馬鹿屋朗の頭


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馬鹿屋朗の頭

1: しってらい:11/04/19 22:19 ID:Hs
西から昇ったお日様が 東〜〜〜へ沈む。
それでいいのだ〜〜〜
それでいいのだ   ♪♪♪♪♪♪♪


1301: 名無しさんAA:17/05/05 16:05
 御覧砂漠 の果て01

 イランで 炭鉱爆発があった 地下2000mで 80人が生死をさまよっていると
BBCニュースは語る。これもヘラクレス作戦の後遺症なのかもしれない。ヘブライの
神を祀るユダヤ教徒ネオコン軍団は 今に始まった選民思想ではない。遥か昔からの話
である。このの神々の住む米国と言う地に事件が起こった。世界征服を企む米国国防省
はこのユダヤ資本と結託して 世界最強の兵器を創り出しシオニストと祝っていたので
ある。マンハッタン計画は お粗末にも米国の国家予算の10倍の資金を擁して行われ
ていた。ユダヤ資本はある意味ドイツが負ける事に賭けていたと言っていいのだろう。
1900年になって 理論物理学は驚異的な成長を遂げていた。それはアインシュタイ
ン科学が 方程式によって自然の中の質量と光の保存則を見つけ出したからである。こ
の方程式は遠くない未来に「質量とエネルギーの変換」を暗示し アインシュタインは
質量がエネルギーに転換されうることを示唆しているものと確信していた。だがその方
法までは何もわかっていなかった。だがH・G・ウェルズは既に看過していた。第一次
世界大戦の前(1914年)に原爆を予見し『解放された世界』を発表していたSF作家であ
る。その後『タイムマシン』など発表しSFの父と呼ばれるH.G.ウェルズであった。
実は、この時代、すでに核エネルギーが取り出せたならば膨大であることは明白な事実
となっていて、庶民の知らない科学者の中では当然の帰結だった。ウェルズは、科学者
が その実現方法に達する前に、核兵器を用いた国際戦争を生々しく描いたに過ぎない
。核開発の多くの技術者は「パンドラの箱」を開いたとしての悔いの念は高く、日本の
被害や惨状が知れ渡るにつれ 米国のみの核保有は危険が多いと考えていた事は確かだ
。とりわけ東側になってしまったものの かつてのナチスが無くなった後のドイツから
の技術者は ソ連の方にも多くの友人が出国していたのである。


1302: 名無しさんAA:17/05/05 16:06
 御覧砂漠 の果て02

 マンハッタン計画ははロバート・オッペンハイマーがあたった。大規模な計画を効率
的に運営するために管理工学が使用された。このオッペンハイマーは大学時代 ボール
に注射器でウランを入れそれに風船を被せて水素を入れて壁にぶつけて 小さな核兵器
を実験して成功している。こうして「マンハッタン・プロジェクト」は広島・長崎に原
爆が落とされた後も 水爆開発まで行われて その役割を終えたがその裏には選民思想
のシオニストの中で「ヘラクレスストーリー」を創っていた。米国が原爆から水爆実験
成功に入った時科学者に危機感が溢れていた。「デモクラシー・クライシス」である。
民主主義の破綻と訳されるこの危機感は「巨大な政府」の独裁を許す事と勘違いするが
実は「多国間の中の一強支配」である。パンアメリカンはこの頃の誰もが感じるものだ
ったが 米国政府は一向に国内の差別主義の解消に取り組まなかった。核関連技術から
の技術流出のスパイの歴史は古く、1950年に既にあった。朝鮮戦争勃発の年である
。当時ロスアラモス原爆工場に働いていたグリーングラスから仕入れた情報をソ連に売
り渡したローゼンバーグ夫妻はその後1953年に処刑されたとされる。理論物理学者
セオドア・ホール、クラウス・フックも又機密情報をソ連に渡していたが その時は処
刑免れている。この差は一概には言えないが世論の差だったのだろう。即ち 朝鮮戦争
にマッカーサーは原爆投下を強く支持したが この事で極東司令官を解任させられたの
だ。「ヘラクレスストーリー」の中の「アトラスの防衛」である。いみじくも日本の中
で使われた原爆の分析が進み その怖さがやっと米国民に伝わり議員の猛反発があった
といわれる。更にその核を使わない事の抑止力に向かいアメリカは動いた。イランの中
での核開発もパーレビ国王の民主化にちなんだものだったとされる。1949年にソ連
は原爆実験を成功させたが このソ連の脅威から、1952年水爆実験成功と同時に英
国は米国から核技術を学んだが その時核技術の平和利用を目指して各国の研究者を米
国に受け入れたのである。

1303: 名無しさんAA:17/05/05 16:08
 御覧砂漠 の果て  03

 1950年で、核実験を公式に成功させた国は8か国とされる。そのうち核拡散防止
条約(NPT)での核兵器保有資格を認められた核保有国はアメリカ、ロシア、イギリス
、フランス、中国のいわゆる五大国である。それ以外はインド、パキスタン、北朝鮮、
南アフリカ、イスラエル、イランなどが核保有と思われるがNPTに入っていない。他
にも核保有または核開発の疑惑国にはイラク、シリア、ミャンマーなどがあったが今は
又更に変わっているものとされる。アメリカ合衆国のドワイト・D・アイゼンハワー大
統領は、1953年12月にニューヨークの国際連合総会で演説を行った。「我国は、
この核で破壊ではなく、建設をしたいと願っている。国々の間の戦争ではなく、平和利
用の合意を願っている。我が国が自由の下に、そして他の全ての国が人々が等しく 生
き方を選択する権利を享受している。という自覚と自信の下に生きることを願っている
。」と。だがそれはソ連との核弾頭の競争からだった。1957年にソ連の核成功によ
り、自国の安全保障のため、ド・ゴール大統領の下、核開発に着手した。この核による
抑力によって軍拡競争が始まったのである。60年サハラ砂漠で原爆実験に成功、68
年水爆実験に成功 95年南太平洋での核実験を再開となってフランスが核保有国に入
った。アメリカで開発した核兵器がイギリス・フランスの学者を招き又保有国が増えた
事で世界から批判が起きた。イランのパーレビ国王も1951年ソビエト寄りのモサッ
デク首相と対立しながらも、石油国有化を進めとアメリカ合衆国による経済援助を引き
出し土地の改革、国営企業の民営化、労使間の利益分配、婦人参政権の確立、教育の振
興、農村の開発などの様々な改革を実行し白色革命と言われる程の動きを見せた。





1304: 名無しさんAA:17/05/05 19:27
御覧砂漠 の果て   04

 こうした改革を実行してイランの近代化を進めた一方で 国内では幾つかの反体制の
動きがあった。皇帝派のザーヘディー将軍らによるクーデターが起きて ソビエト連邦
寄りの首相からの批判は抑えたものの、秘密警察 サヴァク(SAVAK)を動かして左派右
派の反体制運動を取り締まるなど権威主義体制を敷いた事の反発は次第に広がっていた
。1978年軍人内閣を樹立させて事態の沈静化を図ったが反発をよび、亡命していた
ホメイニーの帰国により更に革命熱が高まりをみせ、国外亡命に至った。そのまま79
年にはアメリカ大使館人質事件が起こり、アメリカは80年にはイランに国交断絶を通
告し、経済制裁を発動した。これで西側諸国に発注していた兵器の開発・購入計画が全
てキャンセルされた形となり、イスラエルはキャンセルされたF16戦闘機を代わりに
購入する事で イラクの原子炉への爆撃する「バビロン作戦」を遂行し原子力発電所は
破壊される事になったのである。これまでパーレビ国王は自らも 英語やフランス語を
駆使しての親欧米外交を進めていた為、この時核開発の研究者達を米国は受け入れてい
たのである。こうして今やイランとの核合意に 多くの精力をつぎ込む事になったのだ
。日本でも戦前から核開発は行われてはいたが 岡山でのウラン鉱石は見つかっておら
ず更にウラン精製には60年かかるとされていた為進んでいなかった。戦後のアイゼン
ハワーの演説を受けて 平和利用の為の研究として、1954年原子力予算を成立させ
、日本原子力研究所を設置した。これを皮切りに、研究用原子炉を建設して原子力発電
を目的とした核技術の研究を再開された。



1305: 名無しさんAA:17/05/05 19:28
 御覧砂漠 の果て  05

 そのそもゴラン高原のユダヤ人入植地の建設を巡っては、アラブ側とイスラエルとの
間で緊張が常にあった。1967年の第三次中東戦争はイスラエルの突然にエジプト、
シリア、イラク、ヨルダンの空軍基地に先制攻撃を行なった事による。 第三次中東戦
争の始まりである。緒戦でアラブ側は410機の軍用航空機を破壊され、制空権を失っ
た。その後アラブ諸国は地上戦でも敗北し、イスラエルはヨルダンのヨルダン川西岸地
区・エジプトのガザ地区や シナイ半島・シリアのゴラン高原を占領し、6月にユダヤ
教の聖地を含む東エルサレムを占領した。開戦わずか4日後にイスラエルとヨルダンと
およびエジプトの停戦が成立し、シリアとも6日に停戦した。6日で勝敗が決したため
「六日戦争」とも呼ばれるこの行動は、アラブを震撼させその後のソ連政など影響を与
えた。’73年には、アラブ諸国は この乱暴な行為に怒りはおさまらず エジプトは
失地回復のため用意周到に計画を行っていた。シリアとともにイスラエルに対しては、
先に先制攻撃をかけ第四次中東戦争が開始された。第三次中東戦争での制空権を失って
敗北を招いた反省から、シリア連合軍は、地対空ミサイルを揃えて徹底した防空体制で
戦闘機を落として 地上軍を支援する作戦をとった。又 イスラエル空軍の反撃を退け
イスラエル機甲師団に大打撃を与えることに成功した後に エジプト軍がスエズ運河を
渡り、その東岸を確保することに成功した。がその後イスラエルも 大量の増援を受け
、シリア軍およびモロッコ・サウジアラビア・イラクの応援軍を破って、ゴラン高原を
再占領することに成功した。この引き分けた所でアメリカは 仲裁を買ってでたのであ
る。


1306: 名無しさんAA:17/05/05 19:28
 御覧砂漠 の果て  06

 この共に痛み分けともいえる結果となった事での米国の仲裁は、西側諸国にオイルシ
ョックを起こし 経済が高騰した輸送の負担に耐えられない程にパニックを起こした為
だ。エジプトはイスラエルを交渉のテーブルにつかせることに成功したのだが 実はこ
の時アラブ諸国は石油輸出国機構を発足させ 中東6ヶ国が原油価格を7割引き上げ、
翌月にはアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が総会でイスラエルを援助するアメリカと
オランダへの石油の禁輸を決定し、さらに非友好的な西側諸国への 石油供給の段階的
削減を決定し 第一次オイルショックが起こっていたのである。こうした事で日本を始
め原子力推進の後押しとなった事は当然であった。更に日本が70年の大阪万博に浮か
れていながらも アニメや映画業界で原子力推進に賛否両論が産まれていた事も大きな
事でもあった。知っての通り「8マン」「鉄腕アトム」などは代表的な未来のエネルギ
ーとしてのロボットを扱ったものだ。対して「ゴジラ」「仮面ライダー」などは放射能
による遺伝子変化による怪物を扱ったものだ。更に「ワンダー3」「火の鳥」などは、
その扱い方の人間性を問うものだった。だがそれ以上に世界では この70年の冷戦に
於いて大きな事が起きていたと言える。人間の欲望の産んだ格差問題である。一見する
と国内問題かに見えるこの問題は 実は大きな権力格差の上での経済格差を生みだして
国家間すらも 戦前の様な優しさのない社会を産みだそうとしていたのである。仮にも
日本がこの欧米流の経済主義であったな 中国や韓国などに無償融資や経済投資などは
全くしなかったであろう。それは経済繁栄から行ったのではない。北朝鮮への人道的な
米の供給も それは戦争の悲惨さや飢餓の苦しさを知った人間として行ったものだった
のである。だがその余裕こそ 逆に日本の原子力を進めた要因でもあったのである。




1307: 名無しさんAA:17/05/06 07:20 ID:IEM
愛媛 今治事件は
自殺を防ぐ必要は全くない 死ぬ奴は死んでも良いが この警察の不手際は一体何だ。
指紋も犯人の顔もインターホンでも確認できるものが こんな体たらくで事件解明を出
来るのか。全く同じ事件が既に行っているのに今だ解明していない馬鹿さは警察と言え
るのか。 福岡の現金強奪事件は今も判明していない。この日本の警察の体たらくさは
給与を上げて配員を少なくし経費削減などしてるからだ。国会や県会議員の給与をもっ
と下げて国民保安こそするべきなのだ。全く馬鹿げて意見聞いてのみの実務調査をして
いない公務員が多すぎるのだ。事務負担で学校運営出来ない状態と同じに可笑しな新聞
作りばかりで馬鹿もほどほどにせよ。





1308: 名無しさんAA:17/05/06 13:09
 御覧砂漠 の果て  07

この70〜80年の間には世界も日本も大きな潮流があった。70年はコンピューター
の走りだったが 金融決済にいち早く取り入れられた。71年にドルショック72年
にウォーターゲート事件73年にオイルショック74年に赤軍派のオランダ大使館占拠
したハーグ事件75年にサイゴン陥落ベトナム戦争終結76年にロッキード事件77年
ダッカで日航機ハイッジャク事件78年日中平和友好条約調印79年第二次オイルショ
ックが起こり韓国の大統領である朴正煕が暗殺され旧ソ連がアフガニスタンに侵攻した
。80年にモスクワオリンピック開催されたがボイコットし81年エジプトでサダト大
統領が暗殺され、米国ではレーガン大統領就任した。82年ソ連ブレジネフ書記長死去
し、レバノンでは内戦起こる。この流れで’70〜’80年の間が世界が如何に悩んだ
年で日本も又 若者中心に平和への希求と相互依存の思想が如何にあるべきかを赤軍派
を始め政府に問いかけて行くじだいだった。が戦前の時代を生き抜いた大部分は敗戦の
痛手をかばうべく経済成長に特化した生活や政策に終始したのである。79年には、こ
の為に太平洋を挟んだ日米同盟は最強であった。ソ連はアフガニスタンに足を踏み入れ
米国はベトナムから足を引いていた。75’にサイゴン陥落によって共産国国家として
ベトナムは統一した。この勝利を受けてソ連の南下作戦は激化した。アフガンではイラ
ンの民主化に共産主義に反発が高まり、ザーヒル・シャー国王はダーウード首相を解任
したが。’73年、ダーウードは改革の旗手としてザーヒル・シャーが病気療養にイタ
リアに赴いた隙を狙って革命を起こし、アフガニスタン共和国を成立させた。今だ部族
社会を形成するこの地は部族会議のロヤ・ジルガによって推戴され 国王も又同じであ
った。此処にこの地の困難さがあった。

1309: 名無しさんAA:17/05/06 13:10
 御覧砂漠 の果て  08

 日米冷戦時代は諜報や暗殺時代だった。83年フィリピンのベニグノ・アキノ上院議
員射殺され。大韓航空機撃墜事件起こる。84年ロサンゼルスオリンピック開催したが
 ソ連ではユーリ・アンドロポフ書記長が死去し、コンスタンティン・チェルネンコが
書記長に就任している。インド首相、インディラ・ガンディーが暗殺され、85年ソ連
では又もコンスタンティン・チェルネンコが死去し、ミハイル・ゴルバチョフが書記長
に就任して ここでソ連が既に崩壊している事が判明する。ベレストロカを叫び憂鬱な
ソ連国内を活性化させようとしたが 事は単純ではなかった。86年マイクロソフトに
よってウィンドウズが発売されIT業界は意気盛んだったが その現象こそ社会変革の
波だったのだろう。急激な円高によるプラザ合意不況・半導体不況が次々と訪れて、宇
宙産業にも経済余波は起こっている。スペースシャトル、チャレンジャー号爆発事故で
乗組員全員死亡したのは悲痛なことだった。アメリカも又病んでいたのだ。米ソ首脳が
レイキャビクでレーガン大統領とゴルバチョフ書記長が会談という異変が起こったのは
必然だった。これが87年10月19日ブラックマンデーを引き起こした。世界の株式
市場大暴落して一変したがその不況こそ格差社会の怒りであったのだ。大韓航空機爆破
され北も蠢いていた。原因が88年ソウルオリンピック開催阻止だったのはいかれた理
由と片づけるには簡単すぎる。この世界不況はイラン・イラク戦争停戦まで及んだ。金
大中事件は73年に、韓国中央情報部によって日本で起こされた拉致監禁事件だが89
年のベルリンの壁崩壊した年に彼は大統領になった。だがKCIAの改革は行わず韓国
はそのまま経済回復に精一杯だったのだ。90年にはイラク軍クウェートに侵攻し現代
の中東のきっかけが起こっている。この時クルド人迫害の悲惨さが明るみに出た。91
年には、湾岸戦争が勃発と共にゴルバチョフ・ソ連大統領が辞任し改めてソビエト連邦
の崩壊した事件が多数起こって世界の混乱を収める力がどこに無かった事が解ったのだ
。92年はバルセロナオリンピック開催したが、そのままにボスニア・ヘルツェゴビナ
の紛争勃発で民族主義の台頭や人の社会主義を抜け出せない生活がまざまざと見せつけ
られたのだ。

1310: 名無しさんAA:17/05/06 13:10
 御覧砂漠 の果て  09

 日米冷戦時代 お馬鹿な中曽根政権は世界を見ずに米国追従を妄信して事を行った。
その為に これまでやって来た日本型の成功物語は終息をして 新たな米国傀儡政権の
時代に入った。欧米型の国民福祉を切り捨てて 国鉄改革を皮切りに民営化事業を打ち
立て国家財産の売却を始めたのだ。これは国民疲弊の元凶であった。これにより国家の
財産は収入源を無くし 瞬く間に赤字国債を増大させ その利子返済に発行を増やし続
けた。この悪循環は今だ止まらず 止めてくれるはずの民主党政権は却って倍額させた
のである。この時の国民の悪さは技術の進化による進歩を政府の改革による進歩と勘違
いさせた事だ。国鉄も同じで赤字の本質が議員の指導力の無さであったし国鉄経営の悪
さの筈が 何故だか分割しての労働組合停止での効率に変わっていた。その時解体の為
国家予算は3兆円をゆうに超えた予算を国鉄用地売買や赤字線の廃止で有価価値にせず
償却している。その後のグリーンピアの問題もまた同じ様に解体での償却をして100
億円物件の100万円売りを行い批判の的になった。何故こうした事が起こったか。実
は今の公共工事と同じに 後先考えず造りメンテナンスを行えない巨大施設を、結局は
バブルに浮かれて 放漫経営で運営出来なかかったのだが この姿は今の東京環状線も
又全く同じなのである。人がいてパイが大きくなることは収入は増える。だがその分の
支出である 保育所やメンテナンス或いは生活保証や邦人保護は約倍かかるのが通常の
算定である。その為に家や土地の管理よりは家屋解体に走り売却に走るのだ。今やTV
ドラマ以上の凶悪なドラマが現実世界にはびこっているのである。今の政治家がこんな
に冷たい感情をして日本が救えるのか こんなに妄想する愚行の国会をして国を守れる
のか 安倍氏始め恐ろしく不安な人達の群れなのである。


1311: 名無しさんAA:17/05/06 13:11
 御覧砂漠 の果て 10

 今や世界は想像力のない世界にたどり着いたのかも知れない。それは極めて 安直で
かつ理不尽で合理性の無い時代だ。第二次オイルショックはイラン革命によって引き起
こされた事案だ。一次オイルショックは産油国にとっては 大儲けした時期なのである
。凡そ当時四倍の利益を得たのである。中東諸国を初めにメジャーもこれに味をしめた
事は間違いない。5年後のこのイラン革命も又同じ様に原油の買い叩きの不信感があっ
たのも事実だろう。イラン革命の混乱によって、産油国イランの原油生産が激減したた
めに起こった原油不足との理由をつけたのだが 実際は価格上昇はOPECの会議での
「14.5%の値上げする。」と決定した事による値上げが大きく。このイラン革命を何
故か米国は止めきれなかった。「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり
 人は人」と言う言葉は武田信玄公が言ったとされるが パーレビ国王が日本を知って
居たなら恐らく革命は起こっていないだろう。性急に欧米化した事が国民の不満だった
のだろうから。日本人はこのイスラム社会を他人事と思っている節がある。だが この
宗教闘争は極めて重い世界事情の中にある。日本でも公明党創価学会と言う馬鹿国民を
創る会が出来ている。ある意味オウム真理教と全く同じ構図で宗教活動をしているのだ
。これらが関西ヤクザとの繋がりの事実を警察は摘発しないし 不法融資の実体も隠れ
たままだ。言わば共産圏社会と同じに 自分の圏内独自の自立はそこに無い。常に外部
からの収入源を求め お布施やみかじめ料徴収で成り立つ社会で上層部の贅沢を支える
集団である。これを今アメリカ始め日本も取り入れ 勝手に物販税である消費税を入れ
たが収入に対する給与の税金を取り除く約束は 全く反故されたままである。つまり昔
の物品税を贅沢品の利率を下げて広く食品などの生活品まで取り入れて取っただけだ。
その上経営者優遇措置としてみなし税制や 大手の赤字法人や輸出入業者には税の免除
をおこなったのである。


1312: 名無しさんAA:17/05/06 22:56
 御覧砂漠 の果て 11

 この中東の事が何故問題なのか。それは今まで中東を中心に繰り広げられた過去の歴
史があるからだ。イスラエルはアジア・アフリカ・ヨーロッパ・ロシアの岐路の中心で
ある。そこに文化の衝突がある事は当然だが 現代程の許容のない時代はかつてない。
航空技術が発達して国際航空が整備されてもそれは人の観光のみの動きであって、物資
の大量の動きは以前として海洋航路である。さらに技術が進み大型タンカーの海路が今
や整備されていてもそれは物資運搬においてであり、かつての様な人と物と一体化した
動きではない。つまり以前の様な人のつながりは隣国との交流で成り立っている時代に
返ったのである。こうした時代にこの中東と 日本を含む極東の間には 中央アジアと
される部分がある。苛酷な生活環境の中で大半が部族社会で今だ戦闘状態の中にある。
この部分の意志がこの今の中東に大変な影響を与え続けている。北朝鮮とシリアやイラ
ンと仲のいい理由である。911はアルカイダやオサマ・ビン・ラディンではない事は
今や公然の秘密であろう。その理由は他のインターネットで再三話されているから書か
ない。それでもCIAやペンタゴンの合作としても その実行部隊は中東のサウジやら
イラン系の人達だった事は確かであった。911は「テロをわざと防がなかった米軍」
と言われ 今でも解明を拒否されていると言う。実は911以前に1995年の「オク
ラホマ連邦ビル爆破事件」と1993年の「世界貿易センタービル駐車場爆破事件」が
起こっていて これに対してFBIが捜査するのに 米政府はかなり妨害工作した。そ
の為米軍と共にするCIAとFBIに確執があったと言われ それは冷戦終結でのソ連
への対応にあったからだといわれている。


1313: 名無しさんAA:17/05/06 22:57
 御覧砂漠 の果て 12

「オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件は、95年4月19日にオクラホマ州の州都
オクラホマシティで発生した爆破事件である。。9階建のオクラホマシティ連邦地方庁
舎「アルフレッド・P・マラー連邦ビル」の正面玄関前に駐車していた、大量の爆発物
を積んだトラックが爆発した。爆発の威力は、マグニチュード3.0にも達したとさ連邦
ビルは突然巨大な爆発とともに、真っ二つに切り裂かれてしまったのである。そのため
、いろいろな犯人像が想像された。2年前にNYで起こった「ワールド・トレード・セ
ンター」の駐車場での爆破事件の記憶がまだ新しい人間の心には、イスラム教過激派の
姿が犯人像として浮かんだ。この事件は、2年前に「ワールド・トレード・センター」
の地下駐車場で、イスラム教過激派が仕掛けた爆弾が爆発し、死者6名、負傷者100
0名以上を出した大惨事が起こっていた事件の連想だった。この オクラホマシティの
連邦政府ビル爆破事件もイスラム教過激派によるしわざに違いないと多くの人が思った
。当初、犯行声明などが無かったため、犯行はネオナチやイスラム過激派によるものだ
と推測されたが、アメリカ国籍の白人であるティモシー・マクベイとその軍隊時代の同
僚テリー・ニコルズらが逮捕された。犯人がかつてはアメリカ陸軍所属で、湾岸戦争に
も参戦した経験のあるアメリカ人であった事は、アメリカ中に衝撃を与えた。FBIに
よるこの調査に対して議会はティモシー・マクベイ単独犯行であるとした。退役軍人会
は検証した結果、爆弾が建物の内部の支柱2ヶ所以上に仕掛けられていたと証言したが
、議会においての証言する機会は 与えられなかった。しかし、果たしてこれだけ周到
に計画された大テロ作戦を1人で実行できるであろうか、という意見はいまだに根強い
。何か巨大な組織が背後で動いていたと考えるのが自然だ。不思議な事は マクベイが
作ったたと言われる民兵組織「ミシガン民兵」の司令官ノーマン・オルソンは、同年3
月に起こった地下鉄サリン事件に米政府が秘密裏に関与しており、それに怒った日本政
府が報復として本事件を起こしたとする声明を発表し、のちにこの組織を追放されたし
、首謀者のマクベイは陸軍退役後は警備員や銃の販売などをしており 政府への強い敵
意を抱居ていたとされる事だ。白人至上主義やキリスト教原理主義の影響を受け武装民
兵組織「ミシガン民兵」などの関係が事件を起こし、2年前に武装カルト教団ブランチ
・ダビディアンの信者80名以上がFBIとの銃撃戦で死亡した日であった事だ。マク
ベイ本人はこれを「政府の横暴であるとし、連邦ビル爆破はその復讐である」とした。


1314: 名無しさんAA:17/05/06 22:57
 御覧砂漠 の果て 13

 こうした経緯は一体何を語っているのか。実は知らず知らずに我々は結構世界的流行
に乗って生きている様に見える。日本でオウム真理教やパナソニック教団統一教会など
新興宗教が華やかな頃に 米国内でも武装カルト教団がかなりの数出来上がっていた。
つまり人は「心の救いの受け皿」を知らず知らずの内に社会として求めていたのである
。そしてKKKや先のランチ・ダビディアン或いはミシガン民兵など好き勝手な共同生
活帯が出来た事になっていたのだ。勿論大多数の普通の人には全く関係ない事ではあっ
たろう。しかし 結果として日本では地下鉄サリン事件が起き 巨大な教団施設と下請
けする兵器工場が操業していたのである。この「ランチ・ダビディアン事件」はかなり
の物で33歳の若き教祖デビッド・コレシュの銃撃戦を伴った抵抗が全米に生中継され
衝撃的だったとされる。1993年、テキサス州ウェーコにある新興宗教ブランチ・ダ
ビディアン教団施設に、戦車、装甲車、武装ヘリコプターを率いたEBIが強制突入し
た。教団は児童虐待と銃器不法所持の罪に問われ、ATF強制捜査の際に予想外の抵抗
で51日間の立て籠り銃撃戦となり、教団は炎に包まれ、と81人の信者たちは焼死し
た事件で21の子供が含まれていたのである。この影響を受けた退役軍人が「ミシガン
民兵と言う」愛国者民間武装集団を創っているそして 愛国主義者団体ではないと言う
「私たちは、小さな政府を支持して、アメリカの理想、追求をして生存権を防御します
。すべての市民にとって、私たちはレース、セックス、宗教、または政治上のどの提携
にかかわらずオープンです。団体は公共の会員資格に開きません、そして、どの目的の
ためにも いかなる他の組織とも指導化される民兵ではありません。民兵には、組織と
して、どんな宗教テーマもありません、現実に人種的ではありません。それはテロも暴
力についても提唱しません。」と話している。つまり武装カルト教団ブランチ・ダビデ
ィアン事件に対する復讐や報復や政府への不審感はマクベイ本人の勝手な個人行動とし
て 政府もこの民兵団体も葬ったのである。

