがらない予感。
 気長にお待ち下さい。

178: 名無しさん@パワプラー:08/12/27 00:21 ID:5c
っていうかスレッド一気に減りましたね。何があったんでしょう。
誰か教えてえろいひと

179: 名無しさん@パワプラー:09/01/02 10:18 ID:vc
恋愛分多めでも全然良いです
クリスマス編も期待していす

180: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:51 ID:kI

 街を歩くと、ビルの隙間を通り抜ける風がひやっと冷たく、またそこら中に光る電飾たちの明かりがうっとおしい。道端に置かれた太っちょのサンタクロースが、手にした看板でケーキの価格をしきりに主張している。ロマンチックなのかエコノミックなのか分からない。そんな季節が、今年もやってきた。
 生まれてから経たクリスマスが今年で十七回目。多いのか少ないのかは、今の自分にはまだ分からない。ただ綺麗なケーキに対する感動が年々薄れてきていること、それだけは確かだった。いちいち下らないことではしゃぐほど子どもではない。身長だって高くなったのだ。こうして大通りの雑踏を歩いていても、もう周りの大人と比べて遜色はない。
 今日はクリスマスだ。
 もともとはキリスト教の大切な祝日だったこの日も、お祭り好きな日本人の手にかかればこの通り、恋人たちの為の甘ったるい一日に早変わり。街は、手を繋ぎ歩いて、ウィンドウショッピングやお菓子の食べ歩きに勤しむカップルで溢れている。
 電飾で飾られた街路樹が青や赤に光る大通りを真っ直ぐに歩き、一路目指す場所がある。華やかな喧騒に包まれた大通りから、少し外れた路地に入ったところ。ひっそりとした雰囲気が高校生に人気の喫茶店だ。いわゆる穴場というやつで、値段もそれほど高くなく、学生の財布にも優しい。
 高校一年のときに発見して以来の常連で、今ではマスターであるオジサンとも仲良く話すほど。待ち合わせや暇潰しの談笑には、必ずと言っていいほど利用している。そしてそれは今日とて例外ではない。
 雪が降らないのがおかしいというほどに冷え込んだ空気の中を、逃げるようにして店内に滑り込む。ドアを閉めると鳴るカランカランというベルの音が、いらっしゃいませの代わりだ。
「こんちわ」
 カウンター越しに挨拶をすると、マスターは会釈で返してくれた。どうやら今はコーヒーを淹れている最中らしく、手が離せないらしい。複雑なフラスコを木組みで覆ったような装置をじっと、真剣な表情で睨みつけている。邪魔はしないほうがよさそうだ。
「おいシュウイチ、こっち!」
 奥の席から呼ばれたと同時、反射的にそちらへと駆け出す。奥の隅っこ、窓際の特等席。秀一を含めた三人組の、もはや指定席にまっている場所だ。

181: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:52 ID:kI
「二十分遅刻。何やってんのよ暇なくせに」
「コーヒー冷めちまったぞ、ばか」
「ごめん。財布忘れてさ、取りに帰ってたんだよ」
 野郎二人で隣り合い、向かいには女の子が座る。シュウイチとコウジ、そしてミキ。この三人組が、小学校の頃から続く腐れ縁というやつだった。三人とも、同じ少年野球チームで活躍した者同士である。シュウイチがピッチャーでコウジがキャッチャー、そしてミキがセカンド。県大会にも出場したチームを支えた三人であったが、今現在野球を続けている者は、いない。
「これどう? これ! いまウチの学校で流行ってるドラマ。今度こっちでロケするんだって!」
「え、本当? 行くの? お前」
「まっさか平日だし。学校サボったら怒られるって。ウチ親厳しいから」
「いやそりゃどこの親だって怒るだろ」
 実は通っている高校は皆違う。男二人は近場にあるもののそれぞれ違う高校で、ミキは電車を少し乗った先にある私立の女子高だ。結構有名なお嬢様学校らしいのだが、コイツを見ている限り、中身はそうでもないらしい。流行り物の話題なんかも普通なものだった。
「でも流石女子高、カッコイイ俳優が出てるドラマに食いつくなぁ」
「男っ気ゼロだしね。皆飢えてんのよ多分」
「恋恋女子高だっけ? オジョーサマしかいないって聞いたけど」
「まぁ半分以上はね。一方で勿論、アタシみたいなガサツなのもいますよそりゃ」
「類友っつーの? そういうのはそういうので固まるんだろうな」
「よく分かってんじゃん。あ、アタシなんかケーキ食べたくなった」
「え? 先に言えよ。コーヒーとセットだと百円安くなったのに」
「ちょっとマスターに訊いてみる」
 素早く席を立ったミキが、マスターのところへ歩いていき、話をつける。十秒もしないうちに彼女は笑顔でブイサインをして帰ってきた。交渉成功というところだろう。ここまで親しみきった店で、交渉も何もないが。ミキが戻ってきてからケーキがくるまでは、ひたすらカロリーについての話。お前は腹が出ただのブタに一歩近付いただの、およそ若い男女とは思えないようなデリカシーに欠けた会話が続く。
 ここでは気分が全てだ。互いの腹の内を探り合ったり、変に気を遣って相手を立てたり、自分をへりくだらせたりはしない。行動を自重したりもしない。ただ正直に本音をぶつけあえる場所なのだ。違う高校、違った空気の中で生きていくと、どうしても心に負担が溜まっていく。ここはそんな鬱屈したものを晴らすことの出来る憩いの場である。
「んで、アンタらもう野球やんないの?」
「なんで突然?」
「暇じゃない? なんもないとさ」
「お前はどうなんだよ」
「残念、ウチにはソフト部しかありませーん」
「お前つくってみればいいじゃん。恋恋女子高野球部!」
「いやだよめんどくさい」
 ハハハと笑い合う。コウジはどうだか知らないが、シュウイチには野球をやらない理由があった。そしてそれだけは、誰にも言う気になれなかった。本音をぶつけ合うこの空間の中で、これだけは、語る気にならなかった。
 そう、シュウイチは大人だったから、隠していたのだ。大人は隠すのが上手い。大切な時間と調和を乱すのが嫌だったから、言わなくていいことは言わない。
 そんな憩いの場との矛盾。いつしかそれに支配されるようになった。居心地の悪さを感じ始めたのはいつ頃からだろうか。
 しかしそれも今だけだ。そのうちこの違和感も気にならなくなるだろう。ゆっくりと調和していけばいい。どうせ、明日も明後日も、何日、何年とあとだろうが、きっとこうして三人は集い続けるのだから。

182: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:52 ID:kI



 会社からの帰り道は、いつも薄暗い。それは例えクリスマスイブの日であろうと変わることはない。市街の喧騒から、ここは完全に隔離されていた。電車から降りてきて駅前の繁華街を抜けると、あとは外灯と自動販売機だけが照らすだけの夜道が続く。ふとした寂しさから辺りを見回すが、自治体がしっかりと管理している区画なので、野犬や野良猫ともあまり出くわさない。水道やガスと同じく、どんな些細な生き物でさえも、ここでは人間というエゴの管理下に置かれているのだ。勿論その人間自身にも、大した自由はない。
 もう夜は遅く、テレビではろくな番組もやっていない。子どもはもうとっくに寝てしまっている時間だ。せっかく会社を抜け出して買ってきたクリスマスケーキは、どうやら今年も無駄になりそうである。
 エレベーターでマンションの上の階に上がり、自宅の鍵を開け、帰宅する。ただいまという声に対応してくれるのは、玄関先の明かりだけである。
 リビングのまできてネクタイを緩めながら、机の上にある妻の書置きに目をやる。子どもに学習塾からの勧誘があったそうだ。そろそろ小学校に上がる頃であるから、最近はこの手の勧誘が後を絶たない。妻の、先に寝てしまっている様子を見ると、こちらの裁量で決めろということなのだろう。
 マンションなんかに住んでいると、当然近所の子ども達の情報もよく耳に入ってくる。どこどこのお子さんは今年中学校に上がるだの、なになにさんのお兄ちゃんはどこの大学に受かっただの、周りはそんな話ばっかりだ。幼稚園の頃から塾に行っている子も少なくない。だが小さい子をそこまで塾に行かせ、勉強をさせて何になるというのだろう。
 書置きの横に置いてあった塾からの進学別コース説明書とやらを、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てる。子どもは遊ぶのが仕事だ。こんなに早くから将来のことなど考えていては、得られるものも得られなくなる。
 食事は既に済ませているゆえ、あとは風呂に入って寝るだけだった。今日もよく疲れた一日だった。明日もまた、忙しい。大人は常に明日のことを考えておかねばならない。自分の時間を欲して夜更かしなどすれば、すべて苦しさとして自分に跳ね返ってくるのだ。
 ソファに腰を下ろし、見ないなら見ないでいいような、退屈なテレビ番組を観る。画面の中では、名前も知らない若手の芸人が身体を張って笑いをとっていた。
 赤く燃え盛る蝋燭ほど、燃え尽きるのは早い。この若者の生き方は、正しいのだろうか。
 才能のない人間が努力したところで、努力する天才には遠くおよばない。せいぜい、努力しない天才の域に辿り着けるかどうかというところだ。若い頃に、ただ目の前の熱中できることに集中して勉学をないがしろにし、結局大成することのなかった人間の末路とは如何なものなのだろう。何に努力したかでは評価されない。いかなる理由であろうと勉学のできない人間は淘汰される。それが現代だ。勉学にさえ励んでいれば間違いはない。出来不出来はあれど、多くは無難な道を選ぶことが出来る。いつまでも夢なんて大層なものを描き続け、それにしがみつくのは子どもの証拠だ。境界線をすぐに見切り、確実で安全な道を選ぶのが大人なのである。
 だからいつまでも野球にしがみついて生きることなんて正しくない。なれもしないプロ野球選手を夢見て、叶わず地を這う一生を送ることになるなんて、そんなことだけはごめんだった。
 全国に向けて裸に近い格好で芸をするこの若者は、果たして来年も、またこのテレビで観ることができるのだろうか。
 ふとそんなことを考えていると、途端にまどろみが襲ってくる。しかし抵抗することも無く、風呂に入ることも忘れ、ただその誘惑に身を委ねた。消えていく景色は一瞬、ふっという転落感の後に、意識は消えた。




183: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:53 ID:kI


「おい!」
「うおっと」
 横からの声で、唐突に目が覚めた。頭を振って意識を整え、苦笑いを作る。
「お前さ、普通喋りながら寝るか?」
「いやわりーわりー。どうも寝不足みたいでさ」
「彼女もいないくせに?」
「ほっとけ」
 コウジは唇を尖らせて反論する。彼女なんてできたこともなければ、作ろうと思ったこともない。
「え、そうなんだ意外。アンタ顔だけはいいからモテると思ってた」
「だけってなんだよだけって」
「まんまの意味だし」
 言いながら、ミキがこれ見よがしにケーキのイチゴを見せ付けて食べる。見ているとなんだか自分も食べたくなるのが人間というものであるが、そうするとなんだか負けたような気がして、コウジは理性で食欲を押さえ込んだ。
「告られたことぐらいあるでしょ」
「ま、あるけど」
「ええ、本当かよ。いいなー」
「付き合えばいいじゃん」
 毎度のことだが、えらく無責任なことを言ってくれやがる奴らである。コウジははぁと、溜め息と同時に言葉を吐き出した。
「彼女なー、あんま欲しいと思わないもんな」
「なんで?」
「なんでって、いろいろあんだよ俺にも」
「……コウジってゲイだっけ?」
「んなわきゃあるか。女の子大好きだってーの。エロ本だってこれぐらい持ってるぞ」
 厚手の週刊誌が五冊ほど挟めるくらいの間隔を両手で作ってみせる。しかしこれは嘘である。本当はもっと多い。倍ぐらい。
「謎だね」
「ああ」
 ミキとシュウイチがお互いに頷きあう。そんな中でコウジはそ知らぬ顔でコーヒーを一飲みした。ブラックの苦い味が喉をこすりながらすべり落ちていく。

184: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:54 ID:kI
 女の子は大好きだ。そりゃ思春期だから、エッチなことにだってとても興味があるし、女の子と遊ぶのは楽しくて、いつも学校の教室では喋ったりトランプで遊んだりしている。でも付き合うとなると、話は別だ。
 この子と付き合ったとして、別れたあとどうする? 後腐れが残って、ひょっとすればお互いに拭いきれない傷を負うのではないか。そんなことを、自分は真っ先に考えてしまう。例えば好きな女の子が出来たとして、その子と付き合う、別れて苦しい思いをするのは、とても損だ。ならば初めから誰とも好き合わず、傷つかない生き方を守ったほうが得に違いない。
「そういうミキはどうなんだよ。今、彼氏は」
「いたけど別れた」
「今度は何ヶ月もったんだ?」
「さん」
「結構頑張ったな」
「まぁねー。今回はちょっと体裁良かったから我慢した」
 ミキはコウジと違って、次々に付き合う相手を替えるタイプだ。恋愛をすることに抵抗は全くない様子が羨ましかった。
「そんなに格好良かったのか」
「いやお金もってたし」
「え、まさか」
「イエス、ビバ社会人!」
「うっわ、不潔」
 露骨に嫌な表情を見せるシュウイチに、ミキはちっちっちと舌を鳴らして語り始めた。
「あのねー、今時の女子高生って言ったらこんなん普通よフツー。援交じゃないだけマシよ」
「ん? 援交とどう違うんだ」
 コウジの疑問。
「援交はヤってお金もらうから売春。アタシは、ヤることはヤるし、恋人としてお付き合いもして、報酬じゃなくてお小遣いを貰うからセーフなの? 分かる?」
「まぁ、ちょっと納得」
 多分、こういう女が近くにいるから女性に対して抵抗がちょっと出てしまうんだろうなと、こっそりコウジは思った。
 でも言ってみれば金だけの付き合いの方が健全なのかも知れない。
 恋愛は、とかく多くのことを相手に求めたがる。理解や安心、そして信頼や繋がり。肉体的な意味でも精神的な意味でも、常に互いが互いの支えにならなければならない。それがコウジにはとても煩わしいことのように思えたのだ。なぜ、二十四時間という限られた自分の時間を、他人の為に使わなければならない? なぜ、自分で溜めた金で相手の為の物を買わなければならない? 嬉しく楽しく思うのはほんの刹那。別れてしまえばガラクタ同然なのに。あとから振り返ってみれば無駄なのに。
 外はクリスマスの喧騒で溢れている。街中が、手を繋ぎ嬉しそうに歩く恋人たちで一杯だ。この中のどれほどの人間が、来年もまた同じ相手と手を繋いでいるのだろうか。
 一人でいれば、傷つくこともない。こうして友と集えば、楽しさだって得られる。これでいいじゃないか。そうなのだ。だから来年もまた一人でいよう。そしてここに来よう。どうせ、明日も明後日も、何日、何年とあとだろうが、きっとこうして三人は集い続けるのだから。




185: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:55 ID:kI



 夜、仕事机の上の資料との睨めっこを休憩し、椅子に深く座って伸びをする。クリスマスイブで予定がある人が多いらしい。上司も部下も、多くがすっかり帰ってしまっていた。今日の業務はとっくに終わっているし、毎年のことなので気にはしない。むしろ、こうして誰もいない空間で、ひっそりと明日の分の仕事などしているほうが事もはかどる。
 休憩がてら、机の中にしまっておいた写真を引っ張り出す。写真と言っても、ただの写真ではなく、とびきりのサイズの上に、映る人の顔にはやたらと化粧がめかしこまれその上パソコンで処理などされているとんでもなく偽りに満ちた写真である。写真が丁寧に挟まれている硬い冊子。表には「寿」の文字。見合い写真だった。
 三十路近くにもなった公務員の実家には、こういった写真が多く送られてくる。今回は、二人の女性からお誘いのようだ。二人とも着物をしっかりと着こなして、大和撫子を気取った優しい微笑で写真に写っている。すぐにでも破り捨てたかったが、実家から送ってきた手前と、この冊子は返却しなければならない為、そんな荒っぽい真似はできない。
 二人とも二十八歳と、自分より一つ年下だ。彼女らの人生に想いを馳せる。どのように育てられ、どのように生きようと努力し、そしてどのような恋愛をしてきたのか。輝かしい青春の時代に、彼氏と手を繋ぎ、キスをし、将来を誓って、そして何気ないことで別れたのだろう。そしてこんな写真を、性格も知らない相手に送りつけるに至った。恋愛をし、この上なく愛し合った上でなく、もう年齢が年齢だからと形式張った結婚をするために。
 なぜ女性はこんなにも切り替えが早いのだろうと、いつも思う。別れた相手のことをすぐに忘れて、次に好きになった相手に全てを捧げ、また同じことを繰り返す。そして行き着く場所は情熱や愛情ではなく、とりあえず相手が公務員なら生活は大丈夫だろうという身の安全。あの恋に生きた時代はどこに行ったのかと思わず問答したくなる。
 上司から話を聞かされている中で、よくお子さんの話は出てくる。ウチの子はよく出来る子で、この前はテストで学年何位になっただとか、野球部でキャプテンをやっているだとか、そんな話が本当に多い。しかし不思議と奥さん自慢をする上司はとても少ない。ウチの女房と僕は学生時代以来の付き合いでねぇ、などと語ってくれた上司は片手で数えるほどもいない。彼らの結婚の多くが見合いや職場婚、親戚からの紹介などであることは一目瞭然であった。
 夫婦として生活する中で、愛情は生まれるだろう。子をかすがいとすることで、結束も生まれるだろう。しかしそこに、本当に自分にはこの相手しかいない、自分はこの人でないと駄目なのだという思いと、そんな人が傍にいてくれるという充足感はあるのだろうか。
 社会人になって、多くの女性と出会い、そして関係を築きかけてきた。だがついに関係が続くには至らなかった。分からないのだ。この人が本当に自分という存在を心から愛してくれるのかどうかが。例えば自分が不祥事で職を失ったとして、それでも傍に居続けてくれるのかどうか。この人は自分の、身分と結婚したいのではないかと先に考えてしまうのである。息苦しい。それに比べて金だけの関係のなんと楽なことか。
 写真に目を落とすのをやめて、机の引き出しに戻す。これは正月中に返却してしまおう。
 公務員の仕事は多い。やらなくてはならないことは少ないが、やろうと思ってやれることはとにかく多い。残業代など微々たるものだが、少なくとも家に閉じ篭っているより、ましてや女性と付き合っているよりも、はるかに自分にとってプラスになる。何よりこれに没頭していれば、何も考えなくてすむ。
 無駄なことはしない。世間はクリスマスイブだが、自分には関係のないことだ。
 少し無精髭の目立つ顔を一度パンとはたいてから、改めて仕事を再開することにした。




186: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:55 ID:kI


 セックスのときは、誰だって相手を世界で唯一の人間だと思う。思うし、思ってくれる。例えプリマドンナでなくても、相手にとって自分は世界一の存在になって、ベッドの上ではキラキラと輝く。それが嬉しかった。ちょっとでも格好良いなと思った人を、自分の中に入れさえすれば、その瞬間だけは、その人が完全に自分の物になる。その瞬間だけは、アイドルでもなくヒロインでもなく、自分を見てくれる。それが気持ち良かった。
 一度その快感を知ってしまえば後はもう単純なもので、タバコやアルコールの中毒者みたいに、ミキはセックスにのめり込んでいった。しかし肉体的な快感を求め続けるセックス依存症とは違い、ミキが求めたのは精神的な安らぎだった。シュウイチやコウジと喋っているときとは違う、もっと別の安らぎ。
「アタシさ、自分でも異常だと思うよ」
「ん? どこがだい」
「だって色んな男とヤリまくってさ、別に何とも思わないんだもん」
「何とも思わないんだったらいいんじゃないか。嫌だと思いつつ止められないなら異常だがね」
「嘘、絶対マスター、アタシのこと気持ち悪いガキだって思ってる」
「僕はそう簡単に、人を気持ち悪いとは思わないよ。ほら、サービスだ」
 夜の帳が空を覆い始める頃、シュウイチやコウジと表で解散した後、ミキは一人で戻ってきていた。いつもなら街を歩くカップルでも冷やかしに行くかと悪ノリして大騒ぎするところであるが、今日はなんとなく、そんな気にはなれなかった。ただただ自分の晴れない胸の内を吐露する場所を求めて、カウンターに座っていた。
 もう閉店時間で、他にお客もいない。しかしミキを含む三人組だけは、表のCLOSEDの看板を無視することが許されている。
 あったかいココアをちょっと飲んで、甘ったるい味を舌で転がす。ミキの為にマスターがいれるココアは、メニューに載っているものより砂糖が多目なのだ。

187: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:56 ID:kI
「……アタシさ、小さい頃、アイドルになりたかったんだ」
 立ち上る湯気を見つめながら、続ける。
「テレビに映って皆の視線を浴びて、他の誰でもないアタシを、唯一のアタシを、皆が観てくれる。そんな存在になりたかった」
 マスターは何も言わず、丁寧な手つきでコップを磨いている。閑散とした店内に、ミキの声だけが小さく響いた。
「なれるわけないって気付いたのは中学に上がってからかな。自分の平凡な体型と顔を、テレビの女優達と比べて、そして周りの美人な女の子たちと比べて、それで、気付いた。でも諦めきれなかった。もしかしたらって、ずっと考えてた。そして高校生になってから、好きな人が出来て、告白して、付き合って、セックスしたら、思ったんだ。繋がってる間、相手は自分のことだけを見てくれるって。その間だけは特別な存在になれるんだって」
 笑い声がする。店のすぐ前を、楽しそうなカップルが通り過ぎていくのが横目に見えた。
「そっからはもう早かったなぁ。気が付いたら小遣い稼ぎにも使うようになっちゃったりで、セックスって魔法みたいなもんだと思って、これさえあればなんでもできるって思って、ずっと……そればっか」
 そこまで言い終えたところでカウンターに突っ伏す。両腕に顔を埋めるようにすると、少しだけ外の喧騒から遠ざかったように思えた。
「マスター……アタシら三人組、もうダメかも」
 何の偽りも建前もなく、ただ本音で馬鹿なことを言い合える聖域。それが自分達三人組のつくり続けてきたものであり、またかけがえのない場所であった。誰も自分を偽ることをしなくていいはずのこの場所で、近頃ミキは、徐々に偽り始めている。
 彼氏と別れたなんて嘘だ。肉体関係だけを重要視してくる相手に嫌気がさしてきてはいるものの、金と体裁を捨てきれず惰性的に関係は持ち続けているし、更に言えば、彼氏なんてあと二人はいる。他校の先輩でちょっと顔がよくて、付き合ってれば友達に自慢できるからだ。
 ここまでのヨゴレを、シュウイチやコウジに吐露することはできない。軽蔑されてこの三人の関係が崩れ去ってしまうことをミキは恐れた。
 聖域を守りたいがために嘘をつかなければならない矛盾は、ミキの心の中で次第に大きな呵責となっていった。
「嘘ついてるんだよアタシ……アイツらにも、マスターにも……本当、馬鹿だよね」
 暫くの沈黙の後、ガタン音を立てて、意を決したようにミキは立ち上がった。
「マスター、ごめんなさい」
 俯き加減で言葉を紡ぐ。
「アタシもう、多分、ここには来ない。……来れない」
 一歩一歩を惜しむようにとぼとぼと店のドアまで歩いて、一度だけ振り返り、言う。
「今までどうも、ありがとうございました」
 カランコロンという音が、彼女にその言葉をそっくりそのまま返す。数秒の後に静まり返った店内では、マスターがただ黙ってコップを拭き続ける音が、いつまでも小さく響く。
 そしてこのクリスマスの日を最後に、もう三人が揃うことはなかった。




188: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:57 ID:kI


 クリスマスの夜。恋人達が大盛り上がりするのは前日のイブであり、今日はオマケみたいなものである。
 ラジオをつけると、最近流行っているらしい歌が聴こえてくる。ゆっくりとしたテンポの、語りかけるような調子が特徴的な、近頃のアーティストらしい歌だ。癒しブームだかなんだか知らないが、最近はこういった静かな曲が若い世代に受けているようである。この辺にあまり感性が働かないのは、自分が少し歳をとってしまったからだろう。
 あの頃は自分の行動の源が何なのか分からなかったけど、今になってはよく分かる。ただ、若かったのだ。あんなに誰かが傍にいないと不安で、いつも誰かに見てもらえていないと不安だった自分はいつの間にかどこかへ消えて、ただ毎日の生活がそこに存在していればいいだけの考えを持つようになっていた。これが、大人になるということなのだろうか。
 ラジオから流れてくる曲に耳を傾けながら、洗面台で化粧を落とす。OLだって楽じゃない。上司の機嫌を伺って、メイクはきっちりきめておかなければ相手先の評価にも繋がる。男尊女卑の会社員として、女が生きていくには苦労が絶えないのだ。
 こうやってメイクを落とした後は、冷凍してあったご飯をささっと作ったスープの中に落として煮て、簡単なリゾットを作る。いつものメニューだ。一人暮らしだが、コンビニ弁当に頼る気にはなれなかった。そして結婚する気もない。人付き合いに疲れたのだ。
 どう足掻いてもマドンナにはなれない、そしてそれは仕方のないこと。無理をして背伸びをする必要はない。なんとなくそのことに気付いたのは、恥ずかしながら二十歳を過ぎてからだった。少し遅すぎた。遅く、大人になりすぎた。
 小さい頃に考えていた二十代は、もっと輝かしいものだったように思う。キラキラした化粧をして、綺麗な服を着て、高級そうなバッグを片手に街を闊歩する。ただのOLという職業にさえ、そんな姿を想像していた。

189: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:58 ID:kI
 服を脱ぎ、下着姿でリゾットを作り、缶ビールを机の上にスタンバイし、一人で晩酌をする。一度短く切ったもののまた伸ばそうとしている髪は、もう少しで肩を過ぎようとしている。ふっと見やったテレビの黒い画面に映った自分の顔が、どこか疲れているような表情でこちらを見つめ返していた。
 BGMが変わる。ラジオが次の曲に変わったのだ。ふざけたラジオネームからのリクエストだったが、これは好きな曲だったので、文句は言わない。確か去年の今頃に流行った曲なのだが、こんな歌を、自分以外にもまだ覚えている人間がいたことに少し嬉しさが沸いた。

 信じていたんだ ずっとこのままだと
 大人になんか なるはずがないと

 流れてくる曲に合わせて、つい一緒に口ずさんでしまう。どこまでも時を遡ってしまいそうな懐かしさが、こみ上げてくる。

 憧れていたんだ ずっと小さな頃から
 手を伸ばせばきっと 届くはずだと

「ほんと、いつの間にか大人になっちゃったよね。アタシたち……」
 紫藤美紀はビールを片手に、アパートの一間で、くすりと笑いながら呟いた。


190: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 12:59 ID:kI
 出会って別れた あの頃の人々は
 今も僕を憶えているのかな

「珍しいね、ラジオなんて聴いて」
「うん……これ、好きな歌なんだ。ほら、去年の暮れに流行ったやつ」
「昨日、あなたケーキ買ってきてくれたでしょ。今日食べるよ。ほら、アツシ呼んできて」
「ああ、そうだな。……そうだよ、大人に、なっちまったんだな……俺たち」
 浅岡秀一は妻子と食卓を囲み、その二人の笑顔を見ながらポツリと呟いた。

 たとえ小さな 記憶の欠片だっていい
 見てきたものを 忘れたくない

「おっと、聞き逃すとこだった」
「あれ? 先輩こういう歌好きなんすか? もっとロックな人かと思ってました」
「バカヤロウ、俺はセンチメンタルなんだよ。静かな曲の方がいいに決まってる」
「もしかしてまた結婚逃したんすか? そろそろ三十路ですよー。いい加減、身固めたらどうっすか」
「うるせぇ、俺は一人がいーの」
「ああ! 前見て前! 安全運転で頼みますよ!」
「……結婚結婚てな、面倒だなぁ、大人ってやつはよ……」
 谷津田浩二は後輩を乗せた車の中で、窓に映る繁華街のネオンに向かってぼそっと呟いた。

 seven-teen 気が付けば大人になって
 悲しいときの涙を あの激情を忘れた
 seven-teen あの頃の人々よ
 僕は今ここで歌う


191: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 13:00 ID:kI

「アタシたちが十七のときかぁ……」
「俺たちが十七」
「十七んときだよなぁ……」

 信じていたんだ あの頃はずっと
 背が高くなれば もうそれでいいと

 疑わなかったんだ あの頃はずっと
 君がいつまでも そこにいると

「あの頃はさ、大人になるなんて考えなかったんだよね」
「いつまでも三人で騒いでるもんだとばっかり思ってた」
「最初に来なくなったのは確か……」

 笑顔を交わした あの頃の皆は
 今もどこかで笑っているの

 語った夢を ほんの少しだっていい
 憶えているのなら 忘れないで

「確か最初にアタシが行かなくなったんだよね」
「美紀がすっぽかしたんだよな」
「美紀が来なくなって、次に、多分俺だ」

 seven-teen 風よどうか届けてくれよ
 弱い僕のこの声を 小さな僕の言葉を
 seven-teen この空の下 生きる君よ
 僕は今ここで歌う

「そっから先は知らないんだけど」
「んで浩二が来なくなって、俺も行かなくなったんだっけか」
「どうしてんだろーなアイツら」

「結局高校卒業して一回も会ってないし、どうしてんのかなぁ、二人とも」
「アイツら、散々俺のこと馬鹿にしてたけど、結婚できたのかよ」
「秀一に彼女ができてたりしてな」

「ねぇみんな」
「なぁ二人とも」
「おいお前ら」

 seven-teen 風よどうか届けてくれよ
 弱い僕のこの声を 小さな僕の言葉を
 seven-teen どこかで確かに生きる君よ
 聴いてくれなくていい 叫ばせておくれよ
 seven-teen 気が付けば大人になった
 輝きの中に生きた 情熱の時代に捧ぐ
 seven-teen 傷だらけのこの歌を
 伝えたい for your heart

「アタシは元気だよ」
「俺は元気だよ」
「俺は元気だぞ」

 I never forget my 17 age.