1315: 名無しさんAA:17/05/06 22:58
 御覧砂漠 の果て 14

 結局、連邦政府ビル爆破事件は、ティモシー・マクベイの単独犯行ということになっ
てしまった。だがこの構図は911事件でも起こっている。米国とパキスタンとは、前
からの親密な同盟国である。パキスタン諜報機関ISIは、アメリカの諜報機関CIA
と昔からの関係にあった。ISIはパキスタン国家の諸組織の中でも 特に強力な組織
であり「影の政府」「政府内政府」であるとい言われている。パキスタンでは、首相や
大統領でさえISIが何をしているか、把握し切れていないとされる。 パキスタンの
ムシャラフ大統領が、軍の諜報機関ISI(統合情報局)のマフムード・アーメド局長
ら3人の軍首脳を解任したのは2001年10月7日である。これは911事件発生と
アフガン軍事作戦の中間日に当たる。先の「世界貿易センタービル駐車場爆破事件」に
ついても、「オクラホマ爆破事件」についても予防策や捜査を十分に行わず、真犯人と
思えるパキスタン人や中東系の容疑者を野放しにして、その存在自体をマスコミの目か
ら隠した。この頃から米当局が望まない報道は一切行わないようになっていて 今でも
その傾向は強い。インドやパキスタンの地元紙は「マフムード将軍の指示で、911事
件実行犯のアッタには 10万ドルが送金されたことが分かった。」「マフムード解任
理由は、彼がオマル・シェイクを通じて、911実行犯の主犯格モハマド・アッタに、
テロ資金を送金していたことが、FBIの調べで明らかになったからだった。FBIは
アッタへの送金を指示していたことをつかみ、パキスタン側に圧力をかけたという。」
と明らかにしている。ここで マフムード将軍らを頂点とするISIは、もともと組織
的にタリバンを支援しており、タリバンとアルカイダは一心同体であった上に、当局は
パキスタンのISIは、タリバンを支援していただけでなく、911事件の黒幕でもあ
ったことを証明しているのである。更に送金をしていたサイード・シェイクは、既に逮
捕されていた。それは、ウォールストリート・ジャーナルのダニエル・パール記者の誘
拐殺人容疑者だったのだ。パール記者は、911事件とISIの関係を深追いしようと
して、逆にISIのエージェントと目されるサイード・シェイクらに誘拐されたという
展開らしい。

1316: 名無しさんAA:17/05/06 22:58
 御覧砂漠 の果て 15

CNN報道では、シェイクが、アーメドの名前を使い、10万ドル以上の資金をパキス
タンから911主犯格のモハメド・アッタに送っていたと報じている。そして、このサ
イード・シェイクは1999年のインド航空機ハイジャック事件で人質と交換に釈放さ
れた人物である、としている。つまり、サイード・シェイクが 911犯人グループに
10万ドルを送ったことは、アメリカの大手マスコミも報じた「事実」であったのだ。
更にこの時の身代金が送られた事になるのである。 パキスタンニュースによると、こ
のマフムード長官は 何故か911事件が起きる一週間前の9月4日からワシントンを
訪問し、CIAのテネット長官のほか、国防総省やホワイトハウスの国家安全保障会議
(NSC)の要人たちと相次いで会合を持った。マフムードはこのころ、3カ月間に2
回と言う頻繁さでワシントンを訪問している。それまではISI長官の訪米はめったに
なかっただけに大きな緊急の課題がある。という憶測がパキスタンの新聞にも載った。
 911の当日には、マフムード長官は上院のボブ・グラハム議員ら米議会で諜報問題
委員会のメンバーと、テロ対策について会合を持っていた。とされる。まさにそのとき
、ハイジャックされた飛行機が次々と世界貿易センタービルに突っ込んだのだがNYタ
イムス記事によると、マフムードとグラハムらは、2機目の旅客機が突っ込むまでも、
会合を続けていたという。その後もワシントンに滞在し、9月12日から13日にかけ
て、パウエル国務長官やアーミテージ国防副長官らとも会ってからパキスタンに帰国し
たとされる。このアーミテージ副長官はかなりの曲者でCIA出身のち、1980年代
にISIがアフガニスタンのソ連軍と戦っていたムジャヘディン・ゲリラを支援してい
た頃から、マフムードなどとISI幹部らと親しい関係を持っていたことで知られてい
る者だ。 インド当局者がロサンゼルスタイムスに語ったところによると、靴工場の経
営者を誘拐したのは、アフタブ・アンサリというドバイ在住のインド人が率いるイスラ
ム過激派系の犯罪組織で、この組織は以前から金持ちのインド人を誘拐して身代金を集
めることを繰り返しており、インド当局は、パキスタンのISIがインド国内でのテロ
活動の資金源を確保するため、この組織を支援していると非難している。モハマド・ア
ッタへの10万ドルの送金は、911事件の約1カ月前に行われ、その資金の出所は、
そのさらに1カ月前の2001年7月、イスラム過激派がインドのカルカッタでお金持
ちの靴工場経営者を誘拐し、そのときの身代金83万ドルの一部であるという。


1317: 名無しさんAA:17/05/06 22:58
 御覧砂漠 の果て 16

 問題は パール記者誘拐事件の頃のアメリカの内情にある。ブッシュ政権が出てきて
中枢でネオコンと対立してきた中道派は多分に追いやられたり扇動されたりしている。
 1999年12月、インド航空機がハイジャックされ、アフガニスタンのタリバンの
本拠地カンダハルまで飛んだ後、インド当局が獄中にいるイスラム過激派の幹部3人を
釈放する代わりに、ハイジャックされた飛行機の乗客乗員155人が解放されるという
事件があった。この事件で釈放された3人の中に、オマル・シェイクが含まれていたの
である。にも関わらずCIAもFBIもその後のアルカイダを追っていない。これまで
中道派はネオコンと対立しているとは云え、アメリカの外交政策を古くから握ってきた
主流派で、サウジアラビア、パキスタンの政府と親しい関係を築いていたはずだ。現在
の米政府内では、国務省とCIAで中道派の色彩が強いのに対し、国防総省はネオコン
の色彩が強い。国務省とCIAは、2000年10月にイエメンで起きた米軍の駆逐艦
爆破テロ事件に対するFBIの捜査を妨害するなど、911以前から、テロリストに対
して行動の自由を与えるためではないかと思われる政策を続けてきたと批判されるが、
この911はその両者の意見が一致したとも考えられる。誘拐されたウォールストリー
トはタカ派系で、ブッシュ政権の外交政策を牛耳り、イラク侵攻を引き起こした黒幕と
される「ネオコン」に近い立場の新聞である。911事件の真相を握っているサイード
・シェイクは、911暴露発言を行う可能性があるので、ISIとムシャラフ政権によ
ってパール記者誘拐の容疑を着せられ、生涯獄中に閉じ込められることになったとも考
えられている。アメリカ当局がわざとイスラム過激派のテロ活動を放置し「世界的な悪
」として「アルカイダ」などイスラム過激派組織の存在を表明し戦略的に重要だと思わ
せて世界のあちこちに「テロ防止に米軍を駐留させる」と宣言することができる。更に
かねてからやりたかったイラク侵攻を実現させ軍産企業を儲けさせる事に成功したとも
言える。


1318: 名無しさんAA:17/05/07 09:48 ID:2Hw
 御覧砂漠 の果て 17

 この911に米政府は「オサマ・ビン・ラディン」を首謀者として表明した。だが、
ウォールストリートジャーナルのはパール記者誘拐事件まで 全くその名は出て来ない
。さらにイラクのフセイン大統領の裁判にしろ 何一つ彼を死刑とする状況証拠もでな
い。出て来たのは湾岸侵攻の際のクェート侵攻のみであり クェートが米英の傀儡政権
である事を考えれば そう大した罪状ではない。更に国際的圧力でイラク包囲網の中で
人民の人権侵害や殺害事件が起こったと言っても イラク攻撃から今までの死人の数や
米国人の死亡から言えば1万分1にも満たない罪状であろう。ブッシュの方がお粗末に
も遥かに悪人であり犯罪者である。そして国連までもが加担して地球規模の独裁者の顔
を立てて戦争を美化するのならアメリカの方が遥かに「悪の枢軸」「無法者」の中にい
る。ニューヨークの世界貿易センタービルの地下駐車場で爆弾が爆発した事件では、1
992年、ラムジ・ユセフは偽造のイラクパスポートでアメリカに入国し、警察はユセ
フと一緒に来たアブー・バッラの手荷物の中に爆弾を作る手引き書を発見している。小
冊子の中にも書かれていた名前が、ムハンマド・ジャマール・ハリーファの偽名であっ
て偽造パスポートの使用と爆弾製造マニュアルをもっていたことも解っていた。その為
その場で逮捕されがユセフは、移民帰化局の収容施設がその当時満員だったため、再び
出頭するように命じて終わっている。翌年にはバージニア州ラングレーにある中央情報
局本部の正門前でパキスタン人のミル・アイマル・カシの偽名で路上の車内からAK−
47のライフルを乱射、CIA職員2名が殺される事件が発生している。これらは連邦
捜査局によって誘き寄せられたパキスタンのパンジャーブ州で身柄拘束され、アメリカ
で第一級殺人の罪で薬殺刑に処せられたものの。殆どに裏話があろうとおもえるのだ。
その後もFBIのテロ捜査の最高責任者だったジョン・オニールらは捜査官がイエメン
に入国し調べようとした処、国務省から「イエメンとの友好関係にひびが入るのでもう
イエメンに来るな。」と命じられ、妨害されて十分な捜査ができなかった。とされる。
イエメンにはアルカイダの拠点があり、この拠点の動きをウォッチしていれば、911
事件の発生も防げただろうと目される。又「オクラホマシティ連邦政府ビル爆破」事件
検察側はマクベイが爆破犯人であることを立証するのに成功したがとても車レンタルの
領収書を本人が本名で借りて立証されたというのは くだらなすぎる。



1319: 名無しさんAA:17/05/07 09:49
 御覧砂漠 の果て 18

 実はゴルバチョフがソ連の自由化に向けて踏み出したのは チェルノブイリ原発に代
表されるような事故の起きる体質が経済破綻を起こしている事による物だった。米国で
もスリーマイル島の原子力事故が起きており その混乱するソ連にどう対応するかは、
恐らく緊々の課題であった。この時の対処がFBI・CIA双方に違っていたのが原因
で亀裂が走っていたとされる。これには訳がある。もともと従来からソ連のスパイ活動
にアメリカは悩まされていた。対してソ連の中に入り込みアラブ世界の動向を知るのに
 イスラエルの秘密警察モサドの協力は欠かせなかったからだ。更にモサドと繋がりあ
るパキスタン諜報部ISIは対するイスラム過激派の情報交換に欠かせない存在だった
。アルカイダにアブムサブ・ザルカウィ容疑者がモサド出身でありながらここに登場し
た理由だ。ISISはイラクで立ち上げた国際テロ組織アルカイダの分派だった。しか
しザルカウィ容疑者は米軍の攻撃で死亡。後継者となったアブアイユーブ・マスリ指導
者はその数カ月後に、「イラクのイスラム国(ISI)」を発表して その後シリアの
アルカイダ系武装組織である「ヌスラ戦線」を統合した。その時「イラクとレバントの
イスラム国」と人は呼ぶだろうと発言しISILと呼ばれる様になった。このモサドが
他の国で他の集団をしている理由は「戦争形態の継続」に他ならない。それはイラクの
原子炉問題からであった。かねてからCIAはイスラエルとは近かったのだが それは
イラン革命の後の反イランの立場からだ。同じ様にイラク建国のアサドも又同じ支援を
行っていた。1979年原油が少ない中輸出を多くする為電力需要を原子力に切り替え
る事でフランスと合意して原子炉「タムーズ1」を建設していた。当初には、イスラエ
ルは外交努力によって簡単に取りやめになり事態が収拾されると思っていた。フランス
政府に技術供与を取りやめ要請したが、「平和利用の為の民間契約」として断われた。
この時 イスラエル諜報特務庁(モサド)と国防軍情報機関であるイスラエル参謀本部
諜報局(アマーン)を使いこれをご破算にする計画を立てた事が解っている。



1320: 名無しさんAA:17/05/07 09:49
 御覧砂漠 の果て 19

 まずフランスのシュルメール港の格納されていたイラク向け原子炉格納容器が爆破し
た。その後核開発の責任者をフランスのホテルで撲殺、更に原子炉開発の契約企業の事
務所と私邸が爆破し、イラクの核開発に関係する科学者宛に脅迫状が送付された。が、
それらの妨害活動にくじけることなく原子力発電所の完成が近づいた時、イスラエルは
あえて国際法に抵触する危険性がある武力攻撃を決意し 空爆を行ったのである。その
時が批判を交わす為に「過激派テロ」をわざわざ作った理由であり、今日もフランスが
攻撃されている理由でもあるのだ。このアマーンは911主犯格のモハマド・アッタの
フロリダの家の近くにイスラエルのエージェントとして住んでいた。このイスラエルの
諜報機関は911のテロ計画が実施される一部始終を「ウォッチしていた」とされる。
 そしてイスラエルの諜報機関モサドは911直前の2001年8月23日、CIAに
対し「アメリカ在住の19人のテロリストが間もなくテロをやりそうだ」と情報提供を
行った。その通告書にはテロ容疑者のリストまで渡し、モハマド・アッタなど、911
事件の容疑者とされたメンバーが少なくとも4人載っていた。とされる。もしイスラエ
ルが911事件の実行犯サイドに関与していたのなら、こんなリストを出すとは思えな
い。と言えるが逆にイスラエル内でもアマーンとモサド内の方針対立があったのかも知
れない。サウジアラビアの中東社会の中枢だがビンラディンらを通じて アルカイダに
資金援助してきた経緯がある。サウジアラビア−パキスタン−アフガニスタン−アメリ
カ−イスラエルという繋がりは「暗黒連合」は1980年代にアフガニスタンで対ソ連
ゲリラ戦をともに戦った仲であり、その後はタリバン政権を支援した仲間たちである。
こうして アメリカにテロ計画が報告されていたにも関わらずアメリカ当局の積極的な
認知せず、黙認ないし関与のもとで、911は起こったということになる。これは危険
な軍事で「世界を支配し続けるテロ戦争での世界体制を作る」必要があると画策したと
、といった説明が成り立つ。



1321: 名無しさんAA:17/05/07 09:58
御覧砂漠 の果て 20

 多分今 アメリカは病んでいる。こうした今の米国に猛追していく事は少し考えた方
がいい。英国がEUを離脱したが 英国はEUと言う多国籍間の議会から経済部分の離
脱を試みたと言っていい。ところが米国は一国でありトランプは公けに「米国一番主義
」を明確に言っている。例え北朝鮮が核兵器を持とうと言う中であって 米国に追従を
すべきしとしても韓国ほどではないにしろ 少し立ち止まり自国位置を考えた方がいい
時を迎えている。わざわざテロリストを野放しにする米当局の姿は今や明白なのだ。冷
戦体制が40年以上も続いた中の仕組みがもう少し変わらなければ、わざわざ北朝鮮を
して敵国を創り出す事に成りかねない。このままテロが増えると経済活動が減退して、
世界経済に大きな打撃を与える点ではマイナスだろうし、何よりも地球規模の経済危機
は直ぐに起きる。又日本や中国などの台頭により、今やアメリカは経済面で超大国では
なくなりつつある中、このまま経済不振が長引くと「ドル」の国際通貨としての威信が
傷つき、ドル暴落の可能性もある。だから急速にドルの回収をしている。今や経済では
なく軍事で世界を支配し続ける「テロ戦争」の世界体制を作る必要があるといった認識
が作られることに少し用心すべきなのだ。 サウジアラビアの中で王室の一部や財界が
ビンラディンらを通じてアルカイダに資金援助して居た時アメリカは黙認していた。今
も対イラン政策でISILやイエメン攻撃に援助している。それはオイルマネー回収に
兵器売却での貨幣還流が主だったからだが 今やその資金もこれからの省資源化で底値
を崩して国家予算が無くなろうとしているのである。ベネゼエラはそうした石油資源の
みで教育から医療や福祉の面倒を見て来た国だ。そしてその頂点が鈍化した時チャベツ
大統領は更にその赤字財政の拡大で人気を得て当選した。その国が今や内乱鎮圧に戦車
を繰り広げる有様なのである。今の中央アジアも又ロシアは必死に保とうと財政援助を
申し出ていて保っている。この現状は 独裁政権が石油資源があるから潤って反発がな
いに過ぎない。まず米国に「戦争は人類の役に立たない」事を知らしめる事が大事だ。
日本は敗戦で「平和国家」を眺望し「戦争が悪」と言う事を知っている。世界中の国の
中で純粋に「平和こそ礎」と言う事を発言したのは昭和天皇一人だったのだ。今でこそ
言葉はあるが 実際欧米に浸透しているのは北と同じ平和時に戦争時の優位を図る悪事
思想である。日本の純粋な「平和主義の為の国家」としての歩みを知らせねばならない
これが 国家の健康である

1322: 名無しさんAA:17/05/07 09:58
 御覧砂漠 の果て 21

 アメリカの大統領制は4年ごとに選挙があり、大統領が交代すれば政党が代わり政策
も変わる。ソ連がアフガニスタンから撤退した1988年には大統領はジョージ・H・
ブッシュだったが、その後クリントンの2期8年が北朝鮮や東欧問題に対処した、そし
て、腐水のブッシュJrへと、政権が交代して世界を混乱させた。その後オバマが平和
主義の考え方を示したが今だ実っていない上に、トランプ政権が出来た。トランプ政権
は選挙では金満層の批判を繰り返してはいたが いざ政権を担って大臣に任命したのは
名だたるCEOばかりであった。つまりこの間、金融のウォール街のシオニストも兵器
産業のネオコン軍団もイスラエルロビーも全く衰えていなく5回も交代したのに、その
間ずっと「テロリストとの冷戦」が画策され続けて歴然と利益の搾取の座にいたと考え
られるのだ。一つだけ違うのはここにきて中国の台頭によって極東政策を考え始めたと
言える事だ。ウォール街は、金融機関が集積するニューヨーク市の一区画に過ぎない。
それが壊れたのだ。それに対してシティは、ロンドン市(グレーターロンドン)の行政
の一部であるが為にEU離脱とともに壊れると予想される。中世からの長い歴史のなか
で数々の特権を認められた“自治都市”でもあるこのシティは、かつてのアムステルダ
ムがギルドど言う職人集団を持つ商店街連合会が 世界に先駆けて会社組織にした事を
真似て作られた。海運時代に株式による宝くじの様な投資と保険や銀行による賭博の様
な掛金をして潤う事になった。アムステルダムがチューリップの球根投資でバブルを作
り落ち込んだ頃オランダ黄金時代と呼ばれていた。1637年頃である。だが石炭、鉄
が生産されて蒸気機関で産業革命の1760年代にはフランスの市民革命を受けて投資
の最先端を行く街としてシティは巨大な金融街に変化しだしたのだ。このイギリスから
離脱を求め 米国では独立戦争の勃発や米英戦争が起こった。


1323: 名無しさんAA:17/05/07 10:10
 御覧砂漠 の果て 21

 アメリカの大統領制は4年ごとに選挙があり、大統領が交代すれば政党が代わり政策
も変わる。ソ連がアフガニスタンから撤退した1988年には大統領はジョージ・H・
ブッシュだったが、その後クリントンの2期8年が北朝鮮や東欧問題に対処した、そし
て、腐水のブッシュJrへと、政権が交代して世界を混乱させた。その後オバマが平和
主義の考え方を示したが今だ実っていない上に、トランプ政権が出来た。トランプ政権
は選挙では金満層の批判を繰り返してはいたが いざ政権を担って大臣に任命したのは
名だたるCEOばかりであった。つまりこの間、金融のウォール街のシオニストも兵器
産業のネオコン軍団もイスラエルロビーも全く衰えていなく政権が5回も交代したのに
、その間ずっと「テロリストとの冷戦」が画策され続けていて 今も歴然と利益の搾取
の頂点の座にいたと考えられるのだ。一つだけ違うのはここにきて中国の台頭によって
極東政策を考え始めたと言える事だ。格差社会の延長に作ったこのウォール街も、91
1の時は たかが金融機関が集積するニューヨーク市の一区画に過ぎないとして壊され
れ、その仕組みも又壊れたのだ。それに対して今もシティは、ロンドン市(グレーター
ロンドン)の行政の一部であるが為に残されて、かつての自由を守る気構えの中にいる
。今まで堅牢だった紳士精神と気風に溢れた政策を担った経済が、今回のEU離脱と共
に今後は壊れると予想される。中世からの300年の長い歴史のなかで活動し 数々の
特権を認められた“自治都市”でもあるこのシティは、かつてのアムステルダムがギル
ドど言う職人集団を持つ商店街連合会が出来た真似をし 世界に先駆けて会社組織にし
た誇りを捨ててはいない。だが海運時代の宝くじの様な株式投資や保険や銀行による、
賭博の様な運用掛金をして潤う事に 数々の派生商品をに作ってしまった。アムステル
ダムがチューリップの球根投資でバブルを作り落ち込んだ頃は、オランダ黄金時代と呼
ばれていたのが、1637年頃である。その後英国で 革命的石炭、鉄が生産されて後
蒸気機関で産業革命の1760年代に フランスの市民革命を受けた民営投資の最先端
を行く街としてシティは巨大な独立金融街に変貌を遂げた。このイギリスからの支持で
米国やカナダは建国し離脱を求め 米国では独立戦争の勃発や米英戦争が起こった。



1324: 名無しさんAA:17/05/07 11:12
 御覧砂漠 の果て 22

 イギリスから離脱や建国には、経済的自立は欠かせなかった。それには鉱工業の発展
と労働市場の教育と文化芸術の発展が必要だったのだ。このラストベルト地帯では初期
にシンシナティ協会は地区の産業発展に欠かせない教育文化団体として登場した。この
事でこのラストベルト地帯は最高の工業地帯として発展する精神の礎を持った。初期の
船便の頃には川や運河による交通の要所になり、東海岸と貨車の往来をし、地下鉱石や
産出された資源がウエストバージニア、テネシー、ケンタッキー、ペンシルベニアから
船に積まれて鉄鋼業の中心となる要素を拡充した。ピッツバーグなどに送られた精製品
は、シンシナティの需要と共に栄え、シカゴ、クリーブランド、バッファロー、デトロ
イトやトレドの五大湖の主要港はひっきりなしに、鉄道に積み替える中継点となった。
こうしてラストベルトはアメリカの中心としては労働力不足となり、全国からやって来
た人を受け入れ一挙に人口爆発した。ワシントンはそうして政治・軍事・経済の中心と
働いた。アメリカ自身はイギリスの融資を頼みにしていたが 発展し逆にイギリスから
の進出した金融がアメリカを創っていった。遅れた政治形態が一変して世界恐慌を起こ
したのは移動する金融の為だった。そして政治は何とか欧州戦争に立ち入る方策を編み
出そうと日本への経済制裁に出た。これは世界大戦が起こった時欧州経済の7割がこの
国から出た工業化した製品によっての貸付経済だったからだ。戦時中のこの工業地帯は
大きな生産力をして 米国の軍事力を支える役割を果たした。こうしてこの地域は米国
の製造業と重工業の中心となった。だがシンシナティ協会は会員資格は長子相続制によ
って受け継がれ世襲的特権階級を作り出し続けることを躊躇してはいなかった。


1325: 名無しさんAA:17/05/07 11:12

この一
般社会の市民形態を持たない一般人を排除した形での会の運営はその後の秘密クラブの
原型になった。こうした閉鎖主義の協会員の繋がりは非合法な会すら作る環境作りをし
た。こうして国民は、「アメリカ合衆国の国民」として代表する意志「民主主義の重要
性」について語りながらも 自らの身は「共和主義的集団或いは政体」に身を置くとい
う流れの中で生きていたのである。ウォール街は、そうした既存社会を打破する為の新
たな起業者や、新人や一般人の為の金融調達資本提供を担うべく発達した。911のこ
のビルも 本来貿易センタービルは文字通り港を使用した交易会社を入居者として考え
た施設であったのだったのだ。が 既に五大湖には便利のいい港が存在し 広大な敷地
も備えて企業が擁していとのである。わざわざ高いニューヨークの中心地に新規の貿易
商は成り立たずそれを行う者は余り居なかった。代わりに少し離れていても通勤する事
で出来る政治活動や経済に敏感な金融活動が集積する事になって ニューヨーク市のウ
ォール街が世界の金融市場として発展したのである。そうして時代は東海岸西海岸へと
移ったのだ




1326: 名無しさんAA:17/05/07 11:13

 御覧砂漠 の果て 21

 今のシティでは不明だが 昔は国際的な株式取引の半分は行われているとされ、店頭
デリバティブ取引の45%、ユーロ債取引の70%、国際通貨取引の33%、国際的な
新規株式公開の50%を占めるとされた。猫の額のような小さな街が、グローバル金融
のハブとして圧倒的な強さを誇っているのだが その原資となった宝飾品や貴金属など
が植民地政策で集まったからと言われいる。シティの競争力の源泉は海にある。海運国
家、海洋王国である事がアジアとアメリカの中間にあるという地理的優位性をつけた。
更にそれが金融ビジネスの標準語である英語を母語とする中にあること、そしてシティ
につらなるスイス銀行からのタックスヘイヴン群のグローバルネットワークがある事だ
ろう。こうして過去からの遺産がロンドンの金融ビジネスを支えていたが恐らくEU離
脱でこの優位性は全てに崩れ去るであろう。それは香港経済圏で自由化経済を無くして
香港銀行が今や価値の無い銀行になった様に、そこにある「存在意義理由」が全くがな
くなってしまうからだ。そもこのEU離脱には英国の経済的守りしかない。海洋資源の
確保と食糧供給そして銀行不正の隠蔽や世界各国の情報の隠匿などなのだが中国企業を
入れた後のこうした行為は 恐らくは顰蹙と侮蔑と技術や産業の衰退しかなく経済停滞
は免れないだろう。このシティで事件が起こったのはリーマンショックの後の処理の過
程の中にある。EUの金融調査権で発覚したのだろう。リーマンショックで株価下降で
評価損の債権をEU内で日本の山一証券の様に転がしまくり 敢て先物評価高にして売
買を行った。この時から外為入札システムにドイツ銀行とスイス銀行と談合状態だった
とされている。こうしてあえて財務体質が健全で資金調達に余裕があると見せかけて、
申告金利の水準を意図的に引き下げその後に 外為基準や社債やデリバティブ(金融派
生商品)など、さまざまな金融取引の基準金利を動かし 取引準備金の利ザヤを銀行の
都合のいいように操作したと言われている。銀行から言えばそれは混乱を避ける必要な
手立てだったが 行政からすればそれは不正操作そのものだった。ではこれにより誰が
損をしたか 当然ながら東欧州やロシアやトルコやアジアなどのEU以外の国々の金融
であったのだろう。

1327: 名無しさんAA:17/05/07 11:16
 御覧砂漠 の果て 22

 今のベネゼエラの国内不安はそのまま トルコや北朝鮮などの産業輸出の無い国の世
情不安と全く同じである。ブッシュJrが第二次湾岸派兵を決めて「イスラム過激派と
のテロ戦争」を全面に打ち出し「悪の枢軸国」を叫んだ時、アメリカは地獄の底に堕ち
た社会に変化した。人種差別と格差社会を呼び起こし「銃とドラッグと不正が蔓延する
国」に陥って、その隙間に「中華の夢」や「アラブの祈り」が立入って来たのである。
国際連盟やバチカンなど多くの反対を押し切って尚勝手に出た分別のない子供じみた開
戦は 世界中の殆どの国から笑われた。この「信用社会の根本的な枯渇」が明るみに出
た戦争はその後にいくら終戦宣言しても収まらない人の群れを作ったのだ。イスラムの
その枠組みは、この戦争で政権を超えて存在する形になったのである。湾岸戦争でその
異質さにアルカイダは国際犯罪組織をネットワークし、このイラク戦争でISILの非
人道な集団が国家さえ持てる事を示そうとした。日本でも北朝鮮でも 国は理想と現実
を決定する権限があるが、現実に備えた事しか出来えない。と言う無力さがそこに漂う
。そして米国さえもその現実の前にひれ伏している姿がある。オバマ政権はその負の遺
産的国際評価を抑える事に回され放しであった。国内に戻って来る帰還兵の精神異常者
対策今尚自爆テロと評される自国兵士の死傷者対策更に難民や移民の生命保証と移動制
限軍が追う首謀者の追跡新たなISILのシリア紛争と人質事件のロシアのクリミアの
侵攻など数々などである。よくシリア国内で化学兵器にレッドラインを超えたのに武力
行使をしなかった事が 米国の地位を落としたと言われる。が もし今のトランプの様
にオバマ氏がミサイル発射をしていたのなら、今は核戦争を前提としたにらみ合いの中
ISILはもっとこの地域にはびこっていたであろう。事実プーチン大統領は回顧の中
に クリミア奪還時には核兵器使用も辞さない姿勢で軍を入れたと発言している。この
頃の情勢を見ればわかるが 天然ガス代の支払い問題で東欧州とトルコやイラクとEU
はロシアを通じて 対立の中にあったのである。この「国家を創る」「国家運営」と言
う事は人類史上の 大いなる闘いであろう。国内国外を問わず 問題回避する事無く、
堅実に国家元首は解決しなければならない課題で 影響は生きている間に限らないのだ