192: 名無しさん@パワプラー:09/01/18 13:03 ID:kI
クリスマス編 song for 17 でした。
パワプロという世界にも、きっと野球とは殆ど関係のないところで進行しているドラマがあるに違いない。
そんな妄想から生まれたお話です。
本筋の樹やあおいなどとは一切関係のない話ですが、ちょこっとでも読んでいただけたら幸いです。
青春を大切に

193: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:18 ID:W2

「分かっていると思うけど、これは内緒だよ」
「皆の力を貸して欲しいでやんす」
「小生からも、皆の尽力を請う」
 三人の言葉に皆が頷いたのは言うまでもない。
 かくして、何かが動き始めた。




 10.VS雲龍高校


 甲子園予選秋季大会。翌年に行われる春の選抜甲子園へ向けての予選大会である。世間は夏ほどの熱気に浮かされはしないが、球児にとってはどちらも同じくらいの価値を持つ大会だ。いままさに恋恋高校野球部は、この初めての秋季大会に臨もうとしていた。そしてまたこれは、初めて早川あおい抜きで臨む試合でもある。頼れる投手を一人欠いての試合、チームにとってこれほどプレッシャーになることもない。手塚が良い例だった。何せ二条の後には自分しかいない、しかもあの早川あおいの代わりを果たさなければならないのだ。いつもは試合前にも調子良くおどけてみせていた手塚だが、今回ばかりはそんな余裕もないようで、気を紛らわすようにひたすらブルペンで投げ込みをしていた。
 こちらにまで緊張が伝わってくるような震えた球を受けながら、樹は思う。
(やっぱやめといた方が良かったかな……)
 実は今日の試合は、度胸をつけさせるという意味で手塚を先発に指名してあるのだ。この試合に限っては二条が投げようと手塚が投げようと結果は同じなのだから、一年の内に大舞台を踏ませてやろうというのが加藤監督と樹の共通の意見だった。もともと勝負に出るような度胸が足りない手塚であるから、これを機会に一皮剥けてほしいのだが。
(うん、やりすぎかもね……)
 バックスタンドに掲げられた校名のボードをちらっと見やりながら、樹は嘆息した。
 本日秋の甲子園予選、第一試合は、恋恋高校対あかつき大学附属高校
 いくら主要選手が充実している恋恋とは言え、あかつき大附属のようなトップクラスの高校に敵うはずもない。勝負を諦めるということは嫌いな樹であるが、こればっかりはもうどうしようもなかった。
 相手側のブルペンに目をやると、よく知らない選手が二人、投げ込みをしている。やはり恋恋高校程度の相手では、かの猪狩兄弟の投入はないようだった。悔しいが、実績がないのだから仕方が無い。
 いつか見返せるほどのチームにしてみせよう。そう胸に誓いながら、樹は手塚の投げ込みに付き合い続けた。

あかつき大学附属高校戦 11−0 完封負け

 これが、今年の恋恋高校最後の結果だった。

194: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:19 ID:W2

 秋の大会も終わり、野球部はどこか気だるい雰囲気に包まれ始める。高校に入ってから野球を始めた人間たちが、まともな試合を含めた高校球児としての生活を送り、そして一年のうちで最後の公式戦が終わったのだ。気が抜けて然りだろう。これに関しては樹やあおい、二条や矢部、加藤監督といった皆も特に口出しはしなかった。休息は必要である。少しぐらい気が抜けたって構わない。
 そして世間では野球の熱気が冷め、ここからはサッカーの季節になる。プロ野球も優勝候補があらかた決まってきて、全体の試合としては盛り上がらない時期だ。
 まだ寒くはないものの、日が落ちるのは早い。夕日が辺りをオレンジに照らし出し、どことなく時間が止まってしまったような雰囲気の街を歩きながら、二条神谷は一人考え事をしていた。と言っても大したことではない。学校の帰りに好きな夕飯の材料を買ってきなさいと母から言われたものだから、メニューをどうしようかと一思案抱えているのだ。チームメイトが聞けば思わず笑い出しているだろう。
 しかし神谷はいたって真面目だった。母の手料理が大好きである自分にとって、メニューはとても重要な項目である。夕飯の楽しさは即ち今この瞬間の自分の決断にかかっているのだ。
 手近なスーパーに入り、生鮮野菜コーナーを物色する。流行りのドラマにでも出てきそうな綺麗な顔つきをした男子高校生が、ジャガイモやニンジンと睨めっこしながら真剣に何かを悩んでいるところなど、傍から見れば随分と違和感のある光景だろう。
 神谷の好物は肉より魚、魚より野菜である。特にジャガイモとニンジン、タマネギなどの甘みある野菜には目が無い。だったらカレーで決まりだとするのは考えの浅い小市民たる証である。神谷は決してカレーなどという安直なものには流れない。甘味ある野菜は、とにかく天麩羅に限る。というのが、神谷の持論だった。むしろこれは古風な父に育てられた所為であるのだが。
 かと言って天麩羅でよしとするのもまた安直なもの。煮付けにするもよし、しかし肉じゃがという手もある。いやいっそ別の野菜を買って帰るかと、右へ左へ野菜コーナーをうろうろ。
 そして暫くののち、神谷は一人うんと頷くと、ようやく決定した野菜を買い物カゴの中に入れた。ジャガイモとニンジンとタマネギとカボチャ、ピーマンである。あんまり変わっていなかった。
 よし、今日は母にこれで何かを作ってもらおう。あえて内容はリクエストしない。料理得意な母ならば、これだけの材料があれば何か作れるはずである。自分は料理というものに造詣は深くないが、とにかく母の作る料理が美味しいことだけは知っている。ならば迷う必要なし。
 そして神谷は勇み足でレジに並び、来るべき夕飯を楽しみにしながら、会計を済ませる。
「こちらジャガイモが一袋、ニンジンが三、タマネギが二、カボチャが一、ピーマンが三」
 会計のおばさんが一つ一つ、内容を読み上げながらレジに打ち込んでいく。
「カーレールーが一」

195: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:19 ID:W2
 予想外の単語が出てきた。
 神谷はきょとんとして買い物カゴを見つめた。なんと、まさしくジョンカレー(激辛)のルーがそこに入っている。いつだ、いつ自分はこんなものを入れてしまったのだ。これでは帰り道、夕飯のメニューを想像しながら歩くという楽しみがなくなってしまうではないか。驚愕しながら一瞬硬直した神谷だったが、その硬直は、すぐにとけることとなった。
「ああ、入れといたぜ。なんかカレーっぽかったから」
 背後からの声。知っている声だ。嫌というほど知っている声だ。ゆっくり、振り向く。
「おす」
 そこには昔から知り合いである男が、以前と少しも変わらない嫌味な顔をして立っていた。きゅっとつり上がったキツネ目が、その性格の悪さを強調している。
「久しぶりじゃん、神谷。んで早速だけどちっと話がある」
「……」
 無言で肯定の意思を告げる神谷。
 ぶつかり合う視線がいっそ痛いほど、張り詰めた空気がその場を支配していた。ゴゴゴゴゴゴ、とかそういう効果音がよく似合う。
 ゆえに、レジのおばさんと次に並んでいるお客は、いつ「そこをどいてくれませんか」と切り出そうかと暫く考えていた。



196: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:20 ID:W2

「ったく一回戦敗退っちゃー情けねぇなーお前、ちっと気が抜けてんじゃねーのか?」
「手を抜いているつもりはないが、結果が追いつかないものは反論のしようがないな」
「周りに女の子ばっかだからって、流石の神谷も腑抜けになっちまったもんだぜ、ったくよー」
「お前は相変わらずだな。せめて我が家に来た時は言葉を正せ」
「可愛い子、紹介してくれたら考えてやるよ」
「断る。自分は婦女子の方々とは縁が無い」
「お堅いねー全く」
 やれやれといったように、出されたお茶を一気飲みする男。男とは少し言い過ぎかも知れない。彼は紛うことなき高校生であり、ついでに言うと神谷と同い年なのだが、その身体つきは痩身中背で、表情や仕草はから大きな中学生と言ったほうが適切である。落ち着き払った神谷との対比は一目瞭然であった。
 彼の名は紅咲憂弥。神谷とは中学時代の野球部のチームメイト、そして何を隠そう二条神谷という人間を野球の世界へ引きずり込んだ張本人なのである。今も強豪校で野球を続けているのだが、地区リーグが違うほど離れている為、滅多に会うことはないし、また彼の噂を聞くこともなかった。
 それで久方ぶりに会ったということで、神谷は彼を家に招き、応接室で茶など振舞いながら話を聞いていた。普段なら食卓についている時間であるが、旧友の話ならば致し方があるまい。
「それで、話の本題は何だ。手間が過ぎるなら機会を改めてくれ」
 座り心地の良い来客用のふかふかの椅子、それに深く腰掛けて腕を組み、いっそ図々しさすら通り越した様子を見せつつ紅咲は口を開いた。
「ウチの高校は、予選リーグで恋恋と当たることはない」
 今更のような確認。そんなことは、神谷も知っている。
「というわけでだ、やるぞ。練習試合」
 あまりに唐突な提案だった。流石の神谷も一瞬呆然としてしまい、しばしの思案の後で言葉を返す。
「……我が校と雲龍がか?」
「グローブ納めに丁度いいだろ。ウチが相手してやるって言ってんだ。ありがたく受けとけよ」
 挑発的な狐目で口元をニヤけさせる紅咲は、神谷の返事を待って視線をぶつけ合わせた。
 公立雲龍高校――生徒総数約九〇〇人ほどの、公立にしては少々大きめの学校だ。勉学には運動が不可欠という考えの下、スポーツ系部活への入部は必須となっており、特に武道系の部活に関しては日本有数の成績を誇っている。また他の部活も強豪として有名で、野球部は甲子園の常連だ。
 その名門を相手に、恋恋高校が果たして立ち向かえるか否か。答えは勿論ノーである。しかし神谷はこの提案をとても良いものとして受け止めていた。
 先日あかつき大附属に大敗した原因は、言うまでもなくムードメーカーたる早川あおいを欠いたことだ。野球は技術よりも何よりも士気に左右される。普段あって当然だったものがなくなっただけで、チームは大きく動揺していた。だからといってこのままでは駄目である。
 チームのリハビリとして、あかつきと同等の力を持った雲龍高校との試合はとても有意義なものなのではないか。そう思い立ったと同時に、神谷は返事をした。
「……そうだな、その申し出、有り難く頂戴しよう。話は自分が通しておく。よろしく頼む」
「うむうむ、くるしゅーない」
 深々と頭を下げる神谷を見て、紅咲はケラケラ笑い殿様のように手をひらひらさせた。しかし突如立場は逆転する。
「んでだ、俺は腹が減った。……というわけで二条! 頼む、飯くれ。家までもたねーわ」
 今度は紅咲が頭を下げる。神谷はいつものことと笑い、彼を居間へと通した。こんな性格の紅咲であるが、実は神谷の父二条宗次にはとても気に入られている。曰く、このふてぶてしさは大物の器らしい。
 試合になれば敵同士であるが、そうでないときは仲が良いのが高校球児というもの。その日は久しぶりの再会に、夜遅くまで話は盛り上がった。
 翌日、寝坊しそうになり朝慌てて身支度をしたものの、よく考えれば日曜日だったことに気が付いて一人恥ずかしい思いをしたのは、神谷だけの秘密である。



197: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:21 ID:W2

 二条があの雲龍高校との練習試合を取り付けてきてくれた。この話に素直に樹はよろこんだ。何せ名前がろくに売れていない弱小校は、練習試合の相手探しにも一苦労するというもの。いくら夏にベスト8進出を果たしたとは言え、主力投手は出場停止。その結果の一回戦敗退。こんな体たらくで、近場の高校に練習試合など申し込めるわけがない。だからこそ、強豪校との練習試合なんて願ったり叶ったりだ。聞けば、二条の元チームメイトが、雲龍野球部にいるのだという。持つべきものは友達なのだなと実感するばかりである。
 雲龍高校とは地区リーグが違う為、甲子園予選で当たることはない。しかしその強さはあかつき大附属と張り合えるほどにあるということは重々聞き及んでいた。そんな強豪校と練習試合ができるなんて、本当に二条には感謝してもし足りない。
 ただ一つ――、
「ほらー、皆気合入れて練習しなきゃー! そんなんじゃまた惨敗しちゃうぞー!」
「頑張ってくださーい!」
 その試合が、今週末の日曜という急な日程である事を除いて。
 勝手な応援旗なんか作ってパタパタと笑顔で振っているはるかを尻目に、矢部ははぁと溜め息をつく。
「頑張っていいところ見せたいのは山々でやんすけど……」
「流石に数日でどうこうなるもんでもないしね。負けて当然、気楽にいこう」
 その横に並んでランニングしながら、樹が反応した。
「大体、雲龍高校って言ったら全国でも有名な文武両道の学校でやんすよ。運動そこそこ勉強真っ暗なオイラたちが勝てる相手じゃないでやんす」
「だから勝つ必要はないんだ……って、矢部君、俺を巻き込まないでくれるかな。勉強真っ暗に」
「何言ってるでやんすか。西条君とオイラの仲でやんすよ。一蓮托生でやんす」
「俺、この前の中間考査は赤点無し」
「へへん、そんなのオイラもでやんす」
「全科目の平均点六十八点」
「ゲゲェッっでやんす?! 西条君いつの間にそんなハイソサエティに行っちゃったでやんすか……?!」
「こらぁーっ! そこぉっ! 喋りながら走るなぁっ!」
 後ろであおいの怒声が聞こえたところで、二人はくすりと笑い、真面目にランニングすることにした。
 しかし樹には、少し気になることがある。今ブルペンで二条に向かって投げ込みをしている、手塚のことだ。あかつき大附属に大量点を取られてからというもの、しばらく落ち込んでいたかと思えば、今はああやってがむしゃらに投げ込みをすることで投手としての力量アップに努めている。その姿勢はとても評価できるものだ。
(だけど、ちょっと頑張り過ぎかな……)
 毎日の度を過ぎた投げ込みは、言うまでもなく投手生命そのものを脅かす。一心不乱に速球を投げ続ける手塚が、樹にはとても危なっかしく思えた。
「手塚、暫時休憩を取るべきだと思うが」
「いえいえ、まだヨユーっすよ! 先輩、あと五〇球お願いしまっす!」
 元気に言う手塚を遠目に見つつ、樹はともかくランニングをこなすことに集中した。


198: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:22 ID:W2
「手塚」
 カランッ! という小気味良い音が響く。音に少し遅れて、夕焼けのグラウンドに空き缶が一つ転がった。
「え? あ、西条先輩! どうも、お疲れ様ですっ!」
「的当て? 上手いんだね」
「へへへ、実はオレっち、これ大得意なんすよ」
 ニヤけ面で言いながら、手塚はさっき地面に転がった空き缶を、もとの板の上にセットし直す。これを十八メートルの距離からボールで狙うのが、的当てというわけだ。コントロールアップを図るための、昔からある代表的な練習法である。
「見てて下さいよー!」
 そう言って振りかぶり、いつもと同じ投球フォームで放たれる白球は、見事にまた空き缶を射抜いた。カランッという音が、再び夕焼け空の下に響く。
「うわ、こりゃ凄いや」
「へっへーん、どうですかオレっちのコントロール!」
 手塚のコントロールの良さは、直球にしろ変化球にしろ目を見張るものがある。特に直球においては、二条に匹敵するほどの制球力だ。試合でのストライク率は常に九割に近く、ボール球は滅多な事では出さない。それが、手塚の最大の欠点なのだ。
「まぁ見てて下さいよ先輩! 次の、雲龍相手には、この前みたいにパカパカ打たれやしませんって! バンバンストライク決めて、ばったばったと三振に打ち取ってやりますよ!」
「なぁ手塚」
「なんすか? あ、先輩もやってみます?」
 調子良さそうにほいほいと片手でお手玉して見せる手塚。
「なんで試合で、もっとボール球投げないんだ?」
 その手が、ピタリと止まった。
 呆気にとられたような手塚の視線と、それを真っ直ぐ見つめ返す樹の視線とがぶつかり合う。睨み合うように時間が止まる両者だが、その緊迫感をもろともせず先に手塚がケラケラと笑いだした。
「ギャハハハハ! 何言ってるんですか先輩。ピッチャーがボール球投げてどうするんすか。ストライク入れてなんぼ! バッター追い込まない限りは始まらないでしょー!」
 そう言って再び投げられるボールは、やはり見事に空き缶を打ち抜いた。自慢げにへへんと鼻を鳴らす手塚。
 その指先がかすかに震えているのを、樹は見逃さなかった。



199: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:23 ID:W2

 手塚の球質は、はっきり言ってかなり軽い。二条は勿論、アンダースロー投手であるあおいちゃんよりも。それは体格や体重などの差ではなく、ただ一つ、投げ方の問題だ。とは言え、投球フォームは最速投法のオーバースローであるし姿勢も綺麗でありそこに問題はない。あるのはもっと別のところ。
「というわけで、手塚のことをちょっと探ろうかと思ってさ」
『それで俺ですか……なんか、えらく直球ッスね』
 夜、自宅から樹は電話をかけていた。相手は勿論、手塚とは中学の頃からのチームメイトである円谷だ。こういうときの為に連絡網を作成しておいて良かった。ベッドの上に寝っ転がりながら、話を続ける。
「こういうことは早い方がいいかなってね。それで、手塚がボール球を投げることを嫌がるようなことが過去にあったの?」
『うーん、というか、なんでそんな突飛な話になるのかが分かんないッスよ。たまたま、近頃ボール球が少ないってだけじゃないんッスか? それに、ボールが少ないのはピッチャーとして良いことだと思うッスけど』
「少な過ぎるんだ」
 きっぱりと答えた。
「ボールを要求しても、手塚は意地でもストライクを入れたがる。あれじゃ駆け引きにならない。狙い打ちしてくれと言っているようなものなんだ。投手は何も、ストライクで勝負する必要はない。場合によっては、ボール球だけで三振を取ることだって可能なのに」
『…………』
「今度の雲龍高校との試合で、少しでもアイツには成長してもらわなくちゃならない。ストライクとボールを自由自在に投げられるポッチャーとして」
『中二の頃なんスけど』
 樹はそこで言葉を止め、円谷の次を待った。
『俺たちのチーム、地区決勝で逆転負けしたッスよ。……原因は、あいつ、手塚のワイルドピッチで』
 呼吸すら止めて、その言葉に聞き入る。
『一球じゃなくて、イニングスに三つぐらいッス。知っての通り、あいつ一度落ち込むととことん沈むッスからね。そりゃ酷い落ち込みぶりだったッスよ。……それからッスかね、あいつが、コントロールにこだわるようになったのは』
 樹は何も聞き返さなかった。聞き返さずとも、きっと円谷は全てを話してくれる。
『毎日毎日投げ込んで、足腰が弱いと思えば走って……周りが心配するぐらい頑張って、そんで、手塚は滅多なことではボール球を出さない、ワイルドピッチになる要素は一つもない、理想の投手ってヤツになったんスよ』
 樹は無言でベッドからのそりと起き上がり、礼を告げる。
「……ありがとう円谷、ようやく手塚の本音が見えてきたよ。今度、ジュースおごるから、それで勘弁して」
『お役に立てたなら結構ッス。んじゃ』
 ガチャリと電話の切れる音。ちょっと荒療治が必要になるかも知れないが、仕方がない。受話器をそっと耳から外して、樹は立ち上がった。



200: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:24 ID:W2

 試合当日の朝。部員らは、恋恋高校グラウンドで相手を待った。大人数での移動ゆえ、自前のバスを持っているアチラの野球部がビジターになってくれたのである。本来ならば練習試合すら取り持ってはもらえないような実力差がありながらも、こういった気遣いをしてくれるとはやはり強豪校は何かが違う。
 ついでにその場でスタメンを発表したのだが、その内容に一人、不満がある者がいた。
「えぇぇえっ?! またオレっちが先発ですかぁっ?!」
 それはやはり手塚。この前のあかつき大附属の試合といい、強豪校相手はどうも気が引けるらしい。
「先発どころか、怪我でもしない限りは続投。投げきってもらうからね」
 笑顔で言う樹。しかしそれは手塚にとって、死刑宣告のように聞こえたに違いない。そ、そんなぁ〜と消え入りそうな表情でうなだれている。後ろからそっと肩を叩かれてそちらを見やると、あおいが耳を貸せというポーズをしていた。それに応じる。
「なに?」
「手塚君、この前ぼっこぼこになったばっかりなのに、また自信失くすようなことさせて大丈夫なの?」
 もっともな疑問だった。しかし樹には考えがある。
「ここで一つ、壁を越えてもらわなきゃならないからね」
「……どゆこと?」
 とそこで二条から声がかかった。
「並ばせてくれ西条。バスが来た」
 言われて振り向くと、側面に達筆で雲龍高校とプリントされたバスが、正門から入り、今グラウンドの横の大きな道路へと乗りつけてきていた。慌てて樹は部員を並ばせ、礼の体勢を作る。
 バスから降りてくる面々は、まさに強豪校に相応しい威圧感を纏っていた。見たこともないような筋肉を両肩にのっけてずんずんと歩く巨漢もいれば、見るからに足の速そうな中肉中背の者までずらりと高校球児がそろっている。
 よろしくおねがいしまーっす!
 恋恋野球部一同で礼をすると、あちらも並んでグラウンドに入る際に、言葉を返してくれた。
 そんなありふれた光景の中、少し異質だったことは、雲龍の一団から一人、こちらへとずかずか歩いてきた者がいたことぐらいである。狐目がヘビのように吊りあがった、しかし控えめに言っても二枚目の顔つきの男が、樹へと歩み寄ってくる。
「あ、おいまた紅咲が勝手な事……」
「マネージャー呼んでこいマネージャー!」
 そんな会話が向こうから聞こえる。
 男が前に立ち、睨みつけてくる。身長は樹より少し低いくらいだが、この男の威圧感は尋常ではなかった。少しでも油断したら喉笛を食いちぎられるのではないかという野生的な危なさが、この目からは滲み出ている。若干腰が引け気味になりながら、樹はなんとか逃げ出さないでいた。
「テメェが西条か……ふぅん、へぇ……ふーん」
 下から覗き込むように四方八方から樹をジロジロと見てくる男。
「よし」
 やがて何を思ったかと思えば、バッグからなにやら冊子を複数取り出し押し付けてくる。
「ほら」
「え?」
「転入届けと試験要項」
 そしてこちらの肩に手を置き。
「お前、雲龍に入れ」
 直後、酷く鈍い音が響いた。例えて言うなら金属で人間の一部位を強く殴ったときに鳴るような音。もっと言うなら、野球のバットで頭を強く殴ったときに鳴るような音である。

201: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:25 ID:W2
「このバカ死んでろ!」
 男が崩れ落ち、その背後から追い討ちをかけるように女性の声が響く。その手には、今しがた起こった惨劇の凶器が握られていた。滴っている赤い液体は絵の具とかペンキとか、その類のものだろう。そうに違いない。
「先輩方お願いします!」
 女性が声をかけると、雲龍の選手二人がこちらに駆け寄ってきて、気絶した男をずりずりと引きずって退散していく。随分と手馴れた様子であった。
「本当にすいません! あの猿いつもあの調子なんです! どうもご迷惑おかけしました!」
 そしてすぐさま、土下座してくる女性。背中にロゴの入ったジャージ姿なところを見ると、どうやら雲龍のマネージャーらしかった。背格好は普通の女の子という感じだが、今時流行らないポニーテールが妙に印象的である。
「い、いえいえそんなとんでもない……」
 そのように樹が困惑していると、後ろから声が。
「奴が雲龍の主力投手、紅咲憂弥だ。少々下世話な面もあるが、気概は良い男だ。気にしないでやってくれ。……久しいな、玲奈。相変わらずで何よりだ」
 玲奈と呼ばれた女性は、すっと立ち上がって二条と顔を合わせた。お互いに遠慮も愛想笑いもない、よく見知った者同士が見せる微笑を浮かべている。
「うん、お久しぶり。二条も相変わらずカタそうな顔してんね。いつもスマイル忘れちゃダメよー」
 和気藹々とした様子の二人に、樹はおそるおそる声をかけた。
「あれ? もしかして、知り合い?」
「昔馴染みだ。小学から中学まで共に学び共に遊んだ」
「共に部活に励んだが抜けてるよ。ところでアンタ、恋恋のキャプテン? 私は小倉川玲奈。よろしくね」
「あ、どうも」
 差し出された手に握手し、恭しく一礼する樹。
「そして、先刻頭部に重傷を負った紅咲も、昔馴染みの一員だ」
「ほんと、不本意なことにねぇ」
 二条とは対照的に、玲奈は吐き捨てるような表情である。
「アホで空気読めなくて礼儀知らずなのはアイツの特徴だから、何かあっても気にしないでやって。……何はともあれ、今日はよろしく」
 それだけ言うと、玲奈は雲龍側のベンチへと帰っていった。それを見送った後で、樹は二条に訊く。
「さっきのピッチャー、やっぱ凄いんだよね?」
「球速の速さ、危険球の多さだけは保障する」
「……それって危ないピッチャーなんじゃ……?」
「そうだな、注意しておけ。そろそろ戻ろう」
 試合開始時刻が近付いたので、こちらも準備運動へと向かうことにする。
 そのとき樹はまだ、二条の言葉の真意には気付けないでいた。


 マウンドに立った紅咲憂弥は、いつも通り守備全体を見渡した後で、青い空を仰いだ。十一月の冷たい秋風が突き抜けて、第一投を今か今かと待ちわびている。まるで自分が世界の中心にでも立っているかのような、このマウンドから見る景色が、憂弥は大好きだった。
 バッターボックスには既に一番打者が構えている。恐らく一年生だろう。まだ中学生野球が抜け切れていないような、真っ直ぐな目。危険な駆け引きには慣れていない様子が伺い知れた。
 反則でなければ何を使ってでも、とにかく勝てば全てよし。それが憂弥の信条である。
 一度だけ深呼吸をしたあとで、大きく振りかぶった。小柄な身体に見合わない、とても大きなフォーム。
 そして憂弥はそのまま、打者の顔面めがけて渾身の球を投げた。





202: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:26 ID:W2

 予想外だった。
 自分の思う高校野球の「良い投手」というものは、球速が一三五キロを超えて、球種は最低でもカーブとスライダーの二種を持ち、ストライクとボール球をしっかり投げ分けることのできる投手という範囲である。これを超えるレベルの投手と言えば、身近には二条と、かの猪狩守ぐらいしか知らない。
 この紅咲という投手は、猪狩守には及ばないかも知れないが、どう控えめに考えても二条のレベルは超えていた。
 速球は明らかに一四〇キロオーバー。キレるスライダーに、急失速するチェンジアップ、右バッターの胸元に食い込むようなシュート。そして何より……。
「うひゃっでやんす!」
「ボール!」
 顔面すれすれの危険球に、打者が尻もちをついた。まただ。またこのパターンである。
 続いて投げられるアウトコースへのただのスローボール。明らかなボールコース。冷静ならば見送るであろうこの球。
 しかし打者はどうしても、手を出してしまう。
 バッターアウトの声が、冷たく響いた。
 巧い……! 樹はベンチから、奥歯を噛み締めた。このピッチャーは、打者の思考を完全に手玉に取っている。
 顔面付近へのボール球は、理性では当たらないと判断できる距離であろうと、この速さの速球が間近に迫れば、逃げ腰になってしまうのは仕方がない。しかも避けずともデッドボールになる球筋ではないので、故意の反則球として訴えることもできない。
 精密なコントロールがあってこそ可能になる荒業だった。インハイに身体すれすれのボール球を投げられた打者は焦燥感が募り、打ち気に逸ってしまう。結果、普段なら手も出さないようなアウトコースの球を打ちに行き、腰の据わっていない状態でスイングをしてしまう。俗にいう「泳ぐ」スイングだ。これでは当たっても内野フライを打ち上げるのが関の山。これには小手先の技術でなく、いかなる状況でも動じない精神力と、より多くの打席に立ったという自信や経験があってこそ初めて対抗できるのだ。
 恋恋野球部の面々には、この経験と自信が圧倒的に不足していた。
 かくいう樹も偉そうなことは言えず、アウトコースには手を出さなかったものの、決め球のチェンジアップで空振り三振を喰らっている。現在は四回表、打者は二順目、二番打者の矢部が三振してとぼとぼと帰ってきたところだ。
 頼みの綱である二条も内野ゴロに終わり、恋恋側のベンチは重苦しい空気に包まれていた。スコアブックをつけているはるかが、心配そうにこちらを覗きこんでくる。
「西条さん……皆さんが、自信を失くさなければいいんですけど……」
「大丈夫だよ」
 精一杯の強がりを吐き捨てて、樹は立ち上がり、手塚の元へ歩いた。今のところ、手塚の失点は六。そのうち自責点は四。投手として、お世辞にも良い成績とは言えない。
 強く責任を感じているのだろう。皆に会わせる顔がないという様子で、手塚は俯いていた。そこに樹は話しかける。
「手塚、どうして打たれるか、分かるか?」
「…………いえ」
 少し間があっての返事。声の調子から察するに、随分と落ち込んでいるようである。
「あっちのピッチャーがどうして、あそこまで三振を奪えるか、分かるか?」
「……いえ」
「……一つ、お前に指示を出す」
 樹が言うと、手塚はゆっくりと顔を上げた。
「次のイニングス、全球全力で、ショートバウンドしか投げるな」
「……え、えっ?!」
 その発言に驚いたのは、手塚だけではない。近くにいたあおいや円谷も、目を丸くしていた。
 しかしそんなことを気に留めるでもなく、樹は踵を返すと、レガースの装着に取り掛かる。直後に響くバッターアウトの声。
 呆然としていた手塚がハッとして見やると、三振に打ち取られた三番打者が、申し訳無さそうに戻ってくるのが見えた。



203: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:27 ID:W2


 ショートバウンドというのは、キャッチャーのすぐ手前でワンバウンドする、手の届く範囲では一番取りにくいとされるワイルドピッチである。球筋が低い為、キャッチャーは全身を使って球を覆わねばならず、それでも股下をすり抜けて後ろへ逃してしまうことは多々ある。球筋の低さでボール球になることは打者から見ても明らかであり、駆け引きには使えない。変化球のすっぽ抜けやストレートの投げ損じで生じる球である。そんな無意味なものを、故意に投げる投手など存在しない。
 それを、しかも全力で投げろというのが、樹が手塚に下した指示だった。
 マウンドに上がった手塚は、かつてない緊張と不安感に駆られていた。手先が震え、冷や汗が首筋をつたう。今まで散々避けてきたワイルドピッチを、ここで無理やり投げろというのか。
(オレっちが今までやってきたコントロール練習は……伊達じゃねぇんだぞ……!)
 ふつふつと、西条への怒りが沸いてくる。自分は今、中学で積み上げたの野球を全て否定されたのだ。怒って当然。このような横暴には反抗する権利がある。
(わざとじゃねぇんだよ、あの時の暴投は……! なのに、なのに……!)
「手塚の暴投さえなけりゃなぁ……」
「せっかく追いついたっつーのに、あれはマジでねーわ」
「自分の暴投でサヨナラ負けとか恥ずかし過ぎね?」
「一回だけじゃねぇもんな。あれなら俺が投げた方がマシだって」
「なんでピッチャーやってんのアイツ?」
「肝心なときにストライク入らねーとかマジ使えねー」
(ストライク入れればいいんだろ! 入れれば!)
 襲ってくる過去の記憶に、手塚は叫び返した。
(ストライクさえ入れてりゃ文句は言われねぇ……打たれて点が入っても、守れなかったお前らの所為だ……!)
 マウンドを乱暴に踏んで整地し、手塚は西条の構えるミットに目をやった。ミットは、とても低く、ワンバウンドを誘発するような位置で構えられている。
(やって……られるか!)
 渾身のストレートを、アウトコース高めに向かって投げる。高め一杯のストライク。初球としては充分に機能する球である。
 しかし、雲龍の打者はそれを正確に捉えた。
 勢いよく飛んでいくライナーが、手塚の頭上を高くを突き抜け、センターへと飛翔する。が、その飛翔も虚しく、矢部の果敢の猛ダッシュがそれに追いつき、あえなくアウトとなった。
(見ろ、打たせて取るのがオレっちのスタイルなんだよ!)
「タイム!」
 大きく響く声。つられてそちらを見やると、西条がゆっくりとこちらへと歩いてきていた。要求したワイルドピッチが来なかったのが不満だったのか、だが生憎、自分は今しっかりとアウトに打ち取った。文句なんか言われれば、それはお門違いというものである。
 こちらが悠然と構えていると、西条は立ち止まって言う。
「どうした? 随分とコントロールが悪くなったんじゃないか?」
「……え?」
 その言葉は、自分の予想とは大きく違った。
「俺が構えていたのはもっともっと下の方だぞ、アウトハイまで逸れるなんてお前らしくないな。またコントロール練習しなおしたらどうだ?」
 それだけ言い置いて、戻って行く西条。後に残された手塚は、ぎりぎりとボールを強く握り締めた。


204: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:27 ID:W2
(やってやろーじゃんか……)
 西条は自分の中学野球を否定したばかりではない、あまつさえコントロールさえ小馬鹿にしたのだ。
(取れなくても文句言うんじゃねぇぞ!)
 そして、要求通りのワイルドピッチを投げた。ホームベースの向こう側、キャッチャーの手前でバウンドする。理想的なショートバウンドである。判定は当然ボール。
(おらっ!)
 続く二球目も同じショートバウンド。
 三球目も。四球目も。
 次の打者にも、その次の打者にも、全力投球のショートバウンドが続く。流石に異変を感じたのか、雲龍側のベンチが徐々にざわついてくる。何故、あのような暴投ばかりを投げるのか、何故、それでもあの投手を替えないのか。そんな言葉が、聞こえなくとも頭の中に響いてくるようだった。
 ついに押し出しで一点が入る。しかしそれで手塚の暴走が止まることはなかった。真ん中のショートバウンドの次は、アウトコースにスライダーのショートバウンド。わざとホームベースの手前でバウンドさせてみたりと、手を変え品を変え、手塚はあらゆるショートバウンドを投げ続けた。
 気付けば、押し出しでの失点は五点にもなり、塁は全て走者で埋まっていた。
 ここまで連続の全力投球を行なったのだ。手塚の体力は限界だった。肩で息をし、帽子を脱ぎ、袖で汗を拭う。まるで今は真夏ではと錯覚するほどの身体の火照り具合だ。
 西条が、今までと打って変わり、ど真ん中にミットを構えている。これだけ暴投を投げさせておいて、今度は真ん中に投げろとは、随分ワガママなキャッチャーもいたものである。しかし意地を張ってショートバウンドを投げ続ければ、またコントロールがどうのと嫌味を言われるに違いない。
(……わーったよ……投げりゃいいんだろ投げりゃ……)
 手塚はセットポジションも忘れ、大きく振りかぶって、ど真ん中めがけ投げる。
 その時であった。
 指先が、滑る。
 しまったと思った時はもう遅かった。ロージンバッグをおろそかにした為に起こった事故。腕から流れた汗が指先につたっているのに気付かなかったのである。
 今までの行儀の良いショートバウンドとは違う、予測不能な回転と軌道を持った球が西条へと飛んでいく。それはインコース低め、打者の足元という最悪のコースであった。ショートバウンドという凶暴な球に、打者という障害物が加わるのである。
 更に踏み荒らされたバッターボックス内でのバウンドは、方向が定まらない上に地面を蹴って加速する。捕球の難易度は跳ね上がる。
 球の軌道を見た瞬間、各ランナーが走り始める。それに気付いたとき、手塚は恐怖した。押し出しではなく、点が入る。しかも故意ではない、本当のワイルドピッチで。中学二年の大会で経験したあの出来事が、強烈にフラッシュバックする。
「手塚の暴投」
「せっかく追いついた」
「自分の暴投で」
「一回だけじゃ」
「なんで」
「肝心なときに」
「うあああああっ!!」
 ボールがキャッチャーに届く前に、手塚は叫んだ。当然、意味はなかった。虚しくも投げられた球は予想通りの軌道を辿り、打者の足元を打ち抜く。
 スローになった感覚が、その球の行く先を追った。
 打者が飛び退き、速球を避けた。
 やってしまった――。
 スパイク跡の多い地面を蹴って、ボールはホームベースから離れるように外に飛んだ。
 打者は顔ごと身体を逃がし、主審までも飛び退いてバランスを崩している。
 もう、ダメだ――。
 その中で、一つだけ、暴れ球に向かっていく影があった。
 ちくしょう――。
 その影は顔を逸らすことなく球を受け止め、全身で押さえ込んだ。
 また、オレっちは――。
 そしてそのまま送球モーションに移り、腕のしなりだけで三塁へと送球する。
「アウト!」
 手塚の意識がはっきりとしたのは、その声が響いた時だった。すぐさまそちらを見やると、飛び出していたランナーにタッチした三塁手が、こちらへと返球しようとしていた。半ば戸惑いながら、その球を受け取る。
 そして何事もなかったかのように試合は再開し、続くバッターを内野ゴロに打ち取って、手塚はベンチへと引き上げるのだった。


205: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:28 ID:W2

「不満そうだね」
 樹がバッターボックスに立っている中、ベンチの隅でふてくされたように座る手塚に、あおいは声をかけた。自分も元ピッチャーだ、今の手塚が考えてることぐらい、大体分かる。話しかけられた手塚は、やはり不機嫌な様子で口を尖らせた。
「当たり前ですよ。ショーバン投げろって言ったり、いきなりストライク要求してきたり……意味が分かりません」
「ははは、だろうね」
 あっけらかんとしたあおいの笑い方に、手塚は一瞬ムカっとしたようだったが、反論する気もないようだった。すぐにまた、ふてくされた顔に戻って俯く。響くストライクは、樹が速球を空振りしたものだった。
「西条君ってさ、凄いよね」
 ぴくっと手塚の肩が反応する。
「あんなにたくさんのショートバウンド、全部捕っちゃうんだもん。最後の一球はヒヤっとしたけど、それでも、全力で向かっていってさ……」
 一旦バッターボックスを離れた西条が、再び構えを取り直す。
「キャッチャーが後ろに逃がしたらワイルドピッチで、捕ったらただのボールなんて、なんか不公平だよね」
「…………」
「……ワイルドピッチってさ、ピッチャーだけの責任に思われるかもしれないけど、キャッチャーの責任でもあるんだよ」
 手塚は、そこで気がついた。
「押し出しで、手塚君の失点は多くなっちゃったけど、暴投で入った点は、一点もないんだよ」
 そうか、そうなんだ。
「全部、西条君が捕ったから」
 今日の自分は、ワイルドピッチを一つも投げていない。
「ボール球投げるのってさ、怖いよね。責任、たくさん背負わなきゃいけないから」
 でもそれは――
「でもね、ボクらは、そんな心配しなくていいんだよ。ボクたちが真剣に投げた球は、どんな悪球でも、必ず、西条君が受け止めてくれるから」
 西条先輩が、全部捕ってくれたから。
「手塚君さ、キミ、一人で野球やってない?」
 そんな言葉に、手塚は顔を上げてあおいの顔を見る。
「打たれなかったらピッチャーとキャッチャーのおかげ。打たれて点が入ったら全員の責任。打たれてもアウトにできたら皆のおかげ。野球って、そうじゃない?」
 恋恋のベンチがわーっ! と湧き立つ。どうやら、西条がレフト前にヒットを放ったようだった。
「キミひとりで責任負わなくても、いいんだよ。今日、西条君のやったことは、多分、俺を信用してくれっていう意味だったんじゃないかな」
 中学の頃の悪夢が、音を立てて崩れていくのが分かった。今まで自分をここまでコントロールに固執させていた何かが、心から消えていく。重く苦しい鉛の塊を、ようやく手放せた気がした。
 一塁に立ちリードを取り、牽制球をヘッドスライディングでくぐる西条を見て、あおいが言う。
「ねぇ手塚君、安心していいんだよ」
 いつの間にか、ベンチが一体となって西条樹に声援を送っていた。
「ボクらのキャプテンは、あんなに頼もしいんだから」
「…………ぁい」
 手塚の震える肩にそっと手を置き、数度背中を叩いてから、あおいは周りに負けじと西条への声援を大きく叫んだ。
 樹の背中に映える青空が、全ての球児たちを応援しているようだった。


206: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:29 ID:W2

「さっきは失礼したな、紅咲」
「ああ、凡打なんてらしくねぇぜ」
 西条の次にバッターボックスに立った神谷と、対峙する投手紅咲の間に、見えない火花が散る。
「お前の球種を忘却していた。同じ失態は犯さん」
「頼もしいねぇ」
 小柄な身体に似合わない大袈裟なフォームで投げられる初球。やはり顔面すれすれを通過したその球を、神谷は身体をそらすことなく見送った。
「流石に見えてるってか」
 キャッチャーからの返球を受け取りながら、紅咲は相変わらずの高飛車な表情を崩さない。
「んじゃ、これはどうよ」
 続いて投げられる二球目は、どう見てもデッドボールコースだった。このまま避けなければ、間違いなく、神谷の横腹を射抜くだろう。一四〇キロクラスのデッドボールが直撃ともなれば、冗談では済まない。
 それでも、神谷は動かなかった。
 すると横腹を狙っていたように見えた球が、突然軌道を変えてインコースぎりぎりのボール球になる。危険球に見えたボールの正体は、とんでもないキレをもったシュートだった。
「そんな棒球より」
 バットの先を紅咲に向けて、
「父上の拳の方が余程強い」
 睨みつけるようにして言い切った。
「……オーライ、分かったよ。やっぱお前にゃ無駄か……なら、真剣勝負といこうや」
「承知」
 三球目は、勝負球。雲龍のエース紅咲の持ちうる最高速度のストレートだった。
 それを神谷は、渾身のスイングで捉えた。
 右中間を叩き割ったライナーは、勢いを殺すことなく一気に転げていく。ここは球場でなく、広いグラウンドである。一般的なグラウンドより少し狭いものの、芝生の無い外野でボールは失速しない。それが幸いした。ようやく外野手がボールに追いついた頃には、神谷は既に二塁を回っている。
 先に西条がホームインし、続く神谷を見守る。外野から返球された球が、中継へと渡った。内野に返球されるまで、あと少し。
 三塁を蹴った神谷はランナーコーチの制止も聞かず、ホームへと突進する。球が速いか、己が早いか。
 そして、神谷は飛んだ。
 遊撃手がホームへと送球したボールとほぼ同じタイミング、だが、キャッチャーのミットは、自分の腕の上に置かれていた。一瞬だが、勝ったのだ。
 セーフ!
 その声に、ベンチからの歓声が応える。二点を奪い取った。試合には負けるだろうが、勝負には勝った。
「西条が、一人の投手を救う、偉業を為した……」
 立ち上がり、土を払いながら言う。
「自分が、屈する訳にはいかない」
 マウンド上の紅咲を見やると、あちらは参った参ったといった表情で、脱いだ帽子をひらひらとさせていた。



207: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:30 ID:W2

「気をつけ、礼っ!」
 ありがとうございましたー!
 両チーム整列し、一礼を行う。結果は14−2と無残だったが、それでも大きなものを収穫することが出来た試合だった。
 今回試合に招いたのは恋恋側なので、グラウンド整備は恋恋側が受け持つ。バスに乗り込む雲龍の皆さんを見送りながら、二条は樹に話しかけてきた。
「良い試合だったな」
「ああ、本当に。また頼めるかな?」
「奴が頷けば、な」
 二条の視線の先を辿ると、雲龍のエース紅咲憂弥が、荷物を置いてこちらへと歩み寄ってくるところが見えた。
「よう、また俺の負けだな神谷」
「戯言を。凡打を喰らった」
「その後、二安打も打ちゃ充分だろうがちくしょう」
 ケッと吐き捨てるように言った後、紅咲のヘビのような目は樹へと向けられた。思わず一瞬あとずさりしそうになる。
「まさか神谷以外に打たれるとは思ってもみなかった。そんで、あんだけのショートバウンドを一つもパスボールしないのは大したもんだ」
 そこで一旦言葉を切る。
「神谷、そんで、西条っつったか。雲龍に来る気はねぇか? 本気で甲子園目指してんなら、悪い話じゃないと思うぜ」
 そう誘いを受けた二条と樹は、少し顔を見合わせたあと、二人して微笑んだ。一流の野球部からお誘いを受けるなんて、高校球児としてこんなに嬉しいことはなかなかない。それでも、頷くのは無理な話だ。
「悪いが、謹んで遠慮させて頂く。自分達は、ただ甲子園に行きたい訳ではない」
「お誘いはとても嬉しいんだけどね」
 二人の笑みから悟ったように、紅咲は「そうかい」とだけ呟いて、背中を見せる。
「んじゃ、証明してくれよ。次は甲子園で会おうや」
 そしてそれだけ残すと、手をひらひらさせて去っていった。その背中に掲げられたエースナンバーは、あまりにも誇りに満ちていて気高く、決して近いものではない。でも、決して届かないものでもないはずだ。
 いつか、会おう。甲子園で。
 いつか、行こう。甲子園に。
「このチームで、ね」
「是非」
 それは寒空の下で交わされた、野球の歴史にも残らない小さな小さな約束だった。



208: 名無しさん@パワプラー:09/02/05 00:32 ID:W2

 解散したあと、夕暮れ時。
 一人でこっそりとグラウンドに戻ってきた樹は、再びトンボを片手に持ち、グラウンド整備を始めた。整備は一回ならしただけではダメだ、最低二回はやれ、というのが中学時代の監督の意向であり、それに慣れてしまってから今まで続いている習慣である。しかしこんなことを恋恋の皆に押し付けるわけにはいかないので、こうしてこっそりとやることにしているのだ。手首や足腰のトレーニングにもなるので、無駄なことではない。元来掃除好きな性格である樹にとって、むしろ楽しいものだったりする。
 また、がりがりと地面が音を立てているとき、なんとなく、心が落ち着く。身体を整備に集中させている最中、考え事をするのが、樹は好きだった。いつもとは違った考えがふと浮かんできそうで、面白いのである。
 今日対戦した雲龍高校は、間違いなく全国クラスの高校だ。話に聞いてはいたが、実際に戦ってみるとその強さは恐ろしいほど分かるものである。
 特に投手の紅咲。あそこまで自信を持って危険球ギリギリのボールを投げられるのは、一級の投手たる証である。自分もかろうじて打てたとは言え、恐らくまぐれというやつだろう。しかも、あちらは随分と手加減をして臨んできていた。それは変化球の使い方を見れば一目瞭然だ。
 次に対戦したときは、勝てるだろうか。勝てるチームになっているだろうか。
(ま、その前に甲子園に行かなきゃ会えないんだけど……)
 ハァと溜め息をつく。なによりも今日の荒療治で、手塚がどこまで成長してくれるかが一番の悩みだ。もしかしたらただ恨まれて終わるだけということも充分にありえる。あんなとんでもな指示を出すキャッチャーなんてどこを探したっていないだろう。
 やりすぎちゃったかなーと、立ち止まって考えていたときだった。
 がりがりと、トンボで地ならしをする音が聞こえる。いつも自分が聞いている音と同じだが、少し違う。しかも自分はいま止まっている。音なんて出せるわけがない。え? じゃあ何? しないはずの音が鳴ってるの? いないはずの何かがいるの? え。B級だろうがホラーは勘弁してよちょっと。
「先輩」
 声がかかる。ホラーな何者かに先輩扱いされるなんて思ってもみなかった。だがここで慌てては相手の思うツボに違いない。ええいそんなことになってたまるか。
「オ、オンハラビンケンソワカ……だっけ? いや違うな、南無妙ほうれんそじゃなくてゲキョー」
「先輩」
「うわ手塚だったごめん!」
 振り返ってみると、正体は真剣な表情をした手塚だった。いやはや、勘違いとは時に恐ろしいものである。
 ……真剣な表情?
 訝って、樹はそーっと聞いた。もしかしたら退部届けとか提出されたりして……いや本当にどうしよう。
「あ、え、えっとどうしたんだ? 今日は、あ、あんだけ投げたんだから、うん、その早く家に帰って休んだほうが……ああ、これは決して帰れ! って言ってるわけではなくて」
「先輩!」
「わっ!」
 一瞬手塚が勢いよく動いたので、拳の一つ飛んでくるのではないかと咄嗟に顔を守る。しかし数秒待っても何も起こらないので、強くつぶった目を薄っすら開いてみると、手塚が脱帽して深く頭を下げていた。
「ありがとうございましたっ! オレっち……オレ……、オレなんか……オレのために……」
 手塚の言葉は、その肩と一緒に震えていた。
「目が、覚めました……! オレの野球、ダメです……! ひとりで、ひとりで投げて! 先輩を、……キャッチャーを……全然、信用してませんでしたっ……!」
 それだけ言ったあと、手塚は言葉を失う。礼の姿勢を崩さず押し黙ったまま立ち、ただその嗚咽をのみ響かせていた。その足元の土が少しずつ濡れていく。樹は、なんだかほっとして声をかけた。
「お前のコントロールは一級だよ。それは間違いない。自信持って、ボール球、投げてくれよ」
「…………はい」
「全部、捕ってやる」
「……はいっ!」
「よし、んじゃ、グラウンド整備続けるぞ、ピッチャー手塚」
「はいっ!」
 それから二人は無言でグラウンド整備を続け、終わった後も、無言で別れた。無言の中に、何か通じ合うものがあった。それが何なのかは分からないけど、悪いものではなさそうだから、それでいい。
 自転車を押しながら、夕焼け空を眺めて思う。恋恋高校野球部の絆は、また少し深まった。
 樹は、ただそれだけに満足した。



 今回の更新はここまで。見てくれてる人は次回をお待ち下さい。

樹が手塚にショートバウンドを投げろと指示するくだりは、松坂大輔選手と高校時代にバッテリーを組んだ、小山良男選手の指示を参考にしています。甲子園で松坂選手の緊張をほぐす為に、初球を思いっきりバックネットにぶつけさせたとのこと。こういうアツい話大好きです。
典拠:旺文社刊 松坂大輔「160キロへの闘志」


 バレンタイン編?
 間に合うわけがない。

209: 名無しさん@パワプラー:09/02/07 20:35 ID:5Y
今回もおもしろかったです
紅咲もいいキャラしてますね
再登場に期待しています

あと、樹達のクリスマスはナシデスカー

210: 名無しさん@パワプラー:09/02/21 02:07 ID:j.
寄り道番外編
  クリスマス・キャロル


 クリスマスと言えば、イエスキリストの生誕日を祝う記念日。
 辞書を引けば大概そういった内容が出てくるだろうが、昨今の日本ではちょっと事情が違う。街を歩けばこれでもかとイチャつくカップルが溢れ、キリスト教徒でもないのに家庭の食卓にはローストチキンやケーキが並ぶ。要は世間様一体となってお祭り騒ぎができる特別な日と言うことだ。
 さて、世間がそんな盛り上がりを見せている中、甘ったるい愛を語らう恋人も伴侶もいない独身軍団が孤独を味合わず、この時期を乗り切るにはどうしたらよいか。徒党を組めばよいのである。
 そんなわけで、恋恋高校野球部もご他聞に漏れず、こうして孤独を謳歌している連中が寄せ集まり、一時の安らぎを得ようと虚しく群れていた。二年生だけであるが。
 午前中の焼肉パーティを終えて今はただ、のんびりと行く宛てもなく彷徨っているところである。
 街中に飾り付けられた電飾がきらきらと光り、どこか浮ついた気分にさせる。そこらの店から無遠慮に垂れ流される気の利いたBGMも、この浮かれた雰囲気を演出するのに一役買っていた。
「ケッ! 昼間っからイチャついてるんじゃねーでやんす!」
「矢部、口上が泥酔者だ」
「うう……眼鏡が曇って何も見えないでやんす……」
「難儀な」
 おいおいと泣き崩れる矢部を宥めつつ、神谷は街の様子に目をやった。
 皆が楽しそうに笑い、軽やかな足取りで街を往く。恋人同士は腕を組み、親子は微笑ましく手を繋いで。こけてしまった小さな女の子を、通りすがりのおばさんが気遣う。ないている女の子には悪いが、心温まる光景であった。
 例えこの日が本来の意図とは違う様相になっているのだとしても、こんなにも楽しく、平和なのだ。それで良いではないか。
 クリスマスに家族で過ごすなどという習慣のなかった神谷にとっては、今日はとても輝いて見えた。
「誠、良き日哉」
「ちくしょーでやんす! こうなったら、帰ってマスクドライダーのDVD全部観てやるでやんす!」
「普段との相違はあるのか?」
「いやまぁいつも通りなんでやんすけど……」
 大人しくそう言ったあと、矢部は何かを考えるように押し黙ってしまった。手を顎に添え、無い髭をいじるような仕草で神妙な表情をする。
「違うでやんす……」
「……如何に?」
 思わず聞き返す神谷。
「ツッコミのテンポというか……なーんか調子が出ないでやんす」
 ふむ、と神谷もつられて考える。確かに何かがいつもと違う。そういえば今まで、神谷が矢部にツッコミを入れるなんてことはなかった。いつもどこかから傍観して、微笑ましく見守ると言うのが自分の役割ではなかったか。
 何か重要な役が、誰か重要な人物が、この空間には欠けている気がする。
 そこまで考えたところで、神谷は気が付いた。



211: 名無しさん@パワプラー:09/02/21 02:08 ID:j.

「ほらこっち! 遅いよ! ちょっとなまってるんじゃない?」
 皆との焼肉パーティを終えて気だるく街を歩いていたところ、突然あおいから腕を引かれた樹は、抗う暇もなく街外れの静かな一帯に来ていた。大通りから外れて数分も走ればご覧の通り、閑静な住宅地に辿り着く。子どもたちの登下校の時間帯ぐらいしか賑やかにならない、家庭の暮らしのにおいに溢れた場所だ。
 その一帯を更に奥に入ったところに、小さな山と、古びた階段がそびえていた。
 苔むした石造りの階段は山の斜面に沿ってはるか上空に続いており、駆け上れども駆け上れども一向に頂上に届かない。
 が、そんなことは些細な問題であって、ついでにここまで走ってきたということも大したことではなくて、樹が今この階段を上るのに苦労している理由は、もっと別にある。
「疲れたんなら、少し休む? じっと下を見下ろしながら」
「いえ遠慮します頑張ります」
 樹は高所恐怖症である。ジェットコースターは好きだが観覧車には絶対に乗りたくないという人種だ。
 今まで駆け上ってきた高さから見下ろせば、間違いなく冷や汗と足の震えが止まらなくなる。なるべく上だけ見て、のぼることだけに集中しなくては。
 そんなわけで、今はこうしてあおいにからかわれながら、必死で石段にしがみつきながらゆっくりと上っている始末である。
「知ってる? 前傾姿勢とってる人の額を軽く押すと、それだけでバランスが崩れ」
「うわああああ聞きたくない聞きたくない!」
「あははははは」
 見せ付けるようにして、、あおいは軽快に階段を上っていく。それを恨めしく見上げながら、樹は両手をつき、這うようにその後を追った。年末の寒波が押し寄せているはずなのに、極度の緊張と直射日光により、むしろ暑いと感じる。
 へこへこと上り続けていると、いつの間にか頂上が見えていた。あと十数段というところで、階段は途切れている。
 安堵して、樹はゆっくりとそこに至った。
 開けた場所に転がり込む。
 あー疲れたと寝っ転がって天を仰ぐと、あおいがこちらを見下ろしていた。
「お疲れ様。でもちょっとだらしないかな。年明けの練習メニューはランニング増量ね」
「……はい」
 もはや反論する気力も沸かない。
 立ち上がって周りを見やると、どうやらここは神社らしかった。石造りの階段から続く石畳が広い境内を突き抜けて、奥の本堂まで続いている。御神木らしい太い木に巻かれた注連縄(しめなわ)が、いかにも厳粛な雰囲気を帯びていた。
「へぇ、こんなところに神社があったんだ……全然知らなかった」
 高台の上を丸々と使った境内は広く、端にあるコンクリートブロックで作られた壁には、野球の壁当て練習をした跡が無数についていた。軟式ボールの跡のようである。恐らく小学生か中学生が、ここを自主トレの場として使っているのだろう。
「ほら、お参りするよ」
 あおいに急かされて、本堂へと駆け足。
「え? お参りって、一週間早くない?」
「気にしない気にしない」
「……皆をおいてきて、一体何をするのかと思ったら」
 毎度のことだが、あおいの相変わらず突拍子もない行動に、樹はハァと溜め息をつく。
「はい、十円玉」
 手渡される、茶色いコイン。樹はきょとんとした。
「え? 五円玉じゃないの?」
「はいせーの」
 手を掴まれて、無理やり放り投げさせられる。手を離れた十円玉は、あまり綺麗とは言えない放物線を描いて賽銭箱の中へと吸い込まれていった。チャリンという音が響いた後で、手を合わせる。一礼二拝だったか逆だったか、神社に参るときの作法があったはずだが忘れてしまった。気持ちがこもっていればよいのである。
 しばらく手を合わせて、お参り終了。
 ふと横を見やると、真剣な表情であおいが手を合わせ続けていた。

212: 名無しさん@パワプラー:09/02/21 02:09 ID:j.
「……よほど大変な願い事なんだね……」
「え?……あ、ああ、まぁ、まぁね! あはは! そ、そういう西条君はどうなのさ!」 
 慌てたように取り繕い、逆に質問をしてくる。樹は答えた。
「絶対に甲子園に行ってみせます」
 その答え方に、あおいは一瞬、え? という顔をする。恐らく、自分の願い事とやらが「願い」の形式をとっていなかったことに対しての疑問だろう。
「お参りってね、願い事を頼むんじゃなくて、一年の目標と誓いを神様に報告するものなんだってさ。だから『こうしてみせます。見ていて下さい』っていうのが正当なんだって」
「えぇっ?! じゃあボクの願い事は無効?!」
「それを実現できるかどうかは、あおいちゃん次第ってこと」
 言って、樹は神社の脇から、下に広がる街を見下ろす。下はなだらかな傾斜なので、怖くは無い。高所恐怖症の人間は、絶壁や宙吊り状態には弱いものの、山の傾斜から見下ろす景色なんかは案外平気なのである。
 今頃この景色のどこかでは、矢部君たちがこちらを探しているに違いない。そう思うと、どこかおかしかった。つい笑みがこぼれてしまう。突き抜ける青空は平和そのものだった。冷たい風に身を預けて、髪が散らばる感覚を楽しむ。
「ボ、ボクさ、あの……」
 後ろからあおいの声が聞こえる。らしくない、吃音ったような声だった。
「ボク……好き、なんだ」
「この景色? 俺も好きだよ。こんな綺麗な場所があるなら、もっと早く知っとけば良かった」
「…………」
 あっけらかんと樹が答えると、あおいはそれっきり黙ってしまう。不審に思った樹が振り返ると、ふてくされたように頬を膨らませて、あおいが睨んできていた。
「え? な、なに? どしたの?!」
「別に!! ほら! 帰るよ早く! 皆が心配してるよきっと!」
「じ、自分が連れてきたんじゃん!?」
「ほら走る! ダッシュ!」
 あおいの怒りの剣幕に気圧されて、樹は逃げ出す。今にも殴りかかってきそうなあおいが相手なのだから仕方あるまい。
 樹を追い払った後で、あおいは肩で息をしつつ、振り返った。その視線の先には、今しがたお参りした神社が鎮座している。
「……うそつき」
 神様に向かって一言、すねたような顔で呟くと、あおいは駆け出した。
 神様にはいろいろある、学問に安産、商売繁盛に家内安全。そしてこの神社に奉られているのは縁結びの神様。クリスマスの日に、二人で十円玉を投げ入れると相思相愛になれるんだとか。どこにでもそんな女子高生の間の伝説はあるもので。西条樹への告白もままならぬまま、早川あおいの恋は前途多難。
 あとにはそ知らぬ顔で空に舞うカラスが一羽。高笑いでもするかのようにカーカーと鳴いて、暫く冬の寒空を盛り上げたかと思えば、いつの間にかどこかへと消えたとな。




 樹たちのクリスマスなのでした。
 バレンタイン編?
 なにそれおいしいの

213: 名無しさん@パワプラー:09/02/28 20:30 ID:02
肝試しは高木さん、クリスマスはあおいちゃんのターン!
ということはバレンタインははるかちゃんですね わかりますw

214: 名無しさん@パワプラー:09/03/18 00:36 ID:Zg
『最強のバッター』の巻き 時代設定パワプロ9あかつき

三本松「七井!小波!飛距離で勝負しないか?」
小波「はい!」
七井「望むところネ!」
三本松「カキーン140m」
七井「カキーン138m」
小波「カキーン130m」
三本松「ほぅ・・・130m(汗)」
七井「なかなかやるネ・・・」
小波「いやぁそんなぁ・・・まだまだですよ。もっと頑張らないと」
千石「ほうなかなか言うなぁ」
小波「あっ!監督」
千石「いや、お前らを見てると私の教え子の武藤を思い出してな」
小波「武藤って誰ですか?」
千石「武藤はプロ野球選手だったんだよ。パワーもあり、打撃センスも抜群だった。しかし、それが仇となって24歳の若さで辞めたんだよ」
三本松「どんな選手だったんですか?」
千石「武藤は長打力を買われてドラフト4位で阪神に入団したんだ。当時阪神が貧打に苦しんでいたのもあり、1年目からレギュラーで活躍し、3割30本という成績を残した。ファンは武藤を清原2世と呼んだ」
七井「1年目から3割30本は凄いネ!」
千石「彼の打撃技術にあのイチロー、松井、落合。さらには天才前田智徳も彼を天才と称した」
小波「なぜ!?そんな選手が24歳で辞めたんですか?」
三本松「スランプか怪我でもしたのですか?」
千石「いいや、彼は2年目のジンクスをもろともせずに打ちまくった。4年連続3割30本以上。4年目には22歳の若さにして二冠王に輝いた。人々は平成の王貞治と呼んだ」
小波「凄いじゃないですか!!何が駄目だったんですか?」
千石「打点だよ。1年目から彼の成績をいうと31本塁打31打点、35本塁打35打点、38本塁打38打点、49本塁打49打点」
三本松「へ?打点はそれだけですか?」
千石「そうだ」
小波「つまり・・・本塁打は全部ソロホームランで、打点も本塁打だけってことですか!?」
千石「その通りだ。得点圏打率は.025。ランナー二塁の時の内野安打だけ。二冠王時の成績は.356 49本 49打点。ソロばっかりだから付いたあだ名は球界の桑田佳祐」
七井「それはひどいネ」
小波「でも、プロは打率3割残せば一流って言うじゃないですか」
三本松「そうですよ。打率が高いなら1番に置けばいいじゃないですか」
千石「そう、だから1番を打った時期もあった。しかし、ミート技術が良すぎたから駄目だった」
小波「へ?」
千石「ミート技術が良いから三振は規定打数に達した打者では毎年1番少ない。多くて2年目の29三振。だが、ボール球にも手を出すから四死球はゼロ。しかも初球からガンガン振る。出塁率は打率と一緒。付いたあだ名は究極進化を遂げたイチロー。」
七井「色々あだ名がある選手ネ」
千石「おまけに足も遅い。付いたあだ名は虎の前田智徳(アキレス腱断裂した直後)だから1番転向も駄目だった」
小波「でも、3割30本の成績なら改善の余地があるじゃないですか」
千石「そう、打撃だけならな・・・」
三本松「という事は守備が下手とか?」
千石「いいや、打者のフォーム、投手の投げる球、それを打つ打者の馬力を全て計算して、どこにボールが飛んでくるのか予測出来る。常に打球の正面にいる。武藤は牛若丸の再来と呼ばれた」
七井「凄いネ!守備だけでも食べていけるネ!」
千石「ところが・・・」
小波「嫌な予感」
千石「武藤のキャッチング、送球があまりにもお粗末過ぎた。キャッチボールもろくに出来なかった。エラー、トンネル当たり前。守備率は常に.360前後。首位打者レベルの守備と言われた。付いたあだ名は虎の(吉田義男+仁志)÷(古木+巨人で外野を守るペタジーニ)または帰ってきたラッキーゾーン」
小波「駄目だこりゃ・・・」
千石「トレードでDHの使えるパリーグに出そうかという話も出たが、当時パリーグのDHには強打者が沢山いた。そのDHを守備に回すと他の野手がベンチ入りする為どこも武藤を欲しがらなかった。そして武藤は球界を去った。」
三本松「なんか勿体無いような気もするが・・・」
千石「まぁ野球は打撃ばかりが全てじゃないって事だ。じゃあな」スタスタスタ・・・
小波「ちょっと監督ー!オチは?」




218: 名無しさん@パワプラー:09/04/08 01:15 ID:0w
業者書き込みのたびに>>212が更新されたと思ってワクワクしながらこのスレを開いてしまうのは俺だけでいい。

224: 名無しさん@パワプラー:09/04/18 15:27 ID:oQ
流れを止める業者はマジで死ねばいいのに
ホント負け組は底辺仕事に熱心だな

225: 名無しさん@パワプラー:09/04/20 21:46 ID:rA
学歴もなくコミュ力もない屑業者がアホみたいにURL張ってるなw
屑なのはお前の生活だけで充分だってのwwこんな小中学生ばっかりのところまで来てエロの宣伝とかマジで恥ずかし過ぎるww

おかげで小説は更新されないし
現実で空気読めなくて仕事ないことには同情してやるけど、ネットにまでKY持ち込むなよカス

226: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:17 ID:zE
 大変長らくお待たせしました。
 ここから先は、全てノンスットップで終わりまで突っ走ります。
 見てくれている方はお付き合い下さい。
 >>212からの続きとなります。