1328: 名無しさんAA:17/05/07 12:00
 御覧砂漠 の果て 25

 北朝鮮問題が一躍表に出たのは シリアに撃ったミサイルだったと言うは誤解である
。此処にはイラン問題が裏にある。日本での映像で解るように地下核実験もミサイルに
搭載するロケットエンジンも初期型ではあろうが格段に進歩し 今では潜水艦から発射
出来る垂直発射弾の「北極星−1」と表記されたSLBM型ミサイルの水中発射実験に
成功しているのである。これらの進化は 恐らくはロシアでの経済悪化による東欧から
の技術者とイランの核技術と中国から供給される電子部品や車体部品と企業研究者で集
積された技術だろう。と目されているのである。つまり米国からすれば、中国・イラン
・ロシアが技術供与や経済援助がなければこうした 兵器技術の発展はなかっただろう
と考えているのである。此処にアメリカの怒りや焦りがある。それが今度のシリアへの
ミサイルの真の狙いだ。中国習近平主席との会食前に打ち上げ 同時にこれまでロシア
の無茶ぶりに米国も又無茶をやる国と解らせたのである。現実的に米国まで届く核弾頭
の大陸弾道弾を開発していたとするなら 今やいや応なしに北朝鮮は今や叩かれていた
であろう。それは飛ばす事より持ってる事の威力に米国他苛立っているからだ。が逆に
何故金正恩はわざわざ核開発だの 人工衛星打ち上げではないミサイル打ち上げと事を
誇示してロケット発射映像を出したり 表向いて発言しているのだろうか。金正日の様
に恐る恐るに 秘密裏にずっーと続けて「交渉の席」の要求の方が、よっぽど国や国民
には より良かったと思えるのだが それだけ国内が苦しいのかも知れない。今や北は
「核保有国の地位」を求めている。トランプ大統領は「半島から発射されたのは大きな
ミサイルではなかった。予想された核実験でもなかった。(彼は)とても若いときに、
権力の継承に成功した。とても利口な人物だ」と話し、インタビューの中で、北朝鮮の
金正恩委員長を「利口な人物だ」と持ち上げている。更に適切な環境が整えた時には、
会談は光栄な事だ。」とも話している。ここでは既に金主席の逮捕監禁を用意している
ような作戦に見える。


1329: 名無しさんAA:17/05/07 12:10
 御覧砂漠 の果て 26

 では日本はこの北朝鮮の独立化した動きをどう考えるべきだろうか。よく北朝鮮は貧
しく独裁でと言われるが まさしくそんな国だが サウジの様に地下資源に恵まれたか
らと言って独裁が無くなる訳ではない。更に今ではトルコまでも独裁環境を創り出そう
としている。折角の平和国家の礎と誇りが無くしてしまうのは人類の損失ではろう。が
それだけ国内が逼迫した状況なのだろう。又逆に民主化していながらイスラエルや中国
などは人権の無い国作りに没頭している。成程、国家は「国の成り立ち」や「国民の質
」や「宗教や習慣」で大きく変わるものだと言える。朱建榮は「米国・ティラーソン国
務長官の発言で核は容認しないが38度線を超えない、体制もひっくり返すことはない
と言った裏に米中で北朝鮮をどうするか習近平国家主席の訪米である程度話があった。
」と言う。南北戦争時の隠れ北朝鮮人や中国系共産党の根党右派が徘徊している韓国内
は恐らく最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏が大統領になるだろう
。そして又「奇妙な太陽政策」なる北朝鮮融和策を取り日本政府や米国政府を悩ませる
であろう。米国にとっては北朝鮮の逃げ道も又必要だろうから などと「窮鼠猫を噛む
」形にはしたくない為の措置として「戦力優位」のままならいいと思ってはいようが、
朝鮮韓国会談はいつもの様に 近隣国の告げ口外交で終わり全くの成果が出らず数年が
続く。つまり米国の極東政策が今や5年遅れた様に 今後も又遅れて外交の失敗になる
事を望んでいるであろう。幾ら韓国を守っても「THAAD防衛」すら米国や日本の為
などと思っていて 金を払わないとしているのだ。恐らくトランブは10年もすれば、
「あああの時同じ様に戦争になるなら 例えソウルが火の海になっても、米海兵隊の最
新鋭ステルス戦闘機F35Bで叩かなかったのだろう。」と悔やむ結果を産むだろう。
韓国人の「今さえ良かれば」主義に押されるのは間違いない。先のあの朴政権すら馬鹿
の様に 中国にすり寄って軍事パレードに得意顔で訪中する程なのだから とんでもな
い失態は免れまい。そも韓国人に大統領を選ぶ程の教養や知識或いは先見性など資格の
ない人間性であろう。本来代表を選ぶのはそうした者を持ったものが その卓越した者
を選ぶ行為であって 人間性も敬愛も先見性も教養も知識もない者は辞退して推移を眺
めるぐらい資格がないのだ。もともと蟻の行列に同じで その先に先見性と解決策を見
出す為に頭を決めるのだ。もし人気投票や強硬派や弁舌家を選ぶのは共産党と同じで、
ヤクザの世界である。


1330: 名無しさんAA:17/05/09 03:57 ID:XMs
御覧砂漠 の果て 27

 朝鮮・金正恩委員長について、米国・トランプ大統領は「明らかに彼は頭がよく利口
なやつだ」と語った。CBSテレビのインタビューの中で独自の視点から評価し「米国
本土に届くICBMについては「北朝鮮はいずれ優れた核兵器の運搬手段を持つ。それ
は容認できない」とし警告した。米国・トランプ大統領のおととい発射したとされるミ
サイル「KN17」の映像を見ながらの発言である。実験が行われた場合の軍事行動に
ついては「分からない。様子を見る」と可能性を否定しなかった。同時に「これはチェ
スのゲームであり、私が何を考えているかを教えたくはない」と語り、軍事行動に踏み
切る基準を明らかにしなかった。北朝鮮では近年、商売で資本を蓄積した金主(トンジ
ュ)と呼ばれる小資本家が活動中で、彼らは全土でガソリンスタンドを経営しているが
、そのガソリンスタンドで今月19日から突然、ガソリン販売の制限が始まった。中国
の原油禁輸と米国の金融制裁という最高レベルの対北制裁が実行される場合、そこには
米中関係のパワーバランスが大きく影響することになる。朝鮮中央日報は先月14日、
「デルタフォースと、ネービーシールズ(チーム6)、グリーンベレー、レンジャーな
どが参加する」「最大規模の米軍特殊部隊が韓国に来る」「有事の際、正恩氏をはじめ
とする北朝鮮戦争指導部を除去し、大量破壊兵器を破壊する訓練をする」と報じた。大
統領令が出されれば10〜12時間で作戦行動に着手できる。沖合の原子力潜水艦から
海岸線に上陸し、内陸に侵攻する。グリーンベレーやデルタフォースなどと協同しなが
ら、作戦を遂行する。時に現地人に紛れることもある」と語る。「正恩氏の隣に協力者
がいる。正恩氏は100%逃げられない。」と結ぶ。チキンレースは止まらない。日本
の安倍政権はこの危機を利用して憲法改正を叫ぶ。こんな時期にしか改正論議ができな
い日本政府というか 日本の議員や日本国民の資質が全く落胆である。今の平和憲法を
運用できない日本人の知恵の無さは 核廃絶を叫びながら会議不履行する物笑いの種と
同じであろう。日本の核3原則を外し武器の禁輸を外し 日本は過去の日本を捨てても
恐らく 馬鹿げた国際社会のシーソーゲームに振り落とされるのが落ちだ。それよりは
日本が跳ねないなら世界も動かない。その重鎮としての役割の方が利口だ





1331: 名無しさんAA:17/05/09 03:58
御覧砂漠 の果て 28

 かつて昔 日本で倒幕を叫び明治新政府を作るとき 西欧列強を眺め技術や物量の豊
かさもだが その資金量の多さや豊富さにも目を見張った。日清日露の戦争が終わった
時の朝鮮半島の貧しさは相当なものだった。朝鮮介入の征韓論を唱えた西郷隆盛は 時
の朝鮮王朝の李斯朝鮮は文盲に近い国王だった。フランス革命の発端とされるバスティ
ーユ襲撃百周年となる年にパリで博覧会があった。4回目でエッフェル塔が建設され、
後でパリのシンボルとなった。パリ万博は1855年から '67年 '78年 89年 
1900年 '25 '37 '47年とオリンピックより早く行われた。 '51年の第1回
のロンドン万博があったがそれに対抗しての開催は広く世界からそのコンテンツを募っ
ていた。それまでの国内での内覧会を中止して皇帝ナポレオン三世は強力な支持で開催
を強硬したのである。同期にクリミア戦争が勃発したが、皇帝は万博の必要性や正当性
を説いて 国内政治の安定化策として行った。この事が明治政府の耳に入っていた。1
860年にアヘン戦争は終わったが日本は今だ不平等条約の中に居た。中国清朝も又、
1842に南京条約を締結し、英国は従来の、広東(広州)に加えて 厦門、福州、寧波
、上海の計5港を開港させ、それぞれに領事を置き租界を築いていた。更には香港の割
譲も認めさせた。この中での通商は東インド会社のいいようにされ 公正公平な関税率
の設定、領事裁判権、最恵国条項、開港五港にそれぞれ軍艦一隻を停泊できる権利など
が取り決められていた。清国中央政府は公式には認めていないが、当時の欽差大臣耆英
は長江河口以南のアヘン貿易を非公式に黙認していた。此処にアヘン蔓延に怒った庶民
が清の官憲にアロー号を臨検させた事件を起こしたのである。「イギリス(香港)船籍
の船に対する清国官憲の臨検は不当である」と主張し、また逮捕の時に清の官憲が当国
イギリスの国旗を引き摺り下ろした事は、イギリスに対する侮辱だとして抗議した。も
ともと英国では 講和条約はあったものの各国の住民の間での外国人排斥運動に手を焼
いていて武力行使やむなしの政策や態度を取っていたのである。こうして第二次アヘン
戦争は1856に起因して1860年、英仏連合軍が北京を占領しロシア皇帝の調停が
出来るまで続いたのである。


1332: 名無しさんAA:17/05/09 04:00
御覧砂漠 の果て 29

 この第二次アヘン戦争で活躍したアームストロング砲は、訪英中の文久遣欧使節団一
行が製作過程を視察した6年後の戊辰戦争で使用されるに至った。小森文書によれば、
長崎グラバー邸はその頃の重要な兵器商人であった。筑後茶(現八女茶)を長崎の貿易
港に近い嬉野に栽培させたと言う言い伝えと共にこの「お茶」がアメリカでは高値で売
れた。その為香港経由で工業製品として鉄砲や大砲を 日本に入れたと言われている。
アームストロング砲は各地で反射炉が完成するまで大きな金額が伴う大契約の品物だっ
た。それを運搬するに黒人と朝鮮人と中国人が奴隷として使われた。つまり通訳するに
この三国が必要だったとされる。中でも朝鮮人とされた奴隷は通訳としてかなり日本語
を習得していて 西郷隆盛や高杉晋作などは船で今のアジアの国家情勢を聞いたとされ
香港行きをUターンして帰国している。明治初年、新政府が朝鮮に対して国交を復活さ
せようとした。1873年(明治六年)に、朝鮮国王高宗の後継問題をきっかけに大院君
が政権の座から退いて、高宗の妃である閔妃(ミンヒ゜)が実権を握り外戚政治を始める
まで 全く外交や外国との観念さえなかったと書かれる。それは李は高麗王として即位
しても、中国から権知高麗国事としての知事的地位を認めてもらってやっと使う事の出
来る位の立場だったからだ。従って日本の明治新政府の国書の中に「皇上」や「奉勅」
という言葉を使い天皇の認めた政府とした事にもその中華圏以外の認識が無かったと言
える。日朝修好条規を明治九年に行ったが、朝鮮側は「全権委任」の意味を理解しなか
った。朝鮮側は、近代国家間の条約締結時にそうした手続きが必要である事すら知らな
かった。黒田全権大使は、近代的な国際法(万国公法)に基づく条約の意義を説明し委任
の仕組みを説明する羽目にまでなった。更に朝鮮側の公式文書には、又 国王の親署と
玉璽捺印すらなく新たな印章を作らせてようやく事なきを得たのだ。これらの事は今の
世界の万国共通認識のない外交や 勝手な慰安婦像設置にも現れている。こうした品格
の無さが これがこの半島の民族の質なのであろう。




1333: 名無しさんAA:17/05/09 04:00
御覧砂漠 の果て 30

 日本では江戸幕府がアメリカをはじめ 欧米列強諸国からの圧力に屈して、和親条約
や通商条約を結んだことによって、朝鮮は日本との国交を断絶した。とされたが 現実
は清王の許可なくして動けなかったというのがあった。朝鮮仲介を務めていた対馬宗氏
を通じて、朝鮮に国交求めたが、国書の中に「皇上」や「奉勅」の言葉が朝鮮の宗主国
である清国皇帝だけが使用出来る尊い言葉であるという難癖をつけたのだ。中国明朝の
時代倭寇が恐れられていたが同時に他の国の海賊船もかなり出没していた。戦国時代か
ら江戸期に秀吉の朝鮮征伐は日本側からの海賊退治であった背景がある。だがこの事で
朝鮮王朝は勿論明王朝には大きく負担がのしかって王朝は壊れた。その後清王朝はこの
海外交易を制限する海禁政策を続け その中に朝鮮王朝も含まれていた。だがこの政策
を今まで交易で潤っていた各港は守れなかった。そこで国内交易・国外貿易を問わずに
徴税に当たる牙行を当局が設定し、その後徴税と牙行の商取引が一体化した制度を敷い
た。こうして幾つもの牙行の中から一部の者に取引を集約徴税も代行させ、彼等を通じ
て全ての商人を把握する方策が採られた。そしてとうとうナガサキシステムを取り入れ
た。乾隆帝上諭で、広東スタイルと言われる広東十三行による貿易の独占を許し、同時
にヨーロッパ諸国との貿易を広州1港に制限した「カントン体制」「広東貿易体制」を
行った。こうして従来の中華帝国の交易の「朝貢」貿易の形態から新たな交易スタイル
に次第に変化していった。1839年イギリス全権代表と清国全権代表によって条約が
締結された。が条約の内容はかなり中国の負担に終わった。1. 香港島割譲 2. 賠償
金2,100万$を四年分割で支払う 3. 広州、福州、廈門、寧波、上海の5港の開港 
4. 公行の廃止による貿易完全自由化などだが 他にもその後に南京条約の附属協定と
して「五口通商章程」と「虎門寨追加条約」(1)領事裁判権(治外法権)(2)片務的
最恵国待遇(3)協定関税(関税自主権喪失)(不平等条約)が締結された。この条約
により、それまで強い制限下であった交易で広州1港で行っていた体制がが終結した。


1334: 名無しさんAA:17/05/09 04:01
御覧砂漠 の果て 31

 1839年、こうして南京条約が結ばれる事になったが この条約を記した原本は、
その後は中華民国が受け継ぎ、香港返還直前は台北で一時期展示されていた。と言われ
その台湾の正当性が示され受け継がれていた。明治新政府は1867年に作られたとさ
れるが この頃は既に中国清王朝は西洋列強に押され 更にこの条約を仲介したロシア
の介在で朝鮮半島は既に香港島の様な割譲を迫られる中にあった。日本は開国当初には
、中国、朝鮮と同盟を結ぶことによってのアジアの団結を図り、そうすることによって
日本の国土維持を考えていた。欧米諸国から自国の領土を守ることは命題であり平和裡
の同盟の緊結が理想だと考えていたが 中国は既に二度の戦争と内部のアヘン内乱によ
って政府維持出来ない状態の上 朝鮮も収拾のつく中央集権国家にはなっていなく清国
に申し出て決定する有様だったのである。こうした中での明治九年にの日朝修好条規は
李氏朝鮮王朝は中華からの独立した自主国家を宣言した形になって清王朝の思惑が外れ
ロシア・イギリス・フランスはそのまま李斯朝鮮王朝との条約形成の方に転じた。江華
島事件は日朝修好条規を先に求めたが朝鮮王朝に国際感覚が無かった為に足踏みしその
中で日清修好条規が先行して締結される中で起こった事件だった。この事件は日本との
条約が先んじた為にアメリカ艦隊が江華島の砲台を占領した事で、朝鮮側がこれを奪還
する事から始まる。アメリカと戦った事で国内は反米批判に埋もれていた。これまでは
対馬の宗氏を全権大使として派遣していたが全く返事は無かった。日本は業を煮やして
対馬藩が管理していた草梁倭館を大日本公館と改名し外務省に直接管理させて ここを
足場に対朝鮮の領事館並みの場所に替え井上馨に代えて交渉した。が朝鮮側はこの場所
を対馬藩に貸したのであって日本に貸していないとして大日本公館への食糧等の供給停
止、日本人商人の貿易活動の停止の強硬措置に出た。これに対して日本国内では征韓論
が蔓延し砲艦外交をやむなきに至り日本特使を軍艦を持っての外交になった。朝鮮側は
この威圧に慄いたものの この外交に対して礼服であった洋服や西洋式の空砲儀礼など
を侮蔑し、頑なに窓口を閉じた形になった。朝鮮との窓口が塞がれた事で軍艦雲揚号は
調査測量や物資運搬の名目で停泊する事になった。だがこの場所が朝鮮西岸海域で江華
島、永宗島砲台の傍であり首府漢城の北西岸、漢江の河口であった事で朝鮮側を刺激し
ていた。朝鮮人の思想はあくまで大中華の中の忠臣朝鮮で日本は夷狄であった。この為
交渉も条約も押しなべて「華夷秩序」を述べるに至っていた。この事で兵士も闇夜に幾
つかの砲弾をこの船に浴びせた。がそれらは命中せず交戦状態に陥って江華島砲台を破
壊し、永宗城島の要塞を占領するに至ったのである。明治4年はそうした年だった。

1335: 名無しさんAA:17/05/09 04:01
覧砂漠 の果て 32

 こうして1871年に起こった外交努力は報われず その後1873年まで棚上げさ
れた。そして1876年に晴れて 日朝修好条規(江華島条約)をはじめとした閔氏政
権の開国政策により朝鮮国が産声を上げた。だがこれにより外国資本が進出してくる等
、当時の朝鮮の貧民であった民衆の生活は更に苦しい状況であった。元々朝鮮政府が、
このアジアの西洋化の波にさらわれ無かったのは一つは奥だった所に位置する場所で清
王朝の庇護の下にあった事も事実だが 西洋列強に於いては何もない利潤の無い所とし
ての扱いだったからだ。だがアロー号事件での対英仏戦争にロシアが仲介した事でこの
ロシアにとっては 領土の端の貴重な不凍港であり南下作戦の大きな魅力的場所であっ
た。この事が日清・日露戦争の引き金になった。だが朝鮮政府はあくまで清国に目指し
た華夷秩序政策を重んじる保守派と近代化を目指す開化派に分かれ国内では反乱が絶え
間なかった。そしてその鎮圧ごとに日本は軍隊派遣があり清国は賠償を迫った。ここで
清国と日本との軍隊の対峙が起こり日清戦争になった。それは暴政にしがみつく清国と
今だ開国意識のない閔氏政権の先見性の無さが引き起こした混乱であった。1894年
に起こった朝鮮半島の李氏朝鮮王朝をめぐる日本と清国の戦争は、結局は1884年の
清仏戦争と同じに 中国が自ら領土であるとして 土地の権利を行使する覇権主義に基
づき 土地の王国との話し合いが順調に出来なかった事にある。清国の国軍指導層は常
に清の皇帝には自国の軍隊をもってすれば勝てると進言し軍隊を派遣した。それらが、
全く前近代的もので歯が立たなかったにも関わらず戦は延々と作られた。1897年に
国号を大韓帝国(だいかんていこく)と改め、君主の号を皇帝と決めた。だが以後日本
の影響下に置かれ、大韓帝国の国家主権は事実上、冊封体制清朝から日本へと変わった
だけのものであった。1904年の第一次日韓協約で日本人顧問が政府に置かれ、翌5
年第二次日韓協約によって日本の保護国となり、1907年の第三次日韓協約によって
内政権を移管した。この事で日本式の公共教育や市街地の上下水道や道路や電気や車な
どが少しずつ整備された。こうした過程を経て1910年「韓国併合ニ関スル条約」に
調印によって大韓帝国は日本に併合され、朝鮮民族の国家は消滅した。この日韓併合に
日本は多大な投資が余儀なくされた。それを見越して財政負担が大きいと大きく反対し
ていた伊藤博文はどういう訳か反対派の安氏に暗殺された。日清講和条約が締結され、
台湾には台湾総督府や台湾製糖が設置され、また大日本製糖が台湾に進出したがこれも
又清国の国内の疲弊を産んだ。

1336: 名無しさんAA:17/05/09 04:02
御覧砂漠 の果て 34

 「グレート・ゲーム」は小説『少年キム』の中に出て来る言葉で日本で言う「ターザ
ン」や「狼少年ケン」の様な未開地のジャングルなどの物語で そこに2種類の文明人
が未開地の領収を争うと言う言葉でチェス盤上のゲームに見立てた領土占領の言葉なの
だが今や歴史用語として一般化されたものと言われる。「グレート・ゲーム」は、東イ
ンド会社が出来た時の大航海時代の19世紀から20世紀にかけての、英露の攻防を指
している。ギルド国家オランダの最初の株式会社がアムステルダムに出来たのはロシア
皇帝ニコライの出資によってであった。オランダの東インド会社の発生は一番古く画期
的だったがその後の英国の東インド会社は武力鎮圧に於いて地域拡張し直ぐに上回った
。オランダ軍自体は兵力がなく海運業の維持にロシア海軍を頼った事で中東特にアフガ
ニスタンなどで抗争から生まれた言葉で、一進一退の経緯を辿った両者の攻防戦が始ま
った事でこの言葉が産まれていた。ロシアに取っても冬場の交通に北極航路は使えない
為各地の不凍港の寄港地を持つ事の南下政策は 今後の交通航路発展に大事であった。
此処にレースが繰り広げられた。実際の英露抗争は、ユーラシア大陸の国際政治史と極
東国際政治史において激しく争われた。中央アジアでは大英帝国・ロシア帝国だったが
極東では加えて日本・アメリカ合衆国・中国や多数の周辺諸国がプレーヤーとして参加
しており、その後の米ソ両超大国の争いへ継承されて、現代においては東西冷戦まで続
いている抗争である。又この時代の極東方面での諸国間の抗争はグレート・ゲームの中
で国の盛衰と切り離せなかった。世界の一体化が進行するなか、帝国主義時代の空白域
先鞭をつけて緩衝国化することが英露双方の重大な関心事で1907年の英露協商協定
をもって終結したとされるが 宗教やイデオロギー的に地政学的対立は今でも終わって
いないとされる。その舞台はコーカサスからチベットにおよぶ広大な地域に及びロシア
が革命によってソ連邦に変わった時第一期は終わったが、オスマン帝国と結んで中東へ
の進出を図るドイツ帝国が拡大拡張主義を取り、ロシア・フランスとの協調し、より多
くの利益が見出し強国になって行くのはイギリスにとって危険な敵であった。こうして
第二次世界大戦でゲームの駒からプレーヤーになった日本が 英国に替わってゲームに
参加した米国によって、最終的にはプレイヤーとしては“出場停止”処分となるまでを
第二期とされた。

1337: 名無しさんAA:17/05/09 11:17
御覧砂漠 の果て 34

 「グレート・ゲーム」は小説『少年キム』の中に出て来る言葉で日本で言う「ターザ
ン」や「狼少年ケン」の様な未開地のジャングルなどの物語で そこに2種類の文明人
が未開地の領収を争うと言う言葉でチェス盤上のゲームに見立てた領土占領の言葉なの
だが今や歴史用語として一般化されたものと言われる。「グレート・ゲーム」は、東イ
ンド会社が出来た時の大航海時代の19世紀から20世紀にかけての、英露の攻防を指
している。ギルド国家オランダの最初の株式会社がアムステルダムに出来たのはロシア
皇帝ニコライの出資によってであった。オランダの東インド会社の発生は一番古く画期
的だったがその後の英国の東インド会社は武力鎮圧に於いて地域拡張し直ぐに上回った
。オランダ軍自体は兵力がなく海運業の維持にロシア海軍を頼った事で中東特にアフガ
ニスタンなどで抗争から生まれた言葉で、一進一退の経緯を辿った両者の攻防戦が始ま
った事でこの言葉が産まれていた。ロシアに取っても冬場の交通に北極航路は使えない
為各地の不凍港の寄港地を持つ事の南下政策は 今後の交通航路発展に大事であった。
此処にレースが繰り広げられた。実際の英露抗争は、ユーラシア大陸の国際政治史と極
東国際政治史において激しく争われた。中央アジアでは大英帝国・ロシア帝国だったが
極東では加えて日本・アメリカ合衆国・中国や多数の周辺諸国がプレーヤーとして参加
しており、その後の米ソ両超大国の争いへ継承されて、現代においては東西冷戦まで続
いている抗争である。又この時代の極東方面での諸国間の抗争はグレート・ゲームの中
で国の盛衰と切り離せなかった。世界の一体化が進行するなか、帝国主義時代の空白域
先鞭をつけて緩衝国化することが英露双方の重大な関心事で1907年の英露協商協定
をもって終結したとされるが 宗教やイデオロギー的に地政学的対立は今でも終わって
いないとされる。その舞台はコーカサスからチベットにおよぶ広大な地域に及びロシア
が革命によってソ連邦に変わった時第一期は終わったが、オスマン帝国と結んで中東へ
の進出を図るドイツ帝国が拡大拡張主義を取り、ロシア・フランスとの協調し、より多
くの利益が見出し強国になって行くのはイギリスにとって危険な敵であった。こうして
第二次世界大戦でゲームの駒からプレーヤーになった日本が 英国に替わってゲームに
参加した米国によって、最終的にはプレイヤーとしては“出場停止”処分となるまでを
第二期とされた。


1338: 名無しさんAA:17/05/09 17:23
  御覧砂漠 の果て 35

 この「グレート・ゲーム」に言及する評論家は「新グレート・ゲーム」と呼ばれる時
期に入って今や第四期だろう。とされる。それは勿論もう一方の主人公であるロシアが
世界大戦から東西冷戦が終わり、ソ連がロシアに変化した時である。つまり 戦後から
ソ連崩壊までが第三期でありその後は第四期で「新グレート・ゲーム」の際ちゅうであ
ると言う訳だ。ペルシア・アフガニスタン・チベットにおける英露の角逐を終了させ、
第一期グレート・ゲームの終焉をもたらした様に第二期も又日本やドイツが敗戦した時
それはこのペルシャ湾岸の石油をアメリカやイギリスが支配して工業化の波で機械消費
文明の長となった事で終わった。その後の第三期のソビエト崩壊時も又ロシアの危機は
実は地下資源の枯渇であった。今でこそバクー油田や天然ガスは新たな産出を始めたが
実はチェルノブイリ原子力発電所事故が起こった1986年当時は 老朽化した施設を
維持する金さえ残っていなかったと言われている。この事故はホットスポットと呼ばれ
る局地的な高濃度汚染地域が今でも約百箇所にわたって点在していると言われ、広島型
原爆の約4百倍とする国際原子力機関 レベル7(深刻な事故) に指定されて今尚 その
後の処理に困っている状態だ。この事故は多くの複合的な要素が原因として挙げられて
はいるが、学者らによる後の事故検証では、運転指導員の教育不足で特殊な検証運転を
行い 数々の安全システムを外した事に起因する。それは結局は電力不足など経済沈下
が原因であった。その年は第12回先進国首脳会議(東京サミットが)開催されたが、
サミットそのものは 西側のオイルショックによる消費者の先進国の対応調整を巡って
始まったものだった。日本での開催は第5回東京サミット以来の2回目だった。又この
年アイスランドのレイキャビクでレーガン大統領とゴルバチョフ書記長の米ソ首脳会談
が行われ東西冷戦が終了の兆しを見せ 米国はリビア攻撃を表明し新たな対テロ戦争の
兆しさえ見せていた。「レーガン・ドクトリン」、「力による平和」を標榜しこの戦略
をして強硬な対共産主義を貫き「悪の帝国」批判を繰り返しグレナダ侵攻まで起こして
いた。この時の対ソ戦略は貧困にあえぐロシアに食糧支援はしても経済支援はしないと
言う「グレート・ゲーム」に沿ったものだったのは 皮肉である。


1339: 名無しさんAA:17/05/09 22:16


 いい加減にしろ 安倍総理は辞任すべきだろう。こんな国会やり取りは国民は許さない

1340: 名無しさんAA:17/05/09 22:29

 ふざけるなJR東日本 日本人が安全祈願する鳥居や神社を構内に持ってきても
居ない中でイスラムの祈祷室を設けるなどと 税金も当たり前に払わぬ公共事業体
が 政教分離も解らぬ判断とは情けない いい加減にしろ どっかの大学も同じだ


1341: 名無しさんAA:17/05/10 03:20
御覧砂漠 の果て 36

 この米英の「グレート・ゲーム」やユダヤシオニストの「南下政策の砦」とソ連邦の
「ハートランド構想」とは ある種の合意のラインを示していたのだろう。朝鮮半島問
題は図らずも 過去の江戸時代以前からの西洋列強の無意識下の共通認識であったよう
だ。というのも日本が日清日露の戦争以降に満州開拓団を送る事になったが ユダヤ人
の建国機運が国際的に高かった。日本は「五族協和」を標語とし「和・韓・満・蒙・漢
」の五民族が協調して暮らせる国を目指したとしたが それはシオニストの ここでの
建国を放棄したからであった。ユダヤ金融資本はこの地の投資と経営には強く参加を希
望したがこの地への移住し建国した生活を望まなかったのである。この時日本人は、い
わゆるロマ族のジプシー達とユダヤシオニストの違いを理解していなかったからだと言
われている。元々日本以外の国々の多くの境界は西洋列強の話し合いか停戦休戦ライン
として取り決め以後の紛糾や民族闘争に入らない為に作られた場合が多い。この38度
線のラインも又そうした中で作られ北朝鮮の存立の要になっている。世界大戦において
東南アジアの英領植民地を奪還させ、英国がゲームを続けられなくなるきっかけを作っ
てしまった日本自らも、香港島返還が共産党中国に預けられるとは考えもつかなかった
。此処にアジアの悲哀がある。一方的な英国の勝手な値踏みである。英国に替わっての
ゲームの主役に躍り出た米国にも又、今や最終的にはプレイヤーとしては“出場辞退”
を宣言するに至るが、アフガニスタンやイラクシリアの攻撃してタリバンやISILと
の戦いを初めて、イスラム移民や難民が登場した以上 グレート・ゲームの継承者とし
て先進国は逃げられない中にあるのだろうし 新たな中国のプレイヤーとしての台頭は
昔に戻った錯覚すら覚える。科学の道程からすれば蒸気機関が発明されて第一期とすれ
ば電流が発現し1943年の二コラテスラのフィラデルフィア実験は都市伝説だがこれ
らの大型科学の花開いた時期までが第二期となるであろう。原爆投下でこうしたものが
終わったがその平和利用の原子力発電所は第三期の花形かも知れない。各種の原発事故
はその終焉を飾った事故だと思えば全く同意出来よう。そもこのグレート・ゲームの名
がそうした文明社会の驕りに入った金満家の自然世界の狩場の拡張ゲームでありその中
に土地の土着民は案内係でしかない。

1342: 名無しさんAA:17/05/10 03:21
 御覧砂漠 の果て 38

 こうした世界の予測をするにこの第四期は不思議な世界である。既に原子力事故に合
い科学で処理出来ない放射能汚染や 或いは共産主義者や独裁政権とのイデオロギーの
戦いで民主主義自由貿易は勝利を終えた後の残された世界であるのだが 一向に安心安
全で豊かな社会が到来していないのだ。これらが先進文明人の狩場の拡張主義や領土争
いであるとすれば、その中でうずくまる我々は一体何を見つけ何を考えるべきなのだろ
うか。地政学的に、国の欲望は沖縄を見て解るように 境界線上にある住民は境界線が
なくなる事を願い 逆に中国や米国の様に境界線のない者は境界線上の防備を謳いなが
らしたたかに拡張を宣言する。この矛盾をそのまま引き継ぐのが朝鮮半島でありイラク
なのかも知れない。今ニューヨークで起こっている混乱はこの宗教じみた行為の不審感
であろう。フリン氏はポスト紙に「私たちはイスラムのジハード(聖戦)の原理に対抗
できなかった。ジハードの原理を支持しているのはイスラム世界のほんの一部であり、
誰もが、とりわけほとんどのイスラム教徒自身が、イスラム世界はとんでもない失敗作
だとわかっている。そしてイスラム世界には西洋社会に優越性をもたらしたのと同じよ
うな経済、文化、教育の改革が必要だとも理解している」と語った。彼の主張を「フリ
ン・ファクト」と人は呼んだが このフリン氏が又人類のとんでもない間違いの共産主
義と通じて居たとして批判や避難を浴び 更に公開尋問の渦中にある。ミラクル・jj
はその国際コンサルティング企業「フリン・インテル・グループ」での批判の中にあっ
たものだろう。顧客の中にはトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と強
いつながりを持つ人物もいたとされるが こうした宗教が「政教分離」を毅然と果たさ
なければならない事を今の国際社会は示していると言える。韓国国家論が盗んだ仏像を
正当化し更に慰安婦像を肯定する事が、かつての日本の排斥すべき在日朝鮮人が朴正煕
大統領暗殺未遂(文世光)事件を起こして 夫人を殺し黒幕が不明のままだったように
恐らくはこうした国家をまたいだ陰謀者を作りだす事を応援する形で進む 極めて危険
なままの進化であろう。政教分離や法理統一はそういう意味では国家のやるべき使命で
もある。これを英国や米国はEUやTPPなど抜け出して不合理の中での権力誇示を行
う欲望を 止められずにいる。これが日本の沖縄県知事や東京都知事問題でも色濃くで
ている人間の様であろうか


1343: 名無しさんAA:17/05/10 03:21
 御覧砂漠 の果て 40

 この第四期を日本国よりは日本社会の昭和の構造が担っているのかも知れない。かつ
て戦後には、核の傘と揶揄されながらもその国の信条を平和の中の勤勉に置いた。経済
成長して知らぬ間に東南アジアからルックイースト「ジャパンルッキング」(日本重視
)などと呼ばれ米国で "Japan as Number One"と国民が知らぬ間にされていた時代があ
った。その後米国議会から突然に「スーパー301条」の発動をされ 法に適った経済
活動をしていたにも関わらずジャパンバッシング(日本叩き)を受けた。その後日本化
などとされ2000年代に入ってやっとデフレ脱却から肩を並べると中国の台頭からにジャ
パンナッシング(日本軽視)が起こりその後も軍事力のなさや中東社会の影響が増して
来てジャパンミッシング(日本無視)が起こっていた。と誰かが言った。ジャパンライ
ジング(日本の昇日)に対して意見を聞く中である学生がジャパンシンキング(日本的
思考)の時代と言ったらしいが それは気真面目な日本人の正しく世界平和の祈願する
姿であり、日本の取って来た頑なな政教分離と三権分立体制の維持であったろう。更に
奇妙な事に恐ろしく面倒な人手のかかる生活こそが人を育む環境である処の優しさが、
今や経済拡大に実証されつつあって「昭和の伝統」が今見直されつつある。この何もな
い裸の権威に一人伏す姿は日本社会に必要な「生活礼拝」の基準なのだろう。ここでの
天皇制問題は恐らく時代の流れの象徴でもある。現人神と畏怖されながらもいいように
利用され、人間天皇と宣言されても尚日本の営みの頂点を維持するに尊敬され愛される
行動は人の規約や約定が紙や言葉には無いものである事を物語る。偉人とは偉業を達成
された人々ではあるが日本でも米国でも人間的評価が備わる。ただ日本的な者は清貧で
あり欧米は貪欲な富者なのである。此処に経営資源の違いがある。日本はその精神伝達
は世代交代しにくい中にあり欧米でも只の豪奢な傲慢者に変化して止まない。その意味
で中国はひたすらブルジョア主義批判を繰り返して格差社会の贅沢に勤しんできた。そ
の格差と独裁こそ北朝鮮の真似る所であろう。しかしこうしたエルドワンなり金正恩な
り或いは今回の韓国文氏なり大統領になるべき器が無い事は歴史の皮肉であろう。


1344: 名無しさんAA:17/05/10 10:53 ID:SB6
 嘘つき自撮りスター ユ・ミンソン が又物議をかもした。日本人は馬鹿か
 こんな男は ヘイトスピーチどころか 殴っても解らん奴や どうしようもない馬鹿
相手に 何故TVは騒動するのか 実際今の北朝鮮のミサイル発射みて 韓国人が何し
ているか。人の国の電車が止まったと笑ってるではないか。朝鮮人は自国がちゃんとう
した休戦協定もせず終戦宣言もしないで ズルズルといい加減な政府ばかり作って今ま
でになっているのだ なのに又も文氏なんぞ 訳の分からない大統領を担いで恥はない
のか こんな国は嘘つきの性格の悪い民衆を持つ国 世界中どこもない。お店は良いと
ばっちりだ。どこが両国の友好の為じゃ嘘つきも 朝鮮民族の性格そのものだ。日本に
来るな 韓国でクソでもして寝て居ろ。


1345: 名無しさんAA:17/05/10 12:18
 御覧砂漠 の果て 41

 ダークサイド寄りのトランプデモクラッドの行方に世界の関心事になっている。この
ダークサイドなる言葉は何とスターウォーズが人々に啓蒙させた。ダークサイドとは、
日本語的に言えば「暗黒面」を意味する言葉である。ジェダイの騎士によって正義の心
で扱われるライトサイド「光明面」のフォースに対し、シスの暗黒卿など、心の弱さ故
に憎悪や欲望、恐怖に屈したジェダイが扱うフォースがダークサイドと言う弱さゆえの
力である。ダークサイドのフォース「力」を操るジェダイ「仙導師」は、ダーク・ジェ
ダイと呼ばれる。と略される。成程欧米的考え方である。実はこの北朝鮮の「核開発」
はこの畏怖する心「暗黒心」から出ている。開発も開発した後の戦略もその戦略を止め
る力もその危険性ゆえに行われる。これに対してアメリカを指導するトランプの考え方
トランプデモグラッドに人々は惹きつけら目が離せない状態だ。かつてやっとドイツを
叩き先勝した各国で自国の復旧に忙殺されなかったのがソ連と米国だった。この二国だ
った。この中でスパイはナチの科学者の争奪戦を繰り広げた。結果ソビエトは、原爆は
4年、水爆は3年でアメリカに追いついた。異常な速さだった。この結果は アメリカ
政府内部に疑心暗鬼が広がり、誰も信用できなくなってしまう効果があった。又ソ連で
も諜報活動が暴露される事を危機として「異常な警戒心は狂気の世界を生み出した」と
語られている。こうして冷戦時代は進み 自由主義では赤狩りと称した取締り社会主義
では諜報の監視統制として西の豊かさも自国の情報も規制した。、パーレビ国王は優れ
た指導者だった。アイゼンハワー大統領はイランを訪問し、このパーレビ国王を支援し
、新米政権を作った。だが急激な改革はイラン国民の反米への怒りが爆発する。26年
後のことだ。だがその間ベトナム戦争で、アメリカが初めて戦争に負けた。国内には、
反戦の一般市民と敗戦批判の中流層に政府は打開策を案じていた。特に国家安全保障省
はソビエトがアフガニスタンに侵攻し、ソビエトの傀儡政権がイスラム勢力内に出来る
事によって脅かされていた。此処にかつて俳優だったロナルド・レーガンは大統領が登
場し、ソビエトを相手に史上空前の軍備拡張を宣言した。レーガンデモクラッドである
これまでの軍の浪費を厭わず対ソ戦に金を注いだ。中南米・中東・アフリカに代理戦争
に繰り返した。この中でCIAの訓練をうける中に若きオサマ・ビンラディンがいた。
米ソが荒廃させた地に、今世紀の世界に恐怖や混乱をもたらす種が蒔かれていたのだ。
これが「新グレート・ゲーム」と呼ばれる「グレート・ゲーム第W期」の始まりだった


1346: 名無しさんAA:17/05/10 22:11
  小池知事は馬鹿じゃないのか。 ニュースに出てる暇などないだろう
 決定し裁配すべき事は多々あるのに 全く決定しない 東京五輪をやる気はあるのか
国際的信用の為の 学習能力はあるのか。さっさと知事辞任したがいいのではないか




1347: 名無しさんAA:17/05/10 22:38
  希望と光の間 87

 アメリカのジェフ・セッションズ司法長官が2016年の大統領選中にセルゲイ・キスリ
ャク駐米ロシア大使と接触していた問題で、議会で民主党側から辞任要求の声が高まる
とともに、共和党内でも、大統領選中のロシアの干渉に関する調査責任者からセッショ
ンズ氏を外す意見が続出している。セッションズ氏は、2016年の大統領選でドナルド・
トランプ氏の陣営の主要メンバーだったが、選挙戦中に駐米ロシア大使と2回にわたっ
て面会していたと、ワシントンポストが3月1日報じた。
突発的な事態に対し、共和党議員の多くが対応に苦慮している。その大半はセッション
ズ氏の司法委員会での発言の詳細や、ロシア大使と彼が何を話したかという情報が必要
だと言う。リンゼイ・グラハム上院議員(共和党)は、トランプ政権がロシアと接触し
ていたことを報道で知るにつれ、明らかに不満を示し、セッションズ氏に調査から外れ
るよう求める可能性についてもノーとは言わなかった。
グラハム氏は、2日にFBIのジェームズ・コミー長官と面会し、ロシアの干渉に関する調
査の進捗を確認し、セッションズ氏も調査対象になるのかどうかを聞くと語った。

このセッションズ氏がトランプ政権から外されるかと見るや 反撃にでた。なんと
 コミー長官の方がFBIから外されたのだ。これでは米国政府は闇の中に居る事になる

1348: 名無しさんAA:17/05/11 16:32 ID:J/A
 御覧砂漠 の果て 42

 「事実はそうであるが真実は違う。」という事はよくある事で 趨勢の中で隠れて見
えない物がある。この「グレート・ゲーム第W期」の始まりや「予告編」の様なこの姿
は、ブッシュJrを煽てて大統領にお膳立てした米国の「ネオコン」に原因があるのは
明らかだ。だがこの「ネオコン」のゲーム構想の中で 各国が動いているにも関わらず
ネオコンのキャストや配員や姿は何処にもない影なのだ。正にダークの大変危険な事だ
ろう。今や不確実性とリスクを違う物だと解った時代でリスクなら高性能のパソコンで
判断できるが変数となればこれは人間の勘に頼るしか無く更に不確実は不確実のままな
のである推定で1000万人が戦死した凄惨な第一次世界大戦の端緒が切り開かれた事件が
サラエボ事件とされる。これはオーストリア=ハンガリー二重帝国の皇太子夫妻が暗殺
された事件だが、このフェルナンド大公が殺された事で第一次世界大戦が勃発するきっ
かけとなったとされている。100年も前の出来事ではあるがこの節目で考えるべき事
がある。この暗殺事件には結構可笑しな点が多い。だがもっと興味深いのはその後も、
サラエボ紛争が起こった事だ。正式にはボスニア・ヘルチェゴビナ紛争と呼ばれるその
戦争は1991年ソ連崩壊と共に起きた。クロアチアの独立宣言をきっかけに、クロア
チア警察軍とユーゴスラビア連邦軍との間で武力衝突を開始したのである。このバルカ
ンの火薬庫とされるこの場所はセルビア王国を主体としたスロベニア人・クロアチア人
・セルビア人の国とされ大戦以降はスロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビ
ナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアなどと一緒に「ユーゴスラビア」と言う一つ
の連邦制国家だった。此処に「グレート・ゲーム」のルーツがある。ユーゴスラビアは
バルカン半島に位置し、北西にイタリア、オーストリア、北東にハンガリー、東にルー
マニア、ブルガリア、南にギリシア、南西にアルバニアと国境を接し、西ではアドリア
海に面していた。このアドリア海こそ 沢山の陰謀を産み人の血を吸った海だったのだ


1349: 名無しさんAA:17/05/11 16:33
 御覧砂漠 の果て 43

 「ドイツが世界大戦で敗退したのは このバルカン半島を甘く見た為だった。」とい
う学者がいる。19世紀後期のサラエボ事件の頃は普仏戦争が終わってフランスの賠償
金によりロスチャイルド兄弟が暗躍した頃でプロイセンは宰相ビスマルクをしてドイツ
連邦を拡大していた頃だった。ドイツはロシアとの露独の条約をして国の安全保障とし
ていたがビスマルクの失脚し更にロシアが拡大ドイツを危険視して露仏同盟が出来た。
この事でドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は戦争時の仏露二面作戦を軍に立案させた。これ
が立案者のアルフレート・フォン・シュリーフェンの名を取ってシュリーフェン作戦と
名付けられた。ドイツ連邦は南ドイツのバーデン大公国・ヴュルテンベルク王国・バイ
エルン王国と同盟のまま推移していたが この国の運営にユダヤ金融は欠かせない存在
だったし、両国を挟まれてオーストリア=ハンガリー二重帝国は欠かせない同盟国だっ
た。こうした事で既に各国はドイツ・オーストリア・オスマン帝国・ブルガリアからな
る同盟国と、三国協商を形成していたイギリス・フランス・ロシアの連合国の陣営に分
かれていた。これは地政学的に仕方のないものだったが 思想的にフランス産業的には
イギリス資源的にロシアであり貿易でしか稼いでいない同盟国に勝つ見込みは無かった
。このシュリーフェンプランは1.ベルギー軍による予想外の抵抗。2.予想外に早かった
東部戦線でのロシア軍の攻勢。3.ドイツ第1軍の進軍の疲弊。4.量的優位性の消失。な
どで敗戦に帰したが その後の第二次世界大戦も又同じ作戦で 物量を蓄え機械による
進軍で速さを得て ロシアを確実に止める作戦で同じ様に敗戦した。それは他の国も又
同じ様に進化し更にイギリス軍の途中からの増援部隊を考えていない事が現実だった。
勿論ヒットラーも解っていてロシア進軍を急いだし海の制水権を海の狼とされるUボー
ト潜水艦で遮る作戦をしていたのも このプランが基準になっていたからだ。この時の
オーストリア皇帝はフランク・ヨーゼフであったが彼は「君主は神によって国家の統治
権を委ねられた」とする「王権神授説」を固く信じて疑わない人物だったとされ革命を
認めない人だった。此処に自由主義や民主主義の封殺が民衆を悩ました。

1350: 名無しさんAA:17/05/11 16:34
 御覧砂漠 の果て 44

 このベルギーこそが かつてのネーデルラント連邦連合王国からの一つであって、ベ
ネルックス三国の芯であった。この頃に汎スラブ民族主義(スラブ民族選民主義)に対
抗する汎ゲルマン民族主義(ゲルマン民族選民主義)を掲げてドイツ国民がいたのだ。
歴史的にベルガ民都市としてブリュッセルがあり、この地には、旧石器時代頃の古い時
から農耕と漁労を主とする人類の定着があったとされる。大西洋が温暖化で海進が進み
と中央ヨーロッパから移住が多くなり牧畜技術の移入と農耕技術を持って暮らししてい
た紀元前6世紀頃からケルト人がやって来て移住してくると、彼らによって火葬の文化
や鉄器がもたらされた文化のケルト人とゲルマン人のこの地での者をベルガ工族と言わ
れた。言語としてワロン語系をゲルマニアとしたこの事からゲルマン民族と言われた。
対してフランソワ語系をフランス人とされた。良くローマ帝国時代にゲルマン民族大移
動の名称によってゲルマン民族が移動したと勘違いされるが現実には海水上昇で海岸べ
たの民族移動とその戦乱での民族移動が重なり同じゲルマン系のゴート族の移動と勘違
いされる事が多い。ただこのネーデルランドの地が古くから海洋進出に秀でていてロー
マ帝国時代に地中海沿岸ではアフリカや中東との関わりで戦争や交易がなされていたが
こちらでは外洋に出る船が海賊の如く恐れられバイキングと称され北の人ノルマン人が
本拠地ノルウェーを出て住み着いていたとも言われ、地中海と別の船が発達したとされ
る。此処に一つの勢力争いがあった。皇帝時代ロシアはドイツと近かったと言うよりは
プロイセン王国もロシア王国もオーストリア=ハンガリーのハプスブルク王家も縁戚で
あったのだ。ボヘミア王冠領はルクセンブルク家が途絶えてハプスブルク家において、
監理されたがボヘミア王冠領はハンガリー王冠領及びオーストリア大公国と共に三大領
地であった。30年戦争はボヘミア戦争とも呼ばれ カトリックとプロテスタントの宗
教戦争と共にフランス王国ブルボン家とオーストリア大公国ハプスブルク家のヨーロッ
パにおける覇権をかけた戦いでもあったのだ。つまり我々は第一次世界大戦と言ってい
るがその前に大きなヨーロッパ戦争が続いていたのであるそしてルドルフ1世は神聖ロ
ーマ帝国の空位に初めてハプスブルク家に王冠授けたドイツ国王でそれ以降富と権力を
増やしていき、神聖ローマ帝国に地盤を作り上げた。それがウィーンだった。



1351: 名無しさんAA:17/05/11 16:35
 御覧砂漠 の果て 45

 この大きな流れで悲痛なのは ムスリムのタタール人と言う民族の流れである。ロー
マ帝国チムール帝国モンゴル帝国オスマン帝国といずれも栄枯盛衰を繰り返し庶民を痛
めつけた。このバルカン半島はそうした東西交流の起点でもあったが同時にそうした人
の文化の衝突する場所でもあった。そこで人々は守るために傭兵を雇ったのである。最
初はコーカサス地方から連れて来た。が彼らは強かったが居着いてしまい柄が悪かった
。そこでスイスやウィーンから連れて来た。傭兵はフランスが起源の様に思えがちだが
実は紀元前からあった。このイスラム−キリストの領土戦争でもカトリック−プロテス
タントの戦いでもこの傭兵制度は重宝であった。当然ながらそれらは金で雇われいた。
これにイスラムはムスリム(同胞コミニュティ)を利用したジハード(聖戦)で集め、
キリストは融資と言う王族募金で集めた。当然王族は交易や職工産業などの商売は必要
で生産品だけでの潤いでは足りなかった。このスイス系傭兵は言葉が通じて礼儀正しく
更に山男で強く頑強であった。此処にハプスブルク家がウィーンが本拠地であった理由
があり秘密があった。スイスとオーストリアの間にリヒテンシュタイン公国と言う小さ
な王国がある。小豆島位の6Km四方の小さな国で最後の立憲君主制の国と言われる。
だが此処は最初のタックスヘブンの土地であった。リヒテンシュタイン家は元々ハクス
ブルク家の家臣であった。がどこの国も税と国民の統治で混乱している中で傭兵のネッ
トワークで確かな情報がより正確に持ってたと言われる。そもそも傭兵は命を貸す事業
でありそうした情報こそが大事だった。この信用でハプスブルク家の金庫番をしていた
。そうした事情からチェコスロバキアには多くの資産を持っていたが社会主義となり紛
失し2000年までこの国を認めなかった。同じ様にイタリアのベニェチアの商人はこ
のハプスブルク家の動かす交易商であった。その中に海運業カーナボーン郷キャボット
家は、死の商人として初期の奴隷売買・麻薬売買の商人で、スイスに集積され、スイス
のシェルバーン伯爵の基に預けられ、スイスユニオン銀行は、発足時から金融界の「ド
ン」として君臨し続けて 更に銀行の秘密主義はここから行われて来た。

1352: 名無しさんAA:17/05/11 16:35
 御覧砂漠 の果て 46

 リヒテンシュタイン公国が出来ると 課税逃れの諸侯や私財隠しの資金が集まって来
た。当然これらは運用して利益が必要だった。勿論ここでの秘匿主義は厳しくバックナ
ンバーと暗号と本人確認が一致しなければ出し入れできず利子はつかない物だった。こ
の運用で利益を揚げたのがユダヤ系資本家であった。王侯が入れる財宝は本人が死んで
そのまま没収されたものも多いがその価値を買ってくれる者も必要だった。そこに英国
のプレイヤーの存在があって産業革命が産まれた。絵画にサザビーズの様な落札者が必
要な様に技術や産業にもそれを買って投資してくれる者が必要だったのである。それを
買ってくれる諸侯も又国王達だった。それが「グレート・ゲーム」と呼ばれる領土拡張
戦争の発端だった。「シュリーフェンプラン」は欧州戦争時代のその中での大きな要素
を占めていた。「新グレート・ゲーム」と呼ばれる「グレート・ゲーム第W期」には、
イスラム系のイランやイラクのアルカイダやISILが新たに入っての幕開けと診られ
がちだが元々「ダークサイド・デモクラッド」と言う階級社会やの形成や格差社会の弱
者虐めは最初の枠組みの概念で こうしたものは奴隷の世界からあったと言える。これ
らの事で歴史的世界構造の概要が見えて来るだろう。何故江戸時代「イエズス会」とい
うハプスブルクの応援するカトリック男子修道会のポルトガルやオランダ船がやって来
たか。何故、黒船来航と共に今までリーマン・ブラザーズが明治新政府を応援したか。
その理由が今までの事で解った事と思う。「ダークサイド・デモクラッド」と言う戦争
公共事業主義は人の価値を見ずに人の死を計算しない事にある。その意味では昔の植民
地主義が如何に馬鹿げた事であったかがうかがい知れる。このSUBが成り立った訳は
人は財産を守りたいと言う要求の上にこれがあった事だ。欲望の多い中で守りの世界が
成り立っていたのである。そんな中でロスチャイルド家やロックフェラー家が借りては
一儲けしてアメリカやイギリスに投資していたのである。日本でも日本長期信用銀行や
日本投資銀行は日本銀行の出先機関としての有用を狙ったものだった。が日本の馬鹿な
官僚はその内容が解らなかったのである。品物は軽薄短小を求め旅行は安近短を時代の
流行だが 金融は重厚長大の産業を目指していて 高価な技術と豊富な労働と甘い見返
りを期待しているのである。