227: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:18 ID:zE
12.バレンタイン・キッス


 目の前の小箱を一つ一つ慎重に手に取り、じっと睨みつけ、充分に吟味する。
 しかしそれで結論など出るわけもなく、さっきからあの箱この箱そっちの箱と行ったり来たりする。
 赤いラベルが良いのか、青いラベルが良いのか。ミルクが良いのか、それともビターが良いのか。買うときになってあれこれと迷い始めるのが、こういうことの常というもの。そして実はこの時が一番楽しいものなのだが……これに関して右も左も分からない彩乃は、そんなこと思いもせず、目の前に積まれたチョコ群に右往左往していた。
 市街でも有数のデパートの地下、食品コーナーのある一角にて、道行く女性の誰もが歩みを止めて集まっている場所がある。時は二月に入ったばかり暦の上ではただそれだけのことだが、世間様はそれどころではない。二週間後に迫ったバレンタイン。女性達は意中の男性のハートを射止めようと小さなチョコレートに命運を託し、製菓企業はそれを狙ってあらゆる手を尽くし自社のチョコレートを売り込みにかかる。国内のお菓子業界がここまで盛り上がる日と言うのは、他に例を見ない。
 そんなわけで彩乃もまた然り、憧れの西条樹のハートを射抜く最後のチャンスだと己に言い聞かせながら、こうしてバレンタイン商戦に参戦しているわけである。
(わ……分かりませんわ……)
 しかしそもそも、今時の女子高生たちの流行もろくに知らない彩乃が選べるはずもない。あれを手に取りこれを手に取り、落ち着かない状態が続く。
 西条樹に想いを寄せるようになってから、丸二年が経過しようとしていた。その間、接触できたことは幾らでもあるが、会話ができたのは数度。勉強を教えてくれと言われたことが二回、そして廊下ですれ違いざまに立ち話をしたことが三回。よく数えてみたら合計五回である。少ない。あまりに少ない。しかしそれが恋愛ド素人の倉橋彩乃の限界だった。
 だから恋愛を極めんと、一般的な女子高生が買うような妙にキラキラした週刊誌や月刊誌を読み漁り、恋愛とは何かというとても哲学的な問いにまで発展しかけたのだが、よく分からない単語が頻出するので購読を止めてしまった。「男とハメる三つのテク♪」など、指輪を嵌めるのにも「テク」なるものが三つも必要だと知った時は驚いたが、しかしテクという単語が分からない、といった調子だったのだ。どうやら昨今は雑誌を読むにも特別な知識と、辞書が必要になっているようである。
 少しレベルを落として少女漫画雑誌のバレンタイン特集に目を通したものの、総じて手作りチョコに関する話題だったため、これも論外。危ないからと台所に一人で立たせてもらえない彩乃に、調理能力は皆無である。


228: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:19 ID:zE
 だから手っ取り早くベストなチョコが選べる情報が欲しかったのだが、それがない今、こうして大量のチョコを目の前に一人悩むしかないわけで。
(うう、多過ぎますわ……あら?)
 チョコの特設コーナーの端っこをチラと見やると、見覚えのある顔があった。普段学校の中で何度もすれ違ったことのある顔だ。同学年のはずであるが、名前は思い出せない。もう三年生になろうかというのに、あまつさえ念願の生徒会長にまでなったというのに、未だに顔と名前が合致しない生徒は同学年に多い。あの程度よく日焼けした肌と、羨ましいように大きな胸が、記憶に引っかかってはいるのだが。
(確か理事長賞の賞状をお渡したことがある、えっと、運動部の……どこの運動部でしたっけ?)
 そんな彩乃の頭の中は概ねそんな調子だった。
(彼氏さんにでもあげるのかしら……ハァ、手馴れてる感じが羨ましいですわ……)
 溜め息をつき、吟味を再開する。手に取った、クマさんがプリントされた小箱に少し和んだ。




229: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:19 ID:zE
 目の前の小箱を一つ一つ慎重に手に取り、じっと睨みつけ、充分に吟味する。
 しかしそれで結論など出るわけもなく、さっきからあの箱この箱そっちの箱と行ったり来たりする。
 赤いラベルが良いのか、青いラベルが良いのか。ミルクが良いのか、それともビターが良いのか。買うときになってあれこれと迷い始めるのが、こういうことの常というもの。そして実はこの時が一番楽しいものなのだが……これに関して右も左も分からない幸子は、そんなこと思いもせず、目の前に積まれたチョコ群に右往左往していた。
 去年の合宿での雪辱を果たすべく、西条樹への想いを胸に片っ端からチョコを見ているのだが、いかんせん幸子には女子高生としての知識が不足していた。どんなものを選べばいいのか皆目見当もつかないのである。一応部室で、先輩や後輩の話しに小耳を立てつつ近頃のバレンタイン事情など窺ってはいるのだが、チョコの詳しい銘柄を言われてもよく分からない。そして男になんてまだ興味はない、と周囲には言い放っているため、選ぶのを手伝ってくれともいえない。全く救えないものである。
 ついでに言うと、好きなチョコの話題をそれとなく友達と話した日には、どこから聞きつけたのか、幸子が好きだと言ったメーカーのチョコがバレンタイン当日に下駄箱や机の中に詰め込まれることになる。主に同輩後輩の女子から。それは中学の頃からの経験で重々承知だった。
 同性からの評判が高いのはもちろん嬉しい話であるが、今は場合が違う。とにかく西条樹という異性の心を射止めなければならないのだ。
(うう……全然わかんない……なんだよこれ、え? ワイン入ってんの? こっちはウイスキー? いつの間にチョコってこんなに進化したんだよ……)
 見慣れないチョコの群れに戸惑う。どうやら幸子の知らぬうちに、世間のチョコ事情は随分と様変わりしてしまったようである。
 手っ取り早くベストなチョコが選べればそれに越したことは無いが、いかんせん情報に疎い幸子に、それは無理な話であった。決まる見通しなど立たぬままに右往左往していたそのとき、ふと横を見やると、見覚えのある顔がこちらを見ていた。
 よく校内でも見かけるが、以前全校集会の際に、ソフト部代表として理事長賞の賞状を受け取る際に、それを渡してくれた人である。というか、恋恋の生徒会長だったはず。世間知らずな顔と綺麗な金髪に白い肌、おおよその女の子が望む可愛らしさを兼ね備えた顔は、それだけで強く記憶に残っている。
 確か、名前は……。
「あ」
「あ」
 思い出す間もなく、互いに目が合った幸子と彩乃は、脊髄反射で二人同時に会釈をしていた。




230: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:20 ID:zE


「知り合いがいて安心しましたわ。高木さん、手伝って頂いて恐縮です」
「い、いやー、アタシもたいしたことはしてないし」
 会釈後の挨拶もほどほどに、二人はお互いのアドバイスの上でそれぞれのチョコを買い、デパートを後にしていた。可愛らしくラッピングされたチョコを、大切に緑の袋に入れて片手に提げている。デパート前の大通りは、こんな時間でも人通りで溢れていた。雑踏の中に紛れて話す。
「にしても流石は高木さんですのね、チョコ選びも手馴れていらして、羨ましいですわ」
「あ、うん、ま、まーね」
 幸子は倉橋彩乃からチョコの選び方を問われ、つい手馴れているフリをして偉そうにアドバイスをしてしまっていた。頼られるとつい見栄っ張りになってしまうのが、幸子の悪い癖である。ちなみに幸子も、彩乃の意見を取り入れつつ、自分のチョコは確保してある。
「にしても、会長さんがチョコ買いに来てるとは思わなかったよ。恋愛とかしそうに見えないからさ」
 あっけらかんと、思ったままの感想を述べる幸子。倉橋彩乃という人物に対する評価は、自分の周囲でもかなり様々と分かれている。幼くてわがままそう、祖父の威光を駆って威張っていそう、可愛い抱きしめて振り回したい、世間知らずそうなところが愛らしい、などあるが、誰もが口をそろえて言うことには「男には縁がなさそう」ということだった。それには自分も全く同意見だったため、幸子にとって今この状況はかなり意外なものなのだ。
 幸子の言葉に、彩乃はすこしムッっとして答える。
「し、失礼ですわね。わ、私だってその、恋愛、ぐらいしますわよ」
 胸に手を添え、背筋を伸ばして主張する。どうやらお嬢様の機嫌を損ねてしまったようだ。可愛い仕草だな、と幸子は思った。
「ごめんごめん。でも、会長さんが惚れるって、どんな男子なんだろうね。想像できないよ」
「そんな、普通の男性ですわ」
 正直言って、倉橋彩乃という人物の持つ容姿は、とても優れている。綺麗な天然の金髪に、長い睫、大きくて潤んだ瞳、雪のように白い肌にすらっとした細い指先。「深窓の令嬢」という言葉をそのまま具現化したようなその姿は、とても並みの男子風情では手も届くまい。どんな育てられ方をしたらこうも美しく、人形のように整った女の子が育つのか。
 そんな令嬢が自らチョコを渡そうなどと考えるほどの人間なのだから、相手は相当な美男子に違いない。間違っても普通の男性なんてことはないだろう。
(やっぱあの二条とかいう野球部のヤツかな。去年もウチの部から相当な人数がアタックしてたし)
 恋恋高校男子勢一番の人気は、勿論野球部の美男子、二条神谷である。ここ二年間で相当な人数が、彼に告白し、そしてその高い壁の前に散っていった。なるほど、あれぐらいの人間だったなら頷ける話だ。
「……もしかしてさ、その人、野球部?」
「っ!!」
 途端に彩乃は目を見開き、顔を真っ赤にして驚愕した。声にならない叫びを上げたいらしいが、それもままならず、口をパクパク手をバタバタさせている。
「っい、いやっ、ちが、そんな……っ!!」
 大慌てで隠そうとする彩乃。いやこれは抜かった。どうやらお嬢様は予想以上にこういった局面に慣れていなかったらしい。こんな大通りでパニックになられては大変と、幸子は慌ててなだめにかかる。
「うわぁっ! ご、ごめんごめん! そんなつもりじゃなかったの! 別に特定しようとかしてるわけじゃないし誰にも言うつもりないから! うん大丈夫! 落ち着いて! ごめんね!」
 それだけまくしたてると、少しは気持ちがおさまったらしく、彩乃は数度の深呼吸を繰り返して冷静さを取り戻したようだった。
「……あまりからかわないで下さい……心臓が止まるかと思いましたわ」
「本当にごめん! あはは……アタシも間が悪いなぁー」
 その後しばらく、気まずい時間が流れる。お互いに会話の糸口をなんとか探ろうとしているとき独特の、あの何ともいえない重く鈍ったような感覚が支配する時間である。
 責任を感じて、幸子は口を開いた。
「いやその、実はアタシのチョコあげようかなと思ってるやつも、野球部なんだ」
「え……?」
 その言葉に興味を示し、彩乃の顔がこちらを向く。あちらも相当意外そうだった。
「あ、でも! 多分、会長さんの好きな相手とは、全然違うと思うよ。そいつ、結構地味だし、特に顔が良いってわけでもないし、目立つような人間でもないから」
 言っていて、なんだか自分がしょうもうない相手を好きになっているような気になってくる。が、断じてそんなことはない。

231: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:21 ID:zE
「……でも、そいつ、格好良いんだよ。なんていうか、見た目……表面じゃなくってさ、背中で語るっていうか、すっごく純粋で、真っ直ぐな性格っていうか……ああ、なんだか自分でも分かんなくなっちゃった」
 よくよく言葉にして考えようとしてみると、何故自分がアイツを好きになったのか、具体的な理由が全く出てこない。いつの間にか好きになっていて、好きになってから見つけたことが大半だ。恋愛とはそういうものなのだろうが、モヤモヤと頭の中に残る違和感にこらえきれず、幸子は髪をくしゃくしゃと揉んだ。
 あははと照れて笑ってみせると、彩乃もそれに同調して微笑んでくれる。はにかむ様子もお上品だった。
「高木さんは……立派に恋をしてらっしゃるのですわね……羨ましいですわ」
「……え? どういうこと?」
「私、一目惚れでしたの」
 街の雑踏を歩く中で、喧騒に掻き消されそうなぐらい小さい声で、彩乃は語り始める。二人の横を、腕を組んだカップルが通り過ぎていった。
「入学式で見かけて、すぐに好きになってしまって、何度かお話する機会は持ちましたけど、結局想いの丈の少しも伝えられないまま、ずっと片想い……どうして好きになったのかなんて理由、考えたこともありませんでしたわ」
 手に提げたチョコの袋を胸に抱えるその横顔は、不安に満ちた表情だった。
「恥ずかしいことですけれど、私、今まで恋なんてもの、したことがなかったんですの……だからこれが本当に恋なのかと疑うことだって、よくありましたわ……」
「会長さん……」
 おしとやかで世間知らずなお人形さんにはとても似つかわしくない、とても人間味溢れる悩みに、幸子は少し驚いた。理事長の孫にして才色兼備のお嬢様ともなれば、自分とはやることも悩みも全て違うものだという先入観があったのだが、それがこのほんの少しの時間で一気に覆されてゆく。
「でも、もう覚悟を決めないと、あと一年で、彼とは会えなくなってしまう……。ですから、今年の、バレンタインこそは勇気を持って……彼に告白しようと、決めましたの」
「幸せモンだね……そいつ」
「え……?」
 幸子の一言を理解しかねたらしく、彩乃が言葉の意味を求めて振り向く。
「こーんな美人な会長さんに、ここまで想ってもらえてるなんてさ。やっぱ得な人間ってのはいるんだね」
「っあ、あの、いえ……そんな……」
 女の自分から見たって、倉橋彩乃という人物から好かれるなんてとても凄いことだと思うし、こんなにも純粋な思いで好きでいてもらえるなんて、それはとても素晴らしいことだと思う。幸子は白旗を揚げたい気持ちで一杯だった。
 街中で周りに溢れる恋人達を眺めながら、思う。この中に、これほどまでに純粋な願いから恋の成就を果たした人間がどれほどいるのだろうか。恋の程度に優劣をつけるなんてナンセンスではあるが、それでも、こんな彩乃の思いを聞いた上では比較せずにはいられなかった。

232: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:22 ID:zE
「会長のは立派な恋だよ。アタシのなんか比べ物にならないくらい……だから、自信持って。大丈夫! 会長なら絶対イケるよ! アタシが保証するって!」
「……はい、ありがとうございます」
 ペコリと頭を下げる。その動作すら、子猫のようで愛らしかった。やはり世の中、得な人間ってのはいるもんだ。
「二条か……アタシには高嶺の花だね。釣り合わないったらありゃしない」
「……?」
「たくさん玉砕してるから不安かも知れないけど、大丈夫だよ。会長さんくらいの可愛らしさがあれば、絶対」
「……はぁ……そうなのですか…………えっと、あの」
 直後、幸子の頭に衝撃が走ることになる。
「二条……とは? どなたのこと、なのですか」
 走った。ご丁寧にズキューンという効果音まで添えて。
「……へ?」
 ほとんど声にならない疑問符だった。その様子を受けて、彩乃はまた訊いてくる。
「二条とは、どなたですか? 顔が思い浮かばないので」
「え? あ、そう、なの……?」
 よもや、好きな男性の顔を知らないなんてことはありえないだろう。もしかすると、別の二条という人物のことを話していると勘違いしているのかも知れない。
「いやだから、ほら、野球部の、ね」
「野球部……二条という方がいらっしゃるのですか。その方が、高嶺の花ですの?」
「そ、そうそう、アタシにしちゃ手も届かないような美男子! でも、会長さんなら……」
「私なら……?」
「絶対大丈夫だから頑張って……」
 そこまで言って、幸子は沈黙した。冷や汗をかきながらしばし黙り込む。片手を唇に添え目は泳がせて、必死に思考をめぐらせるその様は、明らかに動揺を隠しきれていなかったが、幸いにも彩乃は全く気付いていない様子だった。
 二条では、ない。
 それが、このたった少しのやり取りで判明した。彼女の想い人が野球部にいるだろうことは先程の反応を見る限り明らかなので、それは野球部男子における二条以外の誰かだということになる。
 背筋に、ゾゾっとした悪寒が走った。
 周囲に知り合いが一切いないことを確認してから、幸子は強行手段に出た。普段なら決してしない暴挙であるが、こちらも一世一代の恋が懸かっているのだ。
「会長さん」
「? どういたしました?」
「矢部!」
「?」
「宮岡!」
「?」
「黒田!」
「はぁ……?」
「藤木!」
「あの……高木さん?」
「久保木!」
「あの、意味が」
「……っ、西条!」
「ぇっ!!」
 それが野球部二年男子の名を順々に言っていった結果だった。何を語らずとも、彼女の真っ赤に上気して慌てた表情を見れば分かる。そうでないことを願いつつ、すがるように最後に回した名前で、彼女は言葉を失った。そして自分も。彼女は自身の想い人を言い当てられたという焦りで落ち着かずわたわたとしているが、こちらの絶望感はそれ以上だった。
 まさか自分の恋敵がこんなにも間近にいて、しかもこんなにも強敵であろうとは、到底予想もできなかった。
 だがしかし、諦めるつもりは、
「あああああの、どうか、その、そのことは、御内密に……っ!」
 ない。真っ赤になって取り乱す倉橋彩乃に、幸子は面と向かって告げた。
「会長さん」
「な、なんですの……!?」
「勝負だよ」
「…………え?」
「アタシも西条が好きだ。すっごい好きだ。だから会長さんには譲れない」
 きりっとした目つきで言うと、向こうも状況を把握したようだった。一瞬ハッとした表情になったかと思えば、幸子と同じく、戦う女の目つきになる。さながら縄張りを争う野性の猫のように睨みあう両者。
「私とて、西条様を想って二年……愛で負けるつもりは御座いませんわ」
「上等」
 路上で火花を飛ばしあっていた二人は、しばし経つと踵を返し、お互いに逆の方向へと消えていった。その手に、決戦兵器であるチョコの入った袋を提げて。
 かくして、一人の男を賭けた乙女の熾烈なバトルが幕を開けたのだった。



233: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:22 ID:zE



それから何事もなく、二週間が経った。





234: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:23 ID:zE

 待ちに待ったバレンタイン。数少ない男子たちのハートを射止めるために奮闘する女の子もいれば、ただ友達とチョコの交換をするだけの女の子もいる。この日ばかりは学校側もとやかく言わずにチョコの持込を黙認しているため、学校中が慌慌ただしい雰囲気に包まれ、一大行事のようになる。特に男子生徒の加入から際立った熱気を見せるようになったこの日であるが、その中でも、やはりこの者の存在は欠かせない。
「…………」
 靴箱を前にし口を半開きで顔面蒼白になり無言で震える男子生徒が一人。彼の前には、はちきれんばかりにチョコの詰め込まれた靴箱と、足元に散乱するラブレターの大海原が広がっていた。
 言わずもがな、彼の名前は二条神谷という。去年一度経験しているはずなのだが、どうやらバレンタインという日そのものを忘れていたらしい。呆然と立ち尽くし脳の処理が追いついていない様子が、その表情から読み取れた。
 そんな様子を傍観しながらしみじみ呟く影が二つ。
「二条も大変だね」
「まったくでやんす」
「矢部君、今年は?」
「去年の百倍もらったでやんす」
「ゼロは何倍してもゼロってね」
「うるせーでやんす! ほっとけでやんす! そういう西条君はどうなんでやんすか」
「靴箱あけてみるまで分からない。もしかしたら三つぐらい入ってるかもね」
「シュレーディンガーのチョコでやんすか。せいぜい妄想平行世界で楽しむでやんす」
「そだね。さっさと教室に行こう」
 正味な話、学校の女子の話題は全て二条がかっさらっているため、樹たちがこの日をわくわくして待つことはない。一部野球部内でも彼女ができた者がいるようだが、それも少数派だ。大部分はこうして、周囲の雰囲気に当てられて多少はワクワクするものの、結局は肩を落として空っぽの笑いをこぼしながら帰るのである。
 矢部も樹も、例外ではない。
 はずだったのだ。
「さてと」
 靴を脱ぎ、上履きに履き替えるために靴箱を開ける。すると中にゴミが入っていた。チョコがもらえないばかりかゴミ入れのいたずらまであるとは、勘弁して欲しい。浮かれた気分のなかで悪戯心があるのは仕方ないとも言えるけど。やけに角張ったゴミを、樹は靴箱から払い落とした。朝からいやな気分である。
 靴を履き替えて見やると、矢部が驚いた顔をして地面を見つめていた。
「どうしたの矢部君?」
「あ……ああ……あ……!」
 わなわなと震え、がくがくと首を振り、ぷるぷると手を動かしている。どこからどうみても動揺し、気分が悪そうであった。樹の直感が働く。
「?! 矢部君?! どうしたの?! 気分でも」
「さ……さい」
「さい?」
「西条君のでやんでぇばっきゃろー裏切り者―! でやんすーっ!!」
「ち、ちょちょっと、矢部君!!」
 叫ぶと同時に大量の涙を流しながら駆け出して遠ざかっていく矢部の姿に、樹はしばらく呆気にとられていた。何が起こったのか理解できず、しばらく時間が過ぎる。
 そして自身の足元に落ちた、ゴミだと思っていたもの。それが一つのチョコと、一通のラブレターであると気付いた瞬間、樹は口を半開きで顔面蒼白になり無言で震えるのだった。




235: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:23 ID:zE

 ラブレターなんてもらった日には、その一日何事にも身が入らず、ぼけーっと上の空になってしまうのは全男子共通のことである。樹は退屈な授業中、いつもの野球ノートを開くこともせず、ただぼーっと窓の外を眺めていた。
『放課後、屋上で待っています。』
 それは、例え文面がこのように月並みであっても変わることはない。
 未だにこれが自分のもらったものであるのか疑問に思えてならず、しかし文章の最後に添えられた「西条樹様へ」の一言がそれを証明しており、樹は困惑の中にいた。確かに嬉しい。嬉しいのだが。ただどんな表情をして会いにいけばよいのか、どんな態度でまだ見ぬその人と話せばいいのか、そんなことを考えるたびに頭の中がぐるぐると回っていた。
 告白なんてものは、小学校以来だ。あの頃は子ども同士の他愛のない、可愛らしい恋だったから、難しく考えるようなこともなかったけど、今度は少し勝手が違う。相手は同じ高校生。もう恋愛の何たるかも理解できている年頃。だからこそ、真剣に考える必要がある。
 恋愛とは、自分の時間を相手に与えること。そして相手の時間を奪うこと。自分のやりたいことと、恋愛、その二つを量りにかけて、重いのは果たしてどちらだろう。
 溜め息すら重くなる。ちらっと二条の方を見やると、あちらは既に落ち着いた様子で授業に聞き入っていた。一流の選手であるならば、自己の精神の操縦はお手のものといったところか。そう考えると、自分はまだまだ三流だろう。
 断わるか、受け入れるか。イエスかノーか。どちらが正解とも言えぬもの。樹は答えつきの問題集を恨めしそうに睨んだのち、ノートにアミダくじを作った。
 さっそく入り組んだ縦棒と横棒をなぞると、結果が出る。
 そこでチャイムが鳴った。



236: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:24 ID:zE


「この勝負」
「勝った方が」
「西条様に」
「告白する!」
 昼休みのテニスコート。そこには二人の女の子……いや、互いに敵対心をむき出しにした二人の夜叉が立っていた。互いに想うは同じ人。ならばその想い、ぶつけって勝った方が強いは道理。ぶつけてみせましょ春の花。散らずに魅せます女の意地。とかなんとかそんな名乗り口上が聞こえてきそうな役者振りで、二人は睨み威嚇し合う。
 片やソフトボール部のユニフォーム、片や女子テニスの公式ユニフォーム。ズボンとミニスカートの特異な組み合わせであった。手に持つものもまた然り。バット及びグローブとテニスラケットでは一体何をどうするのか皆目見当もつかない。
 すっと、高木幸子がソフトボールを掲げる。
「宣誓ーっ! 我々ーっ! 選手一同はーっ!」
 それに応える倉橋彩乃。
「日頃の練習の成果を、十二分に発揮し!」
「正々堂々ーっ!」
「相手が!」
「この恋を諦めるまで!」
「戦うことを!」
『誓います!』
 二人が同時に声を上げたところで、戦いの火蓋は切って落とされた。
「うおおおおおらああああああっ!!」
 幸子が渾身の力を込めて投げたボールが、彩乃を狙う。しかし彩乃はひるむことなく、
「余裕ですわっ!」
 打ち返した。とても深窓の令嬢とは思えない身のこなしである。しかしスポーツ少女が引けをとることもなく、幸子はそれをバットのスイングで持ってまた弾き返す。
 再び迫るボールを、彩乃が弾き、それをまた、幸子が返す。ラリーの応酬だ。
 先にミスをしたのは彩乃。上手く返せなかったボールが自身の足に当たる。
「きゃっ!」
「その程度かい会長さん!」
「隙アリですわっ!」
「うっ!」
 油断した幸子の横っ腹を、一瞬のスマッシュによるテニスボールが射抜く。
「……やるじゃん」
「全部、本気で行きますわよ」
「のぞむところぉっ!」
 聖戦が始まった――。
「くらええええっ!」
 幸子の投げたドロップボールが彩乃の前で急失速。コートをえぐり、地面の破片を空中にばらまく。
「くっ……!」
 視界を乱されたことを悟った彩乃は横っ飛びし、すぐさま打ち込まれる無数のソフトボール弾の連射をかわした。破壊された元の居場所は、もはや見る影もない。まだ続く、爆発したようにえぐりとられていく地面は、もはや子供の遊び場のようだ。
 彩乃は反撃に出る。
「えいっ、やあああああああ!」
 近場にあったテニスボール入れごとボールを宙に放り投げ、落ちてくるボールを全て打ち飛ばす。
 幸子はいくつかを喰らいながら、大半をキャッチした。しかし威力が高い。とり逃したボールは全てネットを突き抜け、外へと飛び出していった。そして彩乃の攻撃は終わらない。
「えいっですわっ!」
 飛んでくる予備のラケット。防ぎきれず、幸子は左手をやられた。
「あうっ!」
「おーっほっほっほ! もう終わりですの? 高木さん?」
「んなわけ」
 バットを握り締め
「あるかぁー!」
 気合とともに地面を踏みつける。その衝撃で、一斉に宙に舞い上がるテニスボールたち。幸子は一瞬の計算で全てを見切ると、その中の一球を、別の方向にある一球に向けて打った。
 その球に弾かれた球は別の球に向かい、それに弾かれた球はまた別の球に向かい――。
「!!」
 彩乃が気付いたときにはもう遅かった。ビリヤードの要領で連鎖を起こした球は、予測不能な動きで、確実に彩乃に迫る。
 右か左か――!
「きゃぁ!」
 正面だった。腹をぶち抜かれて、彩乃は倒れかける。しかし倒れるものか。
 落ちる球を足でリフティングしスマッシュのポジションにする。そして真上に打つ!
「なにっ?!」
 一瞬の不可解な出来事に目を丸くした幸子。戦場では一瞬の躊躇が命取りにことを、彼女はまだ理解していなかった。
 彩乃がソフトボールとテニスボールの連打をしかけてくる。弾道が低い。反応に遅れながらも、幸子は天高く飛び上がってかわした。
 地上でニヤりと笑う彩乃の姿に気付いた頃には、もう遅かった。
「まさか!?」
 彩乃も高くジャンプし、先程打ち上げたボールに追いつく。
「ジ・エンドですわ」
「しまった――っ!!」
 そして彩乃は空中で、幸子に向かって、ボールを、打ちそこなった。
「…………」
「…………」
 両者着地。
 しばし無言。
「まだまだですわぁー!」
「上等だぁー!」
 何事もなかったかのように戦いは再開した。
 とっくに昼休みなど終わり、既に午後の授業が始まっていることにこの二人が気付くのは、あと四、五時間ばかり後のことである。



237: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:25 ID:zE


 いつも通りの道順で、三年間馴染んだ屋上へと歩みを進める。しかし今の心境はとてもいつも通りとは言えない、むしろ初めて体験しているものである。何しろこれから樹が向かうのは、自分にとって全く未知の空間なのだ。
 一歩一歩を踏みしめる毎に、胸がズキリと痛む。一段一段踏み上がる度に、つらくなる。答えはもう用意してあるが、この答えを告げたとき、果たして、女の子はどう思うのだろう。もし相手が傷ついたならば、そのとき、自分はするべきなのだろう。冷たくあしらうことが、優しさなのだろうか。
 考えている間に、ついに屋上へと続く扉の前に到着してしまう。思った以上に重い扉をぐいっと押し開けて、樹は屋上へと出た。扉の開閉の金属音が、甲高くこだまする。
 二月の夕暮れは早い。まだ五時を回ったばかりだというのに、空には夜の帳が降りかけていた。冷たい風が、樹の冷静ぶった心を象徴するかのように、すーっと吹いてはすぐに消えていく。手のひらに風を感じて、そこで初めて手汗をかいていることに気がついた。
 屋上には、一つの人影すらなかった。風が突き抜ける寂しい空間には、ただ静けさだけが佇んでいる。コンクリートの地面が、やけに重々しく思えた。女の子は、まだ来ていないのだろうか。屋上のいつもたむろしている辺りまで来て思う。今日見下ろす景色は、いつもよりひっそりとしている。
 安心したやら拍子抜けしたやら、樹はほっと溜め息をつく。そうか、きっと、いたずら手紙dあったのだ。今頃物陰から、自分のことを笑っている人がいるに違いない。よかった。
 樹は振り返り、帰ろうとする。
 扉のところに、七瀬はるかが立っていた。
 無言のままに、お互い歩み寄る。そしてあと数メートルというところまで近づいたところで、どちらともなく立ち止まった。
「あおいは、私の憧れでした」
 夕焼け空が徐々に夜に呑み込まれていく。その様子はどこか幻想的で、悲しくて、切なかった。冷たい風は、今はもう吹かない。