1353: 名無しさんAA:17/05/12 02:20
 御覧砂漠 の果て 47

 第一次世界大戦は、セルビア王国のオスマン帝国の宗主権から独立したもの ハプス
ブルク家君主国オーストリア=ハンガリー帝国の保護下にあった。この離脱の為の宣戦
布告によって始まり、1915年末にセルビアは中央同盟国に国土を占領され、アドリア海
のコルフ島に亡命することとなった。とされる。同時期に起きたトルコ青年革命の影響
であったのだろう。オスマン帝国が連れて来たイスラム教はいい加減な宗教で人を傷つ
けて止まない。汎スラヴ主義はスラブ民族の統一を謳った主張なのだが、ここチェコの
歴史を見る限り 統一を掲げる民衆よりは、それまで共同生活しながら「コモンウェル
ス」多民族共存(多文化主義)を実践していた人々の方がより賢い選択をしていたのだ
ろう。これまでの歴史に於いて 今のトルコやイスラエルの様な単一民族の集合体とし
て 他の民族を叩いてその国の成立を固めようとして成功した国はない。その意味では
北朝鮮が或いは韓国が同じ民族として同族意識を持って近寄る事を望んだ形だが その
結果が戦争や分裂の基になった例は多い。それは元を辿れば個人は個を持ち一人一人が
違うからであり それらは結局は独裁や締め付けでも統制は取れないからだ。今の産油
国の独裁が残っているは締め付けよりは贅沢が許される富豪の国であるのが要因である
。これは統計科学やマックスウェル分布などの物理学でも証明されていて単一民族社会
なぞはあり得ないのである。では日本はどうかと言う質問もあろう。日本も実はアイヌ
民族や琉球市民或いは海洋移民や田舎島民などの集まりであって これらをまとめてい
るのは法治国家としての意地である。日本も戦国時代や世界大戦中は多くの抑圧や独裁
で国力を高め一心一体政策が取られた。だがそれを行えば行う程に人々の心は離れ更に
民族としての消耗は激しい結果が起こったのだ。それはトルコでも北朝鮮でも同じであ
ろう。ゼロにはならないのである。そして国家そのものが疲弊するのである。この仕組
みは神が与えた進化の歩みでもある。たった一人や一つの発明や発見で全人類がその恩
恵を預かってここまできたのである。それが統計の表した個々の本質であった。そこに
このユダヤの資本家は自由主義資本主義を訴えた意味があるのである。



1354: 名無しさんAA:17/05/12 12:08
 御覧砂漠 の果て 48

 だがこのイスラム教は、この多神教や多様文化を許さない。まず偶像崇拝を許さない
。更に脱会脱派改宗を全く許さない。つまり今の社会の子供は子供の夢に生きろ、親と
は違う道を行け。などという事は許さないのである。この為ムスリム同胞団の援助は受
けてもこのムスリムからの抜ける事はジハードの戦士や自爆テロの志願ぐらいの死を持
って行うことしか許されない。これは子供が好む好まざるに関係なくイスラムの家に産
まれた事で起こる宿命なのだ。よく大半のイスラム教徒は平和的にテロとは関わりなく
生きて生活している。などと平気な知った顔して言う解説者がいるが大きな間違いだ。
ムハンマドの歌で殺されムハンマドの風刺画で爆破される社会で 神を試す事は無礼な
事でなく罪であり裁きを受ける事なのだ。だが実はこれはキリスト教も仏教も昔は全く
同じに改宗を認めない社会であった。それは江戸時代の踏み絵の強制でも解るはずだ。
一神教に於いては罪と裁きが一致した社会を強制するのは当然の事だったのだ。それが
今のアラブでありトルコであり北朝鮮の向かう社会で思想の進化を拒否したのである。
にも関わらず中国同様思想の多様化や文化の自由化を規制しながらIT技術や自動車や
電話などの最新技術を欲した社会の建設をして 矛盾が公害などに出て来ているのだ。
こうした矛盾は世界システムにも出ている。国際連盟は国際連合と日本では分けている
が戦勝国会議のまま何ら変わらない。だが日本は敗戦を得て世界平和とその秩序に沿っ
た法体系の上の安全に辿りついた。核開発も又核弾頭を待たず造らず持ち込ませずの中
で米国の傘の下で国の安全保障を敷いて戦後をやって来た。此処に一つの真実があった
。即ち如何に東西冷戦と言えどもスパイ合戦でも通貨でも物流でも繋がりがあった。と
言う現実だ。北朝鮮問題でもミサイルが向いているのは日本であり同族が分裂はしてい
ても戦争となればスイスや真田の様な冷ややかさは無いのである。更に二つ目が如何に
強いとしても被害は免れず危険は除去されない事だ。ソ連や米国が開発した核と言わず
とも通常のミサイルで或いは飛行機で充分に被害は出て人は交通もままならない世界に
変わるのだ。今アメリカから出てNZランドに土地を買うのは富豪達なのだが、格差の
中で贅の限りを尽くしても尚幸せな生活が目の前に現れない事に苛立っている姿がそこ
にある。

1355: 名無しさんAA:17/05/12 19:15 ID:fQ2
 御覧砂漠 の果て 49

 ドイルド教はヨーロッパ中にあった宗教だったとされる。今だ解明されてはないが、
女祭祀の宗教で首狩りや人身御供も時として行われた 魔術や魔女の基になった宗教で
ある。ケルト人の巨石文化の中の宗教でドイルドと言う身分になるには30年以上修行
が必要とされ中には50年経ってやっと祭祀になった例もあるようだ。それはドルイド
が自然学者であり、天文学者であり、宗教者であり、医学者でもあって、その上魔術師
的な「呪術師」のなどの仕事を行っていたとされるからだ。。争いごとを収め、明日の
事や生活を守り、狩りや漁獲を成功させる、なども彼らの仕事だったがらだ。この神官
を持つ宗教は紀元前30世紀の時代にエジプトの太陽神やオリンポスのギリシャ神話の
素になったと考えられる宗教だろうと言われる。ケールの民で信仰されその正式名称も
今は解らないがドイルドとは「数多くを知る賢者」の意味だと言う。輪廻転生が信じら
れ死後には幸福の世界(マーグ・メルドやティル・ナ・ヌグ)があり、そこで魂が生前
の主体、感情、習慣を持ち続けることが出来る。とされ現世の行いによって罰や報い・
試練として、人間よりも低い段階(動物など?)への転生があるとされる。葬儀では、
日本と同じに 死者宛の手紙や、他の死者に渡してもらう手紙などが燃やされたり、来
世に行ってから返済してもらうよう、お金を貸すことさえあるということだが全く日本
に似ている。悪政に彼らは街中で民衆の「ポピュリズム」によって「貴族の絞首刑」「
魔女狩りの斬首」を繰り返したのは13世紀後半であった。14世紀のユーラシア大陸
では東アジアに発し中央アジアを経てヨーロッパにまで達したペストの大流行が起き、
それは19世紀半ばまで続くことになる小氷期がいよいよ本格化して寒冷化により農耕
牧畜への大きな被害が出たため人口が大きく減少した。この時オスマントルコが大きく
欧州まで勢力を伸ばした。これがイタリア・ルネサンスを起こし、新しい時代へと大き
く転換したと言われる。ハプスブルク王家や又その金庫番のリヒテンシュタイン公も又
ダービー伯爵なども彼らが愛したのはこの「ケルトの知恵」であったが 同じ様に国の
守りに彼らが屈強なスイスからの傭兵を頼んだのは当然だったろう。




1356: 名無しさんAA:17/05/12 19:16
 御覧砂漠 の果て 50

 イギリスは大英帝国と呼ばれグレートブリテンと称される。これは数多くの植民地を
持って国を運営していたからだが、それが「グレート・ゲーム」を呼び共産国との対立
に於いて世界を覆う物だった事は先に示した通りである。だが何故このユダヤ系資本家
がスイスの王室金融の出先機関としての役割を果たしたのか。それがこのドイルド教の
本質にある。つまりヨーロッパ融和を図る意図がそこにはあったのだが、スイス金融は
その役割の中ではハプスブルク家などの王家の資産保護の役割しか持たなかった。その
中でオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊し第一次世界大戦で「ダークサイド・デモク
ラッド」の黒き死の商人勢力はカーナボーン郷キャボット家などは大きな力を持ってき
た。此処に新たな王家の資産保護の役割と共に世界秩序建設の投資の必要性が出て来た
。周辺の島やイングランド・アイルランドとも異なる独自の文化を築いてきたマン島は
イングランド貴族のスタンリー家が代々統治してきた。1765年のマン島購入法成立
によって王室がマン島の支配権を購入し、それ以降はイギリス(連合王国)の君主が、
マン島領主を世襲している。ここには、ケルト=ヴァイキング時代の円形住宅と、2つ
のロングハウスの遺跡紀元前8千年頃、水位が上昇し、マン島は周囲の島々から切り離
されたと言う事実から、島への人の定住は紀元前6千5百年以前に海からやってきた事
とされている。マン島は法的にはグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国の一
部でもなく、又主権国家でもない。従ってイギリス連邦の加盟国でもなく、「自治権を
持ったイギリスの王室」の直轄する属領であるとされる。しかしイギリスとの密接な関
係からイギリス連邦の一部と勝手に見なされることも多く、イギリス連邦議会連合の中
やコモンウェルスゲームズ等には参加している。EU内でも参加せず、代表も送ってい
ないが、イギリスの特別領域として扱われている。歴史的には 新石器時代に、農業の
知識があり、優れた石器や陶器が伝わって来ていた。この時期には巨石記念物が出来、
島の周囲に現れている。るようになった。青銅器時代になると、この巨石記念物を建て
ただろう人々の、大きな共同墓が小さな古墳に変わる。遺体は装飾用容器と共に並べら
れ石の墓に入れられていた。青銅器時代の古墳は、田舎で長期間作り手が作り続けたが
、鉄器時代はケルト文化の影響が始まった。ケルト文化は丘の頂上に大きな物が作られ
、海岸沿いの崖の上には見張り用の小さな砦が残る。その間に木組の大きな円形住宅が
建てられていた。アイルランドと移住者からの文化的影響がゲール語化の過程を促進し
、マンクス語を生み出したのが5世紀頃と言われる。オガム文字の碑文が証明している


1357: 名無しさんAA:17/05/12 19:16
 御覧砂漠 の果て 51

 当初から欧州社会は庶民の革命は数多くあったが イギリスの様な産業革命には至ら
なかった。それは科学的進化もさることながら 庶民を保護する程の能力が国に無かっ
たからだ。それどころか貴族と共に諸侯や王侯や王家もこの庶民の持つ力によって廃位
や死刑が行われる恐怖すらあったのだ。ルネッサンスと言うのは日本では文芸復興とさ
れるが実はローマ時代8世紀頃から数々のルネッサンスは起こっていた。古典古代の復
興は以前にも数多く見られる現象で、9世紀フランク王国の「カロリング朝ルネサンス
」や、10世紀東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の「マケドニア朝のルネサンス」および
11世紀帝国末期の「パレオロゴス朝ルネサンス」、西ヨーロッパにおける「12世紀
ルネサンス」などがあったと言われる。だがいずれも十字軍で狩り出された若者と軍隊
の強さで長くはあっても大きくは為らなかった。イタリアルネッサンスが成功しフラン
スで革命が成功した理由はこのハプスブルク王家の美的好奇心が起こした巨万の富が幸
いし大きくあった。彼の王国が美を求め縁戚の権威を誇張せず自らに十字軍戦闘地区の
壁を抜けて交易を果たしたのは イギリス王室が新たなプロテスタントと言うキリスト
教を創った様に思想改革の中で斬新な思考を持っていたからだ。この新しき思考がこの
イギリスの産業革命を成功させた。そしてそれこそが「ケルトの知恵」「ドイルド教の
愛」であった事をシェルバーン家やロックフェラー家或いはロマノフ家などの数多くの
財産家は解っていた。そこで投資の仕組みを考えたのである。そしてその投資の利益を
マン島やスイスやウィーンなどの 決して大国ではないが自分の庇護する小公国に置き
管理する事にしたのである。マン島の言語マンクス語はアイルランド語やスコットラン
ド・ゲール語と密接な関係を保っているが 本来の欧州言語とはかけ離れている。実は
ギリシャ文明からの英国とは又違った文化があったのである。マン島はその後、スカン
ディナヴィア支配を受け、宗主権をノルウェーの王が保有していた。だが12世紀以降
は、ノルウェーの内政の混乱によってマン島支配は、代わって勢力を伸ばしてきたスコ
ットランド王国と衝突するようになってノルウェーの島嶼部としてノルウェー側で戦っ
た。が負けてマン島を除く全ての島を放棄して降伏させられた。13世紀の話だ。ノル
ウェー王マグヌス6世は、スコットランドとの間に結んだパース条約によって、マン島
を含む島嶼部を割譲した。その後はスコットランド、イングランドと二転三転したが、
ヘンリー4世の時代にイングランド王家のものとなり、ジョン・スタンリーに授けられ
、その子孫であるダービー伯爵家がマン島領主を兼ねた。彼らは滅多に島に来ることは
なく、代官を派遣して島を治め こうしてイギリスの租税回避地に変わっていった。

1358: 名無しさんAA:17/05/12 20:29
天にまします 我らの父よ 願わくばみなを
あがめさせたまえ みくにをきたらせたまえ
みこころの天になるごとく地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を今日もあたえたまえ 我らを
試みにあわせず悪より救い出したまえ 我らに
罪を犯すものを我らが許すごとく我らの罪を
も許し給え 国と力と栄えとは限りなく汝のもの
なればなり アーメン
エクセルシオールカフェ赤羽東口店(
閉店後、同列系統サンメリー)に
天罰あらぬ事を
(全バージョン転載可)
創価学会の行っている非人道行為が
なくなりますように悔い改めよ創価学会
海外の政府の方 日本の闇を暴くのだ
日本では俗称 集団ストーカーなるものが
行われている
ドトールコーヒーは創価学会だ
倫理もなし タックスヘイブン 創価学会
不幸が起こって創価を信じると収まる 野蛮人のやるような行為 だれか英訳して海外掲示板に貼ってくれ
創価学会脱会方法 http://park5.wakwak.com/~soka/dakkai.htm
人間やめますか 創価学会やめますか
TBS 川田アナ自殺 ネットで調べてみな
創価学会 お前らは地獄に落ちろ
ドトールコーヒーが何も法的措置を
取らないのは事実だからです
赤羽は大松あきらのポスターで一杯

1359: 名無しさんAA:17/05/13 02:50
 御覧砂漠 の果て 52

 実は今 非常に興味深く注視されているのは シリアや北朝鮮が今までの戦争と違い
 この暗黒社会の触手が伸びるか、伸びないか、と言う危険性の観察である。イギリス
のEU離脱は 全くもって自国の歴史すら知らない英国民の馬鹿さが産んだのだろうが
 紳士で称号を持つ王家や知識者はこれを注意深く見ている筈だ。中国の台頭は世界の
食卓をまずい物に変える事は解っていながら 英国首相は香港を今の共産党政権に返し
た形を取った。この事で食糧の流通は中国世界のものになった。この時から世界は狂っ
てしまったのた。それは中国の公害でも見て取れる。我々西側諸国は後進国や共産国を
安易に支援したり応援したり供与したりすべきではない。これを日本も英国も米国も、
今の世代が理解していない。この事が「ケルトの知恵」「ドイルド教の愛」であろう。
彼らが魔女狩りにあっても、ジプシーとして虐げられても、国境の果てに追いやられて
もユダヤの様には世間にアピールする事も反抗する事もなかった。「ダークサイド・デ
モクラッド」と言う黒き死の商人勢力の社会形成を知っていたからだ。そうした悪は、
我々の内にある「憎しみ」や「怨み」の心である。人には保存則が備わっている。贅沢
で満腹する食糧においては人は早死にする。およそカロリーでも、糖分でも2割の食糧
で充分である事は解っている。つまり我々が知る限り制限した抑制された生活の方がよ
くよく生活出来る事が証明されているのだが。今やその抑制の科学は証明から生の論理
まで持ち希少な物質の摂取まで指導するになった。ITが流行し人々の生活まで忍び寄
る中で起きたアラブの春は悲劇になったのである。この事で今日の事態が かつてと大
きな違いがある事がわかる。世界が何処に行くのか何処に向かうのかアラブの狂犬カダ
フィ大佐が死んでから 欧州の狂気を誰が押さえるのか こうした大国に押される時代
を誰が終わらせ得るのか。かつての日本の様に正義の信念を持った姿が例えそこにあっ
たとしても 北朝鮮のような無駄に終わるのが世の仕組みなのかも知れない。それでも
人類は 世界平和や自然との調和を夢見る事が出来るのだろうか。結局ルービン・ハリ
ケーンが無実の罪で独房の外を夢見ない鋼の心で満足であった様に 日本の様な平和社
会から飛び出して独立国の様な戦える普通の国を夢見る事は 北朝鮮問題で可能にはな
ったがそれが良い事とは限らない。言える事は核兵器と同じく今はもう間違いが起これ
ば地球規模の不幸が襲い 恐らく全人類が生き残れないであろう。それをロシアも危惧
している。

1360: 名無しさんAA:17/05/19 21:45

 仙台市立中学2年の男子生徒(13)が4月26日に飛び降り自殺した問題で、同じ
学校の教員2人が生徒に体罰を加えていたことが分かった。市教育委員会が19日、
市議会に報告した。 二転三転する大衆権威側の説明で 事実が解り 更に今回の 
虐め自殺問題では 学校や教育委員会は犯罪者集団だった事が 判明している。
それと同じ事が 今の自民党政治の 今国会で起こっている。テロ準備対策法案である
だれがみてもおかしな事が この自民党や公明党更には 維新の会には解らないらしい
。既に強硬可決して 議論になってない議論をしている事が このテロ行為である。
本当に意味のない国会答弁をして 「もういいでしょう。」などと可決したこの議員は
国会議員になる資格どころか 日本人の資格 民主主義の国にいる資格すらない馬鹿だ。議員の個人的意見や権利が 党利党派の圧力や仕組みに埋もれて議論が無いと言う風潮
では 全く間違った政治であるべき議会ではない。この姿は犯罪者集団である。
そうした事が 今全国津々浦々まであって この学園汚職や自殺問題やテロ法案問題
に 如実に現れていて これを規制しなければ 日本はない。もう既に一線を超えた
戦前の大衆の 大政翼賛会の姿と全く同一なのだ。国民を貧困に追い詰め 政治をみる
時間をなくさせ デモすら行えない派遣労働者法を携え 国を仕切る。そして戦争に
準備する。その裏で個人の懐を満たす。全く今の自民党の姿である。更に維新の会や
公明党のこの露払いにはあきれる。こうした議員を殺す事でしか再生の道はないのか

   

1361: 名無しさんAA:17/05/20 04:47 ID:JIo
 御覧砂漠 の果て 53

 「貧困は 世界最悪の暴力である。」とガンジーは言った。その貧困が作られたもの
である。と言うのが主流である。では何故又、どうやって作られるのかが疑問であろう
。今北朝鮮の核ミサイルを見るに「これが今の世界の求める姿」ではないだろうか。と
考えさせられる。というのもあの欧州でさえも今や世界政府形態をあきらめた形である
。北の将軍様に為りたがっている輩は数多い。トランプにしても習近平にしてもエルド
ワンにしてもプーチンにしても 恐らくはこの金正恩と同じ権力の頂点に立ちたいとし
た欲望の中に位置する人間だろう。だがこの事こそは馬鹿げた貧困に繋がっているのが
この北朝鮮が証明している。今や原子力発電の電力は基本30人から50人程度で50
0万所帯を養っていると昔は言っていた。昔であるので今は減ってはいるだろう。だが
省電力機器も多くなっているから同じで従って発電量の問題になるかも知れない。が今
回に福島原発事故では4原発が運転し第一第二の2ヵ所つまり8原発が稼働中だった。
他に2基あったが保守点検中と聞いている。つまりもし全電力があれば900万Kwh
出力があったのだ。この電力量は凡そ戦後であれば全世帯を賄う量であろう。それだけ
かつては小さな電力エネルギーだった。だがそれでも日本は幸せな中に居たのだ。江戸
時代であれば殆ど無かった電気である。では日本は貧しかったか。そう実は貧しかった
のである。明治の異邦人は貧しい村だが笑顔の生活をしていた。と言う言葉が残ってい
る。つまり物質主義物量時代に於いて人は既に貧困からは抜け出る程の富を得ている。
それが今のロシアや中国或いは北朝鮮や中央アジアが生活できる理由である。経済封鎖
があっても食料自給が出来ればそれで国は成り立つのである。この事からベーシックイ
ンカム最低限所得保障論は 最低生活保障として必要な手立てである事が認められる。
つまり 日本では「働かざる者食うべからず。」の風潮が強いが 実は汗水流して働く
のは食べる為でなく稼ぐためだった。という事がドルショックで解ったはずだ。つまり
我々は働いてはいけなかったのである。もしそのままブレトンウッズ体制のままであれ
ばこのアジア地域は程良い55年体制のままであったろう。つまり消費活動の赤字と、
ベトナム戦争と言う国家予算の赤字でアメリカが悲鳴を上げていた事を良く理解すべき
だったのだ。

1362: 名無しさんAA:17/05/20 04:48
 御覧砂漠 の果て 54

 つまり 米国が「戦争消費活動の為の公共事業だ。」などと言わせてはならないのだ
。この無駄な浪費の何もしない威嚇の為に 核ミサイルの膨大な国家予算を消費しても
国民は守れないのである。この中に今回のウェスティングハウス事件がある。それにし
ても、東芝は何故に、こんお原発事業を国家機密にして興したアメリカから、その一角
を占めるこれらを買おうなどと思ったのか不思議だが。それはともかくこの原発が大変
危険な物ではあるが 石油にしろ天然ガスにしろこの巨大電力産業が今の消費経済のそ
の大部分を占めて支えているのは確かな事だろう。だがそれでも貧困が産まれる理由は
その人の意識の中にある「差別主義」の拡大があるからだ。よく議員が生活保護や母子
家庭などを補償しない事が財政健全化につながる様な論点が見受けられる。がそうした
意見はあの相模原の障害者福祉施設の殺人事件の植松容疑者の意見と同じなのだ。本来
そうした境遇なり運命の人を 介護までは行かなくともその人達がいる事で我々は自分
を知るべきなのだ。つまり幸せを感じるべきだし 働くことが苛酷であってはならない
事を肝に銘じて 楽しい仕事場を目指す事を目的にするべきだ。良くマネーの虎みたい
な事業に成功したものの成功例を聞く講習会などがTVで言うが それは間違いである
事にもっと気付くべきなのだ。そうした厳しい事が大事なのは 共産党社会の指導者の
みであって 民主主義のモットーとすべきは兵士ですら民主主義を守る事であり優しさ
である。この優しさこそ人の持つべきものだが それを甘さと勘違いしている。決して
甘さと勘違いしない為に そうした下層のうずくまる人々がいる。蟻の8割と同じに、
人にも一定量のこうした障害者は出る。勿論色んな要因がありその要因を遮り無くす努
力は必要だが 運命的悲運は出来るだけ助けて互助生活に入るのは生命体の与えられた
使命である。その中に生活保護者や重症の身障者や母子家庭がある。良く生活保護より
生活が悪いと嘆く事で 生活保護を打ち切ろうとする。実は他の質を上げて幸せを堪能
しその上に本人達に自覚させる事は大事な事だ。その意味で植松容疑者の様な事件を起
こす人間を創らない工夫こそは人が行うべき生活なのだ。


1363: 名無しさんAA:17/05/21 04:47 ID:YHg
 御覧砂漠 の果て 55

 こうした不幸な人を不幸な事で起こった悲運を出さない事が今求められている社会な
のだが。米国が「戦争消費活動の為の公共事業だ。」なら この格差の下での下層国民
たる 一般人は最も効率的消費活動奉仕者である。そんなおもいなのだろう。例えば今
アメリカは対テロと称して「ロシアとの密約」に揺らぐ大統領を非難する。その中なの
にコニーFBI長官を辞めさせている。その上でイランとの合意は「最悪だ」と言う。
これは折しも今イランの大統領選で平和路線を敷く「穏健派」と対米路線の「強硬派」
との選挙戦の最中にあるに関わらず発言している。どう考えてもイスラエルの入れ知恵
としか考えられない。こうした大統領でさえも「操り人形」として動かすイスラエルの
特異さは考えられない位人類にとっては残酷な事だ。これはスリランカに於ける中国の
台頭と同じである。港湾整備と称した工事を中国の貸付で中国工事業者が行った。この
事は全くスリランカが先進国に近づく為の整備事業として正当な物ではあろうが、この
国にとっては向こう百年間の寄港地としての無断利用と四百年間返し続けても返せない
巨額の借金なのである。これが何を意味するのかは知っての通り世界大戦の予兆と同じ
ふしだらな人類の未来に対する使い込みなのである。つまりアメリカはわざわざイラン
国内のイスラム過激派の応援する発言で強硬派を煽り トランプ大統領は戦争や対決を
行うのである。それを真似て中国は小国に わざわざ自国の利にしかならない港湾施設
を作り巨大な高利貸しを行い貧民を育てよと言うのである。これは先進国の傲慢でしか
ない。この傲慢さが世界の混乱を招いている事は明らかだ。そしてそうした傲慢を放置
する日本は そのまま米国の「非関税障壁」などと言う 訳の分からないいちゃもんを
つけられては 更に日本人に乞食になれ奴隷になれと言う政策を中曽根首相以下歴代の
首相は行って来たのである。これは日本が内乱が起きない事がおかしい位の政治や政策
の悪さで 今更国防論を唱えている自民党は世界の恥さらし位である。もっと国民を大
事にした丁寧な国会運営すべきだし 与野党共に国や国旗や国のシステムに敬意を払う
べきである。


1364: 名無しさんAA:17/05/21 04:48
 御覧砂漠 の果て 56

 こうして書いてくると 現代に於いて 英国人や米国人が人間としての誇りを失った
事がそこにあるようにみえる。ブッシュが911をしかけ中東戦争を起こしたのは、そ
もそもが彼は人間としての人間らしい振る舞いが微塵もなかったからだ。単に 権威の
象徴としの地位に 国の軍産企業に操られ、バチカンなどの聖職者のいう事も聞かず、
EUの苦悩も考えず 後処理すら思わずに、我儘にも大統領としての行為ではなく個人
の因縁として 悪魔に転じた行為を演じた行為をしたのだ。今度のトランプが選挙に勝
った原因も結局は 人間として生きる資格を失った様に行動し、それを当たり前ように
思わせている事に 人を見抜く視点を失った国民が多くいる事に大きな要因がある。そ
こには不満を煽り人を分け仕事をする資格や消費を行う資格もある人々でも 下層階級
に押し下げては人としての個人の尊厳を 削る為の税金の支出や 勝手な法律で縛り 
人殺しを正当化する事に応援している姿がある。そこに国と軍事産業との結託を果たし
たアメリカ一番と叫ばせるナチスや軍国主義に通じた熱狂者の存在がある。それを創り
だす仕組みとして 今のアメリカを初めとする先進国のTVやSF映画やアニメにある
思想が 強力な力の対決と混乱或いは倒し倒される戦いのみの深層心理の欲望体系発散
のみを植え付けているのだ。これではいい世界は築けない。これに追い打ちをかけるの
が中国企業だ。今正当な民間企業が海外で仕事してる中国企業があるだろうか。不可な
のはあれだけ反トラスト法や人権を叫びながら 中国企業は皆んな中国共産党の戦略的
国家企業である。つまり中国自体が軍需産業しかない形態なのだが普通の企業の様に認
めているのだ。それでもあれだけ人権に厳しい欧米がそれを許している。これは一体何
なのか。修羅場や守銭奴と日本で言われる一番卑しき人間の潮流が底辺に流れ始めてい
る証でからだろう。これを先進国が断ち切らねば国際社会に明日はない。日本でもtV
は何にも出来ない若者を旅させたり食べさせたり話させて番組を作っている。そこには
道徳観念も知らせる正義も要素も理由もなく只々視聴率だけの番組構成で芸能にも値し
ない。社会性の人の為のニュースとしての世代つくりの合理性の科学もない。そこには
怪物の正体が見え隠れしていると言うおかしな悪魔の興奮を起こさせているしたたかさ
だ。


1365: 名無しさんAA:17/05/21 09:32
 御覧砂漠 の果て 57

 元来人が醜悪な性格のものだとしても 正しくあろうとする意志があればそこそこの
人間的社会は構築される。それはノンポリとされた冷静に見極めるある種の冷めた視線
も社会の中ではあろう筈だからだ。だがこのブッシュが犯した罪はそうした人を悉く戦
場に送り込んで米国の良心的若者を殺して来た事だ。今回トランプ政権はそのブッシュ
の過ちに上塗りする事が画策されていて悩ましい。その一つが今回トルコのエルドワン
大統領の訪米でも何一つ人権批判や 国家の大統領の一極集中の弊害がマスコミからも
報じられなかった事だ。これは私にとっては意外な米国民の姿でもあった。一連の流れ
から言えばあれだけトランプを大統領として認めないデモまである中なら 日本人なら
当然の如くクルド人のデモにアメリカ人の大多数が附いていくものと思っていたが逆に
トルコのエルドワン支持派の米国内での暴力を許している。これは一体どういう事なの
か。米国人にそうしたニュースとしての情報が伝わっていなのか 或いは米国民自意識
が自らの権限の権利のみで他の国の同じナチス的強権境遇にはあまりタッチしたがらな
い性格の為なのか。私にはちょっと判別つかない。更に衝撃的なのはサウジアラビアへ
の武器禁輸を解いた事だ。およそ、米国史上最大規模とされる1100億ドル(約12
兆円)に及ぶ武器売却の契約にトランプ氏はサウジと契約署名を行った。これは現在の
イエメン国内に数十年に渡り長引いて内戦状態にある正式政府への サウジの内政干渉
が基本的要因なのだが それを砂漠の内戦の悲劇としてCMや募金を呼びかけながら、
一方でそうした事を行う数千倍の多額武器供与を国家規模で認めると言う大きな矛盾に
アメリカ社会が政府のみならずコンサルや報道やジャーナリズムが容認してる姿勢にし
か見えない。この事もショックである。あれほど称賛されたオバマ方針路線が次々と覆
され一方で取れない油田から無理矢理シェールオイルとして環境汚染にも繋がるパイプ
ラインを敷き原油価格の引き下げを行いながら 一方でその資源に鎌掛けた浪費戦争を
する国を応援するのだ。いや国を応援するのは厭わないがその戦闘行為に加担するのだ
。あれほどサウジが原油脱却の経済を模索しているというのに その鼻先に武器購入を
声かけると言う手法は まるで麻薬の売人である。


1366: 名無しさんAA:17/05/21 09:32
 御覧砂漠 の果て 58

 これには 恐らく中国の脅威があるのだろう。そこに中東と北朝鮮の絡み合いがある
。今回中国政府はシルクロード基金でのカラコルム鉄道構想を考えていると言われる。
これは50年越しの構想である。元々シルクロードの最大難所とされた中央アジアの中
の山岳地帯を何とか通行路としたいと千人以上の犠牲者を出し20年かけて小さな小道
の1300Kmを造ったとされ それが1978年に完成した。この時にはイギリス植
民地政策からの独立でインドは疲弊しパキスタンはイスラム教徒らが単独独立の為に、
新しい土地に移民し これに中国がパキスタン応援をした経過がある。この時中国支援
はしたものの多くのパキスタン民が作業に従事しパキスタン側で8百数十人が死亡した
とされる難所だった。このカラコルム・ハイウェーは,パキスタンのギルギット・バル
ティスタン州のイスラマバード郊外を出発して、古代都市インダス川を北上する古代の
シルクロードを結ぶ通商路だ。中国の新疆ウイグル自治区のカシュガルまでを結んでい
る中で道を拡張し 大型資材を運搬する道路が出来れば その後に線路を敷こうと言う
計画である。かつては多くのパキスタン人および中国人労働者が建設中の地滑りや転落
事故で死亡したが 今では山岳へのトレッキング・クライミングルートにアクセスでき
る中にあり そう大変な事ではなさそうだ。今回習近平国家主席は、パキスタンを訪問
してイスラマバードでシャリフ首相と合い、中パでこの「山岳経済回廊」を整備する構
想で計450億ドル(約5兆4千億円)の事業支援・投資などに向けて51項目の合意
文書に調印したと言われる。双方に国内でイスラム過激組織のテロを繰り返す警戒の中
で、国内に潜伏させない為の協力を継続する共同声明だった。ウイグル自治区のカシュ
ガルからパキスタンアボッターバードのハヴェリアンまでとされ、バルトロ氷河のよう
な世界最大の氷河もいくつか含まれている。だが既に敦煌、新疆地区のトルファン鉄道
が運行され年間2兆円規模の観光収入がなされ、多分この鉄道ができれば70兆規模の
利益確定が収入として上がると見られている。事実人民日報紙上では「中国の支援での
建設されたクワダール港とカラコルム道路があれば、計画には十分な実現性がある。い
つの日か計画が実施されたとき、戦略面における両国間の協力関係がいかに多岐に及ぶ
ものか、知ることになるだろう」と述べる。つまり金さえ目星がつけば中国に絶大な繁
栄をもたらすとされ欧米が落胆しているのだ。此処にAIIBの本質がある。


1367: 名無しさんAA:17/05/21 11:57

ぶざけるなNHK なぜ嘘ばかりの韓国歴史ものを買い付けるのだ。
 物語として架空のものであるにも関わらずさも現実にあったかの様に解説する
  その上 日本人から集めた金で 何故日本の時代劇を行わない 不平等で差別だ
   自虐史観を広めるな。違法行為だ NHKはすぐさま韓国ドラマを中止せよ
    BPOはこうした倫理に違反する外国物には目をつむるのか



1368: 名無しさんAA:17/05/21 20:45
 御覧砂漠 の果て 59

 これによって戦略的な拠点であるグワダル港は、中国のエネルギー補給路として運用
する計画が生きて来る可能性は大きく広がった事になる。果たしてロシアは このまま
見過ごすものなのか解らないが 中東や中央アジアは実はソ連邦の権益の中にある。だ
からこそアフガニスタンや中東戦争が起こっている事も事実だ。中パ経済回廊のプロジ
ェクトは、グワダル港の積み出しを中心としている。だが此処は本来漁村で、周辺の陸
地にも支えとなる経済区域はない。更に貨物の積替港として海運業界には全く評価され
てない。その理由はペルシャ湾に近く、積んでしまえば、近接して積替を行う必要性が
ないからだ。このグワダル港はかつて中国のアフリカ進出の際に日米が中東を抑えてい
て寄港地が無かった事で シンガールが管理するも放任して使用して無かった為無理に
買わされて軍事港とした。と言うのが一般的見方である。更に今回の回廊設計もカシミ
ール高原に農産物を作る為だろうと言う見方が強い。この高地は散々核実験場として使
われて放射能の影響が強くあった敦煌の地カシュガルからの延長線上にある。つまりは
今や金で救う為の公共事業が中国周辺のゴ−ストタウンに消えて ウイグル新疆地区の
反政府の叫びを抑えられないでいるのだ。このパミール高原の越境地区は後は石油で潤
うカザフスタンのパイコヌール基地やキリギスやそうした安定した国家群が存在しこれ
から米国から拒否されるであろう商品を売り込む事が出来る。と見ているのだ。つまり
イスラム教徒の多いこの地区に公共投資し仕事を作る必要性が ウイグル鉄道の出現に
よって格差是正と言う目的が出来た事にある。この資金がAIIBの資金である。日本
が三峡ダムに投資した建造費は 260億ドルでも、皆がその高額で嫌悪され移転諸費用を
払わない事で問題が生じた。だが中国政府は“習近平主席が 460億元の大礼を携えての
パキスタンを訪問し水力発電投資を決めた。水力発電事業の総投資額は16億5000万ドル
である。一方パキスタンのGDPはわずか2500億ドルであり、フィリピンの2800億ドル
とタイの3700億ドルよりも少ない金額だ。グワダル港海軍基地建設に中国が 100億ドル
を投じようとしている。フィリピンスービック港改修予算額はわずか1260万ドル中国の
千分の1にすぎない。経済感覚のかけ離れたこの声明は詐欺に等しい。


1369: 名無しさんAA:17/05/21 20:46
 御覧砂漠 の果て 60

 こうした詐欺的投資によって大盤振る舞いする中国に 国際社会はそれを許すのだろ
うか。今回の「一帯一路」の国際会議には、AIIBでもなく東アジアサミットでもな
い。にも拘らずロシアのプーチン大統領を始め130超の国と70以上の国際機関から
1500人が出席したと言う。共産党大会開催を控えた習近平主席の権力誇示に大きく
寄与した形となって 北朝鮮以外はいずれも歓迎された形である。だがこの開催が日米
主導のアジア開発銀行(ADB)の会議が日程が被っている事は、相当な敵愾心の中の
開催であったのだ。アフリカ供与資金をそのまま持ってきて 近隣に投資する事で地位
の確立を図ったのは今の海運輸入の赤字を物語る。北京で行われた習近平主席とドゥテ
ルテ大統領の会談では。中国と領有権を争う南シナ海で「天然資源を採掘する考え」を
中国側に表明したと述べたといい、「自分たちのものだから採掘するつもりだ」と伝え
ると、習主席から、「私たちは友人だから争いたくないが、強行するなら戦争になる」
と警告を受けたという。つまりは隣国に脅しでしか外交しない中国人の本質がそこにあ
る。これに馬鹿鳩山はゴキブリホイホイの如く粘着している。哀れな行為である。日本
がこうならない為にも毅然とした距離は必要だ。今やIMFデータでは、世界貿易の伸
率はわずか2%強で推移し、益々世界貿易の摩擦は絶え間なく激化し、反グローバル化
、反体制化の傾向が強く ポピュリズム、保護主義、孤立主義が世界で広がるものと予
想される。そんな中、中国は毎年「一帯一路」沿線諸国に総額1300億ドルの借款を
供与していっている。その大部分が開発銀行ではなく、国営商業銀行からの資金である
。公的銀行とは言え開発に携わり 今ではリスク評価と管理監督が甘かったため、初期
の海外投資プロジェクトで多くの損失を蒙った経験は有していて学習してるものという
。予測によると、「一帯一路」沿線地域のインフラ建設を行うには、毎年1兆7千億ド
ルの資金調達が必要だという。がAIIBを含めたアジアの開発銀行の資本総額は3千
億ドルにすぎない。それでも、中国国家発展改革委員会が総額1千億中国元(約1.6兆円)
規模の中露地域協力発展投資基金を段階的に造成し、一帯一路事業として推進するとい
う発表もなされた。これは参加各国には美味しい話であるだろうが しかし・・・もし
貴方が投資家や預金者であったとして利率のいい投資として資本の足りない破綻する様
な銀行を通して 融資の為にとそれをを行うだろうか。

1370: 名無しさんAA:17/05/22 07:43 ID:njI
 御覧砂漠 の果て 61

 基本的に今や既存の経済モデルは計算尽くされていると言って良い。今後パキスタン
国内にどんな鉱物資源が埋まっていようとも 恐らくその開発の方が高くつく。それが
例え国際社会の中でどんなに低価格の労働力を提供したとしても その安全率を重ねる
とリスクが高すぎるもので保険計算すれば 厄介にも幾倍かの安全用の経費が必要とな
る。この事は中国のアフリカでの失敗に通じている。つまり今やアフリカからの運輸は
この石油が安くなり中国国内の商品を高く売れるのにこの後進国からの輸送に原価不足
が生じている。何故か。実はそれが韓国の海運業の衰退の原因なのだ。輸送コストに今
や既存流通経路を使わない限り 港湾コンテナの手数料が高く扱えない船員の給料が払
えない。寄港地の港湾料が溜まるなど 片道では荷物を動かせない状態なのだ。また、
中国・パキスタン間の経済的な距離は遠く離れていて上海からマラッカ海峡を経由して
グワダル港に到る距離は9500kmで、この2地点を上空から見た距離は6千3百kmで、
一見、陸路を使えば3分の1の空間距離を節約できる様に見える。しかし、経済的距離
である物質の輸送値は経済基準からは遥かに遠い。つまりコストは払えないのである。
海運で上海からマニラに至る距離はわずか2千kmに満たない。上海〜ロサンゼルスで
もようやく1万kmである。更には、鉄道や道路を使って石油等の貨物を運ぶ場合には
4倍のコストになるとされる、マラッカ海峡を経由する場合の4倍のコストを払ってま
で鉄道を使うとは考えられないのだ。、確実に割に合わないのである。更に道路では8
倍まで達する。又カラコルム山脈を迂回すると現実は鉄道で5倍道路で10倍のコスト
がかかる。又これを中国が払えても 人類全ての共通負担として戦争の様に覆いかぶさ
るのである。こうした経営学上日常の運転コストさえも維持困難になる投資を行う価値
は一重に国内向けのイスラム教徒群の指導方法の方策として行うのである。事実中国に
経済変化として天安門事件が現れて来てからこのウイグル地区やカシュガル地区の改革
に漢民族がやって来た僅か2%〜5%と言われた自治区だったが今や60〜70%が漢
民族である。そして漢民族はやって来る事が出来るがウイグル族は出稼ぎにしか行けな
い。居住地が決められており住居の移動は出来ないきまりなのだ。




1371: 名無しさんAA:17/05/22 07:43
 御覧砂漠 の果て 62

 この中国には金は腐るほどある。と言うのが実情である。例え外貨が不足しようが、
中国人民元は管理通貨であり 人民元上の決済であればどうにかなる。と言うのが政府
の公式見解と言える。今オーストラリアで不思議な光景が続出していると言う。その姿
は空き家の氾濫である。購入された住宅に住む者がいなく管理もされず更に放置状態の
危険な街に変化しつつあると注意喚起している。それは日本の山林と同じに只ひたすら
価格上昇を狙った投機商品としての家が並ぶ状態と言われている。そしてそれが不思議
にも中国の帳簿上は資産なのである。つまり中国国内の鬼城を、海外に持って来た形で
理財商品として運用されている。と言うのである。カナダでは投資を背景に不動産価格
が上昇して、現地では反中感情が高まっていると伝えられる。中国人の性格が、目標を
達成するために地域の指導者らが「地域の発展にはコレしかない」と判断すると、「集
中的攻勢」をして「中国式勝利の方程式」が作られ、意外な成果をもたらして来た事で
こうした流行を好む場合が多々ある。とある人は言う。現実に 鬼城出現にはそうした
要因が多い。中国国内は中央政府の他に地方政府とされる日本の県や市町村に当たる実
質政府がある。そしてその下に又城官や奸警と言う人民サービス職員がいる。官製デモ
で送り込まれたのはその人民サービス隊と言う市政暴力団なのだが その住んでいる処
の都市での付加的な行政サービスを受けるためには、その都市の戸籍を有していなけれ
ばならない。都市部の行政機関は、戸籍の発行には賄賂と共にこの法の中にもいなけれ
ばならず厄介な汚職の中での生活が余儀なくされる。税の他にこうした村落ないし都市
の何らかの座や講の中に居なければ情報も権利も共産党社会の中での主張は出来ない。
内モンゴル自治区のオルドス市は世界一のゴーストタウンとして自慢している。同市は
、2000年ごろに石炭生産が盛んになり政府の施策で新都市構想が始まったのである
。面積は32平方キロメートル、人口100万人を目指して作られた。しかし、現在の
人口は10万人ほどにとどまっている。だが当初3万人の人口からは3倍になっている
つまり一時的ではないし計画からはずれてはいるものの発展はしているのである。これ
が中国流の半分聞き流して更に半分してその2割と考えれば正確だと言う理由である。


1372: 名無しさんAA:17/05/22 07:44

 御覧砂漠 の果て 63

 よく北朝鮮のこうした核開発やミサイル打ち上げに 習近平主席に顔に泥を塗った。
或いは中国は怒っている。腹立たしく思っている。などとされる新聞などが記述する。
だが本当だろうか。というのもこのオルドスの鬼城はほんの一例に過ぎない。陝西省の
神木県の石炭、甘粛省玉門市は石油、湖北省黄石市は金、雲南省昆明市東川区は銅と、
鉱物資源に頼り、一時は好景気に沸いたが、資源の枯渇とともに地域経済は急速に悪化
している。江西省景徳鎮は古くから陶磁器の産地だが他地域でも始まった陶磁器生産で
競争を受けて沈み、吉林省長春市は自動車産業都市で公害で2台需要だった販売も陰り
が見える。浙江省温州市はブラシ、ライターなどの軽工業で勢いついたが米国売り上げ
が下がる。広東省広州市もホンダの進出を受けていたが振るわない。いずれも他国企業
の低価格攻勢に苦しむことになった。こうした世界経済の問題の縮図と言える中、根源
を解決するどころか、再び金融危機が起きかねない。中国銀行は主張した。続けて中国
の公式見解も「中国経済も危機に直面しているとし、経済成長に対する圧力が高まって
いるだけでなく、10数年にわたって続いた不動産バブルが崩壊するのも時間の問題」
との指摘をせざるを得なくなっている。「国の一人あたりの鉄鋼消費量や鉄鉱石消費量
、セメント消費量は歴史上のいかなる国よりも多い。」としながらも、「中国では今後
もゴーストタウンが生まれるはずだ。」過剰生産を指摘したうえで、こうした資源が、
「誰も住んでいない都市」や「誰もいない道路」を作るために浪費されることになると
主張し需要の底上げと生産の削減に本腰を入れ始めた。国内には12大鬼城と言われる
が、実際は30〜50あるとも言われていが より以上深刻なのは空き家よりはもっぱ
ら経済活動そのものであろう。バブルに対して日本では100兆円、米国では330兆
円の不良債権額だ。中国では 政府公表額はまだまだ9.2兆円である。と言うが諸外国
の試算では既に500兆円を超える数字まである。中国経済成長の原動力は46%を不
動産やインフラを占めていると言われ、日本のバブル時代でも28%ほどだったので、
当然中国経済が瀕死の状態にあるとの見方もうなずける。日本は住宅価格は年収の10
倍と言われ、今の北京の住宅価格は年収の50年分にまで達している。



1373: 名無しさんAA:17/05/22 07:44
 御覧砂漠 の果て 64

 中国人は救うに値しない。それが今や世界の判断だろう。かつて石油精製プラントの
供給に金丸氏は「どうせ中国に作ってやるなら 最新鋭の公害の出ない物を送ってやる
べきだ。その方が中国人民が喜ぶはずだ。」と国会で官僚と散々もめて高額な支援の手
を差し伸べた。油分に脱硫装置までつけて精製の良い物を2年がかりで2基の支援だっ
た。が事も有ろうに共産党首脳はこの高い分溜装置のスペースにそうした精製技術は要
らない。代わりに3基つけろ。」と命令し 聞かなければ拘束すると脅したのだ。これ
は本当の話だ。その為に本国に帰って相談するとして帰ってきた商社は言われた通りの
仕様で質より量の精製になって今や公害大国である。こうした話は多いウナギの養殖も
或いは高速鉄道にも或いはビルの建築にも手抜きなのか工夫なのか解らない利益にもつ
ながらない共産党社会の安全を捨てた不作為の作為が横行する。こうした事は海外事業
でも数多く行っている。中国に高速鉄道網が出来る前から各国にこの鉄道を売り捌いた
。アキノ氏の頃のフィリピンにメキシコにベネゼエラにタイに南アフリカにとどこでも
売った。アメリカにも。インドネシアでは最終的には無償借款の形で建設を取り付けた
。だがいずれも失敗し着工が遅れ契約違反の上アメリカでは契約破棄やメキシコでは、
違約金問題にまで発展している。タイでは結局は自国建設に陥りフィリピンでは日本が
尻ぬぐいしベネゼエラでは結局石油が下がるまで待たされ発電設備すら建設できずに、
アフリカ関係では中国人襲撃事件にまで発展している。ずれにせよ、中国の海外投資は
ことごとく失敗しているというのが現状で、中国鉱業聯合会の報告では、鉱山開発など
資源関連の投資について8割が失敗に終わっている。投資国の政情不安もあるが、ずさ
んな計画が主な原因とされる。こうした中突然に 新都市構想が発表された。雄安新区
人口1000万人級の新都市案である。予定地の地価は一夜にして2倍になり資金が流れて
きた。巷では習近平主席の業績としての「習近平都市」建設だろうという。更に10日
後、李克強首相が香港やマカオ周辺を統合する「粤港澳大湾区」構想を発表した。共産
党の香港締め付け更に本土統一は着々に成功し 今や香港名物だった共産党批判は即座
に山奥へ逮捕拘留となる程だ。民主主義が負けたのである。そうした中でも各国からの
中国への熱い視線があるのは 人間の罪深き欲望の性だろうか。

1374: 名無しさんAA:17/05/23 19:47 ID:oxM
 御覧砂漠 の果て 65

 インドは中国のこの「一帯一路 」の会議には急遽欠席を決めた。そして外務省は声明
を出した。「重要なことに、事業の目的、性質、資金調達法を知りたい とのインドの
度重なる要請について、中国は受け入れを渋った」と中国の対応を重ねて問題視し、「
中国のインフラ事業が始動して非常ベルが鳴り始めている。スリランカなど多くの国で
は、中国による港湾や幹線道路の建設が、巨額の債務や高金利、政治指導者への贈賄、
その国の外交に影響力を持とうとする試みを生む結果に終わっている」と支援の在り方
を批判して、中パ経済回廊でも同じことが起きており、 「パキスタンの債務は、中国
政府が最も親密な味方の国でさえ、喜んでわなにかけるという重要な教えのようなもの
だ。」と友好国さえも獲物とするやり方を皮肉った。この事は今までやって来た米英国
の植民地取得時のかつての昔の手法である。これこそが第一次大戦で日本では批判され
第二次世界大戦で米英を敵にした理由であったのだが それを又中国が物真似している
というのは全く合点に行かない。既に先進国では人工知能とハイテク化した情報と更に
機械化し分業化した体制を敷いた民主主義の上にこうした国際化会議が開かれている。
にも拘らず 中国は旧態依然として 目的も手段も隠したまま高利貸付で勢い自国企業
の中で政策を行うなどと言うのは傍若無人である。この既にIT社会化した世界では、
仕事の観念が変化している事を知るべきである。所謂農産物や工業生産品は従来の半分
の労力で無尽蔵な太陽光や安い石油やガスなどで 殆ど人に頼らない生産が出来ている
。という事だ。人が仕事しなくていいとは言わないまでも 仕事はその機械の監視だっ
たり調整だったり出来た物の流通や出来る物を創作する事などであり その人の社会で
の立ち位置は過去とは違うのだ。つまり今の北朝鮮の核開発やミサイル実験以上に中国
のこの意味のない「詐欺的国際的投資セミナ―」やその見えない現実内の「投資活動」
の方が より危険でより陰湿で危ないのである。その意味では今回の「マンチェスター
アリーナ爆破事件」はテロでもなければ文化の衝突でもない。イギリスのEU離脱を求
めた人の心のうつろい の自由を捨てた姿の現実的証拠でしかない。つまり自由を守る
威圧感を捨てた事で 人に欲張った経済主義の台頭で「畏敬の念」を無くた朝鮮人と同
じ国にしようとしたのである。


1375: 名無しさんAA:17/05/24 07:18
 御覧砂漠 の果て 66

 恐らくこの爆破事件もISILが犯行声明を出しイギリスはテロとして捜査されるだ
ろう。だがテロと言うのは一体何なんだ。と言うのが正直な気持ちだ。我々がテロと呼
ぶのはテロリズムの事を指すと言われている。テロリズムの語源はフランス革命後に於
いてその後の施政が貴族達の上で強硬派のジャコバン派が恐怖政治を行って政権運営を
行った。今の中国の様な物だ。この時虐殺事件が起きて革命派が反革命派1万6千人が
殺害され恐怖政治を行なった。しかし修道会のジャコバン派も権力喪失した為極右極左
が乱れて破壊活動を行ったその中で政治的な用語として登場した言葉である。この国内
の覇権争いに起こった破壊活動を後でテロリズムと称したのである。左翼および右翼の
政党、革命家、ナショナリズム集団、宗教集団、他政府側など多岐に渡る政治的な組織
が、彼らの目的を達成するために実施して破壊工作を行う。これらがテロである。だと
するならば中国共産党が「香港の本土統一を着々と進め香港名物だった共産党批判が今
や即座に山奥の収容所送りになる。」と言う事実こそがテロリズムであり、エルドワン
が米国にに来て1923年のトルコ共和国建国以来、厳格な政教分離で公の場から宗教
色を排除する世俗主義など建国の国家原則の「守護者」を自任する世俗主義派「ギュレ
ン氏引き渡し」を求める事こそ 今まで憲法にまでも明記された国是を無視した「テロ
行為」ではないか。このマンチェスターアリーナの卑劣な爆破行為は「自爆テロ」と呼
ばれる。こうした事の卑劣さは、そこにいる犯人なり関係者が世間からドロップアウト
する精神にある。こうした事をテロだと騒げば騒ぐほど民族なり国家なりを分断させる
。これをイスラム国は喜んでいる。日本でもこの革命的と言えない政治力などないテロ
と言う作業があるとして国会でも対テロ法を敷こうと盛んに論議される。だがこうした
拘束隔離や政治の強硬策こそがテロの生まれる要因である。つまり今回も漠然と反体制
批判する者を扇動し罠にはめ 勝手に策動する協力者がいると思われる。表に出ない表
に出さないトランプや英国の様なやり方は極めて危険で ブッシュが初めて言った「対
テロ戦争」など妄想でしかない。テロを作る為の策略なのだ。これこそが「ベクテルの
真実」と言われるCIAやペンタゴンの意志と言わざるを得ない。



1376: 名無しさんAA:17/05/24 11:00
 御覧砂漠 の果て 67

 このマンチェスターアリーナ事件に、米国のドナルド・トランプ大統領は、ヨルダン
川西岸で行われたパレスチナ自治政府アッバス議長との会談を終えて、発言した。「自
分たちの人生を楽しんでいた多くの若く、美しく、無実の人びとが邪悪な負け犬によっ
て殺害された。」と述べ、「これからは犯人たちのことを負け犬と呼ぶことにする、負
け犬そのものだからだ。犯人たちは負け犬で、今後はもっとそのような人間が現れるだ
ろう。だが奴らは負け犬である。そのことを覚えておいてほしい。」と語ったと言われ
る。これは馬鹿か阿保の発言だ。領袖なりリーダーとなった者が勝ち組かも知れないが
大統領になったからと言ってテロ主犯者を負け犬と呼んで切り捨てる事はより混迷を深
める。更に選挙に勝ったからと言って自分以外を人間では無い様な態度は大統領の行い
とは言い難い行為だ。そもパレスチナ自治政府に立ち寄ってこうした考え方で「負け犬
」などと発言したこと自体甚だ不見識である。それを言えばPLOはこの世から消えろ
と言っている様なものだ。メイ首相は攻撃について「野蛮な行為」であり「最大級の虐
殺」を意図していたと述べたし、子どもたちを標的にするという「冷酷な計算」をした
と非難している。この事は今のイスラエルの非情さと同じではないか。この競争しては
非道に動く世界的人類の形態こそが非難されるべきで 政治こそがそれを止められる唯
一の指導なのだが その政治の形を変えて尚 こうしたテロリズムを盛り上げる様な方
向で走る現代の中で このメイ首相なりトランプ或いはエルドアンやプーチンや習主席
などは 言論の自由を奪い報道規制を敷き裏に巨大な暗躍機関を持ち 大きく黒雲を湧
きあがらせていながら テロは批判すると言う矛盾こそは疑われるべきものであろう。
 テロや殺戮に批判や負け犬などと叫ぶ事は簡単だ。だがその裏に安全に答える方針を
持っているのかは問われる姿勢であろう。国家権力が横暴に振る舞う事の裏に厳正な正
義や事の正しさが必要だが 今の政府にこの万人の要求に満たした正義があるのだろう
か。この不満こそが事の要因ではないのか。いつまでもダラダラとアメリカが政府体系
を成さない。EU離脱に全く嘘の資料で選挙したまま。北朝鮮もクリミアもイスラエル
も全く国際社会の懲罰が無い。これではテロは広がるばかりである。更にイランよりは
イエメン攻撃するサウジアラビアや混乱を今だ抱えるリビアやアフガンこそテロを育成
している