238: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:26 ID:zE
「私は生まれつき身体が弱くて、内気で、人と接するのが苦手だった。そんな私を変えてくれたのが、あおいだったんです。あの子は、どんなことがあっても自分を諦めない。強くて格好いい、私の理想像でした」
 痛いように冷たかった風は、優しい空気の流れへと姿を変えている。何かを包み、何かを運ぶような。あるいは、何かを慈しむような。
「だから高校になって、あおいが野球を続けると聞いたときは、私も喜びました。これからは、私があおいを支えていこうと思っていたんです……あの時、怒られてから、いろんなことを考えました」
 樹はじっとはるかの瞳をみつめ、はるかも樹の視線から目をそらさなかった。
「私の方があおいのことを理解しているはずなのに、どうして私が間違うんだろう。私の方があおいの為を想っているのに、なんで私が……たくさん、たくさん考えました」
 はるかの髪が風に舞い、栗色のいくつもの曲線が景色に溶け込む。しなやかな指先がそれをかきわけ、淡い香りがあたりに散らばった。
「しばらくして、わかったんです。やる気だけが空回りして、正しい知識も持たないままに、ただあおいの役に立ちたいだけの思いで、何度も足を引っ張っていたことが……優しいあおいが、私なんかが期待をかけているあまり、無理をしていることに、気付いたんです。」
 はるかはそっと深呼吸をして、またそっと目を開いた。それは呼吸を整えるためのものではなく、決意を固めるためのもの。
「あなたが怒鳴ってくれなかったら、きっと私は、またあおいに無理をさせていた。あのまま、あおいの役に立っているつもりで、あおいに気を遣わせていた……本当に、ありがとうございました」
 樹の中にあった七瀬はるかのイメージは、優しく臆病で、大人しい女の子というもの。しかしこの、今目の前にいる七瀬はるかは、そんなイメージとはかけ離れた、強い意志と迫力を持った女の子のように思えた。
「そんなことで、怒鳴られたのがきっかけなんて……すごく、情けないですけど、それでも……言います」
 風が、ぴたりとやんだ。無音の空間の中、お互いの鼓動が聞こえる。
「あなたが、好きです」
 その一言が、いつまでも耳に残った。
 とても強い意思と、ダイヤのような決意。彼女の想いが、痛いほど伝わってくるその言葉に、樹はしばらく絶句した。しかし、答えなければならない。全身全霊の想いを、ありったけの想いをぶつけてくれた彼女に、自分はまた、強い意思で答えなければならない。
 それが、こちらの義務である。
「俺も、あおいちゃんが大好きだ。はるかちゃんに負けないくらいに。
 だからこそ、まだまだ支えていきたい。あおいちゃんと俺に限界がくるまで、全力で支えていきたい。
 それが、チームメイトの仕事。俺からあおいちゃんにしてあげられる精一杯だ……だから」
 深々と、頭を下げた。
「だから今は、ごめん」
 全力で野球をやりたいのに、出来なくなった。そんなあおいの為に自分がしてあげられることは、自分が全力で野球に挑むこと。今、他に大事なものは作るわけにはいかない。
「でも、本当の返事は、まだ言わない。いつか、俺から言うよ。ありがとう、はるかちゃん」
「……はい!」
 抱え込んでいたものをはき出したような、元気な笑顔。今まで見たことのない活き活きとした顔だ。強く返事をして、はるかは堂々と足取り軽く屋上を出て行った。
 樹は、七瀬はるかのことは好きだ。友人としてもチームメイトとしても、異性としても。でも今はまだ、自分に大きな仕事があるから、付き合うことに全力は注げない。はるかが納得してくれるならば、全てが終わったあとに、答えを出そう。七瀬はるかという女の子に全力で向き合うには、まだまだ自分は未熟だ。
 薄雲を覆うように夕闇がかった空を見上げながら、ひとしきり感傷にひたった後、樹は屋上から去ろうと扉に近付いた。
 その瞬間、扉のある壁の陰から、何かが飛び出してくる。
 人影だった。
「えっ?! あ、あおいちゃ……!」
 言葉に詰まる。というより、それ以上喋れなかった。唇が動かなかった。動かせなかった。
 目を閉じたあおいの顔が目の前にあり、鼓動が高鳴り、息すらも止まる。

 キスをしていた。

 驚きと緊張から時間感覚が狂う。どれほどの時間、唇を重ねていただろう。分からない。甘酸っぱい味なんて、するわけがない。
 ふっと唇が離れる。完全に硬直してしまっている樹から体を離すと、早川あおいは真っ赤な顔で
「今のファーストだから!」
 とだけ叫んで屋上から走り去った。全ては一瞬の出来事。
 樹はその後、たっぷり十分ぐらい、その場で棒立ちになっていた。



239: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:27 ID:zE


 夕暮れも過ぎた夜。恋恋高校テニスコートで、疲労のあまり倒れている二人がいた。
「な、なかなかやるじゃん、会長……お嬢様だと思って……油断してたぜ……」
 ガクッ
「あ、あなた、こそ……でも、西条様は……渡しません、わ……」
 バタッ
 この後、たまたま通りかかった守衛さんに発見され、二人は無事保護される。
 そして翌日から、この二人の間には固い友情が芽生え、周囲の人間を驚かせたのだとか。しかし何故この二人がそれほどの友情を培ったのかについては、誰の知るところでもなかったといふ。
 二人の鞄の中に残された、それぞれの渡せぬチョコだけが、全てを物語っていた。




 バトル編が一番書いていて楽しかったです。
 それでは続きます。



240: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:28 ID:zE
 13.恋恋高校野球部


 いよいよ高校三年というものを迎えた。今更ながら言うまでもなく、野球部として過ごせる最後の年である。甲子園という華の舞台を目指せるのも残すところあと一年……いや、あと半年だ。樹ら三年生は最後の後輩を迎え入れ、最後の夏へと向けて一層の闘志を燃やしていた。
 放課後の練習グラウンドに声が響き、白球が飛び交う。元気の良い、いつも通りの恋恋高校野球部の練習風景だが、ここしばらくは様子が違った。
 グラウンド周りの道路には多くのワゴン車が止められており、大きなカメラを抱えた報道陣が、その練習の様子を真剣な表情で撮影している。まるで一流スターを取り囲むかのようなカメラの量は、とてもではないがただの高校に相応しいものとは思えない。
 ことあるごとにシャッターをきるカメラマンたち。彼らのお目当ては、グラウンドの隅で投げ込みを続ける一人の女の子。三つ編みが特徴的な、早川あおいという人物である。
 樹たちが一年間に渡って続けていた活動が実ったとき、日本スポーツ界は大きく揺れた。あおいの出場停止処分を皮切りに続けていた、ビラ配りや高野連への抗議活動がいつの間にか肥大化し、強い声となり、ついに高野連が女性選手の公式戦への出場を認めたのである。過去八〇年余り続いてきた日本野球界の負の伝統を、健気な野球少女が覆した。この出来事は野球界、スポーツ界に限らず、日本全国を沸き立たせた。
 そんなわけで、野球少女早川あおいは一躍時の人。その練習姿を求めてグラウンド周辺は連日報道陣で賑わっている状態だ。中には、彼女を一目見ようと方々からやってきた一般の人もいる。
「一昔前のアイドルみたいでやんす」
「世論を大きくしないと、高野連の意見は動かなかった。とは言え、ちょっと話題性も大きくなりすぎたわね」
 ベンチで溜め息をつくの矢部と加藤監督。珍しい組み合わせである。
「おまけにファンレターまで山ほど届く始末……。破って捨てるわけにもいかないし、どうしたもんかしら」
「あ、おいらもファンレターは出したでやんす!」
「……ハァ……」
 加藤監督の再びの溜め息もごもっとも。慣れないカメラマンたちの視線に、部員たちはすっかり浮き足立って集中力を欠いている様子。
 結局平静を保って練習できているのは、早川あおい本人を含む三年の一部メンバーだけであった。
「一昔前のアイドルみたいだね」
「ファンレターだって届くんだよ」
「え、そうなんだ」
「あれ? 妬いちゃった?」
「いや、すごく嬉しい」
「あっそ」
 面白くないといった様子でそっぽを向くあおい。その様子がおかしくて、樹はくすりと笑ってしまった。野球に復帰できると聞いたときに人目も憚らず破願して嬉し泣きしていたあおいだが、ここ数日はケロっとして久しぶりのキャッチボールを楽しんでいる。とは言え、一人でこそこそ自主トレはやっていたようで、その球筋はあまり衰えてはいなかった。それは、実際に球を受けてみれば分かる。伊達に、ずっと彼女の投げ込みに付き合っていたわけではない。


241: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:29 ID:zE
 この復帰で一番喜んでいるのはもちろん他ならぬあおい自身であるが、チーム全体の盛り上がりだってとてつもない。今まで以上に皆が一丸となって、あおいを甲子園に連れて行こうと、このチームで甲子園に出たいと願っている。キャプテンとして、こんなに頼もしいことはない。今年こそは、行けるかもしれない。
 樹のワクワクは募るばかり。
「どうしたのニヤニヤして、なんか気持ち悪い」
 思わず顔に出ていたらしい、あおいに見られ、ツッコミを食らった。そんな気持ち悪い顔のまま言う。
「行けるよね」
「どこに?」
「甲子園」
「あったりまえじゃん」
 あおいも、笑顔。後ろで鳴るバットの音は、矢部が外野に向けてノックをしている音だ。ノックを受けた三年生の外野手は、いとも簡単にそのボールを捕球して見せる。その姿に、あの頃のおぼつかなさは全くなくなっていた。
「成長したね、皆……」
 ぽつりと樹が言う。これも、あおいはしっかりと聞いていた。
「うん……ねぇ、樹君、憶えてる? 一年の最初、ここで、君がやたら重い溜息ついてたの」
「…………憶えてない」
 必死で思い出そうとしたが無駄だった。そんなブルーになったことがあったっけ。
 樹の記憶には、一年生の頃と言えば、ただがむしゃらに練習だけをしていた様子しか残っていない。
「憶えてないなら……いいよっ、と!」
 突然あおいが振りかぶり、ボールを投げる。しかしそれは樹のミットではなく、遥か後方にいた矢部を狙ったものらしかった。横腹を射抜かれた矢部が「ぎゃっでやんす」という断末魔の叫びを上げて崩れこんだ。さらに「デジャヴでやんす」とか呟いている様子を見る限り、重傷ではないらしいので放っておくことにする。
 いろんなことが、あった。
 いろんな人と、出会った。
 いろんな壁に、ぶちあたった。
 でもそのたびに、乗り越えた。
 樹はもう、これだけで充分過ぎるほどに恋恋での野球を楽しんだ。
 最後の仕上げ。最後の踏ん張りどころ。
 それがあと、二ヵ月後に迫っている。
「あおいちゃん」
「なに」
「絶対、行こうね」
「うん!」
 会心の笑顔。
 一通りの考えをそう完結させて、ようやく復活したらしい矢部君を横目に見ながら、樹はグローブを見た。そこには入学決定と同時に書き入れた一行の文字が、かすれかけた黒で、ぼんやりと浮かんでいる。
 目指せ甲子園。
 樹は、そのグローブを高く掲げ、そろそろ本格的に全体練習を始めるために、声を張り上げた。
「集合ー!!」
 キャプテンの声を聞いたチームメイトが、グラウンドの隅々から駆けてくる。
 全ては、たった八人から始まった。。
 チームすら組めなかった愛好会の意地が、こんなところまでやってきてしまった。
 やれる気がする。
 やってみせる。
「俺たち三年の最後の大会まで、あと二ヶ月、皆に、お願いがある」
 全員脱帽した選手たちが、キャプテンの次の言葉をじっと待つ。
「全力で、野球やろう!」
 応っ!!
 力強い声が、グラウンドに響き渡った。
 恋恋高校野球部の、長い夏の幕開けだった。




242: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:30 ID:zE


『今年もいよいよ始まりました夏の甲子園大会。全国四〇〇〇校の中から選ばれた強豪たちが、優勝旗を手に入れるために、ここ甲子園球場へと集まりました。今年はどんなドラマが、奇跡が、この甲子園で生まれるのでしょうか。天気は快晴。気温は三〇度。激闘に相応しい日和となりました。さて、間もなく入場行進です』

 今日も、グラウンドに響く声がある。

『最初に入場するのは勿論、前大会優勝校である帝王実業高校。キャプテンである阿南が、優勝旗を高く掲げて先頭をきります。注目の選手は四番の伊達裕介。高校通算三八本のホームランを放っています』

 今日も、グラウンドに響く足音がある。

『続いて流星高校。綺麗に足並みを揃えて入場します。前大会では惜しくもベスト8入りならず。今大会はリベンジをかけて一層の練習を重ねてきましたと、宇田監督からコメントが出ています。俊足が売りのチームです』

 今日も、グラウンドにはバットの音がこだまする。

『さぁ満腹高校です。高校生とは思えない巨漢揃いのチーム。地方予選を全てコールド勝ちして上がってきました。キャプテンは四番の高橋修』

 今日もグラウンドに流れる汗があり、涙がある。

『次は雲龍高校が入場です。今年も甲子園へやってきました。注目の選手は投手の紅咲憂弥。地方予選の被安打数四、失点は一という好成績です。今年は優勝を狙えるチームに仕上がっていると、東寺監督からは力強いコメントをもらいました』

 今日も、グラウンドで語られるドラマがある。

『そしてなみのり高校。三年ぶりに甲子園に帰ってきました。全寮制の学校であり、夜間の練習も苦に思わず続けてきました。その結果を遺憾なく発揮してもらいたいものです。野球部は今年、創設四〇周年を迎えます』

 その一つ一つを踏みしめ、乗り越え、球児たちは成長していく。

『そして、さぁ、あー球場が沸きますね。観客席が、ワーっと立ち上がって拍手を、声援を送っています。今大会一番の注目校、恋恋高校です。投手である早川あおいの話題性は今や日本中を席巻。創設三年目ながら、地方予選では強豪あかつき大附属を下し、見事初出場を果たしました。続いてこちらも初出場アンドロメダ高校…………』

 甲子園で有名になった選手を、テレビを観る多くの人々が語り継ぐが、その影で、戦いに敗れ散っていった選手たちが多くいることを、知る者は少ない。

 皆がそれぞれの想いを抱え。
 皆がそれぞれ悩み。
 皆がそれぞれ努力をし。
 皆がそれぞれの結果を出す。
 決して表舞台で語られることのないドラマが、そこには確かに存在する。
 華々しい栄光の道を歩む者、挫折し志半ばで終わる者、努力の限りを尽くした結果に満足する者。それぞれにそれぞれの道があり、それぞれが己の人生を歩む。
 しかし、彼らに共通することは、誰もが己の青春の舞台に、このグラウンドという場所を選んだということ。それには、何か理由がある。

 きっと、こんな言葉が、彼らの耳に聞こえたからに違いない。



 ねぇ



 野球しようよ!





243: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:31 ID:zE
 14.終わりのあとで




 また今年も様々な野球部おけるドラマと時代が一幕を閉じ、多くの者が晴れ舞台を去る。
 数年を友にした仲間との別れがあり、新たな出会いに向けて歩みだすこれからの季節。
 後に残る者は、去る者の意思を継いでまた新たな時代を作っていく。それはどこの世界でも同じこと。
 早川あおいのプロ入りが決まってからというもの、日本では毎年のように女性プロ野球選手が誕生しており、その度に話題になる。まだしばらくは、日本スポーツ界も騒がしいだろう。だがそれは喜ばしいことであり、今後あらゆるスポーツの世界で、女性選手が台頭することを願ってやまない。
 なんてね。

「こら!」
「あいてっ」
 横から頭をはたかれて、ハっとしたように樹は我に返った。負傷部をさすりながら見やると、ふてくされたような目をしてこちらをジーっと睨みつけるあおいの顔があった。

244: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:33 ID:zE
「人が真面目に相談してるんだから真面目に聞きなよ全く」
「あー、ごめんごめん。ぼーっとしてた」
「ちょっとはるか、旦那のしつけがなってないよ」
「う、うーん、そう言われても……」
 寒さが一段と増す真冬の十二月。野球シーズンも終わり、選手達はオフに入る。そこで、久しぶりに会わないかという提案をあおいから受けた樹はそれを快諾。市外にある遊園地まで家族連れでやってきていた。
「でさ、カメラマンが近くまで来るわけ。それって練習妨害だよね、っていうか営業妨害だよ。練習だって仕事なのにさ」
「人気者の宿命だよ。我慢する他ないって」
「怒鳴り散らしたいんだけどさ、そんなことしたら翌日スポーツ紙に乗っちゃうじゃん? 芸能人じゃないんだからもう勘弁してくれないかなー」
 有名になりすぎるのも考えものである。
「おれんじジューしゅ!」
 と、我が家のお姫様の注文が決定したらしい。
「由佳はオレンジだって、あおいちゃんはメロンパフェだったよね。はるかは?」
「あ、わたしはホットコーヒー」
「じゃ、俺もそうしよう」
 全員の注文を確認したのち、樹は店員さんを呼んでそれらを伝える。その際に俯いて顔を隠すあおい。冗談でなく、特定されるとサインや写真がどうたらと面倒らしい。どうでもいい話だが、遊園地の喫茶店にはどうしてあのピンポンボタンが無いところが多いのだろう。
「ああああああああ由佳ちゃんかわいいなぁー、ねぇねぇ、今度ボクに貸してよ」
 由佳のほっぺをぶにぶにといじくりながら、至福の表情で羨ましがるあおい。由佳は樹とはるかの第一子で、先月一歳を迎えたばかりの女の子だ。うまいこと母親に似てくれたおかげで可愛く利口に育ち、いろいろと助かっている。いや本当に可愛い。親のひいき目もあるだろうが本当に可愛いものは仕方がない。ちなみに二人目の予定は今のところ無い。
「ダーメ。あおいに貸したら、おてんばな子になっちゃいそうだし」
「ムカッ、こらはるか、今のどういうイミよちょっと」
「そのままのイミ。あおいがもうちょっと料理できるようになったら考えてあげてもいいかな」
「う……な、なんかはるかが強くなってる……」
 母は強しである。
「ねー、ユカもママと一緒がいいよねー」
「まますきー」
「くぅっ……! か、かわいい……っ!」
 屈託のない笑顔で母親の首に抱きつく由佳に、あおいは思わずよろめいた。
 すると間髪入れずに、
「おばたんもすきー」
 と一言。
「な……」
 おばさんと言われたショックは計り知れない。だが、
「っ……! お姉さんも由佳ちゃんだーいすきーっ!」
 可愛ければ全てヨシだったようである。調子に乗って運ばれてきたパフェを全て由佳に食べさせようとするので、そこは断固として制した。虫歯になりやすいこの時期、幼児に迂闊に甘いものを食べさせるわけにはいかない。あおいからはブーブーと不満が聞こえるが、親の愛は絶対なのである。
 こうしてあおいと、直に会って話すのは本当に久しぶりだ。結婚式以来だから、実に三年ぐらいは会っていない。テレビの中でちょくちょく顔は見て、電話も時々してはいるものの、やはり会って話すに越したことはない。電波越しでは思いつかなかった話題が多く生まれてくる。
「矢部君は元気? あんまり話題にならなくなったけど」
「うん元気元気。たまに試合で会うよ」
 実はあおいがプロ入りを果たした八年前のあの時、にわかには信じがたかったが、矢部も同時にプロ入りを果たしたのである。見せ場は少なかったとは言え甲子園で好プレーを見せ、あかつき大附属と戦ったときにも好成績を残していたから、それがスカウトの目に留まったのだろう。プロから見て魅力ある、光るものを持っていたに違いない。現に矢部は今、「早川あおいの同級生選手」という扱いでメディアから騒がれていた頃に比べれば影は薄くなったが、一軍選手として悪くない成績をキープしている。
 本当は今日、矢部も呼びたかったのだが、あちらの都合が合わないということで今回は断念。ついでに言うと二条も呼びたかったのだが……。
 樹は、ちらっと、付近の席に無造作に放置されたスポーツ新聞の一面記事を見やった。そこには堂々たる大文字で『三大会連覇!! 二条神谷――二条流極武館師範』の見出しが踊っている。今や破竹の勢いで日本武道界を躍進しているホープに、とても声などかけるわけにはいかい。聞けばあの顔の良さが売れて、お茶の間のおばちゃんたちに大人気、芸能界からも声がかかっているのだとか。忙しい身分が落ち着いてから、また実家の方に出向いてみることにしよう。
 と、他人のことはこれぐらいにしておいて。
「樹君はもう現場になれた? 今の時代先生って大変でしょ」
「そうだね。でも楽しいよ。高校生ってさ、先生の目線から見るとこんなんなんだって、まだ毎日が新鮮だからさ」
 あの日、恋恋高校は甲子園一回戦で惜しくも敗れ去った。そして最後の試合を終えた後、樹は猛勉強を行ない、首都教育大学へと進学、卒業し、今は公立そよ風高校の社会科の先生となっている。野球部の副顧問もやっており、何かと忙しい毎日だ。目標は勿論、甲子園である。
「高校、そんで高校野球か……懐かしいなぁ。そういえばボク、初恋は樹君だったっけ」
 危うくコーヒーを噴き出しかける樹。味が一瞬にして吹き飛んだ。
「な、なななな、えっ?!」
「あれー、憶えてないかなー? 確か二年のバレンタインの日、はるかが最初に玉砕した後に、証明したと思うけどー」
 そこまで言って、あおいは悪戯っぽく口を閉じた。口笛でも吹いていそうな暢気な表情で、ニヤニヤと視線を泳がせている。身に憶えのありすぎる樹は、しばらくコーヒーカップに口をつけた状態のまま硬直した後、そーっと妻の方を見やった。
 よかった。妻は天使のような笑顔だった。
 しかし残念。その背後には何かしらダークな雰囲気が立ち昇っていた。
「あなた、どういうことかしら?」
「い、いや別に、あの特に何も、ねぇ?!」
 あおいに撤回とフォローを求める。
「あのときはボク、初めてだったからさー。ちょっと恥ずかしかったなー。でも一瞬だったから、痛くもなかったし、お互い意外と平気だったよねー」
 わざと誤解を含んだ物言いをするあおい。ダメだ。これはダメだ。火に油どころか爆薬を注いでいる。完全に判断を誤った。とてつもない後悔をしつつ見やると、おめでとう、妻の背後に鬼神が見えた。

245: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:34 ID:zE
「あなた……?」
「は、はるか、違うって! 怖いから、本当に怖いから!」
「ママこわいー?」
「まましゅきー」
「そーだよねーママすきだよねー」
 由佳をあやしつつ、禍々しい威圧感でもって樹を威嚇している妻はるか。黒い。オーラが黒い。数年前までの箱入り娘っぷりが微塵も感じられないその様子に、あおいは思わず笑い出した。
「あっはっはっは! ごめんごめん、からかいすぎた! もう、はるかってば本気にし過ぎ! 本当にからかいがいがあるよねぇ、はるかは」
「え、あっ……! も、もう、ひどいよあおいー」
「ごめんごめん、許して。したのはキスだけだから」
「…………え?」
「そ、そういえばさぁ!」
 慌てて話題を逸らす樹。その不自然さは、もはや清々しい。
「まだ今日、全然乗り物乗ってないじゃん、せっかくフリーパス買ったのにさ! ほら、由佳も遊びたいよねー」
「ゆか、おばたんとあそぶ!」
「かわいいいいい! あ、もう今日は一日ボクが由佳ちゃん連れまわすから! よっし、レッツメリーゴーランド! 由佳ちゃんおいでー」
 トテトテと一生懸命に走る由佳にトキメキつつ、中腰になってその手を引き、あおいが駆けて行く。樹とはるかも、歩いてそれに続いた。歳の離れた姉妹のように微笑ましい後姿に、思わず見入る。
 はるかのお腹の中にいるのが女の子だと知ったとき、樹はとても嬉しかった。それは男の子だったとしても同じことだったろうが、それでも、早川あおいという少女の成長を見続けていた樹にとって、女の子を授かるということはとても特別なことだったのだ。この子がどんな女の子に育つかは分からないし、育ち方を強制するつもりもない。自由に、自分の好きな事を見つけて、一生懸命に生きて欲しいと願うばかりだ。だが、それでも、ほんの少し、希望を言わせてもらうとすれば、野球をやってほしい。野球というスポーツの楽しさを知って、野球というスポーツを通じた仲間との成長を体感して欲しい。かつて自分や早川あおい、そして多くの高校球児がそうだったように。
 そして願わくば、その成長の中で最高の伴侶を得て欲しい。とりあえず樹は、娘が最愛の妻に似て生まれてきたことだけで幸せだった。
「あおいちゃんに、由佳の専属野球コーチを頼もうかな」
「あら、あなた、あの子に野球やらせるつもり?」
「やってくれれば嬉しいなぁって思うだけだよ。子供とキャッチボールするのは父親の夢だからね」
「じゃ、次は男の子ですね」
「そうだなー……へ?」
「さっきの話、もっと詳しくお話しして下さいね。それから」
 妻の笑顔がとても美しく、そしてどこか邪悪に輝く。
「今夜は覚悟しておいて下さい」
「…………はい」
 思わず気圧されて頷いてしまう。意外と尻に敷かれているのが樹なのであった。
 と、前方が騒がしい。ふと見やると、油断した所為か、かの早川あおいであると周囲にバレた彼女が、集まってくる人だかりから逃げようともがいている。
 樹とはるかは大慌てで、とにかく我が子を救出せんとその渦中に割って入っていった。


                            終

246: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:41 ID:zE

 これで西条樹たちの物語はお終いです。約二年に渡る気の長い連載でしたが、最後まで見てくださった方には最大限の謝辞を。
 途中、スレッドが大量に削除されるという出来事があり、物語最初の部分は消えてしまいましたので、この後に補完したいと思います。
 良くも悪くも、自分の中での彼らの物語はこれで完結。気楽になったような寂しいような。
 輝かしい青春は戻りません。今を最大限に楽しむべし。そんな気概を、この物語からちょっとでも感じて頂けたら幸いです。

 
 それでは、最初からでも途中からでも、今の今までお付き合いくださった皆さん、本当にありがとうございました。
 またどこかのパワプロ小説でお会いしましょう!



 最終更新を見に来て下さった方はここからどうぞ>>226->>245

247: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:45 ID:zE


 以降は、以前のスレッド削除の際に巻き込まれて消えてしまった、>>21から始まっている物語の前部分です。
 ここに補完しておきますので、初見の方はこちらからご覧下さい。



248: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 01:48 ID:zE

 1.俺? 俺は


 ああそうだ。
 こんなことは知っていた。
 というかむしろ覚悟していたはずだ。
 そう、落ち込むことなんてない。全ては納得の上での行動。そこに後悔や不満が起こること自体が間違っているのだ。悪いのは自分。世間様は何も悪くない。
 と言いつつ、この落ち着かない感情の捌け口を探しているのは、自分の思考の幼さ故か。
 一度の、深い溜め息。
「愛好会……か」
 そりゃ俺だって馬鹿じゃないさ。去年まで女子校、今年からやっと共学になるというこの恋恋高校が、他校と比べても劣らない程の運動系の部活を持っているなんて期待、初めからしてなかった。あってソフトボール部ぐらいだろうとか、少なくとも高野連に登録できない女子高に、硬式野球部があるなんて期待していなかったのだ。
 で、その期待は極自然に――本当に、何の差し支えなく――通ったわけだけれども。(というかそもそも、入学案内さえ見れば一発だった)
 だからこそ、この自分が創始者となって、ここから野球部を始めていこうと、そう思って俺は入学を決めた。何も初めから在るものに頼る必要は無い。無ければ創ればいいだけのことだ。自分が入学したことに代表されるように、今年からは男女共学。男子生徒の入学生も多いはずだ。幸いここ恋恋高校は部活動必須なので、その大半は女子の花園に埋もれることを避け、この野球部に入部を求めてくるはずである。うーん完璧だ。実力はまぁ後からついてくるだろう。まずは野球を始めて、練習試合でもいいからとにかく試合数をこなしていきたいところである。
「愛好会だって立派な活動だよ。野球ができるんだから、ほら、文句言わない」
 例え入部男子が未経験者でも構わない。むしろ変なクセがついていない分、素人の方が指導しやすいし。練習で基礎を磨き、試合で技術を向上させる。よし。これで見るに耐えないチームとはならないはずだ。俺って何て頭がいいんだろう。もしかすると地方でも結構通用するようなチームにすら成り得るのではないか? それは少し夢見がちか……いや、やる気さえあれば、そうなることも容易い。そうだ。目標を小さくしてどうする。
 そして地方さえ乗り越えれば、ついに幼少の頃夢見た甲子園に……。
「行きたかったんだよ俺は……」
「どこに?」
「甲子園」
「何で過去形かなぁ。まだ一年生だよ? これからだって」
 そう言われても、あまり夢に浸る気にもなれないのが現状だった。
 今年の恋恋高校、男子の入学生総数は、自分ともう一人を含めても、全部で七人。この野球愛好会への入会数も、やはり七人。今、捕手である自分のミットに力いっぱいの投球をしている女の子は、やる気も素質も充分な投手であるが、所詮は一人だ。そう、この数字が重要。
 会員全員で八人だと知った時。この時ばかりほど、野球に九つのポジションがあることを恨んだときはなかった。
 つまり、チームさえ組めないのである。
「あーもう、そんな鬱な顔しない! ボクのやる気まで一緒に失墜しちゃうじゃないか!」
 そうは言っても。
「あ……! ほら、キミがそんな表情してるから、思わず図らずワイルドピッチだよ!」
 いや絶対ワザとだろ? 今のは。二メートルは外れてたって。
 俺は渋い顔をしながらも、さっさとボールを拾いに走った。ダイヤモンドは現在、他の部員が守備練習――投手と捕手と左翼手と右翼手がいない、である――に使用しているので、こちらはグラウンド脇に作られた手製のブルペンを使っているのだが、これが後ろにネットが無い分、一度ボールを逸らすと取りに行くまでが少し辛いのだ。
 と、飛んできたボールに反応してくれたらしい、自分の守備位置である右翼を放ったらかしにしているノックバッターが、それを片手でキャッチしてこちらへと投げて寄越してくる。
 眼鏡をかけているわりにちっともインテリっぽくない、この愛好会の中でも貴重な一応の野球経験者。彼は、矢部明雄と言う。入学初日に出会ってから三ヶ月というもの何かとウマが合い、以来付き合いのある友人だ。矢部君と呼んでいる。うん、とてもベターな呼び方だ。
「ありがとう矢部君」
「どういたしましてでやんす」
 もう聞き慣れた、独特の口調で返してくる矢部君。こちらに視線を向けている間に返球されたボールが脇腹に当たったようだが、まぁ身悶えしている程度なので気にはしない。

249: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 12:14 ID:zE
野球愛好会。人数不足で部とすら名乗れないこのちっぽけな野球好きの集合体は、正直なところで“暇なときのスポーツ”張りのベクトルしか持っていない。野球の楽しさを知らない未経験者が多いのも理由の一つだが、 硬式野球のくせに甲子園さえ目指せない。あまつさえ試合にも出れない。そんな環境が、最も大きな原因だろう。しかしそんな状況下でも目標を失わずに居られる人間は、強い人間なのか、果たして空想主義の夢見人なのか。
少なくとも自分は、空想主義に属していると思う。何せこんな愛好会を甲子園まで導こうなどという絵空事を、軽々しく描いているのだから。それが、楽しくてしょうがないのだから。
そうだ。野球は楽しい。
九人揃えば。 
「はぁ……」
矢部君――まだ脇腹を痛がっている――から受け取った球を、土を盛り上げただけのマウンドに立つ投手へと返球する。その瞬間、溜め息が漏れた。
彼女はそれを見逃さなかったらしい。
「ほーら、何溜め息なんてついてんのよ! キャッチャー兼キャプテンのキミがそんなことしてたら、皆のやる気にも響くでしょ?!」
さきほどからやたらやる気やる気と五月蝿いのは、この愛好会唯一の女性会員、早川あおい。本当はマネジメントを受け持つ女の子がもう一人いるのだが、選手としての活躍を望んでいるのはこの早川あおいだけだ。“自由とやる気は世界を変える”が持論――意味は理解しかねるが――で、とにかくメンタル面での云々を全ての重点に置いており、それがそのまま彼女の人格を作っていたりする。早い話が、普段からやる気満々な気分屋で、結構な前向き思考を持っている女性選手だということだ。この上、天邪鬼だったりしたら最悪な性格だったことだろう。ちなみにあおいちゃんと呼ばせてもらっている。
ソフトボール部には目もくれず、唯一野球をすることを好んでいる女の子であるあおいちゃんは、何を隠そうこの野球愛好会の創立者だ。
俺や矢部君と同時入学且つ同級生且つ同い年なのだが、野球愛好会創立に関しての手はずは彼女の方が早く、しかもテキパキとしていた。一応三人同時に立ち上げたことになっているのだが、彼女の方が一足早かったのだ。それは認めるべきだろう。
短気が故に行動が突飛で微妙に無計画なところがあるが、それあっての彼女でもある。

250: 名無しさん@パワプラー:09/05/02 12:17 ID:zE
規制を受けたのでワンクッションおきます。

251: 名無しさん@パワプラー:09/05/03 01:44 ID:YE
 野球愛好会。人数不足で部とすら名乗れないこのちっぽけな野球好きの集合体は、正直なところで“暇なときのスポーツ”張りのベクトルしか持っていない。野球の楽しさを知らない未経験者が多いのも理由の一つだが、 硬式野球のくせに甲子園さえ目指せない。あまつさえ試合にも出れない。そんな環境が、最も大きな原因だろう。しかしそんな状況下でも目標を失わずに居られる人間は、強い人間なのか、果たして空想主義の夢見人なのか。
 少なくとも自分は、空想主義に属していると思う。何せこんな愛好会を甲子園まで導こうなどという絵空事を、軽々しく描いているのだから。それが、楽しくてしょうがないのだから。
 そうだ。野球は楽しい。
 九人揃えば。 
「はぁ……」

252: 名無しさん@パワプラー:09/05/03 01:45 ID:YE
 矢部君――まだ脇腹を痛がっている――から受け取った球を、土を盛り上げただけのマウンドに立つ投手へと返球する。その瞬間、溜め息が漏れた。
 彼女はそれを見逃さなかったらしい。
「ほーら、何溜め息なんてついてんのさ! キャッチャー兼キャプテンのキミがそんなことしてたら、皆のやる気にも響くでしょ?!」

253: 名無しさん@パワプラー:09/05/03 01:45 ID:hg
支援

254: 名無しさん@パワプラー:09/05/03 01:45 ID:YE
 さきほどからやたらやる気やる気と五月蝿いのは、この愛好会唯一の女性会員、早川あおい。本当はマネジメントを受け持つ女の子がもう一人いるのだが、選手としての活躍を望んでいるのはこの早川あおいだけだ。“自由とやる気は世界を変える”が持論――意味は理解しかねるが――で、とにかくメンタル面での云々を全ての重点に置いており、それがそのまま彼女の人格を作っていたりする。早い話が、普段からやる気満々な気分屋で、結構な前向き思考を持っている女性選手だということだ。この上、天邪鬼だったりしたら最悪な性格だったことだろう。ちなみにあおいちゃんと呼ばせてもらっている。
 ソフトボール部には目もくれず、唯一野球をすることを好んでいる女の子であるあおいちゃんは、何を隠そうこの野球愛好会の創立者だ。

255: 名無しさん@パワプラー:09/05/03 01:48 ID:YE
>>253
リアルタイムでどうもありがとうございます。
支援していただいてなんですが、どうやら頻出ワード(とくに「やんす」の彼)が規制対象になっているようで、書き込めません。
既出分(但し削除済)の補完ですから、気長に更新していきたいと思います。

256: 名無しさん@パワプラー:09/05/03 01:49 ID:YE
 俺や矢部君と同時入学且つ同級生且つ同い年なのだが、野球愛好会創立に関しての手はずは彼女の方が早く、しかもテキパキとしていた。一応三人同時に立ち上げたことになっているのだが、彼女の方が一足早かったのだ。それは認めるべきだろう。
 短気が故に行動が突飛で微妙に無計画なところがあるが、それあっての彼女でもある。
「よっしいくよ、必殺シンカー!!」

257: ラリク:09/05/14 18:49 ID:C.
面白かったです!
とてもきにいっていて、ずっと読まさせていただいてました。
読んでいると、自分も小説書きたくなったので、今少しずつ書いたりしてます。
この小説のおかげで、今の学生時代の大切さが分かった気がします。
これからは樹たちのように精一杯楽しもうと思います。
最初の話を読んでいなかったので最後の部分がよくわかりませんでしたが、補完のおかげでわかりました。
ありがとうございます。
終わってしまったと思うと、なんだか寂しい気もしますが、これも小説の特徴ですね。
ゆっくり余韻にひたりたいと思います。
本当に面白かったです。ありがとうございました!!

343: 名無しさん@パワプラー:09/05/22 20:34 ID:uA
規制とか嘗めんなカス

344: 名無しさん@パワプラー:09/05/22 20:46 ID:uA
規制解除しろや

345: "管理人" iryRrAn.:09/05/23 02:28 ID:Ck
一応日にちも変わったし解除した
ログ流しとか何かそういうの良くないからやめようぜ

346: 名無しさん@パワプラー:09/05/23 22:40 ID:nI
わかった、すまなかった

347: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 00:59 ID:rE
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 | またお邪魔します |
 |________|
    ∧∧ ||
    ( ゚д゚)||
    / づΦ


 なんかもうね、>>256の補完続きが上手く投稿できないからさ、腹が立ったわけよ。
 そんでコーラやけ飲みしたらさ、もうすっごい糖質。すっごいメタボ。
 イライラは身体に悪いと再確認。


 ってなわけではじまりはじまり〜


348: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:04 ID:rE

01.登場、最悪。


 ワインドアップ、大きく振りかぶり。体重移動、軸足を基盤にして身体を捻り込み。スローイングモーション、上げた脚を伸ばしつつ引き上げた重心を下ろし、前方に大きく踏み込む。
 そして捻り込んでいた身体の反動を利用しつつ、全身を使って球を投げる。中背の身体に似つかわしくない大型のモーションで投げられた球は、さながら弾丸のように、捕手の構えたミットを撃ち抜いた。
 ズバンッ!
 事実弾丸の炸裂音に似た音が響き、周囲は静まり返る。見ていた者はその投球自体に、そうでなかった者はその轟音に、それぞれ異常な驚愕を顕わにしていた。
 新入部員対象の希望守備位置適性調査試験。それぞれが希望するポジションに、各々が相応しい実力を持っているのかどうかを調べる為のこのテスト。今行われているのは投手と捕手兼用のテストで、投手志望の者が投げ、それを捕手志望の者が受けるというものなのだが、そこに、一際の緊張が走った。
 皆が呆気に取られたように視線を集めるその先、全部で十二人並んでいる投手希望者たちが立つマウンドの上には、そこに最初から数えて三番目に並んでいた男が、大柄なフォロースルーを終えた格好で悠然と立っていた。
 鷹は撃たれるものである。だが、今まさに放たれた弾丸は、この鷹のような眼をした男が確かに己の肩から撃ち出したものであった。迫力のある切れ目は鋭く、その視線でさえ、捕手のミットを射抜いているようでもある。
 男、と言えば少々聞こえは大袈裟かもしれない。彼は見た目、痩身中背の、大きめの中学生と言った風貌である。いっぱしの高校生と言い切るにも、まだ体格が足りていないだろう。しかし、彼が全身から放つ雰囲気には、ただならぬものがあるのだ。少しでも気を抜けば次の瞬間には喉元を切り裂かれそうな、危険なにおいである。その平均的な身体から滲み出す毒蛇の貫禄を感じた後で、彼を、見た目通り少年などと形容はできない。
 腰が抜けたように座り込んでしまった打者役の者への目線は冷ややかに、男は自分の弾丸を身じろぎ一つせず受け止めた捕手へと歩く。歩いて、ホームベースを挟んで立ち止まり、そこから静寂の中へと言葉を放った。
「しょっぱなから俺の球受けられるやつがいるとは思わなかった。俺は紅咲。紅咲、憂弥だ。お前は?」
 挨拶と同時に差し出された右手に、面を被った捕手はそれを外すこともなく、無言で無愛想に自分の右手を合わせた。瞬間、その手に蛇が獲物の肉に牙を立てるが如く強靭な握力が込められるが、捕手は泰然として動じなかった。普通ならば痛みに絶叫するだろう力で片手が握り締められているというのに、呼吸音一つ漏らさない。
 耐えているのではなく、効いていないのだ。
 周囲が無言で事の行方を見守る中、ふと、憂弥の口元が緩み、手に込めていた力が抜かれる。それは、蛇が自分以上の力量を相手に認め、負けでなくとも身を退いた証だった。
「ま、名前はまた訊くさ。どうせ、お前もこの試験っていうのは合格だろうしな」
 満足そうにそれだけ言うと、憂弥はまだ静寂を保っている周囲に向けて声をかけた。
「なぁセンパイ! 俺もう疲れたから帰って」
 唐突に、鈍い音。例えるなら、金属製の棒で骨の通った人体を、特に頭部を、思い切り良くぶん殴った時に響くような、耳に残る嫌な音がした。
 事実を的確に述べると、マネージャー希望として入部してきた女の子の内一人が硬式用金属バットのフルスイングでもって憂弥の頭部を一撃し、そのまま紅咲が倒れて動かなくなった。ということである。
 まぁ要するに例えと現状は大して変わらない。
「死ねこのバカ!」
 怒気を顕わにした口調でそう言うと、金属バットを片手に携えたマネージャーの女の子は、空いているもう片方の手で死体を引き摺ってグラウンドを出て行った。それは一分とかからない、一瞬の出来事であった。
 後に呆然と残された者達は、暫くして気が戻ったところで試験を再開したが、投手希望者の列があった場所には、もう誰一人として立ってはいなかった。



349: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:05 ID:rE


「あれほど最初っからとばすなって、アイツも言ってたでしょうが! アンタ一体何考えてんの!?」
「アイテテ……うるせぇな。頭に響くからちょっと黙ってろ」
 校舎の裏側、グラウンドからは少し離れた位置。裏口付近の階段に座り込んだまま、憂弥は文句とも唸りともつかない声を上げた。それを見下ろす女の子の顔には、怒気が満ちている。
「黙ってられるか! 何よさっきのは?! バッターの人ビビらせた挙句キャッチャーにまでケンカ売って一人でさっさと帰ろうとするとか正気!?」
「ビビッてた顔は最高だったろ?」
「見てない! こっちは卒倒寸前だったのよ!」
 目にも留まらぬ高速トークでまくしたてる女の子に怯むことなく憂弥は切り返しを図るが、それも一瞬で失敗に沈むこととなった。可愛くない女だねまったくと、その場で溜め息をつく。
「まぁまぁいいじゃん。少なくとも、中坊上がりのヒヨっ子じゃねぇってことは分からせてやったんだし、これで嘗められることもないっしょ」
 自信満々にふんぞり返って見せるが、それが逆に気に障ったようだった。
「嘗められることはなくても、これでブラックリスト入りよ。アンタ分かってる?! 先輩に嫌われたら、ポジションだって貰えるかどうか分かんないのよ?!」
「分かってら、んなこと。要はそいつらより実力がありゃいいんだろ。簡単な話じゃねぇか」
「ハァ、どうしよう……コイツ、最高の馬鹿だ……」
 そんなことは出会った頃から分かっている話だが、改めて呟く。忙しい会社員が疲れたと定期的に呟くのと同じで、こうでも言っていないとやりきれないのである。
「くっそ、あの野郎め……こんなバカ私に押し付けて一人とんずらするなんて……私も編入で恋恋行こうかな」
「お前のおつむじゃ無理だろどう考えても」
「アンタよりよっぽど出来る!」
 女の子の蹴りが炸裂し、憂弥はぐえっとうめき声を上げて盛大に転がった。
 近年の社会的な風潮も相まってか、古くからの日本文化を重んじるこの雲龍高校でも、近頃は実力主義の考え方が浸透してきている。剣道部や柔道部などは未だ序列がモノを言わせることが多いが、サッカー部やテニス部などではもはや年齢など関係なくなっている。実力さえあれば一年生だってレギュラーとして扱われるのだ。
 しかし野球部では、武道系の部活と同じく、未だに序列の考えが強い。年上の意見が強く繁栄される場所において、先輩の評価が下がることは致命的だ。あまりに酷い態度を取っていれば、当然、何らかの罰だって考えられる。どんなに実力があったとしても、ポジションがもらえない限りはどうしようもないというのに。
「ふぁ〜……眠……」
 このバカだけは本当にどうしようもない。

350: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:08 ID:rE
 重い重い溜め息をつく彼女は、小倉川玲奈。今年雲龍高校に入学した一年生で、野球部にマネージャー志望として挨拶をしにきたところだ。身長は女子にしては高め、かと言って男子ほどではないが、気の強さだけは非常に男勝り。時代錯誤なポニーテールと少し長めのスカートが見た目印象的な女子高生である。
 そして先程からナメた態度であぐらをかき、反省など微塵も見えない様子で説教を受けているのが、投手志望の一年生であり、悲しきかな玲奈の小学校以来の付き合いである男子紅咲憂弥だ。その尖りに尖ったキツネ目もあいまって人相は悪人面で、それだけならまだしも性格まで馬鹿で極悪で変態ときたもんだからもう救いようがない。しかし投手としてのレベルは超高校球であるからして、性格と人相が悪くて変態で超絶馬鹿でも、また内申なんてものが悪くても、こうして上手いこと文武両道の精神を基盤に置く雲龍高校に入学できていたりする。なんか世の中間違っている気がしないでもない。
「やっぱ推薦なんてシステムはおかしいと思うのよね」
 誰にともなくぼやく。本当はそれとなく、目の前のバカに聞かせたはずだったのだが、このバカがそうそう人の話を聴くはずもなかった。
「でよ、正直今日はテストだけじゃん? もう俺帰りてぇんだけど」
「グラウンドに入ったら、グラウンド整備するまでがセットでしょ。礼儀はわきまえなさい礼儀は」
「んじゃもうあっち戻っていいか。ここでお前の説教聞いてても面白くねぇよ」
「一度だって真面目に聞いたかアタシのありがたいお説教を!」
 グリグリと頬をスニーカーで抉りながら言う。しかしもう慣れ過ぎてこれぐらいじゃ堪えないらしい。
「あー……ツッコミが一人だと疲れるわ……」
 大切なものは失って初めて実感する。
 実はこの漫才のような遣り取りは、この二人だけのものではなかった。本当ならばもう一人、玲奈と同じような立場でバカを見守る役が居たのだが、惜しいことにその人物は雲龍からの推薦の誘いを断って別の高校に行ってしまったのだ。恋恋高校という、今年から男子の受け入れを開始した元女子校だそうで、あの堅物な男が女子の園に興味を持ったというのは友人として喜ばしいことであったが、しかしその代わりにこれからこのバカの相手を一人でしていくというのは恨めしいものがあった。
「くそ、アイツ……今度会ったら愚痴たらしまくってやる……!」
「アイツはいねぇけどさ」
 そこで、憂弥がすっと立ち上がった。
「面白そうなヤツは見つけたぜ。さっきのキャッチャー……ありゃ、イイ」
 ニヘラと笑う。そのキャッチャーとは、恐らく先程ケンカを売っていたらしい捕手志望の人のことだろう。
「目を付けるのはいいけど、さっきみたいにケンカ売ったりして、暴れないでよね見てるこっちが冷や冷やするんだから」
「ケンカ売ったわけじゃねぇよ。儀式みたいなもんさ」
「はぁ?」
 露骨に疑問符を示してやると、憂弥は得意気に言ってみせた。
「女には分からんさね」
 直後、なんとなく腹の立った玲奈の蹴りが憂弥の尻を強打したことは言うまでもない。

 なにはともあれ四月当初の雲龍高校、この紅咲憂弥と小倉川玲奈、二人の入学と入部により、物語は始まる。
 波乱の三年間の始まりであった。



351: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:10 ID:rE

 02.夜露死苦米毘威


 中学三年の受験から解き放たれて自由になり、晴れて始まる高校生活。
 通いなれた通学路から、突然迷い込んでしまう新たな道。新しい環境、新しい雰囲気。
 そう、そこに待っているのは華々しいほどに胸躍る高校生活。
 一番下の学年から始まり、見上げてみる、大人な先輩の背中。そしてちょっと背伸びをする同級生たち。
 教室にはドキドキが。
 廊下にはトキメキが。
 校庭にはワクワクが。
 そして靴箱には、恋。
 屋上にも、恋。
 そして勿論、部活には……青春!
 そんなはずだったんだけど。
「おっっっっっっっそろしいほどに何も無いわよね」
「え、何が?」
「高校生としてのドキドキワクワクのあれやこれよ」
「あーないよねー」
 まぁ、ないならないで、どうでもいい話ではある。
 昼休みに教室の窓から校庭を眺めながら、玲奈は友人に語りかける。雲龍に入ってからできた友人で、名前を村戸美子という。共に雲龍野球部マネージャーとして先日入部し、これから苦楽を分かち合っていくだろう大事な友だ。だからと言って、こんな高校生活に対する失望までは共有したくもなかったのだが。
 二人して視線を落とした先には、野球部がジャージで昼練に励んでいる姿がある。
 正直なところ二人とも、かつて通っていたそれぞれの中学はそんなに部活を重視する校風でなかったため、こうして昼休みにも精力的に練習をする風景というものは珍しいものだった。涼しい教室でジュースを飲みながら眺める暑苦しいランニングの様子は、また格別である。
「がんばれー」
 高見の見物から投げかける、やる気のない応援。
 時は既に五月。入学して一ヶ月が経ち、そろそろ学校生活にも一定のサイクルが生まれ始め、環境にも馴染み始める頃。徐々に出来上がってきている友人関係が、それでもまだお互い猫を被って展開している教室内を見ながら、開け放した窓のサッシに寄りかかる。渇いた風が、首筋に心地良かった。
 教室にいる人間の顔を一つ一つ数えながら、名前を思い浮かべていく。が、名前と顔が一致した数は、全体の三割にも満たなかった。玲奈は自分の記憶力の無さに愕然とする。
「私ってこんなに物覚え悪かったかなー」
「ん?」
「いや、クラスの半分も名前覚え切れてないからさ」
「あはは、皆おんなじだよきっと」

352: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:12 ID:rE
 戸美子は良い女の子である。何より可愛い。女の自分から見てもそう思える。小柄で目が大きくて、守ってあげたくなる女の子というやつだ。背が高くてどちらかというと男寄りな自分なんかと比べてよっぽど女の子している。くそう、羨ましい。
「紅咲君なんて全部『お前』で統一してるじゃん。あれぐらいでいいと思うけど」
「あー……アイツぐらいの神経の太さがあればいいなとたまに思うわよ確かに……」
 とんでもないくらいに能天気で自己中心的で阿呆で最高に空気の読めないアイツは、状況の変化に流されることなくひたすらゴーイングマイウェイを貫くので、環境の変化にまったく動じない。温暖化ぐらいでは決して絶滅することの無い、タチの悪い性格である。どこか羨ましいと思えながらも、絶対にああはなりたくないと思わせる稀有な人種だ。
 ここから見下ろすと、そんな紅咲の姿だってよく見える。ああして他の一年生に混じってランニングをする姿など、このクラスの連中が見たら、きっと仰天するだろう。なぜあのちゃらんぽらん&自分勝手日本代表のような暴君がと不思議に思うに違いない。
「でも紅咲君って意外と真面目だよね。毎日、文句一つ言わずにランニングしてるんだし」
 隣の戸美子も、例に漏れずそう感じたようだった。
 ちなみに彼女、正しい名前は「村戸、美子」なのだが、頃が悪いので友人一同先生一同揃って「村、戸美子」と区切って呼んでいる。
「ま、アイツの性格はそのうち分かってくるよ……でもね、一つ言っておくわ」
 ガシッと強く戸美子の両肩を握り、その瞳を真正面から覗き込んで訴える。
「アイツは決して真面目なんかじゃない! 勘違いしないで! マジで! それだけは憶えといて! 分かった?! オッケー?! ユーアンダスタン?!」
「え?! あ、うん」
 心の叫びが通じたようである。戸美子は目をぱちくりさせながら頷いた。良かった危ないところだった。こういう純真な子が過ちを犯してしまわないように、虚実を全て葬るのが自分の役目である。また一人の少女を救ったという達成感で、玲奈は満ち足りた。自身の使命を完遂すると気分が良い。
 手に持ったパックジュースを一気に飲み干してしまい、空になったパックを綺麗に折りたたむ。この辺り几帳面になってしまったのは、恐らく、今はいないアイツの癖がうつってしまったから。
 いや別に死んだわけでもなんでもないんだけど。
 遠くの空を眺めながら、玲奈はぼーっと呟く。
「アイツも頑張ってるかな、恋恋で」
「え? 誰が?」
「んー? 友達。昔っからの」
 五月のどこかしっとりとした空気のなかで、今日もまた一日が過ぎていく。のったりゆっくり、穏やかに。退屈しない日常とやらも捨てがたいが、今は、なんとなくこの退屈さが心地良い。
 うーんと背伸びをして午後からの授業に備える。野球部もランニングを切り上げたようで、時計を見やると、そろそろ予鈴が鳴る頃だった。



353: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:13 ID:rE


 午前中の長閑さをひっくり返したように、放課後の野球部の練習では一波乱が起きた。グラウンドの中央で、憂弥と先輩らが睨み合っている。その状況を目の辺りにしたとき、玲奈はもう失神しそうになった。
 まさか水分補給用のドリンクを作るという短時間に目を離しただけで、突如ここまでの険悪なことになるとは、思いもよらない。玲奈は自分の迂闊さを後悔した。適正テスト以来何事もなかったからすっかり油断していた。そうだアイツはこういうヤツだった。少しでも気を抜いたら駄目なのだ。
「ちょ、ちょっと戸美子、アレ、あのバカ一体今度は何したの?!」
「あ、玲奈。実は、先輩たちが草むしりしろって言ったら紅咲君が……」
 始終見ていたらしい戸美子から事情を窺うと、どうやら草むしりを命じた先輩らに、あの阿呆が反抗したらしい。俺は野球をしにきてんだ草なんかむしってる暇はねぇんだよバカとかなんとか、聞いてもいないのにそんな光景がありありと目に浮かぶ。
 ハイレベルな高校なら下級生シゴキに雑用の押し付けはあって当たり前。散々言い聞かせておいたのに、やっぱりあの阿呆には無駄だったか。
 外野の隅を見やると、憂弥以外の一年生は全て素直に草むしりを行なっていた。ただしい球児の姿である。年功序列の世界では、後輩は先輩の命令を聞いて当然。聞かなければ、どんな処罰が下ってもおかしくない。
 玲奈はもう決死の覚悟で、グラウンド内の憂弥に駆け寄った。
「ちょっと! あんだけ言ったのに分かんなかったの?! 大人しく草むしりしなさいよバカ!」
 真横で叫ぶも、当の阿呆は聞いちゃいない。ただ鷹のような鋭い目つきで、先輩らと睨みあっている。
「だからアンタらが、この俺に草むしりをするメリットを教えてくれたならやってやるっつってんだよ。俺は野球をする為にここにきてんだ。野球以外のことやらせてんじゃねぇぞオイ」
 憂弥の体格は、男子高校生にしては小柄。玲奈より少し背が高いくらいだ。それに比べて先輩方の身体の迫力のあること。二年と三年が五人も並ぶと、こんなに威圧感があるのかと玲奈は思わず気圧された。だが、憂弥が動揺することはない。
「お前一年だろうが! 先輩がやれっつってんだからやりゃあいいんだよ、生意気なこと言ってんじゃねぇぞコラ!」
「あん? 答えになってないんすけどセンパイ」
「うるせぇな! 俺たちだって一年の時にやったんだよ! 伝統だよデントー! 黙ってやれや!」
「ここ野球部だろ? なんでアンタら草むしりクラブやってたんだよ」
「んだとテメェ!」
 三年の先輩が、憂弥の胸倉を掴んで少し持ち上げる。その迫力に、思わず玲奈は一歩退いた。しかし当の憂弥本人は、余裕すら感じさせる笑みを浮かべてニヤニヤと先輩の顔を睨み返している。今にも舌がチロチロと出てきそうな、ヘビのような目だ。
「あっれー? 草むしりクラブかと思ったらぼーりょくクラブだったんですかセンパイ。意外と度胸ありますね」
「テメェ、殺すぞ!」
 眉間に皺を寄せまくって憂弥を睨みつける先輩。その形相に、玲奈はただ慌てることしかできなかった。今まで数々の憂弥絡みの騒ぎを終結させてきたとはいえ、ここまで場が沸騰していてはどうしようもない。他の一年らは、この光景を外野から遠巻きに見守っていた。その視線が憂弥に対する哀れみのものであることは、言うまでもない。
 どうにかして解決策を、どうにかしてこれを無かったことに、一人頭の中で案を巡らせていた玲奈の背後から、不意に声がかかる。
「そんぐらいにしときましょ。先輩」
 その声に振り返ると、二年生の先輩が立っていた。ひょろっとした細い身体とインテリ眼鏡。その高校球児にあるまじき出で立ちは、自己紹介の時から、強く玲奈の印象に残っている。確か柊誠也先輩……だったはずだ。

354: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:14 ID:rE
「あん?! なんだ柊!」
「あちらはとても理論的な話の解決を望んできています。なのに圧力と暴力で解決するのはスマートじゃありませんよ」
 ふうっと呆れた顔で溜め息などつきながら、柊先輩は憂弥と三年生の間に割って入った。体格の良い三年生の後にこの痩身だと、どこか拍子抜けするものがある。しかし彼の眼は、憂弥と同じような威圧感を放っていた。
「草むしりをするのに、納得のいく理由が欲しいのかい?」
「ったりめーだ。野球に関係ねぇことに使う時間はねぇよ」
「そうか、なら説明してあげよう」
 そこからは、柊先輩の独壇場となった。
「いいか、まず草を根元から引き抜くという動作は手首と指先の力、そして背筋を鍛える。これは速球のノビと変化球のキレに直結し、投手である君にはこの上ない収穫だ。次にしゃがんで移動するという動作、これを常に爪先立ちで行なうことによって足首のグリップ力が鍛えられる。これはスムーズな投球動作に繋がり、フォロースルーのあとの守備動作への切り替えをより迅速に行なうことを可能にする。そして何より苦しい雑用を共にすることによってチームメイトとの団結が強まり、これは練習と試合に限らず士気に影響する。嫌な事を我慢して行なうというのは精神力の鍛錬にも繋がる。これは勉強その他学校生活にも言えることだがね。どんなことでも、とにかくこじつけることさ。自転車で通学するなら確実に足腰が鍛えられ、バスで通学するなら時間が短縮出来たその分何かができる。野球の練習はただグラウンドでやるノックと投げ込みバッティングだけじゃない。どんなことでも練習に繋がる。繋げる方法を考えろ。それが出来ないなら、悪いことは言わない。お前にスポーツの才能は無いからさっさと辞めろ。以上だ」
 一度も言葉に詰まることなくそこまで言ってのける柊先輩に、玲奈は勿論ほかの先輩方や、あろうことか憂弥までもが呆気にとられて呆然としている。内容にしろ語調にしろ言葉に含まれている自信にしろ、彼の言っていることの説得力は凄まじかった。言っていること全てを無条件に信頼させるような力が、彼の言葉の中にはある。それを誰もが感じ取ったからこそ、こうして一同何も言えずただ立ち尽くしているのである。
 しばし静寂が訪れ、柊先輩と憂弥が睨みあっているだけの状況になる。
 そしてその静寂を破ったのは、憂弥の笑い声だった。
「……ククク、プッ……アッハッハッハ!」
 そのあっけらかんとした渇いた笑いに、皆がまたキョトンとなる。柊先輩の熱弁が聞こえてはいなかっただろう外野の一年生らも、この笑いには驚いたらしく、事態がどう転がったのか興味津々な様子だった。あの険悪なムードから笑い声が生まれるとは、よもや誰も想像できなかっただろう。
 何せ玲奈だって相当な驚きなのだ。まさかアイツ以外に、憂弥を説き伏せられる人間がいるなんて思いもしなかった。
「あー、面白かった。なるほどな、確かに納得したぜ。しゃーない、草むしり、いいぜ、やってやんよ。どうやら無駄なことじゃなさそうだ」
「分かってくれたなら結構」
 大人しく外野に向かう憂弥を、柊先輩はニコやかに見送る。先程までの睨みが嘘のような、その痩身に似合う優男の表情だった。玲奈は、ちょっと背筋がゾクリとした。こういう二面性のある男の人は苦手だ。
「さて、一件落着ですね。先輩」
「お、おお……そう、だな」
 やってくるなり事態を収拾した柊先輩に少し遠慮がちに返答する三年生。そこに、さっきまでの勢いの良さはなかった。
「彼のことで何かあったら、また呼んで下さい。殴ってきかせるには惜しい人材ですから、それと……」
 歩き出そうとして、三年生の顔を覗き込むような形で柊先輩は立ち止まる。その表情は、優男のものではなく、先程の憂弥と同質の笑みだった。
「アンタらが暴力事件起こすと、とばっちり喰らうのは二年なんだ。気をつけて下さいよ、センパイ」
 冷酷な眼と、冷たく重い語調。それを受けた三年生は、どこか怖気づいたように小さな声で返答する。その声を、玲奈は聞き取れなかった。
「んじゃ、僕は僕の練習に戻りますんで。……ごめんね、邪魔しちゃって」
 最後にこちらにもペコリと頭を下げていく柊先輩。表情は、優男に戻っていた。
 外野を見やると、遅ればせながら草むしりを開始している憂弥の姿があった。しっかりと爪先立ちをして、どんな草でも根元から引っこ抜こうとしている。野球が上達することならなんでもやる、それが紅咲憂弥の性格なのだ。
 あの生真面目さが別の方向にも少しくらい向いてくれればいいのに、胸中で溜め息をつき、玲奈はベンチへと戻ろうとした。ふとブルペンの方を見やると、キャッチャーミットをつけた柊先輩が、三年生のピッチャーの球を受けようとしている光景が目に映った。
 そういえば柊先輩のポジションは、キャッチャーなわけで。
 そしてあのバカのポジションは、ピッチャーなわけで。
 どうやらこれだけでは騒ぎは終わりそうにないと、玲奈は直感で思った。そして残念なことに、玲奈の悪い直感は必ず当たるのである。この先のことなんか考えたくも無い。
 とりあえず今は一つの波乱が去ったことに安堵し、この平穏を享受しよう。そうだ。それが一番だ。そうに決まった。アタシってば頭良い。
 一人ウンウンと納得していると、近寄ってきた戸美子が声をかけてきた。
「ね、ねぇ、大丈夫だったの? なんかすっごい怖いムードだったけど……」
「あーあー気にしない気にしない。もうあれよ。アタシらがどんなに頑張っても用心しても自然災害だけはどうにもならないのよだからもう忘れましょどうせまた起きるから」
「ええっ?! どういうこと?!」
「はーいスポーツドリンクにレモン汁しぼるわよあーもう今日はいっそ梅干でも放りこんじゃおっか」
「玲奈?! 大丈夫玲奈?! しっかりして!!」
 人間は、どうしようもない事態がいくつも連続で起きた時は思考を放棄してしまうものらしい。
 玲奈はもう、しばらくは成り行きに任せることにした。
 多分もう、そうするほか、ない。
 ないのだ。きっと。
 うん。