1377: 名無しさんAA:17/06/13 19:19
  ディノン・ディノン29

 少し前に「言論と表現の自由」に関する国連特別報告者、デービッド・ケイ氏が来日
し 更に今回対日調査報告書を公表した。これにについて「わが国の立場を丁寧に説明
し、ケイ氏の求めに応じて説明文書を送り、事実把握をするよう求めていた。にもかか
わらず、われわれの立場を反映していない報告書案を公表したのは大変、残念だ」と述
べた。とする政府表明があったが、政府は全く間違いを犯している。まずこの調査報告
は、これは勧告でも表明でもない。世界の自由度の尺度から見た提言であり事実の公表
なのであって政府が遺憾に思う事とは意味が違いすぎる。今回獣医学部問題やテロ特別
委員会でも問題になっているのは、日本の公平や中立は何処にあると思っているのか。
と言う視点のまずさである。まず高市総務大臣は国家が放送法4条の停波を行う権限を
持つ。と言う所と停波をやった事はない。という事の違いを良く考えるべきだ。つまり
やった事がないのは当然だし、やる気ない事とやる権限を持たない事の違いは自由度の
差が現実にあるのだ。今回の忖度問題でも米国には忖度などない。あるのは法に触れる
かどうかであって 後は道徳を市民運動に任せているのである。日本の場合例えば消費
者問題センターもせっかく民間団体が立ち上げた物を政府は支援もせずに勝手に盗んで
しまい体制の中に組み込んだのである。こうした事は世界の潮流である資本主義自由社
会の法則に矛盾し法に違反している。と言っているのである。これは日本国憲法第21
条に「集会、結社及び言論、出版、その他一切の表現の自由はこれを保障する。検閲は
禁止する」というふうに宣言しながらも 全くの違法行為である資料公開をなさない、
今の自治体ないし政府と言う物を誰も取り締っていない事を意味している。すなわち、
日本は先進国風には着飾っているものの 資料公開や放送映像や著作出版に大きな制約
を設けておりそれは中国以上である。と言っているのだ。それは「メディアは、そもそ
も独立性のあるサードパーティによって規制を設けるべき。」と言う言葉で解る様に、
一般人の持つ規制委員会が成立していない日本の経営者層の意識の悪さがそこにある。


1378: 名無しさんAA:17/06/13 19:19
条に「集会、結社及び言論、出版、その他一切の表現の自由はこれを保障する。検閲は
禁止する」というふうに宣言しながらも 全くの違法行為である資料公開をなさない、
今の自治体ないし政府と言う物を誰も取り締っていない事を意味している。すなわち、
日本は先進国風には着飾っているものの 資料公開や放送映像や著作出版に大きな制約
を設けておりそれは中国以上である。と言っているのだ。それは「メディアは、そもそ
も独立性のあるサードパーティによって規制を設けるべき。」と言う言葉で解る様に、
一般人の持つ規制委員会が成立していない日本の経営者層の意識の悪さがそこにある。
今はインターネットにおける自由度、日本社会における表現の自由・意見の自由、や政
府がオンラインの内容を検閲していないと言う姿の中で、非常に良い状態のグローバル
・リーダーとしての立ち位置を確立しようとしてはいるものの 全くこの状態が今後も
確保されているとは言い難いのである。それは今の安倍氏が法改正をまともに護憲派と
話していない事にも通じている。小学生もしない論議がこの国会の法務大臣と行ってい
るし、日本のジャーリズムやメディアのシステムや構造そのものが民間の独立性に立っ
ていなく更にそのプッシュ・バックと言う政府や民間の支援機構が全く無い。例えば、
かつて雪印食品事件或いは東電の原発容器溶接事件或いは今回の文部科学省など告白者
を誰が生活保障をしていようか。BPOも又しかりである。裁判所の妙な判決もそうだ
 これらは日本を駄目にする。だからこそ韓国のニセの歴史や慰安婦問題が生じている
ちゃんと左派であれ右派であれ その声を拾い悪を退治できる言論の対峙は必要だ。




1379: 名無しさんAA:17/06/14 11:34 ID:LEM
( 幻想の中の想い )

  ディノン・ディノン 30

 友人は眠たそうにTVをつけてくれたが 世の中にこんな面白いニュース番組があっ
たのかと思った。途中からだったが終わりにあった名称は プライムニュースである。
何故憲法論議をしているのに プライムニュースとしているのか解らないがこの3人の
論者の意見はかなり手厳しい。まず護憲派としての人間は百地氏であったが彼は護憲派
ではあっても護憲学者ではない。平和の論客として「日本国憲法は集団的自衛権に言及
していない。つまり、『否定していない』ということだ。よって、国家の固有の権利と
して、集団的自衛権を有すると考えることができる。」といい第二項において平和の使
徒として自衛隊の位置決めをしようと言うプランでありかつての共産党「違憲合法論」
を違憲部分を合法化すると言う意見だ。対して井上氏は「憲法学者たちはいつまでごま
かしを続けるのか。憲法を形骸化させ、安全保障論議を妨げる。戦後70年の今こそ問う
べきだ。」と国民の自由意志で安全保障問題を深く考え 軍隊の機能と在り方を規定し
ちゃんとした普通の国の様な暴走のない軍隊の規定を作り国を守るべきだ。」と言う。
又、なぜ安全保障だけが民主的プロセスに任されず、憲法9条によって先決されている
のでしょうか。9条の削除によって「最低限に@文民統制の確立A軍法会議の設置B米
軍基地の借用の住民投票C開戦決定への事前の国会承認D軍隊の民主化の為の徴兵制」
を最低限として掲げている。これには改憲派の「米国の押し付けだ」護憲派の「9条を
守ることこそ平和への道だ」と説く者が欺瞞に満ちているとの批判が込められている。
つまり 厳しい国際環境のなかで日本の安全保障をどうするか、日本国憲法で謳われた
平和主義、戦争放棄の理念とどう整合させるかに真摯に取り組まないまま、修正主義的
護憲派の解釈改憲がけしからん!と言いながら「憲法改正などしなくても、解釈改憲で
いいじゃないか。そのほうが楽だ」と安易な道を選んでしまってる改憲派政治家達と同
調したまま整合性のない憲法を直さないまま丁寧な議論などの仕事しない国会の憤りが
ある。「解釈改憲」でその場限りの運用してきたのは政府であり、内閣法制局の勝手な
犯罪解約のままが 既に海外派兵しているにも関わらず 軍隊の地位はなく兵士の特権
も持たせられず 銃を持って戦地に行っている自衛隊の哀れさと日本国民の責任を問う
のである。

1380: 名無しさんAA:17/06/14 11:35
  ディノン・ディノン 30-2

この百地章 国士舘大学特任教授 日本大学名誉教授 と井上達夫 東京大学大学院法
学政治学研究科教授 更に石川健治 東京大学法学部教授 の3人は興味深い論争だ 。
 「改憲派」が「米国の押し付けだ!」、「護憲派」が「9条を守ることこそ平和への
道だ」と騒ぐ姿に「9条のおかげで日本は他国を侵略しなかった」というが、朝鮮戦争
でもベトナム戦争でも、日本の基地が米軍の拠点となっていた。これは武力干渉、侵略
の共犯で 共同正犯だ。と言い、「日本が侵略されなかったのも、6条があったから」
ではなく、米軍の核の傘があり、自衛隊という抑止力があったからだ。と正論を吐く。
日本は「唯一の被爆国」として9条や非核三原則を掲げつつも、国連の「核不使用共同
声明」への参加を見送ってきた。(2013年、安倍政権で初参加)。アメリカの核体制の
一部という意識があるからか、公然と反核運動すらできない。これでいいんですか?と
。私の立場は消極的正戦論、すなわち正当な戦争原因を自衛に限る考え方です。この点
でだけ言えば、修正主義的護憲派の専守防衛と重なる。ただ大きく違うのは、安全保障
体制のあり方は憲法でなく民主的立法で決定し、憲法は「もし戦力を保有するなら徴兵
制を採用し、良心的拒否権を保障すべし」という条件付け制約を課すべきだとする点で
す。と言い切るのだが それに懐疑的視点を投げかけるのは石川氏である。石川氏は、
憲法学者というよりは憲法歴史論者と言うべきだろう。苛立つ井上氏を前に同じ政府へ
の不信があるからこそ護憲であるべきとの立場らしい。「どんな憲法を制定してもなし
崩しに膨張するのは権力の常。これに歯止めをかける為の人類の智恵が立憲主義である
、だが かつての日本歴史では悲惨な現実を見ている。」と言う意見で、「解釈改憲で
あれ憲法改正であれ 日本が安心して住む為には 世界史的歩みのなかで、最重要のと
なったのが、極東の地で立憲主義を定着させた日本国憲法だ。改憲論議によって 今の
立憲主義そのものを押し流してしまわぬようしなければいけない。」と言う「それでは
法的規定の無いまま自衛隊を軍でもないままにそのままにして置く事が妥当だとでも言
うのか。」と追いやられたが、「我々戦後世代の人間にとっての憲法は 不戦主義でも
解約改憲でも 歴史上「集団的自衛権」を日本は行使できない、という立場は、現行の
憲法の枠内で論理的に許容される“最後の一線”であり覇権主義の行動を取る対米牽制
策の一つである。かつて独伊との三国同盟路線にのめり込んで、外交関係が一元化され
て、中国の方を向いていたはずの日本も、欧米での対立構図に「巻き込まれ」て、対米
開戦を余儀なくされた。と危惧をしている。

1381: 名無しさんAA:17/06/14 11:36
  ディノン・ディノン 30-3

 この二枚舌とも三枚舌とも言える外交戦略を持つ米国に対しては、 欧州と南米とア
ジアと或いは中東では全く異なる声明を出す。その矛盾をつく外交によって日本は対処
すべきなのだが日本の持つ生真面目な民族としての性格はそれが出来ない。グローバル
社会の一部となってしまった今の日本では 恐らく外交手腕のないままでは どんなに
軍隊を持ち法律上の整備があり自衛隊が制約の無い状態であろうが 国防軍を作り正義
に燃えての行為であろうが、日本の立ち位置は悲観的な位置にしかならなない。更には
軍備拡張や兵士の平和教育が行われようが、旧古の使えない兵器で凌ごうが最新鋭の兵
器で吠えようが 今の「押しつけ憲法」の持つ平和維持力には適わないだろうと思われ
る。今「切れ目のない安全保障」と引き換えに、日米同盟での派兵が 地球規模にまで
拡大させつつある自民党政権が、何某らの米国の策略の下で 単独開戦のトリガー役を
務めないとも限らない。現実的に「日本が侵略されなかったのも、9条があったから」
という事はないにしても かつての敗戦から70年間。日本は度重なる米国の参戦要求
を退けて来た。私が知る限りでも3回以上あったし、その時の総理の言い訳は決まって
いて常に「米国が押し付けた平和憲法で派兵出来ない。」が返事だった。朝鮮戦争時の
隠れての米国移住として住民票を移し 移民した日系アメリカ人をしたてて 50人程
を派遣した経験かららしいが それ以降は確かに「ベトナム戦争時」も、「湾岸戦争」
にも常に前線への輸送基地ではあったのだが、それでも「集団的自衛権」を日本は行使
できない、という立場の、現行の憲法の枠内で論理的に許容される“最後の一線”とし
て言い訳に活躍した。この事は米国も認めていた。それでも宮澤政権は中曽根の突き上
げで狂った様に今までの既定を覆した。国債発行の枠を外しでPKO法案を成立させた
のだ。この時TVなどのメディアは全く憲法論議に触れず もっぱら派遣をどこで止め
るかだけで終始した。その後小泉純一郎で後方支援にすげ替わり 今の安倍政権によっ
てなし崩し的に駆けつけ自衛まで出来る話と変わった。つまり今や究極の「解約改憲」
の中にいると言っていいだろう。

1382: 名無しさんAA:17/06/14 11:36
  ディノン・ディノン 30-4

 この空母にすら駆けつけ警護して防衛し反撃出来る とした究極の「解約改憲」は、
一方で自衛隊が兵士の身分にならないままの戦争を強いるし 反撃をするにも攻撃用の
大型兵器や銃火器を備えられない上 戦争紛争地域には出れないと言う矛盾だらけの中
の活動であって、この「東南アジア地域」が「中東地域」の様な紛争を抱え込まない、
和平地帯だから成立できる国家像でしかない。だが中国の台頭と韓国の歴史捏造では今
その和平を崩しかかる蟻の群れと化している。そうした国際社会はまるで赤塚劇場であ
る。つまりナンセンスなブラックギャグに溢れているのだ。そこに石川氏の言い分があ
る。端的に言えば日本は「核武装論」を容認するかどうかにその矛盾は行きつく。今や
北朝鮮は東側諸国の枯れ草的存在で「核ミサイル」を保有する事で国の存在を維持した
い。ともがいている状態だ。この状態は大なり小なりどこの国も同じだ。韓国中国台湾
日本も外交問題には憂いがある。仮にこの北の騒動が無い状態としても「台湾」は中国
の威嚇は常に続いている。その「中国」も共産党支配は完全に経済破局の中いた筈なの
が、日本が手を差し伸べた事で 今や南沙の海まで自国領土と言いだす始末だ。つまり
学習能力の無い「馬鹿大国」のままで強国化し大国の意地を見せて国内維持をはかって
いるのだ。この姿は北朝鮮と全く変わる所はない。かつての文化大革命以降の瀕死の国
が北朝鮮であって援助する中国がかつての日本なのだ。この時田中角栄は、これまでの
台湾重視の国是の国策を変えたのだ。そして馬鹿中曽根はその蟻の穴を大きくして堤防
であった東西の壁を壊した。中国人の良心を信じて。だがどうだ今では更に輪をかけた
裏切られた国策の中だ。「韓国」はその裏切る国民性は中国の上を行く。歴史捏造は御
茶の子済々である。自国の歴史学者を5人も拉致し暗殺しても竹島は自国領土と言い張
りあの「李承晩ライン」の宣言すら無視した言い分を、正式に教科書に載せている程の
お笑い国家で正に日本は相対して話の出来る国ではない事を知るべきだが、政府は馬鹿
な事に議員の渡航を認めている。

1383: 名無しさんAA:17/06/14 11:37
  ディノン・ディノン 30-5

 かつてはよく「ルックイースト政策」とかなどもてはやされ「なぜ日本はあんなにも
速く戦後復興が出来たのか。」とか言われていたが 色んな要件はあるが結論は簡単だ
「韓国と中国の馬鹿者を相手にしなかったから。」である。日本はかつても今も南方を
広げ北方や大陸を閉ざして繁栄して来た国だ。文明開化以前でも朝鮮や中国が外交使節
は送って来てもそうそう解放したことは無い。使節のその後に来るのは決まって海賊や
元寇や刀伊やそうした兵士でしかなかった事を経験的に知っていたからだ。対して江戸
期も明治期も南方や東方は沢山の渡航者はいたし 戦前ではバナナ農園や海産物の缶詰
など成功者もいた。又戦後も同じで 日本人は特に戦後には悟っていて、東側諸国も西
側諸国もなく中国大陸は向かないと決心していた筈だし それが吉田と松永と米国が話
した国家指針だったのである。これは米国の対共産圏構想にマッチしていたし 蒋介石
を相手にせず。とした今までのかつての過去の日本人の苛立ちをそのまま反映している
話だ。確かに井上達夫先生の話は正論だ。だが正論故に日本の国には合わない。いや、
合いすぎて危険だろう。ここに現代は現代流に行くべき「分別の匙加減」の失敗がある
。即ち日本は「中国外交での一つの中国」と言う物は絶対認めてはならなかった。その
外交の失敗によって既にこの憲法論議は改憲など出来ないのである。米国人であれば、
中国と同じ様に、隣国の脅威を唱えて自国の軍備を整え憲法を変化させるのは当然だろ
う。だが日本人はまだまだ奥底にある「平和への飽くなき理念」はそうした小さいもの
ではない。二枚舌三枚舌の外交、これまでの不可侵条約や同盟を簡単に破棄した敗戦時
のソ連軍の一般者の抑留、いとも簡単にドイツから日本に落とす事を決めた米国政府、
わざわざ日本用に開発された焼夷弾での無差別空襲、などなど戦争での殺人兵器として
の兵士の思考には勝つ事しか無いのは事実だし、そうした空気に流れる事の危惧がここ
にある。そもそも真珠湾攻撃が宣戦布告が行えなかったにも関わらず行った経緯は日本
の国体保持の必死さにあるだろうが それでもそれが布告するまで止められなかった事
は、計画が出来れば何ら歯止めのない仕組み 或いは計画すら歯止めのない人の欲望の
悪さを そこに見るのである。


1384: 名無しさんAA:17/06/14 12:08

いい加減にしろ 自民党員だろうが何だろうが 真偽調査を止める行為は違法だ。
この違法な大臣を擁護するなどあり得ない。だったら問責決議案を通せ。これが国民
の要望だ。



1385: 名無しさんAA:17/06/14 15:03
  ディノン・ディノン 30-6

 この戦争による大量殺人だろうが 虐殺だろうが 虐めなどによる自殺であろうが、
こうした人間の死と言う物は 一人一人個人についての「人生という物語に終止符を打
った。」と言う面においては悲しい物語であるはずだ。それが例え老人だろうが若者で
あろうが人生を楽しく謳う事を捨てたのは間違いない事実となる。近年の事件の奇妙さ
はそこにある。中国が日本の憲法論議に自国の軍事費は10年100倍の勢いでありな
がら「隣国に紛争を引き起こす懸念」を言うなど礼節の無い傍若無人の声明をだすが、
それと同じ様な個人レベルの行為が目立つ。これは政治外交でも同じワンマン主義が、
今の潮流であるようだ。日本はその中のあくまで協調路線を敷くしかない。今後の展開
としてこうした凶行外交のアメリカから離反する。と舵を取る恐れがあるなら憲法改正
は必要以上に重要性がある。つまり自立自尊の独立国を目指せるのかの指針が見えない
のである。恐らくアジア的思想の観点から言えば この自立自尊の防衛できる独立国と
なれば大日本帝国憲法に戻る事になるであろう。実は憲法とはその条文の整合性と宣言
にありどんな憲法でも国家国民の運用によってそれは変わる。その意味では帝国憲法自
体は何ら悪い憲法では無い。どこの国でもある普通の憲法なのだ。だがそれが悪者にな
った理由は戦争を起こした事ではなく「戦争に敗けた事。」が悪い事なのだ。此処に、
微妙な現実と理想の違いがある。核兵器の無差別虐殺の大量破壊兵器である。と言う事
の現実はその「脅威の力」の証でもある。これを無くす努力はあってもそこに矛盾があ
る。つまり対岸の敵対する国が核を持ってその威嚇の下の交渉に日本はどう相手するか
である。そも中国の核ミサイルがこっちに向いてる中で、中曽根は、衛星放送まで行っ
て「日本列島不沈空母説」をぶち上げていながら 何故資金援助を行ったのか。中国の
友人胡耀邦が苦しんでいたから。と言うがそうした個人の私利私欲で馬鹿な判断をした
のだ。こうした事の歯止めが 全く明文化していない良心や有識に頼っているのは全く
問題で 問題のままこうした忖度問題や改憲問題が噴出しているのである。

1386: 名無しさんAA:17/06/14 17:00
  ディノン・ディノン 30-7

 ではどうしたらいいか。ここはもう赤塚不二夫の世界しかない。自衛隊は自衛隊とし
国防軍は国防軍で新たに創設し国防軍には銃火器は持たせない。更に砲弾やミサイルな
どは最新鋭のレーザー兵器やレールガンや衛星兵器に特化して海外に展開しない。更に
9条のままに「最低限に@文民統制の確立A軍法会議の設置B米軍基地の借用の住民投
票C開戦決定への事前の国会承認D軍隊の民主化の為の徴兵制」などは決めてしまう。
としても別にいいではないか。井上氏の議論の日本国憲法の第九条は外交に違法を説い
ている訳ではない。更に言えば日本がアメリカ追従するとも書かれていないのである。
一  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる
   戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、
   永久にこれを放棄する。
二  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交
   戦権は、これを認めない。
 井上の論旨は明快だ。まずもってこの憲法を読めば、集団的自衛権がどうのこうのと
いう前に、自衛隊及び日米安保がそもそも違憲である。九条は「非武装中立」としか読
めないしそれを求めた条文なのである。非武装であるから自衛隊の存在は違憲であり、
中立であるから日米安保は違憲である。井上の議論はここから始まる。普通にそのよう
にしか読めないだろう、現代日本で最も高名な法哲学者はそこからすべてを語りだす。
そして、現政権に同調する改憲派、政権を批判する護憲派、その双方を激烈に批判して
いる。集団的自衛権容認を批判する人々は、一体どんな理由でどこまでのラインを許容
しているのか。九条守れ、立憲主義、戦争反対、それらの言葉は具体的な意味付けを欠
いたおまじないになってしまっていないか。こうした問いを投げかけている。だが憲法
自体がおまじないなのである。他国の行動は常に予想であり世界ともなれば茨の道の中
の火山の登山なのだ。スイスであれ中立国でありながら徴兵制を持ち各地に銃を備えて
いる。現実世界で理想郷を述べてもいいではないか。乖離があっても仕方ないとしなけ
ればならない。但し今のまま 首相が責任を取らないままでは法にならない。中曽根氏
や小泉氏は黄海討論での処罰の無い 公式裁判をすべし。

1387: 名無しさんAA:17/06/14 17:58
  ディノン・ディノン 30-8

 成程井上氏が言うのは正論であろう。が人々が第二次世界大戦から人類が得た教訓は
馬鹿げた「口髭を持った狂犬」と「酔っぱらいの豚」を産んだ事であり、英国の孤立化
が産んだ悲劇だった。という事だ。日本も同じで国際連盟で白熊のソ連獅子たる英国そ
して猛牛たる米国に批判され脱退して後 日本は孤立主義の中にいたのである。この時
の間違った方向への外交決断こそ多くの日本人の落胆だったのだ。時の国民は喜んだし
新聞は独立した意志を鼓舞した讃えたのだが。パターナリズムとは、強い立場にある者
が、弱い立場にある者の利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉す
ることをいう。としている。日本語で父権主義などと訳されるが 所謂指導者層の国民
への干渉である。社会生活においては産まれてから死ぬまでこうしたその地位にあって
決断した行為の、それによって個人が制約を受ける事は、様々な局面においてある事だ
。それが国家と個人の関係に即していうならば、パターナリズムは、個人の利益を保護
するためであるとして行い、国家が個人の生活に干渉する。それが自由・権利に制限を
加えることを正当化する原理でもある。大晦日NHKラジオでの俳優の仲代達矢氏が語
る。「近頃は憲法改正が言われるようになってきたが、だいたい国を守るなんて言葉が
政治家が言い出すと危ないんですね。みんな仲良くすればいいじゃないですか。日本は
70年余りずっと戦ってこなかったんですからね。」と。そのとおりである。それだけ
過去の外交に間違いが生じていたのである。それを正した事は日本の政治で本質的には
戦後全く無い。英国や米国は世界大戦に勝った事からそうした国民性は今だ保っている
。更にフランスやドイツには国民性として 政治や思想の自由を守る気風は強い。中国
や韓国を置いて行けば 日本は全くその意味では遅れている。韓国では度が過ぎる程に
大統領は退任すればすぐに犯罪者と処罰される。勿論中国やロシアでは共産主義の下で
こうした政府や指導者批判はご法度である。日本が行うべきは 此処までの外交の中の
プロセスの開示である。韓国の様な罰則規定などは要らないものの 公式な外交判断の
その資料は開示する責任がある。少なくともその政治家は釈明しそれが正しかったかを
問われるべきだ。そうした第三の正しい目や検証のそれがない限り仲代氏の意見を聞く
のが 日本民族には正しいのではないか。


1388: 名無しさんAA:17/06/15 16:00 ID:1E.
  ディノン・ディノン 30-9

 日本の歴史では満州国樹立から盧溝橋事件まで一連の歴史の流れの様に伝えている。
だがそれはソ連の共産党が中国においての活動の活発化からである。基本的には中国に
おいては蒋介石政府が介在し国民党軍しかいなかった。だが広い中国大陸の清王朝没落
後の混乱は抑え込む力が蒋介石には無かったと言うのが歴史だが それは同時に毛沢東
が他の政府を作るきっかけをも与えた。と言う事になる。中国共産党は1921年に、
顧問として、オランダ共産党政治局員が招聘されている。アヘン戦争以来清王朝に終止
符を討ったのは袁世凱将軍であった。この革命運動に蒋介石も毛沢東もいた。そうした
時第一次世界大戦勃発後に大隈重信内閣により袁世凱政権に対華要求が出され、袁政権
は日本人顧問を置くとする条項を除いて、要求を受け入れた。1915年の話だ。その
結果1918年5月には、正式に「日支共同防敵軍事協定」が結ばれて、日本軍の中国
国内の行動の無制限や、日本軍の指揮下に中国軍を置くこととした事が確約されたので
ある。だがこの中華人民も又今の朝鮮人と同じであって まず文化人が守るべき秩序な
どというのは無かった。第一次世界大戦が終わり、パリ講和会議において日本側の主張
である「日本の大陸権益を容認。」がなされた後も 朝鮮での事件と共に国恥記念日と
してこうした協定の破棄を盾にデモや暴動に陥った。これが五・四運動でこの時共産党
が発足したとされる。「1919年5月4日、中国共産党の先駆団体マルクス主義研究
会は、反政府・反日運動である五・四運動に参加し、オランダ共産党政治局員が招聘し
武力闘争としてゲリラ戦を考えるのである。つまり「三匹の熊の物語」なのだ。ここに
満州国の権益を取れなかったアメリカと中国大陸の権益を失ったドイツ更に共産党支援
によって南下政策を行うソ連 中華金融を引き受けていた英国が手を結んでそれぞれに
援蒋ラインを作っていたのである。此処に中国共産党とは日本は戦っていないと言う事
情がある。共産党軍に手を焼いていたのは国民党軍であり更に日本軍は戦っていても、
日本も中国も公式な宣戦布告や最後通牒によって行った戦争ではなく、ゲリラとしての
テロ行為の撲滅でしかなかったのだ。八路軍と言われるものは共産党の声を上げて盗賊
し強奪のみを繰り返す軍人でしかなかったのだ。


1389: 名無しさんAA:17/06/15 16:01
  ディノン・ディノン 30-10

 こうして盧溝橋事件を起こす事に成功した。こうした事件は約300回は優に超えて
いたゲリラ作戦のテロ行為の一つでしか無かった。1937年(昭和12年)7月7日に
北京(北平)西南方向の盧溝橋で起きた日本軍と中国国民革命軍第二十九軍との隊列訓
練中の衝突事件である。日本軍は兵役軍隊だったが中国では常駐させる金が無く雇用兵
である。つまり給料が貰えるからやって来たその場限りの兵士が多かったのだ。日本で
七夕事件とされたこの事件は日本側ではいつものテロ事件だったかもしれない。が中国
側は8月には第二次上海事変を起こし中国大陸全土へと飛散し、これまで隠れてしてい
たソ連の中華民国側への援護が堂々と空軍志願隊を送り空爆し日本と中華民国の戦争の
様相を呈していった始まりだった。こうして国民党軍が前線で日本軍と対峙した。だが
これは既に計画されていた共産軍の戦いの一辺であった。何故なら共産軍排除に行った
蒋介石は1936年の西安事件で捕まって共産党との内戦停止に同意し、民族統一戦線
の結成を呼びかける共産党と共同謀議に出ていたのである。この事で中国工農紅軍は正
式に国民革命軍第八路軍として国民政府指揮下に編入され、この華北方面で活動した紅
軍(中国共産党軍)は只の強盗する盗賊軍から正式の軍となり、日本の八紘一宇(はっ
こういちう)とする世界は兄弟論をもじった八路軍は名称だけになったのである。この
僅か1936年から1937年7月日中戦争勃発を機に国共再合作が成るまで使ってい
た在郷国民軍としての八路軍の名は、その後紅軍として華北の部隊が八路軍(正しくは
国民革命軍第八路軍)に,華中に残留した部隊が新四軍(正しくは国民革命軍新編第四軍
)に改編された。この支離滅裂の同じ中国人民を人質や略奪をして政府と対抗するという
姿は日本人では「多動性奇妙民族」は 現代の赤塚不二夫の世界のナンセンスワールド
と同じ種類のバカボンの世界でしかない。その姿は今でも同じである。日本から資金援
助を貰い自国民の子供さえ食べて餓えを凌いでいた飢餓の時の救った日本が 国民から
慕われてはまずいと嘘の歴史観を作った「抗日記念館」を次々と作っていったのである
。それがどういう影響を及ぼすか その結果がどうなるかを解った上で行うのだ。これ
はもう人間では無い。だが既に人民裁判で実の子供の告白で公開処刑を行っていた人民
には 当然の話で誰も疑わない世界だったのだ。