355: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:16 ID:rE


 玲奈が入学早々に戸美子と仲良くなったように、憂弥にも早速と中の良い友人ができていたようだった。よく練習を二人で行っている姿を見かける。その彼の名前は片桐桐人と言い、何を隠そう、あの適性テストのときに憂弥から挑発まがいの握手を受けたキャッチャーの人だ。憂弥とは似ても似つかぬ大柄な身体と仏頂面で、あの憂弥とどうウマが合うのか玲奈にはさっぱり分からなかった。
「はい、さっきの時間のヤツ」
「おうサンキュ」
 嫌いな数学の時間、憂弥はリストトレーニグを無心に行なう為、ノートなんか取らない。そんなことだから、いつもこうして玲奈が授業後にノートを渡して写させてやるのだ。中学校の頃から変わらない習慣である。
「放課後までには返しなさいよ。あ、ごめんね邪魔して」
 遅ればせながら、先程から憂弥の机に来て話をしていたらしい片桐に断りを入れる。ぺこりとした丁寧なお辞儀を受けて、その大男は少し照れたように一礼を返した。
 片桐桐人は、無口な男である。たまにクラスにいる、必要なこと以外は全く喋らない生徒とは比較にもならず、彼は必要なことすら喋らない。玲奈も、未だ彼の声を聞いたことは一、二度しかない。しかし憂弥は彼との会話を見事に成立させることができる。不思議でならなかった。
「片桐君って本当に身長高いよね、何センチくらい?」
「…………(照れたように手を動かす)」
「一九二だってよ」
「すっごい! 一九〇オーバーなんだ! どこに住んでるの?」
「…………(照れたように目線を下げる)」
「隣の地区だってよ。自転車で来れる距離だってさ」
「へぇ、そりゃ雲龍が放っておかなかったわけだ。でもその身長ならバスケ部とか、バレー部とかからも勧誘あったんじゃない?」
「…………(照れたように頷く)」
「あったけど、やっぱ野球だけは続けたかったんだってよ」
「なんでさっきからアンタが答えのよ」
「しゃーねーだろコイツ、口下手なんだから」
 しかし訂正をしようとしない様子を見る限り、誤情報を伝えているわけではないらしい。無言の彼から的確に言葉を読み取れる憂弥の超能力は無視しつつ、玲奈は続ける。
「もう、片桐君、自分で喋らないと、こんなバカに頼ってちゃ駄目よ。高校球児なんだから、もっとハキハキしなきゃ、ね!」
 ドンっと背中を叩いてやると、片桐はやはり照れたような笑みを崩さず、申し訳なさそうに一礼した。背は高いのに腰はとても低い。態度の小さな巨人。なんだか、絵本の題材にでもできそうな光景である。
「おい、あんまイジメんなよ。お前、ただでさえガサツなんだから」
「アンタに言われたくないわよ。でも片桐君、本当に静かよね。もっと元気出して笑いなさいよ、ほら、ニカーっとしてみてニカーっと」
 実際にニカーっという笑いを作って見せて促す玲奈だが、やはり片桐は照れたような笑みを崩さない。むう、まだ心を開いてくれはしないらしい。未だかつて真正面から向かって行って友達になれなかった人間のいない玲奈の、ニカっと笑顔でお友達作戦は通じないようである。
「やめとけって。コイツ、ガキの頃にかあちゃんが自殺した現場見てから顔が上手く動かねぇんだって……っ」
 突然の衝撃。
 憂弥の頭が教室の端までぶっ飛び、少し遅れて身体もぶっ飛ぶ。壁に激突して血糊をぶちまけた憂弥を次に襲ったのは机、椅子、椅子、机、椅子、そして玲奈のシャイニングウィザードだった。
 ムタも真っ青な超絶悪役コンボをまともに喰らい肉塊に近い姿になっているものの、憂弥の指先はまだ微かにピクピクと動いていた。床に溢れ出した血がなんともグロテスクである。
「ちぃっ! まだ生きてやがる……!」
 トドメと刺そうとバットを振りかぶる玲奈の手を、何者かがそっと引きとめる。
「離して! 今コイツは殺すべきよ! じゃないとこれ以上の誰かが犠牲になってからじゃ遅いわ! この野郎、人のプライバシーを何だと思って」
 振り返ると、片桐がふるふると首を振って制止してきていた。どこか優しさを含んだ小さな微笑みからは、何も気にしていないから大丈夫だという言葉が、しっかりと伝わってきた。
「片桐君……でも、コイツは、この馬鹿は……」
 必死に玲奈は訴えるが、それでも片桐は、頑なに首を振った。
「そう……片桐君がそれでいいなら、何も言わないけど」
「…………ん、だ、か、らよ」
 のっそりと机と椅子から這い出して、血が流れている頭を押さえながら憂弥が起き上がる。

356: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:18 ID:rE
「こういうことぁ、軽い調子で早めに言っといた方がいいだろうが。これから長い付き合いになるんだし。それともなんだ? 辛気臭ぇ雰囲気の中でぼそぼそ語ってもらう方がお好みか? お前」
「そ、そういうわけじゃないけど……なんか、アンタの口から言うことじゃないでしょうって、思っただけよ」
「それぐらいで人を半殺しにするかねこの女は……」
 やれやれと肩を落としてみせる。その姿が若干癇に障ったが、せっかく片桐が引き止めてくれた拳だと思い、玲奈は殴るのを我慢した。
「……あの、本当にごめんね片桐君、変に無理させちゃって」
 お気遣いありがとう、もしくは話しかけてくれてありがとうとでも言わんばかりに、巨体の腰をかなり折って、片桐は玲奈に丁寧に丁寧に頭を下げた。きっと優しい巨人だかなんだかという童話の作者は、こういう人間をモデルにお話を作ったに違いない。厳つい身体に似合わず、片桐の表情は終始和やかである。
「片桐君ってさ、いい人だね」
「…………」
 少しだけ、嬉しそうな微笑だった。
 久しぶりにまともな人と対話を交わした気分で、玲奈は思わず胸を撫で下ろす。良かった。自分はまだ、まともな人間とまともな会話をするだけの能力を備えている。アイツがいなくなってからというもの、普段の会話の相手が基本的にこの変態ド馬鹿のみであるから、自分の常識や会話センスが狂っていないか心配だったのだ。これで戸美子とも、もっと清々しく会話できるに違いない。
 ああ、世界がこんな心優しい巨人で、もとい人間で溢れればいいのに。そうすればきっと、もっと世界は素敵になる。ほら見て、うふふ、蝶が舞っているわフランソワーズ。あら本当ねマリー、とても可憐だわ、さぁ私たちも踊りましょう。ええ喜んで、それ、可愛い右手を拝借。らんらんらん。
 ああ、片桐君の向こう側に白いお花畑が見える……。
「あ、そういえばよ」
 なんて純白、汚れを知らぬ白。まさに純潔、そして清純。
 こんな透明な白がこの世界にあったなんて。
「次に飛び蹴りやるなら、白以外のパンツで頼むぜ。もうアレは見飽きたからさ」
 直後、全てが赤く染まったことは言うまでもない。



 そのうち補完も終わらせますが、今はこっちの話にしばしお付き合い下さい。
 これいつ終わるかなぁ……。(・ω・`)

 いつも通り、気長にお待ち下さい。

357: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 01:30 ID:rE
>>257
そう言って頂けると大変嬉しいです。恐縮ですありがとうございます。
是非、書き始めた小説は完結させてあげて下さい。でなきゃ折角出来上がった世界がもったいない!
そして是非、どこかで日の目を見たなら教えて下さい。全力で読みますので。
こちらの雲龍高校編も楽しんでもらえるように、自分も精一杯書かせて頂きます。
一緒に頑張りましょう。
長文失礼しました。

358: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 20:06 ID:rE


 根性というものがどのように肉体に作用し、どのようにして身体能力を底上げするのか。玲奈は不思議でようがなかった。このスポーツ科学が発達した今日、一昔前の根性論によるシゴキというものはめっきり見られなくなった。それはとても喜ばしいことなのだが、しかしそもそも根性とはなんぞや。一昔前の偉大なる方々は、それを理解した上で根性だ根性だと声高に叫んでいたのだろうか。そうでないならば、もはや根性とはマイナスイオンレベルのあやふやさしか持たないものとしか思えない。
「あー……」
 だがもしも根性と言うものが、暑さや寒さすら超越できるものであるのだとしたら、今は、とてもその嘘科学にすがりたい思いだった。
 初夏の暑さは、屋根のあるベンチで座っていたって暑いものは暑い。しかもマネージャーが選手よりも楽をするわけにはいかないから、水分補給だって選手一同と同時に行なう。この炎天下の中でノックだフリーバッティングだの精を出すよりはよっぽどましだろうが、それでも暑いものは暑いのだ。
 そんな暑さを全面的にアピールするため、玲奈はたれパンダみたいにタレていた。
「あ゛つ゛い゛ー」
「玲奈ちゃん、顔がすごいことになってるよ……」
 器用な芸というものはツッコミが入ることで尚美しくなる。などと、美しさの欠片もない顔で思っても説得力に欠けるのだが。
「ああー、憂弥じゃないけど帰ってシャワー浴びて寝たいわ。何が悲しくてこの炎天下の中グラウンドなんざで青春潰してるんだろアタシ……」
「玲奈ちゃん……それって夏の高校野球全否定だよ」
 そう、これから先は高校野球の熱が過熱する一方の、夏。いよいよ真夏の甲子園の切符を賭けた球児たちの熱い戦いの火蓋が切って落とされるのである。勿論、三年生の先輩方は、最後に迎えた最後の大会。この高校生活の最後を見事飾ろうと、入る気合も例年以上、練習に対する意気込みも恐ろしいものがあった。
 エラーが出れば、
「グラウンド五周!!」
 三振すれば、
「素振り二百回!!」
 暴投でも投げようものなら、
「ダッシュ三十本!!」
 ミスに対する罰則すら異常だった。中学三年の頃には全く知らなかった光景が目の前に広がっている。その熱血っぷりは傍から見ていても充分に伝わってきた。
 上級生がそうして白熱の青春を繰り広げている中で、一年生は、まだ草むしりと球拾いをしていた。
 陽炎ににじんだ先でほそぼそと草むしりを続ける一年生達を眺めながら、玲奈は同情の溜め息をつく。
「確かに年功序列じゃ仕方がない……とはいえ、なんだか不憫よねー。練習すらさせてもらえないで」
「……そうだよね」
 この件に関しては戸美子もいくらか同意らしかった。

359: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 20:07 ID:rE
 先日の柊先輩によるお説教で憂弥も真面目に草むしりに参加してはいるものの、やはり草むしりは草むしりであって、そこに野球の技術的な向上要素は何も含まれていない。他人より一球でも多くボールを投げろ、一回でも多く素振りをしろという少年野球での鉄則が、崩れていっているような気がする。
 少なくとも今の三年生がこの夏を終えるまではこの調子なのだろうと思うと、なんだが申し訳ない気がしてきた。マネージャー風情が申し訳なくなったところで、事態は何も好転しないのだけれど。
「おう、ちょっとマネージャーのお嬢さんら、紙コップはどこじゃね?」
 のそのそとベンチに入ってくる巨体がある。二年生の先輩だった。戸美子が慌てて紙コップを差し出すと、大柄な先輩は豪快な笑顔で礼を言ってくる。
「ガハハハ、すまんのう手間かけさして。さて、と、……ゴクッ、うぅーすっぺぇ! 効くのう!」
 苦虫ならぬ酸虫を噛み潰したような顔で、先輩はまた豪快にガハハハと大口を上げて大笑いする。何がそんなにおかしいのか分からなかったが、この先輩は元来こういったテンションらしく、その巨体と人柄も相まって野球部ではちょっとした名物扱いになっているのだとか。
 山のようにガッチリとした、筋骨隆々の肉体を誇るこの先輩の名前は幸崎啓司さん。二年生ながらにレギュラーで四番バッターを務める豪腕の持ち主だ。黒く日に焼けた太い腕は、丸太を想像させるに難くない。
 ここ雲龍の野球部では、熱中症の予防の為に二時間ごとに休憩時間が取られるほか、基本的にはいつでもドリンクを飲んでもいいことになっている。もっとも、厳しい先輩らの目があるので、実際に自由に飲みにくるのはこういったある種「権力」を持った立場的に強い人ぐらいのものである。一年生のように最も弱い立場の人間は、それこそ根性でもって直射日光と渇きに耐えるのだ。なんだかそういう光景も、昔はいざしらず現代では見ていてやるせない気持ちになるので、素直に飲みにきてくれればいいのにといつも思う。
 とは言え、先輩らが飲まない限り、後輩が飲むわけにはいかない。そんなムードはどこにでもある。それは痛いぐらいに分かっている。だからこそ、こうして率先して飲みに来てくれる先輩がいることは、雰囲気の面でとてもありがたいことだ。
「ひゃー暑いのう。こんな日は野球なんかしたらダメじゃ。家でおとなしゅうウチワで顔扇いどるのが正解じゃろて」
 面白いことを言う先輩だった。その口調はまるで中年のおっさんである。まだ十七歳なのに。
「一年坊主に言うとってくれや、水は飲まなダメじゃ。喉渇いたら集中力がなくなって、何より効率が落ちるけんの。根性鍛えるんも大事じゃが、身体壊さんことはもっと大事じゃけ」
 やはり一年生が先輩らに気を遣ってドリンクに手をつけないことは、彼から見ても不安らしい。玲奈は思っていることを口にした。
「ドリンクは飲んでもらえないと余っちゃって、こっち側としても困るんですよね。この、なんていうか、水を飲みにこれない雰囲気って、どうにかなりませんか」
「そうじゃのう……」
 ベンチにどっこいせと腰掛け、つばの曲がった帽子を外し幸崎先輩は一思案抱える。三年生らの視線があるなかで、ここまで堂々と休憩(サボり?)できるのはこの人ぐらいのものだろう。
「ワシもそういう雰囲気作らんように、ちょくちょくサボる姿は見せてやっとるけど……いやぁ、今年の一年は真面目じゃあ! だぁれもワシの真似をしようとしやせん! いいことなんじゃろうけど、なんか虚しいのう!」
 口下手で若干人見知りする戸美子はさきほどから一線を退き、ベンチの隅で練習の見学に戻っている。というより、外野で草むしり真っ最中の一年生らが気になるのだろう。じーっと外野の方を見ていた。

360: 名無しさん@パワプラー:09/06/03 20:07 ID:rE
「もともと、雲龍は武術奨励の学校じゃけえ、年功序列の考え方が根強いんじゃ。先輩の言うことに後輩は逆らったらいけん。そんな馬鹿げた雰囲気がまだ残っちょる、時代遅れじゃと、散々先輩に言ってはいるんじゃけどのう」
「幸崎先輩は、年功序列な考え方、お嫌いなんですか?」
「……嫌いと言うか、気にいらんのじゃ。ワシが一年の時、その時の三年生より実力のある、今の三年生は何人もおった。それが年功序列だなんて考えの所為でレギュラーになれず、結果として雲龍スタメンはベストな編成にならなかった。それで甲子園出場を逃した。馬鹿げた話じゃ本当に」
 グイっと一飲み、コップに残ったドリンクを喉に流し込む。どうみてもおっさんの晩酌の光景だったが、それを口に出すことは空気の読めないこと甚だしいので、玲奈はなんとか言葉を飲み下した。
「それでレギュラーを逃した連中が、今度は同じことをやり始める。負の連鎖じゃ、馬鹿馬鹿しい。……じゃから、ワシらの代からは年功序列なんてものをなくそうと、今、二年の間で話が出とる」
 初耳だった。
「来年からは実力主義でやるつもりじゃ。でなきゃ、惜しい才能を潰すことになるからのう。……アンタ、あの紅咲とかいうヤツの知り合いじゃったな」
 突然憂弥の名前が出てきて玲奈は戸惑ったが、悲しいけれど、その通りである。腐れ縁というものは仕方がない。
「えー、まぁ、その、一応……はい。っていうか保護者です」
「ガッハッハ! 初日にいきなりやらかしてくれたことはまだ憶えとるぞ! ええコンビじゃ! グラウンドでバットを凶器にした女子は初めて見たから新鮮じゃったわい!」
「あ、ああ、いやできれば忘れて頂きたいんですけど」
「ガッハッハ!」
 顎が外れるんじゃないかというぐらいの大口を開けて大笑いする。これぐらい思い切り笑えたらさぞかし楽しいのだろうなと思った。
 ひとしきり笑ったあとで、幸崎先輩は真面目な顔になる。
「紅咲、アイツは逸材じゃあ。ありゃ間違いなく高校トップレベルの投手になるじゃろて」
「はぁ……?」
 幸崎の褒めっぷりに、玲奈は露骨な疑問符を声に出した。確かに憂弥のレベルは高いのだろうけど、何もトップレベルとまでもてはやされるものではないと思うのだが。その様子を見て、やはり先輩は笑った。
「ガッハッハ! 見とれ、間違いない! 速球も速いし変化球もなかなか、度胸もよーく据わっちょる……なにより」
 そこで言葉を区切り、玲奈の顔をじっと見る。おちゃらけたような表情だったが、その中には相手に言い聞かせるような、自信に満ちた笑みがあった。
「眼の奥に修羅がおる。喉笛を食いちぎるような迫力がある。ありゃ努力では身につかん、天性の才能じゃ」
「はぁ、なるほど……」
 そう聞くとなんだか憂弥が凄い人間のように思えてくるが、それってつまり向こう見ずで無鉄砲な上に自分勝手で喧嘩っ早くて目つきが悪いっていう人格破綻者のことなんじゃなかろうか。言葉を選ぶだけでここまで美しく聞こえるものなのか、日本語とは不思議なものである。
「さて、ちっと喋りすぎたわい。付き合わせて悪かった。じゃけどもいい気分転換になったわい、あんがとさん!」
 言うだけ言って満足したらしく、幸崎先輩はその山のような巨体をのっしと立ち上がらせて、自分の打撃練習へと戻っていった。なんというか、こちらは片桐と違い、見た目の大きさどおりの突き抜けた性格である。ついでに言うと柊先輩とは正反対な性格。同じ二年生でも、やはり個性は様々。
 しかし悪い人たちではなさそうであるからして、玲奈はちょっと安心した。少しばかり、これから先の高校生活が楽しそうに思えてきたのである。
 玲奈は相変わらず外野組を見ている戸美子の方へと近付き、その横に並んだ。
「なんだか、凄い人だったね、幸崎先輩って」
「そうね、面白かった」
 痛快な金属音が響いた方を見やると、フリーバッティングで幸崎先輩が豪快な一発を打ったところだった。重量級打者のバッティングは迫力がある。
「良い人だしね」
 何せあのキワモノ中のキワモノである憂弥を褒めることが出来る人間なんて、そう簡単にいやしない。相当心が寛大な人しか、アレを受け入れることなんてできるわけがない。
 憂弥の大暴れに未だ不安は残るものの、ああいう先輩がいるなら大丈夫だろうと思う。
 なんとなく玲奈は、心が軽くなっていた。




361: 名無しさん@パワプラー:09/06/09 21:03 ID:FA
これは期待していいんだな?
いいんだな?

362: 名無しさん@パワプラー:09/06/11 19:52 ID:Ho
これは期待

363: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:34 ID:zk

 野球好きな父は、ようやく授かった我が子が女の子だと知ったとき、ちょっと残念だったらしい。息子と野球をする楽しみがなくなってしまったと悲しみに暮れて酒をあおる姿を、母が目撃している。
 だがそんな父の立ち直りっぷりは大したもので、いざ娘が生まれるとすっかり娘に夢中になり、気持ち悪いほど可愛がって育て終いには娘に野球をやらせた。そして困ったことに娘も野球にハマってしまったもんだからさぁ大変。絵本や歌が好きな箱入り娘に育てようと思っていたらしい母の企みは数年で崩壊。女の子は常に泥だらけで擦り傷切り傷の絶えないやんちゃな子に育ちましたとさ。
 その後、女の子は多くの悪友に囲まれ、それなりに楽しくスポーツと学校生活に明け暮れ、中学の終わりまで野球少女であり続けた。しかし高校野球の舞台で女の子は活躍できないということを知ると、女の子はマネージャーとして野球に携わることに決めた。ここまで付き合ってきた野球というスポーツに、こうなったらとことんまで付き合ってやろうと思ったのである。
 それに、自分の悪友はまだ野球を続けていくのだ。そんな中で、自分だけが先にドロップアウトしてしまうのは格好悪い。負けず嫌いな性格がそうさせた。

 けたたましい音で、携帯電話が鳴り響く。

 玲奈は布団の中から手を伸ばして携帯を掴むと、目覚まし代わりであるボンジョヴィのハブアナイスデイを止めた。やはり朝一はロックに限る。
 のそりと起き上がって時計を確認。六時丁度。いたっていつも通り。欠伸と背伸びを同時にして身体に酸素を送り込むと、玲奈は自室を出てリビングへと向かった。
「おはよー」
 リビングに入ると、机でコーヒーを飲みながら新聞に目を通している父の、向かい側の席に座る。玲奈の定位置だ。
「またそんな格好で寝てたのか。最近寒いんだから風邪引くぞ」
 下着姿を父に見咎められる。確かにここのところ明け方は妙に冷え込むのでまだ毛布に頼っているところはある。しかし夜に寝付くときは暑くて仕方がないのだ。薄着は快眠を得るための不可抗力である。
「今日はタコさん何個いれる?」
「あー……三つ」
 キッチンに立って朝食及び玲奈の弁当の準備をしている母が尋ねてくる。タコさんというのはいわゆるタコさんウィンナーのことで、玲奈の大好物の一つだ。アレが入っていない弁当など弁当に値しない。小学校の頃に一度、遠足に持っていった弁当にタコさんウィンナーが入っておらず、絶望した挙句弁当に殆ど手をつけずに持ち帰ったことがある。勿論、その時はこっぴどく怒られたのだけれど。

364: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:34
 本日は平日水曜日。三限目には玲奈の好きな英語の授業が待っている。
「もう慣れたか」
「ん?」
 ココアをカップに注いで飲もうとすると、父が言ってくる。玲奈は半分寝惚けた顔で聞き返した。
「高校だよ。中学とは何もかも変わって、新鮮だろ。もう慣れたか」
「あー、うん問題無し」
 暖かいココアを一飲み。喉を下っていく熱い感触が、身体を温め潤すようだ。
「マネージャー友達もできたし、あんまり変わった感じしないよ。野球部だって、マネージャーの今の方が楽だし」
「紅咲君は元気か?」
「あーもう元気過ぎていっそ殺したいくらいよ。もうちょっと大人しくしてくれりゃいいのにさ……」
 はぁ、と朝っぱらからの深い溜め息を見て、父は少し微笑んだ。
「はは、相変わらず、か。高校生にでもなれば少しは落ち着くもんだが……まぁ、それがあの子の良さだ。元気が良い分には結構じゃないか」
「いやだから血の気が多すぎるんだって……」
 玲奈の両親は、紅咲のことをとても気に入っている。何度か家に遊びに来たことがあり、その際にあのふてぶてしさと態度のデカさに何か光るものを感じたらしい。あのバカはあれで(敵意の無い)目上の人間に対する礼儀は心得ているから、その使い分けも大人受けするのだろう。
「また連れてきなさいよ。お母さんも久しぶりに顔見たいし」
 冗談じゃない。
「何が悲しくて家でもアイツの顔見なきゃならないのよ」
「いいじゃないか、あの子が来ると、家の中が明るくなる」
「父さんまで……」
 アレの有害さは、やはり同い年でかつアレの近くにいる人間でないと分からないらしい。どう足掻いてもこの両親の中の、ヤツに対する評価は操作不能なようだ。
 玲奈は諦めてその話を受け流すと、机に出されたベーコントーストに齧り付いた。



365: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:36


 ドアを出ると、冷たい空気が全身を覆った。マンションの十四階ともなると、漂っている空気はよく冷えている。冬は勘弁してほしい環境であるが、初夏の朝にはなかなか有り難い。半分寝惚けていた身体が、ここに来てようやく一気に引き締まる。
 下に降りる為にエレベーターに乗ると、上の階に住んでいるおばさんが先に乗っていた。
「おはよう玲奈ちゃん」
「あ、おはようございます」
 気さくに挨拶をする。中学の時から朝にはよく顔を合わせるので、すっかり顔馴染みなのだ。
「今日も部活? 毎日えらいわねぇ」
「いやー、好きなもんですから」
「ウチの子もそうだったわー。本当、若いって羨ましいわ」
 おばさんにはかつて雲龍の陸上部に所属していた息子さんがいるらしい。今はもう大学生になって都会の方へ出て行っており、こうしてたまに玲奈と会うと、息子さんのことを思い出すのだそうだ。親というものはいつになっても子どものことを常に考えているのだなと、朝からちょっぴり心が温かくなる瞬間である。
 それから少し言葉をかわしていると、あっという間に一階に着き、おばさんはゴミ捨て場、玲奈は玄関へと別れて行く。正面玄関を出てすぐ右には自転車置き場。その中から自分の自転車を引っ張り出して乗り、玲奈の登校は始まる。
 まだ七時前だから、通勤の車も少なく、雑音も排気ガスも無い。朝日に照らされた住宅街の道路のド真ん中を我が物顔で走り抜けても、誰からも咎められない。スズメの鳴き声をBGMに、玲奈は朝餉の香り漂う住宅街を颯爽と駆け抜けた。
 住宅街を出た先、最初の交差点を左折したところにあるコンビニ。そこの駐車場には、ヤンキー座りで朝食のおにぎりを頬張る、ジャージを着た紅咲憂弥の姿がある。これもいつもの待ち合わせの光景だ。
「はいさっさと荷物渡す」
「あいよ」
 憂弥の荷物を全て受け取り、自転車の荷台とカゴに載せる。ここから学校までは三十分ほど。それを憂弥がランニングし、その横を玲奈が併走するのが中学の頃からの習慣である。
「ほんじゃ、いくかな」
 おにぎりの最後の一口を飲み下し、軽く準備運動をした後で、憂弥が駆け出す。遅れずに玲奈もそれに続いた。ここから先はお互いにほぼ無言。ランニング中に、憂弥の呼吸を乱すようなことはできない。
 高校までの道程は中学、小学校の頃とほぼ同じ。かつて通っていた小学校と中学の校門前を通りぬけて、そこからさらに十分ほど行ったところに雲龍高校はある。そんなもんだから、登校風景は十年も前から全く変わらず、新鮮味にとても欠けた。

366: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:36
 涼しい風の吹き抜ける川の上、慣れた橋を渡る。冬は表面が凍りつき、夏は外灯にたかった虫の死骸で見るも無残なこの橋であるが、今の時期はわりと平和である。たまに上空から、ハトによ汚物爆撃があることだけを除けば。
 橋を抜けた後の道路沿いでは、よく通学バスなんかとすれ違う。この辺は小学校や中学校、高校が近辺にまとまってあるので、学生の年代は様々だ。まだ朝も早いゆえ、コンビニ以外に開いているお店と言えばパン屋さんぐらいである。いつもオヤツ代わりに帰り道に買うので、朝は匂いだけお腹いっぱいに吸い込んで、ウィンドウに並ぶ美味しそうなパンたちを見ないようにして通過する。
 しばらく行くと、次はかつて通った小学校が右手に見える。時間はまだ七時を過ぎた頃だというのに、既に校庭には何人もの小学生らの姿が見えた。ドッジボールをしたり鉄棒をしたり、野球をしたりサッカーをしたり、思い思いに遊ぶそのエネルギーは、果たしてどこから沸いてくるのだろうか。かつては自分もあの中にいたのだと思うと、余計に不思議でならない。しかし何よりも、この子どもたちの為に早起きして学校の鍵を開けてくれる先生にはほとほと感心するばかりだ。玲奈のときは校長先生だったけど、今は一体誰がその役をやってくれているのだろうか。
 その次は中学校だ。小学校よりも大きく、どこか威厳を感じさせる風体が、どっしりと敷地内に腰を下ろしている。カラフルな遊具なんかがない分、小学校より厳格そうに見えるのだろう。汚れの目立つコンクリートの壁が、厳しくもあり、そして懐かしい。校庭には、まだ人影が無い。野球部の朝練は七時半開始だったはずだ。一般生徒も、夜更かしをするので、朝は小学生以上に気だるいものである。
 ちらっと、憂弥に視線を配る。体調が悪いかどうかをチェックするのだ。本人は気付いていないようであるが、憂弥は体調が優れないと、大体これぐらいの距離で呼吸が乱れてくる。腐れ縁ゆえの、長い付き合いだからこそ分かる癖だ。
 見たところ、今日は大丈夫な様子。呼吸のリズムは一定で、顔色も良い。玲奈以上に負けず嫌いなこのバカは、怪我や体調不良を絶対に口に出さないから、こうして見てやらなければ大変なことになる。
 そこから十分ほど走ると、雲龍高校前バス停を通過する。校門はもう目の前だ。
 到着後、憂弥は立ち止まらずそのままグラウンドへ。七時半からは、野球部の朝練が始まる。この辺り中学の頃から習慣に変化が無いのはありがたかった。もっとも玲奈は練習に参加することがなくなったのだけれど。
 無言のままに別れ、駐輪場に自転車をとめると、憂弥の荷物も一緒に背負い玲奈は教室へと向かう。流石に二人分の勉強道具にスポーツバッグを持つのは文字通り荷が重いが、伊達に中学まで男子と同じ部活で鍛えてはいない。靴箱で上履きに履き替えてから、重い荷物をよっこらせと抱え上げると、玲奈は階段を上った。この時間帯、部活でグラウンドにいる人以外は生徒会役員ぐらいしか学校にいないので、この怪力女たる姿を一般生徒に見られることがないのが救いだった。悪いことをしているわけではないのだが、やはり恥ずかしい。とうの昔に乙女心とやらを失ってしまった自分とは言え、恥ずかしいものは恥ずかしいののである。
 教室に辿りつくと、玲奈は憂弥の席に預かった荷物を下ろして、そのまま教室の窓を全開にした。額の汗をひと拭きして、自分の席に座り込む。朝の静謐な雰囲気の中、開け放した窓から冷たい空気が流れ込んでくるのが気持ち良い。玲奈はこの空間が好きだった。
 首筋にそっと触る朝の風が、ほてった身体に心地良い。
 そうしていつものように、夏の早朝をたっぷり味わおうと思っていたときだった。
「小倉川、玲奈さんだね」

367: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:37
 妙にキザったらしい中性的な声で、名前を呼ばれた。一瞬硬直したあとで振り向くと、教室の後ろのドアのところに、一人の男子が立っている。制服は着ているので、ウチの男子生徒であることは間違いなさそうだ。背はスラリとして高く足はモデルのように長く、顔も間違いなく美男子。そんなアイドルみたいな男子が優しい微笑でこちらを見つめてきているのだから、女子ならば赤面してときめいて然りの場面。……なのだろうけど、生憎と玲奈は気持ち悪さと寒気しか感じなかった。
「……どちら様?」
 ひきつる口をなんとか動かして質問すると、美男子A(仮)はフッ……とすかした笑みを一つ。玲奈の全身に、ぞわわっと鳥肌が立った。
「これは失礼。自己紹介が遅れてしまった。オレは沢内彰。隣のクラスの男子」
 細長い手足を流れるように動かして、玲奈の机へと歩いてくる沢内。その動きはさながらパリコレのモデルのよう。玲奈は吐き気をなんとか堪えた。
「突然だけど……」
 風に舞うような柔らかい髪を揺らして、沢内はこちらの手をひしと握り、瞳を覗き込んできた。
「オレと付き合ってくれ」
「……………………は?」
 気持ち悪さと嫌悪感で既にこちらの脳は限界だというのに、ダメ押しのように投げかけられる一言。玲奈はもうそろそろホワイトアウトしそうな思考の中で、精一杯疑問符を浮かべた。
「いみが、わかり、ません」
「君はとても可憐だ。化粧やアクセサリーに頼ることなく、髪も黒く美しい。真面目で清楚、それでいて健康的な表情。性格だって美人だ。大和撫子、そう呼べる女性に、オレは生まれて初めて出会った。君こそ、オレの女神に相応しい……」
 歯が浮くような台詞とはこういうもののことを言うのだろう。小、中と野球部で精神力と忍耐力を磨き続けた玲奈とは言えど、流石にこれは強烈過ぎた。既に頭の思考回路が追いつかず、目の前の人物に対して、とても短絡的な結論を出そうとしている。
 こいつは変態だ。
 はい正解。
「オレが自分から告白なんて真似をしたのは、これが初めてだ。玲奈さん、君にはそれだけの魅力がある。オレは、君を好きになってしまった……この想いに、応えてくれないか」
「あー、せっかくだけどおことわりします」
 素敵な棒読み。
 ちゃんと答えたつもりだったのに、変態(仮)にとってはあまりに予想外な反応だったらしい。しばらく「え?」という表情で固まって、それから焦りを隠して言葉をつなげる。

368: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:38
「は、ハハハ、心配することはないよ。オレがここまで惚れてしまった女性は君が初めてだ。決して浮気なんかしない。確かに、オレに言い寄ってくる女は多いさ。でもそんな奴ら、君の魅力に比べては塵に等しい。……君が望むなら、モデルの仕事だって蹴るよ」
 ああ、そういえば隣のクラスに雑誌や広告のモデルとして活躍しているマヂイケてる男子がいるとは聞いていたけど、それがこの沢内のことなのか。タレント養成所で演劇の練習もしているとかで、それならこの芝居がかった物言いにもいくらか納得がいく。
「いやあのー、あたしはべつに、つきあうつもりとか、まったくないんで」
「大丈夫!」
 ガシッと一際強く手を握られる。痛いっ! なんて叫べばちょっとは絵になっただろう。でも悲しいことに痛くなかった。多分、握力はこちらの方が強いのだと思う。悲しいことに。
「君に不利益になることは絶対にしないと誓おう! なんども言う! 玲奈さん、オレは、いや僕は、君が好きで好きでどうしようもないんだ!」
 いやいや、あたしはあなたのこと、なにもしりませんから、かんべんしてください。
「あー、ウゼーなこの変態野郎」
「へ?」
「ああいえちょっと、お、オホホ」
 つい本音と建前が入れ替わってしまった。それがきっかけで冷静さを取り戻す。
「あの、アタシは今、その、野球部でマネージャーやってて、そっちが忙しくて付き合うとかなんとか、そういうのに手を回してる暇がないんですよ。だからごめんなさい。他あたってくれないかな」
 精一杯の苦笑いで告げる。しかしまだ言葉は通じなかったようだ。
「そんな……っ! 言ってくれさえすれば、オレはどんな癖だろうと行動だろうと正すことができる! 君が望む男になれるよ! それでも駄目なのかい?!」
 だったら今すぐその三文役者みたいな大袈裟な芝居調をやめて背筋を伸ばして一般男子高校生に少しでも溶け込めるように努力しろついでにこっから出てけ。と思ったが流石に口には出せず。事は穏便に済ませなきゃならない。
「あの、アタシさ、野球やってる人たちが好きで、マネージャーやってるの。モデルとか、タレントとか、観るのはいいけど、付き合うってのは無理だから。ごめんね」
「え、そ……そんな……」
 この世の終わりのような顔をして、沢内はふらふらと教室を出て行った。こんな時まで絶望に打ちひしがれた主人公のような素振りで歩くとは、なかなかの役者である。気持ち悪いけど。
 沢田が出て行って数分して、玲奈以外の最初の登校者。女子二名。名前は憶えてないけど、とりあえず挨拶はした。もうちょっと沢内を追い返すのが遅く、彼女らに現場を見られていたら、きっと今日から素敵な噂を立てられていたに違いない。恐ろしいやら安心したやら、玲奈はホっと胸を撫で下ろした。あと十分もしたら、戸美子もやってくるだろう。彼女はああいった沢内のような有名生徒のプロフィールに敏感なので、あとで沢内の人物像を聞こうと思う。
「…………ぐぅ」
 朝から意味も無く疲れてしまったので、朝礼までの時間は睡眠に費やすことに決めた。
 机に突っ伏し、朝練連中のランニングの音を遠くに聞きながら、玲奈は全てを忘れて寝ることにした。



369: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:39


「聞いた?! 沢内君フラれちゃったんだって!」
「聞いた聞いた! すっごい落ち込んでたかわいそう!」
「っていうか沢内君ふるとかありえないし! 誰、誰なん?!」
「分かんない! 沢内君全然言ってくれないから」
 昼休みに、周囲はそんな話題でもちきりだった。
 我関せず聞く耳持たぬの表情を貫く玲奈であるが、沢内の名が飛び出すたびにギクリと心臓が痛む。まさかの当事者は、できるだけ小さくなっているべし。
 机に座って戸美子とともに弁当をつつくも、ろくに落ち着けない。三匹目のタコさんを口に放り込むも、味なんてするわけがなかった。
「玲奈ちゃんも聞いた? 沢内君の話」
 タコさんが喉につまりかける。盛大にゲホゲホとむせ込んだ。
「ちょっと、大丈夫玲奈ちゃん?!」
「ゲホッ……あー、ごめん。いやー飲み違えたわ。あはは」
 我ながらなかなかに誤魔化しきれていない。
「……沢内君の話、聞いた?」
「ん? ああいや、っていうかサワウチって誰ー? みたいな」
「えっ?! もしかして沢内君知らないの?! すっごい有名人なのに」
 そんなに有名人なのか。今朝の今朝まで知らなかったのに。
「家が企業のお偉いさんで、成績優秀、スタイル抜群、スポーツ万能、雑誌モデル。高校生タレントとして芸能界からもスカウトが来てるって話。今、ウチの学校で一番人気のある男子だよ。ご両親が雲龍出身で、名門校の推薦蹴ってこっちに来たんだって」
 絵に描いたようなパーフェクト男子。そりゃ女子一同が大騒ぎするのも仕方ない。
「アンタもよく知ってるわねそんな情報」
「えへへ、実は沢内君が載ってるファッション雑誌読んでたり」
 ミーハーめ。
「その沢内君が自分から告白してフラれたんだって。信じられないよね。どんな人なんだろ、先輩かな。そんな可愛い人、雲龍にいたっけ……」
 うーんと頭を抱えて考え込む戸美子。この辺り他人の色恋沙汰に興味津々なのはやっぱり女の子だ。
 とりあえずはヒントその一。
「……案外フツーの女子かもよ」
「まさか、沢内君レベルがフツーの女子なんて相手にするかなぁ……」
 ヒントその二。
「……意外とガサツな感じの女子かもしれないし」
「えー、でも雑誌の特集に『大人しい人がタイプです』って書いてたよ」
 ヒントその三。
「時代遅れのポニーテールだったりして」
「玲奈ちゃんじゃないんだから、今時ポニーの女子なんて他にいないよ」
 どうやら戸美子の基準から、玲奈は大幅に外れているらしい。安心したやらムカつくやら。っていうか今時ポニーってなんだ今時って。これが一番暑くなくて動き易いんだよ、この戸美子のクセに。
「うーん、恋愛がらみの話はアタシャよく分からんわ」
 付き合いの長い男子は若干二名ほどいるけど。あれは恋愛とかそういう次元の話ではない気がする。

370: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:39
「誰だろー気になるなー」
「戸美子、箸くわえたまま喋らない」
「はーいお母さん」
 なかなかノリが良い。
「なに? もしかしてアンタもあの沢内のこと狙ってんの? あんなキザったらしい変態のどこがいいんだか」
「? 玲奈ちゃん沢内君のこと」
「ああいや、知らない。知らないようんあはは」
 すんでのところで回避。危ないところであった。
「アンタはどうなのよ戸美子。もしかして沢内狙い?」
「ち、違うよー」
 ちょっと赤くなりながら否定する戸美子。その様子が格別可愛い。やっぱ女の子は可愛くてナンボだ。うん。と玲奈はオヤジ思考で一人うんうんと頷いた。
「ほら、やっぱり人の恋って気にならない?」
「いや、全然」
 玲奈は即座に否定した。
「えー玲奈ちゃんそれはつまんないよ」
「そうかねぇ」
 玲奈は昔から恋愛沙汰にあまり興味が無い。そりゃフツーの女の子であるからして、告白される経験もしたことはあったけど、全部断った。興味が無かったから。流行りの恋愛ドラマも、同級生の話題が気になって観てはみたものの結局最後まで観通すことはできなかった。面白くなかったから。恋する暇あるなら野球やる。そういう小中学生時代よ。恨むなら野球を教えた父を恨むべし。
「恋愛してみるのも、面白いのかもね」
 無理だけど。
 ぼそっとつぶやいてから、玲奈は最後のタコさんウィンナーを食べることに集中する。
 そんなふうに過ぎていく、ある日の昼下がりであった。



371: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:40


 翌日の放課後、部活の前。一足先にグラウンドに到着した玲奈は、憂弥のストレッチを手伝っていた。憂弥が脚を伸ばして座り込みその背中を玲奈が押す、オーソドックスな柔軟体操である。投手の身体は、プロレスラーのような筋肉質なものではいけない。鞭のように柔らかくしなる身体でないと、速球は投げられないのだ。だからこういったストレッチは欠かせない。もっとも、憂弥の身体は既にぐにゃんぐにゃんに柔らかく、ゴム人形みたいで気持ち悪いぐらいなのだが。
「ねぇ、アンタ沢内君って人知ってる?」
「いや、知らね」
 まぁそうだろうな。やはりコイツと自分の思考は若干、とても若干、断じて少しなのだが、似ているところがある。認めたくないが。
「有名人らしいんだけどさ」
「なんだ? 野球上手いのかよ?」
「スポーツ万能なんだってさ」
「だから野球はどうなんだって」
「それは知らない」
「んじゃどうでもいいや」
 一気に興味を失ってしまったらしく、柔軟体操を続ける憂弥。予測できたことなので、別段気にも留めず、玲奈は腕のマッサージを手伝った。
「上腕筋が張ってるわよ。ちゃんとお風呂の中で伸ばした?」
「いや、昨日は、風呂の中では何もしてねぇわ」
「ダメだって。お風呂の中と、出てから、二回のマッサージが重要なんだから。もう今日は筋トレとシャドウピッチング禁止。筋肉硬くなるからね」
「あいよー」
 玲奈は憂弥のトレーナーのようなものでもある。練習メニューにまで深く関わったりはしないが、身体ケアと能率の向上は玲奈の役目だ。このあたりの整体術は、かつての友人からよくよく教授されているのでちょっと自信があったりする。
「仲が良いね」
 後ろから声がかかる。振り向くと、そこにはヒョロっとした優男、柊誠也先輩が立っていた。その表情は絶えず優しい微笑み。この前、三年生相手に見せた冷酷な表情とはまるっきり反対の、とても人当たりの良い顔だ。やはり、こういう人は苦手である。
「あ、先輩どうも。どうしたんで」
「なんか用っすかー」
 玲奈の挨拶を掻き消すようにして、憂弥が生意気な口をきく。それを背中へのトゥーキックで黙らせた後、玲奈は改めてにこやかな笑顔を作った。
「どうしたんですか? あ、もう練習始まっちゃいますかね、すいません」
「いや、まだあと十分は始まらないから、のんびり柔軟していて構わないよ」
 ハハハという、聖人君子のような笑い方。
「今日はちょっと事情があってね、面白そうだったから、僕は早めに来たんだ」
「面白いこと……ですか?」

372: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:41
 玲奈が疑問符を浮かべると、それを受けた先輩はやはり微笑みのまま返答してくる。
「そう、面白いこと。なんと季節外れの新入部員さ。それも、以前スカウトして断られた人材だから、なかなか心が躍ってしまってね。これで雲龍はもっと強くなる」
 機嫌の良さも手伝ってか、先輩の口調は妙に軽快である。
 そんなことより、新入部員だという。もう六月の甲子園予選も目前に迫ったこの時期に入部とは、なかなか珍しい。それだけならまだしも、先輩の言では一度声をかけて断られた相手だと言う。雲龍の野球部からスカウトを受けるほどの人材で、しかも一度は断りながら今になって入部してくるなど、不思議な人間もいたものである。確かにそれは面白い。
「へぇ、凄いですね。今になって入部なんて……こういっちゃなんですけど、先輩方からの視線とか厳しくならないですか? 一番新入り、なんてなると、実力あってもイジメられたりしないですかね」
 密かな相談。以前幸崎先輩が大口を開けて笑いながら話していた内容が本当なら、二年生の先輩らはこの手の話題に関してかなり寛容であるはずだ。
 そんな不安半分期待半分での質問だったが、どうやら期待のほうが勝ったようである。柊先輩の表情は、決して曇ることなかった。
「安心してくれ。僕たちの代からは実力主義社会だ。努力した凡才より、結果が出せる天才を優先する。そうじゃなきゃ甲子園なんて狙えない。今回の新入部員は、間違いなく天才だ。僕と幸崎が、イジメなんてさせはしないさ」
 それを聞いて安心した。新入部員の人が救われたということももっともであるが、何よりこの、実力はあるくせに性格と態度に非常に難アリなバカの末路が気にかかっていたゆえ、先輩らのその姿勢にはただ感謝するばかりである。
「おっと、そろそろかな」
 柊先輩が見やった先に視線を重ねると、先輩らがどやどやとグラウンドに入ってきていた。その後ろには練習機材を抱えて運ぶ一年生の姿がある。慌てて手伝いに駆けて行こうとしたが、もはや行くには及ばないと、柊先輩が制止してきた。そうまでされては仕方がないので、とりあえず未だに柔軟を続けている空気の読めないバカに蹴りを入れて立ち上がらせ、柊先輩と共に皆のところへ歩く。
「そういえば、新入部員の人って、どんな人なんですか?」
 素朴な疑問だった。が、聞かずにはおられない。
「そうだな、スポーツをするには似合わないルックスだが、野球のセンスは天才と言えるに値する。とてももったいない人間さ」
 ほう、そんな二物を与えられた人間が雲龍にいたとは驚きである。全く知らなかった。
「最初にスカウトした時は、仕事が忙しいとかで断れたんだけどね、なんの心変わりがあったのか、昨日になって突然入部届けが提出された」
「仕事? 高校生がですか?」
 もしかして、新聞配達をしながら通う苦学生の方なのだろうか。だとすれば、本当にもったいない。
「いや、雑誌モデルの仕事らしい。前述した通り、ルックスと顔が良い男子でね。なんでも、芸能界からもお声がかかっているんだそうだ」
 かなり予想が外れた。高校生にして雑誌のモデルをするとは、そりゃなかなか珍しい人物だ。そんな人物が野球とは、奇特な人間もいたもんである。

373: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:42
「もともとスポーツは万能らしくて、いろんな部活から誘いがあったようだが、やは全て断っていたらしい。そんな中で、我が野球部を選択してくれたとは、ありがたいことじゃないか」
 顔が良くてモデルをやっててスポーツ万能なんて、絵に描いたようなパーフェクト男子である。するとグラウンドが黄色い声援で囲まれることになるかも知れない。あまり好ましくない光景であるが、それでもここまで先輩が褒める人間が入部してくれるのだ、喜ばしいことだろう。とても、そう、とても。
 だから今ここで玲奈がとてもおぞましい既視感に襲われていて寒気と同時に軽い吐き気をもよおしながらもそれに耐えつつ震える足をなんとか踏ん張って今すぐこの場から逃げだしたいという欲求を理性でもって抑制して行きたくもない集合場所に歩を進めているという事実は、とても矮小でどうでもよいことなのである。そうに違いない。だってそれはチームのためなんだもの。ああ、アタシってなんて悲劇のヒロイン。
「生理痛か?」
 横から軽くセクハラを噛ましてくれたバカの顔面に裏拳をめり込ませて昏倒させる。思いっきり鼻血を噴き出しながらぶっ倒れるバカを見て、柊先輩がキョトンとしていたが、無視して玲奈は歩いた。お気に入りのジャージに少し鼻血がついてしまった。血液は落ちにくいというのに。
「……顔色が悪いようだけど、大丈夫かい?」
「ええ、平気です。ちょっと冷や汗と動悸と眩暈がとまらないぐらいですから」
「それはマズイと思うんだけど……」
 引きつった表情でこちらを案じてくる柊先輩。その鋼鉄の微笑みにヒビを入れられたことを若干誇らしく思いながら、玲奈はふらつく足元をしっかり踏みしめて歩き、集合場所へと到着した。
 既に現部員が全員整列し、三年生のキャプテンが前に出ている。その横には、新入部員らしい男子が一人。ジャージ姿で立っている。その顔や姿は、嫌なほどに記憶に新し過ぎた。
「今日は、新入部員を紹介する! 一年の」
 もう、そこから先は言わないで欲しかった。

374: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 02:43
「沢内彰だ!」
「沢内彰です! よろしくお願いします!」
 名前を呼ばれて一歩前進。声高らかに自己紹介をして、天下の美男子はペコリと頭を下げた。
 顔を上げて、沢内は少し視線を動かす。
 するとばっちり目が合ってしまった。
 すかさずとんで来るウィンク一つ。放たれ飛来したハートマークを、玲奈は一瞬で見切りかわした。
「ん? あれってさっきお前が話してたヤツじゃね?」
 斜め後ろからは、とても暢気な憂弥の声。
 もう玲奈はなにがなんやら。せっかく部活が楽しくなりそうだと思いかけていたのに、一安心した矢先がこれかい。
「沢内、何か抱負。宣言しとけ」
 キャプテンが茶化すように言葉を促す。するとそれに同調して、部員らも沢内の言葉を求めてはやし立てる。そしていつの間にか起こる沢内コール。天下の美男子にして雑誌モデルの入部に、全員浮かれているようだ。
 照れたように視線を泳がせて遠慮していた沢内だったが、部員らの大歓声ついに観念したらしく、ぐいっとまた一歩前にでて、ゴホンと大袈裟に咳払いをした。途端に静まり返る一同。
 沢内の口が開かれる。
「甲子園を目指し、そして……恋を成就させます!」
 湧き立つ一同。恋の相手は誰か誰かと騒ぎ立てる周囲に、沢内は素敵な笑顔でそれは秘密ですと答えている。
 もう玲奈は失神してしまいそうだった。どうやら自分は、かなり不幸の女神さまに好かれているらしい。でなければ、こうまで多くの逆境が人生十六年目にして訪れるはずがない。
「すっごい、玲奈ちゃん、沢内君が入部しちゃったよ! ねぇねぇ、雑誌の取材とか来るかなぁ?」
 ミーハーな戸美子が、いつの間にか横に来てはしゃいでいる。
 この物語には所謂「不正」の事件は、一つも無かったのに、それでも不幸な人が出てしまったのである。性格の悲喜劇というものです。人間生活の底には、いつも、この問題が流れています。
 そんな、いつしか読んだ本の一節を脳裏に思い浮かべながら、玲奈の意識はどんどん遠くなっていった。

 拝啓 ご両親さま
   雲龍高校での三年間は、思った以上に、過酷なものとなりそうです。
                               敬具


375: 名無しさん@パワプラー:09/06/21 03:05
とっても素敵なミステイク
>>363から始まっている章は「03.愛羅武勇」となります。脳内で訂正をお願いします。
大変失礼致しました。


さて、これで雲龍高校編に登場する主な人物は出揃いました。
主人公は小倉川玲奈(おぐらかわレナ)と紅咲憂弥(べにさきユウヤ)で、語りの視点は玲奈が持っています。
なんで世界観はパワプロに沿った(つまり野球の)話なのに主人公が男じゃないんだ! と言われても仕方がないのですが、紅咲は西条と違って所謂「天才、変人」タイプなので、この子が視点を持つと文章が不思議のアッコちゃんになってしまうんですね。困ったことに。

完全にパワプロとは違うお話になると掲示板違いも甚だしいので、どこかで既存のパワプロキャラもきちんと登場させます。
しかし自分のパワプロキャラ知識は11で止まっていますので、そこはどうかご容赦下さい。

以前の西条樹の物語は、最後に恋愛要素を詰め込みすぎてパンクしてしまいましたので、今度はそうならないように気をつけます。
逆ハーレム的な展開はしませんのでご安心を。

それでは長々と御目汚しを失礼。
また気長にお待ち下さい。


あとこれはエロ小説スレの方の話題になるのですが。
エロけりゃいいと思います!
失礼しました。

376: 名無しさん@パワプラー:09/06/29 05:49
これはアメリカのゲームです。一度やってみてください。
これは、たった3分でできるゲームです。試してみてください。
驚く結果をご覧いただけます。

約束してください。絶対に先を読まず、1行ずつ進む事。
たった3分ですから、試す価値ありです。
まず、ペンと、紙をご用意下さい。
先を読むと、願い事が叶わなくなります。
@まず、1番から、11番まで、縦に数字を書いてください。
A1番と2番の横に好きな3〜7の数字をそれぞれお書き下さい。
B3番と7番の横に知っている人の名前をお書き下さい。(必ず、興味の ある性別名前を書く事。男なら女の人、女なら男の人、ゲイなら同姓の名前を書く。)
必ず、1行ずつ進んでください。先を読むと、なにもかもなくなります。
C4,5,6番の横それぞれに、自分の知っている人の名前をお書き下さい。これは、家族の人でも知り合いや、友人、誰でも結構です。
まだ、先を見てはいけませんよ!!
D8、9、10、11番の横に、歌のタイトルをお書き下さい。
E最後にお願い事をして下さい。
さて、ゲームの解説です。
1)このゲームの事を、2番に書いた数字の人に伝えて下さい。
2)3番に書いた人は貴方の愛する人です。
3)7番に書いた人は、好きだけれど叶わぬ恋の相手です。
4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人です。
5)5番に書いた人は、貴方の事をとても良く理解してくれる相手です。
6)6番に書いた人は、貴方に幸運をもたらしてくれる人です

7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌。
8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌。
9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌。
10)そして、11番に書いた歌は、貴方の人生を表す歌です。
この書き 込みを読んでから、1時間以内に10個の掲示板にこの書き込みをコピー して貼って下さい。
そうすれば、あなたの願い事は叶うでしょう。
もし、 貼らなければ、願い事を逆のことが起こるでしょう。
とても奇妙ですが当たってませんか?


377: 名無しさん@パワプラー:09/06/30 17:58 ID:8Q
友沢でてるの少ないと思う

378: 名無しさん@パワプラー:09/06/30 20:09
死ね

379: 名無しさん@パワプラー:09/07/03 16:05
生きろ

380: 名無しさん@パワプラー:09/07/05 01:15 ID:VA
死ねと荒らしつつsageるとは不覚にも萌えた

381: 名無しさん@パワプラー:09/07/07 12:17 ID:4E
みずきはもちろん、12であおいの生徒だし13の全日本で聖とも接点あるから立場としてはおいしい気が>友沢

382: 名無しさん@パワプラー:09/07/27 21:29 ID:Ag
なんか一つ小説が完結しちゃうと途端に過疎った気がする
やっぱ創作心の強い人はこんなとこにはいないもんなのかね
俺もだけど

383: 名無しさん@パワプラー:09/08/10 12:21
≫376 市ね

384: 名無しさん@パワプラー:09/08/22 14:37
私には好きな人がいます。名前は蒼依です
木曜日でした。
7:00に習い事が終わって家に帰ってたときでした。
私は歩いて帰っていたんですがその時メールがきて・・
蒼依からでした。内容は【今会える?】
でした。びっくりして・・・
会えるって返信して近くのコンビにで待ち合わせしたんです
そしたらいきなり後ろから誰かが抱き着いてきて
【華奈好きだよ・・】っていってきたんです
びっくりしつつも後ろを振り返るとそれが蒼依だったんです・・
後ろをふりかったらいきなり蒼依が私にキスしだしたんです
10秒ほどキスされて・・((私てきに長かった))
私が呆然としたら手をひっぱられて蒼依の家に連れてこられたんです
蒼依の家は誰もいなくって・・
蒼依の部屋に入れられて私ちょっとむかつい(?)て【何よ?!】って怒ったら・・
いきなりベッドに倒されて・・
やめてっ・・って抵抗したらもう服のボタンはずされていきなり胸をもみはじめたんです。
あんまり胸は感じない私。((おい))
やめて!!っていって手で蒼依を押したんです
真っ先に逃げようとしたらすぐに【まって!】
って言われて・・【好きなんだ。】って言われて・・
【ヤっっていい?】って・・・。
私も好きだったからつい首を縦にふっちゃって・・
そしたら服をエッチな感じで脱がされて・・
【もう濡れてんの?】と私のオマ○コに指をいれてきたんです
チュクチュクッっていやらしい音してました・・
蒼依はキスしながら私のマ○コに指を出し入れして・・
私が【ンハァンア】って声だしちゃって・・((恥ずかしかった))
蒼依が【もっと聞かせて・・】ってゆーんです!!
そういいながら【掃除しなきゃ・・】っていってマ○コをなめてきたんです!
ペロッペチャクチャ・・っていやらしい音たてて・・おいしいってゆーんです!
私はそれと友にンハァンア・・って快感におぼれてて・・
それからセックスして気絶してたみたいで・・
そのとき何回か私のマ○コに指をいれたり舐めてたみたいで・・
そのときの画像がこれ!
【 】
これを違う掲示板に2箇所はると自動的にみれます・・
恥ずかしいけど見てほしいなっ・・


385: あーなんで11111111111111111111連休ってないんだろ:09/09/19 13:40
>>384
荒らしめ

386: あーなんで11111111111111111111連休ってないんだろ:09/09/19 13:41
>>384
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387: magic:09/09/21 17:51
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388: 名無しさん@パワプラー:09/09/27 20:53
私は小学5年です。昨日、私は小学5年です。昨日、友達と二人で遊んでいました。そしたら同じ学年の男子に会って、そいつらについていきました。すると、そこは野球の出来る広い公園でした。途中で友達が帰ってしまって、私は戸惑いました。でも結局、私は残りました。そしたら、男子達はA君の家にいくそうで、私もついていきました。そしたら、家のカギを閉められ、A君が、『覚悟はできてるな』と言いました。私は、この状態から、空気を読みました。Hをするそうです。私は初めてで、嫌でした。でもA君が私を壁に押し付けて、『いくぞ』と言って服を破りました。でも、スカートは一回も触りませんでした。A君は私の胸をもみ始めました。そしたら他の男子が、『俺も俺も!』と言って、私を床にたおして、みんなで私をせめました。B君は、写メで私の胸を10枚くらいとりました。そしたらC君が、スカートの中に手を突っ込んで、パンツの中に手をいれて、まんこを触りました。私は気持ちがよくて、『ぁっ・・・ん』と声を出してしまいました。最終的には、男子全員がズボンを脱いで、私のカオゃ、胸などに近づけたりして、それは、3時間続きました。私は、ちょっとHが好きになりました。B君がとった写メは、全部で、35枚です。10枚が私の胸で、ぁと10枚がマンコ、5枚が全身です。その写メが見たかったら、これをどこでもいいので、2カ所に貼って下さい。2カ所です。簡単でしょ???これは本当です。他のとは違います。だヵらといって、貼らなかったら不幸が起きるなどとゅうことはないので安心して下さい。2カ所にはると、「                」←ここにアドレスが出てきます。それをクリックすれば、私のすべてが見れます。でも、このアドレスを直接打ち込んでもサイトは見れないので注意して下さい


389: 名無しさん@パワプラー:09/10/03 09:59
私は小学5年です。昨日、私は小学5年です。昨日、友達と二人で遊んでいました。そしたら同じ学年の男子に会って、そいつらについていきました。すると、そこは野球の出来る広い公園でした。途中で友達が帰ってしまって、私は戸惑いました。でも結局、私は残りました。そしたら、男子達はA君の家にいくそうで、私もついていきました。そしたら、家のカギを閉められ、A君が、『覚悟はできてるな』と言いました。私は、この状態から、空気を読みました。Hをするそうです。私は初めてで、嫌でした。でもA君が私を壁に押し付けて、『いくぞ』と言って服を破りました。でも、スカートは一回も触りませんでした。A君は私の胸をもみ始めました。そしたら他の男子が、『俺も俺も!』と言って、私を床にたおして、みんなで私をせめました。B君は、写メで私の胸を10枚くらいとりました。そしたらC君が、スカートの中に手を突っ込んで、パンツの中に手をいれて、まんこを触りました。私は気持ちがよくて、『ぁっ・・・ん』と声を出してしまいました。最終的には、男子全員がズボンを脱いで、私のカオゃ、胸などに近づけたりして、それは、3時間続きました。私は、ちょっとHが好きになりました。B君がとった写メは、全部で、35枚です。10枚が私の胸で、ぁと10枚がマンコ、5枚が全身です。その写メが見たかったら、これをどこでもいいので、2カ所に貼って下さい。2カ所です。簡単でしょ???これは本当です。他のとは違います。だヵらといって、貼らなかったら不幸が起きるなどとゅうことはないので安心して下さい。2カ所にはると、「                」←ここにアドレスが出てきます。それをクリックすれば、私のすべてが見れます。でも、このアドレスを直接打ち込んでもサイトは見れないので注意して下さい

390: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:25 ID:vY
 04.君と僕とのA・B・C



 夏の大会、雲龍高校は甲子園予選決勝戦で敗れた。雲龍が所属している地区リーグの総チーム数はそんなに多くないので、準優勝チームがキップを手に入れられることはない。
 三年生たちは肩を落としたり、意外とさっぱりした顔をしていたりと、それぞれ様々な表情をしていた。
 最後の大会が終わってしまえば、もう三年生たちは練習には来なくなる。部室に置いていた荷物を引き上げて、受験や就職など、それぞれの進路を見据えて再出発を始める。野球の推薦で大学に行く先輩なんかは、それからも練習に顔を出すけど、下級生らの邪魔をするようなことはない。
 初めて間近で見た、高校野球児の散り際。そのあまりのあっけなさに、ちょっと玲奈は拍子抜けしてしまった。甲子園ドキュメンタリー系のテレビ番組で扱われるようなドラマなんて、そこには欠片もなかった。
 そうして、また一つの時代が過去になり、新たな時代が始まる。
 まぁそれはそれとして、予選大会が終わってしばらく経った、今は七月中旬。
 先輩らの存在に感傷的にもなっていられない、期末テストのシーズンだった。
「ぬぬぬぬぬぬ……!」
 頭から湯気でも出てきそうな真っ赤な顔で、玲奈は教科書と向き合う。些細な放課後だって、一切無駄な時間には出来ない。テスト本番は来週から。今は準備のための一週間、この一週間にどれだけの労力を注ぎこめたかどうかで、来週笑うか泣くかが決まる。
 雲龍は文武両道をこそ重んじる校風であり、例えスポーツ推薦で入学した人間であってもテストの成績が低いことは許されない。全ての部活が一切の練習を停止するので、今は久々に憂弥や片桐も交えての勉強会だ。
「だー! 今回憶えるトコ多過ぎでしょこれ! 横文字ばっかこんなに憶えられるかっての!」
 玲奈の得意科目は英語。嫌いな科目は世界史である。アルファベットはすらすら頭の中に入るのに、カタカナ語になった瞬間何かが変わる。高校受験でも苦心したものだが、まだまだ立ちはだかる壁は大きい。
「範囲は広いし名前は似たような奴が多いし……ああもう混乱するー!」
「片桐、ここの計算これでいいのか?」
「…………(こくり)」
「無視?! アタシを無視?!」
「れ、玲奈ちゃん落ち着こうよ……」

391: 名無しさん@パワプラー:09/11/23 00:26
 街中の喫茶店。大通りに面し、賑やかな往来を眺めながら様々な人が午後の一服を楽しむ空間ではあるが、試験前の高校生らはそうもしていられない。世界史の横文字と悪戦苦闘する玲奈を他所に、憂弥は数学を、片桐は生物を、そして戸美子は英語の勉強をすすめていた。それぞれの苦手科目である。見事にバラバラで、この集団の協調性の無さが窺い知れるようだった。
 勿論それだけではなく、誰かの苦手科目は誰かの得意科目であるので、お互いに質問しながらのチームワークも出来上がっている。ちなみにそれぞれの得意科目は玲奈が英語、憂弥が物理、片桐は数学、戸美子が日本史と世界史といった具合である。約一名、助け合うには互換性のない人間がいるが、今更なことなのでさして取り上げはしない。
 高校に入学して最初の定期テスト。いわばスタートダッシュのようなもの。それゆえに、皆気合の入れようも生半可ではない。残されたラスト一週間の期間、どれだけ勉強できたかによってその後の先生たちの評価や自身の意気込みが変わってくる。出来る範囲で、一点でも多くの点数を獲得しなければ。
 だったら普段からちゃんと勉強しておけというのは野暮な話である。
 喫茶店にしてはやり過ぎなほどに落ち着いた雰囲気がウリのこのお店。試験勉強にはうってつけの静けさだ。その一角、ファミレスのような大きな机を囲んで参考書と睨めっこする一同。ストローでちびちびとオレンジジュースを飲みながら、玲奈はシャーペンを走らせた。関係の無い話だが、喫茶店のジュースはなんでこれっぽっちで三五〇円もするのだろう。
「玲奈ちゃん、この全体訳分かる?」
「んー見せて……“私は、ゲームをするとき、箸でポテトチップスを食べます”かな、多分」
「こっちは?」
「ええっと……“あなたたちの見てくれることに感謝、今回も”……あ、違うわ、“今回も見てくれてありがとうございます”って訳が自然ね」
「よし、これで答え合わせもバッチリ!」
「アタシが言ったのが正しいとは限らないわよ」
「玲奈ちゃんのことは信用してるから大丈夫だよ」
「知らないからねー」
 戸美子への指導が済んだところで、玲奈は対面に座る片桐と憂弥のコンビに目を向ける。片桐は仕方がないとして、憂弥はもう少し戸美子と会話すべきだと思う。こうして仲良く一緒に喫茶店なんかに入っているわけだし、同じ野球部なんだし。そして、いい加減このバカは友好を深めるという行為を覚えるべきなのだ。


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