1390: 名無しさんAA:17/06/15 16:01
  ディノン・ディノン 30-11

 ここに一つの取材がある。共産党系で旧満州などで日本軍や満洲軍と戦った 東北抗
日聯軍の元兵士の黄開仁さん(93歳)、国民党兵士として四川省方面で戦った川軍元
兵士の盧彩文さん(90歳)、国民党が英軍支援にためにビルマに派遣した中国遠征軍
元兵士の李文仲さん(90歳)、共産党軍である八路軍元兵士の張殿国さん(89歳)
らだ。いづれも七十数年前だから二十歳以下の頃の話となる。 元兵士らは、日本軍を
急襲して「鮮やかに勝利」したこともあったが、戦いは全体として極めて苦しかったと
証言する。まず中国軍の装備は日本軍よりも劣っていた。八路軍の装備はさらに劣って
いた「多くの兵は銃も持っていなかった。日本軍から奪うしかなかった。奪った銃が使
えないこともあった。弾丸が手に入らなかったからだ。」と いう状況だったという。
 食べ物にも困った。特に冬だ。東北抗日聯軍に参加した黄さんによると、ゆでても硬
いトウモロコシや、雑穀を皮ごと食べたりした。木の枝の下で寝るしかなく、10人の
うち8、9人が凍傷を患った。けがや病気で死んだ将兵の方が、戦死した者より多かっ
たという。中国のテレビ局は、いわゆる「抗日ドラマ」を放送しつづけている。抗日ド
ラマには「国民に苦しい歴史を思い出させ、共産党を中心とする結束を固める」との目
的が明確だった。浙江省の有力紙「今日早報」は7日、「抗日戦の老兵を取材。最も嫌
いなのは抗日“神劇”」と題する記事を掲載した。抗日戦を戦った89−93歳の元兵
士の証言として、当時の戦いがいかに苦しかったかを紹介し、彼らは 安直に作られる
「抗日ドラマ」に強い反感を持っていると伝えた。記事によると、元兵士らは「最も嫌
いなのは抗日神劇だ。」と述べたという。これは私が聞いた飯塚のおじさんの話と同じ
である。「殆ど食べる為に戦った。あれは戦争じゃなかった。強盗団や盗賊団と同じだ
った。偉い奴が言えば何でもやった。嫌々ながらも犯しもしたし殺しもした。家を燃や
す事もあった。そこの集落が全部なくなった時もあった。勿論中国で産まれたから俺は
紅軍だったよ。僅かな弾持って銃を持って進軍したのが気分が良かった。だけど次第に
自分の家もこうしてやられたと思うと否になっていった。そこに○○さんに助けられて
今ここにいる。」と、そのおじさんは話してくれた。


1391: 名無しさんAA:17/06/15 16:02
  ディノン・ディノン 30-12

 こうして敗戦となって 兵士はその前から帰還してきたし いざ敗戦で残された在住
の日本人は最も過去な日々を過ごして帰ってきた。それは赤ちゃんを置いてくるぐらい
の必死さだった。単に列車を待ちホームにいただけて犯され 引き回されその後股裂き
され そのまま解体され食べられた人さえいた。中国がそうした環境だったのか戦争が
そうした人を餓鬼畜生にさせたのか解らないが 今の多くの若者も 教育や学習が無け
ればそうした 人の持つ恐怖させる行為 非情なままに殺人者に出来る感覚を植え付け
る事が出来る事を知らねばならない。日本では「出る釘は打たれる。」と言うのは妥当
な諺であって、幼い子供達の のさばる悪態にはちゃんとした指導は義務教育の必然で
ある。少し前に安全保障関連法案反対のデモ活動で学生団体「SEALDs(シールズ)」の
大学生が「戦争やめろ。」と連呼するだけの集団で 国会前のシールズ代表の主張には
政策論がないことを問題視した記事が出ていた。奥田氏は「中学生の公民の教科書には
立憲主義と書いてある。憲法とは権力者を縛るものだと書いてある」と指摘した。その
上で「権力者が憲法違反のことをしたらどうなるか。政治家をお辞めになるしかない。
それかクーデターだ。そのようなことが起こっている」と述べた。というものだが、私
はそれでいい。と思う。人は行動や生活に理論の中で生きている訳ではない。直観的や
欲情的に単に動いて生活している。そこに道徳や秩序があるのは観念的な条件反射であ
る。井上氏の言う憲法で保障され行動規制を持つ軍隊の常設は 普通の国の当たり前の
話である。それは核抑止論での対抗核を持って日本列島を守り独立した自治国家を目指
せ。と言うのと同じだ。今回の金田法相も殺すしか無いと平和主義者が思っても仕方無
いだろう。それが法に触れると言うのは一つのパラドックスだ。戦争自体が人を殺す作
業に他ならないのに それに近づく国家法案の阻止に 何故法を犯していけないのか。
論理的にはそうなる。此処に仏教の同じ外道の道を行かないと言う崇高な思想がある。
この国会の安倍氏の馬鹿ぐらいに国民との乖離した自民党を今だ支持してる姿の国民が
それを認めているのである。ここに石川健治氏の衆性未来論がある。


1392: 名無しさんAA:17/06/15 16:02
  ディノン・ディノン 30-13

 石川健治氏が言うのは「憲法の条文を改正する手続きを定める憲法96条は、憲法の
中では他のすべての条文よりも高い位置にある。それを壊す行為は憲法そのものを転覆
させる行為であり、これを法学的には「革命」と呼ぶが、「革命」が成功するためには
国民の支持が必要だ。しかし、日本国民は憲法96条の改正を支持しなかったため、この
「革命」は失敗に終わった。が 今度は、国民を置き去りにしたまま、政府レベルでの
法秩序の連続性の破壊を図って成功した。」と。内閣法制局長官を集団的自衛権容認論
者にすげ替えて、集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、政権与党のみで法案を国会を
通して凶行乖離のまま決定してしまった。こうした国民から支持を受ける「革命」に対
し、国民を置き去りにした状態で法秩序の連続性を破壊する行為を、法学的には「クー
デター」と呼ぶのだと、石川氏は言う。つまりトルコのエルドワンよろしく独裁政治の
第一クーデターが成功したのである。この凶行は日本の為に全くならない。この理が通
らない政策が数の論理によって押し切られてしまったことで、日本がこれまで大事にし
て来た「法秩序」を失ったことの影響は大きい。今後、この法案や数がもたらすであろ
う個別の問題を考えただけでも目眩がしそうだが、こうした事で裏政治で日本の法秩序
が破砕されたことの影響は恐らく安全保障分野だけにとどまらないだろう。われわれの
多くが、日本という国の政治の頂点で、「理」が「無理」によって押し切られるところ
を目撃してしまった。これによって戦後われわれが大切に育て、守ってきた本当に大事
な「公共」空間が壊されてしまった。そこいらの責任の無い議事すらない公民館会議と
同じ仕組みにしてしまったのだ。ところが安倍政権はこの壊される世界に対して 何ら
説明も責任も感じていないのである。こうした悪行はアメリカでは コニー長官辞任で
マスコミにちゃんと説明し説明が疑義があると議会での調査委員が証人喚問を行ってい
る。それが日本では皆無なのである。



1393: 名無しさんAA:17/06/15 16:03
  ディノン・ディノン 30-14

 ここに至るまでに 安倍政権は数々の介入事件が発生している。解釈改憲を実現する
ために内閣法制局長官をすげ替えたほか、アベノミクス実現のための日銀総裁人事にも
介入した。また、メディアへの圧力を強める一方で、NHK会長人事にも介入してきた
。こうした行為も、憲法96条改正の通すところの下準備であろう。最終的に法秩序を
破壊するような行為を行う上で、まず気に入らない障害を取り除くために首相の権限を
フルに活用する邪悪な作業を権力を持って行っている。かつてのヒットラーと同じであ
る。法律で委ねられた権限を行使しているとの見方もあるが、そもそも首相権限は内閣
のみに委ねられいるのであって、そうした個々の機関の暴走を防ぐための統率であり、
首相の権力を私物化するためではない。それを自身の権力や権限の拡大のために利用す
る行為は、権力の目的外利用であり、これまでの慣習法の違反であり権力の濫用に他な
らない。大きな犯罪者でしかない。一見、民主主義の正当な手続きを踏んでいるように
見えるが、決してそうではない。今回日本の政治に起きたことは、明文法のみを重視し
ている憲法学者の怠慢である。後世どころか現代史の禍根を残す結果と既になっている
。その理由としてまず憲法の調合性がまず無くなってしまい、日本と言う国の憲法と言
う地位や価値を無くした他の国に近くなってしまったのだ。元々安倍政権は憲法9条を
改正して、日本も軍隊を持ち戦争のできる「普通の国」にしたいという野望を抱く自国
に誇りのない人間だったし、それを公言して憚らなかった。又それを実現する為の必要
な国民の支持がないことがわかると、まずは憲法改正を困難にしている 憲法96条の
改正し、現行の3分の2から国会の2分の1の賛成で憲法改正を発議できるようにした
いとまで言い出す様な弱い意志の人間だ。この「法秩序の連続性が切断された」と考え
る石川氏は日本憲法が「欧米の進むべき理想」と「中国の法治国家の夢」が重なって、
ここに存在している事を理解しているらしい。つまり護憲派でも改憲派でもなく是認派
なのだ。


1394: 名無しさんAA:17/06/15 16:03
  ディノン・ディノン 30-14


この護憲派の百地章 と改憲派井上達夫 の間違いは視野が現代と言う枠の枠の中で小
さすぎると言う事だ。更に日本国憲法は守るべき指針であって 日本政治が今だ三流の
域を出て居なく市民の監視団体に権力が無いどころか政治の監視団体すらないという事
だ。この理由は簡単は 敗戦の衝撃で経済発展にカマ掛けて手が及ばなかったし日本が
小さな島国だったからだ。そうした中で今度はそうした団体を規制するテロ法案が可決
されている。最も危険な事だ。まず今までテロ行為と言われるの殆どは集団化したもの
でなく集団が与えた個人の偏狭思想である。実は今一番心配なのはこの偏狭思想の中に
安倍首相やトランプ大統領が陥っていないかと言う事だ。かつてのオバマの様な鳥瞰的
視野で国際社会を見ていない気がする。そもそも北朝鮮のミサイルや核に脅威を感じて
いるのは韓国や日本ではない。十年も二十年も前から日本は米国に危険や脅威を勧告し
原発もあるこの国は既に核ミサイルは中国からも向けられ脅威は既にあったのだ。過去
ケネディがキューバ危機に於いてソ連と米国が核戦争をしようとした時も既に極東から
中国から日本に向けられた核ミサイルは存在が知られていた。それでも日本は騒動はし
なかったし韓国で言えば陸続きの北朝鮮の脅威は核のみではなく いや核の放射能より
は通常兵器による占領の危機の方が大きかったはずだ。が歴史から見れば最も大事な事
は政治の容態である。かつて日本は幻の五輪誘致をした。『幻の東京オリンピック』で
ある。1940年の東京五輪について、こう書いている。この五輪計画は、発明家でも
あった日本学生競技連盟会長の山本忠興の発案に、当時の東京市長・永田秀次郎が賛同
して32年に立候補を表明し、ローマ、ヘルシンキと争う形で進んだ。日本は皇紀2600
年記念事業としても位置づけ、国をあげて熱心な招致活動を展開し36年のIOC総会
で柔道の嘉納治五郎が招致演説をしてアジア初となる東京開催の決定を射止めた。と。
 ところが、その翌年、盧溝橋事件が勃発し、日中戦争に発展する。戦況は日を追うご
とに拡大・悪化し、国内、国外で開催反対の意見が続出。38年7月の閣議で開催権の
返上を正式に決定するに至ったのである。


1395: 名無しさんAA:17/06/15 16:04
  ディノン・ディノン 30-15

 この1940年の幻の東京五輪では、関東大震災の2年後の25年には治安維持法を
制定させ、国際化の波の下で日本は急速に軍国主義の強制化を行った。その10年後に
は、この国際化の進展を見て中国国民に共産党支持が多発して国民党軍の共産党との密
約で盧溝橋事件が起こるのである。五輪記事はこう書いている。「一九四〇年の東京オ
リンピックの問題点のひとつは、紀元二千六百年記念として開催したいとの意欲が先行
したため、肝心の競技施設を事前にまったく整備しないままに立候補し、しゃにむにの
招致運動を進めたことである。」「日本の軍国主義化が急進するにつれ、オリンピック
に内包される国際的、平和的な理念と「皇紀二千六百年」の持つ国家主義的性格との中
の矛盾が激化し、軍部だけでなく政府内部でも、東京オリンピックの意義を認める空気
が急速に希薄になっていった。」と。盧溝橋事件で日本軍−中国軍との間で起きた衝突
事件勃発は、日本と中国との間の戦争に発展し この翌年には長期化する見通しが強ま
っていた。日本人には自国民を襲った国内紛争を起こす自国軍の内容が意味不明だった
のである。ここに国際社会からの干渉が裏で行われていた。表向きベルサユ条約で守ら
れた日本の権益を犯されないからだった。国内では、国際的な緊張が高まっている状況
で、オリンピックなどを開催するべきか。と疑問が出て、一方では、国外からは、日本
と中国との軍事的な衝突が批判されだした。中国他各国の裏工作が功を得て遂に国際社
会における日本批判は勢いを増した。開催地として適当かどうかが問われて、IOC会
長ラトゥール伯爵のもとには、東京オリンピック開催に反対する声が多数寄せられた。
こうした事態を受け、日本に辞退を求めることを決めたラトゥール伯爵は、1938年
(昭和13年)4月、自ら来日を果たし駐ブリュッセル大使の来栖三郎の本を訪れた。こ
うして来栖大使が本国の外務大臣に対してラトゥール伯爵の来訪を報告した電報では、
各国の参加の取りやめる意志を伝えている。これによれば、ラトゥール伯爵は、東京オ
リンピックの招待状が発送される翌年1月までに日本が戦争をやめていなければ、イギ
リス、アメリカ、スウェーデンはもちろんのこと、他の国々からも参加拒否の動きが出
てくるだろうと述べ、そのような事態を迎えるよりは、自ら辞退を申し出る方が日本に
とっても良いだろう、と勧めてきた。ということを書いてあるのだ。


1396: 名無しさんAA:17/06/15 16:05
  ディノン・ディノン 30-17

 ここに 安倍氏がやっている馬鹿さがある。政治は特に国際情勢は赤塚劇場の世界だ
。安倍氏や井上氏の言う理論は解る。だが人は機械ではないし 更に多様な人の集まり
である。「議論して統一すれば事足りる。」とか「強硬に行使すれば人はなびく。」な
どと言うのは邪道である。欲望の果ての国は中国の「餓死の中で親が笑って子供を食べ
る惨状」と同じ結果が待っているだけだ。トランプ大統領は事ある事に「我々は意見の
相違があるが、一つに結束すれば 強い力があるはずだ。」と訴えている。これは漫画
の見すぎだ。自らを律して正し 正しい情報が入る世界を求める事こそが大事な事だ。
そもそも米国NO1などと言うスローガンこそ悪たれの証明である。周りに自分の賛美
しかしない閣僚を集めた集団に明日は無い。昭和天皇の苦難や苦悩はそこにあったのだ
。議論すれば事足りると言うのは、共通の認識と知識があっての話であり、その現状の
正確な情報がもたらせなければ 憲法とて机上の空論に過ぎない。その意志の大事さや
その判断情報の保護がなされているのか。という事が今の日本の大きな課題で最も弱い
部分である。その意味で加計文書問題は野党が本当に作るべき法案の要旨を持っている
。かつて中国の共産党が示した「誇大中華」の様な夢話の共産党の様な勝手な決定では
ない。つまり境界であればそれの歴史的事実から 土地であればその保護において、外
交においてはその流れにおいて、政治的誘因に敗けてはならないのだ。では憲法は何に
根差して行うべきか。それこそが人間性であり夢の社会の未来を築く為であるべきだ。
という事で 今の日本国憲法は 欧米の夢の押しつけではあるが 同時に日本人の行く
べき未来でもあるのだろう。戦争の無い時代どころか鉄砲の無い社会すら作れない米国
の勝手な妄想の憲法であろうが それでもそれを戦後から金科玉条として愛して来た。
それは宣言や矛盾や条文よりは 金科玉条で社会生活を行う事に価値があるとしている
からだ。それは交番の警察と同じで 交番があったとして凶悪犯人に対処できる訳でも
ない。だがそれがある事による幼児教育から成人移動や社会生活や歳時記活動まで地域
の安定をして犯罪のない社会を作っているのである。


1397: 名無しさんAA:17/06/15 17:33
  ディノン・ディノン 30-18

 日本が第二次世界大戦で負けたのは 色々な理由があるだろう。だがその多くの要因
の根本原因は朝鮮人と中国人の諍いである。基本的に彼らを教育出来なかった事の敗因
が多い。今従軍慰安婦問題でゴールを変えないとする確約を得て日本は金までだした。
ほんの一年前の話である。こうして朝鮮人は常に日本にまとわりつく疫病神でしかない
。この根本的人間の尊厳である約束や信用を何ら持たずに暮らす民族が 更に人のもの
も自分の物と考える共産主義を入れたのが漢民族社会なのだ。これでは国民政府が出来
ても当たり前の行政など出来る筈はない。アヘン貿易はそうした中で産まれたものだ。
つまりは契約社会も畏敬社会も、ましては平等社会もそこには存在出来なかったのだ。
嘘をつき人を騙し更に拉致、監禁で拷問、虐殺の上の統治が毛沢東の野心であったが、
国民は告白奨励は子供の告げ口まで公開処刑の委員会に出さねばならない程強制的に更
に頻繁に行った。この凶行社会こそが共産党の求めた文化だったのだ。こうしたとんで
もない国民のとんでもない量の国民を統制しろと言う 欧米列強は全く日本虐めに徹し
ていたのである。裏からは共産党コミンテルンも国際賢人会ロッジもましてはユダヤの
シオニスト5団体は元より英国金融のロイド協会やカトリックもプロテスタント修道会
も 日本を応援しなかった。それには3つの事があった。一つは多くの中国人や韓国人
が日本人と偽ったからだ。現実にアメリカには沢山の朝鮮人も中国人もいた。だが彼ら
は日本人と偽らない限り平等の入国は出来なかった。もとは日本以上に早くから米国に
移住を果たして商売をしていた華僑だったが常に華僑粛清の中にいた。事実アメリカが
独立国乱立の時代にあっても有色人種の中国人にはその土地の権利はなかった。日本人
も又同じだったが 数においてはアメリカで最も早期の華人コミュニティを形成して、
チャイナタウンを作っていたし、このチャイナタウンを仕切り防備にチャイナマフィア
が存在していたのだ。ボストン茶会事件は婦人の会合にお茶からコーヒーに変わったと
言う画期的事件だが この時の政治会合が今のティーパーティの始まりでその力が今の
トランプの議会に力を及ぼしているとは意外な事だ。ロスアンジェルスにアジア系の人
は多くいてリトル東京という日本人街やコリアタウンの他にもメキシコ街などがあるが
、南カルフォルニア・サンフランシスコの中華街や、ニューヨークのマンハッタン島や
クイーンズなどはアメリカの一番大きいチャイナタウンで、此処が1920年代から中
国系マフィアが牛耳って売春、麻薬、ギャンブルの悪の巣窟となった歴史がある話は、
アメリカ無法地帯の始まりの場所として有名なはずだ。


1398: 名無しさんAA:17/06/15 22:10
  ディノン・ディノン 30-21

 次の年の33年にはヒトラーがドイツで政権を掌握した。すると、それまで対立して
いたアメリカ労働総同盟(AFL)は党員を大量に入党させた。こうしてコミンテルンの教
育を受けた共産主義の人民戦線党員を積極的に採用した社会が出来上がり、この時英国
資本の供給と共に中国党員が幹部で入ってきた。こうしてニューディール政策で政府資
本が加わりその協力会議ではニューデール・リベラルなど言われる中間層との共同関係
を強めて行き反ファッショ運動を行った。この運動はそのまま義勇兵を募り、中央コミ
ンテルンの指導の下で、国際旅団として戦闘に加わった。そのなかでも 有名なのに、
スペイン共和国支援のための国際旅団「エイブラハム・リンカーン大隊」がある。リン
カーン大隊は労働者を中心とする義勇兵の部隊で、38年に撤退するまで前線で戦い続け
たと言われる。この時東洋から皆無の中で中国人志願兵は100人いて炊事兵のジャッ
ク白井は日本の函館から来た移民だった。と言う。この時のスペイン内戦はピカソの、
ゲロニカに掲げるように、意味の無いスペイン王室の皇位争いだったものが、ソ連介入
によって大きくなって行き、国際連盟にとってはこの戦いは第二次世界大戦の前哨戦の
色合いが濃いものだった。共和国側義勇兵唯一の日本人として知られるジャック白井は
戦うコックとして有名で もともと外航船やNYのレストランのコックだった経歴を持
つ。その為炊事班配属で前線にいた。実際に彼は戦場では、「美味く、早く、大量に」
食事を作る達人で兵士達には評判だった。だがしかし彼は、「ファシストと戦う!」と
いう熱意に燃え志願していた。その熱望から「戦闘任務こそが本来の志望だ。」と上層
に何度も何度も転属願いを続けて、時には「もう飯作らねえぞ」とごねたりした結果。
やっとめでたく前線に配置換えとなった。だがうまい飯を食えなくなった他の兵士達は
それで済まない事になった。と言う。もともとが義勇兵の集まりで戦闘参加は自由意志
での契約だった。その上ジャッキーの後任の作る料理がとにかく遅くまずく、「食える
物さえ食えなく作る味付けの達人。」と酷評された。こうして、義勇兵達の士気はがた
落ちしだし「ジャッキーのシチューが食えねえなら戦わないぞ」という輩まで出る始末
だった。兵士達は、大隊付政治委員に折衝し懇願した結果、ジャッキーをパートタイム
で炊事も担当し続けることに決まりこの時「戦うコック」の異名がつくことになりまし
た。ちなみに、彼の最期は、ブルネテ攻防戦で 敵味方が交えてにらみ合う中、すぐ近
くまで来た糧食配給車が立ち往生したので、ジャッキー白井が見かねて「俺が取ってく
る」と塹壕から出た瞬間、国民戦線側の機銃弾に倒れた。と記録されている。


1399: 名無しさんAA:17/06/15 23:22
  ディノン・ディノン 30-22

 このスペイン内乱は ある意味新世紀時代への序章だったのかも知れない。と言うの
も、本来欧米は東洋の小国である日本に干渉する程の余裕は全く無かったし 人々は、
街では大恐慌で資産や仕事が奪われ、田舎ではニューディール政策の失敗で大干ばつの
被害で農地の売却に陥っていたからだ。そこにはかつて1980年代の日本の高度成長
に羨望を抱いたように 日本だけが上手くやっている。と言う妬みや恨みが多々あった
と言える。国際旅団はある意味無政府主義者の団体であった。今の大資本の国際メジャ
ーと同じく、給与という人参をぶら下げて義憤ある傭兵を各地に工作員として派遣して
いた。今の日本こそは民需と軍需を製品も会社も企業行動も分けているが かつては、
どこも分けていなかったし今も分かれていない事が多い。このスペイン内乱は皇位継承
の争いだったが それは単なる争いではない。つまり欧州社会の最後の自由革命の狼煙
だったとも言える。議会はこの虫のいい無政府主義共産党にやられ、軍部は新興ドイツ
の最新兵器を欲していたのだ。米国においては今だ続く根深い人種差別の社会に声をあ
げ反独裁を掲げた共産党の声は大いに市民を盛り上げた。この国際旅団での義勇兵は又
そうした中で初めての白人黒人混成部隊として「リンカーン大隊」があった。ドイツは
勢いよく化学兵器や潜水艦更に暗号通信にロケット弾と科学の最先端を行き、日本も又
最大の軍艦や最大の小旋回する飛行機を作るなど 目覚ましいものがあった。だがこの
後1939年の独ソ不可侵条約をうけ、共産党が反ファッショ戦線を事実上放棄した事
で市民の勢いは無くなった。日本も又その期を見て日ソ不可侵条約とドイツとの軍事同
盟に走った。これはある種英国や米国の希望であった。アメリカ南部では共産党指導で
黒人運動の組織化をすすめるなど、先駆的な取り組みもなされ1939年頃には党員数
は地下活動とは言え、およそ10万人に達したといわれている。党員のほぼ7割は都市
部ニューヨーク州に集中していたといわれ、同市議会などで議席を獲得したこともあっ
たし、事実上の後援政党のアメリカ労働者党からは、下院議員を当選させてもいるのだ
。同時期に台頭したアメリカ産別労働者会議(CIO)内にも影響力を拡大し、第二次
世界大戦中にはCIO傘下の労働組合執行部の3分の1をにぎっていたという説もある
程だ。こうして植民地主義の時代から僅か100年では、今だ全世界に法治国家がある
世界には至っていない。つまりは今だ法律は世界を裁けないままにいるのだ。又この時
のソ連がスペインを欲した理由は地中海通行の制海権だったと言われている。


1400: 名無しさんAA:17/06/16 01:58
  ディノン・ディノン 30-22

 ドイツの侵攻作戦が起こった第二次世界大戦初期は、一般の米国人殆どが欧州大陸で
の遠い世界の自分に関係ない事と思っていた。更に欧州に関係ある知識人さえこの戦い
に米国が参加しない事が良いと思っていた。完全なモンロー主義だ。だがこの時に米国
社会は大変な事が起こっていた。メシアニックリーダー会議でのシオニズムファシスト
である。この第二次世界大戦は、これまでの戦争需要で莫大な富を手に入れた人々を惑
わしていた。アルカディア思想と呼ばれる選民思想は大海洋の死の瀬戸際では一緒の友
さえ食べても良い。と言う思想だ。つまり選ばれた運命ならば生き延びる事は権利であ
る。と言う主張である。大航海時代の名残りであろう。このある苛酷な条件の下では、
自分の自由の為には人の自由も奪う権利がある。と言う考え方は今も銃砲社会を支える
基準になっている。ロシア民話の「3匹の熊の物語」のような世界の名残りなのだろう
。身を守る権利の主張は「核の抑止力の肯定成果」を伴っているともされる。だがその
幻想が消えたのが現代であろう。当初パキスタンとインドは先制核攻撃に対する事で、
核開発が行われた。だが大きな威嚇だけで 全く使えない核の開発保有は相当な誤解と
自国の財政ひっ迫と、環境悪化や国民の健康被害を与え続けた。その最初がロスアラモ
スの爆発実験の研究所である。よく長崎・広島が世界で初めて使われた原子爆弾と思わ
れがちだが、その言葉には「戦争において」と言う頭の句が入ってない。一番の被害者
はその実験に立ち会った兵士なのだ。この実験は1945年7月16日にアメリカ合衆
国で行なわれた人類最初の核実験であるとされる。マンハッタン計画トリニティ実験と
言われ ソ連侵攻による東洋支配や戦争終結による使用不可などを考え すぐさま日本
に向かって送られ、投下され使用された。このトリニティ実験がニューメキシコ州での
実験だった事は僅か60年前のアメリカ先住民部族との征服戦争以来の“民族皆殺し”
という考え方から生まれたのだと、先住民活動家は言う。実はこの先住民保護地区に対
しては 一切の説明や断りも無かった中で実験し いまのエリア51が作られているか
らだ。実験が行われていた7年の間に被爆したとされる兵士は『アトミック・ベテラン
ズ』と呼ばれ、その人数はおよそ40万人以上ともいわれています。3年後兵士の2割
5年後4割 20年後は殆どが甲状腺障害になったと言われそのデーターは公表されて
いない。だが未知の実験に人間モルモットとされた事は明らかだった。



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